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【相談卓】
最終発言2018/11/05 20:23:04 -
依頼前の挨拶スレッド
最終発言2018/11/05 19:57:21
オープニング
●アイアム邪悪
そう、世界が終ろうとしているのです!
人々は不安を抱えていた。
世界各地で起きた異界化、従魔愚神の大侵略。
次はうちの町が壊されるんじゃないか。
でもそんな心の片隅で、自分は大丈夫だろうと慢心をして。
そうだ、世界が終ろうとしていて、当然の不安と、逃避の慢心。
世界はかつてなく、かつてなかった。
ヨーロッパの……
海が見える、素敵なこの町も、そんな街の一つでした。
店先に置きっぱなしのラジオから、インシィの者らがH.O.P.E.を支持する言葉が流れている。人々に希望を信じろと訴え続けている。普通に考えて、今人間同士で混乱し合い、奪い合い、生存戦略を繰り広げても、それは自滅に他ならないからだ。正論である。
そのおかげか、H.O.P.E.の尽力か、奇跡なのか、世界が映画のような世紀末に陥っていることはない。
でも。
そんな風潮を真っ向からぶん殴るのが、
「そうです。我々、マガツヒなのです」
混沌と。狂乱と。狂気と非道と外道と下劣と。ひとつまみの暴力。
白い、キザな帽子を投げ捨てた。白昼堂々。意外と、指名手配犯も堂々として居ればバレないものだ。指名手配のコツは罪悪感でコソコソおどおどしないこと。
「世界が終わるぞ! そして未曽有の希望が来る!!」
叫んだ。誰もが振り返る。こいつ気でも狂ったんじゃないかという侮蔑の目だ。
構わず、エトワールのように両手を広げる。
そう。きっと、果ての凪は幸福な大団円。《完璧な楽園》。
「シャングリラ。私の全てを貴方にあげます」
「おっけー」
「今までありがとう。どうもありがとう」
「さいごなんだね」
「楽しかった」
「すぐによくなる」
●公衆的エネミー
曰く。
愚神十三騎が一、《完璧な楽園》シャングリラがその身に貯め込んだライヴスを“爆発”させ、世界に一瞬、針穴程度の穴を開けて、愚神の『王』の一部――すなわち混沌を雪崩れこませ。【終極】で観測された異界化を超局地的に引き起こした。
真っ白い空。完全な静寂。乱立する黒い結晶柱――ライヴス汚染によって変質してしまった、人間だったモノ。
君達は走る。一瞬にして無となった、瓦礫の町を。
そうして辿り着いた。“敵”の前に。
「大丈夫。皆さんならきっと、勝てますから。絶望の数だけ希望があるって、知ってますから」
待っていたのは、シャングリラだ。だが声音はエネミーだ。それが、エネミーの残った自我なのか、シャングリラが模倣し再現した人格なのかは、もう分らない。ただ一つ確かなことは、それが絶対的な敵で、愚神であるということで。
「立ち向かわなくちゃ」
敵が言った。
「希望の為の絶望を。幸福の為の不幸を。皆さんならきっと、できますよ」
ソイツの目は、どうしようもないほど、憧憬と希望に塗れていて、絶望と悪意を嬉々として振りかざしていた。
「そう、世界が終ろうとしているのです。あちらこちらで混沌が悲劇が跋扈して」
曇白の空。灰色の町。黒い敵は、手を広げた。終わりつつある世界の渦中で。
「いざ、ミドルシーンの戦闘ですよ。クライマックスシーンが残ってる。私に勝てなきゃ、王には勝てませんからね! 皆様が、本気出して決意固めて希望を剥き出しにする為なら。皆様が正義である為なら。私は、どんな悪事にだって、手を染めますよ」
チリつくようなひと刹那。
もうすぐ、世界が終わろうとしている。
いろんなものが、終わろうとしている。
こんな世界をどうか守って。
「――さあ。レッツ世界平和!」
解説
●目標
エネミー・シャングリラの撃破
●登場
愚神『エネミー/シャングリラ』
機械仕掛けの人型めいた外見。
数多の腕にチェーンソーめいた武装を持ち、与えるあらゆるダメージに「減退1」が付与される。この減退の数値は累積する。(つまり3回ダメージを与えられると減退3になる)
能力はバランス型。凶化されている。
・その果ては凪
捕捉している「出血している存在」からライヴスを吸収しており、能力強化・生命のリジェネレートを行っている。
・掌上にて
超常的捕捉能力。「不意打ち」無効。「部位狙い」困難化。命中回避上昇。
攻撃の射程を長大にしつつ、複数対対象・範囲攻撃にする。
・幸福な大団円
自身にバッドステータスが付与されるほど、生命を除く全能力値が激増。効果累積。
・完璧な楽園
毎ラウンドのファーストフェーズに、自身含む戦域全対象に「暴走」付与。特殊抵抗で抵抗可。
同時に、既に暴走状態の者のリンクレートを1下げる。
タイミング:クイックでリンクレートを-1すれば暴走から回復できる。
・ヒーローVSヴィラン
リンクバーストした存在からの攻撃は防御無視となる。同時に、リンクバーストした存在へ与える攻撃は防御無視となる。
・アンチ闇落ち
邪英への超特攻的攻撃補正。
邪英化した者が敵によって重体となった場合、即座に死亡判定を行わせる。この際、死亡判定表の「3」「4」は「5」の内容として扱う。
黒い結晶
ライヴス汚染によって、その命を結晶に変えられた生命体。そこかしこに存在。
大きさは元の生命体の大きさに準拠。非常に脆い。
敵はこれを破壊することでライヴスを得て生命を回復する。
エネミーはこれを一つでも多く破壊しようと立ち回るだろう。
●状況
日中。ヨーロッパ某所の都市部。「【終極】I was here」と同様の異界化をしている。(該当リプレイを読まずとも問題なし)
リプレイ開始地点は大通り。広い。
リプレイ
●Dies irae 01
どうしようもなく終わりが目前に迫っている。
沈黙は一瞬で。
しかし永劫のようで。
息を忘れるほどに、剣呑だった。
「……何が希望だ、何が正義だ! 何が世界平和だ!!
