本部

地中海の異変を探れ

一 一

形態
ショートEX
難易度
難しい
オプション
参加費
1,500
参加制限
-
参加人数
能力者
8人 / 4~8人
英雄
8人 / 0~8人
報酬
普通
相談期間
5日
完成日
2018/05/20 20:43

掲示板

オープニング

●地中海に生ずる氾濫

 ザアアァァ――

 この日、イタリア北西部の都市ジェノヴァには朝から雨が降っていた。
 雨期が過ぎつつある時期なのに降雨量は多く、リグリア海へ何度も突き刺さる。

  ザザ ザザザ
 ザアアァァ――

 雨と同時に風も強く、波は自然と高くなって荒ぶる海。
 地面や海から立つ雨音や、海面を何度もひっくり返す波の音がとても激しい。

 ザアアァァ――
   ザザザ  ザザ

 それが原因かもしれないし、そうじゃないかもしれない。
 何にせよ、ジェノヴァにいた市民は、この日、リグリア海の異変に一切気づけなかった。

 ザザザザザザザザザザ
 ザアアァァ――
 ザザザザザザザザザザ

 沖に蠢(うごめ)く、無数の影。
 海中に集(つど)う、不穏の群。
 規則的に持ち上がる、敵意の波。

 ヒトならざるモノが、ヒトの都市を食おうと――
 大きな水音に紛れて、密かに確かに差し迫る――

●緊急防衛作戦と特別調査依頼
「現地時間の昼頃、現地支部にいたプリセンサーが従魔の襲撃を予知しました」
 急遽、東京海上支部の会議室に集められたエージェントたちを見渡し、碓氷 静香(az0081)は普段通りの無感動な口調で説明する。
「敵はミーレス級従魔が3種。強さや能力はおおよそ予知で判明していますが、問題は数です」
 敵の情報をまとめた資料を配布し、静香はプロジェクターを起動して地図を映し出した。
「従魔の予測襲撃目標はイタリア北西部の都市・ジェノヴァ。歴史的に海洋貿易が盛んで、南に広がる地中海の沖から侵攻してくるようです。そして、敵勢力は『予知できなかった』のではなく、『正確に数え切れなかった』ため、現在も『不明』と言う他ありません」
 つまりそれくらい大量の従魔が動いており、防衛の難易度は相当高いと予測される。
 一部のエージェントはその光景を頭に浮かべ、自然と表情が厳しくなった。
「現在もヨーロッパ各支部が防衛戦力を募っていますが、それでも手が足りないため応援要請が入りました。危険度を考慮して参加は任意ですが、予測される被害が大きいため協力していただけると助かります」
 静香の呼びかけに多くの挙手があり、感謝を述べて作戦の準備を促した。

「――すみません、少々お待ちいただけますか?」

 が、一部のエージェントは静香に引き留められて会議室に残る。
「実は先ほどの説明では伏せていたのですが、今回の襲撃事件は愚神の指揮下にある可能性が高いと私は考えています」
 驚きと疑問を返すエージェントたちへ、静香はさらに口を開く。
「皆さんはご存じかわかりませんが、最近になって地中海で従魔が目撃される事件が増えていました。国はやや離れていますが、スペインではクラゲ従魔が、フランスではマグロ従魔が出現し、討伐依頼が出されました。そして今回……規模こそ違えど、襲撃が『地中海の沿岸地域』という共通点は変わりません」
 一度ならまだしも、短期間に似た事件が連続したことを、静香は不審に思っていたらしい。
 そして真っ先に疑ったのは、従魔の自然発生ではなく愚神による意図的な攻撃である。
「ただ、現地の職員やプリセンサーに問い合わせたところ、愚神の存在は予知していないそうです。私から警戒を促したものの、従魔の大群への対処に追われ愚神にまで気を配る余裕はないようでした」
 そこで、と静香は指名したエージェントたちへ視線を送る。
「皆さんの実力を信頼した上でのお願いです。都市防衛任務と並行して、地中海の騒動を指揮する愚神の捜索と調査も行ってもらえませんか? 信一さんも私の懸念に同意してくださいましたが、まだ愚神が黒幕だという証拠はありません。こうして個別で依頼したのも、不用意に不安や混乱を与えないためです」
 静香は優秀なH.O.P.E.職員である佐藤 信一(az0082)の後押しを受け、愚神の調査依頼を決めたようだ。
「信一さんは本調査依頼を上司に報告し、成果次第では追加報酬が出るよう交渉してくださいました。私の杞憂であればいいのですが、もし愚神が発見されれば新たな脅威となるでしょう。危険を伴う依頼ではありますが、よろしくお願いします」
 深々と頭を下げる静香を前に、エージェントたちはお互いに顔を見合わせた。

解説

●目標
 愚神(?)の探索
 都市の防衛

●登場
 シルロ…ミーレス級従魔。全長2mほどの巨大エイ。丸い体盤(肉体)は焦げ茶色で側面のヒレに鋭利な刃を持ち、筋肉質な尾でゆっくり泳ぐ。海中行動の他、飛行能力も持つ。数不明。

 能力…攻撃↑↑、命中↑、回避・移動・イニシアチブ↓

 スキル
・コッセレ…射程0、範囲3、範囲魔法、魔攻+50、防御-20(2R)、全身から放つ強力な電撃、命中→BS衝撃付与


 スディレ…ミーレス級従魔。岩のような表皮を持つ1mほどのヒトデ。黄白色の肉体はライヴスで発光し、暗闇では目立つが特殊な力はない。海中行動の他、飛行能力も持つ。数不明。

 能力…防御↑↑、回避・移動↑、攻撃↓↓

 スキル
・クディジデ…カバーリング、移動+2、表皮を硬くし味方をガード、被ダメージ1D10減少


 ライジグ…ミーレス級従魔。全長5mほどの巨大ウツボ。体色は黒に近い紺色に黄色の斑点。鈍重だが攻撃時の俊敏性は高い。海中活動の他、短時間(1~2R)なら浮遊可能。数不明。

