本部

何よりも美しい紅色

影絵 企我

形態
ショート
難易度
普通
オプション
参加費
1,000
参加制限
-
参加人数
能力者
8人 / 4~8人
英雄
8人 / 0~8人
報酬
普通
相談期間
5日
完成日
2018/05/15 16:01

掲示板

オープニング

●散らない花
 時はゴールデンウィーク。一人の男がハイキングをしていた。本当は彼女と一緒に来る予定だったが、数日前に恋人関係はしめやかに爆散。すっかり傷心旅行の相を呈していた。
「バカヤロー!」
――バカヤロー!
 彼方に見える尾根に向かって男は吼える。当たり前のように木霊が返ってきた。こんなことをしても一人でいる惨めさが身に染みるだけだったが、付き合うのも振られるのも初めてだったこの男には、これ以上やるべき事も思いつかなかった。悪態をつきながら、彼は山を登っていく。その視線の先には、美しい紅色の花が見えた。男はそれを目指し、半ば駆け足で丸太の道を進んでいく。
 風が流れ、葉の擦れるざわついた音と共にふわりと甘い匂いが漂う。鼻腔をくすぐられた男は、ますますその足を速めた。花に近づけば近づくほど、だんだんと壊れた恋心の痛みが薄れていく気がした。男は登山道を区切るロープを乗り越えると、木々の間を抜け、笹を掻き分けて男は山の中へとずんずん足を踏み入れる。
「花。花、花……」
 男の口から、譫言が洩れる。何かに憑りつかれたように、何かに引っ張られるように、彼は森を突き進んだ。

 そして、彼は花に辿り着いた。彼は肩で息をしながらその木を見上げる。素人目に見ても見事とわかるほどの枝振りだ。その一節一節に、桜の花が咲いている。その花びらは、ほんのりと紅色の光を放っていた。
 男は歓喜の余り言葉を失い、わなわなと曖昧に唇を震わせるだけだ。

 ふと、彼の足元の腐葉土が盛り上がる。無数の根が飛び出し、彼の身体に巻き付いた。そのまま根は縮こまり、男を幹へと引き寄せていく。木の幹の根元に洞が開き、男を中へと押し込めた。洞は急激に引き締まっていき、男の身体を押し潰す。
 木の幹の隙間から、血が溢れてくる。



 死体の血を吸った桜は、何よりも美しい紅色に輝いていた。



●誘惑にご用心
「今回の依頼は、山間部に出現した従魔、ベニザクラの討伐です」
 ブリーフィングルームに集まった君達の前で、ドローンによる空撮映像が映し出される。青々と葉が茂る山の中、美しい紅が星のように輝いていた。
「この従魔はライヴスの籠った花粉を風に乗せて飛ばす事で、山の内部に入った人間に吸い込ませます。するとその人間は無意識のうちに花に引き寄せられてしまうようです。当該地域では行方不明者が複数名出ていますが、原因はこの従魔によるものと考えられています」
 ワイヤーフレームのデジタルな映像にすり替えられてはいるが、人間が樹に捕食される構図はショッキングだ。
「一度エージェントも討伐に向かっていますが、この能力によって隊列を乱され、討伐にまで至る事は出来ませんでした。他にも、木には炎とばかりにブルームフレアを放ったものの、花の光によって防衛されてしまったという情報も入っています。ならば切り倒せと斧を叩きつけましたが、木は直ぐに修復してしまったという話も聞いています」

「能力そのものはデクリオ級相当と考えられますが、油断はできません。気を付けてください」

解説

メイン ベニザクラαの討伐
サブ 重体者を出さない

敵情報
●デクリオ級従魔ベニザクラα
・概要
 ベニザクラの本体。華の美しさに惹かれてやってきた人間を地中から露わにした根で捕らえてライヴスを吸い尽くし、さらに美しい華を咲かせる。
・ステータス
 生命・物防A その他C以下
・スキル
 地中の根…アクション。命中時、生命力を10吸収し、BS[拘束]を与える。誘惑状態のPCには必中。
 樹体再生…リアクション。傷ついた樹体を再生し、生命力を20回復する。一ラウンドに1度だけ使用。
 満開…サブアクション。ベニザクラβを生み出す。

