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相談卓
最終発言2016/03/25 10:25:50 -
依頼前の挨拶スレッド
最終発言2016/03/21 19:44:50 -
質問卓
最終発言2016/03/24 23:04:12
オープニング
●希望の船
香港での戦闘に伴い、横浜港より数隻の船が出港した。
軍艦、武器を積んだ輸送船、そして多数のリンカー乗組員からなるH.O.P.E.の船団である。
香港支部への援軍派遣を主眼としたそれは、言うまでもなく大規模作戦にて最大限機能するべきものだ。
然るに到着は前提にして必須、事前に危ぶまれる事などあってはならない。
幸いにして出港時は天候に恵まれ、予報上も時化などの気配はなく、順調な航海が期待された。
だが、忘れるなかれ。
全てを得んとする者は、全て失う覚悟をしなければならない事を――。
●司令室
「ハール(海霧)ですって? 聞いてないわ!」
テレサ・バートレット(az0030)は苛立たしげに天気図が表示された気象予報のモニターにかぶりついた。
H.O.P.E.の船団が小笠原諸島沖に差し掛かった途端、この海域に濃霧が立ち込めたのだ。
仕事を奪われたスタッフがおろおろと見守る中、何度確かめてみても現時刻に霧が発生する見込みは、ない。
「待ってテレサさん」
ミュシャ・ラインハルト(az0004)がそれを制する。
船窓を見遣り、あたかも異界へ紛れ込んだかの如く薄ら寒い光景に、眉をひそめ。
「……タイミングが良すぎると思わないか?」
「同感だ。恐らく――」
「小笠原諸島周辺のライヴス濃度急激に上昇中!」
「――ね?」
頷く圓 冥人(az0039)の示唆を、ほぼ同時にレーダー技士が補完した。
「前方より所属不明船舶数隻、及び二十――五十――夥しい数のライヴス反応が接近中! 従魔です! ミーレス級からデクリオ級相当! 更に高ライヴスの個体が二点。うち一方の波形は生駒山近郊、並びに明石海峡大橋のデータと酷似!」
即ち――ヴォジャッグ!
「最悪の船出ね」
「まだ生きてたのか……!」
「で、もう片方は? そっちもモヒカンなのか?」
「データありません、ただしケントゥリオ級と推定――」
●海の絶望
「――ククク、これで奴らは死んだも同然」
そのケントゥリオ級の愚神ことキャプテン・リーチは、船の甲板に立ち、邪に口元を歪めていた。
自らが展開した霧のドロップゾーン、その首尾に満足して。
今から襲い、奪い、踏みしだける事に満悦して。
やがて、彼は右手代わりの巨大なフックを掲げる。
「よォし野郎ども! 何から何まで奪ってこォい! 皮も、爪も、髪の毛の最後の一本まで余さずむしり取ってきやがれぇぇ!」
リーチの威勢の良い号令に伴い、ボロボロに傷んだ胡乱な船が、大砲を積んだボートが、無数の大きな魚影が、首なしライダーの集団が、そして――
「へっへっへへへ見てやがれあのエージェントのクソ虫のクソ以下のクソにも劣る最悪のクソから生まれたクソオブクソどもぉお――クジラの餌はやめだ、どいつもこいつも片っ端からぶっ潰してぎっちぎちに丸めてクジラに玉芸仕込んで見せびらかしてやるずぇぁああ――!!!」
そして、ヴォジャッグが。
耳障りな声で罵詈雑言を並べ立てながら、暴虐的なカスタムを施した水上バイクを悪辣に唸らせ――進撃を開始した。
「ヒィイイイヤッハアアアアアーーーー!!!」
●そよ風に告ぐ
ヴォジャッグに率いられ――るまでもなく、水上バイクの首なしライダ-が、大砲を積んだ小船を漕ぐ髑髏が、鮫と思しき魚影が、群れを成して、あるいはばらばらに、いずれ指差し確認では全く追いつかぬほどの大挙を以ってH.O.P.E.の船団へと迫る、迫る、迫る。
「総員第一種戦闘配備!」
出航間もなくの危急にある者は慌てて、ある者は努めて平静を保ち、出撃に備える最中―ー
≪みんな聞いて≫
おもむろに、艦内放送で若い女性からの呼びかけがあった。
