本部

【異界逼迫】連動シナリオ

【界逼】海賊に告ぐ

ガンマ

形態
ショートEX
難易度
不明
オプション
参加費
1,500
参加制限
-
参加人数
能力者
8人 / 4~8人
英雄
8人 / 0~8人
報酬
多め
相談期間
5日
完成日
2018/08/23 18:56

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藍太

掲示板

オープニング

●あるプリセンサー、恐慌しながら

「海が! 海が燃えている! 光が海を焼いている!」


●禍への包囲網
 H.O.P.E.同盟組織『古龍幇』にとって、ヴィランズ『マガツヒ』は不倶戴天の怨敵である。【東嵐】にてマガツヒに行われた非道を、古龍幇が忘れた日は片時もなかった。
 そして現在、かのマガツヒは行動を活発化させている。この【界逼】で、古龍幇はなんとしてもマガツヒを追い詰めたかった。
 かくして。H.O.P.E.会長ジャスティンへ、電話越しに古龍幇盟主の劉士文が言った。

『ジャンク海賊団を飼い慣らそうと思う。……おっと失礼、言い方が良くないな。彼らをH.O.P.E.に投降させたい』

 ジャンク海賊団。
 新進気鋭、古龍幇などと比べれば小規模ながら、海上のならず者共として名高いヴィランズだ。
 豪華客船や高級リゾート地への強盗行為、船の護衛を銘打った非合法な金銭要求、果ては海軍基地から軍艦を強奪など、やりたい放題の連中である。
 不幸中の幸いというか、彼らのモットーが「異能を用いて奪い、盗み、遊んで暮らすこと」であるがゆえに、マガツヒのような悪辣な殺傷行為こそしていないものの……。

『マガツヒは日本系ヴィランズながら、今回の事件のように活動は“実に”ワールドワイドだ。【狂宴】の熾火、リオ・ベルデ関連と、H.O.P.E.のリソースも無限ではあるまい。今後のマガツヒの行動への警戒線として、我々の制海権をいっそう強化すべきだと思うのだよ』
 ヴィランズは大小様々数多にあれど、こと海のプロフェッショナルとしてジャンク海賊団の右に出る者は居ない。「ふむ」とジャスティンは顎を擦った。
「正直、非武力的行為でジャンク海賊団を無力化できるのであれば、H.O.P.E.としても万々歳だ。怪我人はいない方がいいのだから。彼らが遊撃部隊として海上を見張る目となるのならば、尚更。それに彼らを鎮圧できれば、他の小規模ヴィランズへの牽制・犯罪抑止になるしねぇ」
 なにより、マガツヒとジャンク海賊団が手を組んでしまうことだけは阻止したい。率直に言うと、ジャンク海賊団は「あまり頭が良くない連中」だ。……豪快と言えば聞こえはいいが。
 そんな彼らが何かしらの交渉(あるいは脅迫)をマガツヒから持ちかけられる、あるいは愚神に何かをされる、という危険性は無きにしも非ず。ヴィランズが愚神に取り込まれ、甚大な災禍を引き起こしたのは【森蝕】事件が記憶に新しい。

 【森蝕】といえば――
 かの事件において、古龍幇と海賊団が結んだ相互不干渉の約束事は未だに続いている。
 香港協定第三条に基づいた、ヴィランズ『ラグナロク』の逃亡および増援阻止、愚神商人補足の為に南米付近海路及び空路の巡回。古龍幇のその行動についての、ザックバランに言うと「海賊団は邪魔するなよ、何もしないならこっちも何もしない」という相互不可侵の約束である。
 ……尤も、海賊団からすれば「ラグナロクは壊滅したのに、なんで奴らまだ海をウロついてやがる」と目の上のタンコブ状態であるが。

『一回、不可侵状態とはいえ“協力”させたんだ。既成事実というのは強い』
 海賊団にとりかかるキッカケやコネは既にできている、と劉は言う。
「価値はあるね。やってみようじゃないか」
 H.O.P.E.として却下する理由はなかった。
 とはいえ勿論、散々強盗を繰り返してきた連中を無罪放免に、とはいかない。然るべき法的措置は受けて貰う――が、全員を絞首台送りにとまではしない。罪滅ぼしや更生の機会は与える心算だ。
 冷血な措置のみが犯罪抑止になる、とはH.O.P.E.として是とは言えない。目には目をは結果的に盲目になるだけ、とは非暴力で有名な偉人の言葉だ。この辺りの措置に関する説明も、うまく使えば良い交渉カードになるだろう。
「海……か」
 しかし。ジャスティンは眉根を寄せた。
「詳細日時や場所までは調査中なのだが。……そう遠くない未来、海上に愚神十三騎ノウ・デイブレイクが出現するとプリセンサーが観測したんだ。海上が燃え上がり、甚大な被害が出る、と」
 その被害者が海賊団なのか、一般人なのかは分からない。けれど海賊団が愚神に殺されてしまう可能性はゼロではなかった。
『“危ないからオイタはやめろ”で納得してくれる連中だと楽なのだがな』
「ははは……」
 劉のストレートな表現に、ジャスティンは肩を竦めた。


●某日
 カリブ海。宝石のような青い海が、快晴の空に輝いていた。
 気温としては暑い部類だが、日本暮らしに慣れた者なら「涼しい」と感じるかもしれない。

 ――君達は同盟組織古龍幇の武装船に乗って、目的地に向かっている。
 ミッションは、ジャンク海賊団をH.O.P.E.に投降させること。その為にH.O.P.E.とジャンク海賊団で会合が行われることとなった。仲立ちとなるのは古龍幇。まあ仲立ちというのは名義上で、実際はH.O.P.E.の味方なのだが。
 会合の場所はカリブ海某所、小さな孤島。古龍幇の者が「見るかい」と双眼鏡を手渡してくる。覗いてみれば、あれが件の目的地。エメラルドグリーンの上にぽっかり浮かぶ、白い砂浜だけの島。……つぶさに観察しても、罠らしきものは見当たらない。そういう不意打ちはしてこない、と考えていいだろう。
 そして視点をずらせば、彼方にジャンク海賊団の船がある。時代錯誤な髑髏の旗がはためいていた。

 さて。
 件の島に十名ずつ。H.O.P.E.八名、古龍幇二名、海賊団十名。それぞれがボートで上陸する手筈となっている。なお、持ち物に関する規制はない。ちなみに島の上で共鳴解除して「二人」になっても構わないとのことである。……緊迫した状況が予想される場で、共鳴を解除するのはなかなかにスリリングな判断だろうが。
「おーい、そろそろボートに乗ってくれ」
 別の古龍幇の者が君達を呼ぶ。
 かくして君達はボートに乗って、件の砂浜孤島に上陸することとなる。

