本部

【卓戯】連動シナリオ

【卓戯】暴走! ヴォジャッグレーシング!

雪虫

形態
ショートEX
難易度
やや難しい
オプション
参加費
1,500
参加制限
-
参加人数
能力者
8人 / 5~8人
英雄
8人 / 0~8人
報酬
普通
相談期間
4日
完成日
2016/11/10 19:00

掲示板

オープニング


 ヴォジャッグは有頂天になっていた。
 思えばここに来るまで様々な事があった。最初は超強敵トリブヌス級愚神としてブイブイ言わせていたはずなのに、いつの間にかモヒカンを刈られ、橋の下に落ち、せっかく作った付けモヒカンを剥ぎ取られ……ヴォジャッグが筋骨隆々の世紀末的なんちゃらではなくたゆんたゆんの萌えキャラだったら「こころがつらい。もうかえる><。」とか言ってたレベルの仕打ちである。
 だが、ヴォジャッグはここに辿り着いた。背後には「このナイフが血を欲しがってるぜヘッヘッヘ」とか言いそうな感じの世紀末的ななんかそんなの。そう、ヴォジャッグは辿り着いたのだ。このモラルのモの字も存在しない、退廃と悪徳の街人呼んで『デストロイシティ』に!!!
 いつの間にかデストロイシティに辿り着いたヴォジャッグはここが何処かとかは特に深く考えなかった。とにかくノリと勢いに任せて欲望のままにヒャッハ―した。そして気付いた頃には街のストリートギャングの親玉に収まっていた。説明が雑過ぎるとかツッコミを入れてはならない。
 この街は中々良い所だ。背後に世紀末を従えながらヴォジャッグはフッと笑みを漏らす。そうとも、モヒカンを刈られる事もない。「ヴォジャッグ? そんなヤツいたっけ?」なんて幻聴に悩まされる事もない。俺の居場所はここだったのだ。
「さあ野郎共! 今日もあの血のように赤い夕陽に向かってバイクをブチ走らせるぜヒヤッハァァア」
「何を馴染んでしまっているのか」
 その時、ヴォジャッグの背後から聞き覚えのある、かつ心底呆れかえったような声が聞こえてきた。「ああん?」と首を巡らせると、そこには見覚えのある紳士が一人。
「愚神商人……テメエ今更何しにきやがった!」
「それはこちらの台詞ですよ……行方知れずになっていたと思ったら……はあ、まあいいでしょう」
 愚神商人は心底呆れた調子で呟いた。今まで何をしていたのかとか、ここが何処だか分かっているのかとか話題は探せばいくらでもあるが、別に言う必要はないだろう。大事なのはそこではないし。
「実は、HOPEとの大きな戦いが近くてですね……」
「何、HOPEだと!」
「はい。それで、この辺りに愚神側の本隊がいますので、援軍を連れて向かっては頂けませんか? あなたにもすでに縁遠い話ではないでしょうし」
「皆まで言うな。俺も丁度ヤツらをブチ殺してやりてェ所だしよォッ!」
 あっさりと乗ったヴォジャッグに愚神商人は肩を落とした。ここがゲームの世界で、配下達もゲームの駒だと知ったらショックを受けそうだが……まあいいか。愚神商人は地図と現地までの道を教えると、そのままあっさり何処へともなく姿を消した。


「件のドロップゾーン内でヴォジャッグが発見された。どうも何かを企んでいるようだ……今すぐ現場に行き、ヴォジャッグの計画を阻止してくれ。くれぐれもヤツと本格的な戦闘はしないように。君達を過小評価する訳ではないが、ヤツは腐ってもトリブヌス級、古参の強敵である事には変わりはない。これが本戦でもない訳だし……つまりは時間稼ぎが目的となる。
 君達の動きに合わせて脱出ポータルを構築する。設定としてはエージェントが入った場合はHOPEに戻れるように、ヴォジャッグが入った場合は人のいない所に出る様にするつもりだ。必要があれば使ってくれ。……くれぐれも用心するように」
 オペレーターの言葉に頷きを返し、エージェント達はコンソール型機材『VR-TTRPGシステム』へ飛び込んだ。いかにも世紀末バイクレーシング観なその世界で待っていたのは、以前はなかったはずの兜(赤いトサカ付き)を頭上に頂き、今まさにバイクで走り出そうとしていたヴォジャッグとその手勢のギャング。
「……ん? HOPEの連中か。今すぐ引き千切ってやりてェ所だが、テメエらみたいな少数のザコ共に構っている暇は……」
『そうそう、ヴォジャッグはモヒカンを刈られ付けモヒカンにしていたらしい。この情報が何かの役に立てばいいが……それじゃ』
 その時、通信機から唐突にオペレーターの声が入り、そして切れた。タイミングがいいのか悪いのか分からない。顔を上げると頭に兜(赤いトサカ付き)を頂く世紀末覇者が全面に青筋を立てている。
「誰のせいだと思ってんだゴルアァァアッ!」
 エージェント達はいつの間にか手元にあったバイクに咄嗟に飛び乗った。これはチャンスである。そしてそのまま目に入ったコースの一つへ入り込んだ。背後からはバイクの音とモヒカン頭(?)のダミ声絶叫。
「まずは前菜! テメエらの頭を皮ごとムシって俺のモヒカンにしてやるずェゴラアァァアッ!」

●バイクの説明(今シナリオ上のルール)
・PCはこの世界に到着したと同時に能力者・英雄一組につきバイクを一台配布されている
・バイクを運転した事がない者でも共鳴状態であれば操縦出来る(この世界限定)
・バイクの移動力=運転者の移動力の2倍
・運転者の攻撃力が高い程、敵を攻撃した時敵の速度(距離カウンター)を落としやすく敵バイクを壊しやすい
・運転者の防御力が高い程、敵から攻撃を受けても速度を落としにくくバイクを壊されにくい
・運転者の生命力が高い程、バイクが壊れにくい
・その他に関してはチェイスルールに準じる