≪あたし達の任務は援軍を無事香港に送り届ける事。それは船や武装、物資だけじゃない、むしろ艦長をはじめ航海士、機関士、通信士、部員、整備士、調理師、船医、エージェント――乗組員ひとりひとりこそが、大切な援軍なの。だから――“特務エージェント”テレサ・バートレットの名において命令……いいえ。厳命するわ≫
言葉が区切られる頃、俄かに忙しない空気が止み、誰もが耳を傾けている。
≪生き残りなさい≫
やがて言い放たれたのは、厳命と前置いたにしては青臭い、だが戦場において誰もが理想とする切なる願い――希望だった。
≪敵の狙いはH.O.P.E.の戦力を削ぐ事。つまり、誰か一人でも欠けたならその時点で負けたも同じ。裏を返せば――生きてさえいればあたし達の勝利よ!≫
●ラストスタンド
「……そうよ。生きてさえいれば、どんな事だって取り返せるの、やり直せるの。いいわねみんな! 命令違反したら許さないんだから! 以上っ!」
テレサは放送系をジャックした通信機を一方的に切ると、ふーっと息を吐き、それから同じチームの皆に、また同じ任にあたる他のチームに、どこか申し訳なさそうな笑顔を向けた。
この場に会す者達の任務は、冥人達がヴォジャッグとの戦いに集中できるよう取り巻きの従魔を引き付け、手当たり次第倒す事。
平均八組からなる三つのチームに対し、敵従魔の数、およそ三百。
共鳴状態のリンカー二名につき、都合二十五体片付ければ良い。
一人が十三体の相手をすればおつりが来る計算だ。
たったそれだけの、ただ単に敵の数が多いだけの、シンプルな内容。
異界探索における修練と思えば、どうという事は。
だが、討ち漏らしたならヴォジャッグへの増援を許すばかりでなく、船団の被害も避けられまい。
そして――
「綺麗よね、小笠原諸島って。確か自然遺産だったかしら」
不意に、テレサが口を開いた。
「人も、住んでるんだっけ」
つまり、無辜の民がどうなっているのか心配なわけで。
「じゃあ、やっぱり勝たなくっちゃね」
一歩たりとも退いてやる必要はない。
土地も、海も、命も、愚神や従魔の蹂躙を許す物など何ひとつ存在しない。
海風が、霧を吹き付けて皆の髪を、肌を湿らせる。
見下ろせば、真新しいALブーツもすっかり結露していた。
霧の向こうからはエンジン音、下品な雄叫び、怒号、それに、やはり水音。
波紋が、広がる。
波が押し寄せる。
そうだ、前を、敵を見なくては。
「さ――征きましょ」
エージェント達は霧の海を駆ける。
人を助ける――やはりシンプルな、いつも通りの仕事をする為に。
最後まで立ち続ける、ヒーローである為に。
解説
【はじめに】
こちらは紅玉MSの『【東嵐】Qui Iniuria』と相互に影響し合いますが、独立したシナリオとしてプレイングを取り扱います。
他のシナリオ参加者との連携は無効となりますのでご注意ください。
【目的】
従魔300体の迎撃。
参加者が相手取るのは100体。他は無名NPC2チームが担当。
従魔殲滅、またはヴォジャッグ撃退ないし撃破に伴う従魔撤退までの戦線維持を想定。
戦死者発生、または船団の被害が一定以上で失敗。
【状況】
小笠原諸島沖、日中。
最初の交戦地点は大小の岩礁が点在する浅瀬。
前方は島々、後方にH.O.P.E.船団。
霧のドロップゾーンにより視界悪く遠距離攻撃にマイナス修正。
積極攻勢を怠ると従魔の一部はヴォジャッグの援軍に。
討ち漏らせば船団に被害発生。
【敵従魔戦力】
・朧族(水上バイクver):
改造バイク+首なし骸骨(合わせて一体)、デクリオ級相当。
メイスタイプ×15、ボウガンタイプ×5、アーマータイプ×5。
単独行動の者、徒党を組む者など様々。
スキル『ロードキラー』
→暴走移動。通過点の対象に攻撃判定発生、命中時1d4スクエア後退。
・飛ばし屋ども:
大砲を積んだ船+骸骨×5、ミーレス級。25体=5隻。
後衛、移動速度低。
射程に入り次第エージェント及び船団を砲撃。
大砲は射程50、効果範囲8、【衝撃】【気絶】付与。
接近時は曲刀で応戦。
・グラスプ:
腐乱した鮫型従魔、ミーレス級。50匹。体長3mほど。
海中より襲撃、負傷者の血臭を正確に察知。
攻撃手段は噛み付きのみ。射程1、【減退】付与。
【テレサ(&マイリン)】
後方より援護射撃。
