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夏めく日ごろに温泉旅館
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最終発言2016/08/17 08:56:45 -
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最終発言2016/08/16 01:04:21
オープニング
●何の変哲もないある日のこと
夏も盛り。
人々のため、日々戦いに身を投じるエージェントたちにも、『休日』というものがある。
とある商店街にて、買い物を終えたとあるエージェントが、福引へと立ち寄ったところだった。
「お、当たりだ!」
日頃の行いか、それともやはり引きの良さというものがあるのか。
くじ引きの箱からは、きらきらとした金色の玉が零れ落ちていた。
ちりんちりんと鈴の派手な音が鳴る。
周りの人たちが、おお、と珍しそうな顔をしていた。
1等の景品は、温泉旅行のペア旅行券。
●篠丸日温泉旅館
国内某所、篠丸日(しのまるひ)温泉旅館。
山奥といっていい場所にあり、立地の不便さ相まってなかなか客足の乏しい旅館ではあるが、ごく一部の通にはこの秘境っぽさが人気なんだとか。
土地柄なのか、それとも運の悪さなのか。
たびたび小さな従魔騒ぎに見舞われることもあったのだが、今回は、なにごともない平和な旅館だ。
「ようこそお越しくださいました」
宿の主人が、うやうやしく頭を下げる。
周りを見てみれば、同じような客がちらほらいるのが見える。
夏の装いも新たに、浴衣を着ている人たちもいる。
エージェントたちに、宿の従業員たちがにこにこと声をかける。
「どうぞ、ごゆるりとお過ごしくださいね」
今回は休日である。彼らはここへやってきた理由は様々だ。
こうして、エージェントたちは篠丸日温泉旅館屋にやってきたのだった。
目的は、ただ、「楽しむ」ことのみ。
解説
●目標
温泉旅館を満喫する。
特に施設を破壊するなどしなければ問題なく成功するものとする。
おおまかに、仕事終わりから
・風呂に入り
・食事をして
・就寝
の予定であるが、花火なども可能である。
●エージェントたちがやってきた経緯
今回は仕事の依頼ではなく、クジで当たった、たまたま居合わせた、etc...などである。
●登場
旅館の主人ほか従業員数名。
リンカーたちに好意的。
●状況
温泉旅館にやってきたところ。
時刻にして夕方ごろです。
珍しくほかにも客はいるが、かなり少ない。
●設備
・露天風呂
ごく普通の露天風呂。男湯と女湯で分かれているが、声は届く。
※性別を伏せたいなど、なにかあればプレイングにてご一報くだされば、どちらにいるのかなどをボカします。また、必ず露天風呂に入らなければならないわけでもありません(露天風呂に入ると書かなければ、別のパートからの登場になります)。
※覗きは、だいたい判定なしに失敗します。
なお、男湯に対して柵が丈夫になり、足場になるような場所がなくなりました。
(※前回の『秘蔵の酒 温泉旅館!』の影響。未読でも大丈夫です)。
・売店
牛乳、ラムネやおつまみ、謎のご当地ストラップが売っている。
なお、季節限定で小規模な花火を売りだしている模様。
火の始末に気を付けるならば、庭で花火などができる。
・ゲームコーナー
ビリヤードやスマートボール、コインゲーム。マッサージチェア。
・食事
宴会場『希望の間』にて食事。
今回は和牛の網焼き、活け牡蠣をメインにした懐石料理。
日本酒『霊一滴(ライヴス一滴)』がメニューには載っていない隠れメニューです。未成年の飲酒はご遠慮ください。
・就寝
それぞれの部屋で就寝です。
指定がなければ能力者と英雄で同室、プレイングで他のペアとの同室なども可能です。
部屋には浴衣が用意されています。
リプレイ
●かけがえのない
麻端 和頼(aa3646)と華留 希(aa3646hero001)の双眸が、ガラガラと音を立てて回る抽選器を見つめている。ややあってから、二人の前に、二人の瞳と同じ色に輝く玉が吐き出された。
1等。――大当たりだ。
『温泉は仕事絡みでしか来れないと思ってたな』
「1等なんて凄いよ~!」
ジェフ 立川(aa3694hero001)と五十嵐 七海(aa3694)は、麻端らに誘われて温泉旅館へとやってきたところだった。
「私達の分は払うよ? 頭割りで良いの?」
五十嵐に対して、麻端は気にするなとだけ返す。
「……和頼、ありがとうだよ♪』
『和頼、希。ご馳走さまだ』
「見て見て、お猿さんが居たよー」
『どこ?』
五十嵐が笑うと、それにつられるように華留が楽しそうな声をあげる。
「あ、旅館が見えた! 一番乗りは私~!」
『ずるい! アタシが先!』
『……はしゃぎ過ぎだろう。余程嬉しいんだな』
