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【相談卓】まるで向こう側からの
最終発言2018/09/03 09:47:46 -
依頼前の挨拶スレッド
最終発言2018/09/03 09:39:35
オープニング
●
(ああなんでこんなことを……)
寂れた埠頭にある倉庫の片隅で、男は大きな鞄を抱えて体を丸める。
まるで胎児のように、死にかけた芋虫のように。
(こんなことしなきゃよかった。にげなきゃよかった。しぬしぬしぬしぬころされる)
鞄の端に噛みつくと、頑丈な表面に負けて弱った歯が呆気なく取れた。
歯が転がり落ちる音すら恐ろしく慌てて掴んで握り締めた。
赤、茶色、緑、青、黒。
様々な色の染みが浮き出したぼろぼろのコート。
汚れているだけでなく切り裂かれたような痕や何かが刺さった痕もある。
(あいつだ。あいつがわるいんだ。こんなものをよこすから)
髪も眉も耳もなく、左目には布を乱暴に巻きつけ残った右目をぎょろぎょろとせわしなく動かしている。
その体は二メートルを超すほど異様に細長く、痙攣でも起こしたかのように恐怖で震えている。
男は自分をとある研究室の下請けをやっている技術者だと思っている。
何を研究してるかは興味がない。
計器が示す数値を調べて金を貰うのが仕事だ。
男は自分をとある村に住んでいた少年だと思っている。
近くの川に水を汲みに行こうとして、何か恐ろしい目に遭った。
男は自分をH.O.P.E.の調査員だと思っている。
男は自分を老人だと思っている。
男は、男は、男は、男は———。
(おれ、ぼく、わたし、おれ、わし、ああ、ああ、わからないわからないわからない)
男に分かるのはこの鞄の中身を誰かに託された事。
この鞄を誰かに渡さなければならない事。
鞄を託した誰かも、渡さなければならない誰かももう殺されたと言う事。
自分も死ぬと言う事だけだ。
●
「H.O.P.E.に情報をリークしていた情報屋と調査員が殺されました」
タオ・リーツェンがブリーフィングルームのスクリーンに人名リストと明らかに殺人現場と分かる写真を映した。
ニューヨーク支部に設置された合同捜査本部では各チーム毎に活動しており、このチームが任されたのは殺された情報屋が仲介して受け渡すはずだった、とある情報の捜索だ。
「情報屋が仲介していたのは主にヴィランズ組織の調査を行っていたH.O.P.E.の調査員と、とある組織にいる技術者でした」
その技術者はリオ・ベルデに集められたと思われる多数の科学者や技術者のリストに名前が載っていた人物だった。
「彼は計測機器を主に扱う技術者としてリオ・ベルデ内の『工場』でも働いていたようですが、具体的にどんな研究が行われていたかは知らなかったと。しかし、メンテナンスの際データベースにアクセスして研究内容を知り足抜けを考えたそうです」
研究は非常に非人道的で悍ましいものだった。
組織から抜けたいが自分一人の力では到底不可能。
もし脱出に成功しても自分は殺されてしまう。
だが技術者はH.O.P.E.を知っていた。
南米を発端とする改造従魔やRGWの事件を追っている事も。
「技術者は自分にアクセス権がある範囲でデータベースから得た情報を受け渡す代わりに、逃亡の手伝いと身の安全を要求しました」
H.O.P.E.側はそれを受諾。調査員と情報院を介して脱出の打ち合わせをしていたのだが、ある日技術者からの連絡が途絶えた。
危険を察した情報屋と調査員が一旦手を引こうとしたが間に合わなかった。
