本部

愚神求めし君は何処

山川山名

形態
ショート
難易度
普通
オプション
参加費
1,000
参加制限
-
参加人数
能力者
8人 / 6~8人
英雄
8人 / 0~8人
報酬
普通
相談期間
5日
完成日
2015/09/29 14:05

掲示板

オープニング

●日常は唐突に崩れ去る
 その日、立川由紀乃は幼馴染の少女と一緒にショッピングモールにいた。
「ねえ由紀乃、このシャツかっこよくない? 絶対あたしに似合うと思うんだけど」
「もー、またそんな男っぽいもの気に入ってんの? そんなんだからいつまでも独り身なのよ。こっちにしたら?」
「いやだね、そんなフリフリしたの。かっこよくない」
 ぷい、と目をそらして洋服を吟味する幼馴染に、由紀乃はわずかに苦笑した。
 遊びに行くからどこかいいところを案内しろ、と由紀乃が幼馴染から電話を受けたのはおとといの深夜だった。どこかいいところと言われてもあいまいすぎる、と由紀乃が言うと「だから由紀乃が決めてって言ってんの。あたし東京に何があるかなんて知らないし」そうそっけなくあしらわれたのだ。
 その服装から男子かと見まがう幼馴染は、由紀乃が地元で最も仲が良かった人物だ。こうして二人でいるのは一年ぶり程度なのだが、それでもずいぶん懐かしく思える。
 由紀乃が大学進学のために上京してから、地元の友人たちとは久しく疎遠になっていた。慣れない都会生活に辟易していた部分もあったのかもしれない。そうでなければ、由紀乃が幼馴染のために一日のスケジュールを組み立てることはしなかっただろう。
 そう由紀乃が思いめぐらせていると、横からちょいちょいと肩をたたかれた。
「なに?」
「ねえ、これはどうかな? さっきの奴と合わせたらもっとかっこよくなりそうでさ」
 彼女の手にあったメンズ用ジーンズに、由紀乃はますます苦笑した。
「そうね、アンタがいいと思うんならそれで――」
 刹那、背後で悲鳴が沸き起こった。
「――え」
 鳴り響く悲鳴と怒号の合唱。おびえたような声色のアナウンス。それに色を添える膨大な量の足音。そのすべてが、由紀乃には感じ取ることができなかった。
 彼女の目に映っていたのは、入り口付近でたたずむ三つの影。
 一つは男性、もう二つは犬のような動物の影。普通ならば周囲がパニックに陥る理由すらないその存在が、けれど異質だと思えたのは男の脇に侍る犬によるものだろう。
 まるで烈火のように異常に生え立ち上る体毛、漆黒に染まった体。そして彼らの足元に倒れる何者か。遠目からでもわかるその威圧と恐怖は、由紀乃の思考を方向付けるには十分すぎた。
「逃げよう! ここにいたら――」
 危険だ、という言葉は出なかった。
 二匹の犬が、砲弾のようにこちらに向かって疾走してきたのだ。足をすくませた由紀乃を尻目に、猛犬は隣にいた幼馴染を勢いそのままに吹き飛ばした。
 暴力が、こちらに牙をむく。
「ひっ……」
 考えている暇などなかった。
 彼らの血走った目から逃れるようにしゃがみ込むと、さっきまで頭があった場所を何かが恐ろしい速さで通り抜けた。幼馴染にしたように、由紀乃を吹き飛ばそうとしたのだ。
 目を上げ、動物の影がいないことを確認すると、由紀乃は幼馴染を背負いあげて走り出した。
 逃げなければいけない。
 この暴力の嵐から、一刻も早く。

