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ビールだ! ヴィランだ!? 春祭り!

和倉眞吹

形態
ショートEX
難易度
やや易しい
オプション
参加費
1,500
参加制限
-
参加人数
能力者
4人 / 4~10人
英雄
4人 / 0~10人
報酬
普通
相談期間
5日
完成日
2018/05/18 19:12

掲示板

オープニング

 春の祭り――ドイツのそれと言えば、ミュンヘンや、シュトゥットガルトで行われる“フリューリング・フェスト”が知られている。
 オクトーバー・フェストよりやや知名度は落ちるが、似たようなビールの祭典で、特にここ、シュトゥットガルトは最大規模らしい。
 ビアホールの他、食事の屋台や、移動遊園地なども設営され、ちょっとしたお祭り気分が味わえる。

 その近郊にあるH.O.P.E.支部では、臨時のミーティングが開かれていた。
「皆様に集まって頂いたのは、他でもありません。先日から、シュトゥットガルトで開かれている、フリューリング・フェストについてです」
 エージェント達に説明する女性オペレーターに、エージェントの一人が手を挙げて訊ねる。
「それって何ですか?」
「オクトーバー・フェストに似た、春のビールの祭典です。そこで、今回小物のヴィランの出現予測が提示されました。プリセンサーの予測によると、どうやらスリのようです」
 小物のヴィラン、などと言われると、まるで天気予報のノリだ。
「今回のフェストが始まってから、主催側からも、H.O.P.E.に警備をして貰えないか、という打診は受けていました。何だかんだ、人出が多い所でトラブルは起きるモノですからね。そのトラブルが、従魔愚神、ヴィランが絡んでいるか否かはこの際置いておきますが」
 こう挟んで、オペレーターは言葉を継ぐ。
「そういう訳で、何か怪しい動きをする人がいたら、ヴィランであろうとなかろうとふん捕まえて下さい。お手すきの時は、自由にイベントを楽しんで頂いて構いません」
 やや乱暴な理論で話を締めたオペレーターは、「以上、解散!」と言って、エージェント達に出動するよう手で促した。

 ヨーロッパを股に掛けるこそ泥・ティム=アリスは、この日も勤勉に仕事をしていた。今日立ち寄ったのは、シュトゥットガルトのフリューリング・フェストだ。
 期間は、大抵毎年四月の下旬から五月の上旬。
 今年も既に祭りが始まっている会場は、今日も大勢の人で賑わっている。
 しかも、こういった屋台の出ているイベント会場では、懐のみならず、腹まで満たせる。
 これまでも散々盗みを働き、泥棒がライフワークになりつつあるティムは、その仕事の過程で一度も人様を傷つけたり、殺したりしていない事が誇りである。その誇りを守れるのは、英雄である相棒・ロナのお陰とも言えた。
(今日は、ビールも飲ませてくれるんでしょ?)
 既に共鳴中のロナが、ウキウキした声音で問う。
(ああ。だが、軍資金がなきゃ、腹も満たせん。まずは、懐の腹拵えからだ)
(りょーかいっ)
 能力者としての超人的な力を以てすれば――特に、ロナ独自の能力を使えば、そこにいても、背景に同化してしまう。というより、その場にいながら“いる”と認識されないのだ。
 その為、人に気付かれず、且つ傷つけずに財布を抜き取るくらいは造作もない。
 ただ、今日のティムには、あまりにも運がなかった。最初のターゲットの鞄から、堂々と財布を抜き取った、瞬間。
「おーじさんっ! そこで何してるの?」
 盛大に呼び掛けられて、ティムの心臓はひっくり返る。直後には、猛然とダッシュしていた。
 勿論、しっかりと獲物は握ったまま。

解説

〔〕内は、PL情報。PCがこれを知るには、何らかの行動が必要。

▼目的
・ヴィランの確保
・会場警備
・イベントを楽しむ

▼登場
◆ティム=アリス(30)…ヴィラン。
仕事はこそ泥。人を殺傷しない、が信条。
〔AGW不所持。共鳴する事で、存在を薄くする事が可能。
容姿:無精髭。角張った楕円形の輪郭。短髪。黒髪。黒い帽子。垂れ目。身長175cm程。黒い上着に、黒いズボン。〕

◆ロナ(20)…悪戯好きの英雄。この世界に来て、最初に出会ったティムに、誘われるまま誓約。
〔能力:その場にいながら、他人に存在を認知させないようにする事が可能。但し、存在を消す力は一般人にしか通用せず、能力者には丸見え。能力者が英雄と共鳴すれば、よりはっきり(普通に)見える。攻撃は、スキル頼み〕

