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霧は豹変する
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霧るれるもも しきの【相談卓】
最終発言2017/05/13 01:16:12 -
依頼前の挨拶スレッド
最終発言2017/05/11 21:43:40
オープニング
『来ないでください』
扉の向こう側から掠れた声が響く。青藍は顔を曇らせ、ノックしたまま扉に置かれていた手を静かに下ろす。あの日から。彼女の英雄が自覚的に記憶を取り戻し、己の姿さえも変じてしまったあの夜から、二人の関係はずっとこの調子だった。
「すみません」
澪河青藍は唇を噛む。人に近づかれるだけで、英雄は発作を起こして激痛に苛まれるのだという。吸血鬼となっていく身体が、生存のために人間の血を欲し、渇きを知らしめるために全身に泡立つような激痛を与えるのだと。一度だけ扉を無理に開いた時に見た彼の髪は、苦痛の果てに総白髪へ変わってしまっていた。それを前にしては、青藍も彼にしてやれることを見失ってしまうのだった。
『……謝るのはこちらの方です』
英雄の方も、青藍を邪険に扱いたいわけではない。彼女と共に戦った記憶もまた、確かに残ってはいるのだ。空の物置に閉じ籠ったまま、彼は膝を抱えて呻く。だが、気の狂いそうな、ともすれば堕ちてしまいそうになる拷問には耐えられない。
『ですが、やはりダメなのです。喉元に喰らいつきたいという衝動と、全身の骨が溶けるような激痛に……私はこれ以上耐えられそうにありません……今度貴方の姿を見れば……きっと……!』
「……あの、私は……」
それでもいい、と言うことは出来る。知り合いには事ある度に英雄へ自分の血を差し出している能力者がいる。自分もそうしたところで、別に死にはしないだろう。自分が吸血鬼になる事も無い。厳密には、彼も吸血鬼では無いのだから。
だが、それを彼がよしとするとも思えなかった。そんな受け入れ方こそ、「彼であること」を完全に破壊してしまうように思えた。そうして、青藍は出口を見失ってしまうのである。
(ダメだな……私は)
沈痛な面持ちで、青藍はその場を立ち去る。ふと、携帯へとその手が伸びた。待ち受けは、神社の前で撮った家族写真。その中には、嫌々ながらに写る、彼女の英雄の姿が。
(もう、私だけじゃ……)
ダイヤルをタッチする。通話ボタンを押し、彼女は静かに電話を耳へと押し当てた。
暗がりの中に取り残された英雄は、小さく溜め息をつく。自分こそ、いけないとわかっていた。彼女は自分を想ってくれているというのに、自分が応えられないだけなのだ。結局は我が身が可愛いだけなのだ。彼は自嘲した。
『……懐かしい感覚じゃないか……だろう?』
英雄は呟く。あの時もそうだった。あの愚神にばら撒かれた記憶のピースを継ぎ合わせると、見えてくる。かつての世界で、自分は同じように大切にし、されてきた人間を拒んでしまったのだ。
(いかにもみすぼらしい人間じゃないか、私は……それで、結局、……結局、どうなった……?)
その先が見えない。英雄は弾かれたように立ち上がる。脳裏に浮かぶのは、鋭い紅。激しい死臭。身を焦がす絶望。何があったかは思い出せない。
だが、何が起きたか、悟るには十分だった。
「すみません。来てもらったりして……任務、御疲れ様です」
神社を訪れたエージェントの前に姿を見せた青藍は、随分とくたびれた様子だった。目元にはうっすらとクマも見え、ろくに寝られてもいないような雰囲気である。どうしたのかとエージェントが尋ねると、彼女は力なく微笑んだ。
「少し……話を聞いて頂きたくて」
そう言うと、彼女は階段の隅に腰を下ろす。エージェントも合わせてその隣に座ると、彼女はぽつりぽつりと語り始める。
今まで英雄と続けた旅を、英雄の顔さえ見られぬ今の有様を、自分の想いを、自分の迷いも、全て合わせて。
「……わからなくなっちゃったんです。いざって時になって。あの人をどう受け入れたらいいのか。……言葉が見つからなくなってしまったんです」
青藍は力無く頭を抱える。ただでさえ細い彼女の姿は、易く手折れそうなほどに脆く見えた。
「……どうすればいいんでしょう。私は。あの人になんて声を掛けてあげれば、あの人を安心させてあげられるんでしょう? 何があっても、あの人は私の英雄だから、と思っていたのに。この時になって、何もあの人にしてあげられないなんて……」
(青藍……)
飛び出した英雄は霧雨の中をひた走る。何が近づくなだ。英雄は後悔した。ウォルターとしての記憶が、薄々勘付かせていた。この後に待ち構える絶望を。エイブラハムとしての記憶が、彼女一人ではそれを避けようもない事を知っていた。
(駄目だ。いけない……そんな事、あっては……やめろ……)
(モンタギュー!)