走り出す二人を、ジェフが優しく見守っている。その光景を見て、麻端は、どこか眩しそうに目を細めた。
「お世話になります」
旅館の従業員に元気良く挨拶をする五十嵐。従業員も、それに笑顔で答える。
「ねっ! 温泉浴びたらお土産屋さん巡りしよう」
「いいね!」
五十嵐の提案に、希は一も二もなく頷く。
何か言いかけて、麻端はやめた。
何気ない夏の一日が、せわしなく過ぎ去ってゆく。
●仕事帰りの二人
「随分山奥まで来ちまったが……本当にここで合ってるのか?」
『……合ってる。篠丸日って、書いて‥…ある』
ツラナミ(aa1426)と38(aa1426hero001)は、H.O.P.E.の仕事とは別の本業での遠出からの帰りである。温泉旅館へ行く途中で、二人は、色あせた標識を見つけた。
「へぇ……確かに大自然に囲まれてるなこりゃ。まあいいんじゃないかね。のんびりできそうで」
『……ん』
二人が立てる音は、驚くほどに少ない。黙々と歩く二人の間を、心地よい沈黙が満たす。
●思わぬ遭遇
「くじで大当たりしたのが前にいったお宿なんて! 奇遇だなあ……!」
『ああ、あの旅館ですか……今回も楽しめると良いですね、マスター』
ナガル・クロッソニア(aa3796)の横から、チケットに記された文字を覗きこむ千冬(aa3796hero001)。
「あれ、あの二組は……あ!」
旅館へと向かう途中、ふと、ナガルの耳が知り合いの気配をとらえてピンと向きを変えた。
「初めての温泉どんなのかな……楽しみ……!」
『だなお嬢……それに見知った奴もそこそこいるな』
ブラッド(aa4236hero001)の言葉に首をかしげるレイラ クロスロード(aa4236)であったが、すぐにその意味が分かって、レイラは顔をほころばせる。
「東海林さん! レイラさーん!」
「よう! 奇遇だな」
ぶんぶんと手を振る東海林聖(aa0203)。その横には、Le..(aa0203hero001)がいる。
「温泉旅館か、これは楽しまねェとな!」
「偶然ですね。みんなで楽しんじゃいましょう!」
「偶にはこういうのもいいよな!」
東海林の言葉に、ルゥは国利と頷く。
(のんびり……こう言う交流も、嫌いじゃないし……)
●3度目の正直
なにかと従魔騒ぎで騒がしい温泉旅館ではあるが、今回は完璧なプライベートだった。
「まさか当たるとはねー」
【今回はゆっくりしたいのぅ……】
やってきたのは、今宮 真琴(aa0573)と奈良 ハル(aa0573hero001)である。彼女たちも、くじで温泉旅館へと招待されていたのだった。
この旅館への来訪も3回目ともなれば、旅館の従業員ともすっかり顔見知りである。彼らからの視線におどおどしつつ、今宮は燃えていた。
――リベンジである。
●青春の一コマ
「温泉ね……来る度に事件に巻き込まれるんだけど、今回はゆっくりしたいものね」
「事件の依頼でもなし、たまにはゆったり湯に浸かるのもよかろう」
橘 由香里(aa1855)と飯綱比売命(aa1855hero001)は、黒金 蛍丸(aa2951)とその英雄である詩乃(aa2951hero001)たちと一緒に温泉旅館へと訪れていた。
この前プールに誘ったお礼と、療養を兼ねているとのことである。
(年下に気を使わせるなんて、だめね)
そんなことを思いつつも、橘はまんざらでもない表情を浮かべている。黒金のことは、異性として憎からず思っているのだ。
『温泉です! 温泉ですよ! 蛍丸様!』
「詩乃、はしゃぎですよ……すみません。橘さん、詩乃をよろしくお願いします」
「しょうがないわね」
詩乃(aa2951hero001)は、ふと、ちらりと橘に視線をやった。橘が黒金と話していると、少しだけ心にもやもやとした気持ちが浮かぶのはなぜだろうか。
橘は、詩乃に含みなく手を差し出した。橘のことを姉のように慕っているのもまた事実だ。長い前髪の下で、優し気な目がにこりと笑う。
飯綱はその様子を見て、目を細める。
●良いコンビの二人
「温泉、おんせーんっ! 湯上がり浴衣の女の子って素晴らしいよね!」
「妾は家でだらだらしたかったが……まぁ、温泉に罪はないしな」
雨水 鈴(aa3146hero001)はにこにこと二人分の旅行券を振る。対照的に、神鳥 紅梅(aa3146)は乗り気ではない様子だが、付き合ってやるかという気は一応、あるらしい。
「ご近所さんのおば様(83)とデートしたら、温泉のタダ権貰えるなんてラッキーだよねぇ!?」
鈍い音が響いた。
雨水はぐふ、と呻いて腹を抑える。
「……えっ何、突然の腹パンなんて珍しくもないけどどうしたの……?」
「あ、いや今のは特に意味はない。ちょっと無意識に殴りたくなったのだ」
少しだけさすると、すぐに雨水はいつものように笑顔になる。
「うんうん、流石こーめちゃんだね」
(というかリンの守備範囲広すぎじゃないか?)
