本部

【愚神狂宴】連動シナリオ

【狂宴】ワンオアエイト

十三番

形態
ショート
難易度
難しい
オプション
参加費
1,000
参加制限
-
参加人数
能力者
8人 / 4~8人
英雄
7人 / 0~8人
報酬
多め
相談期間
5日
完成日
2018/05/28 11:39

掲示板

オープニング

●地方都市・文化ホール
 並んで歩くことさえ困難な狭い通路を、あなたは仲間と共に、周囲へ必要以上に気を配りながら進む。あなたたちを3人のエージェントが先導していた。そのひとり、四十過ぎの大柄な男――御厨(みくりや)が鼻を鳴らしてから声を潜める。
「だいぶ近づいてきましたなァ」
 ふわふわした黒髪を揺らしながら進む20半ばの女性――劉(リュウ)が、大きな丸眼鏡の位置を直しながら、溜息を傍らに捨てて虚空を睨み付けた。
 あなたたちの耳にはずっと声が届いている。それは通路を進む以前、ホールのエントランスに踏み込むよりもまだ早く、敷地内に立ち入った瞬間から聞こえていた。その頃から輪郭ははっきりとしていた。野太くて勢いに満ちた、中年男性の声である。
 先導していた最後のひとり、かなり小柄な金髪碧眼の少女――成島(なるしま)が大げさに肩を竦めた。
「張り切っちゃってさ。口の端っこ泡だらけだよ、きっと」
「ここですかね」
「開けるわよ」
 両開きの、クッションのような素材でできた扉を、劉と御厨がそれぞれゆっくりと押し、開いた。その最中から声量は更に大きくなり、完全に扉が開ききると、最早声は洪水とでも言い表すべき勢力と迫力であなたたちをまるごと呑み込んだ。
「思った以上に、ですなァ」
 扉の先、第一講演会場には、びっしり、とまではいかずとも、かなりの頭数が伺えた。あなたは目算し、仲間とハンドサインを駆使して数を推測する。およそ250名であろう、という結論に至った。
 最奥、スポットライトを一手に浴びる檀上には、スーツを着た中年男性の姿。ワイヤレスマイクを片手に目を血走らせて、時に拳を振り上げ、主張を強く続けている。
 ――我々のように理不尽に家族を失う者は以降も絶えないだろう
 ――この世界はもう人の手には負えないことを誰もが自覚しなくてはならない
 ――今こそ皆で愚神の御許へ
 250名は一言も発さずに静聴し続けている。あなたたちに気を向ける者は壇上の彼を含めてただのひとりもいなかった。
 しかし、あなたたちをまじまじと見つめるものもまた、いた。会場内に佇む4体の従魔である。位置については後述するとして、ともかくその、重油がそのまま動き出したような成りの頭部、ガラス玉のような一つ目で覗き込むように見てくる。見てくるだけだった。
 不意に肩を叩かれて、あなたはそちらに顔を向ける。御厨が親指で背後を示していた。


●エントランス
 一面に張られた窓ガラスから気負った春の陽が差し込んでいる。本来なら不意の深呼吸など吐いて然るべき気候にも関わらず、低い位置を流れる雲はずっしりと重たいねずみ色に見えた。それがこの耳障りな講演の所為なのか、あなたの心持ちの所為なのかは、今はまだわからない。
「何がいい?」
 劉に問われ、あなたが答えると、彼女はエントランスの片隅にある自販機のボタンを押した。紙カップで提供されるタイプのそれはどういうわけか無料で提供されており、今はあなたたちだけが使えるドリンクバーと言える。今は有事、空にしたって構うものか、とは御厨の弁。
 その御厨は、喫煙所から持ち込んだ円筒型の灰皿と共にホール内の案内板を眺めていた。飲み物を受け取ったあなたが歩み寄ると、御厨は頬の無精ひげを撫でてから口を動かし始める。
「あの連中を無傷で救う、ってのが今回の目標だそうですが」
 あなたが挙手で遮り、状況の整理共有を求めた。全員洗脳されているのだろうか?
「その真っ最中って感じに見えましたがね。ああ、檀上のオッサンはどっぷりって感じでしたね。恐らく“中継器”ってな立ち位置なんでしょう。アレをほっとくと洗脳は進んじまうでしょうなァ」
 時間が経つほど洗脳が解きにくくなる?
「少なくともこの場ではそう考えていいでしょう。
 さて、洗脳を解くには言葉が有効だそうで、言葉を伝えるにはあのクソうるさいオッサンをどうにかせにゃなりやせん。強硬手段には出られないですし、話が通じるかは五分以下でしょうなァ。
 そうなってくるとマイクをどうにかしよう、制御室へレッツゴーって話になりますが――」
「制御室の前には従魔が居座っていたわね」
 紙コップを傾けながら劉がやってきて、案内板、講演会場の右端、壇上からほど近い個室をノックした。
「窓や抜け道はなし、防音施設だから壁を壊すのも時間がかかるし、何より破壊自体が賭けになる状況なのよね。大元の電源がスムーズに切れればいいんだけど……」
 劉が紙巻に火をつけるとほぼ同時、両手をポケットに突っ込みながら、成島が小走りで駆け寄ってきた。劉がコーラを手渡す。好物なのだそうだ。
「お疲れ様。配電室は無事?」
「ダメ。従魔が2ついた」
「何をやるにもひと手間ですなァ」
 コーラを一気に飲み干す成島、銜えた紙巻を上下させる劉、紙コップを静かに握り潰す御厨、そしてあなたたちの間にも、俄ながら鮮明な焦りの色が滲み始める。




