本部

恋は劇薬

高庭ぺん銀

形態
ショートEX
難易度
普通
オプション
参加費
1,500
参加制限
-
参加人数
能力者
6人 / 4~6人
英雄
6人 / 0~6人
報酬
普通
相談期間
5日
完成日
2017/06/06 20:29

掲示板

オープニング

●許されぬ恋
「おにいちゃん、好き! わたし、おにいちゃんのことを愛してるの!」
 少女は長い髪を振り乱し、激情をぶつける。踏みしめた河原の砂利が、驚くほど大きな音を立てた。
「落ち着け。お前と俺は血の繋がった兄妹だぞ」
 少年は冷静な声音でいう。彼女の想いに薄々感づいていたのだろう。気づかないフリをしていたのは、彼女を家族として愛したかったからか。だから冷静とは言っても、少年の声は決して冷たいものではなかった。
「俺は今の話、忘れることにするよ」
「どうして!? やっと勇気を出して伝えられたのに!」
 彼女は兄のことがずっと好きだったのだ。幼稚園の頃は「おにいちゃんのおよめさんになる」と言えば、誰もが祝福してくれた。「きょうだい同士では結婚できない」などという『イジワルな』男子たちもいたというが、彼女の気持ちは変わらなかった。
「それとも好きな人がいるの? わたしじゃおにいちゃんには釣り合わない?」
 鳶色の瞳に水の膜が張り、直ぐに決壊する。涙を吸った黒髪が白い肌に張り付く。兄は髪を払ってやると、妹の頭を撫でた。
(子供の頃に戻ったみたいだ……)
 もし戻れたならば彼は、妹にこんな思いを抱かせないよう振る舞えただろうか。いや、きっと無理だろう。彼もまた彼女を愛していたから。
「すぐに思いを消せとは言わない。そんなのはきっと無理だ。けど、いつかお前にもわかる日がくるから」
 そのときまで妹の感情を見て見ぬ振りし、あくまで兄として居続ける。それが彼なりの誠意であり、愛だった。
「嫌! ……そんなの嫌だよ!」
 妹は膝を折る。兄がセーラー服の肩に手を伸ばす。彼と同じ高校の制服。成績優秀な彼女が今の高校を選んだのも、兄と一緒に居たいがためだろう。
 嗚呼、ほんの数分前までは『兄離れできない妹』を可愛がる兄でいられたのに。彼は彼女の瞳の真剣さに、切実さに、そして自分の思いに気づいてしまった。
「諦めるくらいなら、死んだ方がマシだよ!」
「馬鹿なこと言うな!」
 叫んだ彼は、異変に気付き短く息を吸う。胸に飛び込んできた妹。腹部に深々と突き刺さる刃物。彼は自分よりも細い体に体重を預ける他ない。
「おにいちゃん、愛してる」
 悲劇の幕が下りる。美しい幕切れに、僕は思わずため息をついた。
 ……と。おや、ジュリエットにはまだ息がある。苦しいね。すぐに楽にしてあげる。

●連続『心中』殺人事件
「無理心中じゃない、だと?」
 刑事は不審そうに目を細めた。
「ええ、捜査は終わりです」
 整った顔立ちの若い刑事が答える。
「少年の腹部にはカッターナイフによる刺し傷。んで女の子の首は、ありゃ自分でやった傷だ。本当に事件性はないのか?」
「ありますよ」
 先輩刑事は狐につままれたような顔をした。
「西村さん、忘れていませんか。事件は事件でもこれは僕たちのヤマじゃない」
「H.O.P.E.か……。この状況で奴らの名前が思いつくかよ。ってことは、少年の死因も失血死じゃねぇな?」
「2名とも根こそぎライヴスを奪われて居ました。まったく、仕事のしにくい時代ですね」
「そりゃこっちのセリフだ。小野寺の坊ちゃんはクリエイティブイヤー後のお勤めだろうがよ」
 生意気な後輩は薄く笑うだけだった。
「という訳で、僕は海の上の秘密基地へ行ってきます」
「たまにゃあ可愛げあること言うじゃねぇか。秘密基地は男のロマンってな」
 もう一度わずかに口の端をあげ、彼は去っていく。西村の軽口に珍しく乗ってくれたのは、己の手で事件を解決できない悔しさを紛らわすためかもしれない。そう思うと、少しばかり親近感が湧いた。
「あの坊ちゃんがね。今日は雪でも降るかな?」
 若く聡明な小野寺刑事が死んだのは、H.O.P.E.への報告を終え、直帰する最中のことであった。彼の傍らにもまた、女の死体が転がっていた。

●認められぬ恋
「悪いが、僕は君のことを愛してはいない! こんなことは迷惑だ!」
「そんな、だってあんなに私のことを守ってくれたじゃない!」
 大丈夫、彼は照れているだけだ。運命的に出会った二人が結ばれないなんてあり得ないだろう! じれったいな。少しばかり、手を貸そう。
「うっ……」
 小野寺はめまいを感じたのか、地面に手をつく。四つん這いになった彼の状態を巻き髪の女性――百合が起こし、ぎゅっと抱きしめた。
「これでずっと一緒」
 突然訪れたキスは彼の心を別段揺さぶらなかったと見えた。――否、そんなことはない。頭がぼんやりしているのか、体に力が入らないのか、どちらかだろう。
 百合に覆いかぶさるようにして、小野寺は倒れこむ。頬に、耳に、冷たいコンクリートが触れる。もう片方の耳元には百合の吐息だけが届いて居るはずだ。その音は段々と弱々しくなり、やがて聞こえなくなる。それは彼が先に死んだからか、彼女が先に死んだからか、彼には分からないだろうけれど。
 また一つ、恋の物語に幕が下りた。
 しかし難儀なものだね。以前のようには満腹にはならない。僕の目も肥えてきたのかな? 次はもっと食べごたえのあるキャストを見つけるとしよう。

