本部

【愚神共宴】連動シナリオ

【共宴】笑顔の意味、笑顔の価値

ガンマ

形態
イベント
難易度
易しい
オプション
参加費
500
参加制限
-
参加人数
能力者
25人 / 1~25人
英雄
25人 / 0~25人
報酬
無し
相談期間
4日
完成日
2018/03/23 19:18

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掲示板

オープニング

●狼を吊るせ

「ふざけるなッ!」

 H.O.P.E.廊下に怒号が響いた。
 一人のエージェントが共鳴状態で、剣を片手に走り出す。
 怒り猛る彼の目の先には、H.O.P.E.会長ジャスティン・バートレット。
「ジャスティン! この老害がァああああああッ!」
 突き出される刃――は、第一英雄アマデウスと共鳴したジャスティンが自らの盾で受け止めた。
「くそ! くそ! くそ!! なにが愚神との共存だ! ふざけるな! ふざけるな! 俺達の戦いはなんだったんだ殺された皆はなんだったんだ畜生おおおおおおッッ!!!」
 何度も何度も、何度も何度も何度も何度も、彼は刃を会長へ振り下ろす。納得がいかなかった。愚神との共存。古龍幇にしたって何を考えている。情報を得る為? 馬鹿だろ。愚神は敵だろうが。怒りが無限に込み上げる。その怒りを刃に乗せる。だがそれは、ことごとくが壁のような盾に阻まれる。
「くそ……くそぉおお……!」
 やがて――彼は剣を振り下ろす力も痺れ果て、泣きながらその場に崩れ落ちた。だが、会長を見上げるその目は……まるで仇敵“愚神”に向ける憎悪のそれで。
「……私は君を責めはしないよ」
 共鳴によって若き頃の姿になっている老紳士は、静かに首を振った。
 間もなくして、警備のエージェント――ジャスティンの命令で、固唾を飲んで控えていた――が、彼を取り押さえて連行していく。情状酌量の余地、彼を重く罰する必要はないと、共鳴を解いたジャスティンは部下に告げた。
「ジャスティン、……」
 アマデウスが眉根を寄せて相棒を見る。紳士は溜息を噛み殺した。
「……、 いや なんでもないよ」

 本当は私だって愚神が大嫌いさ。
 愚神が、どれだけ、私の友人を、大切な部下を、殺めたと、――……。

 そんな言葉は飲み込んだ。立場という責務、この状況でその言葉は許されまい。
 H.O.P.E.はジャスティンによる独裁組織ではない。組織員の声を聴かねばならぬ。
 だが、組織を形成する者の数が増えれば、それだけ多様な意見があり――あちらを立てればこちらが立たぬ、そういった事態もまた、どうしても起きてしまう。
 尤も、どちらも納得のできる中立点を見出すことが一番いいし、そのための努力はしなければならないし、そのことについて「何をやっている」と謗られれば「善処する」としか答えようがないのだが……。
(ふう、しっかりせねば……)
 憎まれ、謗られ、敵意を向けられ。されどその明日に希望があるというのなら。幾度目かの深呼吸をして、ジャスティンは眉間を揉んだ。
 と、そこへ。

「おい、オメーらッ!」

 やって来たのは第二英雄のヴィルヘルムだった。走ってきたのだろう、肩を弾ませている。
「殴りかかられたってマジか!? 怪我は!? 誰にやらたんだ!?」
「ああ、ヴィルヘルム。心配いらないよ。大丈夫だ」
 ジャスティンは穏やかに笑んだ。H.O.P.E.エージェントに斬りかかられた――なんて正直に話すと、「そいつぶっ飛ばしてくる!」と怒髪天になるのが目に見えていたので、うまく濁しながら。
「……、」
 そのことをヴィルヘルムもなんとなく察したらしい。この英雄、馬鹿ではあるが、カンは鋭い。「まあ怪我してねーならいいけどさ」と口を尖らせ呟いて、握り締めていた紙をジャスティンに差し出した。
「……で、さ。コレ」
 握り締めすぎてクシャクシャになっている。会長が受け取って広げれば、依頼要項が書かれた紙である。
 内容は――ささやかな慰安だ。梅見に行こう、というモノである。
「ちょっと息抜きしねえ? いや、忙しーなら別にいーけどぉ……」
 ヴィルヘルムが視線を揺らす。彼なりの気遣いだった。ここ数日の気を張り詰めたジャスティンを見ていると、なんだか心配だったのだ。
「馬鹿者。ジャスティンは多忙の身で」――いつもならアマデウスが眉間のシワをぐっと深くしてこう言うのだが。そんな第一英雄は、相棒達にこう言った。
「ふむ、たまには気が利くではないか。ジャスティン、我は賛成だ」
 こちらを見やる二人の英雄。気を遣わせてしまっているな――ジャスティンは内心で苦笑をして。それから、深く頷いた。
「梅の花言葉の一つは“不屈の精神”だったかな。……ああ、そうだね、皆で行こうか」

 ――……同刻。
「ウメ?」
 ヴァルヴァラはパチクリと瞬きをした。
「花を見に行くの? 楽しそう! 私も行きたい!」


●優雅
 猛威を振るった大寒波は過ぎ去って、寒いと言えば寒いのだが、ちょっとはマシになった気温。
 時折温かい日もあったりして、特に今日の澄んだ空は春めいている。

 さて。

 君達の視界に広がっているのは、郊外の山間にある自然公園。そこは梅の名所である。
 細い道を見上げれば、枝一杯に梅の花。山の斜面も色とりどりの梅の花が、気品ある色で煌いていた。山を見下ろせば、遥か緑の合間を川が流れる。耳を澄ませばウグイスも歌う。地面には春の花が可憐な姿で風に揺れる。
 まことに、風流であった。

 ――愚神共宴。
 胡乱にして疑わしい事態ではあり。
 誰もの心に揺らぎは生じれど。
 花々は、ウグイスは、そして空は、そんな人間のことなど露知らず。彼等は素知らぬ顔で、穏やかな春の陽気に包まれていた。

解説

●目標
梅見をしよう。

●状況
 郊外の山間にある自然公園、梅の名所。様々な品種の梅が咲いている。
 天気は晴れ。ちょっと暖かい。
 時間帯は午後~夕方まで。
 本日はH.O.P.E.一行のために貸し切り状態。(一般人などはいない)
 細い道がいくつもあり、ぐるっと回って梅を見ることができる。一番奥に、永い樹齢を誇る古木の梅があり、花を咲かせている。願い事をすると叶うなんて迷信のあるパワースポット。
 途中にはいくつか広場などもある。お弁当を食べたり、お昼寝したり、ご自由に。
 お弁当持ち込みは自由。
 山火事の危険性があるので火気厳禁、バーベキューやその場での調理などはNG。
 梅の枝を折るなどはおやめ下さい。

●登場
ジャスティン・バートレットと英雄二人
 H.O.P.E.会長&アマデウス&ヴィルヘルム。
 基本的に三人でのんびり梅を見ている。

ヴァルヴァラ
 梅に興味津々。その辺をチョロチョロしている。


※注意※
 「他の人と絡む」という一文のみ、名前だけを記載して「この人と絡む」という一文のみのプレイングは採用困難です。
『具体的』に『誰とどう絡むか』を『お互いに』描写して下さいますようお願い申し上げます。
 相互の描写に矛盾などがあった場合はマスタリング対象となります。(事前打ち合わせしておくことをオススメします)
 リプレイの文字数の都合上、やることや絡む人を増やして登場シーンを増やしても描写文字数は増えません。
 一つのシーン・特定の相手に行動を絞ったプレイングですと、描写の濃度が上がります。ショットガンよりもスナイパーライフル。

リプレイ

●梅見01

 春うらら、風光明媚とは、こういう景色のことを指すのだろう。

「わー! すごい梅だね!」
「……ん、ぅん……すごい、ね……っ」
 視界一杯に映るのは、華やかなまでの梅の花。御代 つくし(aa0657)とカスカ(aa0657hero002)は、二人して目を真ん丸にした。
「……」
 はしゃぐつくし達とは対照的に、無音 冬(aa3984)は無表情である。だがその手にはしっかとカメラがあり、一般人がいないのでと早速撮影スポットを見渡している辺り、彼なりに楽しみではあったようだ。
「梅見なんて初めてだ」
 歩き出した相棒をのんびり追いつつ、イヴィア(aa3984hero001)も景色を目に映す。H.O.P.E.では今なんやかんやあるが、今この状況を警戒する必要はなさそうだ。と、冬が誰ぞに会釈している。見やれば、
フィアナ(aa4210)がいた。
「兄さん、梅綺麗ねー」
「そうだね」
 目を輝かせるフィアナが振り返れば、ルー(aa4210hero001)がくすりと微笑んだ。

 白い梅、赤い梅、黄色にピンク、甘い香りにウグイスの声。
 空の青と梅の色がよく映える。

「梅見どすか、風流どすな」
 弥刀 一二三(aa1048)がそう言えば、キリル ブラックモア(aa1048hero001)が頷くが。
「梅といえば香梅、梅ケーキに……」
「……そればっかどすな」
 花より団子を地で行く英雄に一二三は「やれやれ」と呟いた。