●デクリオ級従魔ベニザクラβ
・概要
 ベニザクラの花。散らせても再生してしまうが、放っておくと厄介な効果を齎してくる。
・ステータス
 魔防A、生命E その他C~D
・スキル
 防熱結界…パッシブ。ベニザクラαの魔防をB相当に向上させる。また、ブルームフレアを無効化する。
 唐紅…パッシブ。毎スタートフェイズに判定。[1D20>特殊抵抗値]の時、PCを誘惑状態にする。
 群体…パッシブ。単体攻撃のダメが下がり、範囲攻撃のダメが上がる。

フィールド
・山間。半径10sqほどのやや開けた空間。
・腐葉土。土が柔らかく、やや踏ん張りがきかない。

TIPS
・誘惑状態……花の美しさに魅了され、全アクションが行えなくなる。ラウンド終了時に解除される。
・草は炎に弱い。対策はしているが。

リプレイ

●木を枯らさずに
『アカイロの美しい花で魅了して、羽化登仙の心地で逝かせてくれるなんて、優しい花だね』
 風上からベニザクラを見つめ、紫苑(aa4199hero001)は呟く。アサルトライフルにマガジンを装填しつつ、バルタサール・デル・レイ(aa4199)は首を傾げた。
「どうだかな。植物相手に恍惚感を覚えるまでにはまだ達観していないんでね」
『たまには嗜好を変えてみたら新しい世界が開けるかもよ』
 紫苑は半ば謡うようにそんな事を呟く。バルタサールは眉間に皺寄せ、静かにライフルの銃床を肩に宛がう。
「御免被る」
『つまらない男』
 風情が無いと、紫苑は溜め息をついた。バルタサールは構わずスコープを覗き込む。
「それで結構」
 根元に見えたライヴスの集結点に、バルタサールは銃弾を撃ち込んだ。

「キレイ……」
『おいマリ、お前もう魅了されてんじゃねえだろうな?』
 一方、ヘルハウンドを構えたカイ アルブレヒツベルガー(aa0339hero001)の中で、御童 紗希(aa0339)は半ば感嘆の声を洩らしていた。
「大丈夫だってば。対策はしてきたんでしょ?」
『……それがですねー』
 呑気な口調で尋ねる紗希に、カイはふとバツの悪そうな顔をした。大剣を振り回し、咲き誇る華から目を逸らす。
『多少対策したところで完オチの確率が少々変わるくらいで何かが劇的変化を遂げる訳じゃない事が発覚したので、ありのままの俺で行く所存……』
「えーッ!?」
 紗希は素っ頓狂な声を上げる。カイは眼を見開き歯を剥き出すと、大剣を頭上に高々と掲げ、紅桜に向かって突っ込んでいく。
『うるせっ! 殺られる前に殺りゃいいんだ!』
「その考え方がもうのうきん~!」
 力一杯に大剣を振り下ろし、カイは木の幹に切っ先を叩きつけた。刃がめり込み木端が飛ぶ。しかしその身はびくともしない。
『倒せりゃ儲けもんだったが……!』

 カイ達が騒いでいる背後で、日暮仙寿(aa4519)は静かに周囲の景色を見渡していた。
(あの時も山だったな。月が出ていた)
 仙寿が思い起こすは、屍国事件での感染調査を務めた日。
――お前言ったよな。人を殺す力は救う力にもなるって。……俺にも誰かを救えるのか?
――出来るよ! 仙寿様なら出来る!
 その日は、不知火あけび(aa4519hero001)と向き合い、誰かを救いたいと思った日だった。少々の感傷に浸りながら、仙寿は刀を抜く。桜色に輝く刃は、炎のようにライヴスを放つ。
《俺が使うようにとあいつが案を出した刀だ。そろそろ使ってやらなければな》
『じゃあ行くよ。打ち合わせ通りにね、ラル!』
 仙寿達は隣に立つサイボーグ少女に目を遣る。木漏れ日を受けて鋭い光沢を放つスーツを着込み、R.A.Y(aa4136hero002)は背中に鋼鉄の翼を広げる。
『ああ。……今日の俺は、さしずめ花枯れ美少女ロボだな』
 花咲じじいのアンチテーゼを気取ったつもりらしい。しかしその物騒かつ強気な佇まいは思わず仙寿にツッコミを口走らせる。
《……属性、多すぎやしないか?》
 仙寿は刀を構えると、身を低く構えて一気に飛び出した。鼻腔をくすぐる華の香は気に留めず、足先にライヴスを纏わせ幹を駆け登る。そのまま太めの枝に足を掛けると、その場で刀を振り回した。桜色の焔が、紅色の華を散らせた。足元で口笛が聞こえる。神の威光を纏った笏を振るう教皇の幻影で桜に追撃しながら、ナイチンゲール(aa4840)が仙寿を囃していた。
 しかし、斬られた枝は次々に再生し、蕾を付け始める。一気に膨らんだかと思うと、再び桜は満開になってしまった。
《分かってはいたが……回復が早いな》
『一気に火力をぶつけた方が良いみたいだね』
 仙寿はRAYに目配せを送った。RAYがその場で足を踏ん張ると、鋼鉄の翼からミサイルの羽が散る。仙寿が幹を飛び降りた瞬間、小型ミサイルが次々に紅桜の上で弾け、枝先から花弁を引っぺがしていく。
『何度満開になろうが、全部枯らしてやるからな』
 普段は何かにつけて仕事をしようとしない彼女だが、今回は妙にやる気なようだ。

