本部

女神よミロスへ還れ ~女神の両腕~

ケーフェイ

形態
シリーズ(続編)
難易度
普通
オプション
参加費
1,300
参加制限
-
参加人数
能力者
7人 / 4~8人
英雄
7人 / 0~8人
報酬
普通
相談期間
5日
完成日
2018/08/24 20:25

掲示板

オープニング

●女神の反応

「ここがミロス島。君はここの農夫に見つけられたんだ」
『はあ、そうですか』
「手の気配は分かるのか」
『それがあまり……却ってよく分からなくなって』
 気のない返事に、キターブは頭を抱えた。
 ミロのヴィーナスは一八二〇年、当時オスマン帝国の統治下にあったミロス島にて発見された。その後はトルコ政府やルイ一八世の手を経てルーヴル美術館に寄贈された。それらの経緯、ヴィーナスの由来、それら全てをこの女神像は知らなかった。
 従魔とはいえ元は単なる石像に過ぎないのだから、当然と言えば当然なのかもしれない。だがキターブにはどうにも腑に落ちなかった。ならば何故この女神像に従魔が宿ったのか。
「何か思い出さないのか。動き出した理由とか」
 旅の間に何度か聞いてみたが、反応はこれまでと同じく首を振るだけだった。
『何も。気がついたらもう歩いていただけなので』
 そうかとだけ返し、キターブは女神像を伴って歩き出した。元々彼はこの女神像をレイネス教授に引き渡すのが目的だったが、女神の探し物である失われた両腕をついでに探していた。
 ある意味一番の手掛かりであるミロのヴィーナスが見つかった場所を見せたが、それも甲斐はなく、ともかく女神像をレイネス教授に引き渡すために考古学博物館へと向かった。
「ん?」
 ふと妙な視線を首筋に感じて振り返る。行き交う地元民が怪訝そうに女神像を見ては通り過ぎていく。化粧と服で誤魔化しているとはいえ、女神像の姿は人目につき過ぎる。


●女神の本性

 プラカの町にある考古学博物館に入ると、まずミロのヴィーナスのレプリカが出迎えてくれる。
 自分と同じ乳白色の像を見入る女神像。それを見て近づいてくる壮年の男が恭しく礼をする。
「ようこそ美しいお方。至福なる女神のどなたがここへおいでになったのです。アルテミスかレトか、それとも黄金のアフロディテが参られたのか」
 芝居がかった物言いにキターブは苦笑する。いちいちホメロスのアフロディーテ讃歌を持ち出すのはさすがに大げさすぎる。
「お待たせしました。レイネス教授」
「よく来てくれた。キターブ」
「はい。ともかく依頼通りには致しましたが……」
 レイネス教授が頷き、奥のバックヤードを眼で示した。
 そのは彼の客間のようになっており、二人はそこにあるソファに腰かける。レイネス教授は机の上にある書類を手に取った。
「レポートは貰っていたが、詳しい話を聞かせてもらおうか」
 キターブは頷き、女神像とそれを狙っていたヴィランについての経緯を説明した。
「ふむ。それで君は、ヴィランはルーヴルによるものだと?」
「行きずりにしては手練れていたので」
「とはいえもう撃退したのだろう」
「八人がかりでようやくです。奴が一人で助かりました」
 聞きながら教授はキターブが送ってきたレポートをめくっていく。その中で特に気になった部分を抜粋して机の上に置いた。
「これは本当かね?」
 そこには女神像が贋作である可能性が高いと書かれていた。
「まあ、僕の感想に過ぎませんが。あの女神さま、由来に全く反応を示さないんですよね。従魔は理性がなくとも、憑依したものにどこか性質を引っ張られるようなところがある。あの女神にはそれが見られない。腕の所在も分からずじまいですし」
「とはいえ贋作をわざわざヴィランを使って回収させるというのも、おかしな話じゃないか」
「単にゴシップを嫌ったのでは? 実際、女神像がなくなったのをひた隠していますし」
「そうだといいのだが……まあ、偽物かどうかはこちらで詳しく鑑定してみれば分かることだ」
 粗方の話が終わって二人が部屋を出る。
「おーい、女神さま。あんたのこと詳しく検査して――」
 声をかけても返事がない。心配になって駆け寄ると、ミロのヴィーナスの前で、女神像が仰向けに倒れていた。その胸元には痛々しいほど深いひびが走っており、それを踏みつけている男にキターブは見覚えがあった。
「貴様、アレグ!?」
 呼ばわれたアレグが皮肉げに笑ってみせる。
「さんざん邪魔されたが、これで俺の仕事は完了だ」
「仕事だと? ルーヴルからの依頼か」
「知らんよ。それじゃあな」
 止める間もなく飛び退ったアレグは、窓からそのまま逃げていった。
「キターブ、彼女が!?」
 レイネス教授が悲鳴に近い声を上げる。見れば既に女神像が異形と化していた。
 床材を引き千切るようにして自分の腕へと繋げていく。ギリシャの美術館で見た現象に酷似しているが、今回は規模が違っている。
 従魔としての本性が発露していると見るべきだろう。あのときはすぐに気絶して事なきを得たが、今回もそうとは限らない。
「教授、逃げてください。早く!」
 レイネス教授を外へ促しながら、学内にいる人々に逃げるよう促す。
 従魔である以上、想定されるリスクだった。まさかヴィランによってもたらされるとは思わなかったが――
 女神像は建屋の構造部を粘土細工のように付け足していき、さらに巨大になっていった。むしろ肥大化していく腕に彼女が取り込まれているように見える。
 どうあれH.O.P.E.のオペレーターとしてこの事態は捨て置けない。キターブはスマホを取り出し、至急の救援を要請した。

