本部

羊を守れ、狼は倒せ

絢月滴

形態
ショート
難易度
普通
オプション
参加費
1,000
参加制限
-
参加人数
能力者
6人 / 4~6人
英雄
6人 / 0~6人
報酬
普通
相談期間
5日
完成日
2018/06/04 00:16

掲示板

オープニング

●闇夜に紛れて
 アイスランド、ヘイマエイ島。
 首都レイキャビクから飛行機で三十分の場所に位置するこの島は人口四千人の小さな島である。多くの人は漁業に従事していて、魚介類の輸出量はアイスランド全体で十二パーセントに及んでいた。大昔からのプライドとアイスランドの経済を支えているという事実が、この町の漁師達に自信を与えていた。
 見習い猟師であるケイリーは仕事を終えて、自分の家へと向かっていた。親方に明日の漁の支度を頼まれ、これは一人前に近づけたのではないかと気合を入れて準備をしっていたらつい遅くなってしまったのだった。けれど親方に褒められたからそんなこと小さな問題だ。
(明日は自分で魚を捕るぞ。そしたらばあちゃんにプレゼントするんだ)
 海での仕事は冷えるからと、ロパペィサ(アイスランドの伝統セーター。首を中心に円状に広がる編み込み模様が特徴)を編んでくれた祖母の顔をケイリーは思い浮かべる。ひと昔前はグレーや茶色が多かったロパペィサは近年の染色秘術の発達もあり、とてもカラフルになった。今日ケイリーが着ているのは鮮やかな黄色と緑が使われたもの。流石に汚れが目立つが、その汚れはケイリーの誇りに繋がっていた。
 ケイリーは立ち止まって、空を見上げた。もう一度自分に気合を入れようと息を大きく吸って――。
「っ?」
 唐突に背中に痛みが走り、ケイリーはその場に倒れた。がぶりとうなじに何かが噛みつく。背中の上に何かがずっしりと乗っかっている。あまりの痛みに声が出せない。
「あ、ああ、あ、ああああ」
 もがきながらなんとか助けを、とケイリーはポケットからスマートフォンを出そうと手を動かした。それがいけなかった。
「う、あ」
 がぶりと手を噛まれる。それからまた、何かはケイリーのうなじに噛みついた。
 何回噛まれたか解らなくなった頃、ケイリーは意識を手放した。
 
●牙はいたるところに及ぶ
 夕暮れ、十歳になったばかりのアンナは親友のアニタの家から自分の家に帰るところだった。鞄の中にはの学校で出された編み物の宿題が入っている。ありとあらゆるものが機械化された現代において、アイスランドの小学校では編み物の授業が行われていた。それは編み物がアイスランドの産業の一つであり、伝統でもあるからだった。嫌がる子供もちろん居るけれど、幸いにしてアンナは母親の影響もあってか、編み物を好意的に受け入れていた。一本の糸から衣服を作り出すことが楽しいと思った。
 いよいよ来週からロパペィサを編む授業が始まる。
 アンナの心は高揚していた。鞄の口を少し開けて、今編んでいるものを取り出した。それはロパペィサに使われる編み込み模様を使ったショールだった。アニタと模様はお揃いの色違い。ピンクと若草色と白が使ったそれはアンナの自慢の作品だ。
(もうちょっとで完成。そしたら写真を撮ろう。あ、もちろんアニタも一緒に。あの、二人の秘密の場所で)
 アンナは作品を持ったまま歩き出す。
 その背後に小さな影があることにも気づかずに。


●島に平和を取り戻せ
「よく来てくれましたエージェントの皆様! 早く愚神を排除してください!」
 もう六人も被害者が出てるんです、と応接室で町長のフロサソンは息まいた。
「最初は夜だけだったんです。でもつい最近……子供が、夕方に犠牲になりまして……このままじゃこの町……いいえ、この島は衰退します!」
 お願いします! とフロサソンは懇願した。
「何か入用でしたら遠慮なく」
「ちょ、町長、大変です!」
 ばたん、と大きな音と共にドアが開く。
 焦った様子の男性が飛び込んできた。
「何かあったのか、ゲイル」
「む、娘が……アニタが見当たらないんです! それに、羊のハルドルも!」
「なんだとっ?」
 憔悴しきった男性がエージェント達に向けて叫んだ。
「お願いです! 娘を! アニタを探して下さい!」

