本部

【異界逼迫】連動シナリオ

【界逼】ソウグウ

雪虫

形態
ショートEX
難易度
やや難しい
オプション
参加費
1,500
参加制限
-
参加人数
能力者
8人 / 5~8人
英雄
8人 / 0~8人
報酬
普通
相談期間
5日
完成日
2018/08/18 13:27

掲示板

オープニング


「大丈夫か……っ」
 ギルが声を振り絞ると仲間達が呻きを上げた。ギル達は野生動物の保護活動を行っており、彼らを密猟者から護るため今日も巡回を行っていた。
 そこに突然起こった地震。慌てて車を発進させた。覚えているのはそこまで。気付けば仲間共々土砂の上に転がっていた。痛む腕を押さえながら必死に仲間へ声を張る。
「助けを呼んでくる。車はひっくり返っているしここが何処かもわからない。あと二名一緒に来てくれ。他の者はあの樹で待機だ」
 安全確保のためにも怪我人を移動させた後、二名と共に歩き出した。聞き覚えのない鳴き声がそこかしこで響き渡る。近付かない方がいいと判断し、出来るだけ静かな方へ歩を進める。
「隊長、あれは」
 と、仲間の一人が前を指した。指した先には街があった。ギリシャ風の彫刻が為された真っ白な建物群。だが当然、今いる筈のサバンナにこんな建物は存在しない。
「ここは一体何処なんだ」
「ブォオオオオッ!」
 ギルの声を掻き消すように巨大な音が響き渡った。視線を向けるとそこには存在し得ない生物がいた。オウラノサウルス。全長約7m、四足歩行の草食で、1億2500万年から1億1200万年の白亜紀前期に存在していた、恐竜。
「どうして恐竜が生きて……動いて!」
「とにかく脱出だ、こんな所に長くはいられない!」
 草食だろうが4トンの巨体は十二分に脅威である。不幸中の幸いと言うべきか恐竜の姿はまばらであり、建物の先には門らしきものが見え隠れする。門と言うより城壁に開いた出入り口と言うべきだが……近付いて気付いた、ここは五十メートル程の城壁で囲まれているらしい……ともかくあれを目指すべきだ。物音の出ぬよう注意しながら、ギル達はただ門を目指す……。
「あー、やる気がこれっぽっちも出ねえわー」
 突然、恐竜とは明らかに違う人間の声が降ってきた。顔を向けるといつからいたのか、奇妙な面を付けた少年が建物の上に座っている。
「俺さー、一生遊べるぐらいの富とか全然興味ねえんだわ。だって世界ぶっ壊れたらそんなの全然意味ねえじゃん。どっちかと言うと俺は世界を壊すの希望でさー。一生遊べるぐらいの富がただの紙キレになっちゃうレベルに。つっても俺みたいな雑魚お邪魔虫になるだけなんでー、ちょろっと抜け出てこんな所でサボったりしてるワケですよ」
 説明口調のようでいて間違いなく独り言。その証拠に面の目は明後日を向いている。だが人間である事に変わりない。ギルは黒地に一つ目の、面の少年へと話し掛ける。
「君、手を貸してくれ。仲間が怪我で動けない。誰か呼んでくれるだけでもいい。頼む、力を貸してくれ」
 仲間達も「お願いだ」と少年へと頭を下げる。面の奥で、少年が笑った気配がした。
「いいよ」


 救護要請が入ったのは、スワナリア出現の報からまもなくの事だった。スワナリア上部にはバリアのようなものが張られ、当時地上にいた一般人はバリアを滑り土砂と共に外縁に落下したらしい。現在アフリカ各国が彼らの救助に当たっている。
「だがバリアに一時亀裂が生じ、落下した車があったそうだ。バリアは現在も展開中で、ヘリ等を用いて上空から突入するのは難しい。またマガツヒが侵入しているため非リンカーは派遣出来ない。
 なおスワナリアでは恐竜の姿も確認されているらしい。リンカーであれば問題ないが、一般人はそうもいかない。とにかく、一刻も早く救助してくれ」


 直径二十八キロメートルを取り囲む白い城壁。その西側には狭い出入口が数多く存在していた。どの出入り口も人一人通るのが精一杯で、車で入るのは無理だろう。つまり怪我人がいた場合担いでここまで運ばねばならない。
 ガイル・アードレッドはライヴスの鷹をスワナリア上空へと舞わせた。同じナニカアリ荘の住人、李永平は古龍幇に帰還しており、今後の動向について劉士文と話し合うという事だ。もしかしたらこのまま帰ってこないかもしれないが、ガイルはそれはそれとして事件に関わる事にした。なにより一人のエージェントとして。
 鷹が要救助者を探し出そうと鋭い瞳を地上に向けた、刹那、一発の弾丸が鷹の胸部を貫いた。ダメージを受けた鷹は掻き消え、ガイルは地上から狙撃された事を知る。
「誰かいるでござる!」
「いるよ。いちゃ悪い? 謝ったら許してくれる?」
 ガイルの声に被せるように、汚泥を思い起こすような少年の声が聞こえてきた。パーカー姿の、高校生と思しき少年。その顔に嵌まった面にガイルが大きく目を見開く。
「パンドラ!? しかし、パンドラは撃破されたと!?」
 エージェント達は一斉に少年へと得物を向けた。マガツヒに所属していたトリブヌス級愚神、パンドラ。この少年の外見はヤツにあまりに類似していた。全くの赤の他人でも面のマークはマガツヒの物。マガツヒの一員と警戒するのは当然だ。
 少年は慌てた風もなくゆっくりと両手を挙げた。敵意のない事を示すためのものではない。馬鹿にしている。そうとわかる動作だった。にたにたと嘲笑っているだろう事が分かる声音で少年はこう言った。
「待て待て待て。何考えてるか知らねーけど、俺は『人間』だぜ? リンカーでもない一般人。人間かそうじゃないかわかるスキル持ってんだろ? 使ってみろよ。俺を殺したら人殺しになるってわかるから」
「非リンカー? なら、何故マガツヒの面を!?」
「ちったあ考えてから聞けよなあ。でも親切だから教えてやるよ。従魔が乗り移ってんですよこんな感じで。あ、でもでも従魔は手甲と足甲だけで、他の部分は人間のままだから攻撃当てれば死ぬからな」
 少年の内から染み出すように、緑色のアメーバ状が少年の四肢を覆い尽くした。このアメーバ状が「手甲足甲」という事だろう。そしてそれ以外の部分は生身で、そこに攻撃を当てれば、
 死ぬ。
 ガターンと、何かが砕ける音が少年の背後で響き渡った。目を向けるエージェント達に少年はゲタゲタ笑い出す。
「そういやさっきオッサン達に会ってさー、『力』を貸してくれって言うから従魔貸してやったんだよね。でも制御出来ねーみたいで、早く助けないと死ぬかもな。ヒヒヒヒ!」
 瓦礫の上を這うように、大きさの違う赤黒いムカデが二匹現れた。否、それはムカデのように寄り集まった無数の箱型従魔だった。従魔は建物に激突しつつ暴れ回る。人間の悲鳴が箱の中から聞こえてくる。
「助けて……助けてくれぇっ!」

