本部
掲示板
-
幽霊退治
最終発言2018/07/20 16:24:08 -
依頼前の挨拶スレッド
最終発言2018/07/18 19:20:38
オープニング
●死者を統べるもの
夜の小路に、小さな人影がぽつりと立っている。
袖も裾もゆったりと幅広の古風なつくりの漢服。はるか昔、この地を皇帝という王が治めていた時代の高貴な服装を思わせた。
黒い短髪の頭に冠はなく、ただ小さな耳を金のイヤーカフが彩る。
「ふふ……、やはり《燻る灰》の撒いた火種は素晴らしいね。少し掻き混ぜてやればすぐに燃え上がる」
誰に話しかけているのか、内緒話のように密やかに笑う。
「君は見ているかな? 硝煙の匂いには誰より敏感だった君のことだから、もし魂というものがあるなら、きっとここを見ているはずだ」
通りに街灯はなく、立ち並ぶ低い屋根の民家の窓にも明かりはなく。
打ち捨てられた様相の町並みの中、少年のかざした手の上にぽぅっと青い火の玉が生じる。
生じた青い火はいくつもあたりに散ってゆき、通りに転がる影達を照らす。
それは無数の死体。
あるものは額から、あるものは胸から血を流して倒れ、どれも粉塵にまみれている。
「デモ行進に無差別発砲か。軍は酷いことをするね。あははははは。痛かったろう、無念だったろう」
青い火はひとつずつ死体に吸い込まれてゆく。
「この北陰大帝が、お前達の無念を晴らす機会を与えてやる。圧制をしいたもの、犠牲の上に生きるもの。愛するものを道連れにするのもいいね。心のままに、命を刈り取って来るがいい」
青い火が、少年の整った顔を照らす。
まだ幼さを残すほどの年齢だが、浮かべる表情は無慈悲な冥界の帝王。
「憎しみを連ね、なるべく多くの命を刈り取っておいで。彼女はそうした人のありかたが好きだった。お前達の運ぶ命が、僕の盟友を弔うだろう。王に殉じた、あの《燻る灰》を」
●追跡、紅愛夢
「帰りましょう! もう帰りましょう!! こんなに奥地まで入る許可なんて、貰ってないじゃないですか!!」
柏木信哉は車の助手席で、半泣きになって訴えていた。
車は西へ西へと向かう。
風景は緑の田園地帯からだんだんと草原に変わり、遠くに羊の群れが見える。
この国に来てからレンタルした車にはカーナビなどなく、もうどこを走っているやら判然としない。
というか、そもそも地図がちゃんとしていないのだ。
なお、地方住民には地図が読める人もほとんどおらず、道を聞くのも一苦労である。
「聞き込みをした限り、『紅愛夢』の現在の活動地域はここより西だという話だった。もう少し情報を掴まないと、帰るに帰れん」
中年職員である野田は落ち着いて答える。
ニューヨークでヴォルケルフの隠れ家となっていた墓の持ち主、『紅愛夢』について調べたところ、同名の歌手が中国国内で活動していることがわかった。
N.M.墓地の管理団体からも、購入した華僑の女性は歌手であると名乗ったとの証言を得て、中国本土に調査に入ったところだ。
ただしお国柄、調査の許可が下りた地域は限られていたが……車にはカーナビもないので、迷ったという名目で西に向かっている。
「逮捕されたらどうするんですか! スパイ容疑で禁固刑でも食らったら、洒落になりませんよ!」
「……まあ、相手は法治国家だ、なんとかなるだろう」
中国は改革によって開かれた国となり、一昔前の秘密主義的性質はだいぶ薄れている。
この国で愚神や従魔が事件を起こした場合もH.O.P.E.に依頼が来ているので、それなりの交渉は可能だ。
そうこうしているうちに、道は集落にさしかかる。
土を固めただけの道に、土塀で囲まれた煉瓦の家。
人は見当たらないが、住む人が少ないせいか。
「この集落で話を聞いてみよう」
野田は車を停め、住人を探して歩き出す。