しかし、彼等が万が一のために密かに用意した通信機に反応があった。
『たすけて。ころされる。しょうこはある。たすけて』
聞いた者は複数の人間が一度に喋っているかのようだったと言うが、その声紋の一部が調査員の一人と技術者の声と一致した。
発信場所はいくつかの企業が搬入のため使用している小さな港だ。
もしや危険を感じた技術者が耐えられず強引に脱出して情報屋に接触し、調査員ともコンタクトを取って逃げようとした所組織に発見され窮地に立たされたのではないだろうか。
「これは確実な情報とは言えません。声も人工的に声を作ったか、肉声を録音して使用したか。罠の可能性は高い」
何故かと言えば通信機のビーコンが発信されている倉庫に大きく一つ、倉庫の周辺にそれより小さい反応が複数。従魔やRGW兵らしき物をプリセンサーが察知した。
もし罠でなくともその戦闘は避けられないだろう。
通信が本当に救助要請であれば、持ち出された情報を破棄される恐れもある。
「最優先事項は情報の回収です」
戦闘場所と想定される倉庫内だが、問い合わせた所破棄予定だが大物ですぐ処理できない物を一時期置いておくためのもので、特に気を遣う必要はないと言う。
「倉庫は雑多に物が積み重なっているだけでなく、照明もありません。海と倉庫を隔てる遮蔽物はなく距離も短い。注意してください」
任務にはタオが同行する。
基本は離れた場所でモニタリングしているが、撤退が必要な時は助けに入り現場までの足に使ったバンで逃げる手はずになっている。
しかし半数は数を減らしていないと助けに入った方も危険だろうが、タオは糸目を半月の形にして笑う。
「私も今は研究畑の人間とは言えエージェントの端くれ。何か使える事があれば遠慮なくどうぞ」
解説
●目的
・持ち出された情報の確保
●状況
・埠頭の奥まった所にある倉庫/深夜二時頃/雨
複数の企業が運搬に利用しているだけの小さな埠頭
救助要請に使用された通信機のビーコンによって、目的の倉庫がどれかは分かっています
倉庫南側は海に面しており、それ以外の方角は全て3SQの通路を挟んで倉庫に囲まれている
海と倉庫の東側あたりに小さい反応が複数、倉庫内に大きな反応が一つ。RGW兵か改造従魔と思われます
●敵
・『従魔A?』×1
等級不明。少なくともデクリオ級以下ではない
通信が発信された倉庫内に反応がある
従魔が潜む罠か、同じ罠でも技術者が従魔に捕らえられているのか不明
・『RGW兵B:アクアユニット』×5
海側に反応あり。水中より地上戦を得意としますが、上陸するとは限らない
・「スナイパーライフル」:(射程100)
・『RGW兵C:タイプ不明』×6〜9
倉庫東側に反応が散らばっている
数がはっきりしない
おそらく武器はナイフや短弓
●NPC
・『タオ・リーツェン』
共鳴状態で倉庫から30m離れた所で待機しています
指示が無ければ倉庫内のビーコンや周辺をモニタリング
何か指示があればその通り動きます
リプレイ
●暗闇の埠頭
夜半も過ぎた小さな港には船の出入りもなく、離れた場所にある小さな灯台の光は埠頭まで届かない。倉庫が並ぶ一角を照らすのは朧月の頼りなげな光のみ。
ライトアイを掛けた氷鏡 六花(aa4969)の目なら見通せるが、オールギン・マルケス(aa4969hero002)と共鳴し雪のような白い髪と玉虫色の瞳に変わった六花は藻やヘドロで濁った海に潜水していた。
物が見えないような濁り具合ではないが、いかにペンギンのワイルドブラッドである六花でもあまり心地のいいものではない。
(……敵は、まだ来ていない……?)