目にうっすらと涙さえ浮かべる青藍。そんな彼女に、エージェントは声を掛けようとする。
「姉さん!」
だがその時、少女がバタバタと境内へ駆けてくる。仁科恭佳だ。血相を変えて、社務所の方を指差しながら叫ぶ。
「ウォルターさんが! いない!」
「……そんな」
その言葉につられて慌てて立ち上がる青藍。エージェントの言葉も待たず、彼女は慌ただしく駆け出してしまった。呆然とその背中を見送るエージェントの携帯に、連絡が入ってくる。
――従魔が出現します。他のエージェントが向かっていますが、可能ならば援護を――
『……ぅ、あ。そんな……』
街の路地裏。青藍の英雄は顔を真っ青にして目の前の光景を見つめていた。眼を逸らしたくても、逸らす事が出来ない。目の前に立つのは、白いコートを紅く染め上げて立つ、厭らしい笑みを浮かべた男。その右手のナイフからは、とめどなく血が滴っている。
「おやおや。また間に合いませんでしたねぇ?」
『青藍……』
容赦なく、彼の中に記憶が流れ込んでくる。大切な存在を外へと追いやって後に訪れた悲劇。首の皮一枚というところまで、バッサリと喉を切られた彼女。皮を全て引き剥がされ、何者かもわからなくされた彼女。腹を引き裂かれ、臓腑を滅茶苦茶にかき回された彼女。人間であることの尊厳をこれでもかと傷つけられたその人が、彼の劫罰の重さを知らしめたのである。
そしてこの世界でも、思い知らされたのだった。
「うむ……やっぱりコートは白がいいですねぇ。どれだけ人を傷つけることが出来たか、眼で見てよくわかるというものです。貴方も黒のコートなんかやめて白にしましょうよ、白に」
『貴様』
英雄は震える唇を白くなるほど噛む。目の前に倒れる、最早原型を留めぬ亡骸を前に、彼はやり場の無い怒りを目の前の愚神へぶつけようとした。
しかしその時、空から三体の死神が降ってくる。路地の入口にはエージェントも駆けつける。一気に騒がしくなった周辺に、愚神――夜霧はへらへらと嗤い、そして顔を顰めて舌打ちする。
「何だよ。また邪魔か? ……つまんねぇことするよなァ。……だが」
夜霧が指を鳴らした瞬間、ミザリーはがくがくと震えながら立ち上がり、辺りは霧に包まれていく。
得意満面、夜霧は叫んだ。
「どれだけ俺をぶっ殺そうったって無駄だ。俺は霧に愛されてるんだからなぁ!」
解説
作戦目標
1、ミザリーⅤ型、リーパー3体の討伐
2、霧の衣の破壊
3、青藍の英雄の保護
エネミー
ミザリーⅤ型
ミーレス級従魔
ステータス
攻撃0 生命B その他D
スキル
・悲鳴
鋭い悲鳴は周囲のビルに響き渡る。
リーパー×3
デクリオ級
〇ステータス
命中A、その他B。空中。
〇攻撃
・魂魄吸収
魔法攻撃。自分の前方、半径2sq以内に存在する敵へ攻撃する。与えたダメージと同じ数値分体力を増加させる。
・首狩り
物理攻撃。射程1sq、周囲1sq全てが対象。命中した場合、減退(1D6)を与える。
夜霧
ケントゥリオ級愚神
ステータス
物攻C 物防C 魔攻B 魔防C 命中A 回避B 生命B
スキル
・殺人狂
夜霧は1Rに2回行動できる。
・白昼霧
魔法。全体対象。命中時、対象の視界を0sqにする。プレイングで無効化可能。
・魂魄吸収
魔法。周囲10sq。(20-特殊抵抗)分ダメージを与え、その分生命力を増加させる。また、最終ダメージ値に+5する。
・滅多切り
物理。単体。(2d3)回連続攻撃する。
-PL情報-
アイテム
・霧の衣
夜霧の纏う白いコート。装備中、任意のタイミングでその姿を霧と変え、外界からの干渉を完全に拒絶する事が出来る。ただし効果発動中は外界に干渉する事も出来ない。
NPC
澪河青藍
英雄の変貌に悩むエージェント。思いつめた彼女は知り合いに心中を吐露するが……
青藍の英雄
エイブラハム・シェリングとしてこの世界で戦った記憶とウォルター・ドルイットとして向こうの世界で戦った記憶が混在し、自己同一性の危機に晒されている青藍の英雄。夜霧により向こうの今際で味わった絶望すら蘇らされてしまった。
Tips
フィールドは路地。幅は5sq、長さは20sq。障害物は無し。
