本部

【愛絆】静香の覚悟・レティの涙

一 一

形態
シリーズ(続編)
難易度
難しい
オプション
参加費
1,300
参加制限
-
参加人数
能力者
8人 / 4~8人
英雄
8人 / 0~8人
報酬
普通
相談期間
5日
完成日
2018/11/27 21:27

掲示板

オープニング

●焦がれる想い
 愚神・リヤンによる佐藤 信一(az0082)への憑依が発覚して、しばらく経った。
「……信一さん」
 通常業務をする碓氷 静香(az0081)のため息は日に日に増え、面差しに落ちる影もまた濃くなっていた。
『こら、静香! またミスってる!』
 集中力を欠く静香の仕事に共鳴するレティ(az0081hero001)が注意するも、日増しにミスが増えている。
「碓氷さん……その、無理はしない方が……」
「すみません。ですが、人手はどうしても必要でしょう?」
 気を使った職員が心配で開いた口もすぐに閉じる。
 信一が抜けた穴埋めに加え、次から次へと舞い込んでくる膨大な依頼の数々。
 不調とはいえ静香の処理能力は高く、抜けられては困るのも事実なのだ。

 ――プルルルル!

「……もしもし」
 それでも何か言い募ろうとした同僚だが、電話をとった静香を見て離れた。
『もしもし? 佐藤君の恋人さんっている?』
『げ。いつぞやの変態社長』
 声の主は、テーマパーク経営の社長だった。
 個人的に信一と親交があり、過去に依頼したモニター調査も信一が預かった個人案件になる。
 なお、お節介で信一たちの仲をせっつくついでにセクハラをかますため、レティの心証は悪い。
「っ、――わたし、です」
『ちょうどよかった! 実は佐藤君から連絡があったんだけどね――』
「っ!? く、詳しくお聞かせ願えますか!?」
 信一の名が出て一瞬息を詰まらせた静香だが、社長の用件に思わず語調が強くなった。
 なんでも、信一から『H.O.P.E.の広報活動』としてイベントの企画を提案されたらしい。
 内容は『愚神の脅威は強まったけどH.O.P.E.エージェントがいれば安全』という趣旨のヒーローショー。
 役者は新人エージェントを派遣すると説明され、社長は二つ返事で了承したとのこと。
「その、お話は、何日前に?」
『ん~、4、5日前かなぁ?』
 あの事件からもう一週間以上経過しており、確実にリヤンの罠だと判断した。
『それで、佐藤君が『ちょっとしたサプライズがある』とも言ってたから、もしかして公開プロポーズ!? って思って電話しちゃったんだ~』
「すみませんが、そのイベントは中止してください。それと――」
 サプライズを平気でバラす社長に言いたいことはあったが、静香はひとまず適切な指示を出していく。
「後は……今日予定していたというリハーサルの場所と時間を教えていただけませんか?」
 ただ、最後に静香が発したのは、職員としての言葉ではなかった。
『静香、アンタ――』
「外に用事ができましたので、行ってきます」
 通話を終え、レティの声に被さって立ち上がった静香はすぐに支部を出る。
 デスクに残されたメモには、とある場所の住所と短い言葉が書かれていた。