神鳥はいぶかしげな目を向けるが、雨水は意に介さず、ずかずかと温泉へと上がり込んでいくのだった。
ツラナミは、迷いなく喫煙可能な和室を選択する。一度部屋でゆっくりしてから、風呂へと入ることにした。
38との待ち合わせは、売店の前と決めた。
「折角ですし、お部屋も一緒にしてもらいましょう! 六人部屋ってあるのかな……?」
『ここであれば、みなさんで過ごせそうですよ、マスター』
ナガルと千冬は、移動がしやすい位置の大部屋を確保する。
「楽しみだね!」
「ですね!」
●レッツ温泉! と、…その前に
「早速お風呂行こうよお風呂!」
「お、SSR」
キラキラと顔を輝かせる雨水の横で、神鳥はスマートフォンを手放さない構えだ。
「ん? そのジップロックは?」
「これか? ふっふっふ……これがあれば風呂でもスマホを長時間弄れるのだっ! 入浴必須アイテムであるぞ?」
「あー……いっつも長風呂だなって思ってたけどそれかぁ」
誇らしげにどや顔を決める神鳥の横を、いそいそと神鳥がついていく。しばらくすると、のれんの前で、ぴたりと神鳥の歩みが止まった。
「ところで何故貴様もナチュラルに女湯に入ろうとしている?」
「ん? だめ?」
「さっさといけ!」
にこにことあどけない笑みを浮かべ、首をかしげる雨水に、神鳥は容赦なく腹パンを食らわせる。
「あっ痛い痛い! ちぇー」
すごすごと男湯に入っていく雨水を見送ってから、神鳥も女湯へと入ってゆく。
「全くあのクズの相手は疲れるのう」
その間、スマートフォンは一度たりとも手放していないのだった。
ブラッドは、めったなことでなければレイラと離れることはないが、心配する前に、友人たちが任せてくれと胸を張る。
ブラッドと東海林は、一足先に男湯へと入っていったのだった。
「足元気をつけてくださいね、滑りやすくなってますから!」
ナガルとルゥが、目の見えない車いすのレイラの補助を買って出るのだが、ルゥは自分の姿を見下ろした。若干10歳ほどの体格である。
『……コレじゃ、支え難いね……』
ルゥは、ライトグリーン色の風と光を纏う。ポンという音が鳴ってみればそこには妙齢の女性がいた。
「ええ!?」
ナガルが小さく歓声をあげる。レイラもぺたぺたと手を添わせ、その変化に驚いたようだ。
『……どうかした?』
さらりとしたルゥのロングヘアーが風になびいて揺れる。
(……そういえば前回不思議な影が、なんて聞いたけど……どうなんだろう?)
