本部

二つの道のその先は~闇と後悔~

橘樹玲

形態
シリーズ(続編)
難易度
普通
オプション
参加費
1,300
参加制限
-
参加人数
能力者
10人 / 6~10人
英雄
10人 / 0~10人
報酬
普通
相談期間
5日
完成日
2018/06/05 21:10

掲示板

オープニング

■一人の男と後悔
 H.O.P.E.本部の外にある広場のベンチ、街灯の光だけがそのベンチを照らしていた。夜も深まるこの時間では人影は少なく昼間はエージェントたちで賑わうこの広場も寂しげである。
「俺としたことがな……」
 雀部洋一は、仕事終わりに帰らずにぼうっとタバコを吸っていたのだった。
『そんなんじゃ、また奥さんに怒られるわよ。桜ちゃんだって一人で待ってるんだから早く明日に備えて帰りましょう。反省は終わった後にすればいいのよ』
 英雄に諭され、ゆっくりと立ち上がる。
「そうだな……」
 俺はいったい、なにをやっているんだろうか。大事な息子を人質に取られ、相棒に言われなければ娘が一人心細く家にいるのにすら気づかない。家族を守るために仕事をしていたはずなのに。それなのに――
 後悔だけが積もっていくのだった。

■愚神からの接触
 前日、愚神から楓の契約英雄を通じて連絡があった。
『……リアリスさんが山奥の廃墟でお待ちしております』
 英雄のチェリーの目はうつろで、恐らく操られているのだろう。しゃべり方も以前から知っているチェリーとは違い、大人びている。
「ふむ……行くときはお主が案内してくれるんじゃろう?」
 オペレーターの言葉に彼女は静かに頷く。
「リアリスはいったい何がしたいんじゃ。お主はそれを伝えるように割れているのかの?」
 一瞬の間が空き、彼女はゆっくりと口を開いた――

解説

●目的
楓の救出

●詳細
>愚神リアリスの目的
彼女曰、楓くんとお父さんの仲たがいを解消するため。二人で寂しそうに公園で遊んでいた為、楓君の力になりたいと思い行動したらしい。
理由は、楓に一目ぼれ。お母さんは、お父さんの弱みになりそうで使っただけ。桜は個人的に嫌いでかかわりたくなかったとのこと。
※チェリーからの伝達

>愚神からの連絡
五日後の早朝、山奥の廃墟にて待つとのこと。楓、母親の安全は保障している。
それまでに沢山の子供たちを用意するから、頑張ってくるのよと言っていたらしい。恐らく行くまでに従魔が待ち構えているのだろう。
無事に返す条件として、父親が必ず来ること、息子を返してほしいなら、彼も必ず戦闘に参加することらしい。

>廃墟
以前、楓たちが行方不明になった山の隣の山に、廃墟がある。何のために作られたものだかは不確かだが、恐らく病院跡地と思われる。
中は空っぽで、メスなどの機材や、別途などは置かれていない。
そこの廃墟までは、車などで行くことは困難で、ふもとから徒歩で行くしかない。

>桜
洋一の説得で、家でお留守番している。
「……娘までいなくなったら困るからな」と言っていた。

>愚神、従魔の対処
・愚神
出方がわからないうえ、どのような攻撃をしてくるのか、強さもわからない。その為、今回は彼女を捕らえるのは目的ではない。
守りに徹し、楓を保護することを優先される。
・従魔
プリセンサーの予知により、以前現れた蜘蛛型と鳥型の従魔が現れると予測される。
蜘蛛型は、牙、爪、毒に注意。鳥型は嘴、爪、彼らの羽による強い風に注意が必要。