「う……烏兎ちゃん……改めてだけど、この間はごめんな……パパ反省してるんだぜ……」
 梅から烏兎姫(aa0123hero002)に視線を移し、虎噛 千颯(aa0123)は眉尻を下げた。あれは一月のことだった。千颯は餅大会で“やらかして”、彼女の機嫌を大いに損ねてしまったのである。「今日はあの時のお詫びも兼ねてじゃないけど……梅祭りどうかな?」と誘った時は、「いらない!」と怒られないかどうかハラハラしたものだ。
(あのことはもう終わってるんだけど……パパ気にしてたんだ)
 烏兎姫は――春らしいリップで艶めく唇をニッコリを笑ませる。
「今日一日、ボクの言うこと聞いて貰うんだよ!」
 本日はホワイト×パステルカラーでふわふわ清楚な春の装い。スカートを翻し、「あっち行ってみよ!」と烏兎姫の足取りは軽やかだ。餅大会の件は彼女の中ではもう笑い話だが、愛するパパが一生懸命あれこれしてくれるのが嬉しくて。

 と、そんな一同を足早に追い越して行くのはキース=ロロッカ(aa3593)である。彼の目には梅の花など映っていない、彼は会長とどうしても話がしたくてここに来た、が、
「あたし知ってる! 昔は『花見』って梅見だったんだよ」
 小鴨のようについてくる匂坂 紙姫(aa3593hero001)が得意気にそう言えば、「ああ」と彼は返事をした。
「それは知ってます。でも、梅見も風情があるものですね」
「梅見る気、ないでしょ……?」
 花をチラとも見ない彼に紙姫が肩を竦める。「もったいない」と続ければ、ようやっとキースは眉間のシワをわずかに解し。もったいない、それもそうか――そう思い、英雄と共に歩みを散策のそれに変える。

 平和だ。
 だが、そこにいる面々の心の中までそうでないことは、誰もが感じ取っていた。

「こんにちは。頭痛の種を増やしに来ました」
 ナイチンゲール(aa4840)もその一人だが、彼女は唇に笑みを浮かべ。「ご一緒しても?」と声をかけたその先には、H.O.P.E.会長ジャスティン・バートレットがいる。「もちろん」と紳士は微笑んだ。
 ゆったり、梅の小径を歩く。十影夕(aa0890)はその姿を見かけ、気にかけていたナイチンゲールが変わらず行動している様子に安堵を覚えつつ、会長に声をかけた。
「なんかザワザワしてる時だから言っときたくて」
 気ままに駆け出したシキ(aa0890hero001)の背を目で追いつつ、少年は言葉を続けた。
「俺がリンカーに助けられて生き延びたのは、個人の善意じゃなく組織の正しい活動で、だから俺は今エージェントしてて。
 みんな大事なものがあって、守りたいものがあって、それは対立するときもあるけど。……絶対の正義はなくても。H.O.P.Eの選択で救える誰かがいるはずだから、迷わないで欲しい」
 その言葉に、ジャスティンは穏やかに笑んだ。
「ありがとう。その言葉が、何よりの力になるよ」
 と、まもなく聞こえてきたのは少女の鼻歌だった。烏兎姫である。
「こんにちは~」
 烏兎姫がペコリと頭を下げて、一緒の千颯も「どうも~」と会釈をする。そのまま父子は通り過ぎよう……として。
「そうそう、会長大変だね~大丈夫? 色んな人がいて色んな思いがあるかもだけど……無理しないようにな~。この先どうなるかわかんないけどさ……ま、成るようにしか成らないんだぜ~」
「ボク、難しいことはわからないけど……でも、相手がこの梅を綺麗だって思って、隣で一緒に見ることができれば、きっと上手くいくと思うんだよ!」
 とやかく言いたいことはない、そう言わんばかり。二人はいつもの笑顔で手を振って、歩き出した。特に千颯にとっては善性愚神どうこうよりも、目先の愛娘のご機嫌取りの方が重要なのである。
「烏兎ちゃんが喜んでくれるなら、パパ何でもするよ」
 大きな風呂敷を持ち直しつつ、千颯が烏兎姫に言う。
「今なんでもって言った?」
 途端、少女がイタズラっぽい笑みで振り返るのだ。
「パパお弁当食べよ! ママのお弁当楽しみなんだよ! あっちの広場まで競争~っ」
 言うなり、ピャッと駆け出してしまう。「も~待て待て~♪」と千颯はデレデレ全開で愛娘を追うのだった。手には妻に作って貰った超豪華お弁当、妻に頼み込んで娘の好物をめいっぱい詰めて貰った。きっと娘も気に入るはずだ。

「しかし……前例がないわけじゃないけど、愚神とこういったことをするというのは、やっぱりいろいろと影響あるんだろうな」
 梅の花びらが彩る小径を行きながら。リィェン・ユー(aa0208)は、この光景を気がかりなく楽しめればどんなに良かったことか思いつつ、呟きを吐いた。「うむ」と隣のイン・シェン(aa0208hero001)が頷きを返す。
「下手したら妾らの立場もひっくり返りかねんのじゃ……何より今、一番頭が痛いのはジャスティンじゃろうなぁ」
「ま……それは間違いないな」
 風にこぼれる白い花びらを目で追いつつ――思うのは善性愚神問題だ。あらゆる意味で面倒な案件である。リィェンとしては、敵対しない以上は愚神だろうがヴィランだろうがあまり気にはしないが、世間はそうもいかないだろう。
(世間にとっては、H.O.P.E.は対愚神・対ヴィランという印象だろうし、な……)
 ここで対応を間違えれば、世界規模の混迷が起こるだろう。そんな矢先に聴いた、ジャスティンがH.O.P.E.エージェントに白昼堂々襲われた事件。心配という感情が湧かない方がありえぬ話で。
(会長……、)
 彼ほど人々の平和のために愚神との戦いに身を投じてきた人はいないだろう。気がかりで、梅の美しさすら心に染みてこない。
「……とはいえ、あの人がその心の内を出してくれるとは思えないんだよな」
「じゃが、一緒に酒でも飲んで話せば、少しは気が紛れるじゃろう」
 インがそう言う。成程、とリィェンは頷いた。
「だな……あの人の負担が少しでも軽くなれば、きっと彼女も喜んでくれるだろうしな」
「そうと決まれば、突撃じゃ」

 蝋梅、黄色い梅の甘い香りを吸い込んで、桜小路 國光(aa4046)は溜息を吐いた。
 会長が襲撃されたと聞いた時、心底肝が冷えた。それから、姉が犯人でなかったことに深く安堵した。けれど懸念は消えない。思い返すのは家族から送られてきたメールだ。
『“愚神との共存の可能性”の報道から、姉の暴力行動が急に目立つようになった。だから、留学を中止して帰国して欲しい。できたら、H.O.P.E.も離脱して欲しい』
 正直、國光は揺れていた。メテオバイザー(aa4046hero001)は傍らで、うつむく彼を見守っている。と、見かけたのは会長とその英雄達だ。メテオバイザーは、英雄二人へ声をかける。
「ごきげんよう。会長さん、凄い人気なのです」
「ああ、ごきげんよう」
 アマデウスが会釈をする。メテオバイザーの懸念は的中して、彼はことさら気を張り詰めた様子でジャスティンから離れる様子がなかった。とはいえメテオバイザーのことは信頼してくれているようで、刺々しい雰囲気を向けることはなく。一方、「お初にお目にかかります。メテオバイザーと申します」とヴィルヘルムへスカートを摘んで挨拶をすれば、第二英雄の方は気さくに挨拶を返してくれた。
「……みんな真剣なんですよね」
 会長の英雄達の心中を慮る。梅を、そして相棒達を眺めつつ、レースの騎士は呟いた。
「それが自分の信念でも、それに振り回されてたら何も解決しない」
「……全くだ」
 アマデウスが重い口を開いた。

「本当に大切な人にほど、本心ってなかなか言えないんですよね」
 國光は会長を見ながら呟く。
「だけど、誰かが傍にいると感じるだけで本当に心強いから……。積もる話は、いつでもいい……留守は任せて……そんな一言に本当に救われたから……オレは」
 まあ、言ってる本人が一番素直に伝えられてないんですけど。そんな独り言を國光はこぼす。と、ちょうどすれ違わんとしていた友人、キースと目が合った。
「お二人はありのままで会長の傍にいてあげて下さい。……って、当たり前のことでしたね、ごめんなさい。忘れて下さい」
 國光は苦笑を浮かべた。行ってらっしゃいと言わんばかりに手を振った。
 しからばキースも言及はせず。会長へ挨拶しつつ、手持ちの酒を彼に見せた。
「スコッチ・ウィスキーです。どうですか、酒宴でも?」