解説

・目的
 従魔の撃退。

・女神像
 従魔としての本性が発露し、周囲を取り込み肥大化する腕を有する。

・場所
 ミロス島のプラカにある考古学博物館。

・状況
 建物の構造体を取り込むようにして腕を肥大化させつつある。街に被害が及ぶ前に撃破しなければならない。対象の破壊を含めた対応が必要と思われる。

リプレイ

●女神に心は無し

 連絡を受けたリンカーたちはプラカの街を急いでいた。白亜の漆喰で塗り固められた家々を縫うように、ときには飛び越えて現場へと急ぐ。
 そのうち月鏡 由利菜(aa0873)は路地の角から通りを窺っているキターブを見つけた。
「緊急の救援要請に応じ、馳せ参じました。レイネス教授にヴィーナスの像を返還する依頼とのことですが……」
「見ての通り緊急事態だ。従魔が街で暴れているとなれば、依頼も何もない」
『……確かに。ヴィランが絡むとろくなことがない。時間に余裕はない、あの醜悪な従魔の腕を速攻で叩く!』
 リーヴスラシル(aa0873hero001)が力強く言い切る。キターブが指で示す通りの向こうには、巨大な従魔と化した女神像が暴れ回っている。
『偽物ですか……』
 通りから女神像を確認したエリズバーク・ウェンジェンス(aa5611hero001)が残念そうに溜息をつく。
「鑑定してないが、状況から見て恐らくな」
「偽物なら壊していいですか、母様!」
 エリズバーグとは反対に晴れやかに笑ってみせるアトルラーゼ・ウェンジェンス(aa5611)。
「あ~あ~勿体ねぇなぁ~」
 変わり果てた女神像を眺めながら、火蛾魅 塵(aa5095)がつまらなそうに言う。
「どーせ贋作なら目の利かねーバカに高値で売ってやりゃいいのにヨォ? 保険金たーんまりかけて、盗まれたっつってヨォ!? ハーッハッハ!!」
『…………』
 人造天使壱拾壱号(aa5095hero001)が隣で静かに付き従う。
「だが仕方ねぇな。ブッ殺すしかねーじゃん?」
「そうですね。しかし大人しかった従魔様を無理やり凶暴化させてしまうなんて……人と従魔、どちらが悪と呼ばれる存在なのでしょう、私には判らなくなってきます」
 建物の屋根に着地し、現場を睥睨した希月(aa5670)が悲しそうに眉を下げる。
『世の中そんなもんですぜ。良いやつもいれば悪いやつも居る、それらがまざりあって世界なんてのは構成されてるんです』
 気軽に言ってのけるザラディア・エルドガッシュ(aa5670hero001)。事ここに至って良し悪しは沙汰の外だ。従魔を倒し、街を救ったあとでゆっくり考えて決めればいい。
 やがて皆と合流した犬尉 善戎狼(aa5610)が装備を確認しながら呟く。
「……やられたな。奴を逃した段階で、24時間警護の契約にするべきだった」
「いやはや耳が痛い。フランス人の勤労精神を見くびっていたよ」
 犬尉の前に座りこんだキターブが軽口を叩く。だが内心穏やかではいられないはずだ。この事態を招いた責任は、アレグを見逃した彼にあるのだから。
「まぁ奴の事はいいだろう。契約の遂行と自分の命。それが全てだ。逆に言えば契約外の仕事は死んでもしないけどな」
『おっかね! おっかね! ジャラジャラなのじゃ!』
 戌本 涙子(aa5610hero001)が爆導索を振り回しながらはしゃいでいる。
 もっとも、奴の"契約"がここまでなら、の話だが。
「やれやれ、相手のが上手だったか……」
『……ん、依頼完了目前で……隙が出来てた?』
 麻生 遊夜(aa0452)とユフォアリーヤ(aa0452hero001)の言葉にキターブが額を押さえて天を仰ぐ。それも仕方ないだろう、ある意味自分でこのような厄種を持ち込んでしまったのだから。
 腕、と呼んでいいのか。周囲の建材を砕いて取り込み、肥大化していくものに取り込まれつつある女神像。今まで理性的であっただけに違和感が大きい。
「これが従魔の本性であるとはいえ……」
 女神像の判断による攻撃性の発露であるなら討伐するしかない。
『……ん、ある意味ニンゲンのせい……まずは元に、戻すのが先決』
 従魔の討伐は最優先事項だ。しかし元に戻る可能性がないわけではない。以前は気絶したら元に戻っていた。縋るには頼りない策だが狙わない手はない。
「くそー、とうとうアレグにやられちゃった! もう諦めたと思ってたのに! 甘かったよ!」
 アンジェリカ・カノーヴァ(aa0121)が悔しそうに言う。
『後悔も反省も一先ず後だ。今は事態を収拾するのが先だぞ』
「解ってるよ! キターブさん、教授さんと一緒に下がって」
『ここからは俺たちの仕事だ』
 力強いマルコ・マカーリオ(aa0121hero001)の言葉を受けて、アンジェリカがリンクを開始する。他の皆も遅れずリンクを行ない、濃密なライヴスの気配がプラカの街の一画に立ち現われる。


