本部

【紫雲】ハロウィン・シエスタ

形態
ショートEX
難易度
易しい
オプション
参加費
1,500
参加制限
-
参加人数
能力者
4人 / 4~6人
英雄
4人 / 0~6人
報酬
普通
相談期間
5日
完成日
2018/11/20 19:44

掲示板

オープニング

●ハロウィンの準備
 古い学舎で仲間とハロウィンパーティの準備をしていた灰墨こころは声をかけられて、廊下に出る。
 そこにはトランクを持った兄の英雄ライラ・セイデリア(az0055hero001)がいた。
「ごめんなさい、今日は信義はいないの」
「別にくそ兄──お兄ちゃんがいなくてもいいんですよ」
 トランクを受け取ると、こころはあちこちをぺたぺたと触ってみる。
「これがオーパーツ? ハロウィン当日にしか起動しないんですよね」
「そう。今からここをハロウィンにするから、この子の相手もお願い──」
 ライラがはっと顔を上げた瞬間、校舎が大きく揺れた。
「こころちゃん、こっちへ!」
 手を伸ばすライラ。だが、こころの背後に巨大な不気味な面が現れ、彼女にがぶりと噛みつくと溶けるように消えた。
「こころちゃん!」


 校舎がドロップゾーンに覆われたのは応援に駆け付けたエージェントたちが校舎内に入ってすぐだった。
「ワタシたちを待っていたみたい」
 ライラは眉を顰めるとエージェントたちへ説明を続けた。
「信義の体調が悪くてワタシだけなのよ。だから、申し訳ないけど戦力として協力はできないわ」
 だが、愚神の特徴をH.O.P.E.に伝えたところ、敵が判明したという。
 ケントゥリオ級愚神カブ。
 牙のある顔の付いた蕪の顔は縦三メートル横二メートル、甲羅を持つ身体は全長五メートルという巨大な敵だ。
「正確には蕪じゃなくてルタバガね。どうやら自分のドロップゾーンの中のオーパーツを操れるようなの」
 ライラは愚神の持つスキルについて説明する。
「奪われたオーパーツは二つ。『オートマータ・トリート』と『終わらないハロウィン』。トリートはそんなに害はないはずよ。問題は『終わらないハロウィン』ね。あのドアを見て」
 教室の引違戸が古めかしい開き戸に変わり『2018』というプレートがかかっていた。隣には『2019』のプレートが下がったドアがあるが、巨大な南京錠がかかっている。
「捏造の未来のハロウィンを体験するオーパーツだけど……ハロウィンの度に生き返る敵に対しては脅威だわ。ここには四部屋あるから、多くても四回、敵を倒さなきゃならない」



●2018
 全員が入ると背後でドアがすうっと消えた。
 そこはサイケデリックに目覚めたドラキュラの部屋かというように派手に飾り付けられていた。
「待ってたわ! 遅かったのね」
 チェニジアの男性民族衣装を纏い、SFちっくな光る電光剣を腰に下げたこころが笑顔で迎えた。
「こころちゃん、大丈夫?」
「? 何が?」
「ううん、別に」
 困ったように首を振って、ライラはエージェントたちに小声で伝えた。
「ドロップゾーンか暴走したオーパーツに完全に囚われているみたい……あら」
 眩暈を感じて、ライラは嘆息した。
 どうやら部屋に入った者にもオーパーツの影響があるようだった。つまり、未来のハロウィンに参加している自分の役に入り込む。
「そう抵抗はできなそう……」
 きゃあとライラが悲鳴を上げた。
『はろうぃん、楽シイ!』
 現れたトリートがライラを幼稚園児へと変身させたのだ。
「トリート!」
「あはは! アーサー、『ライラちゃん』を捕まえて!」
 こころが子供用のアリスのコスプレを持ってにんまりと笑う。
「子供になれるって聞いて色々用意してあるから、楽しんでね!」
 他の学生がBGMの音量を上げると、明るい音楽が部屋に満ちた。

 一時間後、くたくたに疲れたアリス姿の幼稚園児こと、ライラがぱっと顔を上げた。
 建物が揺れ、黒板をメキメキと割って白い顔の愚神が現れた。
 ライラの記憶が戻る。
「愚神カブ!」
 だが、すぐに彼女は首を傾げた。事前に調べた情報よりだいぶ小さい。
『とりーと、亀モ仲間ニイレタノ!』
 オートマータ・トリートが嬉しそうに愚神を指す。
 それが愚神を子供化したという意味だと解するまで数秒かかった。
「……偉いわね、トリート」
『トリート! 偉イ!』





●2019
 去年ほどの派手さはないものの、かぼちゃやコウモリが飾られた部屋は楽しい雰囲気に満ちていた。
 H.O.P.E.エージェントの仮装をしたこころは子供プールほど大きさの巨大なカボチャに大量のお菓子を詰めていた。
『手伝ウ!』
「ありがとう、トリート!」
 同じくH.O.P.E.制式コートを着たアーサーとクレイが追加の菓子を持って来た。
「二人とも似合うわね!」
「こころさんこ……」
 言いかけて、クレイが罰が悪そうに口を閉じる。
「気にしなくていいのに」
 こころの兄が亡くなってしばらく経つ。最初の頃は荒れていた彼女だったが、もうすっかり立ち直った。
 何より、兄の英雄で姪の母であるライラを繋ぎ止める為に奔走しなければならず、落ち込んでいられなかった。
「ライラ、まだ来ないのかな」
 結局、こころがオーパーツの力を使って半ば強引にライヴスリンカーとなってライラと契約していた。
 学生たちは好き好きな衣装を纏っていたが、学生リンカーたちは皆仮装としてH.O.P.E.の制式コートを着ていた。
 ──二〇一九年、『王』との戦いは未だ続いており、戦況は思わしく無かった。



