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灰燻姫への鎮魂歌(相談)
最終発言2018/06/20 18:39:53 -
依頼前の挨拶スレッド
最終発言2018/06/16 22:29:55
オープニング
●墓守り犬達
「《燻る灰》が死んだ」
少年は溜息をつくように、そう呟いた。
ここはニューヨーク、N.M.墓地。
日付の変わるほどの深夜だが、遠くには摩天楼が煌々と輝き、墓地の芝生に点々と並ぶ白い墓石をうすく照らしている。
「彼女は王への忠誠を貫いたのだね。その純粋さ、ある意味羨ましくさえある」
少年の年の頃は十二ほど。きちんと小さな体に合うよう仕立てられた洋式の喪服を纏い、傍らには同じく喪服に身を包んだ中年の紳士が寄り添う。どちらも東洋人だ。
「彼女は、私達にとって良き協力者でありました」
「そして良き理解者でもあった。最後まで我々との関係を口にしなかったのは義理堅いともいえるが、寂しくもある」
中年紳士と少年は、一見すれば保護者と子供。しかし口調はその予想とはおおきくかけ離れており、紳士のほうが少年に敬意を払っているようだ。
「眷属はここに眠らせておいたのだね。まだ生きていれば隠し駒となったのだろうが」
「あの塔が《燻る灰》の墓標となったのですね」
二人の背後には、ニューヨークでも最も高いビル、エンパイア・ステート・ビルがライトアップされて佇む。
少年がひとつの墓石に手をかざすと、黒い煙が立ち昇った。
見る間に煙はあたりに広がり、獣の形を取り始める。
「墓場に黒い犬か。洒落が効いている」
それは、狼従魔ヴォルケルフ。主人の手によって体毛は黒く変化させられている。おそらくは、黒い犬が墓を守るという迷信に寄せたものだろう。
「お前達はどうしたい? 僕と共に来るか、それとも」
黒い狼達は少年を取り巻くように静かに集う。しかしそれは、親愛のあかしではなく、決別のための最後の挨拶の為に。
「……そうか、主人の墓碑を守るか。それもいいだろう。この街にはまだ彼女の残り香がある」
――オォォオオオオォオオオーーーー……ンン……ンンン…………
その中の一匹が、長く哀切を伴う声で吠える。
込められているのは、主人への追悼。そして思慕。
――オォオオオォォオーーーーーーンンンンン……
唱和するように、他のヴォルケルフ達も遠吠えを始める。
「お前達はお前達なりに、この街で生きてみるといい。それがひいては彼女の弔いともなるだろう」
黒い狼たちは煙となり、墓地の入り口を閉ざす鉄格子からすり抜けて行った。
少年は狼達を見送りながら、淡々と言う。
「本来なら彼女好みの紛争でも引き起こしてあげたいところだがね。戦を他国に振り撒いて平和を保つこの国では少し難しいね。それはまた、本国に帰ってからの課題としよう」
●最初の犠牲者
タイラン・シュミットは友人のラレドと共に夜のダウンタウンを歩いていた。
高校を中退してからは大都市ニューヨークへと出て、いつか一旗揚げてやろうぜと息巻きつつ、日雇い仕事を点々としている。
今日も肉体を酷使する労働の帰りに酒場へと寄り、テキーラを少々引っ掛けてきたところだ。
酒はいい。日々の辛さも鬱屈も、溶かしだして忘れさせてくれる。
「おい、何かいる」
ラレドは言った。タイランには何も見えなかった。
裏路地の暗い照明のなか、しみったれた細い道が浮かび上がる。
物陰にチンピラでも? 上等だ、こっちだって銃を持ってる。
「うわあっ?!」
暗闇から、突然に獣の鼻先が出現する。
鋭い牙と、大きな顎が友人を襲う。一匹ではなく、次々に。
獣の胴に銃弾を撃ち込むが、弾丸は虚しく路地を穿つ。
「ラレド!」
「助けてくれ……」
黒い獣はそのまま、救いを求めて手を伸ばす友人を咥えて走り去った。
深夜の通りに人はなく、黒い獣を見たのはタイラン・シュミットのみ。
●眷属は眠らせている
「えっと、依頼です。従魔が出たそうです。場所はニューヨーク・シティの下街。なんだか近頃よくこのあたりに色々出没してますね」
不服そうに報告するのは、柏木信哉。