『射程は向こうが上だ。こちらが先に攻撃を受けるかも知れんぞ』
オールギンは事前情報からより警戒を促す。
装備した通信機からは敵発見の報告はまだ来ていないが、倉庫周辺にいるであろう敵に気付かれないよう早めに海に潜ってから現在の時間経過を考えればいつ接触してもおかしくない。
(……みんな……気を付けて……)
六花は仲間達の事を思いながらまだ姿の見えない敵を待ち受ける。
埠頭では六花以外のエージェント達が目的の場所へと向かっている所だった。
『善性愚神が倒れても色々残ったんっすね』
「これはまた別の話だからな……ここからは真に人の問題だ」
『ならまず……情報は大事っすね』
君島 耿太郎(aa4682)と共鳴して黒い瞳になったアークトゥルス(aa4682hero001)は目立ちやすい銀甲冑と金髪を黒い布と上着で隠し、暗視ゴーグルで倉庫周辺を警戒する。
『皆さん、注意してください。海側の反応はまだですが、目的地の東100m付近に不規則ですが反応があります』
通信機の声はタオ・リーツェン(az0092) のものだ。
エージェント達がこれまで入手して来たデータや同行した依頼での経験を元に作り出した対改造従魔、RGW兵専用レーダーを新たに調整し直して現場近くに待機している。
「正確な数やRGW兵以外の反応は分かる?」
善知鳥(aa4840hero002)と共鳴したナイチンゲール(aa4840)が気に掛けているのは、改造従魔やRGWの研究開発に携わっていた愚神ディー・ディーと、彼女と協力関係にあるD.D.の存在だ。
『今の所はそれらしい反応はありません』
「そう……。なら注意するのはRGW兵と、通信があった倉庫内の状況ね」
ナイチンゲールがそう言うと、時鳥 蛍(aa1371)の緑と金のオッドアイが暗闇にぼんやり浮かぶ倉庫群を見詰める。
「死んだはずの人からの通信ですが……しかも声は複数人分聞こえる……」
『キナ臭いというか、情報提供者がこの反応の中にいるなら人間やめてるかもしれないッスね』
蛍と共鳴したグラナータ(aa1371hero001)の言葉はこの依頼を受けたエージェント達も懸念している事だった。
隣にいる麻生 遊夜(aa0452)も殺された情報屋と調査員が万が一のために用意していた通信機からのSOSに懸念を抱いていた。
「作ったか肉声かわからんが複数声が混じってる、と……何とも胸糞悪い予感がするな」
『……ん、非人道的な組織……どうみても、楽観視できない』
ユフォアリーヤ(aa0452hero001)の気持ちに連動したのか、今は共鳴した遊夜のものになっている尾が落ち込んだように垂れる。
すでに情報屋と調査員が殺された事はほぼ確定している。
そんな中で彼等と同じ声紋パターンを持つ『複数の声』とやらが届いたのだ。まともな状態とはとても思えない。
藤咲 仁菜(aa3237)は彼等が犠牲になる前になんとかできなかったのかと悔やんでいた。
『ニーナ落ち着いて。今俺達に出来ることをしよう』
彼女の髪色と瞳の色にその名残を残したリオン クロフォード(aa3237hero001)が宥める。
「……落ち着いてるもん」
頬を膨らませながらも息を吐いた仁奈の肩を、雨宮 葵(aa4783)がぽんぽんと叩く。
毛先に行くにしたがって濃くなる青と背の翼はこの暗闇の中で暗く沈んでいるが、金髪部分と強気に言い切ってしまう表情は明るかった。共鳴した燐(aa4783hero001)も同意である。
「罠なら罠でいいじゃん。罠ごとぶっ壊しちゃおうよ」
『ん。とりあえず……悪い奴はおしおき』
目的の倉庫まではまだ距離がある。
しかし何時何処から闇に潜む敵が現れるか分からない状況だ。
エージェント達は慎重に歩を進めた。
●RGW兵「タイプ:アサシン」