だが人の気配は、不審なほど感じられない。
「この村、荒れすぎ……いや、壊れすぎじゃないですか?」
車を降りて土塀の内側に入れば、窓や扉が壊れている場所が目につく。
更には、庭に椅子や小卓などの壊れた家具が撒き散らされている庭もある。
なにかがこの村に起こったことは、明白だった。
「あなたたちは……誰?」
神経を張り詰めていた野田と柏木は、ふいに声を掛けられて飛び上がるほど驚いた。
それがか細く震えた、若い女の声だったとしても。
●襲撃された村
「この村に化け物が来たのは、一昨日の夜からです」
少女は馮 利々と名乗った。
よく見れば子供で、十四だというが、語りはしっかりしている。
足の悪い祖父と弟との三人暮らし。両親は共に出稼ぎで不在。
「最初は、軍の車がたくさん東に向けて移動していきました。そして朝になると、村の住人も何人か消えていました。最初はみんな、何が起こったのかわかりませんでした」
この村では、農耕と牧羊が行われている。
羊に被害はなく、いなくなった住人はどこかへ出かけたのだろうと思われていた。
だが次の夜、『それ』はやってきた。
窓を割り、扉を壊し、そのあとは悲鳴が聞こえた。
利々は人の形をした『それ』を窓越しに見た。そして人でないものだと判断した。
「『それ』は人間とは思えない力で槌を振るい、あるいは瓦礫を投げました。服は血のような色でした。私は急いで、祖父と弟を連れて地下に逃げました」
馮家の地下倉庫は幸い堅固な造りで、扉も鉄製だったため、扉を叩く音はしていたが侵入されることはなかった。
「朝になると、あたりはすっかり静かになりました。村に残っていたのはほかに二つの家で七名ほど。車の音もしていたし、みんな傷つきながらも逃げたのでしょう」
助かった七名は、いずれも丈夫な倉庫に隠れていたとのこと。
朝になると、あちこちに血痕が残り、家屋が破壊された跡はあったが、死体はひとつもなかったという。
少女は、いない人は無事に逃げおおせたのだと思った。
それ以外の可能性は、考えたくもなかった。
「私の家はおじいちゃんの足が悪くて、車は無いし両親も遠くに行っています。村を出てもどこへ行けばいいかわかりません。だからここにいます」
じっと息を潜めて待っていれば、悪いものは去る。少女はそう信じている。
なぜなら『それ』は、村の命である羊を襲いはしなかったから。
「あの山。私の祖父の、そのまた祖父の頃は、あの山が国境だったそうです」
少女は外に出て、遠くに見えるなだらかな稜線を指した。
「山の向こうに軍隊が行って、何かよくないことが起きている。そして悪いものが来た」
その声は静かだった。達観したように言う。
「この村を、たくさん軍隊が通りました。だから、もしかしたら恨まれてるかもしれませんね。でも、なるようになります。天は見ています」
解説
●目標:中国奥地の村で従魔に遭遇したエージェントを救出する。
副目標:同村に来た人型の従魔を撃退する。
●現場状況
人口百人、二十世帯程度の牧羊と農耕の小さな村。現在残っている村人は計十名。
現場の村までは基本的にヘリでの移動となる。
●登場
馮 利々(フォン リィリィ)
・両親が都会に出稼ぎに出ている留守児童。
柏木 信哉
・『紅愛夢』の墓を調査した流れでなんとなく調査に借り出された新米エージェント。
・ニューヨークの墓碑名と中国奥地で活動する歌手名は(確かに芸名的ではあるが)偶然の一致では? と疑っている。
・幽霊の類は怖くないが、あらゆる国家権力は怖い。
●注意事項
エージェントはこの地域に入る許可を取っていない。従魔関連の行動は容認される可能性が高いが、住民の生活に過剰に干渉することはできない。
●PL情報
魄×100
・死体に憑依して動かす従魔。本体は直径10cmほどの火の玉。