 ――君達が孤島に上陸したのと、海賊団側の十名が上陸したのはほぼ同時だった。
 ひときわ目を引くのは、背に六本の機械腕を付けた偉丈夫、ジャンク海賊団船長キャプテン・クラーケンだ。なんでも世にも例のない「多腕義手に適応可能」な体質であり、両手と合わせて八本の機械腕を持つそうだ。
 クラーケンはジロリと君達を見て、フンと鼻を鳴らした。あまり上機嫌ではなさそうだ。
 一方で、同行した屈強な海賊船員達がテキパキと設営を行っていく。盗聴器やらが仕掛けられてないかどうか、事前調査も許された。結果としてそういう妙なモノは検出されなかった。
 ほどなくして。
 大きなパラソル、折り畳み式の円卓、ボロっちい椅子。それが会合の舞台となる。
 一同はやがて、席につく。そして約束の時間となった。

「答えはNOだ」

 君達が何かを言うより先に、クラーケンが簡潔に言う。
 それに対して、君達は……。

解説

●目標
 ジャンク海賊団を投降させる

※攻撃行為厳重注意!
「支配者の言葉」などを含めた害意的行為非推奨。大失敗の可能性。

●状況
 OPの通り。リプレイもOPの状況からスタート。

▼古龍幇
 リンカー二名同行。頼もしい手練。護衛であり、PCの指示に従う。

▼ジャンク海賊団
 ワールドガイド参照。
 応対するのはキャプテン・クラーケン。屈強なドレッドノート。
 九名の海賊達も歴戦の猛者。
 彼らは愚神憑きではない。
 PC側から過度な中傷・挑発、攻撃行為がない限りは攻撃行為を行わない。
 正論による徹底論破もキレる可能性。彼等は理知的な弁舌家ではない!
 海賊団は以下のように反論してくると予想される。
「自由が制限されるのは真っ平ごめんだ」
「愚神事件と俺達は関係ない」
「俺達は海賊だ、お行儀よくしなさいってのは無理な話だ」
・自信満々ではあるが、戦力でH.O.P.E.には勝てないことは理解している。
・愚神が恐ろしい存在だとは【森蝕】【狂宴】を通して理解している。
・そういう理解はあるけれど、海賊としてのプライドもある。
「天下のジャンク海賊団様が、正義のヒーローになりましただなんて、末代まで馬鹿にされる!」
・生中継していい?→見世物じゃねえんだぞ、却下
・録音・撮影は?→なんか気に食わねぇ(説得次第で可能かも)
・盗撮→バレたらキレる。要注意!

▼海賊団への措置
 当然ながら全ての罪が帳消しになるわけではない。
 罰金、更生プログラム実施、監視、マガツヒ事件終息後の服役。
 ただし服役に関しては、“対マガツヒ活動”の成果によっては減刑も考慮されている。逆に、意図的に解決を先延ばしにするなどマガツヒに協力的な態度をとった場合は懲役年数追加。
 分かりやすく言うと「奪っただけ金品を返して貰う」「監獄で寿命を迎える羽目になるかは努力次第」。

