本部

【異界逼迫】連動シナリオ

【界逼】海響く禍々しき笛の音を止めよ

絢月滴

形態
ショートEX
難易度
やや難しい
オプション
参加費
1,500
参加制限
-
参加人数
能力者
7人 / 4~15人
英雄
7人 / 0~15人
報酬
多め
相談期間
5日
完成日
2018/09/04 18:39

掲示板

オープニング

●禍々しき海鳴
 キン、という耳障りな音でルオンノタルは目を覚ました。
 これが何だ。
 頭が痛い。こんなことは今まで経験したことない――。
『……っ?』
 ルオンノタルの頭上を大きな影が通り過ぎる。
 それはこの海を生息地としている海竜たちの群れ。
『待て、何処へ』
 頭痛に耐えながら、ルオンノタルは彼らに叫んだ。いつもなら相手は泳ぐのを止める。こちらの力を知っているから。
 しかし――誰も止まらない。こちらを見ようともしない。
 ルオンノタルの脳内にざらついた不快な声が響く。


【アバレルガイイ。サア、ノゾムママ】


『だ、まれ!』
 ルオンノタルは頭を建造物にぶつけ、声を追い払った。
 己を”何か”に持って行かれないように、ルオンノタルは海竜達が向かう先を見つめる。
『あの先は――スワナリアの外へ通じる――』




●禍音の元を断て
 ノルン・ペオース(az0121)は慌てていた。
 とんでもないものを予知してしまったから。
 早くこれを誰か――いや、誰かでは駄目だ。彼ではないと、うまく私の言葉をくみ取ってくれない。
 周りの目を気にせず、ノルンは会議室に飛び込んだ。驚いた顔でこちらを見ている偉いかもしれない人達は無視して、ノルンは彼に――西原 純(az0122)に近づいた。
「おいノルン。どうし」
「純くん! 大変、大変なの! クジラが! カメが! おさかなが!」



「緊急事態だ」
 集まったエージェント達を前に、純は低い声で説明を開始した。
「ついさっき、プリセンサーのノルンがとんでもないことを予知した。”地中海の複数個所で海竜が大暴れする”と。原因は先日奪われた笛だ。マガツヒの誰かが笛を吹いて、海竜たちを暴れさせようとしている。……お前たちには、笛の奪還をお願いしたい。場所はノルンの予知がヒントになるだろう。入念な準備をして臨んでくれ。……説明は以上。後は任せた」



●黒の背後、糸引く氷
 黒崎由乃(くろさき・ゆの)は意気揚々と傘を振り回していた。
「来るなら来なさいH.O.P.E.! 由乃ちゃんが今度こそやっつけてあげるんだから!」
 そんな彼女の後ろに、穏やかな笑みを浮かべたアイスグリーンの瞳の青年が立っている。
「随分気合が入っているね、由乃」
「ハガルちゃん、当たり前でしょ!」
 満面の笑みを浮かべ由乃は青年――ハガルを見た。
「ハガルちゃんを守り切れば、清十郎ちゃんが褒めてくれるんでしょ?」
「そうだよ。確かに俺は清十郎様からそう聞いた。”ハガルを守り切れば、お前が望むままに褒めてやる”と」
 わあ、と由乃は顔を輝かせた。
「これは頑張らなきゃ! 宝石の最終チェック!」
 軽やかな足取りで由乃はその場から立ち去る。
 その姿が完全に消えてからハガルはふふふ、と不快な笑い声を上げた。
「――そのようなこと、清十郎様が言う訳ないというのに。お前のことなど、清十郎様は知らないよ?」
 ハガルは胸元から何かを取り出した。
 それは、清十郎から預かった海竜を操るための笛。
「せいぜい偽りの主従関係に踊るがいいよ。……哀れなマリオニェトゥカ」

解説

マガツヒに奪われた笛の奪還が今回の目的です。
以下の事柄に注意しながら、目標を達成して下さい。

【笛のありかについて】
・マガツヒは”地中海の何処か”に拠点を作っています。
・ノルンの予知の内容は以下の通りです。
 『蒼』『西』『無人』『ゆらゆら』『たくさん』『進む』『浮かぶ』『黒崎由乃』『雨』『プレリュード』『音楽家』

【黒崎由乃について】
 ・由乃自身に戦う能力はない。
 ・宝石を核とした戦士(前回はマーマンとクラゲとタコ)を作り出す。
 ・戦士はどのような姿になっても由乃の命令を実行し続ける。
 ・戦士を止める方法は以下のどちらか。
   1:核となっている宝石を壊す。
   2:由乃の傘を破壊する。
 ・由乃の宝石は”普段私達が使っている宝石”と変わりないことが確認されている。