目的の場所である倉庫に向かうのはA班の数名、それ以外はB班、C班と分かれて倉庫の外で接近して来るRGW兵に対処する。
「何にせよ外の奴らが邪魔だな」
『……ん、ボク達は……海側の牽制、だね……倒しても構わない、でしょう?』
遊夜は倉庫の西側に回り込んで地面に伏せた。
倉庫の周りには特に遮蔽物はなく、それなりの広さがある通路もまた見る角度を変えれば倉庫の近くに立っている人間を見つけるのは難しくない。
「氷鎮さん、そっちに変化はあるか?」
先に海中に潜んでいる氷鏡に連絡を取ると、ごぼごぼと水中特有の音と共に六花の返事が来る。
『まだ敵の姿はないの。院長さんの方は?』
「院長さん」と呼ばれた遊夜は分かったと返し、自分がいる通路と周囲の倉庫群を見回す。
「それじゃ、ちょっと先行って隠れてるね」
葵がそう言って倉庫の壁に張り付くように東側へ向かった時、レーダーを見ているタオから警告が来た。
『まずいですよ。東側の反応が周辺を包囲するように動き始めました』
「包囲……見付かった?」
構造を見ようと近くの窓から中を確認していた蛍が通信を聞いてそこから離れる。
救援が発信された倉庫に向かう仲間の背はまだ近くにあった。
「雨宮さん、ナイチンゲールさん、このまま接近されたら倉庫に入るA班が包囲されてしまいます」
「オッケー、隠れるよりは突っ込んだ方がよさそうだね」
蛍の言葉に葵とナイチンゲールは素早く行動方針を決め倉庫の影から通路へ出て行く。
目的の倉庫に向かった仲間の元に行かせないよう囮になった二人は倉庫の屋根に蠢く何を発見した。
「お先に!」
葵は朱が鮮やかな刀を抜き放つと同時にライヴスを充填し、倉庫の屋根に向かって跳躍。
蠢く何かは葵の動向に気付いていたらしく素早く屋根の上を移動して行く。
「ここに怪しいヴィランが集まってるって情報があったんだけど、貴方達の目的は何?」
葵の言葉に対する反応は飛び道具と、別の屋根へと動く影。
「回り込むつもり?」
気付いたナイチンゲールの持つロザリアから無数の花びらが影に向かって放たれる。
「こちら対C班、RGW兵と戦闘に入りました」
蛍は倉庫内に向かう仲間へ通信を送り、自分も先行した二人を追う。
暗視鏡により確保された視界はナイチンゲールや葵よりやや背が高いくらいの人型を確認できた。
要所にホルスター付きのベルトを巻いた細身のシルエット。ガスマスクもあまり大きくなく、やや前傾姿勢で武器を構える様から「暗殺者」と言う言葉を思い浮かべる。
『反応が消えた? 注意してください、先程まであった反応が二つ消えています』
通信機からタオの緊張した声。ナイチンゲールが蒼き舌で攻撃すると三体が水流に巻き込まれたように見えたが、塗料で刃を塗り潰したらしいナイフで反撃して来たのは二体。
目視したのはナイチンゲールの方に三体、葵の方にも三体いたはずだが数が減っている。倒してもいないのに二つがレーダーから消えたとしたら姿を隠して奇襲を仕掛けるつもりだろうか。
『機械の数値なんて目安。あると便利、でも頼り過ぎては駄目』
「分かってるよ」
燐にそう返すと葵は俊敏に駆け、ボウガンに似た武器を使うRGW兵のグループに突撃。
「予想外にも対応できるように仕込まれているからね!」
葵が最初の一体を切り伏せるとナイチンゲールと相対しているRGW兵の方も本格的な戦闘に入る。
倉庫群に戦闘音が響く頃、遊夜と六花の方にも変化があった。
『海側にも反応出ました。距離300m』
『私も見付けた。まだ遠いけどすぐに射程距離に入りそう』
タオと六花の報告を聞いて注意深く海の方を見ると、墨のような黒い海に僅かな凹凸が見え隠れしていた。
「その程度の距離だともうこっちは見付かってそうだな」
『残念ながら』
遊夜は携行品に入っているプレハブサウナを即席の遮蔽物にするかと考えたが、携帯できるサウナと言うだけで防御力などないに等しい代物だ。