▼ノウ
 このシナリオでは発生しないが、近い内に海上にノウが出現すると観測されている。

リプレイ

●日本よりは涼しい海で

「答えはNOだ」

 キャプテン・クラーケンの声は低く、唸るようだった。
「えぇ、だからこそこうやって“ハナシアイ”に来たのです」
 ニッコリ。佐倉 樹(aa0340)は人畜無害に微笑んで、人畜無害にそう言った。
「オ~……」
 その傍らではシルミルテ(aa0340hero001)が感心したような呟きを漏らす。だがそれは樹に対してではなく、クラーケンに対してだ。腕がたくさんある。スゴイ。
 ヘッ、とクラーケンはぶっきらぼうに鼻を鳴らした。六つある義手の一つで器用に頬杖を突く。
(面倒くさい人達だなぁー……)
 八十島 文菜(aa0121hero002)との共鳴解除状態で、アンジェリカ・カノーヴァ(aa0121)は内心で眉間を揉んだ。彼等を投降させることがミッションだが、これは骨が折れそうだ。事前情報として、彼等は理知的な弁舌家ではないと伝えられており――「難しい話は嫌、正論は嫌、すぐキレる」とのことらしい。
(全く、子供じゃないんだから……なんて、子供のボクにそんな風に思われちゃうとか! でも海賊ってそういうモノなのかな?)
 まぁやるだけやってみるか。アンジェリカは溜息を飲み込んだ。
(爺さん、あの腕イカしてるなあ。浪漫っつう意味で羨ましい)
 百目木 亮(aa1195)がライヴス内のブラックウィンド 黎焔(aa1195hero001)へ手持無沙汰に語りかけた。「そうさなぁ」と好々爺は常通りに言葉を紡ぐ。
『会合には集中するのじゃぞ』
(わかってるさ、仕事は仕事だ)
 同刻、リリアン・レッドフォード(aa1631hero001)が、クレア・マクミラン(aa1631)にライヴスを介して語りかける。
『一六世紀に戻ったような、不思議な気分になるわね』
(まぁ、まさに誰もが思う海賊らしい海賊、とでもいったところか)
 クレアが一人ずつそれとなく見渡す海賊達は、まさに“絵に描いたような”海賊だ。
 辺是 落児(aa0281)と共鳴中の構築の魔女(aa0281hero001)も、思案気に状況を俯瞰する。
(異能を用いて奪い、盗み、遊んで暮らすことですか……ふむ、わかりやすくはありますが……どうしたものでしょうね)
 理詰めにならないように気を付けつつ、こちらの主張を理解してもらう。相手が理論を重視する相手ならばいざ知らず、これは厄介かもしれない。
「それで」
 クラーケンがジロリとエージェント達を一瞥する。
「俺は“NO”と言ったが?」
 指先でテーブルを叩く。それに対し、「ああ」と答えたのは獅堂 一刀斎(aa5698)だ。比佐理(aa5698hero001)と同じ紫黒の瞳を、交渉相手に向ける。
「……パーレイを要求する」
「あァ?」
 それは海賊には想定外だったようで、クラーケンが片眉を持ちあげた。一刀斎はそのまま続ける。
「海賊なら、パーレイのことは知っているな? つまりは“交渉”だ。中世の海賊達はこの単語を口にした相手とは、必ず船長直々に交渉をしていたようだ」
「そりゃ分かってるこった、俺達ゃ海賊だからな
 何言ってんだテメェって意味だよ、とクラーケンが返せば、一刀斎は冷静な物言いで答えた。
「……貴殿達にもそうした流儀があるのかは知らんが、この二一世紀に海賊を名乗るのならば……七つの海に名を轟かせた偉大なる海賊達の流儀に倣っても良いのではないか? 無論、最終的に内容を飲むかどうかは船長の判断次第。どうか……話だけでも聞いて欲しい」
「チッ。口先はまぁ達者だな」
 物言いこそ物騒だが、クラーケンは「話だけならまあ聞いてやる」という意思を示す。
「その前にちょっと、よろしいでしょうか」
 と、樹が手を挙げた。
「一応、何某か決まったら文書に残すとは思いますが」
「誰ガ何をドウ言ったカラこうナッタ、ッテいうノヲ音でモ残しテオいた方が、後かラノ言い逃レできナクて好キ! オニーサンは文書ト音声。ドッチが好き?」
 シルミルテと共にそう言って、樹が卓上に置いたのは動画用ハンディカメラ、シルミルテが置いたのはウサギのぬいぐるみだ。
「あ? 俺達ゃ見世物じゃねぇんだぞ」
「ですから、こうやって――」
 クラーケンの言葉に答えつつ、樹はカメラをぬいぐるみの方に向ける。
「――ぬいぐるみだけを映します。誰だって、記念日でもないのにカメラを向けられるのは嫌でしょうしね。それに映像付きの音声ならば、悪意的なカットなどの編集を行われた場合に判別が容易となります」
「ナりマす!」
 樹の言葉に答えるように、シルミルテがウサギをバンザイさせる。海賊は極めてフェアな提示に呆気に取られたようだ。
「……分かった。ただし、そのぬいぐるみやカメラに変な仕掛けがないか確認はさせてもらう」
「ありがトー!」
 溜息のような返事に、シルミルテはにぱっと笑んだ。「寄越せ」と義手が二本伸びてきたので、「ドーゾ」とぬいぐるみとカメラとを手渡す。クラーケンはそれらを部下に改めさせた。
「キャプテン、特におかしな点は見当たりません」
「そーか」
 当然だ。だって本当に何の細工もしていない、ただのカメラとぬいぐるみなのだから。
「あーじゃあこっちも。メモしてもいいか?」
 続くように亮が卓上にメモとペンを置く。
「いや……最近俺も英雄の爺さんも物忘れが多くなってきてよ……。間違ったことを上に伝える訳にもいかねえし」
「録音だけでいいだろうが、日本人ってのは細かいのな」
 など海賊は言いつつも、亮のメモに関しても許可してくれた。録音がOKなのだから、という理屈だ。そして同様にメモとペンのチェックも受ける。特にペンは念入りに調べられた。録音機能付きや催涙スプレー付きはドラマでも有名である。……まあ、こちらもごく普通のペンとメモ用紙なので、問題など一切起きなかったが。
「恩にきるぜ。……で」
 返却されたメモとペンを受け取って――卓上で樹がカメラの撮影を開始したのを横目に確認し――亮は始める。
「えー、キャプテン・クラーケンさん、だったか。最初に質問いいかい?」
「なんだ」
「『答えはNO』ってのは『H.O.P.E.に投降する』っつうことに対してNOってことでいいかい?」
「ああ、そうだ。俺達は海賊だぞ? そんでお前らはいわゆる警察だろうが。自首する馬鹿がいるか?」
 そうだそうだ、といった様子で子分の海賊達が頷く。「無罪放免にしてくれるなら喜んで自首して海賊続けるけどな!」とクラーケンが冗談を飛ばせば、ガハハと海賊共が笑った。
「あー、」
 亮は苦笑しつつ、肩を竦めた。
「まあ、こっちの話聞く前に全否定ってのも悲しくなるしよ。そっちに有益な話もあるかもしれねえだろ? 改めて、ちぃとだけでも聞いてくれると嬉しいんだが……どうだ?」
「ふん。お前らがフェアに話し合いたいっつー気持ちなのは良ぉーく分かった」
 向こうも警戒していたらしい。小細工や策略で嵌めてやろうとしているのではないか、と。海賊達の警戒は完全に解けた訳ではないが、エージェント達の誠意は伝わったようだ。感情に任せて否定的に怒鳴る、ということはとりあえずは起こらなさそうな雰囲気である。
『掴みとしては上出来じゃな』
 黎焔がライヴス内でニコヤカに言う。
(このまま進んでくれると万々歳なんだけどな)
 亮はライヴス内の相棒にそう答えつつ。