「……華に惹かれた獲物を喰らう。……それが従魔の……愚神のやり口なのかな」
 氷鏡 六花(aa4969)は右手に白い魔導書を抱え、じっと桜の木を見上げる。共鳴した時の、天真爛漫な振る舞いはそこに無い。雪娘に裏切られた時、彼女の心は再び凍りついてしまったのだ。その身に纏うライヴスは、余りにも冷たい。
 ナイチンゲールは、そんな少女を横目に伺う。今までに見た事の無いくらい、荒んだ眼。しかし、敢えて言葉をかけずにいた。自分こそ、ラグナロクの影で暗躍した狂科学者への殺意を鎮めなくてはならないくらいだと思っていた。透き通る銀の剣を抜き、切っ先を従魔の幹へ向ける。
『(むしろ手心を加えるのに苦労しそうだな)』
 墓場鳥(aa4840hero001)がこそりと呟く。ナイチンゲールは頷くと、紅色に染まった花弁を見上げた。
「うん。……でも、本当の姿は見てみたいから」
 ナイチンゲールは剣を構えて飛び出す。交差するように、八朔 カゲリ(aa0098)と擦れ違う。彼の握る剣は、黒々とした焔を纏っていた。離れ際に、彼女は囁くように訴える。
「打ち合わせの時に言った通りにね。お願い」
「……善処はする」
 カゲリはリンクレートを高めながら大樹の根元へ飛び込み、木の腹を剣で斬りつけた。皮が剥がれ、生木の破片が飛び散る。間髪入れず樹体は再生を始めた。カゲリの中からその様子を眺め、ナラカ(aa0098hero001)は沈思する。
『(紅桜の本当の姿を見てみたい……その願い、私としても真摯に応じたいところだが)』
 しかし彼女の本質は浄化の王。遍く不浄を滅する光にして焔。一度その焔が地に下りれば、燃え尽きるまで消えない。そういうものだった。
『(あまり加減をした事が無いからな)』
 カゲリは剣を両手で握り直すと、再び幹に向かって剣を突き立てた。
 その反対側では、地面から次々と突き出す根にナイチンゲールが立ち向かっていた。輝く刃は、軽快に根を斬り落としていく。しかし数は多く、ナイチンゲールを取り巻くように生えてくる。
「させない!」
 そこへ、盾を構えて身を低くした藤咲 仁菜(aa3237)がすっ飛んできた。ナイチンゲールと木の根の間に割って入った仁菜は、白く輝く盾を大きく振り回して木の根を弾き飛ばした。そのまま仁菜は振り返る。
「後ろは任せて」
「サンキュ!」
 ナイチンゲールは仁菜の肩を叩き、逆手に握りしめた剣を根元に突き立てた。背中合わせに立った仁菜は、盾の中心に輝きを集め、空高くに向け撃ち放つ。広がる光は、舞い散る紅色の花弁を白く染め直した。
「皆! 今のうちに!」
「……うん」
 六花は魔導書を広げる。オーロラの翼が広がり、初夏の暖気が瞬く間に凍てついていく。木々の小枝が凍りつき、無数の氷槍へと変わっていく。
「草木が耐えられないのは……炎だけじゃない。の」
 折れた枝は、宙で更に鋭さを増した。六花は手を差し伸べ、妖樹に狙いを定める。乱れ飛んだ槍は、大樹の幹を貫き砕いていく。容赦の無い猛攻。
「(やっぱり強すぎる……六花の攻撃)」
 横目に見て、ナイチンゲールは思わず息を呑んだ。
 砕けた幹の穴を埋めきれないまま、大樹は再び蕾を付け、満開の華を咲かせた。翼を広げて待ち構えていたRAYは、待ちかねていたとばかりに第二陣を撃ち込んだ。次々と炸裂した弾頭からは乾いた爆風と共に毒液が飛び散り、枝の先を萎らせていく。RAYはしたり顔で新しい翼を広げた。
『まだあるぜ。咲けるもんなら咲いてみろよ』
 その言葉を聞いていたのか、RAYの目の前の地面が盛り上がり、大樹の根が飛び出す。大樹の根元でそれを見ていた仙寿は、毒瓶に挿さった簪を抜き、根の先に向かって投げつけた。風を切って突き刺さった簪は、見る間に根の先を腐らせていく。
『毒尽くしの攻撃……毒毒ミサイルのラルとのコラボ!』
《何故お前達の共闘はこう、いつも物騒なんだ》
 二人の攻撃で枯れていく大樹を見上げて仙寿はぼそりとツッコミを入れる。それを聞き逃さなかったRAYは、これまた堂々と言い放った。