●注意点
・走行している敵の中で最も距離カウンターの低い者から、さらにカウンターが5点以上低いPCはレースから脱落(このルールはPC、敵NPC双方に適用)
・PCが脱落した場合現実世界に強制送還
・ヴォジャッグが『通常コース』で脱落した場合、そのまま愚神本隊へ向かってしまうので失敗とする
・距離を引き離すには純粋に移動力で引き離すか、攻撃を命中させて速度を落とさせるかのどちらかが主な手段となる
・バイクが壊れた/バイクから降りた場合「脱落」とする

●通常コース([]内は走行環境)【PL情報】
・スラム街の路地裏[-2] 横幅3sq、直角コーナーが連続し、道がガタガタしている 
・車影のある通常道路[-1] 横幅6sq、所々で車(無人)が走行している
・湾岸の高速幹線道路[+1] 横幅8sq、1ターン毎30%の確率でタンクローリーが逆走してくる(走る箇所はランダム)
 通常コースでは3ターン毎に以上の3種類の順にコースが切り替わる。最初のコースは「スラム街の路地裏」
 ヴォジャッグ以外の敵が全員脱落すると決戦コースに移行する

●決戦コース【PL情報】
・都市中央を一直線に貫く巨大な幹線道路[+2] 横幅7sq。障害物なし。70sq地点で道路は途切れており、その先にドロップゾーンからの脱出ポータルがある。ヴォジャッグが脱出ポータルに落ちた場合海のド真ん中に出現する

解説

●目標
 ヴォジャッグの愚神本隊合流阻止

●敵NPC
 荒くれ共
 ヴォジャッグと一緒にヒャッハ―しているこの世界の住人。一般人被害者の精神体であり、人間扱い。脱落させると現実に戻る。攻撃しても/脱落させても被害者に影響はない
 二人一組でバイクに乗り、一人が運転、一人が敵の妨害を担当。機動力はそれなり。全員一回だけ移動力を二倍にする事が出来る
・ロケットランチャー×3:一か所への遠距離攻撃が可能
・ちらし×2:後方にちらしを撒き散らし無差別に走行妨害
・ガス噴射機×1:周囲に広範囲にガスを撒き散らし無差別に視界妨害


 ヴォジャッグ
 物理特化のパワーファイター型。武器は斧。モヒカンヘッドが自慢……だが兜を被っている。モヒカンの恨みを思い出しPC抹殺のため追撃中
 バイクは凄まじい機動力と耐久力を有する魔改造バイク(今回は直らない)。
 
 アクティブスキル
・クリメイトダート
 広範囲への火炎攻撃。減退【2】付与
・アックスキッス
 スクエアを貫通する直線攻撃。攻撃判定を二度行う

 パッシブスキル
・ロードキラー
 バイクによる暴走移動。ヴォジャッグが移動するスクエア上の対象に攻撃判定が発生
・グラップルボム
 「クリメイトダート」以外の攻撃・スキルが命中時、命中した対象を中心とした範囲(1)内の対象(ヴォジャッグ以外)へ2d6ダメージ。また回避を行う対象に回避時ペナルティを付与
・怒髪天
 モヒカンへの恨みにより拘束・気絶無効

●その他注意点
・敵がPC達を追い掛けレースが開始した所からリプレイスタート
・持ち込める物は装備・携行品のみ

リプレイ

●前戦
 コースに入り込んだエージェント達は、突如襲い掛かった地面のガタ付きに戸惑いを余儀なくされていた。気付けば周りは薄汚れたレンガの壁に囲まれており、高速で去っていく路上には紙屑やら空き缶やらがこれみよがしに散乱している。スラム街の路地裏コース……国塚 深散(aa4139)はご自慢の、艶やかな黒髪と同系色のスーパースポーツタイプバイクの体勢を立て直すと、金色に光る瞳を背後を映すミラーへ向けた。一瞬「待てこのクソゴミ虫共がぁぁあッ!」と叫ぶ愚神の姿が映ったが、深散がコーナーを曲がったために一瞬消え、そして再び姿を現す。
「待てこのクソゴミ虫共がぁぁあッ!」
「(これがトリブヌス級……)」
『(ケントゥリオまでしか直接の交戦経験は無いから初だね)』
「(思ってたのと、なんか違う)」
 脳内に響く九郎(aa4139hero001)の声に深散はざっくり言葉を返した。もちろん特徴は人それぞれ、もとい愚神それぞれだろうが、背後を走るのが頭にトサカ付き兜を頂く世紀末荒くれ暴走筋肉とくればそういう反応にもなるだろう。
「……まだ元気だったの」
『シぶトサはレガトゥス級ジャないかナァ』
 一方、佐倉 樹(aa0340)はシルミルテ(aa0340hero001)と共にバイクを駆りながら息を吐いた。アリッサ ラウティオラ(aa0150hero001)も志賀谷 京子(aa0150)と青い瞳を共有しつつ呆れを声に滲ませる。
『まさか性懲りもなくまた登場してくるとは―』
「正直なところ、思ってたよね」
『……まあそうですよね』
『彼奴、何度も出て来て恥はないのかな』
「恥があったら今頃死んでる。畜生と同列と思えば考えても無駄だろう」
 ナラカ(aa0098hero001)の呟きに八朔 カゲリ(aa0098)は共鳴後の銀髪を風になびかせ言葉を返した。だがいくら文句を吐こうとも、しぶとさだけはレガトゥス級が消えてくれる訳ではない。Masquerade(aa0033hero001)と共鳴し、今は意識のみの存在であるDomino(aa0033)も面倒そうに目を眇め、ベネチアンマスクと王冠を頂く相棒へと語り掛ける。
「ただでさえゴタついてるトコにヴォジャッグなんて来たらもー面倒臭いのは目に見えてるッスよ。つーワケで、あのモヒカンズラ野郎を徹底的に蹴落とすッス。指示は出すッスから、王様上手く動いて下せーッス」
「何をごちゃごちゃと喚いてやがるクソ共がっ!」
 ヴォジャッグは怒声を撒き散らし速度を上げようと試みたが、前方に壁を認め慌ててハンドルを横に切った。その光景の珍しさに深散はふと言葉を漏らす。
「私たちが愚神に追われる側になるなんて、いつもとは逆ですね」
『今は気分よく追いかけてもらおう。鬼ごっこの始まりだ』
 遊戯を嘯く九郎の声に深散もわずかに笑みを見せ、殿を務めるべくバイクの速度をわずかに落とした。全速力は基本出さず、余力を保ち、出来れば荒くれ共の攻撃を誘発したい所だが、悪路を走る今は攻撃よりも走行の安定を優先させる。
『狭いね。横に広がれない』
「まだスタートしたばかりの団子状態。私たちは格好の的ですね。気を抜けば間違いなく仕掛けてきます」
 深散は注意喚起の声を前方を走る仲間に上げると、ライヴスで鷹を生成し上空へと羽ばたかさせた。コース、敵の動き、味方の動き、以降はこの鷹がそれらを収める深散の目の代わりとなる。