●2020
 窓の開いた部屋には申し訳程度のカボチャが飾られていた。
 外にはどうやっても出ることができなかったが、人々はまったく気にはならないようで、そのまま彼らの二〇二〇年を演じている。
「AGWの研究をしたかったんだ」
 髪を短く切ったこころはアリスの衣装を着てクレイに笑いかけた。
「昔、お世話になったエージェントさんと話していて、ああそれもいいなあって。それまではリンカーになりたくて仕方なかった。でも、別な夢を見つけた途端にリンカーになれるなんてね」
 クレイは優しくこころの話に頷く。
「知ってました。でも、俺はこころさんと戦える今も好きですよ」
「ありがとう……じゃあ、そろそろ、休憩は終わり! 皆で食べるハロウィンの料理を作りましょう! もうすぐ、商店街の人たちも手伝いに来てくれるし!」
 アーサーがひょこっと顔を出す。
「邪魔して悪い、トリートはどこ行った?」



●2021
 厚いカーテンを閉めた部屋に蝋燭が何本も立っている。ハロウィンのカボチャが飾られているが、蝋燭は雰囲気作りのためではない。電気が通っていないのだ。
「この世界はどうなってしまうのかな」
 カーテンをめくって暗い空を見上げるこころだったが、すぐに気配に気付いて明るい笑顔を浮かべた。
「おかえり!」
 小さな籠にお菓子や果物を入れた子供たちがドタドタと部屋に入って来た。
「皆、ずいぶん頑張って用意してくれたみたいだ」
 小声でアーサーがこころに囁く。
「……そっか! じゃあ、皆でパーティを始めよう。さ、ハロウィンの悪戯妖精トリートを呼び出すわよ!」
 トリートが仕舞われているトランクを開けると、ころんと何かが零れ落ちた。
「水晶のカボチャ? 飾っとこう」

解説

●目的
愚神カブを倒す

●ご注意
一部の商品名等はオブラートに包みます
※プレイングには書いてもOK
アドリブ率が高めでマスタリングが入る場合があります
オーパーツ貸出不可


●各ハロウィンの部屋(通常の教室二部屋分程)
入ると記憶を忘れる場合がある
愚神登場で記憶は必ず戻る
一時間程いると愚神が襲い掛かり戦闘→強制退出
毎回仮装を変えてもOK、トリート能力で子供のままでもOK
2018:十月の平日午後に学生中心で開かれるバカ騒ぎ
2019:王との戦いの決着がつかない世界、リンカー中心
2020:戦いが激化、生き残った人々中心
2021:王への敗北が濃厚、保護した子供たちと


●登場
・愚神カブ
外見:
牙を持つ顔が掘られた白い蕪の頭部とゾウガメのような甲羅を持つ体
頭部以外は霊体化できる
巨体だったが現在は全長3m、頭部は1m程
能力:特殊能力はケントゥリオ級、戦闘力はミーレス級※2021年のみデクリオ級
スキル
強奪のトリック:ドロップゾーン内のオーパーツの力を無断で自在に使う※強力なものは扱えない
空腹のトリート:噛みついた者のライヴスをその年のハロウィンの終わりと共に平らげる呪い
※カブを倒すとその年の呪いは無効

・オーパーツ「終わらないハロウィン」
水晶のカボチャランタンの形のオーパーツ
未来のハロウィンを体験できる
次の年の部屋に行くためには鍵が必要
「未来」は現在の状況から算出されたジョークであり効力は一晩だったが現在は愚神の力により暴走


・オーパーツ「オートマータ・トリート」
パラダイム・クロウ社所有
ジャックオーランタンマスクの少年姿のオートマータ
ハロウィンの夜に悪戯を仕掛ける
悪戯内容は子供にする(未就学児~中学二年生まで)、水鉄砲(洗濯で落ちる色水入り)、パーティースプレー(甘い味)


・ライラ
灰墨信義の英雄
共鳴していないため戦えない

・こころ、アーサー・エイドリアン(az0089)
ドロップゾーンに取り込まれている

リプレイ


●未来の幻影
「お兄様!」
 仲間のエージェントと共にやって来たファリン(aa3137)が彼女の英雄、ヤン・シーズィ(aa3137hero001)の元へ足早に近付いた。
「ファリン」
 大学生のヤンはA.S.のメンバーだったが、講義の関係で校舎から離れていたために愚神の能力に巻き込まれていなかった。彼は大学を通したライラからの連絡を受けて、即座にパートナーのファリンを呼んだのだった。
「俺がここにいれば、少しは対応出来たかもしれないが」
「いいえ。むしろ、巻き込まれなかったのは幸運でしたわ。英雄だけでは愚神の相手は難しいですもの」
 対応するのはこれからです──きっぱりと断言するファリンにヤンは同意する。
「おや、くうきがかわったようだね」
「ドロップゾーン……?」
 周囲を見回すシキ(aa0890hero001)と十影夕(aa0890)がその変化に気付いた。
「ワタシたちを待っていたみたい」
 とんだハロウィンの悪戯ね、と苦笑を浮かべてからライラが状況の説明を始めた。
 愚神とオーパーツに関わる諸々の事情を理解したシキは唇に指を当ててふむふむと考え込む。
「みらいにゆけるのか。どれ、ユウは、かわいいおよめさんになっているだろうか?」
「捏造でもそんな未来ないから」
 即座に否定する夕。
 友人たちのそんなやりとりに荒木 拓海(aa1049)とメリッサ インガルズ(aa1049hero001)が小さな笑みを漏らす。だが、すぐに神妙な顔をした春月(aa4200)に気付いた。
「……どうしたの、春月ちゃん?」
 メリッサが声をかけると春月は僅かに眉を顰めて尋ねた。
「ルタバガってどんなもの? 美味しいかな」
「……やめようね、本当に」
 春月の考えていることに思い当ってレイオン(aa4200hero001)が頭を抱える。
「西洋カブね。バーニャカウダやシチューには入れるけど……愚神の顔付はちょっと勇気がいるわね? そういうの、食に関してはH.O.P.E.のエージェントは気にしないかもしれないけど」
 それは誤解だ……否定しようとしたが、否定しきれない過去の所業に思い当たってエージェントたちはそっと口を噤んだ。
「ライラさん、愚神の弱点は?」
 拓海の質問にライラが端末を操作する。
「そうね……特にわかってはいないけれど戦闘にさえなれば、このメンバーなら負けることはないと思うわ。──まともな戦闘なら、だけど」
「……トリートに会えると思って来たけど……こうなるのね」
「簡単には会わせて貰えないらしいな」
 メリッサと拓海は友人たちの無事を祈った。
「そうね……『終わらないハロウィン』はともかく、『オートマータ・トリート』は『終わらないハロウィン』が稼働している限り、ハロウィンが疑似的にでも続いている限り、自我を持って行動できるはずよ。でも、ドロップゾーン内部のオーパーツをある程度操る愚神の力がトリートにどう影響しているかわからない」
 目の前の『2018』のプレートがかかった扉を見てメリッサはきっぱりと言った。
「悪用させないわ……行きましょう」
 そうして、彼らは初めの扉に手をかけた。