●緊急発進
「――というわけで、三時間前から都内ショッピングモールにて立てこもり事件発生だ。警視庁からの正式な依頼だ、へまはすんなよ」
 HOPEの中のブリーフィングルームで、無精ひげを生やした担当官がそう口を開いた。
「犯人はミーレス級と思しき四足歩行の従魔を二体引き連れている愚神だ。従魔がある程度組織的に動いていることから、最低でもデクリオ級。下手をすればもっと上かもな。そして、何かを探しているかのように不規則に動き回っているようだ。今のところ愚神側に目立った動きはないが、これから動きを見せないとも限らん。……ちょっと待て」
 規則的な電子音が流れたために言葉を切った担当官は、後ろを向いて何事かをぼそぼそとつぶやきはじめた。
 やがて再び向き直った担当官は、先ほどよりやや厳しい面持ちをしていた。
「新たに情報が入った。愚神を中心にドロップゾーンの形成がなされ始めているらしい。つまりケントゥリオ級だ」
 わずかにざわめきだす室内を再び正すように、担当官は手をたたいた。
「モールの中にはおよそ三百人の一般人がいる。彼らすべてが人質であり、保護対象だ。一刻も早く愚神と従魔を制圧し、モールを解放しろ。以上!」

解説

●目標
 愚神一体と従魔二体の殲滅

●登場
ケントゥリオ級愚神
 見た目は一般人と見分けがつかない青年。モール内をさまよっている。
 自分から攻撃はしないが、受動的に応戦はする。
 武器はなく、素手での格闘戦だが、愚神によって強化がなされている。
・拳
 近接(物理)。単体対象。
 命中すると激しい衝撃を受け、バッドステータス衝撃[-30]を付与。

ミーレス級従魔『フレイムウルフ』×2
 愚神の指揮下にある従魔。極めて速いスピードで動き回るが、それでかく乱するような知能はないので特攻が中心になる。
 凶暴。物理攻撃力が高いが、防御力は低い。
 バッドステータスは用いない。

一般人×約300
 モール中に散らばっている。シナリオ開始時も同様であり、そのままだと戦闘に巻き込まれる可能性が高いので避難誘導が必要になる。

●状況
 広いショッピングモール。結構広いが、一般人があちらこちらにいる。
 すでにドロップゾーンが展開されているため、能力者以外は進入不可。
 ドロップゾーンはモールをすっぽり覆う形になっており、モールから一歩でも外に出ればドロップゾーンからは脱出できる。
 

リプレイ

●沈黙の監獄
ショッピングモールの中は、異様な静けさに満ちていた。
 週末の昼だというのに、話し声が一切しない。見渡すと、カートや商品、モールの備品であろう生け花が地震の後のように散乱している。そして、あたりにはちらほらと、生気なく倒れ伏している人々の姿も確かに確認できる。
『ドロップゾーンは展開されたばかりとはいえ、一般の人はどうしようもないか』
 豊聡 美海(aa0037)の英雄であるクエス=メリエス(aa0037hero001)が苦々しげにつぶやいた。
 事前情報でおよそ三百人と説明されたその量は、到底自分たちの手に負えるものではない。全員をモールの外に運んでいたら、それこそ日が暮れてしまう。その間に愚神や従魔に見つかるなど論外だ。
 だから、いったんは彼らを見捨てる。彼らがこと切れる前に愚神を殲滅するように作戦を変更したのだ。
「私たちはどこに愚神どもを誘導すればいい?」
 火乃元 篝(aa0437)の問いに、Arianrhod=A(aa0583)が答えた。
「一階の中央広場でござんす。開けた区域だから、すぐわかると思いますぜ」
「そうか、相分かった!」
「……じゃあ、行こう」
 Ω(aa0331)の呟きと同時、十人は一挙に飛び出した。