●女神を討つ

 巨大な腕を使って歩く女神像。その姿はゴリラなどが行なうナックルウォークに似ていなくもない。
「では露払いと行こうか」
『……ん、まずは見えるように……次は本体』
 麻生はアルター・カラバン.44マグナムの撃鉄を起こし、膝射態勢に入る。
「狙いは付け根だな、あそこが肥大化の基点だ」
『……ん、腕への未練? ……探してるのは、その腕だったの?』
 だとしても、それを認めるわけにはいかない。右腕の付け根、白磁の体と建材の境に狙いをつける。定めた点と照星が重なった瞬間、ライヴスを充溢させた弾丸を一気に撃ちだした。
 まるで機関銃のように連なる六発のマグナム弾が女神像の右肩を吹き飛ばす。
 砕けた建材が肉片のように飛び散るが、腕はまだ繋がっている。
「さて、遊ぶとしようか……」
 女神像が再び移動を開始する。それを確認した犬尉が後方から急速に接近する。
 屋根伝いに飛び上がり様に幻想蝶からワイヤーを引き抜くと、遠心させて女神像の右腕に巻きつけた。
 犬尉の存在に気が付いた女神像がゆっくりと首をもたげる。アサルトライフル『リヴァールB2』で掃射しながら下がれば、一拍遅れて犬尉の居た場所が巨大な腕で薙ぎ払われる。
 さらに追い打とうと振り上げた腕が、飛来した火球を弾かれる。火蛾魅の放ったブルームフレアだ。
 さらにライヴス弾が女神の左腕に命中する。そのままエリズバーグが魔導銃50AEで掃射を続行した。
「おい魔女! テメェええなぁにタイミング外してんだヨォ!? ちゃんと俺ちゃんに合わせろよなぁぁ!?」
『塵様だけでしたら、ついでに屠ってしまってもよかったのですけどね?』
 火球と銃撃の雨を降らせながら、火蛾魅とエリズバーグがいがみ合うように叫んでいる。それでいて相手の注意を逸らし、他のリンカーへの支援をしっかり行なっている。
 女神が移動をやめる。それを待っていた月鏡が通りへ飛び出した。
「ラシル。女神像が本物だった場合、完全に粉砕してしまうと修復も……」
『……できるだけ残すように善処する』
 リーヴスラシルが神妙に頷く。女神像の真贋が定かならない現状では、なるべくその本体を残すようにしなければならない。つまりは膨れ上がる腕だけを斬り落とす精妙さが要求される。
『全力を叩きつけてやる……!』
「コード起動! Εξαχνωση(エクサクノシ)! ヴァドステーナ、出力上昇!」
 神経接合スーツの超過駆動を発動し、モールドに充填されたライヴスが輝きはじめる。
『立て続けに神技開放を行う! 半神の力、我が主に転送せよ!』
「羽ばたけ光翼、煌めけ神閃! ディバイン・キャリバー!!」
 『レーギャルン』の鞘を取り出し、月鏡が跳躍する。一飛びで女神像の頭上を取った彼女は剣の柄に手を掛けた。
「真紅の月閃、魔を断て! クリムゾン・ローカス!」
 居合の要領で抜き放たれた剣が、赤い三日月の輝線を引いて女神像を抉る。千切れかけていた右肩が完全に斬り落とされ、バランスを欠いた女神の体が建物に突っ込む。
「頃合いだな。起爆まで……1,2,3、レディ」
 犬尉が遠隔点火器のハンドルを何度も押し込む。先んじて巻きつけておいた爆導索が取り込まれ、破壊効果を最大に発揮するタイミングでの起爆は、女神の左腕を余すところなく食い荒らした。
「すまんがこれも」
『仕事なのじゃ! くたばれこの野郎なのじゃアアアア!』
「………」