リプレイ

■重い車内
 本部を出て、現地へ向かう車の中。流れる景色は人で賑わっているのにも関わらず、車内は静かで重い空気が流れていたのだった。
 すでに共鳴中のエージェントが、五人ずつ一台の車に乗り込む。
 ぼうっと外を眺めるように見えて、頭の中ではいろいろな思考が駆け巡っている。救出対象である楓君とその母親。人質に取っている愚神が身の安全を保障してくれると言ってはいるが、そんなものは宛にならない。それに――
(チェリーさん……操られているのよね?)
 フローラ メルクリィ(aa0118hero001)の言葉に、黄昏ひりょ(aa0118)は首を縦に振る。
 そうだ、彼女は操られ自分たちを彼の元へ案内させる道具にされている。精神操作を解除できたとして我に返っても、それで愚神がどうでるかわからない今、無暗に行動することもできない。
(現地に着いてから……か)
 もしスキルを使って精神操作の解除を試みるならば、愚神に接触した後だろう。それまで、操られたままなのは心苦しいが、今はそれが最善なんだろう。
 軽く口を尖らせるような、何かを思う様に少しムッとした顔で外を見る虎噛 千颯(aa0123)の視線は、時折、運転する雀部洋一の方へチラリと向けられる。
(洋一ちゃんって本当に顔に出ないんだな~)
 息子、母親が人質に取られている状況でも彼の顔色はほとんど変わっていない。付き合いが長いオペレーター仲間の剣太によると、かなり焦っているようにも見えるらしいのだが。
(その上、気持ちを口にしないとなれば子供との気持ちがすれ違うのは、当たり前でござるな)
 やれやれといった白虎丸(aa0123hero001)の声が聞こえてくる。車を降りた後の道中で彼の気持ちはしっかり確認しておくべきだろう。
(ーー□□ー?)
 辺是 落児(aa0281)の呟きに、構築の魔女(aa0281hero001)もまた、頭の中で様々な思考が駆け巡っていた。
(愚神が恋をしているというのは嘘とは言えませんからね……)
 容姿・言動・雰囲気等、なぜ一目惚れしたのか、捕食者としてライヴスの質に惚れた可能性もある。結局のところ、真意は当の本人にしかわからないのだ。
(やれやれ、とても他人事とは思えん……)
 麻生 遊夜(aa0452)も何か思うところがあるようで、ぼそぼそと呟く。それに対し、ユフォアリーヤ(aa0452hero001)が反応する。
(……んぅ、どちらも……わからなくはない、難しい)
 身近にいる「彼」にも似たようなところがある。放っておけない親子の不器用なすれ違いを何とかしたいところではあるが、今はやれるだけのことをやるしかない。
(ほんまに何やっとんどすやろか……今日こそはガツンと言ってやらんと……)
 依然受けたときもそうだったが、弥刀 一二三(aa1048)は少し不機嫌そうにしていた。
 洋一のはっきりしない態度、父親としての行動など納得いかないところが多い。
(……色々と甘えすぎだな……まるでガキだ)
 当たり前だが、キリル ブラックモア(aa1048hero001)もフォローをせずに一刀両断だ。
 自分も人のことを言えないだろうという言葉は飲み込み、今はただ現地に着くのを待つのであった。
(段々と建物が少なくなってきたな……)
 荒木 拓海(aa1049)の眺めている窓の外は、段々と木々が生い茂っていく。
(現地までもうすぐってことよね)
 メリッサ インガルズ(aa1049hero001)の言葉にただ頷く。そんな彼の左小指は――
(僕も大切な人ができたからわかる……)
 三ッ也 槻右(aa1163)は過去の自分を振り返る。以前の自分は周りに無頓着だった、経験からわかるからこそ洋一には同じ失敗をしてほしくない。
 きりっとした顔つきをする三ッ也の小指は「彼」の小指と繋がっていた。
(ふふふ……本当に良い顔つきをするようになったもんじゃ)
 共鳴中の酉島 野乃(aa1163hero001)は、車の窓に反射する彼の表情に心の中で笑みを浮かべるのであった。
(最初はかくれんぼ、次はおにごっこ、今回は……ケイドロ?)
 藤咲 仁菜(aa3237)は小さく溜息をつく。愚神に鬼扱いされるのはあまり気持ちが良いものではない。
(俺達が泥棒側か? 愚神に泥棒扱いされる筋合いはないんだが)
 九重 依(aa3237hero002)も同じことを思っているようで、彼の言葉に仁菜は同意する。
(愚神の言葉は信じない方がいいと思う)
 都呂々 鴇(aa4954hero001)の感情を表すように、耳がピクピクと動く。自分の考え通りの事が起きるとは思わないけども、用心するに越したことはない。
(そうね、慎重に行きましょう)
 新城 霰(aa4954)も彼の言葉に頷いたように感じた。
 重い空気が籠る車内で唯一、少し楽しげな表情を浮かべる少女がいる。
(母様、楽しそうです)
 頭の中で話しかけてくるアトルラーゼ・ウェンジェンス(aa5611)に、エリズバーク・ウェンジェンス(aa5611hero001)は、ぼそりと呟く。
(ええ、こんなに壊しがいのある者はないわぁ)
 愚神ごときが人に恋をするなんて幻想を今すぐぶち壊してあげましょうと彼女は笑みを浮かべるのであった。