【その他】
 ・何かあれば答えられる範囲で純が回答します。
 
 
 

リプレイ

●予知で示された場所は
『そんな、ルオンノタルさんの所から海竜がっ?』
 H.O.P.E.サンクトペテルブルク支部。ブリーフィングルーム。
 海竜が暴れ出すという予知を聞き、禮(aa2518hero001)は口元に手を当てた。海神 藍(aa2518)は眉間に皺を寄せる。
「アフリカの西から地中海まで……なんて距離だ」
『物質的な空間があるとは考えにくいです。何かワープゲートのようなものでしょうか?』
「とすれば……その場所は探せないこともないか?」
 アレクサンドリア支部に問い合わせよう、と藍はスマートフォンを取り出す。
『兄さん、アレクサンドリアはだいぶ東です、予言には”西”ってありますけど?』
「念のためだよ、”どこ”の”西”かわからないだろう?」
 ギリシャやトルコにも青の洞窟はあるのだから、と藍は禮に言った。確かにその可能性はぬぐい切れないと禮も思い直す。一つの推測に拘った結果、全く見当違いの場所へ行ってしまうのは最悪だ。ここは念には念を入れなければ。
「……ん。海竜が無理やり暴れさせられるなんて……ルオンノタル、きっと、困ってる……」
 前回の戦いで対峙した海の主に想いを馳せ、氷鏡 六花(aa4969)は言う。予知の中に、クジラという言葉があったから、ルオンノタルも笛の力で暴れさせられているのかと心配になったのだけれど、実際の目撃情報には、ルオンノタルらしき海竜の姿はなく、六花はそっと安堵の息をついていた。六花の傍らに居たアルヴィナ・ヴェラスネーシュカ(aa4969hero001)はそうね、と同意した。
『放っておけないわ。笛を取り返して、事態を収拾しましょう』
「しかしマガツヒの狙いがいまいち分からないっすね」
 君島 耿太郎(aa4682)は首を傾げた。
「前は捕まえようとしたと思ったら、今度は暴れさせて……何したいんっすかね」
『相手の狙いも気になるが被害を防ぐことも大事だ』
 アークトゥルス(aa4682hero001)が机の上に広げられた地中海の地図に目を落としながら言った。プリセンサーであるノルンからもたらされた予知――『蒼』『西』『無人』『ゆらゆら』『たくさん』『進む』『浮かぶ』『黒崎由乃』『雨』『プレリュード』『音楽家』――それらの言葉は何処を示すのだろう? 考えつつも、先程からアークトゥルスは何かを思い出しかけていた。『雨』『プレリュード』『音楽家』。この三つの言葉が示す場所が何処かにあった気がして。一方、月鏡 由利菜(aa0873)とウィリディス(aa0873hero002)は地図とにらめっこをしている。予知から、というよりも隠れやすそうな場所や海域に注目しているようだった。
「クイズは得意じゃないんだが……」
 うーん、と荒木 拓海(aa1049)は頭を抱える。メリッサ インガルズ(aa1049hero001)も同じように考えていたが唐突にあ、と声を出す。その声に皆は反応したけれど、ほぼ同時にドアが開いて、意識がそちらに向いた。同時に獅堂 一刀斎(aa5698)と比佐理(aa5698hero001)が入ってきた。一刀斎は若干疲れた顔をしている。
「一刀斎さん、どうしたんですか」
「ああ、荒木殿……」
 ふぅ、と一刀斎は溜息をつく。
『さきほどまで、図書室に居ました。一刀斎様は頭脳労働が苦手ですが、数多の書籍と格闘し、その場所を突き止めましたのです』
 地中海の地図に近づき、一刀斎はとある場所を示す。
 バレアレス諸島、マヨルカ島。
 それを見て、アークトゥルスは唐突に思い出した。『雨』『プレリュード』『音楽家』。その三つの言葉が示すのは、そこだ。
『私もそこだと思いました』
 頷くメリッサを拓海は見る。
「リサ、なんで」
『プレリュードと雨なら有名よ? ショパンがマヨルカ島で愛の逃避行したのよね』
『ああ、ジョルジュ・サンドとの』
 メリッサの言葉に、アークトゥルスが付け加える。
「インガルズ殿が言う通りだ……地中海の『西』、『蒼』の洞窟、『無人』島、マヨルカは『音楽家』ショパンが「『雨』垂れの『プレリュード』」作った島」
「私もそこで間違いないと思います。アレクサンドリア支部の管内にあやしい反応はないそうです」
 藍がスマートフォンを仕舞う。代わりのように拓海のスマートフォンが着信を告げる。
「魔女さんからだ。……ジャンク海賊団から情報を仕入れてくれたらしい。彼らもバレアレス諸島近辺が怪しいと」
『よし、裏付けは充分だ……行こう』
 アークトゥルスの言葉に、一同は頷いた。こうしてはいられないとブリーフィングルームを後にする。
『それにしても……ユノちゃん、まだ生きてるんだね』
「リディス、まだって……」
 由利菜は少し顔をしかめた。だって、とウィリディスは続ける。
『マガツヒみたいなゲスい組織じゃ、いつ殺されるか分かったもんじゃないだろうし。トザイジィちゃんの件から言っても、失敗を続けてれば容赦ない内部粛清が待ってるだろうし』
 過去の交戦記録を見ても、今のところ彼女は全敗している。それなのに。
『本人に聞けば、分かるかな』