●無念
「あいつが仕事と恋愛を混同するやつとは思えんのだがな」
 小野寺のマンションの目の前。西村は屈み込むと、後輩の亡骸に手を合わせる。
(大先輩に頭を垂れさせるなんて、やっぱりお前は可愛くねえよ)
 死んだ小野寺の側に倒れていたのは、以前ストーカー被害にあっていた百合という女性だった。小野寺は事件の担当者であり、女性を殺そうと現れたストーカーを逮捕した張本人でもある。それをきっかけに交際が始まったとしても、何らおかしくはないのだが――。
「続けますね。死因は……」
 嫌な予感がした。女性刑事が報告するのを遮る。
「またライヴス、か?」
 彼女は頷く。小野寺と百合の死体には外傷や争った跡が見られなかった。まるで眠っているような死体だった。
「しっくりこねぇなぁ……」
 女刑事はその言葉をゴシップめいた意味に捉えたようだ。
「誰にでも秘密はあるものですよ。それよりこの『心中』の多さ、どう説明したら良いんでしょうか? 別に二人組を狙うメリットなんてないですよね?」
 訂正するのも面倒なので、話を進める。
「そうだな。愚神とやらには偏執的な奴も多いと聞く。だから……幸せへの嫉妬?」
「リア充爆発しろ、ですか? そんな馬鹿なこと……」
「わからねぇぜ? なんたって常識の通じない化け物だ」
 女性刑事は首を振る。
「やっぱり無理があります。『二人組の死者』の中には、兄妹や友人同士だっているんですから」
「何にせよ、俺たちの手からは離れた事件だ。俺たちは俺たちの仕事をするぞ」
 執念深い捜査で知られる西村らしくない言葉だった。どちらかといえば死んだ小野寺刑事の言動に近い。しかし、西村の強く握りしめられた拳に気づいてしまった女性刑事は何も言うことができなかった。

解説

【目標】
1愚神をおびき出す
2愚神の行動パターンや手口について調査する(愚神と会話する)

【補足情報】
1、二人組の死者が初めて出たのは1週間前。場所は浜辺。死因は溺死と判断された。身元調査の結果、駆け落ちした恋人たちであると判明。そのため無理心中、または自殺として捜査が進んでいた。
2、1の事件の後、二人組の焼死体が見つかった。死因は火災による窒息死。借金で首が回らなくなった夫婦であった。
3、ライヴス喪失による死者が出始めたのは3日前。1組目は兄妹。2名とも刺し傷があったが、直接の原因はライヴスを奪われたこと。
4、2日前、女子大学生2名が死亡。実家暮らしの学生が、一人暮らしをしている学生の家に遊びに来ていた。2名とも首にひもの跡があったが、直接の原因は3と同じ。
5、昨日(エージェントによる調査開始の前日)、小野寺がH.O.P.E.を訪問。その帰り、小野寺と百合が死亡した。死体は無傷で、争った後はなかった。小野寺は少数の友人に想い人の存在を打ち明けていたが、相手は百合ではない。


※以下、PL情報※

愚神:アポセカリー(Apothecary)
・少女趣味な衣服を纏った西洋人風の少女(外見13~14歳)。口調だけは少年のようで、かつ大げさ。
・イマーゴ級としてこの世界に現れ、現在はデクリオ級まで成長した。
・極端な恋愛至上主義。成就させるためなら手段は選ばない。
・共鳴さえしなければこちらに敵意は見せず、英雄との関係やお互いへの想いなどをしつこく聞く。彼女の周囲には自白剤のようなものが漂っており、想いを偽るのは困難。
 ※どんな答えを聞いても曲解し、能力者と英雄を恋愛関係だと思い込む。
・取り巻きの従魔はなし。魔法攻撃主体。ただし戦闘能力はごく低い。複数のリンカーで囲めば負けはない。

また『●許されぬ恋』『●認められぬ恋』はPL情報。PCに伝わっているのは被害者の身元と死因のみ

リプレイ

●宵闇に二人歩き
 西村刑事から事件についての説明がなされた。数日前に小野寺が行った仕事を引き継いだ形になる。彼は憔悴した様子ながら、わかりやすい説明をしてくれた。
 事件はとある地域に集中して発生していた。警察が対応するべき事件だったとしたら、署をまたいだ合同捜査なんてものを要しない親切な連続殺人だ。
「愚神は人間レベルかそれ以下の移動手段しか持ち合わせていないのかも。勿論、5つ目の事件が起こった時点での仮定でね」
 九字原 昂(aa0919)は考えをまとめながら言葉を紡ぐ。
「この5組の人達が狙われた理由か……」
「一人ではなく、二人そろって初めてできるもの……」
 相棒が言った瞬間、ぱちりと何かがひらめく。
「……人間関係?」
 ベルフ(aa0919hero001)は昴の目を見つめ返して頷いてくれた。そう仮定するならば、能力者と英雄ほどこの調査に適したものはいない。
「皆さん、ちょっといいですか?」
 エージェントたちが選んだ作戦はシンプル。
「わたくしたち自らが囮となり、街を徘徊する……そういうことですわね?」
 レミ=ウィンズ(aa4314hero002)が天真爛漫な笑顔をひっこめたまま言う。
「私たちのすべきことはいつも同じです。できることならば、私たちを狙っていただきたいものですね」
 大門寺 杏奈(aa4314)の言葉はいつも変わらず強い意志を閃かせる。彼女を思うがゆえに捨てきれないひとかけらの不安。それを振り払い、レミは微笑する。
「ええ、わたくしに異存はございませんわ」
 荒木 拓海(aa1049)は沈痛な面持ちで言う。
「愚神は弱さに付込む……初めの2組を見てコレと思ったか、又は2組の思いに憑依したか」
「続けざまにカップルが狙われたのは確かだから、似せて行動してみましょう」
 メリッサ インガルズ(aa1049hero001)が言うと、狒村 緋十郎(aa3678)は傍らの少女に視線を送る。幼い外見に反し、千年以上を生きる吸血鬼であるレミア・ヴォルクシュタイン(aa3678hero001)が彼の妻だ。
「確かに被害者は男女のペアが多いようだ。策を弄するのは得手ではないが、俺たちも役に立てるかもしれん」
「カップル狙いだとしたら不安が残るけれどね。その点、荒木たちは自然体でいいんじゃない?」
 レミアの笑顔はサディスティックというには毒がなさすぎた。それなのに拓海はびくりと肩を震わせる。リサは彼を横目で見ると、冗談めかして言った。
「あまりいじめないであげて。レディをスマートにエスコートできる自信がないのよ」
「あら、それは今更でしょう?」
 調子を取り戻した拓海が「ひどいなぁ」と情けなく笑う。
「では僕たちは友人同士として街をうろついてみます」
 昴が言うと、バルタサール・デル・レイ(aa4199)もその意見にならうと宣言した。
「あとは連絡先の交換だな。今から行けば、ちょうど良い具合に夜の散歩としゃれこめるだろうさ」
 退屈していたらしい紫苑(aa4199hero001)が、面白そうだからと受けてきた仕事。辟易する気持ちがないではないが、やるからには成功するために動くべきだろう。なんとなく、順に部屋を出ていく面々の最後尾に着く。
「二人組の死者か。まあ、始めの二つはライブスも奪われていないし、普通の自殺って線もあるわけか」
 5件の連続殺人というのは、あくまで「二人組」という事件の類似性に目をつけての推論である。
「でも、始めの二つも愚神の仕業だったとしたら、ライブスを奪うのが目的じゃなくて、心中を教唆する方が目的で、ライブスはついでなのかもしれないね」
「不幸な境遇にある者に、心中するように仕向けるって感じか。暇な愚神なんだな」
 興味のなさを隠さない様子に、紫苑が笑う。
「でも、君よりはよっぽど、人間的な感性を持っているのかもしれないね。他人の不幸は蜜の味ってね。本当に人間くさいよ。まったく君は無関心すぎるからね」
 バルサタールはフンと鼻を鳴らし、紫苑よりも少々速いペースで歩き出した。



