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依頼前の挨拶スレッド
最終発言2017/04/10 23:55:09
オープニング
この【AP】シナリオは「IFシナリオ」です。
IF世界を舞台としており、リンクブレイブの世界観とは関係ありません。
シナリオの内容は世界観に一切影響を与えませんのでご注意ください。
●突然の衝撃
「沙羅。帰ったぞ」
仕事から帰ったヴィクターは、家のなかに声をかけた。いつも通り、愛する妻が返事をしてくれるものと思っていた。
それなのに、まったく返事がない。それどころか、人の気配さえもない。
「……買い物にでも行ってるのか?」
またシャケを黒焦げにしたとか、シチューがなぜか真っ黒になったとか、コロッケが油に入れた瞬間に炭と化したとか……それで、慌てて夕食の弁当を買いに行った。まぁ、そんなところだろうと思いながら、ヴィクターはリビングの電気をつけた。
そして、リビングのテーブルの上に見慣れない紙があることに気づく。
「なんだ……これ?」
ヴィクターはその紙を手に取り、そして驚いた。
「……離婚、届?」
一生見ることなどないと思っていた用紙。その妻の欄はすでに埋められていた。他に手紙のようなものはなにもない。
その紙を手にしたまま、ヴィクターは途方にくれた。
●だって、エイプリルフールですもの
数時間前。
ここは超高層タワーマンション『H.O.P.E.』。
「あ〜! もう四月なんて、早すぎない!?」
沙羅はあっという間に過ぎていく季節に、肩を落とした。季節が過ぎるということは、年を取るということだ。自分の美貌が衰えるということだ。
「あら、本当。もう四月ですね」
「今日はエイプリルフールなのね」
「そうそう。今朝、子供が『ママ、大っ嫌い!』って言って、びっくりしたら、『うそだよ〜ん!』って」
「子供たちはイベントに敏感だものね」
「私たちも若い頃はいろいろやったわよね〜」
マンションのカフェラウンジに集まる”ご近所さん”たちが口々に言う。
彼女たちの話を聞いていた沙羅はいいことを思いついた。
「奥様方、あたしたちも、ダーリンをびっくりさせない?」
いたずらっ子のように笑った沙羅は、『奥様』たちにとんでもない提案をし、『ダーリン』たちを巻き込むことになる。
解説
IF設定のシナリオになります。
登場するすべてのPCは既婚者であり、超高層タワーマンションに住む”ご近所さん”同士です。
能力者と契約英雄の夫婦でも、能力者と能力者、英雄と英雄の夫婦でも結構です。
同性同士の結婚もウェルカムな世界設定になります。
お仕事はH.O.P.E.のエージェントでも、そうでなくてもOKです。
●状況
奥様(主夫可)は、旦那様(キャリアウーマン可)が気づくところに離婚届を置いておきます。
もちろん、奥様は旦那様と離婚する気などありません。エイプリルフールの嘘です。
そんな嘘に、狼狽する者あり、冷静にスルーする者あり、喜ぶ者あり、嘘と気づいて嘘返しをする者あり……と、いろいろな反応があると思いますが、旦那様役のPCの反応をプレイングとして書いてください。
さらに、旦那様の反応に対する奥様役のPCの反応もお書きください。
●場所と時間
場所:超高層タワーマンション(52階建)
マンションのなかにはカフェラウンジやバーラウンジがあります。
日時:4月1日 18時〜24時
リプレイ
●嵐は突然に
「ただいまー!」
木霊・C・リュカ(aa0068)は扉を開ける。乗る駅は違うけれど、同じ電車に乗るガルー・A・A(aa0076hero001)と一緒だ。
家のなかが真っ暗なことにガルーは嫌な感覚を持つ。
目の見えないリュカは暗闇に怯むこともなく、部屋のなかを進む。一応、ガルーのために電気をつけながら歩く。
