本部

廃墟に潜む悪魔

一 一

形態
ショート
難易度
やや易しい
オプション
参加費
1,000
参加制限
-
参加人数
能力者
8人 / 4~8人
英雄
8人 / 0~8人
報酬
普通
相談期間
5日
完成日
2017/05/01 22:21

掲示板

オープニング

●季節はずれの肝試し
「う、っわ、何だこれ? めっちゃボロボロじゃん」
「そりゃそうだろ。廃墟なんだから」
 草木も眠る丑三つ時。経年劣化により朽ち果てた建物内を、数人の若者グループが懐中電灯を片手に歩いていた。
 この場所は数年前まで小規模の病院だったが、同じ地域に大規模な病院が出来てからは経営難に陥り、すぐに潰れてしまった。
 それからは簡素な看板で立ち入りを禁止するだけで手つかずとなり、すぐ地元の不良たちのたまり場となっていた。
 現に、若者たちが光で照らした壁には、スプレーによる落書き跡やたばこの吸い殻などが無造作に放置されている。
「にしても、『黒い影』、ねぇ? 昼も真っ暗だから影くらいあるんだろ?」
「らしいな。実際のところ、誰かが自分の影を見間違えた、っつうのが当たりじゃね?」
 が、ある時期から地元の町ではある噂が流れ始めていた。
 曰く、『あの廃病院には『黒い影』の幽霊が住み着いている』、と。
 噂の発信元は定かではないが、それ以降不良たちも寄りつかなくなり、興味本位で中に入った人々からも似たような声が上がっているという。
 そこから尾ひれが付くように、地下の霊安室に死体が残る幽霊の仕業だとか、大規模病院から押しつけられた重篤患者たちの恨みだとか、経営難を苦にして自殺した元病院長の怨念だとか、ゴシップレベルの話がどんどん広がった。
 若者たちも、そんな幽霊話を聞いて度胸試しをしようと訪れたグループであり、全員さほど幽霊を信じていないのかどんどん奥へと進んでいく。
「う~ん、1階は一通り見回ったけど、なんもねぇな」
「どうする? 上か下も見とくか?」
「え~、ダルいって。もう帰ろうぜ。体も冷えてきたしよ」
 特に何事もなく探索を続け、階段前で話し合っていた若者たち。
 暦の上では春とはいえ、まだまだ夜の風は冷たい。ここ数日は列島に北風が強く吹き込んでいる影響もあり、割れたガラス窓もしきりにガタガタと悲鳴を上げる。
 当然、風通しが良すぎる建物内にも容赦なく風が吹き込み、彼らの体感温度は気温より低い。同時に下がるテンションも相まって、帰宅の空気が流れ始めていた。
「……ん?」
「どうした?」
 が、その時。
 1人の若者が耳に手を当てた。
「何か、聞こえねぇ?」
 促され、残る若者も耳をすましてみる。
「……高い、音?」
「う、なんか、耳がキーンってする」
「それに、ちょっとだけ甘い匂いもしてきたような……」
 すると、些細ではあるが彼らも異変を察知し、表情をしかめる。
「……そ、そろそろ帰ろうぜ? な?」
 もしかして――?
 そんな気持ちを押し殺し、グループの1人が帰ることを提案すると、全員が無言でうなずく。
 最初は歩いて、徐々に早足になり、すぐに全員が出口へ向かって走り出していた。
「っ!? お、おい、あれ!!」
 しかし。
 ふと後ろを振り返った若者の言葉に、思わず誰もが足を止めてしまった。
「か、影っ!?」
 視界の先には、懐中電灯の光すら飲み込む、『黒い影』。
 自分たちが通ってきた廃墟の壁に塗りたくられた『黒』は、真っ直ぐ、あっという間に、彼らの足下へと迫った。
 そして、彼らは悲鳴さえ上げられず、『黒い影』に飲み込まれた。

●黒い『人影』
 ――――。
『黒い影』がさっと割れ、廃病院の壁を無秩序に移動していく。
 ――――。
 そこには、青白い顔で気絶する若者たちだけが残された。
 ――――。
 ただ、もう1つだけ、変化を述べるとするならば。
 ――――。
 暗闇にたたずむ『人らしき影』が、若者たちを見下ろしていたことくらい――。