「今夜ってお義姉さんの帰りが遅いの? ならお兄ちゃんの家でゆっくり会いたいな~」
 甘えた声で言ったのはリサだった。拓海の腕に寄り添い、上目遣いに見つめる。
「厳しいから……ご、後日なっ」
 どういう設定だ、とツッコミたいのを抑え、少したどたどしい演技で答える。
「結婚してから遊んでくれないね」
 大きな目を吊り上げたかと思えば、視線を落として呟く。
「寂しいな」
「い、いや……あの……ぇーと」
 街灯が照らすリサの姿はどことなく頼りない。本物としか思えない罪悪感を感じてしまい、拓海は口もごった。
「この間の夢……あれ本当のこと?」
 少し前、英雄の見た夢について聞いた。彼女はいったい何者なのか、何を思って自分と誓約をしたのか聞きたいと思った。墓場鳥(aa4840hero001)は黙っている。腹立たしくて、ナイチンゲール(aa4840)の言葉はとげを持つ。
「否定しないんだ。ーー嘘だったんだ、覚えてないなんて」
「嘘ではない。墓守をしていた。私自身の記憶はそれに尽きる。それ以外は記録であって記憶では」
「なんだっていいよ! もっと自分のこと話してよ!」
「必要を感じない」
 大きな声。せっかく声が出るなら歌えばいいのに。案外、愚神の気が引けるかもしれない。
「何それ!? 私のことは全部知ってる癖に!」
 醜い金切り声。小夜啼鳥(ナイチンゲール)が聞いてあきれる。
「……ずるいよ。私だってもっとあなたを知りたいのに」
 劇場をぶつけても尚、応えは返らない。その時。
「ねぇ君たち、僕と話をしない?」
 夜明けを告げるヒバリより高らかに、ドレス姿の少女が言った。
「と、茶番は終わりか」
 3回の合図を残して切れたコール。バルサタールは紫苑の胸ぐらをつかんでいた手を放す。肩を落とし気味に歩いていたせいで、首回りが凝っていた。
「僕の迫真の演技を無視するとはね」
 紫苑が目じりの涙をぬぐう。隣家には争う声が聞こえていただろうが、まだ野次馬に出てくる段階ではなかった。
「お目の高いお客様だったんだろ。お嬢さんたちは案外、本気のラブシーンでも演じてたのかもしれないぜ」
 軽口を叩きつつも足は全速力。ナイチンゲールたちと比較的近い位置にいたのは幸運だった。あとは、逆上したりせずに上手く引き伸ばしてくれることを祈るのみだ。