 ――快諾されて、梅が見えるベンチにて。
「噂で小耳に挟んだのですが、エージェントに襲われたとか」
「お怪我の具合はどうなんだよぅ?」
 スコッチのロックをバーテンの手つきで用意しつつ、キースが英雄と共に問うのは先日の出来事だ。
「心配してくれてありがとう。怪我は一つもしていないよ」
 と、そこへ。泉 杏樹(aa0045)と榊 守(aa0045hero001)が会長のもとを訪れる。少女は丁寧に、英雄は執事然と、挨拶とお辞儀をする。それから、真剣な目で杏樹は会長へ話しかける。
「杏樹は、善性愚神をまだ信用してません。情報が少なすぎます。でも、人類が平和を勝ち取る為に、歩みつづけなればいけないなら、誰かが、責任を持って、押し進めるしかないの」
 皆が納得する答えなんてない。少女なれど、泉家の跡取りとして大局観を持つよう、杏樹は幼少より帝王学を叩き込まれたがゆえ、上に立つことが「どういうことか」を杏樹は知っている。
「会長さんは、恨まれる覚悟も、しているのですね?」
「ああ。正義や希望という言葉は時に反感を買うけれども、私はそれを信じ切る」
 ジャスティンはキッパリと言い切った。その目に在る鋼の意志――杏樹は穏やかに笑み、彼の手に自らの手を重ねた。
「それなら杏樹に、会長さんの重荷を、一緒に背負わせてください」
 この老いた手が持つものの重さを、少女は知っている。
「怒る人がいれば、一緒に殴られます。善性愚神が、信用できるか、情報を集め……善性愚神が、裏切るなら、戦います」
 だからこそ、前を向こう。
「もし、和平の道が開けても、皆の同意が、必要です。歌で、平和の想いを、届け。歌で、皆の気持ちを、繋げる。平和の象徴なアイドル、目指します」
 だからこそ、夢へ進もう。
「人の為でも、愚神の為でもなく、地球に住む皆が、安心して暮らせる未来――杏樹も目指すの。今より良い、未来の為に、前に進む、です」
 だからこそ、希望を謳おう。――そう、共に。
「ありがとう」
 ジャスティンは笑み、杏樹と握手を交わした。
「それじゃあ、一緒に頑張っていこうじゃないか」
 杏樹は頷きを返した。「準備はできております、お嬢様」と彼女に守が耳打ちする。アイドルで在ると宣言したのだ。有言実行あるのみである。振り返る先、広場はちょっとしたステージとして整えられていた。
「皆に癒しを、お届け、です」
 花のような笑みを浮かべ。梅の花びらが吹く風に歌声を乗せ、指先に春の香りを纏い、少女は日本舞踊を舞い始める。平和のアイドル、H.O.P.E.のアイドル。どんな結果も受け止め、和平への道を踏み出す覚悟を、心に。

 リィェンとインは、会長に勧められるままスコッチを飲みつつ、杏樹の舞を眺めている。
 思う所は皆同じなようだ。“もしも”に備えて会長を守れるように、そして彼の心を少しでも解せるように。
(出来得ることなら、会長の本音も聞きたいものだが……)
 チラとジャスティンを見やった。上手い言葉は思いつかないが――というかこの老人をうまく言葉で誘導できる超人などいるのだろうか――傍にいれば欠片でも聞けるやもしれぬ。さりげなく、何気なく、リィェンは英雄と共に会長の傍にいる。

「これは私の戯言なのだが」
 建前は護衛。ジャスティンの傍らにて、勧められた酒を片手に唐棣(aa3689hero001)はおもむろに口を開いた。
「ドロップゾーンは王とやらの力でライヴスは世界の抗う力のようなモノなのでは?」
「ふむ?」
 会長が視線で言葉を促す。然らばと唐棣は言葉を続けた。
「知人の見解なのだが……ドロップゾーンがなくなれば、楔となるものがなくなり、ライヴスの奔流があるのでは……と」
 花びらが、手にしたグラスの水面に落ちた。浮かんだ白を眺めつつ、唐棣は粛々と言う。
「世界のライヴス数値のようなものが分かれば良いのだが……アルター社はその数値を把握して動いている節がある。情報漏洩が不自然なまでに的確なのだ。自然な形ならば、もっと弱小なヴィラン組織に流通した方が儲かる。だが、無駄に大きい組織に情報を流しすぎている」
「ああ。H.O.P.E.の見解としても、アルター社は手放しに信頼できるとは言い難いね」
 だが彼らは愚神でなく、ヴィランでなく、人間の企業だ。ライヴスではなく財力と権力で武装した、この上もなく厄介な存在。
 立場上、ジャスティンは断定的な表現を避ける。されどその眼差しは「アルター社には十二分に気を付けよ」と告げていた。唐棣はそれを横目に、肯定のように杯を煽った。
「まぁ、面倒な状況ですよね」
 引き継ぐように、春風になびく髪をかき上げながらそう言ったのは構築の魔女(aa0281hero001)だ。傍らにはいつものように辺是 落児(aa0281)が、虚ろな瞳で花を見ている。
(名称はあれですが……H.O.P.E.・愚神共同体に対するカウンター組織ができそうな気が。まぁ、その前にH.O.P.E.が分裂して内部対立もありそうですが)
 構築の魔女は、内情はどうあれ組織として戦力が増大した状況に懸念を感じていた。会長の一同の会話が途切れたところで、「ご挨拶が遅れましてすみません」と会釈の後、魔女は「ジャスティン会長、少しよろしいでしょうか?」と姿勢を正す。
「構わないよ。……例の件かね?」
 愚神との共闘の件だ。「ええ」と頷き、魔女は問う。
「彼らの立ち位置はどんな扱いなのでしょう……?」
 協力の是非ではなく、彼女が気がかりなのは関係性の基準が不明瞭な点だった。
「一部の愚神はH.O.P.E.に対して脅迫めいた要求を突き付けて押し通したようですし……まぁ、簡単に決めれることではないでしょうけども……必要かと思うのですが」
「それがね、なんとも微妙なのだよ。少なくともエージェントではないことは確かだ。実際にエージェント登録もしていないしね。かといって敵でなく、上下関係というわけでもなく……」
「同盟相手、という表現が一番近しいでしょうか」
「そうなるねぇ」
「ひとまず、申し込んできた割には、あちらからの提案がないのはビジネスとしてもいただけないですけど」
「ビジネス、か。彼等の目的はビジネスなのだろうか」
 その物言いは愚神への擁護ではなく疑いだ。「あぁ、これは私の個人的な意見ですが」と、魔女は言葉を続ける。
「愚神を戦力として使うのは危ないと思っています。なので、それを含めて多数の制約を求めたいですね。愚神という武器をもった組織が、愚神に気を付けましょうと言っても風当たりが強そうですから…… 」
「そうだね。現時点では――ドロップゾーンの使用、人間を殺傷する、といったことはしないと善性愚神が自らの制限を語ってるが」
 そういった制限についても、詳細をどうするかは気が遠くなるほど議論が交わされているようだ。
「いつもお疲れ様です、会長」
「いやいや、こちらこそさ」
 会長は笑顔を浮かべた。
 と、そのほど近く。
「いやあ、梅の花いうても、ホンマ色々ありますな~おんなしバラ科でもうちは梅が好きどすわ」
 そんな言葉を弾ませたのは一二三だ。
「実も、そのまんまやと毒で食われへんのに、梅干しとか色々加工して食べれるようした人間もすごい執念や、思いますわ」
 人懐こく口角をもたげ――されど「ちょい、ええどすやろか?」と彼は声をひそめた。
「香港協定の内容、ラグナロクら、RGW……色々ありましたさかい、ヘイシズはん等は全く関係あらへん、とは言い切れんこないな時に人間と和解て、何で言い出したんどすやろ? ……会長はんはどない思われます?」
 ふむ、とジャスティンが眉を上げる。
「できればジャスティンはんという一人の人間の意見も聞きとうおます。うちは阿呆で直ぐ忘れてまうさかい、ダチらも呆れとりますわ」
 苦笑と共に、一二三はそう付け足した。
「そうかね。では“H.O.P.E.の見解”としては――」
 ジャスティンの意見そのままでこそないが、H.O.P.E.の見解には会長の意見もゼロではない。
「全面的に信頼するにはいささか困難。されどアルター社という“多数の人間の声”というのは、我々H.O.P.E.として無視できない」
 共闘を無視をすれば“H.O.P.E.は世論を無視する、平和よりも闘争を望む暴力集団”と、他でもない人間から認識されてしまう。それは古龍幇も理解しているところで、彼等もNOを示せば“合法化集団と言いながら武力を優先するヴィランじゃないか”と人々から糾弾されていただろう。
 大衆思想が牙を剥けばどうなるか――H.O.P.E.も古龍幇も、組織員を守らねばならなかった。
「NOを言えば社会的に圧殺される、されどYESと言えば愚神に我々の懐に安全に入り込むことを赦すこととなり、内部分裂や不和の種にもなる。全く、“愚神にデメリットがない状況だ。何が狙いなんだか”」
「せやなー」
 婉曲表現を汲み取り、一二三はラフに頷く。
「ホンマに、愚神商人らとは、関係あらへんのんどすやろか……【白刃]でのレガトゥス級……あれもどう関係しとるんか……」
「ああ。これまでの事件が繋がっている以上、無視はできないだろうね」
「ですね。取り敢えず、こんなええ梅の前でする話しちゃいましたな、堪忍どすわ。お詫びと言ってもなんやけど、お菓子にお茶も用意してきましてん。おあがりどす」
 京都の梅和菓子に緑茶。キリルと共に、用意をする。
「梅見日和ですね」
 そこへ世良 杏奈(aa3447)が、ルナ(aa3447hero001)と共に会長へ挨拶を。会釈もそこそこに、「少しお尋ねしたいことが――」と、彼女は他者には聞こえぬよう、そっとジャスティンに問いかける。
「ふむ」
 会長は静かに頷くと、決意を秘めた杏奈の目を見据えた。
「一つ目のことだが、もしそれが“君を含めた人類”にとって安全であることが確実ならば支持しよう。
 二つ目について。……すまないね、M・Aも頑張っているとのことだ。何分、あっちは支部が丸ごと消し飛んでしまったこともあって調査が滞っていたからねぇ……続報があれば直ちに伝えるよ」
「そうですが……ご回答ありがとうございます」
 ペコリ、と杏奈は頭を下げた。