アッシェグルート撃破の事後調査で刈り出され、そのまま雑務を押し付けられた流れだ。
「依頼者はニューヨーク市警と、タイラン・シュミットという一般市民の連名です。タイラン・シュミット氏は友人の行方不明届を出した当事者であると同時に、同事件の重要参考人としても扱われています。他に目撃者がいないうえに、金銭トラブルも多少あったらしく」
それから柏木は、ついっとスマホを操作する。
「ここ数日でSNSでも不審な『黒い犬』に関する噂は流れています。この時点でH.O.P.E.としては、単純な暴力事件とは考えていません――アッシェグルート自身が『眷属従魔は眠らせている』と発言していることもありますが」
目撃情報は、『黒い犬を見た』『黒い犬が煙のように掻き消えた』『黒い犬が、何かの肉を喰い散らかしているのを見た』など多岐に渡る。写真つきのもあるが、夜の背景で黒いものを撮ろうとしているためハッキリししない。
それでもいくつかの写真では、黒いものが確かに『いる』のが見て取れる。
「こういうのもありますね。『墓地から黒い犬が出てきた』。イギリス発祥の伝説では、墓地を守る黒い犬ってのがいます。『黒い犬』には見たら死ぬとかいう系統もいますが、タイラン・シュミット氏は死んでないので、皆さんは大丈夫だと思いますよ!」
迷信や噂の類に関して、柏木は冷淡だ。ただし根拠が示された場合はその限りでないが。
「なおニューヨーク市警にその他の行方不明者について問い合わせたところ、『行方不明なんて、毎日山程出てるよ! HAHAHA!』だそうです。アメリカでは毎日膨大な失踪者届けが出されるので――そのほとんどは未成年の家出ですが――警察は失踪だけでは通常、動かないそうですね」
『黒い犬』の目撃情報のうち、位置の分かるものを地図に落としてゆくと、発生現場はマンハッタンにほど近い、ロングアイランド側のダウンタウンに集中する。
「目撃情報はおおむね午前零時から午前三時までです。場所は人通りの少ない小さな路地ばかり。被害者はいまのところラレド氏以外は不明」
わかっていないだけで、行方不明者はおおぜいいる。
ここ数日で何人の犠牲者が出ているのか、今宵は何人が狙われるのか。
「僕はタイラン・シュミット氏が事件を目撃した場所に近いN.M.墓地を監視しようかと思います。同墓地の柵をすり抜ける黒いものの写真もアップされていることですし」
墓地には地下に多くの『空洞』がある。『黒い犬』の潜伏場所としては申し分ない。
「皆さんはどこを警戒していても結構です。ただし通信手段は必ず持っていてください。……勘ですが、目撃された黒いものが従魔であれば犠牲者は、警察が掴んでいるよりはるかに多いでしょう」
よろしくお願いします、と柏木はあなたたちに頭を下げた。
解説
●目標:ニューヨークのダウンタウンに現われる従魔を討伐する
●登場
ヴォルケルフ×20 ミーレス
・アッシェグルートの眷属従魔。体色は黒。
・雲やガスのように実体のない、狼にも似た姿の従魔。
・浮遊しながら素早く標的に接近し、急所目掛けて喰らい付く。
・ガス状になっている間は物理攻撃への耐性が上昇する。
・ヴォルケルフ自身は遠距離攻撃手段を持たず、接近するまではガス状形態、接近した後は自らも攻撃するために実体を持つようになる。
・連携能力に優れ、《遠吠え》で仲間と連絡を取りつつ獲物を追い詰め、素早く襲い掛かる《速攻》によって次々と攻撃を仕掛ける戦術を多用する。
特殊能力:《浮遊》《速攻》《遠吠え》《高速移動》
柏木 信哉
・新米バトルメディック。日本人の理系学生。
・迷信には冷淡。ただし根拠のあるものは考慮する。深夜の墓地での張り込みで一番心配なのは眠気。
・特に指示がない限り、従魔が出て以降は周辺の一般人の避難支援に回る。
・『黒い犬』はアッシェグルートが以前使役したヴォルケルフと類似の従魔では、と推測している。
●現場状況
N.M.墓地
・近くにダウンタウンがあるが、墓地周辺は閑静な住宅街。
・20sq×35sqの壁に囲まれた方形敷地。壁高2m、出入り口は正門と裏門の二つ。