●薬屋の独白『恋に恋する』
 そういえば最後に見たストーリーにも、こんな風に激しいやりとりがあった。男性は小野寺、女性は百合と呼ばれていたはずだ。金の髪の女性のさざ波立たぬ瞳は、小野寺のものと似ていると思う。
「こんばんは、お嬢さん方。僕はアポセカリー。物語の端役だよ」
 百合たちは、役者としては僕の理想から外れていたのだけれど、彼女の思いの強さに惹かれたんだ。その頃には自分の使命が分かっていたし。それにしても、接吻というのは心震えるものだね。実にドラマティックだ。百合の噴火するような愛の表現と、深海の砂のように思いを秘める小野寺の対比も素晴らしかった。できるならばもう少し長く、見ていたかった気もする。
「あなたは……」
 燃える髪の女性は怖い顔で僕を凝視していたが、誘いには乗ってくれるらしい。名前も名乗ってくれた。
「教えて、君の気持ちの名前を」
「恋になり損ねた想い」
 ナイチンゲールは言ってから、目を見開いて口を押えた。その反応を見て、墓場鳥が「自白剤か?」と呟く。僕は詳しく尋ねてみる。
「出会った時、彼女を見て胸が高鳴った。でもすぐ今の家族みたいな関係になった」
「どうして、しまい込んでしまったの? 諦めるにはまだ早い」
「女同士だから? 違う。最初から距離が近すぎたんだ」
 能力者と英雄は共鳴し、体を、時に心すら溶け合わせるという。
「諦めようとして諦めた訳じゃない。あのときめきは、もうどこにも……」
「胸を高鳴らせることが恋なの? 君は彼女を知ろうと必死に声を上げていただろう」
「それはこの人があまりに語らないから」
 墓場鳥は短く息を吐く。そして言う。
「語らないことが正解という場合もあるだろう。例えば」
「私の夢のことを言ってるの?」
 ナイチンゲールが顔を俯かせる。
「やましいことじゃない……恋人になった夢を偶に」
「語らなかった理由はそれか」
 墓場鳥はその名に違わず、墓標を守る者なのだという。
「刻むべきそれを欠く者は迎えられない。だから危機に瀕したあれを生かした。同時にこの地に守る墓標のない私は誓約をもって永らえた」
 墓場鳥はナイチンゲールを生かし、ナイチンゲールが墓場鳥を生かしたのだ。
「故に守り、支えなくてはならない。エピタフに足る何かを成し遂げる日迄」
 そしてふたりは手を取り合って生きている。
「幕が下りたらその墓を守ろう。それが今の私の全て」
「終わるときは一緒だよ」
 僕が言うと、墓場鳥は得心が言ったという顔をした。
「そうか」
 話が終わったら、二人一緒に送ってあげる。その前に――。
「君たちの話も聞きたいな」
 僕は新たな登場人物の存在に気が付いた。彼女たちは杏奈とレミと言うらしい。年の頃は同じくらい。親友と言われても信じてしまいそうけれど、そうじゃないとすぐにわかった。
「声が、聞こえましたの。わたくしを求める声が」
 レミは英雄。別の世界から来た人だ。
「それはとてもか弱くて……その手を取らなければ消えてしまいそうな程に」
 とある王国の一室で佇んでいたレミ。呼んでいるのが誰なのかわからないけれど、無意識のうちに体が動いていたという。異空間に飲み込まれて放り出された先には――不思議な少女が、1人。
「そして、アンナと出会いました。"なんて美しく、儚げなお方なのでしょう"と」
「運命の出会い、だね」
「一目惚れでしたわ。それと同時に"わたくしが守ってあげなければ、いつか倒れてしまう"とも思いました。だからわたくしから"生きることを諦めない"誓約を持ち掛けたのですわ」
「レミはこの手を握って、私を連れ出してくれた。私が変わる前からずっと――今も、私の側にいてくれる」
 何もかもを失くした杏奈は、自ら消えてしまってもおかしくない状態だった。けれど彼女は同時に強く願っていた。「皆を守りたい」と。杏奈の願いはレミによって叶えられることとなる。
「嬉しい時も悲しい時も、私が塞ぎ込んでいた時もずっと一緒にいてくれた。レミがいてくれたから、私は前に進み続けることができたんだ」
 彼女たちは日々を積み重ね、絆を強固にしていった。恋の始まりも美しいけれど、時を止めてしまうならばもっと思いが高まってからが良い。最高の瞬間をこそ永遠にすべきなのだ。
「君たちに会えたのは幸運だったよ」
 ありがとう、今まで死なないでいてくれて。僕は笑ったけれど、彼女たちは不思議そうに僕を見るだけだった。
「杏奈にとってレミはどんな存在なんだい?」
「私にとってレミは……とても、大切な人」
「恋人、とは呼ばないんだ?」
 呼称は大した問題ではないのかもしれない。
「恋人かどうかなんて、私には詳しくわからない。でも、大事な存在だってことはよくわかる」
 杏奈は愛し気に自分の手のひらを見つめた。ぬくもりを思い出すように。
「なになに、コイバナ好きなの?」
 美しい男性が人懐こく声をかけてきた。彼の名は紫苑。ともにやって来たバルサタールは彼のパートナーだそうだ。寡黙な人らしく、一言挨拶して黙ってしまった。
「僕、ここで友達と待ち合わせをしているんだ」
 ナイチンゲールや杏奈たちも仲間らしい。ならば他の彼らにも興味を持たざるを得ない。
「みんな素敵なカップルだよ。きっと君とも話が合うと思うな」
「それはいい。多ければ多いほど嬉しいよ。皆が来るまで待つとしよう」
「よかったら君の話も聞きたいな」
 紫苑は楽しそうに言う。
「困ったな。僕はト書きにも等しい端役だ。どちらかといえば物語の外にいる」
「……ふぅん、脚本家ってこと? すごーい」
 紫苑は頭の回転が早いみたいだ。
「だったらお友達の話でもいいよ。最近はどんな話があった?」
「ふふ、紫苑はせっかちだね。それは、皆の話の後に話すよ」
 改めて話を振ると、杏奈は自分の月のチョーカーをレミの太陽の首飾りに近づける。
「半年前くらいだっけ。私があげた首飾り、今でも毎日大切に着けてくれてるんだよね」
 レミは頷く。
「月は太陽の光に照らされてあって初めて輝ける」
 あとで紫苑に語るためにも、僕は思い返す。4番目のストーリーは2人の女の子の話だった。太陽みたいな女の子と月みたいな女の子。月の少女は僕のことを『幽霊』と勘違いして驚いていたっけ。でも拒絶されることはなくて、仲良くおしゃべりをしてくれた。
「レミはいつも私を照らし出してくれたから。きっと私1人じゃ輝くことはできなかったかもしれない」
 目の前の少女たちは星をちりばめた瞳でお互いを見つめ合う。
「だから、太陽の首飾りをレミにあげたんだ。これからも私を照らし出して、明るい場所へ導いて欲しいって」
 あの月の少女は星一つない夜空の瞳を持っていた。他の物語の人物達と同じ。何かに縛られて思いを遂げることができずにいたのだ。世界が敵なんだと彼女は泣いた。だから僕は、幸せになる方法を教えてあげたんだ。
「共に生きましょう、アンナ」
「ありがとう。……大好きだよ」
 僕は大きく拍手をする。頭の中では別のことを思い出している。小さな部屋で、月の少女が太陽の少女の首を細い紐で絞めている。組み伏せられた少女はひどく苦しんで、醜い顔で相手を見た。
「助けて」
 それは二人の少女の口から洩れた。僕はすぐに太陽の少女を楽にしてあげた。月の少女は泣きじゃくり、獣のような悲鳴を上げながらドアノブに紐をかけた。手を下したらすぐ、眠るように脱力したから安心したけれど。
「バルサタールも少し話をしてくれない?」
「とはいってもな……。俺たちの繋がりは力を得るための打算的なものでしかない。それ以上でも、それ以下でも……」
 そこまで言ってからバルサタールはおかしな顔をした。心にもないことを言ってしまったのだろう。彼は再び貝になってしまう。
「紫苑はどう思ってるの?」
「そうだね、彼と僕は似たもの同士なんだよ」
 彼は、僕がバルサタールに抱いた感覚に名前を付けてくれた。
「僕たちは壊れた人間だ。後天的なサイコパスって呼べば良いのかな」
「同じ傷を持つ二人が寄り添いあっているんだね」
 紫苑はやはり笑っている。可笑しいことは言っていないつもりだけれど。
「たとえばね――壊れた機械や道具は修理すれば直るけれど、壊れた人間はどうなるのかな? そんなことが気になるんだ。そのために彼を観察したり、遊んでみたり……」
「おい」
 バルサタールが顔をしかめるのにも構わず、紫苑は言った。
「つまりは暇潰しであり、実験でもある訳だね」
「『愛』がなければ『興味』はわかないさ。君もすぐにわかるだろうね」
 紫苑は頷いてくれた。
「好きの反対は無関心ともいうしね」
「だそうだよ、バルサタール。言いたいことはないかい?」
「さてね。俺は、面倒で厄介な男だと思ってるよ」
 彼は言う。サングラス越しの瞳は何色なのかわからない。その奥にあるものも、僕には読めない。
「そうだ。仲良くなる方法なら杏奈とレミに聞けばいいよ」
 レミはきょとんとしたが、すぐに答えてくれた。
「アンナには戦い以外のことにも目を向けて欲しくて……よくスイーツを食べに外に連れ出してますわ」
 紫苑は「なるほど」と頷いて目くばせするが、バルサタールの反応は薄い。困ったものだ。
「無論、わたくし1人では力不足の時もございます。他の方に協力していただくのも重要なのだと」
「レミは心が広いね」
「独り占めなどいたしません。むしろ可愛らしいアンナを多くの皆さん方に見ていただきたいのですわ!」
 となると、3番目のジュリエットとは正反対だ。兄を想い、共に果てた彼女と。そう思っていると、別の二人組が現れた。