状況次第で前進(目安として戦況悪化時ほど出番多し)
装備以外はマイページと異なるデータ使用。
【その他】
・海上戦につきALブーツ及びヘッドセット通信機貸与
・参加者の戦況が無名NPCの士気に影響
・重体・死亡の可能性あり
リプレイ
●
深く淀む霧を往くは、二本(ふたもと)の鷹。
見目にも重く鬱陶しい水気の微粒子は、翼を、嘴を、双眸を湿らせ、曇った硝子越しに世界を見ているような気にさせた。
だが無理に高度を取らなければ、全貌とまではいかずとも凡その規模と傾向を知る事はできる。
音も重要だ。
ともすれば穏やかな水音こそ相応しいこの光景は、けれど幾重もの嫌に耳障りな駆動音と、飛び抜けて品位に欠ける冒涜的な、あるいは無闇やたらと滑舌良く一言一句宣誓するかの如き声、そして霧全体に染み入るような妖い歌に彩られ、希望の船団に絶望を齎さんとひしめいている。
「確かにいつぞやのモヒカンだ。それと…………なに? 海賊?」
鷹の一本を司りその目を通じて、ツラナミ(aa1426)は目まぐるしく移り変わる各所の状況を垣間見た。
もっとも、彼の二人と例の歌声には他のチームが向かっている筈だ。
こちらが注視すべきは――
(従魔も。数、多い)
ツラナミに宿り同じく鷹の目を共有する38(aa1426hero001)の思念が、端的にそれを顕す。
三百とも言われる、実際に数えるのもばからしい荒々しくも無愛想な軍勢――その三分の一を、たったの九人で引き受けなくてはならないのだ。
だが、ツラナミと肩を並べるもう一本の鷹の主――迫間 央(aa1445)は取り乱す様子もなく、いっそ微笑さえ浮かべて、眼下のならず者どもを、霧の向こうを見据える。
「九人で百体。一人あたりノルマ十一体以上か。……面白い」
(ただ殺すだけ。考えなくていいものね)
不敵な態度を内より支えるマイヤ サーア(aa1445hero001)も、気軽に散策に出かける風だ。
「ハァ……面倒くさ……――」
ツラナミが海より霧より深い溜め息を吐き出しかけた折、突如二人の傍で水柱が立った。
(……大砲、積んでる?)
「厄介だな」
(威嚇射撃かしら)
「だとしたら、らしくない従魔も居たものだ」
「……潰すぞサヤ、鷹はお前に任せる」
(ん……了解)
「半分は俺達が引き受けよう」
(ええ)
「頼む」
斥候の二組は胡乱なライヴスを身に纏い、気配を殺して二手へ別れた。
異界の霧より押し寄せる従魔の波間を縫うように、自らを刺客へと転じて。
●
≪じきそっちに敵が行く。鮫の群れと、≫
≪バイクの一団が四体≫
先行した二人の声に、徐々に差し迫る駆動音に、皆は――殊に三ッ也 槻右(aa1163)などは、先んじて敵中へ飛び込む央達の武運祈願を失念するほど緊張し、身を固くした。
「……厳しい戦いになりそうね」
やや後ろでは。
独白か、あるいは内なる者――アムブロシア(aa0801hero001)へ向けたものか。
いずれ押し黙る槻右を認め、水瀬 雨月(aa0801)は零す。
もっとも、声音にてらいはない。ただ全うするのみとばかり。
「どって事ねーよ。百匹だろうが万匹だろうが関係ねぇ。あいつら全員ブッ飛ばしてヒーローになってやるぜ!」
隣で、レヴィン(aa0049)が不敵に笑う。
「…………」
頼もしい限りだが、なぜ動じずにいられるのか、槻右には不可解だった。
自分はこんなにも不安にかられ、身も心も張り詰めているというのに。
そも、なぜ勇敢な彼らとここに肩を並べているのかさえ、今は霧の向こうにあ-るように思えてならない。
だが、じっくり答えを探すゆとりはない。
「――敵先頭集団確認、各々配置に」
その事実を、クレア・マクミラン(aa1631)が端的に、厳かに告げた。
「へへっ」
霧中の影を認め、視界の端で世界蝕の寵児が剣を諸手に構える。
「いつもと同じ。やれる事をやるだけよ」
後ろに立つ少女は、恐らく夜の女神の化身の如く黒い杖にその意気をライヴスと為して通わせているのだろう。
「その通り、我々の仕事は常にシンプルです」
そして衛生兵は歩槍を――他、後方に在る者達もまた、思い思いの得物を携え、待機しているに違いない。
(僕は……?)