・周辺は繁華街ではないので、夜間の人通りはきわめて少ない。
・墓参は夕方5時まで。ただし、今回は特別に開錠してもらっている。
・深夜でも街の明かりは若干届く。
●PL情報
・ヴォルケルフは墓地の特定の墓から出入りする。これは目撃以降PC情報となる。
・事件発生から3晩が経過し、リプレイは4晩目。犠牲者数はこれまでに70名あまり。(目撃者がいないため、行方不明として処理されている)。
・「●墓守り犬達」はPL情報。出てきた少年と紳士は非常に注意深く身を隠すので、今回は遭遇することが出来ない。
リプレイ
●
午後十一時のN.M.墓地には、静謐ともいうべき空気が流れていた。
点々と並ぶ白い墓石と、死者を守るように佇む樹木の枝が、緑の芝生のうえにぼんやりと浮かび上がる。
街灯は少なく、それよりも遠くに見えるビル群の明かりが目立つ。
検討した結果、有力な手ががりのある場所はこのN.M.墓地付近だけ。
エージェント達は検討した結果、今夜はひとまずこの墓地に張り込むことに決めた。
「……ブラックドッグ……?」
依頼内容を反芻し、フィアナ(aa4210)が首を傾げる。彼女はアイルランド出身なのである。
「伝承だと墓荒らし以外には、害を及ぼさないと聞いていたんだがな」
御神 恭也(aa0127)も黒い墓守犬の伝承は知っているようだ。
『う~ん、墓地に愚神の知り合いが眠っているのかな?』
何故この場所なのか? と伊邪那美(aa0127hero001)は眉を寄せる。
「黒い犬……ブラックドッグ、あるいはヘルハウンドと呼ばれるものは、もともと不吉な妖精としての性質を持つ。墓荒らしには温和な性質を持つチャーチグリムも黒い犬として伝えられるが、同じく死の先触れとしての性質を持っている」
ブリテンの伝承では、とルー(aa4210hero001)は語る。
ここはアメリカ、ニューヨーク。世界的な商業都市。
それでも、イギリスからの入植者が主に開拓した以上、文化の片鱗は残っているかもしれない。
新しい墓地を造るとき、最初に犬を埋葬するかは不明だが。
「人に害を及ぼすようであれば、駆除させてもらいます」
事前情報の通りであれば、どれだけの被害者がいるかは不明だ。ジキル=ハイド(aa5215)はこの墓地のどこに敵が潜むのかと白い墓石を見渡す。
ジェームズ・アンドレイ(aa5215hero002)は目深に被ったフードの奥からギョロリとした目を覗かせる。墓地に似合いの陰キャラに見えるが、実は単純に口下手なだけである。
「ヘルハウンド……亡霊犬とあれば、陰陽師の出番だろ!」
手書きの御札をぴっと二本指で挟み、自称陰陽師の沖 一真(aa3591)が威勢良く胸を張る。
隙あらば、周りの人間に御利益のある壷でも売りつけそうな勢いだ。
『ふふ、そうだね、一真』
月夜(aa3591hero001)もまたそんな相棒を見て微笑む。
「……あれ? 月夜? いつもの溜息とツッコミは?」
いつもなら一真がちゃらけた態度を取れば、すぐさま月夜がシメるという流れになるはずなのに、今夜は妙に生ぬるい。
むしろ生あたたかい。視線が。
『(いつもの一真だ……よかった)』
月夜としては、戻ってきた日常のやりとりが嬉しい。愚神への怒りを抱いたままの一真は、あまりに不安定だったから。
『善性愚神』と名乗る愚神たちの登場によって、彼らを信じるべきか、拒否するべきかでH.O.P.E.全体が揺れた。
そして発覚した愚神たちの裏切り。
アッシェグルートの魅了スキル。パンドラの従魔『奇箱』。アルノルディイの花の香水。
すべてが人の心を惑わすためのものだった。
彼らは人類と共存するためでなく、内側から食い荒らすために歩み寄ろうとしたのだ。
怒りと共に心を決める者、戸惑う者、なお共存の道を探ろうとする者。
エージェント達の心も、大いに乱れた。
いまだ他の場所では残った『善性愚神』達とエージェントの戦いが繰り広げられているが、そこには頼りになる仲間達が行ってくれた。収束するのも時間の問題だろう。
「御屋形様! かの愚神の眷属が隠れていようとも、この私が必ず御守りします!!」