●廃病院の幽霊調査
「――以上が、本依頼の概要です」
 資料をめくった職員・佐藤 信一の手が最後のページをめくり終え、顔を上げると一部のエージェントが微妙な表情を浮かべている。
 今回の依頼は、某県某所にある心霊スポットの調査。噂レベルではあるが目撃談が数多くあり、現場もボロボロな廃病院と、いわくもムードもありまくりな場所を調べねばならないとあって、そっち方面に弱い者はすでに萎縮気味だ。
「背景も雰囲気もバッチリですが、実際に被害者が出てH.O.P.E.に依頼がきた以上、愚神や従魔の事件である可能性は高いでしょう。被害が広がってからでは遅いので、徹底的に調べてきてください」
 気後れする様子のエージェントたちに、信一が笑顔で事実を突きつける。
『黒い影』が愚神であれ従魔であれそれ以外の何かであれ、すでに数人の若者が病院に運ばれ意識不明のままなのだ。原因追究のために誰かが動かねば、もっと深刻な被害が出るかもしれない。
 もちろん、見えてはいけない物も出るかもしれない。
「相手が人々に恐怖を与える『黒い影』なら、皆さんは人々に安寧をもたらす『希望の光』です。人々に害をなすモノの正体を突き止め、きちんと排除してきてくださいね」
 顔色が悪いエージェントがいることを承知で、信一は彼らの背中を一気に押した。
 ちなみに、信一はオカルト系の話を信じておらず、怖いとも思わない。
 故にいつもの依頼と同じように笑顔で手を振りつつ、背の丸いエージェントの背中を見送った。

解説

●目標
 心霊スポットにいる『黒い影』の調査(愚神・従魔が関与→討伐)

●登場
 黒い影…廃墟で蠢く姿が確認された、謎の影。地域住民には幽霊が住み着いたという噂が流れ、この影が幽霊だと言われているが詳細不明。

(PL情報
 人影…黒い影が去った後に出現した謎の人影。若者たちが襲われている姿を目撃していたようだが、いつの間にか消え去った。その他、詳細不明。)

●状況
 場所は某県某所にて、最近心霊スポットとして有名になった古い廃病院。地上3階、地下1階で規模はやや小さめ。過去に侵入した人物らによる落書きが見られ、各部屋にはボロボロのベッドや薬剤棚の残骸らしき物などが放置されている。
 建物周辺は雑草が深く生い茂り、廃墟へ浸食している箇所もある。建物内部は昼間でも暗く、日当たりは最悪。冷たく重苦しい空気が漂っており、常に肌寒く少しかび臭い。窓ガラスはほぼ破壊されているが、時折風で窓枠が揺れて音がする。

 被害者が襲撃を受けたのは深夜。肝試しとして数人で廃墟へ向かったが帰宅せず、翌日に別の友人らによって現場で倒れている姿を発見され、事件が発覚。被害者たちに目立った外傷は見られず、意識こそないものの呼吸は安定している。
 地元住民らによると、『黒い影』は昼夜問わず目撃談があり、襲われたとする話はまれ。また、数日前からすすり泣く女の声が聞こえるという噂も流れているが、『黒い影』との関連性は不明。

リプレイ

●不明瞭な影を追う
 信一の説明後、さらに詳しい話を聞くために数人のエージェントが残った。
「元気そうだね。……彼女と仲良くやってる?」
 まず声をかけたのは、信一とは既知の荒木 拓海(aa1049)。以前関わった信一からの依頼のその後を気にかけ、恋人との関係を小声で尋ねる。
「その節はお世話になりました。おかげさまで、楽しく過ごせています」
「そうか」
 照れくさそうにはにかむ信一に、拓海もつられて笑顔を浮かべた。しかしすぐにエージェントの顔に切り替え、調査に必要な確認と要請を追加で申請する。
「僕からも確認したいことがあります」
 次に質問を投げかけたのは魂置 薙(aa1688)。内容は被害状況と、噂にある『すすり泣く女の声』と『黒い影』のより詳細な情報だ。
「事件が発生した推定時刻は深夜2時頃。発見時、被害者は1階の出入り口付近で倒れていて外傷はなく、襲撃の状況は不明です。『黒い影』のものとおぼしき被害は、今回が初めてのようですね。女性の声は最近肝試しをした人の証言しかなく、夜中に聞いたとしか。その他は『黒い影』との関連性を含め、細かいことは何も」
「襲われるケースが少ない、ってことは、襲われるには何か、条件があるのかも。……黒い影にとって、不都合な場所に、立ち入ろうとした、とか?」
「薙よ、思考を楽しむのも良いがそこまでにしておけ。不確定な情報だけでは誤りも出よう。慣れた先輩方もおる。初の依頼じゃ、難しく考えず体当たりでやってみよ」
 信一に礼を告げた後、思考に没する薙をエル・ル・アヴィシニア(aa1688hero001)が現実に引き戻す。その言葉で先入観が視野を狭くすると納得し、薙は拓海とともに支部を後にした。