●薬屋の独白『ロミオとジュリエット』
「君たちも兄妹?」
 青年は驚いた声を上げた。どうやらハズレだったらしい。能力者と英雄であるのはみんなと同じ。感覚で言うならば、むしろ彼が弟の立場に近いそうだ。
「教えてくれないかい、君たちを繋ぐ愛について」
 拓海と名乗った青年はまた驚いたようだった。
「わたしたちのことを恋人だと思ってるのね。残念だけれど、ご期待には添えないわ」
「お嬢さんは、片思いだと思っているんだね。二人の間に愛があることは明白なのに」
 耐えかねたように拓海が口を挟む。
「思いも寄らぬ事を言われると頭が真っ白になるんだな……。オレの話を聞いてくれる?」
 願ってもないことだ。
「最初は……一目惚れに近かった、と思う。リサはオレの前に現れた日も今と変わらない姿で、綺麗で強かった」
 彼女はまだ小さかった拓海に誓約を持ち掛け、直後に敵を倒した。
「オレはリサに守られて育った。叱られることもたくさんあったけれど、何より子供扱いが悔しかったよ。強くなって守り返したいってずっと思ってた」
 拓海は小さく頷く。どこか寂しそうに。
「あの気持ちは恋だった」
 僕はリサに当時の思いを聞いてみる。
「一生懸命で突拍子もなくて、心配で目が離せない困った子。あの頃のわたしはそう思ってた。素直で、捻くれてて弟って感覚で。……純粋に、守ってあげたかったの」
 拓海が大きくなるまでの年数を聞いて驚いた。僕は気づいたらこの姿だったから。
「リサはいつ拓海を好きになったの?」
 彼女は笑顔になると思った。あるいは可愛らしい照れ顔に。けれど彼女は美しい顔を曇らせ、こう言った。
「ふと異性とし意識した時……彼にはもう好きな人がいた」
「好きな人? それはリサでしょう?」
 拓海は首を振り、リサを優しく見つめる。
「気付いたらリサへの思いは、母や姉に対するような思慕に変わってたんだ」
 僕が呆気に取られていると、彼らは言葉を重ねた。
「特別な人とは呼べないけれど、誰より大切な相棒とし傍に居続けて欲しい。幸せであって欲しい。今はそう思ってる」
「……態度、変えないでよ」
「リサ……」
「今のなし。何も聞いてないわよね、拓海?」
 彼女は深く息を吸う。
「わたしも、今の関係で居たい。壊したくない、離れたくない。幸せな顔を見せ続けて欲しい。この思いも本当だって、拓海ならわかるでしょう?」
 強い瞳でリサは拓海を見る。彼はゆっくりと頷いた。
「ありがとう、リサ」
 拓海が泣きそうに笑っているのは、きっと思いを押しとどめているからだ。僕はもどかしくなる。妹を思い、恋を諦めようとした兄を思い出す。あのジュリエットは僕と最初に話した人間だった。彼女は僕に『恋』について教え、ある美しい物語を教えてくれた。僕は感謝のしるしに、ともに逝きたいという願いを叶えてあげたのだ。
「何が君たちを抑えつけているの?」
「これがわたしたちの正直な願いだわ」
 後で彼女がくれた本を読んだ。本の中のロミオは生き返るつもりだったらしいけれど、そんなことでは美しくないと思うそれに引き換え、胸にナイフを突き刺した彼女は綺麗だった。見とれているうちに、すっかり抜け殻になってしまったけれど。あの満腹感をまた味わいたい。
「リサ、もういいよ」
「それは、どう言う意味?」
 殺さなくちゃ。でなきゃ彼らは一緒になれないようだから。もう、我慢しなくていいんだよ。
「どうかしましたか?」
 知らない声が増えた。黒い髪の少年だった。
「君たちも紫苑の言っていたお友達かな?」
「ええ」
 少年――昴の斜め後ろにいたのはベルフ。二人にも関係を語ってもらうとしよう。
「えっと、僕とベルフは……友人?」
「なんで疑問形だ。一つ屋根の下で暮らすぐらいだからそうだろう」
「ほら、色々手取り足取り教わっているし」
 何やら関係に名前を付けかねているらしい。
「ベルフは昴の先生なのかな? でも一緒に暮らしているなら、十分恋人らしくできていると思うよ」
「恋人?」
 紫苑が何かを伝えるように、こくりと頷く。
「あなたは、恋人同士を探していたんですね」
「うん、だから君たちのことも楽しみに待ってたよ」
 昴は納得したようだった。
「言い直しましょう。僕らの関係は友人、と認識している人が多いです」
「狭いアパートで二人暮らしじゃあ、邪推されても文句は言えないがな」
 ベルフは苦笑した。
「実のところ、ベルフには生活能力がまるでなくて、家事はほとんど僕任せなんです」
「口さがない奴は『ヒモ』なんて言いやがるがな。あ、ヒモってわかるか?」
「ベルフは昴なしでは生きられないということはよくわかった」
「……どうしてもそういう結論になるか」
 僕は思わず笑顔になる。
「昴はベルフのことが大好きなんだね」
「……放っておけないんですよ。ベルフを選んだ責任がありますから」
 ベルフは観念したように息を吐いた。
「甘えてるのは確かだな。出来の良い弟……のような感覚もあるが」
「確かに。ベルフは兄に近しい存在でもありますよ。なにも知らない一般人だった僕がエージェントとして活動できているのは、彼の指導があってこそですから」
 ベルフの先生としての面の話だ。
「俺に教えられるのはそれくらいだからな。荒っぽくはなるが、妥協なく教え込んでるつもりだよ」
「昴は良い生徒?」
「そうだな」
 間髪入れず肯定されたからか、昴は照れ臭そうだった。
「厳しいのは期待の裏返しだとわかっていますから。教わったことを反復で練習したり……成果を見せて、少しでも褒められればうれしいです」
 彼らはお互いを必要として寄り添っている。2番目の彼らもかつてはそうだったのだろう。
 彼らとの出会いは炎の中。実体は手に入れていたけれど、僕はあの赤い光の渦を熱いとは感じなかったっけ。皮膚は焼け焦げ、呼吸はままならず、けれど彼らは最期の時まで抱き合うことを止めなかった。知らず僕が彼らの命の雫をすすり、カウントダウンを速めてしまったからかもしれない。意識が遠のいた代わりに痛みや苦痛を感じる余裕を奪われたのか、先ほどまでの姿が嘘のように安らかな幕切れだった。体は黒焦げになってしまったけれど、僕は覚えている。この頃だろうか、僕に自我めいたものが生まれたのは。
「さて、君たちの番だね」
 僕が二人の関係を判じかねていると、どことなく野性的な雰囲気の男性が言った。
「レミアは俺の嫁だ……!」
 微塵の照れも無く力一杯の回答。僕は嬉しくなった。彼の名は緋十郎というそうだ。
「俺は全ての異世界も含めてレミアが世界一可愛くて美しいと思っている」
「君もそうなのかい?」
 レミアはふいと視線を逸らす。
「まぁ、こんな変態にドン引きもせず添い遂げられるのは、全ての異世界も含めて、わたし位なものでしょうね」
 夫婦。僕は始まりの物語に想いを馳せる。実体無き影法師だったころの話。さらさらと清浄な音を立て、彼らは死へと進んでいた。何かに命ぜらるるままに、僕は彼らへと手を伸ばした。助けたかったわけでも殺したかったわけでもない。けれど彼らの体からは力が抜け、もがくこともなく沈んでいった。こぽり、こぽり。気づけば僕は水面に立って、死にゆく者の歌(スワンソング)を聞いていた。
「出会ったのは、今から一年半位前……冬の満月の夜、瀕死の深手を負って転がっていた俺の前に、レミアが現れ……」
 緋十郎の言葉に熱がこもる。尊大そのものの射抜く様な血色の瞳。人間を餌と見下した冷たい視線。華奢で小柄で幼い彼女が纏う圧倒的な威圧感と殺気。月光に輝く柔らかな金髪。無垢な白い肌――。彼女を形容する言葉すらいつくしむように、彼は言う。
「レミアの全てに俺は一目で心惹かれた」
 当人は黙っているけれど、きっと幸せを感じていることだろう。
「彼女が望む時にはいつでも血を捧げ、俺の全てを捧げることを条件に……レミアは俺と誓約を結んでくれた」
「全てを?」
「ああ。彼女の爪に斬り刻まれ弄ばれることも、踏み躙られ虐げられることも、鋭い牙に噛まれ血を吸われることも……俺にはこの上なく幸せなことだ」
 嗚呼、こんなにも激しく熱い愛があるなんて!
「君は愛のためなら命ごと差し出せる男なんだね」
 頷きかけた彼は、はっとして妻を見た。
「情熱的で直情的な男よ。そういう素質はあるかもね。けれど、そんなことは私が許さない」
 レミアは怖い顔で僕を見る。僕も興奮しすぎたらしい。落ち着いて、なれそめを聞くとしよう。
「初めは俺の片思いだった。レミアにとって、俺はただの下僕兼食糧……だった」
「『わたしの玩具』も追加してあげる。普通、人間の血は……吸血の苦痛や恐怖で酸味のある味になるのだけれど……吸血で歓喜と快楽を感じる緋十郎の血は、とろりと甘くて……とても美味しいの」
 僕にはよくわからなかったけれど、緋十郎は満足げだ。
「今の関係は、緋十郎が諦めずに想い続けたおかげなのかな?」
 そう聞くと、彼は恥じ入るように視線を落とした。
「諦めようと思って、他の女性に恋しようとしたこともあった。だが……ある日、俺はレミアが前の世界で千年もの長きに亘り……ずっと一人で孤独を抱えていたのだと知った」
 英雄となる前から、彼女は永い時間を生きる運命にあった。世界の壁を越え、寄り添える唯一の存在を彼女は見つけた。
「いつも高飛車で強気な彼女に、そんな繊細でか弱い一面があったのだと知り……俺は、彼女を守りたいと……それまでとは違った意味で、俺の全てを捧げたいと……心からそう思い、その場で求婚した」
「そして、レミアはそれを受け入れた?」
「どれだけ痛めつけても、血塗られた過去を知っても、それでも尚、尻尾を振ってくるペットがいたら……愛おしいと思うでしょう? もういいかしら?」
 レミアは赤い顔で答えてくれた。緋十郎は頬を染め、力強く頷いた。
「レミアは俺の最愛の妻だ。生涯の伴侶だ。そして何より……愛しくて堪らぬご主人様だ」
 二人は深く愛し合っている。ならば、早く殺してあげなくては。美しい絵を残せるように。