 能力…命中↑↑、生命力・特殊抵抗↑、防御・移動↓↓

 スキル
・ウロト…射程1~10、単体物理、命中+30、物攻-20、猛毒のライヴスを宿す肉片を自切し投擲、使用→被ダメージ1D6、特殊抵抗判定勝利→BS減退(2)+気絶(3)付与


●場所
 イタリア北西部の都市・ジェノヴァ沖
 イタリア最大の貿易港であるジェノヴァ港を有する湾岸都市
 かつて地中海での海洋貿易や金融業の中心地として栄えた海洋国家だった
 天気は雨、気温は肌寒く水温もやや冷たい、都市側へやや強めに吹く南風を観測

●状況
 従魔の大群による都市への侵攻をプリセンサーが感知
 大勢のエージェントが召集されるも戦力は不足気味
 海岸付近に半数以上の戦力を展開し迎撃予定

 到着は日没後、戦闘は夜間
 PCは遊撃に加え、従魔を率いる愚神の存在を調査
 探索猶予は10R→それ以降は従魔迎撃に専念

リプレイ

●防衛会議
「静香さん、お久しぶりです。再びお会いできましたことを嬉しく思います」
「こちらこそご無沙汰しております、月鏡さん」
 しばらくぶりの再会に月鏡 由利菜(aa0873)と静香は互いに深々と頭を下げる。
「本当なら、また恋愛相談とか他愛ないお話とかしたかったけど……ここ最近そっちに来てる報告って、結構ヤバい状態なんでしょ?」
「私も同じ気持ちですが、また別の機会に。ご存じの通り、ウィリディスさんたちの力が必要な事態です」
 続けてウィリディス(aa0873hero002)の曇り顔に頷き、静香から状況説明がなされた。
「ふむ、あの唐突な強化はやはり、介入を受けたものなのでしょうね」
「ロ――」
 その後、静香に愚神の影を言及された構築の魔女(aa0281hero001)はスペインとフランスの事件に参加した経験から、以前の戦闘で覚えた違和感を辺是 落児(aa0281)とともに思い出す。
「一連の事件の仕掛け人、か。確かに報告書を見た限り、海岸を変えては色々と試してる印象はあるな」
「海の中はプリセンサーが予兆を捉えるのでなければ、常日頃から警戒出来る場所ではありませんものね」
 参考にと配られた関連依頼の報告書に赤城 龍哉(aa0090)が目を通し、ヴァルトラウテ(aa0090hero001)も愚神の潜伏場所について思考を巡らす。
「発生条件がどれも違う……強(し)いて言うと、風が強いのと人が多く居る場所か」
「人が多いと紛れ込める形なのかもね」
 荒木 拓海(aa1049)もまた従魔出現時の気候から関連性を探ろうとし、メリッサ インガルズ(aa1049hero001)の発言に振り向いた。
「愚神が人に紛れてるって意味か?」
「風と絡めるなら、人の居る所にあって不自然じゃない物――たとえば気球や帆船に擬態されたら判り難いかな? って程度よ」
 あくまで推測のため、拓海もメリッサも現状では確かな意見は出てこない。
「戦闘はともかく」
「調査が大変そうねぇ」
 エスト レミプリク(aa5116)も追加依頼には戸惑いを見せ、シーエ テルミドール(aa5116hero001)は表情は変えずとも肩を竦めた。単純な対集団戦なら得意分野だが、未確認の愚神を捜索することを踏まえると従魔の面倒さがより際だつ。
「黒幕の調査と大群の相手――中々骨が折れそうだ」
「……なるほど、経緯はだいたい把握しました」
 月影 飛翔(aa0224)も懸念の追加で眉間にしわを寄せると、関連する資料をすべて読破したルビナス(aa0224hero001)が予知で判明した従魔の記述に触れた。
「どの従魔も面倒な能力を持っていますね」
「集中攻撃で一点突破されると厄介な相手だ。迎え撃つだけでなく、引っ掻き回す遊撃も必要だろうな」
 数が数だけにミーレス級でも油断はできないというルビナスに頷き、飛翔は取るべき戦術に思考を費やす。
「もし従魔の動きや戦闘途中の強化支援が愚神の采配なら……何とも戦術的だな」
「従魔が大将の周りを囲ってたりはしないっすかね?」
 並行して龍哉が敵の行動傾向に言及すると、久兼 征人(aa1690)が挙手とともに意見を出した。
「前2つの事件を見る限り期待は薄いが、ゼロでもない。差し詰めこれまではテストで今回が本番、ってところだろうしな」
「だとすれば、あちらから姿を見せる可能性もありますわね」
 裏を返せば敵も力の入れ方が違うと推測し、龍哉とヴァルトラウテは調査の注意点を確認していく。
「それにしても、仕事抜きで訪れたい国ばかり――あ! 新婚旅行、まだ行ってない……」
 そんな中、観光地という共通点に目をつけた拓海が、そろそろ結婚して半年になる嫁のことを思い出した。
「それって、英雄もセットよね☆」
「……エスコートさせて頂きます」
 隣のメリッサにニコニコと微笑まれた拓海は、機会がくれば皆で行こうと内心でつぶやく。
 こうしてからかわれることも多いが、命を預ける相棒だから置いては行けないな、と。

 ミーティングを終え、現場に到着したエージェントたちはすぐに雨が降る夜の海岸へ戦力を展開させる。
「星々が見守る夜空の下で、好き勝手な振る舞いはさせません」
「こう騒がしいんじゃ、安心して寝られないしな」
「……アナタの観点は少々凡俗的過ぎる気がしますけど」
 元は太陽の光を奪われた世界にいたアトリア(aa0032hero002)。夜間戦闘もあってか強まっていた戦意は真壁 久朗(aa0032)の日常的すぎる弊害の指摘に水を差された形となり、アトリアは思わずジト目になる。
「ともあれ、勝利の黎明を約束する為に――参りましょう」
「ああ」
 不満は一瞬。アトリアと共鳴した久朗は『リンクコントロール』でライヴスを一気に活性化させる。
「指揮してる奴ってのは、大抵兵隊の後ろにいるもんだが……飛ぶ従魔が多いな」
 征人はあらかじめ自分や仲間に付与した『ライトアイ』越しに従魔の接近を見やり、ついでに愚神らしい姿も見えないことを確認すると、共鳴したミーシャ(aa1690hero001)も見渡した光景から淡々と感想をこぼす。
『海の生き物が浮かぶ中にいるなんて、なんだか竜宮城にいるみたいね』
「そんな優雅な風景には見えないな……」
 夜の海でキラキラ光るヒトデはまだしも、巨大エイと巨大ウツボにメルヘン要素は皆無だ。
 とはいえ予知に違わぬ大量の来襲に征人は気合いを入れ、《白鷺》と《烏羽》を両手で握る。
 すると、南風に運ばれた黒雲により雨足が強くなり、エージェントの肌を余計に冷やしていく。
「……ついてないな。だが暗さを気にしなくていいのは助かるよ。ありがとう」
 アサルトユニットで海へ出た拓海が途中で征人に声をかける。
「いえ、必要なことですから――来るぞ」
 最初は敬語だった征人は一転、敵との接近に伴い視線や口調を鋭く改め沖へと走り出した。
 暗く冷たい防衛戦が始まる――