■父の気持ち
 木々の生い茂る山に敷かれた一般道に車を止め、山を見上げる。到着するなり、チェリーの指をさす方向を向けば、すぐに獣道を発見できるだろう。その細道だけ草が剥げ、土があらわになっていた。
 さあ行こうと踏み出したところで、洋一の携帯電話が震えるのだった。
 電話の相手は仕事仲間の剣太からで、本部で待つ桜が会話を望んでとのことだったらしい。
「よかった……ちゃんと待っていてくださっているようですね」
 見張りと言うと聞こえは悪いが、桜と一緒に待っていてもらう様にお願いしたのは正解だったようだ。小まめに連絡を取ることで桜も安心するだろう。問題は――
「ああ……大人しく待って――」
 いつものような対応をしそうだった洋一の背中に、エージェントたちの鋭い視線が突き刺さる。
「あ……その……え、偉いぞ……さ、流石、お姉ちゃんだな」
 たどたどしくも娘のお留守番を褒める彼に、言いたいことが色々あるのだが、ここで長電話をしている余裕はない。早々に電話を切り、この場を後にするのであった。

 ***

 歩き始めて数分もたたないうちに、仁菜は周りに聞こえないぐらいの声で洋一に話しかける。
「きつい事を言って申し訳ないけど、今回の件は貴方にも責任があるって分かってる?」
 その言葉に彼は「ああ」とだけ答えた。その返しに小さな苛立ちを覚える。
「貴方が言葉をくれないから、愚神の言葉に惑わされる。愚神に心の弱さを突かれる」
 初対面なのに少し言い過ぎかとも思ったけど、伝えずにはいられなかった。
「言葉にするのが苦手とか甘い事言わないで。苦手だから、で大切な者を失っていいの? 言葉にしなきゃ誰にも伝わらない。楓君にも桜ちゃんにもちゃんと思いを伝えて」
 洋一の視線は、仁菜の瞳に静かに向けられている。
「お父さんの本当の気持ちを伝える事が絶対必要だよ」
 考える様に黙る彼に、仁菜はこれ以上何も言わないのであった。

 山道を歩き続け、会話もなく足音だけが響く。またしばらく進んだ後、虎噛が沈黙を破るのであった。
「洋一ちゃんは子供の事どう思ってるの?」
 車内でも考えていた、彼が子供たちをどう思っているか、そしてそれをちゃんと伝えられているのか、ちゃんと確かめたかった。
「もちろん大切に思っている」
 その言葉を口にする顔は仮面をつけたように変わらない。
「思ってる事を子達にちゃんと言ったことある?」
 皆彼らの会話に耳を傾ける。だが、虎噛の質問に対し洋一から言葉が返ってくることはない。暫しの沈黙が流れた。
 はぁ~と大きなため息を一息つき、虎噛が再び口を開く。
「あのさ? 家族だからって言わなくてわかる。なんて事ねぇからな? 家族だからこそ、ちゃんと言わねぇといけねぇの?」
 普段の子供たちや他のメンバーと接する声と違い、少しドスを聞かせたような声色で洋一に苦言を言う。
「愛してる、大好きだ、大切に思っている、宝だ。色んな言葉があるけど、それ言わなかったら相手に伝わらねぇから!」
 彼の言葉に、洋一は黙って耳を傾ける。
「今回の件は完全にそれが原因だからな! 子供叱る前にその事反省しろよ!」
「す、すまない……」
 謝るべきは俺ではないとぴしゃりと言い放ち、また暫しの沈黙が流れる。
(ち……千颯……それは言い過ぎではござらぬか……?)
 これぐらいが丁度良いと白虎丸に返しつつも、一応最後はフォローを入れる。
「あと、楓ちゃんと奥さんを無事に保護したら、叱る前に思いっきり抱きしめてあげてな。これは俺ちゃんからのお願い」
 先ほどとは違い、すこし柔らかい声色でお願いをする。それに対し、彼は「わかった」と前を向くのであった。

 三ッ也もまた虎噛達に続き、おずおずと洋一に話しかける。
「洋一さん……僕は家族とは【群れ】でないとダメと思う。自分の足で立って、相手のフォローを背に感じて、同様のフォローを返す。すり合わせて気を配って、そして任せる。戦いで仲間に背を任せるのと同じ……」
 珍しく歩きながら小さな声で長々と洋一と話していた。
「この作戦が上手くいっても、洋一さん達の戦いはこれからだと思う。僕は立つ足を失くした後だったけど、洋一さんはまだ間に合うよ……今回、あなたに背を任せます」
 彼の言葉に少し目を細め、洋一は「ありがとう」と小さく呟くのであった。
(楽しいのぉ。へたれの槻右が斯様に言い切るとはの?)
 いつもより頼もしい三ッ也に野乃は楽しそうに心の中に笑みを浮かべるのであった。