●言葉を話す獣
「そっちも聞かせてよ。恋の話。殺した人達のこと」
 ナイチンゲールは言う。拓海は彼女の前に出ると、落ち着いた声で愚神に言った。
「君、仲間は……そうだ、君に恋人はいないの?」
「僕の役には必要ないんだ。もともと僕はただの装置で、役なんてなかったしね」
 人を殺す役目を持った『舞台装置』は文庫本を取り出す。表紙には『ロミオとジュリエット』の文字。死んだ兄妹、その妹の形見だと愚神は言った。
「どうしてこんなことを?」
 拓海はシンプルに尋ねる。刺激を求める為だけに犯行を行ったのなら、もう話し合う価値はない。
「恋は成就させるべきものだから」
 紫苑との約束を守って、愚神は事件について語りだした。
「最初の彼らに出会ったのは偶然だった。神の采配なんてものがあるならそれでもいいよ。僕が生まれたのは二人が終わりを迎えようとしていたあの場所なのだから」
「君が勧めたんじゃないんだね」
「違うよ。次の二人も炎の中で出会ったから。3番目の彼女は、僕にこの役を与えてくれた人。物語の登場人物として、死による幸福をプレゼントしたのは4人目と5人目だけだ」
 もったいぶることなく語られた『物語』――前章に記した事件背景――は、歪んではいたが、まるで感情が伴っているように聞こえた。少数派ではあるが、心中を愛の形ととらえる者は確かにいる。紫苑は心の中で思う、やっぱり誰かさんより余程人間らしい。バルサタールは、ただ終わるのを持っていた。感想と言えば、凄惨な物語が続く最中も調子の良い相槌を打ってやり、話を引き出していた相棒にある種の尊敬を抱いたくらいだ。
「ひとつ教えてくれ。死にゆく者たちを安楽死させたこともあったということだろう? 彼らを哀れだと思う気持ちがあったのか?」
 緋十郎が言うと、愚神は首を傾げる。
「苦しみは長引かせるべきではないよね。だってシーンが台無しになるじゃないか。美しくないものを見るのはごめんだよ」
 回答は、人と乖離した感覚を浮き彫りにするだけ。
「もし少しでも、人の喜怒哀楽に惹かれるなら……相容れ生きてみたいと思わないか?」
 拓海が一縷の望みを託して言う。
「相容れる? 何の話だい? ストーリーテラーの筋書どおりに、君たち役者たちが死ぬ。それだけだろう?」
 愚神は笑う。
「嬉しいな。これで飢えが満たせそうだ」
 拓海は直感する。この愚神にとって人はあくまで『食糧』。ただのエサだ。
 6組のエージェントが素早く目線を交わし、共鳴する。
「すごいエネルギーだね」
 陶酔するような声。しかし視界が曇り、軽いめまいを覚えたのは、エージェントたちの方だった。毒が回るような感覚と言っても良い。
「ふふ、これだ。今までの役者は小物ばかりだったんだね。僕は感動しているよ、君たちこそが僕の求めていたものだ」
「作者に絶賛された役者の気分にはなれないな」
 バルサタールが皮肉っぽく呟いた。愛用の銃を構えようとしたその時、光の軌跡が流れ、皆の前に立ちはだかった。症状が一番軽かった杏奈である。
「どうしたんだい、杏奈、レミ? 君たちの絆は美しい。だから、僕が永遠にしてあげるのに」
「死ぬことが永遠を得る唯一の手段だとでも? そんなのは間違ってるわ!」
 死角を得たバルサタールの弾丸が愚神の足を止めた。ドレスに赤い血がにじむ。
「紫苑! バルサタールを君だけのものにしてあげる」
 言葉を尽くして関係の誤解を正すのも無意味であるし、彼女自身に投げかけたい思いもない。追い討ちの弾丸が答えだ。
「結局……刺激を欲し恋愛仕立てで遊んだのか……」
 拓海が怒気をはらんだ声で言う。
「遊びじゃないさ。愛、悲しみ、怒り、強い感情に燃え上がるライヴスはどれも極上の味だったよ。けれど能力者のモノには及ばないね」
 愚神は思っていた以上に幼稚だった。彼女が被害者たちを通して疑似恋愛を楽しんでいたなら、まだぶつけられる言葉があっただろう。どんな演出も、身を焦がすような真実の恋に勝てはしない。過剰な演出で飾り立てずとも、些細な変化すら愛しいのだと。
「リサ? 聞こえてるんでしょう? 愛する人の胸の中で眠らせてあげる!」
「……子供は子供らしく子守唄で眠れ」
 拓海が駆るのはオネイロスハルバード。夢へと誘う音色を奏でる斧槍。愚神は辛くも致命傷を避けたが、攻勢に転じる余裕はない。
「……黙って殺されていればいいものを! きっと君たちだって生き残ったことを後悔する日が来る! ふたりの小夜啼鳥、君たちの世界が壊されない保証はあるの?」
 後ずさった右斜め後ろから、ナイチンゲールの刃が腕を裂く。静かなる拒絶。
「愛する者の絶望は自分を侵食する。自分の絶望は、愛する者がいればこそ深くなる。死んだ彼らだって、もしひとりきりならば死にたくならなかったのにね。緋十郎もレミアも、今が幸せならここで終わるべきだ」
 左からはカラミティエンドを上段に構えた緋十郎が迫る。
「俺は彼女の悲しみや孤独を背負いたい。俺の絶望は、彼女がいれば消し飛んでしまう。もし何かの理由で死にたくなったとしても、彼女を思えば生きられる!」
「……黙って殺されろ! 君たちの物語はここで終わるんだ」
 長広舌が止まる。刃が愚神の胸を貫いたのだ。背中から静かな声がした。
「終わるのはあなたですよ」
「昴……たとえば……ベルフを失くしたとして、君は生きていけるのかい?」
「ええ」
 隙ができることを嫌い、短く答える。非情ともとれる答えは、しかしベルフを悲しませない。
(そうだな。もしそうなっても、お前は俺の技と一緒に生きていけるはずだ)
 後方へ倒れた愚神は、昴に受け止められる形となる。桃色の唇から、ごほりと血を吐きだす。戦う意思はもう感じられなかった。
「あなたのしたことはただの人殺しです。理屈を並べ立てていましたが、結局はすべてあなたのためでしょう」
 飢えを満たせなかった獣は、掠れた声で答えた。
「何が……悪いんだい? 物語の前では、誰もが非力なピースだ。ならば諦めて、物語のために死ね。醜くあがいたりせず、美しい、絵となって……」
 愚神は穏やかに笑った。美しい死に顔を刻み付けることが、せめてもの意地だったのだろう。少女を模した体は、流れ落ちた血もろとも粒子となり霧消した。