●愚神の影を追う
「数が数ですが――まず相手が嫌がりそうなことで出方を窺いましょうか」
 津波に近い水しぶきとともに従魔が押し寄せる光景に、構築の魔女は微笑とともにカチューシャを展開。従魔の動きから愚神の存在を炙り出すため、敵の中央へ『弱点看破』の瞳で狙いを定めて引き金を引く。
 数瞬後、都市を目指す敵の先陣がロケット弾の爆発に照らされ、炎と爆風に飲み込まれた。
「愚神を直接確認出来なくとも、手がかりは浮上するはず……配置したこちらの『目』が戦闘状況の推移を記録し、状況証拠を拾うことを祈りましょう」
 エイ従魔――シルロ数体の消滅とヒトデ従魔――スディレ数体が爆発から飛び出す姿に目を細め、構築の魔女は大型発射装置を体から切り離す。そのまま敵の進行が鈍った隙に幻想蝶から二挺拳銃を引き抜き、アサルトユニットで海を進み大群と衝突した。

『どう? 何か気づけそう?』
「……」
 カチューシャの盛大な爆発を開戦の合図に、エージェントと従魔のライヴスが弾ける様子を共鳴したエストは『ライトアイ』とモスケールのゴーグル越しに眺めている。ただし主体の境界はシーエの比率が高く、普段通りの快活な笑顔のまま海を一望できる崖の縁に足をかけたまま動かない。
『……シーエ?』
「……、……」
 返事がないことを怪訝に思ったエストが再度呼びかけるも、シーエは表情を一切変えず無言のまま。
(もしかして、これ集中してる……?)
 そこに至って、エストは自分の声がシーエに聞こえていないと察する。敵の微妙な動きから変化を見破る直感力や分析力はエストよりもシーエの方が高く、今も頭の中で様々な情報を処理しているのだろう。
 話しかけると邪魔になると思い直し、エストも無言で戦場の観察に戻った。
『愚神は本当にいるのでしょうか?』
「さあな。連携の取れた従魔の様子からも可能性は高いが……それを暴くのが俺達の役目だろう」
 傍らには、アトリアと言葉を交わしつつシーエの護衛と前線支援を担う久朗が控える。他にも、シーエからの指示やエージェントから集まる情報の仲介役も担当し、通信機から聞こえる戦況報告にも耳を傾けていた。
『あと、先ほどから何をしているのですか?』
「カメラで動画を撮る。映像を記録すれば、後で見落とした部分を発見できるかもしれない」
 さらにアトリアから飛んだ疑問に答え、久朗は持参したハンディカメラを三脚にたてて録画を開始。構築の魔女の依頼でH.O.P.E.からも借りたカメラも起動し、フリーガーを担いで双眼鏡を顔にあてがった。
「海中、海上、海岸、都市内……黒幕とやらがいるなら、どこから見ている?」
 準備を終えた久朗は従魔の進撃を警戒しつつ、些細な変化も見逃さないよう周囲一帯を広く注視していく。
「リディス、共鳴を!」
「了解、アンゲルス・ストラ、展開!」
 一方、愚神が潜伏する候補に挙がった都市内では由利菜とウィリディスが共鳴。レスト・エメラルドが胸元で輝く天衣をまとった聖女は、レインディアボウを手に町を駆ける。
「従魔は無機物や空気中の微細物にも憑依する……見た目だけで安心はできません」
『調査が終わり次第、他のみんなと合流しようね』
 調査依頼を知らないエージェントには、あらかじめ『避難が遅い人々への注意喚起』と説明した由利菜。実際に海岸へ近づこうとした一般人を叱ったり、プシューケーから形成した蝶を囮に潜伏した従魔がいないか確認したりしながら、愚神に繋がる何かがないか目を光らせる。
『結局、善性愚神などとは幻想だった――ということですのね。やはり、先生の言われていたことは間違っていなかった……』
 途中、異世界の衛生兵『パラスケヴィ』の影響が色濃く出たウィリディスは、人類へ友好的な態度を装っていた愚神への心境をこぼす。つい先日知った背信の真実は、由利菜のもう1人の英雄の懸念通りでもあった。
「事実、愚かと言えるでしょう。『愚神は信用できない』という悪しき前例を大々的に作ることで、自分達の種の未来まで摘むことになるというのに」
 洗脳で集めた仮初めの賛同は、解けてしまえばそれ以上の反感へ転じる……そうして激化するだろう愚神排斥の流れは、将来的に己の首を絞めるだけだと断じる由利菜。
『時に人々を拐(かどわ)かし、時に人々を暴力で傷つける愚神達――ただでは済ませませんよ』
 ウィリディスの声音に、普段の明るさもおっとりした様子もない。あるのはただ、愚神への強い殺意のみ。
 果たしてそれは『親友』と『衛生兵』、どちらの英雄が吐き出させた思いなのか……そこまで考えた後、由利菜は意識を調査へシフトした。
「陸側から見ている可能性は無きにしも非ずだが、そちらは由利菜が確認してくれる。今までの報告書を読んだ限り、他に有力な居場所は海上または海中になるだろうが……どう見る?」
『従魔の指揮と強化を的確なタイミングで行ったと思われる記述から、戦況が広く正確に見えていたはずです。しかし目撃情報がないとすれば、愚神の『目』に当たる存在ないし手段があると考えるのが妥当かと』
 そして、シーエや久朗がいる場所とは異なる崖では、飛翔と共鳴したルビナスが双眼鏡で戦場を俯瞰しながら愚神の潜伏先や指揮能力について分析していた。近くには久朗と同じように設置した複数のカメラレンズがあり、それぞれ近海・遠海・沿岸部・上空と別々の方向を見つめている。
「戦場を見渡せる場所に『目』を配置しているか、もしくは指揮官クラスを潜ませ部隊運用しているか……いずれにせよ、本体がこの近くにいるという保証はない、か」
『前者であれば従魔から遠く離れた上空や海底、後者であれば他と異なる挙動の個体に注目すべきです』
 飛翔はルビナスの助言に耳を傾けつつ、事前に用意した海岸線の地図を広げた。
「他に気になるとすれば……光るヒトデか。夜だとかなり目立つから、何かの目印かもしれない」
『では後に行動傾向を再確認できるよう、大まかにヒトデ従魔の配置状況を地図に記載しましょう』
 そうして飛翔は双眼鏡でスディレの動向を追い、ルビナスの的確な指摘に従い地図へ記録していった。

