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勉強? バカンス? 高原へ行こう!
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依頼前の挨拶スレッド
最終発言2018/08/11 01:57:35
オープニング
「もう八月かー……」
ある支部の廊下に設えられているベンチに、疲れたように腰を落としたエージェント――能力者は、まるでその疲れを吐き出したいと言わんばかりに溜息を吐いた。
「あら、どうしたの?」
そこへ通り掛かった女性オペレーターが声を掛けると、能力者は俯いたまま答えた。
「……宿題、終わってなくって」
ポツンと漏れた声は、どこか泣き出しそうだ。宿題、というところから察するに、学生エージェントなのだろう。
「実は、去年も任務と同時進行できなくって、八月の終わりに溜め込んじゃってたんです」
パートナーの英雄が、オペレーターに耳打ちする。
「あらま」
従魔愚神は、人間社会のTPOなど考えてくれない。ましてや、夏休み中の学生諸氏の切実な事情など、もっと汲んではくれない。
「まだ一ヶ月弱あるよって言うんだけど、八月に入ったってだけで恐怖らしくって」
「じゃあ、ちょうどいいから、高原合宿に参加したら?」
「高原合宿?」
英雄が鸚鵡返しに問い、能力者も顔を上げた。
「まあ、社会人のエージェントにはバカンスも兼ねてってコトで……だから、合宿っていうのも変かしらね。涼しい場所でバカンスついでにちょこっと宿題を減らしたらっていうのは、主に学生エージェント向けの募集要項なんだけど……」
言いながら、オペレーターは、自身が持っていた書類を探って、英雄のほうに手渡す。
「詳しく聞きたいってコトなら、改めて受付に訊きに来て?」
じゃあね、と言ってオペレーターはその場をあとにした。
解説
▼目的
・学生エージェント→避暑地で少しでも宿題を片付ける。余裕があればバカンスを楽しむ。小学生は自由研究の題材を見つけるもよし。
・社会人、その他のエージェント→普通に避暑地でバカンスを楽しむ。学生エージェントの勉強を見てやるもよし。
▼立地、その他
某避暑地。宿泊は、現地のホテル。
▼ホテル近隣
・アウトレットモール…巡回バスあり
・遊園地…巡回バスあり
・森林、湖 など
▼ホテル施設
・敷地内に、普通のホテル、コテージ風宿泊施設など、棟が分かれている。朝夕の食事は本館一階食堂にて。
・バー…未成年立ち入り禁止
・カフェ
・レストラン…和洋中、イタリア料理(朝夕バイキングとは別途)
・プレイスペース…卓球場、カラオケ、プール、ゲーセンなど
・お土産コーナー
・温泉
・敷地内に森林と川の流れる場所もあり
・プラネタリウム など
▼スケジュール
食事の時間帯以外は自由。
涼しい立地を利用して宿題を片付けるもよし、観光に出るもよし。
日程は二泊三日。
朝食(6時~9時)・夕食(18時~21時)はバイキング。
一日目:マイクロバスを利用する人は、午前九時に支部に集合、出発。
昼食からもう自由。
現地に直に行く人は、午後一時には現地入りすること。
夕食は、バイキング。
二日目:朝夕食はバイキング。時刻は上記の通り。昼食は自由。
三日目:朝食バイキングは二日目と同じ。チェックアウトは午前十一時で、現地解散。
その後、周辺を観光するもよし。
マイクロバスに乗る人は、その時点でホテルエントランスへ集合。
▼備考
・今回、一応事件らしい事件は起きない想定です。バカンスを思い切りお楽しみ下さい。
・勉強風景、観光するなど、ご自由にお書き下さい。
上記以外の施設でも、余程、避暑地の立地、描写から外れているなどがなければ、基本的には採用します。
・同室希望、一緒に行動等の場合は、お互いにプレイングを合わせて頂けますよう、お願いします。
リプレイ
「炉威さま、エレナさま!」
マイクロバスに乗るべく、H.O.P.E.支部のエントランスに佇む炉威(aa0996)とエレナ(aa0996hero002)を見つけて、リリィ(aa4924)は二人に手を振りながら、小走りに駆け寄った。
「ごきげんよう、なのですわ」