・憑依する死体が生前最後に抱いた感情のうち、怒りが強いほど暴力的な性質になる。
・日の沈んでいる間だけ活動する。昼間は日の射さない場所に隠れている。
・この従魔に憑依された死体は爪が鋭く伸び、歯も尖る。
・一定ダメージ以上を与えると憑依が解け、しばらくは同じ死体に再憑依できない。
・今回与えられている命令は『なるべくたくさんの命を刈り取る』であって地域の制圧ではない。あるていど勢力が削られれば撤退する。
《噛み付き》《爪裂き》《怪力》
北陰大帝
・少年の姿をした愚神。古い冥界の神の名を名乗る。
・青い火の従魔『魄』を憑依させることにより死体を操る。
・非常に用心深く、今回も従魔だけを送り込んでいる。
※『●死者を統べるもの』はすべてPL情報です。
リプレイ
●
ヘリから見下ろす景色は、見渡す限りの草原と砂漠。午後の光の中になだらか丘がどこまでも続く。
低い土地には緑が、丘の上には砂礫が広がっている。
目指すのは、『紅愛夢』を追ったエージェントが辿り着いた辺境の村。
陸路では道なき道を行ったようだが、馮利々の告げた村の名から地図上の位置が判明した。
あとは空路から一気に目的地を目指す。
「こんな辺境に従魔の群れとは……実に匂うぞ。人知れず何を企むつもりだ?」
黛 香月(aa0790)は従魔の出現の裏に愚神の存在を感じていた。
『状況が状況じゃ。貴公の目的はわかるが今は仲間の救出が先決じゃ。もたついている時間はないぞ』
背後に見え隠れする愚神の存在に闘志を燃え上がらせる相棒を、清姫(aa0790hero002)は嗜める。
操っているものがなんであろうと、いま危機に晒されているのは生き残りの村人と、調査に入ったエージェントだ。
まずは彼らを保護する。その上で隠れているものを引きずり出す。
これはまだ序曲に過ぎない、という気がしている。
『貴方が噂のおやかたさまとお嫁さんのつくよちゃんね。私はあおいちゃんの英雄になった彩よ! よろしくなのだわ!』
従魔に襲われた村に行くにしてはやけに上機嫌なのは、彩(aa4783hero002)。
頭に二本角はあるが、雨宮 葵(aa4783)との誓約によって人間らしい姿を手に入れたのが嬉しいらしく、月夜(aa3591hero001)の手をとってはしゃぐ。
彩はアマゾンでの事件のあとこの世界に現れるようになった英雄『ブラックボックス』であり、自然を操る。
『……彩さん? 私は一真の”英・雄”、月夜です。よろしくお願いします』
笑顔を浮かべ、月夜がやさしく嗜める。
「ごめんなさい……。私も思わなかったんだ……。燐以上にぶっ飛んだ英雄がくるなんてさ……」
葵も、新英雄の予想外の性格に疲労を隠せない。
しかし葵の第一英雄、燐がもしこの場で聞いていたら、言い終わらないうちにナイフが飛んできそうな暴言である。
『あら? それはペアリング? 私知ってるのだわ! 愛し合ってる人がつけるモノだわ!』
月夜の腕には、月光の輝きを閉じ込めたような銀の腕輪。
そして隣であらぬ方向を向いている沖 一真(aa3591)の腕にも、対になる腕輪が光っている。
『これは、装・備・品! この世界のこともおいおい覚えていきましょうね?』
笑顔のままの月夜のオーラにどす黒いものを感じて、彩はぴゃっと黙る。
元の世界では森羅万象を操る鬼神だった彩も、この世界では慣れない体での初依頼である。勝てない相手を怒らすべきではないと判断したらしい。
地平線の上にぽつりと、集落と緑が見えてくる。
周辺には緑の耕作地が広がり、樹木さえ茂っている。
草原に点々と白い綿毛のように見えるのが、飼っている羊だろうか。
集落のほど近くにヘリが着陸すると、調査メンバーのひとり、柏木が出迎えた。
若く体力があるとはいえ、長く先の見えない陸路での調査には疲労困憊の様子である。
