本部

地下水路に潜む白いワニを殲滅せよ!

中臣 悠月

形態
ショート
難易度
普通
オプション
参加費
1,000
参加制限
-
参加人数
能力者
8人 / 4~10人
英雄
7人 / 0~10人
報酬
普通
相談期間
5日
完成日
2015/11/26 17:39

掲示板

オープニング

●地下水路に棲むモノ
 花の都パリ。
 そうは言っても、観光客が目にするのは、その都の華やかなごく一部分でしかない。

 とある昼下がり。
「キャアーーーーーーーーーーーーー!!!!」
 パリのとある下町の路地裏に、切り裂くような悲鳴が響き渡った。
 悲鳴を聞いて、表通りから路地裏に駆けつけた人々は、信じられない情景を目にすることになる。
 白いワニのような生物が、マンホールから頭だけ出して、女性の下半身を呑み込んでいる。
 その大きく開いた口元から無数の鋭い牙が覗く。
 人々は恐怖に震え、なすすべなく、そのワニのようなモノと女性を見守ることしかできなかった。
 ワニのようなモノは、女性を咥えたままジリジリと後ずさるようにして、マンホールの中へと消えた。
 石畳に残されたのは、悲鳴を上げた女性の血痕のみである。

 市民の通報により警察官が駆けつけたときには、現場周辺にはワニのような生物の残した証拠も痕跡も何もなかった。
 そして、同じような目撃証言や通報が、町内のいたる所から寄せられたため、パリ市警はこの事件の捜査をH.O.P.E.へと委ねることにした。

●地下水路の従魔を殲滅せよ!
「今回の依頼は、地下下水道を捜索しワニ型従魔を殲滅することです。また、被害者が生存していれば保護、奪還をお願いします。今のところ、捜索依頼の出ている被害者は5人です。パリ市内には、全長300kmに及ぶ地下道や下水道が張り巡らされていますので、すべてを捜索するのは困難です。最初の目撃証言のあるマンホールから地下に降りていただき、今回はこの周辺3km程度を捜索し、地下に潜んでいると思われるワニ型の従魔を殲滅してください」
 H.O.P.E.職員の説明に、エージェントたちはざわめく。
「昔、都市伝説で聞いたことがあるよな」
「ペットで飼っていたワニを持てあまして下水に流したら、そのまま大きくなって下水道で暮らしているっていうアレだな」
 H.O.P.E.職員は答える。
「パリ市警の捜査によれば、町内でワニあるいはそれに類する動物を逃がしたという住民はいないとのことです。下水道内にもともといた何かを依り代にした従魔であると考えるべきでしょう」
 エージェントの一人であるヴィクター・ライト(az0022)は頷く。
「……了解だ……。都市伝説……? ……関係ない。……ただ、殲滅するのみ。……まず、従魔の巣を探す……」
 ヴィクターの英雄である青柳沙羅(az0022hero001)は、先ほどからシャッフルしていたカードの束から一枚抜く。
「大アルカナの『魔術師』だ。確かにヴィクターちゃんはこの魔術師のように知識も豊富で、任務に忠実、実行力もある。しかし、自信過剰にならないことだ」
と、諭すように沙羅は言う。
 そして、他のエージェントやH.O.P.E.職員を見回し、妖艶な笑みを浮かべ
「これは何かの始まりなのか……、いや、まずはどんなに小さなドロップゾーンすら作らせないことが肝要だ。従魔の巣が見つかればたやすいのだが……」
と小さく呟いた。

 確かに、今は一刻も早く捜索に向かい、被害者を奪還する必要がある。そして、従魔たちを殲滅し、これ以上、町の人々のライヴスを奪われないようにすることが先決だ。
 エージェントたちは頷き、それぞれ地下を探索するための準備を始めた。

解説

●目標
 地下下水道を捜索し、従魔を殲滅。被害者が生存していれば奪還する。

●登場
デクリオ級従魔 白いワニ
 下水道に棲む何らかのモノを依り代とした従魔。
 見た目はワニそっくりだが、アルビノのように白い。全長3m、全身は硬いウロコで覆われている。鋭い牙での噛みつき攻撃、尾を左右に激しく振り殴るような物理攻撃を仕掛けてくる。