●二〇一八
『はろうぃん、楽シイ!』
 光も音も痛みもなく── 一部のエージェントたちは子供の姿へと変わっていた。
「トリート!」
 無事な友人の姿に喜びの声を上げる拓海を『終わらないハロウィン』の力が捕らえる。
「……あれ?」
 不思議そうにトリートへ伸ばした腕を引き戻して、その手をまじまじと見る八歳の拓海。トリートのことは不思議と知っているが、なぜあんなにも懐かしく嬉しかったのかまったくわからない。
 無論、オーパーツが作り出した幻に合せて記憶が改竄されたのは拓海だけではなかった。
「拓海! 一人で先に行っちゃダメって言ってるでしょ」
 拓海はぽかんとした顔で振り返った。そこには十一歳のメリッサが立っている。
 姿の変わらないシキの後ろにしがみついている子供がいる。四歳くらいの夕だ。
 シキもまた記憶の一部が改竄されていたが、幼い夕を「トリートの悪戯によって幼くなった能力者」として違和感なく認識していた。少年の手を取って中に進もうとするシキに対し、ユウは小さな足にグッと力を入れて抵抗した。
「ゆう、やだ、おばけ……」
「おばけ?」
 夕の訴えに、シキは改めて部屋を見回した。カボチャ頭に髑髏の仮面、大人には派手でサイケなハロウィンの飾りつけだが子供の夕には恐ろしいのだ。
 ──これは、であったころの、ちいさなユウだな。
 あまり感情が顔に出ないこの少年が怖がっているのがシキにはわかる。シキは夕の手を改めて優しく握り直した。
「だいじょうぶだよ、わたしがついてる」
 シキの顔を見上げて少し考えてから、夕は重い足を動かした。
 一方、春月もまただいぶ記憶が残っているようであった。
 五、六歳の少女へと戻った彼女は十代前半のレイオンの姿にぱっと顔を輝かせた。
「その姿! 出会った時と同じだねっ」
 見慣れた英雄の姿が小さく若く変わった可笑しさ、そして同時に懐かしさが胸に込み上げてくる。
「えっ、トリート、中身も子供になっちゃうの?」
 エージェントたちの様子に目を丸くするこころ。ライラの中身はしっかり大人のままだがエージェントたちのはしゃぎぶりは子供のそれだ──と、思う。
「たぶん。おそらく。子供のふり、じゃないわよね?」
 ノリのいい彼らだから確証は持てないけれど。
『皆ト、とりーと、タクサン遊ブノ!』
「う、うん? なるほど……まあいいわ、よし、遊びましょう! ハロウィンには仮装した子供が必須だしね!」
 果たして、それは必須なのかしら──抵抗虚しくこころの小脇に抱えられたアリス姿の『ライラちゃん』は虚無の瞳でそう思った。
 レイオンの周りをひとしきり飛び跳ねた春月は拓海や仲間のエージェントたちに向き直った。
「みんなも可愛いねえ、着ぐるみ、着るかい?」
 部屋の一角に用意された衣装の山を指さして、そちらへ誘おうとする春月。
「──?」
 そんな春月に影が落ちた。
「みんなだけじゃなくて、キミもよっ!」
「──わっ、あはは!」
「そっち、つーかーまーえーてー!」
 こころを始めとした学生たちの魔手から笑いながら逃れる、子供になったエージェントたちのきゃあきゃあという歓声が部屋に満ちた。
「埒があかないな! 捕まえるのは俺たちがやるから、着替えは任せたっ」
「了解、任せたわ、C.E.R.!」
 叫ぶアーサーへこころはチャッとジェスチャーを送って、とりあえず捕獲できた春月と、粛々と彼女に同行するレイオン少年を連れてお着替えスペースに引っ込んだ。
「よし、C.E.R.、全力だ。今こそH.O.P.E.のエージェントさんたちに俺らの力を見せる時だ……って言ってて虚しくなるな」
 A.S.のヤンを含めた学生も混ざって『エージェント捕獲作戦』に本気を出すのだが……やたらに身体能力の高い子供エージェントたちはそう易々と捕まらない。
「わっ、何するんだ! 反撃だ、トリート!」
『trick、trick!』
 クレイの脚の間を素早く潜り抜ける拓海とその真似をするトリート。振り返った彼らの両手にはパーティスプレーが握られていて。
「うわぁっぷ」
 拓海たちを捕まえ損ね顔をオレンジと黄色の紐まみれにしたクレイ……彼と視線が合ったメリッサがつんと顔を背ける。
「私なら大丈夫、着替えればいいんでしょう? 一人で行けるわ。──ねえ、好きな衣装を選んでもいいのよね?」
 大人しく魔女の衣装に着替え済みの少女姿のファリンは、お菓子の詰まったカボチャ頭のバケツを下げてはらはらと、ヤンを見守る。一緒に着替えた彼は今、二丁拳銃(色水入りの水鉄砲)を構えた赤いフードのアメコミ風ヴィランだ。
「お兄様っ、もう! あぁっ」
 既に仮装は済ませているものの、それまでの水鉄砲の反撃とばかりに追いかける学友たちを身軽にいなすヤン。いわゆる仲間同士のじゃれ合いなのだが、解っていても真剣にバカ騒ぎに参加するヤンの姿にヒヤヒヤするファリンだった。
「……そんなに心配せずとも」
 また一人、仲間を色水で屠りながら、ヤンは自分に声援のような悲鳴を送るファリンを盗み見た。
「……」
 トリートの力で少女に戻ったファリンの姿に感じる既視感。
  ──……そう言えば、契約した当時の彼女は、確かにこんな少女だった。
 懐かしさが胸を過る、その瞬間。ショッキングピンクのペイント弾が彼の頭に被弾した。
「隙ありぃ」
 ぽとぽとと派手な水玉を毛先から落とすヤン。
「……一飯之徳必償、睚眦之怨必報という言葉がある」
「ま、待て! それは不条理!」
 二丁拳銃を持ったヤンが駆けた。
「ああ……お兄様……。そもそも皆様、水鉄砲なんて何処から」
 嘆くファリンの裾が引かれた。
『はっぴーはろぅいん!』
 トリートがお菓子を分けてくれと言わんばかりに掌を出していた。
「あら、どうぞ」
 お菓子を乗せてあげると、そのオーパーツはご機嫌でパーティスプレーをファリンの手に乗せた。
『とりーと! 遊ボウ!』
 悪戯な武器商人はここに居た。