 『ある施設に集合した集団が大音量の中で洗脳を深められ、その様子を監視している従魔がいる』


 この現象は、今、世界各国で同時に見受けられていた。規模は様々だが、日本国内だけでも数十、世界を見渡せば優に3桁に至る。そして既に同様の救出或いは討伐作戦は行われており、その7件すべてが失敗していた。うち2件は全滅であり、負傷者は早くも4桁に至っている。
 事態を重く見たH.O.P.E.はある方針を提唱する。それは『まずひとつ成功例を挙げ、それを模倣することで救助率を上げる』というものであり、その成功例を挙げよ、と白羽の矢を立てられたのがあなたたちだったのだ。




 事態は進む。
 御厨の携帯が鳴った。彼は言葉少なに通話を終えると、新しい煙草に火をつけて劉と成島を呼ぶ。
「同型の従魔が接近してるそうですワ。あっしらで迎撃に出ますぜ」
「マジでー。規模と方角は?」
「360度からランダム且つ断続的だそうで」
「他妈的……」
 出立しながら、3人はあなたたちに向き直り、思い思いの言葉を投げる。
「来月久々に店開けるから、これがなんとか終わったら食べにきてよ」
「いえーい、姉御の広東料理ー」
「方針は任せますし、手伝えることなら言ってくださいや。
 ――大きく張るも、手堅く積むも、一切合切お任せしますぜ。アホみたいな作戦打った連中に、一緒に目にもの見せてやりましょうや」
 その場に残されたあなたたちは、紙コップを傾けながら、取り囲むようにして案内板を見上げた。こうしている間にも、世界中で歪んだ思想が手当り次第に擦り付けられていることを十二分に認識しながら。
 高い位置にかけられた時計の針がまた、僅かではあるが確かに廻った。
 あなたは決めて、動かなければならない。
 本ケースが1番目の成功例となるか、8番目の失敗例となるかは、全てあなたたちの手腕にかかっている。

解説

●目標
民間人の安全の確保

●環境
・第一講演会場
かなり広い会場。びっしりと備え付けの椅子が並んでる。床は南端中央の入口から北端の壇上に向かって傾斜している。
制御室ではマイクの音量のほかに会場の照明を操作できる。
250名の傍聴者は演説を傾聴している状態。五感や理性はそのままなので、大きな物音や衝撃などを感じれば逃げ出す者も現れると思われる。年齢性別様々だが小学生以下はいない。
講演者は特に強く洗脳されており、解除はかなり困難であると予想される。
また、OP時点では全員従魔にも参加者にも気付いていない。
従魔は壇上に2体、入口近くに1体、制御室前に1体。
・エントランス
相当に広く天井も高い。飲み物と軽食が購入できる自販機が無料で稼働している。
ホール外へ出るためには必ず通らなくてはならない。
・配電室
やや薄暗いが移動に困ることはない。
ホール内の電気系統を細かくON/OFFにすることができる。
近くに取説があり操作には困らない。
入口を従魔2体が塞いでいる。