避難はプリセンサーからの大まかな予見によって完了している。
青藍とやり取りしていたPCは3R以降に戦闘参加可能となる。奇襲も可。
青藍の英雄は青藍を殺されたと思い込んでいる。
リプレイ
●流れを止めるな
「待って澪河さん! 待って!」
氷鏡 六花(aa4969)は小雨が降る中を駆ける。水溜まりを踏みしめる度に、ひたひたと悲しみを誘う音がする。目の前で当ても無く走り続ける、“彼女”の抱く無念が、伝わってくる。放って置けない。六花はその細い腕を必死に伸ばし、彼女の手を掴んだ。
「うわっ」
急に引き留められた彼女は、ふらつきその場に倒れ込んでしまう。髪まで濡らした彼女は、のろのろと力なく身を起こして六花を見上げる。
「何を……するんですか」
「ごめんなさい。……どこに行こうとしてたの?」
「決まってるじゃないですか。あの人を探しに行かないと。あんな状態の人、放っておけるわけない」
『まぁ、それがお主の想いの本質って事じゃな』
追いついたノエル メイフィールド(aa0584hero001)が事もなげに加わる。その手には起動した通信機が握られていた。今まさに、仲間からの通信が入ったところであった。
『で、青藍。奴は夜霧のいる現場にいるらしいぞ』
「そんな」
聞いた途端、青藍は目を見開く。共鳴もしていない英雄が、愚神に勝てるわけも無い。焦った彼女は、慌てて立ち上がろうとする。だが、そんな彼女を六花は押し留め、アルヴィナ・ヴェラスネーシュカ(aa4969hero001)もまた彼女を諭す。
『待ちなさい。……行って、どうするの。それが見えてなかったら、行ってもまた辛い思いをするだけよ』
青藍は目を潤ませて顔を逸らす。彼女の心は、分厚い壁を前に追い詰められていた。ヴァイオレット メタボリック(aa0584)はシスター然とした微笑みを浮かべ、そんな彼女の前に跪く。
「迷ってはいても、結局身体は動いてしまう。それだけ貴方は彼の事を大切に考えているということですのよ。ですから、迷う必要などありませんわ」
六花も頷く。優しく微笑みかけ、温もりで包み込むように語り掛ける。
「澪河さん、きっと、エイブさんも、澪河さんと一緒にいたいと思ってるよ。澪河さんもそうでしょ? なら……一緒にいなきゃダメだよ。エイブさんは辛いかもしれない。苦しいかもしれない。なら、それを傍で背負ってあげて。今のままだったら、きっと、もっと辛くて、寂しくて、悲しいの。エイブさんの抱える闇を、二人で、一緒に、乗り越えて欲しいの」
唇を噛み、青藍は顔を強張らせる。玉のような涙が、一筋頬を伝う。彼女は小さく首を振り、呻いた。
「わかってます。わかってますよ……でも、そのために私は彼に何をしてあげられるのか、わからないんです……!」
「そうではありませんわ。あなたの、本当にしたい事は何ですの」
メタは細い肩にそっと手を載せると、切々と説き伏せる。
「重く考えすぎですわ。どんなに考えても悩みが増すだけですもの。後悔したくないのなら、為すべき事ではなく、為したい事を為さいませ」
「私の、したい事……」
メタの説教を受け、青藍は俯く。一人、己の中で思いを巡らせる。やがて、打ちひしがれて青くなっていた顔に、徐々に血の気が戻ってきた。拳は固く握りしめ、歯を食いしばって、ついに青藍は己の想いをぶちまける。
「……ぶん殴ってやりたい」
彼女は涙を拭いて立ち上がる。その目には鋭い怒りが宿っていた。それは、堤を破って荒れ狂う瀑布のような怒りだ。
「大人しく引きこもってればいいのに勝手な事ばっかりしやがって! あの……野郎!」
叫びながら、青藍は一目散に駆け出した。脇目も振らず、強くなる雨足にも負けずぐんぐん足を速めていく。悩める女子の暴走を見送り、ノエルはからからと笑い出した。
『おっと。これは面白い事になったのう』
「えっと……随分と、不満が溜まってたのね……」
色んな意味で見違えるようになった彼女の背中を追いかけながら、六花はしみじみと呟く。寄り添えと言ったのに、ぶん殴りに行こうとするとは。アルヴィナは堪らずくすくすと笑っている。