解説

ヘイマエイ島に現れた愚神の排除、及びアニタの保護が今回の目的です。
以下の情報に注意しながら、目的を達成して下さい。

町長に話を聞いたところ、以下のことが分かっています。
 ・愚神の数は分からない。ただ、ケイリーとアンナが負った傷の大きさが違うことから、二体以上は居ると推定できる。
 ・ケイリーは、うなじと手に大きな傷を負っていた。
 ・アンナは、体のいたるところに小さな傷を負っていた。
 ・被害にあった人物は性別、年齢もばらばら。ただし状況としては、『夕方~夜にかけて一人で歩いていた』という共通点がある。
 ・町での戦闘は避けて欲しい。町から離れた場所に草原があるので、そこに愚神を誘導して対処して欲しい。


ゲイル(アニタの父親)に話を聞いたところ、以下のことが分かっています。
 ・アニタが何の目的で外出したのかはわからない。
 ・アンナが死んだことに、酷くショックを受けている。
 ・羊のハルドルは家で飼っている大切なペット。アニタによくなついていた。
 

・町長は『愚神の排除』を、ゲイルは『アニタの保護』を強く求めています。
・一方に対処してからもう一方、という作戦はあまり歓迎されないでしょう。

リプレイ

●二手に分かれて
「お願いです、アニタを……アニタを探して下さい! 昼食を一緒に食べて……仕事がひと段落したから、部屋に様子を見に行ったら何故か居なくて……ああ、あんなに、あんなに外に出るなと言っていたのに!」
「落ち着いて下さい」
 構築の魔女(aa0281hero001)はゲイルの前に静かに立った。彼女の傍らで、辺是 落児(aa0281)は特に反応を示さない。二人の様子にゲイルは面食らったようだったが、すぐにまた荒く言葉を吐き出す。
「落ち着いてなんていられるか! 今まさにアニタが危険な目に遭っているかもしれないと考えると……!」
「分かりました」
 憔悴するゲイルに対して、御童 紗希(aa0339)が声を上げた。
「アニタさんについては私と希月さんが対応します。まずは家にお邪魔していいですか。アニタさんが失踪した原因があるかもしれません」
「は……はい、お願いします!」
 ゲイルの後に紗希が続く。
「ま、待ってください、御童様! ザラディア様、行きましょう!」
『行きますか!』
 その後を希月(aa5670)とザラディア・エルドガッシュ(aa5670hero001)が追いかける。その様子を見て、紗希のパートナーであるカイ アルブレヒツベルガー(aa0339hero001)は小さく笑った。
『マリとパートナーになったばかりの頃を思い出すな』
 カイが去った後、残された面々は改めて町長であるフロサソンに向き直った。
「あの、町長さん」
 まず口を開いたのは、荒木 拓海(aa1049)だった。
「被害に合われた方々の事を聞かせて下さい」
「うむ、まず事件が起きた場所だが……」
 フロサソンは地図を広げ、事件が起こった場所を指さし始めた。どの事件も町中で起きている。
「怪我の状況も分かった方がいいかと、写真も用意しておいた」
『ありがとうございます』
 礼を言って、メリッサ インガルズ(aa1049hero001)は写真を受け取る。
 そこに写っているのは咬傷、鉤爪による裂傷を負った被害者。咬傷の大きさはざっとみて三種類あるようだった。そして先に報告があった通り、年齢と性別に共通点は見当たらない。傷以外の共通点はただ一つ。襲われた全員がアイスランドの伝統ニット、ロパペィサを着ていること。
「……人型ではなく獣に近い容姿でしょうか? それに、手作りの服を着ていた人が狙われているようにも感じますが……」
「魔女さんの言う通りだと思う。町長さん、ロパペィサを貸してくれませんか?」
「ああ、それならここを出て左に言った所にニットを扱った店がある。話は通しておこう」
「ありがとうございます」
 拓海が礼を言う。今の話をメリッサはライヴス通信機を通して紗希達にも伝えた。
 最後に部屋を出ようとしたオリヴィエ・オドラン(aa0068hero001)が振り返る。その気配を感じ取ったのか、木霊・C・リュカ(aa0068)も足を止めた。
『町長さん、ユエからも要請が出ていると思うが、町の人達に夕方から夜にかけての外出は控える様、周知を、頼む』
「ああ、分かっている」
 フロサソンの了承の言葉をしっかり聞いてから、オリヴィエとリュカは部屋の外に出た。他の皆は、先に行ってしまったらしい。
「待っててくれてもいいのにねー」
『すぐそこ、だろ』
「確かに。……さて、今回も頑張ろうか」
『ああ』
 リュカは金木犀と夕焼けのファイアオパールの腕輪に触れ、音をたてずオリヴィエと共鳴した。