それに―――。
「遮蔽物がない会場からの狙撃は確かに有効だ、が……」
『……ん、それは相手側に……狙撃手がいない事が前提』
遊夜とユフォアリーヤの声を通信機で聞いていたのだろう、続く言葉に六花も同意する。
『好き放題できると思ったら……大間違い、だよ?』
「貴方たちも、できれば助けてあげたいけど……」
六花は海中でアクアユニットを装備したRGW兵が進んでくるの見詰めていた。
開いた終焉之書絶零断章は絶対零度のライヴスを纏ってその時を待つ。
「……どうせ自爆しちゃうんでしょ? なら……一思いに、殺してあげる」
氷槍がSWの効果を受けて範囲を拡大し濁った海水を切り裂きながらRGW兵に襲い掛かる。
海上では遊夜がスナイピングで一体一体を確実に討ち抜き、六花の援護を開始した。
耳を澄まさなくとも倉庫群に響く戦闘音で倉庫の東側に展開したRGW兵と、C班の仲間達が本格的な戦闘に入っているのが分かる。
「これで敵の注意が引ければいいが」
先程の通信でレーダーから敵の反応がいくつか消えたと聞いていた。
その敵が救援信号を出した倉庫に向かう仲間の所に行かないよう願いつつ、遊夜は六花の氷槍にやられたのであろう肩口に霜を張り付けたRGW兵を狙って引き金を引く。
「こいつらやたらすばしっこい!」
「装備も……あれはイメージプロジェクターのようなもの?」
葵とナイチンゲールは相対するRGW兵に特殊な能力、または装備がある事に気付いた。
装備に微妙な違いがあり、葵とナイフで斬り結ぶ者はともかくボウガンを装備している者は周囲の景色を纏っているような様子である。
無論一度視認すれば周囲の景色が人型に盛り上がって見えるのですぐにおかしな事に気付くが、暗視が出来ない状況で潜まれていては発見しにくいだろう。昼間でも背の高い草地に隠れていれば注意していなければ見落としそうだ。
「もしやあの装備、ステルス機能もあるのでしょうか」
『今の状況では解析が出来ないので断言できませんが、可能性は高いでしょうね』
戦闘中の葵とナイチンゲールから少し離れて様子を観察していた蛍から情報を聞き、先程消えた反応が現れないか探していたタオが同意する。
「このっ……! ボウガンが邪魔!」
葵が一気呵成に飛び掛かるとナイフを装備したRGW兵がそれを迎え撃ち、一体二体を相手にしていると残ったボウガンが援護射撃を行うのだ。
ナイチンゲールは蒼き舌で複数を攻撃できるが、範囲を確認したRGW兵は距離を取りナイフ装備が肉迫、ボウガンが屋根の向こう側に隠れて狙い撃って来る。
そこに加えて反応が消えていたと言うRGW兵が奇襲を仕掛けて来たのだ。
「分裂したりくっついたりしている訳じゃなさそうね」
ナイチンゲールは肉迫してきたRGW兵から距離を取り、葵と合流する。
「従魔一に対してたくさんの人間を混ぜるみたいに?」
軽い調子で喋る葵だったが、ナイチンゲールと同様に負傷が増えている。
「私も参戦します」
様子を見ていた蛍が武器を抜き二人に合流するのを見て警戒したのか、RGW兵の方もナイフ装備が集まりボウガン装備が屋根の向こうに一旦姿を隠そうと動き出した。
「すみません……用事があるので、皆さんには眠ってもらいます」
蛍の姿が残像を残しそうなスピードでボウガンを持ったRGW兵に飛び込む。
振りかざすのは清廉ささえ感じる装飾すらほとんどない長剣。その威力は容赦なくボウガン装備を薙ぎ払った。
●たすけて
戦闘が激しくなる中、A班は救援信号が出された倉庫に到着していた。
「例の倉庫はここですね……」
仁菜はこの倉庫にあると言う従魔らしき反応の正体を推測している。
【森蝕】でも、その後も、度々見て来た改造従魔。
これまで判明した実験内容の中には複数体の従魔や人が一つに合成された者もいる事が分かっている。