骸骨の鎧をがっしゃがっしゃと鳴らし、ふんす! と気合い充分なのは三木 弥生(aa4687)。
先日のアッシェグルート戦では、守護以上の役割を果たし、第一の家臣としての自負を強めたところである。
『墓地に犬ったぁ、生意気だ……あーいうのは大っ嫌いなんだ、さっさと潰せ』
がしゃがしゃと鳴る骸骨の中で、三木 龍澤山 禅昌(aa4687hero001)の声が響く。
「そういう言い方は酷いですよ!」
弥生は嗜めるが、彼は三木家の先祖として、永いこと墓の中で眠っていたはずである。墓の住人として、あるいは骸骨として、犬には何か思うところがあるのかもしれない。
「誰だか知んねーケド、こういう場所を騒がすンじゃねーよ、不躾じゃねーか」
ヤナギ・エヴァンス(aa5226)はロックな外見とは裏腹に、死者の平穏を乱す誰かが気に入らない。
人の死には真摯であるべき。エージェントとして人の生死を目にしてきた経験が、ヤナギの根底にある。
『おや、また意見が合ったようですね……ヤナギ』
静瑠(aa5226hero001)は墓地に足を踏み入れてから、死者を弔う聖句を唱えていたようだ。
『……貴方と同じ考えだとは不本意ですが』
「嫌われたモンだねェ」
容赦の無い静瑠の物言いに、ヤナギはククッと喉の奥で嗤う。
静瑠は能力者の保護者でもないし親友でもない。反発しあうことのほうが多い。
それでも、いざとなれば共鳴して戦う。その距離感が、案外気に入っている。
「柏木さん、しりとりしよう! ね? 起きて!」
雨宮 葵(aa4783)は待機中にも軽く船を漕ぎ出した柏木信哉をゆさゆさ揺り起こす。
「眠い……なんか出たら起こしてください……」
柏木のほうはといえば、先日アッシェグルートがエンパイアステートビルに出現したあとの残務処理のためニューヨークに呼ばれ、雑用をこなしていた最中にこの事件である。
眠い。夜の墓地の芝生でいいから横になりたい、というのが正直な気持ち。
あの燻る灰の愚神は、ラスベガスだのバラエティだの洗脳電波だの電波ジャックだのと好き放題に引っ掻き回してくれた。
エンパイアステートビルにしても、被害者こそ出なかったものの、102階中の入居者はすべて避難しなければならなかったし、損壊部分は補修せねばならない。
ビルの下手な構造物を破壊して、倒壊……などが起こらなかったのは不幸中の幸いといえる。
「じゃあ私から! 『しりとり』! 次は『り』から!」
ふざけているわけではない。しりとりは手と目がフリーな状態で頭を使う娯楽。
張り込み中の暇つぶしとしては、悪くない。
『(『り』で攻めるつもりね、葵)』
燐(aa4783hero001)がそっと耳打ちする。
日本語の頭文字として少ない文字を語尾として持ってくるのが、しりとりの必勝法。
「……リリウム・オーラウタム」
「 日 本 語 で !!」
対して柏木が答えたのは、ヤマユリの学名。学名は科名と属名の二つの部分からなるので、オニユリもササユリもテッポウユリも、類縁種の学名はリリウムから始まる。
「皆が知ってる単語なら、外来語でしょう」
柏木に悪気は無い。
大学生も研究室に所属するようになれば、極端に交友範囲が狭くなる。『皆』といえば研究室の学生である。
「次から学名は無し! 『ムニエル』!」
更にユリ科は使えないよう、葵は攻める語尾を『る』に変更。
「あ、モスケール……」
「しりとりは、語尾を揃えるんじゃなくてね?!」
そうではなくて、と柏木は言う。しりとり効果で、頭が動いてきたようだ。
「いちいち待っていなくとも、この近くに潜んでいる可能性があるなら、策敵できるんじゃないかと」
モスケールの策敵範囲は50sq、この墓地は20sq×35sqの方形。
墓地とその周辺までは、充分に策敵範囲だ。
「み……皆の準備が出来たら策敵するつもりだったもん! 寝そうになってる人がいるのが悪い! やるよ、燐!」
葵も、もともとそのつもりでモスケールを装備して来たのである。
燐と共鳴し、モスケールを起動する。
背中のバックパックから、ふわりと淡い燐光が立ち上る。