●アニタは何処に?
 紗希達四人がアニタの家に着くと、そこには憔悴しきったアニタの母親が居た。ハンカチを握りしめ、縋るようにこちらを見つめてくる母親に希月は近づいた。
「必ずアニタちゃんを見つけ出します」
「はい……お願いします……!」
「皆さん、こちらへどうぞ」
 ゲイルがダイニングの奥にあるドアを開けた。
「ここがアニタの部屋です」
『四人で入るにはちと狭いな』
 部屋の中を覗き込みながらカイが言う。それを受けて、紗希が溜息をついた
「縦にでかくなりすぎなのよ」
『俺も止めておきますぜ』
 カイとザラディアがドアの付近に立ち止まる。紗希と希月は部屋の中に足を踏み入れた。ベッドに机、クローゼットに本棚。ベージュを基調とした色づかいが部屋に落着きを与えている。何かないかと部屋の中を紗希は見渡す。と、机の上に写真立てを見つけた。そこには二人の少女が笑顔で手を繋いでいる。片方の少女――金髪のショートヘアにそばかす――の足元には、耳に赤いリボンを結んだ羊が伏せていた。こっちがアニタなのだろう。とすると、黒髪をサイドポニーテールでまとめているのが、アンナだ。
「あら……?」
「どうしました?」
「チェストの上にあったかごがなくなっています」
「その中には何が?」
「……アンナちゃんとお揃いで編んでいたショールが……」
『アニタはアンナとゆかりが深い場所に行った、と考えてよさそうですねぇ』
「ザラディア様の言う通りだと私も思います。あの、お母様。何かご存知ではないでしょうか」
 希月の問いかけに、母親はゆっくりと机の引き出しを指さした。
「娘が以前そこにノートを大事そうに仕舞っているのを見たことがあります。私の視線に気づいて、あの子はこれは私とアンナの二人だけの秘密だから、ママは絶対見ちゃダメよって……」
 紗希は机に近づいた。
「アニタさん、ごめんなさい」
 引き出しを開け、紗希は中からノートを取り出した。ミントグリーン色の表紙には、金色の箔押しが施されている。丁寧にそれを開いて、紗希は中を読み始めた。アンナと交互に書いていたのだろうか。異なる筆跡が交互に現れる。内容は年ごろの女の子らしい話題ばかり、おしゃれの事、お菓子の話、学校での話、そして……。
「う」
 唐突に紗希はノートから目を逸らした。そして勢いよく二、三ページほどめくる。
「御童様?」
『どうしたんですかい?』
 希月とザラディアは首を傾げた。その一方でカイが笑う。
『恋バナでも書いてあったのか?』
「う、うるさいっ」
 そのままの勢いで、紗希はノートを読み進める。最終ページまで来て、特に手がかりがなさそうだと思ったその時、罫線の外側に書かれた小さな文字に気づいた。
【町から出て、黄色の花を辿るの。その先、小川を超えて、ぽっかりと小さく開いた穴の中。私とアンナの秘密の場所】