●従魔
デクリオ級+。命中↑↑、生命力↑(檀上の2体のみ↑↑)、各攻撃↓
重油がそのまま人の形になったような個体。頭部の大きな一つ目は非常に硬そうな印象。
共鳴したエージェントと会場を出ようとする民間人を攻撃する。
→同一エリアに複数の従魔がいる場合、原則として最寄りの従魔のみが対応、行動する
→エージェントと民間人を同時に認識した場合は民間人が優先
→エージェントを複数認識した場合は臨機応変
一定ターン経過ごとに増援が2体エントランスからホールに侵入する。NPC3名だけでは完全に対応し切れないようだ。
<スキル>
・模倣:1個体につき1度だけ使用する。攻撃方法(射程と物/魔)が認識したPCのメイン武器と同一になり、更にそのPCが装備しているアクティブスキルを無制限に使用するようになる
・再生:パッシブ。ターン終了時に生命力が残っている場合、全回復する

リプレイ

●配電室前-1
 2体の従魔は、その瞬間、同時に“それ”を見た。通路の向こうから大股でやってくる、銀髪を靡かせる黒衣の女性――アウグストゥス(aa0790hero001)と共鳴を済ませた黛 香月(aa0790)である。
 従魔は見てきた。その視線で射抜くほど、香月と、彼女に続くサーラ・アートネット(aa4973)、そしてクレア・マクミラン(aa1631)を。
『値踏みされているみたいね』
 リリアン・レッドフォード(aa1631hero001)の言葉にクレアは首肯。
「みたい、じゃなくてそのものなんだろう」
 従魔共の腕の形状が変わり始める。向かって左の個体の腕は2メートルにも及ぶ大剣を模し、右側の個体の腕は凧のような盾を模った。
 戦端を開いたのは香月。急加速を経て敵陣に深く踏み込み、両の個体へ同時に攻撃。初撃こそ従魔の身を深く切り裂いたものの、“剣持ち”を目指した一閃は、割り込んできた“盾持ち”に阻まれてしまう。ならば、と、両刃の大剣を構えたクレアとサーベルに持ち替えたサーラが駆け込み“盾持ち”に追撃を重ねる。が、今一歩撃破には至らず、結果、次の瞬間、両の従魔の傷は巻き戻し映像のようにさっぱり塞がってしまう。
 香月に“剣持ち”が迫った。押し付けるような3連撃が香月のあちこちに突き刺さる。
 舌を打ち、得物を振り被ると“盾持ち”が割り込もうとしてきた。眼差しの温度を数度下げた香月が軸足を下げ、叩き付けるように剣を振り下ろす。直撃。従魔はバランスを失い尻もちをつく。香月がそこに追撃を叩き込んだ。掬い上げるような剣閃が従魔の目玉へ直撃。硬い音と共に、はっきりとした亀裂が走った。
 そこをクレアが斬り付け、サーラが刺突する。軽い手応えが返ってきて、直後、目玉は萎れてから砕けて、解けた身体の上に零れた。
 “剣持ち”が香月を斬撃で崩そうとする。読み切った香月は半身でこれを躱すと、カウンター気味に眼球へ刹那の3連撃を叩き込んだ。パリン、と眼球が割れると、つられて胴体も潰れて、それきり動かなくなる。
「ガラス玉、というよりは……厚手の鉢のようなもののようでありますな」
「中核のような役割を持つようですね。上の方々も気付いているといいのですが」
「もしもの場合は自分が併せてお伝えするであります! では!」
 額に手を添えてから、サーラは踵を返し、講演会場を目指した。
 耳に入ってくるのは遥か遠くから振動となって届く講演。
「……演説、でありますか。自分はあまり好きではないですね。まぁどうでもいいであります。民間の安全確保が最優先であります」

 クレアは鉄製の扉を押し開けて配電室に侵入した。香月もこれに続く。薄暗い部屋で、香月は部屋の隅々をつぶさに観察し、クレアは配電盤の取説を発見、手に取る。
『まずはひとつ成功、ね』
「やることがまるでSAS(特殊空挺部隊)の所業だ。成功したらフリーもやめて、また英軍に戻るか?」
 乾いた短い笑みを重ねてから、クレアは通信機を顔に近づける。
「こちら配電室。いつでも落とせます。準備は?」