●場所情報
 スワナリア西側
 戦闘区域は50×50sq。二階建ての建物(頑丈だが壊せる)で構成された町。中央に片側二車線、計四車線、土が剥き出しの道路あり
 住人なし。建物に家具等残されているが生活感なし。門付近に森がある。地下空間へ続く出入口なし。遠方に塩湖あり。オウラノサウルスが数匹おり、攻撃されると暴れ出す(ライヴス性の攻撃ではないのでリンカーならダメージを受けない)

解説

●目標
 一般人の救出(面の少年は含まない)

●敵情報
 奇箱・蝕(改)×2
 小さな箱が寄り集まってムカデの体を為している。集合体を1体の従魔と考えて差し支えない
 大きい方は全長4m、動きは遅いが防御と生命が高く、救助対象2名入り。小さい方は全長2m、防御・生命が低いが移動と回避が高く、救助対象1名入り
 どちらもエージェントから逃げ回るように動き、7R経過で救助対象のライヴスを吸い尽くし殺害する。ダメージを与えると箱が壊れて隙間が出来、生命力半分以下で救助対象を引っ張り出せるようになる。ただし外に出した瞬間、従魔は救助対象を標的にする
・塵穿ち
 前方5sqに突進する
・差し向ける悪意
 箱から弾丸を飛ばし最大5体に1d6の固定ダメージ。射程20sq
・禍の狂持
 パッシブ。1Rで2回行動可

 面の少年
 両手両足に従魔を装着した少年。救助の邪魔をするように行動。手甲足甲が一定ダメージを負うか奇箱・蝕(改)が1体倒れると逃亡。死亡すると……
・へらず口
 少年を「敵」とする理論に穴があると反論する

 手甲足甲
 アメーバ状の従魔。両手両足合わせて1体ではなく、個々に独立した従魔(計4体)。少年への攻撃をカバーする
・衝撃吸収
 ぐずぐずに柔らかい肉で衝撃を吸収しダメージ軽減
・優秀な細胞
 触れた対象(少年含む)か自身のBS回復
・壊造:未熟
 触れた対象か自身のステータスを強化or新たにスキル作成。1体につき1回使用可
・ヒトゴロシになる?
 牽制や足止めなど「殺害を意図していない攻撃」が、判定の結果少年を殺害し得る攻撃で、かつ手甲足甲でのカバーが不可能だった場合、攻撃者の脳に少年を殺害するイメージが投影され意識を奪われる(【洗脳】付与)(「殺害を意図した攻撃」の場合はこの限りではない)

●NPC
 ガイル&デランジェ
 特に指示がなければ一般人の救助に向かう
 スキル:潜伏/女郎蜘蛛
 武器:二丁拳銃「パルファン」

リプレイ


『はやくたおして、オウラノサウルスをちかくでみよう!』
「まあ、調査もできたらしたほうがいいのかな……?」
 はしゃぐシキ(aa0890hero001)の声にわずかに首を傾げた後、十影夕(aa0890)は共鳴しLSR-M110を諸手で構えた。面の少年のことも気になるところだけど……、捕らわれている人を助けるのが先だ。
「誰か、誰か助けてくれ!」
「すぐ助ける、大丈夫!」
 求める声に呼び掛けて、まずは動きの速そうな小さいムカデに狙いを定める。狙うべき核、はなさそうだけど、声のした辺りはなるべく避ける。
「それじゃあ、遠慮なく行かせてもらうよ」
 シキと共鳴した事により現れた組紐を揺らしつつ、夕は狙撃銃の弾丸を奔らせた。ムカデの体為す箱型従魔は、攻撃から逃れようと多数の脚を蠢かせたが、夕の命中力はそれを許さず箱の一部を打ち砕く。

 日暮仙寿(aa4519)は思う。俺は刺客だ。暗殺任務を生業とする一族に生まれ育ち、今まで『仕事』も沢山してきた。――多くをこの両手にかけた。
 だがその濁を負い清を貫くと……剣客になると決めた。
 殺すと決まれば躊躇する事は無い。だがやむを得ない場合以外は人殺しは極力しない。
 とは言え一般人の命を危険に晒す者は只の犯罪者。
 愚神を使うのであれば尚更だ。一般人は必ず守る。
 わずかの間に己が決意を思い直し、まずは少年の視界から外れるべく建物の影に入り込む。只の一般人であるのなら潜伏を見破れる訳はない。しかし少年の言葉が嘘ならば、少年が異質の存在なら、潜伏が効かない可能性は十分ある。
 自身の全身をライヴスで覆い隠し、影に潜んで機を伺う。いらぬ心配とは思いつつ、不知火あけび(aa4519hero001)が問い掛ける。
『仙寿様、大丈夫?』
 仙寿は答える。
《ああ、勿論》
 
