本部

【異界逼迫】連動シナリオ

【界逼】主のいない王座へ

布川

形態
ショート
難易度
やや難しい
オプション
参加費
1,000
参加制限
-
参加人数
能力者
8人 / 4~8人
英雄
8人 / 0~8人
報酬
普通
相談期間
5日
完成日
2018/07/16 09:52

掲示板

オープニング


 大英図書館の館長室において、キュリス・F・アルトリルゼイン(az0056)は表の仕事をこなしていた。
(古墳から発見された地図ですか。希少性からいって仕方ない金額ですね)
 机に向かい、各部署からあげられた申請書に目を通して可否を決めていく。
 英雄のヴォルフガング・ファウスト(az0056hero001)は来客者用のソファで菓子を摘まみながら、ファッション雑誌の記事に目を輝かせている。
 もうすぐ昼食の時間といったところで、机の片隅にある固定電話が鳴り響いた。表向きの秘書を介さないH.O.P.E.ロンドン支部との直通回線だ。
「詳細はそちらに出向いてから。それでは」
 話し終わって受話器を置いたキュリスに、ファウストが「大急ぎで、どうかしましたの? 世界が滅びそうだったりするのかしら?」と訊ねる。
「そうでなければよいのですが」
 キュリスの返答に、からかった風のファウストは真顔になっていた。
 キュリスが書架の本を一部入れ替えると、奥に引っ込んでいく。さらに横移動し、エレベータの出入口が現れる。
 H.O.P.E.ロンドン支部は大英図書館の地下深くに存在していた。降りたキュリスとファウストは、執務室へ向かわずにブリーフィングルームへ。中央にあるテーブル上にはホログラムイメージが浮かぶ。地中海周辺の地図である。
「早速、本題に入らせて頂きます。ご存じの通り、地中海周辺でテロが起こるというプリセンサーの報告が相次いでいます。これまで曖昧だったのですが、ここ二、三時間ほどで確定的なものに変わっていまして――」
 職員の一人が状況を説明した。
「確度の高い前兆ですね。警戒態勢を引きあげましょう。本部にも連絡を……、いや私がしたほうがよさそうですね」
 キュリスはテレビ電話を通じて、自ら本部とやり取りする。終わったあとで、職員が戸惑いながら口を開いた。
「あの、支部長。マガツヒの首領『比良坂清十郎』は、本当に『過去機知』が使えるのでしょうか。私もプリセンサーの端くれなのですが、どうしても信じられません」
 職員が語った『過去機知』とは非常に稀なプリセンサー能力だ。過去に起こった事実をつぶさに知ることができるといったものである。
「私も完全に信じたわけではありませんが、その想定で動くつもりです。そうでなければ説明しづらい行動が、マガツヒにはありますので」
 キュリスはそう答えて廊下を歩きだす。
「キュリスちゃん、そんな恐い顔をしていると、お肌に皺が増えてしまいますの」
「それでこの事態を収束できるのであれば、安いものです」
 執務室の扉を閉じたとき、キュリスはファウストに軽く肩を叩かれた。
(やはり比良坂清十郎の真の目的は、古代遺跡の破壊にあるのでしょうか)
 テロの発生が疑われる地域の多くには、古代遺跡が存在している。キュリスは共闘することとなったセラエノのリーダー、リヴィアの言葉を思いだしていた。

●エジプト西方砂漠
 発掘調査隊から、連絡が途絶えたのが2日前。

 狙われたのは奇しくもこの時期。
 この土地だった。
 昨年度、カオティックブレイドたちが目覚めた時期。
 エジプト西方砂漠、黒砂漠。
 天気は……砂嵐だった。

「地点A、到着。投下いたします」

 今回は激しいつぶてが機体を揺らしている。
 エジプト、バハレイヤの街周辺の黒砂漠。『黒い山』と呼ばれる遺跡。黒色のピラミッドが、天を貫かんように鎮座している。
 この古代遺跡群の大規模な破壊を、H.O.P.E.のプリセンサーが感知した。
「ひどいものでした……本当にひどい光景でした」
 プリセンサーは、脂汗を流しながら絞り出すように言った。
 プリセンサーが見たのは、凄惨な予知だった。
 鉄さびの匂いのする暗い遺跡。
 エージェントたちは、誰一人として戻ってこない。
 あたりを、血だまりと静寂だけが支配している……。

 舞台は、アレクサンドロス3世の墓。
 すでに主も、その随行者もどこにもいはしない。

 石造りの遺跡は、単純な一本道の構造になっている。遺跡の中はきわめて静かだ。しかし、異臭に気が付くだろう。
 入り口から長い階段を上る。辺り一面に、赤黒い汚れがこびりついている。
 血だ。

