本部

【爻】水に咲くガランサス

形態
シリーズEX(続編)
難易度
普通
オプション
参加費
1,800
参加制限
-
参加人数
能力者
5人 / 4~6人
英雄
5人 / 0~6人
報酬
普通
相談期間
5日
完成日
2018/01/05 19:46

掲示板

オープニング

※先日出発した【爻】水槽のアムネシアと同時刻シナリオになります。
【爻】水槽のアムネシアに参加された方は参加を控えて頂けると助かります。


●愚神ヌル
 六月──。
 リンカーたちのスマートフォンへ謎の着信があった。
 受話と同時に流れた怪音。
 多くのリンカーはその場で昏倒し、数日間、意識を失った。
 だが、数日後に目覚めたリンカーたちは軽い疲労を覚えただけで、特に不調も無く、また何も覚えてはいなかった。

 そんな事件を起こしたのが愚神ヌルである。
 ヌルはH.O.P.E.技術開発研究紫峰翁センターの職員の水田を篭絡して協力者に仕立て上げた。
 水田の持つ情報、そして彼が創り出したVR世界を利用した悪夢を仕掛けた。
 特殊なライヴスを操る己の力と従魔を使い、催眠で英雄(リライヴァー)の洗脳を試みたのだ。

 だが、ターゲットとなったエージェントたちの一部がそれに抵抗した。
 彼らはVR世界と現実世界を交えたヌルとの戦いの末に愚神の脅威を退けた。
 その結果、一時的に暴徒と化した者もいたとは言え、アンカーを打ち込まれた多くのリンカーたちは無事に催眠の恐怖から解放された。
 そして、それは事件をよく知らない者にとってはリンカーがただ数日眠っていただけの不思議な事件として終った。

 はずだった。


「愚神ヌルについての説明は受けたかな」
 呼び出されたエージェントたちの前に現れたのはスーツ姿の男女だ。
 彼らはオーパーツを研究するパラダイム・クロウ社の灰墨信義とライラ・セイデリアと名乗る。
 信義は笑みを浮かべてエージェントたちを見渡した。
「リンカーとして事件に巻き込まれた私たちは、ヌルを退けた後も紫峰翁センターと協力して愚神ヌルを追っていた。
 その過程で君たちを知り、今回ご協力をお願いした」
 信義は集まったリンカーたちを見る。
「ヌルは独自の催眠能力を持った愚神だ。
 六月の事件の後、君らを含めヌルの催眠で昏倒したリンカーへ数度の検診を行った。
 その中で、君たちがヌルの催眠能力に対して時間をかけて特別な耐性を獲得したことが解った」
 彼は食えない笑みを崩さずに続けた。
「今朝方、プリセンサーが筑波山山中にドロップゾーンの発生を予告し、そこへ六組のエージェントが向かった。
 だが、彼らが辿り着く前にドロップゾーンは出現、向かったエージェントたちはそれから半日以上に渡り音信不通だ。
 君たちへの依頼はドロップゾーンの破壊と囚われたエージェントの救出だ」
 ライラがプロジェクターを操作すると森の中に不気味な物体──否、ドロップゾーンが映しだされた。
「ドローンが撮影した映像だ。オブジェクトの傾向からゾーンルーラーは愚神ヌルであると思われる」
 全体を見るとそれは半透明に濁った硬質の物体で、形は大地に撃ち込まれた巨大なドリルを思わせた。
「ネコザメの卵に似ているが、同一ではない」
 クローズアップされた粗い画面。そこにドロップゾーンの壁越しではあるが巨大な珊瑚が映った。
「アカヤギに似ているが違う。そして、私はこれの小さいものをヌルの世界で見た事がある。他もだ。
 このドロップゾーンは廃工場を中心に展開されている。内部への侵入は塔の最上階のみで、ヘリから降下して突入する予定だ。
 大丈夫だ、共鳴していれば滑落しても死ぬことは無い」
 そして、と彼は人数分のシルバーの指輪を差し出した。
「不本意ながら貴重なオーパーツを潰して作った「ガランサス」だ。これが生む光を叩き込めば内部に居るエージェントたちの催眠は解けるだろう。回数が限られている上、他には無いから大切に扱って欲しい」



●信義の告白
「──さて、事前に渡した守秘義務の書類はすべて揃ったかな」
 エージェントたちがサインさせられたのは『今回の事件で見知った事を正当な理由なく口外しない』というものだった。
 書類を確認し大きく息を吐くと、信義はネクタイを緩めてエージェントたちを睨んだ。
「愚神ヌルは人の心を裏を探る厭らしい術を持っている。このドロップゾーンも知りたくもない弱音を暴き出すような悪趣味なものだろう。
 前回は主に『英雄自身が恐れる邪英化した自分の幻』を使って揺さぶりをかけていた。
 効果てきめん、今まではそれに惑わされてこちら側は一手遅れていたと俺は思う。
 今回は耐性を持つ君らだ。催眠に惑わされて操られる危険性はない。
 だが、念には念を入れて──先に自分たちで愚神の幻影に付け入られるような弱味を暴露してもらおうか。
 もちろん、強制ではない。
 そして、そのためのこの書類だ」
 笑顔から一変、顔をしかめた信義は吐き捨てるように言った。
「ああ、無論。君らに書類がどれほど有効なのかは解らないが。
 仕事としてルールは守ってもらいたいし、守ることによってこの忌々しい依頼の危険性が変わる」
 室内に微妙な空気が流れた。
「つまり、まずい本音は今のうちに吐き出しておけ。
 まず、俺から話そう。
 俺は耐性が無いから最悪操られる危険もあるし、後出しで変なことを口走って混乱させたくないしな。
 俺の本音はオーパーツに関係ない仕事は請けたくないし、君たちH.O.P.E.のエージェントを仕事相手としては今一つ信用していない。正義の為に戦う志やら強さとやらは知っている。ただ、仕事相手としては騒々しい面白くない相手だと思っているよ。
 だが、俺は──少し体調に問題があってね。そう長くは戦闘ができない。タフな愚神なんかは君たちの力を借りるしかないってわけだ」
 あくどい顔で彼はにやりと笑った。
「もちろん、これはここだけの話だ。他で吹聴するような営業妨害も甚だしい行動はお断りだ。訴えるぞ」
 そして、ライラへ向かって言う。
「お前については別室で話す」
「ええ、特に驚くことも無いと思うけど」
 軽く咳払いをすると彼は続けた。
「では、ヘリが到着するまでの三十分でパートナーか仲間へ言いたいことがあったら適当に済ませてくれ。個室が良ければ個室を用意するから、そこで適度に喧嘩でもしてくれ」