●第一講演会場-1
 座席と壁の間には充分な広さがあり、身を屈めて気配を潜めながら進むことも容易であった。演説は相変わらず爆音で続いている。一団の先頭を進む日暮仙寿(aa4519)は、軋む耳朶に眉を潜めながらも、手にした木刀を握りしめていた。
 視線の先、制御室前に佇む従魔の瞳がこちらに向けられる。
 不知火あけび(aa4519hero001)と共鳴。音もなく背と髪が伸び、背には大翼の幻影が浮かんだ。
 従魔が反応する。が、真似られたのは仙寿が手にするひと振りのみ。対して仙寿は、従魔の変形を確認すると、すぐさま本命のひと振りを持ち替えた。対の守護刀、小烏丸。
 従魔の攻撃をひらりと躱し、返す刀で従魔の前腕を斬り落とす。
「小官を民間人とは認識していない、ということか」
 ならば遠慮はいるまい。ソーニャ・デグチャレフ(aa4829)はラストシルバーバタリオン(aa4829hero002)と共鳴を果たす。
「おい、こっちだ」
 従魔の側面に回り込んだ真壁 久朗(aa0032)が言葉をぶつけるが、従魔は反応を示さない。
『聞こえていないのでしょうか? この大声の中ですからね』
「元々深追いするつもりは無い。行くぞ」
『はい! 一か八かの……いいえ! 運も結果も掴み取るものです!』
 セラフィナ(aa0032hero001)の言葉を噛み締め、久朗は攻撃に転じる。狙いは既に修復が始まりつつある腕ではなく、目玉と胴の狭間、人で言うならあごから首にかけての位置。
 力任せの刺突が命中。泥に沈むような感触の中に、目玉を削る感触が確かに混ざっていた。まるで刃が通らないわけでもなさそうだ。
「いけるか」
「まっかせなさい!」
 六道 夜宵(aa4897)がライヴスでできた糸を振る。その先、手入れの行き届いた7体の人形は、各々の刃を振りかざしながら突進、編隊を組み、連携を行うようにして従魔の目玉を縦横無尽に切り刻んだ。が、破壊には至らず目玉の傷は、すっかり元通りになってしまう。
「目玉狙い、ということでよいな?」
「ああ、次で仕留めるぞ」
 久朗の言葉に頷いたソーニャが、手にした斧を従魔目掛けて振り下ろした。衝撃は凄まじく、ぐらついた従魔が壁に背をぶつける。そこへ久朗、仙寿、夜宵の連続攻撃を受け、成す術なく息絶えた。
「こちら配電室。いつでも落とせます。準備は?」
「少し待て」
 久朗が頭上に指で円を描くような仕草をすると、付近で待機していたナイチンゲール(aa4840)も含めて、周囲にいた仲間の目に光が宿った。
 ソーニャはやや大回りをして舞台袖に向かう。仙寿は制御室に入室。
 久朗は入り口付近の従魔を顧みて――瞬間、通信機からナイチンゲールの声が飛び出した。
「“見られてる”、久朗さん」
 久朗が緑と青の瞳を向けた。壇上、手前側の従魔の腕が、見る見るうちに三叉の槍を模していく。
「クレア、落とせ」
「いきます」
 応答の直後、ヴン、という音と共に、第一講演会場が暗闇に沈む。配電が途絶されたことにより、スピーカーも沈黙し、講演者の声も一旦途絶えた。
 急転した状況を、民間人が徐々に把握していく。ざわめきが波紋のように起こり、程なく大きな波と成る。

《夜宵、入り口近くの個体を頼めるか。動き出すまで手は出すな》
「任せておきなさいっての!」
 夜宵は共鳴を解除しながら入口付近へ向かう。認識される距離を把握していない今、従魔の動向を見守る役目は必須であった。
「しっかし、これだけの民間人を、たった数人のエージェントでどうにかしろってH.O.P.E.も無茶振りよね」
『それだけ俺達が選りすぐりのメンバーってことだろ。この任務に成功したらH.O.P.E.トップエージェント名鑑2018には夜宵も載るかもよ?』
「マジで? それならがんばらないとね!」
 若杉 英斗(aa4897hero001)の言葉に頷き、夜宵は入り口付近に到着、従魔に単身対峙する。

 制御室に侵入した仙寿は、まず会場照明のスイッチを落とした。次いで緞帳のスイッチ、マイクの音量操作盤を把握、位置に着く。
《電気を送ってくれ》
「いきます」
 制御室の照明が息を吹き返した。緞帳のスイッチを操作してから備え付けのマイクに口を近づけ、横目でCDプレイヤーの位置も掴んでおく。
《電気系統の不具合により第一講演会場内の照明系統にて停電が発生しております。復旧作業はまもなく終了しますので、今しばらくお待ちください。ご不便をおかけしまして大変申し訳ございません》
 相変わらずの真っ暗闇であったが、仙寿のアナウンスは一定の効果をもたらした。
 が、ここで数点、不測の事態が重なってしまう。