「既に救助者は従魔に取り込まれているか……急がねば、手遅れになる前に必ず助ける……!」
『行こう! 仲間と力を合わせて守り抜くんだ!』
 ジェネッサ・ルディス(aa1531hero001)と共鳴し、無月(aa1531)もまた救助のために駆け出した。彼女達が向かうのは大型に寄り集まった箱型従魔。従魔の討伐は勿論として、その前にまずは救助者を解放しなくてはならない。
 とにかくダメージを与えるべく、得物の中でも威力の高いリボルバー「バルイネインST00」を選択。常は無月が主導だが、リボルバーを使う今はジェネッサに支配権を移行する。拳銃の扱いは彼女の方が上だからだ。
『従魔君。捕えた人達を返してもらうよ!』
 毒のライヴスをまとわせて弾丸を射出する。残念ながら毒の方は浸透しなかった模様だが、威力を増した攻撃はムカデの外表を砕き落とした。しかししばらくかかりそうだ。無月はガイルの姿を認め、一時主導をジェネッサから譲り受けて声を張る。
「しばらくぶりだな、ガイル君。今回の任務、囚われた人達が助かるかは君達の活躍次第だ。修行の成果、全力で発揮して欲しい……頼りにしている」
「任せて欲しいでござる!」
『無月、やっぱり君はあの子達が気になるんだね。まあボクもだけどさ』
 粗方の指示を伝えた無月にジェネッサはひそりと声を掛けた。覆面に隠れて見えないが、無月がわずかに笑んだような気配がした。
「さて、私達も己が役割を果たさねばな」


『今更人殺しになると脅されて、怖気付くと思われているのであれば心外ですわね』
「愚神を殺すより人を殺す方が簡単なのではないですか?」
『労力ではそうなのだけど、規則は面倒なものなのよ?』
 内から響くアトルラーゼ・ウェンジェンス(aa5611)の声に、教え諭す母のようにエリズバーク・ウェンジェンス(aa5611hero001)は微笑んだ。人殺しが怖くて復讐が出来るものか。深い海のような青い目に今も滾るは憎悪の炎。
『まぁこの状況ですし、殺してしまっても言い訳はたつでしょう』
 規則に縛られているとしても、ならばその犯人殺害規則に当てはめてしまえばいいだけのこと。
 どうせこの場にいる人にしか事実は分からないですしね?
 と心の内で微笑んで、少女と変じたエリズバークは周囲に拳銃を侍らせた。多数の魔導銃50AEはふらふらと宙を舞い、一瞬でその銃口を赤黒いムカデへ向ける。
『とは言え人殺しになる前に、まずは従魔を破壊するのが先決ですわ』
 一気に生命を削るべく、そして自分に敵の注意を引き付けるべく、ライヴスの弾丸を一斉に撃ち放った。弾丸は波となって大ムカデを押し流し、4mもの集合体を盛大に壁に叩きつける。
『あらあら図体ばかり大きくても何の意味もありませんね? くすくす』

「……パンドラ、なのか?」
 少年の外見にレイ(aa0632)はぽつりと呟いた。服装や面の色は違えど体格は似通っている。だが。レイは自分の言葉を首を振って否定する。
「いや、ヤツではない……絶対に」
『でもさー、もしホントにパンドラだったら? そうじゃなくても何等かの接点があるとすれば?』
 カール シェーンハイド(aa0632hero001)の問い掛けにレイは指で顎をなぞった。
「接点、か……確かにパンドラもしくはあの姿……その【意味】が有るはず……だな」
 ひとまずは従魔対応と、共鳴後ジャングルランナーを駆動して建物の上へ飛び乗った。九陽神弓を引き絞り、アメジストの瞳をスッと細める。
「『最初から……飛ばすとするか』」
 目にも留まらぬ早撃ちにより三本の矢が放たれた。素人目には全く同時に放たれたとしか見えぬだろう。そのぐらいの速度を以て矢は三方の敵へと向かう。
 小型ムカデだけは紙一重で矢を避けたが……箱が少なく小さい分多少の小回りは効くらしい……大ムカデと少年の左腕手甲には狙い通り命中した。そして躱されたとしても、仲間の次手の好機とする、という目的は果たされる。
「派手な人だね!」
『僕らも続こう』
 距離を取ってエリズバークの大技を見届けた後、琥烏堂 晴久(aa5425)、琥烏堂 為久(aa5425hero001)も行動を開始した。主導は為久だがその姿は晴久でも為久でもない女性。黒セーラー服と長い黒髪をなびかせて、住人の気配のない白い街を駆け抜ける。
『話してみたいか?』
 小さいムカデへ走りながら為久が問い掛けた。
「んー……聞きたいことはあるけど、個人的にお話したいかっていうと別に、だね」
「(だってこの人はパンドラさんじゃないもの)」
「それより早く出してあげよう。閉じ込められてるおじさん達が心配だもの」
 理由の全ては告げぬまま、晴久は為久へそう返した。為久はそれ以上は聞かず、銀の魔弾を敵へと向ける。レイのトリオを避けた直後に放たれた追撃は、一直線に突き進んで箱の一部を瓦礫に変える。