仲間が傍にいてさえ、あろうか自らに無二の英雄を宿してさえ、槻右はどこまでも独りだった。
――生き残りなさい。
「……!」
それは、最後尾に立つ女が再度呟いたのか。
さもなくばかつて耳膜に認めし己が記憶の反芻か。
ふと浮かんだ言葉の正体が判然とせず、槻右は振り向く。
ほんの十メートル後方はやはり既に白く、影しか窺えぬ筈の彼女はその時、しかし――祈り子のように静謐な面持ちをしていた。
(そうか)
それが、全て。
「……野乃。僕が今ここに居る理由、わかった」
ふと、槻右は面を上げる。
四肢の力が程よく抜けて、代わりにその心身を支えるのは内へ芽生えた闘志。
(相変わらず遅いっ! 鈍いっ! おぬしがここに居るは必然ぞっ)
酉島 野乃(aa1163hero001)もまた、彼自身と共に彼を支えながらも呆れ、そしてより奮い立たせんと喝を入れる。
「ああ、絶対に生きる――生かすっ。……二度と誰もが、誰も失う事のないように」
(然らば脅かす者は狩り獲れ。その為の力ぞ)
≪三ツ也、派手に決めてやれ≫
「心得た!」
内より野乃が、彼方より央が激励を受け、槻右もまた、武器を取った。
●
暴走する水上バイクとのすれ違い様、レヴィンが霧ごとそれを断つ。
頭蓋の欠けた人骨と、使途のわからぬパーツがばらばらに散る。
水面に上がる飛沫を槻右が突き破り、後続の朧族を虎爪の餌食と為す。
だが、海には魚影が多数浮かび、どうやら鮫らしきそれらは前方を包囲するように集う。
「まずい……!」
(蛍丸さま、何を!?)
「僕が皆を守るんだ」
気質を知ればこそか、詩乃(aa2951hero001)の不安そうな思念に黒金 蛍丸(aa2951)は本質のみ告げ、戦列から外れ水上を駆ける。
その手には真っ白な布が握り締められていた。
槻右達は船団を守る為に身を尽くすだろう、ならば自分は彼らの為に。
ある程度離れたところで、蛍丸は槍の穂先に腕を押し当て、なぞるように刃へ滑らせた。
(――っ!)
「つっ……!」
当然ながら裂けた皮膚より血が溢れ、白かった布をたちまちの内に染め上げる。
魚影が見目通りの性ならば、血によって誘き寄せられる筈。
大丈夫、あとで自ら治癒を施せば元通りだ。
この程度の苦痛どうという事は。
むしろ、足りない。
もっと大量に流さなくては、染み込ませなくては。
叶うなら全てを惹きつけるまで――
「――そこまで」
「!?」
だが、凛とした声と、自身もよく知る治癒の波動が流血を制し、蛍丸は思わず穂先から腕を離してしまった。
「間に合って良かった」
振り向けば、クレアと息を吐いている。
「……クレアさん」
「お互いに治療を担う者として、自傷行為は感心しません。そもそも、」
≪ライヴスで傷を塞いでも、失った血は戻らないのよ≫
「あっ……!」
衛生兵の言葉を通信機の向こうで戦闘音混じりにテレサの悲しげな声が補完し、やっと蛍丸もこの行為の危険性を認識した。
いかにリンカーといえど貧血のまま立ち回り、まして正常な判断を下す事などできまい。
ここは戦場だ。
≪誰かが犠牲になっては意味がない。……ただ悲しいだけだ≫
防人 正護(aa2336)もまた、忙しなく動き回っているのか幾許か声を弾ませる合間、深く息を吐くように、しみじみと言った。
「すいませんでした……」
≪反省はあと――≫
「――早くそれを捨てて」
気落ちしかけた蛍丸に、通信機と肉声の双方から雨月が涼しげに、だが有無を言わせぬ調子で呼び掛ける。
「あ、はい!」
慌てて言われた通りに血染めの布を放り投げると、すかさずクレアが女性にしては随分力強く少年の手を引いて後退し――いつしか集っていた鮫型従魔どもの多くは、舞い降りた餌の臭いに群がり始め。
そのことごとくに焔が炸裂した。
(さ、仕事をしに行きましょう。いかなる時も)
「最善の医療手段を――だろう?」
熱気に押されるようにして、自分の手を取り水面を走る頼もしい女性だけでなく、その内に宿る医師――リリアン・レッドフォード(aa1631hero001)の声が、蛍丸には、なぜだか聞こえたような気がした。
(蛍丸さま……戦い続けるのですね。皆の笑顔の為に……)