のれんをくぐるナガルの視界の隅に、周囲を警戒するようなそぶりの今宮の姿が映った。依頼ではないとはいえ、警戒を怠らないとは、やはりプロということなのだろうか。
(うーん……)
今宮は、こんこんと壁を叩くと首をかしげる。どうやら、ここ最近、温泉旅館では改装があったようだ。
【どしたんじゃ?】
「なんか柵作り変えたとか書いてあったのね」
【なんかあったんじゃないか?】
今宮が度々男湯を覗こうとしていたことは、旅館側には一切ばれていない。おそらくは従魔騒ぎのせいなのだろう。
「ちょっと難易度上がったかも」
【今回は止めにしたらどうじゃ?】
「それはダメ、みんなが諦めるなって言って……」
【それはもう前回やったから】
困ったことに、困難であればあるほど燃えるというのが人間の性である。
今宮はぐっとこぶしを握る。
「ボク、今なら何でもできる気がする!」
【それも100%気のせいじゃな】
●ビバノンノン
のんびりと湯に浸かり、普段の疲れを癒す一行。
「さて、夏イベ走らなくては」
華麗に指先を走らせ、ソーシャルゲームにいそしむ神鳥。温泉でスマートフォンをいじっていると、どうしても衆目を集める。そんな中、神鳥は課金ボタンを躊躇なく押した。
「ランカーも楽ではないのだよ」
いついかなる時も全力を尽くす神鳥の姿からは、ただならぬプロ根性が伺い知れたことだろう。
(ジップロック……その発想はなかった!)
スマートフォンを自然に湯船へと持ち込む手際に、今宮は舌を巻いた。
「気持ちの良いお湯だね~」
五十嵐が、希にバチャッとお湯をかける。仕返しとばかりに、やり返す華留。次第に激しさを増して、追いかけっこのような様相を呈しているようだ。
「折角ですもん、裸の付き合いってやつですよね!」
レイラの髪を洗うナガル。レイラは、くすぐったそうに身じろいでいた。手触りの良い、とても美しい髪だ。ナガルは、今から乾かすのが楽しみな気がした。
『……声がここまで響いて』
女湯から響く楽しそうな笑い声に、ジェフが口元を緩ませる。楽しそうな能力者の姿が、ありありと思い描けるような気がした。
「この前、お部屋を勝手に片づけたら……黒金様ったら……」
「ふふふ」
詩乃と黒金の日常に、橘は笑い声を漏らす。
「ふむ……大きくなったような気がするの」
何がとは言わない。
飯綱は、心持ち男湯に向かって聞こえるように言った。
向こう側では、黒金が慌てて顔を背け、湯船に沈むようにして耐えていた。
とばっちりで、今宮もまたちらちらと視線をさまよわせる。
次第に過激さを増す実況。飯綱は由香里から脳天に手刀を貰うと大人しくなった。
面倒ごとを嫌うツラナミは、騒がしい一行からは距離を取り、ゆっくりと湯船につかっている。
「これで酒でも飲みながら浸かれたら最高なんだがな‥…」
38はどうせじっくりと湯に浸かっていることであろうから、自分はとっとと上がってしまおうか。
しばらくすると、女湯から再び爆弾が投下された。
「年上の女に興味はあるのかのぅ?」
「飯綱さん…! な、な、何を突然…!?」
「ちょ……!」
飯綱の発言は、大いに由香里を慌てさせる。けれど、気になるところではある。
詩乃もまた、こちら側からじっと耳を澄ませる。
「別に、ただの世間話じゃろうに。のう? で、どうなんじゃ?」
「え、えーと」
しばらくの沈黙。黒金は蚊の鳴くような声で答える。
「あ、憧れの女性であれば……」
その返答に対して、女性陣はきゃあきゃあと盛り上がる。
「私も可愛い女の子と混浴したかったなぁ」
女性陣の話し声に、幸せそうに耳を傾ける雨水。
聞こえてくるものはしょうがない。
覗いているわけでもないなら良いかと、東海林もまた湯船につかる。
(ん…?)