「ええと……お疲れ様です。まず状況報告を」
この村に二十戸ある家屋はどれも壁か窓が壊されており、残っていた村人は堅固な地下倉庫に偶然避難した十名。
車は夜のうちに動いた音がしたと、利々が証言した。近くの町に逃げた村人もいるかもしれない。
「で、残った村の人達なんですが、放牧に出ました」
非常事態であっても、羊に草を食べさせておかなければ、飢えて死ぬ。
仕方なく、柏木は足の悪い馮老人と共に、今夜に備えて家の壁の補修。
野田は放牧に出かけた住民の緊急時のフォローを兼ねて、周辺を探索中。
利々は間もなく一旦帰宅することになっている。
「それからこの村の人たちが、『紅愛夢』という歌姫について知っていました。ラジオで歌が流れていて、割と人気だったそうです」
なにやら不穏な過去形で話す柏木。
「……というのもこの歌姫、先日不幸な事故でお亡くなりになったそうです。ラジオでは盛んに追悼特集が組まれて、彼女の歌が流れていたそうなんですけど……」
『善性愚神』として世間を騒がせたアッシェグルートと、その眷属が守っていた墓の主(と看做されている)『紅愛夢』。どちらも先日お亡くなりですね、で済むはずがない。
しかしどちらにしろこの先の紛争地域にまで足を踏み入れても逢うべき人はいないし、調査は一旦戻って仕切りなおすべき、というのが彼の主張だ。
できれば調査は他の人物が引き継いでほしい……というのが顔にありありと出ているが、それはまた別の話。
いまは遭遇した従魔事件を何とかせねばならない。
「どうして羊は襲われなかったのでしょう? この土地で羊が大切に扱われているから、だけでしょうか?」
三木 弥生(aa4687)は数多く飼われている羊が無傷なのが気になるようだ。
「財産は羊……ってトコなんだな、この辺は。あんがい、襲ってきた奴らもそう考えてたのかも知んねーゼ?」
襲撃者は『人型』であるが『人間』ではなさそうだ、という目撃情報を聞いたときから、ヤナギ・エヴァンス(aa5226)は考え続けていた。
それが『元人間』で、染み付いた習慣や価値観が、行動に影響を及ぼしているとしたら?
「単純に人間型の従魔なのか、それとも人を操り弄ぶ類の従魔か、それによっても変わりますがの」
『人型』をしていた襲撃者とは、何者か? 天城 初春(aa5268)はまず、そこをはっきりさせたいと思っている。
「あの……すみませんでした、外してしまって」
そこへ、杖をついた祖父と共に、馮利々がやってきた。
連れ出した羊の世話は弟に任せ、日が沈む前にはまた連れに戻るという。
「みんな、怖がってて。陽の出ているうちは、羊と共に草原にいるほうが安全だと思っているようです」
草原は見通しが利くし、なにかあれば羊が真っ先に異変に気づく。
あちこち破壊の跡の残る村の中にいるよりは、安心できるというわけだ。
「襲撃者はどこから来て、どこに去ったのでしょうか。見通しの利くこの土地で、それを見た人は?」
キース=ロロッカ(aa3593)が疑問を呈する。
暗いうちに襲撃して、日が昇る前に去るのは、姿を見られたくないからか、日差しを避たいのか。
「化け物が来るときには眠っていて、去るときには隠れていました。他の人も同じです。それが来たのは、西……から、だと思っていました」
なぜなら、利々は西から東へと向かうたくさんの軍用車を見たから。
あとから思えば、あのとき既に何かが起こっていた。
「……その車を運転していたのは、本当に人間だったのか?」
次に質問したのは一真だ。
「私が見た車には、軍服の軍人さんがいっぱいに乗っていました。そして、何かを警戒しているようでした」
草原ので羊飼いである利々の視力はよく、遠くでもはっきり見えた。
「そっか。念のため、残ってた人達が隠れていた場所を教えてもらえるかな」