●壊れる思い
 数時間後。
 社長の判断で急遽休園となったテーマパークに、2人の男女が相対した。
「で、君がここにいる理由を聞いてもいいかな?」
「貴方が交渉した社長から話を聞きました」
 信一の顔で穏やかに微笑むリヤンは、無表情にしわを刻み拳を握りしめる静香に納得する。
「……ああ、いつものお節介か。しくじったね、そのとき知ってたら別の人間に声をかけたのに」
「貴方の狙いは、来園した人々のライヴスですね?」
「君たちの仲間から受けた傷が、なかなか治らなくてね。効率的だろう?」
 世間話のような声音でリヤンは肩をすくめ、静香は徐々に握り拳を震わせた。
「信一さんは、」
「まだ生きてるよ。ライヴスを9割喰われて、君に『逃げろ!』って叫ぶ元気があるんだからしぶといよね」
 ――ブツッ
 静香の手のひらを爪が貫き、ゆっくり血がしたたって、落ちる。
「彼を――信一さんを返してっ!!」
「欲張りだなぁ。『この男』は『静香さんとレティちゃんに手を出すな!』ってうるさいし」
 堪えきれず静香が悲痛な叫び声を上げるも、リヤンは信一の顔でヘラヘラとはぐらかす。
『……リヤン! 名前を聞いたときはまさかと思ったけど、やっぱりアンタかこの性悪魔導師!!』
 すると突然、レティが静香の口を借りて割り込んだ。
「誰?」
『幼なじみで相棒の私をかばって死んだはずでしょ『泣き虫リヤン』――いや、『狂黒』!』
「……何故か思い浮かんだ候補は『狂紅』と『暴君レティ』だけど、どっちかな?」
『前者は愚神狩りしてた私の通り名! 後者は子供時代の悪名よアホ!!』
 知己らしい両者はかつての呼び名を交わすが、記憶も想いもすれ違う。
「あいにく、愚神以外の自分に覚えはないよ。でも、そっか……」
 今にも噛みつきそうなレティを袖にしつつ、リヤンはふと笑みを浮かべた。
「君たち、僕の配下になる?」
 予想外の誘いに、静香もレティも言葉を忘れる。
「要するに、君たちは『この男』が心配なんだろう? なら、『この男』ごと僕を守れば一緒じゃないか?」
『ア、ンタ、戯れ言もたいがいにっ「――』わかりました」
 本来ならば受け入れられないリヤンの暴論はしかし、激昂したレティに割り込んだ静香が受け入れた。
『静香っ!! 前に言ったこと忘れた!? 私の戦い方は体への負担が――』
「ごめんなさい、レティ。でも、私は……」
 内から貫く非難を飲み込み、静香は左手で胸元をかきむしる。
「信一さんのいない世界なんて、もう、堪えられない……っ」
 制服を血に染める手の袖口から、ピンク・赤・緑の腕時計が3本のぞく。
【『大切な人』の傍にいる】と誓った、何よりも大切で失ってはいけない3人の絆。
 ……その1つを奪われた静香の心は、信一やレティほど強くはなかった。
「本当、人間って愚かだね――」
『ッ! ――リヤアァンッ!!』
 リヤンとレティのやりとりをどこか他人事のように聞きつつ、静香は体を覆う黒いライヴスに身を任せた。
(――ごめ ん  な   さ    )

 数分後。
 静香のメモに気づいた職員に知らされ、現場に到着したエージェントたちは2つの人影を発見した。
「――ぅぁあ゛あ゛ア゛ア゛ァッ!!!!」
「やあ。ちょうど終わったよ……ね、レティ?」
 満足そうなリヤンの横で血涙を流し絶叫するレティに歯噛みし、武器を構える。



 ――静香が残した書き置きが、床に落ちた。


  彼の傍にいきます

  ごめんなさい

  さようなら
           』



解説

●目標
 愚神リヤンの討伐
 邪英レティの撃退

●登場
・リヤン
 信一に憑依したケントゥリオ級愚神
 かつて異世界で『狂黒』と呼ばれた魔導師だったようだが、当時の記憶はない
 最大射程20sqの魔力球を自在に操る卓越した魔法技術を有するも、前回受けた傷で消耗中

 能力…魔法・命中・特殊抵抗↑↑、物理・回避・生命力・イニシアチブ↓

 スキル
・シェーヌ…常時発動、高い魔法技能による高速攻撃、通常攻撃のみ攻撃回数×1D6
・ウブリ…射程0・範5、魔攻-50、命中+60、灰白色のオーラでライヴスを侵蝕、特殊抵抗判定勝利→BS封印
・?
・?

・邪英レティ
 リヤンの干渉により邪英化(ケントゥリオ級相当)
 かつて異世界で『狂紅』と呼ばれた力を暴走させられ、理性が薄まり会話は困難
 徒手空拳が主体の狂戦士

 能力…不明

 スキル…不明

・佐藤 信一
 リヤンに憑依されたH.O.P.E.職員
 ライヴスの9割以上を喰われつつ自我はまだ残っている模様

・碓氷 静香
 信一と恋人関係にあるH.O.P.E.職員
 信一のいない絶望感に堪えきれず、レティの反対を退け自ら敵の手に堕ちた

●状況
 場所はとあるテーマパーク内の屋外ステージ
 静香の指示を受け、社長が事前に園内アナウンスを行い無人状態
 戦闘に必要な空間はあるが、近くに屋台や飲食用のイスと机などが配置されたまま

 静香の残されたメモから事態を知った職員からの連絡で出動
 PC到着時にはすでにレティは邪英化しており、リヤンとともに襲ってくる
 レティはリヤンの指示にかろうじて従い、PCの声はほとんど届かない