 あの太く肥大化していた腕が、芯を失くして頽れる。天井を砕いて落ちていった女神の姿を確認し、アンジェリカが慎重に近づく。とりあえず両腕を切り離すことには成功した。このまま沈黙してくれれば――
『アンジェリカ! 離れろ!』
 リンクしているマルコの叫びに呼応してアンジェリカが大剣を掲げる。その刀身を何かが強かに叩いた。
『……驚いたな。まだ動いてやがる』
 女神の体から、白磁が溶けだしたように白い触手が伸びている。それらは再び周囲を取り込もうともがき始めた。
「全部削ぎ落として気絶させる。行くよ、マルコ!」
 迫りくる触手を真っ向から打ち落とす。身の丈ほどもある大剣を小枝のように振り回し、自分を狙う一切合財を切り払う。
 やがて触手がグランドールに絡みつき、物凄い力で引っ張られる。アンジェリカも踏ん張って抵抗するが、徐々に体が女神の方へと近づいていく。
 アンジェリカの剣が止まる。しかしそれは女神も同様であった。
 突如、耳を聾する轟音と共に降り注いだ銃弾が触手を引き千切り、さらに女神を撃ち抜いた。解けた触手を切り飛ばし、アンジェリカが体勢を整える。
「特性の睡眠薬弾だ。効くかどうかは分からんが……」
 女神から離れたアパートの窓から麻生は女神を観察する。射撃の効果を確かめながらスピードローダーでマグナムに弾丸を装填する。
『……気絶した、なら……眠る、もしくは……意識を失う、可能性はある?』
「試す価値はある。どうだ、アンジェリカさん」
「動きが止まりました。助かりました、麻生さん」
 麻生からの通信にアンジェリカが返す。彼が覗く窓からも女神が停止し、アンジェリカが距離を取っているのが見えている。
「……いや、礼には早いかもしない」
 言い差し、アンジェリカを弾き飛ばしが女神が大きな街路へ飛び出す。すかさずマグナムの引き金を絞るが、銃弾は追いすがるように石畳を砕いただけだった。 
「ちくしょう! 腕がない分軽いのか。まるで獣だ」
 先ほどとはまるで動きが違っている。これでは対応するだけでも一苦労だろう。
「女神は街路を東に逃走! 誰か押さえにいけるか?」
『あぁ、任せてくださいよ。俺が相手だ、かかってきやがれ!』
 威勢のいいザラディアの返事。彼女は希月とともに街路に待機していた。
「麻生さんやアンジェリカさんの作戦はいいものでした。私たちも乗りましょう」
『睡眠薬ですかい。ぶち込むのは吝かじゃありませんが、しかしどうやって?』
「あら、飲み薬は口から飲むものでしょう。ザラディア様」
 希月の言いざまにザラディアは額を押さえる。
『……簡単に言ってくれますけど、それやるの俺なんですぜ……』
「大丈夫です! ザラディア様なら出来ます!」
『……まあ全力は尽くしますよ、腕に完全に取り込まれたり像を全破壊しちまったら、当初の目的であった「ヴィーナス回収」がパーになっちまいますからねぇ』
「そう、だから優しく、しっかりと、受け止めてあげなければなりません」
 既に女神の姿は見えている。触手と足で駆ける姿はなるほど獣に近しい。
 希月とザラディアは互いの手を取り、リンクを完了させる。
「さあさ、こちらへ。女神さま」
 街路の真ん中に仁王立ち、走り来る女神に手招きする。その姿に何を感じたのか、女神は急制動をかけて立ち止まった。
 さっと周りに目を配った女神が左の路地へと飛び出すが、その行く手に巨大な戦斧が突き立った。希月が放り投げた『牽牛の戦斧』だ。