二人の手前まで来て、スキップするように停止したリリィが頭を下げる頃、ゆったりとした歩調で彼女に追いついたカノン(aa4924hero001)も、『今日は素敵なお誘い、有り難う。王子様』と口を開く。
「やあ、可愛い姫に美しい姫。誘いに乗ってくれて感謝だよ」
炉威は炉威で、無意識なのか、気障ったらしい口調で二人を迎えた。
『王子様のお誘いとあらば飛んでくるわよ?』
ニコリと微笑したカノンに、炉威は覚えず苦笑する。
炉威としては、欲を言えばカノンと二人きりがよかったと思っているが、勿論口には出さない。お互い、保護対象付きなのは残念だが、彼女がリリィを連れてくるのは想定内だ。
(……まあ、こっちもいつもの如し……だがね)
再度、苦笑を浮かべながらエレナのほうへチラと視線を投げる。
その視線を受けたエレナは、口元へは笑みを浮かべつつも、愛しい彼を若干睨み返した。
(炉威様の考えなど、わたくしに掛かればお見通しですわ)
そして、敵意を込めた視線を、カノンに転じる。
(そう、あの女がいる事くらい想定内。後はわたくしが如何しようと自由ですわ)
「その……」
エレナの視線を、どう勘違いしたものか、リリィは猫耳をしょぼんとしょげるように下げた。
「お邪魔……に、ならないと良いのですけれど……」
キュッと自身の持つ荷物を胸元へ抱えて下を向くリリィに、『あら、そんなコトなくてよ』とカノンが覗き込みながら言う。
しかし、そんなカノンを見上げて、リリィは「あの……やっぱり、リリィは帰りますわ?」と言い出した。
「炉威さまにお誘いを受けたのはカノンねーさまだけなのですし、リリィ、一人でお留守番くらいできますの。大丈夫ですわ」
『またそんなコト……』
途端、カノンの表情は曇った。
家を出る前にも、リリィは同じ事を言い張り繰り返して、散々ごねたのだ。
カノンとしては、リリィを一人で放っておく事はできない。だが、表面上は慌てず、改めて説得に掛かった。
『折角貴女の大好きなエレナもいるんだし、ここまで来たんですもの。行きましょう?』
これは、出発前には『かも知れない』と、説き伏せるのに使った文句である。
エレナの事だから、炉威とカノンを二人きりにはするまい、と踏んだのだが、推測は見事に当たった格好だ。
「でも……」
『ね、行きましょう?』
決して押し付けでない口調で重ね、駄目押しで笑顔を浮かべる。
畳み掛けられたリリィは、チラリとエレナのほうへ目を向けた。エレナも、カノンは敵認識だが、リリィの事は憎からず思っている。
目が合ったエレナにも微笑されて、リリィも笑顔を返し、カノンに視線を戻した。
「そうですわね。エレナさまにもお会いできて、リリィは嬉しいですの」
『良かったわね、リリィ?』
カノンが微笑すると同時に、エントランス前にマイクロバスが滑り込んでくる。
一緒にその場で待っていた、荒木 拓海(aa1049)、メリッサ インガルズ(aa1049hero001)、三ッ也 槻右(aa1163)、隠鬼 千(aa1163hero002)らや、他の参加者も加え、一行は程なく車上の人となった。
●
「朝は納豆、味噌汁が良いね」
ホテル本館の出入り口に着いたマイクロバスを降りながら言う拓海に、メリッサは『えーここまで来て?』と眉根を寄せる。
「だってホラ、土地によって味噌の味が違うかも知れないし……あ」
『え?』
不意に話を切って顔を上げた拓海の視線に、釣られるようにメリッサは後ろを振り向く。
視線の先には、今回現地直行組だったらしい麻生 遊夜(aa0452)とユフォアリーヤ(aa0452hero001)が、タンデムで愛車であるバイクに跨がり、颯爽と到着したところだった。
ヘルメットを脱いで、吐息を漏らした遊夜は、「バス限定じゃなくて本当に良かった……」と呟く。
「やはり、乗るならバイクだなぁ」
しみじみと漏らす遊夜の後ろから降りたユフォアリーヤが、『……ん、車やバスは……酔っちゃうもの、ね』と言いつつ、クスクスと面白そうに笑う。
『ボクはそれでも、いいのだけど』
相変わらず小さく笑いながら付け加える彼女から、遊夜はばつが悪そうに視線を逸らした。
後から聞かされた話だが、どうも酔っている間、自分は彼女に甘えまくっているらしいのだ。
(俺は意識ないけど!)