●その後、ヘリにて
 ──ドロップゾーンの上空へ近づく軍用ヘリには共鳴したエージェントたちが乗っていた。
 地図を確認していた信義が、ふと思い出したように言う。
「言い忘れたが、このドロップゾーンには六人のエージェントとは別にエージェントがいる。ヌルの事件に関わったミュシャ・ラインハルトとエルナー・ノヴァのペアだ。彼女らが無事なら今回の事件の先導は押し付けるつもりだったが……」
 信義は吐き捨てるように言った。
「偵察ドローンを叩き落したのはミュシャだ。
 他の六人のエージェントたちも洗脳されていると思ってくれ。
 いいか、『洗脳されている奴らは「ガランサス」を叩き込むか、共鳴を解くまでぶっ飛ばさないと正気に返らない』。
 そして──ミュシャもヌルの耐性持ちだ。わかるな?
 遭遇したら遠慮なく潰せ」

 眼下の塔を、夕陽が赤く染めた。

解説

●目的:パートナーとの対話
愚神に付け込まれそうな、知られたくない秘密や悩みなどをパートナーや仲間へ告白します
人に依っては吐露できず悩んだ末にそのままになることもあるでしょうし、告白など必要無いと斬り捨てることもあると思います
恐れるものの幻(指定が無い場合、愚神化した英雄)が襲い掛かって来ます



以下、ほぼプレイヤー情報です



●ご注意
参加PCは過去ヌルによって数日間昏倒したことになります
守秘義務のサインは強制です
ガランサスは今回使用しません
【爻】シリーズ延長戦は同じ一日内の出来事です
次シナリオでシリーズは完結予定ですが、次回に参加しなくても問題ありません(具体的に描写されません)
心情RP多めのシナリオとなりますので、NG行為等がありましたらプレイングに記載をお願いします
ドロップゾーンの内部へ降り立った時点で今回のリプレイは終了します



●プレイングについて
下記のプレイングをお願い致します
A)英雄、もしくは能力者の愚神に付け込まれそうな秘密や悩み
B)Aを告白する(またはしない)ことによる英雄・能力者の反応
C)英雄、能力者の恐れる敵の姿とその反応
※他のPCへ干渉したい場合は互いのプレイングで互いの名前を書き、干渉OKと一筆お願いします
※関連NPCへは自由に干渉して頂いて構いません
※告白は個室でも行えます
※リプレイスメントファイルを所持して参加した場合、収められたリプレイスメントを登場させることができます



●展開
ブリーフィングルーム(または別室)での告白
→上空からヘリで飛び降りて突入
→幻影世界(個別に敵の出現、場合によってチームで戦闘)
→ドロップゾーン内部へ降り立つ



●幻影世界
ドロップゾーンのあちこちで現れる心を惑わす悪意の世界
今回はドロップゾーン突入時に出現する
だが、今回参加するエージェントたちは耐性を持っているため幻影を見ても最終的に理性を失うことはない