「――『目』もそうだが、愚神が海底に潜んでるって線もあったか」
『これだけの従魔を展開させるあたり、潜水母艦のような愚神でも驚きませんわ』
 会敵してしばらく経ち、腕につけたウェポンライトで光源を確保しつつフリーガーで従魔を吹き飛ばした龍哉は、久朗や飛翔など調査組の通信やヴァルトラウテの意見に思考を深める。
(海上・空に加えて海底か……愚神の手がかりに繋がりそうなポイントが多いと、戦いながら尻尾をつかむのはかなり厳しいな)
 従魔の討伐は龍哉から見て範囲攻撃手段が豊富でおおむね順調と言えるが、何せ敵の数が多い。アサルトユニットを駆使して戦場を駆け回り従魔を倒していくが、戦局は一向に好転せず注意を他に向ける余裕がなかなか生まれない。
「飛行する個体と海中の個体に挟まれないように、っ! したいですが――」
 ライヴスを温存しつつ、身軽さを活かした高機動戦闘で従魔を翻弄する構築の魔女は、ウツボ従魔――ライジグへ放った銃撃がスディレの割り込み――『クディジデ』に受け止められたことで表情をゆがめる。
「積極的に懐へ入る前衛のエイ型、防御に専念する盾役のヒトデ型、強力な毒を飛ばす後衛のウツボ型……威力偵察と思われる前の2件から無制限な介入は不可能と予測しましたが、こうも従魔の増援が途切れる様子がないところを見ると、少し自信がなくなってきましたね」
 2射目で消滅したスディレを見送るも、構築の魔女の双銃はまた飛来したスディレの盾に阻まれ攻撃役を減らせない。戦力の構成バランスがいい従魔の群れをなかなか崩しきれず、戦線を押し戻せないでいた。
「そこだ! ――ちっ!」
『またヒトデとウツボだね』
 光を纏った《白鷺》を海中へ放った征人もスディレに妨害を受け、間髪入れず飛んできたライジグの肉片――『ウロト』を《烏羽》で弾き落とす。ミーシャの淡々とした言葉は、そのまま征人の成果を示していた。
 愚神は海中にいると当たりをつけ、『ライトアイ』とライヴスゴーグルから見たライヴス反応を頼りに攻撃を繰り返していた征人だが、そもそも抜きんでたライヴス反応が見あたらないため調査は難航。
 その上、『クディジデ』は征人の攻撃を防ぎきることが多い。すると、つついた従魔からの反撃を一方的に受ける形となり、討伐も進展しない状況が続いてしまう。
「――っと! リサは何か気づいたこと、ある?」
『予想を1つ潰されたくらいね。敵は愚神から直接命令を受けて向かってくると仮定して、従魔の出現場所を特定しようと沖の方を注意してたんだけど、水平線からバラバラにやってきて途中で集まる感じだったわ』
 征人と同様ゴーグルでライヴス反応を追いながら、アンカー砲で攻撃を加える拓海は敵の行動観察を頼んだメリッサからの言葉に考え込む。
 愚神の近くで従魔が発生したなら移動経路をたどれば発見できる、という仮説とは矛盾した動きだった。しかし、そうなると今度は広範囲に散らばる従魔の統制管理が難しくなるはずで。
「ヒトデの光が目印……少し試してみるか」
『拓海?』
 通信機から聞いた飛翔の言葉を思い出し、拓海は射程ギリギリのシルロに向かってアンカーを射出。それは近くのスディレに妨害されるが、タイミング良く開いたクローがヒトデを捕らえメリッサが首を傾げる。
「さあ――どうなる!?」
 瞬間、拓海はスディレを捕まえたままアサルトユニットの出力を上げる。鎖で繋がったスディレを引きずって、海上を大きく移動した。