▼状況
フリューリング・フェスト会場で、エージェントの一人が声を掛けたティム(この時点では名前不明)が、すった財布を一つ持ったまま、猛ダッシュ・逃亡中。
顔を見たのはそのエージェント一人(エージェントが誰になるかは、お任せします)。

▼フリューリング・フェスト。
◆概要は、OPにある通り。

◆出店:いずれも複数店
・ビアホール…ドイツでは、16歳からビールOK。
・食事処…ソーセージ、シュパーゲル(白アスパラガス)などのドイツ料理が主。
・雑貨屋…陶器、洋服など。
・移動遊園地…普通の遊園地とほぼ変わらない遊具やアトラクション。
・カフェ・スペース…スイーツもあり。
・食事処、カフェ・スペースには、ワイン、ソフトドリンクを扱う店もあり。

▼備考
〔◆ティムは指名手配中。
と言っても、そんなに重篤な犯罪者ではない。但し、人相も名前も年齢も不明。警察の間では、『ファントム』というコードネームで呼ばれている。『被害だけが後に残り、死傷者・目撃者ともにない』というのが由来。〕

◆食事、遊び等で代価を支払う事で、アイテムが増えたり、通貨が減る事はありません。

リプレイ

 皆月 若葉(aa0778)とラドシアス(aa0778hero001)に向かって、家族連れが頭を下げる。
 両親からはぐれていた少女を、無事両親の手に戻して、若葉はホッとしたように息を吐いた。
 直後、繋げた状態にしてある通信機から、愛らしい少女の声音が聞こえる。
〈こちら征四郎、異常ありません!〉
「了解」
 覚えず微笑ましい気分になって、若葉は向こうに見えない通信機のこちら側で、笑みを浮かべた。
 今回、H.O.P.E.の任務で共に来た仲間の一人、紫 征四郎(aa0076)は、幼い少女だが、立派なエージェントだ。
「それにしても、中々見つからないね、スリのヴィラン」
『人が多い場所には付き物だが……』
「お祭りが台無しだよね」
 若葉は、眉尻を下げて、肩先を落とす。
『若葉』
 その時、不意に名を呼ばれて、若葉は顔を上げた。早々に発見かと思ったが、視線の先にあったのは、酒が入ったことによる小競り合いだ。
 警備も仕事の内なので、若葉は溜息を吐きつつ、ラドシアスと共に仲裁に向かった。

「こちら征四郎、異常ありません!」
 肩車してやった征四郎が、頭上で叫ぶのを聞きながら、ガルー・A・A(aa0076hero001)は、『早くひと段落させてビール飲みたい』と呟いた。
 折角のビール・フェスト――もとい、フリューリング・フェストだというのに、どこぞのおバカなヴィランが、今日この会場でスリを働くという。
 全く、迷惑な話だ。被害者にとっても、ビール好きのガルーにとっても。
 会場警備も込みの依頼なので、すぐ共鳴できる状態で、ガルーは人通りの多い場所を歩いていた。道をきちんと確認する為だ。地図は一応、ここへ来る道すがら頭に入れてあるが、実際に現地を歩くと、また感じが違うものだ。
 肩車している以上、自由に歩き回っても、小さな彼女とはぐれる心配もない。
「あっ、ガルー! あのお店のスイーツ、美味しそうです!」
 すると、ガルーの肩の上から、同じく道を確認していたであろう征四郎が、ガルーの頭部を軽く叩きながらカフェを指さす。甘味に目を惹かれる所は、年相応の少女だ。
 クスリと小さく笑いを漏らしながら、ガルーは、『OKOK、あとで来ような』と頷いた。

 征四郎の報告に耳を傾けながら、既に相棒の墓場鳥(aa4840hero001)と共鳴を済ませたナイチンゲール(aa4840)は、一般客を装い、油断なく目を光らせていた。
 プリセンサーからの報告、という話ではあったが、具体的な特徴の説明は、特にはオペレーターからはなかった。プリセンサーも万能ではないから、人相などまでは見えないことも珍しくはない。
 一般人も多いため、武器は持たずに警戒に当たる。
 と、その時、いかにも怪しんで下さいと言わんばかりの、黒ずくめの男が目に入った。
(グィネヴィア)
 墓場鳥も気付いたのだろう。脳内で、ナイチンゲールの名を、いつものように本名で呼んだ。
「うん」
 小さく頷いて、ナイチンゲールも男の動きに注視する。
 男は、周囲を警戒する様子もなく、一人の女性の鞄に、堂々と手を突っ込んだ。驚いたことに、女性はそれに気付かない。
 やがて、鞄から引き抜かれた男の手には、明らかに財布と思しきモノが握られている。
 滑るように肉薄したナイチンゲールは、「おーじさん!」と陽気に呼び掛けた。
「何してるの?」
 ビクリと身体を震わせた男は、固まった顔でナイチンゲールと視線を合わせ――一言も発せず、回れ右をし、猛然とダッシュした。