リプレイ

●ユーヤのアガーテ
 啖呵を切った信義の前へ、一人の男がふらりと現れた。
「やれやれ、つれないな……これでも仕事相手として好んでるんだがね」
 麻生 遊夜(aa0452)だ。
「……まだ前の悪ノリの事、引っ張ってる?」
 彼の英雄のユフォアリーヤ(aa0452hero001)も倣って信義の顔を覗き込む。
 彼らの悪ノリによって、信義は何度か彼のスタンスから外れて弄られている。
 指先で自分の胸元のタイに触れてから、信義は思いっきり顔を顰めた。
「ああ、もちろんだとも。いい歳した大人にあんな目に合わされたのは初めてだからな。お前たちのような成長しない悪童どもに付き合う真っ当な大人の身にもなってみろ。
 ……無論、エージェントとしての腕は認めざるを得ない部分もあるし、場合によっては……礼を言うこともあるかもしれんが、大概にしろ!」
 睨みつける信義の眼差しに、遊夜もユフォアリーヤも怯むどころか涼しい顔だ。
 一方、ライラは夫の様子に嘆息を漏らすと、ふたりに微笑みを向けた。
「ワタシは感謝しているわ。紫陽花の庭でのアナタたちのお祝いとかね?」
 にっと笑って互いの顔を見合わせた遊夜たちの様子に、信義は更に悪くなった機嫌をもう隠そうともしない。
 しかし……。
「それはそれとしても、秘密、悩みなぁ……なんかあったっけか?」
「……ん、ボク達は……一心同体、常に一緒……だし、ね?」
 首をかくりと傾げてユフォアリーヤが遊夜を見る。
 けれども、遊夜も唸るしかない。
 ──基本的に本音で行動してきたつもりだしな。二人の関係でモヤモヤしてたのにはケリつけて結婚もしたし、子供もいっぱいいるし……。
 彼らの家族である孤児院の子供たちの顔を思い浮かべる。
「西大寺さんや止処さんに粉掛けた時もリーヤの前だったし、二人きりで会う時もちゃんと許可貰ったし……年下愛でるのは何時もの事だし、ぶっちゃけ隠す余裕がないと言うか暇がない?」
 むむむと悩む遊夜の独白に、彼らの傍に居た信義は何故か頭を抱えた。
 対して、ユフォアリーヤはというと。
「……ずっと、一緒……浮気は、ダメよ?」
 悩む遊夜の頭を豊満な胸に抱き抱えて、彼の黒髪を優しく撫でた。
 もちろん、ユフォアリーヤにとってもこの課題はちょっとした難問だ。
 機嫌が悪くなったら遠慮なく遊夜を噛んでるし甘える時はとことん甘えてるのだから、特に溜め込む理由(ネタ)がない。
 そう、このふたりは信条や誓約が破られたことなどないのだ!
 愚神ヌルの厭らしい術に付け込まれる隙が思い当らない。
「リーヤの人間不信のことはあるが……」
「……ん、頑張ってる……よ? ……んー……子供達の、悩みはあるけど……」
「好き嫌いとか教育についてだろ? ……付け込まれるようなことでもないよな?」
 他のエージェントたちの前で、ああだこうだとグダグダと話し始めたふたり。
 まるでコントのようではあるが、それが真剣なものであるために頭を抱えた信義の額の皺が深まった。
「──もういい、おまえらは後ろで静かに……」
 信義が口を開いた途端、ユフォアリーヤが耳と尻尾をピコンと上げた。
「……あ」
「お?」
「……一つあった、言ってないの……でも」
「なんだ? 怒らないから言ってみてくれ」
 尻尾を揺らしてもじもじとするユフォアリーヤの顔を遊夜が覗き込む。
 自然と室内は静かに緊張した空気へと変わる。
 優しく顔を寄せる遊夜から僅かに顔を反らして、ユフォアリーヤは瞳を潤ませた。
 ──本当は孤児院の皆が揃ってるとこで発表するつもりで準備してたのだけど……。
「……やーん……秘密だったのに……」
 ごそごそと服に隠したそれを引っ張り出すと両手で差し出して、顔を赤らめたユフォアリーヤは遊夜を見上げた。
「…………ん、赤ちゃん……出来たの」
 ──………………………………………………………………ふぁ!?
 遊夜へ彼の英雄の言葉が雷撃となって降り注いだ。
 同時に、その雷撃に部屋中のエージェントが巻き込まれた。
 信義は自らの手の甲で、思わず自分の額を殴った。
「……マジか……?」
 精神的スタン状態から復帰した遊夜が呆然と尋ねる。
「……ん」
 小さな間は、絶句というより溜めであった。
「……よっしゃぁ! 良くやったリーヤ! 家族が増えるぞ!」
「……ん!」
 ちんまり照れ照れと尻尾を揺らすユフォアリーヤを遊夜はガッシリと抱きかかえて、ぐるぐると回した。そんな遊夜に幸せそうに縋りついたユフォアリーヤ。その尻尾がブンブンと動く。

「──よし、おまえら帰れ」
 立ち直った信義が静かにドアを開け放した。
「今ならどんな敵にも負ける気がしないぞ!」
「ああ! 確かにおまえらにはそういった隙は無いかもしれないな! だが、妊婦を連れて行く任務じゃないだろうが!」
 信義の怒声に他のエージェントたちは我に返り、慌てて自分のパートナーと向き合った。



●守護の誓約
 リオン クロフォード(aa3237hero001)の視線に気づいた藤咲 仁菜(aa3237)は、彼に向って少し困ってみせた。
「流石に麻生さんたちくらいのびっくりな告白は──」
 そこで、仁菜はリオンの変化に気付く。
 沈んだ表情によってリオンのいつもの優しいうす茶の髪が、仁菜を映す橙色が褪せて見えた。


 弱味を衝く愚神──秘密の剔抉。
 ──悩みというか……これでいいのか、って思ってる事はある。ただ、それをニーナに聞くのは。
 怖い。
「リオン?」
 逡巡したリオンの背を、彼を案じる仁菜の声が押す。
「……」
 覚悟を決めて、しかし、できるだけ「いつも」を意識して彼は尋ねた。
「ニーナは誓約を後悔してない?」
 漸く押し出した言葉を追うように彼の鼓動が早鐘を打つ。
「……え?」
 だが、肝心の仁菜はといえば呆けた声を出してぽかんとしている。
 ──……だって、リオンが誓約してくれなかったら私は死んでた。リオンは私の思いに応えてくれたのに。
 リオンの問いは仁菜にとって予想外だった。だからこそ、彼女は尋ね返さずにはいられなかった。
「なんで?」
 仁菜には、理由がわからない。
 一瞬、言い淀むリオン。
「あー……諦めないって事は逃げられないって事で……。それが、ニーナを追い詰めてるんじゃないかなーって……」
 ふたりが交わした誓約は『どんな状況でも守ることを諦めない』。
 それは、大切なものを守りたいと願った仁菜の思いから来ている。
 ──俺はあの時、ニーナの覚悟を、決意を、強さを見た。
 現世界に放り出されたリオンへ過去の記憶の代わりに与えられたのは『守り抜けなかった』という後悔。
 ──全てを失った俺が、もう一度俺になるために、俺はニーナの思いに全てをかけた。
 だけど、仁菜へ力を与えたはずの誓約が、やがて、リオンへ迷いも与えた。

 「ニーナの思いに全てをかけた」。
 ……それは、むしろ仁菜へ全てを背負わせているのと同義ではないのか?
 こんなに優しい子に、戦いを強要してしまっているのではないか……?