 A班の役目は、戦闘エリアの確保にある。それには、戦闘エリアの周囲にいる一般人の救出も含まれるのだ。
「じゃあ、うちとカペラ(aa0157)っちはオキャクサマの介抱でもしてあげましょうねえ。どうせ邪魔だし」
『アリア、人を邪魔だとか言ってはいけません』
 二人を無視してカペラはぐったりとしている少年を抱え起こすと、Arianrhodにちょいちょいと肩をたたかれた。
「倒れてる人を運ぶなら、ショッピングカートを使うとええよ。ほら、一度に多く運べてお得じゃん?」
「……そうね」
 ころころと変わる口調に、カペラは突っ込みを入れなかった。
「それじゃ、美海ちゃんはこの辺りをきれいにしちゃいます!」
『掃除は任せてくれ』
 豊聡とクエスが散乱している商品を端にぽいぽいと投げていき、Arianrhodとカペラはカートを走らせて一般人の救助にあたり始めた。
 倒れている人全員に付き添って入口へ向かうわけではない。いまだ意識を保ち、助け起こせば自分で歩けるぐらいの者ならば自力で外に向かわせる。カートに載せるのは、もっぱらライヴス保有量が少なく、重篤な状態に陥りやすい子供や老人だ。
『それでは、一行ご案内いたしますッ!』
 Jehanne=E(aa0583hero001)の意思が前面に出ているのか、猛スピードで入り口に向かっていくArianrhod。カペラはその後ろからアルデバラン(aa0157hero001)にせっつかれながら走っていく。
『ほら、急げ。病人は待ってはくれんぞ?』
「うっさい。私に命令しないで」
 広場では、Ωが自分の体の長さほどもある花壇を運んでいた。隣には彼の英雄の*(aa0331hero001)がいる。
「大丈夫ですか、マスター。もしお辛いのでしたらアスターが――」
「……大丈夫。それより、アスターはアスターにできることをするんだ」
「……イエス、マスター」
深々と頭を下げた*は一度だけΩをちらりと見てから、倒れている人のほうに駆け寄って胸のあたりに右手をかざし、閉じられていた瞳をゆっくりと開く。
「生存確認。肉体への侵食影響度を分析中。――タイムリミットは、」
「アスターちゃん、何してるの?」
 中腰で質問する豊聡に、*はそちらを見ずに答える。
「この方がドロップゾーン内で受けた肉体への浸食影響度を分析していました。豊聡美海は、もう作業はよろしいのですか」
「うん、だいぶ終わったよ。ね? クエスちゃん」
『ああ。あとは周囲にいる残りの人々を運び出すか隔離すれば、戦場は整うよ。それよりも、分析の結果はどうだった?』
「はい。結果は、以下の通りです」
 瞳の中で幽玄に揺蕩う光を宿しながら、*は抑揚のない声で言った。
「彼らがこの場で死亡せずに生き残ることができる時間は、一時間程度と推測されます。これを超えた場合、確実に犠牲者が出ます」
 制限時間は一時間。
 猶予は、ない。

 B班の当面の目的は、行方が分からない愚神と従魔の捜索にある。どれだけ策を練ろうとも、肝心の相手がいなければどうにもならない。
「二手に分かれましょうかねえ」
 ティグリス・フェッルム(aa0104)は自分の頭の上を指さして言った。
 見ると、二階から先のフロアはすべて、真ん中を楕円形の型でくりぬいたかのように吹き抜けになっていた。つまり、道が左右に二つある。
 彼の英雄、マクティーラ・アラガド(aa0104hero001)が言葉を引き継ぐ。
「一つの道を四人全員で進むとなると、見落としもあるでしょうからね」
「そういうこと。さっすが、ティは分かってるわね」
「相棒ですから」
 うふふあはは、と場違いなまでの甘ったるい空気が二人からあふれ出す。古海 志生(aa0446)が半目になりながら口を開いた。
「じゃあ、俺と楠元 千里(aa1042)は左側の道を行く。あんたらは右をいってくれ」
「相分かった。ではティグリス、往くとしよう」
「ええ。気を付けてね、古海ちゃん、楠元ちゃん」
「はい。そちらも」
 言葉を交わすと、五人は一気に目の前に螺旋状にそびえるエスカレーターを駆けあがり、道を分けた。
 ……なのだが。
「……火乃元は何であそこまで堂々と歩いてられるんだ?」
「気にしたら負けですよ、古海さん」