 『ロミオとジュリエット』の文庫本だけが、現場に残された。昴との共鳴を解いたベルフが拾い上げる。
「愚神の姿も、まるで人間のような死に際も演出だったのかね。気障ったらしくて嫌になるな」
「人の恋心を利用して、楽にライヴスを収集してたってのが特記事項か?」
 バルサタールの分析に紫苑が付け足す。
「結局は愚神としての基本行動――ライヴスを奪うことが根底にあったわけだからね。けど、物語だの美しさだのに偏執したっていうのも、珍しくはあるんじゃない?」
 相棒から本を受け取った昴はざっとページをめくってみる。
「何か手掛かりはありそうか?」
 緋十郎が問うた。
「いいえ。愚神が後生大事に持っていたのですから、本部には提出しましょう」
「芝居の台本、か。こんな風に書かれているのだな」
 緋十郎の手元をレミアが覗き込むが、すぐに興味を失くしたらしい。
「端役を名乗った割には随分と出しゃばってくれたわね。最期はあっけなかったけれど」
 リサは苦々し気に言う。
「……恋の成就は難しかったのだとしても……愚神さえ現れなければ、もっと静かに恋を終わせられた人たちもいたわ。新しい幸せだって探すことができたのに……」
 ナイチンゲールは皆に背を向け、誰にも聞こえないように言う。
「お前は許せない……けど、お陰ですっきりしたよ」
 それだけは、ありがとう。彼女は心で呟いた。
「同じ穴の狢、か」
 墓場鳥は言う。愚神が強いた偏執も己が課した誓約も、己の価値基準で他者の在り方を決め付ける行為だと彼女は思う。
(――ならば私もまた死の導き手なのかも知れない)
「え?」
「なんでもない」
「また隠す」
「女色の気はないと言った迄だ」
 相棒は「ふーん」と笑みをこぼすと、腕に絡みついてきた。
「じゃあ安心して一緒にいられるね!」
「……そうか」
 幾分すっきりとした表情の彼女たちは、仲間たちの元へ戻る。そして西村刑事への報告を担当したいと申し出た。
「彼も無念だったことだろう。伝えることが何かの救いになれば良いな」
 緋十郎が言った。しつこく漂う重い沈黙を破ったのは、昴だった。ふと気になったことをこぼしてしまったのだ。
「そういえば愚神はベルフを僕のヒモだと思ったまま、逝ったんですね」
 少し空気が軽くなるのを感じた。
「……まあ、報告書を読むやつが誤解しなけりゃいい」
 ベルフはうんざりした顔を作って見せた。実際には養われっぱなしは具合が悪いため、バイトやギャンブルで稼いで家計の足しにしている。しかし気恥ずかしいのか秘密を明かすつもりはないようだ。彼の思いを知らない昴は、流れに乗ってくれた相棒に心中で感謝した。
「報告書……本部に届けるのよね? 元や今恋人の目に止まったらどう思われるかしら? 楽しみね~」
 リサはにこにこと拓海の顔を見る。
「……やめてくれ。考えたくもない」
 深刻な顔で頭を抱える拓海の姿に、周りの者は思わず笑った。悪趣味な悲劇の幕切れには十分すぎるはなむけだ。カーテンコールも拍手も、独りよがりな語り手には過分のものだろうから。
砂糖をまぶされた悲劇は、彼らを殺す劇薬にはなり得なかった。