「同志、まだかかりそうか?」
「はい、上官殿! 全力で向かっている最中であります!」
「状況が変わったので、拘束については小官が対応する。到着後も待機して指示を待て」
「了解であります、上官殿!」
 通信を終えたソーニャは苦々しく天井を見上げた。照明は細い鉄パイプに提げられているのみで、成人男性を吊り上げるには心許ない。また、事前に打ち合わせていたサーラも到着していない。止む無くアンカーを両手に構え、直接捕獲することとする。
 先んじてナイチンゲールが登壇していた。墓場鳥(aa4840hero001)と共鳴した彼女にもう一体の個体が反応し、更に、ナイチンゲールが解き放ったライヴスによって久朗を見据えていた従魔も振り返る。
 しかしここでも問題があった。緞帳の動きが悠長だったのである。上から降りてくるタイプの緞帳は、遠くで見守る夜宵がその眉を歪めてしまうほど、動きが緩慢だった。
 両の従魔がナイチンゲールに迫る。
 戦闘が始まる直前、ソーニャが舞台袖を飛び出し、手動でアンカーのアーム部を開閉、講演していた講演者の捕獲を試みた。この行動自体は上手くいく。怪我をさせることなく捕え、マイクを奪ってナイチンゲールへ放るところまでは順当に運んだ。が、

「――何をするか、貴様!!」

 講演者が暴れ、怒鳴った。ソーニャがいかに抑え込もうとしても、講演者は構わず騒ぎ立てる。
 全員が聞き馴染んでいた声色は会場によく轟いた。必然的に誰が叫んだかも明確で、即ち、壇上で何かが起こっていることを、この時250名が一斉に理解した。
《お静かに。どうかお静かに願います。危険ですので絶対に席を立たず、そのままお待ちください》
 仙寿の冷静を努めたアナウンスも、沸騰する湯に落とした氷に等しい。

 ソーニャは舞台袖のかなり奥で講演者を降ろした。拘束はそのままで、自身は彼の前に腰を降ろす。
「話をせぬか」
「貴様と話すことなど無い!」
「その意気や良し。貴公のことを買っているのは嘘偽りない本心でな。先の講演の内容、もう少し詳しく聞かせてはもらえぬだろうか。頷ける部分も多いが、疑問もある」
 この対応を違えれば全てが崩れる。ソーニャの胸裏に走った予感は正鵠を射ていた。

 仙寿は操作盤に両手をついて俯き、考察を繰り返していた。こうしている間にも民間人の動揺は強まっていく。その爆発は数分後かもしれないし、次の瞬間かもしれない。
「間もなく会場前に到着であります!」
「私もそちらへ向かいましょうか?」
《少し、待て》
 情報と手札を整理しながら、無理やりピースを嵌め、完成図を模索していくしかなかった。


●配電室-2
 クレアが講演会場へ配電し直してから少しして、部屋を調べていた香月が振り返った。
「目当てのものはないようだ」
「そうですか。では、ここは私が引き受けましょうか」
「そうさせてもらおう」
「ああ、お待ちください」
 言いながらクレアが指を振る。放たれた光が香月に溶け込み、数か所に負っていた傷を癒した。
「まだ続きます。傷は浅いうちに」
「感謝する」
 香月は踵を返し、ほの暗い廊下を歩き始めた。策が功を奏せば、250名を引き連れて避難しなくてはならない。経路の確保は必須と思われた。その予見は的中しており、必要性は今正に強まることとなる。
 エントランスに2体の従魔が侵入していた。
 香月が視線を凍て付かせる。ほぼ同時、手前側にいた個体が香月を認識、腕を剣に模してきた。それが完了するよりも早く香月が従魔との距離を詰める。前のめりになるほどの勢いと力を込めて、目玉目掛けて3連撃を叩き込んだ。当たり所もよく、従魔はその場に崩れ去る。
 もう一体の従魔が香月に振り返った。腕が2メートルにも及ぼうかという大剣を模る。
 既にその身には3連撃を放つだけのライブスが残っていなかった。だからと止まる香月ではない。高い位置からの切り伏せるような一撃で従魔の体勢を崩し、すぐさま目玉に痛烈な追撃を叩き込む。が、やはり撃破には至らず、目玉を修復しながら従魔は立ち上がり、猿真似の3連撃を放ってきた。全弾が命中する。舌を打った香月が目玉への刺突を放った。しかし修復し終えるのが僅かに早い。切っ先は浅く突き刺さるに終わり、そこへ再びの3連撃が叩き込まれる。全弾が命中した。


●第一講演会場-2
《今伝えた流れでいく。いいな》
「了解した」
「了解しました」
「わかったわ!」
「了解であります!」
「此処からが本番だ、いけるよな」
「もちろん。絶対にやりとげてみせるから」