敵を防げた場所、防げなかった場所。
日が暮れる前に、なるべくたくさんの情報を集めておかねばならないだろう。
「皆さん、村の中はご自由に見てください、といいました。どこも壊れていますし、一番の貴重品である羊は外に出しているので」
●
「相当だな、この村の惨状は……」
ヤナギは静瑠(aa5226hero001)と共に、村人が立て篭もっていたという蔵を見るため村内を歩いていた。
それにしても、家屋の壊れ具合は酷かった。
強盗の襲撃にでも逢ったかのように、壁や窓は片端から壊され、室内も荒らされている。
『村全体が、壊されている……』
静瑠は静かに眉を顰める。
あまりに無秩序な暴力の痕跡。力任せにあらゆるものを破壊し、傷つける。
室内を覗けば、血の跡がある。
血を流した人物はどこへ行ったのか。
逃げおおせたのか、それとも。
『それにしても……禍々しい匂い、です……』
静瑠が厭うのは、そこに残された悪意の残滓。酷く匂う。
蔵は、日本で言えば土蔵のような構造だった。
建築様式は違えど、中のものを守るため分厚い土の壁を張り巡らせ、窓は明り取りのみ、扉は鈍重。
「こンくらい丈夫なら、防げたってコトか」
『あくまで昨日までは、ですがね』
こちらにエージェントが到着したように、あちらにも何らかの備えがないとは言い切れない。
慎重さを崩さない静瑠に、ヤナギは同意する。
「油断すンな……ってか」
「利々の家の地下扉は重い金属製、床も簡単に掘れないよう煉瓦で補強してあるんだな」
海神 藍(aa2518)は馮家の地下を調べていた。
ここもちょっとやそっとの力では破壊できないようになっている。
「御屋形様! モスケールで索敵してみるね! 彩、来て!」
『お姉さん頑張っちゃうわ! 燃やす? 押し流す? 吹き飛ばす?』
葵が呼ぶと、彩は御機嫌で共鳴する。張り切りすぎである。
モスケールを起動し、ゴーグルの表示を覗き込む。
「あっ、……割と見にくいなコレ……」
レーダーのゴーグルを覗き込むと一目で……エージェントが村中を調査中だとわかる。
ライヴスの多寡を映し出すゴーグルは、敵味方の自動判別をしない。
「ちょっとゴメン、整列してもらえないかな?!」
そう叫びながら、村中を走り回る。もう目視に頼るしかない。
「いる! この家になにかいる! 味方じゃない、整列しない奴が!」
それだけに、怪しいものを発見時には意気揚々と報告。
家の中に、弱い光点が二つ。
普通に中を覗いても、動いているものはない。
『この村では、地下室というのは一般的なのでしょうか?』
サーフィ アズリエル(aa2518hero002)が利々に問う。
「えっと……? 倉庫は大抵、地下ですけど……」
不思議そうに答える利々には留まるよう言い残して、サーフィはずかずかと入り、地下への入り口を探し当てる。
木製の扉には、わずかに壊れた跡があった。
地下の扉に手を掛けるサーフィを、藍が引き留める。
「待ってサフィ。一人で先行するのは危険だ」
『うえぇ……。ゾンビとかいるのかなあ……?』
追いついてきた匂坂 紙姫(aa3593hero001)は、オバケの気配に震える。
「怖いなら、さっさと共鳴しましょうか」
紙姫はキースの提案に頷くより先に共鳴する。
藍とサーフィも共鳴し、発見者の葵と共に探索に入る。
地下室は狭く、葵のウェポンライトとキースのガンライトで十分な光源になる。
階段を下ると、噎せ返るほどの血の匂いがする。
動くものはなかった。
致死量に達するほどの大きな血痕と、その中にうつ伏せに倒れる遺体が二つ。
だが次の瞬間、硬直した死体は上から糸で引かれたように、不自然な姿勢で起き上がった。
白濁した瞳、ありえないほど伸びて尖った爪、開いた口の中の歯も尖っている。