 お着替えスペースで膝を折ったこころは、困り顔で両手に持った仮装を上げ下げしている。片やチェシャネコの着ぐるみで、片や吸血鬼のスーツである。
「どっちがいいかなー?」
「シキ……」
「あっ、ごめ、ごめんねっ、泣かないで!」
 見知らぬ女子大生に怯える夕を庇うシキがやんわりと抗議する。
「そんなにユウをおどかしてはいけないよ。──ほら、だいじょうぶだ、ユウ。わたしがえらんであげよう」
「え。きるの……?」
「もちろんだとも」
 結局、夕はアリスの白ウサギを、シキはライラとは違うデザインのアリスの衣装に落ち着いた。
「ぎゃくでもよかったのだが、ユウがきにいったのならそれもよいだろう」
 大きな懐中時計をしっかりと抱え込んだ夕を膝に乗せて微笑むシキ。そして、かの英雄は学生たちに手を差し出した。
「さあ、トリックオアトリートだ! おかしをくれたまえ。ユウのぶんもね」
 着替えスペースでは、アラビアンナイトを意識したらしいインドの民族衣装風仮装の下で春月が四苦八苦していた。
「む、むずかしいねえ……」
 幼い姿に引きずられたのか、春月の目に涙が滲む。
 べそをかく彼女の手から華やかな衣装がそっと取り上げられた。
「ほら、手伝ってあげるよ。どれが着たいの?」
 優しく尋ねるレイオンに春月は迷わず吊り下がった着ぐるみを指した。
「そっちなんだ?」
 レイオンに着せてもらうと、春月はさっき泣いたことなど忘れてご機嫌でぴょんぴょんと跳ねまわる。
「転ぶから、危ないよ」
 十代に若返っても変わらず保護者然とするしっかりとした少年に、着ぐるみは自分とお揃いの着ぐるみの頭部を差し出した。
「はい、レイオンのぶん」
「……着るの?」
 答えの代わりに、着ぐるみ春月は元気よく跳ねた。
 姿見の前では、キラキラしたレースの付いた魔女の衣装を纏ったメリッサがくるりと一回転した。
「かわいい~! 似合うわ、メリッサ」
「そうかな」
 破顔するこころたちに向けて、十一歳のメリッサは満更でもない様子でスカートの裾を広げて見せた。
「ガォォ!」
『がおー』
 そこへ、衣装の山を突っ切って怪獣の仮装をした拓海と角を付けたトリートが飛び出して来た。
「もう、気をつけて!」
 先端が丸まっているもののトゲトゲとした怪獣の手袋からレースのマントを守ったメリッサが頬を膨らませる。
「折角子供になったんだし、思いっきり遊んでいいわよ」
「ドレスが破けたら大変じゃない、子供じゃないし!」
 こころの勧めをすまし顔で断ったメリッサだったが、走り回る仲間たちをチラチラと気にしているのがまったく隠せていない。すると、丁度良いタイミングで、少女の心境など気付くわけもないはずの子供の拓海が声をかける。
「メリッサもあそぼう! 鏡の前ばっかりじゃつまんないよ!」
「遊ばないのーっ」
 意地を張る少女の愛らしい姿に、女生徒たちはもう限界だった。
「かわいいー!」
 衣装を片付けながらクスクスと笑い出すこころたち。
 一瞬ぱっと顔を赤らめたメリッサが、にんまりと笑った。
「拓海、遊んであげても良いわ。……お前は私の使い魔なの!」
 魔女の杖が、ようやく一息つき始めた学生たちを指した。
「使い魔たち、突っ込め―!」
「がおおお!」
「楽しそう―!」
 拓海だけでなく、子供化した他のエージェントも混ざってころころと一丸となって学生たちに突っ込み、部屋のあちこちで悲鳴が上がった。
 春月のパーティスプレーが唸りを上げる(主に被弾した学生たちから)。
「普段はモラトリアムを享受して最強無敵の学生たちも、ほんものの子供たちには敵わないんですわね」
 聡い子供の顔で呟くファリンにライラもまたふふっと笑う。