「……あれだな」
 古海は柱の陰に身をひそめながらつぶやいた。
 二階の一番奥、ちょうど通路が合流する地点の店先でその姿は見つかった。古海の足元にかがんでいる楠元が、安堵した調子で言う。
「もう少し手間取るかと思いましたが、案外早く見つかりましたね」
「……あの愚神は何をしてるんだ?」
 獣のような従魔を左右に侍らせる愚神は、ショーウインドウに両手をつけ、べったりと張り付いて動かずにいた。どうやら警戒はすべて従魔に任せているらしく、二匹が絶えず首を振って目を光らせているのに対し、愚神だけはただ一点のみを凝視している。
「何かを探している、のでしょうか」
「愚神がか? 愚神に体を乗っ取られた人間に意識はないはずだぞ」
「それはそうですが、そうとしか見えないので……」
 右側の通路を見ると、すでにマティアスも同じように待機していた。後方からは火乃元がようやく到着したのも確認できる。
 役者はそろった。
「行くぞ」
「ええ」
 短く言葉を交わすと、二人は陰から飛び出して広いエリアに身を躍らせた。それに合わせて、ティグリスたちも戦場に姿を現す。
 従魔は四人を即座に発見した。低く唸り声をあげながら、相手するようにゆっくりと愚神のそばを離れていく。
「……マティアス」
『ああ。死ぬんじゃねえぞ』
 マティアス(aa1042hero001)の粗野な言葉を楠元が聞き取った直後、従魔の一匹が咆哮とともに地面を蹴った。狙いは眼前で盾を構える楠元だ。
 盾をやや下向きに立てて、ぐっと力を込める。従魔は炎のように逆立った体毛をなびかせ、恐ろしい形相で向かってくる。
「……ぐっ!」
 ドッッッッッッゴン! というのっぴきならない音がフロア全体に響き渡る。楠元はその威力に押されて数歩下がるが、無傷。従魔は反動を食らって元の場所へとはじき戻された。
 わずかなスキは、攻撃のチャンスとなる。
「喰らいな」
 古海の巨大な弓から放たれた一本の矢は、空を切って従魔の胴体へその矢尻を突き立てようとする。が、体制を整えた従魔は、あろうことか真正面から矢を口にくわえて真っ二つに噛み千切った。
 開かれた顎から、残骸がぱらぱらと零れ落ちる。
「……こりゃ、長くなりそうだな」
 気だるげに、けれど額に冷や汗をにじませて古海はつぶやいた。

 一歩前へ進み出たマティアスは、青龍三節棍をもてあそびながら不敵につぶやく。
「さあ、いらっしゃいワン公。躾の時間よ!」
 猫じゃらしか何かのように従魔の前で三節棍を揺らす彼に、従魔がしびれを切らして襲いかかる。
『犬なら人に従順であるべきでは?』
 小馬鹿にしたようなマクティーラの声とともに、ティグリスはひらりと突進をかわす。
 攻撃対象を見失った従魔の先にいるのは、豪快な笑顔を浮かべる少女。その手には、どこから取り出したのかというほどの長大な大剣が握られていた。
「よく来たな従魔! 突然で悪いが……私の剣の錆になれい!」
 高揚した声とともに振り下ろされる大剣だが、従魔は体をよじることでこれを回避する。大剣は空を切り、地面を深くえぐった。
 チャンスはピンチに。
 めり込んだ切っ先を引き抜こうと力を入れた火乃元を、従魔は容赦なく凶悪な顎で噛み砕こうとする。剣を手放して回避すれば、その瞬間に彼女と従魔の戦力差は決定的になる。
「ぬうううううええええええええい!!」
 ガリガリガリガリ!! という轟音とともに、火乃元は大剣をめり込ませたまま従魔の前に引きずり出し、今まさに火乃元の柔肌に食らいつこうとした従魔の顎に刃を滑り込ませる。
 そして、火乃元は全身の力を振り絞って大剣を引っこ抜くと。
「どおらっしゃあああああああい!!」
 ――大剣を振り回し、遠心力で従魔をブン投げた。
 その先にいたマティアスはいつの間にか三節棍を一本の棒にして、バッターのように待ち構えていた。
「特大ホームラン、お見舞いするわよ☆」
 刹那、小気味よい音が従魔の頭のあたりで炸裂した。

『一回防がれただけで諦めてんじゃねえぞ、志生!』
「分かってるさ」
 口元をゆがめた古海の手には、新たな矢がつがえられた弓の弦があった。
「楠元、援護を頼む」
「了解です。俺のことは気にせず、全力でやってください」
 返事は、弦が奏でる風切り音で行った。
 空を切った矢は、今度こそ従魔の胴体に命中した。その体がぐらつくも、それを抑え込んで従魔はこちらに突っ込んできた。
 意思などない。理性など存在していない。
 古海たちを食らい、糧にする。ただそれだけの本能でもって突撃してくる。
 楠元は盾を突き出し、再び守りの姿勢を固める。しかし、先ほどとは違う点が一つ。
 彼の右手が、背中に背負っている剣の柄を握っていることだ。
(……君が、誰かを傷つけるつもりなら)
 迫りくるそれは、確かに化け物で。
 だからこそ、余計に柄を握る手に力を込めさせた。
(止めてみせる。君の命を削ってでも)
 真正面から受け止めることはしない。上方にいなすように、莫大なエネルギーを逃がす。
 剣を一気に引き抜くと、氷の刃先を従魔の胴体に突き刺した。

