本部

【愛絆】信一の失踪・抗えぬ対立

一 一

形態
シリーズ(新規)
難易度
普通
オプション
参加費
1,300
参加制限
-
参加人数
能力者
8人 / 4~8人
英雄
7人 / 0~8人
報酬
普通
相談期間
5日
完成日
2018/10/25 20:02

掲示板

オープニング

●彼が生まれ、いなくなった日
 10月2日の夜。
「……ふぅ、今日の残業も長かったな」
 H.O.P.E.職員の業務を終えた佐藤 信一(az0082)が目頭をもみながら東京海上支部を後にした。
「『天蓋の世界樹』にまつわるヨーロッパの異変や、北極点から生じた2度目の『世界触』……。世界に大きな脅威が押し寄せている今、僕たちが奮闘して平和を守っていかないと」
 世界を揺るがす事件が重なり、どの支部でもH.O.P.E.はフル稼働状態といっても過言ではない。
 それは実際に現場へおもむき対処するエージェントだけではなく、信一たち職員も同じだ。
「ん、~っ! さて、確か今日は静香さんの家に呼ばれてたんだっけ」
 ひとつ伸びをして体をほぐした信一は、碓氷 静香(az0081)からの言伝(ことづて)を思い出す。
 膨大な事務仕事の補助をして数時間が経っており、自分の仕事を終わらせた静香はとっくに帰った後だ。
「最近一緒にいる時間が少ないし、レンタルした映画でも見るのかな?」
 相変わらず中学生のような付き合いが続いているとわかる独り言を漏らし、信一は夜道を歩く。
「――ん? っ!?」
 しばらくして、もうすぐ静香の家へ到着する距離まで近づいた時。
 背後に妙な風を感じた信一は立ち止まって振り返り、目を見開き固まった。

 同日、23時。
「……信一さん、遅いですね」
「まったく、アイツいつまで仕事してるんだっての!」
 部屋の内装に飾り付けを行った静香とレティ(az0081hero001)は、ずっと信一の訪問を待っていた。
 料理の腕はいまだ破滅的なため、テーブルの上には普段より値が張る総菜を並べている。
 この日は信一の誕生日。
 昨年も忘れていたワーカーホリックな恋人のため、仕事終わりからお祝いの準備をしていたのだ。
「もしかして、何かあったのでしょうか?」
「うーん、どうだろ? 緊急の仕事が入ったとかはありそうだけど」
 徐々に無表情ながらそわそわと落ち着きがなくなる静香に、レティも不審そうに首を傾げる。
 そうしている間も時計の針は淡々と進んでいき、とうとう24時を過ぎてしまった。
 それ以降、信一の消息がパタリと途絶えてしまうなど、想像もしないまま……。



●招かれざる客
 それから数日後。

 ――カランカラン

「いらっしゃい」
 東京海上支部の近くにある喫茶店『Sigh』。
 客足が落ち着いた昼過ぎにドアベルが鳴り、マスターが顔を上げると少し目を丸くした。
「……あれ? 佐藤さん、お久しぶりですね」
「ええ。しばらく、仕事が忙しかったものですから」
 入店したのは、H.O.P.E.職員の制服を着た信一。
 柔和な笑みを浮かべ、あたかも昼休憩で訪れたという風にいつものカウンター席へ座る。
「お仕事が大変な時期なのはわかりますが、あまり彼女さんを心配させてはいけませんよ?」
「はい?」
「一昨日でしたか、佐藤さんを見ていませんか? と訪ねてこられましたので」
「ああ……少し、野暮用が入ってしまって、顔を合わせる時間がなかったのですよ」
 何気なく交わされた会話の中で、ふと違和感を覚えたマスターは作業をするフリをしてカウンターの下へ。
 そして、仕事中は切っていた携帯の電源を入れ、ある番号を入力した後で立ち上がる。
「なるほど、それは残念ですね」
「あはは。まあ、彼女の方にはまた連絡を入れて――」

「――同じ職場の同僚と何日も会わないなんて、よほどお忙しいのですね?」

 瞬間。

『っ!? うわあああっ!?!?』
 とっさに身を屈めたマスターの背後が爆発し、客やバイトが驚愕の叫び声を上げた。

「――ああ、なるほど。
『この男』、僕の干渉に逆らって記憶の一部を読ませなかったのか。
 どうりで身に覚えのない話だったわけだ。
 なかなかどうして、ただの人間のくせに大した精神力だよ」