〈全員に伝達! 只今、移動遊園地前屋台にて、窃盗事件発生、犯人は移動遊園地内、落下系絶叫マシン方面へ向かって逃走し、追跡中! 応援宜しく!〉
『了解。犯人の特徴は?』
 通信機からの報告に、オリヴィエ・オドラン(aa0068hero001)は問うた。スリ確保に備え、相棒の木霊・C・リュカ(aa0068)とは共鳴済みだ。
〈無精髭に、輪郭は角張った感じの楕円形っていうか、面長? かな。で、多分髪は短い〉
〈多分って?〉
 訊ねたのは、若葉の声だ。
〈黒い帽子被ってたんだもん! 多分髪も色は黒で、垂れ目。衣服は黒い上下、身長は175センチくらい!〉
『了解』
 オリヴィエは、前もって確認しておいた会場地図を思い浮かべる。
『各人の位置を教えてくれ。違う方向から回り込んで、人が少ない場所へ追い込む』
〈こちら皆月。丁度、遊園地の裏手〉
〈俺様達は、会場の真ん中辺りだ。すぐ向かう〉
〈私は遊園地の中突っ切ってるトコ! もうすぐ、ホシがエリアの外に出るよ〉
〈じゃあ、俺はこのまま回り込むね!〉
『分かった。ガルーはどの辺から出られそうだ?』
〈中央にでかいビアホールが二つ並んでるだろ。その周りにある小さい店舗の隙間から、道に出る〉
 各人の位置を確認したオリヴィエは、『了解』と短く答え、ヴィランを囲い込むルートへ足を向ける。
(オリヴィエ)
 すると、共鳴中は滅多に表に出て来ないリュカが名を呼び、一言、釘を刺すように続けた。
(追跡中、武器はしまってね。他の人が怖がるといけないから)
(分かってる)
 脳内でだけ短く答え、オリヴィエは地を蹴った。

 ナイチンゲールの連絡を受けた後、ガルーも征四郎と共鳴し、駆け出した。
 基本的に武器は使わず、攻撃行動も極力控えるつもりだ。
『レディお二人に怪我はねえかって、征四郎が訊いてるぜ』
〈お気遣い感謝しまーす! 今のところ無事でっす〉
 だが、陽気に返って来た彼女の声は、すぐに曇った。
〈でも、おかしいんだよね〉
『何が?』
〈だって、スリやらかしてる現場に、結構人いたんだよ? けど、あんなに沢山の人がいて、誰も気付いてなかった……〉
『……そりゃ、確かに気になるな』
 H.O.P.E.の支部に照会して、と続けたガルーに、ナイチンゲールの声が〈あ、それは平気〉と遮る。
〈何かね、それらしい話は聞いたコトあるんだ。警察のほうの犯罪者リストの情報でね。何でも、顔も名前も年も不明で、“ファントム”ってコードネームで指名手配されてる泥棒がいるって〉
〈ファントム?〉
 オリヴィエの声が、鸚鵡返しに問う。
〈そう。“死傷者も目撃者もなく、ただ窃盗の被害だけが後に残る”ってトコから付いたらしいよ〉
 そして、ナイチンゲールが目撃した、誰も気付かない犯行現場は、まさにそれと合致する。
『ってコトは、恐らく俺様達が今追ってるのは』
〈きっとファントムだよ〉
 頷くように、ナイチンゲールが答えた。

 仲間との会話を耳で拾いながら、若葉は未だラドシアスと共鳴はせずにいた。まずは標的を捕捉しなくてはならない。捜すには、目が多い方がいい。
「黒ずくめで、黒髪、無精髭の……」
 ブツブツと口の中で繰り返しながら人混みを注意深く見回していた若葉は、情報と合致する男を見つけた。
「あ、いた」
『……件のヴィランか』
 ラドシアスと共鳴すると、まっすぐ相手に向かって駆け出しながら、黒猫の書から魔力の猫――通称“タマさん”を顕現させる。
 相手も気付いたらしく、遊園地エリアへ逆戻りしようとするが、そのまま若葉に背を向ける形でダッシュした。
 程なく、遊園地エリアから、ナイチンゲールが飛び出して来る。
「やばっ! そこまっすぐ行って左折するとすぐ、地下鉄出入り口があるよ!」
 下手をすると逃げ込まれてしまう。