壁の向こうで一瞬、ほんの一瞬だけ、不穏な気配を感じたような気がしたが、気のせいだろうと思いなおす。
なんたって、こっちは男湯である。
「声は聞こえるんだ……不可能じゃないと思うんだけどなー」
会話に耳をそばだてていた今宮は、壁を確かめる。スナイパーとしての嗅覚をいかんなく発揮している間に、奈良はのんびりと湯から上がった。
【まぁ、どれ背でも流すとしようかのぅ】
「あ、ハルちゃんまだ考えが」
奈良はじっと今宮を眺めると、ぼそりと呟く。
【お、ようやく育ってきた感じが】
「どこ見ていってんのさ!?」
つい他人と大きさを比べてしまうのは仕方がない。
(うん、まだ大丈夫)
ふと、38と目が合う。ぺこりと軽く会釈をされて、慌てて会釈を返す。
ちょこんと頭にタオルを乗せた38は、喧騒に加わるではないが、湯船からゆっくりと出たり入ったりして温泉を楽しんでいる。
湯船から眺める綺麗な景観を眺めると、思わず笑みがこぼれる。ずっと景色を眺めていても、飽きる様子はまるでない。
(……のんびりすること、あまりない‥‥から、気持ちいい。お風呂‥‥のんびりしていい場所…‥だから、すき)
壁の向こうで、ツラナミはとっとと上がってしまっているのではないだろうか。
(きっと、ツラ……分かってる‥から、待ってて、くれる)
38の様子を見ていた華留は、真似して頭にタオルを乗せてみたようだ。五十嵐が笑いながら、それに続く。
女湯の中で、ちょっとした流行になったようだ。
●優しい時間
「折角だから、飯綱さんと遊んでくるといいよ」
黒金の言葉に、詩乃は素直に頷いた。
橘は、飯綱の実況でのぼせた黒金を膝枕で介抱していた。
「すみません」
「ふふ、戦闘だとあんなに頼りになるのに、こういうところは全然ね……。まあ、そういうギャップがよかったりす……いえ、なんでもないわ」
橘はこほんと咳払いをする。
浴衣に着替えた二人。夕方の涼しい風が、温泉でのぼせた頬を涼し気に撫でていく。
「家族のこと、ですか?」
蛍丸の目が、より一層、優しい色を帯びた。
父と母、祖父との関係は、非常に良好であること。父と母は家を空けることが多いために、祖父が面倒を見てくれていること。黒金はゆっくり話す。
「父も母もとても優しいんです。すみません、つまらないですか?」
「そんなこと……ないわ」
橘は、幼いころから、能力者になるべく育ってられてきた。どこか歪んだ期待を背負って。だからこそ、仲が良い家族の話を聞くのは楽しいのだ。
「あの、温泉で飯綱さんが……その」
「ああ、いい! 無理に答えなくていいの!」
慌てて遮る橘に、黒金は少しだけ笑みをこぼした。
「今は、恋愛をというのは……すぐには考えていないんです」
「そ、そう……」
その表情に、黒金はくすりと笑みをこぼす。
「橘さん、変わりましたね」
「え?」
「……その。以前から優しかったですけど、柔らかくなったというか、温かい……安心するような優しさに変わったような気がします」
「それは、ね……」
橘は、息を吸う。
「きっと、親以外に自分を大切に思ってくれる人達が出来たから……だと思うわ」
その答えを聞いて、黒金は微笑む。
橘は、これを聞くかどうか悩んだが、やっぱり聞いてみることにした。
「ねえ、どうして、誰かの笑顔のために戦うの?」
黒金は、橘を見上げた。決意の宿る目が、こちらを見据えている。
優しい目だ。
「僕は、世界平和とか英雄のようになりたいとかは……思ってはないんです。けど、せめて、自分の目の届く範囲の人たちを守れたら、救えたらと、思ったんです」
自分よりも他者を優先する黒金は、いつも、重体で戻ってくる。
「私ね、少し前までは自分を犠牲にしても大切な人達が喜んでくれるなら構わないと思っていた。
相手を喜ばす為なら、大切な人達に認めて貰えるなら、自分なんかなくてもいいと。
でも、本当に相手を大切だと思うなら、犠牲なんて望まないのね。だってそれは幸せではないもの」
一つ一つ、言葉を選んでゆっくりと話す。
「だから、君も、もし待ってくれている人がいると思うなら……なるべく無事で帰ってきて欲しい。……そう、思うの」
「……ありがとうございます」
なんとなく頬が熱くなって、相手を直視できなくなった。ひょっとすると、お互いにそうだったのかもしれない。
(自分のことをこんなに話したのは、橘さんが初めてですね)