 さて――エージェント達は互いに目線を交わした。

 Lady-X(aa4199hero002)は傍らのバルタサール・デル・レイ(aa4199)を見やる。バルタサールはエックスから、もう一人の英雄とはまた違った“楽しそうな”雰囲気を感じていた。ちなみに共鳴解除状態なのは、エックスの希望がゆえである。
「まずは事実を述べよう」
 いつも通りの淡々とした物言いで、バルタサールは切り出した。
「愚神十三騎が一、ノウ・デイブレイクが海上に出現するとH.O.P.E.プリセンサーが観測した。甚大な被害が出るとのことだ。なんでも“海が燃える”らしい」
「……なに?」
「いつ・どこで・どれぐらい、といった詳細は調査中だ」
「なぜその話を俺達に? 愚神との戦いはそっちの本分、俺達には関係ねぇだろ」
 海賊は「話にならない」と言いたげだ。
「“関係ない”、か」
 と、一刀斎が言葉を続ける。
「一つ訊ねるが……この海は、全ての海は……誰の縄張りだ?」
「全てのとまでは言わねぇが、少なくともここいらの海は俺達の縄張りだ」
「その海を愚神が荒らす可能性がある。ならば少なくとも今回の予知に関しては、貴殿達も無関係ではありえまい。相手が愚神だろうと人間だろうと、縄張りを荒らす相手には報いを受けさせねばならん……違うか?」
 一刀斎の言葉に、構築の魔女も頷く。
「海も陸も愚神に渡す場所はないとか思いますし……少々、こちらにも因縁がありまして、野放しにできないのですよ」
「おいおいおい、そりゃまるで、俺達に愚神と戦えと言わんばかりじゃねーか」
 ふざけんなよ、とクラーケンは眉根を寄せる。
「愚神と戦って金になるかよ。ザコ従魔の相手ならいざ知らず、愚神十三騎っつったらこないだメチャクチャしやがった連中じゃねぇか」
「そーだな、まあ、愚神と戦ってくれっていうのは合ってるが、海賊団だけで戦ってこい、ってワケじゃない」
 諫めるように亮が言う。
「“俺達H.O.P.E.と一緒に戦って欲しい”ってことなんだ、“理想としては”だけどな。戦うってことは武器を取る行為だけじゃないとも言っておく。……ま、今回の会合が上手くまとまろうが決裂しようが、そっちのホームに愚神が侵入して大暴れする可能性はあるってのは知ってくれ。情報のソースはH.O.P.E.プリセンサーの観測、信憑性はあるぜ」
「……脅してんのか?」
「どちらかというと、脅されているのは“俺達”かね。愚神から、な。……愚神が出てきた時に、H.O.P.E.を無視しても敵対しても味方しても良し。敵味方がはっきりしてる方がラクだけどなあ」
 亮の言葉に一刀斎が頷き、続ける。
「愚神から見れば、相手がH.O.P.E.だろうと民間人だろうとヴィランだろうと……それこそ関係ない。【森蝕】事件でラグナロクが愚神に食い物にされた件は知っているだろう?」
「……」
 クラーケンが目を細める。【森蝕】事件といえば、直接的ではないにしろ関わったこともあるのだから。
「俺達に共闘を申し出てるってことかよ。それともH.O.P.E.エージェントになれってことか?」
「永続的な共闘関係、という表現がおそらく最も適切かと」
 船長に答えたのは構築の魔女だ。改めて交渉内容――ジャンク海賊団の古龍幇のような合法組織化――を伝えて整理する。それから、それに伴う罰則についても、だ。
「先程少し仰っておられましたが、無罪放免は申し訳ないですが不可能です。でも、無罪放免になったらH.O.P.E.に赦されたとみられて舐められるかもしれませんよ?」
 古龍幇と同様に、対等な取引と見るならば必要なことだと構築の魔女は表す。
「罰して下さいって言えってこったろ? その上に天下のジャンク海賊団様が正義のヒーローになりましただなんて、末代まで馬鹿にされる!」
 クラーケンは顔をしかめる。
「確かに、交渉だけで得るにはH.O.P.E.の利益が多すぎる気がしますね」
 対する構築の魔女は困った笑みを返す。
「リソースが限られている中、マガツヒや愚神との交戦しているH.O.P.E.にとっては……何の痛手もなくリソース増加を狙えるのですから」
「ただH.O.P.E.というのも面倒な組織でな。ヴィランズを取り締まるという建前がある。君らと違ってルールに縛られて、下らない所だ」
 言葉を継いだのはバルタサールだ。
「ただ君らなら、H.O.P.E.の言う減刑や罰金などすぐに帳消しにできる活躍ができるだろう。対愚神にはH.O.P.E.を利用しつつ、その能力を貸してくれないか」
「……」
 クラーケンは眉間にしわを刻んだままだ。ひとまず否定の怒鳴り声は飛んでこない。出方を窺っているようにも見える。バルタサールはそのまま続けた。
「ジャンク海賊団といえば、裏で国や会社とも取引している一大組織だ。H.O.P.E.としても、海のプロフェッショナルとして一目置いている。マガツヒとの戦いに向け、H.O.P.E.は君らの力を借りたいと判断した」
 おそらく――そして確信的なことだが――ジャンク海賊団は、H.O.P.E.や愚神に力では勝てないことは理解している。ノウの話が出た時に「もしも出くわしたらぶっ潰すだけ」とは言わなかったこと、そもそもH.O.P.E.との会合に応じたこと。だがそう理解していながら、彼等は海賊としての面子は捨てられない。
(賢い奴なら面子より利を取るが、あいつらは利より面子を取る。自分の欲望に忠実で、自制がきかない……)
 つまりとても短絡的。「面子を潰されるくらいなら、死を選ぶ」とヤケッパチで言いかねない。だが悲壮的な死もまた、彼等は望んではいないようだ。
(まあ、そりゃそうだ。人間は普通、誰だって死にたくはないからな)
 なのでこの話し合いで必要なことは、「海賊団が面子を保ち、納得できる表現に言い換えること」だ。H.O.P.E.が武力面で優位であることを出さず、向こうを立て、「頼み込まれたから仕方なく協力してやろう」と思わせなければならない。
 バルタサールはサングラスの奥から船長を見やる。クラーケンの表情は「つってもなぁ」といった雰囲気か。H.O.P.E.の言いたいことについてとりあえずは理解しているものの……といった様子である。
「まるで、お前らのイヌになれってモンじゃねえか」
「そう思われても仕方がないようなことを持ちかけている。だが――……」
 海賊に対し、次いで答えたのはクレアだ。小さく息を吐く。「煙草を吸っていいか」と申し出れば、「好きにしろ」と返事があった。それに甘んじ、クレアは煙草に火を点け、そしておもむろに言葉を紡ぎ始めた。
「キャプテン、このカリブ海に最も多くに眠ってるものを知っているか?」
 その言葉に対し、クラーケンは「何の話だ?」と言わんばかりの眼差しを向ける。対するクレアは「キャプテンも吸うか」と煙草を勧めた。「気分じゃない」と返されたので、そうかと頷いた彼女は“眠っているもの”についての言葉を続ける。
「……正解は巨万の富を積んでいたスペイン船だ。そしてそれを沈めたのは多くの国家公認の海賊、プライベーティアたちだ。ウィリアム・キッド、フランシス・ドレイク、ヘンリー・モーガン。名だたる海賊たちにはプライベーティアが多い」
 俺知ってる、と子分の海賊が声を弾ませた。船長にジロリと睨まれてはすぐに口を噤んだが。
「で なぜその話題を出したかというと――」
 クレアが提案したのは、私掠船にならないか、というものだった。
「マガツヒから好きに略奪し、返せと言われている分以上を稼ぎ出し、ついでに刑期も減らせばいい。海賊として、海賊のあるがままに」
 つまり先ほどクラーケンが唸るように言った「イヌになれということか」に対する答えは「NO」ということだ。それをハッキリと伝える。紫煙を潮風にくゆらせながら――二本目は駄目というライヴス内のリリアンの視線を感じつつ――クレアは続けた。
「奪っただけ金品を返せ、監獄で寿命を迎えるかは努力次第? もう私はH.O.P.E.じゃない以上はっきり言うが、クソくらえだ。そんな一方的もの、誰が飲む? だがバルタサールが言ったように、H.O.P.E.も曲げられない。立場がある。ならばそれ以上に稼げばいい、マガツヒ共から。
 キャプテン、プライベーティアにならないか? 二一世紀において唯一の、ドレイクやキッド、モーガンと肩を並べる存在にならないか。私は少なくとも、ジャンク海賊団にはそれだけの価値があると考えている」
 その言葉を後押しするように、一刀斎が頷く。
「海賊というのは……この海で誰よりも自由に生きる者達のことなのだろう? ならば……末代まで莫迦にされるとか、そんな風評を気にして自分達の行動を縛るのは、“自由”ではないんじゃないか?」
 難しい理論とか、合理的な議論方法とか……そういうことを心得ているわけではない、むしろ一刀斎はずっと隠遁生活を送っていた厭世家だ。だから論理ではなく、感情へと訴えかけんと言葉を紡ぐ。
「H.O.P.E.と共に戦ってくれれば、貴殿達の今までの罪は減刑されるだろう。愚神を倒せば賞金も出すよう上に嘆願してみる。暴れたいならマガツヒや愚神相手に存分に暴れてくれていい。戦果次第では、もう警察やH.O.P.E.に捕まる心配もなくなる……正真正銘の自由だ。
 罰金も賞金で相殺できるかもしれん。あとは形ばかりの“投降”と、海を守る為に戦うことで……貴殿達は自由と富と名声を手に入れ、海賊の誇りも保てる。悪い話ではないと思うのだが……如何だろうか」
「私達は皆さんを“従わせたい”のではなく、“悪くない”と思わせたいのですよ」
 笑顔のまま、構築の魔女も続ける。あまり優しい物言いすぎては「まるで子供を諭すよう」になってしまうか――と思い至ってはほどほどにするが。
「海賊の自由は海を思うままに駆けられるということかと思うのですが、どうでしょう? 個人の自由は確かに減ると思いますが、海賊として振舞うことはできると思いますよ。正規の港での整備、最新機材の導入、未知の解明による名誉などのメリットも挙げられます」
「……」
 クラーケンは黙している。周りの子分達は船長をじっと見ている。
 同じ時間では、シルミルテがカメラに映ったウサギのぬいぐるみを鼻歌まじりにぐにぐに動かし、亮がサラサラとペンをメモに走らせてゆく。
(反論の余地なし、ってところかねぇ)
 亮はちらと船長を見やった。エージェントらが提示した内容は、海賊団に課す罰則もあるとはいえそれを覆せる条件もついている。「悪くない話」だ。
(おー、考えてる考えてる)
 亮が感じ取ったように、クラーケン、そして海賊達は悩んでいるようだ。亮のペンが止まったのは、それだけ沈黙が流れたからで。エメラルド色の海だけが、人間のことなど素知らぬ様子で煌いている。潮騒の音。
 と、その時だ。