●余計なお世話だとしても
 構築の魔女(aa0281hero001)は辺是 落児(aa0281)と共にH.O.P.E.サンクトペテルブルク支部の端末室に居た。自分はマガツヒに操られた海竜を押しとどめる任務に参加のため、そろそろ出なくてはいけない。笛奪還の任務には同行できない。それでも。
「考えうる限りの事は残して向かいましょう……とはいえ、H.O.P.E.の余力に期待しすぎてもいけませんね」
 そう言って、構築の魔女は近くにある端末を立ち上げた。まずは、ジャンク海賊団から入手した情報を拓海のメールに送信した。
「……そういえば、宝石類の流れも追う価値があるかもしれないですね」
 この前の戦いで対峙した黒崎由乃のことを、構築の魔女は思う。ノルンの予知には彼女の名前があった。ということは今回も――。
「あとは……」
 思いつく限りのことを構築の魔女は端末に打ち込んでいく。海竜の移動を逆算した結果、少なくとも数頭はその海域に居そうだということ。海上で仲間たちの移動の助けとなるものの申請。それと笛を奪還した場合に行うべき調査。
「これくらいですかね」
 構築の魔女は端末の電源を落とした。
「それでは、私たちも参りましょうか」
「……ロロ」



●マヨルカ島、西を目指せ
 構築の魔女が手配してれた航空機で、一同はマヨルカ島を目指した。航空機の中でアークトゥルスはマヨルカ島周辺の情報をH.O.P.E.に問い合わせてみた。飛行機や船の搭乗記録に不審な点はない。だが島の西側にある港の監視カメラにただ一度だけ、彼女の姿が映っていたことが確認できた。フリルがたっぷり使われた黒のブラウスと、パニエで膨らませた黒のスカート。
 そう、黒崎由乃の姿が。
 島に到着し、一同は高速艇に乗り込む。これも構築の魔女の手配だ。
「魔女さんに今度よくお礼を言おう」
『そうね』
 メリッサと共鳴し、拓海はモスケールを起動させた。念のため、アサルトユニットに換装する。あちらがこちらに気づいて奇襲をかけてくる可能性が決して低い訳ではないから。
 一同を乗せた高速艇は、青空を背景にどんどん進んでいく。
 禮と藍はノルンの予知についてもう一度考えていた。
『進む……泳ぐ、じゃなく進む。ですか』
「とすると船とかか…? 船上での戦いになるのか?」
 六花はアルヴィナと共鳴し、地中海の風に白雪色の長い髪を靡かせていた。マナチェイサーを発動させ、ライヴスの確認を行う。そうしながら、周囲の広大な海が眺めた。やはり南極の海とは違う。同じ海なのに、分厚い氷と身を切るような寒さがないと、こんなにも穏やかになるものなのか。そんな六花の視界に同じように海を見つめる一刀斎――既に比佐理と共鳴し、豹となっている――の姿が入る。頭脳労働が苦手と言っていたのに、書籍と格闘したと言っていた彼。その理由は恐らく。
「……ん。黒崎由乃のこと……そんなに気になる……んですね」
 六花の言葉に一刀斎は答えない。けれど、六花も返事を求めている訳ではない。
「会えると、いい……ですね」
 そう言って、静かに離れた。
 ――まだライヴスの痕跡はないわね。
「……ん」
 アルヴィナに同意しつつ、六花はスワナリアで会った恐竜のことを思い出していた。
「恐竜さん……あの女の人のこと、好き……みたいだったもんね。好きな人が、大事な笛を盗られて、困ってたら……悲しい……よね。六花は……誰も、悲しませたくない」
 ぎゅっと、六花は拳を握った。
 刹那。
「あ」
「見つけた!」
 六花と拓海は同時に声を上げた。