(……、)
 キースは隙を見ては会長の杯に酒を注いでいたのだが、紳士が酔う気配はない。立場上、幾つものアルコール外交を切り抜けてきた猛者がゆえか。本当ならジャスティンがほろ酔いになってから切り出したかったのだが、仕方があるまい。彼は口を開く。
「会長の苦労、お察しします。世論や他の国際機関への対応と、外に目を向けなければならないのは理解します」
 ですが、とキースは続けた。
「併せて中の、つまりエージェントの中でも善性愚神への主義主張を話し合う場を設け、少しでも我々が一枚岩になれるよう取り計らうべきではないでしょうか。
 すぐにとは言いません。彼等の動きを図る資料の乏しい現時点では、建設的な議論にならないかもしれませんが、先のことを見据えれば必要になると思います」
 是非、一度検討ください。そう告げたキースに、会長は「声を聴かせてくれてありがとう」とまず微笑んだ。
「尤もだ。しかし……今はまだ、相互否定の渦を起こしかねん。もうしばし皆がこの状況に慣れてから、だね」
 互いに歩み寄れるといいのだが。キースは心の中で独り言ち、「高潔」の意味を持つ花を見上げた。
「最終的な貴方の判断を支持します」
 荒木 拓海(aa1049)はそう会長に告げた。こういう時、真の敵は己の中に生まれる――それは半ば、己へ言い聞かせるような物言いで。

 寸の間の静寂、ホトトギスの声。

「皆、クッキー食べない? 仙寿様の手作りなんだ!」
 ややあって、弾んだ声は不知火あけび(aa4519hero001)のもの。日暮仙寿(aa4519)と共に顔見知りにも挨拶しつつ、会長へ向いた。
「いいねぇ、頂こうか」
 ジャスティンが微笑む。ではと、仙寿がたくさん焼いてきたクッキーを広げてゆく。
「去年、ツツジ園でもこうして話したな。あの時は新人だった」
 懐かしむように仙寿が言った。
「会うのは初めてだったが、正義のヒーローになりたいって言うあんたに親近感を持ってた。俺も同じだったから」
 あの時は曖昧だった理想のヒーロー像も少しだけ掴めた。そう伝えると、紳士は「なんだか照れるねぇ」とはにかみつつクッキーを一口。
「うん、おいしい」
「でしょ?」
 あけびが嬉しそうに言う。クッキーを飲み込んだ会長は、二人を見やった。
「君達の活躍は聴いているよ。いつもH.O.P.E.に協力してくれてありがとう」
 その言葉に、謙遜すべきか、と思いつつも仙寿は一礼を。そのまま言葉を続けた。
「ジャスティンは同志だ。当然守りたいものの中に入ってる。あんたにはずっと“希望”でいて欲しい」
 難しいことだと思う。会長だって人間だ、仲間を殺した愚神は憎いだろう――だからこそ、仙寿はあけびと共に会長を見つめる。
「微力だが俺達も支える。……その為の友人だからな」
「私と仙寿様は善性愚神の真意を見定めたいと思います。受け入れたこちらを……友人を裏切るなら――」
 愛刀の鯉口を切り、あけびは決意を示す。“忠実”の梅花を映す瞳。続いて、仙寿も告げた。
「……今後死ぬ人間が減るならそれに越したことはない。やれるだけのことはやる」
 ゆえに、正しいと思う道を。「もちろん」と、会長は頷いた。

 フィアナは遠巻きに、ジャスティンを見やった。彼が襲われた件は確かに気がかりであるが、「大丈夫だった?」と案ずるのは違う。
(だって分かってたことでしょう? 起こり得る可能性だったもの、その上での選択なのでしょう?)
 ならば何も言わないわ。フィアナは梅の道を歩き出す。雪娘に関しても気になるところがある。聞こえてくる意見は賛否両論、なれど。
(疑わしい、のは確かね。けれど何もしなければ、何も変わらないから)
 決意のように頷いた。自らの選択はもう決まった。

「知ってる? マルコさん」
 アンジェリカ・カノーヴァ(aa0121)は梅の景色を見渡しつつ、マルコ・マカーリオ(aa0121hero001)にそう言った。「何を?」と英雄が聞けば、少女は得意気に「飛梅伝説」を知ったかぶって話し始める。
「平安貴族が左遷されちゃったんだけど、その庭の木が別れを惜しんで主人を追って来て――って聞いてる?」
「ん? ああ」
 半ば生返事なマルコの視線の先には、一人の愚神。
「あれがヴァルヴァラって子じゃない?」
 マルコの視線の先を見つつアンジェリカがそう呟くと、彼はそのまま愚神の方へ長い足を向けるではないか。「ちょ、ちょっと待ってよ!」と少女も早足でそれについて行く。

「……ヴァルヴァラちゃん、愚神じゃなきゃお友達になれそうなんだけどなぁ……向こうはあたし達のこと、どう思うんだろう?」
 ウィリディス(aa0873hero002)が月鏡 由利菜(aa0873)へ振り返り、そう言った。
「私は善性愚神の存在や定義を疑っていますし、ラシルが自分の国を滅ぼした愚神に強い怒りを抱くのも理解していますが……」
 友達――英雄が言ったその単語に、由利菜は躊躇を見せる。が。
「ユリナ、会長がリスクを取ってまでこういう機会を設けてくれたんだし、話しに行こう?」
「こ、こらリディス、袖を引っ張らない!」


「花見とは優雅なもんだね。花を見ても腹が膨れるわけでもなし」
 火気厳禁、ゆえに煙草も厳禁。バルタサール・デル・レイ(aa4199)は手持無沙汰のままに花を見渡した。自然の造形美への感嘆や称賛の感情はその目にはない。
「相変わらず、生き方と考え方が豊かじゃないよね。梅と桜の区別はつく?」
 八重の梅を間近で見ていた紫苑(aa4199hero001)が、振り返らずに相棒へ。返って来たのは予想通り溜息で、「花なんざどれも同じだろ」という下りもまた紫苑には予想通りだった。
 二人は相変わらずである。紫苑が自由に振舞い、バルタサールがそれに振り回される。周囲は大なり小なり善性愚神の件でざわめいているようだが、二人がそれらについて意見を口にすることはなかった。
 人間にも善人と悪人がいるように、愚神にも善と悪がいても、不思議ではない。バルタサールはそう思っていた。しかし、人間同士でも争いが絶えないのに、違う生物同士では相容れるはずもない、とも思っていた。
(そもそも、ここでいう“善悪”は人間にとっての価値観であって、愚神の価値観とは異なるだろうに。純粋な協力関係でないことはほぼ明白だし、何か目的や企みはあるだろうな)
 愚神の言う神だの王だのが何なのかは未だに不明だが、最終的には決裂もあり得るだろう。ただ、利用できるものは、打算と承知の上で、互いに利用すればいい。
(……能力者と英雄のように)
 サングラスの奥から紫苑を見やった。英雄は未だ、木の下で梅の花を眺めている。
「きみも見てみなよ。これ、八重咲で、よーくみるとうっすらピンク色で、綺麗だよ」
 紫苑はそう誘うが、終ぞバルタサールが隣に来ることはなかった。まあいつものことだ。
(もっと、もっと、バルタサールの心をざわつかせる、アレコレがあれば楽しいなあ)
 くす。喉の奥で笑みながら、鬼は花に目を細める。
(自分にとっての彼は何なのだろう)
 相棒? 暇潰しの玩具? 友達(笑)? 合わせ鏡? ――何だっていい、楽しければ。ただ、それなりの期間、共にいると情が湧くのは確かである。
(とても可愛いなと思えてきたよ)
 紫苑は顔を上げた。「奥の方に古い梅があるんだって」と気ままな歩調で歩き出せば、バルタサールが面倒臭そうについてくる。いつものように。



●梅見02
「髪に花びらが付いてるよ」
 そう言って、振澤 望華(aa3689)は雪娘を笑顔で手招いた。「取ってあげる」と髪に触れる動作をして――流れるように、望華は彼女に耳打ちをした。
「ねぇ、なんで“愚神”は否定されて“英雄”は受け入れられていると思う?」
 それは明らかに周りにも聞こえる声量だった。ヴァルヴァラが答える前に、問いを続ける。
「英雄は存在し続ける為のライヴスの供給源が能力者に限られているから安全。愚神はそうでないから……じゃないかな? アナタ、これからゴハンどうするの?」
「従魔とか霊石とかでどうにかするつもりよ!」
「そう。ところで愚神商人サンが言うには、愚神と英雄って元々は同じものなんだって。なら、アナタ達も誓約できる能力者を得らるんじゃない? そうすれば、もっと受け入れられると思うよ」
 言うだけ言って、そして返事は聞かないで、望華は笑顔で顔を上げた。「じゃあね」と手を振り英雄のもとへ踵を返す――見えざる笑みは邪悪のそれ。さぁ、狼を吊せ。