「喉乾かない?」

 コトン、と卓上にグラスを置いたのは、墓場鳥(aa4840hero001)と共鳴しているナイチンゲール(aa4840)である。温かい潮風に赤瑪瑙の髪を掻き上げ、無頼共へ清廉に笑んで見せる。集まった視線へ、見せるのは良く冷えた瓶ジュースだ。
「日本産のリンゴジュース。お酒で話し合いに支障が出たらまずいから、ノンアルコールでごめんなさいね」
 お互い酒でとぼけられたなんて良くないし、と付け加え。まずは自分の杯に注いで一口、毒入りではないことを証明し、人数分注ぎ始めた。
 ナイチンゲールのこの態度は“媚び”ではない。現時点では、ナイチンゲールにとって海賊団とは敵対心も思い入れもない相手、つまり初対面である。ゆえに、普段人と接する自然体そのままの快活さであった。
「なんというか、お前らは――」
 自分の前に置かれたグラスを義手で持ち上げ、しげしげと眺めつつ、クラーケンはニコヤカなナイチンゲールに視線をやった。
「俺達の想像と違うな。もっと容赦ねぇ奴等だと思ってたし、もっと頭ごなしに言ってくるかと思ってたが。ま、お前ら数人を見てH.O.P.E.ぜぇんぶがそうだとは決めつけんがな」
 言い終わりにクラーケンはリンゴジュースをあおった。
「ふふ。どうもありがとう」
 ナイチンゲールは華やかに笑みを返す。荒々しい海賊のことだ、飲み物を提供することで卓をひっくり返すなどの乱暴をすることも危惧していたが――杞憂に終わったようだ。樹とシルミルテもそのことを案じていただけに、海賊の様子には一安心である。ひとえに、エージェント達が上手く交渉を進めた結果だろう。海賊団は悩んでいるこそすれど、怒りや不満を募らせてはいなかった。
「かつてのバッカニアは自分達の掟に厳しく、女子供の扱いも丁重な紳士だった……って聞いたけど、今もそうみたいね」
「ここがただの港町なら、俺達はもっと“紳士的”なんだがな」
 ナイチンゲールの言葉に、クラーケンが空のグラスを卓上に置きつつ言った。言葉にはちょっとお下品な冗談が込められている。その意図を感じ取りつつも、ナイチンゲールは表情と態度を崩さなかった。相手が相手だ。動じず、変わらず。もし話の流れでナイチンゲール自身が要求されれば、笑顔で答える心算ですらあった――尤も、その心積もりについて墓場鳥は「馬鹿者」と呆れた様子であったが。
 とまあ、ナイチンゲールとて覚悟と目的をもってこの場に臨んでいる者の一人だ。最低限のリスクで丸く収めること。それが目指すべき到達点だ。自分の体一つでどうにかなるなら安いものだと思っている。墓場鳥はその点については説教を二~三時間叩き込んでやりたくなるが。しかし幸い、不躾な手は伸びてこない。墓場鳥はライヴスの奥でその点については安堵していた。向こうも娼館に来たような浮かれ気分でもないようだ。
「お前らは普通じゃねえ。途方もねぇ規模の愚神に喧嘩売ったり、マガツヒみてぇなサイコパス集団とドンパチしたり、古龍幇を合法化させちまったり」
 むしろ“浮かれ気分”とは対極的な心境であったらしい。独り言ちるように、クラーケンは言葉を紡ぎ始めた。
「ああ、ほんと、お前ら普通じゃねぇよ。そこのお嬢ちゃんらも――」
 言いつつ、ナイチンゲールとアンジェリカ、樹をチラと見て。
「ひとたび本気を出しゃあ、そこいらの愚神なんざ木っ端微塵にできる大戦力なんだろ。こんな場所に寄越すんだ、新入り研修じゃあるめぇ」
 クラーケンは溜息のように言う。一刀斎は「実は自分は新入りの部類なのだが……」という言葉は胸の奥に隠し、船長の言葉を清聴の姿勢で促した。クラーケンは今一度エージェントを見渡し、観念したように、そしてヤケッパチめいて続けた。
「――ああそうさ! 俺達ジャンク海賊団は、H.O.P.E.とマトモにドンパチすりゃあ、三日も持たずにすり潰されるだろーよ。俺達ゃヴィランズの中じゃそんなに頭数は多い方でもねぇ、古龍幇みたいに組織に命捧げてるとか仁義とか、ラグナロクみたいなカルト集団とか、そんなんでもねぇ。ひとたび劣勢になりゃあ、ボロボロ脱走者が出るだろうよ」
 深い苦い溜息だ。ジャンク海賊団はH.O.P.E.を恐れていた。だからこそ警戒していた。言ってしまえば所詮彼等はギャング上がりの無法者、ある種、感性は人間らしいとも呼べるか。
「……っていうのを認めたみたいになって悔しいだろ?」
 頑なな態度について、クラーケンはそう呟いた。「キャプテン……」と子分達が眉尻を下げている。