■道中
 虎噛達の会話を横目に聞いていた麻生はばつの悪そうな顔をしていた。
「俺も不器用な部類ではあるがここまでじゃない……よな?」
 不安げに小さな声で共鳴中のリーヤに声を掛ける。
(……んー、そうだねぇ……今の所、問題にはなってない……ね?)
 クスクスと言うリーヤの言葉にダメージを受けつつも、洋一とコンタクトを取る。
「すまんね、ちょっといいか?」
 後方にいたが、少しの間彼の隣を歩く。
 彼の英雄が操られていたことから、楓自身も知らず操られてる可能性があるとの話が作戦を立てている間に出た。助けて安心した所で背後からとか、抱きしめようとした瞬間に刺されてしまう可能性も無きにしも非ずだ。
「仲たがいを解消するため、とのことだが……」
 愚神である彼女の言葉をどこまで信じてよいかわからない。
(……ん、彼のリタイアが……もっとも大きい、双方にダメージ……愚神の一人勝ち、そんな気がする)
 一目惚れが本当だろうが前科がある以上疑ってかかるべきだろう。
「自分の目的の為ならば他はどうでも良さそうな雰囲気だったからな」
 彼の為と言って、他に巻き込んだ一般人や囮に使われている母親の事を考えれば用心すべきだ。
(……ん、用心しすぎても……損はないと判断……)
 そっと、結びのお守りと祈りの御守りを洋一に渡す。大事な大事な親子の抱擁に水を差されちゃ興醒めだ。
 洋一が「恩に着る」とお守りを受け取ったのを見て、リーヤは笑みを浮かべるのであった。

■愚神の思惑とは
 道中、気がかりになっていることは、もちろん拉致されている楓や母親たちだが、それともう一つ、愚神の伝言について気になっている者もいた。
『恋というのなら自身を見て欲しいということが最初に思い浮かびますが……』
 構築の魔女は前を向きながらも考える、彼女はどうして「恋」をしていると言ったのだろうか。愛玩としての恋しさという可能性もある。もしかして本当に恋をしている可能性も?
 妹を嫌うのは楓が兄として強く意思をもつことがあるからと予測すると、仲違いを解消した後、それをまた壊し意識を自分に向けさせる等目的を隠していることも在りうるだろう。
『だとすると、帰り道に本命がある可能性もありますか……?』
 どの可能性も潰しておかなければ、危険なことは確かなのだ。

『愚神の目的は楓君の目の前で洋一さんを殺し、ショックを与えることだと思う』
 鴇と霰もまた、二人で愚神の思惑を思考する。
 ショックを与えて自分を信頼させる、自分としてはそう考えるのがスッキリするような気がするのだ。もし、そうだとしても、ショックを与える気などさらさら無いのだが。
(だけど守るというより、洋一さんと一緒に戦うってほうが近いわね)
 彼にも活躍してもらわないと、お父さんとしての立場がないでしょうし、皆で連携して戦おうと霰が言う。
『はい!』
 その言葉に、鴇は元気よく返事をするのであった。

■手厚い歓迎
 ゴーグル越しに不穏なライヴスの流れを感じる。
 武器を構え、一歩一歩慎重に進んでいく。

 ――ガサガサガサッ

 音と共に、見覚えのある姿が現れる。地面には小型犬の蜘蛛、空には小さいハーピーのような従魔だ。
『ざっと、数えて20……いや、それ以上でしょうか』
 先ほどまでの緊張感が更に張り詰める。なるほど、確かに手厚い歓迎のようだ。
「ヒフミ、後ろは頼んだ」
「わかっとるで!」
「一二三がいればそっちは安心だね、よしっ、僕も頑張ろう!」
 各々が武器を構え、敵が向かってくる瞬間を待つ。

 キィッ!!――パァンッ

 一匹の蜘蛛がこちらに飛びかかろうとしたのを、一つの銃弾が見事打ち抜く。
 蜘蛛を打ち抜いた元をたどると、そこには銃を構える洋一がいた。
(これなら……前衛は攻撃に集中できそうだね)
 まだ一匹を倒した段階だが、仮にも彼はエージェントだ。級の低い従魔ぐらいなら問題ないと思っても良いのだろう。
 前衛が道を切り開き、後衛が空中の敵などをカバーしつつどんどん進んでいく。
「沢山の子供たちを用意、ね……」
(……ん、ボク達とは…相容れそうにないねぇ)
 倒しても倒しても無限と思わせるほど、従魔が次から次へと現れる。しかしその数は増えるわけではなく、一定の量を保っているようにも見える。
 まさに試されているような従魔の現れ方に不安を覚えつつも先へ先へと進んでいった。

『先に行って、楓と共にお待ちしております』

 突如として、チェリーが従魔たちの間をするするとすり抜けていく。
「ま、待つんだ……!」
 とっさに引き留めようと手を伸ばすと従魔の攻撃が一層強くなる。もちろん、チェリーを注意してみてなかったわけではない、従魔たちがチェリーとの間に入り込むように次々と現れていたのだから、防ぎようがなかったと言っても過言ではない。
 チェリーを追うように進んでいくも、彼女の姿が見えなくなる。その頃には、愚神の言っていた廃墟が姿を現すのであった。