「本当に憎くないの? 信じられると思えるの?」
 聞こえた声に、メリッサ インガルズ(aa1049hero001)は拓海をうかがい見た。
「……鮫が泳ぐと知ってたのに足を滑らせ落ち、守るべき人を亡くし、自分だけ生き残った……として。恨むべきは鮫? 無論、いなかったら助かったのにとは思うが……」
「鮫は鮫のテリトリーで生きてるけど、愚神はこちらに入り込んでるわ。それに鮫と仮定したら、人を襲わないことと覚えて貰うのは無理じゃない?」
「うん、嘘かもしれない……命令され動いてるかも。それでも彼女達は人と交わろうとしてる。なら、その行動を本物にしたい」
 少しでも多く人を知って欲しい。人に近い気持ちを持って欲しい。拓海が細めた瞳の先には、望華の背を見送っているヴァルヴァラの後ろ姿。
「もし人を襲うなら、その瞬間……迷う気持ちに成って欲しい」
 そう言って、拓海は雪娘へ歩き出す。
「……ん、拓海が後悔しないよう動くと良いわ」
 その姿を、メリッサは静かに見守っていた――。

「あっちに綺麗な梅があったよ。真っ白で、雪みたいで」
 拓海はヴァルヴァラに声をかける。愚神が振り返れば、彼は笑みを浮かべている。拓海は雪娘の傍らにいる狒村 緋十郎(aa3678)にも軽く挨拶をして、「行ってみようか」と一同を伴い歩き始めた。
「食べれる実は白梅ので、紅梅のは小さく苦いそうだ」
 ほどなくして、真っ白な花を咲かせる梅の木の下。春の花が芽吹いた地面に白い花弁が落ちていて、まるで雪が積もったかのよう。拓海が語るうんちくに、愚神は興味深そうに相槌を返す。
「白梅の方が香りが強いらしいよ……嗅いでみる?」
 会話を見聞きしているに、雪娘は人間の文化や考えに興味があるようにも思える。拓海がそう笑顔で示せば、ヴァルヴァラは背伸びをしてそっと白梅に顔を寄せた。
「……ほんと! いいにおい!」
 向けられるのは愚神の笑みだ。願うように、拓海は笑みを返した。

 ――人間との楽しい思い出がたくさんできれば、雪娘は本当に人間の味方になるかもしれない。

 それは大宮 朝霞(aa0476)も同じであった。今回はいい機会だ。もちろん、襲撃された会長のことも心配だけれど……今はヴァルヴァラへと、朝霞は朗らかに声をかける。
「おーい、雪娘! こんにちは! 元気?」
「朝霞! うん、元気だよ」
 振り返るヴァルヴァラが笑顔で答える。それを、数歩遅れでやってきたニクノイーサ(aa0476hero001)は眺めていた。
(善性愚神など戯言だろう。雪娘とはいずれ決着を付ける時がくる、朝霞もそれはわかっているハズだ……)
 少女と乙女は仲睦まじげだ。
(雪娘って、ヘイシズにいいように使われてるだけだよ、絶対。でも嘘から出た真って言葉もあるし、もし本当に愚神と共存の可能性があるとしたら……)
 朝霞は笑顔のまま、そんな思いを抱いていた。
 と、そこへ。
「ヴァルヴァラ……さん? 少し試させてもらってもいい?」
 現れたのは、零月 蕾菜(aa0058)だ。十三月 風架(aa0058hero001)も共にしている。
「質問が二つほど。先に断っておきますが、どんな回答でも、貴方を絶対に護ります」
 その条件にヴァルヴァラは目をパチクリさせるが、首を傾げて問いを促した。然らば、と蕾菜は口を開く。
「人類や英雄、H.O.P.E.に対して敵意はある? はいか、いいえで、お願いします」
「うん、今見ての通り、敵意はないわ」
「……二つ目の質問。善性愚神やヘイシズが私達の敵になった時、あなたはどちらに付く? 付きたい? どう答えても、責めはしません」
「私も善性愚神だから、私だけがH.O.P.E.に赦される、なんて事態があるのかしら。……でも、H.O.P.E.が私達を許さないって言うのなら、私は愚神側になるんでしょうね」
 結論的に“状況を加味するにH.O.P.E.に付きたくても付くことはできない状態になるだろう”ということだろう。
(一見して正論のようですが……)
 風架はほんのかすかに眉根を寄せる。核心的な部分を濁されたような気もする。だからこそ――共鳴を。
「今から、貴方に洗脳魔法をかけます。先日ヴォジャッグに仕掛けたものです」
「え、洗脳?」
 流石にいい響きではない。ヴァルヴァラが後退する。
「先の答えに嘘偽りはないか、確かめたいのです。貴方を信用する為にも」
 それでもヴァルヴァラは「洗脳はちょっと」と苦い顔だ。
 と、朝霞が「待って欲しい」と蕾菜の肩に手を置く。
 攻撃でこそない、だが、スキルの行使は明確な敵対行為、戦いをしかけたと判断されてもおかしくはない。今は戦うべき時じゃない。朝霞は会長の言葉を遠巻きに聴いていた。“H.O.P.E.は平和よりも闘争を望む暴力集団”と――人間から疑われてしまう危険性を考慮すれば、そのリスキーな行動は防がねばならなかった。
「……」
 朝霞は真っ直ぐに蕾菜を見る。分かって欲しい、決して“可愛い少女だから守った”“雪娘が可哀想だから”などではないということを。
(私は雪娘を世界に放ってしまった人間の一人として、もしその時がきたら私が雪娘を倒す!)
 決意の眼差し。「朝霞は、そういうことを気にし過ぎだ」と傍らのニクノイーサは心の中で呟いた。
 朝霞のそんな意図を感じて、蕾菜は共鳴を解除する。それから「ごめんなさい」と頭を下げた。風架も目を伏せる。伏せつつも、H.O.P.E.が善性愚神に強行的な手段を取れぬようにしているのは、共宴にNOが出せぬように圧力をかけているのは、他でもない人間なのだと察した。
(ならば――その“人間”を唆したのは……誰……?)

 魂置 薙(aa1688)はエル・ル・アヴィシニア(aa1688hero001)の制止すら振り切って、ヴァルヴァラへと迫っていた。
「何しに来た」
「薙」
 直後にエルがやって来ては、その眼差しで薙の無礼を咎める。麗人は溜息を飲み込むと、「失礼した」と雪娘へ向き直った。
「雪娘……ヴァルヴァラだな?」
「そうよ。貴方達は?」
 当の愚神は不快感を見せることはなかった。然らばとエルは名乗り、薙のことも紹介する。と、薙が堪えるような声で小さく問うた。
「何も、残ってないの? ミロンに、繋がるもの。せめて亡骸はどこかにないか」
「人には弔うという行為が必要でな」
 エルが補足する。ヴァルヴァラは……、「ごめんなさい」と眉尻を下げて首を横に振った。
「そう、か。ありがとう」
 返事をしたのはエルだ。「梅見を楽しむといい」と付け加え、薙と共に踵を返した。

 緋十郎――レミア・ヴォルクシュタイン(aa3678hero001)と共鳴したその姿は、レミアの望みから緋十郎の姿である――は、ヴァルヴァラの護衛として彼女の傍にいつつ、言葉に迷っていた。
 けれども、と男は頭を振り、ヴァルヴァラを慮る。監視下に置かれ、きっと外出も容易ではないだろうに。今日は彼女に気分転換して貰えれば――そう思っていたんじゃないのか、と己に言い聞かせた。だからこそ己は、昨夜は一睡もできなかったほど今日を待ちわびたのではないのか。気を取り直す。

 ――さて。
 見晴らしのいい広場。今、ヴァルヴァラの視界に広がっているのは、たくさんのお弁当である。
 ひときわ気合が入っているのは緋十郎のものだ。なんと朝四時からH.O.P.E.の厨房を借りて作製したのである。皆で食べられるように多めに、配色や配置と見た目にも気を配り、かつ、ヴァルヴァラのものは小さなお弁当箱にことさら丁寧に食材を詰め、箱も薄い青色の布で包んだ。
 刻んだ梅肉を混ぜた小さな俵おむすび。甘めに作り、小さく切り分けた玉子焼き。梅シソとチーズの肉巻は食べ易い一口大に。それから可愛らしいタコさんウィンナー、ウサギのリンゴ、ミニトマトにブロッコリー。猫舌な雪娘の為に、水筒のお茶は熱すぎないように。
「サンドイッチ作ってきたの、よーお弁当っ! ねぇ、貴女も食べない?」
「お茶もあるよ」
 フィアナがお手製のサンドイッチを広げ、ルーが水筒を手に笑顔を浮かべる。
「杏奈だってすごいお弁当つくってきたのよ!」
 ね、杏奈! とルナが見やれば、優しい笑みの杏奈がお手製のお弁当を拡げた。少し華やかな家庭料理だ。
「ヴァルヴァラちゃん、カリメラー。あたしはユリナの第二英雄のウィリディスだよ」
「ふう……。ごきげんよう、ヴァルヴァラ。リディスの主の月鏡由利菜と申します」
 そこへウィリディスと由利菜もやって来て、賑やかさを見渡すと、「皆でお茶会だね!」とウィリディスは太陽のように笑んだ。
「冷えたロイヤルレッドとか、アイスクリームとか。ユリナに作って貰ったよ」
「リディスがあなたと友達になってみたいというものですから……」

 折角なら皆で分かち合った方がおいしい。そんな思いを持った者が複数集まったものだから、一帯は豪華なビュッフェさながらの様相であった。手作り料理は十人十色。それだけに賑やかで、華やかで。