リプレイ

●暴走
「すみません。碓氷さんとリヤンがどういう関係なのか、教えてくれませんか?」
 前回は避難誘導に終始し、リヤンとの面識がない志羽 武流(aa5715)。
 エージェント活動よりも試験勉強で忙しかったこともあり、いまいちピンときていない。
「――リヤンに憑依しているのが静香の恋人!?」
「そのショックで静香さんが先走り、ほぼ共鳴状態のレティさんでも止められなかったのか……」
 簡単に事情を聞いた志羽 翔流(aa5715hero001)は目を丸くし、武流もおおよその経緯を察した。
「静香ちゃんの気持ち、痛いほど分かるわ。引き離された愛する人と、もう一度だけでも会いたい、って」
 静香のメモを指でなぞったロゼ=ベルトラン(aa4655hero001)は、瞳を憂いでわずかに揺らす。
「ユリナ、今のシズカ殿とレティ殿の誓約内容を覚えているか?」
 リーヴスラシル(aa0873hero001)の問いに、月鏡 由利菜(aa0873)は何かに気づいた表情で顔を上げた。
「【大切な人の側にいる】……だから、静香さんは危険を承知で信一さんの元へ!?」
「――新たな誓約が裏目に出たか!」
 能力者と英雄の『誓約』とは違い、一般人との『誓約』は明確な拘束力などない。
 しかし、紆余曲折を経た静香とレティと信一の『誓約』には確かな絆があった。
 彼らの関係を知る由利菜とリーヴスラシルの焦りが加速する。
「恋に狂った……か」
「違うよ。覚悟を決めたんだ……命懸けで助け出すか、一緒に逝くか」
「考え無し過ぎるな」
 いつになく厳しい物言いのジェフ 立川(aa3694hero001)に、五十嵐 七海(aa3694)は言葉を選ぶ。
「……私なら、3人で助かる事を考えて捨て身で動く。大事な人を利用させない、って思う」
「いずれにせよ、無茶と無謀は別だろう」
 救急車の手配をすませたジェフは、おずおずと見上げる七海と目があった。
「ジェフは……私が狂っても傍に居てくれる?」
「離れる理由には成らないな」
「うんっ」
 お互いに少し表情を和らげた後、全員で現場へ向かった。

「水着店やレジャープールも同じ社長経営だったが、信一と静香に関わる場所での戦闘か……」
「恋人同士の思い出を踏みにじるようで気が重いですが――戦場は選べませんから」
 テーマパークに到着し、東江 刀護(aa3503)と双樹 辰美(aa3503hero001)は同時に嘆息する。
『――ユリナ、今回の私達に残された時間は短い。リンクレート上昇に多くの時間は割けん』
「わかっています。父よ、母よ……今、私達の大切な友を守る為に力をお貸し下さい!!」
 共鳴したリーヴスラシルの作戦に頷き、由利菜は秘薬を使用し『誓約』を強く思い浮かべる。
 さらに『リンクコントロール』でライヴスを活性化させていった。
「オレ達、実質これが初めての戦闘なんだ」
『先輩能力者の皆さんを盾にしてしまうかもしれません。そうならないよう、できるだけ頑張ります』
 翔流と武流は経験不足と使える技を申告し、走りながら作戦を確認していく。
『レティさん……静香さんの姿で邪英化したのか』
「んで、隣の男がリヤンだな」
 そして、実際に2人と相対した武流は声に苦みが走り、翔流は感じる殺気から冷や汗を流した。
「碓氷さん、レティさんっ!」
『佐藤さんも、きっとまだ間に合う』
「――うん!」
 マオ・キムリック(aa3951)とレイルース(aa3951hero001)の脳裏に、自分たちの過去がよぎる。
 愚神に襲撃された故郷、仲間を守るために散った兄、身を焦がす後悔から邪英化したレイルース。
 状況は重なるが――あの時とは違い手遅れではない。
『「誰一人、欠けさせないっ!」』
 マオとレイルースは諦めない気持ちを重ね、ライヴスを活性化させた。
「ライヴス反応はリヤンとレティさんだけですが、どちらもケントゥリオ級相当です!」
『伏兵がいないのは朗報だが、楽な状況じゃないな』
 モスケールから得た情報を伝え、七海は戦闘用の装備に改めて身を固める。
 共鳴したジェフの言葉に気を引き締め、風花につがえた矢の狙いを定めた。
「社長さんには誠心誠意、あとで謝罪しないとな」
『事情が事情だから、納得してもらうしかないわね』
 すると、荒木 拓海(aa1049)とメリッサ インガルズ(aa1049hero001)は早々に施設への配慮を捨てた。
 ケントゥリオ級が2人との戦闘で、他に気を回せるほどの余裕はない。
「……俺は、静香さんの想いを利用するリヤンを許せません。だから――」
 高野信実(aa4655)は拳を強く握り、ロゼと共鳴。
「――みんなを救って勝っちゃうよ?」
 気取った笑みを浮かべ、己の正義感に従い3人を助けると宣言した。