『任せろ!』
 ガルーは走る速度を上げ、通常買い物をする為に使う通路を逸れた。
 店舗が、それぞれ背を向け、コの字型に空いた空間に出て、地下鉄出入り口が見える位置まで駆ける。
 今回のフェスト会場は、一応出入り口は決まっているが、その気になればどこからでも会場に出入りできてしまう。袋小路がないのが厄介だが、そういう立地なのだから仕方がない。
 若葉の言った、地下鉄への出入り口へ視線を投げる全身黒い服装の男――ファントムを見つけたガルーは、うまく人が周囲にいない瞬間を狙って、サンタ捕縛ネットを投げつけた。
「うわぁあ!」
 突如、上から降ってきたプレゼント靴下を、ファントムは意外にも見事な反射神経を発揮して避ける。地面へぶつかった靴下は、虚しく、無駄にネットを広げた。
 しかし、ネットを避ける間に、三方から、ガルー、ナイチンゲール、若葉がジリジリと迫り、ファントムにほぼ逃げ場はなくなる。
 更に、若葉の手から放たれた黒い猫が、軽快な身のこなしで人の合間を縫うようにファントムへ接近し、彼の逃走を阻むように足下を牽制した。
 ナイチンゲールは、ここぞとばかりに守るべき誓いを発動するが、ファントムの方はオロオロと逃げ道を模索するばかりだ。
 このスキルには、攻撃行動を強制させる力はない。相手がヴィランとなると、中には喧嘩っ早く向かって来ない者もいるから、それも仕方がなかった。
 しかし、ファントムが足を踏み出そうとする度に、若葉の使役する黒い猫が、威嚇するように“シャーッ!”と牙を剥く。
 それにビクリと怯えつつも、ファントムは、どうにか黒猫の隙を突いて回れ右し、店舗の僅かな隙間に身体をねじ込ませた。
「タマさん!」
 若葉が叫び、テレポートショットの複合攻撃を仕掛けた。黒猫が答えるように「にゃーん♪」と一声鳴いて、ファントムの後を追う。
 “ひぇええ!”という、何とも哀れな悲鳴が裏手から聞こえた。
 直後、遅れてやって来たオリヴィエが、ファントムと同じ経路で店舗の裏手へ滑り込む。尻餅を突いたファントム以外に人がいないのを見澄ますと、『全員、目を閉じてろ!』と低く落とした。
 通信機を通じて聞こえたオリヴィエの忠告に、三人が従った瞬間、フラッシュバンを炸裂させる。
 効果が薄れた頃を見計らい、三人は目を開けると、各々、急いで同じように裏手へ足を踏み入れた。
 肉球パンチをペシペシと繰り出す黒猫と、実はそれを触りたい衝動を必死で無視して身構えるオリヴィエに、ファントムは目を押さえながらブンブンと手を振り回している。
 すかさず、ナイチンゲールが飛びかかって、ファントムをうつ伏せに押さえ込んだ。
「降参する? おじさん」
『神妙に縄につけ、という奴、だな』
(……そんな言葉、どこで覚えたのオリヴィエ)
 呆れたようなツッコミが、オリヴィエの脳内にだけ響く。
「くっそ……!」
 一方、口汚く喚いたファントムは、ここへ来て往生際悪くナイチンゲールの拘束から抜け出そうとしたらしい。
 自由の利く手を空に掲げたが、彼の何らかの反撃準備は、ガルーの突きつけた大剣の切っ先によって停止する。
『いい加減観念しろ。コソ泥程度で足一本持ってかれるのは割に合わねぇでしょ』
 青ざめて震え出すファントムに、本当に斬り掛かるとでも思ったのか、征四郎が、
(ガルー! ダメですからね!)
 と半ば本気で叫ぶ。
 いや脅しだけだし、と脳内で返すと同時に、ファントムは白旗を揚げた。