●十三階段
 捻じ曲げられた階段はいつまでも終わらない。
 単調な段の繰り返し。

 それは、明らかに異質な光景。
 ドロップゾーンが形成されている。
 一段、二段。
 階段には血痕が滴っている。
 死体。
 おそらくは、旅行者か、H.O.P.E.の職員ものか。
 あちこちの空間に血で描かれた、黒丸に一つ目。
 マガツヒのマーク。

「殺し合え!」
 マガツヒの構成員の男が、階段の一番上に立っていた。
「俺は”あの人”に近づいてゆく!」
 男はすでに人ではない。輪郭からもそれとわかる、愚神に魂を売り渡したものだ。
 男は哄笑し、自らの心臓をナイフで突き刺す。
 十三段。
 この男で、死体は十三人目。

 準備が、整った。
 ドロップゾーンの入り口が、うやむやに溶けてゆく。
 入り口が閉ざされる。

 亡者たちが、階段の下から追いかけてくる。

 道は、階段の上にしかない。

 禍々しい無数の瘴気でできた人影が、階段の下から、こちらへと向かってくる。
 無数の敵を蹴散らしている。

 どうしてここにいるのか、どうして戦っているのか。
 次第に、分からなくなっていく……。

 大切な人とかわした、大切な誓いを、思い出せない。

解説

●目標
 ドロップゾーンから現実世界への「帰還」。
 階段を上り切れば帰還できます。

●状況
 ※このドロップゾーンに突入したエージェントは、『誓約を忘れる』。
 ドロップゾーン突入時、共鳴しているが、互いの存在を認知できなくなる(声が聞こえなくなる、傍にいる感じがしなくなる、など)。
 戦いの最中、あるいは友人たちとの交友を思い描き、誓約を思い出さなくてはならない。

●場所
 エジプト、バハレイヤの街周辺の黒砂漠。
 『黒い山』と呼ばれる遺跡。
 輸送機から降り、遺跡へ向かう。

 石造りの遺跡は、単純な一本道の構造になっている。
 その場所は禍々しく歪んでおり、ドロップゾーンを形成している。

●登場
 マガツヒの構成員
 愚神となした構成員。一言、二言のやり取りは可能かもしれないが、完全にくるっている。

●ドロップゾーン内(十三階段)
 誓いを思い出さない限り、延々とループする階段。
 階段の下から這い上ってくる、黒く無数の『這いずる人影』と戦うことになる。
 毎ターン一定数出現するため、相手にしすぎると危険。
 ただし、上限はある。
 一定数以上になると出現しない。

 人影は、どことなく「失われた人たち」に似ているような気がする(※幻覚です)。

 記憶を奪われ続けると、共鳴が希薄になってゆく。

 誓約を思い出して駆け抜けると、玄室の扉が姿を現す。
 中には、マガツヒの構成員(だった)愚神の死体がある。

●オーパーツ『異界の小片』
 輝く黒曜石のような儀礼用ナイフ。
 特殊なドロップゾーンを形成した要因。
 使用できるのは特殊な状況と場所に限られる。
 愚神に刺さっている。

●『這いずる人影』
 ドレッドナイト、ソフィスビショップ……など、各クラスのリンカーたちの影を持っている。
 レベル帯は様々(PCのレベルによる)。
 意志はなく、単純に攻撃をしてくる。

●補足
 誓約を思い出せなかった場合、仲間が引っ張り上げて連れて行くことは可能。

リプレイ

●異変
「王さん……? 王さん!!」
 主導権が切り替わり、君島 耿太郎(aa4682)はうろたえる。
 普段、共鳴中は戦闘に慣れているアークトゥルス(aa4682hero001)が主導権を握っている。
 だが、今はそのアークトゥルスの気配がない。
 攻撃を躊躇し、その場に踏みとどまる。
 影が恐ろしい速さで迫る。鋭い剣での一振り。恐怖からとっさに身を引いて、かろうじて致命傷を避けた。

【っ……つくし、さん。……つ、くし……?】
 唐突に主導権が切り替わったことにより、カスカ(aa0657hero002)は思わずひるんだ。御代 つくし(aa0657)は答えない。
 声が聞こえない。
 つくしの存在を感じない。
(ど、どうして?)
 迷っている時間はなかった。
 敵がすぐそばに迫っている。
 本能的に敵の攻撃を避け、逃げるように階段を駆け上がってゆく。何を考える暇もない。