ミーレス級従魔 小さな白ワニ×15
 全長3mのワニだけではなく、1.5mほどの小型のワニも多数目撃されている。同じく、全身が硬いウロコで覆われ、鋭い牙も持っているようだ。大きなワニよりも素早いという報告もある。

※被害者がすぐマンホールに引き込まれてしまうため、物理攻撃の他にBSを与えてくるかどうか不明。

被害者×5
 地下に引き込まれてからまだ24時間以内、ライヴスを吸い尽くされていなければ生存している可能性がある。生存していたら奪還を。

●時間
 午後~夕方。

●場所
 パリのとある下町。パリの地下には全長300km以上のトンネルや地下水路があるが、今回は最初の被害者が引き込まれたマンホールから地下下水道に侵入し、被害報告の出ている町の直下、周囲3km四方内を捜索する。
 町の地下には、下水道の他、上水道、メトロの線路、地下墓地などその他の通路もあるため迷わないように。下水道はまっすぐではなく曲がり角も多数、町内をカバーするように張り巡らされている。
 下水道は今も生活に使用されているが照明はところどころにしかなく暗い。また、湿気や泥への対策も必要であろう。幅は広いところで2mほど、狭いところでは1m弱。高さは高いところで2mほど、低いところで1m弱。

●NPCについて
 NPCヴィクター・ライト と彼の英雄である青柳沙羅は、PCと共に戦闘に参加します。
 彼らに任せたい行動は、プレイングの中で指示してください。

リプレイ

●エージェント集合
「今回の依頼は、下水道を捜索し白いワニ型従魔を殲滅することです。そして、被害者の保護をお願いします」
 パリ市警から捜査を委任されたH.O.P.E.では、職員が依頼の概要を説明していた。
「パリ市内には全長300kmに及ぶ地下道や下水道が張り巡らされ……」
 H.O.P.E.職員の説明に、エージェントたちは絶句する。美しい相貌の右目を眼帯で隠したカトレヤ シェーン(aa0218)は、
「その広さで、地図も装備もなく潜るのは無謀過ぎるぞ」
と、言う。紫色の瞳が特徴的な榛名 縁(aa1575)も、
「できれば下水道内の見取り図が欲しいね。あと、チョークで印をつけて迷わないようにしたいかな」
と、同意し、それなら、マッピング用に方眼用紙と油性ペンも必要だとカトレヤは言った。
 赤い髪に赤い瞳、一見チャラい若者にしか見えない弥刀 一二三(aa1048)は、無線通信用に防水耐衝撃性のインカムを借りたいと提案する。
「あと、防水いうたら、服に靴、グローブも。できれば、赤、黒、金のもんを……!」
 そんな一二三を横目で見つつ、カトレヤが
「下水道の図面なら、パリ上下水道局から貸してもらえないだろうか。メンテナンス作業員の装備一式を人数分手配してもらえれば下水道探索の道具は一気に揃うと思うぞ。同時に現地の担当作業員から詳しい話が聞きたいんだが」
と提案した。
「暗視スコープや血痕捜査用ライト、強い光の出るライトなどを借りられるか、パリ市警にお願いして欲しいです。あと、ロープもお借りできれば」
と言うのは、被害者奪還に燃える荒木 拓海(aa1049)。その友人である御神 恭也(aa0127)は、
「ライトか。アルビノだと光を嫌うからか?」
と、問う。拓海は、「その通り」とばかりに首肯した。
「ほんなら、ALS用LEDライトがゴーグルになってるもんがあると便利なんやないか思いますわ」
と、一二三。ALS用LEDライトとは、波長を変えることによって指紋、毛髪、繊維、血液、体液などを視認できるようになる科学捜査用の道具だ。
 日本人には珍しい赤い髪に緑の瞳の蝶埜 月世(aa1384)は、
「救急医療キットを被害者の人数分、借りられるでしょうか? 被害者は、ライヴスを奪われるだけでなく、感染症や低体温症に陥っている可能性もあります」
と人命救助に必要な道具を提示した。

