本部

【いつか】After DECADE

影絵 企我

形態
ショートEX
難易度
易しい
オプション
参加費
1,500
参加制限
-
参加人数
能力者
15人 / 4~15人
英雄
15人 / 0~15人
報酬
無し
相談期間
5日
完成日
2019/03/10 12:13

掲示板

オープニング

●あれから十年
 H.O.P.E.東京海上支部、資料室。資料の山に囲まれ、小柄な女性――澪河 青藍(az0063)がうんうん唸りながらパソコンのキーボードを叩き続けていた。
「あーもう、この報告書とこの報告書、言ってることが違うんだけど……ちゃんと確認しとけよ……」
 王との戦いから10年が経ち、H.O.P.E.もまたその在り方を変化させつつあった。イントルージョナーや残党愚神への対応を行うと同時に、能力者や英雄、アメイジングスの権利その他を守る相互扶助組織としての一面を持つようになったのである。
 戦後10年という区切りを迎え、H.O.P.E.はこれまでの沿革を振り返る記念の機関誌を作る事となった。青藍はかつて史学専攻であった身を買われ、H.O.P.E.の戦闘の記録を編纂する事になったのであった。
 しかし、黎明期の混沌としていた戦場の記録は余りにも曖昧だ。今年で32になる青藍、見た目は20代半ばにしか見えないが、色々無理は出来ない年頃。ひいひい悲鳴を上げながらこの大仕事に取り掛かっていた。
 不意に携帯電話が鳴る。青藍は顔を顰めて電話を取った。
「はい、――ですが」
『もしもし、叔母さん!?』
 快活な声がスピーカーから響く。青藍は肩を落としながら応える。
「なんだ、葵か……どうしたの」
『お父さんが、もうすぐマサヒコの誕生日だから叔母さんも顔出せって』
「うえー……悪いけど今年は行けそうにないわ。将彦くんが何か欲しがってるもんあるなら送っとくから、それで勘弁してって言っといて。今すげー忙しいの」
『ええっ!? 稽古つけてくれるって話だったでしょ!』
 電話の向こう側で姪が不満そうな声を上げるが、引き受けた以上はどうしようもなかった。
「それも無理。ごめん」
『はぁー。じゃあね』
 でかい溜め息と共に電話が切られる。青藍はがっくりと肩を落とした。
「しゃーないじゃんか……こんなキツイ作業だと思わなかったんじゃ……」

●絆を識る者
 一方、テラス(az0063hero002)はH.O.P.E.の医務室を訪れていた。デスクに向かっていたのは、ウォルター・ドルイット(az0063hero001)。彼は相変わらずの穏やかな顔で友人を出迎える。
『久しぶり、テラス。最近はどこに行ってたんだい?』
『リオ・ベルデ。最近お洒落な研究所が完成したから、写真撮りに行ってたんだ。ビビが今記事に纏めてネットにあげてるんだよね』
『へえ。どれどれ』
 ウォルターは一眼レフの画面を覗き込む。海辺に面した、機能美に溢れる研究所が写されていた。
『あの国も随分と変わったものだね』
『ウォルターさんはどうなの?』
『変わらないさ。怪我してきたみんなの面倒を見たり、悩みを聞いたり……そんなとこだよ。この前は恭佳が悪戯のお仕置きでボコボコにされててね……全く、飽きないものだよ……』
『恭佳ちゃんも変わらないんだねえ……』
 懐かしそうに呟くと、テラスは患者用の椅子に腰掛け、じっと窓の外に目を向ける。
『他のみんなは、どうしてるかなぁ?』

 かつて出会った仲間達の現在に、全ての絆を記憶し続けるアンドロイドは想いを馳せるのであった。

解説

目標 10年後の姿を描こう

登場可能NPC
・澪河青藍(32)
 相変わらず若作りだが順調に三十路を進んでいる元エージェント。23の誕生日に二人の英雄ともども一線を退き、その後3年間H.O.P.E.で事務職員として活躍。その後はH.O.P.E.を離れ、都内の大学を渡って事務方を続けていたようだ。しかし仲間とは交流が続いており、一か月前からはその伝手で呼び出されてH.O.P.E.の史料編纂に空き時間を見つけて取り組んでいた。結婚、子息の有無は今のところ不明。

・ウォルター
 H.O.P.E.の医務室に勤務している青藍の英雄。現在では正式な医師免許も保有しており、普通の病院からも呼声が掛かっているが、この古巣に愛着を持っているらしい。

・テラス&ヴィヴィアン
 二人は英雄の下を離れ(誓約は継続中)、チームを組んで世界中を旅するカメラマン及びルポライターとなった。現在はかつて活躍したエージェント達のその後を追うネットマガジンを制作しているらしい。

・仁科恭佳(28)
 H.O.P.E.の科学開発部門に籍を置く有名な科学者。異世界ワープゲート研究における重要なポジションを務めると同時に、優秀なエンジニアとして様々な企業と契約し、多数の製品を開発している。ただし悪戯癖は全く治まっていない様子。結婚はしていないが、それっぽい関係の人はいる様子。


シチュエーション例
・家族とのひと時
 結婚した相手、子どもその他もろもろとの生活の様子。子どもの描写なども行います。

・戦いの日々、あるいは後進育成
 終わらない敵性存在との戦い。敵の数、強さなどはご自由に。
 
・通勤通学
 学生として楽しい日々、サラリーマンとしてバリバリ。色々OKです。 

・同窓会
 嘗ての仲間達と飲み会。プレイングなどは皆さんの相談にお任せします。

リプレイ

●詩を歌おう
 “深森の妖精”。その綽名を知る者は、中々のH.O.P.E.アイドルオタクと言っていいだろう。戦いが終わってから10年、H.O.P.E.芸能課の活動はますます盛んになったが、彼女達の露出は一向に増えないからである。
 彼女達の姿があるのは、テレビの雛壇ではなく、戦場。イントルージョナーやヴィランの暴走に出くわした運の悪い人間だけが、彼女達の姿を拝む事が出来るのだ。


 今日も今日とて、空間の捩れから飛び出してきた野蛮な獣が自動車をひっくり返し、信号機を薙ぎ倒す。水面に一滴雫を垂らしたように、人々はさっと獣から距離を置いていく。
 口から涎を垂らし、天を仰いで咆哮する獣。その眼に、一際眩しい光が差した。
「悪意を振り撒く理不尽は、このボクが叩き潰す!」
 黄金の鎧を纏い、黄金の翼を広げた妖精――イリス・レイバルド(aa0124)が一直線に降ってきた。獣は思わず口を押し広げるが、イリスは空中でくるりと回り、星屑のような光を振り撒きながら、容赦ない踵落としを叩き込んだ。
 悶絶する獣の前に降り立ち、イリスは長く伸びた髪をさらりと流す。花の香り、鈴や鐘の響きがあたりにふわりと漂った。
「あれが……“深森の妖精”……!」
 誰かが呟く。イリスは光刃『ルミナス』を抜き放つと、ワルツのリズムを刻みながら獣の間合いへ踏み込んでいった。獣は咆哮をあげ、頭上から噛み殺そうと跳び込んで来る。
「跳んだら、こうだよ」
 イリスは素早く身を伏せると、ルミナスを頭上に高々突き上げた。緑色の血がぱっと舞う。イリスはさらに身を翻し、左手で獣の腹に手刀を見舞う。獣は地面に叩きつけられた。呻き声が響く。
 イリスは刃を素早く振り回し、その切っ先を獣の鼻先へと向ける。
「悪気はないかもしれないけど……ここは人間の世界だから」
 素早く身を縮めると、回転しながら素早く獣の身を引き裂いた。
「煌翼陣――螺旋槍!」
 獣は倒れる。辺りにわっと歓声が響き渡った。その光景は、アニメに出てくる戦うヒロインと、それを取り巻くファンのようだった。

 H.O.P.E.芸能課所有のレコーディングルーム。事件の後始末を終えたイリスとアイリス(aa0124hero001)はそこでマイクに自らの歌声を吹き込んでいた。10年の時を経ても、そのソプラノボイスに変わりはない。
「お姉ちゃん。これってアイドルというより歌手の方が近いんじゃないかと思うんだよ」
『PVまで取ったのは何時の頃だったか……最後のライブはいつだったろうかね』
 齢16、エージェントとしてもまだまだ成長期の彼女にアイドルとして活動する時間は少ない。新曲のシングルを細々と出すくらいであった。
 その中でも今日に収録しているのは特別な歌だ。戦後10年を記念、これからの平和を祈念するための歌。これまでの10年を、イリスは思い出す。
「孤児院とか、居住放棄地の復興とか……いろいろ援助したりもやってきたよね」
『私たちは人の貨幣にそこまで頓着しないからね。持ち腐れるよりは社会に回してやる方が有意義な使い道だろうさ』
 アイリスは頷く。着る物はともかく、住処と食事は雄大な森が世話してくれる。歌は仕事として好きに歌える。必然的に、お金は余った。
「ボクは……傷ついた人に何かを届けたくて、歌が紡いだ絆の軌跡を繋げていく」
 自ら考えた歌詞の一節をイリスは見つめる。イリスが戦場で見てきたものが、そこには込められていた。アイリスもいつもの微笑みを湛えて頷く。
『歌には力が宿っているからね。妖精である私が保証するまでもない。……だから、今も新しい歌を届けているのだろう?』
「何もしなければ何も変わらない……戦う事と歌う事くらいしかボクできないしね」