「ひとつ、ふたつ……いやコレ味方だ」
ライヴスの多寡をゴーグルに映し出すレーダーは、敵味方を判別しない。
目視で味方を除外しつつ、葵はひとつの墓石に辿りつく。
「ここだ。ここに……長方形になにかが密集してる」
計数機能もないため、密集されると何体いるか判別できない。また深さもわからない。
「墓石の下に……」
「長方形……」
誰ともなく、そんな声が漏れる。
墓石の下の長方形の空間。想像に難くない。
それを開くべきか、攻撃を仕掛けるべきか、それとも待つべきか。
「碑銘はどうなってるんです? 『hong aimeng』? どこの国の名前ですかね?」
柏木は淡々と墓碑銘をメモした。
●
「……開けるか?」
白い墓石を前にした一真の言葉に、一同はしばし黙する。
墓を暴く許可までは取っていない。しかし目撃情報から、犠牲者が出ていることは確実だろう。
生者と死者なら、当然生きているほうが優先する。しかし。
ゴトリ、と墓石が動き、開いたわずかな隙間から濃密な闇があたりに満ちる。
否、それは闇そのものではなく、黒い煙。気体状となった従魔。
――オォオオオォォーーーーーーンン!!
煙の中から、吠える狼の頭だけが一瞬現出した。
ヴォルケルフ。かつてアッシェグルートが砂漠に現われたとき使役していたという、煙と実体を行き来する狼型従魔。
威嚇するような遠吠えと共に、黒い煙は渦を巻いて散開する。
いくつもの、黒いつむじ風が巻き起こる。
「ブルームフレア!」
陰陽師である一真が、魔法の炎を爆発させる。
青白い浄化の炎が闇を払い、巻き込まれた煙の狼達は火傷を負いながらも、獰猛な唸り声を上げて周囲に襲い掛かる。
「なるほど、こいつが噂のブラックドッグって奴か!」
待ち構えていたように、赤城 龍哉(aa0090)が大剣を振るう。
『(犬かどうかは怪しいですが、細かいことはこの際置いておきましょう!)』
内側から、ヴァルトラウテ(aa0090hero001)も応える。
黒いつむじ風はブレイブザンバーの動きを避けるように二つに分かれたかに見えたが、一気呵成を使って続けて十字に斬撃を浴びせると、獣の断末魔を残して霧散した。
「煙だからって、物理攻撃が効かないって訳じゃなさそうだな!」
「この場から逃がすな! 正門と裏門を固めるんだ!」
一真はマジックブルームの箒に乗って空へと舞い上がる。雲のように真っ白な箒が陰陽師を運ぶ。
上空から見れば黒煙達の配置は一目瞭然、低い位置にわだかまっている。浮遊は飛翔とは違いそうだ。
目撃証言の通りなら、ここから出せばまた人を襲う。
そして一般人には、従魔に対抗する術がない。
誰にも知られぬまま犠牲になった人が、どれだけいるのか。
大きくジャンプし、塀を越えようと飛ぶ黒い塊を、ジキルのアサルトライフルが射抜く。射手の矜持による高精度の射撃。
「簡単に通れると、思わないで下さいね」
その背には、裏門を護っている。
煙状だった従魔は渦を巻き次第に狼の形を取るが、攻撃が効いていないわけではなく、牙を剥いてジキルを威嚇する。
ジキルは鋼色のリボルバーを抜き、狙いをつけた。
「逃げずに、尋常に勝負なさい!」
弥生の白黒一対の陰陽玉が、旋回しながら正門を護る。
同時にライヴスの夜鷹を生成し、夜空に放つ。
敵に背を見せ逃げる卑怯者など、許さない。
「敵影、……16! まだ地下にもいる! こいつら煙になるのが面倒だけど、強くはないよ!」
モスケールの表示するライヴスの輝きは、エージェント達のほうが圧倒的に強い。
ただ、煙状になることと、高速で移動するのが厄介だ。
フィアナのノクトヴィジョンの視界には、黒く渦巻く煙がはっきりと浮かび上がる。白い墓石も。
「墓守犬だというなら、墓を守ってみせなさい!」
黄金の刃が闇の中をひらめき、ヴォルケルフ達の隠れていた墓石を狙う。砕くほどの気合を込める。
これが誰の墓なのか、何故ここに隠れていたのか。
他の隙間もあるだろうに、ここに集まっていたのなら、何らかの鍵になるはず。
ゴト、と墓石が倒れ、下の空間から更なる黒煙が噴き出す。
――ヴルルルルゥルルル!!