●伝統のニットを着て
『……何もないな』
 鷹の目を使い、周りの状況を確認していたユエリャン・李(aa0076hero002)はそう呟いた。視界に入ってくるのは、草原、岩山、街の風景、空港。愚神らしき姿も、アニタらしき少女の姿も、見当たらない。
「魔女殿、そちらはどうだ?」
 レーダーユニットとライヴスゴーグルを使い、周囲の捜索を行っている構築の魔女にユエリャンは問いかけた。ゴーグルをつけたまま、構築の魔女は首を振る。
「塒を必要としているかはあれですが活動の拠点はあるかと思うのですが……その痕跡がなかなか見つかりません」
 そんな会話をしていると、町で聞き込みを行っていた拓海とメリッサが戻ってきた。
「そちらはどうであった、拓海」
「事件が起こった日にいつもと変わったことがないか聞いたんですけど、特になかったみたいです」
 肩を落とす拓海にメリッサが笑いかける。
『やっぱり、時間帯と身に着けるものが鍵なんじゃないかしら』
 メリッサが一着のロパペィサを手に取る。それは被害にあったケイリーが着ていたものとよく似ていた。
『ねぇ……同じ物を身に付けると呼び易いかもよ』
「……メリッサ」
『何?』
「欲しいの?」
 拓海の言葉にメリッサは目を細めた。くす、と小さく笑い声を零す。
『あくまで仕事よ』
「ご、ごめんっ」
 拓海とメリッサのやり取りにユエリャンは確かに、と呟いた。そして自分のパートナーである紫 征四郎(aa0076)に目を向ける。
「ユエ?」
『……うん、そうだな。征四郎には青か紫のものが似合うであろう。店主、そのようなものはないか?』
「え、征四郎も着るのですか?」
『その方が良いのではないだろうか。傷の様相が複数、ということは、敵に個体差があるのだと思う』
 は、と征四郎が息を呑んだ。
「小さいの、大きいの、群れでいるもの、そうでないもの……」
『となると、獲物のズレもそのせいかもしれぬ。こちらも体格差をつけた方がいいであろう』
「せっかくだから、可愛いのを着たいです!」
『当然だ』
 征四郎とユエが本格的にロパペィサ選びを始めた横で、オリヴィエは黒地に白の編み込みが施されたロパペィサを身に着けた。よくお似合いですよ、と店主が出してくれた鏡の前に立つ。
 ――流石外見はお兄さん、超似合ってる~。
『……言ってろ』
「よし、これにします!」
 白地に藍色の編み込みのロパペィサを征四郎が手にする。それと同時に彼女のライヴス通信機から紗希の声が聞こえた。ライヴス通信機を持ち、征四郎は応答する。
【アニタさんの手がかりを見つけました。これから希月さんと一緒にそこに向かいます】
「分かりました。こちらは愚神の捜索を続けます。何かあったらすぐに連絡を」
 征四郎は通信を終了した
 思い思いのロパペィサを身に着け、愚神を探すため、そして、おびき出すために皆別々の方向へ歩いていく。太陽は傾き始め、少しずつ夕闇が近づいていた。
 
 

●秘密の場所
「羊を連れた女の子かい? 町の東側に抜けていくのを見たよ」
「そうですか。ありがとうございます!」
 希月はぺこりと頭を下げた。
 アニタの家を後にした四人は道行く人に聞き込みを行いながら、アニタとアンナの秘密の場所に向かっていた。
『もうすぐ夕方ですぜ』
「早く見つけないと」
『黄色い花を辿るんだったな』
「きっとこれのことね。……草原の方に続いてる」
 小さくも目立つ花をつぶさないよう、紗希達は歩いた。あの文章通り、小川が見えてくる。その向こうに見えるのは岩山。
『洞窟があるな』
「ぽっかりと小さく開いた穴の中。間違いないわね」
 紗希はモスケールを起動させた。周囲に愚神の気配はない。それでも気を付けることに代わりはない。
『それにしてもまた俺とカイの旦那は入れなさそうですねえ。お気をつけて、希月様』
「はい、ザラディア様」
『仕方ないな。……マリ、何かあったら大声で呼べよ』
「分かってる」
 希月と紗希は連れ立って洞窟の中に入った。平坦だと思っていた中はすぐに緩やかな下り坂となっていた。めええ、と羊の鳴き声が聞こえる。
「アニタちゃん!」
 希月は一気に坂を下りた。と、少し開けた場所に出る。
 そこには透き通った池があり、色とりどりのアイスランドポピーが咲き誇っていた。天井は吹き抜けのようになっていて、空が見えた。今日最後の太陽の光が池に降り注ぎ、水面がきらきらと光る。
「あ、あなたたち、誰、ですかっ? 何で、ここにっ」
 突然のことにアニタが驚きの声を上げる。側に居る耳に赤いリボンを結んだ羊――ハルドルも警戒したように希月をにらみつけた。
「あ、えっと、私たちは」
「H.O.P.E.のエージェントです。アニタさん、貴方を保護しに来ました。……ご両親がとても、心配しています」
「あ……」
 は、としたようにアニタは空を見上げた。目に入った橙色に事態を把握したらしい。こんなに遅くまで居るつもりじゃなかったのに、と言葉を零す。
「希月さん、皆にアニタさんが見つかったと報告を。後はお願いします」
「はい!」
 紗希は踵を返した。去っていくその背中を見ながら、希月は通信機でアニタの無事を報告した。通信が終わると、アニタの近くに腰を降ろす。彼女にクッキーを差し出しながら、希月は口を開いた。
「アニタちゃん、お友達を失った貴女の気持ちは判ります」
 アニタの側にあるかごの中――編みかけの二つのショール――を見て、更に言葉を続けた。
「でも、貴女まで犠牲になってしまったらきっとアンナちゃんは悲しむと思うんです。そして、ハルドルちゃんも悲しみます。だから私達と共にお家に帰りましょう」
「っ……は、はい」