『鍵は……壊して入ったみたいっすね』
この埠頭を管理する企業に連絡を取って鍵を預かっていた耿太郎だが、扉は取っ手や鍵が付けられた部分が無残にひしゃげている。
アークトゥルスは仁菜に目配せすると、扉を開けて内部を確認する。
暗視装置によって浮かぶのは雑多と言うより無秩序に物が積まれ折り重なった倉庫の雑然とした有様だ。
一見すると足の踏み場もなさそうな場所だが、所々積み重なった物が崩れ脆そうな細い棒やダンボールが踏みつぶされたような状態になっていた。しかもそれは一列に続いている。
二人が辿って行くと、物陰に何かが潜んでいるのに気付いた。
「我々はH.O.P.E.所属のリンカーだ。貴様は何者か。敵意が無ければまずは動くな」
アークトゥルスの言葉に潜んでいる何かが動いたのが分かる。
一瞬の緊張の後響いたのは声だった。
「たすけて」
「助けてくれ」
「ああ、エージェントが」
「たすけてくれえ……」
幾つもの声が重なる。
実際に耳にした事で仁菜とアークトゥルスはこれから見るであろうものに対し拳を握る。
現れたのは二メートルを超す細長い、人間ではありえない異常な形の細長い体。表面はとけたように、いや腐り落ちて肉が垂れ下がっている。
無理矢理纏ったコートの穴から除くのは歯と舌を持つ口、目、瘤のような禿頭の頭。それらが複数に重なる声の主だと言うのはすぐに分かった。
「H.O.P.E.です。貴方を助けに来ました。一緒に帰りましょう?」
悍ましい異形にも怯まず話し掛ける仁菜に異形は手に持った鞄を突き出した。
「じょうほう、ある……しょうこ、情報……たのむ……」
ぼたりとコートの裾から肉の塊と一緒に人の頭部らしきものが落ちる。
口元は安心したように笑っていた。
「わかりました。私達が責任をもって預かります」
仁菜は鞄を受け取り幻想蝶に仕舞おうとしたが、何かに反発されて収納できない。
RGWの中には幻想蝶に仕舞えない物があると聞いている。もしやこの鞄の中には『サンプル』のような物が入っているのだろうか?
気になるが今は後回しにするべきだろう。
仁菜は緑や赤が混じるコートの染みとあちこちが割けている体を見てヒールアンプルを取り出す。
「大丈夫、これは傷を治す物です」
「安心しろ。我等は助けを求めるものを決して蔑ろにはしない」
アークトゥルスは異形を驚かせないようになるべく優しく肩に触れる。
その時、開かれた倉庫の扉から見える海に光が見えた。
その時異形の目がくわっと開かれ、複数の口が同時に叫んだ。
「きた! きた、追いつかれた! いやだころされる、駄目だ逃げろ!」
『倉庫内の反応が強くなっています。気を付けて下さい!』
タオの通信を聞きながら、二人は目の前で変形していく異形に身構える。
「ころされる、しぬ、きられるさされるくすりが、しぬ、ころされるころされる」
腐った肉を押し開いて体から体から触手のような物が飛び出すが、鞭のようにしなるそれは先程仁菜を襲った時のように先端は鋭く周囲の物を手当たり次第に薙ぎ払い貫いている。
「待って下さい、私達に害意はありません!」
仁菜が説得しようと声を掛けても落ち着く様子は一切ない。
「仕方ない。何とか押さえ込んで沈静化させよう」
「……わかりました」
元より暴走する事を念頭に置いていた仁菜は睡眠薬と武器であるグレイプニールを手に取る。
アークトゥルスが盾を構えて振り回される触手を受け止め押し込もうとするが、その威力は高く思わず膝を付く。
『やばいっすよこれ……』
「ああ、この手応え……相当だ」
思わず呟いた耿太郎に、アークトゥルスも衝撃の強さに改めて身構える。
だがその盾が次に防いだのは扉の向こう、海から放たれた弾丸だった。
もしや先程暴れ出したのは海側にいるRGW兵の接近に気付いたからだろうか?