 ただし、椅子に座ったまま笑みを浮かべる信一は冷静だった。
 周囲にいくつもの黒球が浮かんでいても、平然としているほどに。
「お客様を外へ」
「っ! は、はいっ!!」
 静かに、されどはっきりとしたマスターの声に背筋を伸ばしたバイトが、急いで客を誘導する。
「……さて、私のお店の大切な常連客をどうされましたかな?」
 その間、カウンター越しで信一と相対したマスターは袖口のカフスボタンに触れて、にっこり笑った。
「さあね。そんなことより、注文いいかな?」
 しかし、信一は答えることなくマスターを指さし、ニッコリ嘲笑(わら)った。
「君のライヴス、喰わせてくれない?」
「――っ!?」
 直後、再び店内で大きな爆発が生じた。

●緊急救援要請
 数分後、東京海上支部にて。
「先ほど、この近くにある喫茶店から愚神出現の連絡を受けました!」
『Sigh』のマスターから電話を受けた静香は、ロビーにいたエージェントたちへ大声で呼びかけた。
「敵は1体! 力は推定ケントゥリオ級! 現在、通報者であり元エージェントの店主が応戦中です! 店内の客やアルバイトは先に避難させたようですが、周辺にいる住民や通行人までは手が回っていない可能性があります! 通話中にも破壊音が混じっていた様子から、かなり事態は切迫しているようです!」
 伝え聞いた情報を1つ漏らさず伝えていき、静香は最後にこう告げる。
「なお、敵は魔法攻撃が主体の愚神だと聞いています! 余裕がある方は、すぐに出撃をお願いします!」
 そうして居合わせたエージェントたちはすぐに共鳴し、現場へ向かっていった。

 そう。
 静香はまだ、
 その愚神が信一に憑依している事実を、
 マスターから知らされてはいなかったのだった……。


解説

●目標
 喫茶店『Sigh』のマスターを保護

●登場
・リヤン
 信一に憑依したケントゥリオ級愚神
 口調は信一に似て丁寧で穏やかだが、性格はかなり好戦的で酷薄
 魔力を凝縮した球体を大量に浮かばせ、最大20sq先まで攻撃可能

 能力…不明

 スキル…不明

・佐藤 信一
 数日前から行方不明だったH.O.P.E.職員
 マスターの通報で愚神に憑依されていたことが発覚
 容姿は信一のままだが中身は完全に愚神であり、自我の有無は不明

・マスター
 現在は喫茶店の店主な元エージェント
 英雄はシャドウルーカーで格闘武器AGWで応戦
 豊富な戦闘経験から愚神を足止め中だが、ブランクがあり長くは保たない

・碓氷 静香&レティ
 東京海上支部のH.O.P.E.職員とその英雄
 静香は信一と恋人関係にあり、数日前から続く無断欠勤に不安を抱いていた
 マスターからの緊急要請を受けたが、愚神の依代が信一であることをまだ知らない

●状況
 戦闘場所は喫茶店『Sigh』近くの道路
 店内は破壊された窓ガラスや机などが散乱し、PC到着時にリヤンとマスターが店内から飛び出してくる
 客は訓練されたバイトが避難させたが、周囲に一般人は多い

 リヤンは単独襲撃でPC到着時点でほぼ無傷だが、マスターの生命力は残り2割程度
 リヤンの生命力が一定以下で撤退(PL情報)

リプレイ

●救う戦い
 事件出現の少し前。
「えっ、信一さんと連絡が取れない……?」
「……はい」
 依頼を見に来た月鏡 由利菜(aa0873)は、元気のない静香の話に目を丸くした。
 失踪当日の様子を確認しようとしたが、そこで愚神出現の一報が入る。
「何か嫌な予感がするよ……急ごう、ユリナ!」
「ええ!」
 妙な胸騒ぎを覚えたウィリディス(aa0873hero002)に促され、由利菜は現場へ向かった。
『静香……?』
「……っ」
 レティが気遣わしげに残された静香へ声をかけるも、苦しそうな吐息がこぼれて消えた。