「はい。だから――僕に守る力をください。君(詩乃)を みんなを」
詩乃の哀しくも強い覚悟に、己の信念に、蛍丸は真っ直ぐ向き合おうと思った。
●
≪こちらテレサチーム、敵従魔二割撃破≫
群れから逸れ船へと向かってきた鮫を魔弾で射抜いた折、クレアの戦況報告が正護の耳に飛び込む。
主に他のチームや船団へ向けられたそれは、彼らの士気向上と維持に貢献する事だろう。
「…………」
半身に構えたまま、ぼうやりと浮かぶ船影を振り返る。
本来ならばアイリス・サキモリ(aa2336hero001)もあそこに置いて来たかったが、どうあってもリンカーとして戦うには共鳴し、彼女をその身に宿さねばならない。
戦いに巻き込みたくないのに、そうせねば何を守る事も叶わない。
(ジーチャン……)
仮面の下で自己矛盾に眉をひそめる。
≪第二波接近中だ≫
≪今度は朧族の数が多い、気をつけろ≫
――が、ツラナミと央の索敵情報が舞い込み、すぐに視線を前方に戻す。
「了解したわ」
「……撃ち漏らしがありそうだな」
即ち戦いの激化と同義。
「射程ぎりぎりまで下がりましょう」
「ああ」
少し離れた場所に立つテレサの指示に従い、正護はALブーツで水面を蹴る。
後方より指揮でもと考えていたが、そんな余裕はなさそうだ。
正護――ライダーサキモリはバックルに札を二枚差し込み、ウィザードセンスと拒絶の風を自らに施す。
「何してるの?」
「パワーアップだ。ヒーローには付き物だろ」
「日本ではそうなのね。ちなみに、なんて名前?」
「ツキミフォーム。洒落て言うなら――朧月ってな」
一方、前線。
槻右が岩礁から岩礁へ仕掛けた銀糸に弾かれ、朧族が次々と転倒、飛沫を散らす。
支点側の岩がワイヤーのテンションに負けて砕け――
「一気に行きましょうっ!」
「おぅ!」
その陰に潜んでいたレヴィンと、対に備えた槻右とが特攻した。
まさに怒涛乱舞とばかり崩れた髑髏の群れと追随する鮫どもを撃ち砕いては駆け抜け、また駆けては次々と撃砕する。
だが、間もなく残骸が波に浮き沈みする海上を幾本もの矢が走り、二人の闘士に注がれ、後を追うように盾を構えた水上バイクが突撃して来た。
「ちっ!」
む!」
レヴィンと槻右は得物を構えてあえて前進し、矢の一部と盾の殴打を一挙に受け止めて凌ぐ。が――
「くっ……!」
槻右は捌き切れず外腿を抉られ、徐々に圧され始めた。
更に流れ落ちた血液に魚影が迫り――巨大な柱の如き鮫が飛び上がるように顔を突き出した。
「危ない!」
そこへ癒しのライヴスが注がれ、次いで最寄の貪欲な鮫の顎門を音速が射抜く。
駆けつけた蛍丸とクレアだった。
「黒金さん……よくぞご無事で!」
「三ッ也さんこそ!」
切り結び団子になった前衛集団の両脇を多くの魚影、そして他の朧族が三体、五体と抜ける。
進路を阻むは――雨月。
「次から次へと……つくづく忙しない連中ね。そんなに焦らなくたって――」
大勢を前に怯むでもなく水面を舞い、身を翻して掲げた杖に、黒髪とドレス、霧までもがつられるように前方へ流れ。
「――私達は逃げないわ」
生ぬるい塩害などより遙かに攻撃性を秘めた潮風は、彼女を一斉に襲おうとしたメイスの、シールドの、水上バイクの、そして無数の骨や腐肉の存在を危うからしめ、ただそれだけで魚影群の一角は崩壊した。
「何しろ俺達が最後の砦だからな」
次いで後方より正護が爆炎を放ち、更に多くの鮫と五体の朧族を火だるまたらしめる。
「皆を護る。それが――防人の名を持つ者の使命!」
「そうよ」
なお怯まず突撃する者にはテレサがライヴスの矢――否、剛槍を三度放った。
「ジーニアスヒロイン(守護の女神)の名にかけて、ここは一歩も通さない!」
この戦場のどこかで同じように命を賭す、友の為にも。
●
≪こちら……――消耗を抑える為――≫
≪こちら――――後退しつつ――≫
時折耳に飛び込む他のチームのパっとしない戦況にも何を感じる事さえなく――
「――、」
小船につがいの黒影が舞い降りた。
いずれ赤色に光る片目を振り向く骸骨どもに向けた時には既に槍を振るい、痩せぎすな船員を残らず海へ叩き落とす。