リビングダイニングに入ったガルーは、食卓の上に嫌な色で縁取られた用紙を見つける。
「リュカちゃん……これ……」
自分の目を疑いながら、ガルーはリュカにその紙を触らせた。
「……薄くてペラペラの上質紙、A3……これは……婚姻届!」
「違うだろ!」
「せーちゃん、誰と結婚する気なの!?」
「リュカちゃん、冷静に現実を見て!!」
「えっやだ見えない、そんな紙見えないからね!!」
(あ、一応、これがなんなのかちゃんとわかってんだな……)
ガルーはリュカに生温かい視線を向けたが、他人事でないことをすぐに思い出す。
「……とりあえず、落ち着こう。お茶飲む? お茶淹れよう」
「いや、そういうのいいから。つーか、手に持ってんの急須じゃないから、とっくりだから」
「っ! どうりで手になじむと思った!」
ガルーはリュカを椅子に座らせ、手際よくお茶を淹れてやる。
やっと落ち着きを取り戻したリュカは、机に両肘をついて指を組み、手を口元に持ってくるゲンド○ポーズで思案する。
「や、やっぱ歳かな……大学で超イケメンの男子に出会っちゃったとか……」
「あー、征四郎モテそうだしな、可能性はあるな」
「は? え、何? 聞こえなかった。またお酒の金額が家計を圧迫したのかもしれない。うん。きっとそうだ。そうに違いない!」
自分から言いだしたイケメンの可能性は忘れることにしたらしい。
ガルーも一口お茶を飲み、考えるが、こちらは離婚届の理由などまったく思いつかない。
「……おかしい、心当たりがまったくない。最近はキャバクラも行ってないのに……この間の飲み会は男ばっかりだったし……男同士とか、年齢が離れてるとかは……今更だしな」
嫁を溺愛しすぎて、浮気などするはずもない。理由となるようなことはなにひとつ思い浮かばず、ガルーは頭を抱える。
そんなガルーの様子に、リュカはにこりと笑って言った。
「ガルーちゃんはそのままサインしていいのよ?」
「なんでリュカちゃん、俺様には辛辣なの……でも、今日は余裕なさ過ぎて、顔青いぞ。大丈夫か?」
離婚届とLINEの返事の返ってこないスマホを見つめたまま、無言になる二人。
一分、二分と時が無駄に過ぎる中、二人は同時に立ち上がった。
玄関の入り口、バイクのキーをいつも置く下駄箱の上に、見慣れない紙を見つけ、赤城 龍哉(aa0090)は眉間に深いしわを寄せていた。
「修行に打ち込み過ぎたか……いや、仕事で戻れない事も少なくないが」
離婚届はその場に置いたまま、とりあえず家のなかに入りながら龍哉は考える。
「考えてみれば休日もトレーニングに充てる時間が多いのは否定できない……とは言え、体が資本である以上、鈍らせる訳にはいかねぇしなぁ」
冷蔵庫の中からスポーツドリンクを取り出し、喉を潤す。お腹が空いているので、食パンを食べ、腕寂しいので、手近にあったダンベルを無意識に手に取って上げ下げをし始める。
いろいろ動いてはいるが、同時に真面目に考えてもいる。
「つか、紙一枚をあんなところに残して当の本人はどこ行ったんだ」
ダンベルは下ろさず、食パンの残りを口の中に押し込んで、空いた手でスマホを操作する。電話をかけるも留守電になってしまったので、電話を切った。
スマホをポケットにしまい、食パンをもう一枚取り出して食べる。とりあえず、マンション内を探そうと、再び靴を履いた。
「くぉら、ロリ嫁!! お弁当がちくわしか入ってなかったんだけど、どーいうことよ?? 仏のヴァレンティナちゃんも激おこなんですけどー」
帰ってくるなり、愛の暴言を吐いているのはヴァレンティナ・パリーゼ(aa0921hero001)だ。いつもだったらすぐに愛の暴言の返事があるはずが、家のなかからまったく返事がない。