 イリスは頷くと、再び歌い始める。透き通る水晶のような声が、部屋を満たしていった。

●次世代への思い
 ある春の夜。紺色のスーツに身を包んだ青年――リオン クロフォード(aa3237hero001)が、ぱたぱたと革靴を鳴らし、マンションの中へと飛び込んだ。ソファで編み物をしていた藤咲 仁菜(aa3237)[現:仁菜=クロフォード]がくるりと振り向く。
「お帰り、リオン」
『ニーナ大丈夫? 寒くない? 具合悪くない?』
 奥さんの傍に駆け寄ったリオンは、そのお腹をさすりながら尋ねる。新たな命が、そこには既に宿っていたのだ。仁菜は思わず苦笑する。
「そんなに心配しなくたって、大丈夫だってば」
 年月を経て、すっかり心配性と楽観癖が入れ替わってしまったらしい。それにしたって幸せには変わりない。
〈パパおかえり~〉
 娘のアリアがとてとてと駆け寄ってくる。幸せな一時が、そこにはあった。


 戦場で出会い、紡がれた絆は次世代へと受け継がれていく。10年の間に生まれた新たな命は、平穏な日々の温かな日差しを受けて、かくてすくすくと育っていたのである。


 広い庭に、幼い子供達の黄色い声が響く。春の日差しが降り注ぐ縁側に座って、東海林聖(aa0203)は穏やかな顔で遊び回る息子達の姿を眺めていた。

 聖の息子、昴はきょろきょろと周囲を見渡していた。若菜色の猫っ毛と尻尾は、母親によく似ている。その好奇心も。
〈わーっ!〉
 視界の端に何かを認めた昴は、尻尾を振って走り出す。その手はアリアの手を握りしめたまま。いきなり引っ張られたアリアは、ばったりとその場に転んでしまった。日暮家の長女、さくらが慌ただしく駆け寄っていく。
〈大丈夫ですか?〉
 アリアの傍に跪くと、さくらはアリアのワンピースについた土埃を払う。アリアは丸い瞳一杯に涙を溜めていたが、やがて首を振る。大好きな姉貴分の前では我慢の子だ。
〈いたくないもん〉
 その姿に何か思い至ったのか、昴は小さく俯く。
〈……ごめんなさい〉
 唇を噛み、昴は目を潤ませる。気付いたアリアは、昴の頭をぽんぽんしながら尋ねる。
〈もういたくないの。すばるは?〉
 昴は小さく頷いた。
〈昴もアリアも強い子です。ですから、泣いたりしませんよね?〉
 もう一度、昴とアリアは頷いた。さくらもにっこりと微笑んだ。
〈お姉ちゃんは、二人の笑顔が好きですよ〉

(お、ちゃんと謝ったなぁ……あー……動画)
 縁側で見ていた聖は、携帯を取り出しカメラを構える。妻に、『可愛いところは動画を撮ってね!』と厳命されていたのだ。その隣では、リオンに仁菜が寄り添うように座っていた。
『お、堪えた』
「いつもは泣き虫なのにねぇ。さくらちゃんや昴くんの前だと頑張るんだ」
 聖もリオン達も、己の子達の成長を微笑ましく見守っていた。不知火あけび(aa4519hero001)[現:日暮あけび]は、彼らの傍にそっと腰を下ろす。
『三人とも仲が良いよね、本当』
「さくらと昴は剣術の稽古も一緒にやっているしな。昨日は二人にこれを作ってあげるんだって、張り切っていたぞ」
 日暮仙寿(aa4519)が、皿に盛りつけたクッキーの山を手に現れる。そのまま、彼は恭しく頭を下げた。
「すまない。さくらを預からせる形になってしまった」
「いいっていいって。俺達の中じゃ一番の出世頭なんだからな」
 仙寿とあけびはH.O.P.E.の法務部で働いていた。特に仙寿は、いずれ法務部長にと目される程の器であった。
「むしろ他のボウズたちはどうしたんだよ?」
『お義父さんが手放してくれなくて』
「何だかんだで孫は可愛いのだろう。……さあみんな。クッキーを持って来たぞ」
 仙寿が手を叩いて三人の子どもを呼び寄せる。振り返った三人は一斉に駆け寄ってきた。真っ先に駆けつけたさくらは、仙寿達に白詰草の指輪を差し出す。
〈父上、母上。お揃いです〉
「ああ。ありがとう」
 昴とアリアは素早く飛びつく。
〈クッキー!〉
〈お待ちください〉
 縁側に正座した彼女は、そっと手を差し伸べ、二人を制する。
〈まだ食べては駄目ですからね。アリアが最初です〉
〈わーい!〉
 彼女は満面の笑みを浮かべ、クッキーを手に取る。昴はその隣で口を尖らせていたが、じっと我慢していた。尻尾が物欲しそうに揺れ続けている。それを見ていたアリアは、クッキーを昴に差し出した。
〈どーぞ〉
〈やったぁ!〉
 クッキーを手にした昴は、早速口に放り込んだ。耳がぴくりと立つ。
〈昴、とても偉かったです。流石は私の自慢の弟で、アリアのお兄ちゃんです〉
 そっとさくらは昴の頭を撫でた。それを見て、アリアは小さく頬を膨らます。
〈わたしのほうがすばるよりおねえちゃんだもん〉
〈ぼくのほうがおにいちゃんだよっ!〉
 ケンカが始まった。さくらの腕を引き、一斉に二人はさくらを見上げる。
〈ねぇー〉
〈あの、その……〉
 板挟みにされたさくらは、困ったように仙寿とあけびを見上げる。さくらにしてみれば、どちらも可愛い妹で弟であるには違いないのだ。
〈あー、なにあれー!〉
 不意に何かに気付き、昴が手を伸ばして走り出した。アリアは慌てて駆け寄り、昴の腕を取って引き留める。
〈かってにはしっちゃだめ!〉
〈ごめんなさい……〉
 今日はアリアがお姉さんポイントを稼いだようである。

 一通り遊んださくらと昴は、小太刀型の木刀を手に素振りを始めた。2歳になったばかりの昴だが、その剣裁きは既にさくらにも引けを取らないレベルだった。
「アメイジングス……だっけか。アイツはオレより強くなるかも知れねェな……」
『……ルゥが教えてるしね』
 サンドイッチをつまみながら、ぼそりとLe..(aa0203hero001)は呟く。何かあれば昴がこう、昴がああと繰り返す聖。何度“親馬鹿リー”と思ったか知れない。
『……ヒジリーより、賢く育ってほしい……』
 育つだろう。と思ってしまう辺り、ルゥも立派な親馬鹿(親戚馬鹿?)かもしれなかった。
〈パパ、わたしもやりたい〉
 傍に座って見ていたアリアは、リオンを見上げて訴えた。彼は思い切り仰け反った。
『アリアにはまだ早いかなぁ。剣の修行痛いし! 痛いの嫌だろ?』
〈えー?〉
「ママはね、いいかなって思うよ。アリアが本当にそうしたいなら、ね」
〈うん! わたしおねえちゃんだから、すばるよりつよくなきゃいけないもん。すばるのパパとさくらのパパにおしえてもらう!〉
『え? パパじゃなくて?』
 思わずリオンはずっこける。アリアは眼をきらきらさせて頷いた。
〈パパより、“けんかく”のさくらのパパと“あたっかー”のすばるのパパのほうがつよくてかっこいい!〉
 容赦ない娘の言葉に、リオンは思わずへなへなと肩を落とした。
『そっかー。パパより聖さんと仙寿さんのがかっこいいかー』
「だ、大丈夫だよリオン! リオンだってかっこいいよ! 強いよ! ちゃんと王子様だよ!」
『この年で王子さまって無理がない……?』
 リオンはぼそぼそと呟く。落ち込む彼に向かってあけびは慌ててフォローへ回る。
『じゃあ……王様で! 王様イケメン!』
『うう……』
 しかしフォローになっていない。仙寿は肩を竦めた。
「本人が望むなら学ばせてやれ。お前達の娘なんだ。きっとよくやると思うぞ」
『ううう、わかった! アリア! 剣の勉強がしたいならパパが教えるから! いいね!』
『お、そうだそうだ。そこで格好いい所見せようぜ!』
 聖もリオンの背中をポンと叩いた。振り返ったリオンもガッツポーズを作る。
〈う、うん……〉
 急にやる気を燃え上がらせた父親に、アリアは戸惑うしかなかった。