 誘拐事件は早期解決が人命救助に繋がるということを、これまでの捜査で身をもって理解しているパリ市警の協力は迅速だった。科学捜査に使用しているALS用LEDライトのゴーグルタイプ、暗視スコープがエージェントの人数分届けられた。
 防水耐衝撃性のインカムのついた無線機は、H.O.P.E.が用意する。
 続いて、パリ上下水道局の局員が2人、下水道図面と作業着、強力なLEDライトが搭載された防水仕様の懐中電灯やライト付きヘルメットなどを持って到着する。
 恭也は、局員に
「このマンホールの周囲3km範囲内で、20度前後の排水や風が入り込む場所は?」
と質問しながら、該当箇所にチェックを付けていく。それは、恭也が推定したワニ型従魔が通行できないであろう場所だ。
「その推論は当てになるの? アルビノは光を嫌うから照明のある場所は通らない。ワニ型だと依代は爬虫類と推測でき、ならば一定の温度が無いと動けないだっけ?」
 作業を続ける恭也の横から、恭也の英雄、伊邪那美(aa0127hero001)が口を挟む。
「闇雲に地下を探索するよりはマシになるだろう」
 そう答えた恭也は作業を続けた。そこに、腰まで届くストレートの黒髪を靡かせながら、紅鬼 姫乃(aa1678)が近付く。
「目撃場所がもしも円状なら、その中心に巣があるのではないかしら?」
 恭也の地図を覗き込みながら、姫乃が下水道局員に尋ねるように視線を移すと
「我々は、目撃情報までは把握しておりません」
と首を横に振る。
「では、これはH.O.P.E.職員に確認した方がよさそうですわね」
 そう言って、姫乃はH.O.P.E.職員へと向かった。

 穂村 御園(aa1362)は、先ほどから下水道内で使用する矢に蛍光塗料を塗っている。単調な作業に飽きたのか、
「せっかくタダでパリに来られたのに下水掃除かあ……」
と、溜息をついた。
 御園の英雄でサイボーグのST-00342(aa1362hero001)は、
「御園、パリの地下迷宮は観光の目玉の一つらしいぞ」
と、慰めの言葉をかける。実際、パリには下水道博物館なる観光名所まであるほどだ。
「エスティいい? 観光名所って言うのは美味しいものが食べられるか、買い物が楽しめるか、運命の王子様が待ってるか、どれかが無いとパチモンなのよ」
 アクセサリーやバッグチャームなどあらゆるところに付けられた愛らしいもふもふグッズから大抵の人間が想像するであろう性格に反し、御園の返答は非常にシビアであった。

 カトレヤは、上下水道局の作業員に質問する。
「このヘルメットのライトなんだが……」
 しかし、その横からカトレヤの英雄である王 紅花(aa0218hero001)が口を挟む。
「これは何じゃ? このピカリと光るところが傾いているのか?」
「おまえはまた面倒な! 俺たちは、下水道については全くの素人だ。だから今、その道の玄人の方に話を伺っているんだぞ!」
と、カトレヤは紅花にいったん注意をしては、また局員への質問を続ける。
「下水道内でヤモリやトカゲなど目撃したことはあるか?」
「ネズミはよく見ます。あとは、虫ですね。虫を食べる生物であれば、下水道内で生きていくのは可能かもしれません。あと、宝石や拳銃、財布などはよく発見されます。犯罪者が捨てたものでしょうか」
「なるほど、無機物でも従魔なら依り代にすることがあるからな。他に気をつけることはあるだろうか」
「臭いに慣れていらっしゃらない方はマスクをした方がよいかと……」