 一時間後。
 くたくたに疲れた一同の前に子亀と化した愚神カブが現れた。
 途端に蘇る記憶。
「わー、楽しい子供時代だった……あれ、この姿で共鳴したらどうなるんだろうね」
 試してみよっか、と迷わず共鳴を試みる春月。
「へえ、こんな感じか!」
 十代前半のレイオンに合わせた少し若い共鳴姿に変わる。
「能力は……ちょっと落ちている気もするけど、子亀には勝てそうだね!」
 普段よりリーチの短い手足を振って、パーティスプレーや水鉄砲から慣れた武器へと持ち替えたエージェントたちが今度は愚神へと突っ込んでいった。
「甲羅を纏っても頭が蕪じゃあ脆そうだね」
 《弱点看破》を使った夕の踊る銃弾が愚神の柔そうな頭を貫く。
「では、わたくしたちも」
 琴のような音を奏でながらファリンの『蔡文姫』のワイヤーもまた頭部をなますにする。
 実力差は明らかだった。
 子亀にしては大きな愚神はすぐに撤退する。ハロウィンはまだまだあるのだ。
 短い戦闘が終わると、教室にはこころ達学生もトリートの姿も無かった。
「ふうん、こんな感じに消えてしまうのね」
 感心したようなライラと数人は元の年恰好へと戻っていた。
「……普段の共鳴中と大差なかったな」
「気のせいじゃない? 拓海も楽しんでたでしょう」
 苦笑する拓海へ共鳴を解いたメリッサが答え、二人は顔を見合わせた。
「……トリートと遊べたね」
「遊べたわね」
 微笑むメリッサの足元で、チャリンと小さな鍵の音がした。



●二〇一九
「レイオン、まだ子供なの!?」
 今年も去年同様の子供姿であるレイオンを見て笑いだす春月。
「敢えて自分で選んだわけじゃないんだけど」
 複雑な顔をするレイオン。
 ──実は、ほんの少し前のトリートの悪戯から姿が戻っていないだけなのだが、二人ともすでにその記憶を無くしていた。
 ひとしきり笑った後、春月は今年のハロウィンの仮装に想いを馳せた。
「うちもH.O.P.E.の制式コートにしようか。でも着ぐるみも捨てがたいよねー」
「何故そんなに着ぐるみに執着を」
 反射的に去年のハロウィンの騒動を思い返すレイオンだったが──何故かはっきりしないその顛末に気付いて眉を顰める。
「春月、去年……」
「そうだ、レイオンが着れば!」
「──なにを」
 笑顔の春月が再び着ぐるみの頭を持ってレイオンの前で佇んでいる。
 そんな春月たちを見て、お菓子の乗ったテーブルにしがみついていたシキは顔を上げた。
 普段通りの夕の顔はシキの頭のはるか上。
 ──きょねんはこうではなかったのに。
 夕を見上げてシキは尋ねる。
「なんだ、ことしはちいさくならないのかい」
「一回で十分。それよりなに、その格好」
 夕は自分を見上げる英雄を、その頭のてっぺんから爪先までまじまじと見た。
「ユウがおよめさんをしないので、わたしがする」
 ドヤ顔で答えるシキは花嫁姿──ただし、死体の花嫁(コープスブライド)である。
「……そう」
 H.O.P.E.制式コートを着た夕はあきれ顔で英雄の隣に肘を着いた。
 去年の派手なハロウィンに比べて、今年はやけに白が目につく。


「あ、ライラ」
「こころさん……あのっ」
 気まずい空気を断ち切るように、その場を離れようとしたこころとクレイの間にふらっとヤンが現れた。
「あ、ヤン──んんん!?」
「な──」
 ──ぴこん!
 ヤンのピコピコ鳴るハンマーが遠慮なくクレイの頭を叩く。
 ──ぴこん、ぴこん!
 空気が読めるようで読めないヤンによる、意味無きピコハン攻撃がクレイを襲う!
「ちょっ、ちょっと……あははっ!」
 最初は目を丸くしていたこころと憮然としていたクレイだったが、そのうちに耐え切れなくなったこころが目の端に涙を溜めて爆笑し始めると、クレイもまた笑いだした。
「何してるのよ、ヤン」
「まあ、萬聖節だからな。それらしいことをしただけだ」
「だからって、なんで俺を叩くんだ……」
 ぼやきながらも、クレイはぼそっと『助かった』と告げた。
「何のことだ」
「……わからなければいい」
 ヤンとクレイがささやかに始めたピコハンバトルを傍観していたこころの脚を誰かがつついた。
『タクミ!』
 黙々とカボチャのお菓子プールを作っていたトリートが嬉しそうに声を上げた。
 ぶかぶかのH.O.P.E.コートを着た少年少女が、二人で菓子の詰まった大袋をズルズルと引きずっている。
「待って、今年も小さくなっちゃったの!? 可愛い~!!」
 去年に引き続き子供と化した拓海とメリッサに破顔するこころ。だが、こころと対照的に拓海の瞳はこらえた涙でキラキラ輝いている。
「こころちゃん! 僕達が大人になって皆を守るから一緒だから……だから……イタッ!」
 そんな拓海へ遠慮なくゲンコツを落としたのは、少しお姉さんの姿になったメリッサだ。
「落ち込ませたいの? 慰めたいなら拓海は笑うの!」
 しかし、逆にじわああっと目を潤ませる拓海。自分の持っていた袋菓子を押し付けるメリッサ。
「……もぅぅ! ほらっ食べるわよ!」
「食べて強いエージェントになる……!」
 姉弟のようなふたりを呆然と見ていたこころから言葉が滑り落ちた。
「そっか……わたし、落ち込んでたのか。身勝手なクソ兄貴に腹を立てていたとばかり思ってたけど」
 崩れ落ちるように、こころは拓海とメリッサにぎゅっとしがみついた。
「……来ましたわ」
 お菓子をラッピングしていたファリンが顔を上げた。
 ──現れた愚神カブ。
「ライラ、共鳴を!」
 泣き顔のまま、叫んだこころの前にヤンと共鳴したファリンが立つ。
『こころは、リンカーでは無いだろう。そういう役を演じているに過ぎない』
「ええ。守らなくてはいけませんわ……例え幻でも」