『人型』ではあるが、『人間』ではないもの。
これは人としては死を迎えた体。おそらくは従魔の力によって、無理に動かされている。
『(死は平等で、安らかでなくてはなりません! 眠りなさい!)』
サーフィが『お掃除用』ハルバードを凪ぐ。
『(ようやく出番なのだわ! 燃やす? 押し流す?)』
「どっちもなし! 彩の出番はとっといて!」
彩を押さえ込み、ライトを装備していた葵のリボルバーが火を噴く。
ふたつの死体は立ち上がったときと同じように、硬直したまま倒れた。
倒れた体から、ふわり、と湧き出すように青白い火の玉が浮かび上がる。
「これが死体を操る本体、でしょうか」
「全く、趣味の悪いことだな」
キースの光弓が10cmほどの炎の中心を射抜き、藍の斧槍が残りの炎を潰しきる。
狭い地下室には、元通りの静寂と濃い血の匂いが流れた。
●
闇の中を、花火のような軽い音を立てて閃光弾が打ちあがる。
一定高度に来ると弾け、眩しい光を撒き散らす。
光は緩やかな起伏を描く草原のラインを浮かび上がらせ、そして消える。
初春がH.O.P.E.に申請しておいた閃光弾。
夜間の光源が全くといっていいほど存在しない、辺境の戦場を照らすための装置。
ただし、完全に日が暮れてから既に六時間が経ち、定時を知らせる合図となっている。
昨夜襲撃があったのも襲い時間だと聞いて、エージェント達も焦ってはいなかった。
『(映画だとこういう待ち時間は、くるくるーっと巻きで終わるんだけどなあ)』
紙姫はゾンビの正体が小型の従魔だと知ってからは、妙に楽観的だ。
「映画ならこういう場面で慢心した登場人物から死亡フラグが立ちますからね?」
キースは集落の中でも見通しのいい屋根に伏せて待機していた。
この地方も夏で、日中の気温はそこそこ高いが夜は冷え込む。
付近の家から借り出した毛布で、夜露を防ぎつつ身を隠す。
カラカラン……
夜の静寂に、乾いた木片の触れ合う音がする。続いて鈴の音。
初春と辰宮 稲荷姫(aa5268hero002)が日中のうちに村の周囲に幾重にも張り巡らせておいた鳴子トラップだ。
いつ襲来するか予測のつかない敵に対する備えが、功を奏した。
キースはライフルに装備したガンライトで音源付近を探り、下にいる仲間達に連絡する。
「北西のトラップに掛かった敵影を確認しました。他にはまだ確認できません。狙撃しますか? 引き付けますか?」
「何じゃ?! ついさっきの閃光弾では何も確認できんかったぞ?! どこから湧いて出た?」
『落ち着けお初。思ったよりは焦らされたが、ようやっと動く死体と対面じゃ。死を冒涜する輩は、一匹残らず殲滅してくれようぞ』
初春は哨戒済みと思っていたところに敵襲の報せが来て一瞬慌てたが、考えてみれば準備は万端なのである。
新たな照明弾をセットし、稲荷姫と共鳴する。敵の位置は鈴の音色でわかっている。
日のあるうちの調査で、重要な事項が判明した。
敵は憑依型の従魔、本体は火の玉。死体に憑依する。
憑依はダメージによって解除される。その際に憑依中の傷も消える。
『真夜中になってからようやくお出ましだなんて、敵はよほど太陽が嫌いなのねえ? 太陽は神聖だもの』
ようやくの出番とあって、彩はうきうきしている。
「神聖なものを嫌う……か。NYに犬が出たのも夜だったよね……」
結局今回の事件は、NYの墓石に刻まれた『紅愛夢』を追う過程で遭遇している。葵もその依頼に参加した。
「それもあるし、アッシェグルートは生前、争い続ける人のあり方が好きだと言っていた。そして辿り着いたのは紛争地帯。なんでも結びつけるのはアレだが、ここにはあいつを想起させるものが多すぎる。無関係とも思えないな」
まだ確証と呼べるほどのものはない。一真が抱いているのは、予感とも呼ぶべきもの。