 最初にエージェントたちは、自分たちでも廃病院について情報収集を行った。周辺の住民へ、病院にまつわる怪談や噂が流布された時期、噂と同時期にあった事故や事件、女性の声についてや病院の周囲などを調査する。
 が、結果は芳しくない。病院の怪談は複数あるが、『黒い影』の噂は数ヶ月前からであること。事件等はなかったこと。女性の声は悲しそうな声音であること。病院周辺は肝試しの若者がつけたらしい痕跡以外の不審点がないことが、昼のうちに確認された。
 相談した結果、被害状況を真似て調査するのが確実と結論づけられ、エージェントたちは夜中に現場へ集結する。
「心霊スポット、廃墟ねえ……。寧ろさあ、安全のためにもこの廃墟壊せばいいんじゃね?」
 拓海が信一から借りた懐中電灯で病院を照らしつつ、無音 彼方(aa4329)の口から極論が飛び出す。
「解体の話も出たそうですけど、どこも引き受けなかったらしいですよ?」
「怪談程度で怖じ気づくなど、何とも情けない話ではござるがな」
 ただし、藤林 栞(aa4548)と藤林みほ(aa4548hero001)によって建物が残った原因が説明された。廃病院は昼間でもかなりの雰囲気を醸し出しており、呪われると考えた業者の気持ちは分からなくもない。
「死んで何かするものよりも、生きて何かを行うものの方が怖い。はてさて、今回はどちらかのう?」
 病院の見取り図に目を落としつつ、そう口にしたのは那由多乃刃 除夜(aa4329hero001)。心霊よりも人の方が怖いと暗に揶揄した除夜だが、廃墟探索は楽しみらしく口元に笑みが浮かんでいる。
『まだ春なのに怪談の類とは、ぞっとしないねぇ』
「ああ、オヴィンニク。まだ駄目ですよ」
 と言いつつ、こちらも声音が楽しそうな木霊・C・リュカ(aa0068)。すでに凛道(aa0068hero002)とは共鳴状態で、彼の腕にはAGWの黒猫・オヴィンニクが。探索中でもすぐに攻勢へ出られるようにと呼び出したが、黒猫は遊びたそうにもがいている。
「……ん、……アル、ヴィナ」
 ただ、やはり苦手意識があるエージェントもいる。氷鏡 六花(aa4969)など、アルヴィナ・ヴェラスネーシュカ(aa4969hero001)にくっついたまま離れようとしない。夜の廃病院とお化けの噂の合わせ技により、六花は完全に萎縮してしまっていた。
「……今回だけよ」
 見かねたアルヴィナは六花と共鳴。六花に戦闘経験を積ませるため普段は滅多にしないが、今回はアルヴィナが主体で調査を行うことに。
「さて、じゃあまひとつ、肝試しと洒落込みましょうか」
「い、いつも通りです、怖くないのです……」
 こちらは普段通りのガルー・A・A(aa0076hero001)と、すでに余裕がない紫 征四郎(aa0076)。いつも通り『怖くない』と自分に言い聞かせ、征四郎は血色の悪い顔で廃病院を見上げた。
「……ぉ、ぉぉOK弟者。帰ろう」
「待て」
 そして最後尾。戦意喪失した阪須賀 槇(aa4862)は身を翻したが、すかさず阪須賀 誄(aa4862hero001)が兄の襟首をむんずと掴む。
「……兄者。今月厳しいんだから」
「だだだ大丈夫だ、時にこんな所には何も出ない。若者も大方、薬か何かフザけて飲んだんだ、だから時間の無駄だって」
 誄が家計を引き合いに説得すると、槇も自分に言い聞かせるような反論をする。
「時に何も出ないなら、尚更問題ないな。OK行こうか」
「嫌だぁあああああ死にたくなぁああーーーーいッ!」
 が、それが裏目に出た。誄に即座に論破されて逃げ場を失い、槇は恐怖で絶叫しながら引きずられていく。
 そうして各自、通信手段や病院内の地図を確認した後、二手に分かれて探索を開始した。