「マスターさんがかなり深手を負っているみたいだ。急いで手当てしないと!」
 最初に、黄昏ひりょ(aa0118)は片膝を地につけるマスターへすぐに近寄っていく。
「こんな人が多い所に愚神が……!」
『早く対処しないとだね』
 続いてマオ・キムリック(aa3951)が逃げまどう人々を確認して不安を募らせた。
 共鳴したレイルース(aa3951hero001)に小さく頷き、被害を最小限に抑えようと動き出す。
「え、あれって」
 騒ぎの中心まで進み出たマオは、愚神らしき人物に目を丸くした。
『H.O.P.E.の制服……確か、前に会った事あるね』
「佐藤さん……え、本物?」
 レイルースはすぐに状況を受け入れるが、マオは動揺からやや混乱。
『ともあれ、まずはマスターを保護。敵について不明点も多いから、注意して』
「は、はい!」
 が、レイルースの言葉で自分の役割を思い出し、マオは意識を切り替えた。
「大丈夫ですか?!」
 先にマスターへ近寄ったひりょは、まず『エマージェンシーケア』の緊急回復を施す。
「っ、ぐ……面目ありません」
 苦しげな様子を見て、ひりょは素早くマスターの体を抱えて来た道を戻り始めた。
『爆発の跡――アレには直接触れない方がいいかも』
「うん、わかった」
 レイルースの指摘から迫る魔力球を苦無「極」で撃ち落とし、マオはひりょたちに付き添う。
(あの方、H.O.P.E.で見かけた気がする。愚神に操られているのかな?)
 去り際、ひりょも信一を一瞥する。
(……彼を良く知っている方は他にいそうだし、対応はお任せしよう)
 が、すぐにそう納得すると脇に抱えるマスターへ声を落とした。
「まだ周りに一般人も多くいますから、ひとまず安全な場所まで離れます」
「協力できることは、ありますか?」
「相手の出方が未知数です。できればバイトの方々とも協力して、避難誘導のフォローをお願いしたいです」
 移動しながら短く言葉を交わし、ひりょは口頭でも避難を呼びかけていった。

 別の場所でも、エージェントたちは奔走する。
「おまえが勉強やめるなんて珍しいじゃん」
「茶化すな。一刻も早く現場に向かうぞ」
 ニヤニヤして隣を走る志羽 翔流(aa5715hero001)に、志羽 武流(aa5715)の声は固い。
 手が足りないと東京海上支部からの連絡を受け、勉強を中断して駆けつけたのだ。
「で、戦闘依頼は今回が初めてだけど、大丈夫か?」
「人命救助が優先だ。戦闘経験が浅いなりに、やれることはある」
 その場の勢いで行動しがちな翔流の疑問に、武流は救急用の医療キットと救命バッグを手に答える。
「とにかく、一般人を戦闘に巻き込むわけにゃいかねぇな」
「同感だ。流れ弾に気をつけて遠ざけるぞ――皆、ここを離れるんだ!」
『Sigh』の近くまで来た翔流と武流は、破壊状況や負傷者を確認すると手分けして声を張り上げた。
「歩ける人はこの場から自力で離れてください! 動けない人は私たちが運びます!」
 また、通信機で状況を共有できる状態で五十嵐 七海(aa3694)も誘導を開始。
『そろそろ手配した救急隊もくる。そちらへ被害を広げないようにするぞ』
 途中、聞こえるジェフ 立川(aa3694hero001)の助言も聞きつつ負傷者を休まず運び続けた。
「私達はH.O.P.E.のエージェントですわ。落ち着いて警官がいる方へ避難してください」
 他にも、共鳴したエリズバーク・ウェンジェンス(aa5611hero001)が一般人へ声をかける。
「ほ、本当に大丈夫なのか?」
「あら、たかが愚神一匹。百戦錬磨の私達には何の問題もありませんのよ?」
 ただ、中には魔法少女チックなエリズバークに不安を覚える者もいた。
 安心させるよう言葉を尽くすも、なかなか不安が消えない。
「――うわあっ!?!?」
 直後、戦闘の流れ弾で魔力球が飛来し、避難者から悲鳴が上がる。
 そして――爆発。
「…………っ? あれ?」
 しかし、カズブハックシールドが多重展開された『インタラプトシールド』が衝撃を殺していた。
「納得いただけまして?」
 それを成したエリズバークが微笑めば、ようやく避難者に安堵の表情を浮かぶ。
『全然壊せなくてつまらないです母様……』
「そうねぇ。私達らしくはないと思うのだけど」
 人々が動き出したところで、アトルラーゼ・ウェンジェンス(aa5611)の声はどこか不満そう。
 破壊が常の彼からしたら退屈なのだろうが、エリズバークは苦笑して再び盾を展開した。
「アトルのお父様はとっても防御が得意だったのよ? アトルも少し、お勉強してみましょうね」
 思い浮かぶは、かつてのパートナー。
 防御適正で、人を守りたいと思っていた『あの人』。
 範囲攻撃が得意なエリズバークを英雄としても、盾で守ってばかりの戦い方。
 盾の使い方に慣れた『復讐の魔女』……なんて、おかしみを感じてまた微笑む。
(ふふ、私としたことが昔が懐かしくなってしまったのかしら。『王』が出てしまったせいかしらね?)
 憎悪に沈んだ愛情がわずかに顔を出し、しかしエリズバークはすぐに微笑みの仮面でフタをする。
 いずれ成す復讐のため……『インタラプトシールド』で『あの人』の戦いを再現した。