「でも、海賊って楽しそう!」

 そんな時だ。傍らで成り行きを見守っていたエックスが猫のように笑んだ。
「一度会ってみたかったんだ、海賊。あたしも海賊船に乗って、やりたい放題したいなー」
 そんな言葉を示すように、エックスが被っているのは海賊風の三角帽子だ。毛皮や宝石でゴージャスに飾られ、カリブ海の煌きに宝石が星のように瞬く。
「……まあ、バルちゃん――あたしの誓約相手がH.O.P.E.エージェントだから、海賊になっちゃダメって言われちゃうんだけどね。だよね?」
 バルタサールに確認の視線を向ける。男は黙ったまま肩を竦めた。「だよねー」と豪奢なレディは大きな動作で溜息を吐き、海賊達へと視線を戻す。
「あんたたちとあたしって、同類だよね。したいことだけしたいの。楽しくおかしく今日のことだけ考えてたいの。キラキラした綺麗なモノが好きなの。誰かよりも自分が好きなの。自由に生きてたいの。わかるよ。あたしがそうだもん。バカにしてるワケじゃないよ、あたしがそうなんだもん」
 まるでスポットライトを浴びるエトワールのように、エックスは手を広げて言葉を続ける。
「あたしはあんたたちのこと、好きだよ。だから、あんたたちに、死んでほしくない。生き抜くために、H.O.P.E.でも何でも利用しちゃってさ。用済みになったら手を切ってもいいと思うし、やばいなーって思ったらトンズラしてもいいと思うし。
 ……ま、ちょっとは窮屈になっちゃうかもしれないけど。命あっての物種だしね。死んじゃったら、もう楽しいこと経験できないんだよ。あたしも楽しみのために、仕方なくバルちゃんと契約したんだ。楽しみのためには、少しの我慢も必要かもだよ」
 仕方なく、というところでバルタサールの呆れたような様子が深まった。エックスは全く悪びれる様子もなく、長い睫毛で縁取られた瞳で海賊へウインクしてみせる。
 エックスの言葉に、アンジェリカも続いた。
「日本では海賊の主人公が他の悪逆非道な海賊を倒す漫画もあって、とっても人気があるんだよ。きっと女の子にモテモテだよ!
 それにボクは、海賊には海賊の、悪には悪の美学があると思ってるんだけど、おじさん達だって自分達の美学や流儀に反する人は嫌いでしょ? ボク達はおじさん達にそういう人と闘って欲しいって思ってるんだけど、それでも嫌かな?」
「H.O.P.E.は……まぁ、一般的に正義の味方ですが、愚神やヴィランズから見れば敵対者でしょう? ヒーローもどう見るかだと思いますよ? 壊してでも進める才能は得難いものですし」
 したいことを、守るべきことの中で好きにすればいいのではないか。構築の魔女が皆の言葉をまとめた。
「……あー、……正直ぐうの音も出ねえ」
 クラーケンは義手の一つで額を抑えた。そのまましばし考え……エージェント達に向き直る。
「一度船に戻る。他の部下共と今のことについて話し合う。構わんな? ああ、どっか行ったりしねえからそこは安心しろ」
 なにせジャンク海賊団の今後に関わる途方もない話だ。クラーケンとしても心を整理したいのだろう。
「俺は構わんが――」
 メモを取っていた亮は一同へ視線を巡らせた。反論する者はいなかった。
「今日という日はまだ長い」
 急く必要はないとクレアが海賊達に告げる。「ゆっくりしているさ」と一刀斎も頷きを向けた。
「いってらっしゃい」
 ナイチンゲールが片手を上げる。海賊達はそれに答えると、一度席を立った――。


●そして結論
『――う …… りょ…… 亮! これ、起きるんじゃ!』
「ヴぁっ あー 寝てた……」
 ライヴス内の黎焔に叱られ、亮はパチッと目を開けた。目の前の席は空席である。海賊団はまだ戻ってきていない。時計で何分経ったかを確認しつつ、亮は大あくびと共に伸びをした。
「おソーイねー」
 シルミルテは砂浜で貝殻拾いをして暇を潰している。「お宝あった?」とエックスが髪を掻き上げつつそれを覗き込んだ。シルミルテは綺麗な水色のシーグラスを拾ったようで、それを得意そうに空に透かす。
「ま、一分一秒で決められるようなことじゃあないしな」
 バルタサールは煙草を吸っている。彼、そして一刀斎は何もせずにボーッとしていても苦にならないタイプだ。が、比佐理は波打ち際に興味を持ったらしい。言い出してはこないが、どこかソワソワした雰囲気を一刀斎はライヴスの中で感じた。
「うむ……溺れないよう、あまり遠くへはいかないように……」
 一時的に共鳴を解除する。日本人形のような少女は、カリブ海の眩しさに目を細めつつも、一刀斎へ振り返りつつそろそろと波打ち際へ歩いて行った。
「アンジェリカはん、お洋服濡れますえ……」
 文菜は、波打ち際を歩いているアンジェリカを日陰から見守っている。「靴とか脱いでるから平気ー」とアンジェリカは手を振った。シルミルテを見守る樹の心境も文菜と似ている。ハンカチはあるけど流石にタオルは持ってきていない……まあ英雄がビショ濡れになってしまったら自然乾燥に任せよう。
「バカンスとしてカリブ海に来られたら、うんと良かったんですけれどもね」
 各々過ごしている皆を見渡しつつ、構築の魔女が肩を竦める。なんでも、カリブ海にはグレート・ブルーホールという未知の海中巨穴があるという。探求者としては好奇心がくすぐられる。
(バカンス、か……)
 クレアは内心で溜息を吐いた。ここ数日の忙しさと来たら。時差ボケと戦いながら世界中飛び回って尽力して。自分の責務には勿論誇りを持っているし怠ける気など毛頭ないが、いつかノンビリ南の島でバカンスをできる日は来るのだろうか……。
「あ、来た」
 そうこうしていると、だ。ナイチンゲールが「ほら」と海の方を指差す。一同が見やれば、ボートでこの島に戻って来る海賊達の姿が見えた。
「よう、待たせたな」
 上陸したクラーケン達が砂浜を踏みしめ、そして席に着いた。その頃にはもうエージェント達も席に戻っている。
「で、だ」
 一間。クラーケンは大きく一呼吸分、時間を置いて。