●黒、現れる
 船が進む先に見える島、その側をゆっくりと周遊している蒼い船からライヴスの反応がある。船上が一気に緊張した。由利菜はウィリディスと共鳴する。甲板に集まった皆にリジェネーションをかけた。これでもし回復が間に合わなかったとしても、少しはましなはずだ。六花は今自分が居る高速艇と相手の船との距離を目視した。
「……ん。この距離、なら」
 六花は断章を紐といた。その後ろに氷柱のような翼が出現し、手の先にの空間には魔法陣が浮かび上がる。
「……ん。氷槍……貫け」
 六花の声と共に、魔法陣から巨大な氷槍が出現した。その槍は瞬く間に蒼い船へと向かっていく。その攻撃に気づいたのか、船から水上バイクが焦ったように飛び出してくる。このまま六花の氷槍が船を破壊し、そしてもしあの船に笛を奪ったマガツヒ構成員が乗っているのであれば、この攻撃で決まってしまうのだろう。誰もがそう思った。が。
「……え」
 相手の船を覆う無数の何かの欠片が、六花の氷槍を防いだ。その欠片は、まるでドームのようだった。確かカオティックブレイドがこのようなスキルを持っていたと、誰もが思う。と、がりがりとこちらにまで聞こえる大きな音がした。それは敵が作り出したドームが六花の氷槍を削り取る音。皆の間に微かな動揺が走る。その隙をつくかのように、いつの間にか高速艇に近づいていた水上バイクから何者かが高速艇に飛び乗ってきた。それは、ノルンの予知に名前が挙がっていた”彼女”。
「ふふーん! どうよ、ハガルちゃんの魔法は!」
「黒崎……!」
 一刀斎がその名前を叫ぶ。その瞬間、胸の中に歓喜が広がった。
(……何故だ。いや……これは推察が的中したことへの喜びに過ぎん)
「あー!」
 由乃も一刀斎に気づいたようだった。
「また黒ネコ! ほんとにしつこい!」
 由乃が傘で一刀斎を示す。黒ネコ、と呼ばれたことに一刀斎の尻尾が喜悦で揺れた。彼女の周りに戦士らしき物体は見当たらない。まだ作り出していないのだろうか。
「黒崎」
 一刀斎は距離を詰めた。この前の戦いの後、抱いた感想を彼女に告げる。
「前回のお前の作品……マーマンにクラゲにタコ…あれはなかなか良かった。海中戦に相応しいし、生け捕りを目論んでいたお前の目的にもタコの触手はうってつけだ。それに己の人形への愛着も確りと持っているようだ……前言撤回しよう。黒崎……お前は立派な傀儡師だ。その業、見事に思う」
 一刀斎の言葉に、由乃が胸を張る。
「やっと気づいた? この由乃ちゃんの凄さに!」
 しかしすぐに、その表情が硬くなって。
「今回こそ由乃ちゃんは勝つ! 勝って清十郎ちゃんに褒めてもらう!」
 由乃は周りに宝石をばらまいた。手に持った傘で魔法陣を描く。
「おいで、ドーラちゃん達!」
 由乃の叫びに応じるかのように、宝石が光る。彼女の周りに戦士――上半身が乙女、下半身が竜――ドラゴンメイド――が六体現れた。その両手には大ぶりな刃が握られている。弱点である宝石はそれぞれの額の中央に収まっていた。
「黒ネコたちをやっつけろ!」
 由乃の命令に戦士達が動く。
『一対一とはな』
 アークトゥルスはミラージュソードを構える。彼を敵と認識した赤い瞳のドラゴンメイドが手にした刃を振り下ろす。その攻撃を受け止め、アークトゥルスは一歩前に踏み込み、相手に攻撃を仕掛けた。切っ先が敵の肌を切り裂く。悲鳴一つあげない相手は何処か不気味だ。一刀斎は黒の目をしたドラゴンメイドを蛇色で引き寄せる。今まで何度も戦った黒崎の戦士。弱点はもちろん分かっている。黒糸で宝石を切り砕こうとした。が、ドラゴンメイドが腕で防御態勢を取る。白い肌に傷がついたが、肝心の宝石は無傷だ。これまでの相手とは少し違うと、一刀斎は思う。
「あの宝石、幻想蝶なのだろうか」
 ――手に入れて調べないと分かりませんね。
「そうだね」
 藍は竜宮法典をひも解く。水の膜を生み出し、拓海をカバーリングした。
「ありがとう!」
 お礼を言いながら、拓海はウコンバサラで碧の目をしたドラゴンメイドに攻撃をする。腰辺りを狙ったが、それは敵の尻尾に弾かれた。
 ――尻尾の動きも頭に入れて戦わなくてはならないわね。
「ああ」
 メリッサの言葉に拓海は頷いた。
 由利菜は黄色の目をしたドラゴンメイドを相手にしていた。手にしたデストロイヤーで敵の額を狙う。けれど敵の回避力が僅かに勝った。由利菜の攻撃を避け、ドラゴンメイドは彼女へ刃を振り下ろす。