 縁とその英雄ウィンクルム(aa1575hero001)、そして拓海とその英雄であるメリッサ インガルズ(aa1049hero001)は、4人で顔を突き合わせるように地図を覗き込み作戦を立てている。
「やはり班を分けて行動した方が効率よさそうだよ。大ざっぱに戦闘班と救出班に分かれる、でもいいかな」
と、拓海。縁も首肯して、
「班ごとにチョークの色を変える、というのはどうかな?」
と提案する。2人の意見と各自の希望により、戦闘班としてカトレヤ、一二三、恭也、姫乃、救出班として御園、月世、縁、拓海、ヴィクター・ライト(az0022)と分かれることになった。
「必ず生きて助け出そう」
と熱弁する拓海に、メリッサも
「もちろんよ、従魔に“人=獲物”じゃなく、“人=ご主人様”って覚えさせなきゃね!」
と頼もしげに答えた。

●下水道という名の地下迷宮へ
  H.O.P.E.車輌で現地にたどり着いたエージェントたちは、パリ上下水道局から貸与された白い防護服に腰まである長靴、ゴム手袋、照明付きヘルメットを装着した姿で次々と街路へ降り立った。
 周囲には、石造りの古いアパルトマンの他、最近建てられたと思しきコンクリート造りのアパルトマンもあり、それらの壁はスプレーで描かれたグラフィティで埋め尽くされている。
「パリにもこんな所があるのね」
 ペインターたちの描いたアートを眺めながら、月世は呟く。
「古い都市には遺構が積み重なり多層をなすことがある。ここは、まさにそのような場所だな。興味深い」
 月世の英雄、アイザック メイフィールド(aa1384hero001)にとっては、この一見不思議な光景も興味の対象のようである。
 一二三の英雄キリル ブラックモア(aa1048hero001)も周囲への興味は相当なものだ。甘い香りの漂って来る店を見つけると、
「ああ、本場の菓子が……いや! いち早く敵殲滅と救助を!! そして早く本場の菓子を……!」
と、マンホールよりカフェに突入しそうな勢いである。
 縁も、彼らと同様に周囲の風景に惹かれるものはあった。
「観光できたら良かったんだけど、今は少しでも早く被害者の方たちを助けないとね」
と、英雄のウィンクルム(aa1575hero001)に話しかける。
「ユカリ、ドロップゾーン形成の阻止も」
と答えるウィンクルムに頷いてみせる。
「この美しい町と住民の方たちを守るために、行こう」

 上下水道局員2人がかりで持ち上げられたマンホールからは、ムワッとした臭気が立ち上ってくる。地下へと続くハシゴを注意深く下り、底まで到着した者から順に英雄とのリンクを開始した。
 汚水は、深いところでは脛辺りまである。
「これは、上下水道局員のアドバイスを聞いて正解だったな。支給品もありがたい」
と、マスクをつけたカトレヤは呟く。リンクを終えたカトレヤは、機械化していた部分がすべて紅花のパーツと入れ替わり、髪にもカトレヤの赤い髪が混じっていた。
「さて、討伐を目標に探索を始めるか……。俺が前衛を務める」
と、恭也は歩き始めた。
「じゃあ、俺は中衛だ」
と、カトレヤ。マビノギオンを準備し、すぐ戦闘態勢に切り替えられるようにしつつ、迷わぬよう方眼紙と地図にマッピングをしていく。
「じゃあ、フミリルは殿(しんがり)を頑張っちゃうよ!」
 恭也、カトレヤ、姫乃が一斉に振り返ると、そこにはピンクの髪をツインテールに結った美少女がいた。
 ざわめくエージェントたちの中、別件で一緒になったことのあるカトレヤが
「ああ、おまえか、弥刀 一二三!!」
と、声を上げる。フミリルこと一二三は、人差し指を唇の前で立て、
「大声を上げたら敵に逃げられちゃうかもしれない、気をつけよ」
と注意してから、ALS用LEDライトゴーグルを血液を発見しやすい365mmの波長に合わせる。
「今のところ周囲に血痕は見当たらないんだよね」
と一二三。外見はハチャメチャだが、仕事はきちんとこなすようだ。
「あと50mほど直進すると、摂氏20度前後に気温が保たれている場所がある……。まずは、そこまで行かないか?」
 恭也の提案に皆は頷きつつ、何があってもいいよう武器を構え直した。