「エージェントっつーのは本当に容赦ねえなあ」
 少年は矢が突き刺さった左腕手甲に視線を落とした。少しでも狙いがズレていれば、今頃少年の左腕は吹き飛んでいたに違いない。少年は面の下でハッと小さく笑みを吐き、奇箱へ向かったリンカー達の跡を追おうと足を動かす。
 そこに弾丸が跳躍し、少年の右脚にへばりつく足甲型従魔に穴を開けた。弾が飛んできた方向に黒地に一つ目の面を向けると、15式自動歩槍「小龍」を構えた卸 蘿蔔(aa0405)が立っていた。
「人の命を奪う気はありません……と、銃を向けならが言うのも変ですけど」
「そうだな、説得力が全然ねーわ」
 少年は首をがくりと傾げ、蘿蔔の方へ意識を合わせた。蘿蔔は銃口を向けたまま少年と装備を観察する。手甲足甲はずるずる蠢き空いた穴を肉で覆う。全体的にぐずぐずのアメーバ状で、目や耳と思わしき器官は見当たらない。
「(確かに似ているけど。なんというか、真逆な感じがするね)」
 蘿蔔が少年に抱いた感想はそれだった。パンドラは破壊狂であったが、エージェント達に向ける言動は友好のそれだった。だがこの少年の態度の端々に見えるのは……。
「私は蘿蔔と申します。あなたは、えと……なんと呼べば良いのか。今、お話しているあなたは誰、ですか?」
「ステージ」
 ダメ元で聞いてみたのだが意外にあっさり答えてくれた。ただし『ステージ』が「誰」を指すかは不明だし、どちらにせよ少年の本名ではないだろう。ガイル相手にぺらぺら喋った様子から、蘿蔔は少年について「お話が好きそうだ」と推測を立てた。時間稼ぎのためにも積極的に話し掛ける。
「このままでは人間でいられなくなるかもしれません。良いのです、か?」
「俺は『従魔が乗り移ってんです』って言ったよな? 乗り移られてる人間って自力でどうこう出来るもんなの? 自力でどうこう出来ねえから、お仲間さんはオッサン達を助けようとしてんじゃねえの?」
『「従魔に乗り移られている」という体は崩さないみたいだな』
 レオンハルト(aa0405hero001)が内から蘿蔔に声を伝えた。「乗り移られている」というのが嘘で……というより嘘だと考えている者がほとんどだと思われるが、少年自身が自分の意志で会話している可能性はもちろんある。それを引き出す意味で、ボロを狙って問い掛けたが、反証を用意しない限りポーズを崩すつもりはなさそうだ。
「従魔に乗り移られてるだけだから、そういう事で勘弁しろよ!」
 嘲るように吐き捨てつつ、少年は蘿蔔を蹴り倒そうと飛び掛かったが、そこに虎噛 千颯(aa0123)が操る飛盾「陰陽玉」が立ち塞がった。リフレックスがダメージを反射し足甲表面がわずかに飛び散る。着地した少年へ、千颯は常のごとき飄々とした調子を向ける。
「あれ? お前もしかして結構前にビルの屋上にいなかった?」
「ビルの屋上にいた事あるヤツなんて世の中いっぱいいるんじゃねえの?」
「はいはい、まあとりあえず、救助の邪魔するなら敵とみなすぜ? 敵意が無いってなら黙って見ててな。こっちから攻撃はするつもりないけど、ただ黙って受けてやるつもりも無いから、攻撃するなら最悪自分が死ぬ事も考えておけよ。お前が自ら自殺したい、ってなら止めないけどな」
 手足にへばりつく従魔をではなく、少年を指差しながら千颯は警告を音と発した。対し少年は馬鹿にしたように面ごと首を傾げてみせる。
「俺は『従魔が乗り移ってる』って言ってんだろうが。乗り移られただけの一般人を見殺しにすんのかヒーロー様よぉっ!」
 少年は今度は右拳を突き出した。ただし大したスピードではない。慌てるような理由もなく、同じように飛盾で受け止めリフレックスでダメージ反射。宣言通りこちらから攻撃するつもりは無いが、黙って受けてやるつもりも無い。従魔に操られているわけではなく、少年の意志で行っている、千颯はそのように見ている。反射攻撃で少年が最悪死んだとしても、別にそれを悔いるつもりはない。
『この少年が何か企んでいる可能性はあるでござる』
「というより、何か企んでいる前提で動いた方がよさそうなんだぜ」
 白虎丸(aa0123hero001)の言葉に千颯は小さく顎を引く。「攻撃すれば死ぬ」等と牽制めいた事を言っているが、逆に自分を殺させようと誘導してくる可能性もある。少年が死ぬ事で何かある可能性も。それを見極める。殺させようと挑発されても受け流す。死ぬ事が何かのトリガーなら余計に殺させない。
「従魔を離すだけなら手足を切り取ればいけるんじゃないか? 俺ちゃんバトルメディックだし~、瞬間的な止血とかで延命する事は出来るんだぜ? いちお言っとくと、『強大な旗下組織』だけでも指名手配の対象になる場合もあるんだぜ? ま、殺さなくても捕まえる方法はいくらでもあるんだぜ?」
 牽制の意味も込め、割と強めの口調で対峙。別に仲良くなる気は無いので気を遣う理由もない。相手の出方を見る。それを優先しての発言だった。
 少年が笑った気配がした。面に隠れて表情を伺う事は叶わない。だが漏れた声は恐れではなく、嘲笑だとはっきりわかった。
「あんた従魔に乗り移られてる人間見たらさ、とりあえず手足ぶった切る提案すんのかよ。おっかねえ」


 二体のムカデがそれぞれに弾丸を周囲へ撃ち放った。建物に隠れていたレイと仙寿は回避するが、広範囲に撒かれた弾はリンカー達の手足を抉る。
「母様、大丈夫ですか」
『ええ、もちろんよアトル』
 傷口を一瞥した後、エリズバークはアトルラーゼの声ににこりと笑んで答えた。回避し切れずエリズバークにも弾丸は当たりはしたが。
『この程度の傷であれば、まったく問題はありませんわ』

『(ひょっとして救助対象のライヴスを吸収してる!?)』
 奇箱から聞こえる声にあけびはそのような懸念を抱いた。今自分達が追っている小ムカデに入っている人数は一人、声からそのように推測出来るが、先程よりも声が弱まっているような気がする。ライヴスの流れを見る機械等は手元にないが。
《(いずれにしろ、時は掛けていられないな)》
『(急ごう。夕とハルが気を引いてくれてる内に!)』
 