「ああ、ああ。だめだめころされる、逃げろ、だめだ下がれ!」
その疑問に答えるように異形の触手が倉庫内を暴れ回るが、暴れる度に腐った肉がぼたぼたと落ちて開いた傷口が更に深く広く口を開けて行く。
一旦外に出てRGW兵を倒すべきか、そう考えた二人の通信機に声が届く。
『逃がさない』
『とどめは任せろ』
声の主は六花と遊夜だった。
一体離脱して倉庫前まで来たRGW兵だったが、他を片付けた二人が追い付いたのだ。
六花が放った氷槍がRGW兵のアクアユニットに多大なダメージを与え、水中での機動力を奪われたRGW兵を遊夜のハウンドドッグが仕留めた。
『海側のRGW兵はそれで最後だ。時鳥さんたちが別タイプのRGW兵を抑えてる。そっちの状況は?』
遊夜に聞かれて仁菜とアークトゥルスが倉庫内にいた異形、つまり救援信号を出した者から情報が入った鞄を受け取った事、複数の人間と従魔を合成された改造従魔にされているが多少の意識は残っているらしい事を伝える。
『……六花と、院長さんは、残っているRGW兵を……抑える。そっちは、お願い……』
「分かりました。もう少し敵を抑えてください」
こちらはもう大丈夫。
そう言って通信を切った仁菜とアークトゥルスの前で、異形は糸が切れたように倒れ込み動かなくなっていた。
「……さあ、帰りましょう」
仁菜が抱き上げようとすると崩れる体を見て、アークトゥルスは着ていた黒い上着を脱いで崩れる個所を包む。
まだ戦闘音が聞こえる東側を避け、二人は倉庫の西側からタオが待機している場所へと走った。
『……六花よ。何故従魔に会おうとせぬ?』
去って行く二人の後ろ姿を見送った六花はオールギンの問いにこう答えた。
「助けを求めて来た人……従魔に改造されちゃってた。H.O.P.E.が情報と引換に助けてあげるって約束したなら、助けてあげたいけど……でも、六花は……愚神も従魔も、ぜんぶ殺すって、決めた……から」
忘れられないあの惨劇。
両親を失ったその時から、六花はそう誓ったのだ。
「どんな事情があっても、従魔なら……殺す。だから、六花は……あの従魔の前に、行かない方が……きっといい」
去って行く二人が抱えたものには目を向けず、六花はまだ戦っている仲間の元に向かうため水を蹴って泳ぎ出した。
●戦線離脱
「A班離脱しました。そちらも無理せず撤退してください」
仁菜が通信を送ると、RGW兵との戦闘を続けていた仲間から了解と返事が返ってくる。
「”彼”の様子は?」
アークトゥルスは車の後部から出て来たタオに聞く。
タオは緑や赤や黒の染みが飛び散った白衣と手袋を脱いでダストボックスにしまうと首を横に振る。
「まだ従魔としての”反応”はありますが、人としての意識は消えました」
従魔のライヴスを持った体は依然として残っているが、それだけだ。
”彼”は死んでしまった。
「……そうですか……他のみんなは?」
「皆さんが撤退姿勢に入ったら向こうの反応も現場から離れて行きました。どうやら半数以上が撃破された状態での追撃は危険と判断したようです」
「今回は指揮を執る愚神やそれらしい者はいなかった。それで撤退を選べると言う事は、あのRGW兵は相応の知能や判断能力があったと言う訳か」
アークトゥルスの言葉に仁菜とタオの表情が神妙なものになる。
改造従魔は基本的に知能が低いものが多く、現れたばかりのRGW兵は愚神ディー・ディーと共に出現しその指示に従っていた。
しかしかつてのラグナロクの幹部達も改造されたものとすると、けして知能が低いものばかりでないと分かる。
現れる度に異なるタイプや装備を手にしている事も考えれば今後はより先鋭化されたものが現れてもおかしくない。