「この嫌な感じは……? リオンは何か分かる?」
 藤咲 仁菜(aa3237)は立ち止まる。リオン クロフォード(aa3237hero001)からの返事はない。
(リオンの存在を感じない?)
 共鳴していないわけではない。リンカーとして動ける。……動けはする。
「!」
 敵からの攻撃に、アイギスの盾を咄嗟に構える。白く輝く盾は、輝きをまだ失っていない。しかし、いつもよりもずっしりと手に重かった。

『仙寿様、答えて! 聞こえてないの!?』
 不知火あけび(aa4519hero001)は呼びかけたが、日暮仙寿(aa4519)からの反応はない。
 迫る影が振るう刃を、仙寿は鮮やかにかわす。
 階段にひしめく影にはきりがない。

『杏奈、アタシはここにいるわよ! 分からないの?』
「ルナ……!」
 ルナ(aa3447hero001)が叫ぶ。世良 杏奈(aa3447)もまたルナの名を呼ぶが、互いに聞こえてはいないようだ。階段を上り、敵と対峙する。
 ブルームフレアの炎が敵を攻撃するが、炎を縫って矢が腕をかすめた。
『杏奈!』
 呼吸がずれていく。……互いが遠くなっていく。
(共鳴してるのに、ルナの存在を感じない……)

「共鳴が……? ううん、剣は握れてる」
 ナイチンゲール(aa4840)は手に力を入れ直し、愛剣「ジークレフ」を握り直す。墓場鳥(aa4840hero001)からの答えはない。
「……考えてる場合じゃない。今は切り抜けることだけを!」
 前を向き、武器を構え、迷う暇もなく振り下ろす。

「……ねえ[ジェニー]? どこにいるの? 怖いよ……」
 小宮 雅春(aa4756)は、恐怖して立ち止まった。
 雅春は 幼いころに出会った女性と瓜二つなジェニー……Jennifer(aa4756hero001)の存在により、心の安寧を保ってきた。
 ジェニーに依存している雅春には、こういった事態に対処する強さはない。
 雅春が危ういとみたナイチンゲールが立ち止まる。動きが止まった雅春を、仙寿が素早く引っ張り上げた。
 すんでのところで、目の前を敵の鉄糸が横切っていく。
 息をのんだ。

 Jenniferは壁に隔てられたように遠くなる声を聴いていた。
 慣れた孤独感。
 この感覚に、覚えがある。
 雅春の叫びは、誰に向けられた声なのか。
 だが、同時に心が揺れている。

『マリ、何処だ!? 返事しろ!』
 カイ アルブレヒツベルガー(aa0339hero001)が御童 紗希(aa0339)を呼ぶ。だが、存在は遠かった。
「そうだった」
 紗希は虚空を見下ろしぽつりとつぶやいた。
 真っ暗な世界。思い出すのは、カイがいなかった頃。
 何もなかった頃のこと。
「あたしっていつもこんなだった。人と関わることを避けて一人でいる方が楽で……」
「!」
 カイに迫る影を、杏奈がアルマギノミコンの一撃で薙ぎ払った。
 紗希にとって、戦いの音と仲間たちの呼びかけは、どこか他人事のように響き渡っている。
『くそ! マリの意識が……全てが……消えてく?』

 永遠に続くかと思われる階段。
 出口は見当たらない。

●失われた記憶
 仙寿と仁菜はとっさに仲間たちとクロスリンクを試みる。
「クロスリンク……!」
「なるほどっす」
 杏奈と耿太郎も仲間の意図を察し、それにならった。
 仲間たちを強く意識すると、僅かに共鳴の感覚がある。
(ルナ……!)
 自分を通じては感じることはできない。だが、仲間たちの意識の遠くに、杏奈はかすかなルナの存在を感じ取った。

 一方で、クロスリンクに反応がない仲間もいる。つくしとカスカは、自分たちのことでいっぱいいっぱいのようだ。
 このような状況では無理もないことだろう。
 かろうじてカスカが戦えていることだけを確認し、杏奈は雅春と、戦えてはいるが危うい様子の耿太郎のカバーに回る。

『答えろ、マリ!』
 意識の底に、カイの声が響き渡る。けれど、声は届かない。
(ここは何だか居心地いいな。誰にも干渉されない世界)
 誰もいない世界は、紗希にとって心地が良い。
 ハーフである自分の外見について、何も言わない世界。
 けれど。
 心はどこか、さみしい。
(……最近何か違うなって思う……。誰かが何時も傍に居てくれた気がする……)
 その違和感は一瞬のことで、思いはゆっくりと沈んでゆく。