「いいかげん飽いた。終局としよう、フレイムウルフとやら!」
 切っ先を下に向けて、逆に自分から従魔のほうに突撃する火乃元。好戦的に高笑いすら上げながら走っていく少女を迎撃するために、従魔もまたうなりながら待ち構える。
「破ァ!!」
 気炎を上げ、大剣を逆袈裟懸けに斬り上げる。それだけで、従魔の体が人形のようにあっさりと吹き飛ばされる。
 従魔の体が愚神の足元に転がっていくと、今までショーウインドウにかじりついていた愚神がようやく火乃元たちに視線を向けた。
 落ちくぼんだ眼窩。ところどころ亀裂が入った皮膚。何の感情も宿さない表情。それらのすべてが、彼がすでに人ならざるものに変質していることを象徴していた。
「さあ、次はお前の番だ」
 火乃元はにやりと口の端をゆがませる。
「報いは受けてもらう。罪なき人々の命を奪おうとした、報いはな」
 直後、モール全体にけたたましいサイレンが鳴り響いた。
 聞くものすべてに不安と焦燥を駆り立てるような音の洪水の中で、それでも『彼ら』は笑っていた。
『開演のベルが鳴る。ならば主役はいかがしましょうかあ』
「無論! そこな愚神が来なければ始まらん! 来い、異界の獣よ!」
 謳うような言葉とともに、愚神をけん制して二階から飛び降りる火乃元。遅れたマティアスは、さして慌てる様子もなく肩をすくめる。
「……若いわねえ」
『何を言う。ティはまだ若いですよ。こうして命のやり取りを楽しめているのですから』
「あら。よくわかってるじゃない♪」
 そして、いまだ従魔を相手取る二人も。
「……時間か。あとは後ろの奴らに任せるとしようか」
『あの愚神、何か探しているようだったな。それが分かればいいんだが……』
『いいえ、彼が「あそこで何かを必死に探していた」ことさえ把握できれば、あとからどうにでもできますよ』
 吠えたてる従魔に古海が一矢放ってから、彼らもフロアから離脱した。
 本当の戦場はここではない。