●幽霊を探して
 病院の構造を鑑みて、エージェントたちは上階から下りていく班と地下から上っていく班に分かれた。
「外見もすごかったけど、中の方がまさにこれ! って感じだな」
「……あまり長居したい場所じゃないわね」
 3階に到着した拓海とメリッサ インガルズ(aa1049hero001)はそれぞれ感想を述べ、さりげなく周囲を観察。人が入った痕跡はほぼなく、床や手すりは埃がたまり、天井からは多くの蜘蛛の巣がだらりと下がる。肝試しにきた若者も、3階まではほとんどこなかったらしい。
 ちなみに、拓海がお気楽でメリッサが怯えた様子なのはあくまで演技である。
『とはいえ、こういう所はちょっと寒気しちゃうよね』
「死んでいても、首を刎ねれば安らかになれるのでは?」
 次に上階から、索敵の補助として電源装置を繋いだノートパソコンを屋上に設置し、スマホで動画を撮りつつ光源にして下りてきたリュカと凛道。幽霊は信じるも恐怖はさほど感じないリュカとは違い、凛道は色々と区別がついていない。
「六花。私が操作する凍気の流れをよく見ておきなさい。私のやり方がすべてではないけれど、戦い方の参考になるかもしれないから」
『……わ、わかったぁ』
「本当に大丈夫かしら……?」
 廃墟の非現実感と妙にマッチするアルヴィナは、怖がっていた六花に話しかけるもか細い返事に不安が募る。余談だが、無意識に体から漏れる凍気のためか、アルヴィナの周囲だけ気温がやや低い。リュカの感じた寒気はこれかもしれない。
『うらめしやぁ~』
「そう言うのいいから、はい行くぞ」
 最後に、除夜と共鳴した彼方が上がってきてメンバーがそろう。除夜の脅かしは胆力の強い彼方が聞くだけで不発に終わるが、六花が聞いていればどうなっただろう?
『さて、先ずは理由だ。因には果がある。何故かを理解しなければならん』
「わーってるって」
 早速3階の探索に移ると、除夜の声を聞きつつ彼方が『鷹の目』を発動。視力は人間と同程度なので夜目は利かないが、偵察として先行させる。
 3階は主に病室が並び、人が入った形跡はほぼ皆無。朽ちたベッドや医療器具らしき物が散乱するだけ。
「ライヴス反応もないですね」
 部屋の探索時に廊下で見張りをしていた凛道は、起動中のモスケールを時折確認するも、反応はない。拓海が借りてきた見取り図とも差異はほとんどなく、ただボロボロの内装を見るばかり。
「影も匂いも声も、何もないわね」
 アルヴィナがノクトビジョンを使用し、噂から聞いた幽霊の手がかりを注意深く観察するも、特に不審な点はない。奥まで足を運んでも異常はなく、すぐに引き返すことに。その際、アルヴィナは威嚇も込めて凍気を強め、床を軽く凍結させながら歩いていくが、やはり何の動きもない。
「誘拐され閉じ込められてるとか、愚神に騙され操られてる人が居る可能性もあるね。……あいつら人の弱さに付込むから」
「……ん、合意の上ってのもあるわよ。偶然2つの件が重なったか、単純に猫の声ってオチなら良いわね」
 階段を下りつつ、拓海とメリッサも声を潜めて元凶の正体を推測する。が、情報が少なすぎてまだ答えは出ない。
 結局3階はスルーし、2階の探索を始めようとした、その時。
「オヴィンニク!?」
 踊り場で急に黒猫が凛道の腕から抜け出し、駆け出してしまったのだ。
「待て」
 即座に彼方が『鷹の目』を飛ばすと、すぐに『それ』は目に入った。
「きたぞ! 『黒い影』だ!」
 壁に張り付く、暗い視界をなお黒く染める『影』を確認し、彼方は全員へ警戒するよう呼びかける。
「……おや?」
 拓海とメリッサも共鳴したすぐ後、何故かオヴィンニクが先に現れ凛道が首を傾げた。
「っ! これは……」
 そして、凛道たちは一足早く『黒い影』の正体を知る。