●初対面の再会
「マスターはひりょさん達に任せ、私達は愚神対応の支援を!」
 一方、由利菜はシチート『モコシ』を展開して愚神と相対する。
「……愚神に憑依されたのが、信一だと?」
 共鳴した橙の瞳が映す『敵』に、東江 刀護(aa3503)の戸惑いは強い。
 この夏、双樹 辰美(aa3503hero001)の頼みで行った水着ショップやレジャープール施設で既知となった。
 刀護のイメージは『静香の無茶ブリに音を上げるヘタレ』でしかないが、目の前の人物は何かが違う。
『如何なる相手であろうと全力で戦う。それが刀護さんの信念のはずです』
「……そうだったな」
 レジャー施設で静香との時間を過ごした辰美とて、心配でないはずがない。
 それでも凛とした辰美の姿勢に己を叱咤し、刀護はセッペリーレソードを抜いた。
「……信一さんに化けた?」
『その場合、信一さんはどこかに閉じ込められてるだけでしょうから、まだ良い方ね』
 荒木 拓海(aa1049)も動揺しつつダーインスレイヴを構える。
 ただ、メリッサ インガルズ(aa1049hero001)の甘さを許さない想定が、手に余分な力を入れさせた。
「確か……月鏡さん、荒木さん、東江さん、だったかな?」
 その信一は少し考え込んだ後、笑みを浮かべて親しげに名前を呼んだ。
「(……私も、信一さんに確かめたいことがあります)」
『ユリナ!』
「――聖霊の光よ、審判を下せ! 『ディエティティス』!!」
 小さなつぶやきの後、ウィリディスの合図で由利菜が発動した『パニッシュメント』が信一を貫いた。
「……やはり! 信一さんには愚神が憑依しています!」
 ゆがんだ表情と識別効果で正体を看破した由利菜に、拓海と刀護も表情を引き締める。
『あれ、何か違和感が――っ!? ユリナ!』
「――いきなり攻撃なんて酷いな!」
 その時、ウィリディスが妙な引っかかりを覚えたが、言及しきる前に愚神の照準がこちらに向いた。
「――っ! ぐ、うっ!?」
 瞬間、殺到する魔力球に反応し盾を構えた由利菜だが、連続して襲う爆発にうめく。
「由利菜さん! っ、信一さんを返せ!」
 思わぬ攻撃速度に驚愕しつつ、間に入ったのは拓海。
 魔剣の『疾風怒濤』で切りかかり、意識を自身へ向かせた。
「ふふっ。初対面の敵の顔も名前も『能力』もわかるなんて、実に愉快だよ」
 信一に呼びかけながら交えた拓海の刃は、愚神の魔力球が次々と威力を相殺。
 日々膨大な報告書を処理する信一の記憶を利用した予測か、動きの癖が何度も読まれている。
「――貴様っ!」
 瞬時に言葉の意味を察した拓海は激昂。
 攻撃の合間に生じたわずかな隙を抜け出し、『ストレートブロウ』で愚神を喫茶店の中へ吹き飛ばした。
「大口を叩く割に、力はミーレス級か? 痒いだけだな」
「君も手加減しているから、お互い様だろう?」
 あえて愚神を煽り、一般人から目を離そうとする拓海。
 だが、攻撃に込めた信一への配慮に言及した愚神は魔力球で反撃した。
「ぐ、はっ!? ……良い、マッサージだな」
 反応が遅れた拓海は吹き飛び、賢者の欠片を飲み下して挑発を続ける。
 対する愚神は瓦礫から平然と現れ、さらに数を増やした魔力球をけしかけた。
「拓海さん、自ら囮に? ……っ、また炸裂弾が来る!」
 大量の魔力球による連鎖爆発に呑まれた拓海へ、由利菜はすぐさま援護に回る。
「癒しの風よ、吹け! 『セラピア』!」
 治療のライヴスが降り注ぐが、無数に増える魔力球に表情がこわばった。
「由利菜、こちらが倒れそうになったら回復を頼む!」
 防戦の中、『守るべき誓い』を発した刀護が別方向から愚神へ肉薄。
「こっちだ!」
「東江さんも普段の武器とは違うね……甘く見られたものだ」
 拓海だけに攻撃を集中させまいと、刀護が果敢に切りかかるが愚神のダメージは低い。
 お返しに迫る魔力球は禁軍装甲と『ライヴスプロテクト』で防ぐも、貫通した衝撃はすさまじい。
「ぐうっ!? ……攻撃を引きつけるのは助かるが、無理はするな!」
 予想以上の威力に顔をしかめる刀護は、ずっと攻撃にさらされてきた拓海へ注意を飛ばす。
「東江だ! 敵は信一に憑依していて、魔法攻撃力はかなり高い! 耐性が低いなら交戦時は気をつけろ!」
 そして、通信機で避難誘導をしている仲間と愚神の情報を交換し、再び攻撃へと前へ出た。