●死のカウントダウン
「皆さん! 無事でしたか!」
 広場に四人が到着すると、豊聡が小走りで駆けてきた。すでに準備は整っているらしく、周囲には目立った障害物は何もない。
「……何か、ありましたか」
「皆様の状態を客観的に判断した限りでは、従魔あるいは愚神と交戦したことかと思われます。その際の戦果や、情報などをご提供いただければ幸いです」
「二階の奥で愚神と従魔を発見して、交戦したわ。そのうち従魔一匹を倒して、残りがこっちに向かってる」
 マティアスがことを説明すると、*がうなずいてΩのほうに顔を向けた。
「もう時間がありません。マスター」
「……うん」
 Ωは*を見ていない。
 彼の視線は、もっと奥に。
 ゆっくりと確実に近づいてくる、二つの災厄に向けられていた。
「……会敵する。Arianrhodさん、用意は」
「んー。いつでもいいよん。なあJehanne?」
『もっちろんですッ!』
「……、」
 Ωは目を閉じると、機械のように言葉を読み上げる。
『*接続、ダウンロード開始』
 瞬間、*の姿は虚空に溶けるようにしてかき消えた。
 開かれたΩの左眼は、先ほど*が持っていた揺らめく模様に変わっていた。
 Ωの手にはごく普通のアサルトライフル。Arianrhodは水晶のごとく輝く扇子を手にして、
告げる。
『殲滅対象確認。戦闘を開始します』
「いくぜえ、おれっちたちのパーティ!」
 7.62mmNATO弾が、光り輝く光弾が、従魔を怒涛の勢いで押し流した。
 従魔は声を上げることすらかなわず、圧倒的な物量の前に空間から姿を消した。
 だが。
『ほほう、反応なしですか。あれは眷属ではないと。面白い愚神ですねえ』
 Jehanneが揶揄する通り、愚神は今さっきまで侍っていた従魔が消し炭になっても、何一つ歩調を変えることがない。まるで従魔など最初からいなかったかのような足取りである。
 感情をなくした表情で進撃する愚神は、直後にその体が大きく揺らいだ。
「後ろがお留守よ」
『いい奇襲だカペラ。タイミングもばっちりだ』
 彼女の英雄であるアルデバランの声が賛辞を贈る。
 見ると、カペラは分身したもう一人の自分とともに、巨大な篭手のような武器で愚神の背中を殴りつけていた。
 ごりごりごりごり、と骨が削れる不気味な音が響く。しかし、愚神はまるで効いていないかのように漫然と首をカペラの方向に回し、右拳を彼女の顔面めがけて突き出した。
『避けろカペラ!』
「言われなくても!」
 全力でコンクリートを蹴り、後ろに下がることで直撃を免れる。
ふっ、と短く息を吐くと、カペラは後ろにも聞こえるような大声で叫んだ。
「いきなさい!」
『了解!』
 重なる二人の声。同時、カペラの背後から火乃元と豊聡が剣を構えて走り出てきた。
「でやあっ!」
 豊聡の高い声とともに振り下ろされる二振りの剣。そのうち、火乃元の刃は愚神の右肩に食い込むと、上から圧力がかけられたように加速度的にその傷口を抉っていく。
 だが、豊聡の剣は愚神の左手に捕まれることで阻まれる。押し込むことも引き抜くこともできず、豊聡は動くことができなくなった。
「え、ちょ、離して!」
「……、」
 愚神は、この時になって初めて、『苛立ち』のような表情を見せた。
しつこいハエを払うかのような動作で、豊聡の剣ごと彼女を振り回して火乃元にぶつける。火乃元はとっさに剣を寝かせることで彼女を剣の腹で受け止めた。
 衝撃で、火乃元が愚神の前から離脱する。火乃元は両足で踏ん張ることで勢いを殺すと、豊聡の体を抱え起こした。
「怪我はないか?」
「あ……ありません! なんともないです!」
 火乃元は一つうなずくと、その瞳に愚神の姿を捕らえながら火乃元が叫ぶ。
「古海!」
「……ああ」
 すでに矢はつがえられ、弦は限界まで引き絞られている。ゆらりとした動作で顔を向ける愚神に、古海は弦から手を放した。
 飛翔した矢は、唸り声をあげて愚神の右胸に突き刺さる。わずかによろめき、矢を引き抜こうと手を伸ばした愚神の目前に、いつの間にか距離を詰めていた楠元が氷の刃を引き抜く。
「少し、動かないでください……!」
 腹のあたりに向けて放たれた剣先を、愚神は無造作につかんで勢いを殺す。それだけでなく、反対側の手で楠元の頭をわしづかみにすると、コンクリートの地面に叩きつけた。
「がっ……!?」
 景色が明滅する。頭が満足に動かず、全身の筋肉が言うことを聞かない。ただ確実に理解できることは、愚神が身動きの取れない自分を叩き潰そうとしているということ。
『させません』
「そこをどきなさい、愚神!」
 横合いからΩとカペラの声と一緒に銃弾と魔法で構成された拳が愚神に打ち込まれる。しかし、まるで意に介する様子もなく右手を握りしめて振り下ろした。
 衝撃をかろうじて剣の腹で受け止めると、楠元は息も絶え絶えになりながら叫んだ。
「火乃元、さん!」
「応!」
 威勢のいい掛け声を放ち、火乃元が剣を槍のように構えて愚神の横腹に突き刺した。それにとどまらず、愚神を刺したまま走り続け、柱にその体を押し付けた。
「いけえ!!」
 火乃元が後ろに飛び去るのと交差して、Arianrhodとティグリス、楠元がおのおのの武器で攻撃を仕掛ける。
 Arianrhodが犬歯をむき出しにして叫ぶ。
「ぶっ潰れろォ!」
 ゴッッ!! という爆音とともに、愚神の体を貫通したエネルギーに耐えきれず柱が崩壊する。
だが、それでも愚神は動じない。接近してきたArianrhodの扇子をつかみ取ると、思い切り引き寄せて顔面を殴りつけようとする。
「ちょ!?」
『アリア、右!』
「イエス!」
 右に頭を倒した刹那、顔があった位置を拳が通過した。少女の緊張で見開かれた瞳には、二撃目を放とうと腕を引き戻す愚神の姿があった。
「離れて!」
 豊聡が愚神に肉薄して剣を突き刺そうとするが、刃先が届く前に愚神に弾き飛ばされてしまう。
 けれど、その攻撃は扇子をつかむ愚神の握力を弱めることには成功した。Arianrhodは腹筋で両足を引き寄せると、愚神の腹を足裏で思い切りたたくことで強引に距離をとる。
 そして、攻撃を回避したArianrhodを守るように、七人が愚神の前に集まった。
『何を、或いは誰を探しているのでしょう。――もっとも、我々が愚神に呑まれたあなたに贈れるものは残念ながら「傷」です』
 アサルトライフルのマガジンを交換し、安全装置を解除したΩは、どこか悲しみを持たせた声で囁く。
そして、
 そして。
『――終わりです』
 モール全体を揺るがす爆音が、広場全体に響き渡った。