「……!」
『シーエ?』
 すると、従魔の指揮系統を大群の動きから見定めようとしていたシーエが『それ』に気づいた。
「あそこ、動きが妙だわぁ」
『え?』
 エストの疑問にシーエが指で示したのは、ちょうど拓海がスディレを牽引している場所。
「ああでも、本命じゃなさそう。……自発的な陽動? いえ、指示伝達の乱れかしらぁ?」
『……はい?』
 表情や声音は変わらず、されど思考を急速に回転させているシーエのつぶやきを聞くも、エストには全く理解できない。というより、他の従魔の動きとの違いがわからない。
「……指示は事前に出されたものじゃなくて、リアルタイムに行われてるみたいねぇ。それに、おかしい動きを見せているのはあそこだけなのも気になるわぁ。……細かい命令はなくて、パターン化された単純な指示に従って動いている? だからイレギュラーは無視され、伝達速度や指示そのものに支障がないのねぇ……」
『こちらは月鏡です。都市内の探索で異常は見られず、揺さぶりにも反応はありませんでした』
 シーエが独り言をこぼす中、通信機から由利菜の追加報告が流れると、観察する姿のまま声を上げた。
「――飛翔の予想が当たりかもねぇ。あのヒトデ、発光パターンがいくつかあるみたいよぉ。わたしはもうしばらく見てるから、久朗はみんなへの連絡お願いねぇ?」
「了解した」
 徐々に海岸近くまで迫ってきていた敵へフリーガーのロケットを撃ち込みながら、シーエの指示に久朗は頷き通信機を起動。調査メンバーへ『ヒトデの発光が従魔を指揮している可能性が高い』ことを伝える。
(……ぜんっぜんわからない!)
 ちなみにエストは完全に取り残され、シーエと同じ光景を見ながら頭に大量の疑問符を浮かばせていた。
「ヒトデがすべて情報伝達を担う端末――」
『そうすると、戦域全体を見通せる位置からヒトデたちへ指示を出す個体もいるのではないでしょうか?』
 密集する従魔をフリーガーで蹴散らした飛翔は、久朗の通信を補足するルビナスの言葉も通信機に乗せた。
『久兼だ! ずっと海中に注意してきたが、従魔はほとんど海面に影ができるくらいの浅瀬を移動していた! 深い場所まではわからないけどな!』
『報告はいいけど、征人? 従魔にほぼ囲まれている状態からは抜けられそう?』
『――くそっ! 邪魔だ、どけ!!』
 さらに敬語を取り繕う余裕のない征人の声が、槍をブン回す風圧の音をBGMに通信機から発せられた。ただミーシャの声にも反応できないらしく、征人の通信は悪態を最後に切断された。
「本当にキリがないな……築(きずき)! 今の通信聞いてたか!?」
 倒しても次々現れる従魔に辟易(へきえき)としながら、龍哉は偶然近くを通った構築の魔女へ叫んだ。
「はい! 従魔の誘導役がヒトデ型であり、戦場に散らばったヒトデ型へさらに指示を送る指揮個体が存在すると仮定した場合、戦場と指揮する場所の両方からヒトデの光が届く距離でなければなりません! その条件で海中の他に配備される可能性が高いのは、やはり上空です!」
「そこまで極端に離れちゃいないが、俺たちが見つけにくい距離となると……従魔が次々と湧いてくる沖の方に行ってみるしかなさそうだな!」
 構築の魔女は双銃を、龍哉はフリーガーを撃ち込み従魔を消滅させながら、推測と意見を交わしていく。
「久兼さんの『ライトアイ』も長くは保たない! 魔女さん! 赤城! 強行突破しよう!」
 そこへフリーガーで従魔をこじ開けて合流した拓海も加わり、3人は海岸の奥へと進んでいった。

●『星』に手を伸ばす
 龍哉・構築の魔女・拓海が沖の調査を決めた直後、攻撃の穴が抜けたエージェント側がさらに押される。
「戦線が厳しいわぁ――久朗、ここより下の方をお願いできる?」
「お前はどうする?」
「もう少し様子を見るわぁ。わたしたちにも全体を見る役が、1人くらいいないとねぇ?」
「了解した」
 するとシーエから戦闘へ加わるよう言い含められ、久朗は崖から飛び降りると一番近い従魔の群れへフリーガーを連続で射出した。
「こっちは任せろ。まだやれるか?」
「すまない、助かった!」
 爆発が収まる前に距離を詰めたところで、装備を《アンドゥリル》へ持ち替えた久朗は『守るべき誓い』で周囲を牽制。従魔の意識を集めつつ、ダメージが酷いエージェントへヒールアンプルを投げ渡した。
「数を減らしつつ寸断していく」
『孤立化には注意してください。神経毒による失神や電撃による痙攣で動きを止めたら、袋叩きですので』
 もう1つの崖からも飛翔が海へと身を投じ、アサルトユニットで海面に浮き上がって前進。ルビナスから『気絶』や『衝撃』に陥る忠告に耳を傾けながら、フリーガーで視界の従魔たちを吹き飛ばすと得物をダーインスレイヴに持ち替えた。
「お待たせしました! 私も援護に回ります!」
『負傷が酷い方は後退してください! 治療を行います!』
 さらに『全力移動』で市街地から移動してきた由利菜が海岸に到着。加勢の弓矢とともにウィリディスの後退を促す呼びかけが飛び、一部のエージェントが苦しそうな表情で戦闘から離脱し始めた。
「行きますよ、リディス!」
『聖霊よ、この穢れた大地に祝福を! 『ペンテコステ』!』
 由利菜が弓で撤退を補助し、集まったエージェントたちを前にしたウィリディスの声を合図に緑の光が周囲に広がる。
「ありがとう、そのまま援護を頼む!」
 治癒の力と浄化の力を合わせたライヴスの波動が負傷者を包み、傷や毒が消えたことを確認すると彼らはまた戦場へ向かっていった。
「あまり長く離れると戦況が悪化します! こちらの余力が残る内に見つけましょう!」
「ああ!」
「わかった!」
 一方、従魔の波を強引に突破した構築の魔女は1度だけ後方で奮闘する味方を確認し、時間との勝負であると端的に告げる。龍哉と拓海は短く答え、こちらに集まってくる空中を漂う従魔へはフリーガーで迎撃した。
「ここで足元を掬われるわけには――!」
 先頭を走る構築の魔女は海中を動く影へ向け、『アハトアハト』で海水ごと前方の従魔を蹴散らした。
「――がっ!?」
『龍哉!?』
 めくれ上がった海水の雨を通り抜けようとした時、龍哉が後方から飛んできた『ウロト』に被弾。皮膚から侵入した毒が瞬時に回り、ヴァルトラウテの呼びかけも空しく『減退』を自覚する前に『気絶』した。
「――はあっ!」
 一瞬足が鈍りかけた構築の魔女と拓海だが、龍哉を狙ったライジグの頭を烏羽で貫いた征人と目が合う。
「赤城さんは俺に任せろ! あんたたちはそのまま行け!」
「すみません! お願いします!」
 さらに征人は海へ沈みそうだった龍哉を持ち上げ、2人へ先に行くよう促した。それで迷いが吹っ切れ、構築の魔女が感謝を残すと2人は沖へ向かっていく。
『でも、撤退するにはまた従魔の囲いを抜けなきゃいけないんじゃない?』
「敵が少ない場所くらいあるだろ――全力で突っ切る!」
 その間に集まった敵への対処を尋ねたミーシャに、龍哉を起こす余裕ができるまで逃げると決めた征人は『全力移動』で従魔から離れていった。
『拓海! あそこ!』
「――見えたっ!」
 従魔を警戒しつつ雨雲を見上げていたところ、メリッサが最初に気づき拓海も視認する。
 海面からおよそ50mほど上空に、しきりに明滅する単独の『星』が光っていた。
「道を作ります! 行ってください、拓海さん!」
 しかし、こちらの動きも悟られたのか従魔が集まるようになり、構築の魔女は『トリオ』で縮まる包囲網に風穴を空ける。さらに、双銃と肉体を操り銃弾をばらまき、従魔の気を強引に引いた。
「落ちろっ!」
 開けた道を駆け抜けた拓海は指揮個体らしい『星』を射程に入れた瞬間、ロケット弾を連続でたたき込む。
「これで――」
『待って! 奥にまだ何かいる!』
 煙とともに『星』を撃ち落とした拓海だったが、メリッサの鋭い声で顔をさらに沖へ向ける。
「人影……まさか愚神!?」
 遠くてシルエットしか見えないが、従魔とは明らかに異なる姿に拓海は半ば確信。海岸へ戻りかけた足を反転し、装備をウコンバサラへ持ち替えて急速に接近する。
「っ!?」
『視界が!?』
 しかし、タイミング悪く拓海の目が暗闇に包まれ、メリッサの驚愕が『ライトアイ』の消失を知らせた。
「ここまで来て、退けない!」
 それでも拓海は前進。かろうじて見える人影を目指しつつ、AGWへ『チャージラッシュ』を注ぎ込む。
「終わりだ――愚神!」
 そして、一息に懐へ入った拓海は暴風のように刃を振り回し、『疾風怒濤』で人影を切り刻んだ――