 戦場は、またたくまに影の跋扈する激戦となっていた。ひとたび飲み込まれれば、這い上がるのは難しいだろう。

「リオン!」
 仲間たちとのリンクで感じた一瞬の気配は、すぐにドロップゾーンの闇に紛れていく。
「いつだって一緒だから戦えるのに……」
 仁菜は唇をかみしめる。
 何か大切なものが、ない。
「リンカー……?」
 紗希の脳裏に、ぼんやりとした人影が浮かび上がる。その人物は、今も戦っている気がする。
「そうだあたしは能力者で、英雄が居た筈……。その英雄と何か約束した気がする。……大事な言葉……お互い絶対忘れちゃいけないって誓った言葉……誓約……」
 誓約。
 仁菜ははっと気が付く。
「そうだ誓約、レート……! ……誓約は何だった?」
 エージェントたちは理解した。ここでは、誓約を忘れてしまう。

「うわっ」
 ドレッドノートの影の重い一撃が、耿太郎のすぐ横をかすめてゆく。
 耿太郎がとっさに退いたのは恐怖心からだった。
 逃げてばかりでは追いつかれてしまう。
 コルレオニスを握りしめ、記憶の中のアークを参考に見様見真似で剣を振る。
 無論、素人仕事である。
 致命傷を与えるには至らなかった。だが、そもそも敵を倒すのが目的ではない。そして、今の一撃で手ごたえを感じもした。
 英雄はいつもと変わらず、自分に力を貸してくれている。
「みんなと英雄が出会った時の事とか覚えてる?」
 杏奈が仲間たちに呼びかける。
「どういう状況や思いで誓約をしたのかを思い出せれば、自然と内容も出てくるんじゃない?」
「記憶、っすか」
 といっても、耿太郎には思い出すべき記憶はそれほど多くはない。愚神によって、誓約時以前の記憶を奪われている。
(だから、覚えていなきゃいけないことはそう多くはないはずっすね)
 武器を振るえば、思い出せるだろうか。
 記憶の中のアークをたどるように、コルレオニスにライヴスブローを纏わせて放つ。今度はうまく決まった。
 声は聞こえないが、アークが肯定したような気がした。

 カイがヘパイストスで敵を一掃する。
 死角からカイに飛びかかろうとする影を、仙寿が素早くターゲットドロウで引き寄せる。
『トールの偽物、互いを認識できない状況……そっか、スワンプと同じだね。英雄と能力者を引き離すようなドロップゾーンなんだ』
 あけびは冷静に分析を重ねる。
(仙寿様が遠い。誓約は……)
 思い出せない。
 だけれど、ここにヒントがある。
 エージェントたちの記憶に呼応するように、目の前の影が形を変えた。

●守るもの
「墓場鳥! 墓っ………そん、な……」
 その影を見て、ナイチンゲールは絶句した。
 目の前には、這いずる豊穣神兄妹の影。
 否が応にも相対させられる、最も深い負い目。
「セー……メイオン」
 自分の今そのものたる影に怯み、そして、……ムキになる。
 ナイチンゲールの頭を去来するのは愚神を人と見做すことに人と愚神双方の理解を得られぬ絶望だった。
 墓場鳥からの助けはない。
 なら、求めない。
「……私だって、独りだって出来るんだから!」

 全部自分でやる。どうせ独りだった。

 階段で高所たる優位を活かし、なりふり構わずに斬り込んでゆく。
 開き直りにも近いナイチンゲールの勇気は、ここではプラスに働いた。
 場所は階段。
 ひとたび姿勢を崩せば、後ろの敵も巻き込まれる。
 力任せだが、狡猾に計算されつくした一撃。
 体勢を崩したところで、武器を構えた。
 2体を巻き込んで、一閃。