 ──矛盾してると分かってる、でも。
 戸惑う仁菜へ、リオンは告白した。
「……ニーナには、普通の女の子で居てほしかったんだよ」
 それは守るための戦士とは相容れない、矛盾撞着だとリオンは思っていた
 ──友達と笑いあって、スイーツ食べて──そんな普通の女の子として生きるニーナの道を、俺が奪っちゃったんじゃないか?
 誓約としてリオンへ伝えた仁菜の確固たる思い、そののちに彼が抱え隠していた彼女への想い。
 告白を受けた仁菜の眉間に、きゅっと力が入った。
 それから、ぶーっと膨れる。
「──まるで私が普通じゃないみたいな言い方」
 あまりに軽い反応に目を丸くするリオンへ、彼女は言った。
「私は普通の幸せだってちゃんと貰ってるよ?」
 友達とおしゃべりして、部隊で馬鹿騒ぎして、仲間と切磋琢磨して──、仁菜は言う。
「今こうやって楽しいのだって、リオンが居てくれたからじゃない!」
 あの時死んでいたら、ここでの出会いは全部なかったのだから、と彼女は強く言う。
「それと誓約が『諦めない』じゃなくたって、私は諦めるつもりも逃げるつもりもないからね。私の性格はリオンが一番分かってるでしょ」
 そして、リオンの視界の中で仁菜はにっこりと笑った。
「一緒にいてくれてありがとう」
 たった一言。
 それで、リオンの胸の奥で騒めいていた蟠りは波のように退いていた。
 長い嘆息。続いて、自然とリオンにも浮かぶいつもの笑顔。
 ──……ニーナは俺に救われたというけど、いつも救われてるのは俺の方だ。
 自分を捉える空色の瞳をリオンは覗き込んだ。
「……ありがとう」



●ひとつの想い
 遊夜たちにあしらわれ続けて諦めたのか、大きくため息を吐いて座り込んだ信義。
 そんな彼の元へ、色の薄いサングラスをかけた和装の少年が近付いた。
 彼はライラがまとめた書類へ自分たちの分をふわりと重ねる。
「守秘義務のサインか。勿論だとも。決して口外しない事をこの場でも誓おう」
「仕事だからな。その辺りはキッチリさせる」
 狐杜(aa4909)と蒼(aa4909hero001)の良識的な態度に信義は疲れた顔で頷いた。
「気休めと──いや、なんでもない。そうしてくれると助かる」
 軽く言葉を交わすと、ふたりは『仕事』の為に室内の片隅へ移動した。
「戦う前からだいぶお疲れの様だね」
 信義を一瞥して言って、狐杜は手近な椅子を引く。
「とは言うものの、付け込まれそうな秘密や悩みか……。急には思いつかないね」
 座った狐杜は座る気配のない英雄を見上げた。
「俺は俺の能力者を嫌っている、だけでは秘密でも何でもないだろう」
 ぞんざいに投げられた蒼の一言をいつもの如くのらりくらりと流そうとした狐杜だったが、彼の声音に何かを感じ、それを思い止まった。
「付け込まれる隙、か」
 正直なところ、彼らは互いに何も思いつかないわけではなかった。
 言葉の途切れた沈黙がチクリと狐杜の胸を刺す──浮上する、なかなか口に出すことが出来ない「ひとかけら」。
 そんな狐杜の姿に何を思ったのか、それとも思わないのか。蒼は幻想蝶から「それ」を引き出した。
「……もう秘密にする必要もないが」
 蒼の取り出したものを見て狐杜の顔から表情が消えた。
 それは一丁の魔砲銃であった。
 古めかしい印象のその銃には掠れているものの炎のルーンが刻まれ、炎と鬼灯を組み合わせたマークが刷られていた。
「貴様は覚えているだろう。覚えていないなら思い出せ。貴様が奴らを殺めたあの銃だ」
 忘れるはずがない。
 ──狐杜の罪を知るもの。彼が、人を殺めた銃。

 かつて、ヴィランと愚神によって狐杜は多くを喪った。その中で、ヴィランから逃げる際に狐杜は彼らの魔砲銃を拾い──そこで過ちが起きた。
 狐杜は、誤射によって憎きヴィランの命を奪ってしまった。
 そして──。

 蒼白になった狐杜の前で、英雄は淡々と続けた。
「これを所持している。これが俺が隠していた事だ」
「──な……っ」
 それは狐杜にとって思いもよらないことであった。
「何故ここにあの銃があるのだ!」
 椅子を倒し、弾かれたように立ち上がった狐杜。悲鳴のような声で大きく揺らめいた瞳で、腕を伸ばして蒼の胸倉を掴もうとし──その手は寸前で固く握りしめられた。
 動揺は彼の理性で押し込められた。溢れそうな涙も嗚咽も悲鳴も、攻撃性も、奥歯を噛みしめて顔を背けることで耐えた。
 狐杜は銃を恐れる。触れることすらできない。
 誤射による殺人は疲弊した狐杜をさらに大きく抉り、言葉の一音すら奪っていった。
 人を殺めた。
 相手は憎しみを抱いていたヴィランだった。
 だが、そうであっても、誤って相手を殺めた時に感じたのは、後悔と罪悪感と絶望だった。
 銃が怖い。
 刀も弓も同じく誰かを傷つける、武器であることは知っている。
 けれど──あの時落ちた銃を拾い上げなかったら、触れなかったら。
 銃(それ)を見るたび、狐杜の中でそんな声が上がるのだ。
 ──言えない。
 狐杜はそれを飲み込んだ。
 これを口に出してしまったら、己が揺らいでしまう気がしてならないのだ。