 ファラン・ステラ(aa4220hero001)は共鳴した状態で頭に疑問符を浮かべていた。相棒である波月 ラルフ(aa4220)が操るのはサイドカー付随型バイク。もちろんどんなバイクを選ぼうとそれはラルフの自由だが、
『共鳴しているのに?』
「これ使いたくて」
 そう言ってラルフはサイドカーに搭乗させたラジカセ二つを指し示した。本当はマイク付きが望ましかったが、このラジカセには残念ながらマイク機能はついていない。なのでラルフはその代わりにラジカセの再生ボタンを押した。するとラジカセからなんとも気の抜けるような音楽(録音済)が流れてきた。しかもダブル。しかもメドレー。
「ヘッド! なんだか気が抜けます!」
「んなモンに気ィ取られてんじゃねえよ! ラジカセごとぶっ壊してやろうか!? ああン!?」
 ヴォジャッグのガンを半ば無視し、殿である深散の斜め前を走行しながらラルフは思考を巡らせた。自分の役目はヴォジャッグの挑発。そのためには何がいいだろうか。ヴォジャッグが自分達を追っているのはモヒカンの恨みのため。モヒカンの恨み。モヒカンの恨み、ねぇ……
「てめぇ、何で髪生えてこないの?」
 ラルフの声はよく通った。ヴォジャッグのこめかみにビキリと見事な青筋が浮かんだ。あまりにあまりな物言いにファランが内部で眉をひそめる。
『(何て低俗な……)』
「(相手のレベルに合ってんだろ?)」
 ラルフはひっそり笑みを見せるとそのまま挑発を再開した。BGMにラジカセから気の抜けるような音楽が流れる。ダブルメドレー。
「たかが人間の言う事に腹立てんなよ。もう髪の毛生えてこねぇみてぇじゃないか」
「てめぇ、ハゲなの? 身体的特徴だったら悪いわー(棒)」
「人間だって髪の毛生えてくるのに人間より優れている筈のてめぇは何で生えてこないの?」 
「てめぇ根性なくね?」
「人間の所為でモヒカン失われたって言ってるけど、何でてめぇは髪そのままなの?」
「根性足りねぇよ」
「髪位モヒカン愛で生やしてみろよ、俺が自力で生やしてるみたいに」
「出来ない? てめぇのモヒカン愛ってその程度なんだなー」
「ブッ殺すぞこのクソボケカスがぁあアッ!」
 ついにヴォジャッグが怒号を上げハンドルを強く握り込んだ。しかしすぐさま壁が迫る。ヴォジャッグより一足早く回避したラルフは満足を露わにし、あまりにあまりなあれそれにファランが一層眉をひそめる。
『お前、凄い悪役顔だぞ』
「演技に決まってんだろ」
『顔もある』
「うっせ」
 ラルフは元々の強面でぶっきらぼうに切り捨てると、しかしすぐ様背後を走る愚神へ意識を引き戻す。
「俺の髪だって誰の力も借りずに自力で生えてくるのに、誰の力も借りない自力で生やさないで逆恨みなんてモヒカンに失礼だと思わねぇのか。モヒカンに謝れ、ばーかばーか。悔しかったら生やしてみろ!」
「テメエの髪を皮ごと骨から剃り落としてやるぜクソ虫があぁあッ!!」
 ついに回避する事も忘れヴォジャッグが壁に激突し、そのまま瓦礫を飛ばしながらリンカー達を追い掛けてきた。今なら怒りで髪も生えそうな勢いだが兜があるので定かではない。
『低俗過ぎて話にならん』
「相手のレベルに合わせて発言するのは基本中の基本だ」
『だからと言ってだな……』
「俺に集中すればそんでいいだろ。最後に全体で目的果たせれば、それが勝利だし」
『それはそうだが』
「あと人間を見下しているなら、今後も助力なんぞ得たら、自力で髪の毛生やせない、つまり生意気にも歯向かう人間以下と思わせないと、またつるむだろうし、助力申し出る奴がいても自ら孤立すりゃ御の字」
『……成程な』
 ファランがラルフへ納得を示した、と同時に突如景色が切り替わり、バイクに伝わる振動も変わった。どうやら一定時間経つとコースが変わる仕様らしい。
 深散が上空に放った鷹の視線を地上へ落とすと、所々に車影のある通常道路が広がっていた。走る車を覗き込むと、どうやら無人で走行しているようである。状況を確認した深散は再び仲間へ声を飛ばす。
「直線の道路のようです。所々に車が見えます。邪魔ですね」
『でも利用はできそうだ』
 九郎の言葉に深散は頷きを以て返すと、武器を忍刀「無」から苦無「極」に持ち替え車影の奥へと姿を消した。ヴォジャッグはようやく解かれたコースの制約に喜びを見せる事もなく、巨大な斧を出現させ獲物目掛けて振りかぶる。
「まずはそのザケた音を止めてやる! ついでにミンチになれやクソ虫があぁあっ!」
 ヴォジャッグはアックスキッスをラルフ……のサイドカーに乗るラジカセ目掛け打ち放った。ラジカセはサイドカーごと粉々になり、さらにラルフにグラップルボムのダメージをサービスする。ややバランスを崩したラルフをさらに追い立てようとするヴォジャッグに、カゲリが黒色の魔導銃でライヴスブローの一撃を見舞う。
「よし、じゃあちょっと遊んであげようか!」
『一応トリブヌス級ですし、気をつけて』
「……お固いアリッサにまで一応とか言わせるなんて、ヴォジャッグすごい……」
 京子は微妙な称賛を「一応トリブヌス級」に送りつつ、バイク上で月弓「アルテミス」を引きテレポートショットを差し向けた。カゲリの弾丸、京子の銀の矢、連携の取れた攻撃はそれぞれ愚神のバイクとトサカを穿ち、青筋を立てる愚神を置き去りに二人は前方へと抜ける。
「やったね、八朔さん」
「出来る限り支援する。尤も、移動力の差があるので出来る限り、とはなるが」
「クソが、クソが、クソ共があっ! 何やってんだテメエら、このクソ共を路上の生ゴミクズとブチ撒けろッ!」
「ラジャーだぜヘッドッ!」
 ヴォジャッグの一声に荒くれ共が速度を上げ、一気にエージェント達の前へ隣へ躍り出た。その内の二人の荒くれが、何故かちらしの束を取り出し口元をにやりと吊り上げる。
「すっ転んじまいな!」
 ちらしは風に煽られるとあっという間に通常道路へ広がった。踏んでタイヤを取られれば、バランスを崩すどころか無人走行車に激突する事にもなりかねない。谷崎 祐二(aa1192)は足を取られぬようハンドルを操りながら、ふと頭に閃いた天啓を密かに口にする。
「これは使えそうだな」
『ニャー』
 プロセルピナ ゲイシャ(aa1192hero001)の返答を受けつつ祐二は鷹の目を飛ばした。上空を駆る猛禽の瞳に一般人の影はない。他の人に害がないなら、安心して暴れられるな。
 祐二は楽し気に笑みを浮かべた。