 一方で、仁菜は黒く蠢く影に恐怖し後退る。
(嫌、怖い、逃げたい。何で私はこんなところにいるの?)
 戦う理由は、ここにはない。
(戦いたくなんてないよ。怖いのも痛いのも嫌だよ。リオンがいてくれなきゃ何にも出来ないよ。一人じゃ立つことも出来ないよ)
 シャドウルーカーが一体、飛びかかってきた。
 動けない。
 恐怖に支配され動けなくなる。
 落ちていく。
「!」
 そのとき、仁菜を庇うように手を引いたのはナイチンゲールだった。
 敵が、目の前のナイチンゲールを狙う。
「っ!」
「あ……」
(仙寿くん、ニーナちゃん。アークトゥルスさん。杏奈さん。カイさん。雅春さんも
それに、つくしちゃん……)
 ナイチンゲールは仲間の存在を強く意識する。
 誰一人とて。
 仁菜がすぐ横を落ちていく。攻撃から転じてとっさに手を伸ばす。届いた。しかし、しかし、それと引き換えに生じた隙に、攻撃をわき腹に食らう。
 鋭い痛みが走る。
(助ける? 何故? そんな余裕がどこに。でも……)
 思考回路は研ぎ澄まされて、数々の思いが頭をめぐる。
 否、ケガは甘んじて受けよう。攻撃の反動を利用して、受けから圧し、囲まれぬよう直ちに退き、自分の位置を有利に運ぶ。
 仁菜は飛び散る鮮血に息をのむ。敵の攻撃がナイチンゲールを捕らえ、とどめを刺そうと大剣を振るう。
 咄嗟に体が動いていた。
 攻撃を、受け止めていた。
 アイギスの盾はキラキラと輝きを放っている。
『今だ! 登れ!』
 姿勢を崩した影を、カイのヘパイストスが一掃していく。

 今のは、危なかった。
 だが上手くいった。
「思春期と誇大妄想を拗らせた訳知り顔の聖女気取り?」
 ナイチンゲールは自嘲する。
 だったら?
(そうだ。みんな大事な人が待ってるから。大切な人達だから。生きて帰らなくちゃ。聖女ぶって生きてくって決めたの)
 退きはしないと決めていた。
(あの兄妹のような哀しい死を無くしたくて。“人”の可能性を守りたくて。その為の、徴(セーメイオン))
 殴りつけるような猛攻を、なりふり構わず制圧して見せる。
(成し遂げなくちゃ)
『そうだ、“成し遂げろ”、そして』
 誰かと言葉が重なる。思考回路が、かつて、交わした誓約をなぞってゆく。
「私は“優しさを諦めない”!」
 完全な共鳴が、成った。
 思い出した。何もかも。
「墓場鳥!」
『遅い』
「……ごめん」
『だが……よくぞ撃ち破った』
 どこか誇らしそうな声。
 ナイチンゲールは向き直る。その双眸に、敵を見据えて。

●守ること
(何で前に出たの? 体の震えは止まらないのに)
 仁菜が動いた拍子に、翻るマント。
 それは、リオンが異世界から身につけていたマントだ。
(これを身につける時私は何を誓った?)
 そう、あの時確かに何かを誓った。
「このマントは守護の騎士として立つ覚悟……」
 私を救ってくれたリオンのような騎士になりたくて。
 ふわりと、勿忘草色の戦装束が視界に入る。
 これをくれた友は何と言っていた?
「臆病を支え、勇気を奮いたたせるために」
 何で勇気が欲しかった?
「全てから……全てを守れるように」
 そうだ。私は守りたかった。ナイチンゲールとともに、体勢を立て直し、盾を構える。
 誰かが傷つくのが怖くて。
 誰かを失うのが怖くて。
 だから勇気が欲しかった。
「どんなに怖くても……諦めない勇気を」
 諦めて失わないように。
 そう、だから。
「私達の誓約は【どんな状況でも守ることを諦めない】!」
 仁菜は前をまっすぐと見据え、もう一度宣言してみせる。
 我が儘な私達の誓い。
 誰かのためじゃない、私達が守りたいから守り抜く。
(そうでしょう?)
 そして。
『全く……今回はヒヤヒヤしたよ……』
「リオン……!」
 はっきりと姿を現すリオンに、安堵して思わず涙がこぼれる。
『まだ戦闘は終わってないぞ。そんな顔してないてちゃんと前を見る! 一緒に守るんだろ?』
「うん!」
 目を擦り、盾を振りぬいて、仲間たちのもとへと、駆けてゆく。

●必ず見つけ出す
 兆しは、見つかった。
 敵と戦っているうちに。無我夢中で、ヘパイストスを乱射しているうちに。確かにそこにいるのを感じる。
 失われてはいない。
『俺は一度大切な人を失った』
 喪失の痛みがカイの胸を突く。
『だから俺は誓った!』
 誓いがなんであるかはわかっていた。はっきりしている。これでないはずがない。
「!」
 焦りが、攻撃を逸らせた。十分に距離を取っていたはずが、回り込まれている……。銃口がこちらを向いている。間に合わない。そう思ったが、直撃は受けず予想外の角度に吹っ飛ばされた。
「多少荒治療になりますけど……、コレ受けて思い出して下さいカイさん!!」
(!?)
 杏奈の見事なタイキックが、カイの身体を吹き飛ばしていた。紗希の視界もぐるりと一変する。
 静かな風景に、亀裂が走る。思わず笑ってしまいそうだ。
 仲間がいる。
(あの時の誓いは……そうだ。二度と大切な人を失いたくないから)
『そうだマリ! 俺達の誓約は……!』
「私たちの誓約は……」
「『何処に居ようとも必ず見つけ出す!』」
 誓いの通り、二人は再び巡り合った。