「くっ!」
 痛みに由利菜は呻いた。
 六花は白い目をしたドラゴンメイドの攻撃を回避しながら、笛のありかを探っていた。由乃からはそうした気配が感じられない。だとすると、誰が。
 突然、船に大きな衝撃が走る。
 マガツヒの船がこちらの高速艇にぶつかってきたのだ。誰もが、由乃以外にもマガツヒ構成員が居たのかと警戒する。しかしそうした攻撃は一切来ない。その船上には、一人の男が立っているだけだった。アイスグリーンの瞳が特徴的だ。
「ハガルちゃん!」
 由乃がその男の名前を呼ぶ。ハガルは穏やかに笑っていた。
「健闘しているようだね、由乃。これはきっと清十郎様も褒めて下さるよ」
「本当っ?」
 由乃の顔が一気に明るくなる。それを見て、一刀斎は先程から感じていた由乃のやる気――今までにも増した――の原因を察した。清十郎と約束でもしたか。
 ――一刀斎様!
「っ!」
 黒の目のドラゴンメイドに一撃を喰らい、一刀斎は後退した。
「お前がきちんと清十郎様に褒めて貰えるよう、様子を見に来たよ」
 ハガルが胸元に左手を入れる。瞬間、六花のマナチェイサーが反応した。あそこに笛がある。その予想通りに、ハガルが笛を取り出した。彼は笛を少々乱暴に扱っているように六花には思えた。
「……ん。その笛は、あの女の人の、大事なもの……なの」
 六花は再び断章をひも解く。
「……返して」
 魔法陣から、六花は再度氷槍を作り出す。それを白い目のドラゴンメイドが邪魔しようとした。しかしその攻撃は藍の竜宮法典によって防がれる。攻撃を防ぎ切ったのを確認してから、藍はマジックブルームを発動した。ハガルの視界から外れるように、飛翔する。
「手伝うよ、六花ちゃん!」
 SVL-16で、拓海はハガルの手元を狙う。烈風波を発動させて、笛ごと吹き飛ばそうとした。が。
「させないんだから!」
 由乃が宝石をハガルの足音に投げ込む。先程とは違う魔法陣を傘で描いた。
「おいで、ゴーレムちゃん! ハガルちゃんを守れ!」
 由乃がドラゴンメイドとは別の戦士を生み出し、ハガルをカバーリングする。拓海の攻撃は全てそのゴーレムに当たった。
 六花はハガルに向けて氷槍を放った。その動作を見て、ハガルが小さく笑う。右手で分厚い氷の壁を作り出し、自分とゴーレムの前に展開した。六花が作り出した氷槍は壁を四分の三ほど削り、そこで消滅する。ハガルが作り出した氷の壁は、薄くなったものの、まだしっかりと立っていた。ハガルの意識が前に向いている隙をついて、藍が彼に肉薄する。支配者の言葉を発動した。こちらを見たハガルと視線を合わせて、にっこりと微笑んで見せる。
「それ、こっちに下さい」
 藍はハガルに向かって手を差し出す。が、彼が反応する前にゴーレムが藍たちに攻撃を仕掛けてきた。両腕を回す、大げさな攻撃。藍はとっさに避け、再び上空へと飛翔した。そこから見えるハガルの表情は変わらない。――失敗だ。
 六花はハガルが作り出した氷の壁を注視する。先程、船を覆ったドームを構成していた欠片はこれか。ということはハガルはカオティックブレイドではなく、自分と同じソフィスビショップであり、そして。
 ――あの男、氷の霊力を感じるわ。もしかしたら、私達に近しい属性なのかも。
 アルヴィナの言葉に、六花は表情を一層険しくした。
「……ん。氷を操る戦いなら……負けない、の」
 六花の言葉が聞こえたのか、ハガルは彼女を見下して。
「それはこちらの台詞。……さて、それでは呼ばせてもらおうか」
 胸元から出した笛を荒々しく、乱暴に、ハガルは吹く。
 どん! とまた船が揺れた。海面から何かが飛び出す。長い角を持つ魚――イッカクの形をした海竜。それも二体。アークトゥルスは眉根を寄せた。
『海竜か。傷をつけたくない』
 ――同感っす。
 ライヴスの中で耿太郎が力強く頷く。
「俺も同じです。……アークトゥルスさん」
『ん、何だ』
 拓海はスマートフォンを取り出した。ここに来る前、犬笛と鳥笛のソフトをインストールしておいたのが役に立ちそうだ。
「あの笛の音に似た音を出してみます。もし大人しくなったら、誘導を。……もちろん狂暴化しても、ですけど」
『分かった』
 拓海はアプリを再生させた。