『…………』
「『っ!?』」

 ――瞬間。
 全身が粟立つ感覚に身震いし、拓海とメリッサは同時に息をのむ。
『あらぁ? 従魔の動きが強まったわよぉ?』
「……くそっ!」
 直後、通信機から聞こえたシーエの声に拓海は我に帰り、息つく暇なく海岸へと転身した。

『『ペンテコステ』!』
「――傷と毒の具合はどうですか?」
「ごほっ! 悪ぃ、月鏡。助かった」
 その後、何とか海岸までたどり着けた征人は由利菜に龍哉を預け、別のエージェントとともに傷の回復と毒の除去を同時に行うライヴスに包まれて、乱れた息を整える。
「ついでに『ライトアイ』をかけ直す! 必要ならこちらへ来てくれ!」
「頼む」
 また征人は視界確保の呼びかけを行い、龍哉と同じく『減退』を解消するため後退していた飛翔に頷いた。
「荒木さんにもかけ直したかったが、仕方ないか」
『いざという時の対策はしているんじゃない?』
『ライトアイ』を全員に付与し、征人はここにいない拓海を心配するがミーシャの答えは相変わらず淡泊。
『それに、人の心配より自分の心配をしたら? 従魔の力、強まったみたいだし』
「だな……その分、統率がバラバラになったのが救いか」
 続くミーシャの指摘に槍を構えなおし、征人はいまだ多く残る従魔たちを睨む。
 つい先ほどの通信でシーエからは従魔の強化が、拓海からは愚神らしき存在の発見が告げられた。事実、従魔たちは組織的なまとまりをなくした代わり、明らかに動きの鋭さや力強さが増していた。
「動きの変化と強化がほぼ同時か……拓海は何かしら掴めたのか?」
「何はともあれ、後はこいつらを一掃するだけだ」
「その通りです。人々の平穏を取り戻すために――参りましょう!」
 際限がないと思われた従魔の数は着実に減らすも、能力強化の後押しで戦線はまた海岸へ下がっている。
 しかし、愚神の統率は解けた。飛翔が終一閃のチャージを行う近くで、残る問題は従魔だけだと語る龍哉はブレイブザンバーを握り、由利菜もトリシューラを掲げて動き出した。
「頭脳労働の時間はおしまい」
『次は肉体労働のお時間ねぇ♪』
 同時に、最後まで戦況を見守ってきたエストも、主体の比率をシーエよりも上げて海へと走る。
「大丈夫ですか、真壁さん!?」
 エストが真っ先に目にしたのは、他のエージェントとともに従魔の猛攻にさらされる久朗。すぐにセイレーンを装備して海へ出ると、攻撃範囲に注意しながら影殺剣の『ストームエッジ』を放った。
「ぐ、っ! 問題、ない……!」
『強がりでしょう!? 流石に数が多過ぎます……!』
「踏ん張り、どころだ! まだやれる!」
 長く身動きが取れず、『減退』で悲鳴を上げる体を叱咤しながら久朗はヒールアンプルを自分へ打つ。アトリアからの心配するような声にも構わず、久朗は再び『守るべき誓い』を発動し『心眼』の構えを取った。
『こちらエスト! 余裕があれば、誰か応援をお願いします!』
 さらに、最後の増援らしい従魔の後続が沖から現れ、エストは通信機で援護を頼みながら『ライヴスキャスター』を展開。少しでもダメージを重ね、足を止めようとライヴスを捻出し解放した。
「――ちっ! さっさと片づけて向かう、って言いたいところだが、っ!」
『思った以上に、粘りますわね!』
 回復した龍哉が自ら従魔の中へ飛び込み『怒濤乱舞』を見舞うが、数体の従魔に回避されたことを確認したヴァルトラウテの声に焦りがにじむ。
「失った連携の強みを補うための、個体戦力強化か……」
 別の群れに飛翔が踏み込み、伸長したライヴスの巨刃が海ごと4体の従魔を縦に両断する。
『なるほど――考えこそ単純ですが、実際に相対すると厄介ではありますね』
 すぐさま囲もうとする別の従魔へ飛翔が『怒濤乱舞』で迎撃するも、一度に陣形を崩せるには至らずルビナスは冷静に敵への警戒心を上げた。
『『レフェクティオ』!』
「はあっ! ……攻撃自体がさほど強力ではないのが救いですね。――くっ!? その分、痺れや毒で次第にこちらの体力を奪い、数の暴力で消耗を強(し)いてくる手法は、長引くほど危険です、ねっ!」
 治療が追いつかないほど急速に毒(『減退』)がエージェントに広まり、ウィリディスが3度目の浄化を施したところで由利菜が神槍の烈風を接近した従魔へ振るう。その間に側面から接近したシルロの『コッセレ』で筋肉が痙攣(『衝撃』)するも、由利菜の反撃はエイの丸い肉体を穿った。
「――すみません、遅れました!」
 ライヴスや体力の低下で最初と比べると討伐速度が下がる中、従魔の背後を撃ち抜いた銃弾が戦局の変化をもたらす。構築の魔女が暗視用のノクトヴィジョンと『ノイズキャンセラー』を用い、前半で見抜いた弱点を精確に貫く射撃を見せながら沖から戦場に復帰したのだ。
『さっさと片づけるわよ!』
「吹き飛べ!」
 さらに遅れて、メリッサの声に気合いを入れ直した拓海も合流。ノクトヴィジョンで確保した視界で動く標的めがけ、移動中に展開していたカチューシャで何本もの水柱を作り出した。
「戦場を空けていた分は、これから挽回してやる!」
 全弾撃ちきり装備を外した拓海は再びウコンバサラを握り、『怒濤乱舞』で奇襲する。2人の帰還で挟撃する形となったエージェントたちは、このまま押し切らんと苛烈に攻め入った。
「――が、はっ!?」
『クロウ!』
 他方、猛毒の肉塊による集中砲火を極限の集中力で弾いていた久朗はもう限界が近い。敵の姿はかすみ、握る刃は震え、アトリアの声さえ遠くに聞こえる。