『仕方ねえだろ。俺達は“恐怖の毒毒ガールズ”なんだからな!』
《おい。センスはどこに行ったんだ……》
『知るかよ!』
 仙寿のツッコミごと、再び咲いた花をミサイルで吹き飛ばす。大半は爆風に巻かれて飛んでいったが、その花が一つ、鎌を担いだカイの目の前を横切る。ふわりと漂う香りが、カイの鼻腔を柔らかくくすぐる。その瞬間、カイは思わず鎌を取り落としてしまった。
『花の香には勝てなかったよ……』
「ああもう! 言わんこっちゃない!」
 カイが上の空な顔でへらへらし始める。紗希が叫ぶがその身体は勝手に桜の方へと歩き出す。風上から淡々と銃撃を続けていたバルタサールは、視界の端にその姿を捉えた。
「ここにも恍惚感を覚えるような奴がいたか」
『いいじゃないか。風情が感じられているという事だよ。きみと違って』
「ふむ」
 相方の揶揄は受け流しつつ、バルタサールは銃を構えた。引き金を引いて、ふらふら歩くカイの足元に銃弾を撃ち込む。柔らかい地面には小さな穴が開き、爪先をそこに引っ掛けたカイは派手にすっ転んだ。
『あいたっ!』
「もう……何してるんですか……」
 仁菜は溜め息をつき、快癒の光をカイに当てた。我に返ったカイは、慌てて起き上がってバルタサールを睨む。
『おい! ここまでする事ねーだろ!』
「念には念を入れてだ。喰われるよりはマシだろう」
『くそっ。返す言葉がねえ!』
 さらりと返されたカイは、鎌を取り直してその刃にライヴスを込め始める。桜もそれに呼応して、再び蕾を付け始めた。六花はそんな桜を冷たい眼で睨む。
「……人の心を惑わす華……そんなの、要らない」
 深紅の輝きを放つ結晶を握りしめ、六花は冷たく乾いた声で命じる。
「“もう咲かないで”」
 刹那、時が凍りついたかのように桜が固まる。蕾は固いまま、枯れ木のような姿を晒す。六花は手の内で結晶を握り潰すと、その身に吹雪を取り巻かせた。その色は紅色に染まっていく。
「……消えてよ」
 六花は腕を振り抜く。血に染まった牡丹雪が、豪風に巻かれて桜の木へと襲い掛かる。雪の一片一片に篭った殺意。
「待って!」
 ナイチンゲールは眼を見開くと、慌てて桜の前に立ちはだかった。吹雪に巻き込まれたナイチンゲールは吹っ飛び、腐葉土の地面に倒れ込んだ。
「え……」
 突然の行為に六花は思わず茫然と立ち尽くす。全身の至る所が凍りつき、指先一つ動かさない。カゲリは剣を片手に握ったまま、肩を竦めた。
「そこまでするとはな」
『(なるほどな。悪い樹を切り倒しに来ただけと思っていたが……)』
 ナラカは曰くありげな雰囲気だ。カゲリは桜に目を戻すと、再び木に向かって剣を振り抜いた。黒い炎が、幹に刻まれた傷を焦がしていく。
「ナイチンゲールさん……?」
 一方、紗希は言葉を失いかけていた。カイは鎌を担ぎ、小さく溜め息をつく。
『いくら樹を保全したいからって、そこまでやるか……』
 鎌を手に取ると、木の様子に注意しながら慎重な三連撃を見舞う。地中へ向かって伸びる根を切り裂くように。その度に、木の皮が罅割れ、剥げ落ちていく。無残な姿になっていた。
 バルタサールはマガジンを入れ替え、樹に刻まれた傷口へ狙いを定める。
『さて、妖樹の正体はどうなってるのかな。従魔が憑く前より綺麗かな』
 紫苑は謡うように独り言ちる。バルタサールは何事も言わずに引き金を引いた。乾いた銃声が響き、飛び出した真鍮の弾丸は樹体の傷口を穿ち、中心深くに突き刺さる。刹那、樹木の傷や蕾から血が噴き出した。犠牲者から吸い尽くした血がとめどなく溢れ、樹は見る間に黒ずむ。
 一陣の風が吹き抜け、黒ずんだ樹皮を一瞬にして洗い流す。現れたのは、従魔だった頃にも劣らない枝ぶりを持つ桜。再び風が吹き抜けると、生い茂る葉の中に満開の華を咲かせた。
『(全く。……付き合わされる方の身にもなって貰いたいものだ)』
「……綺麗」
 木の足元から花を見上げ、掠れた声でナイチンゲールは呟く。