 まずは犬笛。甲高い音を断続的に、何度も出す。しかし海竜の様子に変化はない。その大きな角で、空飛ぶ藍を攻撃する。海竜を傷つけたくないのは、藍も一緒だ。海竜の攻撃はライヴスを帯びていないから、こちらはノーダメージ。だが、念のためと防御姿勢を取る。マジックブルームを解除し、船上へと降り立った。
「犬笛は駄目か……じゃあこっちは……おっと!」
 ドラゴンメイドの攻撃を躱してから、拓海は今度は鳥笛を試す。犬笛とは違う周波数。これはどうだろうか。
 海竜が吠えた。
 効果があったと拓海は思った。しかしそれは一瞬のこと。海竜はすぐに船体に体当たりをしてきた。高速艇が横転しそうになる。皆、踏ん張ったり、側にあった手すりにつかまったりして、バランスを取った。あと一撃貰えば、まずい。
『やはり海竜達はあの笛でなければ、反応しないようだな』
 アークトゥルスは海竜に近づいた。守るべき誓いを発動させる。瞬時に海竜たちの視線がアークトゥルスを射抜く。
『君たちの相手は俺だ。ついてきて貰おう』
 アークトゥルスは海へと入った。彼に続き、拓海もアサルトユニットの力を借りて海面を走る。海竜を挑発するような動きを見せた。
「こっちこっち!」
 アークトゥルスと拓海の行動に海竜達は反応する。全力で彼らを追いかけ始めた。その姿が完全に見えなくなったところで、六花は海面を凍らせた。先程まで蒼く穏やかだった海が、氷に閉ざされる。空気も少し冷たくなったような気がした。これなら笛は聞こえないし、万が一聞こえたとしても、凍った海面を壊すのには時間がかかるはずだ。
「海竜は封じたか」
「……ん。負けない、って言った……」
「お見事、とでも言って欲しいのかな」
 ハガルの口ぶりに六花は静かに怒る。何なのだろうこの男は。一方、由乃は勝利を確信したように笑っていた。
「二人減った! これでもう決まり! 一斉に! やっちゃえ、ドーラちゃん達!」
 由乃の命令に六体のドラゴンメイドが従う。六花に二体、一刀斎に二体、藍に一体、由利菜に一体。
「邪魔しないで貰おう……っ」
 一刀斎は女郎蜘蛛を発動させた。向かってきたドラゴンメイド達を絡めとる。そしてキリングワイヤーを由乃の傘目掛けて飛ばした。
「っ、ゴーレムちゃん!」
 宝石を撒き、魔法陣を描いて、由乃は二体目のゴーレムを呼び出す。一刀斎の攻撃はゴーレムに弾かれた。
「ちっ……」
「ちょっと黒ネコ! 遠距離攻撃が出来るなんて、由乃ちゃん知らないんだけど!」
 由乃がぶんぶんと傘を振り回す。
「……ん。雪風」
 六花はゴーストウィンドを発動した。吹雪とも、氷ともとれるような形のライヴスを含んだ暴風が彼女の周りで巻き起こる。その風で六花はドラゴンメイドの宝石の破壊を試みた。二体のうち一体――赤い瞳のドラゴンメイドの宝石に罅が入る。次の瞬間、そのドラゴンメイドはは砂となって消えた。由利菜のデストロイヤーが黄色の目をしたドラゴンメイドの宝石を砕く。藍は碧の目のドラゴンメイドの攻撃を潜り抜け、由乃へ接近した。トリアイナを構える。
「傘を壊そうたって、そうはいかないんだから!」
 藍の目の前で由乃は宝石を撒く。傘で魔法陣を描いて、三体目のゴーレムを出現させた。それを見て、藍は口を開く。
「……一つ、聞きたい」
「何よ」
「その宝石……幻想蝶か?」
 藍の言葉に、由乃は、はぁ?と思いっきり馬鹿にした。
「何言ってるの。この宝石はただの宝石――由乃ちゃんが使えば、魔法の石になるけどね!」
 ゴーレムちゃん! と由乃は藍に呼び出した戦士をけしかける。藍は攻撃をトリアイナでさばきつつ、ゴーレムの額を狙う。しかしこちらも、うまく防御されてしまい、なかなか当たらない。
「やった、これなら勝てる! 清十郎ちゃんに褒めて貰える!」
 由乃は全身で喜びを表現した。それを由利菜のライヴスの中で見ていたウィリディスが呟く。
 ――相変わらずご執心みたいだけど、ユノちゃんはセイジュウロウと実際に話したことあるのかな? 何か脳内ファンタシアだけで美化してるような気がするんだよね。
 その呟きを受け、由利菜は由乃に話しかけた。
「……あなたが彼を慕っていても、彼もあなたを大事にしてくれているとは限らない」
 由利菜の言葉に由乃の起源は一気に悪くなる。
「はあ? 何言ってるの。清十郎ちゃんはね、由乃ちゃんを」
「黒崎」
 ゴーレムの攻撃を受けながら、一刀斎もまた彼女へ言葉を投げかける。何よ黒ネコまで! と由乃は憤慨した。