 会場側に掛け合って、借りたテントの片隅で、ファントムは共鳴を解き、大人しく座っていた。隣には、英雄と思しき女性も、ちょこんと所在無げに座している。
 今、男のほうは、取り押さえられた際に擦りむいた傷を、ガルーのケアレイで治して貰っている。
(それにしても、こんなに美しい方がファントムの英雄だったとは! 付かぬ事ですが、お名前など伺っても?)
 当然、征四郎の声は、ガルーにしか聞こえない。
『……それを俺様が訊かなきゃいけないのか?』
 ボソリと口に出したそれを、ファントムを始めとする全員が聞きつけて、ガルーに注目した。
「何の話?」
 皆を代表するように、ナイチンゲールが問う。
『ああ、いや……捕まえる時に転がして使おうと思って買ってたビール缶が無駄になったと思って』
 さり気なく話題を逸らしたガルーに、共鳴を解いてその場にいたリュカが、「家に持って帰ってもいいじゃない?」と小首を傾げてにこやかに言った。
「でも、随分気が小さいというか……割とギリギリまで抵抗しなかったよね」
 若葉もファントムを覗き込むようにして口を開く。こっちに向かってきたら、盾でも振り回さないといけないかと思ってたのに、と続けると、ファントムの相棒である女性が、「ホント、そこが煮え切らないの!」と同調するように、テーブルを叩いた。
「いつでも反撃できたのにさ!」
「……仕方ないだろう。周りには関係のない人もいたんだ」
 肩を窄めたファントムは、俯き加減で相棒を見やる。
「俺の信条は、ロナだって知ってる筈だろ。仕事の過程で、絶対に人を傷つけたり殺したりしない。これが誇りだし、それを守れたのはロナがいたからだ」
「それは……」
「でもねぇ。それ、胸張って言えないと思うよ?」
 はい、といつの間に買ってきたのか、リュカが二人の前にジョッキを置いて、「これ、奢りね」と言いながら続ける。
「もしもの話だけどさ。君が盗った財布の中に、その人の大事な薬とかが、入ってたらどうする?」
「え……」
 ファントムが顔を上げ、ロナと呼ばれた英雄もリュカを見た。
「君が盗ってる間に、発作がきちゃって、間に合わなかったら?」
 すると、二人は戸惑ったようにお互いの目を見交わす。そして、リュカに向き直ったファントムは、「いや、だってそんな事、今までなかったし」と俯きがちに言って、唇を尖らせた。
 しかし、リュカはニコリと笑って「だから、もしもの話だよ」と挟んで続ける。
「君が財布を盗った事で、その人が死ぬかも知れないんだよ? 間接的な殺人だよねぇ……」
 ほうっと吐息を漏らしながら、リュカは目を伏せた。
 ファントムのみならず、その場にいた全員の背筋に、冷えたモノが走る。
「……ふふ、少しはゾッとしてくれたかな?」
 伏せていた目を上げて、またにっこりと微笑む顔は、何故か恐ろしい。
 先刻、ガルーに剣を突きつけられた時と同じように、ファントムは真っ青になっていた。ロナも、右に同じだ。
 こそ泥をしていても、人の死までは望んでいない、という点では、まだ救いがあるのかも知れない。
「運が良かっただけ、今まではね。悪いことは跳ね返ってくるよ、気をつけて」
 ポン、と軽くファントムの肩先を叩くと、「もう悪いことしたらめっ、ですよ」と、いつの間にやら共鳴を解いてそこにいた征四郎も頷く。
「じゃ、落ち着いたトコで、あんたのプロフィールは?」
 ナイチンゲールに正面から見据えられて、ファントムは俯くと、「ティム=アリス」と答えた。
「もう30になるんだ。この年まで泥棒して生きてきて、今更他の生き方なんて……」
 言いながら、ティムと名乗ったファントムは、リュカが奢りだと言ってそこに置いたビールのジョッキを、拘束された両手で、飲みづらそうにしながらも傾ける。何やら、すっかり投げやりになっているようだ。
 それに頓着せずに、ナイチンゲールは「それで?」と言って正面へ腰を落とす。
「それでって?」
「プロフィール訊いたのに。名前と年以外のコトは?」
「身長、体重、生年月日が訊きたいの?」
 ロナが口を挟む。
「性別は見ての通りだし」
「じゃあ、あんたは?」
 口を開いたロナに、ナイチンゲールが水を向けた。
「あたし?」
「そう」
「あたしはロナ。年は20歳。前の世界の記憶はないわ。気付いたらこの世界にいて……で、最初に出会ったのが、ティムだったの。お仕事、楽しそうだったから誓約した。それだけよ」
 淡々と言って、ロナは肩を竦めて、自分もチビリとジョッキからビールを啜った。こんな状況では「んまいっ」とは言い難い。
「じゃあ、最後に、お財布出して」
「お財布?」
「そう。さっきスったお財布! まだ持ってるんでしょ?」
 ナイチンゲールが手を出すと、またもファントム、もといティムとロナは不満げな、それでいてばつの悪そうな顔をした。が、ここまできたらジタバタしても仕方ないとは思っているようだ。
 ティムが、ボトムの後ろポケットを示すと、ロナがそこをモゾモゾと探った。二人とも、既に前で両手を手錠で拘束されており、ティムは後ろポケットには手を回せなかったのだ。
 やがてロナが、取り出した財布をナイチンゲールに差し出す。
「他には?」
「今日の獲物はそれ一つだ。本当だよ」
 ティムは、またジョッキを煽る。
「中のモノ何か、盗ったりしてない?」
「してねーよ! その後すぐあんた達と追っかけっこしてたじゃないか」
 ドン! と逆ギレ気味に置かれたジョッキの中身は既に空だ。ヤケ酒の勢いである。
「じゃあ、一斉放送掛けて貰って、お財布のない人に来て貰おうよ」
 若葉が提案するのを、ナイチンゲールが止める。
「待って。免許証とか、何か身元が分かるもの、入ってるかも」
 幸い、彼女の予想通り、中には免許証が入っていた。
 被害者の名を確認した若葉は、「じゃ、ピンポイントで呼び出し放送して貰うよ」と、その財布を持って、ラドシアスと共に踵を返す。
 その時、若葉と入れ違いに、通報しておいた関係機関の職員だと言って、数名の男性が現れた。
「ご苦労様です」
「お疲れ。この二人と……後、これ」
 数人の中の頭と思しき男性に、いくらかの札を渡すと、男性は首を傾げた。
「これは?」
「その二人に、もう一杯奢ってあげて。今日はフェスだから」
 ウィンクすると、他の職員に連行される二人の後ろ姿に「ティム、ロナ」と声を掛ける。
 どこか不服そうな表情で振り返る二人に、やはり頓着せずに「出所したらH.O.P.E.を訪ねなよ」と続けた。
「報告がてら、後で話を通しておくからさ」
「え……?」
 二人は、同時にぽかんと口を開けてナイチンゲールを見つめ返した。
 ナイチンゲールは、小さく笑って肩を竦める。
「そしたらもう食いっぱぐれないし、追われることもない。正義のヒーローっていつも人手不足なんだ。……スネに傷のある人も沢山いるから」
 まだ唖然としている二人に、征四郎もにっこり笑って口を添えた。
「そうですよ! H.O.P.E.でなら能力者としての力を生かせますし、ちゃんと働いて食べた方が、ヴルストもおいしいのです」
 ちなみに、ヴルストとは、ドイツ語でソーセージのことを言う。
 無言で顔を見合わせる二人を、関係機関職員達が、せっついて連行していく。
 ヴィラン二人がテントを出る頃、窃盗被害者の名前と、インフォメーションセンターへ来てくれるようにという場内放送が流れるのが、テント越しに聞こえた。