●心身の『痛み』
「テーマパーク……戦闘で多少壊れてもお咎めなしだよな? っつかここ、プールなかったっけ?」
『それは前に行った、健康ランド社長が運営する別の施設だ』
 翔流は緊張をごまかす軽口に武流の生真面目な返答を受け、強ばった体の力が抜ける。
「そうだっけ? ま、いいや。んじゃ、なるべく、あの二人をくっつけないようにしようかね!」
 覚悟が決まった翔流は仲間とともにリヤンへ駆けだした。
「静香様という支えがなくなった信一様には、あまり時間がありません」
 プリトウェンを構え、エリズバーク・ウェンジェンス(aa5611hero001)はリヤンへ意識を傾ける。
『なら、愚神を壊すのですか?』
「そうね。愚神『だけ』を、ね?」
 共鳴したアトルラーゼ・ウェンジェンス(aa5611)の疑問に笑みを返し、出現した魔法球に盾を構えた。

「あ゛あ゛あ゛ぁ!!」
「信一さんがリヤンに憑依されたショックもあるのでしょうけど……」
「信一だけでは飽き足らず静香まで――許さんぞ、リヤン!」
 一方、レティの悲痛な慟哭に辰美は思わず顔をしかめ、刀護は愚神への憤りを隠せない。
「レティさんのクラスはドレッドノート。邪英化しても、基本技能はそれに準拠しているはず……」
『ストレートブロウ、怒濤乱舞、疾風怒濤辺りは警戒すべきか』
 最悪の形で相対しながら、由利菜とリーヴスラシルは冷静さを保つ。
 準備が整うまで力を高め続け、レティの力を推察していく。
「リヤンと直接戦いたいが、目をつけられたな。女の相手は気が引けるが……主義を曲げざるを得ないか」
「事情が事情ですし、曲げても良いです。ただし、絶対に顔や腕は攻撃しないでください」
 臨戦態勢のレティに身構えた刀護は、戦闘に条件をつけた辰美の真意を横目で問う。
「……消えない傷が残ったら、オシャレな服を着られません」
「わかった――俺はレティの足止めしよう。その間、リヤンの相手は任せたぞ」
 そうして、辰美と共鳴した刀護は『守るべき誓い』でレティの意識を引きつける。
「ボクも協力するよ。フォローは任せて!」
「当てにさせてもらおう――回復は頼む!」
「か゛あ゛ぁ!」
 レガーロナックルを構える信実へ一言残し、刀護は眼前に迫ったレティの拳を『クロスガード』で防いだ。
「徒手空拳なら琉球空手で……と言いたいが、これでお相手しよう!」
 修練で身につけた琉球古武術との相性がいい木琴戦棍を握り、次々とレティの重い拳を受け止めていく。
「信一さんの救出が優先ですが、レティさんにも注意しないと」
『指揮を含めた後方支援となると、仕事は多いぞ?』
「信一さん程に覚えるのは無理だけど……今日の分だけは」
『気負わなくていい。俺もいる』
 広報の七海は常に視界へ両方の敵を収め、リヤンの射程外から矢を射かけつつレティの牽制も行う。
 ジェフの励ましで余分に入った力を抜きつつ、適切なサポートに回る。
「ぬ、ぐっ……?!」
 攻撃方法や出方をうかがい、防戦だった刀護はすぐに眉をしかめた。
 戦棍のきしむ音が徐々に大きくなり、『レティの返り血』で赤く染まっていく。
「ちょっと、待って待って!」
 それに慌てた信実はレティの背後に回り込み、柔道の固め技を意識して身動きを封じようとする。
「か゛あ゛あ゛っ!!」
「う、わっ!?」
 が、相当な力で抵抗にあい、信実は強引にふりほどかれてしまう。
「――ラシル! コード・エクサクノシ、起動します!!」
『了解だ! 加えて、リンクバースト――開放!』
 その時、由利菜の宣言にて【超過駆動】モードが開始され、リーヴスラシルの声がライヴスソウルを砕く。
 膨大な力を2人で制御し、フロッティに取り付けた『ヴァドステーナ』が光を反射し輝いた。
「援護します!」
 クロスリンクを繋げた七海の補助も受け、レティと相対する。
『我が主や我が身、仲間を犠牲にする気は毛頭ない! 私はユリナと共に戦う!』
「神技に全てを託します! 『ディバイン・キャリバー』!!」
 リーヴスラシルが改めて口にした信念を己に刻んで、由利菜はレティに連撃を開始した。
「ぐ、っ! があっ!!」
『辛い時こそ、本当の絆の強さが試される……レティ、私が目を覚まさせてやる! 同じ英雄として!!』
 一撃、二撃と次々反射で防ぐレティへ、リーヴスラシルの叱咤と刃が突き刺さる。
「――を゛あ゛ぁっ!!」
 返答は、文字通り血を吐く咆哮。
 傷つき流す命を糧に、レティは絶え間ない剣閃にも力業で対応し始める。
「すっごい力……女の子の顔は殴れないし、まいったなぁ」
 鬼気迫る由利菜とレティの戦いに苦笑いをこぼし、刀護へ『ケアレイ』を送ってリヤンも横目に確認する。
「それに、戦い方を聞く限りあっちの妨害も注意しないと、かな?」
 そうこぼし、信実はレティとリヤンの間を意識して立ち位置をずらした。