■二つの分かれ道
 従魔たちを倒し進んだ先で見つかった廃墟の入り口は、扉が壊れていて中が丸見えの状態であった。廃墟の姿が見えるなり、従魔は現れなったと思えば、入り口の前に着くころにはその出現がピタリと止んだのだ。
 まるで誘われているような居心地の悪さに、周囲への注意を敏感にする。
「これは……足跡か?」
 入り口を覗き、埃っぽい中の様子を窺うとそこには砂埃やコンクリートの破片が転がるがらんとした空間が広がっていた。そして、薄暗い中でもわかるぐらいにくっきりと一方向に足跡がつけられていた。
「……この足跡の大きさからして、楓たちのモノで間違いないだろう」
 足跡は複数あり、どれも二階へと続いていく。

 ガガ……ガガガッ……

 垂れ下がってゆらゆら揺れていたスピーカーから音が鳴りだす――いや、これはスピーカーから聞こえているような幻聴かもしれない。
 体に小さい振動を感じ、そして声が聞こえだす。
『ようこそいらっしゃいましたわぁ……うふふ……楓君は私と一緒に二階にいるわぁ。そうそう、お母様も二階にいるわよぉ。でも、二人は別の場所……どちらを優先するべきか……考えることねぇ』
 ブツンと音がした後にすぐにガシャンとスピーカーが地面にぶつかり完全に壊れてしまった。それがとても不気味に感じる。
 どちらを優先すべきか。もし楓を優先して妻に何らかの被害があった場合、それだけは何としても避けなければならない。
「作戦通り頼む」
 一瞬迷っているように見えたその瞳は、すぐに力強い光を取り戻すのであった。

 ***

 二回への階段を上り、左右に分かれている通路を見比べる。パット見たとおりだと左右対称的でどちらも違いがないように見える。ただ一つを除いて。
(左に足跡が続いて……右に黒い花弁……?)
 拾い上げたソレを見ると、確かに薔薇の花弁のように見える。
「左は楓君……右はお母さんってこと……?」
 どちらを優先するか、ここで試されるということだろう。
 万が一、母親と楓が別の場所にいた場合を考え、作戦のうちに入れて置いた為、決意は固かった。
「大丈夫です。私が即座に見つけ出し、洋一に受け渡しますから」
 きりっとした表情で、仁菜が洋一に視線を向けると彼もまた頷く。
「頼んだ」
 この後の作戦の為に、一刻も早くお母さんを見つけなければ。
 山を上る途中にあれだけの従魔がいたことを考えると、仁菜と依だけには任せられない。
 洋一にも促され、鴇も仁菜と一緒に母を探すことになった。

 ***

 花弁に連れられ、音を立てないように早足で先へ急ぐ。影から襲撃を受けないように、鴇が注意深く索敵をし、仁菜が先行し、しばらく進んでいくと突き当りで花びらが途切れた。
「ここは……?」
 途切れた通路左側、病室と思われるその部屋の入り口は扉もなく、花弁はそちらへと続いているようだった。
『病室だな……』
 罠ではないか、従魔はいないかと慎重に中を覗くと、窓際の方でボロボロになったカーテンが揺れ、ベットのような影も見える。
 周りに注意しつつ近づき、目線で合図をする。

 バサッ――

 カーテンを思いっきり引くと、そこには白いワンピースを身にまとい、黒いバラに囲まれ横たわる楓の母がいたのだった。
「お母さんに間違いなさそうね」
『ああ……』
 愚神に操られている可能性もある為、いきなり起き上がり刺されたりしないよう警戒しつつ息を確認する。大丈夫だ。スヤスヤと寝息を立てている。
 完治の一歩手前の状態で、病院からいなくなってしまったため、万全の状態とは言えないだろうが、見た限り外傷もなく容体も安定しているらしい。
 意識のない彼女を放っておくわけにもいかず、一人が彼女を抱きかかえ、二人は急ぎ足で、皆のいるであろうもう一つ通路へと歩きだすのであった。

■愚神とご対面
 細い通路を歩いていくと、壁が崩れ一つの大広間になったような空間へとたどり着く。広い部屋の右端に古びたソファの上によく知る子供たちが座るように眠りついていた。
 そして、その中央には――