『(何にしても、きっともう大丈夫ね)』
『(目が違ったもの)』
●刮目しろ
「――ねぇ。アリッサが、酷い過去を思い出したらどうする?」
『唐突ですね。どんな過去か次第でしょうが……苦しんだ時には、京子が力になってくれるのでしょう?』
「もちろん。アリッサとの出会いは、無力だったわたしにとって天佑だったの。だから、アリッサが苦しむなら、わたしは必ず助けるよ」
『……そうも真っ直ぐに応えられると、流石に照れますね――』
『貴様ぁっ!』
拳を固め、英雄は夜霧に向かって無我夢中で駆けだす。しかし背後から伸びた手が、彼の襟を掴まえ壁へと投げ出す。華奢で頼りない痩身は、ふらつき壁へと叩きつけられる。顔を顰めて顔を上げると、桜小路 國光(aa4046)が立っている。哀れむような、嘲るような目をしていた。
「英雄と能力者の絆が目に見える分だけとか、随分安っぽい絆ですね」
『目に見える絆しか信じないなら、後ろを見てればいいのです』
メテオバイザー(aa4046hero001)も言葉をぶつけ、そのまま目の前に迫る死神と対峙する。双剣を構え、ライヴスを全身に纏いながら鋭く切りかかった。死神の振るう剣と交錯し、刃は激しく火花を散らす。
「俺らにしたらただの趣味悪い人形だが、彼にはそうもいかねぇって事か」
『……あの様子からすると、何も対処せずにいると取り返しが付かない事にもなりかねませんわ』
「だったら、ちょいと荒っぽいが試してみるか」
ヴァルトラウテ(aa0090hero001)と一つ二つ言葉を交わし、赤城 龍哉(aa0090)は戦場へと飛び込んだ。大剣の横っ腹で亡骸を殴りつけ、よろめかせる。そのまま懐から取り出したウレタン噴射機を取り出し、亡骸の顔に向かって噴きつけた。
全身傷つけられ立つ事もままならない亡骸は、肩より上をミイラのように固められてその場に倒れる。
「……よし、今だ!」
赤城はビルの屋上を見上げて叫ぶ。そこには赤いマフラーを霧雨の中に躍らせる、深紅のスーツを纏ったヒーローがいた。大量の機銃を並べ、ユーガ・アストレア(aa4363)は朗々と叫ぶ。
「いついかなる時も正義を行使! 過去も恨みも葛藤も、そんなもの知ったことか! 悪は滅ぼす! 正義は勝つ! 喩えそれが何者であろうと!」
『御主人様のすべて、私は肯定致しますわ。さあ命令を。……力を振るいましょう』
カルカ(aa4363hero001)の言葉に合わせ、ユーガはまさしく銃弾の雨を降らせる。もがく間もなく、亡骸は今度こそ全身を砕かれて果てた。それでも鉄の雨は止まない。死神は堪らず剣で身を庇い、夜霧は血走った眼で空を見上げる。霧と化したその身体を、銃弾はただただすり抜けていた。
「またあの狂った阿婆擦れ女か。懲りねえなぁ……!」
「あなたこそ、懲りないわね!」
志賀谷 京子(aa0150)もまた戦列へと加わる。挨拶代わりに一、二、三発。彼女に見せていた慇懃無礼な態度も最早無く、夜霧はただ舌打ちで応えた。その手の内ではダガーナイフが遊んでいる。
京子はそっと青藍の英雄を庇うように立ち、そのまま彼に語り掛けた。
「……わたし達にとって、あなたは幾度も共に戦った戦友の、エイブラハム・シェリングだよ。わたし達、そしてなにより澪河さんとあなたの邂逅は虚構じゃないんだ。思い出した過去だけがあなたのすべてじゃない。あなたの中にいる2人、どちらもがあなたなんだ。この世界で繋いだ絆を、なかったことにしないで!」
『それに、後悔するにはまだ早いですよ。澪河さんは傷一つ無い姿で間もなく現れるでしょう。戯言に付き合う必要など、毛頭無いのです』
呆然としている英雄に、アリッサ ラウティオラ(aa0150hero001)はそっと付け加える。そのまま二人は身を翻すと、ダガーを構えて突っ込もうとする夜霧に向かって一発撃ち込んだ。
「無駄だっつうの!」
愚神は霧と化した身でその一発を透かし、そのまま京子へ突っ込もうとする。が、激しく跳ねた一発が再び夜霧に襲い掛かった。すんでのところで気付いた夜霧は、再びその身を霧へと変える。すかさず龍哉も大剣を振るって斬りかかった。その一撃も霧に巻くと、愚神はぐるりと龍哉に向き直って牙を剥き出す。