「よそ見はだめです。あなたの逃げ場は私だけ」
 希月が語り掛けても女神の顔に表情はない。だが、飛びかかる気配だけは読み取れた。
 ばね仕掛けのように撓んだ触手に弾かれて、女神の体が一直線に飛ぶ。そこへ真っ向、希月が突進した。
 鐘楼を砕くような轟音がプラカの街に響き渡る。激突した二人はがっぷり四つに組み合い、希月のほうが押し込まれて石畳に長々と轍を作るが、何とか女神を受け止めていた。
 触手が絡みついて押し潰そうとするなか、希月は左手で女神の顎を引っ掴み、右の拳をそこへ突き出した。
「さあ、これでお眠りなさい!」
 拳は女神の口に突き刺さり、喉まで深々と分け入っていく。そして手の中いっぱいに握りしめていた睡眠薬をぶちまけた。
『リンカーでも卒倒する量だ。こいつで大人しくしやがれ!』
 希月はそのまま顔面を捕獲し、女神を首ごと投げ落とす。そうして袈裟固めの要領で体重をかけて押さえ込んだ。
 女神の抵抗は徐々に収まってくるが、首に掛かった触手が頸動脈に入ろうとしている。歯の根が砕けんばかりに力んでいなければ意識の失うのは自分の方だ。
「ハッハァ! 従魔と相撲たあ豪気だぜぇ。ちいと待ってろよ、希月の」
 そうして火蛾魅は魔術の準備に入った。彼の右手にライヴスが凝り、黒々とした何かが蠢き始める。
「うぐっ――」
 いよいよ希月の首に触手が食い込み始めた。リンカーとはいえ単純な筋力では抗いきれない。相手も理外の力を振るう従魔なのだ。しかし離せば逃げられる。まだ体に力が残っているのは、押さえつけている希月が一番分かっている。
『動くなよ希月さん、じっとしてろ』
 麻生から届いた通信の直後、希月の首元が爆ぜた。思わず片手で首の辺りを確認するが、出血や火傷は感じられなかった。つまり先ほどの衝撃は巻き付いていた触手だけを正確に狙い撃って吹き飛ばしたのだ。
 現場を観察していたエリズバーグが、麻生のスナイピングに感嘆の声を上げた。
『拳銃弾で百メートル以上のピンホールショット。オリンピックが楽しみですわね、麻生さん』
「お褒めに預かり光栄だ、エリズバーグ。もう一人の魔法使いにカタをつけろと言っときな。そして希月さんの援護も任せた」
「聞こえてんよ、麻生さん。言われなくてもそろそろ終いだ」
 腕に凝ったライヴスが勢いよく渦巻く。そして希月が押さえている女神へと向ける。
『希月さん、それを掲げて盾になさい。早く』
 エリズバーグに言われるまま、希月は女神の体を自分の前に掲げ直した。それを見た火蛾魅の顔が愉快そうに綻ぶ。
「いい塩梅だ……食い散らかしな……《死面蝶》ォオッ!」
 火蛾魅の右手から黒い波が迸る。その一つ一つが悍ましい人面をつけた蝶だ。それらが女神像にぶち当たり、ライヴスを根こそぎ食らい尽くす。
 死面蝶の嵐が収まると、希月は自分の周囲に障壁が張られていることに気が付いた。恐らくはエリズバーグの張ったインタラプトシールドだろう。これがなければ彼女も女神と同じく死面蝶を浴びていたはずだ。
『まさか味方から味方を守るとは思いませんでしたわ』
「おかげでカタぁついただろ」
 火蛾魅とエリズバーグが軽口を叩くなか、ライヴスを失った女神像が希月の手から滑り落ち、膝をついて項垂れる。そのまま魂が抜け落ちたように身じろぎ一つせず、女神は単なる像へと戻っていった。