唸り声と共に実体化した狼達が、一斉にフィアナに襲い掛かる。数は三体。
狼従魔達の動きを捉えていたフィアナは冷静だった。先頭で真っ先に実体化した一匹に狙いを定める。
多少の負傷は覚悟の上。一体ずつ、確実に仕留める。
肉を裂く手ごたえが、直剣を通して伝わる。迷わず、一気に切り裂く。
同時に、体の両脇を何かが掠め、半分煙のままの獣をそれぞれが貫く。
恭也のネクロノミコンと、ヤナギのゴエティアの魔法攻撃。
「こっちだぜ、わんこ共!」
ヤナギがターゲットドロウで、割って入る。
その隙にフィアナは退き、体勢を立て直す。
一匹は撃破、二匹は手負い。
牙を剥き出し、実体化して襲い掛かろうとする獣を、ヤナギのレガースが蹴り上げ、フィアナの剣が斬り捨てる。
「墓守犬は墓を守る……ねェ。イイ目の付け所だ」
「やはり、愚神と関係のある誰かか……?」
ヤナギと恭也は、倒れた墓石を見下ろして言った。
「さあ……? 大切な人の墓碑かもしれないし、大事な隠れ家かもしれませんね」
フィアナとしても、誰のものか知れない墓石を傷つけるのは忍びなく、寸止めするつもりではあったが……結果的に、従魔自身が守った。
脅威があるとすれば、煙と実体を自在に行き来する従魔自身ではなく、その裏に潜むもの。従魔を動かしている何者か。それが生きているものだとしても、死んでいるものだとしても。
いまこのときも、その何者かに見られているかもしれないとさえ思う。
「ここの墓守犬どもは、戦闘狂だったアッシェグルートとは性格が違うな。仲間がやられても、向かってくるでもない」
むしろ逃げようとしているようにさえ見える、と龍哉が言う。
「分をわきまえてるんじゃねェの? 龍哉みたいに強えェヤツと当たったら瞬殺だもんナ」
獣なりの判断力があるのなら、ここで全滅するのは下策だろうとヤナギは言う。
「刺激すンなら、ここを探ってみればいいみたいだゼ? ちょっとやってみるから、ガード頼む」
ヤナギはイメージプロジェクターを起動し、周囲との迷彩で身を隠してから墓を調べ始める。
潜伏スキルも使用し、自身をより風景に溶け込ませる。
倒れた墓石の下には、土がめくれ上がって下の石室の蓋の端が露出している。
アメリカではエンバーミングが流行しており、遺体を長く保存することを望む遺族もいる。その場合は棺が直接土に触れないよう石室に入れ、定期的に防腐剤を注入する。この下はそういった仕様の墓ということだ。
土をどけようとして気づく。柔らかい。最近、何度も掘り返されている?
――ヴルルルォォオォォオオオオーーーーーーーーーーンンン!!!