「邪魔だ!」
『本当、難しい位置で囲まれちゃったわねぇ』
 危機感が強まるエストが何とか数を減らそうと剣を振るうが、シーエの言葉通り範囲攻撃は久朗との距離がネックだった。いくら久朗の防御能力が高くとも、目に見えて衰弱した仲間を巻き込んで攻撃すればさらに追いつめてしまうことになる。
「――間に合ったか!?」
『たぶん、ギリギリセーフじゃない?』
 ついに久朗が『心眼』の維持も手放そうとした時、通信を受けてすぐ『全力移動』を行い駆けつけた征人が《白鷺》を投擲。普段通りなミーシャの声に安心を抱きつつ、従魔の注意を集めて自然と口角を上げる征人は迫る攻撃をやり過ごしながら『ケアレイ』や『クリアレイ』で久朗たちを回復させた。
「久兼さん、ありがとうございます! これなら――やれる!」
『そうねぇ。ようやくストレス発散できるわぁ』
 従魔が分散したことでエストは自由に動けるようになり、より多くの敵を巻き込み味方は当たらない位置取りで『ウェポンズレイン』を発動。シーエの笑い声に同意するように連続で降り注ぐ刃の雨は一気に従魔のライヴスをそぎ落としていく。
『全く、無茶しすぎです!』
「結果的に立て直せたなら、問題はない」
 ようやく息をつく余裕が生じ、思わず苦言が漏れたアトリアを軽く流す久朗も素早く移動しながら漆黒の刀剣を一閃。長い忍耐から解き放たれた久朗は、移動を繰り返しながらの攻撃で着実に従魔を倒していく。
「――後はここだけだ」
「一気に叩くぜ!」
 だめ押しとして、他の場所に広がった従魔を倒しきった仲間も合流。シルロやスディレを足場にして跳躍を繰り返し現れた飛翔は、チャージし終えた終一閃の大剣を空から振り下ろす。さらに龍哉の『ヘヴィアタック』が連続で従魔をかっ飛ばし、どんどんと数が減っていく。
「――ふぅ。皆さん、お疲れさまでした」
 そうして、由利菜が放った神槍の刺突が最後の従魔を消滅させ、防衛戦は終わりを告げた。

●『星』は雨天に隠れる

 ザアアァァ――

 雨はまだ、上がる気配がない。
「……はぁ。何とかなったが、かなりキツい戦いだったな」
「そうですわね。こちらも、小さくない被害がありましたから」
 水気で服が体に張り付くのも構わず、龍哉は肩を手で揉みほぐしながらヴァルトラウテとの共鳴を解除する。そのまま2人が視線を向けたのは、海から砂浜へ移動させた『重体』のエージェントたちだった。
 静香から愚神調査を頼まれたメンバーで重い怪我を負った者はいなかったものの、それ以外の迎撃部隊はおよそ半数ほどが従魔の攻撃に倒れていた。激戦の中でも可能な限り負傷者は撤退させていたが、中には引き上げることもできず海に浮かんだ者もいて、今まで彼らの捜索と救助を行っていたのだ。
「では、私たちは彼らの搬送に付き添います」
「回復手段は使い切っちまったけど、手伝えることがあるかもしれないっすからね。何かわかったことがあったら、また連絡してくださいっす」
 少ししてH.O.P.E.に被害状況の連絡とともに頼んでいた救急車が到着し、由利菜と征人のバトルメディック組が負傷者たちの同行を申し出て去っていった。
「カメラを回収してきた」
「参考になるものが映っていればいいがな」
 しばらくして、戦場を見下ろせる崖に放置していたカメラを取りに行った久朗と飛翔がそれぞれ戻ってきた。戦闘の最後までいろんな角度から記録した映像に有益な情報が残っているかは、H.O.P.E.に依頼する映像分析の結果が出るのを待つしかない。
「しかし、同じ愚神が関わったと思われるスペインやフランスの襲撃ではヒトデ型は見なかったのですが、そちらは海中に潜んでいたということでしょうか?」
「おそらくはそうでしょう。今回とは逆に海中で戦闘しても気づかれないほど深い海の底から、エージェント側と配下の戦闘を監視していたと思われます」
 次に構築の魔女が従魔の統率について覚えた疑問に、ルビナスが少ない情報からおおよその推測を立てた。報告書によればクラゲ従魔とマグロ従魔の討伐はどちらも日中に行われており、今回と同じ方法だと発見されていただろうから、海底にいた可能性は高い。
「……愚神はどんな奴だったんだ、拓海?」
「そうねぇ、気になるわぁ」
 いまだわからないことが多い中、飛翔とシーエが唯一愚神を目撃した拓海に振り返った。
「悪いが見つけた直後に『ライトアイ』が切れたから、顔ははっきり見てないんだ」
 視線が集中した拓海は申し訳なさそうに眉を下げる。
「それに、俺たちはたぶん、愚神を倒せていない」
 さらに表情を暗くした拓海を引き継ぎ、メリッサがポツポツと短い時間で得た情報を語っていく。
「拓海は『チャージラッシュ』と『疾風怒濤』で仕掛けたんだけど、手応えが『なさ過ぎた』のよ。他にも、強力なライヴスの気配を感じたり従魔が強化されたりしたタイミングが、体が消滅した『後』だったし……」
 わずかな違和感を語るメリッサは一度言いよどむと、意を決した拓海が顔を上げた。
「何より――『笑ってた』んだ。消える前の、敵の顔が」
 拓海もメリッサも、一瞬しか見えなかったが間違いない。
 あの人型の顔は、確かに『笑っていた』。
「……今回は何とか食い止められたが、これで終わりとはいかないようだな」
「これだけの戦力を纏め、動かした愚神です。今後も注意する必要がありそうですね……」
 誰もが晴れない表情を浮かべ、飛翔とルビナスの言葉に誰もが頷いた。