てめぇごときがそんな綺麗事を軽々しく口にすんじゃねぇえんだよぉぉおお!!!」
‐FORTISSIMODE-(aa4349hero001)と共鳴した楪 アルト(aa4349)の感情は、一切が憤怒に彩られていた。
彼女が立つ場所は戦場全てが見渡せる遠方――すなわち、硝子が全て爆ぜ飛んだビルの屋上。彼我の距離は長大、なれど彼女の怒気はまるで胸倉を掴んでいるほどの至近距離からぶつけているような烈しさであった。
そう、怒りだ――この感情を染め上げる烈火を、怒りと呼ばずして何と呼ぶか。
東海林聖(aa0203)の脳裏に蘇るのは、“あの日”、あの敵が目の前で踏みにじった数多の人命。そしてその後も、敵はもっともっと多くを……。
(あの時に止められれば。今もこうはなってねェんだろうな。……クソ)
灰色の世界に広がる、黒い柱。その正体を聖は知っている。本当に、ムカつくぜ。
『……怒るな、とは言わないけど』
ライヴスを通じてLe..(aa0203hero001)が語りかける。
「あぁ、キレそうだけどな……」
その分、研ぎ澄まされていくような心地を聖は感じていた。「ん」とルゥは短く返す。芯の方が冷えているなら、別にいい。
『……まあ、ルゥも……うん。無駄なく……戦えそう』
「ああ。今日こそ決着を付けてやるぜ……ッ」
この因縁に終止符を。ツヴァイハンダー・アスガルを、真っ直ぐに構える。
「結構長い付き合いになりますよね。……我儘な人間も嫌いではありませんが、お別れのようですね」
因縁、と言えば、辺是 落児(aa0281)と共鳴している構築の魔女(aa0281hero001)も同じだ。そしてこの因縁が、これ以上続いてはいけないものだと断固として理解していた。
対する敵は。
エネミーは、シャングリラは。
「ええ。私が死ぬか、皆様が死ぬか。最早、二つに一つなのです」
と、嬉々としているのだ。
「エネミーって、変わった人だったね」
朱殷(aa0384hero001)と共鳴中のHAL-200(aa0384)は、人形のような瞳を瞬かせる。彼女自身も大概だが――とは、朱殷が心の中で密かに感じたことだ。
「ヒーローのことが、好きで好きでたまらないんだね。いいよ、エネミーの願い、叶えてあげるね」
「素晴らしい! 悪役になんか、負けないで下さいね」
やはり敵は嬉しそうだ。そして一同を煽るように、傍らの黒い結晶に片足をかける。「ほら、踏み潰しちゃうぞ」と言わんばかりに。
ざわ、と時鳥 蛍(aa1371)とグラナータ(aa1371hero001)は神経が凍り付くような、血が沸騰するような心地を覚えた。
(あの時と同じ黒い結晶……!)
『当てつけッスかね。ほんとタチ悪いッスよ!』
黒い結晶はそこかしこにある。蛍が思い返すのはポンペイ遺跡での敵の暴挙だ。あまりに無差別で、広範囲的な破壊行動……。
「さっきからぐちゃぐちゃ煩いよ。ボク達は今ここでお前を倒す。それだけだよ!」
そこへ、盤古の斧を敵に突き付け言い放ったのは、マルコ・マカーリオ(aa0121hero001)と共鳴し乙女の姿となったアンジェリカ・カノーヴァ(aa0121)だ。
その瞳は固い決意を宿している。彼女は明確に、己の使命を見澄ましていた。すなわち――掲げた斧の銘にかけて、目の前の敵を、そして愚神の王を倒して平和な世界を切り開くこと!
「――……」
リリア・クラウン(aa3674)は、共鳴している伊集院 翼(aa3674hero001)と共に深呼吸をした。自らを犠牲にしてでも……という想いは、ある。確かにある。自分が災厄のトリガーになるぐらいならば、いっそ自決すら辞さない想いも、ある。けれど同時に、リリアも翼も、生きて帰りたいと強く願っていた。そしてもちろん、この場に居る仲間達も、全員無事で。
――怒りの日、裁きの時は来たれり。
●Dies irae 02
一番最初に、何をするかは、既に決めていた。
それはエージェント全員で決めたことで、エージェント全員の罪である。
「昔から、僕は誰かを殺さずに正義であることはできなかった」
木霊・C・リュカ(aa0068)と共鳴中の凛道(aa0068hero002)が呟く。それは敵を倒すため無辜の人々を殺める現在も変わらない。そも――自らが口ずさむ正義など、正義ではなかったのかもしれないけれど。
「凛道。お前がやるならそれは正義だ。それは俺様が保証してやる」
その背に呼びかけたのは、紫 征四郎(aa0076)と共鳴中のガルー・A・A(aa0076hero001)の声で――魔女にそんな言葉をかけられるとは。思わず、凛道はフッと笑ってしまった。
「ええ、知っています。ガルー・A・A。僕は貴方の首を刎ねたことを、微塵も後悔などしたことはないのですから」
エージェントの布陣は、敵から見れば奇妙に映った。凛道がポツネンと前方に、他の一同は後方に下がって。まさか一騎打ち? いや、そんな無謀をこの歴戦のリンカーが仕掛けてくるはずもない。
それに、だ。凛道の眼差しは、特攻の自棄も、自己陶酔な自己犠牲もない。
静かに、凛道は収穫鎌ポルードニツァ・シックルを握り直した。
その手に感じたのは、ライヴスを通じて凛道の手に手を重ねるリュカの存在。
『昔と違って一人でもないでしょ。何たってお兄さんがついてるからね!』
「マスター……」
『俺達はヒーローじゃない。 だから俺は、お前が選んだ正義を一緒に背負って立つ。 真っ直ぐ、前を見て咲こう!』
「イエス、マスター。この行いが、正義でなかったと裁かれる世を守るために――僕は、正義の為に咲き誇ります!」
渦巻く想い、その全てを、今は呑み込んで。
凛道は処刑人としての力を解放する。
サウザンドウェポンズ――虚空から地に数多落ちる、それは執行の断頭刃。彼の周囲の有象無象を、等しく無慈悲に裁く嵐。
一瞬の。
あまりにも一瞬の、出来事だった。
ギロチンの刃に粉砕された黒い結晶が、人間だったモノが、黒い塵となって、灰色の世界に霧散する。
キラキラと瞬くそれは、確かに……命の輝きだったのだ。
きっとこんなことは思ってはいけない。でも、それは、残酷なほどに……美しかった。
(凛道さんがやりたくてやった訳じゃないのは解ってる)
アンジェリカは、きつく拳を握り込む。彼は優しい。優しいからこそ、勇気を振り絞って名乗り出たんだ。アンジェリカの視界から凛道の顔は見えない。でも、その心は涙を呑んでいることは、理解できた。
(これはボク達みんなで背負うこと。一番辛いのは凛道さんなんだ。なればこそ、絶対こいつを倒す!)