「ああ。お前もか? お前もてめぇのやる事は正義だ何だって言い張るのか?」
「さぁな。……だが少なくとも、お前は気に入らん。俺が今ここで刃を振るう理由は、それで十分だ」
『(進め。今こそ我との誓約を果たす時だ。雷を浴びせよ)』
「ああ。神よりの雷、受けるがいい!」
トール(aa4712hero002)と共鳴したエレオノール・ベルマン(aa4712)は、緋色の髪を振り乱しながら次々に雷の弾丸を死神へ向かって撃ち込む。弾丸で牽制され、死神は思わず動きを止める。その瞬間を、紅き女王は見逃さない。
『やるわ。容赦無しよ。心得て?』
白い経帷子が、アリス・レッドクイーン(aa3715hero001)のライヴスに呼応して深紅に染まっていく。本気中の本気だ。一ノ瀬 春翔(aa3715)は静かに身体を彼女へ譲る。
「……あいよ。お好きに」
血の朱緋に染まる彼女と激しいコントラストを成す一丁のライフル。白薔薇の槍と彼女達は呼ぶ。その銃口を死神が被る仮面へと向け、アリスは引き金を引いた。放たれた白の弾丸は、仮面を叩き割ってそのまま骸骨の眉間に突き刺さる。國光の一閃、ユーガの銃弾、エレオノールの魔術を受け続けた死神は、抵抗もままならぬまま消えていく。
『全く……つまらないのは何方なのかしら。こんな物、無粋に他ならないわ』
アリスは動じることなく、次々に銃弾を撃ち込み下級の死神を処理していく。夜霧は特に手を出そうともせず、じっとその光景を眺めていた。間断なく浴びせられる攻撃で、その姿は煙のように揺らめき続けている。
「おっかねぇなぁ。死の匂いに誘われてきた死神も、纏めて返り討ちってか。やっぱり人の矩を越えた奴は違うよなぁ」
『……また、私達を“化け物”と詰るようね? 今一度答えてあげるわ。光栄に思いなさい』
ライフルのマガジンを換え、深紅に輝くぞっとするほどに澄んだ瞳をアリスは向ける。黙示録の暴君も抱いた光の残滓を曝け出し、彼女は一歩一歩と夜霧へ迫る。
『私は“バケモノ”よ。誰であろうと心無く壊す、正真正銘のバケモノ』
アリスの脳裏によみがえる、おぼろげな記憶。血塗れで倒れる同胞の姿。家族の姿。今だからこそ、己がいかに化け物か分かるというものだ。そして、今だからこそ己が何故人間でいられるのか、分かるというものだ。
『それでもそんな“バケモノ”が“人間”であろうとしたのは、ただ今と未来の絆を信じたからよ。……理解できるかしら。過去に生きる“化け物”さんは』
僅かに振り返り、アリスは壁で茫然自失としている“化け物”を一瞥する。激流のように変わる状況を呑み込めず、彼はただ立ち尽くしていた。もう一方の化け物は、肩を竦めて呆れたとでも言わんばかりだ。
「する必要がねえな。みっともねぇ。みっともねぇんだよ。……そんなもんは全部言い訳だ。どんな色を付けようが、罪は罪だ。世の中には罪と、それを免れる言い訳が存在するだけだ」
言い終わるか終わらぬかの内に、國光が夜霧の間合いへと踏み込む。
「……よく言えたものですね。自分だけの世界に逃げ込んでおいて」
『十分、貴方も人間じゃないですか。都合が悪くなると、自分の世界にすぐ逃げ込むなんて』
「てめえらが人間なら俺だって人間さ。まあ俺は自分の事が人間だなんて恐ろしくて名乗れねぇけどな」
皮肉交じりに挑発をあしらう夜霧。しかし國光はさらに懐へ踏み込み、夜霧の胸元に切っ先を差し込んでさらに続ける。
「そうですか。じゃあ、一体どうして貴方は化け物になってしまったんですか」
「決まってんだろ。そこの奴にこの世の真実を教えられたからだよ。俺の女を殺す事でなぁ」
食い気味に応える夜霧。メテオは表に現れ、畳みかけるように質問を重ねる。
『俺の女を……彼女は言ってたんですか? 死にたくないって。……吸血鬼になってしまった彼女は、死にたくて仕方なかったかもしれませんよ?』
「殺されるって事はよほどの事情があったって事でしょ? 吸血鬼って、この世界の愚神のように、人間の、世界の脅威だったんではないんですか? その人だって、分かっていたでしょう?」