●遺恨未だ冷めず

 街から離れた高台。双眼鏡を構えて成り行きを見守るアレグの姿があった。彼は女神像が無事なのを確認すると小さく舌打ちした。しかしその周りのリンカーを確かめると、つまらなそうに首を振って双眼鏡をバックに投げつけた。
「女性の痴態を覗き見とは、趣味が酷すぎないか?」
 背後からの声にアレグの体が止まる。横目で確認すれば、あの美術館にいたリンカーの一人だ。
 アレグが僅かに身構えると、犬尉は軽く手を振ってみせる。
「……オイオイ、やる気ならとっくに始めてる。それより"仕事"は順調か?」
「なんのことかな」
「なに、キミが"本当に追ってる相手"に俺も興味があってね?」
 アレグの目が据わり始める。体は既に半分犬尉の方を向いている。
「此処に居残ってるようじゃあ、どうせ俺たちのせいで仕事が終わらずピン跳ねされてるんだろ?」
「そんなところだ。こうも邪魔されちゃ生計の道が成り立たない」
「……減った報酬以上の報酬。それが俺のカード。欲しい商品は「どうせ同じであろう真の敵」の情報、どうだ?」
「へえ、悪くない提案だ」
 アレグが軽く頭を振る。だがすぐに事を決めたようで、軽い足取りで握手を求めてきた。
「賢明だな。助か――」
 応じて犬尉が手を差し出した瞬間、彼は傭兵としての本能のままに頭をかがめた。その首裏をアレグの右脚が擦過していく。
 抜き打ちで風魔の小太刀を突き出し、アレグの肩口に深々と刺さる。しかし却って腕を押さえられた。
「シィッ!」
 カウンターで繰り出された膝蹴りで心臓を的確に打ち抜かれる。小太刀を握る手を毟るように放たれたアレグの肘打ちを防ぐが、犬尉は足を立て直すために下がらざるを得なかった。衝撃が背まで突き抜けてまだ息が詰まっている。
 肩口に刺さっていた小太刀を引き抜いたアレグが、それを思い切り投げつけてきた。殴りつけるように刀身を握りに行かなければ犬尉の額に突き立っていた。
「気を悪くしないでくれ。いい話だったんだが、あんたの首が魅力的だったのも事実だ」
「買いかぶられるのは好きじゃないんだが……」
「謙遜するな。また会おうぜ、リンカー」
 踵を返したアレグは一目散に走り出し、高台から飛び降りていった。
 小太刀を鞘に戻した犬尉は、落胆を隠さずに大きくため息をついた。
「……次なんて、勘弁したいものだ」
『何故じゃ。叔父者、けっこう楽しそうじゃったぞ』
「言ったろ、契約外の仕事は死んでもしないと。あんなのとやり合うのは割に合わん」
 事態が終息したのを確認すると、他のリンカーたちは女神像の場所へと集結していた。
「よかった。壊さずに済んだんだね」
 現場にやってきたアンジェリカが思わず安堵の声を上げる。
「……この彫刻が、本物の所在を欺く為の贋作だったとしたら……。いや、そもそも本当に贋作なのか」
「贋作だよ。間違いなく」
 月鏡の疑問に、現場に到着したキターブが断言した。項垂れる女神像の胸元に走るひび割れに手を入れ、表面を削るように浚う。
「素材が均一すぎる。天然だとこうはならない。樹脂素材で作った、いわゆる人工大理石だ」
 詳しく鑑定するまでもない。従魔化が解かれ、中身を見ることでようやく確信できた。
『……まさか、本物のミロのヴィーナスもオーパーツではあるまいな』
 リーヴスラシルが呆れたように言う。キターブとしてもそんなことはないと願いたかった。だが今のところ否定する材料もない。そもそもこの女神像に従魔が憑りついた経緯さえ知れないのだ。
「はあ。偽物なら壊しちゃえばよかったのにね」
 アトルラーゼが無邪気に物騒なことを言いながら、キターブの隣に来て女神像のひび割れを覗き込む。
 そのうち何か見つけたのか、小さな手をひびの中に入れるや、パキリと小気味よい音を立てて欠片を取り出していた。
「母様。何か書いてあるよ、これ」
『こら、アトル。勝手に取ってはいけません。きちんと戻しなさい』
 エリズバーグにしては至極全うな怒り方に苦笑しそうなキターブだったが、アトルラーゼが持っている石を見た瞬間に顔をひどく強張らせた。
『キターブさん、これに見覚えが?』
 エリズバーグに訊ねられ、キターブは緊張した面持ちで頷いた。
「……以前、見た。その紋様。間違いない、ネフシュタンだ」
 それはかつてキターブが担当した案件に関わったオーパーツ、あるいはそれを生み出す技術であった。特殊な紋様を刻むことでライヴスの親和性を高め、結果的に従魔を呼び込んでしまう。この女神像の贋作は何者かにネフシュタンの紋様を刻まれたことで、無理やり従魔に憑りつかれたのだ。
 女神に従魔が憑りついた理由は判明した。だが一体誰が、何の目的で行なったのかは相変わらず闇の中だ。
「なぁ~? ルーヴルの奴等捕まえてヨォ? 吐かせた方が早ぇんじゃねぇノ?」
 火蛾魅がキターブの肩に腕を乗せて気軽に言う。それには大いに賛成したいが、如何せんこちらの材料が少なすぎる。
「どうせ連中も連中で、裏社会と通じてんだロォ? 俺ちゃんらハメたバツだ。何なら……俺がやってやろうか?」
 それも一つの手だが、正面から行くにしても土産は必要だ。向こうにシラを切り通されては面白くない。
「いずれにしても、けじめは必ずつけさせる。ルーヴルと、それからアレグにな」
『あのヴィランか。奴がルーヴルの関係者なら、また襲ってくるかもな』
 マルコの呟きに、キターブは不敵な笑みで答えた。
「それには及ばない。今度はこっちから出向いてやる」
 そのために奴を泳がせたのだ。まともに手配をかけてH.O.P.E.に捕まえられたのでは、個人的なけじめがつけられない。最後の最後に仕事を邪魔し、見事にご破算にしてくれた礼をぜひしなければならないとキターブは考えていた。