「(出来れば向こうに行って欲しいところだね)」
 方向を視野に入れつつ夕は狙撃銃の狙いを定める。可能であれば、少年や恐竜から距離が離れるように奇箱共を誘導したい。
「(逃げる相手だし、追い立てるのは可能かな)」
 思いつつ瞬間的に反射神経を限界まで高め、先制の早撃ち、ファストショットを繰り出した。それとほぼ同時とも言えるタイミングで、潜伏を掛けていた仙寿とガイルが躍り出る。
「(あぶね、狙撃銃でよかった。きみら速すぎ)」
 二人の奇襲の成功率をより上げるため、為久が呪符「氷牢」を掲げる。凍り付き砕けた符は中空にて杭へと変じ、鋭く尖った切っ先を従魔の進行方向へ向ける。
『逃がさないよ』
 瞬間、地に突き刺さった氷の杭は敵を封じる牢となり、消えるまでの一瞬ではあるが奇箱をその場に足止めた。夕とも晴久とも共闘は初めてだ。だが二人共仙寿にとって気の置けない友人達。彼らが作ってくれた機会で、死角で、肉薄した仙寿が小烏丸を振り被る。
 ザ・キラー。不可視にして無音の暗殺攻撃。潜伏に友人達の連携が功を為し、攻撃は的確に奇箱の割れ目に突き刺さった。箱のいくつかがガラガラと崩れ落ち、人を引っ張り出すには十分過ぎる巨大な穴が穿たれる。
《ガイル、女郎蜘蛛を!》
 仙寿が声を上げたと同時、残っていた箱が開き弾丸を撃ち出した。一度目は躱したが超至近距離にいた故に、二度目の弾丸は仙寿の肩に潜り込む。
『仙寿様』
《案するな、大した傷じゃない》
「行くでござるよ!」
 ガイルが女郎蜘蛛を放ち奇箱の全身を絡め取った。その隙に仙寿が囚われた者を引っ張り出し、一瞬無事を確認して即座にガイルに引き渡す。
《ガイル》
「任せるでござる!」
「それじゃあ早く片付けようか」
 ふっと息を吐いた後、夕が改めて銃口を合わせた。救助対象を箱から出す事は出来たが、油断は出来ない。完全に倒してから大きいムカデ退治へ行った方がいいだろう。早く向かいたい所だが、奇箱ひとつでも救助対象には十分危険と考えられる。中途半端には出来ない。
 一撃でも多く一秒でも早く片付けるため、夕は精神を集中させストライクを叩き撃った。鋭い一射。簡単には避けさせない。ガシャリという音が鳴り夕は柔く目を細める。
「いい音。でも、相手が虫じゃあ響かないね」
 箱の蓋がぱかりと開き数度目の弾が放たれた。女郎蜘蛛の拘束は移動を封じる事は出来ても攻撃を封じる事は出来ない。弾は当然とばかりに救助対象へも向かう。
 寸前、為久が隠神刑部の編笠を被り、幻影を盾として救助者を背後に庇った。弾丸は再び放たれたが、こちらは仙寿がターゲットドロウで攪乱し、救助者とは遠く離れた明後日へと飛ばさせる。
『NINJYAの連携、恐れ入ったか!』
《ガイル、救助対象は任せたぞ》
「了解でござる!」
 あけびは得意げに、仙寿は凛と声を張り、ガイルは男性を引き連れて遠くの方へと駆けていった。この先へは行かせまいと、リンカー達はそれぞれに武器を握り敵を見据える。


「こう言っておくべきだったかなあ。従魔に乗り移られたんで助けて下さいヒーロー様ァッ!」
 面の下から発しつつ、少年は蘿蔔と千颯を避けて従魔の方へ向かおうとした。命を奪う気はない。けれど見過ごすつもりもない。蘿蔔は引き金に指を掛け千颯へ短く注意を叫ぶ。
「千颯さん、行きます!」
 炸裂する閃光弾。面を被ってはいるもののフラッシュバンの効果はあったらしい。少年は目の辺りを庇うような仕草を見せ、蘿蔔はその隙に拘束しようと捕縛用ネットを射出する。
「本当はサンタさんを捕縛する用なのですが!」
「えげつねえことを考えるヤツがいるもんだな」
 ネットは少年を捕らえたが、少年は腕の一振りでネットを容易く切断した。手甲足甲は従魔部分、ライヴスの通っていない物で捕縛するのは難しい。捕縛を試みるのであれば、まずは手甲足甲をどうにかしないといけないだろう。
「救助の邪魔するなら敵とみなすって言ったよな!」
 今度は千颯が距離を埋めつつセーフティガスを振り撒いた。攻撃しないとは言ったがスキルを使わないとは言っていない。セーフティガスを使ったのは、足止め以外にも少年の正体を見極めようという目的もある。少年が非能力者であれば、愚神でも従魔でもないただの人間であるのなら、『少年』は寝るはずだ。その後従魔が回復させるにしても少年の素性はわかる。
「(パンドラちゃんは平気で嘘ついたからあんま信用出来ないんだぜ)」
 少年はただの人間ではない、と疑っての選択だったが、ガスに覆われた瞬間に少年の身体はぐらりと揺れた。手甲足甲が支えているらしく崩れ落ちはしなかったが、不自然な体勢から一拍置いて少年がぽつりと声を漏らした。
「……あ、寝てたわ。やっべえ俺雑魚過ぎねえ? 敵う気が一切しねえから、って事で逃げさせて頂くわ」
 瞬間、少年は蘿蔔と千颯の前から姿を消した。いや消えた訳ではない。猛スピードで二人を抜き奇箱の元へ向かったのだ。
 小ムカデの姿を捉え、少年は箱に触れようと手甲に覆われた腕を伸ばした。しかしその寸前で、襲来に気付いた仙寿が刃を掲げ立ちはだかった。あけびの意識が表に出、少年へと問い掛ける。
『私は不知火あけび。ステージっていうの? もしかしてパンドラの同僚?』
 冷静な口調で尋ねる。少年の猛スピードの原理は不明だが……元々移動に長けた従魔だったのか、それとも……いずれにしろ、何らかのスキルを使う可能性は十分ある。情報収集と時間稼ぎ、牽制の意も込めて、あけびは少年の一挙一動に集中する。
「……の弟だよ」
『弟? 弟って、パンドラの?』
 少年の返事はなかった。あけびとやり合うつもりはないらしく、先と同じようにすり抜けてそのまま従魔へ向かおうとする。 
 そこに蘿蔔のトリオが奔り、少年の両脚、そして右腕に付着する従魔へと命中した。千颯も脚を動かしながらパニッシュメントを手甲に見舞う。手応えとして、手甲はやはり従魔で間違いないようだ。ただ少しだけ違和感を覚えるが……。
「そうそう簡単には倒せないか」
 パニッシュメントの光を浴び手甲は少し蠢いたが、未だ消えそうな気配はない。基準にはならないかもしれないが、多少のダメージ耐性はあると見た方がいいだろう。
 晴久は少年へ意識を向けた。パンドラではないと思いつつ、聞きたいことはある、という言葉も嘘ではない。奇箱への攻撃は主導を握る為久に任せ、晴久は口だけを借り少年へ声を投げ掛ける。
「ボクは琥烏堂晴久。ハルちゃんて呼んでね☆ 君のことはステージさんでいいのかな? 学生なの? マガツヒにいて楽しい? その従魔ってなにが出来るの? なんで世界を壊したいの? 君がここにいるならボクは延々と質問を続けるよ!」
『(新手の嫌がらせだな……)』
 為久が胸の内だけでぽつりと呟き、晴久もまたあけびと同じく少年の様子に注視する。少年は面を為久に……その内にいる晴久に向けた。夕は奇箱に専念し銃口もそちらに向けているが、計五人のリンカーに囲まれている、という図式に変わりはない。
「延々か。そうかい。そんじゃあここは立ち去った方が良さそうだな」
 少年が述べた瞬間、奇箱が弾丸を射出して方々へとバラ撒いた。リンカー達はそれぞれ回避するが、弾丸の向かった先のいくつかにはオウラノサウルスの姿があった。どうやら着弾したらしく、突然の痛みに咆哮を上げ暴れながら駆けてくる。
「俺ちゃんに任せときな!」
 千颯は恐竜達との距離とタイミングを見計らい、二度目のセーフティガスを恐竜達へと使用した。少年も巻き込みたかったが既に走り去っている。
『逃げ足が速いでござるな』
「もう一方に向かったのかもしれない。連絡入れておくんだぜ」
 白虎丸に応えた後、得た情報も合わせてもう一方へ通告する。蘿蔔は一足先に少年の跡を追う。完全に撤退するなら深追いはしないつもりだが、もう一方に向かったのであればどちらにせよ行く必要がある。
 ライヴスを弾に込め、夕がダンシングバレットを奇箱目掛けて叩き出した。跳ね回る弾丸は例え避けられたとしても、意識の外から再び獲物に襲い掛かる。跳弾が命中したに合わせ、為久が再度「氷牢」を掲げ杭を作成。
『しつこいのは嫌いです』
 突き刺さった氷の杭は箱を瓦礫に縫い付けた。これで避難した一般人を追う事も、リンカー達の攻撃から逃れる事ももう出来ない。仙寿が一挙に距離を詰め、椿の短剣をムカデの背に深々と突き立てた。箱同士がバラリと離れ、瞬く間に割れて崩れて砂のようなものに変わった。
《俺達も急ごう》
 友人達に声を掛け、羽織袴を翻して仙寿ももう一方へと走り出した。何かを気にしているような晴久に気付き、為久が小さく問い掛ける。
『どうした』
「ステージさん、大丈夫かなって。だって、人間なんでしょ?」
 従魔の攻撃が少年に当たるとは思わないが、暴れた恐竜に襲われる可能性は考えられる。晴久の懸念に、為久は間髪入れず答える。
『だがマガツヒだ。従魔憑きのね』
 守るのは一般人を優先するよ、為久はそう続けた。晴久は口を閉ざし、為久もまた援護に向かうべく友人の跡を追う。