 町田紀子(aa4500hero001)は風になっていた。風防で前面を覆ったタイプの、特撮ヒーロー風青系色バイクに跨り一陣の風になっていた。格好は必要に応じて変化する仕様だが、今回はヒーローバイクに相応しいヒーローコスチュームとなっている。
 出来ればここでヒーローらしく素敵な名乗りの一つでも申し上げたい所だが、ここは体力の消耗を抑えて安全運転、スピード重視に徹してできるだけ進むようだけにする。これが紀子(英雄)だけならまた話は違ったかもしれないが、町田紀子(aa4500)(能力者)と共鳴している今なれば、”知恵”の冷静さと判断力、”力”の体格、勇気、気迫を合わせ持って行動出来る。
 とは言え他のリンカーに活躍の場を譲るのは少しばかり口惜しいが。
「吹っ飛びやがれ!」
 向けられたロケットランチャーを紀子はすんでの所で回避した。活躍の機会は必ずある。その時まではこの風を楽しんでおく事にしよう。ちなみに今回はヒーロー町田紀子(英雄)のほうに体や意識を寄せている。なぜならバイクが好きなのはヒーロー町田紀子(英雄)だからだ。

 Masqueradeは風になっていた。Dominoの身体にベネチアンマスクと王冠を頂き一陣の風になっていた。「戦闘に関しては完全にお荷物」「精々等身大ベニヤ板程度」「強度だけなら手持ちのアタッシュケースの方が強い」Dominoは内部からMasqueradeに語り掛ける。
「まず最初に取り巻きを蹴落とすッス。アレも一緒に着いてくとなると、世紀末感が一気に加速するッスからね。雑魚の取り巻きは世紀末に必須ッス。
 ただしそいつらを蹴落とす処理は他の皆に任せるッスよ。自分達の役割はモヒカンズラ野郎の引き付けッス。まー要は囮みたいなモンッスね。雑魚を蹴落としてる最中に横やりが入らないよう、モヒカンズラ野郎の攻撃をしっかりこっちに向けとく必要があるッス。ラルフさん達と上手く連携して、狙いが一か所だけに絞られないようにも注意するッスよ。引き付ける内容としては……そッスね」
 そこでDominoはふむと思案を巡らせた。しかし思案は一秒にも満たなかった。MasqueradeはDominoから指示を受け取ると、ラルフに狙いを定めている愚神へ声を張り上げる。
『ヴォジャッグ! 冠が美しくないな! 余を見るが良い! この美しさを! 余の美しさをな!』
 Masqueradeは大きく胸を張った。ヴォジャッグの目は血走っていた。しかしMasqueradeは愚神の心情に一切構わず、この世で最も美しい(と本気で思っている)自身の至高の姿について朗々と語りを上げる。
『鬣(たてがみ)とは生まれもった冠である。しかし主のそれは何であるか? 自身のものでない鬣を誇れるのか? 偽の鬣で誇れるのか? 否である! 断じて否である! 何故生え揃うまで待てぬのだ!? 短くとも鬣は鬣であるぞ? 冠は誇れるものでなくてはな。はっはっはっ!』
 言いながらMasqueradeはこんな事を考えていた。うむ、格下のような恰好をしているが、そこは腐ってもトリブヌス級。力だけを見れば、その実力は本物である。故に、仲間達へ攻撃の矛先が向かぬよう、余が盾となって行動する必要があるのだ。色々と失礼だが考えはとってもまともだった。
 だが端的に言うとヴォジャッグにそんな事は関係なかった。
「轢……っき殺してやるぜクソボケがァッ!」
 ヴォジャッグはバイクの速度を上げると、そのままMasqueradeに突撃を試みた。瞬間、無人車の死角に潜んでいた深散が苦無「極」を打ち放ち、変換したライヴスが愚神に衝撃を叩き込む。すぐさま荒くれの一人がロケットランチャーの引き金を引いたが、着弾前に深散は再び無人車の向こうに消えた。
「なん……ぐうっ!」
「よそ見してる場合じゃねえぜ。散らすのは髪だけにしておきな」
 深散から注意をこちらに引き戻すように、英雄経巻を展開したラルフが牽制のための攻撃を見舞った。ヴォジャッグが標的を再度ラルフに定めようとした、その時、今度は京子が何かを手に愚神のバイクに横付けする。
「ねえヴォジャッグ、ご自慢のモヒカンはどうしたの?」
 そして京子が見せたそれは、その名も「ド派手なモヒカン」だった。凍り付く愚神に「もしかして必要?」と京子はお嬢様らしく小首を傾げ、すぐさま反対方向にいたずらっぽく小首を向ける。
「怒髪天、とかいっても髪がないとイマイチだよね」
「ほ……ん……がぁぁあああっ!!!」
 ヴォジャッグは激怒した。必ず、かの邪智暴虐のリンカー共をミンチにしなければ気が済まぬと決意した。そこに「狙いが一か所だけに絞られないよう注意するッスよ」とDominoから指示を受けたMasqueradeがアンサラの穂先を横から突き入れ、さらにカゲリが遠方からライヴスブローを命中させる。
「ブッ……ブチ、ブチッ殺すぞクソ共がぁぁアアッ!」
 ヴォジャッグは歯を剥き出すと、怒りと速度を急激に上げアクセルを深く握り込んだ。そして京子とMasqueradeに接近し周囲に炎を巻き上げる。
「消し炭になりやがれェッ!」