 それぞれの備えを駆使して、事態への対応が始まった。

《大変お待たせしております。ご不便をおかけしてしまい申し訳ございません。
 音響につきまして復旧いたしましたことをお知らせいたします。
 照明につきましては、もう少々お待ちください》
 アナウンスを終えると同時に、仙寿は再生ボタンを押した。CDは事前にナイチンゲールから手渡されていたもの。軽やかながらも力強い、ピアノの演奏が大音量で会場に流れ出す。ざわめきがぐっと減った。聴く者を落ち着かせる何かがあった。
 やがて旋律が整い、そこに声が乗る。

  この世は誰
  目に映すのは誰

《小夜の歌は久しぶりだな》
『もっと落ち着いた時に聴きたかったね』
《ああ……本当にな》
 肉声である。戦闘をしながら小夜――ナイチンゲールは歌っている。ブレスに合わせて攻撃を行い、歌唱中に攻撃を受けないよう距離を確保した。
 強引に割り込もうとする従魔には久朗が割り込む。今はまだ、撃破を狙わない。

  気の置けない人がいます
  そのまた大切な誰かがいます
  他人任せにするつもり?
  いわば自分のことなのに

「いけるであります!」
《わかった。
 クレア、会場前の通路の照明を落として、こっちへ向かってくれ》
「わかりました」
《よし。
 征くぞ、夜宵》
「オッケー!!」
 最短距離――会場のど真ん中を、夜宵が全速力で駆け抜けていく。駆け抜けながら共鳴を施す。紫のネクタイが結った髪と共に揺れた。

  ひとりひとりの
  私の あなたの
  意思灯す一握の勇敢
  生きていくにはそれで充分
  落日には早い!

 入口付近で静観していた従魔が動き出した。模倣するのは夜宵。糸を揺らし、7体の人形を操り、夜宵を目指して歩みを進めようとする。
 が、
「やらせはしないのであります!」
 入口から飛び込んできたサーラが盾を翳して従魔の前に立ちはだかり、振られた人形を受け切った。

  この世は誰
  目に映すのは誰

「演説を止めよ。H.O.P.E.の保護を受けるのだ」
「断る! 私が皆を正しい道へ導くのだ!」
「貴公のその思考こそが、愚神の思惑なのだ。貴公はただ、利用されているのだ」
「違う!」
「違わぬ。H.O.P.E.の保護を受けよ」
「H.O.P.E.が何をしてくれる! 奪われた私の家族を返してくれるのか!」
「では、家族を奪った者の許へ下ってなんとする」
「っ……これ以上、私のような被害者を出さぬためだ!」
「H.O.P.E.も同じ志を掲げている。加えて愚神の目論みは既に白日の下に晒された。貴公の志を成すためには、愚神の許へ下るという選択肢は有り得んのだ」
「違う……違う! 私は認めない!」
「そうか。ではもう一度、最初からだ」
 粘り強く、理路整然とした説得の前に、演説者の心が僅かずつ、しかし確実に解れていく。

  ひとりひとりしかいない
  あなたしか  い ない

 緞帳を潜り檀上に至った仙寿と夜宵の目に飛び込んできたのは、今まさに槍の一突きを腹部に受けたナイチンゲールの姿だった。
 エージェント達は目配せもなく同じ決断を下す。狙いは“槍持ち”。
 炎を纏った直剣によるナイチンゲールの斬り払い、
 思いと力を込めた夜宵の七連斬、
 表面をこそぎ取るような仙寿の斬撃。
 そこへ、立ちはだかる“剣持ち”を腕で強引に払って前に出た久朗が三叉の槍を振り抜くと、眼球は粉々に砕け、拠り所を失った胴体は潰れて溶けた。

  大切な人を あなたを
  あるべき希望を守る為に
  信じて

 残りの1体を討伐する様は殺陣の域であった。互いの間合いを把握した4名による連撃、その精度と密度は筆舌に尽くし難く、もしも照明が起きていて、緞帳が上がっていたのなら、きっと会場が揺れるほどの喝采が飛び交っていたに違いない。

  あなたという世界を

「残りは入り口だな」
《ああ、頼む》
『もう一息だ、劉さんの広東料理が待ってるぞ』
「まーーーぼーーーどーーーふうううう!」
《それ四川料理だからな》
 演奏が止み、疎らな拍手が聞こえてくる。久朗と夜宵が入口に向けて出立した。
《頼んだぞ》
 返事を待たず、仙寿は舞台を降り、制御室へ向かう。
 ひとり壇上に残ったナイチンゲールは、胸の前でマイクを構え、一度深く息をついた。