しかし、そんなことにも気づかないくらいに激おこなヴァレンティナは大股で廊下を通り、リビングの扉を勢いよく開ける。部屋が暗いことにやっと違和感を覚えるも、激おこなので、嫁がいないことをあまり気にせずに、部屋が暗いまま冷蔵庫を開けて、オレンジジュースを取り出した。コップに注ぐこともなく、大瓶のまま飲む。ちくわの文句を言いながらも、冷蔵庫からちくわを取り出して小腹を満たす。
そして、冷蔵庫から漏れる明かりで、テーブルの上の用紙に気が付いた。
「……ん? なによコレ??」
離婚届はすべて記入済みで、あとはヴァレンティナがハンコを押せばいいだけにしてあった。
ヴァレンティナは茫然とし、次に手が震え、涙が溢れ、慌てて電気をつけた。
「離婚届と一緒に手紙……」
『いくら注意しても家のことを気にしてくれないバカに愛想が付きました。ひとつひとつの出来事は些細でも、積み重なれば嫌気がさします。もう実家に帰ります』との文面に、ヴァレンティナはさらに動揺する。
「……待て、これは政府の陰謀よ……これはきっと寂しいちびっこが構って欲しくてカマしてるイタズラよ」
そう自分に言い聞かせる声は震えている。
「しばらく待ってれば、帰ってくるわよ。どうせ、その辺のコンビニとかで時間潰してるだけなんだから……」
自分を落ち着かせるためにいろいろと言ってみたが、ポロリと口から不安が漏れる。
「……マジだったら、どうしょう」
言った瞬間、一気に怖くなった。
寝室、自分の書斎、トイレ、お風呂場と部屋中を探したが、蜜柑の姿はない。蜜柑の姿がないことをやっと理解し、動揺は激しくなり、ヴァレンティナはその場にへたり込んだ。
荒木 拓海(aa1049)とメリッサ インガルズ(aa1049hero001)はカフェラウンジにいた。
「話ってなに? 家じゃダメなの? せめて、バーラウンジのほうだったら、おいしいお酒が飲めたのに」
今日はエイプリルフール、嘘が許される日だ。とは言っても、嘘をつきなれていない拓海には、なかなか難しい。
嘘などつかないほうがずっといいに決まっている。けれど、今の現状を変えたい。
拓海が資格の勉強をする時間を確保するためにメリッサが働きに出て家計を支える。結婚する時にはメリッサも家事を覚えて分担すると言っていたのだが、気づけば、家事の全てを拓海がしている状態だった。
現状を変えたい。それだけを願って、拓海は変化の一歩としての嘘をつく。
「……これ」と、拓海は自分の欄は記入済みの離婚届をテーブルの上に置いた。
狒村 緋十郎(aa3678)はいつもかなりの早歩きで帰ってくる。なんだったら全力疾走で帰ってくることもある。それは愛してやまないレミア・ヴォルクシュタイン(aa3678hero001)に一秒でも早く会いたいからだ。そんな溺愛の嫁がまさかの離婚届を玄関の扉に貼り付けていた。そして、そこには、『屋上に来なさい』という手紙も貼ってあった。
離婚届に一瞬、立ちくらみがした緋十郎だったが、レミアの文字が書かれ、残り香も残る離婚届も手紙も丁重に扉から外して、丁寧に折りたたむとポケットにしまい込んだ。
●かけひき
ヴァルトラウテ(aa0090hero001)はバーラウンジで沙羅といた。
「一度現状を省みて貰うには良い機会かもしれませんわね」
夫の留守に家を護るのは当然のことではあるが、もう少し気を使ってくれてもいいとヴァルトラウテは思う。
「うちも仕事ばっかで、こっちのことはおかまいなしだわ」
沙羅も不満そうに言う。
日頃の愚痴が盛り上がってきたところに、龍哉がバーラウンジに入ってきた。そのことに気づいた沙羅は、ヴァルトラウテに耳打ちした。
龍哉は夜景の見える窓際に沙羅の姿を見つけて近づいた。
「あんた、ヴァルを見なかったか?」
「それなら」と、沙羅はバーの出入り口を指さした。龍哉が視線を向けると、バーから出て行くヴァルトラウテの背中が見えた。
龍哉は慌てて後を追う。