「あっ、ワカバ! こっちなのです!」
 人混みに困らないよう、リュカの手を引いて席を確保していた征四郎は、買ったものを抱えて歩いていた若葉に手を振る。
 今は、全員が共鳴を解いて、思い思いに食べ物や飲み物を手に、テーブルの前に腰を下ろしていた。
 成人陣は殆ど、飲み物はビールだ。
「ごめんごめん、遅くなって。やっぱり混んでるねぇ」
 若葉は、仲間達の前に、買い込んできた料理を置いた。
 内容は、ソーセージにシュパーゲル、フラムクーヘンにワッフル、エトセトラ。
『……買い過ぎだろ』
 ラドシアスが呆れて目を細めるが、若葉は気にしていない。
「えー、だって、折角のお祭りだよ?」
 えへっ、と笑み崩れるのはいつものことで、ラドシアスもそれ以上は言わなかった。言うだけ徒労というものだ。
「じゃっ、皆さん。犯人確保、お疲れさまー! かんぱーい!」
「かんぱーい、なのです!」
『……お疲れ』
 ラドシアスも、手に持ったビールを軽く掲げて呟く。
 征四郎とオリヴィエの持つ大きめのグラスの中身は、ソフトドリンクだ。
 ドイツ国内では、ビールは16歳から飲めるが、その年齢にも達していない征四郎は、まず買ってきたパイナップルジュースを一口頂く。
 ふと見上げると、先日までソフトドリンク仲間だった若葉は、周囲と同様、ジョッキを傾けていた。
「ワカバは大人になったのですね……!」
 何故か感無量で、目をキラキラさせる征四郎を、若葉も見つめ返す。
「うん。今月20歳になったトコだから、実は初ビール」
「ええっ、そうなの?」
 それを聞きつけたリュカが、「じゃ、とりあえずビール、まずビールだよ!」と、ぐいぐいとジョッキを押し付けに来た。満面の笑みで。
 ナイチンゲールまで、「おめでとうございます!」とビールの瓶を傾けてお酌してくれた。
 何故か、隣にいた知らないおじさんからもお代わりを貰って、ハイペースに飲まれた若葉は、すっかり笑い上戸と化していた。
 やがて流れ始めた陽気な音楽に合わせて、周囲と一緒になって乾杯の歌を歌っている。
 “プローストッ!”を合い言葉のようにしきりに口にしながら、向かいの席に向かって、「これ美味しいよ、ナイチンゲールさんもどう?」などとジャガイモ料理を勧めている。
「頂きます」
 と頷いて、料理を口に入れながら、ナイチンゲールは、
(これまであんまり接点はなかったけど、何となく人がよさそう)
 と若葉を評していた。そして、共通の友人が多く、気を使うタイプだ。多分。と内心で続けながら、自分もビールを傾ける。
「ナイチンゲールちゃんも、なーちゃんも、飲んでるー?」
 その横から、リュカは自分のジョッキを手に話しかけた。
 ナイチンゲール達とは、いくつかの依頼を共にこなしたことがあるが、リュカにとってはほぼ初対面と言っていい。
「あ、はい、あの……もう一人の英雄さんとはSNS友達なんですけど」
「へー、そうなんだ」
「はい。いつも写真が微笑ましくって……楽しく拝見してるんですよ」
「ふふーふ、これからも仲良くしてあげてね。ところで、食事処の方からソーセージとか買ってこようか」
 見たところ、食べ物飲み物、共に少なくなっている。
「え、あの……いいのかな」
「いーのいーの。美しいお嬢様方には勿論奢りですとも!」
 ぐっ! と親指を立てるリュカの背後で、オリヴィエが『買いに行くのは俺なんだけどな』と、ボソッと不満げに呟いた(実は、さっきリュカが、ヴィラン二人に奢ったビールも、買いに足を運んだのはオリヴィエだ)。しかし、それはリュカの耳を素通りしたらしい。
 「んじゃ、オリヴィエ、おつまみとビール、追加ね」と代金を渡される。
 酒飲みのハイペースっぷりに少々辟易としつつ、オリヴィエは、先刻から買い物や片付けに、積極的に動いている。この時も、結局文句を言い直さず、ついでに空になったジョッキやグラスを持って席を立った。