「お前……比良坂清十郎に会ったことはあるのか?」
「何言ってるの黒ネコ! あるに決まって」
 由乃は唐突に言葉を切った。
「あれ? ……あれ? 由乃ちゃん、清十郎ちゃんに……? あれ?」
 由乃は目を丸くした。それは明らかな戸惑い。自信喪失。畳みかけるように一刀斎は言葉を続ける。
「会ったことが無い、みたいだな。ならば……会ったことも無い男に、何故そこまで”褒めて貰いたい”と願う?」
 一刀斎はゴーレムの右腕を砕いた。由乃が頭を抱える。
「え、だって由乃ちゃんは……由乃ちゃんは……っ」
 由乃が震える。ドラゴンメイドの動きが鈍くなった隙をついて、六花は確実に雪風で敵の宝石を凍結させ、砕いた。それを見ていたハガルが動く。
「由乃、敵の甘言には耳を貸してはいけないよ。……つぶれろ、H.O.P.E.」
 ハガルが頭上に氷の塊を出現させる。あれを喰らったら、高速艇もろとも沈んでしまうと、藍はとっさに竜宮法典を展開し、皆を守った。氷の塊が落ちてくる。ダメージは免れても、衝撃は全て防ぐことは出来ない。その衝撃で、先程一刀斎がドラゴンメイドに行った拘束が解けた。そして無防備な藍に一斉に襲いかかる。
「藍さん!」
 由利菜は全力で藍の元に駆け付けた。何とか、ドラゴンメイドと彼の間に割り込む。月鏡さんっ、と藍が焦った声を出した。何発か攻撃を喰らいながら、由利菜は一塊になったドラゴンメイドの頭上にデストロイヤーを振り下ろした。宝石が砕け散る。こつんこつんと、その欠片が船上に広がった。
「あ……ドーラちゃん、達が」
 由乃が鳥かごから宝石を取り出す。先程の動揺がまだ残っているのか、その動作はとても緩慢だ。ハガルがまた何か言わない内に、と一刀斎は彼女にもっともな疑問を投げかける。
「そもそも黒崎。……お前がマガツヒに身を置く所以は何だ」
 由乃の黒い瞳が一刀斎を捉える。あ、あ、ととてもか細い声を彼女は出した。
「所以……理由……そんなの、だって、清十郎ちゃん、が……由乃、ちゃんを、由乃ちゃんを必要とし……由乃、ちゃん、を」
 由乃の手から、傘が落ちる。がく、とその場に崩れ落ちた。
 傘を一刀斎はキリングワイヤーで破壊した。周りにいた由乃の戦士達が、全て消える。もちろん、ハガルを守っていたゴーレムも。
 その瞬間を逃さないとばかりに、六花は断章をひも解いた。霊力浸透も併用して、先程とは比べ物にならない氷槍を作り出した。その槍先が向かうのは、もちろんハガル。
「……ん。貫け」
 氷槍がハガルへと向かう。ハガルは先程と同じく、氷の壁を作った防御しようとした。しかしそれは叶わず、氷槍は壁を粉砕する。氷槍がハガルの左わき腹を貫通した。びきびきと氷が彼の左半身を覆い始める。そのまま全身が凍り付くだろうと、六花は思った。しかし、氷はぴたりと、あるところで止まってしまった。ハガルが魔力で押しとどめているのだろうか。と、何を思ったか、ハガルは笛を持っていた左手を粉砕した。笛が船上に転がる。
「お前たちの狙いはこの笛だろう? これを手放せば、少なくとも俺を追う必要は無くなるはずだよね?」
 まだ自由が利く右手で、ハガルは鋭い氷の塊を作り出した。それを由乃に向けて放つ。
 氷が彼女の胸を貫いた。
「ぁ……ハガル、ちゃ……なん、で」
「っ、ハガル!」
 激高し、一刀斎は相手の船に飛び乗って、ハガルに攻撃を仕掛けた。その攻撃をハガルは右手で作り出した氷の盾で防ぐ。
「もうそいつは使い物にならないからね。いくら髪の毛を埋め込んだからと言って――やっぱりなかなか会えない人を”ご主人様”設定にするのは難しいのかな」
「貴様……何を言っている?」
 藍もまた、ハガルに詰め寄る。ハガルは笑っていた。急に風が巻き起こる。見上げれば、ヘリコプターが近づいてきていた。その機体から、ハガルに向けて梯子が降ろされる。
「……ん。逃がさない」
「逃がすか!」
 藍と六花はハガルに攻撃を仕掛ける。しかしそれはヘリコプターから放たれた銃弾の雨によって阻まれた。
 ハガルが梯子を掴む。ヘリコプターが動き出した。
「俺にはもう要らないものだから、教えてあげるよ。――黒崎由乃は人間じゃない。いや、”黒崎由乃”という名前でもない。本当の名前は、チョールニィ・マリオニェトゥカ――黒い人形。そう、そいつは」