 ザアアァァ――

 雨はまだ、降り続いている。



 後日。
「……静香さんの悪い予感、的中しちゃったね」
「はい。外れていてくれれば、まだ気は楽だったかもしれませんが」
 提出された報告書やカメラのデータをチェックし終わった信一と静香は、デスクを並べてため息をついた。
 一般人のけが人はいなかったが、エージェントからは『重体』が10名ほど出て今も入院している。また、残念ながら映像データにも愚神の手がかりになるようなものはなく、空振りに終わってしまった。
「それにしても、ミーレス級従魔を100体以上倒したって……本当にすごいね」
「そうですね。ずっと倒し続けたエージェントの皆さんも――それだけの配下を一度に操っていた愚神も」
 見事退けてくれたエージェントを頼もしく思うと同時、愚神も間接的だが力量を示したことになるため、信一と静香は素直に歓迎できないでいる。
「次に同じ愚神が狙うとしたら、また地中海になるんだろうね」
「あちらの支部へ連絡し、警戒するよう言い含めておきます」
 愚神の影は踏んだが、尻尾には逃げられてしまった。
 いまだ謎が多い事件に不安を覚えつつ、信一と静香は職員の仕事を続けていった。

●さざめく海面
 ――ジェノヴァからはるか遠い場所。
「皆様方の尊い犠牲……私(わたくし)は決して忘れません」
 そこに、膝を折った1人の少女がうずくまっていた。
 胸の前で組まれた両手は堅く握られ、両目を閉じて首(こうべ)を垂れる姿はまるで敬虔な信徒のよう。
「度重なる失態はひとえに、『希望』を掲げる彼(か)の方々の力を見誤った、私の未熟さが原因なのでしょうね……」
 惜しむように、悼(いた)むように、哀しむように。
 少女はひたすら、祈りと黙祷を捧げ続ける。
「しかし、恐れ多くも『海の星の聖母』の名を預かった身。必ずや責務を全うしてみせましょう」
 もしここが海の上ではなく、そして装いが闇夜に溶けそうな深紅のドレスや濃紺のヴェールでなければ。
 たおやかな所作が目を引く白い肌の少女は、真っ当で清らかな修道女に見えただろう。
「すべては、愚神(どうほう)が望む理想(みらい)のため――」
 穏やかに、神秘的に――されど、酷薄に。
 満月のような黄金の瞳を薄目でさらし、シアン色の長髪を海に溶かした少女は薄く『微笑む』。
「私――『ステラ・マリス』はこの海を平定へ導きます」
 そうして、愚神――ステラはおもむろに身を起こし、凪いだ海面に素足で波紋を残し去っていった。
 鉛色の海から足跡を照らす、無数の海星(スディレ)を従えて――

結果

シナリオ成功度 成功

MVP一覧

  • 『星』を追う者
    月影 飛翔aa0224
  • 苦悩と覚悟に寄り添い前へ
    荒木 拓海aa1049
  • 決意を胸に
    エスト レミプリクaa5116

重体一覧

参加者

  • 此処から"物語"を紡ぐ
    真壁 久朗aa0032
    機械|24才|男性|防御
  • 傍らに依り添う"羽"
    アトリアaa0032hero002
    英雄|18才|女性|ブレ
  • ライヴスリンカー
    赤城 龍哉aa0090
    人間|25才|男性|攻撃
  • リライヴァー
    ヴァルトラウテaa0090hero001
    英雄|20才|女性|ドレ
  • 『星』を追う者
    月影 飛翔aa0224
    人間|20才|男性|攻撃
  • 『星』を追う者
    ルビナス フローリアaa0224hero001
    英雄|18才|女性|ドレ
  • 誓約のはらから
    辺是 落児aa0281
    機械|24才|男性|命中
  • 共鳴する弾丸
    構築の魔女aa0281hero001
    英雄|26才|女性|ジャ
  • 永遠に共に
    月鏡 由利菜aa0873
    人間|18才|女性|攻撃
  • 花の守護者
    ウィリディスaa0873hero002
    英雄|18才|女性|バト
  • 苦悩と覚悟に寄り添い前へ
    荒木 拓海aa1049
    人間|28才|男性|防御
  • 未来を導き得る者
    メリッサ インガルズaa1049hero001
    英雄|18才|女性|ドレ
  • 難局を覆す者
    久兼 征人aa1690
    人間|25才|男性|回避
  • 癒すための手
    ミーシャaa1690hero001
    英雄|19才|女性|バト
  • 決意を胸に
    エスト レミプリクaa5116
    人間|14才|男性|回避
  • 『星』を追う者
    シーエ テルミドールaa5116hero001
    英雄|15才|女性|カオ
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