「さすが、相変わらずのバーサーカーだね」
 そのリヤンは、絶えず魔法球で攻撃しつつ笑みを浮かべる。
「レティは力の制御がとても下手で、ブレーキがないんだ。一度でも戦闘になれば自ら肉体を壊しながら力を上げ続け、戦場を敵と己の血に染めた――だから、『狂紅』なんて呼ばれてたんだよ?」
「そんな!?」
 先行してリヤンと『ジェミニストライク』で切り結んでいたマオは、思わずレティへ視線を向けてしまう。
『時間は限られてる――全力でいくよ』
「碓氷さんもレティさんも助けますっ! だから、もう少しだけ頑張ってくださいっ!!」
 瞬間、レイルースに頷きさらに加速。
 高い機動力を活かして側面へ回り込み、魔力球を抜けたマオは鞘で加速した翠嵐を抜刀する。
「荒木さん!」
『猫騙』の風圧でリヤンの動きをギリギリまで鈍らせ、マオは振り返る。
『前は行動が読まれてたけど、戦いの癖や技は変える?』
「いや。信一さんがどれだけ優秀でも、実際の手合わせが無いなら全てを判る事は無い。常に前戦に居たオレの戦いは、報告書の字面だけで推し量れる程ぬるくは無かった筈だ」
『なら簡単ね――信一さんの予測を上回ればいいだけだもの』
 不敵に笑うメリッサに頷き、ダーインスレイヴを握る拓海が『疾風怒濤』で切り込んだ。
「防御は私が担いますので、皆様は攻撃に集中してくださいませ!」
 少し後ろのエリズバークは、最適のタイミングで『インタラプトシールド』を前衛へ展開。
 リヤンの反撃で飛ぶ『シェーヌ』の威力を削ってフォローする。
「なら――集中させてみれば!?」
 すると、リヤンが眉をつり上げ灰白色のオーラ――『ウブリ』を拡散した。
「ええ、もちろんですわ」
 対するエリズバークは、即座に『フラグメンツエスカッション』で対処。
 マオは『零距離回避』で逃れ、拓海とエリズバークはライヴスに抵抗して『封印』も退ける。
「――ちっ!」
 苛立つリヤンがエリズバークを睨むが、拓海の『ストレートブロウ』で吹き飛んだ。
「お前の相手はオレだ!」
 攻撃で意識を自身へ引き戻し、常に接近戦を強いる拓海の防御は堅牢そのもの。
 徐々にリヤン単独の力では対処ができなくなってきた。
「う゛う゛っ!」
「させっかよ!」
 すると、劣勢と見たレティが刀護たちを放ってこちらへ接近してきた。
 すぐさま翔流が『碧の髪』の突風で妨害した上、『金の掌』で進路をふさいでレティの足を鈍らせる。
「お見事ですわ、翔流様」
 すかさず壁ごと翔流の排除に飛来した魔法球を、エリズバークの『インタラプトシールド』が防ぐ。
 翔流も『見えざる手』で魔力球の軌道をねじ曲げ、自身と土壁へのダメージ軽減に努めた。
 結果、土壁は壊れたがその間に刀護たちがレティを再び囲み、リヤンは劣勢のままさらに顔がゆがむ。
「あんたらが信一と静香本人だったら、くっつけさせたいんだけど」
『佐藤さん、碓氷さん、すみません……』
 必要とはいえ、恋人を引き裂いた形になった翔流と武流は微妙な顔でイアサールボウをリヤンへ向けた。