●強さと本物の光
 幾度も共鳴感覚を見失いかけるが、そのたびに仲間が手を貸してくれる。
「――偽物はお前に強さなんて求めてるのか? 俺は、お前と対等な相棒になりたいんだ」
 あけびの脳裏に、かつて仙寿とかわした言葉が蘇る。
(冷たかった仙寿様が胸の内を明かしてくれた、あの言葉がきっと鍵……!)
 敵とこぜり合った拍子に、懐から小夜に貰ったカードが落ちた。武器を持つ手とは逆の手で受け止め、二人の視線は文字を追う。
『心は剣に宿り、剣はあなた達を導く……』
((俺達の心……そうだな。記憶を忘れようとも、剣士の心は此処にある))
 あけびの師があけびに託し、あけびが俺に託した小烏丸。
 切っ先から半分が両刃の、攻め抜く事で守る刀。
 消える記憶の中、トールとの会話が蘇る。

ー―おい、クソガキ。お前は誰かを救いたいってんだな。その想いは自ずから出たものか?
 H.O.P.E.が認めるから救うのか。世間が認めるから救うのか。法が認めるから救うのか?

――……違う。言っただろう。これは俺達の誓いだ。誰に決められてもない。自分で決めたんだ。

 守りたいものを守るのが俺達の正義。
 その為に……。

 そう、そのために。
 あけびは師の言葉を掴んだ。

――士道とはそれをして己を捨て、人を生かす道だ。ゆえに誰かを救う刃となれ。誰かを救う刃であれ。

(私達は誰かを守る為に……)

 答えは、すでに手の中にあった。

((『強さを目指し続ける! 雷神の遺志を継ぎ“本物の光”を目指す!』))
 呼吸が一致し、二人の言葉が重なり合った。
 毒刃を受けたトールが、ゆっくりと暗闇に落ちていく。
 思い出す。
 ……戻ってきた。

●守ってくれる存在がいれば
 耿太郎は目の前の一体、ブレイブナイトを無力化した。
 戦える。
 動きはだいぶマシになってきたと、耿太郎は自分で思っていた。

 誰かを守る。
 仁菜、仙寿らの感情に、自身も覚えがあった。
 エージェントとして活動を始めた頃、誰かを守れる依頼を探していたのだ。
 屍国で病に苦しむ人を守ったり、森蝕でラグナロクに襲われる人々を守ったり……。

 日暮とナイチンゲールは、前線を張り、的確に仲間をサポートしている。
 かつて見た光景だ。
 自分も、あんな風になりたいと思ったろうか?
 リンカーとなって、この恐怖は消えたのだろうか。
(否、違うっすね)
 怖いのだ。共鳴しても、慣れても、怖いものは怖い。
 だから、そう。
(自分のような力の無い者でも守ってくれる存在がいれば)
 そんなことを、自分は考えたはずだった。

 感覚がたちどころに戻ってきた。攻撃のために振るわれた刃は、軌道を一転して敵の攻撃をはじき、隙を作る盾となる。
 もう迷いはない。
 サーコートを纏い、青いマントを翻す騎士。そこにはアークトゥルスが経っていた。
 リンクバリアを展開し、再び、ライヴスブローを放つ。奇しくも、敵も放ったのはライヴスブロー。
 だが、圧倒的にアークトゥルスの技術が勝っている。
 へなりと座り込みそうになる雅春を励ますように抱きしめ、階段の上へ、引き上げる。そして自ら戦線へと降りてゆく。

●離さない
(どうしてこんなに戦えるんだろう)
 どこか呆然と、この光景を眺めている自分がいる。
 小宮は普通を生きてきた。この仲間の覚悟は、いったいどこからくるのだろう。頼もしさと同時に、畏敬の念を抱いて震えが走る。

 無理、だろう。
 Jenniferは、半ばあきらめていた。
 元より自身はジェニーの代わり、使い捨てられるものだという諦念すらある。
 一方で心は揺れている。
 その声が、自分を呼んでいる。

 たとえ、他のエージェントたちが持っているものが、自分が持っていないものだとしても。
 けれど、きっと識る事はできる。
(だから)
 知らなくてはならない。敵味方の別なく。それは影に対しても同様で。尊敬をもって、相手に向き直る。
 知らなくては、ならない。

 はじめは戯れに過ぎなかった。
 この男はいつか必ず誓約を違える。
 その時彼を蔑みながら消えようと、誓えるものなら誓ってみよと、心の中で嘲りながら交わした誓約だった。
 だから、思い出すはずはない。
 いや、そこに彼に縋りたい気持ちがなかったと言い切れるか。
 誓約を交わしたのはどうしてだったか。
 ……思い出してくれるだろうか?