 他方、避難組は負傷者を救急バッグで手当を施していた。
「ぐっ!?」
「待ってください。まだ動くつもりでしたら、怪我の程度を確認しましょう。簡単ですが治療もできます」
 武流は無理に動こうとしたマスターを制止し。治療道具を広げる。
「大丈夫、ですか」
 そこでマオも、賢者の欠片をマスターの回復にと手渡す。
「傷が痛むようなら、痛み止めを飲んでください。他に、怪我をしている人は見かけましたか?」
「すみません……周りを見る余裕はなかったのですが、可能な限り攻撃は私で引きつけたはずですよ」
 ガーゼと包帯で手当を受けつつ、マスターは武流から新型MM水筒を受け取り水で痛み止めを飲み込んだ。
「っと! 痛いだろうが我慢してくれ。回復スキル……は必要なさそうだな」
 すると、別行動だった翔流が負傷者に肩を貸して戻ってきた。
 重傷であれば一時的にでも誰かにスキルを、と思っていたがマスターほどの重傷者はいない。
「オレはまたひとっ走り行ってくるわ!」
「足を怪我した人や、重傷者は早めに運んできてくれ。自力で歩けそうなら誘導だけでいいからな」
「わーってるって!」
 新たな怪我人を手当しつつ注意を飛ばした武流に、翔流は軽い調子で駆けだした。
「これで、周辺の人たちの避難は片づいたはず」
『他に敵の反応は?』
「愚神の攻撃にも反応するから、正確な索敵は無理ね」
 七海が愚神がいる方角へ顔を向けつつモスケールで伏兵を探すも、反応は多数だが愚神周辺のみ。
 ひとまず敵は単独とみなし、ジェフに小さくため息をこぼす。
「あ、あの。愚神について、聞きたいです」
 すると、マオが自主的に避難を手伝っていたバイトへ指示を出すマスターから敵の情報を確認した。
「残念ながら、彼の魔法操作技術がきわめて高いことしか。短時間に連続で攻撃を仕掛けてきましたから、一度の防御や回避では対処が難しいですね」
 それがスキルの1つだろうか? と考えつつ通信機で仲間へ情報共有しようとした直後。
 愚神がいる方向から、また大きな爆発音が響きわたった。

●二転三転
 そうして周辺の避難や応急処置が一通り終わり、武流は翔流と共鳴し通信機を起動。
「俺は引き続き、一般人の避難誘導続行ならび護衛を行う。その間も、できるだけ近づけさせないでくれ」
 今後の動きを伝え、次に避難者たちを背に『金の掌』の壁を構築する。
「――これでまた流れ弾が来ても、一時的に凌げるだろう。その間に、できるだけここから離れよう」
『まだまだ忙しくなりそうだねぇ……』
 武流の呼びかけに残った人々が答え、翔流は負傷者を見回し苦笑する。
 二次被害を防ぐため警察や救急隊とは距離があり、移動も楽ではなさそうだ。
「――っ! 早く避難を!」
 ひりょも別角度からクロスグレイヴ・シールドで避難民を守り、流れ弾の重い衝撃に歯を食いしばる。
 受けたダメージは『ケアレイ』でごまかし、間をおかずヘリオティアを投擲。
 精神を研ぎ澄ました『攻撃予測』で軌道を読み、散発的に飛来する魔力球を撃ち落としていく。
「急ぎましょう」
 そして、バイトの点呼を終えたマスターの合図に頷き、武流たちは負傷者たちを運んでいった。