 他方、ソーセージを片手に、征四郎の持つグラスの中身は、いつの間にかオレンジジュースになっていた。
 ふと上げた視線が、墓場鳥のそれと合う。
 彼女は、静かに飲みながら、征四郎を気遣っていた。
 征四郎は、年齢的に多感な時期だ。その年頃に今の情勢では、彼女なりに色々と思うところもあるだろう。
 目が合った瞬間、優しく微笑されて、征四郎は嬉しくなって微笑を返した。
 お酒の飲めるレディって格好良い、と密かに見とれていたところだった。
「あっ、あのっ、これ! おいしかったですよ」
 何か言わなければ、と今し方食べていたソーセージと同じものを、そっと差し出す。事実、美味しかったのだ。
「そうか、ありがとう。いただくよ」
 再度、微笑して言われて、ますます嬉しくなってしまう。何だかんだ、征四郎の年頃の少女は、年上の女性に憧れる時期だ。
 年下へのさり気ない気遣いが、また格好良く思えて、征四郎は笑み崩れながらオレンジジュースを煽るように干した。

『リーヴィ』
 背後から呼び掛けられて、オリヴィエは足を止めた。
 誰かは、確かめなくても分かっている。ガルーだ。
 ビアホールを出る直前で追いついてきた彼は、『半分持つよ』と言って、オリヴィエの手から、数枚重なった皿を取り上げる。
 片手が空いたオリヴィエは、もう片方の手で四つ持っていた空ジョッキを、二つずつ両手に振り分けた。
『……そう、言えば』
 店までの道中、ふと言いそびれていたことを思い出し、口を開く。
『ん?』
『言って、なかった、な』
『何を?』
 訊かれて、思わず言いよどむ。いざ言うとなると、こういうことはどうしても照れが先に立ってしまうのは、どうしようもない。
『あの、だから』
 誕生日おめでとう、と口早に、モソモソッと、聞こえるかどうかも危ぶまれるような声量で、どうにか告げるのには成功する。
 聞き返されたらどうしよう、もう一度言い直す勇気はない、などと胸の内でグルグルしていると、頭にポンと掌の感触が降りた。
『ん、ありがとな、リーヴィ』
 ガルーの耳は、ちゃんとオリヴィエの祝いの言葉を聞き取っていた。
 酒が入ったことによる機嫌の良さも手伝い、彼の気持ちに感謝しつつ、頭をわしゃわしゃと撫で回す。
 店に着く頃、離れる掌に、少し寂しく思いながら、オリヴィエはガルーと共に、空になった食器を店舗へ返した。そして、リュカに渡された金で、新しくツマミと飲み物を買い足した。