夜の静寂を揺るがす咆哮。
はっきりとした敵意。敵を排除せよという命令。
「やはり、ここを触ると怒るようですね。墓守り犬達は」
フィアナの手には、雷剣カラドボルグが握られている。
「策敵は任せて! そして犬どもは、私の破壊力にひれ伏すといいよ!」
モスケールの装備で移動の制限を受けている葵は、今回は走り回るのでなく大剣で勝負する構え。
『(葵、いつもより動きづらいから、立ち回りに気をつけて)』
燐が内側からそっと囁く。
「向かってくるなら、斬り伏せよう」
恭也が龍殺しの大剣を抜く。
装着したライヴスゴーグルが、敵の捕捉を助ける。
龍哉は魔導書『ヒルドールヴ』での魔法攻撃に切り替える。
●
「ここは通しません! 可哀想ですが覚悟なさい!!」
ヴォルケルフはすべてが墓を守る為に動いたわけではなかった。
あくまで一部は門か塀を越え、あるいは隠れて戦力温存を狙い続けている。
弥生は陰陽玉での防御と攻撃反射に加え、周囲のエージェントが離れた隙を見計らって『天使のラッパ』を使う。
名前は可愛らしいが、衝撃波による無差別攻撃である。
陰陽玉でのダメージが蓄積していた二体ほどは、叫び声を上げながら塵と化してゆく。
ジキルは一真の誘導に従い、墓石のあいだに見える黒い煙を狙撃した。
従魔が逃れようとしても隠れようとしても、ソフィスビショップのマナチェイサーが追跡する。
そしてジキルの狙撃を誘導する。
「(一体でも逃せば、今夜何人の犠牲者が出るのか)」
弾丸は標的に命中し、黒色の影は風に溶けた。
「右から二体! 正面から一体、後ろから二体来るよ!!」
攻撃の為に煙から実体化するタイミングを狙い、恭也と葵は大剣で怒涛乱舞する。
ひらめく刃の軌跡は、美しき対の剣舞のよう。
「主なき番犬よ、この世に貴様らの居場所は既に無きものと知れ!」
狼の紋章が描かれ、『戦の狼』魔導書から煙の狼へと鋭く攻撃魔法が放たれる。
いつもの龍哉とは違う威厳ある口調は、魔導書の副作用である。
それでもなお仕留め切れなかった一体を、フィアナの雷撃の剣が薙ぎ払う。
攻撃がおさまると、都会の中の小さな墓地には、しばしの静けさが流れた。
「こいつら、獣なりに狡猾だ。全部は追いきれなかったが、まだ隠れてるやつがいるはずだ。……葵、見てくれ」
一真の呼びかけに応え、葵はモスケールのゴーグルを覗き込む。
強く輝くエージェント達のライヴスに対して、従魔たちの反応はいかにも儚い。
「ここから五つ向こうの墓石の影、次の列の七つ向こう、壁際の繁みの影に隠れてる」
薄暗い影の中には、エージェントの肉眼で見てもなにか蠢くものがある。
「あとは……」
モスケールのゴーグルを覗く葵の背後に、獣の顎と牙が迫る。
モスケールの機能としての、潜伏する敵の検出力は+20%程度である。当然、見逃しもありうる。
「危ない、雨宮殿!」
叫んだのは弥生。同時に飛来した『女郎蜘蛛』のスキルが、襲い掛かる従魔を縛る。
続いてジキルのライフルが、遠くから狼の額を撃ち抜く。
――オォォオオオオォオオオーーーー……ン……ンン…………
狼は攻撃を受けながらも大きく咆哮した。
それは怒りでも痛みでも断末魔でもなく、哀しみを湛えた声。
――オォオオオォーーーーンン……
――オオォオオーーーーーン…………
呼応して、影に潜んでいた従魔達も吠えはじめる。
何を嘆く? 群れの殲滅? 主人の不在?
何より、不合理な行動だった。これでは、どの個体も居場所を教えているようなものだ。
「あいつが、リーダーかねェ?」
号令を放つ声は、獣であってもひときわ豊かで深く、ヤナギの耳に届いていた。
「……あとで弔ってやるよ」
一真の錫杖が、白い光を放つ。
「おやすみ、墓守り犬達」
フィアナのウルスラグナから、雷撃が迸る。
「番犬よ、死して汝の主に仕えよ」
龍哉の魔導書のページが開き、魔法を放つ。
「ちゃんと殺す。それが、アッシェグルートを倒した私達の責任だ」
葵のブレイブザンバーが、実体化した狼の喉を切り裂く。
狼の亡骸が崩れて風に流れても、その咆哮はその場にいた者たちの耳に残った。
●
従魔達の潜んでいた墓の内部には、祭壇のように規則正しく積み上げられた人間の頭蓋骨が入っていた。
そしてその前には、どこかから千切ってきた花が一輪、無造作に横たえられていた。
「骨は犠牲者のものかしら……力づくで壊したりしなくて、良かったわ」
フィアナが複雑な表情で言う。新たな犠牲者が出なくて良かったのか、もう少し早ければというべきか。
「大した忠犬ぶりでしたね」
ジキルは言う。確証はないが、黒い犬たちは主人に忠誠を捧げたのだと誰もが思っていた。
「とりあえず、犬はこれで全部片付けたのか?」
龍哉の問いに、一真が答える。
「おそらくこの墓所での取り零しは無いと思うが……他の場所に潜んでいないか、しばらくは続報に注意しておこう」
「豹は死して皮を留むが如く、ブラックドッグは残っていたのだろうが……アッシェグルートの撃破後すぐでなく、このタイミングで動き出したのには別の誰かの作為が加わったと考えるべきだろうな」
恭也はそう考察する。
『何のためだろうね? 死者を慰めるための供物?』
伊邪那美が首を傾げるが、恭也はばっさり否定した。
「死者は何も望まん。望むのはいつだって生者だ。何を求めているかは分からんが」
疑問を並べれば、誰かの――おそらくは人間でなく、愚神の――関与が疑われる。
アッシェグルートは、眷属を眠らせている、とは明言している。
協力者については? 何か喋っていただろうか?