 他方、愚神との戦闘は激化していく。
『あなたはこのようなことをする人ではないでしょう!』
「仕事熱心、静香に対しては情けないが好戦的ではないはずだ!」
 由利菜の『ケアレイ』で援護を受けつつ、辰美と刀護も積極的に前へ出て信一へ呼びかけた。
「そうだね、『この男』は人畜無害なお人好しだ」
 白磁の刃が何度も閃き、愚神はその度にライヴスを纏った素手で受けて躱す。
「そんな『彼』から伝言だ――『僕に構わず殺して』だってさ」
「ぐぁっ!?」
 が、直剣を片手で掴まれ動きが止まった瞬間、愚神の魔力球が刀護の側面で爆発した。
『刀護さん……残念ですが、これ以上は』
「仕方ない、被害を最小限にとどめることを優先する」
『クロスガード』で軽減してなお祈りの御守りが砕け、もはや余裕はないと指摘する辰美。
 それで刀護も救出を望む強い願いにフタをし、被害の拡大を抑えるための意識に切り替えた。
『搬送はおおかた終わりました! 援護します!』
 その時、通信機から七海の声が届く。
 攻撃手段を奪う勢いで次々と和弓「風花」の弓矢が魔力球を貫き、戦場に爆発音が連鎖する。
(相手に対応している人数が人数だ、早く合流しなきゃ!)
 少し遅れ、ガーンデーヴァを手にしたひりょも『全力移動』で戦場へ現れた。
「――っ、拓海さん!」
 そこで真っ先に拓海の疲弊に気づき、弓矢で愚神を牽制。
 攻撃が緩んだ隙に『ケアレイ』を飛ばし回復する。
『まだ敵の能力は未知数だ。相手をよく見て、逃さないように戦おう』
 そこへマオも参戦し、レイルースの注意を頭に残しつつ風魔の小太刀を構える。
「やあ、キムリックさん」
 と、愚神が不意に表情を和らげ、一瞬呆気にとられる。
「え? ――きゃあっ!?」
 結果、虚をつかれたマオは『攻撃予測』を越えた魔力球に被弾した。
『隙ができたとはいえ、マオの回避にあわせるほどの攻撃精度は厄介だね』
「ご、ごめんなさい……」
 祈りの御守りが壊れ、レイルースの冷静な分析で間接的なダメ出しをもらったマオは猫耳を伏せる。
 体勢を立て直して賢者の欠片を含み、慎重に愚神の隙をうかがう。
「初めまして。エリズバークと申します。お名前をお伺いしても?」
「『リヤン』だ。よろしくね」
 今度はエリズバークが盾を構えつつ愚神――リヤンの前へ立った。
「では、リヤン様。そちらの男性を依代(よりしろ)に選んだ理由はありますか? 好みの男性でしたか?」
「君たちへの嫌がらせ、かな? まあ、結果的に有能で人脈も広いなかなかの拾い物だったとは思ってるよ」
 軽口を交えて探りを入れるも、リヤンの返答もつかみ所がない。
 最初から信一とH.O.P.E.の情報が標的、という予想が外れエリズバークは質問の角度を変えた。
「ではもう一つ。同じ場所に留まれば正体がばれる可能性は高いと承知のはず……何が目的ですか?」
「『この男』を喰いきるため、かな?」
 さらに言い募ると、リヤンが困り顔で嘆息する。
「本当ならとっくに喰い尽くしてるはずなんだけど、案外しぶとくてね。心当たりを回ってたんだ」
「……つまり、信一様の心を折るため、と?」