●黒は壊れ、紅は狂う
「レティさんとの長期戦はお互い危険です! リヤンも手札を隠しているかもしれません!」
 通信機で仲間と情報を共有する七海は『シャープポジショニング』から矢を放った。
 1本がリヤンの腕へ刺さり、数本が魔力球をかすめて爆発。
 攻撃手段を削って前衛へ攻め入る隙を作った。
「っ、やってくれたね!」
 が、リヤンは攻撃に対処しながら1つの魔力球を漆黒の矢――『コレール』に変え、七海の腕を貫いた。
「う――あっ?!」
 瞬間、思考とライヴスがかき乱され七海の視界が真っ赤に染まる。
「七海さん、大丈夫!?」
「――っ、助かりました! 先ほどの矢は『暴走』を起こし、威力も射程も高まります! 警戒を!」
 異変に気づいた信実の『クリアレイ』で回復し、七海は身に受けた状態異常を通信で知らせた。
「刀護さん、これ使って!」
 さらに、信実はダメージが蓄積した刀護と入れ替わりで賢者の欠片を放り、レティへもう一度組み付く。
「痛くしてゴメンね? でも、ボクらを信じて……!」
「う゛ぅあ゛ぁっ!!」
 攻撃のチャンスを作ろうと動きを止めるだけで、信実の頬や腕はレティの血に染まっていく。
 もがき、うめき、ほえるごとにレティはまだ力を増し、獣のような叫びは静香の悲鳴にも聞こえてしまう。
「う゛! あ゛! あ゛ぁ!!」
『――っ!? 刀護さん、何とか自傷を止められませんか!?』
(レティ自身が原因では無理だ! それにどこを攻撃しても、多少の傷跡は残る!)
 拘束から脱して鬼のような猛攻と鮮血を浴びせるレティに、『ライヴスヒール』の後で歯噛みする辰美。
 意識内で会話する刀護も肌が露出する部分への攻撃は避けつつ、動く度に増える裂傷に表情は険しい。
『ユリナ!』
「くっ、時間が!」
 さらに、由利菜の【超過駆動】が終了する。
「お゛あ゛ぁっ!!」
「ご――はっ!?」
 連続攻撃の精度が鈍った一瞬を見抜き、レティが由利菜の腹を拳で打ち抜いた。
「由利菜さんっ!」
 浸透したライヴスが体内で破裂する一撃――『ペルセ』で吐血する由利菜へ、信実は『ケアレイ』で補助。
「はは……、ほんっとに余裕がなくなってきたかもね!」
 由利菜の体勢が整うまで、刀護と一緒にレティを攻める信実から乾いた笑みが漏れた。
 リンクバーストのリミットも近い。

 反対に、リヤンとの戦いは優位に進む。
「逃がすか!」
「な、っ!?」
 距離を取ったリヤンが、着地点から翔流の『蒼き舌』が体にまとわりつかれたのだ。
『ぐっ――、今の内に攻撃を!』
「助かる!」
「援護しますっ!」
 激しい抵抗を押さえつける武流に応え、拓海とマオが再び集結。
 先に『ジェミニストライク』で怯んだ隙に拓海の剛剣がリヤンへ迫る。
『いくら、戦闘経験、豊富とはいえ、先輩を、盾代わりにするのは、申し訳ないな!』
「しゃーねぇだろ! 変に背伸びして迷惑かけるよかマシだ!」
 他方、水流を操作し続ける武流に、リヤンへ牽制射撃する翔流はやけっぱちに叫んだ。
 ブラックボックスのスキルは射程が長い方ではなく、援護もある程度近づく必要がある。
 ケントゥリオ級の愚神が初めての実戦と考えれば、ベテランの影に隠れるのは恥ではないだろう。
「信一さんっ、あと一息だ、飲み込まれないでくれ!」
 その間に、大量の魔力球を切り払った拓海の『電光石火』がリヤンを貫いた。
「――あぁ、もう! 鬱陶しい!」
『狼狽』と『翻弄』でひるみながら距離を取り、さんざん窮屈な戦いを強いられたリヤンがわめく。
 癇癪から振り上げた右手を地面へ向けた。
「盾を使うだけが守る方法ではありませんよ? しっかり狙いなさいアトル」
『はい! 母様!』
 すかさず、盾から魔導銃へ持ち替えていたエリズバークが、アトルラーゼに引き金を任せる。
 リヤンとの距離を詰め、仲間との距離を測り、『ウェポンズレイン』で魔法弾の雨を降らせた。
「ぐっ!? また、邪魔をっ!」
「攻撃は最大の防御――でしょう?」
 ライヴスが技となる前に地面が何度も穿たれ、睨むリヤンにエリズバークはくすくすと涼しい顔。
「まだ手札を隠していたようですが、先に潰して相殺すれば済むお話ですわ」
「仲間と、至近距離、だろう?!」
「私のアトルが、誤射に戸惑う弱い子だとでも?」
 リヤンの正確な攻撃から、発動場所と範囲を特定できれば無力化できるとエリズバークは予想。
 母に従順なアトルラーゼは、冷静に無慈悲に正確にリヤンを攻撃ごと貫く。
「――舐めるな!」
 が、リヤンは攻撃の雨に逆らい強引に魔法を組み上げた。
「ピンクの、泥!?」
 最初にそれ――『アムール』に気づいた信実は、範囲内にいた刀護や武流とともに飲まれる。
「――うっ?!」
 慌てて逃れようとするが、直接脳に侵入したライヴスが幻惑の声を響かせた。
 ――仲間を殺せ。
「『洗、脳』っ!?」
 くらくらする頭を理性でつなぎ止める前、信実は肩に刺さった武流の矢で正気を取り戻した。
 だが、次に刀護が戦棍を構えて肉薄し、『クリアレイ』が間に合わない。
 同時に、リヤンもまた致命的な隙をさらしていた。
「あの時、『僕に構わず殺して』と言ってたのに……躊躇してすまなかった。オレも、嫁を死なせる位なら愚神と一緒に倒れる方を選ぶ。だから――今度は絶対、逃がさない」
「ぐ、ぅっ!?」
 拓海のグレイプニールがリヤンを捕縛し、ほぼ同時にマオが『縫止』でスキルも封じる。
『前に俺達がやられたみたいに、連携すれば相手に気づかせずに『封印』できそうだね』
 憔悴したリヤンを見たレイルースの声を聞きつつ、マオは拓海に密かな安心感を覚えていた。
(見た目も性格も全然違うけど、やっぱり似てる)
 ――誰かの為に戦う姿に、兄の面影を感じるからか。
 少しだけマオによぎった3人で暮らしていた頃の郷愁は、すぐにリヤンへの詰問が始まり霧散する。
「これ以上、信一さんの肉体を悪用させません。憑依を解きなさい」
「『この男』のほとんどは僕が喰った。死体なら返せるよ?」
「っ!!」
「――無駄だ、嘘じゃないからね」
 前回の脅しを考慮した七海の『威嚇射撃』にも、『不可能』と答えた態度は変わらない。
「何故、信一さんを狙った? 不自然に捨てられてた信一さんの腕時計が気になる。理由がある筈だ」
 締め付けを強める拓海に、メリッサが首を傾げる。
『静香さんの存在をリヤンから隠す為、じゃないの?』
「弱みなら信一さんの家族もいるだろう? もし……レティさんとの繋がりも消すためだったら?」
 レティとの雑談などから、信一が事前にリヤンを知っていたならあり得る話だ。
「全部偶然だよ……けど、レティとの縁が『この男』を『無意識に選ばせた可能性』はあるかもね」
 が、リヤンは笑っていた。
「君たちが『そう』だったように、さ?」
『誓約』を結べる『能力者と英雄』は自然と引かれ合う。
 もし、静香とレティにも働いた同じような力が、信一とリヤン、そしてレティとリヤンを繋いだとしたら。
 所詮、愚神の戯れ言……だが、絆を力とするエージェントには完全な肯定も否定もできない。