「すごーい……」
 ヴァルヴァラは人間の料理をここまで大量に見るのは初めてなのだろう、圧倒されていた。
「なぁヴァルヴァラ。箸を使ったことは……あるのか?」
 包みと同じ青い色の箸を差し出しつつ、緋十郎は問う。「今日の為に練習したのよ!」とヴァルヴァラは得意気だ。
「ほら、一緒に食べよう? お花見ってのはそういうものなんだよ!」
 朝霞が促す。あったかいお茶に、梅鮭昆布のおにぎり。彼女もまた、皆で楽しく食べようと張り切ってお弁当を作ってきた者の一人であった。
「うん美味い」
 そのオニギリを、ニクノイーサが横からヒョイッとパクッとしてしまう。「あ! こらニック!」「これだけあるしいいだろ別に」と、そんなやりとり。溜息を吐いた後、朝霞は愚神に向き直った。
「梅もいいけど、もう少ししたら桜っていう花も咲くんだよ。桜もすっごい綺麗だから、また雪娘と見に行きたいな」
「うん、私も桜が気になってるの!」
 その言葉に、「桜か~」とウィリディスが相槌を打つ。それから、緑髪の英雄は桜についての知識をヴァルヴァラへ得意気に披露し始めた。
 由利菜はフィアナ特製のサンドイッチ――スクランブルエッグにハム、しゃきしゃきのキュウリがシンプルながら最高だ――をごちそうになりながら、そんな英雄と愚神の姿を眺めている。
(もし、愚神がいなかったなら――)
 そんな自分のIFの人生に想いを馳せる。愚神の所為で、親友の詩音は死んだ。けれど愚神の手で親友が死ななければ、英雄はいなかった。第一英雄とも、誓約することもなかっただろう。
「確かに、詩音にはリディスの面影や記憶らしきものがある……。ですが、彼女は詩音の代わりではありません」
 まるで自分に言い聞かせるような独り言は、梅の香りに掻き消える。と、ウィリディスが「ユリナもお弁当食べよ!」と手招いてくる。由利菜は英雄と愚神の傍らに行きつつ――ヴァルヴァラへ静かな眼差しを向けた。
「……今まで私は報告や他者の話の中でしか、あなたのことを知りません。信じるに値するかは、これから見極めます」
「仲良くなれると嬉しいな。よろしくね!」

「ふふ。皆、楽しそ、うなのよー」
 花と笑顔と。そんな風景に、フィアナは目を細める。杏奈が作ってきてくれた、なんだか懐かしい味の玉子焼きを頬張る。小春日和は温かく、顔を上げれば色とりどりの梅の花。
「いろんな梅、があるの、ねー」
「八重に一重、赤に白、中には一つの木に二色なんて梅もあるね」
 隣にいるルーも、フィアナと同じように梅を、そして人々の賑わいを眺める。
 愚神がいる風景とは思えぬほどの穏やかさ――けれどルーにとっては、愚神との共存はあまり関心事ではなかった。それよりも、そのことについて人々がどのように選択するかの方に興味があった。
「――、」
 そんな中、愚神と共に食事をしているフィアナを、ルーはそっと見やる。少女はきゃっきゃと楽しげだ。
「フィアナ、君は良いのかい?」
 問いは曖昧に。
「うんっ。だってもう決まったもの」
 少女はそう言って、微笑んだ。「そうか」と英雄は笑みを返すと、その絹のような髪についた花びらを、そっと指先を伸ばして取り払った。一見して白。されどよく見れば、ほんのりとピンク色が差していた。ピンク色の梅の花言葉は「清らかさ」である。日に透かしたその色に、ルーは橄欖の瞳を細めた。

「不知火あけび! よろしくねー!」
「うん、よろしく!」
 あけびとヴァルヴァラが笑みを交わす。と、仙寿が小声で愚神に囁いた。
「良いか、会議室で俺が言った事は秘密にしろよ。クッキーやるから」
 買収(?)である。「しょうがないなー」と雪娘は楽しそうに微笑んだ。「じゃあ指切りしよう」と、仙寿は少女と小指を絡める――白い細い愚神の指は、氷のように冷たかった。それが彼女が人でない存在であることを示している。
 ヴァルヴァラは笑顔だ。その無垢な笑みは演技なのか、洗脳されているゆえか、それとも。仙寿は静かに、目を細めた。

「む、そこのおべんとうも、おいしそうだな」
 ひょっこり顔を出したシキは、杏奈特製のお弁当に舌鼓を打っていた。それから緋十郎に目をやると、
「きみは……なんといったかな。よもや、どうどうとうわきとは」
「っ……」
 ズバリな物言い。ライヴス内の英雄の気配を感じ、緋十郎は目を伏せる。
「かんだいなおくがたにかんしゃしたまえ。そして、わたしにもおべんとうをわけてくれ」
 が、シキは追及をするのではなく、代わりにタコさんウインナーをねだるのであった。

「アタシと杏奈は家族なのよ♪ これからもずっと一緒なの!」
 由利菜が持ってきてくれたアイスをヴァルヴァラと一緒に食べながら、ルナは声を弾ませた。
 皆が持ってきたお弁当はすっかり数を減らしていた。「少し食休みしましょうか」と、杏奈がヴァルヴァラに手を差し出した。
「家族って素敵なのね」
 雪娘はそう笑んで、杏奈の手を握る。
 梅の下を歩く。最中、杏奈はそっと、雪娘にだけ問いを呟いた。その物言いは――希望と愛情が込められていて、顔を上げた愚神は目を丸くする。
「……ううん、でも」
 ヴァルヴァラは首を横に振った。
「王は素敵なのよ。皆、勘違いしているの。そうね……私達にとって王は、ルナの言う“家族”、みたいな感じになるのかしら」
「……そう」
 これからもずっと一緒なの。杏奈は先ほどのルナの声を思い出す。ウグイスの声を乗せて、春風が吹いた。杏奈は舞い解けた栗色の髪をかき上げる。その仕草で薬指の愛の証が煌いた。ルナが遠くから二人を見守っている。雪娘を見やる杏奈の表情は、やはり穏やかだった。
「貴方の幸せを願っているわ♪」
 言いながら、愚神の冷たい手に握らせたのは、祈りの御守り。
「どうか大事に持っていて」
「いいの? ありがとう!」
「どういたしまして♪」
 と、そこへ。
「やあ、たのしんでいるかね」
 シキが雪娘に声をかける。
「はなをめでるにも、いろいろある。どうだね、いっしょにえをかかないかい」
 言いながら取り出したのは、お気に入りのお絵かきセットだ。ヒヨコのチャームが付いた赤い本型のバッグを開けば、絵を描くのに必要なものが一式揃っている。
「これは、ゆうじんたちからのプレゼントなんだよ」
 ドヤ顔である。見せびらかしたいのである。
「私もお絵かきセット貰ったんだよ!」
 ヴァルヴァラも楽し気だ。「置いて来ちゃったけど……」と尻すぼみに付け加えるが。
 というわけで、シキとヴァルヴァラは色鉛筆で梅を描く。どちらも絵心は……まあ……外見年齢相応だ。
「プレゼントしよう。われわれが、きみのよきともとなることをねがうよ」
「じゃあ、私からもプレゼント。私達善性愚神と、仲良くしてね」
 笑みを交わす。
 そこへやって来たのはマルコとアンジェリカだ。
「花が好きなのか?」
 挨拶の後、マルコは紳士的にそう問うた。「うん!」と愚神は少女然と笑む。
「そうか。……なあ、知ってるか? 梅の花には、この国で学問の神と呼ばれてる人物との逸話があってな――」
 穏やかに語り始めるそれは飛梅伝説である。
(……てかボクより詳しいし!)
 そういえばマルコは一応は聖職者だった。この世界の宗教関係に興味があったんだっけ――アンジェリカは饒舌な彼を見上げている。ヴァルヴァラも興味深そうに話を聴いていた。マルコは話し終えると、続けて愚神にこう語りかける。
「暇ならゲームでもどうだ?」
「ゲーム?」
「ロシアンパインケーキゲームだ。この中に一つ、激辛がある」
「……あ! それ知ってる。この前、支部でもやられたもん! 私、辛いのやーよ!」
 人間ってやること一緒なのねっ、と少女は口を尖らせた。しょうがないな、とマルコは苦笑を返したのだった。

 緋十郎は、そんなヴァルヴァラを目で追っていた。昨夜は一睡もできなかったが、眠気は皆無。名前を呼ばれるだけで、笑顔を見るだけで、胸が切なくなる。
「……ああ。白くて小さくて可憐で……本当に……綺麗だ」
 ふと、ヴァルヴァラが彼を手招く。この先に願いが叶うという梅の古木があるという。しからばと共に行けば、それは間もなく。年月にねじれた古い梅が、白い花を咲かせていた。
(願い事、……)
 この胡乱な現状がいかなる方向へ進もうと、どうか雪娘の命失われぬ未来を。
(その為、ならこの身も命も全て――)
「緋十郎は何をお願いしたの?」
「……ん? ああ、内緒だ。ヴァルヴァラは?」
「えー、じゃあ私もナイショー」
「はは。……なぁ、ヴァルヴァラ」
「ん?」
「俺は……もう二度と……お前を……裏切らん」
「約束だよ」