●エントランス
 その光景を見た瞬間、クレアは思わず息を呑み、足を止めていた。
 巨大な窓から差し込む光の中で、従魔と香月が鍔迫り合いをしている。一見拮抗しているように見える。しかしクレアは気付いていた。確かに香る鉄の匂い。粘り気のある水音。
 治癒の光を飛ばそうとした、次の瞬間、
「無用だ」
 香月が断じた。
 顔は向けない。真っ赤に染まった半顔を見せてしまえば、きっとクレアは留まってしまう。
 だから再度、強く伝える。
「行け」
「……すぐに戻ります」
 離れていく足音を聞き届け、従魔を強く押し返す。しかし従魔は想定の半分も下がらず、すぐさま斬りかかってきた。くだんの3連撃である。
 初撃が右上腕に決まり、
 次撃は左大腿部へ炸裂、
 そして三発目は――
「ハイそれまでよ、っと」
 ――割り込んできた黒ずくめの中年男が、その広い背で無理やり受けた。
 香月が視線で物を言うより早く、男――御厨が深緑の棍を振り回し従魔の後頭部を痛烈に打ち払う。こちらへぐい、と迫ってきた目玉の中央へ、自身の体重を全て載せた唐竹割を放つと、目玉は割れた風船のような音を立てて、弾け、消えた。
「猿退治以来ですかね。お元気そうでなによりで」
「ここで何をしている」
「折り入ってお願いが。表、手伝っちゃいただけませんかね」


●第一講演会場―3
 ナイチンゲールが客席に臨むと照明が点った。
 壇上からは会場の様子が隅々までよく見える。洗脳が解けている、と断言する材料はなかったが、無数の瞳を眺めていると色合いの違いを感じることができた。比率は多く見て半々。目当ての側がやや劣勢だろうか。歌唱に専念することができたのなら、或いは観衆に受け取る準備がもう少しできていたのなら、比率は逆転していたかも知れない。
 入り口の近くでサーラが従魔の攻撃を防いでいだ。反動を利用するように下がり、入れ替わり前に出た久朗、夜宵、そして駆け付けたクレアが連続して攻撃を放つ。とどめはサーラの刺突。動かなくなった従魔を一瞥するや否や、クレアが早口で捲し立て、一同を連れて会場を後にした。
 懸念事項は、ある。それをこれから、伝えなくてはならない。
「こんにちは。H.O.P.E.のナイチンゲールです。驚かせてごめんなさい」
 声は努めて冷静に。
「落ち着いて聞いて欲しいの。今この場所に沢山の従魔が近付いてます」
 湧き上がる動揺を包み込むように。
「お願い、落ち着いて。大丈夫。もう大丈夫なの。ホールの中にいた従魔は、もういないから」
 伝えなくてはならなかった。伝えてから、共鳴を解いたソーニャが講演者を連れて緞帳の外に出た。気にした者が覗き込めば、奥には“何か”が見える、ような気もする。ともかくこれで、講演者の悲鳴には説明がつく。
「不安にさせてしまってごめんなさい。どうか私達を信じて、もう少しだけ待ってて。
 きっと助けるから。
 その為に、H.O.P.E.(私達)がいるから」
 声と眼差しに込められた“芯”の強さが伝わり、座席を立つ者は皆無だった。
 ただそれも、手応えとしては一瞬と思われた。
 檀上から見詰めるナイチンゲールの緊張は――思いのほか、早々と解れることとなる。


●エントランス-2
 仙寿、ソーニャ、ナイチンゲールが民間人を護衛、誘導し、辿り着いたその場所に、従魔の姿はなかった。会話を交わしていたクレアとリリアンが顔を向けて頷きを送ってくる。離れた位置に座ってタブレットを操作していたサーラが一旦立って敬礼を打ってきた。
 従魔は。他の皆は。問おうとして、ナイチンゲールはその答えを発見する。
「ここをお願い」
「引き受けました」
 クレアと頷き合い、ナイチンゲールはホールの外に出立した。



「劉さんのお店すっごい楽しみです! 私、回鍋肉で!」
「それ四川料理なのよ」
『広東料理って何がありましたっけ?』
「いやいや前から従魔来てるから!」
「まったく、邪魔するんじゃないわよ! 食らいなさい、六道活殺油淋鶏!!」