 弾丸に毒のライヴスをまとわせて、ジェネッサが「バルイネインST00」の銃声を響かせた。今度は成功したらしく、染み込んだ毒はじわじわと奇箱の生命を蝕んでいく。側面に回り込んだエリズバークが魔導銃を複製し、大ムカデの急所を狙ってレプリケイショットで追い叩く。
「『どれ、音色を確かめてみるか』」
 ジャングルランナーで向かいの建物に飛び乗った後、レイは神弓の弦を引き直線に矢を射放った。狙い通り箱と箱の継ぎ目へと命中し、走ったひび割れが瞬時に広がり箱が砕けて地面に落ちる。
「(こちらに来るには今しばらくかかりそうだな)」
 無月は遠くを走るガイルにちらりと視線を向けた。ガイルは今もう一方の、小型ムカデから救出された一般人を逃がしている。彼を安全な場所に避難させ、こちらに来るにはしばし時間を要するだろう。
『ガイル君が戻ってくるまでに彼らを出せるようにしないと』
「ああ、そうだな」
 主導をジェネッサから譲り受け、無月は従魔へ飛び掛かった。巨体から繰り出される突進をターゲットドロウで引きつけ回避。そのまま持ち替えた雷切で箱のいくつかを斬り崩す。エリズバークは敵の背面に回りつつ、レイはジャングルランナーで移動しながら通常攻撃を繰り広げた。巨体故に動きが鈍く、また的としても大きいため、攻撃は面白いように当たる。だが箱が多い故か隙間は未だ作れない。
「とにかくもう一度だ、今度は一斉に行くぞ!」
 弾丸を掻い潜りながら無月が仲間へ声を上げ、言葉通りの一斉攻撃を大型ムカデに浴びせ掛けた。箱がガラガラと崩れ落ち、人一人引っ張り出せる程の穴がムカデに出現した。ガイルはまだこちらに来ないが、従魔に囚われたままでいさせるのも危険が大きい。
 そう判断し、無月は突進を避けながら奇箱の上に飛びついた。そして救助者を引っ張り出そうとした、その時、視界の端に黒い面を付けた少年の姿が映り込んだ。
「君は……!」
「そんなツラすんなって。挨拶周りに来ただけだよ!」
 少年は一直線に箱に駆け寄ろうとしたが、レイが建物から飛び降りつつ消火器の中身を噴射した。パンドラはライヴス攻撃でない物には即時に反応出来ない、そのような推測が立てられていた。また消火器噴霧は攻撃ではないので、従魔の妨害を回避出来るのではと考えての行動だった。
 レイの推測がどこまで当たっていたかはわからないが、少年の黒い面には白い消火剤がまばらに跡を残していった。カールとの完璧なユニゾンで、レイは少年に語り掛ける。
「『挨拶くらい、仮面を外したらどうだ? 自慢の面も真っ白だぜ? 意味が無いんじゃないか、そんなザマだと、な』」
「生憎だけど、いきなり消火器ぶっかけるヤツに見せてやるツラはねえもんで!」
 少年はレイに蹴り掛かるような動作を見せたが、軸足にエリズバークのレプリケイショットが着弾した。飛び散った足甲の肉片はすぐに干からび消え失せる。少年が敵でも一般人でも関係ない。エリズバークはたおやかに、同時に妖しく笑みを浮かべる。
『疑わしきは罰せよと言うでしょう?』
 とは言っても情報を知っていそうなので出来れば確保したいところだが……今回は救助優先なので逃げたとしても深追いしないが、その笑みは口先だけではない事を如実に示していた。
「ごもっともだ。疑わしきは罰するべきだわ。真偽の程の検証なんざいらねえよなあ」
 対し少年の声も笑っていた。怯え混じりの虚勢ではなく、我が意を得たりと言わんばかりの。一種異様な空気を破るように、全力で駆けてきたガイルの声が耳を打つ。
「無月殿、お待たせしたでござる!」
「頼む、ガイル君!」
 ガイルが潜伏からの奇襲攻撃を従魔に見舞い、その隙に無月が救助者二人を引っ張り出す。奇箱の攻撃が助け出された二人に向く、寸前、同じく駆けてきた蘿蔔が我が身を盾に二人を庇う。
「援護します!」
「それでは、ガイル君と共に彼らの護衛を」
 無月がターゲットドロウで引き付けながら女郎蜘蛛で従魔を捕らえ、ガイルと蘿蔔は救出した二人を連れて走って行った。一瞬、蘿蔔の瞳が少年を向くが。
「(彼を捕まえて助けられるとも限らない。今は目の前の人を助けよう。この人達を無事に保護する方が今は大事)」
「蘿蔔殿?」
「……ん。急ぎましょう」