●二〇二〇
 やけに静かなハロウィンだった。
「トリートはどこ行った? ──お、ここにいたな」
 ひょこっと現れたトリートを抱え上げるアーサー。
『ゴメンネ、オ菓子ノプールデ遊ンデタラ来ルノ遅レタ』
「お菓子のプール? ああ、去年のあれね……今年は出来ないけど、楽しいハロウィンにするわよ」
 腕まくりするこころの隣でエプロンを着けさせられた夕がぽつりと呟いた。
「俺もAGW技術を勉強して義肢の作成やメンテナンスを仕事にしたいなって思ってたけど……ほんと、それどころじゃなくなっちゃった」
「よていどおりにいかないこともあるものさ。だが、なくなったわけじゃない。みな、それぞれのゆめがかなえられるよう、がんばっているのだからね」
「……シキ、クリーム付いてる」
「おっと、かぼちゃあじも、おいしいね」
 髪を軽くまとめた春月がレイオンと共に輪に加わる。
「料理するの? うちも手伝うねっ。何作るんだい? 蕪料理?」
「やめて、ある材料で作って」
 春月に両手一杯の南瓜を渡して、やんわりと止めるレイオンは依然として十一歳のままだ。
 違和感に、夕はピーラーを持つ手を止めた。
「蕪……?」
 ──部屋のドアが開き、商店街の人たちが入って来た。
 室内は一気に賑やかさを増す。
「お疲れ様! 一息ついて」
 リンカーとして人々の護衛を務めたファリンとヤンは共鳴を解き、仲間から渡された飲み物を手に窓際へ移動した。
 今年のハロウィンのイベントは準備からすでにパーティが始まっているようで、部屋中が楽しげな喧騒に満ちている。
 久しぶりの。
 ホストの学生たちは準備に駆けずりまわっていたが、手伝おうとするヤンには休めとジェスチャーと笑顔を送った。
 そんなやりとりを眺めてファリンはぼんやりと思う。
 ヤンが純粋な学生として過ごせたのは戦況が悪化するまでの一年ほど。それでも、ここは彼とファリンに何かを与えてくれたのだろうか。
「共鳴した君の」
 ぽつりとヤンが言葉を漏らした。
「え?」
「共鳴した君の……大人の姿は我が師に似ている。俺が崇拝する女性だ」
 ファリンは彼の言葉を穏やかに受け入れた。
「お兄様にも恋の思い出が?」
「恋愛ではないと思う。師であり母であり、女神であり……隣に立ちたいと願う事もできない、手の届かぬ人だ」
 今は遠い、けれども忘れ得ぬひと。
 誓約を交わした当時は幼い少女であったためにヤン自身も気づかなかったが、彼がファリンを選んだ理由は今思えばそれであった。
「そうですの」
 穏やかに、賑やかな部屋の片隅で交わされる思い。


 部屋の隅で何かしている二人に気付いたこころは悪だくみの態で近づいていく。
「今年は子供の姿じゃないのね。可愛かったのに」
 からかう気満々のこころへ、少し困ったように笑って拓海は解いた荷を見せた。
「閉鎖した支部からまだ使えそうな武器装備を集めてきた」
 息を飲む彼女の前に、並べられるアイテム。
「H.O.P.E.って支給品とか配ったり、依頼に必要なアイテムを貸出してたんだものね。そりゃ、あるわよね」
 取り上げたセミオート銃のトリガーが動かなかった。
 落胆するこころへメリッサが穏やかに語った。
「このままでは使えないのも多いの……でも、改造して使えるように出来ないかしら?」
「えっ」
「戦いは気持ちがあれば出来るけど、武器や用品を作り出すには技術が居る。研究者として協力して欲しい……」
 反射的に夕や仲間たちの方を振り返るこころ。
 その瞬間に、地響きが起こる。
「やあ、カブ亀がきたぞ」
「だからやめて」
 愚神カブを見た瞬間、腕まくりをした春月とレイオンが記憶を取り戻していたかは定かではない。



●二〇二一
 すべてが終わろうとしている。
 それでも、ハロウィンに招いた子供たちの笑顔は光を纏っているように見えた。
「ほら、パーティだよ。踊らないの?」
 変わらず少年の姿のレイオンに促されて、子供たちと踊るもすぐにやめてしまう彼女。
「春月」
 俯いて立った彼女は、見下ろす形になってしまう小さな英雄をじっと見る。
「レイオンなんでちっちゃいんだろうね、ライヴス不足かなぁ……」
「春月?」
「踊ってばっかいないで、ちゃんと戦っていればよかったかな……」
「……」
 少年は手を伸ばして少女の頭を撫でた。