「人は死んだら死体になるの。何かあるってことは、愚神か従魔が悪さしてるってことだ」
 一方、地下へと下りたメンバーの内、現実主義者のガルーはすぐに『黒い影』を敵とほぼ断定していた。
「だから征四郎。今回は怖がっても良いぞ」
「こ、怖がりません……!」
 ただ、襲撃のトリガーがわからないため幽霊として扱う方が出現確率が上がるとし、ガルーは征四郎を茶化すように笑う。当の彼女は誓約もあって頑なに固辞したが、いつまで持つやら。
「……何故深夜にした」
 今になって探索の時間に苦言を呈したのはエルだ。
「思った以上に薄気味悪いではないか。もう少し明るいうちでもよかろうに……」
「エルルうるさい」
 廃墟は怖い、されど薙を守る、という葛藤と戦うエルは、最終的に薙の後ろにぴったりくっつく。しかし、空回りしたやる気のおかげで、薙からはお小言をもらう。
「夜目には自信があったんですけど」
『地下の探索とはいえ、まだまだ修行が足りぬでござるな』
 少し悔しそうにノクトビジョンを使用するのは栞。共鳴したみほからも自身の力量不足を嘆く声が上がるが、月明かりが差す1階とは違い地下では肉眼での視認も限界はある。それから栞は仲間へ一声かけた後、偵察として先に廊下を走っていった。
「おぉOK……こここ、恐くなんかないぞ、男だもの」
 最後尾にいる槇は、栞と同じくノクトビジョンで様子をうかがいつつ声を震わす。
『OK兄者、その意気だ。1階はERやICがあって、事故とか発作とかで悶え苦しんで息絶える人、すげー多いんだよな。で、地下には皆大好き、霊安室。さぁ男を見せようか兄者。……兄者? ……OK、立ったまま気絶してる』
 しかし、共鳴した誄による恐怖を喚起する補足説明を聞き、槇は放心状態に。彼らは
1階の移動からこんな様子であり、メンバー的に地下班の足が鈍かったため、栞が単独偵察へ行ったという事情がある。
 誄の言葉通り、地下には霊安室や薬の保管室などがあり、地上階よりひんやりしていてヤバい空気は3割増し。恐がりが多いメンバーでは、ちょっと荷が重いかも。
「はい、こちらは今のところ異常はありません。……エルル、ちょっと邪魔。あと恥ずかしいから離れて」
「何を言う! 薙を守るためには必要なのだ!」
 懐中電灯で照らしつつ、通信機で拓海と連絡を取る薙は歩きにくいほど密着するエルに抗議するも、距離感は変わらずため息がこぼれる。
 と、次の瞬間。
 パキッ!
「ぴゃああ!」
「あ、悪い」
「……もう、脅かさないで! ください!」
 ガラス片を踏んだ音に過敏に反応した征四郎は飛び上がり、音の発生源であるガルーへ涙目で詰め寄った。
「リュカ、リュカは大丈夫ですか!」
『こっちは大丈夫だよー』
 恐怖心でたまらず通信機の向こうにいるリュカにすがる征四郎。こうした場面ではいつも手を繋いでくれていたリュカの不在が征四郎をさらに追いつめていたが、声を聞けば少しは安心する。リュカの声がちょっと楽しそうでも、安心はするのだ。
 ゆっくりとした速度で探索を進めるエージェントたちは、床に散らばったガラスとは違う何かを発見。それは、栞が持ち込んだ五色米で、簡易メッセージを残す一種の暗号じみた連絡手段だ。
 が、エージェントたちが解読したそれは、事前に栞から説明された伝言のどれとも一致せず、首を傾げる他ない。どうも、解読に必要な要素が、一部欠けているようだった。
 ――――っ。
『……なぁ兄者。今、女のすすり泣く様な声が……』
「アーアー聞こえなーい、聞こえなーい」
 警戒を強めて先へ進んだ一行は、自分たち以外の音に気づいて立ち止まる。誄が確認のため槇へ水を向けるが、兄は現実逃避で忙しい。
「おそらく、この部屋かと」
「な、薙? 甘い匂いがするのは気のせいか?」
 冷静に薙が指し示したのは、お約束の霊安室。確認のためそちらへ近づくと、エルが匂いに違和感を覚えて薙の服をちょいちょい引っ張る。
「……弟者、入らなきゃダメ?」
『観念しろ、兄者』
 念のため共鳴した仲間に背を向け、槇は逡巡しつつ誄の言葉で渋々ピストルナイフで扉をこじ開ける。そして暗視状態の視界で室内を見渡した後、ライヴスゴーグルを使用すると、ぼんやり反応があった。
『……くすん』
「ぴゃああ!?」
 同時にはっきりと聞こえたすすり泣く声へ征四郎が懐中電灯を向けると、半透明の女性が膝を抱えてうずくまっており、思わず悲鳴が漏れる。
『待て、征四郎。あいつ、英雄じゃねぇか?』
「え?」
 しかし続くガルーの声で我に返ると、征四郎もべそをかく女性を改めて見る。言われてみれば敵意がなく、幽霊にしてははっきり見えすぎていることに気づいた。
「皆さん!」
 困惑のまま女性へ近づいたその時、霊安室の入り口から栞が慌てて入ってきた。何事かと振り返ると、すぐに『黒い影』が壁を這うように姿を現した。
『征四郎!』
「は、はいなのです!」
 鋭いガルーの声に促され、征四郎は『パニッシュメント』を『黒い影』へ向け射出。見事着弾した。
『『黒い影』の正体が分かりました』
 そのタイミングで通信機から凛道の声が。しかし、『パニッシュメント』の後に全員が一瞬硬直し、誰も返事ができなかった。
 何故なら。
『大量に移動する』
 スキルの光に照らされて見えたものが。
『ゴキブリです』
 別種の恐怖を人々に与える『台所の黒い悪魔』に憑依した従魔――G魔だったのだから。