 オーパーツだよ。



●海鳴を鎮めて
 二匹の海竜を小さな入り江に留め、拓海とアークトゥルスはひたすら海竜の攻撃を受けていた。海竜の角が拓海の武器に当たり、鈍い音を立てた。
「出来ることなら、何かで封じ込めたかったんですけど」
 拓海は悔しそうに言った。この入り江に来てから、もう一度、犬笛、鳥笛、それに鴉の鳴き声や高周波の音を出してみたけれど、やはり海竜に効果はなかった。あの笛はどういった作りをしているのだろう。
『ああ、分かっている。ライトを嫌がるかと思っていたのだが、外れてしまった』
 イッカクの角の攻撃をクロスガードで弾きながら、アークトゥルスは答える。あちらの状況はどうなっているのだろう。不意に、アークトゥルスのライヴス通信機が受信を告げた。イッカクの攻撃を剣で弾き、一回距離をとって、アークトゥルスは通信機を耳に当てた。
『……ん。アークトゥルス、さん』
『六花嬢。そちらの戦況はどうなっているんだ』
『……ん。終わった……今、塔に居た女の人、が……そっちに、向かってる』
「アークトゥルスさん、上を!」
 拓海の声に、アークトゥルスは空を見る。ジェット戦闘機がこちらに近づいてきた。戦闘機は入り江から少し離れた野原に着陸した。扉が開き、中から塔に居た女性が現れる。誰かから笛を受け取ったのであろう、女性の手には先刻までハガルの元にあった笛がある。女性は荒れ狂う海竜達を見て、少し悲しそうに目を細めた後、笛を吹き始めた。ハガルが吹いた時とは全く違う、心が落ち着く、静かな曲。
 戦いに狂っていた海竜達が大人しくなっていく。女性は海竜に近づき、その角を撫でた。そしてアークトゥルスと拓海に向き直って。
「海竜達をなるべく傷つけぬように戦って下さったのですね。ありがとうございます」
 微笑み、礼を言う女性に拓海はどういたしまして、と返した。アークトゥルスは騎士のごとく、膝をつく。
「これで海竜達は、スワナリアに戻れるんですよね」
「はい。わたくしが笛を吹けば」
 ――彼ららしい、平和な暮らしに早く戻れればいいわね。
 
 
 
 こうして、地中海の争乱は収束した。
 
 
 
 

結果

シナリオ成功度 成功

MVP一覧

重体一覧

参加者

  • 誓約のはらから
    辺是 落児aa0281
    機械|24才|男性|命中
  • 共鳴する弾丸
    構築の魔女aa0281hero001
    英雄|26才|女性|ジャ
  • 永遠に共に
    月鏡 由利菜aa0873
    人間|18才|女性|攻撃
  • 花の守護者
    ウィリディスaa0873hero002
    英雄|18才|女性|バト
  • 苦悩と覚悟に寄り添い前へ
    荒木 拓海aa1049
    人間|28才|男性|防御
  • 未来を導き得る者
    メリッサ インガルズaa1049hero001
    英雄|18才|女性|ドレ
  • マーメイドナイト
    海神 藍aa2518
    人間|22才|男性|防御
  • 白い渚のローレライ
    aa2518hero001
    英雄|11才|女性|ソフィ
  • 希望の格率
    君島 耿太郎aa4682
    人間|17才|男性|防御
  • 革命の意志
    アークトゥルスaa4682hero001
    英雄|22才|男性|ブレ
  • 絶対零度の氷雪華
    氷鏡 六花aa4969
    獣人|11才|女性|攻撃
  • シベリアの女神
    アルヴィナ・ヴェラスネーシュカaa4969hero001
    英雄|18才|女性|ソフィ
  • 黒ネコ
    獅堂 一刀斎aa5698
    獣人|38才|男性|攻撃
  • おねえちゃん
    比佐理aa5698hero001
    英雄|12才|女性|シャド
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