ぱっ、と夜空に光の華が散る。
浮かび上がるのは、土中から這い出す死体達の姿。
「土を掘って隠れていたのか……いかにも死体らしいが」
藍はサーフィと共鳴し、白い刀身の冬薔薇の剣を構える。
「ここを掘ったとは限らない。草地を掘り返した跡はなかった」
香月が抜くのは『雪村』。日本刀の形をしながらも魔法攻撃を可能にする氷雪の武器。
いま操られているのは、誰かの遺体。
傷つけずに憑依を解けるならば、それに越したことはない。
閃光弾の光が消えた後も、周囲は葵の【ウェポンライト】の効果でほんのり明るい。
『あおいちゃん! 土の中に隠れている子達には……水攻めなんて効きそうよね?』
「……そうだねー」
若干棒読みになりつつ、と葵は彩と共鳴する。自然を操るブラックボックスのスキルは雄大な草原に似つかわしい。
『(お姉さんがついているのだから、あおいちゃんの言葉はただの言葉じゃない。浄化の力を持った神の言葉となるのよ!)』
主導権は葵だが、彩の謎主張によりマイク『カンタービレ』を手に取る。
「『蒼き神よ。慈雨の如く降り注げ!』」
言霊が水を呼び、奔流となって土中の敵に絡みつく。
ぬかるんだ土からぼこり、ぼこりと顔を出すのは、明らかな致命傷を受けた死体達。
あるものは迷彩の軍服を裂かれて胸を真紅に染め、あるものは胴体と頭にいくつもの銃痕が残る。
どの死体も、視力が残っているとは思えない白濁した目に、燃えるような憤怒を宿す。
「牧歌的な辺境の村の住民とは思えんな……無関係の争いに巻き込まれたのか、この村は」
見るにいたたまれず、香月は【ストームエッジ】で無数の氷雪刀を呼び出した。
魔法刀は吹き荒れる吹雪となり、痛ましい死体達を覆いつくす。
『(歪められた生に、終わりを告げましょう。アズラーイールの名のもとに)』
サーフィの意思に応えるように、藍は冬薔薇の剣で素早い攻撃を繰り出す。
怒涛乱舞によって、一気に目の前の敵に死の安らぎを与える。
「人魂のようなものが……あれが本体でござるか」
大太刀『白夜丸』で村に侵入しようとした死体を仕留めた初春は、燐光のように淡く燃える炎を見た。
もしも生きている人間に憑いているなら……という思いは、動く死体を見た瞬間に霧散した。それほど、遺体の損傷は激しかった。
これは、どこかで惨めな死を迎えた犠牲者。死してなお、操られ死を冒涜される。
「許せぬでござる……屍国のように、どこかに黒幕がいるならなおさら」
初春は狐の犬歯を剥き出し、目に見えぬ敵を威嚇する。
漂う火の玉を、正確に射抜く狙撃が来る。
「援護しますよ、従魔の再憑依は断固防ぎましょう」
キースからの通信が入る。
優先すべきは、村人を守りきること。
火の玉が死体を操り、再びの憑依もありうるなら、その前にすべて葬り去らなければ。
初春は『白夜丸』をつよく握りなおす。
「――ブルームフレア!」
邪な火の玉を、魔法の炎が灼き払う。
一真はより多くの従魔を巻き込むように浄化の炎を放った。
手をかざせば、手首には銀の腕輪が光る。
能力者と英雄でそれぞれ左右につけていた腕輪は、共鳴すると両腕に嵌っている。
共に居る。共に戦っている。それを、いままでより強く感じる。
「御屋形様! 敵が! ずっとっこから後方まで続いています! 数は……だめです、次々に出てきて!」
ライヴスの夜鷹の目を通して、弥生が敵情報を報告する。
「直線状か? なら、陣形としてはこちらが有利だな。崩れる前に叩こう。別方向から来てる奴はいないか?」
一真のほうが直接見ていない分、冷静な判断ができる。こういうとき、弥生という相棒の存在はありがたい。
「別方向……すぐに見て参ります!」
すいっと、感覚を共有した鷹を旋回させる。
見通しのよい草原に、他の異常は認められない。
「フウン……。直線状ね。地下通路でも掘ったか?」