『あらぁ、よく来たわねぇ……うふふ。楓君を選んでくれたのねぇ。あの子もほっとするんじゃないかしらぁ』

 愚神リアリスがにっこりと笑みを浮かべ佇んでいたのであった。

「息子を迎えに来たぞ……」
 洋一がキッと彼女をにらみつけると、リアリスは更に楽しそうに笑う。そして、ツカツカと楓の方へ歩いていくのであった。
『ほーら、起きてぇ……楓君……お父様が迎えに来てくれたわよぉ』
 ゆっくりと彼女が頭を撫でると、楓は目をぱちぱちとあけた。
「約束通り迎えに来た。息子を返してもらおうか」
 きっぱりと言い切る洋一、少しは吹っ切れた部分もあるのだろうか。
『迎えに来た……ね。随分都合が良いけれど、まあ、ワタクシが言ったものねぇ……どうするぅ? 楓君、帰りたい?』
 その言葉に、楓はちらりと洋一の方を向き俯く。
『うふふ……まだ悩んでいるようねぇ。ねぇ。楓? このままワタクシと――』
「楓……帰ろう。帰って皆で……」
 愚神の言葉を遮って洋一が話し出す。楓はその言葉に静かに耳を傾け、目を潤ませるのだった。
『貴女が人に恋した愚神かしら?』
 下手に飛び出て、楓たちに攻撃しないとも言い切れない状況で、エリズバークが愚神に語り掛けるのだった。
『あらぁ? 何かしら……そうねぇ、答えてあげてもいいかしら』
 汚いものでも見るような目で、リアリスはエリズバークの方を見るのだった。
『それが何かおかしいとでも? 公園で遊んでいた楓君を見てたら、心が締め付けられて……しばらく見ていたら何だか胸がドキドキして……うふふ』
 外見に似つかわしくない笑みを浮かべ話を続ける。
『ピンと来たの、一目ぼれじゃないかって……彼が困ってるなら助けてあげたいって……恋してるなら普通じゃなぁい?』
 話を続けるリアリスに野乃が話を遮る。

 その後ろで、息をひそめ近づいていたひりょがチェリーの精神操作の解除に試みようとしていた。
「クリアレイ……」
 虚ろな目をするチェリーは、淡い光に包まれる。そして、その瞳は光を取り戻し、我に返って悲鳴を上げそうになる口をそっと指で押さえる。
「もう大丈夫。皆で迎えに来たよ。楓君はお父さんがちゃんと助ける、チェリーさんは先にこの場を離れよう」
 ひりょの言葉に、彼女は小さくうなずいた。
「楓君も待ってられるかな?」
 彼の顔色を窺いつつ、彼が操られていないかを確認する意を込めて彼と言葉を交わす。
「……もう大丈夫。ありがとうお兄ちゃん。ボクはお父さんに迎えに来てもらうよ」
 小さな小さな声でそう囁いた彼の瞳は、涙を浮かべつつもしっかりと前を向いていた。
「いい子だね」
 それを見て安心しチェリーを抱えて、ひりょは愚神から離れる様に距離を取るのだった。

『……しかし、短絡的で盲目じゃの、人に愛を囁くには修行がたりぬな。楓の心がわからんか? 意地になってこれでいいと自分に言い聞かせつ、犯している罪に心がナイフで切り裂かれボロボロよの? 傷つけてるのは主じゃよ、良い事のつもりかの? 愚神よ』
 三ッ也の姿で野乃が嘲笑うように言い放つ言葉に、リアリスは苦虫を噛み潰したような顔をする。
 彼女の話、痛いところを突かれた姿を見てか堪えきれずにエリズバークが笑い出すのだった。
『人を喰らうしか出来ない貴女が? 恋? こんな笑い話はないわ! 食料に恋する馬鹿がいる? 人が豚肉を好き、牛肉を好きというような感覚でしょう? 恋をしたから彼のために?それは食料を熟成させる行為かしら?』
 所詮愚神にとって人は食料でしかないのだから――
『所詮危険な状況になったら楓君を盾にして自分の身を護るのでしょう?』
 いきなり、ライヴスキャスターで多数の水晶を召喚し――
『試してみましょうか?』
 その水晶は銃弾の嵐のように楓の方へと一直線に向かっていく。そして彼ごと一掃する。
『好きな人の為に命もかけれない者が愛を語らないで……ねぇ、非共鳴の楓君に当たったら死にますね? 愚神も直撃したらただでは済まないでしょう。さぁどうします? 楓君を盾にすれば助かるかもしれませんが、それは貴女の本性が見える行為よ?』
 もちろん、事前に打ち合わせをし、仁菜が潜伏で潜んでいる場所、楓のカバーリングに入れる位置である事を確認後に実行に移したのだ。