ふと、そんなことを思った。
優しい時間が、ゆっくりと過ぎていく。
●風呂上がりの楽しみ
38が帰ってくるまでには、もう少しかかることだろう。
一足先に湯船から上がったツラナミは、煙草を灰皿でもみ消すと、のんびりとマッサージチェアーに向かう。
風呂上がり、浴衣に着替えた東海林は、売店の前で見覚えのない人物に声をかけられて固まった。
「……誰だ……?」
親し気な笑みを浮かべるその人物をまじまじと眺めていると、僅かに記憶の中の友人と一致する。
「あ、え。ナガルなのか?」
東海林は、驚愕に目を見開く。
その様子に、合流した千冬は忍び笑いを漏らす。千冬は、部屋の風呂で湯浴みを済ませていたのだった。
東海林はぐるりとナガルの周りを回ってみた。
「マジだ、普通の耳だ……触って良いか?」
「はい、どうぞ!」
ナガルはずいと屈託なく頭を差し出してくる。
湯上りの所為か、頬が紅潮している様子に、なぜか少し焦る。気を取り直すべく、東海林はとっさに懐から猫じゃらしを取り出した。
持っていた猫じゃらしを振ると、ナガルは反射的に飛びついた。
「あ、オレの知ってるナガルだった……」
本人確認を終え、なんとなくほっとする東海林だったが、そこへ第二の衝撃が襲ってくる。いつもとは違う能力者の姿。……さすがに、ルゥであるとは分かった。
「ルゥがデカイだと!?」
『ヒジリーうるさいよ?』
『大人とか、絶対嘘だと思ってたぜ……いや、普段のは何なんだ!?』
『普段? ……普段の方が楽だね』
ルゥは、そう言ってのけるのだった。
「紅梅ちゃんきっと長風呂でご飯忘れるから適当にお菓子とー花火! 買っちゃお」
風呂でまったりと過ごした雨水は、売店でごそごそと買い物を済ませる。
(紅梅ちゃん来るまでその辺の女の子ナンパして卓球しよう)
きょろきょろと辺りを見回すと、卓球をしている女の子たちの姿が目に入った。
かこんかこんと、東海林とルゥの間を卓球の弾が行き来している。
(隙あり……!)
東海林の叩き込んだサーブが、ルゥの横をすり抜けていった。
(ヒジリー、強くなったね。でも……本番は、ここから)
きらんとルゥの目が輝く。
と、そこへ、雨水がやってきた。
「やっぱり温泉といえば卓球だよね! ねえ、一緒に遊ばない?」
「手加減……しない」
雨水を加えて、東海林らは卓球で盛り上がるのだった。
――牛乳を賭けた真剣勝負である。
(いた)
38とツラナミは、ちょうど売店へやってきたところだった。
とくに時間を決めなかったとしても、こうして、なんとなくお互いのことは分かる。
売店にて、土産物を物色するエージェントたち。
「お土産は……少し買っていきましょうか。ご友人も増えた事ですから」
「ご当地ストラップはこの間買ったけど……」
ちらりと千冬を見ると、千冬は苦笑いを浮かべる。
「……いえ、私はストラップは遠慮しておきます」
「レイラさん要るかな?」
真剣な表情でストラップのわずかなバリエーションを選ぶナガル。レイラとブラッドは、お菓子やおつまみを物色しているようだ。
(出来れば東海林さんともお揃いにしたいけど……そうだ、プレゼントにしよう!)
「どの手ぬぐいの柄も可愛い……えっと……和頼はどれにするの?」
麻端は、ちらりと五十嵐を見るといくつかある柄の中から一つを選んだ。
「なら、私はこれ」
五十嵐が選んだものは麻端が持っているものとは色違いのものだ。
「分かった」
2つをまとめてレジに通して、五十嵐に渡す。
「お揃い……だね」
手ぬぐいの端をつまみ上げて、五十嵐は嬉しげに麻端を見上げた。
「誘っておいてすまないが、俺の事は忘れてくれ」
「! ど、どうして……?」
五十嵐は呆然と麻端を見る。
●それぞれの宴
【霊一滴があると聞いた!】
即座に日本酒を注文する奈良。従業員もなんとなく分かっていたようで、すぐに用意された。その隣で、今宮は晩餐を楽しむ。
「わ、この牡蠣おいしー!」
【まぁひとまずは生からか】
「んーお刺身ひさしぶりー」
ひたすら黙々と飲み、食べる奈良の隣で、次第に今宮がそわそわとし始める。
「あ、ハルちゃん食べ終わったら露天でお酒もいいんじゃない?」
【お、それはまたいいのぅ…霊一滴でも持っていくかのぅ】
大声で棒読みの、いかにもセリフと言った感じの一言だったが、奈良はそれには気が付かなかったようだ。