 一方、救出を目的とする班は、戦闘班とは逆側のルートに進み、被害者の痕跡を必死に探していた。前衛を務めるのは、月世だ。
「白ってこんな場所では目立って良いんだけど……、でもあたしも白い作業着なのよね」
と呟く。
 やはりこちらでも、血痕はなかなか見つからない。
 そんな中、縁は地道にマッピング作業を続けていた。もちろん、下水道内壁へもチョークで印を付けていく。先ほどまでの外見とさほど変化はないのに、おっとりした中性的な顔立ちがキリリとした表情に変わっている。
「あれは?」
 リンクして、メリッサが大人びたような顔立ちの女性に変化した拓海が、前方で何か蠢くものを指さしている。
 エージェントたちは武器を構え直した。
 それらは「チチッ」といった声を上げながら、集団で拓海たちの方に走って来る。30匹ほどの集団のドブネズミだった。
 ST-00342と共鳴したことにより、半機械生命的な外見となった御園は、
「なんだ、ネズミか……」
と、構えていた弓を降ろす。
「いや、今のネズミの逃げ方は不自然じゃないかな? 何かに脅えたような感じだったよ」
 縁は前方を見据え、皆に静かにとジェスチャーで伝える。
 水音を立てないよう、皆、そろりそろりと進む。
 先ほどネズミたちがたむろしていた所まで進むと、小さな脇道が見つかった。壁に穿たれた穴からは温かい汚水が滝のように流れ落ち、他の場所より若干空気が生ぬるく感じられる。
 縁は、耳を澄ませた。
 ジャブ、ジャブ、ジャブ。
 先ほどのネズミたちが動いたときよりも、さらに大きな水音が次第に近付いて来る。
 と、そのとき。
 脇道から白いワニの頭が覗いた。ワニは欠伸をするかのように、大きく口を開ける。
 拓海は、強力なLEDライトのスイッチを入れ、ワニの目を狙って照らした。
 その瞬間、まるでモグラ叩きゲームのモグラのように、ワニの頭は瞬時に消えた。
 御園は、暗視ゴーグルを装着し、暗闇に消えたワニ型従魔に向け矢を放つ。
 矢が突き刺さった従魔は、苦しそうに暴れ、尾を左右にぶんぶんと振り回した。拓海も、グレートボウを構え、ワニ型従魔に狙いを定める。
 命中。ワニ型従魔は、さらに大きくのたうち回った後、動かなくなった。
「明るいのは苦手だったんですね」
と、拓海は呟く。
 縁は無線を使用して戦闘班と情報を共有した。
「小型のワニ型従魔1体を討伐。従魔は光に弱く、温かいところを好むようです」