 並んで木刀を振るっていたさくらと昴。しかし、2歳児がそうそう稽古を続けていられるはずもなく。やがて昴は木刀を放り出し、その場にへたり込んでしまった。
〈つかれた……〉
〈そうですね。……ちょっと休みましょうか?〉
 2人が顔を見合わせた時、塀の向こう側で聞き慣れた声が響いた。
「あ、はい! 了解です。今向かってるんで、ええ……」
 さくらはぱたぱたと駆け出した。気付いたあけびも立ち上がり、そっとその背中を追いかける。
「うわっ!」
 あけびが外に出てみると、さくらが誰かの腰に突進を仕掛けたところだった。彼女はつんのめり、腰をさすりながら振り返る。
「誰だぁ……って、さくらちゃんじゃん?」
 仁科 恭佳(az0091)は、ずり落ちた眼鏡を掛け直し、にやにやしながらその頬をつっつく。
「どうしたんだよ、いきなり突っ込んで来たりして」
〈ふえ……恭佳こそ、また悪戯ですか?〉
 さくらの容赦ない質問に、恭佳は顔を顰める。
「違うって。私を悪戯ばっかの女だと思うなよ」
〈そうじゃないのですか?〉
「そうだけど、そうじゃないから。私だってちゃんと仕事してるからね?」
〈仕事……ワープゲートの開発ですか?〉
「そうそう。とりあえずワープゲートの開通実験を行えることになったから、その調整にね」
 ワープゲート。異世界の話は度々仙寿やあけびから聞かされていた。さくらは姿勢を正し、恭佳の眼をじっと見つめる。
〈それが出来たら、異世界旅行に行けるようになるのですよね?〉
「まだ時間かかるけどねえ。その頃にはさくらちゃんも一人前になっちゃってるかも」
〈ちょうどいいです。それまでにみっちり鍛えて、両親が勝てなかったという、剣客の天使に私がリベンジするのです〉
 さくらはそう言って張り切ってみせた。物心ついた時には剣を握っていた彼女だったが、今ではそれを目標に努力を続けていた。
〈恭佳も会いに行きたい人はいますか? それなら、一緒に行きましょう?〉
「そうだね。私は……いや。その頃にはちょっと難しいかもしれないかな」
 少し寂しそうに、恭佳ははにかむ。たまに暴れはしても、彼女も彼女でもういい年なのだ。社会的地位を持つ人間としての立場は、それなりに弁えていた。
 門の傍らに立ち、仙寿とあけびはそんな二人のやり取りをじっと見つめていた。
「リベンジ……か。なら、もっと俺達の技を教えてやらないとな」
『うん。恭佳ちゃんも、何だか変わったよね。彼氏さんが出来たからかな?』
「いや。あいつは元からそういう奴だったんだよ。青藍の妹だしな。……真面目だと思われたくないから、いつもああいう事ばかりしてたんだ」
 何かと突っ張ってしまう人間の気持ちは、立派な父親となった今でも、仙寿は手に取るようにわかるのだった。

 陽が西の方へと傾いていく。すっかり遊び疲れた三人は、床の間に寝転んでぐっすりと寝入っていた。傍に座り込んだ聖は、そっと昴の頭を撫でる。
(どっちに似ても、元気に育ってくれそうだな)
 そんな事を思いつつ、彼は日暮夫婦、クロフォード夫婦の姿を見遣る。日暮は三人姉弟だし、クロフォードも二人目が半年後には生まれる。いかにも幸せそうな彼らの横顔を見ていると、ちらりと一つの想いが掠める。
(……ウチも、もう一人……いた方がいいか?)
 呑気に考えていた彼だったが、玄関の方からパタパタとルゥが駆け込んできた。久々に真剣な表情をしたルゥは、そっと聖に一つの封筒を手渡す。
『ね、ヒジリー、これ……』
「なんだ……?」
 封をさっと切り、中身を読んでいく聖。その眼は次第に見開かれていく。
「おいおい、マジかよ……」

●神鳥光来
 八朔 カゲリ(aa0098)の名を知る者も、今では少なくなってしまった。何故なら、王との戦いを終えてから一年して、彼は急に姿を消してしまったのである。
 だが同時に、とある噂もまことしやかに囁かれるようになっていた。ヴィラン達の中で、エージェント達の中で、またあるいは、時の権力者たちの中で。黒い焔で異形を滅却する、錆びた剣を振るう剣士の噂が。
 その焔は、時として異形のみならず人間さえも焼き尽くしてしまうのだと、人の道を踏み外した時、黒い鳥が来るのだと、ヴィラン達はそう噂して震えあがったという。

 粗末な家の立ち並ぶ、ごみごみした路地。黒い衣に身を包んだ男が、口を結んだまま歩いていた。10年経っても、世界の全てが一様に発展を享受できたわけではない。貧富の差は厳然として存在し、こうしてスラムの中に生きざるを得ない者達もやはりいるのだ。
「……ひっ」
 少女のか細い声が路地の奥で響く。一人の男が、少女にナイフを突きつけ何かを迫っていた。抵抗できる力などある筈もなく、少女は縮こまってただ目をつぶっていた。
 低俗なスラングが男の口から洩れている。少女はひたすら理不尽に耐えていたが、不意にその言葉が止んだ。生暖かい何かが、彼女の身に降り注ぐ。
「あ、ああっ……」
 男は悲鳴を上げてうずくまる。ナイフを握る右手が、すっぱりと切り落とされていた。刃を取り巻く炎がふわりと揺れ、男の纏う衣がふわりと膨らむ。その姿を見て、少女はふと呟いた。
「黒い、鳥……」

 彼は奈落の果てを見た。そして彼は正義の味方ではなくなり、悪の敵と成り果てたのだ。


 ナラカ(aa0098hero001)についても、同様であった。影俐と共に、世界の涯に消えたのだと、そんな噂がまことしやかに囁かれていた。そして、親しかった者を除いては、その存在はすっかり忘却の彼方へと押しやられようとしていた。
 しかし、彼女は己の太源へと落ち込んだだけであった。奈落の底でまどろんでいる、自身の本質に再び邂逅しただけであったのだ。

 エベレスト。この地球の中で、最も高き霊峰。その頂上から下界を見下ろし、神鳥はうっすらと笑みを浮かべていた。
『さて、時は満ちた』
 ナラカは呟く。その瞳は金色に輝いている。己自身と邂逅し、持ち帰ってきた森羅万象を見通す神鳥の天眼だった。
『この世界から戻ってきてからというもの、私はこの目を通して多くの衆生を見届けてきた。時には救い、時には裁きを与えた。時には試練を課しもしたか』
 吹き寄せる凍風を肩で切り、彼女は東の方に登る朝日を見つめる。
『しかしいずれも、総てを見定めるが為よ』
 ナラカはふと、満面の笑みを浮かべた。朝日が一際眩く輝いた時、その姿は徐々に変質していく。黒い焔がその身体を包んでいく。
「さあ、今こそ我が太源を此岸へと降ろす時」
 焔は霊峰の万年雪さえ融かす。朝日の煌きを受けて、黒い焔はついに金色へと輝いた。
「遍く衆生、万事に立ち向かう覚悟を抱くがいい。無間の地獄を踏破しろ。その果てに、私を納得せしめよ」
 全てを焼き尽くす太陽。神の鳥としての力を手にした彼女は、じっと下界を睥睨する。
「神は不要と、人間讃歌を謳わせてくれ」


 その頃、ルゥは渋い顔で聖の手元を覗き込んでいた。彼が読んでいたのは、小さな手紙。その表には、“檄文”と記されている。
『多分、他の人にも届いてるんだろうね……』
「……マジか。やるっきゃねえのかよ……?」
 聖はぽつりと溜め息をつく。彼の新たな戦いが、今になって再び始まりそうになっていた。

●狼群進撃
 黒い戦闘服に身を包んだ少年少女達が、アサルトライフルを手に戦場を突き進む。その視線の先には、大量の甲殻類に似たイントルージョナーの群れがいた。それは鋏を振って彼らを威嚇する。しかし、彼らも怯まずに戦線の展開を始めた。
 ビルの屋上に陣取り、ユフォアリーヤ(aa0452hero001)と共鳴した麻生 遊夜(aa0452)はじっとそんな“子供達”を見下していた。
「さぁガキ共、気張って行けよー!」
『……ん、怪我しちゃ……ダメよ?』