「それとあの鞄ですが、中にRGWに類する反応がありました」
「幻想蝶に入らなかったのでそうだと思いましたけど……」
中身はなんだったのかと聞かれたタオはあまり気持ちのいいものではありませんよと一言断る。
「脳と心臓でした。もしやと思って調べた所、殺された調査員の内二人の物であるとほぼ断定できます。おそらく”彼”が持ち出したのでしょう」
既に改造されており様々な器具や管が取り付けられ原型は半分ほどしか残っていなかったが、”彼”の中にある意思が仲間の形見として持ち出したのだろう。
「それとデータが入った記憶媒体がいくつか。保護を要請した技術者が集めたのはこれでしょうね。念のためウイルスチェックはしましたが、データ量が膨大でここで展開するのは無理です」
『それじゃ早く帰らないとね』
突然割り込んできたのは戦闘を終えて現場から離脱中の葵だった。
合流した仲間も全員側にいるらしく次々に声が聞こえて来る。
互いの無事を確認すれば気になるのはやはり”彼”と命と引き換えに持ち出された情報だ。
「敵も追って来ないようですし、一度車を停めます。合流してから話しましょう」
タオの提案に反対する者はおらず、しばらくしてバンに乗り込んだ仲間達をアークトゥルスと仁菜が迎え労った。
ただ話せる事は少なく、目的である情報は手に入れたもののそれを持ち出した”彼”は助ける事が出来なかったと言う苦い結末を迎えてしまった事には、エージェント達の表情も曇ってしまったが。
「ディー・ディーもデイモンも、何故こんな事を続けるんだろう」
ぽつりと呟いたナイチンゲールは、今や人型すらとどめていない”彼”が安置された後部の扉を見詰める。
「私達は何度も彼等を追い、情報を集めて対抗手段を考えてきたのに、追い詰められているのは分かっているはずなのに……研究者なら、現実をみるべきじゃないの? もう現実なんか見えなくなった?!」
話す内に感情が昂って行くナイチンゲールを近くにいた六花が宥める。
その顔を見たナイチンゲールは落ち着きはしたものの別の思いが胸に迫る。
(アセビやオルリア……今までもこの世界に、人に絶望した人達がいた。もしデイモンも同じだとしたら……)
沈黙が落ちる車内にタオが支部に連絡を取る声だけが響く。
まだ空は暗く日の出は遠い。
「大変な事になったみたいだけど、大丈夫かしら?」
可愛らしく首を傾げるのは若草色の髪と同色のドレスを着た一人の少女。愚神ディー・ディーである。
彼女が見上げるのは白衣を着た三十前後のまだ若い男、D.D.ことデイモン・ダイアーだった。
D.D.は一つの培養槽を見詰めたままディー・ディーに答える。
「完成までもうすぐだ。今更この場所が分かったとしても”彼女”は二度と誰にも傷付けられない」
培養槽に触れるD.D.の手つきはどこか不器用で、それでいて愛しいものに触れているとわかるものだった。
「わたしも”彼女”の完成は楽しみにしているの。早く会ってみたいわ」
「……貴様がたかが人間にたいしてそんな事を言うとはな」
「あら。『エスペランツァ』はわたしにとっても大事な研究結果なのよ? 会うのが待ち遠しいわ」
ディー・ディーは「エスペランツァ」と呼んだものを見上げる。
優し気な顔立ち、長い長い髪。それは女性の形をしていた。
ディー・ディーは微笑む。
ベールに隠されていない口元は本当に嬉しそうに綻んでいた。
結果
シナリオ成功度 | 成功 |
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