●そして狼は現れる
 拓海はスマートフォンを片手で弄る振りをしながら、町の東側を歩いていた。既にメリッサとは共鳴済みで、拓海の髪は銀に染まっており、夕日のオレンジ色が重なったことで、言葉では表現しにくい、しかし美しい色を生み出していた。ふと足を止め、拓海は町を見渡す。四十五年前に火山が噴火し、壊滅状態に陥ったとは思えない、穏やかな景色。
 ――綺麗ね。
「ああ」
 ――壊したくないわ。
「絶対に」
 メリッサと会話をしながら、拓海は再び歩き始める。
 その時。
「っ!」
 突然横から飛び出してきた影を拓海は反射的に避けた。距離を取ってから、拓海は相手の姿を確認する。狼だ。しかも大きな。大狼、と呼ぶべきか。
「魔女さんの推測通りだったな」
 今の攻撃を受けたフリをしつつ、拓海は草原を目指す。大狼は拓海が怪我をしたと誤認したのか、仕留めようと容赦なくその爪を振り下ろしてくる。爪の先が拓海の肩を掠めた。わざと顔をしかめ、よろけながら、拓海は町を駆け抜ける。ライヴス通信機で同じく囮になっているオリヴィエに連絡を入れた。
『オリヴィエ君、こっちに愚神が出現したよ!』
【こっちには、来ていない。そっちに行く】
『よろしく!』
 通信を切り、拓海は逃走を続けた。やがて草原が見えてくる。緑の大地に拓海は足を踏み入れた。右方向からオリヴィエがやってきたのが見えて、方向転換した。町側に立ち、オリヴィエと共に大狼と対峙する。二人からの敵意を感じとったのか、大狼が吠えた。すると、子犬のような従魔が二体姿を現して。
『アンナの傷は、こいつら、か』
 手早く状況を皆に連絡し、オリヴィエはウェポンライトを装着したLSRを構えた。拓海も大剣を幻想蝶の中から呼び出す。
「一体も戻さない!」