 これは何かに使えるだろう、そう思った蒼の手によって魔砲銃は保管されていた。
 それから顔を背け、苦悩する狐杜を蒼は黙って見ていた。
 蒼は狐杜と誓約を交わした英雄なれど、能力者である彼を嫌っている。
 かつて遺そうとした狐杜の声が脳裏を過る。
 ──きみは生きてくれ。
 殺人を犯した狐杜は誓約を交わして間もない英雄(じぶん)にそう告げて自殺未遂を起こした。
 けれども、彼らの交わした誓約は『死なば諸共』。
 死ぬ時は共に、片割れが残る事は許されない。生きたくば互いを生かせ、と。
 これは狐杜が持ち掛けた誓約なのだ。
 ……蒼は狐杜を嫌っている。
 理由はある。
 ひとつは彼が「約束」を破るからだ。
 そして、もうひとつは、それを忘れたふりをして、高潔なふりをして、なかった事にしているからだ。
 ──狐杜(やつ)の悩みは検討がついている。
 任務に支障が出るのは困るからと、蒼は狐杜へただひと言付け加えた。
「貴様はいつも通りにやれ。銃は俺の手にある」



●告解
「………」
「エストは、何かお話はあるのかしらぁ?」
 シーエ テルミドール(aa5116hero001)に問われて、エスト レミプリク(aa5116)は周囲を見る。
 遊夜たちの告白のインパクトのためか、他のエージェントたちは皆同じ室内でそれぞれ話し合っている。
 ならば、と、覚悟を決めてエストも室内のあちこちに並べられた椅子のひとつに腰を下ろし、シーエにも隣へ座るように促した。
「秘密というか──僕がH.O.P.E.として活動している理由についてです」
 ちょこんと隣に座ったシーエが首を傾げる。
「僕がH.O.P.E.で活動している理由は、世界のためでも自分のためでもないんです。……いいえ。ある意味、自分のためかもしれないですね」
 そうやって、彼は共に戦う英雄へゆっくりと語り始めた。
 エストには大切な人が居た。
 その人は誰よりも優しく、エストはその人を尊敬すらしていた。
「だけど……、ある日、事故が起こったんです」
 事故に巻き込まれたのはその人とエストの両親だった。
 そして──エストの両親は帰らぬ人となり、その人だけが生き残った。
「……僕は、父と母を失った悲しみから言ってしまった。
 どうして、と。
 大嫌い、と。
 その人に、『父と母が嫌いだから、わざと助けなかったんだ』と──」
 両手を組んで、まるで自身に言い聞かせるようなエストの姿には取り返せない後悔が滲み、まるで懺悔のようで。
「──生きていてくれて嬉しいって、どうしてあの時言えなかったんだ……!!」
 吐き出された悔恨の言葉。
「……エスト」
 思わず名を呼んだシーエだったが、その先の言葉は見つからない。
「その後、その人は姿を消しました。とても一人で出歩ける状態じゃなかったのに、見つからず行方不明として扱われました。
 ──そして、数年後、僕は偶然テレビでその人を見たんです。
 H.O.P.E.の大規模作戦中、あの時のように傷だらけで、両足まで失ってなお戦い続ける姿を」
 エストはシーエを、自分と戦ってくれる英雄を見た。
「今度こそあの人を守りたい、あの人の望みを叶えたい。
 そのためだけに……あの人が世界を守っているから、僕はH.O.P.E.にいる」
 それが、誰とも会わずに屋敷に引きこもっていたエストが、突然、エージェントとして依頼や修練に明け暮れはじめた理由だった。
「大切なのね、その人が、償いたいのね、世界を救うことで」
 珍しく落ち着いた口調で、シーエはエストと自分の手を重ねて穏やかに言葉を紡ぐ。
「素敵よ、エスト。今までで一番、あなたを愛おしく思えた」
 戸惑うエストへ、シーエは励ますように重ねた掌へ力を込めた。



●秘密
「秘密や悩み、ねえ……よくもまあポンポンと出てくるもんだ」
「……なや……み……ない」
 室内の様子を眺めていたツラナミ(aa1426)は独り言ちた。
 ツラナミと並ぶ38(aa1426hero001)も同じような顔だ。
 ──バレたら困る、本音ねえ……。
 先程の信義の口ぶりを思い出し、室内のあちこちで何やら話し込んでいる今回の同行者たちを見渡す。
 ……何度か顔を合わせた連中には聡い人間もいる。エージェントの一部にはツラナミの本業が殺し屋であることは案外知られているのかもしれない。一応、殺し(そちら)の仕事も契約によってH.O.P.E.関係者は仕事の対象外にしているが──、依頼方法によってはその限りではない。
 これは秘密となるのか。更に信義の発言を思い出す。
 ──後半は意味不明だが。
 ツラナミは依頼同行者(エージェント)の実力を判断し行動することはあっても、彼ら自身を一度も信用・信頼したことはない。それをわざわざ宣言する信義の行為が全く理解できなかった。
「……ツラ」
 38に促されて、こちらを見る信義の眼差しに気付いたツラナミは指先で弄っていた煙草を仕舞った。
「ん……? あー……悪いな。悩みやら人様に知られて困るような内容やら、特に覚えもないんだわ」
 思い返してはみたものの、それらはツラナミにとってまったく『知られて困る』内容ではなかった。ならば、わざわざ言う必要も感じられない。
「ああ、そうか──こちらが不利になるようなことが無ければ、特に強制はしないがね」
 ツラナミの返答に信義は頷いたが、言葉に対してその眼差しは冷ややかだ。
「アナタはどうかしら?」
「…………ん」
 代わりにライラから目線を向けられた38も、無反応を決め込んだ。
 相方が語らないのなら自分も特に言う必要は無いのだと判断したのだ。