誰にともなく脳内で叫んだ時、「麻生さん」と横合いから声を掛けられ、遊夜とユフォアリーヤは揃ってそちらへ顔を向ける。
『……あ』
バスがとうにいなくなったエントランス前で、槻右達に荷物番を任せ、拓海とメリッサが歩み寄ってきた。
遊夜は、バイクから降りながら手を挙げる。
「荒木さん達も今着いたんだ?」
「はい。そちらも無事着いて良かったです」
遊夜と拓海が、ペコリと頭を下げ合う横で、ユフォアリーヤとメリッサは、『久し振りー』と言いつつ手を握っている。
「麻生さん達はこれから?」
「荷物置いたらすぐ温泉かなー。疲れを癒しに。そっちは?」
「男性組と女性組で、二手に分かれよっかなって。な」
拓海がメリッサに視線を投げると、彼女も小さく頷く。
『周辺に色々あるから、お目当ても違うし』
『……ん、そっか』
しばし雑談した後、拓海達と別れると、コテージ泊まりだという彼らの背中を見送って、遊夜は伸びをした。
「さて、のんびりするとしようか」
『……ん、帰ったら……お手伝い地獄、だからね』
やはり何が楽しいのか、クスクスと小さく笑う彼女に、少しだけ苦笑を返す。
我が子達は真面目なほうではあるが、まだまだ子供だ。故に、おとーさんおかーさんは頑張らなくてはいけない。
だからこそ。
「これからを乗り越える為、ここでリフレッシュしておくのだ!」
『……ん。休憩も、大切……』
チェックインにエントランスへ歩き出す遊夜の後へ、ユフォアリーヤは尻尾をユラユラと揺らしながら続いた。
●
『リリィ、は宿題は如何なさりましたの?』
チェックインの手続きを待つ間、エレナは何気なくリリィに話し掛けた。
「宿題、ですの?」
問われて、リリィは目を瞬く。
「リリィは……その。今はカノンねーさまが先生ですの」
『家庭教師を兼ねてる、のよ』
聞き付けたらしいカノンが会話に加わると、やはりエレナは鋭くカノンを睨んだ。が、カノンは特に怯む様子も見せずに言葉を継ぐ。
『リリィは、音楽の仕事上、学校には通えないから……』
「だから、宿題らしい宿題はありませんの」
『そう。だから、今日も此処に来たのよ?』
『……どういう、意味ですの?』
カノンと会話など死ぬほど嫌だったが、リリィの手前、どうにか言葉を絞り出す。
「はい、今日からここで楽しく過ごす事が宿題、ですの!」
勿論、エレナの内心に気づかぬリリィは、満面の笑みで答えた。
『そう、だから思いっきりバカンスを楽しんでも良いのよ』
はい! と元気よく頷いたリリィは、カノンに向けていた視線をエレナに戻す。
「エレナさまは、学校へ通ってますの?」
『わたくしは炉威様の傍にいる事が全てですもの。学校など馬鹿らしくて行ってなどいる暇はありませんわ』
これまた満面の笑みで言ったものの、リリィには真意は伝わらなかったらしい。
そうですの、と首肯し、「じゃあ、炉威さまは」とカウンターから戻ってくる炉威へ目を向けた。
「俺は勿論終了済みだ。というか、宿題とか出ないトコだからねぇ」
リリィに答えるように手を挙げた炉威が、三人と合流する。
「こうして美人の家庭教師を逃したのは惜しいがね」
カノンに微笑を向けると、彼女が『まあ』と言って微笑を返し、エレナの機嫌は益々下り坂になる。
『炉威も優秀だし、ね』
それを綺麗にスルーしたカノンは、品良く、くすくすと笑った。
「と、言う事は、このまま遊びに突入ってやつかね」
小さく肩を竦めた炉威は、鍵を一つカノンに差し出す。
「部屋のほうは、姫達二人とエレナも一緒に。カノンには世話をかけるが、すまないね」
言いながら、炉威がエレナの背を押すと、彼女は当然のように、穏やかに噛みついた。
『あら、わたくしが炉威様と一緒でないのはおかしいですわ』
炉威は、呆れたような流し目をくれて、
「後五年ほど経ったら同室で構わんよ」
と、しれっと返す。それはそれで、一般的に聞いたら問題がありそうなのだが、当の炉威とエレナにしてみれば、問題はそこではない。
「じゃあ、カノン。悪いが宜しく頼むよ」
カノンは、反論する事なく、『ええ』と顎を一つ引いた。エレナが、自身に向ける敵意は知っている。気にならない、と言えば嘘になるが、少しゆっくり話をするいい機会かも知れない。
一方のエレナは、更に反論を続けようと口を開き掛けた。が。
「エレナさま……と同じお部屋……素敵!」
という、純真一途そのもののリリィの一言に、完璧に出鼻をくじかれた。
彼女は、どうもエレナがカノンに向けた敵意に、全く気付いていないらしい。
「カノンねーさまもエレナさまも一緒なら、きっと楽しいですわ」
リリィが、キラキラした目でとどめを刺す頃、炉威は既に踵を返していた。
「リリィ達も、一度お部屋へ参りましょう、カノンねーさま」
『そうね、エレナ。素敵な日を過ごしましょう?』