 10年が経過したが、相変わらず世間は100点の平和とは行かないらしい。異世界を侵略していた愚神がこっちに飛んでくるわ、異世界の狭間からイントルージョナーがわらわら溢れだして来るわ、戦いが終わる気配は一向に見えない。
 そんな中でも、10年の間で彼らの間に出来た子ども達や、孤児院に引き取って育てた子ども達は数多い。すくすく育ち、一人前の普通の人として巣立った者もいれば、遊夜達の背中に憧れ、リンカーやアメイジングスとして戦士になる事を望んだ者もいる。子ども達が戦いを選んだのだから、父母たる遊夜達が悠々自適の隠居生活を送っている訳にはいかない。
 今日も今日とて、狩りを学ばせる事狼の如し。彼らはエージェントとして戦場を渡り歩いていたのである。生涯現役、常在戦場だ。

 リーヤは、ゆらゆらと尻尾を振りつつライフルを構える。彼女の眼を借りながら、遊夜は
「よし、そのまま予定通りの配置に付け。初陣ども、少し射線がズレてるぞ」
『……ん。何時も通りに……ね』
 子供達は甲殻類の群れを取り囲む。長男の遊理、長女の夜々は一斉に銃を構えて叫んだ。
「行くぞ! 攻撃開始!」
 遊理と夜々が叫ぶと、狼の群れは一斉に銃撃を始めた。ライヴス弾の雨あられが、次々とイントルージョナーの甲羅に突き刺さる。鋏を構えて身を守った群れは、バラバラに散って狼達に襲い掛かった。
 ローレディに構え、狼達も一斉に散開する。ビルの屋上からそれを見下ろし、遊夜はせわしなく指示を送る。
「いいか! 一人で敵わなくとも、味方が来るまで時間を稼げ! 逃げると決めたら迅速に味方の下へ走れ! 一分一秒の差、そして自分の体力で生死が分かれる時もある!」
『……ん。今までの成果……ここで見せて。でも、無理はダメよ?』
 狼達は路地へと引っ込んでいく。彼らを追いかけ、エビともカニともつかない蟲達はバラバラに入り込んでいった。狼は影から影へと飛び出し、銃弾を敵へ撃ち込んでいく。遊夜とリーヤが仕込んだ、数的優位を最大限に保ち続ける狼群戦術だ。
「ふむ……こうしてみると、増えたと実感するな。頼もしくなったもんだ」
『……ん、ふふ……自慢の子ども達、だからね』
 年月が経ち、遊夜は程よく老けたし、リーヤはさらに艶やかとなった。共鳴しようがしまいが、リーヤの姿は変わらないようになっていたのだ。
「そろそろだな。お前達、頼んだぞ」
 リーヤは振り返る。剣に槍、銘々武器を構えたリンカー達――孤児院の古株達は力強く頷き、一斉にビルを飛び降りていった。狼達が切り開いたチャンスを、一気にまとめるのが彼らの役割である。
『……ん、ボク達は……ここから見てるから、ね』
 リーヤは狙撃銃に弾を込める。世界でナンバーワンのリンカー狙撃手は誰かという論争は長いこと続いていた。しかし、二年前に彼らと“ラザロ”が同じ戦場に立ったことでついに決着がついたのである。
 彼らこそが最高の狙撃手である、と。

 銃声が高らかに鳴り響き、甲殻の隙間を的確に撃ち抜かれた蟲は力無く崩れ落ちる。狼達は路地に戻り、遊夜達に向かって手を振り仰ぐ。リーヤは頷くと、そっと共鳴を解いた。
「よし。……帰ったら反省会だな」
 狼群の長、麻生遊夜は頬に刻まれた皺を深め、悠然と笑うのだった。

●家族団欒
 上空1万メートルを飛行機が飛ぶ。雲海を見下ろし、結と紡は目を丸くしていた。リリア・クラウン(aa3674)も空を見つめ、穏やかな笑みを浮かべていた。
「遊園地なんて、久しぶりだなぁ。というより、日本に帰ってくるのも久しぶりかな」
「僕、遊園地はじめてだから楽しみ……!」
 王との戦いの後、エージェント業から引退したクラウン夫妻。大黒柱たるヘンリー・クラウン(aa0636)が得てきた新たな仕事の為にアフリカ連邦へと移り住んでいた。間もなく双子の姉弟、結と紡を授かり幸せに暮らしていた彼らであったが、子ども達が幼いうちに遊園地へ連れて行こうと、彼らの英雄達も連れ、一路日本へと飛んだのである。

 日本に来たヘンリー達。まずはショッピングを楽しんだ。服を買ったり、カフェでのんびり時間を過ごしたり。ホテルへと向かったのは、それからの事だった。

 夜。パジャマに着替えた結は、既に眠そうな目を擦り、伊集院 コトノハ(aa0636hero001)の腕を引いた。
「ねえコトノハ、今日はコトノハと一緒に寝てもいい?」
『いいよー。それじゃあ、一緒に寝ようか。じゃあ、おやすみ』
 コトノハは結の手を引くと、自分達の部屋へと引っ込む。片薙 渚(aa3674hero002)は、紡の方をちらりと見る。
『じゃあ、紡は自分と一緒に寝るっすか?』
 少年はちょっと顔を赤くして、俯いてしまった。
「一人で、寝られるもん」
 言うと、紡はそそくさとベッドへ潜り込む。ワイングラスを片手に、ヘンリーは微笑ましくその姿を眺めていた。リリアもほっと胸を撫で下ろす。
「今日も無事でよかった」
 結と紡は、リリア達の大切な宝物だった。

「ねー起きて!」
「むぐ……」
 小鳥の鳴き回る早朝。ヘンリーは結と紡に挟まれあっちこっちと揺すぶられていた。ヘンリーは頭を掻きつつ、何とかその身を起こした。
「わかった、わかった。今起きるから……お前達は渚達を起こしてきてくれ」
「はーい」
 二人はぱたぱたと駆け出していく。その背中を見送り、ヘンリーはちらりと横を見遣った。気持ち良さそうに伸びをして、リリアがヘンリーに微笑みかけた。
「おはよう、ヘンリー」
「ああ。今日も良い一日になるといいな」

 手早く朝食を済ませ、一行は早速遊園地へと向かった。コトノハは眼を見張ってガイドブックを見つめていたが、渚はまだ眠い目を擦っている。
『うーん……もっとのんびり行きたいっすよ……』
『ダメ。見るべきところはたくさんあるんだから。一分一秒も惜しいよ』
 コトノハはきっぱりと言う。結はその腕を引き、撮影台を指差した。
「コトノハ、写真撮ろー?」
『いいよ。じゃあみんなで撮ろうか』
 今日の思い出が、早速一枚刻まれた。

 遊園地に入った一行。数々のアトラクションに目移りする子ども達と、それを見守るヘンリーとリリア。しばらく黙り込んでいた渚だったが、不意に彼女は一行の先頭に飛び出した。
『ジェットコースター! 折角遊園地に来たんだから、ジェットコースターに乗らなきゃ損っすよ! ナポリを見て死ね、日光を見ずして結構というな、っす!』
「えー、ダメ。ジェットコースターは早いよ。特に紡は……」
 素直で心優しい紡だったが、どうにも引っ込み思案で大人しい子でもあった。リリアはそんな息子に怖い思いをさせたくない。紡を腕の中に引き寄せようとしたが。紡はその腕を押し退け、くるりと振り返って母を見上げた。
「僕、乗るよ。乗ってみたい!」
「ホントに?」
 紡はこくりと頷く。ヘンリーもリリアの肩を叩いた。
「乗せてあげればいいじゃないか。大丈夫だろう」
「そう、だね……」
 やっぱり心配そうなリリアであった。

 そんなこんなで、渚と紡は疾駆するジェットコースターに身を任せていた。バーにしがみついて、二人はとにかく叫んだ。下では、リリアがハラハラと、ヘンリーが悠々とその姿を見上げていた。
「大丈夫かな……?」
「問題無い。リリアが思っている以上に、紡は成長しているさ」
 やがて、ジェットコースターから降りた紡と渚が帰ってくる。渚がぐるぐると眼を回している横で、紡はどこか誇らしげな顔をしていた。リリアの事を見上げ、紡は尋ねる。
「……これで、強くなれたかな」
 丸い目がきらりと光る。リリアは思わず頬を綻ばせた。
「うん」
 紡はぱっと笑みを浮かべると、周囲をきょろきょろと見渡す。
「お姉ちゃん! 僕……あれ、お姉ちゃん?」
 結に自らの成長を誇ろうとした紡だったが、少女の姿は何処にも見えなかった。ヘンリーは顔を強張らせ、慌てて周囲を見渡す。
「結? 結、どこだ」
「そう言えばコトノハもいないけど……」
 リリアも血相を変える。ようやく正気を取り戻した渚が、渋い顔をして首を傾げる。
『もしかして、二人揃って迷子っすか?』
「探さなきゃ!」
 紡が叫ぶ。一家は頷き合うと、一斉に駆け出した。