刹那、夜霧は目を見開いた。一気に背後へ飛び退く。時同じくして霧が一際深く立ち込め、エージェント達からライヴスを吸い上げ始める。
「てめぇもか。てめぇもそうやって、俺の女を殺った事を正当化するんだな……! クソみてえな言い訳で!」
血走った目を爛々と光らせ、夜霧は喚いた。
「……そんな言い訳でなぁ! 俺の間違いを否定するお前らが! 俺は許せねえんだよ! てめえらだって間違いまみれで生きてるんだろうが!」
奥で立ち尽くしていた英雄が突如苦しみだす。膝をつき、心臓を押さえて呻く。やがて全身に焼き鏝を当てられる感覚に苛まれ、悲鳴を上げて七転八倒する。夜霧はげらげら笑い始め、愉悦に声を高ぶらせた。
「なぁ。そうだよなウォルター。もうそんな言い訳利かないってのは、お前が、お前の身体が一番よくわかるよな。どんな豪勢な言い訳も、神は聞く耳持たねえんだよ!」
路地に夜霧の高笑いが響く。エージェントは武器を構え、英雄を庇うように、愚神を囲むように間合いを取るが、霧と化して全てを逃れる愚神を黙らせる術は無い。
そんな時、青藍は路地に突っ込んできたのだった。
●霧を引き裂け天津風
「何やってんだ、てめぇッ!」
道路に倒れて呻く英雄を無理矢理掴み上げ、青藍はその横っ面に思い切り拳を叩き込む。
『……!?』
突然の事に、英雄は訳も分からず目の前に立つ青藍をただ見上げる事しか出来ない。
「私が愚神にやられるとでも思ったのか? 私がいくら心配しても突っ撥ねて引き籠ってたくせに、自分からはのこのこ出てくるのか!」
青藍の剣幕に英雄は黙り込む。頬を打たれた痛みだけが、彼を今苛んでいた。
「もう知らない。私は一緒にいるからな! あんたが嫌だと言っても! 噛みたいんならそうしろよ。私はそれでいい! 私はもうあんたの情けないところを見たくない。これ以上皆に情けないところを見せたくない! だから、〈一緒に前に進むぞ!〉」
――目に見える絆しか信じないなら、後ろを見てればいいのです。
――この世界で繋いだ絆を、なかったことにしないで!
――“バケモノ”が“人間”であろうとしたのは、ただ今と未来の絆を信じたからよ。
仲間に投げかけられた言葉が、英雄の心の欠けたピースを埋めていく。青藍の英雄――ウォルター・ドルイットは小さく微笑み、青藍の差し出した手をしかと握った。
『ああ。〈一緒に前に進もう〉』
二人は共鳴を遂げた。軍帽を目深に被り、蒼色のストールを靡かせ、青藍は幻想蝶から天津風を抜き出す。皆の言葉で決意を塗り替え、二人は今、一歩先へと進んだ。
『理解できたのなら、その刃を抜きなさい』
それを見たアリスは威風堂々澱みなく、ただ一言彼らに告げる。
『霧を、払いましょう』
「はい」
青藍が天津風の柄に手をかけた瞬間、恐れをなして霧が引いていく。夜霧の顔が、やにわに歪む。
「……てめぇ」
『悪いが、君との因縁はここまでのようだ』
白刃は夜さえ払い除ける輝きを放つ。八相に構えた青藍は、刀を袈裟に振り下ろした。
荒れ狂う暴風。乱れ飛んだ風の刃が、霧に紛れた夜霧を引き裂く。
「がああっ! て、てめぇ!」
暴風を前に消し飛びかけた夜霧は、堪らず生身の肉体を晒す。青藍は再び刀を構え、その切っ先を夜霧に向ける。
「また霧になってみろ。もう一発かますぞ」
「……ウォルター。てめぇ、裏切るのかよ。俺からアイツを奪っておいて、てめぇだけのうのうと生きていくつもりかよ!」
夜霧はナイフを握りしめ、青藍に向かって突っ込んでいく。ライヴスを溜める暇を与えず、青藍ごとウォルターを切り刻もうとする。
しかしその刃が彼女に届こうという瞬間、放たれた氷の弾丸が夜霧の腕に突き刺さった。噴き出した血も凍り付き、赤々とした結晶が辺りに飛び散る。
「くそったれがぁっ!」
叫ぶ夜霧の前に、虹色の翼を広げた六花が舞い降りる。
「これ以上、貴方の好きにはさせない!」
「形勢逆転だな。外道め」
ザンバーを脇に構え、今にも斬りかかろうと龍哉が構える。國光は夜霧の懐へ潜り込み、刃を突き出した。堪らず躱す夜霧に、國光は間合いを寄せ続ける。