●G退治(ゴーストではない)
「一度、上階の人たちと合流しましょう! 1体ずつは弱くとも数が多すぎて、私たちが相手をするには相性が悪いです!」
 苦無でG魔を牽制する栞の声を受け、他のメンバーも武器を構えた。地下班の装備は剣や銃などの物理攻撃系が主で、影のように動く大量のG魔に有効な面制圧能力に乏しい。征四郎の『パニッシュメント』でG魔がイマーゴ級と判明したものの、消えかけた女性をかばいながらだと、これだけの数が相手では油断できない。
「出たぁ弟者あああ!」
『兄者! これは従魔だッ!』
「これはこれで無理ぃ!」
『ったく、OK代われ!』
 スピリチュアルではないリアルホラーに戦意喪失した槇に代わり、誄が共鳴の主導権を得る。
「皆さん、先制行きますよっと!」
 すぐさま味方に合図をし、誄は『フラッシュバン』をG魔の中心に放り込んだ。
「きみ、動ける? ここは危険だから、僕たちと一緒にきて」
『は、はいぃっ!』
 その間に、英雄らしき女性の手を取った薙は霊安室の入り口へ斧を投擲。G魔を一時的に散らすと、征四郎を前衛にして一気に突破を試みる。
「ひっ!?」
 直後、廊下にいた控えG魔が四方八方から飛翔。津波がごときG魔が征四郎に襲いかかる。
「紫さん!」
 そこへかばうように前に出たのは栞。両手に苦無を握ってG魔を散らし、征四郎が対処できない面をカバーする。
「拓海さんたちも交戦しながら1階に下りているらしい! 僕たちも急ごう!」
「了解ですよ、っと!」
 続けて『ヘヴィアタック』で切り込む薙と『トリオ』で進路を確保する誄が続き、上階へ向けて駆け出した。