ヤナギは通信機で状況を聞いて、まずそう思った。
彼は撃ち漏らした従魔が村に向かわないよう、遊撃要員として動いている。
日光が苦手なりで日の昇っている間に活動できないすれば、地下通路があればぐっと有利となる。
誰か、考えて従魔に指示を出せる奴がいればの話だが。
ここより西は内紛地域で立入禁止、この村もほぼ陸の孤島。
その『誰か』の目的は不明だが、既にH.O.P.E.が手を出し辛い状況が作られている。
念のため、従魔討伐の証拠として腰につけたカメラで動画は撮影しておく。
『(埋まってるところを蒸し焼きがいいかしら? 出てきたところを炙り焼きがいいかしら? あおいちゃんのためにぶわっとしちゃうわよ!)』
「もういいよどっちでも……」
敵の数を減らすのが先決だ、と葵は割り切ることにした。
「『赤き神よ。災いを燃やし尽くせ!』」
彩が選んだのは炙り焼きのようである。
火炎が敵に向かって飛び、近くにいた数体を巻き込んで延焼する。
ひとしきり激しく燃えたあと、炎はすぅと治まった。
『(あらあ、風でぶわわっとしたかったのだけれど、すぐに消えてしまうのね。難しいわ)』
彩にとってもスキルはまだ練習中。思い通りにいくとは限らない。
ぽう、ぽうと残り火のように迷い出た火の玉を、弥生の陰陽玉が旋回しながら攻撃する。
「雨宮殿、助太刀いたします! 数を減らせとの仰せですので!」
「一体ごとの戦略性は薄い。挟み撃ちにして追い込みます。香月さん、とどめをお願いできますか?」
剣舞のように華麗な剣さばきで、藍は死体達を追い込んでゆく。
「わかった。土の中から現れたときは多少驚いたが、結局は私に有利な陣形ともいえる。一気に灰燼に帰してやる」
香月が頭上に召喚するのは、やはり雪村。猛吹雪が集まってきた従魔に降り注ぐ。
遊離した火球には光弓『サルンガ』爆弾頭が撃ち込まれ、幻影蝶が舞い踊る。
動かぬ死体が積み重なり、ある程度の数を削ったとき、突然、死体達の行動に変化が起きた。
攻撃の手を止め、背中を向けて撤退しだしたのだ。地下へと。
『(撤退……? 妙に賢しいですね)』
まるで瓦解する前の軍の動きのようだ、とサーフィは言う。
不利と判断してのことか?
「追撃はしません。ですが追跡はします。どこへ帰るのか、突き止めておかなければ」
「西側は立入禁止だそうだケド?」
平然と言い切るキースに、ヤナギが疑問を呈する。
「交渉して、正当な権利であることを主張します。ボクの力の及ぶ限り」
「……っは! 国家権力と交渉か、ソレって凄ェな?」
話し合う間にも、初春のデスマーク、一真のマナチェイサーを使って追跡は始まっている。
このまま放っておけば、また同じことが起こる。ここで終われない。
「俺も、映像記録は撮ってあンだよ。良かったら使ってくれ」
「ありがとうございます、使わせていただきます。予備のコピーを取ってから」
◆
多少の経緯は省くが、動く死体達が帰還したのは、かつての国境付近にある砂礫の丘だった。
地下に空間があり、数多くの死体が立ったまま埋められていた。
ちょうど、古代の王の墳墓の殉死者のように。
埋まっているのはおよそ八百人ではないかと推計されているが、正確な数はわからない。
草原に暮らす人々には王の墓に対する強い禁忌があり、祟りを恐れた人々が調査に反対したのだ。
それは利々のいた村でも、西の丘を越えた試馬地区でも同様だった。遺体はそのままの状態で埋葬とされ、人々は丘の上に花を捧げた。
その後、現在までの間に、死体が再び暴れだしたという報告はあがっていない。
H.O.P.E.は同地区での事件に愚神が関与した可能性が高いとして、調査継続を主張。
禁止区域への立入及びその他の活動に関しては黙認されたが、追加調査の許可については審議中。