「行かせませんよ、まだまだお話したい事はあるんです」
「……てめぇ」
響く甲高い悲鳴。誰もが見上げると、空から一直線に三体の死神が降ってきた。一直線に、青藍を目掛けてそれは突っ込んでくる。
『奇襲のつもりか。甘いのう』
屋上から跳び上がり、ノエルは死神の背後につける。振り下ろした槍の一撃は、一体の死神を地面へと叩きつける。残った二体は、変わらず青藍へ向かって刃を振り上げる。
「させないよ!」
「喰らっちまえ!」
異次元を越える弾丸、雷の弾丸が死神の骨と皮だけの腕を捉える。構えを崩された死神は、明後日の方向に剣を振り下ろす。
「――」
死神は起き上がり、並んで青藍を見据える。握りしめる剣が、震えていた。素早く武器を構える青藍と共に、京子、ノエル、エレオノールが死神と対峙する。
「立ち直った途端に重体なんて洒落にならないからね。一緒に行くよ!」
『後ろは任せろ。きっちりカバーしてやるぞ』
京子とノエルの言葉に、青藍は深く頷いた。仲間もいる彼女に、最早怖いものはない。
『(来るぞ、エレオノール)』
「……よし行くぞ、纏めてブッ飛ばす!」
トールの言葉に合わせ、エレオノールは魔法陣を展開する。真っ先に斬りかかろうとした死神の顔面に、黒々たる雷が轟音と共に突き刺さった。
「……さてどうする?」
春翔はアリスに尋ねる。英雄四人に囲まれきりきり舞いの夜霧をしばし見つめていた彼女だったが、やがてくるりと踵を返す。
『言いたい事は言ったわ。もう少しだけ、このつまらない奴と遊んでおきましょうか』
白薔薇の槍の矛先を、アリスは死神へと向ける。
『新たな絆の力が如何ばかりか、気になることだし、ね』
「彼の事、これだけ執念深く追い詰めたんです。本当に憎かったんでしょうね」
「うるせえなぁ。てめえら気持ちが悪いんだよ! バケモノがバケモノ同士で仲良しこよしか!」
いよいよ余裕がなくなり、國光の問いかけも荒々しく突っ撥ねる事しか出来なくなる。霧の衣が青藍の一撃で壊れかけ、霧にも上手く変化する事が出来なくなっている。
右に、左に、必死の形相で斬り結ぶ夜霧。國光とメテオはふと思い至り、にやりと笑みを浮かべた。
『……なるほど。貴方……もしかして……』
「羨ましかったりするんじゃないですか? 彼の事が」
「ああっ!?」
夜霧は激昂した。血が溢れるほど唇を噛み、國光に向かって突進する。
「マジで言ってんのか! てめぇ!」
ナイフを振り上げた夜霧だったが、その刃が届く前に銃弾の嵐が側面から襲い掛かる。國光の言葉で頭が真っ白の夜霧は、その一撃を躱す事が出来ない。全身を蜂の巣にされ、吹っ飛んだ夜霧は地面に投げ出される。
「はっはっは、だ!」
乾いた高笑い。悪を蔑み正義を愛するヒーロースーツの狼少女は、ヘパイストスを構えて尚もその銃口を夜霧へと向け続ける。
「大義無き力は悪! それを肯定するは子供の我儘以下だ! 過去にへばりついて蠢く闇よ、ここで斃れろ!」
「クソガキがぁっ! この世には自分の悪を正しいと言い張れる奴と言い張れない奴しかいないんだよ!」
再び夜霧は霧を放つ。ライヴスを奪い取る霧を。切り裂かれ、穴を開けられた霧の衣が、じりじりと治っていく。しかしそれを許すほど龍哉とヴァルは甘くない。ライヴスを吸われるに任せ、正面に仁王立ちして向かい合う。
『己を顧みる事も知らない外道は、我々がぶっとばして差し上げましょう』
「凱謳、カートリッジロード!」
《Yes, master. Force-converter ignition!!》
鍔元のユニットが回転を始め、刀身が黄金に輝く。縮地法で懐へと踏み込んだ龍哉は、身を翻して夜霧に横薙ぎを見舞った。魔力の籠った一撃は、防ごうと差し出されたナイフを叩き折り、そのまま胸元をざっくりと切り裂いた。刹那、限界を迎えた霧の衣は塞がりかけていた傷も開き、瞬きの内にただの襤褸と変わる。
「があああっ!」
胸から鮮血を溢れさせ、崩れた夜霧はもがき苦しんだ。のたうち回る度に、地面が紅く染まっていく。凱謳を地面に突き立て、龍哉は惨めな姿となった夜霧を見下ろす。