リリィに手を引かれて言うカノンを、エレナはギロリと睨み上げ、次いで炉威の後ろ姿に目線を転じる。それも束の間、「さ、エレナさまも早くですの!」と嬉しそうに言うリリィに、問答無用で引きずられた。
●
一度コテージに荷物を置いた拓海一行は、しばらくホテルの施設内を一緒に歩いていた。
エントランスのラウンジまで来ると、マイクロバスで共に来たエージェントが数人、一塊になって顔を付き合わせているのが目に入る。
彼らの手元には、それぞれノートと筆記用具があった。難しい顔をしているところを見ると、早速宿題でもしているのだろうか。
槻右と千は、専業エージェントだ。特に、学校を経験した事のない千は、興味津々である。
近くを通った時、早くも我慢できなくなったらしい千が、『あのっ』と彼らに声を掛けた。
『何してるか訊いてもいいですか?』
すると、小学校高学年くらいの少年が顔を上げた。
「自由研究、考えてるんだ」
「そう、折角遠出してきたし、涼しい場所にいる内に終わらせちゃおうって」
『自由研究?』
首を傾げた千は、彼らの手元を覗き込んだ。
『それは、どういうものなのですか?』
「どういうって……」
「自由研究は自由研究だよ」
概念は分かっていても、小学生達は、それ以上をどう説明したらいいかが分からないらしい。
苦笑した拓海が、助け船を出す。
「日本では、主に夏休みに出る宿題の一つにあるものなんだよ」
「そう、えっと……研究テーマを自分で決めていいんだ。で、決めたテーマに関するレポートを、休み明けに学校に提出する……だよね? 拓海」
説明に加わった槻右が、最後を不安げに拓海に確認した。目を向けられた拓海は、また苦笑して首肯した。
『へー……』
自分達から話題が離れた、と見たのか、小学生達は手元へ目線を戻す。
それには頓着なく、千は自身の知らない世界に、やはり興味が尽きないらしい。
「千もやってみる?」
『はい!』
提出すべき人はいない、という辺りは、彼女の中にはないのだろう。目を輝かせて頷いた。
●
遊夜とユフォアリーヤ夫婦は、拓海達に宣言した通りに、一度部屋へ荷物を置くと、早速温泉へ向かった。
混浴か家族風呂がないかをホテルに訊ねたところ、水着着用でなら入れる風呂があったので、ひとまずそこでユフォアリーヤの髪だけ洗う事にした。
乙女の命らしいので、いつものように、大事に大事にケアしてやる。一緒に入れる所がなければ、彼女自身で頑張って洗ってもらうところだったが――。
「うむ、こんなもんだろう」
ヘアリンスをお湯で洗い流すと、髪をタオルで叩くようにして水分を拭き取った。
『……ん、ツヤツヤ……ありがと』
にこにこしながら頭を上げるユフォアリーヤの髪を纏めて、タオルにくるんでやる。
「上がったらしっかり乾かして、身体は後で自分で洗うんだぞ」
『……ん』
相変わらずにっこり笑ったまま、ユフォアリーヤは頷いた。
●
互いの相棒と二手に分かれ、ホテル内を歩いていると、共に歩いていた千が、不意に売店へ駆け寄った。
「千ちゃん? どうかした?」
『リサ姉、これっ!』
商品が置いてある後ろの壁に、その商品の説明が書いてある。見た所、笛のようだ。
『鳥の鳴き真似ができる笛! 面白そう!』
笛を手に取った千は、『そうだ、これで自由研究を!』と言いつつ、レジに走った。
『鳥さんの声真似してみるんです!』
購入した笛を包んで貰った袋を嬉しそうに胸元に掲げる千の姿に、釣られるようにメリッサも同じものを購入した。
拓海と槻右組は、元野生児っぷりを発揮した拓海の提案により、その日はレンタル自転車で森林を走る事にした。
風を切って、マイナスイオン浴をしつつ、時折コースを外れて観光スポットを満喫する。
「疲れてないか? 少し休もう」
ホテルへの帰り際、見えた川縁へ腰を下ろし、川に足を浸した。
「ふわーっ、気持ちいいー」
ひんやりとした温度が、サイクリングによって上がった体温を、心地よく吸い取ってくれる。暑さによる疲れも引いていくようだ。
森の奥から聞こえてくる鳥のさえずりに、二人はしばし耳を傾ける。そのさえずりの中に、自分達の相方が奏でる鳴き真似が混ざっていようとは、拓海も槻右も露思わなかった。
どこからともなく聞こえてくる鳥の鳴き声が、森による涼しさを引き立てるような気がする。
横を歩く千は、熱心にノートに鳥の声の特徴を書き込んでいた。
『……こんな感じ、かな……声をよく聞いて……』
購入した笛を口にくわえ、『ちゅっちゅぴ、ちちちっ!』と懸命に真似てみる。しかし、すぐ傍の木の枝で鳴いていた小鳥は、パッと飛び立って行った。
『! ……あーあ、逃げちゃった……悔しいです』
眉尻を下げて、唇をへの字に曲げたのも束の間、千は成否と反省もノートに書き留めていく。
そうして没頭する彼女の姿は、見ていて微笑ましく愛らしい。胸がキュンと高鳴ってしまう。