「率直に言うぜ。お前達と手を組むって話、乗った」

 キッパリと言い切った。
「だがH.O.P.E.エージェントにはならねえ。俺達は俺達、海賊のままとして、まあそっちの道義には則ってやる。具体的に言うと、ヴィラン以外の人間にはもう手出ししねえよ。今進めてる……お前らの言う“悪事”からも足を洗おう」
 おそらく海賊船の中で反発もあったに違いない。ナイチンゲールはふと、【共宴】で愚神が“降伏”を申し出てきた時のことを思い出していた。クレアも静かな目で見守っている。非難、反発、狼狽、不安、憤慨、呆然、決別、人の数だけ反応があったことだろう。船内で何があったのか船長は語らないが、待たされた長い長い時間が何よりも雄弁だった。
 さりとてこれは【共宴】とは違う。今、人同士で交わしているのは、決して狂った宴などではない。少しでも明日を良くしようと努力する、人間の希望と想いの結果である。
「その上で、できる限り俺達の罰則とやらを大目に見て欲しい。それからさっきも出てたが、愚神やヴィランにかける賞金の話。具体的に実現可能か詰めてぇ。もひとつ、俺達に戦えっつーんなら、そちらさんお抱えのグロリア社のAGWを融通してくれ。敵の最新情報もな」
「いいだろう」
 二つ返事でクレアが頷いた。
「……気持ちは嬉しいけどよ、アンタ、さっきH.O.P.E.は辞めただの言ってなかったか?」
 クラーケンが片眉を上げる。クレアは泰然としたまま答えた。
「所属こそ違えど、幸い言葉は通じるのでね。それに完全な部外者ならばいざしらず、今回は交渉者として派遣されている。本件についての発言力も保証されているだろう」
「おー、そりゃ期待大だ。……それで」
「ああ。目下としての最重要賞金首の一つは、先ほども話にでたノウ・デイブレイクだろうな。キャプテン、自分たちの庭を我が物顔で歩く莫大な金を、見逃す理由はあるまい。……尤も、海賊団だけで戦えと冷血なことは言わないが」
「イギリスの方で大暴れした奴だよな」
「そうだな。私と、そこのアンジェリカさん、構築の魔女さんが丁度その撃退任務についた」
「……マジかよ」
 そんな手練れがここにいたのか、とクラーケンは眉を上げた。「おたくらに喧嘩売らなくてよかったよ」と船長は手をヒラリとして見せる。
『話を戻して――あくまで私たちの意見ですが、必ず通して見せましょう。H.O.P.E.側がこの条件をのむまで、私たちが最後までテーブルにつき、会長を説き伏せましょう。ここまで言った以上、必ず』
 リリアンが毅然と言葉を繋げる。ナイチンゲールが頷いた。
「H.O.P.E.(うち)としても悪い話じゃない筈だし、あなた達さえその気なら上に推薦するよ。今すぐ本部に連絡だってできるし」
 つまり、海賊は海賊のままで。口上としては相互実利を兼ねた更生プログラムだ。「頼んだぜ」と海賊が答えれば、ナイチンゲールは早速上に連絡しようと通信機を取り出す――が、「一つだけいいですか」と樹が手をあげる。
「ただ富を求めているワケではなく、多少スリリングでも面白い方が良い。違いますか?」
「ナラ、ワタシ達が悪性化した時にモ賞金カケるのはドウ?」
 シルミルテと共にそう提案する。「ほう?」とクラーケンが興味を示した。
「愚神や英雄は悪性良性ノ違イはあルケど、ドチらモ外つ者……悪性ガ良性に転じルカもしれナイシ、逆モあるかモシれナイ」
「ただし、もちろん悪性化に対しなんらかの加担が発覚した場合はペナルティ有り」
「逆に救済手伝ってクレたラ倒すヨリモット良い報酬トカ? ……つマリDEAD<<<ALIVE!」
「立場上あまり過激なことは提案できないので、その辺は上と協議してください」
「ケド、ワタシ達ヲ正当にぶん殴れル機会があルカもしレナイのって、楽しイト思わナイ?」
「こちらに協力的だった場合は更に追加で減刑というのも盛り込みましょう」
 二人のその言葉に、海賊達はニイッと笑った。
「そりゃいいね! 歩み寄るっつーんなら、リスクってのはお互いにあった方がいい。賛成だ。悪性ってこたぁ、邪英化だのした場合もぶん殴っていいんだな?」
「そうですね。悪性については邪英も含めるということで」
 樹は頷きを返した。

 かくして、ナイチンゲールが本部への報告を始める。目に見える形で実行に移すことが最もフェアだからだ。
 海賊団の投降成功――否、プライベーティア化の成功について、まず贈られたのが賛辞と労いの言葉だ。それから懸賞金制度や海賊団への諸々の融通に関しても許可が下りることとなる。

 構築の魔女は状況を見守る。
(力には価値があるが、野放しにするのは危険――暴力・犯罪・異能による直接被害・間接被害を考慮すれば、この処置はぬるいのかもしれない)
 自分達としては喜ばしいが、実際にジャンク海賊団から強盗された者達にとっては嬉しいものではないだろう。その辺りの世間への説得や説明は――まあ、H.O.P.E.の役割となるのであろうが。
「ただ、これだけの力を築いたのはなかなかのものですよね 」
 遠くに見える海賊船団を見やり、魔女が言った。
「我々としては、そんな彼らを上手く投降させた貴方達の方が“なかなかのもの”ですよ」
 傍らで護衛していた古龍幇の者が小声で言って、肩を揺らした。