「お前の言い分は分かった。つまりはごちゃごちゃと御託を並べるなというわけだ。そう言う事なら、黙ってこの刃をお前に叩きつけるだけだ」
「滅べ! 正義を理解出来ない者の存在を許すほど、この世界は甘く無い!」
ユーガは影の刃を抜き放ち、尊敬する戦士、龍哉と並んで夜霧に止めを刺そうとする。
「畜生、畜生が!」
ふらふらと起き上がった夜霧は、喚くだけ喚いて両腕を広げた。その全身が、徐々に揺らいでいく。
「逃がすもんですか!」
リーパーを討ち果たした京子は、そのまま夜霧に銃弾を撃ち込む。放たれた真鍮の弾丸は、傷の向こうで蠢く夜霧の心臓に突き刺さり――
――爆ぜた。夜霧の全身は血の霧と化し、エージェントに降り掛かってその身を紅く染める。霧が消える頃には、夜霧の姿は跡形もなくなっていた。剣を構えたまま、龍哉は周囲を窺う。
「いなくなった……か」
「倒した……のか?」
エレオノールが呟くや否や、共鳴は解けてトールがその姿を現す。戦果に満足し、トールは何度も頷く。
『そうかそうか。戦いは終わったか。ならば宴会といこうではないか?』
「いやいや待て。倒れたって感じじゃなかったぞ、今の」
春翔は顔を顰めて首を振る。着ていた服が血で真っ赤だ。これはしばらく着られない。國光は頬についた血を拭い、軽く唸る。
「だね。最後の力を振り絞って逃げた……ってところかな。本当に死んだなら、この血も消えるはずだし」
「かもね。元々澪河さん達が倒したって勘違いするくらいの逃げ方をした奴なんでしょ?」
京子とアリッサがちらりと青藍を窺うと、彼女は小さく頷いた。
「ええ。……肉体の崩壊は、奴にとっての死を意味するわけではないんでしょう」
「まだ戦いは終わったわけじゃないんだな」
『……ですが、肉体を捨て去ってまで逃げたという事は、決着もそう遠くありませんわね』
龍哉達は深く息をついた。開き直った悪は、いつも見ていて心地が悪い。
『ま、来たら何とかすればいいっしょ。それよりも今は、この不届き者達を……』
すっかり元の調子に戻ったアリスは、いきなり手を伸ばして青藍の頭をぽかっと叩く。
『成敗!』
「痛っ! ちょっと、割と本気め、今……」
「てぇい! お前はいちいちボクの正義遂行を邪魔しやがって! 正義のお仕置きだ!」
『次はこの正義の一閃を……』
『痛ッ! 痛いですよ! というかそれはダメです!』
ユーガはウォルターの腰に一撃を入れ、カルカはナイフを構える。ウォルターは真っ青になるしかない。メテオも傍に寄り、扇子でぺしぺしウォルターの頭を叩く。
『あなたにメテオ達は気をもみもみしていたのです。もっとお仕置きしてもよいのですよ』
『わかりました。わかりましたから……』
ウォルターは手荒い洗礼をどうにか逃れ、エージェント達に向かい合う。
『この度は迷惑をかけてしまい申し訳ありません。これからは私もH.O.P.Eの一員として一層力を尽くします。……どうかよろしくお願いしますね』
彼は苦悶から解き放たれた柔和な笑みを浮かべた。雲ひとつ無い空に浮かぶ月が、彼を静かに照らしていた。
●from HELL
「痛ェ……くそっ。くそっ! 消えるのか? 俺はこんなところで消えるのか……?」
河原の側で、霊体のまま夜霧は喚いていた。全身に刻まれた傷は、肉体を投げ捨てたところで消えはしない。ライヴスは溢れ、夜霧はこの世から風化していく。
「ふざけるな。足りねえよ。こんなんじゃ釣り合わねえ!」
次々と湧き上がり、尽きる事のない狂気と憎悪を露わに、夜霧はひたすら叫び続けた。
「ああ。羨ましいよなァ! のうのうと生きてられるその厚かましさはっ!」
それを聞き遂げるは、一つの影。黒い襤褸を纏い、朽ちた王笏を手に持つその影は、喜怒哀楽なく、ただ夜霧を見下ろしていた。
襤褸の懐から、それは一枚のタロットを取り出す。刻まれし絵は大鎌を背負う骸骨。そのカードは黒い炎を纏い、消えゆく夜霧の中へと投げ込まれる。
「死を想え。そして踊れ」
To be Continued…
結果
シナリオ成功度 | 大成功 |
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