もう、後には引けない。
「……なんと、なんてことを!」
凛道の行動には、敵も面食らっていた。
確かに。この黒い結晶は、敵にとっての回復手段だ。敵を撃破する為に、これらを先に破壊し尽くすことは道理である。だが――本当にやるとは!
そして同時に、敵は感動を覚えた。百の為に一を捨てる、その茨道の上に立って尚――なんて、正義の味方達は決意を秘めた綺麗な目をするんだろう!
(本当は――)
嫌だった。誰だって嫌だったはずだ。何かを救う為に、何かを捨てるなんて。蛍は聖剣コールブランドを握り締める。
(でも、この笑顔を止めるために……今だけは)
覚悟は決めた。
これは、人殺しなのだ。自分がトドメを刺す訳ではなくとも。
それでも。“敵”が笑っているということは、その陰でただ普通に生きていた人の笑顔が、たくさん握り潰されていることで。それが許せない。認めたくない。もうこれ以上、笑わせない。
「ここで終わらせますよ。どんな屁理屈を並べても、人を攻撃する忌避感があっても、あなたを放置していい理由にはならない」
少女の手の中にあるのは、幻想的に輝くライヴスソウル。
『手を汚すなら一緒に罪を背負おう』
「ええ、もう守ってもらうだけのわたしではないです。弱くて逃げ隠れするだけの卑怯者でもないです。怒りも憎しみも全部飲み込んで――ここを乗り越えて見せます」
弱かった自分に別れを告げるように。
無尽蔵の憤怒と憎悪を飲み干すように。
蛍は、ライヴスソウルを握り潰す。
「遠慮なく最初から飛ばしていきますよ」
『リンクバースト、ッス!』
――王金の蛍火が、モノクロの町を染め上げた。
それは超長距離のアルトですらも、眩しさを感じるほどの色彩で。
凛道の“執行”の残滓によって、町に漂う結晶の黒塵が、星雲のように煌いていた。
「……こんな姿にさせちまって……すまねぇ」
この星屑は、人だったモノ。一人一人にドラマがあって、家族がいて友人がいて。呟いた謝罪は、もう彼らに二度と届かないことをアルトは知っていた。
まだこの町に残っている“人々”には、絶対に助け出すという決意を。
救えなかった“人々”には、絶対に仇を取るという贖罪を。
「……ぜってぇ、負けねぇからさ……ッ!」
オプティカルサイトのレティクルに敵を捉え。
展開したアンチマテリアルミサイルを――発射する。
それは超射程からの超精密狙撃。いや、最早、狙撃というより爆撃だ。
ミサイルが直撃するひと刹那の直前、敵の脚に炸裂したのは、構築の魔女が雷光の如く速射した37mm対愚神砲「メルカバ」による砲撃だ。敵の知覚能力は部位狙いを困難にしているが――だったら単純な話な訳で、それを凌駕する精度で撃ち抜けばいい。
爆音に次ぐ爆音、そして爆風。
なれどノイズキャンセラーによって、構築の魔女の五感は明鏡止水そのものだ。魔女はそのまま意識を研ぎ澄ませ、敵の超常的捕捉能力の解明を試みる
「人間であるなら捨てられない何かはあるはず……だといいのですけど」
だが、流石に神秘の感知までは難しい。人間だったモノの欠片が微細なライヴスの塵として漂うこの戦場でも、その補足能力が衰えることもない。
――ならば小細工ごと、ぶった切ればいい。
聖は瓦礫の大地を強く蹴り、爆煙の中の敵へ狙いを定める。
「テメェをここで止める! それがオレの正義だッ!」
叩き付ける剣。一撃一撃に必殺の意志を込める。これで一体何度目か、この敵と刃を交えるのは。だからこそ聖は感じ取っていた。目の前の敵は、既にもう人ではなく愚神なのだと。これまでのどの戦場よりも強くなっていると。
だが、強くなったのは聖も同じ。それは剣技、技量、体力の面であり、精神の面でもある。
(……毎回、厄介だったから……また何かあるかもね)
「あぁ――上手く切り崩すぜ!」
装甲に剣をめり込ませたまま、強く敵を押しやる。
「アンジェリカ!」
「任せてッ」
そこへ潜り込むように踏み込んだのは、斧を構えたアンジェリカ。
『熱くなるのはいいが頭は冷静にな。俺達が倒れる訳にはいかんのだから』
(分かってるよ、マルコさん!)
返答と共に膂力を爆発させ、身を捻りながら袈裟懸けに切り上げてみせる。がつ、と刃が敵の体にめり込んだ。
(固い……!)