そして飛沫も確かめぬ素っ気のなさでぞんざいに組まれた大砲を振り返り、導火線も着火具も見当たらぬと判じるや直ちに甲板を穂先で貫き、その予備動作で船を離れた。
「予想はしてたが、やっぱり無理だな。そっちは?」
≪使い方すら判らん≫
ツラナミがインカムに呟くと、すぐに央から予想通りの返答があった。
あわよくば戦力増強といきたかったが、仕方あるまい。
≪今、二隻目を沈めに掛かるところだ≫
「俺も捕捉次第次を――」
(ツラナミ、)
「ん?」
38が何事か言う前に、前方で轟音が、
≪――今のは≫
後方で炸裂音が、ほんの少し間隔を空けて霧で停滞気味の待機を震わせた。
≪レヴィンッ!!≫
次いで、いい加減聞き慣れた娘の悲痛な絶叫が耳に突き刺さる。
「…………」
だが、ツラナミは眉をひそめるどころか顔色一つ変えず、先に音が鳴った側へ走る。
それは戦力の増減、任務達成に関わる情報。
必要に応じ立ち回りを変えなくてはならないが――ただそれだけだ。
(……ツラ、誓約)
「はいはい」
無機質な内面に過敏な反応を示す38へ、適当な生返事を返し。
「――まだそうと決まったわけじゃない」
当人とて気遣ったつもりもないが、ツラナミは誤魔化すように知人の危急をぼかして、相棒を落ち着けた。
「ってぇなこの野郎ッ!!!」
ずたずたになった上着と銀髪を、また顔面の一部を血に染めながら、レヴィンは水面に踏ん張って無理やり立ち続けた。
ついでに自分と一緒に吹っ飛んだ骸骨ライダーをぶった斬る。
(レヴィン! 大丈夫ですか!?)
彼に全幅の信頼を寄せるマリナ・ユースティス(aa0049hero001)でさえ、内より窺えるその有り様に危機を感じたというのに。
≪下がりなさいレヴィン! 雨月さん援護を! クレアさん!≫
≪すぐに向かうわ≫
≪落ち着いてテレサ。レヴィンもそこを動かないで≫
「おいおいかすり傷だぜ? マクミランは他のやつ治してやれよ」
≪怪我を甘く見ないでください≫
≪痩せ我慢しないで! 砲弾当たったのよ!?≫
よろけるに身を任せ、手近な岩礁の陰に隠れてかしましい耳元と思念も気にせず板チョコを取り出し、口へ運ぶ。
≪聞いてるのレヴィン!?≫
(レヴィン、マクミランさんが来たら皆さんと合流を――)
――ったく。
「この程度で騒いでんじゃねぇッ!!!!!」
≪っ!≫
(……!)
テレサが、マリナが――誰もが、静まった。
「……悪かったな怒鳴って。けどよ、今いいとこなんだ。邪魔すんなよ」
≪いいとこ、ってこんな時に何を……≫
「前に言った筈だぜ、バートレット。“正義ってのは最後に必ず勝つ”」
≪……!≫
(この期に及んでなお、切り抜けられると……確信しているのですか)
「このケンカ、生きてりゃ勝ちなんだろ? だったら――“俺を信じろ”。俺は死なねぇしお前らも死なせねぇ」
――これがレヴィンの強さ。
マリナは真理に辿り着く。
(きっと大丈夫。力だけじゃない、信じる心の強さがあれば、必ず……!)
もう不安はない。ただ、この愚かしいほど真っ直ぐな男に委ねれば良い。
いつもと同じように。
≪……。あてにしてるわよ≫
「任せな!」
「見事な啖呵でしたが、それはそれです」
「あ?」
チョコを完食するや意気良く立ったレヴィンを、包み込むような優しい癒しの光が差した。
「士気は重要だ、皆さぞや勇気付けられた事でしょう。しかし」
すぐ傍には少し呆れたような顔のクレアが「あれを見てください」と顎で示し。
「“お待ちかね”ですよ。満身創痍では“失礼”でしょう」
いつしか周囲には二波の続きか第三波か、ともかく新手が集い、既に槻右と雨月は交戦中で蛍丸が癒し手としてそれを支えていた。
「――なるほどな、恩に着るぜマクミラン」
「仕事ですから。それより今は」
「だな」
そして、こちらへも無意味にスローに、エンジンばかり唸らせて、朧族が、背びれの群れが、来る。
「よォ、待たせたな。掻っ捌かれる覚悟はできたか? こっから先、俺は一秒たりとも止まらねーぞ」
ライヴスが体内を急速に駆け巡る。
一角兎の思念を帯びて「早く戦え」と、急かすように。
今はそれさえ心地好く。
(行きますよ、レヴィン! 貴方が貫く正義の真価を――)
皆さんに、私に。
(――見せてください!)