結果

シナリオ成功度 成功

MVP一覧

  • 永遠に共に
    月鏡 由利菜aa0873
  • エージェント
    犬尉 善戎狼aa5610
  • 光明の月
    希月aa5670

重体一覧

参加者

  • 希望を胸に
    アンジェリカ・カノーヴァaa0121
    人間|11才|女性|命中
  • コンメディア・デラルテ
    マルコ・マカーリオaa0121hero001
    英雄|38才|男性|ドレ
  • 来世でも誓う“愛”
    麻生 遊夜aa0452
    機械|34才|男性|命中
  • 来世でも誓う“愛”
    ユフォアリーヤaa0452hero001
    英雄|18才|女性|ジャ
  • 永遠に共に
    月鏡 由利菜aa0873
    人間|18才|女性|攻撃
  • 永遠に共に
    リーヴスラシルaa0873hero001
    英雄|24才|女性|ブレ
  • 悪性敵性者
    火蛾魅 塵aa5095
    人間|22才|男性|命中
  • 怨嗟連ねる失楽天使
    人造天使壱拾壱号aa5095hero001
    英雄|11才|?|ソフィ
  • エージェント
    犬尉 善戎狼aa5610
    獣人|34才|男性|命中
  • エージェント
    戌本 涙子aa5610hero001
    英雄|13才|女性|シャド
  • …すでに違えて復讐を歩む
    アトルラーゼ・ウェンジェンスaa5611
    人間|10才|男性|命中
  • 愛する人と描いた未来は…
    エリズバーク・ウェンジェンスaa5611hero001
    英雄|22才|女性|カオ
  • 光明の月
    希月aa5670
    人間|19才|女性|生命
  • エージェント
    ザラディア・エルドガッシュaa5670hero001
    英雄|25才|女性|ドレ
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