 二人はすぐに見つかった。メインストリートの傍らで、パレードをじっと見つめていたのだ。結の手を引くコトノハは、息を切らしたリリアやヘンリーに向かって目を三角にしてみせた。
『人聞きの悪い! 僕が迷子になんてなると思う?』
「そうか、結のこと見ててくれたんだな……すまない」
 深く息を吸い込み、呼吸を整える。ヘンリーは静かに腰を下ろし、コトノハにしがみつく結に視線を合わせた。
「ダメだぞ。勝手にどこか行こうとしたら。ちゃんと、お父さんやお母さんに言うんだ」
「ごめんなさい」
 結は俯き、ぼそぼそと呟く。リリアはにっこり笑うと、結の頭をそっと撫でた。
「ごめんなさいが言えたらオッケーだよ。綺麗だよね、パレード」
「……うん!」
 ヘンリーはそっと結に手招きすると、娘を肩車してやった。軽快な仕草で、キャラクター達はメインストリートを練り歩く。結は眼を輝かせながら、その光景をじっと見つめていた。

 夜。全てのアトラクションを見て回るつもりで遊園地を楽しみきった一行は、揚々とホテルへ戻ってきた。夕食を食べて温泉に入って。そうしたら、一日溜め込んだ疲れが回って来たのか、すぐに子ども達はベッドへと潜り込んでしまった。
 リリアとヘンリーは、そんな姉弟に寄り添い、愛おしそうにその頭を撫でていた。
「来てよかったな、遊園地」
「そうだねえ。ヘンリーと付き合い始めた頃のこと、何だか思い出しちゃったよ」
 彼女は眼を上げ、ヘンリーをじっと見つめる。
「みんなでずっと一緒だよ、ヘンリー」
「ああ」
 そんな二人を窓辺から見つめていた渚は、くつくつと笑い始めた。
『まったくもう、10年経ってもアツアツなんすねえ』
 育まれた絆は、今になっても変わることなく続いていた。

 翌日。帰りを待つ祖父たちへの土産でも買おうと、一行は遊園地のショップを訪れていた。お菓子やフィギュア、Tシャツからぬいぐるみまで、グッズは選り取り見取りだ。紡や結はもちろん、リリアやヘンリーまでもが目移りしていた。
「どれにしようかなぁ……」
『あっ!』
 いきなり渚が素っ頓狂な声を上げる。ぬいぐるみコーナーの一角に駆け寄ると、一つのぬいぐるみを手に取った。
『きぼうさっすよ! この遊園地でもグッズになってるんすね!』
『そういえば、H.O.P.E.をモデルにしたアトラクションもあったよね』
 コトノハもきぼうさの顔をじっと見つめた。前線に立ったのは遠い昔の事だが、彼らは戦っていた時のことを今でも昨日の事のように覚えている。
「こうしてみると、随分と平和になったんだな」
 ヘンリーは目を細める。この遊園地に居る誰もが、夢中で日常を謳歌していた。
「お父さん、僕、これ欲しい!」
 紡はぐいぐいとヘンリーの袖を引き、きぼうさのぬいぐるみを指差す。夫婦は目配せすると、そっとぬいぐるみを買い物かごの中に座らせた。


●合縁奇縁
 運命の相手とは、赤い糸で結ばれているそうだ。もっと深い運命の相手とは、生まれ変わってもまた出会うそうだ。それを想えば、この出会いは紛れも無く運命だったのだろう。“彼女たち”はきっと、その証拠なのだ。

 3月3日。都内某所、アヴィシニア家。エル・ル・アヴィシニア(aa1688hero001)とラドシアス(aa0778hero001)[現:ラドシアス・ル・アヴィシニア]は、二人の子ども達と共に雛祭りの支度にとりかかっていた。
「ようし、雛人形を飾るよー」
 皆月 若葉(aa0778)は大きな箱を幾つも取り出す。中から出てきたのは、幾つもの人形や飾り布。ルシエラはその華やかさに興味津々だ。
【ボクもやる!】
 ラシェルは早速五人囃子を手に取り、雛壇に並べ始めた。その隣でルシエラはぼんぼりを組み立てようとしていたが、覚束ない手つきでは上手く行かない。少女は兄の袖を小さく引っ張った。
【らしぇる】
【なーに、ルシ?】
【これ、むずかしいの】
【これはね……こうするんだよ】
 受け取ったラシェルは、それを器用に組み立ててみせた。ルシエラはぱっと眼を丸くした。
【らしぇる、すごいの!】
 二歳違いの二人はとても仲がいい。喧嘩するところも見たことが無かった。そんな兄妹の横顔を、魂置 薙(aa1688)[現:皆月 薙]は眉を開いて見つめている。その手元では薄焼き卵が手際良く焼かれていた。
【わかば、つぎは?】
「じゃあ、上からお人形を飾っていこうか」
『それは一番上だな』
 若葉がルシエラにお雛様を手渡し、ラドが少女を抱え上げてやる。ルシエラはうんと手を伸ばし、段に人形を載せた。ルシエラは抱え上げられたままきょろきょろと足元を見渡していたが、不意にその小さな指を伸ばした。
【かーさま、これはなに?】
『昔の嫁入り道具だの』
 エルは鏡台を拾い上げ、ルシエラの目の前に差し出す。少女は振り返り、ラドシアスに視線を送る。
【とーさま、ルーもこれほしいの!】
『……ああ。ルシエラがお嫁に行く時にはとびきりのを用意しよう』
 そう言いつつも、彼の表情は複雑だ。今から嫁入りの日に思いを巡らせているのかもしれない。そんな相棒を横目に、若葉は小さく微笑んだ。
「ラド……気が早いよ」

 雛人形の飾り付けが終わった頃、酢飯や具材の準備が終わった。後はテーブルまで運んで、皆で綺麗な手鞠寿司に仕立てていくだけである。大人四人が着々準備を進めていく姿をラシェルはじっと見上げていたが、ふと少年は尋ねた。
【お父さん、何かできる事ある?】
『……なら、これをテーブルに運んでくれるか?』
 そう言って、ラドはラシェルに刺身の乗った皿を手渡す。見ていたルシエラも、飛び跳ねながら台所へ手を伸ばした。
【ルーも!】
「うん。じゃあ……これ持って行ってね」
 薙は手のひらサイズの小鉢を差し出した。ルシエラはそっと受け取ると、テーブルに向かって歩き出す。薙は浮かない顔をして、その後ろをそろそろとついていく。
「そんなに心配しなくても平気だよ、薙」
「うん……そう、だよね」
 照れくさそうに笑う彼に、若葉も思わずクスリと笑った。親友だった二人も、今では人生を共に渡り歩くパートナー。片や小学校の非常勤、片や繁盛する喫茶店の主として、悠々自適のエージェント生活を送っていた。
「……さて。それじゃあ、作っていこうか。見ててね」
 席に着いた薙は、ラップを手に取り、酢飯を包んできゅっと絞る。すると綺麗に丸い酢飯の手鞠が完成だ。ラドも一緒に作ってみせる。
『こんな感じだ。やってみるか』
【うん!】
 ラシェルは眼を輝かせながら頷くと、ルシエルと共に酢飯を手に取り手鞠を作った。ラップを開き、ラシェルは両親にそれを差し出す。
【出来た!】
【ルーもするの!】
 とはいえ、年端も行かない二人が握っても中々うまくは纏まらない。少し大きいし、形も歪だ。しかしそれでも愛おしい。ラドは微笑んだ。
『あぁ、良く出来ているな。その調子で残りも頼む』
 褒められた二人はますます目を輝かせ、張り切って寿司を握り始める。その姿を一通り見届けると、ラドはエルに目配せし、再び厨房へと戻っていった。

 そんなこんなで御馳走の準備を終えた一家。彼らは再び食卓を囲み、ささやかなパーティーを始めた。
【いただきまーす!】
 ラシェルは早速手鞠寿司に手を伸ばす。口いっぱいに頬張り、少年は幸せそうな顔をする。薙も釣られて一つに手を伸ばそうとするが、いきなりルシエラがそれを取り上げてしまった。
【メッ。とーさまとかーさまにあげるの! はい、とーさま】
 ルシエラはそっとラドに手鞠寿司を差し出す。
『ありがとうルシエラ。いただこう……うむ、とても良く出来ている』
 ものぐさの代名詞のような男が、満面の笑みを作ってルシエラに微笑みかける。ルシエラはぱっと眼を輝かせた。
【これがボクの! ほら、しっかり出来てるでしょ?】
「そうだね。……うん。美味しいよ」
【やった!】
 ラシェルはガッツポーズをする。若葉は眼を細めると、彼もラシェルの作った手鞠寿司を手に取る。
「じゃあ、オレもラシェルのもらうね?」
【うん! 食べてよ!】
 育ち盛りに差し掛かったが、ラシェルは素直で優しいお兄ちゃんだった。ラドに似た顔の輪郭に、エルと同じ紫色の瞳が凛々しい。
【これ、おいしいの!】
 一方、ルシエラは無邪気だった。母親の口調をたどたどしく真似てみたり、とにかく愛嬌がある。しかし、その瞳は血のように赤く、力強い情熱を潜めているようにも見えた。
 ラド達はそっと目配せする。二人の成長が、彼らは楽しみでならなかった。