●それは幸福な終わり方
「最後までモールの中に残っていた人から搬送を開始してください! 急いで、時間内に解決したとはいえ油断はできないので!」
 モールの入り口でメガホンを持つ豊聡は、救護に駆け付けた多数の救急隊員に向けて説明を行っていた。倒れている人々が外に運び出される間にも、奥から次々とショッピングカートに載せられてまた新たな病人が輸送されてくる。
 カートを自分の手足のように巧みに操るArianrhodとJehanneは、ぶつくさ文句を言いながら駆けまわっていた。
「……むう。愚神は依り代から離れて消滅したときは死体が残らないのか。解剖したかったなあ……」
「ですが、ここの薬局の店員から商品をすべて半額で購入できる権利を手に入れました。あとで薬をたくさん買って帰りましょう」
「うえー、まあそれで我慢すっぺ」
 言いつつ、二人はまた新たに三階から病人を輸送してくるのであった。
「……あの二人、よく文句言いながら仕事できるわね」
 同じく病人の搬送をアルデバランとともに行うカペラは、Arianrhodたちを見て呆れたような声を漏らした。
「多くの経験をしてきた人間は一度に多数の行動ができやすくなる。そういう点では、カペラは何も言わずに働いているほうが効率がいいといえるな」
「……喧嘩売ってんの?」
 じとっとした視線を向けるが、アルデバランは気にする様子もない。
「いずれキミにもできるようになる、ということさ」
「……ふん」
 一方、戦闘場所の片づけをする係であるティグリスは、軽々とがれきを持ち上げてごみ袋に放り込んでいく。普段カクテルグラスぐらいしか持たないマクティーラは、ティグリスと比べると遅いペースで片づけをしていた。
「ほら、マーク早くしなさい? 篝ちゃんが派手にやってくれたおかげで、かなりがれきがあるんだから」
「……あの、火乃元さんに責任を押し付けるわけではありませんが、肝心の本人はどこにいるんでしょうか?」
「ああ、あの子なら外にいるわよ。外で待っていた人たちを元気づけるんだー、って。愚神を倒したらすぐに行っちゃったわ」
「……なるほど。火乃元さんらしいですね」