●遊夜
 ヘリがドロップゾーンの上空へ近づく。
 打ち込まれた巨大なドリルの塔、錐のような円錐の底面が静かな湖面のように見える。
 周囲の安全を確認すると、信義を筆頭に共鳴したエージェントたちは次々とヘリを飛び出して降下した。
 飛び込む瞬間、飲み込まれるようなねっとりとした感触があった。


「──っと!」
 気が付くと遊夜は「我が家」の前に立っていた。
 出迎えるように両手を広げるユフォアリーヤ。
 その両眼が紅く潤んだ。
『……あ……っ、……』
 だが、彼女は、一言も発することはできなかった。
 静狼と名付けた愛用の銃から一撃が吐き出され少女の額を撃ち抜く。すると、ユフォアリーヤだったものはそこから花びらとなって霧散した。
「魔弾の射手は悪魔は撃っても、花嫁を撃ち抜くことは無い──と」
 遊夜に抗うように、あちこちからユフォアリーヤの姿を模した影が靄のように現れた。
 それぞれがユフォアリーヤとして手を伸ばすが、それらをすべて遊夜の弾丸が綺麗に平らげた。彼の持つフライクーゲルの異名のままに外すことない魔弾の如く。
「愚神化したリーヤ? 今更、幻など効かん! 愚神化がなんぼのもんじゃい!
 マグナムによるストライク、テレポート、ダンシングでの全方位火力で沈めてくれるわ!」
 次々に幻を撃ち抜く遊夜を頼もしげに見る、遊夜の隣のユフォアリーヤ。
「……大体、俺たちが共鳴しているのはしっかりわかるんだ、伝わるんだ」
『ユーヤ──』
 銃口がそれに向けられた。最後の弾丸はずっと彼に絡みついていたユフォアリーヤを撃ち抜く。
 風穴を開けられたそれは乾いた花びらとなって崩れて消えた。
 同時に遮断されていた遊夜の『なか』から共鳴したユフォアリーヤ本人の声が粛々と響く。
『……おやすみなさい、良い旅を』
 遊夜は銃を持った腕で軽く自分の胸を叩いた。
「なるほど、確かに『胸糞悪いまやかし』だな」
『……伝わる?』
 どこか嬉しそうなユフォアリーヤの反応に遊夜は頬を掻く。
「ああ──まあ、気分だな、気分!」
 そもそも、AGWもスキルも共鳴していなければ使うことはできない……。
「さて、次──おっと!」
 直後、大地が消えて共鳴した遊夜は空白へと吸い込まれた。



●仁菜
「……そん、な──」
 目の前の状況に仁菜は言葉を失った。
 ドロップゾーンへ突入したはずだった。
 そこは、ドロップゾーンに呑み込まれた筑波山の一部であったはずだ。
 なのに、目の前に広がるのは──あの日によく似た光景。
 ああ、そこには「みんな」は居ないけれど、そこにソレは居た。
 ゆっくりと、彼女を視認したように動いたそれは、仁菜の家族を奪ったいつかの氷の従魔だった。
『──……ナ! ニーナ!』
 ボリュームが突然跳ね上げられたように、仁菜の内に響いたリオンの声。
 我に返った仁菜は、動揺を押し殺して慌てて周囲の状況を観察する。
 従魔との距離はまだある。相手はじっと仁菜を見定めているようだ。
 ……その従魔こそ、仁菜の心に深く刻まれた恐怖に他ならず、彼女の最大のトラウマだった。
『……こういう可能性も、考えておくべきだったんだよな……』
 仁菜を案じたリオンの焦りが伝わる。
 確かに、以前の彼女なら足がすくんでいただろう、共鳴をリオンに任せて内へと篭ってしまっただろう。
「……」
 案内役の信義の言葉によれば、これは自分たちの心の隙を突いたまやかしのはずだ。
 心の傷から生み出た幻……それを構成するのはなんと卑劣な害意なのだろう。
 しかし、仁菜たちはそのまやかしへの耐性を持っているという。
『ニーナ、共鳴を』
 リオンの言葉に仁菜は小さく、しかし、きっぱりと首を横に振った。
 仁菜は踏みとどまり強張り乾いた唇を動かして、従魔を見据えた。
「私が、行く」
 真っ直ぐに、前を見据えて剣を構えた。
 ──『ここ』に守りたい人がいる、帰りたい場所がある。
 仁菜の思いは共鳴したリオンにもはっきりと伝わった。
『……わかった』
 頷いたリオンの存在感が仁菜に力を与えた。
 ──『どんな状況でも守ることを諦めない』、その誓いをもう一度胸に刻んで前に進もう。
 かつて、思いが仁菜に力を与えた。
 そして、今もまた、さらに強く。
 ぐっと沈んだ爪先が地面を蹴った。
 氷の従魔へ向かって飛び込む仁菜。
 彼女の握った星剣「コルレオニス」が仁菜の強さに共鳴するように輝きを増した。
 ──挫けぬ勇気が獅子の咆哮となって氷の従魔を貫いた。