上へのぼるエレベーターに乗ったヴァルトラウテは、急いで閉めるボタンを押す。龍哉は階段を駆け上がる。
しかし、屋上には誰の姿もなく、LINEに「下ですわ♪」とメッセージが届いた。
龍哉が階段で屋上まであがるだろうということは容易に想像でき、ヴァルトラウテはすぐにエレベーターを乗り換えて下へ向かっていたのだ。
「あいつっ!」
龍哉は屋上の手すりに足をかけると、ためらいもなく飛び降りた。地上の手前、マンションの庭の木に掴まり、落下速度を落としてから地面へと飛び降りる。
メリッサはすこし驚いたようだったが、取り乱すこともなく、冷静に離婚届を見つめた。
「……結婚した以上、気持ちを継続させる努力を怠った時には離婚も有ると覚悟してたわ」
そうメリッサは冷静に言った。
「拓海の力になりたい、二人で幸せに……って思ってたけど、思うだけで、家事、親戚・近所付き合い、全部して貰ってたから……勉強する暇も無かったわよね。ごめんなさい」
メリッサは離婚届を見つめたまま言った。反省した様子に、拓海は数ミリ、体を前へ乗り出す。
(……効果あった?)
メリッサは言葉を続けた。
「幸い……結婚一年、揉める程の共有財産も子供も無いし。同じフロアの沙羅ちゃんに頼めば、証人欄を埋めてくれるし……どちらが有責とか騒がず、さらっと別れましょう」
目に少しだけ涙をためて、それでもメリッサは凛と真っ直ぐな眼差しを拓海に向けて、なんとか口元を笑顔にした。
しかし、そんな深刻な事態を望んでいたわけではない拓海は慌てる。
「ちょっ! 待って、もっと話し合うとか……リサも言いたいこととかあるだろう? 弁当にちくわ率が高いとか、なんか、そんな……あるだろっ!?」
「……大丈夫よ、私は別れないでと縋って泣く可愛い女じゃないわ」
「本当に良いのか!? いや、ダメだろ!?」
「これももう外さなきゃね」と、メリッサが指輪を外そうとする。その手を拓海は握って止めた。
「いや、まだいいから! てか、つけてて!!」
寝室のウォークインクローゼットのなか、夢洲 蜜柑(aa0921)は膝を抱えて、ヴァレンティナの様子を伺っていた。
「なーにが激おこよ」と、蜜柑はクローゼットのなか、小声で呟いた。
「こちとら激おこぷんぷん丸よ。ちくわ入れてあげただけでも感謝しなさいよね! 二十六歳児はお弁当箱は夜のうちに出しとけって何十回言ったらわかるのよ! 自動でお弁当ができるとでも思ってんのかしら!」
腕組をしてぶつくさ呟いている蜜柑の耳に、まるで小さな子供のような泣き声が聞こえてきた。
「……ぐすっ。ふぇっ……」
「……やだっ」と、二十六歳児から大粒の涙がこぼれた。
「蜜柑いないのやだぁ……!!」
隠れていた蜜柑も驚いた。ヴァレンティナは泣き叫び続ける。
「やだぁ!! もうプリン勝手に食べないし、お皿も洗うからぁ……!!」
「あ~~~……も、もう、わかった、わかったからぁ!!」
蜜柑は隠れていた場所から出てきて、へたり込んでいたヴァレンティナを抱きしめた。
「もう! 泣かないでよ!!」
「蜜柑~~~!」
ヴァレンティナは蜜柑の体にぎゅうっと抱きついた。
リュカは紫 征四郎(aa0076)の大学の図書館に来ていた。
本好きのリュカは、この大学の図書館が好きだった。所蔵数も多かったけれど、真剣に勉学に取り組んでいる学生たちの空気も好きだった。だから、征四郎を迎えに来た時には、必ずこの図書館に立ち寄っていた。
征四郎がここにいるという確証があったわけじゃない。しかし、ここにいてほしいと思った。自分との思い出のあるこの場所にいてほしいと。
図書館に入ると、まだ数名の学生の気配がある。リュカはいつも行く点字図書の棚へと向かう。
その棚に近づき、甘い気配を感じる。
「……せーちゃん」
本を読んでいる人たちの邪魔にならないように小さな声で愛する人を呼ぶ。