「……へぇ。こいつは、いいな」
ツラナミは、懐石料理を肴に『霊一滴』を開けていく。流石にお勧めというだけあって、上等な酒だ。
『…‥美味しそう。私も、飲む……』
「ああ…‥そう、飲むの。一気に飲むなよ。面倒だから」
38は、あまり酒には強くない。そう言いながらも、ツラナミは38に適度なペースで酒を注いでゆく。
「お食事は前とメニュー違うみたいですし、楽しみますよー!」
意気込むナガルに、千冬が微笑む。
「……ええ、楽しむのは…良いことですね」
ブラッドがあぐらをかくようにして、レイラがその上に座るような格好だ。ブラッドがレイラの口元に匙を運ぶと、レイラがほおばる。
「美味いか?」
「うん、……とっても美味しい!」
「あれ、ルゥさん、あんまり食べてない?」
「え! たいへん。具合が悪いんじゃないよね?」
『……ん。問題ない』
ナガルとレイラに、ルゥはこくりと頷きを返す。この状態であれば、食べる量は通常でも問題ないのだという。
ちゃっかりと酒にまで手を伸ばすルゥに、東海林は驚きを隠せない。
(お食事……といえば、前回は美味しい日本酒がありましたね。食事と合わせるのも勿論良いでしょうが……今回は折角飲める方が相部屋ですから)
千冬はきょろきょろと辺りを見回すと、従業員の一人を呼び止める。
「以前此方で飲んだお酒……一本譲って頂くのは難しいでしょうか。部屋で飲みたいのですが」
「ああ、それでしたら……」
従業員は快く承知すると、藏からもう一本を出してくる。
【やはり温泉じゃからなーのんびりするのが一番じゃな】
そう言いながら、奈良はぐいっと一杯をあおる。体の芯から温まるような心地だ。
【最近おかしな事ばかりしていた気がするが、醍醐味はこれよのぅ……】
その後ろで、今まさになにかしようとしているのは今宮である。イメージプロジェクターを駆使して、新たな格好を探る。
「お酒のんだらガードもゆるくなるよね。さっきチェックした時は上からならいけそうだったんだけど……と、ここでいけるかな」
回り込むのがダメならば、女湯からである。
今宮は棒にスマホをくくりつけ、柵の上から突き出す形で男湯の盗撮を試みる。
(いざ……!)
●お別れ
放っておいてくれと言われてから、重苦しい空気が続いていた。
『希、飲み物を買いに行くぞ』
「はいはい」
ジェフの誘いに、華留は立ち上がる。
喧騒から遠ざかると、小さな虫の声だけが、風流に辺りに響いている。
『たまに静かに話すのも良いだろう?』
「そうだね!」
『しばらく、会えなくなるんだってな』
ひょっとすると、これっきりになるかもしれない。五十嵐たちは、――二人から、そう聞いたのである。
何を言ったものか。
ジェフは言葉を選ぶべく、自分の思いを反芻する。
希と居ると行動が全て明後日の方向に持って行かれるが、悪くない。そう思っている。
(どちらかと言うと……ビックリ箱のようで楽しい……)
しばらく目を閉じて、言うべき言葉を決めた。
『居ない間は充電期間だと思うから、これっきりとか決めずに行ってこい。みんなで待ってる』
「そっか、うん」
華留が言った。
ジェフたちが部屋を出ていったことで、部屋に取り残された五十嵐と麻端。
ようやく、五十嵐が口を開いた。
「あ、あのね……私は和頼を手助けしたくてエージェントになったから会えないと寂しいよ。でも、寂しいからって忘れるのは……嫌だよ」
五十嵐はぎゅっと、膝の上で自分の手を握りしめる。
「和頼が居ない間に他の人と沢山お仕事して、沢山強くなってると思う。沢山遊びもするよ。でも、でも」
気持ちと一緒に、自然と言葉があふれ出てくる。
「戻れたら沢山話そうよ。こんな事があったんだよ。今ってこう言う決まりなんだよって教えるから……それを楽しみに居たいよ。だから……待ってちゃ、ダメかな?」
「……」
別れを思うと、涙がこぼれそうになる。
沈黙から長い時間が経った。
力のこもった自分の手の甲を見つめる。それでも。返事を待って、じっと見つめてみる。
ほんのかすかな返事だった。それだけで十分だった。確かに聞こえた。
「うん……待ってる……ね」
希望をくれたなら、希望で返そう。
五十嵐は、太陽のような笑顔を浮かべる。
●お散歩がえり
「さて、のんびりできましたね。これで、また、頑張れます! あ、えと、大丈夫ですよ。無茶はしないように……はい」