刃が通らないほどではないが。決して容易くはない。
ならば、とそこへ屠剣「神斬」を構えたリリアが躍り出る。
「もう一発ッ!」
アンジェリカの斧がめり込んでいる傷口を一点狙いし、その罅をこじ開けるように。電光石火の速度で突き立てる剣。……敵はそれを回避することなく、真っ向から装甲で受けてみせる。
「きき! 痛い。痛いぞ! 分かるか?」
身に受けた砲撃に刃に。笑ったのは、エネミーではなくシャングリラの方だ。
そして。
敵による数多の暴力が、見境なく、無差別に、辺り一面を、薙ぎ払う。
「……っとぉ、」
ハルは飛盾「陰陽玉」を構えるも、それを圧砕せんばかりにその全身を暴虐が駆けていった。人形のようななめらかな白肌に、幾重も赤い花が咲く。尤も致命傷などではない、彼女はそこまでヤワではない。
「それじゃあ……頑張ってね。あたしが護るから」
盾を構え、敵を見据えたまま。
ハルはその背の後ろにいる蛍へ、凛と告げた。
「ええ」
騎士鎧から、壮麗なる王衣へと転じた彼女の、返答は簡潔。
蛍は、敵へと挑む。
「はぁああああああああああああッ!!」
普段は無口な少女は、勇ましく声を張り上げて。
迸るライヴスに黄金の煌きを放つ聖剣を一気呵成に叩き付ける。王気を纏う刃の前に、敵の装甲など意味もなし。熟練のドレッドノート達が総がかりでも大きくない傷しかつけられなかった敵の体が、バサリと斬られる。あまりにも強烈で、敵の巨体がたたらを踏んだ。
「これで――済むと――思うなッ!」
『思い知らせてやるッス!』
隙を逃さず、返す刃でもう一閃。防御を赦さぬ容赦のない剣が、敵の体から血を走らせた。
が、その傷は――先程の破壊行為で傷付いたリンカーの出血を介し、緩やかに治り始めるだろう。そして吸い取る糧で、敵は新たな力を得るのだ。
殺すか、殺されるか。今ここは、極めてシンプルな法則が支配していた。
それらは全ての闘争本能を、破壊衝動を、炙る。
殺せ。壊せ。殺せ。壊せ。
そんな衝動を――ガルーは深呼吸で、体の外へと吐き出した。呼気の先には、踏み込めば掴みかかれるほどの距離に敵がいる。
「もういねえんだっけ、正義の味方と戦えて幸せか? はっはー残念だったな、俺様は悪役だよ」
「ダークヒーロー、私は好きですよ」
「価値観を勝手に押し付けンな」
ガルーは、“殺した”。何人も何人も何人も苦しめて長い時間をかけて殺した。
だから死刑になった。悪い人間だから、首を切り落とされたのだ。
「まあ、アレだ。先に俺様を倒さないと、正義の味方とは戦えねえぜ。お前の中にエネミーがいるなら」
そう言って、ガルーは掌をかざした。
放つのは殺傷行為――ではない、医療行為だ。クリアレイ。それは敵の暴走を解除する――即ち、敵の強化を解除したことに等しい。
それと同時に、ガルーの遠く背後――凛道は攻撃姿勢に入っていた。激しいライヴスを身に纏う彼は、既にリンクバーストを起動していた。
「罪には罰を、正義の刃を。この身が欠けようと――エネミー、貴方を必ず処刑します」
トン、と鎌を地に突いた。
瞬間、処刑人の手によって創り出された磔刑の槍が四本、敵の体を串刺しにする。
「……やるな。やるなァ! いいぞ! いいですよ! なんという決意に覚悟、なんて美しい!」
シャングリラとエネミーの言葉が混ざっている。複製された処刑具が塵となって消えれば、いっそう敵は破壊に意識を滾らせ、凶器を振り上げる――。
「なんとまあ暴力的な……」
構築の魔女は溜息を吐いた。敵の攻撃は、まるで映画に出てくるような大怪獣が暴れまわって、町を蹂躙しているかのよう。とにかくデタラメに広く、無差別だ。ハルが守るべき誓いを発動しているが、誰か一人に攻撃を絞ることをせず、敵は周囲一切を破壊する。
面状の暴力。例えば巨大な掌が、まるごと地表を削っていくような。ノウの時のような乱反射による多角ではない。軌道も物理法則もノウより現実的だ。だが敵の攻撃はどこまでも暴走していて――ゆえに自由自在、奇天烈甚大。有り得ぬ補足能力で確実に捉えてくる。
そしてその攻撃はあまりにも暴力的だ。切り裂かれればどんどん、どんどん、血が流れていってしまう。
なれど。無残なほどに裂けてしまった肌から鮮血を滴らせつつも、構築の魔女は砲撃を一切休めない。
血のにおい、痛み――それはケダモノめいた感情を連れてくる。だがそれを、魔女は絆を焼いてでも屈服させる。野獣になど成り果てはせぬ。自らの根幹を、静かに見澄ます。
「昔、赤の魔術師は普通であるといいましたよね? ですから、貴方を止めましょう。私が望むように……ですけどね」
力の責任、希望の在り方――外聞などなく普通に在る、唯の人間。
それが、“私”。
「死ぬ前に消えてしまうなんて悲しいでしょう?」
負ける訳にはいかないんだ……なんて、熱い言葉は、ちょっと自分には似合わないかもしれないけれど。
……敵の攻撃範囲は確かに凄まじい。
だが、アルトのところまでは届いていない。ポンペイの時は闘技場と観客席程度しか離れていなかったが、今回は限界まで射程を広げている。その上、リンクバーストした相手が二人もいることが、敵に「その決意に応えよう」という思いを抱かせ、敵の行動選択肢から戦場移動を切り捨てさせていた。
おかげでアルトは無事だ。今のところは。リンカーゆえにビルを壊され崩落に巻き込まれても無傷で済むだろうが、瓦礫に体を抑えられては、戦線復帰に時間を食っていたことだろう。
アルトが構える砲口の先には激戦がある。二名も同時にリンクバーストし、戦闘を繰り広げている姿は、そうそうお目にかかれまい。……それほどまでに、この戦いはシリアスなのだ。
狙うは短期決戦、一つだけ。
だから、実時間にすればあとほんのわずかな時間だけで、決着が着くのだろう。
アルトは深呼吸をする。じっくりと、しっかりと、集中を研ぎ澄ませてエネミーに狙いを定めている。冷静に。冷静に。確実に――……。
「おらァッ!!」
這い寄る狂気を退けつつ、聖は轟嵐のように振り回す刃で敵にインファイトを仕掛ける。それから返す刃を叩き込むが――固い。
『……集中』
(わかってる!)