自然、笑み崩れていたメリッサは、『そうだわ!』と内心で手を打つ。口には出さずに、自分は千を自由研究テーマに選択する事にした。
その間にも、千はブツブツと反省と分析を繰り返し、『よし、もう一度』と笛を口に戻している。
メリッサも、自分の笛を口にくわえ、息を吹き込んだ。
透明感の高い笛の音が、高らかに辺りに響き、それに呼応するように本物の鳥が鳴き返す。
『うわー……リサ姉! 凄いです!』
それを見た千が、尊敬の眼差しでメリッサを見上げた。
『ちょっとコツがあるのよ。いい?』
メリッサは、笛を口へ戻し、さっきと同じように吹いてみせる。鳥も、同じようにまた応えた。
『初めは囁くよう……後半、高らかに、よ。やってみて』
『はいっ』
頷いた千は、メリッサのアドバイスに従って、幾度となく練習を繰り返す。やがて、メリッサと同じように吹けた瞬間、本物の鳥が応答した。
『やった!』
千は、口から笛を手の上に落として叫ぶ。
『応えてくれました!』
『うん、上手くなったわね』
メリッサも、ニコリと笑って、スマホのメモ帳に記録を残した。
●
男湯と女湯に一度分かれて温泉を満喫した遊夜達は、浴衣を身に着け、プレイスペースへ足を運んだ。
「卓球やってまた温泉行ってー、その後カラオケしようぜ」
『……ん、まずは卓球……』
ユフォアリーヤが泳がせた視線の先にあった卓球台は、ちょうど無人だ。
「さぁ、今日こそ勝たせて貰うぜ!」
駆け寄った卓球台の上にあったラケットを手にとって、遊夜が腕まくりしながら言う。
『……ん、ふふ……負けないよ』
ユフォアリーヤも、向かいのコート側においてあったラケットを取り上げながら答えた。その尻尾は、楽しげにふりふりと揺れている。
「行くぞ!」
備え付けのピンポン球を、遊夜が勢いよくサーブした。
●
「――で、命中系の能力使ったつもりで超絶ラリーを展開した訳?」
「ああ……全然発動しないから、変だなとは思ったんだけど……」
「けど、その内発動するだろうって全力で動き回った挙げ句、今撃沈?」
夕食のバイキングの席で、テーブルに突っ伏している遊夜に、拓海は思わず吹き出した。
夕食時、槻右と互いの相方の全員で訪れた本館の食堂で、遊夜とユフォアリーヤ夫婦に出会った。
その時、遊夜がどことなくげっそりと疲れている様子だったので、何かあったのか訊いてみたら、彼の口から出てきたのが温泉後の夫婦卓球勝負の一部始終だ。
『共鳴しないとスキルが使えないって、普段忘れてる人、結構多いよね』
『……ん、だね……ふふ』
それぞれ、トレーの上に山盛りに食べ物を盛りつつ、メリッサとユフォアリーヤは囁き合う。
ユフォアリーヤも、異常に疲れていた、卓球勝負直後の遊夜を思い出したのか、笑っていた。
それを遊夜はチラリと見上げつつ、彼女の浴衣が乱れていないのを確認して、一人小さく頷く。
先刻、卓球で激しく動いたのは彼女も同じだった。そうなると、しっとり汗ばんだ肌が、着崩れた浴衣からチラ見えしていたりした訳で、色っぽいやら目のやり場に困るやら。
瞬時、疲れも吹っ飛んだ遊夜が、大慌てで彼女の浴衣を直しながら周囲を確認したのは言うまでもない。そんな姿、特に他の異性には見せられない、と取り敢えず温泉に逆戻りして「汗を流して来い!」と彼女を女湯に放り込んだ。
『ところで、ここの温泉ってどんな感じですか?』
一緒にいた千が、トレイをテーブルに置きながら、ユフォアリーヤに訊ねている。
『……ん。広くって気持ちいいよ。色んな種類があるし』
『わあ、楽しみ! リサ姉、後で私達も入りに行きましょうよ』
『そうだね』
女性が三人集まると、美容関係の話も出るのは自然な事なのだろう。
『あっ、リサ姉! そのケーキどこで?』
そして、食事の場ではスイーツに話題が移るのも早い。
『あっちのほう。後で一緒に行く?』
『はい! ってゆーか、今がいいです!』
『えー、しょうがないなぁ。あ、リーヤさんも行かない?』
『……ん』
メリッサの持ってきたケーキに心奪われ、千の脳内は早くも一緒になってお皿を埋める幸せに満ちている。
三人は楽しそうに雑談しながら、一度テーブルを離れて行った。そんな様子に嬉しくなって、拓海も目を細める。直後、食事を再開しようと自身のトレイに目を落として、「あれ」と呟いた。
今日の夕食は、イタリア料理をチョイスした。
トレイの皿に盛られているのは、パスタ・ピザ他肉料理もある。その中の、半分まで食べ終えていたパスタの皿の上に、なぜかパプリカが山積みになっていた。
首を傾げていると、見開いた視界に、フォークとナイフが入り込んでくる。その先には、パプリカが一束摘まれていた。
フォークとナイフが退場した視界の外へ顔を振り向けると、槻右とばっちり目が合う。
彼の手元には、包み焼きだったと思われるハンバーグと、その場にまだ残ったパプリカがあった。