『そういって、この前も怪我をして帰ってきていましたよね。蛍丸様。もう……橘さまも何か言ってあげてくださいませ』
「そうね……今日話したことを、よく考えてみてほしいわ」
『?』
橘のきょとんとする詩乃の横で、飯綱が忍び笑いを漏らす。
●火花散る花火
「おーいリン! 戻ったぞ! 飯-!」
「あ、紅梅ちゃんおかえりーはいお菓子。それより花火しよ! 花火!」
温泉から遅く戻った神鳥に、雨水は買った食料と、ついでに色とりどりの花火を押し付けると、ぐいぐいと縁側の外に引っ張る。
「あ? 花火……? 妾はコンセントの守護神になるから貴様一人で行ってくるがよいぞ」
神鳥は露骨にうんざりした顔をすると、コードを引っ張り、引きこもる体制を整える。
「そんなこと言わないで。ほらほらこれとか面白いよ」
雨水は、花火セットを取り出すと、鼠花火に火をつける。
「あっ! 何をする! 妾はゲームがしたいのだー!」
「ね、楽しいでしょ!」
雨水は次々と新しい花火に着火していく。色とりどりの閃光があたりを照らし、新しい鼠花火の一匹が、神鳥のスマートフォンのすれすれを横切っていった。
「おい!? こっちにやるんじゃない!」
雨水は、にこにこと両手を広げる。
「くっ……貴様覚悟しろ! 妾もお返しじゃ!」
「やったー!」
●おやすみなさい!
「あ、花火もいいなあ」
「また次の機会にですね、マスター」
窓の外を眺めていたナガルらの目に、ピカピカと光る小さな火が見えた。
晩御飯を食べ終えた後、彼らはカードゲームとしゃれこんでいたのだった。
「点字付きのなら、レイラでもできそうだろ?」
東海林が差し出したカードの感触を指先で確かめると、レイラはぱっと笑顔になる。慣れるまでは、ブラッドがペアになって補佐する。
しばらくすると、見事、レイラが一勝をあげたのだった。
「お。勝ったら温泉饅頭だな」
「! いつのまに!」
気が付けば、点棒代わりに温泉饅頭が積まれている。
補佐が要らないとみて、ブラッドはそっとその場を離れた。
夜も更けたころ。レイラが傾いたかと思うと、カードを取ろうとしたところで動かなくなる。
「あ、寝ちゃいました?」
「おう」
遊び疲れて寝落ちをしたようだ。東海林は、レイラの手をナガルに渡す。
「じゃ、このまま寝ちゃいましょうか」
ナガルはレイラの隣にごろんと寝転がる。
(レイラが起きるときには側にいて手を握っておいてやらないとな)
部屋の窓から景色を見ていたブラッド。煙草を吸いに行って戻ってくると、千冬とルゥが窓に陣取っていた。
「ご一緒します」
『……ん、良いお酒は美味しい……』
アルコールのせいか、ルゥの頬はそこそこ赤い。
「大丈夫ですか?」
『顔に出やすいだけで、別にルゥ酔ってないよ』
千冬とブラッドとは、あまりゆっくり話す機会もなかったものである。そう考えたルゥは、二人に酒を注ぎながら、ゆっくりと話し始める。
『……2人共、ヒジリーの子守とかお疲れ様ね』
夜になるにつれて、ルゥの身長が、少しずつ目減りしていく。千冬とブラッドは顔を見合わせると、笑いを漏らした。
●2度あることは
部屋に戻った今宮は、スマートフォンを畳の上に取り落とし、がっくりと膝をついていた。
【なんじゃ、やっぱダメだったんかの】
奈良がちらりと覗きこんだところによると、画面は湯気で曇っていて、全く見ることができなかったのである。
「こんなのって、ない……」
深刻に落ち込む今宮の横で、奈良はぐびぐびと酒をあおる。
【別に直接見んでも、ネットとかで見れるんじゃないのか?】
「え、あの、それはちょっと」
今宮はもじもじと視線を逸らした。
【ちょっと、なんじゃ?】
「恥ずかしい」
沈黙。
【……は? 何言ってんのじゃ?】
妙なところは純情であった。
●家族そのもの
「……なんで旅館の連中は布団を並べたがるんだろうな」
『……敷くの…‥らく、だから?』
並んだ布団を眺めるツラナミと38。
おやすみ、と小さな声がして、ぱちりと電気が消える。並んで寝るということに、当たり前のように何事もなく、また、それについて疑問を抱くこともなく、家族そのものの二人は眠りにつく。
結果
シナリオ成功度 | 成功 |
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