 ビアホールに戻ると、若葉とナイチンゲールはすっかりできあがって、周辺の見知らぬ人たちと相変わらず乾杯の歌を歌ったり、“プローストッ!”を繰り返している。
 なぜか、征四郎まで一緒にハイになってしまっている。彼女の手にしているのは、明らかにオレンジジュースなのだが。
 そこへ、リュカがまた悪のりという名のサポートで、「せーちゃん、そろそろこれで酔いを抑えてこ」と炭酸水をそっと渡している。
 「あ、ありがとうなのです」とナチュラルに受け取る征四郎を、墓場鳥は変わらず、静かに見守っていた。そうしながら、相棒のナイチンゲールの飲みっぷりには顔を顰めている。
『早いなぁ、宴もたけなわになるのが』
 言いながら、ガルーも座り直して、新しく買ってきたビールをまたチビチビ啜り出す。
 オリヴィエが、無言で皆の前に、食べ物の皿を置くと、リュカが「あっ、ありがと、オリヴィエ」と手を挙げた。
『そう、言えば……いない、な』
「え、誰が?」
『ラドシアス』
『あれ、そう言われれば』
 ガルーも目を上げて探すが、できあがった若葉の傍に、相棒の姿はない。
「少しまた巡回に出てくると言っていたぞ」
 中身の減ったガルーのジョッキにビールを継ぎ足しつつ、墓場鳥が答える。
「ほーんと、気ぃ使いさんですよねー……あれ? それって若葉さんのほうでしたっけ……」
 ほぼ潰れながら言ったナイチンゲールは、遂にテーブルに突っ伏した。
「愚か者め」
 事後処理を思って、頭痛を覚えた墓場鳥は、せめてもの意趣返しとばかりに冷ややかに吐き捨てる。
 若葉のほうは、意外に強いのか、それとも飲む量をセーブしているのか、相変わらずはしゃいではいるが、周囲に迷惑を掛けない程度に留まっていた。

 ガルーが泥酔してうとうとし始める頃、ラドシアスがひょっこりビアホールへ戻って来た。
「あー、ラドシアスだ。どこ行ってたのー」
 酔っぱらいの口調で、若葉が迎える。
『今回の任務は、警備も込みだったからな。少しだけ回って来た』
 若干呆れたように目を細めるラドシアスも、飲んでいる筈なのに、まるで酔っていない風情だ。
『いい加減飲んだなら、そろそろ帰るか?』
 誰に向けてということなく言うと、墓場鳥は「そうだな」と同意しつつ、すっかり寝入ってしまったナイチンゲールを背に担ぐ。
「……うーん? 楽しかった……気がするけど、記憶が曖昧」
 ブツブツ呟く若葉に、ラドシアスは『飲み過ぎだ、阿呆』と容赦なく断じた。

 仲間達から少し離れた場所では、ナイチンゲールと同じように、ガルーが完全に寝に入っていた。そんな彼の寝顔を、オリヴィエは、頬杖を突いて覗き込みながら、ふと口を開く。
『   』
 こっそり告げた好意は、夢の中のガルーには届いていないだろう。
『……予行演習、だから』
 別に、今伝わらなくとも構わない。
 一人満足すると、オリヴィエは、周囲にそれと分からぬほど微かに、笑みを浮かべた。

結果

シナリオ成功度 成功

MVP一覧

重体一覧

参加者

  • 『赤斑紋』を宿す君の隣で
    木霊・C・リュカaa0068
    人間|31才|男性|攻撃
  • 仄かに咲く『桂花』
    オリヴィエ・オドランaa0068hero001
    英雄|13才|男性|ジャ
  • 『硝子の羽』を持つ貴方と
    紫 征四郎aa0076
    人間|10才|女性|攻撃
  • 優しき『毒』
    ガルー・A・Aaa0076hero001
    英雄|33才|男性|バト
  • 共に歩みだす
    皆月 若葉aa0778
    人間|20才|男性|命中
  • 温もりはそばに
    ラドシアス・ル・アヴィシニアaa0778hero001
    英雄|24才|男性|ジャ
  • 明日に希望を
    ナイチンゲールaa4840
    機械|20才|女性|攻撃
  • 【能】となる者
    墓場鳥aa4840hero001
    英雄|20才|女性|ブレ
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