【きぼうさー! がんばれー!】
 食事も終わって、パーティーはたけなわ。ラシェルとルシエラは、テレビの中で活躍するマスコットヒーローに声援を送り続けていた。床に座り込んでそんな子供たちを見守っていた若葉だったが、ふと手を叩き、鞄を手元に引っ張り寄せた。
「ああ、そうだ二人とも。検査結果貰ってきたよ」
 そのまま、彼は鞄の中から封筒を一つ引っ張り出す。エル達は顔を見合わせ、そろそろとその封筒を受け取った。
「ラシェルもルシエラも、アメイジングスだって」
『……そうか』
『なるべくして、という趣かの』

 英雄と英雄の間に子は生まれない。それがこれまでの定説であり、数多に生まれた英雄達のカップルがそれを証明してきた。ラドとエルも、共に人生を歩むと決めてから、その事実を受け容れようとしていた。一抹の寂しさを抱えながら。
 しかし、ある日に奇跡は起きたのだ。体調の不良を訴えたエルが、病院で懐妊の報せを受けた。十月十日後に生まれた子どもも、エルとラドにそっくりであった。検査をしてみたら、それは紛れも無く、二人の血を引く子どもだったのである。

『人間と誓約を結ばなければ、生存すらおぼつかないような存在だった、俺達がな』
『私達もこの世界に生きる一人の人間になれた、という事なのかもしれんの』
 エルとラドは、しみじみとした面持ちで呟く。そんな二人の顔を、ラシェルは心配そうな顔で見上げた。
【どーしたの?】
『いいや。ラシェルもルシエラも、たくさんお手伝い出来たの』
 エルはそっと二人を抱き寄せ、その頭を撫でる。薙と若葉は、そんな彼女の姿を見て、ふっと微笑み合う。

 戦って掴み取った縁の尊さを、彼らはしみじみと感じたのだった。

●尊き幸せのために
 波止場に立ち、海神 藍(aa2518)は水平線の彼方を見つめる。“ラザロ”を名乗るフリーエージェントが、ヨットのセイルを開いて海の彼方へ消えようとしていた。
「重たい仕事だが、その価値はあるな。……なぁ、“ラザロ”」
 見送る藍は、“彼女”との会話を思い出していた。
「“あの戦い”は、当にH.O.P.E.の縮図だった。……希望は万人の物であるが故、主張も主義も一つには纏まらなかった」
『そして、纏めてはならないものだったのです』
 禮(aa2518hero001)も眼を見張って船を見送る。

 二人は既に決めていた。盲目な正義への変質を防ぐため、自分の戦いを続けよう、と。


 H.O.P.E.東京海上支部。藍と禮は向かい合わせになってデスクに座り、舞い込んできた大量の書類を手早く片付けていた。監査組織の一員として、彼らは上がってくる報告書の一字一句にまで、具に眼を通していた。
 デスクの隅の小さな鳩時計が鳴き始める。15時の合図だ。
「もうこんな時間か。禮、お茶にしよう」
『ええ。ケーキも冷蔵庫で待ってますしね』

 休憩室に紅茶とケーキを持ち込み、二人はほっと一息をつく。禮は早速フォークでケーキを切り分け始めた。年頃になっても(曰く、既に三十路らしいが)、ケーキ好きは変わらないらしい。
『最近は割と落ち着いてきましたね。若いヒトも入ってきますから、また教官の方の仕事も請け負ってみませんか?』
 藍はタブレットを取り出し、送られてきた電子書類に眼を通す。まさに、後進指導の請負を求める旨の言葉が並べ立てられていた。
「“アメイジングス”の増員か。英雄が新たに現れなくなってしまった今、憂いが一つ減ったとも言うべきかな」
 イントルージョナー、闖入者の出現により、H.O.P.E.は今も異世界関連事件の最前線に立ち続けている。しかし、H.O.P.E.もまた徐々に世代交代が進みつつあったのだ。
「これから先はアメイジングスがリンカーの役を担ってゆくのだろう。……随分と都合が良いようにも思うがな」
『きっと決定していたのでしょうね』
 おもむろにフォークを置き、禮は呟く。藍は首を傾げた。
「決定?」
『10年前のあの時、王様の手には決定の権能がありました』
 禮と藍は、ふと王との決戦を思い出す。神月事件において、プリセンサーが見た予知に対して絶対の権能を振るっていたエレン・シュキガル。何故、その力を攻撃へ用いるのみに留め、権能を行使していなかったのか。
 そのことに思いを巡らせるとき、禮は一つの答えに達したのだ。
『王様は、確かにそれを行使していた……定めていたのだと思います。自らの滅びを、そしてこの未来を』
「なるほど。王は最後の仕事を成していた、ということか」
 初めて出会った時の印象通り、あれは神の如きものであったのだ。飲み干した紅茶カップを置き、禮は溜め息をついた。
『愚神達が忠義を誓うのも解りますね。全く』

 戦い、勝ち取った未来なのか。王によって選ばれ、導かれた未来なのか。あるいはその両方か。しかし、いずれにしても成すべき事は変わらない。
「明日を生きる者のために、今日を守る……それが私達のやるべき事だ」
 藍がちらりと禮を見遣ると、彼女も力強く頷いた。
「……さて、そろそろ仕事に戻ろうか」

 立ち上がると、藍は幻想蝶を手に取り、禮に向かって差し出す。この道を行くと決めてから、何度となく繰り返してきた儀式だ。
『正義や組織のためでなく』
「小さく尊き幸せの為に」
 誓いの言葉を口にして、“H.O.P.E.の番人”は静かに休憩室を後にした。


●慈悲のために
 愚神出現のアラートがけたたましく鳴り響いた。スマートフォンを見ていた一人の少女――氷鏡 六花(aa4969)は、ジャケットを着込み、ヘルメットを被って颯爽とスポーツタイプのバイクに跨る。
「アルヴィナ、出現場所で落ち合うよ」
[わかったわ。先行しているわね]
 六花はアクセルを回し、一気にバイクを加速させる。海沿いの道を、彼女は猛然と突き進んでいく。
 対愚神専門のエージェント、“絶対零度の氷雪華”とは彼女の事であった。

 駅前の交差点を、人々が逃げ惑う。鬼のような姿をした愚神は、逃げそこなった一人の男をその手で軽々と掴み上げた。
「……その命、我が王に捧げよ!」
 鬼は吼える。腕に浮かぶ血管が歪に光り、男からライヴスを吸い上げ、干からびたミイラのようにしてしまった。鬼はミイラを放り捨てると、周囲を見渡し昂然と叫ぶ。
「王よ、我らが直ちに……」
 刹那、どこからともなく突っ込んできた蒼いバイクが鬼の身体を撥ね飛ばした。鬼は宙に高々舞い上げられ、地面に投げ出される。タイヤを鳴かせて止まると、ヘルメットを脱いで六花が戦場に静かに降り立つ。
「そう。貴方も……王に歪められてしまったのね」
「何?」
 六花は胸元で十字を切った。その眼に宿るのは、慈悲と憐憫。
「大丈夫、今……終わらせてあげるから」
 アルヴィナ・ヴェラスネーシュカ(aa4969hero001)が、そっと六花に寄り添う。二人の身体は融け合い、一つとなる。純白のトゥニカの上から蒼く透けた羽衣を纏い、六花はそっと魔導書を広げた。
「貴様も、王に命を捧げよ!」
 鬼は吼えると、大剣を担いで六花へ迫る。六花は氷の礫を一つ作り出すと、鬼の利き腕目掛けて叩きつけた。鋭い一撃が、鬼の手から大剣をもぎ取った。
「ぬう……」
 拳を固め、鬼は直接殴りかかろうとする。六花は白く輝く幻想蝶を手に取ると、鬼に向かって突き出した。
 氷の鏡が現れる。殴り掛かった鬼は、その衝撃をまともに撥ね返され、その場で昏倒した。
「これで、お終い。……だから、祈りなさい」
 六花は駆け寄ると、鬼の額に指先を当てる。練り上げた氷の魔力が、一瞬にして鬼の身体を凍りつかせていった。
「再び、ライヴスの中へ還れるように」
 限界を迎えた鬼の身体は、一瞬にして砕け散った。

 かくして、今日も六花は一人の愚神に『終わり』を与えたのである。

 一時間後。大学に戻ってきた六花は、平然とした笑みで友人とお茶を楽しんでいた。
「……で、六花は院に進むんでしょ?」
「うん。いつかはH.O.P.E.の南極支部で、研究員として働きたいから」
 ブラウスやスラックスのような、フォーマルな服を着こなす、物静かでどこかお嬢様のような雰囲気の六花。その容姿は青年達の耳目を集め、アプローチを受けたことが幾度もあった。そして皆玉砕した。
 彼女は学生であると同時に、やはり戦士でもあったのだ。