今回の聖はメイインアタッカーではなく、リスクを承知でリンクバーストを行いメインアタッカーになってくれた者達の援護だ。
それはアンジェリカも同じ。そして同じく、技量ある戦士がゆえに、理解するのだ。リンクバーストをした者が誰もいなければ、よほど戦略を洗練させねば、勝つことすらできない相手なのだろうと。そして、リンクバーストをすれば脳死で勝てる相手ではないのだと。
リンクバーストをした者が敵に攻撃されれば、一瞬で落ちるだろう。彼らから敵への攻撃が装甲を貫通するように、敵からの彼らへの攻撃も同じだ。だから死ぬ気で彼らを護らねばならない。後衛の凛道はハルが、前線の蛍はリリアが、それぞれ身を挺して彼らを護ってくれていた。
彼らが血を流すほど、敵の攻撃は益々凶悪さを増してゆく――ゴシックドレスにできた血の染みにアンジェリカは顔をしかめつつも、斧を握る手の力は緩めない。例え的に与えられる傷がわずかでも、足掻いてみせる。何度でも。力の限り、だ。
「こんな痛み――結晶にされた人の痛みに比べたら何でもないよ!」
剣が、斧が、血を流しながらも敵へ勇猛果敢に挑んでいく。
そして至近距離で、ガルーが敵の暴走状態をクリアレイによって再び解除してみせるのだ。
「……やっちまえ!」
光を散らしつつ、ガルーが声を張る。これで敵の動きが鈍くなる。クリアレイの回数は限られている――こんな戦法ができるのもあと一回。
(覚悟は、できてる)
時間にしてひと刹那。蛍は剣を握り直す。
リンクバーストのリスクは恐ろしい。邪英化するかもしれない。死んでしまうかもしれない。
だけど。それでも、譲れないものがあった。
それは悲愴じゃない、自己犠牲でも、承認欲求でも、自棄の自傷でも、自尊心の欠如でもない。
やりたいから――やらなければならないから、決意と覚悟を携えて、敢行することだ。
『大丈夫、蛍。自分らは――』
剣を握る少女の手に、少年は絆を介して手を重ねた。
『――最強ッスよ!』
「……うんっ!」
不思議だ。
死んじゃったらどうしよう、なんて不安すら吹っ飛ぶほどの想いが湧いてくる。
蛍は、グラナータは、握る刃に全てを込めた。
絆を燃料にいっそう燃え上がる黄金の蛍火は、運命すらも捻じ曲げて見せる。
構えた聖剣から迸る色彩は、色の無い空を衝く大樹のようですらあった。
見澄ます先の敵は、仲間を――人類を傷付け、息をするように血を流させる。笑いながら、だ。
赦せぬ。許さぬ。許容することなど、決してできぬ。
「……笑うな!」
王の一喝が戦場に轟いた。
振り抜いた一撃は鬼神が如き絶対の一撃。
それは最早、剣戟などではなく、剣を振ることで事象を確定させる奇跡である。
金襴の奔流。あまりもの眩さに、誰しもが目を伏せねばいられぬほどだった。
「――――」
敵は――
壮絶極度の一撃に、その頭部を消し飛ばされる。もう二度と、嗤うことはできぬ。
噴き出す血が雨になり、降る。
その雨の中、蛍は膝を突く。
ビシリ、ビシリ――制御できぬ力が彼女の体にヒビを入れる。絆を燃やし尽くしてでも引き寄せた最強の一撃の代価に、
「……後は……任せます…… お願い…… 勝って、……ッ!」
彼女は燃え尽きる。
バーストクラッシュの代価はライヴスの暴走。激しい光が、世界を今一度薙いだ。
――最中、異変に真っ先に気付いたのはリリアだ。それは彼女の献身ゆえか。
ぐらりと揺らいだ敵の巨体、その挙動。だから彼女は迷わず跳び出した。蛍めがけて突き出された刃を、その身で受け止める為に。
「あぐア゛あぁああああぁ゛あ゛あ゛あ゛ァアあ゛ッッ!!!」
正しく“絶叫”が灰色の世界に木霊した。
回る刃は薄い腹を貫き、少女の血肉を撒き散らす。
激痛など生温い。華のような少女のかんばせに涙汗が浮かび、歪むほど。
(死なない、死なせない、死なせない、死なせない!)
倒れた蛍に追撃が飛べばどうなるか。蛍は死ぬだろう。いともたやすく、死んでしまうだろう。
半ば体を千切られながら、リリアは刃から逃れた。蛍を抱きかかえる。敵の攻撃が及ばぬ場所へ彼女を逃がさねば。
遠方。アルトは指先が震えそうになった。
それでも。絶対に外せないのだと、狙いを済ませて。
「もう、二度と……二度とあたしの前で誰も傷つけさせやしねぇってんだよ!!」
砲声が響く。
爆炎が上がる。
それでも敵の凶器と狂気は止まらない。悪夢のように。
やめろ、とアルトが叫ぶ。
それを嘲笑うかのように、荒れ狂う刃がリリアの左腕を、まるで人形の腕を落とすかのように刎ねた。
それでもリリアは残った腕で蛍を抱え、走って走って、敵から遠ざかる。護らないと。仲間を護らないと。自分が犠牲になってもいい。死んでもいいから、生きて欲しい。生きてくれるなら、死んでしまってもいい。激痛で淀む頭は、生と死でいっぱいだった。
どこまでも残虐。
どこまでも悪辣。
どこまでも、希望を絶望で上書きする者。
「お前の相手は……僕だ!」
倒れた蛍へ、血反吐を吐いて倒れゆくリリアへ、攻撃が及ばないように。
凛道は凍て付くほどの殺気を放ち、鎌を揮う。傍らに複製したもう一本の鎌と共に、敵の体を慈悲なく抉る。
同時に聖も、敵の好きにはさせまいと砦のような装甲に剣を叩き付ける。
「……テメェの相手も今日で終わりにしてやるからよ。好きな“死に様”のリクエストでもしてみたらどうだッ!」
正義と悪。理想の展開。敵ならきっと、こういう話題に食いついて来るだろう。
だが、それはもう二度と笑えぬようにされた。口というモノを消し飛ばされた。デュラハンのように頭部のない体だ。ただ、断面がゴボゴボと血で泡だった。
(……コイツ、喜んでやがる……!)