 死と鮮血は拭い去られ、ミヤマザクラの純白の華が真の美しさを取り戻していた。

●大樹の陰で
「こわっ! それにいったいし! 体ぱりっぱりじゃん!」
 不意にナイチンゲールが笑い出す。傷だらけの身を捩らせながらも、彼女は笑う事を止められない。呆然と立ち尽くしていた六花は、その声にはっとなり、慌てて彼女の下へと駆け寄る。
「……ご、ごめん……なさい。い、今、手当て、を……」
 霊符を取り出すと、六花は彼女の腕の傷に当てる。しかし、全身の傷を癒すにはあまりにも足りない。六花は仁菜に振り返り、声を震わせた。
「ふ、藤咲さん。お願い……ナイチンゲールさんを、助け、て……っ」
 仁菜はこくりと頷くと、一足飛びに傍へ駆け寄り、治癒の光をナイチンゲールへ当て続ける。霜付くその身体は、その度に癒えていった。
「何やってるのよ。六花さんの攻撃なんて受けたら痛いに決まってるでしょ……っ」
 怒りの混じった呟き。共鳴を解いた六花は、アルヴィナ・ヴェラスネーシュカ(aa4969hero001)と共にナイチンゲールの眼を見つめる。その小さな手はナイチンゲールの手を握りしめていた。
「でも……どうして……」
 その眼は、大切な人を傷つけてしまった苦悶に満ちていた。ナイチンゲールは六花の手を握り返すと、六花の頬へと手を伸ばす。
「本当の姿を見てみたかったから。この桜と……それからあなたの」
『六花の、本当の姿……』
 アルヴィナは彼女の言葉を小さく繰り返す。初めて出会った時に見せた、復讐心に駆られた彼女の姿。様々な人と出会う中で見せた、優しさに満ちた六花の姿。ただ茫然としている横顔を見ていると、六花自身にさえ、今は何が本当なのかわからないように見えた。
「はぁ。ありがとう、ニーナ」
「ばか!」
 起き上がったナイチンゲールの頬を、仁菜は素早くつねる。
「なっちゃんはすぐそうやって自分を犠牲にして誰かを助けようとする!」
 仁菜も何となくわかっていた。ナイチンゲールは、果ての果てへと突き進もうとしていた六花を引き留めようとしただけなのだと。しかしそれを許すことも出来ない。
「傷ついたら痛いよ。傷ついたなっちゃんも、傷つけた六花さんも」
 それから私も。その言葉は呑み込んで、仁菜はナイチンゲールを引き寄せる。
「痛い思いして、何かを為そうとしないで。心配なんだよ」
『(ニーナがそれを言うかなぁ……)』
 共鳴を解き、リオン クロフォード(aa3237hero001)は呆れたように頭を掻く。幾つも戦いを潜り抜ける中で、仁菜こそが何度も矢面に立って傷ついてきた。それを知っているリオンは、苦い顔しか出来なかった。
「……六花」
 共鳴を解き、仙寿は静かに六花の隣へ歩み寄る。手を伸ばし、六花の差している簪に触れた。逆境に負けず希望を待つ。その意志を支えたい。そんな想いを込めた簪を。
「俺は、六花が雪娘を信じたのは間違いじゃなかったと思ってる。それは……お前が優しさで憎しみを乗り越えた、強さの証明だからだ」
 そのまま仙寿は六花の頭を撫でる。一つの願いを込めながら。
「お前がそれを捨てないなら……その簪が示す通り、俺達はお前を支える」
 しかしその願いは儚い。六花はそっと手を伸ばすと、その手を引き離した。
「……ん。ごめん……なさい。今は、六花は……雪娘を信じた事……間違いだったと、思って……ます」