「信一、さん……?」

 その時、背後から聞こえた声に全員の視線が集中する。
『リヤン、ですって……?』
「――っ!!」
「静香さん、お待ち下さい!」
 呆然とするレティの声で駆けだした静香を、由利菜が制止する。
「静香さんっ、離れて!」
 しかし、リヤンへ到達する前に七海の『威嚇射撃』が静香の足下に突き刺さった。
「愚神の話が本当なら、信一さんから情報も魂もすべて抜き出せてない! 信一さんはきっと無事だ!」
 魔剣を盾にリヤンの攻撃に耐える拓海も、静香へ言い聞かせるように無茶を諭す。
 同時に頭をよぎる、過去に似た状況の少年を助けられなかった後悔。
 思わず出そうになった弱音をリヤンごと吹き飛ばし、拓海は賢者の欠片を飲み下した。
『シズカさん、大丈夫! 助ければいいだけだから、落ち着いて!』
 すかさず静香の前へ出た由利菜が『モコシ』でリヤンの盾となり、ウィリディスが冷静になるよう諭す。
「しかしっ……でもっ!」
「しっかりして! 貴女に何かあったら、信一さんが折れちゃうよ!」
「――っ!」
 我を忘れて信一にすがる静香へ再び、七海からの一喝が叩きつけられた。
「落ち着くんだよ……私も、っ、大丈夫。信一さんは強くて頭が良い人だもん」
『ああ、中で戦ってるはずだ。静香のスパルタに耐える男が、簡単にはやられる訳がない』
 走り寄った七海が焦燥ごと息を吐き出し、ジェフも感情を荒立てない口調で諭すが効果は薄い。
「でも! 私、信一さんが、いないとっ、いなくなるなんてっ!!」
「――冷静に考えて動いて……なんて、無理だよね。大好きな人だもん……私もきっと、そうなるよ」
 取り乱す静香の叫び声に、七海も思わず悲痛な表情になる。
「だから、静香さん。何でもいい――愚神を見て」
 それでも、静香の両肩を掴んで告げた。
「信一さんは黙って憑依されてる人じゃない。メッセージを必ず残してくれるよ」
 信一は一般人だ。
 愚神に反抗できる力などほとんどない。
「……はい!」
 それを承知で、しかし静香は頷いた。
『希望』を捨てず、前を見据えて。
「聞いたか、信一さん! 静香さんも、オレ達も、絶対あなたを助けるから!」
「――なるほど、『彼女』がそうなんだ?」
 さらに拓海が信一を奮い立たせるよう叫ぶと、リヤンは愉快そうに左腕を静香へ向けた。
「っ! させるかっ!!」
 意図に気づいた拓海は『烈風波』を飛ばし、腕を跳ね上げ狙いを乱す。
「――ぁ」
 刹那、静香が誰も気づかないほどか細い声を漏らした。
「こっちだ!」
 そこへひりょが刀を手に前衛としてリヤンへ接近。
 他のメンバーの負担を減らそうと積極的に切り込む。
「足止めします!」
 七海は『テレポートショット』でリヤンを確実に射抜き、『翻弄』で意識を分散させた。
「自分もいるぞ!」
 満身創痍の刀護も、リヤンを押さえつけようと食らいつく。
「そこ、です!」
 たまらず反撃しかけたリヤンへ、さらにマオが『女郎蜘蛛』を投擲。
 敵の妨害とともに仲間が攻撃する隙を作ろうとするが、振り払われてしまった。
「愚神が弱ってきた――今だ!」
「――っ!?」
 だが、集中攻撃でリヤンのふらつきを見逃さず、拓海はグレイプニールを手に駆けだした。
『捕らえた獲物は逃がさない』と言われる鞭で縛り、信一との分離のため押さえ込む。
「離すものか!」
 逃がしたら次の機会が何時来るかわからない。
 今生の別れなんて、嫌と言うほど知っている。
 だから――
「……やれやれ。この体は『捨てる』他ないかな?」
 ――リヤンの笑みで落ちてくる自爆必至の飽和攻撃に、拓海は一瞬の躊躇を止められなかった。
「――っ!? 気をつけて! 何かきます!」
 拓海とリヤンが大爆発に飲まれる中、間髪入れず悪寒を覚えたマオが叫ぶ。
 直後、灰白色のオーラが愚神を中心に拡散した。
「っ、悪あがきですか!」
 魔導銃で援護射撃をしていたエリズバークは瞬時に距離を詰め、『フラグメンツエスカッション』を発動。
 ダメージを少しでも軽減させようとする。
『マオ!』
「っ! ごほっ!!」
 が、オーラに範囲内にいたマオは胸の鈍痛を覚え、吐血。
 その上、レイルースの判断で『縫止』のスキル阻止も試みたが不発に終わり、慌てて離脱した。
『『封印』か――』
 レイルースの固い声を聞きつつ、賢者の欠片で持ち直すもマオはすぐに動けない。
「すぐに回復を! 月鏡さん!」
 刀の投擲による中距離からの援護で難を逃れたひりょは、すぐに前衛の異変を察知。
 同じメディックの由利菜へ『クリアレイ』を、傷が深い刀護へ『エマージェンシーケア』を飛ばした。
『搦め手に備えておいてよかった! 霊薬の一滴、降れ!』
「『レフェクティオ』!」
 ウィリディスの詠唱を引き継いだ由利菜もまた、状態異常の解除に加わる。
 ひりょが2度目の『クリアレイ』を飛ばし、前衛の体勢が整いかけた。
「ここまでかな」
「っ、待ちなさい!」
 だが、再度拘束する前に背を向けたリヤンに、七海が『威嚇射撃』を放つ。