そこでリュカが来てくれるのを待っていた征四郎は、抱きつきたいのをこらえて、その手を握った。
緋十郎は屋上へ向かって走りながら、こうなった理由を考える。
鞭打たれ悦ぶ変態性。幼女少女を好む変態性。酒癖の悪さ。愚神雪娘との共存を願い続けている事……。
「どれだ?」
いや、すべてだろうと、この場に常識的な第三者がいたらきっとツッコミを入れるところだ。
跪けば許されるのか? 下僕になれば許されるのか? 俺の血を全部くれてやれば許されるのか? いろいろ考えてはみるものの、結局は自分に美味しいことしか思いつかない。
屋上へ出るガラス扉の先、自分の最愛の人がいる。もう一歩でも近づけば、自分は別れという地獄に突き落とされるのかもしれない。それでも、愛する彼女に会いたいという欲望に逆らうことなどできず、緋十郎は歩みを進めた。
扉の先には、光り輝く街の夜景。しかし、そこにレミアの姿は見えない。
緋十郎が困惑していると、後ろ、頭上に威圧的な気配を感じた。振り返ると、空には鋭い三日月。
その下、金色の髪は月の光を受けてさらに美しく、漆黒の外套がワインレッドのドレスを鮮やかにする。真っ白な肌は細い腕をさらにか弱く見せる。それでも爛々と光る意志の強い血色の瞳はレミアの真の強さを隠すことはない。
「……」
緋十郎は、レミアの美しい姿に息を飲み、何度目かの恋にまた堕ちる。
ガルーはオリヴィエ・オドラン(aa0068hero001)のバイト先に来ていた。
スタッフの出入り口で待っていると、オリヴィエが出てきた。
「今日、バイトとか、聞いてないけど?」
「急に助っ人を頼まれたんだ」
「離婚したいとかも、聞いてないけど?」
「思い立ったら吉日って、言うだろう?」
「それ、俺がプロポーズした時に言ったやつ」
早歩きで歩くオリヴィエの手を握って、ガルーはオリヴィエを引き止めた。
そして、深紅の薔薇の花束をオリヴィエに渡す。
「……」
驚いているオリヴィエに、ガルーはプロポーズの時のような真剣な眼差しで言った。
「何が悪かったのかわかんねぇまま謝るのも礼に反するとは思うんだが、このまま離婚されるのは非常に困る。耐えられない。お前さんはもう少し知るべきだ。俺様がどれだけリーヴィを愛しているか」
ガルーの行動に何度か瞬きをしたオリヴィエは、ふふっと声を漏らして笑った。
●愛情と嘘
今度は、そんなオリヴィエにガルーが驚いて瞬きをする。
「今日、何の日か覚えてないのか?」
「……」
ガルーはしばし考え、それから手のひらで顔を抑える。
「あ〜〜〜、そういうことか!! うわぁ〜、俺様、超恥ずかしいやつじゃん!!」
オリヴィエは笑いながらも、薔薇の花束の香りを嗅ぐ。
「まぁ、でも、悪い気はしないな」
「……ちゃんと、わかってんだよな?」
ガルーの言葉に、オリヴィエは真正面から答える。
「I know……だったか?」
旦那様の愛情の深さは、自分が一番よく知っている。それは当然のことだった。
「帰るか。せっかくの花束だし、へたれる前に花瓶に移そう」
そう言ってマンションへ向かおうとしたオリヴィエの手をガルーはつなぐ。
「プロポーズしたレストラン、覚えてるか? 久々に、二人で食べに行こう」
「……そうだな」と答えながら、オリヴィエはきっちりと釘もさす。
「今度、女装服買ったらこづかい50%カットするからな」
龍哉はヴァルトラウテがマンションの門を出る前に捕まえた。
「……どうやったら、こんなにはやく降りてこられますの?」
さすがのヴァルトラウテも、夫が屋上から飛び降りることは予想できなかった。
「……あれは本気か?」
ヴァルトラウテは神妙な表情を見せる。その顔に、龍哉はますます眉間にしわを寄せた。
「ええ……と、」と、ヴァルトラウテはテレビ番組のように後ろからプラカードを出した。
「これですわ!」
“エイプリルフールサプライズ!!”