 少女“ひとでないもの”は、
 わらっていた。



●梅見03
「実家にも梅の木が咲いているのですよ」
 梅花の下、紫 征四郎(aa0076)はお弁当を広げてゆく。おにぎり、唐揚げ、玉子焼き。小さな手の上に紅色の花びらがひとひら落ちる。それを見つめ征四郎が思い出すのは、ずっと一人で見てきた梅の木の光景。今年は実家に帰ることもできない、ゆえに。
「今日は一緒にみられて、嬉しいですよ。ホトト」
 顔を上げれば時鳥 蛍(aa1371)が、同じくお弁当を広げている最中だった。視線が合えば、銀髪の少女は表情をわずかに綻ばせる。内向的な蛍は人混みが得意ではないけれど、知り合いがいるのでその苦手意識も薄らいでいた。
「いやー、綺麗なもんッスねぇ」
 グラナータ(aa1371hero001)――シャツとジーンズのラフな服装だ――は、水筒に入れてきた温かいお茶を皆に配りつつ梅の花を見上げている。蛍が広げているお弁当を作ったのは彼だ。「家族以外の人達と花を見るのは初めてだから」と相棒の言葉に、それはもう太陽が昇る前から張り切って作った豪勢なお弁当である。
 いただきます、と手を合わせる少女二人。見守るユエリャン・李(aa0076hero002)もそれに倣う。

 温かい春の陽気に包まれて、美味しいご飯を食べながら。
 それは平和な光景だ――。

 ――けれど。蛍はふと、箸を止める。
「紫さんは、善性愚神のこと……おう思われますか?」
 過去の報告書とまるで異なる振る舞いをする『善性愚神“ヴァルヴァラ”』への違和感。だけではない。善性愚神の登場に伴う、仲間内での揺らぎ。不安と恐怖が、蛍の心にこびりついて離れない。
「戦うのに越したことはありません。でももしかしたら、全部が離れていくような今のこの状況は……怖いです」
 その言葉に、征四郎は表情を引き結ぶ。蛍の抱く不安は征四郎もまた同じであった。愚神の素直な好意、しかして今までの迷い、「共存とはこんなにも簡単なものなのか」という不安……。
「恐怖は正しいと、征四郎は思います。そして、それを恐怖だと知ることが、越えるための準備ですから」
 凛と征四郎は言い切った。傍らで聴いていたユエリャンは緋色の睫毛に縁どられた瞳を細める。ユエリャンの心にドス黒く残っているのは「裏切られる前に断たなければ取り返しがつかなくなる」という記憶――だが一方で、天真爛漫な雪娘の言葉に嘘を感じられなくて。
(正しく、見極めねばなるまい)
 ユエリャンは溜息は飲み込む。グラナータはエビフライを頬張りながら、そんな一同を眺めていた。
 そこへ奇しくもヴァルヴァラが通りかかったのは間もなくて――おや、とユエリャンは愚神へ薄く笑みを向けた。
「以前に花の話もしたが、まさかこんなに早く叶うとはな。花は美しいよ。冬が眠りの時なら、春は芽吹き目覚める時」
 心こそ穏やかではないが、今はこの瞬間を楽しもう。
「我輩はこの世界が好きだ。色美しい春も、白に埋め尽くされる冬も。願わくば、君もこの世界を好きになってくれたら嬉しいよ」
 そう、願うように思うがゆえに。
「花ってとっても綺麗ね! 私、白い梅が好き。雪みたいで」
 愚神は少女然としている。「ヴァルヴァラ!」と征四郎が笑顔で話しかけた。差し出すのは玉子焼きである。
「あげます! これは、自信作ですから!」
 前より綺麗に巻けるようになった。「これ知ってる!」と雪娘は既に誰ぞの玉子焼きをご馳走になったようだ。おいしい、と食べてくれる。征四郎はそんな愚神を見つめていた。
「……これからは仲良くしましょうと、あなたは言ってくれましたから」
「うん! こちらこそ、よろしくね」
 そんな平和な光景。蛍は愚神を見やった。先入観だけで判断するのは危険、見聞の上で判断せねば。
「『王と共に在るから女王』って、それって結婚してるみたいッスね」
 と、蛍が話しかけるための深呼吸をしている間に、言葉を発したのはグラナータだ。
「結婚? うーん、そうなのかなぁ?」
 ヴァルヴァラはいまいちピンと来ていない様子で、曖昧に首を傾げた。そこへ、蛍は「ある人から伝言があります」と愚神に声をかける。
「『償い』以外にやりたいことはありますか?」
「そうね、皆とお友達になりたいな!」
 握手しましょ、とヴァルヴァラが蛍の手を握る。その手は冷たくて――死体を連想してしまって――内心、蛍はゾッとしたものを覚えた。


「つくしちゃん……これ……」
 お弁当と一緒に冬が広げたのは、北国に行った時に撮影した花の写真。それからつくしに手渡したのは、シマエナガのもちもちクッションだ。
「すごく綺麗だねー! ありがとうっ」
 クッションを抱きしめながら、写真から冬へ視線を戻したつくしは、花のような笑みを浮かべた。
 一方で、イヴィアは豪勢なお弁当に目を丸くしていた。
「カスカが作ったのか……?」
 凄いな、おいしそうだ、と笑顔を浮かべれば、カスカが照れ臭そうに尾を揺らす。
「カスカちゃんは料理……上手なんだね……」
「うんうん! お料理上手だもんねー」
 冬とつくしが言ったように、このお弁当はカスカの手作りである。皆で食べたいな、と多めに作って来たのだ。早速つくしがぱくぱく食べ始めたので、「じゃあ俺も、いただきます☆」とイヴィアも手を合わせる。冬も続いた。
「ん、うまいな☆」
「……ん、おいしい」
 イヴィアと冬が同時に頷く。あんまり褒められるとカスカは色々爆発しそうになる。でも誇らしい気持ちもあって、口元を綻ばせた。
「ぇと、ぁ……の……その……おいしい、なら……よかった……」
「……見た目も綺麗でこんなにうまいなら……未来の旦那は幸せ者だな☆」
 玉子焼きを頬張るイヴィアが明るく言った――それに、カスカの箸がほんの一瞬だけ止まる。
(……?)
 旦那、という言葉に。チクリ。カスカの胸が痛んだ。でも、どうしてかは分からなかった。

「――ごちそうさま! おいしかった!」
 間もなくすればお弁当も空になる。つくしは手を合わせると、立ち上がる。
「ちょっと散歩してこよっかなって!」
 言葉終わりには踵を返し、少女は歩いて行ってしまう。カスカはその背を見送って、それからおずおずとイヴィアを見やった。
「ぁ……あの……っ、……良かったら、一緒に……その、見に……行きたいって、思ったり……」
「ん? 梅を?」
 彼が片眉を上げる。と、冬がツンと英雄の肘をつつき。
「イヴィア……いいよ、僕もジャスティンさんに話があるから……」
「おけ。それじゃあカスカ、行くか☆」
 笑いかけて、英雄二人は梅の道を歩き出す。「こんなに綺麗なんだ、写真でも撮るか?」とイヴィアの楽し気な声と、揺らぐカスカの尻尾と――風が吹いて、舞い散る花びらと。
(さて、と)
 冬もまた、のんびりと歩き始めた。



●梅見04
「申し訳ございません」
 風架は先の出来事を会長に伝え、独断決行を詫びた。「構わんよ」と会長は苦言を呈することはなく――「すまないね」と、小声で続けた。
「いえ」
 それから風架は「一度話してみたかった」とヴィルヘルムへ、それから会長の英雄二人へ、視線をやった。
「ジャスティンは絶対に護って欲しい」
 古くからいる英雄として。能力者を失った英雄として。
 その言葉に。二人はしっかと頷いた――「当然だ」と。

 一方、エルは薙と共に会長へ挨拶をしていた。尤も、薙はというと目も合わさずにボソリと呟いただけだが。
「すまぬな……今日は許してやってほしい」
 その態度に肩を竦めつつ、エルは詫びの視線を会長に向ける。紳士は穏やかな眼差しで気を悪くしてはいないことを伝えた。それと気がかりなのは彼が襲撃されたことだが……大事ないことは、既に周りの会話を聴いているに証明されている。
「彼らとの交流、よく決断なされた。共存の模索には賛成じゃ」
 エルは凛と会長を見やった。
「共存が裏切られるようなことになれば、薙は一生を恨みに生きるだろう。だがそうなったとしても、共存派に責は問わぬ。だからどうか、貴殿にとって後悔のない選択を。……臨む未来が同じであることを願っている」
「ああ。尽力するとも」
 つくしはその言葉を傍らで聴いていた。一先ず会長が無事なことには安堵を。けれど、彼の傍にナイチンゲールがいて、理由は分からないがモヤッとした感情を。
「もしも今回の件で会長の周りに危害が及んでも……会長は後悔しないんですか」
 色んな想いを胸に、つくしはジャスティンへ問う。
「組織のトップとして、出来得る限り皆への被害は食い止めたい」
 完全に何でもできる、と言い切るのは悔しいが難しい。けれども会長は最善を尽くす気概を言い切る。
(共存、かぁ……)
 つくしはそっと目を伏せた。
「うーん……愚神って括りにするなら、共存できるかは分からない……かな」
 濁る言葉、靴先の小さな花。でも、仲間を傷つけた愚神を許すことはできそうになかった。
 冬はちょっと遠巻きにそんな言葉を聴いていて――ほどなく、会長へポツリと呟いた。
「愚神はずっと『敵』という認識だったから……正直、今は戸惑ってる。答えは出せてないけど……両方の間を取るのって……難しい」
「ああ、……同感だよ」
 ジャスティンは肩を竦める。
(今後……あなたの護衛は必要になったりするのかな)
 一先ず、見渡せば多くのエージェントが会長のことを気にかけている。冬は梅の花を見上げた。