 展開されたクリメイトダートが京子とMasqueradeを飲み込んだ。深散は鳥の嘴を模した面に表情を隠したまま、敵の注意が仲間達に向いている事を確認した。墨のような黒衣となったセーラー服を風になびかせ、仲間が後方にいない位置までバイクを走らせ移動する。そして無人車の前輪タイヤに苦無「極」を投擲し、スピンした無人車で荒くれ共を襲わせる!
「うおっ!」
「ヒャッハーは十分に楽しんだ? そろそろお家に帰る時間だよ!」
 肌に火傷を負いながら、好機を見て取った京子はバイク上で弓を構えた。洋弓の冠する、月と狩猟を司る女神「アルテミス」の名を負うがごとく、美しい姿で目にも留まらぬ早撃ちの乱射を披露する。銀の矢は敵のバイク三台に命中し、内もっとも後方を走っていたバイクが路外へと放り出された。アクション映画のごとく退場した荒くれの姿に京子が無邪気に快哉を叫ぶ。
「イェー!」
『京子、ガラが悪いですよ』
「せっかくだから楽しまなきゃ。ほらアリッサも、イェー!」
『い、いぇー?』
 京子につられ生真面目なアリッサが戸惑いながら追従し、その様にヴォジャッグが苛立だしげに歯噛みした。そこにカゲリが銃を、Masqueradeが槍を、ラルフが経巻の攻撃を向け、ヴォジャッグが加速し続ける苛立ちを爆発させる。
「クッソウッゼェ羽虫共がァァアッ!」
 そしてヴォジャッグが斧を振り上げようとした――瞬間、突如景色が切り替わり、ライダー達の横合いから眩しい朝日が差し込んだ。路上にあった車影も消え、湾岸を望む高速幹線道路が視界いっぱいに広がっている。隠れ蓑を失った深散が状況を把握しようとし、前方から聞こえてくる物音に気が付いた。何か、近付いてくる。伝わってくる慌ただしさに瞬時に警戒の糸を張り、鷹の目が捉えた慌ただしさの正体を急ぎ仲間達へと伝える。
「前から何か来ます!」
 その声に、顔を上げた京子の瞳に巨大な姿が映り込んだ。燃料を満タンに積んだと思しき巨大なタンクローリーが、スピード規制ガン無視で向こう側から突っ込んでくる。慌てて回避した京子の傍を逆走タンクローリーが暴風のごとく通り過ぎ、京子はわずかにズレた帽子の位置を整える。
「タンクローリーが逆走してくる!? 危ないなあ、もう。でも燃料満載してるなら……!」
 京子と同じくタンクローリーを躱したヴォジャッグは獲物の影を見失った事に歯噛みした。とりあえずこの振り上げた斧を誰かにブチ当てなければ気が済まない。そこに、腰ほどに伸びた綺羅綺羅しい銀髪をこれみよがしになびかせる一人のライダーが現れた。直接的な挑発は行わずとも、要所要所で弾丸を差し向ける鬱陶しい一匹である。
「内臓ブチ撒けろゴミ虫がッ!」
 怒声と共に放たれたアックスキッスを、しかしカゲリは揺らめく焔の如きよどみない動きで回避した。これが通常の戦闘であれば話はまた少し違ったかもしれないが、バイクに乗っている今現在、直線攻撃を躱すのはそれ程困難な事ではない。心眼が有効であればそれも視野に入れていたが、アックスキッスは射撃とは違う。故にカゲリは回避を選択し、愚神は攻撃を外した事に大きく舌打ちを響かせる。
 そのヴォジャッグのすぐ上を、ライヴスで作られた鷹が一匹飛んでいた。鷹はヴォジャッグとつかず離れずの距離で隠密よろしく飛んでいたが、荒くれ二人が「すっ転んじまいな!」とちらしをブチ撒けたのと同時に、ヴォジャッグの顔近くにスッと寄り、兜の紐をスッと切る。
「(よし!)」
 祐二はガッツポーズした。鷹は元の位置に戻った。この行動が何処に繋がるかはもう少し先のお楽しみである。

 樹はここまでの間ほぼ沈黙を貫いていた。建前上は「一般人救出目的の荒くれ共の排除優先」、本音としては「面倒なので荒くれ共の排除優先」を個人的行動指針と掲げているが、先二つのコースは障害物が多かったので、仲間に注意を飛ばす・攻撃を回避する以外は冷静な俯瞰に徹し、障害物警戒、仲間と大きく離れないよう留意に意識のほとんどを割いていた。ヴォジャッグに対して散々な言葉を吐きはしたが、最初にヴォジャッグと相対した時のことを忘れていい訳ではない。慢心はしない。脱落しない。それが樹の考えである。
「とは言え、ずっと大人しくしているような」
『性分じゃナイねっ!』
 シルミルテの声と共に、樹は荒くれ共とそのバイクのみにゴーストウィンドを展開させた。不浄の風が荒くれ共を中心に路上に大きく渦を巻き、樹は冷静な表情でバイクを先に走らせ続ける。
「クソが! クソッ、クソ共がッ!」
 ヴォジャッグの怒りはとっくに限界を越えていた。今回のみの事ではなく、リンカー達にはすでに煮え湯を散々飲まされているが、限界値を更新し続ける怒りに頭は破裂寸前だ。
 そんなヴォジャッグの視界にサイドカーを失くしたバイクの影が映り込み、ヴォジャッグは血走らせた目をわずかな愉悦に醜く歪めた。アックスキッスの今回の不利は流石にもう把握している。愚神はラルフに肉薄し周囲に炎を巻き上げる。
「燃え尽きやがれゴミ虫が!」
 ラルフは火傷を負いながら、愚神や荒くれの追撃を受けぬようバイクの姿勢を整えた。相手はモヒカン崩れと言えど腐ってもトリブヌス級。ここで脱落しないためにも、少しでも長く走れるよう心掛ける必要がある。ダメージの回復は後でいい。ラルフはアクセルを握り込み、ヴォジャッグの注意を引き続けるべく先へと進む。