 一方、アルヴィナも颯爽とした足取りで仕事場へと戻っていた。そこには、ぎっしりと記者たちが押しかけている。何を隠そう、最近はアルヴィナが既婚であるという噂が流れ、それでもちきりになってしまっているのである。
「すみません! 先日のニュースの件ですが、あれは――」
『信じるも信じないも、皆さんの自由よ?』
 悠然と言い放つと、彼女はオフィスに足を踏み入れる。今日はプロモーションビデオの撮影だ。愛する“夫”や“娘”と夜を過ごす為にも、一秒たりと無駄には出来なかった。

 かくて日常を謳歌しながらも、彼女達はきっと最後まで戦い続けるだろう。この世界から、愚神という名の犠牲者が消え去るまで。

●永き絆
 そこは、『失われぬ楽園』と呼ばれていた。太平洋に浮かぶ離島。清水と共に湧き上がるライヴスの力を受けて、一株の桜が一年中咲き誇っている。
 そんな桜の木の下で、一組の男女が向かい合っていた。緊張に肩を強張らせた男は、頬を染める女に一つの小箱を開いて差し出す。
「これからも……ずっと、一緒にいたいから……結婚、してくれますか? してください!」
「……はい。こちらこそ、よろしくお願いします」
 潮風が吹き、桜吹雪が舞う。男女の門出を、祝うかのように。


 メテオバイザー(aa4046hero001)は手製のハンドバッグを肘に下げ、街角に立っていた。その表情は穏やかだ。
『メテオさん』
 柔らかな声色で、メテオの名が呼ばれる。匂坂 紙姫(aa3593hero001)が、ゆったりと彼女に向かって手を振っていた。メテオもドレスの裾を摘まみ、静かに頭を垂れた。
『こんにちは、なのです』

 路地へ少し踏み入ったところにある、行きつけの喫茶店。隅っこのボックス席に二人が腰を下ろすと、メモを片手に薙がやってきた。
「……いらっしゃいませ。いつものでいい?」
『ええ。お願いします』
 メテオはぺこりと頭を下げ、紙姫へと向き直る。鞄から写真の束を取り出し、彼女へそっと差し出した。紙姫は受け取り、一枚一枚眼を見張りながらまじまじと見つめる。
『紙姫ちゃん、この間行ってきた街の写真なのです』
『メテオさんって、いっつもお洒落に写真撮りますよね。見習わないと……あ、もしかしてこの美術館って、今度開く3人展の場所ですか?』
 紙姫は写真を一枚手に取り、メテオに見せる。スタッコの壁が重ねた歴史を思わせる、大きな美術館。メテオは少し照れくさそうに頷いた。
『そうなのです。最近はその作品作りで忙しいのですよ……』
『その作品って、今見る事、出来ます?』
 紙姫が首を傾げると、メテオはタブレットの画面を彼女に差し出した。
『進行状況は毎日写真に撮っておくので……。見れますか?』
 紙姫は眼をぱちくりさせた。白い生地の上に、薄桃色の刺繍糸で、桜の模様が一つ一つ丹念に縫い込まれている。
『すごい……これ、私のコラムのテーマにしてもいいですか?』
『是非、なのです。メテオも今回はばっちり宣伝したいので……』
 新進気鋭の刺繍作家と話題のライターは、和気藹々と微笑み合うのだった。

 同刻、某裁判所。傍聴席一杯に傍聴人や記者が詰めかける中で、強盗殺人を犯した一人のヴィランに対する裁判が、粛々と続いていた。
 闇の組織と太いパイプがあるというこのヴィランは、敏腕弁護士を高値で雇い、あの手この手で検察側の攻撃を躱そうとしていた。起訴事実を否定して争い、それが上手く行かなければ刑の軽減へと走った。
 しかし、彼らのたくらみが上手く行こう筈も無い。検察側で立ちはだかっているのは、検察庁期待のエース、キース=ロロッカ(aa3593)なのだから。
「行為の様態及び公判中での発言を鑑みるに、被告人に悔悟の念が生じているというのは相当でなく、厳重に処する必要があると考えます」
 証拠を提出するタイミング、被告や弁護側の発言を詳らかに読み取った反論。的確に彼らの逃げ道を塞いだその手腕を前に、ヴィラン達はもう黙り込む他なかった。
 法を犯した者に適正なる罪科を。キースの信念と「希望」の解釈は、10年の間揺るぐ事は決して無かったのである。

 陽が傾きかけた頃、桜小路 國光(aa4046)は東京海上支部の資料室を訪ねた。そこには、ファイルの山の中に埋もれかけた青藍の背中が見える。そっと歩み寄った國光は、背後からこっそり声を掛けた。
「ただいま。どう?」
「お帰りなさい。……まあぼちぼちですかね」
 青藍は書類を放り出すと、座席にもたれて伸びをする。國光は隣に腰掛け、彼女の横顔を見遣った。
「秘書さん、いつ戻れそう?」
「え?」
「事務から苦情が凄いんだよ。青藍がいないと仕事が回らないって」
「あらまぁ。ちゃんとやってるんだけどなぁ……まーた喧嘩する気か」
 青藍の眼が厳しくなり、臨戦態勢に入る。秘書となった青藍はとにかくやり手だった。國光が日本では大学の専任講師を務め、英国では薬用植物園で研究試料の管理を任され、能力者やアメイジングスの相談までこなせているのも、青藍の支えあってこそだった。
 だからこそ、彼女を束縛しているのではないか、なんて負い目も少し感じたりするのだが。
「あと、葵ちゃんも“青藍をこき使うな”って。さっき電話来たよ」
「あいつ……國光さんが私をこき使ってるわけじゃねえって言ってんのに」
 青藍はバツが悪そうに口を尖らす。その表情は、出会ったばかりの頃の彼女にそっくりだ。
「一生懸命で楽しそうだけど……空いた時間でって話なんだから、家族を優先したっていいんじゃない?」
「まあ確かに。それもそうですねぇ……」
 青藍はタブレットを取り出すと、カレンダーをいじり始める。その中の予定を見た彼女は、あっと呟き、國光に振り返った。
「あ、そういえば今日、キースさん達とお食事なんでしたっけ。私も行っていいですか?」
「もちろん。オレも誘いに来たんだ」

 陽がじっくりとビルの狭間へ沈んでいく。その陽を追いかけるように、キースは走っていた。いかにも高級そうなレストランの前で足を止め、そっと中に入る。さっと見回してみると、既に妹や親友が円卓を囲んでいた。
「すいません、遅くなりました」
『兄さん、遅いです! 今日は論告求刑だけだったのでは?』
「失礼しました。そのあと次席検事に捕まってしまって……」
『もう……』
 そんなやり取りをしつつ、キースはやってきた給仕に向かって手早くコース料理の注文を済ませる。それからようやく彼はネクタイを緩めた。
「サクラコの帰国は今日でしたっけ」
「ああ。空港のテレビでキースが喋ってるところを見たよ。もう、雲の上の人だね」
『本当なのです。サクラコもキース君を見習ってほしいのですよ』
「ふぅん……?」
 メテオが呟くと、國光はちらりと青藍を見遣る。彼女も今は“桜小路 青藍”だった。メテオは頬を膨らませ、つんつんと國光の頬をつつく。
『セーラさんはセーラさん。サクラコはサクラコなのですよー』
「わかってる。でも大変だね。帰って来てもずっと同じニュースだからびっくりしたよ」
「そうですね……あまり公判中の案件について喋る訳にはいかないですが……まあそんな調子ですからね。どうしても気を張ってしまいます。そっちこそ、研究の方は順調ですか? 英国でも随分活躍していると聞いてますけど?」
「まあね。もうすぐ新薬の臨床試験が始まる……ってところかな。ワープゲートの開発が完了すれば、もっとたくさんの試料が収集出来るようになるし、もっと忙しくなるかも……」
 話に花を咲かせ始めたキースと國光。紙姫は青藍に振り返った。
『セーラさんはどうです? 何だか最近、史料編纂に追われているって、メテオさんから聞きましたけど?』
「話が早いですね。まさにです。もう少し楽な仕事だろうって思ったんですけど……ああいう適当な史料を見てると、何だか許せない気持ちになっちゃって」
『私の知り合いに、そういうのが得意な人いますから、手伝うように頼んでみましょうか?』
「ええ、ぜひ!」
 青藍達も和気藹々と話し始めた。國光はその姿を見遣り、そっと頬を緩める。
 何てことの無い、平凡な日常。友人や妻と膝を突き合わせて笑っていられる夜。國光は、そんな“普通”である事の幸せを噛みしめていた。