 六花の言葉を聞いて、アルヴィナは神妙な顔をする。一人の少女が背負うにはあまりに重い苦境。しかし、彼女には見守る事しか出来なかった。苦境を乗り越えるのは、彼女自身に他ならないのだ。
「ムラサキカガミさん、アバドン……仙寿さん、それに……雪娘。皆の言葉……ずっと、頭の中で……ぐるぐる、してて。もう、治ったと思ってたのに、あの日からずっと……また、頭が……痛いの。ママとパパの事、また毎晩、夢に見るように、なって……」
 苦悶の吐露。ナイチンゲールは微笑むと、そっと六花を抱き寄せた。
「出来過ぎなんだよ六花は……甘えなよ」
 ひんやりとした六花の身体を、彼女は固く抱きしめた。
「答えを探すために沢山話そう? 辛いなら、一緒に寝てあげるから。だから、一人で苦しまないで」
 六花は顔を曇らせたまま、何も言わない。横で見つめていた仁菜は、両手を伸ばして二人をそっと引き寄せる。二人の生きている熱を感じながら、彼女は口を開く。
「私もね、愚神に家族を殺されたの。でもね、仇を探そうなんて考える程強くなかったの。これ以上失いたくないから、目の前の人を守るだけで精一杯」
 その目にうっすらと涙が浮かぶ。それでも、仁菜は小声で、しかし力強く訴えた。
「友達が苦しい思いをしてるなら、泣いているなら力になりたいよ。何が正解かなんて分からないし、自分が正解を選び取れるなんて思ってない。……正解じゃなくてもいいの。誰かに許されなくたっていい。皆がこうやって生きてて、一緒に笑える日が来るのなら」
『……そうだよ。だから……』
 皆頑張ろうね。あけびもその場に膝をつき、三人を抱えるように抱きしめた。少女四人が寄り添う様子を一歩離れて見つめ、仙寿はひっそりと呟いた。
「もしかすると、六花と俺は道を違えるのかもしれない。でも、俺はお前を見守っている」
 彼は拳を固く握る。雪娘を赦した六花を見て、彼自身も赦されたような気になっていた。誰かにとっての大切な存在を殺し、恨みを買い続けた自分を。
 だからこそ今は、ただ誓いの為に戦おう。喩え人殺しである事に変わりなくとも。仙寿はそう決意を改めるのだった。

『バァーン!』
 その時、いきなりRAYが声を張り上げた。同時に彼女は手に持っていたブルーシートを一気に広げる。投網のようにシートが襲い掛かり、少女四人は慌てて飛び退く。目を白黒させている四人に、大きな重箱を両手で抱えた美空(aa4136)が近寄っていく。
「しんみりするのはその辺りにしておいて、そろそろご飯にするであります。お腹が減ると、頭がぐるぐるして嫌な事ばかり考えてしまうのでありますよ」
 ブルーシートの上に重箱を載せると、美空は素早く料理を広げた。唐揚げや卵焼き、おむすび、とにかく色とりどりの料理が敷き詰められていた。
「もしかしたらと思って、朝早くから起きて準備していたのであります」
『美味いと思うぜ。とっとと食えよ』
 それだけ言うと、RAYはシートの上にごろんと横になる。四人はしばらく顔を見合わせていたが、おもむろにナイチンゲールがスマートフォンを取り出す。
「その前に、皆で写真を撮ろうよ。この白桜の前でさ」
「……じゃあ俺が撮ろうか」
 仙寿はナイチンゲールの携帯に手を伸ばしたが、彼女はさっと引っ込め、その手を掴んで四人の方へ引き寄せた。
「ダメ。仙寿くんも一緒にね」
「なら美空が代わりに撮るであります」
 美空はナイチンゲールへ小さな手を差し出した。ナイチンゲールは頷き、そっと美空に携帯を手渡した。とことこと下がり、美空は携帯をカメラのように構える。