 ――この日、ヴィランズとしてのジャンク海賊団は消え去った。
 代わりに、プライベーティアという悪を討つ悪としての海賊団が産声を上げたのである。



●ヒトとして
 目的も果たした。
 要件も済んだ。
 であれば後は帰還するだけ――ではあるが。
 それだけではあまりに味気ない。なぜならエージェント達も海賊も、血の通った人間であるからだ。
「キャプテン」
 クレアがクラーケンを呼び止め、スキットルを投げ寄越す。中に入っているのは、とっておきの酒だ。
「まあまあ、こないな機会めったにあらへんし。長いことお喋りして、小腹も空きましたやろ」
 同時、それまで交渉を見守っていた文菜が卓上に何かを置いた――調理器具セットと野菜だ。
「難しい話ばかりでもなんやし、海の上が長いと新鮮な野菜もあまり食べられへんやろ?」
「賛成! 親睦を深める為にもさ、どうかな? 上等なラム酒も用意してあるんだけど」
 ナイチンゲールも笑顔で続ける。それに対して海賊達は、
「いいねぇ!」
 大賛成のようである。船から酒もってこい、なんか食べ物持ってこい、とワイワイし始める。
「あらー、素直でええ子らどすなぁ」
 文菜はにわかに賑やかになり始めた様子にニコニコと笑んだ。「アンジェリカはん、お手伝い頼んますえ」とちゃっかり相棒に手伝わせることも忘れない。
「えー。座ってちゃダメ?」
「そないなこと言いはって、あんた、立派なお嫁さんになられへんえ」
「まだ結婚予定ないんだけど!」
「ほな予定が立つように努力しよし」
「は~~~い……」
 しょうがないなー、と立ち上がるアンジェリカ。「何すればいい?」と文菜に聴けば、キュウリとニンジンをスティック状に切って欲しいとのことだ。なんだ簡単じゃん……と思ったが、この人数分だ、量はとっても多い。うわー、と遠い目をするアンジェリカ。
「いつも使てはるAGWよりは軽いやろ~」
 見透かしたように文菜が言う。言いながら、「ちょっとすんまへんな」とボウルを取り出しているようだ。海賊達も文菜が何を作るのか興味深そうに眺めている。その視線に穏やかな笑みを返しつつ、文菜はワインビネガー、塩、水、胡椒、マスタードをボウルに入れると、そこに少しずつ食用油を入れながら混ぜ合わせ始める。
「まぁ、うちらH.O.P.E.とあんたさん達は水と油みたいなもんかいな? 普通は決して交じり合わん、けど」
 文菜の言葉と共に、ボウルの中で水と油が混じっていく。作り上げたのはマヨネーズだ。洒落た小皿に盛って、アンジェリカが切った野菜スティックに添えて、「食べておくれやす」と差し出した。
「へぇ」
 クラーケンが義手の一つを操り、キュウリにマヨネーズをつける。ポリ、と小気味いい音がした。瑞々しい野菜に、マヨネーズのまろやかな味わいが広がる。
「うめぇな」
 船長がそう言えば、他の海賊達も「俺も俺も」と手を伸ばした。文菜は微笑まし気に見守っている。
「目の前で作るところ見てはったやろ? 水と油は本来混ざらん。けど上手く混ざることができたら、それは素晴らしい味になる。
 うちらが混ざればこのマヨネーズみたいに素晴らしい物になると思うんやけどね。もちろん素材は重要やけど、うちはあんたさん達は凄い素材やと思ってますえ」
「ああ、そうだな。よーく分かったさ」
 海賊がニッと笑みを返した。
 その間にもナイチンゲールは樽ジョッキにラム酒を注いで並べていたのだが、乾杯の前に野菜スティックをポリポリし始めた海賊共を見ては片眉を上げた。しょうがないなぁとは思うものの、和気藹々とできるのが一番いい。
 そうこうしていると、海賊船の方からあれこれ酒のつまみが運ばれてきた。ジャーキーとかチーズとか燻製とかだ。勿論酒もある。未成年はさっきのリンゴジュースになるけれど。

「H.O.P.E.とジャンク海賊団に」

 クラーケンがジョッキを掲げる。エージェント達もそれにならった。乾杯、と一同の声が響く――。
「最初の時の殺伐感はどこへやら、だな」
 亮は遠慮なく酒をあおりつつ、呟いた。
「打ち解けてからは早い、というタイプなのでしょうか。サバサバ系とでも申しましょうか」
 構築の魔女は一気に賑やかになった風景に穏やかな笑みを浮かべている。
「なんにしても……仲間が増えるのは、心強いな」
 一刀斎はリンゴジュースを飲む比佐理を見守りつつ、仲間に答える。
 あの調子なら、ジャンク海賊団が裏切るだのはしないだろう。クレアとリリアンは共にそう感じる。良くも悪くも彼らは真っ直ぐだ。これで、今後の事態が少しでもマシになればいいのだが――と思いつつ、任務として合法的に酒が飲めるのだからとクレアはジョッキをぐいとあおった。
 一方で、「折角だし」と樹はビデオカメラによる撮影を続けていた。普通に撮っていいと許可が下りたので、皆の方にレンズを向ける。バルタサールとエックスがここぞとばかりに酒を飲み干しているのと――アンジェリカが海賊からアイパッチを借りて得意気にしているのと――ナイチンゲールが海賊達に甲斐甲斐しく酒のお代わりを注いであげているのと――シルミルテがハムスターのようにキュウリスティックをポリポリ食べている姿が映った。
 樹は手探りでジャーキーを引き寄せると、塩っ辛いそれを一つ齧る。バッテリーの予備もあるので、宴一つ分は撮影できそうだ。



『了』

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藍太

結果

シナリオ成功度 成功

MVP一覧

重体一覧

参加者

  • 希望を胸に
    アンジェリカ・カノーヴァaa0121
    人間|11才|女性|命中
  • ぼくの猟犬へ
    八十島 文菜aa0121hero002
    英雄|29才|女性|ジャ
  • 誓約のはらから
    辺是 落児aa0281
    機械|24才|男性|命中
  • 共鳴する弾丸
    構築の魔女aa0281hero001
    英雄|26才|女性|ジャ
  • 深淵を見る者
    佐倉 樹aa0340
    人間|19才|女性|命中
  • 深淵を識る者
    シルミルテaa0340hero001
    英雄|9才|?|ソフィ
  • HOPE情報部所属
    百目木 亮aa1195
    機械|50才|男性|防御
  • 生命の護り手
    ブラックウィンド 黎焔aa1195hero001
    英雄|81才|男性|バト
  • 死を殺す者
    クレア・マクミランaa1631
    人間|28才|女性|生命
  • ドクターノーブル
    リリアン・レッドフォードaa1631hero001
    英雄|29才|女性|バト
  • Trifolium
    バルタサール・デル・レイaa4199
    人間|48才|男性|攻撃
  • エターナル・ニクヤキマス
    Lady-Xaa4199hero002
    英雄|24才|女性|カオ
  • 明日に希望を
    ナイチンゲールaa4840
    機械|20才|女性|攻撃
  • 【能】となる者
    墓場鳥aa4840hero001
    英雄|20才|女性|ブレ
  • 黒ネコ
    獅堂 一刀斎aa5698
    獣人|38才|男性|攻撃
  • おねえちゃん
    比佐理aa5698hero001
    英雄|12才|女性|シャド
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