龍哉は眉間にしわを寄せ、不満そうな表情になったものの、ヴァルトラウテを引き寄せて、しっかりと抱きしめた。
「……四月バカにしてもやり過ぎだ」
その声がやけに優しくて、ヴァルトラウテは旦那様の腕の中で微笑んだ。
こちらはカフェラウンジ、「じゃ、先に実家に電話」と、スマホを取り出すメリッサの手をまた拓海は握る。
「それもしなくていいから!」
「拓海がしてくれるの? それじゃ、私はお祝いしてくれた人達に説明を……」
メリッサはスマホを操作して、連絡帳を確認する。
「やめてくれ!!!」
叫んだ拓海は離婚届を二つに破った。
「ごめん!!! 調子に乗りました! 離婚届は嘘だし、別れたいなんて1ミリも思ってないし、二人分稼いでくれてるのも、応援してくれてるのもわかってる!」
「だから」と、拓海は頭を深く下げた。
「別れないでくれ!!」
メリッサはスマホをテーブルにおいて、拓海の手に触れた。
「ちくわの話あたりで気づいてたわ」
「え?」と、拓海は顔を上げる。
「嘘は……楽しいのが良かったな……」
「ごめんっ!」と、拓海は再び頭を下げた。
「負担かけてるの自覚してるから、言われても仕方ないな……ってどこかで感じてて……だから、最初は本気にしたんだから……ね」
そう話したメリッサの目にはまた涙が浮かぶ。
拓海は慌てて、メリッサの瞳の涙を指で拭う。
「!! 泣かないで、もうしないから! リサの涙なんて、見たくないから」
メリッサはふふっと笑って、「嘘泣きよ」と、強がる。
「騙される気分も味わいなさい」
「……うん。リサと本当に別れるのかと思ったら、すごく怖かった」
拓海はメリッサを引き寄せた。
「お詫びは、高級アクセでいいからね」
そうメリッサは拓海の頬にキスをして、拓海は青ざめた。
屋上入口、その屋根から降りたレミアに、緋十郎はその大きな体に似つかわしくない動きで、レミアの足元に頽れて、白い足にすがり、無言のままにレミアへの想いがだだ漏れて、足に頭を擦り付けて許しを請う。気持ちが極まりすぎて言葉もなく、すがる。
人としての言葉のない行為は、まるで本物の獣のようで、レミアは嗜虐心をくすぐられる。
レミアは容赦なく、ヒールの高いブーツで緋十郎の頭を踏みつける。緋十郎は抵抗もなく、なされるがまま、その額をコンクリートに押し当てているが、その顔が恍惚としたものであることは、レミアには見なくてもわかることだった。
自分よりも何倍も大きなこの獣は、永遠に自分だけの下僕なのだと、レミアはその唇の角をますますあげる。
ブーツの爪先を緋十郎の顎下に入れ、レミアは緋十郎の顔を起こさせる。
「寛大なわたしが、どれ程色々我慢してあげていたか。知らなかったのでしょう……?」
緋十郎の目の奥が、不安に揺らぐ。それに気をよくして、レミアはふふふと笑う。
レミアは緋十郎の首筋に鋭く尖った爪をぷつりと音が出るほどに突き立て、傷口から丸い球体を作って溢れた血が流れる様を侮辱するように見下ろした。