『きゃあっ!?』
「はあっ!」
 生理的嫌悪から上がるメリッサの悲鳴を聞きながら、拓海はフリジッドピッケルで地面ごとG魔を粉砕する。先に1階へ到着した上階班は、次々湧いてくるG魔を相手に後退しつつ、地下班の到着を待っていた。
『でも、まさかゴキブリが幽霊の正体だったなんてね』
「オヴィンニクがくわえて戻ってきたのには、少々驚かされましたけど」
 感心するリュカの声を聞きつつ、拓海の後ろから黒猫に指示を出す凛道。あの時、黒猫の口でもがくG魔を確認し、『ウェポンズデコイ』のライヴスを『黒い影』が食おうとしたため敵と判明し、地下班へ連絡を入れたのだった。
 なお、その時のヴィジュアルはトラウマものの気持ち悪さで、メリッサが小さく悲鳴を上げたのは拓海しか知らない。
「それにしても、こいつら一向に逃げる様子がねぇのは何でだ?」
『虫故に自意識が薄いのやもしれぬ。つまり、駆逐するまで続くと考えた方が妥当じゃな。ほれ、能力者殿まだまだくるぞ』
 彼方は天叢雲剣を抜き、『ジェミニストライク』でG魔の前線へ複数の斬撃を見舞う。どれだけ倒しても勢いを落とさない『黒い影』に、除夜はどこか楽しそうにG魔の推測を述べた。彼方は一層苦い顔をしつつ、接近するG魔を切り払っていく。
「全部凍らせれば早そうだけど、もう少し待つべきね」
 そしてアルヴィナは、後方から氷で形成された『銀の魔弾』や氷温の灼熱をまき散らす『ブルームフレア』を放ち、壁や天井のG魔を一気に巻き込んで消滅させていく。地下班の移動を妨げない配慮と同時、アルヴィナの戦闘を学ぶ六花へのお手本として積極的に攻撃を加えた。
「お待たせしました!」
 すると、エージェントたちが攻撃を加えていた通路の先から、『鷹の目』の鷹が飛来。少し遅れて、栞と思わしき少女の声が通路の先から響き、地下班の合流が近いことを全員が理解した。
「見ておきなさい、六花」
 そこで動き出したのはアルヴィナ。蝶の形をした氷――『幻想蝶』を通路の奥へと放ちG魔の動きを止める。程なくして姿を現した地下班が拓海たちの横を駆け抜けた瞬間、床を舐めるように『ブルームフレア』を広げ一気にG魔を無力化した。
 こうして全員がそろったエージェントたちは攻撃をG魔へ集中。最後の1体まで逃げる様子を見せなかったG魔が途切れ、念のためモスケールでライヴス反応を確認してようやく、『黒い影』は全滅したと判断した。

●幽霊騒ぎの真相
「疲れた。一先ず、H.O.P.E.に連絡するか」
『能力者殿も大概タフじゃのう……』
 G魔の討伐を終えた後、彼方は『黒い影』の正体を報告がてらG魔の生き残りがいないか確認してもらうため、H.O.P.E.へ応援を要請した。その際、ずっと前衛でG魔と戦いながら平然とした様子の彼方と、逆に精神的疲労が見える仲間の様子を比較した除夜は、感心と呆れを混ぜた声を漏らす。
『皆さん、ありがとうございましたぁ』
「それより、ここで何があったのですか?」
 地下班が救出した英雄へ征四郎が『ケアレイ』を施す。消えかけだった英雄のライヴスが回復した後、英雄が知る限りの事情を聞くことができた。
 英雄はリェスと名乗り、およそ1週間前にこの世界へ顕現。最初は暗いし怖いしですぐにこの廃墟から離れようとしたが、その前にG魔に襲われたようだ。リェスは元の世界では森の精霊で、体から植物のアニスやバニラに近い『甘い匂い』を無意識に発散しており、それがG魔の食欲を刺激したとリェスは推測する。
 その時、リェスはとっさにモスキート音のような『甲高い声』で威嚇し、G魔を退けたのだそうだ。その後も襲われそうになる度に超音波じみた声を出し、人が襲われそうになっていた時も同様に追い払っていたらしい。
 だが、敵の数を脅威に思ったリェスは廃病院の外にG魔を出さないため、この場にとどまり囮となることを決意。日に日にライヴスを消耗し、体が消えていく恐怖と孤独で悲しくなっては『すすり泣いていた』のだとか。
 そして、ついに肝試しの若者を助けるのが遅れ被害者を出してしまい、助けがくるまでリェスは一晩中彼らを声で護衛していたそうだ。それが原因でライヴスが枯渇状態になり、もはや消滅の寸前だったらしい。
 つまり、リェスは『黒い影=G魔』の巣窟にたまたま出現してしまった、全面的な被害者だったのだ。これまで姿を現さなかったのは、肝試しにきた人の会話から自分が幽霊と噂されていることを知り、攻撃されないように隠れていたからだとのこと。
 つくづく運がない英雄である。
「音無さん、ついでにリェスさんの保護もH.O.P.E.へ申請してください」
「了解」
 すべて話を聞き終えた薙は、通信を繋いでいた彼方にリェスの報告も依頼。誓約を交わす能力者が現れるまで、H.O.P.E.で保護してもらうよう手配した。
「これで一件落着だな。……しかし、リサの怖がり方って、結構可愛いかったな」
「……知らないっ」
 その後応援が到着し、エージェントたちも解散となったのだが、拓海がG魔に対するメリッサの反応を思い出し、楽しそうな笑みを浮かべた。不意打ちとはいえ、メリッサも思わず漏れてしまった自分の悲鳴を思い出し、顔を赤くして拓海からそっぽを向く。その反応がまた可愛らしく、拓海の笑みを深めたことには気づかずに。
「……ん、アルヴィナ……すごかった」
「あれくらいなら、六花もすぐにできるようになるわ」
 途中からG魔との戦闘を観察できる余裕が生まれていた六花は、自身よりも高い技量で凍気を支配していたアルヴィナを手放しに賞賛する。その反応に対し、アルヴィナは六花の頭をなでつつ微笑んだ。
「やはりまだまだ修行が足りぬでござる! 帰ったらすぐに修行でござるよ、栞!」
 他方、地下の探索で暗視ゴーグルに頼り、情報伝達用の五色米をG魔に食われ、忍者として力量不足を痛感したみほ。修行を連呼し、栞と稽古を重ねるためにダッシュで帰路に就いていた。