 樹は何とも言えない微妙な表情を浮かべていた。ヴォジャッグが先程見せたクリメイトダート。それが樹が今行おうとしている攻撃方法と似ているのだ。
 とは言え我儘を言っている場合ではないし、それ程気にする必要もないと言えばないかもしれない。樹は「森」の魔女の想いを受けた黒の猟兵をその手に広げ、荒くれ共に狙いを定める。
「ブルーム」
『フレアッ!』

「来た!」
 荒くれの一人が放ったロケットランチャーを回避した後、前方から響く振動に紀子は歓喜の声を上げた。町田紀子(能力者)のもう一人の存在である町田紀子(英雄)は、幼い頃に巻き込まれた暴力事件をきっかけに、「暴力に負けぬ力」を得るためとひたすら我が身を鍛えてきた。その代償と言うべきか、彼女は「力の振るい方」「力を振り回す以外のやり方」を得る事は出来なかったのだが、それを補ってくれる存在、自分自身の写し身、そして自分とは正反対の知を掲げる紀子(能力者)とこの世界で巡り合う事が出来た。とりあえず何が言いたいかと言うと紀子(英雄)の性格はわかりやすいヒーローであり、それより少々気が荒かった。
「おのれ荒くれどもが! 正義の鉄槌を下してくれる!」
 言うや紀子は逆走タンクローリーの射線上に荒くれ共を追い込むべくハンドルを豪快に左に切った。タンクローリーに巻き込まれるようなパーツはすでに外しており、「敵を一網打尽に出来るなら自分がリスクを負っても構わない」「自分が死んでも構わないので逆走タンクローリーに賭ける」程の熱過ぎる心意気である。「どちらが荒くれものかよくわからない」などと言ってはならない。
「叩き潰す! 覚悟しろっ!」
「ちょ、うおおおおっ!」
 タンクローリーと接触する、そのギリギリで紀子はハンドルを右へと切った。ローリーとのグレイズによりヒーロー衣装は少しスレたが、荒くれの一人を脱落させた紀子の表情は満ち足りていた。
 タンクローリーの出現後、即距離を取った京子は三度車上で弓を構えた。狙いはタンクローリー。そのタンク。月光を纏う一閃は見事タンクを穿ち抜き、漏れ出た燃料に近くを走っていた荒くれ達が足を取られる。
「う、うおっ! ……あ、危ねえ、セーフ」
『ごめんね。この鬼ごっこ、鬼は僕らなんだ』
 荒くれの一人が息を吐いた瞬間、九郎の言葉と共に車輪に苦無「極」が無情に突き刺さり、不意打ちを喰らった荒くれは現実世界に戻っていった。タンク回避後即減速、荒くれに不意打ちと仕事をした深散の頭の横で鈴が鳴り、その涼し気な音を掻き消すようにヴォジャッグがダミ声を張り上げる。
「テメエらぁぁアッ! ……がっ!?」
 ヴォジャッグが叫びを上げたと同時に、またもや景色がスラム街の路地裏へと変化した。滑らかだった幹線道路が急にでこぼした砂利道紛いに切り替わり、舌を噛んだヴォジャッグが顔を歪めて口を押さえる。その前を、ヴォジャッグ挑発隊のラルフとMasqueradeがダブルで横切る。
「まだまだ髪は生えそうにねえな」
「(王様、『鬣が美しくない。直に生えていない鬣に意味あるッスか?』みたいな感じでまた挑発ッス)」
『ヴォジャッグ。偽の鬣を未だ被り続けるとは、主自身の鬣に余程自信がないと見える。それを偽の鬣で隠し続けるとは、ふむ、いっそ哀れであるな』
「ふっほろふぞクゾ虫共がァァアッ!」
 本日何度目かの怒声を上げヴォジャッグはラルフとMasqueradeを追い掛けた。二人の任務はヴォジャッグを挑発し、荒くれ共とその殲滅を狙う仲間達から引き剥がす事。そのためには何としてもヴォジャッグの注意を引き続ける必要がある。

「壁にぶつかりやがれ!」
 荒くれの声と共に路地裏に白い煙がもうもうと立ち込めた。それなりに広さのあるコースではまだ逃れようがあったが、幅の狭い路地裏では回避はより困難となる。
 深散は鷹の目を駆使して煙幕を逃れると、直角を曲がった所で置き土産に女郎蜘蛛を設置した。追って来た一台はまんまとライヴスの網に掛かり、そのままこの世界からご退場を余儀なくされる。
「兄弟ィィィッ!」
 荒くれ共の悲痛な叫びを聞きながら樹はすいかを取り出した。「いきなり投げられても普通は理解が追いつかず対応が遅れて効果的と想像」「ぶつかって割れたら見た目派手で良し。割れなくても二次被害を狙えて良し」、以上が荒くれ共の妨害にと、樹がすいかを選定した理由である。とは言ってもすいか――農家の皆様が汗と努力と根性と、愛とかそんなのを色々たっぷり丹精込めて作りあげた、夏の暑さに苦しむ人々の喉と心を潤す作物――を、荒くれ共にブチ当てるのは多少心が痛む。多少。同部隊のとある仲間の姿も頭を過ぎり、多少心が痛む。多少。
 しかし
『農家ノ皆様っ><』
「……ごめん」
 樹は直角を曲がったと同時にすいかを見事なフォームで投げた。すいかは荒くれの頭にブチ当たり赤い実と汁を撒き散らした。そこにさらに追い打ちをかけるように、祐二がすいかと同じ夏の風物詩たる手筒花火を放り投げた。ダブル夏の風物詩に慌てふためく荒くれ共に、京子がフリーガーファウストG3……携帯用多連装ロケット砲の狙いを定める。
「狭いところに固まってると危ないぞ?」
 可憐なお嬢様ボイスと共に放たれたロケット弾は、荒くれに着弾したと同時に大爆発を巻き起こした。そこにさらに紀子が追い上げ、荒くれバイクに幅寄せしながらナックルバンドを叩き込む。
「う、うお! あぶね!」
 「道の荒で車輪をとられても、自分がダメージを受けても相手がもっと不幸ならいいじゃない!」。紀子のその精神とリンカー達の猛攻により、ついに荒くれの一組が路地裏の向こうへと消えた。残る荒くれはあと一台。そして彼らの装備はちらし。
 リンカー達の目が光った。異空間の路地裏に絶叫が響き渡った。