ゾッとするほど感じたのは歓喜と希望と憧れと。
直後、なんてことない動作で、敵は聖の腹を蹴り飛ばす。
「ごぁッ――!」
体の中身がひしゃげる感覚。地面に叩き付けられ、転がる。
それでもバネのように飛び起きる。そこへ降り注いだのは、ガルーによるケアレインだ。光輝く薬の雨は清浄なライヴスも込められ、前衛の者達の傷と出血を治療する。あくまでも治癒の雨が届くのは前線の者達のみ――後衛の者達には、根性論でもなんでも使い尽くして生き延びて貰う外にない。
「ううん、やっぱり強敵だね」
鋭さを増し続ける敵の刃。止まらぬ出血。一瞬でも気を抜けば心に雪崩れ込んでくる破壊衝動。ハルは凛道を護りながらそう呟く。回復道具を使っていては庇う時間が足りない。庇う為には攻撃手段を一切捨てねばならない。つまり彼女にできることは、徹底的にリンクバーストをする者の盾であること。
「そうそう、エネミー/シャングリラ。悪役なら、とっておきの必殺技とかないのかな?」
呼吸を整えつつ、壊れたお守りをポケットからまとめて出してポイと捨てつつ問うてみる。返事は、ゴボゴボと首があった場所で泡立つ血だ。
返事の代わりにゆっくりと――実際は決して遅くはないのだけれど、そんな風に映った――刃が振り上げられた。ハルは単純に「死にたくない」ので、生き延びる為の手段に出る。すなわち、ライヴスシールドの展開。少しでも出血を抑える為には、とにかく一撃でも貰わないことが生命線だった。
悪意を反射された敵が、悲鳴を上げることはない。よろめきふらつくこともない。かの敵は「ライフで受けること」を信条としていた。リンクバーストをした面々の攻撃では確かに効いている様子を見せるが、それ以外となると――本当に、利いているのか分からないほど平然としているのだ。
もう既に、削り切るか削り切られるだけか――そんな状況だった。
暴走に身を浸し、凶器を揮う敵の動作に“小細工”はない。暴力は臨界点を超えると“付け入る隙がない”。構築の魔女は砲撃の手を緩めずにしつつも、そのことを思い知る。チェーンソーのような武装も、これまで数多のリンカーがシャングリラ遭遇の度に破壊せんと試みたが、遂に彼らの努力が結実しなかった通り、あれは「チェーンソーの見かけをした何か」だ。人間がバラせるようなヤワなモノなどではない。おそらく部位破壊は無理。そもそも飽和するほどの圧倒的命中能力でなければ部位狙いは悪夢のような難易度に跳ね上がる。なによりこの短期決戦の場で、ちまちま部位狙いをしている余裕も暇もない。
(……少々、良くないですね)
流れ続ける血に体温が下がるのを感じつつ。構築の魔女は短く呼吸を整える。
回復も足りず、攻撃の手も少々足りない。
反比例して敵はどんどん強くなる。傷も治しつつある。
紙一重で戦線を保っているが――まずい。削り切られるやも。
そう、本当に、いつ瓦解してもおかしくない。
けれど、“まだ負けていない”ことには決定的な理由があった。
凛道が、周囲一切の黒い結晶を破壊し、敵の大きな回復手段を断ち切ったからだ。
もし“そう”していなかったら。
既に負けていた。圧し負けていた。敗走が始まっていた。
ならばこの状況から、どうすれば勝てるか――?
『……ガルー、剣を』
紫光の炉槌を揮う英雄へ、征四郎はライヴスを通じて語りかけた。
「できるのかい」
ガルーの言葉は心配ではなく、試練を課す者のそれだった。
『できます。いいえ……やらないと。リンドウが、ホタルが、切りひらいてくれた道を……ムダには、しません!』
確かに攻撃が足りていない。だが、先ほど蛍が魂と絆を燃やす尽くして与えた壮絶な一打は、敵にのっぴきならぬ傷を刻んだ。そう、敵の体力は大きく削れているのだ!
だからここで足掻かずいつ足掻く? ここで敵を逃せば、今度は何人、犠牲になる?