「……『一時期は無秩序に暴れまわっていたが、ある時点よりぱったりと消息を絶ち、現在は何者かに囲われている模様』と、砂漠の遺跡にあの愚神が出現した時には言われていたようですね」
周辺の通行人の避難のためパトロールしていた柏木だが、戦闘が終わった頃合いを見て帰ってきた。
「なお、この時には古龍幇系列の運輸会社が疑いを掛けられていましたが、改めて古龍幇にお問い合わせしたところ、そのような事実は無いそうです」
それでも、状況的に見れば、何らかの協力者がいたと考えるのが自然だろう。それなりの組織力を持った誰かが。
「これに関しては、H.O.P.E.側で調査を継続して貰うよう申請しておきます。個人の手には余るので。それから、従魔の潜伏していた墓に関しては、管理団体に訊いておきますね」
◆
弥生は戦闘終了後、開かれた石室の前で一心不乱に読経を上げていた。
『おい、多分宗教が違うぞ』
守護骸骨の禅昌が、横から話しかける。
芝生に白い墓石の並ぶ墓地は、どう見てもキリスト教のものだろう。ときどき十字架つきの墓石もある。
「いいんですよ……私なりに弔いたいのです」
宗教は違っても、心は届くはず、と弥生は読経を続ける。心を込めて。
『ところで、焼き豚にされた場所でまた戦うのはどんな気分だった?』
かっかっか、と禅昌は高笑いする。
「失礼な! 私は豚ではありません! それに戦場はここではありません!」
あれはここから見える、ニューヨークで一番高いビルの屋上だった。
そこに連れて行った英雄は禅昌ではないし、同じニューヨークといわれてしまえば、そうともいえる。
「お前はあほみてーに四六時中食ってるからな」
憎まれ口ばかり叩く英雄だが、これもある種、弥生を心配して元気づけようとしているのかもしれない。
弥生は更に、読経を続ける。
「不躾、だケドさ……」
ヤナギは通りに出て煉瓦の壁によりかかり、白んで明けてゆく空を眺めていた。
電車も動いていない早朝。人通りはほとんど無い。
『はい?』
静瑠も自然にその隣りに居る。
「いや、あのわんこ達……。哀しい歌みたいな吠え方、だったな……」
『従魔に感情があるとは思えませんが?』
静瑠の答えはにべもない。
普通はそう考えるだろう。
「でもな、ここに響くンだ」
ヤナギは自分の左胸を指す。
「なんで、だろーな……」
ただ、哀しい。
あの墓守り犬も、あんな声で吠えながらも人を殺す存在だったことも。
無惨な犠牲となりながらも、行方不明としてしか扱われなかった人たちも、また哀しい。
そんなとき、ヤナギには、歌がある。
どうにもならない気持ちは、歌えばいい。
口を突いて出る歌は、鎮魂歌。
まっさらな朝の空に、響いてゆく。
◆
その後の調査で、あの墓を買ったのは華僑の紅愛夢(ホン アイメン)という女性だということがわかった。生前の購入であり、まだ埋葬は行われていない。連絡先、居住地等は不明。
墓の内部に積み上げられていた頭蓋骨は、70あまり。うち8割が歯形によってニューヨーク市内での行方不明者と判明した。残る2割は調査継続中。
ラレド氏の頭蓋骨もその中から見つかり、タイラン・シュミット氏は友人の喪に服している。
黒い犬の有力な続報はなく、これにて事件は一旦収束したとみられている。
事件はアッシェグルートの撃破後、日数が経ってから突然に始まっており、何者かの関与が疑われる――