●決戦
「う、うおっ! なんだ!?」
 またもや変わった景色にヴォジャッグが戸惑いの声を上げた。今まで見たコースのどれとも違う、都市中央を一直線に貫く巨大な幹線道路が愚神とリンカーを囲んでいる。そこに後方を走っていたエージェント達が追い上げを見せ、京子が可愛らしくもいたずらっぽい笑みをヴォジャッグへと向ける。
「部下の荒くれさん達は全員お家に帰っちゃったよ?」
「な、なんだと!?」
「と言う訳で……ここからは本気で行くよ!」
 言うや京子は洋弓を構え、ストライクを乗せてヴォジャッグ……の兜目掛けて矢を放った。威力と命中を上げたそれをしかし愚神は慌てて回避し、京子は可愛らしくも容赦のない声を愚神へ差し向ける。
「隠さないほうが男らしいよ。しつこさで大減点だけどね!」
『それを狙うのが本気ですか……』
「このっ、クソガキがァッ! 何処までもこの俺をコケに……」
 アリッサの呆れ声を掻き消す程の愚神の怒号を、さらに上書きするようにカゲリが魔導銃の音を鳴らした。間髪入れず速度を落としたMasqueradeが槍を突き入れラルフが英雄経巻を飛ばし、紀子が特攻と言わんばかりにヴォジャッグへと突撃する。
「この身を削ってもお前を潰す! 覚悟しろ!」
「ほざきやがれ羽虫風情がッ!」
 ヴォジャッグは紀子を振り払うべく周囲に火炎を巻き起こした。リンカーの影は離れたが、今度は光の蝶が代わりと言うように愚神の周囲にまとわりつく。ヴォジャッグは幻影蝶を振り払い、もはや自分でも何度目か分からない怒声と唾を撒き散らす。
「邪魔クセェっつってんだよクソ虫共がァッ! テメエら全員腹から真っ二つに引き裂いて……」
「ねぇ、アナタってトリヴヌス級なんでしょ? 強いしえらいんだよね? 前もそれぽかったけど、今回も誰かの使い走りにされてるの?」
 急に聞こえてきた声に、ヴォジャッグはぐりっと目玉を向けた。そこには今しがた幻影蝶を放ったばかりの、樹が魔女服をなびかせながらヴォジャッグと並走している。
「誰が使い走りだっ! このヴォジャッグ様にナメた口を……」
「今まで何度か追い詰められたのって全部誰かの使い走りにされてる時じゃない?」
 樹の言葉にヴォジャッグはちょっとだけ思いを馳せた。そう言われればそんな気もする。表情の変わった愚神に樹はさらに畳み掛ける。
「誰かの下につくんじゃなくて誰かを下につけるとか、例えば頭(ヘッド)? とかにならないの?」
 ヘッド。その素敵な単語にヴォジャッグは一瞬で想像した。例えばこの世界のように並み居る荒くれ共を配下に従え、巨大な魔改造バイクを操り全力でヒャッハーし続ける日々。いいじゃないか。ヘッドと崇め奉られる自分の姿はヴォジャッグを束の間幸せにした。
 しかし、その幸せはとても儚いものだった。なんか、頭が、寒い。ヴォジャッグは頭に手をやった。そこに金属の感触はなかった。あるのはほんのり生暖かく、つるりとした皮膚の感触。そこから少し離れた所で祐二が腕を振り上げる。
「よし! 取った!」
 そこには。赤いトサカを頂いた金属性の兜があった。そしてヴォジャッグの頭には、赤いトサカを頂いた金属性の兜がなかった。つまりそういう事である。
「おぉ、本当に頭すっきりしたんだな! だがその程度のモヒカンなら頭剃ってスキンヘッドの方がよかったんじゃないか?」
 言いながら祐二はヴォジャッグの兜を己の頭にすっぽり嵌めた。鷹をヴォジャッグに張り付かせ、ちらしに紛れて紐を切り、仕上げにモヒカン部分を鷹に掴ませ奪い取る――という行程を経て得た戦利品は祐二の頭上で輝いていた。ヴォジャッグは激怒した。正に怒髪天の勢いである。髪ないけど。
「こ……の、ぐぉの、この……ッ!」
「ヴォジャッグ!」
 そこに、深散の声が響き、ヴォジャッグの顔の横に細いものがはらりと舞った。深散としては挑発のためにトサカに奇襲を仕掛けようと思っていたが、兜のトサカがなくなった今、狙うとしたらヴォジャッグから直生えしているトサカである。つまりそういう事である。
 ヴォジャッグは激怒した。もう最初に誰を潰すとかそういう事も考えられない。とりあえず目に映ったものを追い掛けるのみである。
「ブッ……殺すぞ×××共がァアアッ!」
 もはや声にもならぬ怒号でヴォジャッグは深散を追い掛けた。京子もヴォジャッグの狙いを真の目的から逸らすべく、深散と対極に位置して先へとバイクを走らせる。ヴォジャッグは鼻息荒く深散へと肉薄すると、すれ違い様にクリメイトダートを激情のごとく炸裂させる。
「うっ」
 火炎を受けた深散は急ブレーキを掛けて減速し、京子も目標達成を認めてバイクの速度を落とし始めた。怒りで冷静な判断力も失い掛けたヴォジャッグが喜色満面に声を張る。
「ザマあ見やがれクソボケ共がッ! このヴォジャッグ様をナメやがると……」
 そこに、道はなかった。ヴォジャッグはバイクごと空中に放り出されていた。あれ、と気付いた時にはもう遅く、ヴォジャッグの身体は遥か下の脱出ポータルにシュートする。
「の、のおおおおうううう!」
 そしてヴォジャッグは退場した。バイクを降りた京子と深散は途切れた道路に近付いた。そして何処かにワープした愚神に手向けの言葉を送る。
「あばよ、ヴォジャッグ!」
「さらばヴォジャッグ」