 縁からの無線を受けた戦闘班も、爬虫類が好みそうな温かいポイントを目指し進んでいた。
「了解、こちらもまもなく戦闘になる可能性がある……」
と、小声で恭也が返す。
 縁からの情報を受け、戦闘班は全員、暗視ゴーグルを装着しヘルメットのライトを消灯した。
 カトレヤはライトアイを使用し、暗闇の中でも見通せるよう準備する。
 水音が立たないよう皆すり足で、進んだ。
 目的地点まであと5mといったところで、不自然な泥の盛り上がりがあるのに恭也は気付く。
 恭也は、大剣のコンユンクシオをその盛り上がりに突き刺した。
「キェェェ」
 泥から大きな口を開けた手負いのワニ型従魔が飛びかかって来る。
「魔法少女フミリルの正義の鉄拳、くらいなさ~い☆」
 従魔の開いた口を縫い止めるように、一二三が槍のフラメアで串刺しにした。
 しかし、その音に反応したのか、さらに奥に身を潜めていた従魔たちが一斉に逃げ出す。
「逃げたぞ! ……5匹はいる! その先の脇道に入った!」
 暗闇の中、カトレヤが視認した敵の様子を伝える。
 姫乃が、ジェミニストライクで作り出した分身を従魔の逃走経路に回り込ませた。分身の攻撃がヒットすると同時に、狼狽のバッドステータスが付与された従魔はその場から動けなくなる。
 フミリルが右足を左足の前に交差するようにし、左手は天井を右手は眼前の敵を指差してから決め台詞を言う。
「あたしがいれば大丈夫よ!! 魔法少女フミリル、愛と勇気を携えて、あなたを折檻しちゃうわよ☆」
と、台詞と共に従魔にとどめを刺そうと飛びかかろうとするのを、
「待て、被害者だ」
と、カトレヤが止めた。
 被害者に走り寄ったカトレヤは、従魔の目や頭にクリスタルファンで攻撃を加えつつ、被害者を抱き上げ従魔の群れから後退する。
 被害者は少年だった。衰弱が激しいため、カトレヤはケアレイを使う。その間に、恭也や一二三、姫乃たちは残りの従魔5体を殲滅した。
 地図と現在地を照合し一番近い外部への搬出口を探し出した恭也は、
「ここから35m先にマンホールがある……こちらだ」
と、先導する。カトレヤは少年を背負ったまま、マンホールに繋がるハシゴを登った。
 マンホールから現れた美女に周囲の通行人は一瞬驚いたものの、衰弱した少年を見て、ここ最近この町を騒がしている行方不明事件に関係があると理解したらしい。親切そうな中年の女性が、携帯電話で救急車を呼ぶ。一二三はパリ市警に連絡をした。

 時間は少し前に遡る。
 救出班では、縁が微かに残る血痕を見つけ、その痕を辿ると3体のワニ型従魔と遭遇した。月世はヘヴィアタックで1体の従魔を仕留めたが、その攻撃によって驚き後退した従魔の下から、汚水に浸かった女性の被害者が見つかったのである。
 御園は、1体は急所に向けて矢を放ったが、もう1体は蛍光塗料の塗られた矢でわざと後ろ足を狙った。
「御園はこのまま手負いのワニを追うね」
と言って従魔を追う御園に拓海も続く。
 走りながら、御園とST-00342は状況に似合わぬコントのような会話を展開していた。
「弱った従魔がライヴスを補給するには? 正解された方には五つ星ホテルの食事券をプレゼント! ……はい! ライヴスをくれる餌のある所です!」
 自分で問題を作成し、自分で答えを言う御園にST-00342が答える。
「御園……ST-00342はそのホテルを調査したが現在の資産では無理だ。すまない」
 がっくりと肩を落とす御園に、拓海が笑顔を向ける。
「弱った従魔が向かう先は巣、ということでしょう。ビストロぐらいなら皆で行きたいですね」
 御園は頷きながら立ち止まった。道はすぐ先で90度右に折れている。その先からザワザワと何かが蠢く気配がするのだ。
「このまま、皆が集まるのを待ちましょう」
 拓海の言葉に御園は頷いた。
「こちら従魔の巣らしきものを発見、マップのB-12付近です」
 拓海は、無線で全員に告げた。

 その頃、縁と月世は被害者の救護に当たっていた。
「お辛いでしょうがあと少しだけ耐えて下さいね」
と縁は女性に声をかけながら、ケアレイを使用する。
 月世は汚水に浸かった女性を引き上げ、水に浸からないような態勢で抱きかかえた。
「10m戻ったところにマンホールがあります。そこまで運びましょう」
 縁は女性を背負って外へ出ると、急ぎH.O.P.E.職員に連絡し、救急と警察への手配を頼んだ。