 事件現場の廃病院を改めて調査した結果、G魔は完全にいなくなったことが確認された。地域住民にも事件の情報が開示され、春の幽霊騒動はこうして幕を下ろしたのだった。
 後日、H.O.P.E.東京海上支部にて。
「わっ!? リェスさん、またゴキブリが集まってますよ!?」
『ご、ごめんなさぁ~いぃ!!』
 リェスを保護している間、匂いに引き寄せられて支部内のゴキブリ目撃数が急増し、信一を始め多くの職員の恐怖を煽りに煽ったという。おかげで、リェスはH.O.P.E.内でも人々に恐れられるようになったのだとか。
 本当に不憫な英雄である。

結果

シナリオ成功度 成功

MVP一覧

重体一覧

参加者

  • 『赤斑紋』を宿す君の隣で
    木霊・C・リュカaa0068
    人間|31才|男性|攻撃
  • 断罪者
    凛道aa0068hero002
    英雄|23才|男性|カオ
  • 『硝子の羽』を持つ貴方と
    紫 征四郎aa0076
    人間|10才|女性|攻撃
  • 優しき『毒』
    ガルー・A・Aaa0076hero001
    英雄|33才|男性|バト
  • 苦悩と覚悟に寄り添い前へ
    荒木 拓海aa1049
    人間|28才|男性|防御
  • 未来を導き得る者
    メリッサ インガルズaa1049hero001
    英雄|18才|女性|ドレ
  • 共に歩みだす
    魂置 薙aa1688
    機械|18才|男性|生命
  • 温もりはそばに
    エル・ル・アヴィシニアaa1688hero001
    英雄|25才|女性|ドレ
  • ひとひらの想い
    無音 彼方aa4329
    人間|17才|?|回避
  • 鉄壁の仮面
    那由多乃刃 除夜aa4329hero001
    英雄|11才|女性|シャド
  • サバイバルの達人
    藤林 栞aa4548
    人間|16才|女性|回避
  • エージェント
    藤林みほaa4548hero001
    英雄|19才|女性|シャド
  • その背に【暁】を刻みて
    阪須賀 槇aa4862
    獣人|21才|男性|命中
  • その背に【暁】を刻みて
    阪須賀 誄aa4862hero001
    英雄|19才|男性|ジャ
  • 絶対零度の氷雪華
    氷鏡 六花aa4969
    獣人|11才|女性|攻撃
  • シベリアの女神
    アルヴィナ・ヴェラスネーシュカaa4969hero001
    英雄|18才|女性|ソフィ
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