 夜。國光達と別れたキース達は、満月を見上げてのんびりと歩いていた。
『お腹一杯です~』
「いい時間でしたね」
『10年経っても、こうして一緒にご飯食べられるお友達っていいですね、兄さん』
 振り向いて、紙姫はキースに微笑みかける。キースは頷き、頬を和らげた。
「……ええ、本当に。得難い友達ですよ」


●未来に想い馳せ
 “当たり前”の人生と訣別した君島 耿太郎(aa4682)。彼はH.O.P.E.のエージェントとして、相棒のアークトゥルス(aa4682hero001)と共に壮健な活動を続けていた。因縁深いリオ・ベルデなど、中南米方面の依頼を主に受け、果敢に最前線で戦う彼らは、次第にH.O.P.E.内部でも重要な位置を占めるようになっていった。

 その一つの位置が、『新人教育』である。

 グロリア社の訓練室。耿太郎とアークトゥルスは肩を並べ、アメイジングスの少年少女を迎え入れていた。
「集まったね、皆」
『よく来てくれた。君達の活躍は既に聞いている』
 耿太郎とアークはにこやかな顔で彼らを褒め称える。少年にしか見えない耿太郎を見た新米エージェント達は、思わず肩の力を抜いてしまう。いかにも自信ありげに胸を張ってみせる者もいた。そんな彼らを見渡したアークは、そのまま言葉を続ける。
『だが、気を抜いてはいけない。戦いが簡単だという意志が芽生えれば、その足元を掬われることになりかねない』
「すこーし、意地悪かもしれないけれど……初心の、もしかしたら負けてしまうかもしれないという感覚を改めて思い出してもらうために、今回の訓練は用意したんだ」
 耿太郎とアークは頷き合うと、静かに共鳴した。鎧を纏い、星を散らしたように輝く剣を抜き放つと、耿太郎はその切っ先をアメイジングス達へ向ける。
「さあ、武器を取り給え。どこからでもかかってくるんだ」
 八人のアメイジングスに囲まれても、自らの勝利を疑わない堂々とした佇まい。その気迫に押され、彼らの足がじりじりと下がる。
「来ないなら、こちらから行くぞ」

 その訓練志向は実戦型。訓練を受けたエージェントの成長は目覚ましいが、毎度毎度エージェントはボロボロになって医務室に駆け込む羽目になる。
 かつてアークに師事していた耿太郎本人までもが、そう述懐していた。


 そんなわけで、鬼教官ぶりをしばしば発揮していた彼らであったが、今日は自ら任務を引き受け、H.O.P.E.所有のとある研究施設を訪れていた。
「異世界探索用のワープゲート……っすか」
 耿太郎はきょろきょろと施設を見渡す。アークは任務の依頼書にじっと目を通していた。
『ああ。今回ゲートの固定化に初めて成功したから、何度かに分けて探索を行う……という手筈らしいな』
「王さんとかヘイシズのいた世界にも、行けるようになるんすかね」
 呟く耿太郎の声は、どこか弾んでいた。しかしアークは渋い顔だ。
『……覚えていない身でなんだが、あまり良い状態であるとは思えないな。そもそも未だ存在しているのやら』
「それを確認する為にも……って感じっすね。王さんよく冒険はいいって言ってたから。世界を渡る冒険なんて最高じゃないっすか」
 大人になって相応の落ち着きを得たが、それでも耿太郎は何処か少年のような純粋さを持ち合わせていた。そんな相棒の横顔を見遣り、アークは微笑む。
『そうだな。確かに冒険はいい。自らの器をより大きく広げる契機となる』
 二人がそんな話をしていると、白狼頭の獣人が、つかつかと靴を鳴らしながらやって来た。
『もし。君達も今回の異世界探査の任務に参加されるのだろうか』
 彼は二人に向かって恭しく頭を下げる。その佇まいに、アークは見覚えがあった。
『ヴォルク……でしたかね。芸能課の経理を担当している』
『ああ。今回はよろしく頼む』
「よろしく……って、ヴォルクさんも今回の依頼に参加するんですか?」
『参加する、というと少し語弊があるかも知らんな』
 ヴォルクは頬の髭を摘まむ。二人が首を傾げていると、仁科 恭佳(az0091)がやってきた。
「本日はよろしくお願いします。ヴォルクさんには、異世界探査用ワープゲートの起動をお願いしていたんですよ」
『私の希望でな。私がいた世界はどうなったのか、それを確かめるために向かう』
 彼らの言葉に、耿太郎達は思わず目を見開いた。息を呑み、顔を見合わせる。
「それって、もしかして……」

 彼らはまだ知らなかった。この異世界探査によって、新たな未来の可能性が開かれようとしているのだという事を。



END



●???
 大理石で飾り上げられた城の中、狼頭の青年が鎧をガチャガチャ鳴らしつつ走る。樫の扉をぐいと押し開くと、彼はそのまま金色の獅子の前に跪く。
「宰相。先日より観測されている空間の歪みですが、次第に固定化しつつあるようです」
「最大限に警戒しろ。新たな愚神が恒常的に攻め寄せる拠点となる可能性がある」
「はっ」
 青年は頭を垂れたまま応え、踵を返して飛び出す。その背中を見送った彼は、深々と溜め息をついた。隣の玉座に座っていた虎頭の老王は、渋い顔で彼を見遣る。
「どうかしたのか、“ノーブル”。最近溜め息ばかりだぞ」
 問われた獅子は首を振る。
「いえ。……最近妙な夢を見るのです。私が愚神として、数多の世界を侵す夢を」

 眉間を抑えた“ノーブル”は、苦悶の表情を浮かべていた。

 Continued to “New Deal”.

結果

シナリオ成功度 大成功

MVP一覧

重体一覧

参加者

  • 燼滅の王
    八朔 カゲリaa0098
    人間|18才|男性|攻撃
  • 神々の王を滅ぼす者
    ナラカaa0098hero001
    英雄|12才|女性|ブレ
  • 深森の歌姫
    イリス・レイバルドaa0124
    人間|6才|女性|攻撃
  • 深森の聖霊
    アイリスaa0124hero001
    英雄|8才|女性|ブレ
  • Run&斬
    東海林聖aa0203
    人間|19才|男性|攻撃
  • The Hunger
    Le..aa0203hero001
    英雄|23才|女性|ドレ
  • 来世でも誓う“愛”
    麻生 遊夜aa0452
    機械|34才|男性|命中
  • 来世でも誓う“愛”
    ユフォアリーヤaa0452hero001
    英雄|18才|女性|ジャ
  • 戦うパティシエ
    ヘンリー・クラウンaa0636
    機械|22才|男性|攻撃
  • エージェント
    伊集院 コトノハaa0636hero001
    英雄|17才|?|バト
  • 共に歩みだす
    皆月 若葉aa0778
    人間|20才|男性|命中
  • 温もりはそばに
    ラドシアス・ル・アヴィシニアaa0778hero001
    英雄|24才|男性|ジャ
  • 共に歩みだす
    魂置 薙aa1688
    機械|18才|男性|生命
  • 温もりはそばに
    エル・ル・アヴィシニアaa1688hero001
    英雄|25才|女性|ドレ
  • マーメイドナイト
    海神 藍aa2518
    人間|22才|男性|防御
  • 白い渚のローレライ
    aa2518hero001
    英雄|11才|女性|ソフィ
  • その背に【暁】を刻みて
    藤咲 仁菜aa3237
    獣人|14才|女性|生命
  • 守護する“盾”
    リオン クロフォードaa3237hero001
    英雄|14才|男性|バト
  • 天秤を司る者
    キース=ロロッカaa3593
    人間|21才|男性|回避
  • ありのままで
    匂坂 紙姫aa3593hero001
    英雄|13才|女性|ジャ
  • 家族とのひと時
    リリア・クラウンaa3674
    人間|18才|女性|攻撃
  • 友とのひと時
    片薙 渚aa3674hero002
    英雄|20才|女性|ソフィ
  • きっと同じものを見て
    桜小路 國光aa4046
    人間|25才|男性|防御
  • サクラコの剣
    メテオバイザーaa4046hero001
    英雄|18才|女性|ブレ
  • かわたれどきから共に居て
    日暮仙寿aa4519
    人間|18才|男性|回避
  • たそがれどきにも離れない
    不知火あけびaa4519hero001
    英雄|20才|女性|シャド
  • 希望の格率
    君島 耿太郎aa4682
    人間|17才|男性|防御
  • 革命の意志
    アークトゥルスaa4682hero001
    英雄|22才|男性|ブレ
  • 絶対零度の氷雪華
    氷鏡 六花aa4969
    獣人|11才|女性|攻撃
  • シベリアの女神
    アルヴィナ・ヴェラスネーシュカaa4969hero001
    英雄|18才|女性|ソフィ
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