「美味そうな必殺技ですなァ」
「ふたりとも、手当ては?」
「無用だ」
「同じく、ですかね。直にあちらも駒切れでしょう」
 視線で頷き、香月が一歩前に出た。御厨、成島、劉に加えて、夜宵、ナイチンゲール、そして自分がいる。もう蟻一匹通れまい。
 己の得物を模した個体を切っ先で指し示す。
「貴様らの謀略は潰えた。ここから先は反逆の時間だ。
 ――人間を嘗めたツケ、その身で払ってもらうぞ」



 危険を顧みず出立していった背中は、広い窓からよく見えた。その表情、更には健闘も。
 ひとりの老婆が身震いして両腕を抱えた。すぐさま声を掛けたのは、隣にいた娘ではなく、遠くから一団を見守っていたリリアンだった。
『大丈夫ですか? この毛布をどうぞ。痛いところがあったら遠慮しないで言ってくださいね』
「具合の悪くなった方はいらっしゃいますか。救急車の手配もしてますので、決して無理をしないでください」
 一時も休まず動き続ける両名を見上げていると、不意に声をかけられた。顔を向けると、傍らにしゃがみこんだあけびが紙コップを差し出していた。会釈をして受け取る。程よくぬるい緑茶を喉に流し込むと、娘の凝り固まっていた心がほろほろと解れていった。

 緑茶を準備していた仙寿は、声を掛けられて振り向いて、暫し目を剥いた。そこに俯きがちに佇んでいたのは、若草色のスーツに身を包んだ、あの講演者だったのだ。
「手伝わせてくれ」
 まるで張りのない、同じ声色で男は言った。
「まだ、誰が正しいのか、わからない。
 でも、あなたたちを見ていたら、じっとしていては駄目だと思えてしまったんだ」
「助かる」
 ほんの微かに口角を緩め、仙寿は紙コップを差し出した。

「自由にさせて良いのでありますか?」
「妙な動きをすれば小官が対応しよう。
 身体検査も、問題なかったのであろう?」
 久朗は短く首肯。
「電子機械の類も付けられていなかった。マイクも問題ない」
「であるならば、“洗脳を深めるように洗脳されていた”のかもしれぬ。真相を知る術は無いがな」
「ともかく、機械の類に問題がなかった点は記載しておくであります」
「頼む。俺は表で従魔の撃退に加わろう」
 額に指を揃えて見送り、サーラは再びタブレットを操作する。
 テキストファイルへ簡潔に並べていくのは、従魔の特徴、増援の頻度、民間人の取扱い等々。施設ごとに工夫する必要はあるだろう。場面場面で応用する必要も出てくるかもしれない。それでもサーラが今綴っているレポートは、この瞬間、世界に無二の物であることに変わりはない。
「完成したであります!」
「やれ。勝鬨である」
「了解であります、上官殿!!」
 送信ボタンを押下する。画面中央に現れたバーは瞬く間に染まり切った。
 こうしてH.O.P.E.へ提出されたレポートはすぐさま世界中に転送され、結果として6桁に迫る人々の今と未来を救うこととなる。

結果

シナリオ成功度 成功

MVP一覧

重体一覧

参加者

  • 此処から"物語"を紡ぐ
    真壁 久朗aa0032
    機械|24才|男性|防御
  • 告解の聴罪者
    セラフィナaa0032hero001
    英雄|14才|?|バト
  • 絶望へ運ぶ一撃
    黛 香月aa0790
    機械|25才|女性|攻撃
  • 偽りの救済を阻む者
    アウグストゥスaa0790hero001
    英雄|25才|女性|ドレ
  • 死を殺す者
    クレア・マクミランaa1631
    人間|28才|女性|生命
  • ドクターノーブル
    リリアン・レッドフォードaa1631hero001
    英雄|29才|女性|バト
  • かわたれどきから共に居て
    日暮仙寿aa4519
    人間|18才|男性|回避
  • たそがれどきにも離れない
    不知火あけびaa4519hero001
    英雄|20才|女性|シャド
  • 我らが守るべき誓い
    ソーニャ・デグチャレフaa4829
    獣人|13才|女性|攻撃
  • 我らが守るべき誓い
    ラストシルバーバタリオンaa4829hero002
    英雄|27才|?|ブレ
  • 明日に希望を
    ナイチンゲールaa4840
    機械|20才|女性|攻撃
  • 【能】となる者
    墓場鳥aa4840hero001
    英雄|20才|女性|ブレ
  • スク水☆JK
    六道 夜宵aa4897
    人間|17才|女性|生命
  • エージェント
    若杉 英斗aa4897hero001
    英雄|25才|男性|ブレ
  • さーイエロー
    サーラ・アートネットaa4973
    機械|16才|女性|攻撃



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