 彼女の攻撃が爆風を呼び、白い砂煙がその場に上がる。
『楓君を殺すつもりも、怪我をさせるつもりもありません。全て計算の上です。
私母ですので。子供には優しいのですよ』
 その煙が晴れる頃、そこには目を疑う情景が広がっていた――そう、愚神が魔法で盾になっていたのである。
『……ふふふ、不意打ちとはやってくれるじゃなぁい?』
 流石に急な攻撃だったせいか、彼女にもダメージが入っているようだった。そして彼女の後方――楓のいる方は確かに攻撃が当たらないように防いでいた。
『甘く見ないでほしいわねぇ。好きと言ったら好き、ワタクシはいつも嘘は言っていないわよ?』
 楓から離れフラフラとまた誰もいない方へと歩いていく。そして、バサバサと音と共に、スパロウの雛、無数の蜘蛛の子が彼女の周りを囲み始める。
『あなただって同じようなものじゃない……いや……ワタクシよりももっと酷い。いろんなモノを騙して……ワタクシはまだ正直者だもの』
 彼女を逃がすまいとすぐさま攻撃を仕掛けるも、今までとは打って変わった大きな風がこの場を巻き起こす。
 彼女の背中から真っ黒な大きな羽がその風を作っていたのだ。
『……まだ捕まるわけにはいかない。今日は子供たちで我慢して頂戴……』
 大きな羽を広げたかと思うとさらに大きな風が巻き起こり、彼女の上のコンクリート部分を崩す。
『……楓君、よかったわね。貴方も魅力的だったけど……でも、貴方じゃなかったみたい……』
 一斉に飛びかかろうとした瞬間に、また大きな風が起こり、リアリスの姿だけは消えていたのだった。

 ***

『少し多いんじゃないでしょうか……』
 構築の魔女が言う通り、ざっと周りを見渡しても今まで襲ってきた従魔と同じぐらいの大群が、自分たちを囲むように立ちふさがっていた。
「チェリーさんは僕に任せてください」
 体力をかなり消耗しているのか、チェリーは共鳴できる状態ではない。
「……楓、すまなかった。でも今は、先にこの状況を何とかしなければならない」
 仁菜によって、母親と楓の身柄を受け取っていた洋一は楓に優しく話しかける。
「お前たちは大事な家族だ。俺が守るからしっかりと傍にいるんだぞ」
 妻と楓に向けて、真剣な表情でそう伝えると、今度はその場にいるエージェントたちに支持をする。
「今回の目的は、人質の身柄の確保だ。愚神を追うことよりも今は逃げ場の確保だ」
 向かってくる従魔を倒しつつ、皆が同時に頷いた。

 ***

『さ、皆さん、こっちです』
 前衛組を先頭に従魔を倒しつつ山を駆け下りていく。
 楓や母親を抱きかかえ運ぶ仲間を守りつつ、麓が見える頃には従魔たちの数はどんどん減り、下に着くころにはもう追ってくる様子もなかった。
 安全が確認できたところで、洋一と複数名は別れ、従魔の生き残りがいないかを確認するために途中で別れるのであった。
 自分たちの車を止めたところまで戻ると、別の1台のワゴン車が並んで駐車されていた。

「お父さん! お母さん! 楓!」

 其一台の車から見知った女の子の声が聞こえてくる。
 これで終わったのだろうか、そんな不安を胸に抱きつつ、一行は声のする方へと戻っていくのであった。

■家族団欒
「桜……待たせてすまなかったな」
 車に戻るとそこには、犬耳のオペレーターと桜が車から顔を出していた。
「そろそろ終わるころかと思ってきてみたのじゃ……その……流石に彼女だけが蚊帳の外と言うわけにもいかんでな……責任はわしが――」
 ごにょごにょとい訳を言う彼を他所に、桜は嬉しそうに楓へと抱き着くのであった。
「おかえり!」
「……ただいま」
 二人が感動の再開を迎えている頃、洋一への説教が始まるのであった。
「父親は、子供を育てる事で子供から親になれる知識を貰うて聞きましたわ。それすら任して、ホンマの親になれるて思わはるんどすか? 一番大事な人らを救えんで、誰を救えるんどす?」
 腕を組み、くどくどと苦言を並べていく。それを洋一は大人しく聞いていた。
『モジモジ乙女のように照れず、男らしく愛を叫べばどうだ』
 一時的に共鳴を解いていたキリルも、その説教に加わる。
「……いや、それは逆やから、なんどすけど……まあ、キリルの言う事も尤もどすな。……それに、年齢で人を判断しとるんは、己の物差しを短こうするだけどすえ? 誰一人、同じ人生歩んどらんのんどすし、うちは年下でも凄い、思う人は尊敬しとりますわ」
『……気持ちは言わねば伝わらんぞ。分かってくれている、などは己の怠慢だ』
「まあ、せやからこうなったんどすな」
 要するに、ちゃんと言葉で伝える、仕事ばっかりではなくて子育ての一環として子供たちにかかわっていく、その様なことをちゃんとして方がいいと洋一に助言をするのであった。
 母親にも言いたいことはあるのだが。
『お母さんの方は先に病院へ連れていきますね』
 構築の魔女が付き添いし、剣太が車を運転し彼女は病院へと運ばれていく。
「あ~……とにかく、もう一遍、よう話をするべきやと思いますわ。三人で一緒に車に乗って、そのまま病院に行きや」
 彼の話が終わると、洋一は頷いた。
「わかっている。本当に今回の事は申し訳なかった。しばらくは休暇を取り、少し家族での時間を過ごしこれからの事を考えようと思っている」
 そう洋一は答えるのだった。