●38とツラナミ
 ──暗い。
 けれども、完全な闇とは違う。暗がり中に濃さを増した黒い輪郭があちこちに見える。
 張り詰めた空気の中で、ツラナミは感覚を研ぎ澄ませた。
 ──倉庫内、もしくは……いや。
「……」
 瞬間的に膨れ上がった殺意を感じ取ってツラナミは身を翻した。
 それは床板を抉って派手に回転した後、ちゃりん、音を立てて倒れる。闇の中にうっすらと浮かぶのはナイフだ。刃を汚す曇りが毒であるとツラナミには何故か解った。
 直後。
 ツラナミは素早く物陰へ飛び込み、その影を弾丸が撃ち抜いた。
 身を隠した先の荒い木の感触に、それなりに耐久力のある輸送用の木箱相当だと見当をつけて、ツラナミは積まれたそれを駆け上がる。
 同時に得物の三日月宗近を引き抜いた。
 空に向かって走る刃、手応えと同時に窓を覆っていた厚布が落ちて巨大な月が覗いた。
「……? なんだ、このガキ」
 異様に大きな月光に室内が明々と照らし出されていた。
 木箱が積み上がった埃臭い広間の中で、片腕を目の前に翳した少年の姿があった。
 年の頃は十二、三、紫色の髪以外、黒づくめの少年兵。
 握っているのは拳銃だが、他の武器も備えているのがツラナミには解った。
「……まあいい、さっさと片付け…………サヤ?」
 眼が慣れたのか、少年兵はゆっくりとその腕を下ろした。
 共鳴した彼の英雄の動揺が伝わった。
『あ、ああ……あ…………』
 少年兵は銃口をツラナミへと向けた。
『──あぁああああああっ!』
 突然の英雄の慟哭。
 一瞬怯みながらも、ツラナミは少年の弾丸を避ける。
「うーわ。……なあ、煩いから、ちっと黙」
『あああぁああ!!』
「……聞こえてねえなこりゃ。ハァ……めんどくさ」
 普段とは全く違う半狂乱の38の叫びに、煩いと眉を顰めながら、ツラナミは淡々と迎撃を開始した。
 軽く木箱を蹴り距離を取って着地すると少年が何かを放る。
 刀の柄で払えば、途端に煙幕が生じた。
 即座に口を覆い、煙から飛び出すと細い光がツラナミの首筋を狙う。
 ──神経毒。
 ぎりぎりで上着の端で針を払うと、今度は自ら煙幕へと潜る。
 広がる煙の境界を走るツラナミ。紅く光る眼が気配を捕らえた。
「──」
「……」
 月光を拾った刀身に、たなびく雲のような紋様が浮かんだ。
 直後の血飛沫が黒い砂となって少年の体と共にバサリと落下した。
 ──蝋燭を吹き消したかのように、そこは再びの闇へと戻った。
 月の消えた闇の中で。
 古い映画のように紫髪の少年兵の姿がツラナミの脳裏に過る。
 だが、それは、さっきの戦いのものではない。ツラナミの知るはずの無いものであった。
 ──共鳴しているせいか……。
 それは、記憶をすべて忘れた38の、失われた『記憶』なのか。
 それとも、愚神のまやかしなのか。
 映像の中の少年は共に走り共に殺し、そして、最後にその死の先切っ先をこちらに向けた。
 ……──少年は、どことなく、昔のツラナミに似ていた。
「……少しは落ち着いたか?」
 闇の中で紫煙の行く先を無意味に目で追っていたツナラミは38に声をかけた。
 引っかかりは感じたが、敢えて聞くつもりはなかった。
 ただ、相棒が落ち着くのを待っていた。
「ったく、頭ん中でギャースカ喚くんじゃねえっつうの……」
『ん…………ごめ、……な、さ……い…………ごめん』
 38の割れた声が落ち着いてゆくと同時に足元の感触が変化したことに気付いて、ツラナミは煙草を揉み消した。
 仕事だ。



●狐杜、蒼
 狩衣に似た和装姿で、狐耳を生やした共鳴姿で狐杜たちはドロップゾーンに飛び込んだ。
 そうであったはずだった。
 けれども、そこでふたりは違うものを見た。
 妙に響く乾いた発砲音。常ならば、それが現実のものとは乖離していることに気付くであろう、歪んだ銃声。
 復讐でも、戦いでもなく──ただ、無差別にばらまかれてゆく銃弾。
 撃たれたなにか。吹き出す返り血を浴びて血まみれの銃を持つ狐杜(じぶん)の姿。
 今度こそ、狐杜は溢れ出す涙を堪えることができない。
「嫌なのだよ……わたしは、殺めたくはないのだ」
 同時に。
 それは蒼にも起きていた。
 蒼の身体は返り血で濡れていた。
 それは、蒼の大切だったなにかか──。
 赤い蒼の髪の先から違う赤が垂れ落ちた。
 違う、雨のように、否、そんなことはあるはずが、ない。
 ──声の震えは無視しろ。
『俺が棄てたモノだ。失せろ』
 その瞬間、蒼の──いや、狐杜の手の甲が輝いた。白い蝶が舞った気がした。
 無数の葉が擦れる、それとも羽虫の羽ばたきが聞こえた気がして、すぐに闇は消え、白い世界に共鳴した狐杜たちは立っていた。
 手のひらを見れば、両手の指に白い輪が並んでいる。
「……ガランサス──。スノードロップ……待雪草か……」
 乾いた涙を瞬きで誤魔化して、狐杜は思考した。
 それから、グッと一度、拳を握り込んでから掌を地面に合わせる。足下の幻が揺らぐ。