「ああ、マリナ……」
世界蝕の申し子はどこまでも強気に笑って、剣を正面に構えた。
「……――俺が証明してやる!」
号令の如く、再度どこかで大砲が鳴った。
●
央が二隻目の船を沈めた直後、霧の向こうで火が吹いたのと同時にどこか近くで水柱が上り、合わせてノイズが耳膜を引っ掻いた。
「――!」
(今のでもう一隻沈んだわ)
「しかし」
(ええ、急ぎましょう)
マイヤの声に頷きながら、央は“セイレーン”の性能に任せ海を割るように一気に駆ける。
方位的にツラナミの身に何かあったとしか思えない。
「生きてるか?」
≪――も~~……ない≫
雑音混じりにすぐ応えがある。少なくとも命はあると言う事だ。
(……見えた、最後の一隻も沈みかけてる。けれど……)
「!」
鷹の目を通じたマイヤの思念に触れ、央はいよいよ全力で走った。
粗方船団の方へ行ってしまったのか阻むものと言えば最早霧くらいで、央は難なくそこ――どうやら砲弾に巻き込まれて負傷したツラナミが二体の朧族相手に切り結ぶ現場――へ、辿り着いた。
「あー…………ったくめんどくさい」
無表情に口先だけの不満を零し、だが脚を負傷し、並の神経ならばそんなゆとりさえ見繕えぬ状況下で、メイスを受け止めてじりじりと競り合う。
「いつも思うけどさぁ……、H.O.P.E.って大概ブラックだよな」
(……もう、辞める?)
38の思念が少しだけ弾むも、意に介さず赤い目を対峙する敵の後ろに向け。
「辞めたくても無理だから――」
刹那、朧族の前と――後方から、二羽の巨大な揚羽が――水面を震わせ、霧を払い、舞い上がって、舞い降りて――刃が交錯した。
「――ブラック企業なんじゃね」
(そう……)
ばらばらに散らばる骨と残骸にも互いにも目もくれず、ツラナミと央は踵を返した。
厄介者は片付けた。後は残りを蹴散らすのみ。
「……。この仕事」
「んー?」
おもむろに央が、エネルギーバーを隣へ差し出す。
「俺は結構気に入っているがな」
もっとも、仕事と言いながらその実趣味の範疇なのだが。
「…………へぇ。そう」
ツラナミは礼も言わずに受け取ると、それを口に運んだ。
シャドウルーカーの魂を宿す二人が向かう前線では――
皆傷つき、疲弊していた。
「星の数は?」
「流石に覚えていません」
「すいません、僕もです……」
噛み付かれながら鮫の横腹を貫いて槻右が問えば、その傷を癒すクレアが即答し、更に蛍丸がなぜだか申し訳なさそうにライヴスで血止めした。
「別にいいだろ」
レヴィンもまた鮫を叩き潰し、槻右と背中合わせに構え直す。
「どうせ一匹残らずブッ飛ばすんだからよ」
「……まったくきみという人は」
「いくらなんでも日が暮れるぞ」
槻右に続き正護が呆れ声で朧族三体を消し炭に変えれば、彼へ迫る鮫をテレサが射抜く。
「門限破りはディナー抜きだからね」
「……え」
「は?」
「マジかよ!?」
「し、死んでしまいます」
「フッ」
「ならば」
従魔はなおも押し寄せ、軽口を叩く間も手を休める暇はない。
それでも――
「ええ――」
誰一人、負ける気など持ち合わせていなかった。
「――生き延びるわよ」
雨月の元からライヴスの残滓にも似た、しかしそれにしてはうそ寒くこの霧にこそ似つかわしい蝶の群れが流れるようにして、亡者の一団を取り巻く。
五匹ほどの鮫がぷかりと浮かび、突撃しようと漲っていたエンジンはことごとく行儀を整えられる羽目となり、更に――
「生き延びるんじゃない――生き抜くんだ、俺達は!」
群れの背後から、黒ずくめの影が二人、朧族を襲撃した。
いかに心を持たぬ従魔と言えど――否、それゆえに、元より統制のない集団は虚を突かれれば容易く瓦解し、取るに足らぬ個の集合と化す。
「迫間さん!」
「待たせたな」
手近な鮫を屠りがてら駆け寄る槻右に頷き、央はレヴィンに視線を送った。
「上から見たが、少なく見積もっても七割近く片付いてるぞ。……“狼煙”を上げろ」
「っっっしゃぁ!」
レヴィンは通信機を両隣のチームや船団総員に届くよう繋ぎ、大きく息を吸い込んだ。