 埃だらけの身体を引きずって、夕は壁に身を預けていた。
 ……あの日、両親には置いていかれたけど、シキに救われてこれまで生き延びてきた。
 二人の子供に生まれた意味を。
 一人きりで生き残った意味を。
 英雄と共鳴して力を持った意味を。
「……創って、残したいと思って」
 だけど。
 ──全てを飲み込む闇に抵抗するだけの力もない。神様なんて信じたことなかったから、寄り添って祈ることもできない。
 ──それでも、最後まで諦めない姿を、最後まできみたちに生きて欲しいと願う人間がいることを、その心に残せるだろうか。
 共鳴した夕は自身の腕を掴んだ。
 部屋の中では子供たちが笑っている。
 歌う銃を抱えた夕は金の瞳を静かに閉じた。

 ……少しだけ。ほんの少しだけ、全てが消えて無くなるときに。
 もしかすると全てが一つに繋がるときに。
 今度こそ取り残されないのなら。
 ──俺は少しだけ、ほんの少しだけ、幸せかもしれないんだ。

 戦士の小さな嘆息に、応える声は無い。


 特別に用意されたソファにもたれるファリンは深い傷を負っていた。
 幸運に愛された兎の片耳は欠けてしまった。
 美しかった四肢には新旧様々な傷が深く刻まれており、すでに日常生活すらままならない。
 形ばかりの仮装をした彼女は動かない手で不安がる小さな子供を抱いたまま、今や自分を生かす術となった英雄に視線を投げた。
 付き従うヤンは特製の機器を通して彼女の生命を維持するためのライヴスを提供し続けている。
「お兄様、わたくしが戦えなくなりましたら、誰か別の方と契約を……わたくしの故郷をお守りくださいまし」
「君がそう望むなら」
 そう言ったヤンは二人の幻想蝶を彼女に捧げた。
 ライヴスの蝶が舞うと──そこには以前と変わらぬ美しい共鳴姿のファリンが座っていた。ファリンはそっと今まで抱えていた子供にお菓子を渡してその頭を優しく撫ぜた。
「こういうの、レジスタンス……って言うのかな?」
 包帯を巻いた拓海がはしゃぐ子供たちを眺めている。
 ……戦いで受けた怪我は能力者に残る。その事実を歯がゆく思うメリッサ。
 傷を癒す設備も失われ安静にする時間もなく、今もなお生き残ったエージェントたちは連日の戦いに駆り出されている。
「本部が落ちてもこうして生きてる……仲間に生かされてる……月並みだがこう言う時に諦めって文字は無いよね」
 驚くメリッサに拓海が笑顔を向ける。
「何よりこの子達が居る。だから誰もが心から笑い過ごして良いんだ。──ハッピーハロウィン」
「……うん、そうね。ハッピーハロウィン!」
 拓海とメリッサが踊る子供たちの輪に加わった。彼らの英雄(ヒーロー)の参加に、子供たちのはしゃぎ声が強まる。
「トリート♪」
 しゃがみこんで見ていたトリートに気付いて、手を伸ばすメリッサ。
「夕達も! 皆も……さあ!」
 拓海の声に仲間たちが目を開き……例の地響きが起こった。
 四度目の記憶が戻る。
 頭痛のような眩暈のような感覚。だが、メリッサが顔を顰めたのはそれだけではない。
「最初は楽しかったけれど……性質の悪い悪戯は終わりにして貰わなきゃね」
 愚神を睨みつけるメリッサに、拓海が小さく頭を振る。
「これは悪戯じゃなく、悪意だ……」
 愚神の抉られた虚の瞳は彼らをどこへ引き込むつもりなのか。
 エージェントたちは依然としてぼろぼろの身体だったが、実際のダメージはそこまでではない。恐らく、このドロップゾーンで経験した四回の幻の合間に奪われたライヴスだけだろう。
 部屋の隅で愚神に怯える子供たちは、今までと同じく恐らく幻だ。
 厚いカーテンの向こうの荒廃した大地も、そして、疲れ果てた学生たちも死した仲間たちも、核とするものはあるとしても現実ではない。
 ──こんな未来は嫌だ。こんな未来にはさせない……それでも。
 それでも、胸を引き裂かれるような感情に拳を握りこむ拓海へ、メリッサが声をかけた。
「……ハロウィンは悪魔を追い返す儀式だったわね」
 はっと彼女の顔を見ると相棒は小さく、どこか不敵に笑ってみせた。それだけで、拓海もまた小さく笑みを返すことができる。
「──ああ、悪魔カブを追い払おう」
 こんな未来の悪夢とともに。
 夕の頭に温かな掌がぽんぽんと弾む。
「たちあがれるか、ユウ」
 座り込んだ夕は共鳴などしていなかった。そんな彼の頭を優しく撫でるシキ。成長した彼に比べればとても小さな童子の手のひらだったが、それは夕にとっては特別なぬくもりだ。
「ひどいあくむをえがくものだ。だが、ユウはつよくなったな」
 立ち上がろうとした夕の目の前に彼らの家の鍵がぶらぶらと揺れた。そして、それに括りつけられた青みがかった灰色の宝石、ふたりの幻想蝶。
「いつの間に……うん、まあ」
 鍵を仕舞っていたはずのポケットに向かいかけた夕の指が止まる。
 シキと比べればだいぶ大きくなった夕の掌が、シキの示したそれを掴む。互いの存在をしっかりと認識すると、それは発動する──。
 今度こそ、共鳴した夕がLSR-M110を掴む。
「意識が操られるのはまったく不愉快だな……そんなにハロウィンで遊びたいなら気の済むまで、死ぬまで何度でもしようか」
 部屋の隅で勢いよく春月が立ち上がる。
「んも~、うちとしたことが暗くなっちゃったよ、明るく楽しく踊る未来をつかみとるよっ」
 レイオンもまた冷たい眼差しを愚神に向ける。
「お兄様、わたくし」
 突然、蘇った記憶へ戸惑いを隠せないファリンに、共鳴したヤンは強く説いた。
『大丈夫だ、ファリン。未だここは臥薪嘗胆の刻み目。──戦えるだろう?』
「……ええ、勿論ですわ!」
 胸元から下がった蝉を象った水晶は、互いの誓いをたたえて曇ることなく輝く。
「皆様、支援いたしますわ!」
 ファリンの《エマージェンシーケア》が、愚神にライヴスを奪われた仲間たちを癒す。
 夕が最後の《ストライク》が愚神の顔を撃ち抜くと、それは巨体を仰け反らせた。
 間合いを詰めた拓海がその動きを抑える。
 その時、ライラがエージェントたちに輝く水晶を見せた。
「『終わらないハロウィン』は確保したわ! 今度こそ、それを倒すだけよ!」
 掲げられたのはカボチャ型の水晶だ。
 ライラの隣で、状況の飲み込めないこころがトリートを抱いて立っている。
「よーし! 今、元に戻すからね!」
 共鳴の主体を担った春月が双剣『カジキ/マグロ』を振り上げる。
『それで戦うんだ……』
「そうだよ、ハロウィンだから、楽しくやるよー! もちろん、お菓子もあるよっ。それとも……マグロにしとく?」
 動きを封じられた愚神に向かって、子供たちにあげるつもりだったパンダクッキーをちらりと見せて、一人頷く。
「マグロ希望だね!」
 跳ねる春月。そして、本物と見紛うマグロがカブ顔の愚神の横っ面を張り飛ばした。