『征四郎の剣は、みんなの明日をまもるために。……『おそれて足を止めないこと』が、征四郎とガルーの約束ですから』
「――……知ってるさ」
そう言って。ガルーはライヴスソウルをその掌に現し――握り潰す。
幻想的な、紫色の光が爆ぜる。
光の中より現れるのは、魔剣を抜き放つ凛とした青年剣士。
征四郎の面影を持つ彼は、少女の理想の姿とも呼べた。
負けるかもしれない。
そんな状況に君臨した紫の勇士は、希望もたらす救世主のようだった。
『ほんとに、さぁ――』
凛道のライヴスの中、リュカがふっと笑う。相棒のライヴスを通じて見える世界は、こんなにも色鮮やかで。
『かっこいいよね』
「……ええ」
『負けてられないね。ほら、守られるお姫様って呼ぶには、俺達ちょっとゴツいもん』
こんな時だからこそ、リュカは冗談めかした口調で言った。「現在進行形で女性から守られていますが」と凛道はその身を挺して自分を守り続けてくれているハルをチラと見る。
『それはそれこれはこれ、適材適所ってことでさ……』
「ええ、そうですね。つまりはベストを尽くそう、と」
『そうそう、そゆこと』
「承りました、マスター」
独りじゃない、ということは、何気なく見えて奇跡なのだと――凛道は心の渇きを退けつつ、今一度、鎌を敵へ突き付ける。フォーチュンダイスの力も用いて、引き付けるのは絶対の運命。――今度は六本の磔刑槍が敵の足元より次々と生え、その体を串刺した。
まだ戦える。
「マルコさん、ボク絶対勝つよ」
狂気に打ち克ち、聖と手分けし乱戦状態へ敵を引きずり込みつつ――されど、メーレーブロウを放つための力はもう残っていない。けれどアンジェリカはどこまでも凛然と、そう告げた。
「勝って勝利の歌を歌うからね!」
『ああ、傍で聴くのを楽しみにしてるぞ』
アンジェリカは防御が専門分野ではない。しかし、リンクバーストを行った者が敵の攻撃に対して丸裸になってしまうことの危険性は承知している。だからこそ征四郎を――この紙一重の戦況において火力という命綱でもある存在を護るべく、征四郎の盾となることを決意した。
それがどれだけ危険な行為なのかアンジェリカは理解している。自分にも攻撃が飛んで来る状態で、他人の分まで傷を受けねばならないのだから。あれだけ防御に重きを置いたハルが、見る者の心が痛むほど血を流しているように。
(だけど……)
危険なのは、リンクバーストをしている人の方こそだ。邪英化や、それに伴う死のリスク。
その覚悟を――そして、救わねばならなかった十を捨てて百を救うことを選択した決意を。無駄にはさせない。絶対に!
「塵一つ残さずこの世から消え去れ!」
「ブッ飛ばせッ!」
最前線にいるアンジェリカの、最後衛にいるアルトの声が重なった。
狙いを定め絞った、アルトのアンチマテリアルミサイルが――最後の一発が火を噴いた。
爆発の炎が前線を照らし、顔を熱風が煽る。
巻き起こる粉塵と共に外套を翻し、踏み込む征四郎は爆煙ごと切り裂くように剣を一閃。紫光に煌く太刀筋を残すそれに、敵の体が容易いほどに削り取られる。
「正義と悪はきっと、きっと、完全に分けられるものでもないのです」
体が熱いほどに駆け巡るライヴスは征四郎の五感を研ぎ澄ませる。世界は広く、そして遅く感じた。血を散らす敵を強く見据え、征四郎は言い放つ。
「それでも、征四郎は手を伸ばすのをやめたくないです! たとえこれが悪で、わがままだって構わない!」
征四郎の願いは単純で。そしてとても難しい――そのことを彼女は知った。思い知った。
正義と、悪、その定義はこの世界ではとても曖昧で、答えのない哲学で。だからこそ、自分が成したいことを信じよう。自分の願いを、信じよう。
「は――」
正義と悪。聖は呼吸を整えつつも、ふとそのことを考えてみる。何が正しいかとか、何が悪いかとか、そういうのはいつだって軋轢の種だ。だけど、これだけは確かなことがある。湧き上がるほどの想いが聖の心の中に在る。
「やっぱテメェは……全力でぶん殴る……っ!!」
目の前のこの敵が許せない、ということだ。そして、これを何度も逃がしてきてしまった自分自身についても。もっと上手くできたんじゃないか、後悔はいつだって鉛の十字架だ。そう、だから、決着を付けよう。付けなければならない。それが、今日だ。明日に進むための今日なんだ。
(力を……貸してくれ……!)
聖の手には、今日にも明日にも二度と辿り着けない男の剣が握られていた。友は死んだ。もういない。彼に未来は訪れない。ならば友の想い、友の魂たるこの剣で今日を切り開き、彼を明日に連れて行こう。
闇夜の血華。禍々しい血色の巨刃は聖の想いに応えるかのように、黒の瘴気を躍らせた。
千照流――簡易な、ゆえにこそ一切の無駄がない構えを取る。あらゆる“動”を内包した“静”である。
ごぼり、敵の“首”が笑った。逃げる動作も何もなく、敵は敵として聖の、そして皆の前に立ちはだかる。かかって来いと言っているようで。上等だ、と吐き捨てた。
「お前の“悪役”に付き合ってやる気はねェからな……ッ!! 勝手に好きな死に様えらんどけッ!!!」
血華淵。緑光と紅華を纏う力が織り乱れる。眩くも昏く、滅多切りの三連斬が敵を刻む。
敵は喋らない。悲鳴もない。そして、まだ、倒れない。
砕かれた黒結晶の残滓を踏み砕き。
敵の暴力が、瓦礫の町を血で染める。
「ん……」
一歩、二歩、ハルは後ろによろめいた。そのまま、その背に護っていた凛道にぶつかった。
「ごめん、ちょっと限界」
焦点の合わない目を白い空に向けたまま、血に染まり過ぎたハルは情動のない掠れ声で呟いた。咄嗟に彼女を抱き留めた凛道は、その手から伝わる彼女の冷たい体温に唇を噛み締める。彼が何かを言う前に、ハルは目を閉じながらこう言った。
「がんばってね」
そして、ハルは糸が切れた人形になる。事切れた訳ではない。でも。ここで全滅すれば、仲間諸共挽肉にされてしまうだろう。
ハルがいなければ、凛道はあっという間に戦闘不能になっていた。ハルだけじゃない、リリアもそうだし、それに今はアンジェリカ――護る者がいなければ、もう既に、負けていた。“今”という瞬間は、リンクバーストした者だけの戦果ではない。
痛かったろう、こんなに血に塗れて。……謝罪は後だ。それから、後で改めて感謝をするためにも。凛道は黙し、彼女を今度は自分が護るように後ろへ横たわらせた。