●終戦
 ナラカ――『ナラカ・アヴァターラ』という英雄は、見目こそ可憐溌溂な着物姿の少女だが、その真実の姿は太陽をも包む翼を持つ神鳥であり、遍く照らす善悪不二の光として存在し、普遍を見透すが故に万象を俯瞰している。その上で、彼女は敵に大した興味を持ってはいない。彼女の中でヴォジャッグに見るべき物は何もなく、それは操られるだけの荒くれ達も同様である。
 故にその目は仲間へと向けられる。
 中でも志賀谷京子に対しては特に期待を寄せている。
 此度は如何なる輝きで魅せてくれるのかと。

 ナラカが契約者たるカゲリを今回の依頼に引っ張ってきたのも、それが大半の理由である。

 カゲリ――『八朔 影俐』という青年は、万象を“そうしたもの”と肯定する。我も人、彼も人。故に対等とは基本に置くべき道理であるが故に。
 なればこそ、敵に対しては一様に厳然である。
 荒くれ達は、例えこの場で死んだ所で当人に影響ない以上は容赦をする理由はなく。
 ヴォジャッグに対しては、単なる排除対象としか捉えていない。
 寧ろ仲間である志賀谷京子にこそその意識は向けられている。
 冷静な部分もある癖に、興が乗れば突っ走る部分も多々ある。
 それを面白いと思う反面、戦狼として肩を並べている仲間としては放っておけないとも感じている。

 故に

「然し彼奴も、ほとほと海とは縁があるのう」
「馬鹿ほど図太い神経でしぶとく生き残る、そう言う事だろう」
 「脱出ポータルの先は誰もいない海のド真ん中に設定した」というオペレーターの言葉を受けながら、ナラカとカゲリはそのような事を呟いた。きっとまたしぶとく生き残り、再び自分達HOPEの前に姿を現すかもしれないが、二人の興味は端からヴォジャッグに向いてはいない。
「志賀谷、大丈夫か」
「大丈夫。でも、早く戻って火傷の手当てをしないとね」
 カゲリの言葉に京子はにこりと笑みを浮かべた。お嬢様の猫をかぶった、いたずら好きの行動派。そんな友人の姿にカゲリはふうと息を吐いた。

「佐倉さん、どうしてヴォジャッグにあんな事を聞いたんだい?」
 祐二の言葉に樹は橙の瞳を向けた。「あんな事」とはもちろんヘッドがどうこうの事である。樹は少し考えた後、よどみない言葉を祐二に返した。
「問題点をすり替えて思考を分散させたら、単純だからそのままポータルに突っ込むかと思って。真に受けたとしても、上に立つには下を準備しなくてはいけないので"時間稼ぎ"にはなると思ったし。実際に上に立ったとしても指揮官タイプでは無さそうなので……」
「ま、確かにな」
「おーい、みんな、とりあえず一度戻るぞ」
 ラルフがアンプルを使用しながらエージェント達に声を掛け、一同はゲームの世界から現実へと戻っていった。住人を失ったデストロイシティは、先程の喧騒が嘘のようにシンと静まり返っていた。


 何処までも続く大海原に雑草がぷかりと浮かんでいた。肌色のわずかな陸地にしがみつくように生える雑草は滑稽であり、健気でもある。
 肌色のわずかな陸地……もといヴォジャッグは呆然とした。空は青かった。海は広かった。陸地は……全く見えなかった。
「ここは一体……何処だぁぁぁアッ!!!」

結果

シナリオ成功度 成功

MVP一覧

  • Foe
    谷崎 祐二aa1192
  • 喪失を知る『風』
    国塚 深散aa4139

重体一覧

参加者

  • 罠師
    Dominoaa0033
    人間|18才|?|防御
  • 第三舞踏帝国帝王
    Masqueradeaa0033hero001
    英雄|28才|?|バト
  • 燼滅の王
    八朔 カゲリaa0098
    人間|18才|男性|攻撃
  • 神々の王を滅ぼす者
    ナラカaa0098hero001
    英雄|12才|女性|ブレ
  • 双頭の鶇
    志賀谷 京子aa0150
    人間|18才|女性|命中
  • アストレア
    アリッサ ラウティオラaa0150hero001
    英雄|21才|女性|ジャ
  • 深淵を見る者
    佐倉 樹aa0340
    人間|19才|女性|命中
  • 深淵を識る者
    シルミルテaa0340hero001
    英雄|9才|?|ソフィ
  • Foe
    谷崎 祐二aa1192
    人間|32才|男性|回避
  • ドラ食え
    プロセルピナ ゲイシャaa1192hero001
    英雄|6才|女性|シャド
  • 喪失を知る『風』
    国塚 深散aa4139
    機械|17才|女性|回避
  • 風を支える『影』
    九郎aa4139hero001
    英雄|16才|?|シャド
  • 密やかな意味を
    波月 ラルフaa4220
    人間|26才|男性|生命
  • 巡り合う者
    ファラン・ステラaa4220hero001
    英雄|20才|女性|ドレ
  • エージェント
    町田紀子aa4500
    人間|24才|女性|攻撃
  • エージェント
    町田紀子aa4500hero001
    英雄|16才|女性|ドレ
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