≪――聞いたかお前ら! 俺達が反撃に打って出る番だぜ! 最後まで立ち続けて見せろ! H.O.P.E.(俺達)の底意地を思い知らせてやれ!!≫
雷鳴の如き号令に一拍の間を置いて。
通信機から高らかな応の合図が一斉に聞こえてきた。
そしてテレサチームが突撃にALブーツを踏み出した途端――どこかで随分派手で品性に欠ける爆発音が木霊し――同時に――。
「霧が……晴れていく……」
あれほど悪かった視界が徐々に鮮明となり、水面のきらめきが、遠くで燃え上がる黒煙が、目の前で興が冷めたとばかり踵を返す従魔の軍勢が、一同にはっきりと認められるまでになった。
他のチームからも次々と敵勢の撤退が報告され、ヴォジャッグやキャプテン・リーチ、そして後に真珠姫と呼ばれる従魔の撃退、あるいは撃破が、レーダー技士によって確認された。
「……勝った、のか? 僕らは」
「ンだよ、こっからじゃねーのか」
槻右やレヴィンをはじめ呆気に取られかけた一同の耳に、無数の、全船員とエージェントの歓声がわっと一気に飛び込み、更に驚く羽目になった。
「夕飯がおあずけにならなくて済んだんだもの、喜ぶべきね」
「同感だ。帰還後に“命令違反”するようじゃ締まりがないからな」
雨月と正護の本気ともつかぬ冗談に、皆口元を緩める。
「……ま、いいけどよ」
レヴィンも満更でもなさそうに笑って、真っ先に歩き出した。
「お疲れ、バートレット」
「お疲れ様」
「あ……お、お疲れ様です」
「お疲れ様でしたっ」
「あーー……まーなんだ、おつ」
「なかなか面白かったぞ」
「お疲れさん」
ひとり、またひとりとそれに続き、立ち尽くすテレサとのすれ違い際に肩を叩いて、その場を後にする。
「…………」
そしてクレアが、すっかりハールが消え失せて穏やかな水面の映る、やはり穏やかな瞳を――肩を小刻みに震わせ両手で顔を覆い隠す、ただの娘に向けた。
その理由を熟知するがゆえ、あえて慰める事はせず。
「テレサ、我々も、」
しかし他の皆と同様肩に手を置くと、彼女はテレサにしがみ付いた。
「良かっ、た。誰、も、死ななく、て……」
「……ええ。本当に」
「あ、……ありがとう。みんな、どんなに強くったって、あなたが居なかったら今頃――」
「――テレサ。礼を言うのは私の方です」
「……?」
「チョコレートファッジのね」
「――! ……ふ、ふふふ」
「可笑しいですか? こっちはお茶のギフトセットまで用意したのに」
冗談めかして肩をすくめ、今度は笑いで肩を揺らす事となったテレサの高ぶった神経が落ち着くのを待って。
「さ、戻りましょう。ディナー抜きにされる前に」
「ふふ、そうね」
やがてクレアはそっと離れると、率先して戦艦へ向かった。
「ありがとう、ミズ――ハイランダー。そしてドクターノーブル。あなた達に、その姿勢に心から敬意を」
まだ少しぐずりながらも明るい声で、テレサはスコットランド人の衛生兵とその中に宿る医師の事を、そう呼んだ。
「――……“光栄よ、ジーニアスヒロイン”」
「え?」
立ち止まったクレアが、いかにも似つかわしくない口調でそう振り向き、テレサはきょとんとする。
「私も同じ気持ちです」
半ば一方的に切り上げて、衛生兵は再び歩き始めた。
帰艦後、クレアとリリアンはベテランと経験の浅い医療スタッフを組ませて率い、負傷者の対応に尽力した。
『ベテランが後進に技術を授け、いつか後進がベテランとなり、また次の後進に授ける。次を見据えて育てないとね』
「優しいんだな。私は教官に怒鳴られ、現場でぶん殴られながら育ったよ」
二つ名に恥じぬ働きぶりをみせた二人が食卓でそんなやり取りを交わす頃、空は夜の帳を経て既に白み始めていたという。
また、この日、従魔の軍勢を撃ち砕き退けた者達の事を、誰かが“レギオンバスター”と呼び、それはたちまち船団中に広まった。
かくして希望の船団は、一部の小型船舶を失った事を除けばほぼ損害を出さずに船旅を続行する事となり、それは香港に辿り着くまで続いた。