 同時刻。
 町の北側、夕暮れの道を征四郎は一人、先程選んだロパペィサを着て歩いていた。町長の通達があったせいか、外には征四郎以外誰も居ない。幻想蝶の中にはユエが待機している。
「……これで敵が出てきてくれると良いのですが」
 あまり緊張していては敵に怪しまれるかもしれないと、征四郎は深呼吸をした。すると足取りが少し軽くなる。町の中心を通り過ぎた。
 不意に通信機が鳴り、征四郎は応答する。相手は構築の魔女だった。
【征四郎さん、敵が出現しました。貴女を狙ってそちらに向かっています。数は、二。私もすぐそちらに向かいますね。紗希さんには私から連絡を】
「ありがとうございます」
『やはり、時間帯と衣服が愚神出現の鍵であったか。……ふむ、面白い』
「ユエ、面白がるのは後です!」
 征四郎は町の外に向かって走り出した。敵をひきつけ、攻撃は受けないように細心の注意を払う。
 町の外に出た。
「ユエ」
『ああ、後は我輩に任せるがいい。征四郎』
 青い蝶型の光が征四郎を包み込む。その光が収束すると、そこはユエリャンの姿があった。獲物の突然の変化に愚神――小さな狼(子狼)の姿をした――が戸惑うような素振りを見せる。内一体がおじけづいたのか、逃亡を試みた。しかしそれは一発の銃弾で阻止される。落児と共鳴済みの構築の魔女の妨害射撃だ。そこに紗希がカイと共に駆けつける。
「間に合った! カイ!」
『ああ』
 幻想蝶に触れ、二人が共鳴する。紗希の茶色の髪が黒に染まり、左目が薄い青色に変化した。ほんの少し背が伸びて、纏うは黒一色となる。
『さて、奴らを蹴散らすか』
「脅威を確実に減らしていきましょう」
『我輩にかかれば、造作もない』
 三人が本格的に戦闘を始めようと思った瞬間、遠吠えに似た叫びが響き渡った。三人と対峙していた二体の子狼が唐突に走り出す。その後を追いかけると、既に戦闘を開始していた。拓海の前には既に一体、敵が倒れている。
「今のところ出現しているのは、この五体……いえ四体のみのようですね」
「よし、じゃあ一気に!」
 大剣を構え、拓海は怒涛乱舞を発動させる。敵を次々と攻撃した。従魔が倒れ、子狼にはそれなりに攻撃が通ったようだった。けれど、大狼には当たらなかった。大狼が爪を構築の魔女に振り下ろした。それをユエリャンがカバーリングする。
『この程度、造作もない』
 子狼に向かいカイが大剣を振り下ろす。当たると思われたその攻撃は、ぎりぎりのところで躱された。
 太陽が地平線の向こうに消えていく。けれどオリヴィエが装備しているウェポンライトのおかげで辺りが見えなくなることはなかった。
『ふん、次は当ててやる』
『それなら、小さいのは、任せた』
 オリヴィエはLSRで大狼を狙った。銃弾が確実に大狼の耳を貫く。そのダメージは微々たるものだったようだ。足に力を込めて跳躍し、上からオリヴィエに襲いかかる。そこに構築の魔女がファストショットを放った。その影響で大狼がバランスを崩す。その攻撃はオリヴィエの頬を掠め、ロパペィサを切り裂くにとどまった。愚神に若干の混乱が生じた。その隙を拓海は逃さない。大剣で薙ぎ払う。子狼の一体が絶命する。もう一体の方が拓海の足に噛みつこうとし、失敗した。ユエリャンが大狼に近づき、喉元を狙って攻撃をした。深く、剣先が刺さる。それでもまだ相手は倒れない。
『しぶといものよ』
 カイが一気呵成を使用し、子狼に攻撃する。今度は躱されることなく、子狼に当たった。連続してカイは子狼に大剣を振り下ろし止めを刺す。残るは自分だけになったことに怖気づいたのか大狼が逃げ出した。
『逃がさない』
『その程度で我輩から逃れられるとでも?』
『おいおい、最後の最後でそれはないぜ』
 オリヴィエ、ユエリャン、カイが一斉に大狼に向かう。
 その三人の攻撃を大狼が避けきれるはずがなく。
 断末魔の叫びを上げ、ヘイマエイ島を危険に晒した愚神は滅された。
 



「アニタ! 無事だったのね!」
「アニタ!」
「っ……パパ、ママ……ごめんなさい!」
 両親の腕の中でアニタはわんわん泣いた。めええ、と羊のハルドルが鳴く。その光景を見て、希月もまた安心した。
「何も起こらなくてよかったです」
『希月様が安全なルートを選択したからですぜ』
 ザラディアの言葉に希月は少し嬉しそうに笑う。
「……アニタちゃん。頑張りましたね、もう泣いてもいいのですよ。貴女を悲しませる悪い愚神はもう来ないのですから」
 
 
 