「あ゛あ゛あ゛ぁ!!」

「皆さん、後ろ!!」
 その時、レティが『アムール』で緩んだ妨害を振り切って接近――マオの警告で素早く身構える。
「レティさん! 止まって!」
『威嚇射撃』の足止めをはかる七海だが、レティは止まらない。
「――お別れだね」
『っ、マオ!』
 同時にリヤンのつぶやきを拾ったレイルースの声で、とっさに信一をかばおうと前に出た。
「はな゛れろ゛ぉっ!!」
 血の籠手をまとったレティの拳は、肉薄と同時に拓海の腹へ沈む。
 直後、レティの全身から飛び散った血液が大爆発を引き起こした。
「ぅぐ……佐藤さんっ!」
 煙が立ちこめる中、傷だらけのマオが信一を抱えていち早く飛び出した。
 脱力した信一に生気はなく、呼びかけにも返事はない。
「――ァ」
「志羽さん、水筒を!」
「これだ!」
 レティは呆然と、武流から新型MM水筒を受け取り離れるマオの背中を見つめる。
「死なないで! 碓氷さんには、佐藤さんが必要なんですっ!!」
 信一に飲ませるため砕いた賢者の欠片を水に混ぜるマオは、救急車へ走りながら叫んだ。
「『大切な人』の傍に、いるんだろうっ?! レティさん、戻って来い!!」
 リヤンを……信一を手にかけ無防備なレティへ、よろめく拓海が呼びかける。
 懸念だった暴走はないが、レティはボロボロの両手を見下ろし動かない。
「あの人は……信一さんはあなたと再び歩む為に、必死で愚神の侵食に抗っていたんです! その思いを水泡に帰してはなりません!!」
 悲鳴を上げる体を無視する由利菜も力の限り叫ぶ。
 幸か不幸か、最後の攻撃で初めてレティは理性ある反応を示した。
 それが静香であれレティであれ、まだ狂気に堕ちきってはいないと確信する。

「わt……ぁ、し……ぃち……」
 不意に、レティの体が、揺れる。

「まもr……て……ぁのに……」
 邪英化を鎮めようと迫るエージェントたちには届かない、小さなうわごと。

「 わ た し が 、 こ ろ し た ? 」

 瞬間、轟音とともにレティの姿がかき消えた。
 地面に残った大きな血だまりと亀裂に、透明な滴が波紋を作る。
「静香さん! ここでお別れなんて勝手な真似、私は許しませんよ!!」
 直後、由利菜はリンクバーストが切れて意識を失う。
「佐藤さんは搬送しましたっ! 碓氷さんは……っ」
 救急措置を終えたマオが戻ると、戦闘は終わっていた。
 レティが静香とこぼした涙は、紅に沈んで淡く消えた。