 レイとエリズバークは少年の様子に注視していた。安心するにはまだ早いが、リンカーが二人もついているのだ。救助対象に危害が及ぶ可能性は少ないだろう。
 だが少年は明らかに奇箱に「何か」しようとしている。その対象が一般人である可能性も否めない。故に二人は少年を足止める事を選択した。
 少年は一瞬奇箱を向き、それから正面に面を戻した。そして過剰とも言える程大きく両の肩を落とす。
「向こうの方は壊されたか。いい加減戻らねえと怒られそうだし、んじゃこの辺で帰るとする……!」
「その前にもう一回、試させてもらうんだぜ!」
 瞬間、千颯が疾走しながらパニッシュメントを少年へと喰らわせた。喰らわせたと言っても少年がダメージを受けた様子はない。従魔、愚神、邪英のどれでもない。少年の言葉通り、彼はただの『人間』のようだ。
 少年は踵を返し逃げ去ろうと試みたが、そこにエリズバークの投げた酒瓶が飛来した。紹興酒「仲謀」。ストレートな口当たりと深い香りを備えた著名な紹興酒であり、今回は睡眠薬を三つも入れたエリズバーク特性ブレンド。
『少年なら度数が高いお酒は苦手かな、と思いまして。酔っ払ってくださるとありがたいのですけど』
 お酒に慣れていない人間は匂いだけでも酔っ払うといいますし? とエリズバークはくすくす笑う。調子に乗った彼がぐいっと飲んでしまえば睡眠薬の効果も得られるし、防御されて割られても多少は効果があるはずだ。もし効かなくともそれはそれ。リンカーでも効く睡眠薬が効かなければ、例えパニッシュメントが効かずとも普通の人間ではないだろう。
 酒瓶は手甲が弾き簡単に砕けたが、少年に振り掛かった酒の方はそうもいかない。「ぐ……」と呻きを漏らしながら少年の身体がわずかに揺れ、そこに今度は晴久がヤシの実爆弾を投げ付けた。こちらも手甲がガードしたが、爆発してココナッツ汁が飛び少年の面をべたりと汚す。
「邪魔してくれたお礼だよ!」
「(顔くらい見せてってもらわないとね)」
「テメエら……未成年の一般人にやりたい放題しやがって……」
 少年がふらつきながら面を少しだけズラした。どうやら面の隙間から中に少々入ったらしい。頭からココナッツ汁を被れば面を外すかも、という晴久の目論見は、三分の一ぐらいは達成されたと言える。
 黒い髪の間から覗く目は、エージェント達への敵意と悪意に満ちていた。だが見えたのは一瞬だけで、次の瞬間には少年は姿を消していた。足音が聞こえるので追う事は出来るかもしれないが。
《今回はお預けだな》
『そうだね、あの人達を護るの優先!』
 潜伏で身を隠したままの仙寿が急に姿を現し、Red string of fateを括り付けた短剣を投擲した。不意打ちからのザ・キラーはまた多くの箱を破壊し、頭の方から潰しを狙って夕がダンシングバレットを放つ。
「はは、ブロック崩しみたい」
 ガシャンという音をBGMに、レイはジャングルランナーを使い再び建物の上へと飛んだ。仲間達の攻撃によりある程度ダメージは溜まったはずだ。一気に攻勢に出ても問題ないだろう。
「『アハトアハトを撃つぞ。ムカデから離れていろ』」
 注意喚起の声掛け後、レイは矢を射放った。瞬間、ライヴスが爆発し周囲を一気に吹き飛ばした。アハトアハト。大量のライヴスを集積して矢弾に込め、爆発した衝撃波で周囲を吹き飛ばす攻撃。仲間の位置を把握しさらに注意喚起したおかげで、仲間へのダメージなし。爆心地では奇箱が瓦礫の中で蠢いていた。建物の白と奇箱の赤黒が混ざり合い、ムカデの周辺は異様な色合いを為している。
 奇箱の蓋が開き弾丸が射出されたが、エリズバークがインタラプトシールドでその内の一つの進行を防いだ。その先には救助対象がいる。
『今更彼らを殺させたりなどいたしませんわ』
『ええ、まったく。その通りです』
 為久が同意しながら呪符「牡丹灯籠」に換装し、ゴーストウィンドで奇箱の全体を囲み切った。不浄の風が渦巻く中に無月が我が身を飛び込ませ、雷切を大きく振り被る。
「命に仇なす者よ。この世界に貴方の居るべき場所はない。疾く、己が有るべき世界に還るがいい!」
 千鳥の声が聞こえた。それは雷切の鳴く音だった。箱に一気に亀裂が走り、あっという間に崩れ落ちた。風が砂を攫う中、無月は覆面の下で一度小さく息を吐いた。