「えー、皆は都合上病院に搬送する順番は後ろになってしまう。しかし安心しろ、この私がいる限り皆に何かがあることはありえん! ゆっくり休んでくれ!」
 駐車場に集まった比較的軽症の人々を相手にして、火乃元はどこからか持ってきた拡声器片手に演説を行っていた。隣にはピエロ姿の英雄、ディオもいる。
 ちなみに、ディオがいるのは別に自身も演説をするわけではなく。
「これもまさしくわが『斬暁楼導組合』あってのもの! 今回の一件でわが組織に興味を持ったものは気兼ねなくってやめろやめろ拡声器を奪うなあぁぁぁ……」
「ごめんなさいねえ、うちの主がご迷惑をぉ」
 火乃元が組織の勧誘をしようとするのを防ぐためである。
「ええい返せ! こういう時に勧誘をしないと人が増えんのだ!」
「こういう時しかやらないから人が増えないんでしょうが! もっとまともな手段をとれよ!」
 ギャーギャーと騒がしい駐車場から少し離れ、搬出倉庫の前には四人の男たちがいた。
「……志生、そろそろ仕事しろよ」
「なら椒圖(aa0446hero001)、お前が行け。愛はどうした愛は」
「てめえ……」
 額に青筋を立ててにらみ合う古海と椒圖の隣で、楠元は本日何度目かのため息を漏らした。
どうしてこれで能力者と英雄という関係を保てるのだろう? と楠元が首をひねった時、前のほうで人の気配がした。
 視線の先にいたのは、気弱そうな表情をさらに申し訳なさでうずめた大学生ぐらいの青年だった。楠元が務めて穏やかな声を出す。
「こんにちは。もう動かれても大丈夫なのですか?」
「あ、はい……。あの、その節はどうも、すみませんでした。僕のせいで皆さんにご迷惑を……」
「いいえ、お気になさらず。結果的に愚神と従魔は排除できましたし、一般人の中にも亡くなられた方はいらっしゃいませんでした。こちらとしては、これ以上ない終わり方です」
 ――あの総攻撃は、愚神撃破には至らなかった。しかし、その後まもなくして愚神が身もだえ始め、ほどなくして愚神が乖離。霊体となった愚神はすぐに消滅し、あとに残されたのが依り代となっていたこの青年だったのである。
「……そう、ですか」
 青年の顔に笑みはない。やはり、自分が騒動の中心であったことに負い目を感じているのだろう。
 楠元はふと思い出した顔をすると、青年に言った。
「ところで、探し物は見つかりましたか?」
「はい?」
 きょとんとする青年に、楠元は右手を振って訂正する。
「いえ、心当たりがないのでしたら構いません。失礼しました」
「え、ええ……?」
 意味が分からない、という顔をしながら青年が立ち去った後、マティアスが楠元の肩を小突いた。
「千里、お前気づいてるだろ? あいつの『探し物』」
「うん。でも、それを教えることはしないよ」
「はあ? 何で」
「そうだなあ……男の名誉にかかわるから、とだけ言っておくよ」
「?」
 
「……あの人は、探し物を見つけられたかな」
 屋上の給水タンクの上で座り込むΩは、独り言のようにつぶやいた。
「見つけられるでしょう。今ではなくとも、いずれは」
「……それは、いつもの観測か?」
「いいえ、アスターの確信です」
 *の答えに、Ωは少しだけ目を細めた。
「そうか」

 空の青は、いつにもまして澄み渡っているように見えた。

結果

シナリオ成功度 成功

MVP一覧

  • 最脅の囮
    火乃元 篝aa0437

重体一覧

参加者

  • エージェント
    豊聡 美海aa0037
    人間|17才|女性|防御
  • エージェント
    クエス=メリエスaa0037hero001
    英雄|12才|男性|ブレ
  • エージェント
    ティグリス・フェッルムaa0104
    機械|24才|男性|攻撃
  • エージェント
    マクティーラ・アラガドaa0104hero001
    英雄|27才|男性|ドレ
  • シャドウラン
    カペラaa0157
    人間|15才|女性|攻撃
  • シャドウラン
    アルデバランaa0157hero001
    英雄|35才|男性|シャド
  • エージェント
    Ωaa0331
    機械|10才|?|生命
  • エージェント
    aa0331hero001
    英雄|10才|?|バト
  • 最脅の囮
    火乃元 篝aa0437
    人間|19才|女性|攻撃
  • エージェント
    ディオ=カマルaa0437hero001
    英雄|24才|男性|ドレ
  • エージェント
    古海 志生aa0446
    人間|27才|男性|生命
  • エージェント
    椒圖aa0446hero001
    英雄|16才|男性|バト
  • フレイム・マスター
    Arianrhod=Aaa0583
    機械|22才|女性|防御
  • ブラッドアルティメイタム
    Jehanne=Eaa0583hero001
    英雄|19才|女性|ソフィ
  • エージェント
    楠元 千里aa1042
    人間|18才|男性|防御
  • うーまーいーぞー!!
    マティアスaa1042hero001
    英雄|10才|男性|バト
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