 梅の花言葉。
 高潔、忠実、忍耐、優雅、不屈の精神……。

「マルコさんは愚神との共存に賛成なの?」
 アンジェリカはマルコと二人で歩きつつ、英雄に問うた。
「叶うならな」
 ヴァルヴァラと終始優しく接していたマルコはそう答える――その目は遠く、花を見つめて。
「あいつとも、そうなれればよかったんだが」
 小さな呟きだった。グリムローゼのことだろう、推し量ったアンジェリカはウグイスの声に耳を澄ませる。
「まぁ共存の是非はともかく、事案発生は勘弁してよ」
 ホーホケキョ、が途切れたところで少女はからかうような笑みを向けた。「愛に国境も年齢も種族もないぞ」と、英雄は笑いながらアンジェリカの頭をクシャクシャ撫でるのであった。

 美しい花は、迷う人の心を知らずに日を受けている。
 そっと、エルは梅を見上げる薙の頭を引き寄せて抱えた。
「……」
 会話はない。ただ沈黙だ。
 薙は唇を噛み締める。気持ちのやり場がなかった。愚神に心を乱されるのも腹立たしくて堪えようとしても、それは涙となってこぼれてしまう。
 少年が服で隠した肩口の傷は、命尽きるまで戦うと誓い、消さなかった痕。そして、愚神が敵である証。
 ――ミロンが食べられたと聞いてから、大切な友人がずっと塞いでいる。でも雪娘に刃を向けても、きっと悲しい顔をする。それが、とても、
(苦、しい)



●梅見05
 ナイチンゲールはずっと傍らでジャスティンを見守っていた。
(私の意思はもう伝わってるはず)
 彼は彼女に、否定も肯定も投げかけず。そして数多の者から不満や愚痴を誘われても、決して漏らさなかった。だからこそ、この人は信頼できる。だからこそ、せめて共に梅を愛でていた。
「少しよろしいでしょうか」
 その最中、彼女は林の方を目で指しつつ、内密の話を誘った。「二人が共でも構わんかね」と会長は英雄二人の心配性に苦笑しつつ、ナイチンゲールに頷いた。

「立場を危うくしたのではないのか」
 相棒達の傍ら、墓場鳥(aa4840hero001)はアマデウス達に問うた。
「組織である以上、一つ判断を下せば反対意見が出るのはやむを得んことだ」
 されど、と騎士は続ける。この梅見にて、エージェント達はそれでも、H.O.P.E.を信じてくれているのだと感じたゆえに。
「手伝ってくれんだろ? お前もよっ」
 ヴィルヘルムがニッと笑った。墓場鳥は、薄らと唇を笑ませる。
「ああ。力を貸すことを、約束しよう」

「……私は心配です」
 かくして、喧騒を遠巻きに、ナイチンゲールは語り始める。
「人類が憎悪のみで、H.O.P.E.に善性愚神の討伐を要請するのではないかと。少しの悪意を利用すれば簡単にそう仕向けられるもの。そうなった時、望むと望まざると討たねば、次はH.O.P.E.が窮地に陥るでしょう。でもそれが果たして、正義と、希望と言えるでしょうか。
 ただただ何も考えず愚神を滅ぼすと言うのなら、人類はこの先もたくさんの生き物を同じ目に遭わせるでしょう」
 あのオオウミガラスのように。彼方から聞こえる雪娘の笑い声に目を細め、閉じ、開き、言葉を続けた。
「H.O.P.E.は、私達は、人類と愚神の橋渡しになるべきです。そしてあらゆる絶望から全てを守らなければならないと思います。それが叶うなら――」
 深呼吸を一つ。
「――私は喜んでこの命を捧げます」
 凛と、言い切った。
「君の高潔な意志には敬意を。けれど、命を代価にはしないと約束してくれないか?」
 老人の目は優しいが、叱る父親のような厳しさもあった。命を懸けて。その言葉通り数多の命が散ったのをその目は幾度も見てきたのだろう。それから、ナイチンゲールの心に詫びが湧く前に、彼は真剣な表情でこう続ける。
「人類が憎悪を抱く懸念だが、それは逆かもしれん」
「……というと?」
「世論はね、なんとも愚神に好意的なのだよ」
 ジャスティンは真っ直ぐ、彼方の愚神を見つめていた。引き結ばれた口はそれ以上を語らない。いや、語れないのだろう、ナイチンゲールは察する。

「梅に鶯。果たして本当にそうなのだろうか」

 呟きは花の香りに消えた。



『了』

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結果

シナリオ成功度 大成功

MVP一覧

重体一覧

参加者

  • 藤の華
    泉 杏樹aa0045
    人間|18才|女性|生命
  • Black coat
    榊 守aa0045hero001
    英雄|38才|男性|バト
  • ひとひらの想い
    零月 蕾菜aa0058
    人間|18才|女性|防御
  • 堕落せし者
    十三月 風架aa0058hero001
    英雄|19才|?|ソフィ
  • 『硝子の羽』を持つ貴方と
    紫 征四郎aa0076
    人間|10才|女性|攻撃
  • 全てを最期まで見つめる銀
    ユエリャン・李aa0076hero002
    英雄|28才|?|シャド
  • 希望を胸に
    アンジェリカ・カノーヴァaa0121
    人間|11才|女性|命中
  • コンメディア・デラルテ
    マルコ・マカーリオaa0121hero001
    英雄|38才|男性|ドレ
  • 雄っぱいハンター
    虎噛 千颯aa0123
    人間|24才|男性|生命
  • 雨に唄えば
    烏兎姫aa0123hero002
    英雄|15才|女性|カオ
  • 義の拳客
    リィェン・ユーaa0208
    人間|22才|男性|攻撃
  • 義の拳姫
    イン・シェンaa0208hero001
    英雄|26才|女性|ドレ
  • 誓約のはらから
    辺是 落児aa0281
    機械|24才|男性|命中
  • 共鳴する弾丸
    構築の魔女aa0281hero001
    英雄|26才|女性|ジャ
  • コスプレイヤー
    大宮 朝霞aa0476
    人間|22才|女性|防御
  • 聖霊紫帝闘士
    ニクノイーサaa0476hero001
    英雄|26才|男性|バト
  • 花咲く想い
    御代 つくしaa0657
    人間|18才|女性|防御
  • 想いの蕾は、やがて咲き誇る
    カスカaa0657hero002
    英雄|20才|女性|ドレ
  • 永遠に共に
    月鏡 由利菜aa0873
    人間|18才|女性|攻撃
  • 花の守護者
    ウィリディスaa0873hero002
    英雄|18才|女性|バト
  • エージェント
    十影夕aa0890
    機械|19才|男性|命中
  • エージェント
    シキaa0890hero001
    英雄|7才|?|ジャ
  • この称号は旅に出ました
    弥刀 一二三aa1048
    機械|23才|男性|攻撃
  • この称号は旅に出ました
    キリル ブラックモアaa1048hero001
    英雄|20才|女性|ブレ
  • 苦悩と覚悟に寄り添い前へ
    荒木 拓海aa1049
    人間|28才|男性|防御
  • 未来を導き得る者
    メリッサ インガルズaa1049hero001
    英雄|18才|女性|ドレ
  • 暗夜の蛍火
    時鳥 蛍aa1371
    人間|13才|女性|生命
  • 希望を胸に
    グラナータaa1371hero001
    英雄|19才|?|ドレ
  • 共に歩みだす
    魂置 薙aa1688
    機械|18才|男性|生命
  • 温もりはそばに
    エル・ル・アヴィシニアaa1688hero001
    英雄|25才|女性|ドレ
  • 世を超える絆
    世良 杏奈aa3447
    人間|27才|女性|生命
  • 魔法少女L・ローズ
    ルナaa3447hero001
    英雄|7才|女性|ソフィ
  • 天秤を司る者
    キース=ロロッカaa3593
    人間|21才|男性|回避
  • ありのままで
    匂坂 紙姫aa3593hero001
    英雄|13才|女性|ジャ
  • 緋色の猿王
    狒村 緋十郎aa3678
    獣人|37才|男性|防御
  • 血華の吸血姫 
    レミア・ヴォルクシュタインaa3678hero001
    英雄|13才|女性|ドレ
  • リンクブレイブ!
    振澤 望華aa3689
    人間|22才|女性|命中
  • リンクブレイブ!
    唐棣aa3689hero001
    英雄|42才|男性|ジャ
  • 穏やかでゆるやかな日常
    無音 冬aa3984
    人間|16才|男性|回避
  • 見守る者
    イヴィアaa3984hero001
    英雄|30才|男性|ソフィ
  • きっと同じものを見て
    桜小路 國光aa4046
    人間|25才|男性|防御
  • サクラコの剣
    メテオバイザーaa4046hero001
    英雄|18才|女性|ブレ
  • Trifolium
    バルタサール・デル・レイaa4199
    人間|48才|男性|攻撃
  • Aster
    紫苑aa4199hero001
    英雄|24才|男性|ジャ
  • 光旗を掲げて
    フィアナaa4210
    人間|19才|女性|命中
  • 翡翠
    ルーaa4210hero001
    英雄|20才|男性|ブレ
  • かわたれどきから共に居て
    日暮仙寿aa4519
    人間|18才|男性|回避
  • たそがれどきにも離れない
    不知火あけびaa4519hero001
    英雄|20才|女性|シャド
  • 明日に希望を
    ナイチンゲールaa4840
    機械|20才|女性|攻撃
  • 【能】となる者
    墓場鳥aa4840hero001
    英雄|20才|女性|ブレ
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