「もう吸血もしてあげないわ。血なんて、別に緋十郎のじゃなくても、幾らでも手に入るのだもの。緋十郎の血など、もう一滴も口にしないわ」
爪についた血を、レミアは緋十郎の頬に拭った。
緋十郎は許されない事実に目の前が真っ暗になり、レミアの華奢な腰に腕を回して力任せに抱き寄せた。
「ダメだ。他のやつの元になど行かせない。俺はレミアじゃなきゃダメなんだ。俺の心を、人生を満たすのは、レミアだけなんだ」
巨大な獣が無様な弱々しい声を出して、自分に抱きついていることがレミアは楽しくて仕方がない。
「緋十郎って、どうしょうもないほどにクズでとんでもなく無様よね」
レミアに泣きすがりながらも無意識にレミアの匂いを肺のなかに溜め込んでいく獣を、レミアはその肩を足で蹴って離す。そして、そのまま、緋十郎をコンクリートに押し倒した。
「こんなクズ、私以外に誰も愛さないでしょうね」
緋十郎の体の上に跨り、レミアの言葉の真意を理解できないままの獣の首筋に、レミアは鋭い牙を深く、深く、突き刺した
征四郎はなにも言わずに、リュカの手を引いて外に出た。リュカは見えない表情にどきどきとしたが、征四郎の手がリュカを拒絶していないことにほっとした。
「その、えっと、原因がまだわかってなくて……」
征四郎が足を止めたところで、リュカは話し出した。
「お酒のことならごめんなさい節制します、歳は……ちゃんと若く見えるように俺頑張る、し! もう一度、話し合いませんか……」
緩んだ征四郎の手を、今度はリュカがきゅっとすこしだけ強く握った。
「おいてかれたく、ないなぁ……」
眉尻を下げて、心底困っている様子のリュカの腕のなかに、征四郎は飛び込んだ。
「……せーちゃん?」
「そんな訳ないじゃ無いですか。お酒の飲みすぎは体の方がちょっと心配ですけど。若いとかじゃなくて、その、征四郎はリュカだから結婚したかった、のですよ」
リュカは征四郎の体をしっかりと抱きしめる。
「離婚届けなんて置いて、ごめんなさい。でも、今日はエイプリルフールですから、いつもリュカの女装にドキドキさせられているお返しです。そろそろ女装はやめてくださいよ?」
「エイプリルフール? ……そっか」
離婚届は嘘だとわかり、リュカは心底ほっとした。ほっとしたら、お腹がか細い声で鳴いた。
リュカと征四郎は顔を見合わせて、笑った。
夫婦二人、仲良く過ごすためには、時にはいたずらや嘘、不満を露呈する機会が必要で、年に一度、思い切ってそれが許される日。
けれど、嘘は時に劇薬にもなるため、容量用法を守って使うことが大切だ。
「……蜜柑」
なかなか涙が止まらなかったヴァレンティナの涙がようやく止まり、甘えるような声を出した。
「お腹空いた」
蜜柑は苦笑し、夕食を作るために冷蔵庫を開けた。そして、ちくわがないことに気づく。
「……こんっの、バカ二十六歳児! ちくわ食べちゃったら、夕食作れないじゃないの!」
「にゃんだってー! このロリ嫁が! またちくわの予定だったのかぁ〜!?」
……どうやら、この二人の夜はまだまだ長そうだ。