 ――じゃあね。

 しかし、頭上から降ってきた大量の魔力球の爆発に呑まれた。
 視界に漂う砂塵が開けると、リヤンの姿はなかった。

●メッセージ
「くっ! 今回のうちに信一さんを助けたかったのに……!」
『ユリナ……』
「既に二度目の世界蝕が起こり、愚神の『王』が侵攻してきた今の状況では、これまでより愚神化が早まる可能性が高いのです!」
『……残された時間は少ないってことだね』
 リヤンを逃した悔しさを隠せない由利菜に、ウィリディスも自然と声が沈む。
「佐藤さんも碓氷さん達も……大丈夫かな」
『心配だけど、きっとまだ何とかなる、はず』
 その思いは全員が共有しているのだろう、マオとレイルースも不安を隠しきれない。
『必ず信一さんを救出します。ですから、気を強く、しっかりしてください』
「言ったからには、約束は守る。だから静香、今回のように早まるなよ?」
 辰美と刀護もショックを受ける静香へ声をかけるが、反応は鈍い。
 信一の安否を気にしているのか、自身の軽率さを反省しているのか、静香の無表情からは読みとれない。
「静香さん、レティさん、次の機会を逃すわけにはいきません。必ず、あの人を助けましょう」
「…………」
『え、ええ……』
 焦燥をため息に乗せた由利菜は、今もっとも不安だろう静香たちへ励ましの言葉をかける。
 だが、静香もレティも、その声に覇気はなかった。

「……これ、は」
 後日、静香を伴って信一の帰路で手がかりを探すと、路地裏に緑色の腕時計が発見された。
 文字盤にはヒビが入り、無理やり外したのか金具が壊れていた。
「しん、いち、さ――」
 それを胸にかき抱き、静香はその場にうずくまる。
『静香やレティとの絆だけは奪わせない』
 信一の愚神に抵抗する意志の象徴に、何度も滴が地面をぬらした。

 ――続く


結果

シナリオ成功度 成功

MVP一覧

  • 永遠に共に
    月鏡 由利菜aa0873
  • 絆を胸に
    五十嵐 七海aa3694

重体一覧

参加者

  • ほつれた愛と絆の結び手
    黄昏ひりょaa0118
    人間|18才|男性|回避



  • 永遠に共に
    月鏡 由利菜aa0873
    人間|18才|女性|攻撃
  • 花の守護者
    ウィリディスaa0873hero002
    英雄|18才|女性|バト
  • 苦悩と覚悟に寄り添い前へ
    荒木 拓海aa1049
    人間|28才|男性|防御
  • 未来を導き得る者
    メリッサ インガルズaa1049hero001
    英雄|18才|女性|ドレ
  • その背に【暁】を刻みて
    東江 刀護aa3503
    機械|29才|男性|攻撃
  • 優しい剣士
    双樹 辰美aa3503hero001
    英雄|17才|女性|ブレ
  • 絆を胸に
    五十嵐 七海aa3694
    獣人|18才|女性|命中
  • 絆を胸に
    ジェフ 立川aa3694hero001
    英雄|27才|男性|ジャ
  • 希望の守り人
    マオ・キムリックaa3951
    獣人|17才|女性|回避
  • 絶望を越えた絆
    レイルースaa3951hero001
    英雄|21才|男性|シャド
  • …すでに違えて復讐を歩む
    アトルラーゼ・ウェンジェンスaa5611
    人間|10才|男性|命中
  • 愛する人と描いた未来は…
    エリズバーク・ウェンジェンスaa5611hero001
    英雄|22才|女性|カオ
  • ほつれた愛と絆の結び手
    志羽 武流aa5715
    人間|23才|男性|回避
  • ほつれた愛と絆の結び手
    志羽 翔流aa5715hero001
    英雄|23才|男性|ブラ
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