『サドンデスだね』
もう護ってくれる者はない。あとはリンクレートの続く限り殴り合うだけだ。「ええ」と凛道は答え、処刑具を構える。リンクバーストしていられる時間もあとわずか、攻撃を喰らうようになった現状では直前と言っても差し支えないだろう。
武器を揮う。
張り詰め切った緊張感だ。
痛覚が遠のいているのは昂揚か、生存本能か、失血で意識が曖昧だからか。
構築の魔女のかんばせに奔った一閃の切り傷。流れる鮮血をものとせず、その赤で唇を艶やかに、あくまでも怜悧に戦況を見守る彼女は、幾度目かの砲撃圧を肩に感じた。
不動の彼女の姿は、常と変わらない。何を前にしても、構築の魔女は常に“構築の魔女”なのだ。
ただ。長らく続いた一つの因縁が終わる、その決定的瞬間に、好奇心という熱がないと言えば……嘘になった。
「はぁッ――はあっ――!」
アンジェリカのドレスはボロボロで。長い綺麗な黒髪も幾つかの房を切り落とされて。至る所にバックリと傷が大口を開けている。綺麗な切り傷ではなく肉を引き裂く鋸刃の傷は見るも凄惨で、アンジェリカの意識を何度も何度も遠退かせる。それでも、絆を代価にしてでも、這い寄る狂気をかなぐり捨てて、彼女は立つ。
霞みぼやける視界に映ったのは――周囲に現れた幾つもの鎌に、その身を貫かれた敵の姿だ。
(ああ――)
その攻撃の正体を、同じく最前線で敵を見澄ます征四郎は、理解していた。
凛道のロストモーメント。これを使うようになったということは、彼が攻撃を喰らったということで。刺し違えも厭わぬカウンターだ。彼の傷の証だ。
彼は間もなく倒れてしまうだろう。……でも、征四郎は振り返ることをしなかった。不安から口をつきそうな名前を噛み殺す。彼は格好つけなところがあるから。きっと、倒れるところや、ズタズタになってしまった姿を見られたくはないだろうから。
勝ってくれと聞こえた気がした。また一人、倒れた音が聞こえた気がした。背中から強く感じていた、彼のライヴスを感じなくなったのは、現実だ。
失う恐怖と。絶望と。
でも、それを乗り越え、皆の分まで――征四郎は剣を握り締めた。
「わたしは! あなたを倒します! 倒れるまで、何度でも、前に進む! 諦めない!!」
征四郎が言い放つ。
「そうだよ! ボク達はお前を倒す! 倒すんだ!」
アンジェリカが叫ぶ。
「これで最後だ……くたばりやがれェッ!!」
聖が剣と共に言葉を放つ。
「地獄に堕ちろ、クソ野郎がぁああああああッッ!!」
アルトは複製したアンチマテリアルミサイルを吼えさせる。
「……さようなら、ですね」
砲声の中、構築の魔女は静かに呟いた。
――降り注いだ砲撃二つ。突き立てられた刃が二つ。
シン、と世界の音が止まった。
「…………――」
敵は、悪役は、やはり何も喋らなかった。言葉を奪われたそれに、今際の言葉はなかった。
いや。
最期に。敵が聖の頭を掴み、引き寄せる。
攻撃――ではなかった。もう、そんな余力はなかった。凶器の先から、敵はライヴスの塵となって消え始めていたから。
「樹さんに――」
それはエネミーの声で、ゴボリと血を溢れさせながら喋る。
「伝えて……私の性別、貴方の推理――アタリですよって……」
それから。
「ヒーロー、どうか世界を――……」
●Dies irae 03
粉々になり、千々になる。
死体は残らない。エネミーのものも、シャングリラのものも。
愚神十三騎が一、《完璧な楽園》は討たれた。
壮絶な、死闘の果てに。
エージェントの死者はいない。重体者はいるけれど。特にリリアについては早急な手当てが必要だろう。もがれてしまった左腕については、元通りになるかどうかは……彼女の生命力次第だ。
……勝てたのは――
奇跡だ。
何かあと一つでも違えていれば、負けていた。
でも、勝った。
終わった。
「これがあなたのやりたかったことですか、エネミー」
何もなくなった場所。俯いて、剣を持った手を垂らして、征四郎は呟く。
「きっと人は、あなたは、こんなことしなくても幸せになれたのに」
答えはない。あれが口にしていた“世界平和を”という願望は酷く歪んでいたけど、平和を願っていたのは事実だった。
敵を倒しても、この町の異界化は直らない。
王を倒さねば、世界の崩壊は止まらない。
アンジェリカは座り込み、なんにもない世界を見渡した。――その静寂に色を灯すのは、血濡れた唇が紡ぎ始める鎮魂歌。高く、細く、彼女の歌だけが寂しい世界に響いていく。
歌が聞こえて、倒れていたハルは瞼を薄らとだけ開けた。なんとか首を巡らせて、ああ、勝ったのか、と安堵の息を吐く。
「敵って、『かなう。ならぶ。対等となる』って意味もあるんだって。……ばいばい、ダークヒーローさん」
そう言って。ハルは再び、瞼を閉ざす。
●Dies irae 04
凛道が成したことは、敵を撃破する点においては特筆すべき活躍であることに間違いはない。
敵を追い詰めることができたのは、ひとえに彼の決意が成した成果である。
だが。
同時に、H.O.P.E.エージェントとして救わねばならなかった人々を殺めてしまった、罪である。
それは称賛されるべきではないのだ。「凄いね」と、褒めるべきものではないのだ。それは何より、凛道とリュカへの侮蔑になろう。そして彼と共に罪を背負うと決意した者らにとっての。
やむを得ない事情だった。事実、結晶を破壊せねば、間違いなくエージェントは負けていた。そうすれば、もっともっともっともっと多くの人間が死んでいたのだ。
誰が彼らを責められよう。
誰が彼らを殺人犯だと詰れよう。
何よりも彼らを罰しているのは、彼ら自身であるというのに。
よって、リュカと凛道は、そしてその行いを肯定した一同は、罪には問われない。H.O.P.E.としても行動制限を課すようなこともない。
だが――授けられる勲章も、名声も、称号もない。それはH.O.P.E.からできる最大の、彼らへの敬意であった。
……こうして一つの戦いが終わった。
だけど。
世界が滅びようとしている。
敵は未だ、この世界に居る。
『了』
結果
シナリオ成功度 | 普通 |
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