「……槻右」
「え、えへへ……」
「好き嫌いは駄目だろ」
ピシャリと言われて、槻右の目はウロウロと泳ぐ。
「いや、だって思いの外パプリカがぎっちり詰まってたって言うか、ハンバーグは好きなんだけど……」
言葉尻を濁した槻右が、上目遣いに拓海を窺った。
この頼られ感は満更でもない、と思った時点で、残念ながら勝敗は決している。
仕方ないな、と口では言いつつ、槻右の皿から大移動を遂げたパプリカに、拓海はフォークを突き立てた。
●
『うわあー、綺麗ですね』
『ホント』
夕食後、ユフォアリーヤから得た情報を元に、メリッサと千は、風呂場へ行った。
高原の澄み切った空気の中、晴れ渡った星空は、都会で見上げるそれとはひと味もふた味も違う。まして、ここは露天風呂だ。
簡単に身体を洗うと、静かに湯に浸かる。
湯船から見上げる星空は、また格別だ。
『気持ちいいねー』
『ですねー。ほっとします~』
この風呂場にいると『綺麗』か『気持ちいい』という言葉しか出て来ないような気がする。
『そう言えば、拓海達も天体観測だっけ?』
『はい。何か露天風呂からじゃなくって、下見したから外に出てくるとか、言ってました』
その言葉通り、拓海と槻右は、昼間休んだ川縁へ、ホテルで借りた望遠鏡を持参していた。
しばし、望遠鏡から星空を眺めた後、二人して寝転んで空を見上げている。
「今日はいい日だったー……」
ふと、吐息のように漏れた一言に、拓海は「そうか?」と訊きながら横目で隣を見る。
「うん。拓海とサイクリングして、夜はこうして夜空を見上げて……」
槻右の言葉に釣られて、拓海は目線を上へ戻す。
降り注ぐ星を取り込むように、思わず両腕を広げた。そのタイミングで、「なんて綺麗なんだ」と槻右が呟く。
「空がすごく高いよ」
「ああ……そうだな」
隣で響く声の主を、その熱を、今は独占している。そう思うと、嬉しくなると同時にどこか安心した。
その安心が、心地よい眠気を連れてくる。
「皆、とても楽しそうだった……来てよかったね」
「だな」
自分と同じ気持ちだった、と拓海も自然、口元に笑みを刻んだ。
「なぁ……」
続けて話しかけるも、返事はない。しかし、拓海は構わず続ける。
「来年も一緒に見ような」
だが、それに答えたのは、「すやぁ……」という呼気だけだ。
「槻右?」
肘を突いて、上体だけを上げて確認すると、隣に転がった青年は安らかな寝息を立てている。思わず、小さく吹き出した。
「……疲れたよな」
やはり微笑して、上体だけを起こすと、拓海は小一時間も槻右の寝顔と星を交互に眺めて過ごした。
●
各々が楽しいバカンスを満喫する中、その部屋はどこか不穏な空気を孕んでいた。
そんな空気を感じないのか、相変わらず天真爛漫に一日目を過ごしたリリィは、既にベッドの中で平和そうな寝顔を見せている。
微笑したカノンが、リリィの掛け布団を直してやっていると、温泉に行くと言って出ていたエレナが、無言で戻ってきた。
昼間の様子からして、正直戻ってこないような気がしていたけれど。
『あら、お帰りなさい』
意外な思いと共に、リリィを起こさないよう、小さな声で迎える。が、カノンに敵意剥き出しのエレナが、勿論答える筈もない。
睨むでもなく何か返すでもなく、最早カノンを存在しないモノとして扱っている。
無言のまま、寝る前の洗面を済ませたエレナがベッドへ入ろうとするのへ、『待って』と声を掛ける。
黙々と掛け布団をめくろうとする彼女に、苦笑を浮かべつつ、カノンはリリィのベッドを離れた。
『ねえ、エレナ。少しだけ……お話ししない?』
穏やかに話し掛けても、彼女の態度は変わらない。チラとカノンを一瞥すると、そのままベッドへ横になってしまう。
だが、カノンも構わなかった。
エレナの身体を下に敷かないように気を付けながら、そっとベッドの端へ腰を下ろす。
『こうしてゆっくりお話しするのは初めて、かしら?』
返ってくるのは、やはり沈黙ばかり。しかし、カノンは頓着せずに言葉を継ぐ。
『エレナは……そんな事、したくないかもしれないけれど。あたしは貴女とお話もしてみたかったのよ』
微苦笑混じりに言って、カーテンを開いたままの窓から外を見る。
群青色の闇に沈んだ窓の外には、ホテルの周りにある森林や野原が広がり、空には星が輝いている。
口を開こうとして、カノンは空気を呑んだ。
エレナの、炉威への病的な想いは知っている。だからこそ、彼女はカノンに敵意を持っている、という事も理解している。だが、果たしてそれを、先んじて口にしてしまっていいものか、迷ったのだ。
いっそ正面切って、『炉威は自分のモノだから手を出すな』とでも言ってくれれば、否定のしようもあるのに。
(だって、あたしは炉威とまだそんな……特別な関係じゃないわ。ホントよ?)