●従魔の巣へ!
 御園からの無線を受け取ったエージェントたちは、救護活動が終わり次第次々と指定された場所へと集合した。
 残る被害者は3人。この巣に引き込まれている可能性が高い。
 御園の矢が刺さった手負いの従魔を含め小型のミーレス級が何体か、そしておそらくここにボス的な従魔もいるはずだ。
 エージェントたちは顔を見合わせ、突入を目だけで合図する。
 まず、御園がフラッシュバンで、巣にいる従魔全部に目くらましを行う。
 縁は、被害者が倒れているのを確認すると、その傍にいる小型の従魔にLEDライトを向けた。フラッシュバンにライトと2回続けて苦手な光をくらった従魔たちは、さすがにひるんで後退を始める。被害者と従魔の距離が空いたところに、恭也と拓海はストレートブロウを使いさらに遠くまで吹き飛ばした。月世は、疾風怒濤で5体の従魔にダメージを与えてから、被害者を抱きかかえ巣から一旦撤退する。同じく、縁とカトレヤも被害者を保護して巣から避難した。
 巣にいた被害者たちの方が、時間の経過のせいか衰弱が激しい。縁とカトレヤは、ケアレイで対応するが医療的な措置も必要なようだ。
「ヴィクター! 被害者が危険な状態よ」
と、月世はヴィクターに救急医療キットを渡す。
「……了解だ」
 ヴィクターは酸素ボンベを被害者の口元に当てた。

 縁やカトレヤが被害者の救護を行う間、巣の中では最後の死闘が繰り広げられていた。小型の従魔たちは既にかなりのダメージを受けていたが、そこに御園が「パチモン観光地撲滅宣言です!」と叫びながらトリオの神速攻撃を加える。
 さらに一二三が
「正義の鉄拳、くらいなさ~い☆」
と、決め台詞を吐きながらスナイパーライフルでとどめを刺す。
 これで、小型の従魔はあらかた片が付いた。
 残るは、一体。他の従魔の2倍の大きさを持つ白いワニである。それが人間のように2本足で立ち上がり、鱗で覆われた尾を左右に振り回しているため、容易に近付くことができない。
 それでも、恭也は何とか間合いをはかりながら、巨大なワニの懐へと近付いて行く。ヘヴィアタックを叩き込もうとした瞬間、ワニの尾が恭也の攻撃をはじいた。その衝撃で、恭也は後方に吹き跳ばされる。背後の壁にしたたか背中を打ち付けたはずだが、恭也はうめき声も上げず、表情も変えなかった。
 戦線に戻ったカトレヤは、マビノギオンで遠距離からワニの目を狙って攻撃を仕掛ける。片目だけで遠近感を掴むのは非常に難しい。それは、ふだん眼帯で右目を隠しているカトレヤ自身、身にしみてわかっていることだ。
「ウグ……」
 左目に命中した魔法攻撃で、尻尾による反撃の精度は落ちた。それでも振り回される堅い尾はいまだ驚異である。姫乃は、縫止を使ってライヴスの針を発射した。尾の動きが封印されることで攻撃の隙ができる。あとは、堅い鱗にどの程度、武器が通用するかである。
 一二三は念のためライヴスブローで攻撃力を高めたスナイパーライフルで、
「正義の鉄拳、くらいなさ~い☆」
と叫びながらワニの眉間を狙った。
 ワニがぐらりとバランスを失い、一歩後退する。
 その瞬間を逃さず、再び恭也がワニの懐へ飛び込む。そして今度こそ、ヘヴィアタックをその喉元へと叩き込んだ。重い拳が、ワニの喉を潰す。
 悲鳴を上げることもなく、巨大な白いワニはその場に倒れ、ただの小さな骨の塊へと変じた。
 一二三はその巣の奥に、直径30cmほどの黒い球体を目にした。その大きさは、まだドロップポイントと呼ぶべきものだろうか。一二三は、H.O.P.E.へと連絡をし、早期の対応を要請した。

●闘いの後に
 リンクを解いたカトレヤは
「早く、風呂に入りたいぜ」
と泥まみれの髪を見て呟く。
 本人曰く、神世七代の一柱である伊邪那美も同様だ。
「早くお風呂に入りたいけど、言葉が通じないよ……」
「パリには銭湯の様な施設は少ないから諦めろ。H.O.P.E.でシャワーを借りるしかない」
「……なんで、そんなこと知ってるの? 恭也、異国の言葉を話せるんだ」
 驚く伊邪那美に当然のことのように、恭也は答える。
「話すだけならな」
 伊邪那美はあらためて恭也のことを尊敬の眼差しで見つめた。
 