 相対する影は、銀の魔弾を撃ち込みながら、どこかあざけるように笑う。
「ジェニーの代わりだから?」
「都合のいいお人形?」
「死ねばおしまい?」
 目の前の影が、次々と口にする。
「違う! 彼女が誰であろうと、これだけは忘れてたまるもんか!」
 相手がつけていたのは、青い薔薇のチョーカー。いや、それをつけているのは自分自身。向き合ったのは、自分自身だ。
 そこにあったことに、なぜか気が付かなかった。
 いつか誰かに言われた言葉を思い出す。
[迷うなら、彼女の手は離さないであげて]
 だから。
「[ジェニファー]! 僕の手を離さないで!」
 吠えるように叫んだ。
 声が聞こえる。
 [ジェニー]でなく[私]の名を呼ぶ声が。
(ああそうだ、今はこの声が愚かしくも温かいのだ)
 階段に朗とした声が響き渡る。
 震えてはいるけれど、たしかにはっきりと響き渡る。
 誰かが手を重ねている。
「頼りなくて、情けないかもしれない。でも、掴んだこの手をきっと離したりはしないから」
 誰かが手をつかむ。階段の上に、引っ張り上げてくれる。
『そばにいてくれる? いつか私達が永遠にサヨナラする時まで、ずっと』
「うん……うん!」
 二人は抱き合い、再会を喜んだ。

●家族
 ルナも、かつては人形だった。
 元の世界では、動く人形だった。
 幼くして亡くなった娘を模して造られ、そして……捨てられた。
 そして。
 それから。
「私とルナが出会ったのは、……確か私の家の傍。寂しそうに1人で座り込んでるのが気になって、声を掛けたのよ」
 杏奈は思い出を確かめるように、そこにいるはずのルナへ語りかける。
「それでルナは……、自分を受け入れてくれる人が欲しいって言ってたの。それで誓約を結んで……だから」
 雅春とジェニファーを見て、杏奈は記憶の欠片を思い出していた。
「思い出した……! ルナは私にとって、かけがえのない娘。家族になるのが、私達の誓約よ!」
【杏奈っ! ここよ!】
 見えない壁がもろくも崩れ去る。
 声も届かないところから、ずっと自分を呼んでいたのであろうルナの姿がある。
 力が戻ってくる。

●最後の戦い
「もうすぐだ!」
 アークトゥルスが叫んだ。
 1段、1段、踏みしめた階段は終わりが近い。
 ドロップゾーンは、もはやほとんど意味をなしていない。
 無理に撤退することもできただろう。
 けれども、エージェントたちは一人たりとて残していく気はなかった。
 必要最小限しか手を貸さない。それは、きっと自分の力で戻ってこれると信じているからだ。

 逃げなきゃ。
 カスカは戦いながら考える。
 でも、逃げる前に……何かを忘れているような気がする。カスカは絶え間なく戦いながら、なにかを思い出せない。
【ぼく、は、何を……忘れてる……?】
 誰かに聞こうにも自分が思い出せなければ分かるはずもない。
 戦えるのなら共鳴は出来ているということ。
 ならば。
【……誓約は、切れて、ない】
 以前の夢を思い出す。幻想蝶にヒビが入った夢。共鳴できなくなった夢……。
 けれど、あれは夢だ。
(でも……誓約が、……分からない……?)
 思い当たって、必死に記憶を手繰り寄せようとする。
 たくさん戦った。一緒に。
(一緒、に)
 つくしが鏡を前に叫んだことを覚えている。
 自分が叫んだことも。
【だから今度はきっと、ぼくの番】
 何度も戦ってきた。存在は分からなくても、今戦えることが一緒に居ることの証明。出会ったときからのたった一つの約束。
【ぼくは、つくしと一緒に、戦う……一緒に、歩く……っ!】
 一歩を踏み出す。
 メーレーブロウ。敵を巻き込んで、一掃する。
 消え失せるような寸前、意識がまじりあう。
「カスカ!」
 道が開けた。つくしは主導を交代し、階段へと向かう。群がる影たちを、カイのカチューシャMRLがとらえる。
 もう、手加減の必要はない。
「飛び込め!」
 カイが叫ぶ。ドロップゾーンの切れ目へ。
 玄室へ。