カノンに背を向ける形で横になっている、エレナの横顔に目を落とす。
そんな、いじらしい乙女心は、カノンの目には時として可愛くも映るのだけれど。
『……お休みなさい』
結局、ほとんど話らしい話はできないまま、カノンは苦笑混じりの吐息と共に囁いた。
●
翌朝。
『高原ヨーグルトにー、自然卵オムレツとオーガニック野菜~』
メリッサは、歌うように言いながら、食材をトレイの上の皿に盛っていく。それらは、普段都会で生活していると、お目に掛かれないちょっと高級で珍しいモノばかりだ。
『あら、パンケーキもあるわ。フルーツと蜂蜜掛けて♪』
他方、一緒に食堂を訪れた拓海のトレイには、彼自身が昨日口にした通り、ご飯・納豆・味噌汁と和食メニューが載っている。
『僕もやっぱり納豆がいいな。……あ、オムレツも美味しそう』
ふと、槻右が呟くと、それを聞きつけたのだろう。小走りにやって来たメリッサが『だよねっ! 自然卵オムレツだって!』と、あたかも自身が準備したかのように嬉しそうに答える。
直後、そこへ『リサ姉!』と興奮した顔の千が、トレイを掲げて小走りに駆けて来た。
『見て見て、このパンケーキ! 目の前で焼いてくれたんです!』
『ええっ、やだ美味しそう!』
『はい! この膨らみ、芸術です!』
『いいなー。わたしも後でもう一枚、焼いて貰おっと』
●
朝食の後、遊夜とユフォアリーヤ夫妻は、近くの森林で森林浴を楽しんでいた。
「可能なら釣りもしたかったんだけど……」
出る前に、ホテルのフロントで訊ねたところ、この近郊の湖も川も、釣りは禁止らしい。
『……ん。残念だけど、まあ、足浸すだけでもいいんじゃ?』
「そうだな」
頷いて、視線を転じた先には、目的の湖がある。
湖畔には、他の宿泊客もチラホラと思い思いに過ごしていた。
小さく歓声を上げたユフォアリーヤも湖畔に駆け寄り、靴と靴下を脱いで足を湖に浸ける。
『……ん、気持ちいい』
後から来る遊夜を振り返って見上げる彼女の笑顔が眩しい。自然の中にいる彼女は、心なしかいつもより元気な気もするし、どこか色っぽくもある。
「うむ、リーヤにはやはり森が似合うな」
自分も靴と靴下を脱いで腰を下ろすと、ユフォアリーヤが『……ん、そう?』と小首を傾げる。
『……肌に合うの、かな?』
「だといいけど」
クスリと小さく笑い返すと、遊夜も彼女に倣って水に足を浸す。
「うーん、気持ちいいなっ!」
『……ん』
伸びをしながらゴロリと草地に寝転がる。程なく、彼女の体温がそれに続いた。
●
「――ぷはぁっ!」
呼吸の限界を感じて水面に浮かび上がると、直後、プールの底に同じように沈んでいた拓海も顔を出す。
「……はあ……また僕の負けかぁ……拓海、息長いねホント」
顔を手で拭いながら言うと、拓海は勝ち誇ったような事は言わずに、ただ笑みを浮かべた。但し、その笑みは口には出さない勝ち誇ったそれだ。
先刻まで競泳していたのだが、段々人が増えて来た為、少し前から潜水競争に切り替えていた。
小中学校の平均的なプールの倍程の広さのそこには、パラパラと宿泊客が訪れ、思い思いに過ごしている。
「疲れてないか?」
気遣う拓海に、満面の笑顔で首を振ると、「もう一勝負っ!」と人差し指を立てる。
望むところだ、と不敵な笑みを返した拓海と共に、深く息を吸い込むと、槻右は水中へ身を投じた。
●
二日目はとにかく丸一日フリーだ。
いっぱい遊ぶんです! という千の提案により、アウトレットモールへやって来た。
『リサ姉! 見て下さい!』
『ん?』
洋服売場で服を物色していたメリッサは、呼ばれて振り返る。
『この帽子、素敵です!』
視線の先には、満面の笑顔で、広い鍔の付いた帽子を被ってみせる千がいる。メリッサも微笑を返して、手にしていた服を千に当てた。
『この服と合わせたらどう?』
『うわあ、可愛い!』
『後、これとか、これも似合うと思うんだけど』
手に持っていた服を、次々と千の胸元に取っ替え引っ替え当ててみる。『そうかなぁ』とはにかんだ彼女は、それでも嬉しそうに『じゃあ、ちょっと試着してみますね!』と、メリッサに勧められた服を持って、試着室へ消える。
その間に、メリッサは千に似合いそうな服を記録し、続いて彼女に着せる為の服を物色し始めた。
●
「お、これなんか良いんじゃないか?」
『……ん、美味しそう……じゃ、これとこれかな』
手にした買い物カゴに、土産コーナーの商品を放り込んだ時、『あれっ、麻生さん?』という声がして、遊夜は声のした方へ目を向ける。
エントランスには、今し方戻ったのだろうメリッサと千が歩いていた。両手には、買い物袋を沢山抱えている。
『リーヤさんも?』
『……ん』
「どこ行ってたんだ? こんなに沢山……」
『えへへー、戦利品。アウトレットの』
腕に下げた袋を掲げて、メリッサは笑み崩れる。
「ああ、成る程」
『麻生さん達は?』
メリッサの問いに、ユフォアリーヤが一つ尻尾を揺らして答える。
『……ん、子供達に、お土産』
「何せ三十人もいるからなぁ。現地の人気商品とか……特に食べ物だと嬉しいよな」
『……ん、皆食べ盛りだから』
『そっか』
「しかし、メリッサさん達はどーすんだ、それ」
遊夜は呆れたように目を細めた。
どう見ても、二人の持つ袋の量は半端ではない。
『これから宅配便で送るんで、部屋に戻って荷造りします。きっとギュウ詰めになっちゃうんでしょうけど』
えへへ、とメリッサと千は、顔を見合わせ、照れたように笑った。
●
「じゃあ、麻生さん、明日は直帰ですか?」
夕飯時にも顔を合わせたので、拓海達はこの日も遊夜とユフォアリーヤ夫妻と同席した。
「うん。朝ちょっと早く起きて、のーんびりお風呂してからチェックアウト、かな」
トレイに盛った食事を口に運びながら、遊夜も答える。
直後、ユフォアリーヤが向かいに腰を下ろした。オーダーは早くもデザートに移ったらしい。その隣に座ったメリッサも、そのまた隣の席の千も同様だ。
「美味そうだな」
『……ん』
『今日はスタッフさんにお奨めを訊いたんですよ』
えへへー、と得意顔でメリッサが言う。
「じゃあ、もしかして荒木さんのも?」
遊夜が箸で示した拓海のトレイには、刺身やガッツリした塩系の食事が載っている。
「ええ。このホテル、結構美味しいもの揃ってますよね」
「だよなー。ところで、荒木さん達はこの後?」
「ちょっと格好良い服着て、バーにも行こうかと」
「まさにバカンスだよねー!」
会話に加わった槻右の皿から、またさり気なくパプリカが拓海の皿へ移動した。
●
拓海達一行は、帰りは登山の後、一つ隣の駅から電車で帰る計画の為、朝食バイキングは朝一で食堂へ行き、早々にチェックアウトした。
マイクロバスも待たずに、巡回バスで麓の停留所で下車する。
(山は、拓海とリサさんが得意!)