結果

シナリオ成功度 大成功

MVP一覧

  • 緋色の猿王
    狒村 緋十郎aa3678
  • 明日に希望を
    ナイチンゲールaa4840

重体一覧

参加者


  • 九字原 昂aa0919
    人間|20才|男性|回避

  • ベルフaa0919hero001
    英雄|25才|男性|シャド
  • 苦悩と覚悟に寄り添い前へ
    荒木 拓海aa1049
    人間|28才|男性|防御
  • 未来を導き得る者
    メリッサ インガルズaa1049hero001
    英雄|18才|女性|ドレ
  • 緋色の猿王
    狒村 緋十郎aa3678
    獣人|37才|男性|防御
  • 血華の吸血姫 
    レミア・ヴォルクシュタインaa3678hero001
    英雄|13才|女性|ドレ
  • Trifolium
    バルタサール・デル・レイaa4199
    人間|48才|男性|攻撃
  • Aster
    紫苑aa4199hero001
    英雄|24才|男性|ジャ
  • 暗闇引き裂く閃光
    大門寺 杏奈aa4314
    機械|18才|女性|防御
  • 闇を裂く光輝
    レミ=ウィンズaa4314hero002
    英雄|16才|女性|ブレ
  • 明日に希望を
    ナイチンゲールaa4840
    機械|20才|女性|攻撃
  • 【能】となる者
    墓場鳥aa4840hero001
    英雄|20才|女性|ブレ
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