●静かなる空間
 異質な空間が、とうとう終わりを告げた。
 傷ついた仲間たちの前に立ち、ナイチンゲールが入念に部屋の安全確認をする。
 剣でコツコツと床、壁を確かめる音が部屋に反響する。
 紗希はライヴスゴーグルを使用し、じっと部屋を眺める。
 それぞれに相応のケガを負ってはいるものの、誰一人として欠けることはなく、エージェントたちはそこに立っている。
「大丈夫みたいです」
 ナイチンゲールはくるりと振り返り、安全を告げる。
「だが、油断はするなよ」
「っすね」

「……死んで……ます、よね……」
 つくしが倒れている構成員を眺める。
「ねえ。愚神って死ぬと死体が残らないよね?」
 紗希が冷静に死体を見る。
「何でここのは残ってるんだろ……オーパーツのせい?」
 中途半端な、ヒトとはおよそ言えないような姿。愚神というよりは、成りそこないのような。しかし、絶対に助ける方法はなかったと確信できる。
「このナイフみたいなのを抜けばいいのかな……?」
「援護を頼む」
 仙寿がつくしに頷いて、骸切を構えてマガツヒの構成員へと近づく。
 紗希は油断なく退路を確保した。
 刃が青白い光を纏い、死体を薙ぎ払う。つくしとナイチンゲールは油断なくその挙動を見守る。
 ナイフを回収した瞬間、空間が揺れる。
「!」
 紗希が素早くナイフを叩き落した。
 死体が塵へと帰ってゆく。
 仁菜がオーパーツへ手を伸ばし、素早くコールドボックスへとしまい込む。嫌な予感がしたが、それも一瞬のことだ。
 遺跡は多少崩れかけていたが、無事と言って差し支えないだろう。
 出てみれば、すっかり晴れた空が見える。

「やったっすね……」
【……良かったりなんだり、して……】
 カスカがほっと一息をついた。
「ふふふー、私も良かったりなんだりしてーっ!」
【……?】
 不思議そうに耳ぴこぴこさせるカスカの肩を掴み、じっと瞳を覗きこむ。
「そのままつくしって呼んでてね、カスカーっ!」
 思い切りぎゅーと抱き着けば、何よりも確かな体温が伝わる。
【!】
 思い出すと、急に恥ずかしさがこみあげてくる。
 あわあわとしつつも、振りほどくことはできないわけで。ただじっと抱擁を受ける。
 無事で、良かった。心底そう思う。

結果

シナリオ成功度 成功

MVP一覧

重体一覧

参加者

  • 革めゆく少女
    御童 紗希aa0339
    人間|16才|女性|命中
  • アサルト
    カイ アルブレヒツベルガーaa0339hero001
    英雄|35才|男性|ドレ
  • 花咲く想い
    御代 つくしaa0657
    人間|18才|女性|防御
  • 想いの蕾は、やがて咲き誇る
    カスカaa0657hero002
    英雄|20才|女性|ドレ
  • その背に【暁】を刻みて
    藤咲 仁菜aa3237
    獣人|14才|女性|生命
  • 守護する“盾”
    リオン クロフォードaa3237hero001
    英雄|14才|男性|バト
  • 世を超える絆
    世良 杏奈aa3447
    人間|27才|女性|生命
  • 魔法少女L・ローズ
    ルナaa3447hero001
    英雄|7才|女性|ソフィ
  • かわたれどきから共に居て
    日暮仙寿aa4519
    人間|18才|男性|回避
  • たそがれどきにも離れない
    不知火あけびaa4519hero001
    英雄|20才|女性|シャド
  • 希望の格率
    君島 耿太郎aa4682
    人間|17才|男性|防御
  • 革命の意志
    アークトゥルスaa4682hero001
    英雄|22才|男性|ブレ
  • やさしさの光
    小宮 雅春aa4756
    人間|24才|男性|生命
  • お人形ごっこ
    Jenniferaa4756hero001
    英雄|26才|女性|バト
  • 明日に希望を
    ナイチンゲールaa4840
    機械|20才|女性|攻撃
  • 【能】となる者
    墓場鳥aa4840hero001
    英雄|20才|女性|ブレ
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