 弥刀たちが話をしている頃、拓海が子供たちと話していた。
「お父さんさ……楓君たちやお母さんが大好きなのに、気持ちを伝えられないんだって。人はこう言う事を、小さい頃に先ずは親から習うんだが……お父さんは上手く覚えられなかったんだな……」
 子供たちは真剣な顔でその話を聞く。
「実は、ここに居るオレ達みんなも、こんなに体が大きいのに、できない事が多いんだよ
大人だから出来る、じゃないんだ。でもね、出来なくても今、頑張ってる。出来ない事を出来ないと諦めないで覚えようと動いてる。……お父さんも覚えようと頑張ってるから、今までを許してあげてくれないか」
 桜はその言葉に力強く頷くが、楓は煮え切らない様子であった。
「ぼくの事……お父さんも許してくれるかな」
 その言葉に、メリッサが優しくほほ笑む。
『家族に好きって伝える方法を勉強し直しなの……自分も間違えるからこそ、楓君の事も気っと許してくれる。ねぇ、楓君も協力してあげて、お父さんがどう動けは良いか判るように。もっと遊んで、もっとお話を聞いてって、ぎゅーっと抱きついてあげて』
 その言葉で、楓もようやく頷いた。
 そして話終わるとすぐに、二人は父親の元へと駆けていくのであった。

(了)

結果

シナリオ成功度 大成功

MVP一覧

  • ほつれた愛と絆の結び手
    黄昏ひりょaa0118
  • 雄っぱいハンター
    虎噛 千颯aa0123
  • 来世でも誓う“愛”
    麻生 遊夜aa0452
  • 拓海の嫁///
    三ッ也 槻右aa1163

重体一覧

参加者

  • ほつれた愛と絆の結び手
    黄昏ひりょaa0118
    人間|18才|男性|回避
  • 闇に光の道標を
    フローラ メルクリィaa0118hero001
    英雄|18才|女性|バト
  • 雄っぱいハンター
    虎噛 千颯aa0123
    人間|24才|男性|生命
  • ゆるキャラ白虎ちゃん
    白虎丸aa0123hero001
    英雄|45才|男性|バト
  • 誓約のはらから
    辺是 落児aa0281
    機械|24才|男性|命中
  • 共鳴する弾丸
    構築の魔女aa0281hero001
    英雄|26才|女性|ジャ
  • 来世でも誓う“愛”
    麻生 遊夜aa0452
    機械|34才|男性|命中
  • 来世でも誓う“愛”
    ユフォアリーヤaa0452hero001
    英雄|18才|女性|ジャ
  • この称号は旅に出ました
    弥刀 一二三aa1048
    機械|23才|男性|攻撃
  • この称号は旅に出ました
    キリル ブラックモアaa1048hero001
    英雄|20才|女性|ブレ
  • 苦悩と覚悟に寄り添い前へ
    荒木 拓海aa1049
    人間|28才|男性|防御
  • 未来を導き得る者
    メリッサ インガルズaa1049hero001
    英雄|18才|女性|ドレ
  • 拓海の嫁///
    三ッ也 槻右aa1163
    機械|22才|男性|回避
  • 大切な人を見守るために
    酉島 野乃aa1163hero001
    英雄|10才|男性|ドレ
  • その背に【暁】を刻みて
    藤咲 仁菜aa3237
    獣人|14才|女性|生命
  • 私はあなたの翼
    九重 依aa3237hero002
    英雄|17才|男性|シャド
  • 闇に光の道標を
    新城 霰aa4954
    獣人|26才|女性|回避
  • エージェント
    都呂々 鴇aa4954hero001
    英雄|16才|男性|シャド
  • …すでに違えて復讐を歩む
    アトルラーゼ・ウェンジェンスaa5611
    人間|10才|男性|命中
  • 愛する人と描いた未来は…
    エリズバーク・ウェンジェンスaa5611hero001
    英雄|22才|女性|カオ
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