 H.O.P.E.への報告も済ませ、シャワーも浴びてスッキリしたエージェントたちは月世の案内でとあるビストロへと繰り出すことにした。
「僕も参加していいかな? ウィンも一緒に」
と尋ねる縁に月世をはじめ皆頷く。
 縁とウィンクルムの誓約は、「一緒にごはんを食べる」なのだ。
「ここは日本人の見習いが居て、鴨のソテーが絶品なの。というわけで、ここからはワインボトルを何本立てられるかが勝負よ!」
と、月世はビストロに入るなり飲む気満々である。
「皆、明日辺りルーブル美術館なんて、どうかな?」
と、観光プランを提案する拓海の向かいの席では、
「エスティ、まずシャンゼリゼでカフェめぐりして、サントノレ通りで買い物だよ。御園は高級ブランドが似合う大人の女性なんだから」
と、相棒相手に御園が演説を始めていた。
 月世の隣に座るアイザックはヴィクターに自身の哲学を語っている。
「唯物論とは非常に興味深い考え方だな、ヴィクター。概念の全てを物理現象に還元するのは思考の訓練になって面白いとは思うが、少し飛躍しすぎでは無いか?」
「アイザックちゃんの言う通りだぞ。ヴィクターちゃんの考えだと、量子力学ですらオカルトになってしまうのではないか?」
 と同意する青柳沙羅(az0022hero001)。ヴィクターの英雄である沙羅は、実は非常に酒癖が悪い。しかし、月世の方が沙羅よりもできあがっているようだ。
「沙羅、何で分身の術を使ってるの?」
と、視点の定まらない瞳で月世は沙羅に話しかけていた。

 同時刻。キリルはホテルの部屋で一二三に買ってもらったパリのスイーツを心ゆくまで堪能していた。そんな英雄と対照的に一二三は部屋の隅で一人酒をあおっている。毎度のこととは言え、魔法少女の姿を思い出し、後悔しながらの苦い酒であった。

 ところで、依代はいったい何の骨だったのだろうか。パリではバカンスを前に、ペットを捨てる心ない人たちが存在するという。里親を探すのが難しい、マニアックなペットたちはどうなるのだろう。それは、拳銃のように下水道にそっと捨てられてしまうこともあるのかもしれない。

結果

シナリオ成功度 成功

MVP一覧

  • この称号は旅に出ました
    弥刀 一二三aa1048
  • 水鏡
    榛名 縁aa1575

重体一覧

参加者

  • 太公望
    御神 恭也aa0127
    人間|19才|男性|攻撃
  • 非リアの神様
    伊邪那美aa0127hero001
    英雄|8才|女性|ドレ
  • エンプレス・ルージュ
    カトレヤ シェーンaa0218
    機械|27才|女性|生命
  • 暁光の鷹
    王 紅花aa0218hero001
    英雄|27才|女性|バト
  • この称号は旅に出ました
    弥刀 一二三aa1048
    機械|23才|男性|攻撃
  • この称号は旅に出ました
    キリル ブラックモアaa1048hero001
    英雄|20才|女性|ブレ
  • 苦悩と覚悟に寄り添い前へ
    荒木 拓海aa1049
    人間|28才|男性|防御
  • 未来を導き得る者
    メリッサ インガルズaa1049hero001
    英雄|18才|女性|ドレ
  • 真実を見抜く者
    穂村 御園aa1362
    機械|23才|女性|命中
  • スナイパー
    ST-00342aa1362hero001
    英雄|18才|?|ジャ
  • 正体不明の仮面ダンサー
    蝶埜 月世aa1384
    人間|28才|女性|攻撃
  • 王の導を追いし者
    アイザック メイフィールドaa1384hero001
    英雄|34才|男性|ドレ
  • 水鏡
    榛名 縁aa1575
    人間|20才|男性|生命
  • エージェント
    ウィンクルムaa1575hero001
    英雄|28才|男性|バト
  • エージェント
    紅鬼 姫乃aa1678
    機械|20才|女性|回避



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