「ケアレイ三回しか使えないから勘弁して欲しいんだぜ!」
 千颯は茶目っ気たっぷりに皆の前で手を合わせた。戦闘後傷付いた味方にケアレイを施そうと思ったのだが、全員傷を負っており、使えるケアレイは三回のみ。とは言っても皆似たり寄ったりのかすり傷程度であったので、比較的ダメージが多かった為久とエリズバークに使い、後の一回は非常時用に残す事にした。
「こっちだ」
 救助した三人に応急処置を施した後……従魔に囚われた影響はそれ程ないようだったが、スワナリアに落下した時の傷は処置が必要だったし、落ち着いて話してもらうためにも若干の時間を要した……エージェント達はギルの案内で彼らの仲間の元へと向かった。従魔は倒れ少年は去ったが、オウラノサウルスはうろうろしている。千颯の放ったセーフティガスの効果は既に切れているし、迂闊に近寄ればまた暴れ出す可能性は否定出来ない。
「大丈夫そうです。音を立てないようゆっくり」
 恐竜の動きに注意し、彼らの進路を避けるように蘿蔔は皆を誘導した。いざとなればエアーシェルの展開、最悪ジャングルランナーでの囮等も考えたが、幸い恐竜達は襲い掛かっては来なかった。晴久がH.O.P.E.に連絡を入れ救助対象全員と合流した事、人手が足りなさそうなので救援が欲しい事を伝えた。歩けそうな者に仙寿とあけびが肩を貸し、怪我が深刻な者は蘿蔔とレオンハルトが盾を担架代わりに運び出す。しばらくして追加人員が到着し、ギル達は逐次車に乗せられ病院へと運ばれていった。
『逃げた少年の事が気になるかい』
 遠くを見る無月にジェネッサが問い掛けた。子供は、逃げてもいいから生きて欲しい。無月はそのように思っていた。もっとも仲間の対応次第とも思っていたが。
『「我が刃は命を奪うものに非ず、心の内に潜む闇を斬る事こそ私の使命」。それが君だもんね、無月』
 相棒の言葉に無月は静かに目を閉じる。仲間がそれを決したならば、止めようとは思わないが。あの少年とはまた見える事があるだろうか。
 その機会が来た時は。

「(連絡先の交換……って余裕はなかったね)」
 晴久もまた少年が去っただろう先を見つめていた。化粧をした左頬にしばしの間手を重ね、「またね」と心の内で呟く。
『ハル』
「今行くよ兄様。そう言えば箱の目ってどこにあったのかな?」
『……さあね』

『しゃしんをとるぞ!』
「あ、ARカメラでデコっちゃダメだからね」
 意気揚々とするシキに夕は一応釘を刺した。資料にもなるかもしれないので……シキがノリノリな事もあるし……スマホで写真や動画を撮らせておく事にした。
「まあなんにせよ終わって良かった」
 応急処置に使った救命救急バッグを仕舞いつつ、夕は思う。一般人を操作する、なんて今後もやられたら厄介だな。従魔憑きのAGW持たされるより、もっと。明確に悪事を働くヴィランだって殺さないルールなのに、操られてるだけの人を死なせるなんて絶対に許されない。
 ぽふ、と夕の頭に小さい手のひらが乗った。顔を上げるとシキが、夕の頭に手を置いている。
『よくないね、ちかごろのおまえは。もっと、わたしをかわいがりなさい』
 言ってなでなでと夕を撫でる。可愛がれと要求しつつやっている事は真逆。されるがままになりながら、夕は微妙な顔をした。
「(とりあえず、冷たい和菓子でも買ってあげればいいのかな……)」

「これでいいか」
 レイはカメラを停止させた。腰に付けたハンディカメラには一部始終を撮影してある。H.O.P.E.にはコピーを提出するつもりでいる。
 撤収にはまだ時間が掛かる。その間の時間潰しとレイは動画を再生させた。今後の参考になるであろう情報収集。 何度も繰り返し動画を見て【何か】がないか探ろうとする。
「さて、まだパズルのピースはあるハズだ……」
『ピース?』
「……嗚呼、お前にも分かるように言えば……そうだな」
 レイは相棒の料理好きに例える事にした。

「料理の材料、だ」

結果

シナリオ成功度 成功

MVP一覧

重体一覧

参加者

  • 雄っぱいハンター
    虎噛 千颯aa0123
    人間|24才|男性|生命
  • ゆるキャラ白虎ちゃん
    白虎丸aa0123hero001
    英雄|45才|男性|バト
  • 白い死神
    卸 蘿蔔aa0405
    人間|18才|女性|命中
  • 苦労人
    レオンハルトaa0405hero001
    英雄|22才|男性|ジャ
  • Sound Holic
    レイaa0632
    人間|20才|男性|回避
  • 本領発揮
    カール シェーンハイドaa0632hero001
    英雄|23才|男性|ジャ
  • エージェント
    十影夕aa0890
    機械|19才|男性|命中
  • エージェント
    シキaa0890hero001
    英雄|7才|?|ジャ
  • 夜を切り裂く月光
    無月aa1531
    人間|22才|女性|回避
  • 反抗する音色
    ジェネッサ・ルディスaa1531hero001
    英雄|25才|女性|シャド
  • かわたれどきから共に居て
    日暮仙寿aa4519
    人間|18才|男性|回避
  • たそがれどきにも離れない
    不知火あけびaa4519hero001
    英雄|20才|女性|シャド
  • 奪還屋
    琥烏堂 晴久aa5425
    人間|15才|?|命中
  • 思いは一つ
    琥烏堂 為久aa5425hero001
    英雄|18才|男性|ソフィ
  • …すでに違えて復讐を歩む
    アトルラーゼ・ウェンジェンスaa5611
    人間|10才|男性|命中
  • 愛する人と描いた未来は…
    エリズバーク・ウェンジェンスaa5611hero001
    英雄|22才|女性|カオ
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