口には出さずに言いながら、槻右は安心して殿をついて行った。
自身のすぐ前を歩く千は、登山の途中でも時々笛を吹いている。
『あ! キツツキさんが応えてくれた! 嬉しい、嬉しい!』
「よかったな。千の笛が成功した瞬間、スマホで録画したよ」
『あっ、それ、こっちに送って下さい!』
すかさずメリッサが自身のスマホを取り出すので、動画ファイルを送信してやる。
『……あ、来たっ。有り難うございます! 研究完成、じゃーんっ!』
メリッサは、誰にともなく千の観察記録と動画を纏めたスマホを頭上へ揚げた。
『私も締め括りっと……諦めなければ鳥さんともお話ができます!』
千は、ノートに纏めを書いて、共に歩く皆に見えるように胸元に掲げる。
「いい経験になったね」
槻右も微笑して千を褒める。
「ところで拓海、頂上って後どれくらい?」
「そうだな……後一時間かな。その後は下り……」
言い掛けると、槻右はその時間に目眩を覚えたのか、ふうーっと後ろへ身体を傾がせてしまう。
「槻右!?」
『きゃあ、槻右さん、しっかり!』
「もうすぐだぞ」
共鳴して登ろうかとも考えるが、拓海はそれをすぐに打ち消した。
共鳴してしまうと、折角皆で来た意味が半減してしまう。
皆で、一人一人の顔を見て登り、一緒の時間を過ごす事に意味があるのだ。
(もし……)
その先を、明確に言葉にせず、拓海は目を上げる。
だが、いつもどこかで考えている事だ。仮に、能力がなくなっても、この先も皆一緒に過ごしたいと。
その後も、黙々と足を動かすこと、数十分。
『わぁ、やっと着いたーっ!』
『いい眺めだねー』
膝に手を突いて息を弾ませる槻右を拓海に任せた女性陣は、山の突端へ走る。
『お腹空いたー』
『お弁当にしましょ、お弁当!』
「はいはい、ちょっと待って」
拓海は苦笑を浮かべながら、ピクニック用のシートを敷いて、女性陣を手招く。
槻右も入れて全員で腰を下ろし、ホテルの食堂に頼んで作って貰った弁当を広げた。おにぎり弁当だ。
『わぁ! 美味しそうです! おかか好きです!』
お絞りで手を拭いた千が、早速手を伸ばす。
それまでヘバっていた槻右も、「おにぎりっ!」と叫ぶなり手に取った。好物なのだ。
しかし、山道を登るよりも上の試練が、この後の槻右を待ち構えていた。かぶりついた途端、「ん~っ!」と唸った槻右は覚えず目をつぶる。おにぎりの中から顔を出したのは、何と梅干しだ。
この季節、弁当が腐り難いようにと、これは料理人の配慮だろう。しかし、それとこれとは話が別だ。
独特の酸っぱい味に、早くも敗北を喫した槻右は、涙目で拓海を見た。
二人の睨み合いは、早々にケリが付く。
「泣くほどか……分かった、食べてやるよ」
頼られて嬉しい、なんて思ったら負けだ。そう思うのは、この旅行中二度目である。その負けに、満更でもない気分で、拓海は彼の食べかけた梅干しおにぎりを口に運んだ。
●
その頃、朝食バイキングの後、温泉をゆっくり満喫した遊夜とユフォアリーヤは、身支度を整えてホテルの部屋にいた。
「よし、忘れもんはないな?」
自分でも目視で室内をチェックしながら、遊夜が訊く。
『……ん、大丈夫……お土産も送った』
こくりと頷くユフォアリーヤと共に、遊夜は部屋を後にする。
それぞれの、有意義な休暇が、終わろうとしていた。
結果
シナリオ成功度 | 成功 |
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