●薄氷の奇跡
 その後、病院で何とか一命を取り留めた信一だが、未だ意識の回復には至っていない。
「信一さんも、静香さんもレティさんも――死んでほしくないっす。生き続けて、ほしいっす」
「信実クン……」
 病室にいた信実は、レティの邪英を解除できたら渡すつもりだった無限雪結晶を握ってうつむく。
 レガーロナックルの中へも染み込んだのか、レティの血が残るそれにロゼの表情も暗い。
「静香さん……ごめんなさい……」
 七海にとって静香と信一は、近い時期に同じ様に気持ちを育ててきた、幸せに成って欲しい人達だ。
 だから、信一が静香を巻き込むことも、静香が信一を手に掛けることも、望んでいない。
 わかっていた。
 なのに。
「私を、恨んで……っ!」
 七海の前で、信一は生きている。
 レティが――静香が手を下した結果、生きている。
 医者も驚く『奇跡』の代償は……2人の女性の、『心』。
「碓氷さん……」
 涙目のマオの頭を、レイルースは無言で撫でる。
 最悪は回避できた……が、過去の最悪はまだ頭から消えない。
「母様は、あの人達を気に入っているのです?」
 ふと、信一からエリズバークへ視線を移したアトルラーゼが小首を傾げる。
「ふふ、違うわよアトル。母様のただの気まぐれよ」
 少しの静寂の後、いつもの笑顔を浮かべたエリズバークは金髪を梳(す)き撫でて背を向けた。
(……いえ。本当は、私が取り戻せなかった未来を、彼らを通して見てみたいのでしょうね)
 重ねてしまう。
 愛する人のために、一般人でありながら愚神に抵抗してみせた心の強さ。
 信一はまるで、エリズバークが愛した『あの人』のよう。
(えぇ、私は彼らが気に入っているのでしょう)
 重なってしまう。
 愛する人のために、それが正しいことではないと知りながら……我が身を捧げた弱さと愚かさ。
 静香はまるで、『あの人』を失ったとき復讐の道しか見えなかった自分自身のよう。
(でも、素直に言うのも癪ですからね。今回は、悪い魔女が気まぐれに手を貸してあげただけ――という事にしておきましょう)
 だから、魔女は『もしも』の結末で復讐が揺らがぬよう、仮面のフタで弱さを隠した。
「……レティも静香も、大丈夫だろうか?」
 信一の微弱な心電図を一瞥し、刀護はふと窓の外へ視線を投げる。
「わかりません……けれどせめて、レティさんが静香さんのことを思い出していてほしいと、思います」
 うつむく辰美の声は沈み、祈るように解けて消えた。
 信一の点滴に、波紋が広がる。

 ――続く


結果

シナリオ成功度 大成功

MVP一覧

  • 苦悩と覚悟に寄り添い前へ
    荒木 拓海aa1049
  • 希望の守り人
    マオ・キムリックaa3951
  • ほつれた愛と絆の結び手
    志羽 武流aa5715

重体一覧

参加者

  • 永遠に共に
    月鏡 由利菜aa0873
    人間|18才|女性|攻撃
  • 永遠に共に
    リーヴスラシルaa0873hero001
    英雄|24才|女性|ブレ
  • 苦悩と覚悟に寄り添い前へ
    荒木 拓海aa1049
    人間|28才|男性|防御
  • 未来を導き得る者
    メリッサ インガルズaa1049hero001
    英雄|18才|女性|ドレ
  • その背に【暁】を刻みて
    東江 刀護aa3503
    機械|29才|男性|攻撃
  • 優しい剣士
    双樹 辰美aa3503hero001
    英雄|17才|女性|ブレ
  • 絆を胸に
    五十嵐 七海aa3694
    獣人|18才|女性|命中
  • 絆を胸に
    ジェフ 立川aa3694hero001
    英雄|27才|男性|ジャ
  • 希望の守り人
    マオ・キムリックaa3951
    獣人|17才|女性|回避
  • 絶望を越えた絆
    レイルースaa3951hero001
    英雄|21才|男性|シャド
  • 特開部名誉職員
    高野信実aa4655
    人間|14才|男性|攻撃
  • 親切な先輩
    ロゼ=ベルトランaa4655hero001
    英雄|28才|女性|バト
  • …すでに違えて復讐を歩む
    アトルラーゼ・ウェンジェンスaa5611
    人間|10才|男性|命中
  • 愛する人と描いた未来は…
    エリズバーク・ウェンジェンスaa5611hero001
    英雄|22才|女性|カオ
  • ほつれた愛と絆の結び手
    志羽 武流aa5715
    人間|23才|男性|回避
  • ほつれた愛と絆の結び手
    志羽 翔流aa5715hero001
    英雄|23才|男性|ブラ
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