●また来年!
 トリートの幼児化の能力のお陰もあって、捕らえてしまえば愚神を倒すことは難しく無かった。愚神が消えると、教室は元の部屋へと戻った。
 こころをはじめとしたドロップゾーンに囚われていた学生たちは目をしばたたかせた。
「ありゃ、元に戻っちゃったね。まあレイオンならどんなサイズでも変わらないもんねっ」
 だいぶ変わるのではないだろうか。
 周囲の心の中のツッコミは春月には届かなかったし、平然とその発言を流すレイオンにとってもどうでも良いことなのだろう……。
 とにかく、春月は元気に跳ねた。
「よし、じゃあ最後にひと踊りっ」
 その声を聞いて、はしゃいだ学生たちがBGMをオンにした。
 ハロウィンに寄せた曲が流れ始めると拓海が再び仲間たちに踊ろう、と声をかけた。
 今度は皆、笑顔でその誘いに乗る。
「トリート!」
 繰り返すハロウィンで慣れたのか、トリートも短い手足で踊り出す。
 踊りが得意ではない者はお菓子のプールから駄菓子をバケツ一杯抱えて部屋の隅にある駄目になりそうなビーズクッションに身を預けてお喋りに興じたり、ボードゲームを引っ張り出した。クイズやゲームの用意も始まる。
「H.O.P.E.のエージェントさんたち。トリックorトリートよ! ヤン、手伝って!」
 ──ペイント弾を詰めた銃器を抱えたこころが現れるまでは。


 校舎はペイント弾でカラフルに装飾された。
 ドタバタとしたハロウィンパーティが終わると、何度目かの敗北を喫した学生リンカーたちはエージェントたちにチョコクッキーを献上した。ヤンを味方に付けたものの、最後はどっちがどっちなのかよくわからない混戦ぶりであった。
「……うう、来年こそは……」
 唸るこころ。全く懲りてない。
 教室の隅、ライラの隣でうとうと舟をこぐトリートを見つけたメリッサが拓海の袖を引っ張る。
「トリート」
 拓海が声をかけると、トリートはのろのろとカボチャ頭を上げた。
「楽しかった。来年また遊ぼう」
『今年ハ四年ブン遊ベテ楽シカッタ!』
「四年分って」
 それを聞き付けて目を丸くする春月。シキがなるほどと頷いた。
「そういえば、きみも、わたしたちとおなじくらいに、へやにあらわれていたね」
『ウン、来年ハ楽シイダケノはろうぃん……』
 ついに力尽きてがくりとバランスを崩すトリート。ライラがさっとブランケットを翻してトリートを頭ごとすっぽりと覆った。
「トリートはもう眠るわ。きっとこの子もアナタたちに戻る姿を見られたく無いと思うから、このままワタシが連れて帰るわね」
 ちらりと目で問うとライラは微笑んで頷いた。顔を見合わせたエージェントたちはそっと優しく、ブランケット越しにカボチャ頭を撫でた。
「……おやすみ……」
 拓海の言葉にライラの腕の中で辛うじて子供の形を保った塊がもぞもぞと動く。
「……トリート、夢ヲ見ル……目覚メタラ、マタ、次ノはろうぃん……」
 春月たちがヤンたちがシキたちが、部屋の学生たちが声を揃えて、オーパーツの人形を夢へと送り出した。
「ハッピーハロウィン! トリート」
 もう微かな、羽音のような声が応えた。
 ──オヤスミ……マタネ。
 小さな声は、確かに楽しそうに笑っていた。

結果

シナリオ成功度 大成功

MVP一覧

重体一覧

参加者

  • エージェント
    十影夕aa0890
    機械|19才|男性|命中
  • エージェント
    シキaa0890hero001
    英雄|7才|?|ジャ
  • 苦悩と覚悟に寄り添い前へ
    荒木 拓海aa1049
    人間|28才|男性|防御
  • 未来を導き得る者
    メリッサ インガルズaa1049hero001
    英雄|18才|女性|ドレ
  • 危急存亡を断つ女神
    ファリンaa3137
    獣人|18才|女性|回避
  • 君がそう望むなら
    ヤン・シーズィaa3137hero001
    英雄|25才|男性|バト
  • そうだよ、楽しくやるよ!
    春月aa4200
    人間|19才|女性|生命
  • 変わらない保護者
    レイオンaa4200hero001
    英雄|28才|男性|バト
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