●エスト
 何度、思い返しただろう。
 そこに、彼は居た。
 そこにはドアがあってその人が居た。
 自分はこの後、その人を責めてドアの向こうへと逃げ込んだ。
 傷ついたその人から目を反らして、ただただ、両親を失った自分の悲しみと混乱に身を任せてしまった。
 エストは……ドアから離れて、その人へ一歩足を踏み出した。
 ベッドに伏せっていたその人はゆらりとその上体を起こした。
『エスト……』
 共鳴したふたりは通常なら存在がどろどろに溶け合った状態になるはずなのに、そこで彼らは完全に『エスト』であった。エストにはシーエの声は聞こえないようであった。
『……エスト!』
 ベッドから身を起こしたそれを見てシーエが叫んだが、それもエストに届かないようだった。
「……なさい」
 エストが最後に見た『大切な人』の姿が、彼には見えていた。
「ごめんなさい」
 その人は言う。
「頑張るから」
 痛々しい姿で、その人は長い髪を振り乱して訴えている。
「ごめんなさい──ごめんなさい、頑張るから」
 両眼から赤い光が涙の様に流れている。
 でも……シーエには、それはドロドロの人型にしか見えなかった。
 エストはその人に近づく。
「……わかっています、あなたは誰よりも頑張っていたのに」
 その人は、その人型は、エストの声が聞こえないのか、何度も「ごめんなさい」「頑張るから」と訴え続けた。
 悲しみと自身への怒りと、罪悪感とでエストの胸中はぐちゃぐちゃに掻き回された。
「取り返しのつく事じゃない、罰は必ず受けます……」
 俯いて、手の中の筒を握りしめる。
 人型の不穏な気配を察したシーエが、聞こえないのを解った上で何度もエストの名を呼ぶ。
「……でも!」
 人型が膨れ上がり、エストへと圧し掛かるより一瞬早く、彼の手の筒──ライヴスツインセイバーの刃が解き放たれた。
「それはお前にじゃない!」
『──エスト!』
「……シーエ」
『良かったぁ、聞こえたのねぇ! もうお姉さんの……』
 光刃を消しながら、エストは気付く。
「……ねえ、もしかして知ってた?」
 告白したあの内容を、シーエがすでに知っていた可能性に思い当ったのだ。
『…………呼ばれた時、聞こえたの』
 珍しく口ごもってからシーエは優しく言った。
『「ねえさま!」って、凄く大きな声だった』
「……そっか」
 この英雄はすべてを知った上で、あの屋敷からエストを連れ出しに来てくれたのだ。
 エストを彼の望む場所へ連れて行くために。
 ──エストの背後であの日のドアが崩れて消えた。



●潜入
 幻影世界を通り抜けたエージェントたちがそれぞれ頭を振って立ち上がる。
 放り出されたそこは円錐のドロップゾーンの形に添って、細い螺旋状の階段のようなものが出来ていた。
 階段の幅は人ふたりが並んで歩くのが精一杯の広さだ。
 中央は大きな吹き抜けとなっていて、底が見渡せた。
 最下層には巨大な珊瑚が、『蠢いている』。
「……ようこそと言うべきか。遅いと言うべきか、悩むところだな」
 彼らに背を向けていた信義が悪態をついた。
 その視線の先には、茶髪で黒い鎧を纏った女性が、鮮やかな花を絡めた剣を抜いて立っていた。

「腹は立つが、殴り飛ばすにしてもここでの乱戦は下策だ。いいか──降りるぞ!」
「──はっ!?」
 手近な狐杜の腕を引っ掴み、信義は螺旋状の階段部分から何もない中央へ飛び降りた。狐杜に引かれ、または自発的に他のエージェントたちも地下へ──地面の珊瑚目がけて飛び降りる。
「大丈夫だ、共鳴していれば死ぬことは無い──はずだ!」
 叫ぶ信義。
 落下しながらも、エージェントたちは気付いた。
 空気抵抗がおかしすぎる。
 落下というよりも、まるで水中で底へと引き込まれているようだった。


 一人残された茶髪のミュシャは顔を歪めた。
「──灰墨さんも、余計なことをするよね」
 そう言って剣を鞘へ収めると、「ミュシャ」もエージェントたちを追って落下した。

結果

シナリオ成功度 成功

MVP一覧

重体一覧

参加者

  • 来世でも誓う“愛”
    麻生 遊夜aa0452
    機械|34才|男性|命中
  • 来世でも誓う“愛”
    ユフォアリーヤaa0452hero001
    英雄|18才|女性|ジャ
  • エージェント
    ツラナミaa1426
    機械|47才|男性|攻撃
  • そこに在るのは当たり前
    38aa1426hero001
    英雄|19才|女性|シャド
  • その背に【暁】を刻みて
    藤咲 仁菜aa3237
    獣人|14才|女性|生命
  • 守護する“盾”
    リオン クロフォードaa3237hero001
    英雄|14才|男性|バト
  • 今を歩み、進み出す
    狐杜aa4909
    人間|14才|?|回避
  • 過去から未来への変化
    aa4909hero001
    英雄|20才|男性|ジャ
  • 決意を胸に
    エスト レミプリクaa5116
    人間|14才|男性|回避
  • 『星』を追う者
    シーエ テルミドールaa5116hero001
    英雄|15才|女性|カオ
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