●少女の哀しみに晴れが来ることを
 愚神との戦闘後、万が一のことがあってはと、オリヴィエは島内を巡り、ユエリャンは町の警備に当たっていた。二人の心配は杞憂に終わり、無事に夜明けを迎えた。
 昼近くの時間帯になり、リュカはお菓子を用意し始めた。
「リュカ、何処に行くのですか?」
「アニタちゃんの家にね」
「征四郎も行きます! ちょっと、待ってて下さい!」
 草原に出て、征四郎は何本か花を摘んだ。どれも朝日に照らされキラキラと輝いている。
 二人がアニタの家に着くと、彼女は庭先でハルドルの手入れをしていた。
「あ……希月さんの仲間の」
「そうだよ。お兄さんはリュカって言うんだ」
 自己紹介をしながら、リュカは用意したお菓子をアニタに渡す。直後、征四郎も花を彼女に渡した。
「これ以上の悲劇はもう起こらないだろうけれど、君の傷はすぐには癒えないだろうから。時間隠してくれるまで
ほんの少し傷みを和らげる甘い物を。けれど、痛みを知ったならもう同じ事をしてはいけないよ。君の大切な人にまで、その痛みを与えないように 」
 リュカの言葉の意味を、アニタはゆっくりと、しかし真剣に受け取ったようだった。
「はい」
「うんうん、そこまで強く返事が出来るならお兄さんは安心できるよ」



 その頃、拓海とメリッサ、構築の魔女、落児は町の喫茶店に居た。
「愚神はどうやら、島の東側からやってきたようですね」
「東側……海しかないのに何処から」
『もっと詳しい調査が必要ね。暫くはその辺りを定期的に見回ってもらうようにしてもらったらどうかしら』
「それがいいと思います」
 メリッサの提案に構築の魔女が同意した。拓海も首をしっかりと縦に振る。
『……さて、と』
 メリッサは席を立った。
『拓海。ニットのお店に行きましょう』
「え?」
『お土産と私用にロパペィサお願いね♪』
「……今日は仕事じゃなかったのか!?」
『解決したなら、プライベートよ』
 メリッサはにっこりと笑った。それもそうだ、と拓海も考えを改める。
「魔女さんと落児さんは?」
「私達は暫く、ここでのんびりするわ」
「……ロロ」
 拓海とメリッサは二人に別れを告げ、目的の店に向かった。
「あれ、カイ。それにザラディアさん。どうして店先に?」
『買い物の邪魔だとマリに追い出された』
『希月様があまりにも楽しそうなんで、邪魔しちゃ悪いかと』
 会話に被さるように店の中から、紗希と希月の明るい声が聞こえる。
「御童様には、こっちの赤い方が似合うと思います」
「うーん、それもいいけど、こっちの灰色のも気になって」
 会話の内容にメリッサは目を細めた。
『楽しそうね』
「俺も、ここで待っていた方がいいかな……」

結果

シナリオ成功度 成功

MVP一覧

重体一覧

参加者

  • 『赤斑紋』を宿す君の隣で
    木霊・C・リュカaa0068
    人間|31才|男性|攻撃
  • 仄かに咲く『桂花』
    オリヴィエ・オドランaa0068hero001
    英雄|13才|男性|ジャ
  • 『硝子の羽』を持つ貴方と
    紫 征四郎aa0076
    人間|10才|女性|攻撃
  • 全てを最期まで見つめる銀
    ユエリャン・李aa0076hero002
    英雄|28才|?|シャド
  • 誓約のはらから
    辺是 落児aa0281
    機械|24才|男性|命中
  • 共鳴する弾丸
    構築の魔女aa0281hero001
    英雄|26才|女性|ジャ
  • 革めゆく少女
    御童 紗希aa0339
    人間|16才|女性|命中
  • アサルト
    カイ アルブレヒツベルガーaa0339hero001
    英雄|35才|男性|ドレ
  • 苦悩と覚悟に寄り添い前へ
    荒木 拓海aa1049
    人間|28才|男性|防御
  • 未来を導き得る者
    メリッサ インガルズaa1049hero001
    英雄|18才|女性|ドレ
  • 光明の月
    希月aa5670
    人間|19才|女性|生命
  • エージェント
    ザラディア・エルドガッシュaa5670hero001
    英雄|25才|女性|ドレ
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