「元気なものだな」
 若者達の集まりを遠巻きに眺めて、バルタサールは紫煙を燻らす。紅色だろうと白色だろうと、花に興味は持てなかった。花の下に座り込んで宴という気にもなれない。
『心豊かに生きるなら、自然の風情を努めて感じてみるのも大事だよ』
 紫苑はその隣で、どこからともなく取り出してきた酒をちびちびと飲んでいた。煙をふっと吐き出し、バルタサールは肩を竦める。
「そんな必要があるとも思えんね」
『そう言うと思ったよ』
 それだけ言い残すと、紫苑は酒を手にしたまましゃなりしゃなりと歩き出した。

「ねえ、紗希さんも写らない?」
「え? は、はい」
 ナイチンゲールが紗希を手招きする。彼女に言われるがまま、紗希は女子集団へとそろそろ足を踏み出した。その背中を見送りつつ、カイはぼんやり思いを巡らせる。
『(人を喰う、か。今まで愚神や従魔達はそうしてきた。だが“家畜”として命を利用し、糧を得ている点では人間も……)』
 風に揺れる白花。カイは一刻前まで従魔だったそれを見上げ、眉間に皺を寄せた。
『(決して家畜と人間を同列には出来ないが、人間もまた“他者の犠牲”無しで生きる事は出来ない。現文明社会において食物連鎖の頂点が、今は人間であるだけだ)』
 風で葉が擦れあい、空をざわめかせる。

「撮るでありますよー。ハイチーズ」
 軽快な電子音と共に、寄り添う少年少女達の姿が写真に収まる。白と緑の入り混じる若々しい彩りを背に写る彼らの姿は、今この場にある何よりも美しかった。

 カイは紗希達のそんな様子を見つめ、なおも考え続けた。
『(世界蝕で時代が変わろうとしている今、頂点の入れ替えだってあり得ないとは言い切れない。人間は今、その岐路に立たされているという事か……?)』
 ふと、彼の目の前に小さな猪口が突き出された。ツンとする酒の匂いに、一瞬思考が現実に引き戻された。猪口を握る手を視線で辿ると、女性とも見紛う容姿の鬼が、口端にうっすらと笑みを浮かべていた。
『要るかい?』
『どうしてだ』
 ぶっきらぼうに尋ねられ、紫苑は肩を竦めた。
『飲みたそうな顔してたから』
『何だよそれ……』
 とはいえ酒は好きなカイ。紫苑に勧められるがまま、猪口に注がれた清酒を飲み干す。口の中がひりつく。その熱が、彼の思考をさらに巡らせた。
『(これは俺が答えを出すべき問題じゃない。この世界の存在であるマリ自身が答えないとだめだ。その選択を迫られた時、マリはどんな答えを出すのか……?)』
 ヘイシズの姿が一瞬脳裏を過ぎる。その金色の瞳は、くすんでいた。
『(マリには幸せになって貰いたい。そのためになら、俺はどんな犠牲だって払うことが出来る)』
 再び紗希へ眼を戻す。彼女は、戸惑いながらもあけびや美空と談笑を続けていた。
『(……今は現在を見るしかない。今のこの世界を)』

 友人達の輪からほんの少し離れ、仁菜は桜の木に背中を預けて息を吐く。そんな彼女にこっそりと歩み寄り、リオンは仁菜の顔を覗き込んだ。
『すっきりした顔してるな?』
「うん。大切なもの……ちゃんと確かめられたから。これから何が起こっても揺るがないように。戦場で大切なものを守れるように……」
 自分が守りたいのはH.O.P.E.の大切な仲間達。彼らを守る為なら、恐怖を心の奥に閉じ込められる。勇気を奮って戦場に立てる。
「行こう、こそこそ隠れてる歌姫を探しに」
 大切な仲間を傷つけ続けた悪の歌姫。前回は結局討ち損ねてしまったようだが、ならば何度でも討てばいい。彼女が本当の意味で斃れるその瞬間まで。
「私は私の決着をつけに行く。もう誰も傷つけさせない」
 そのために仲間が矛となるなら、自分達は盾となる。リオンは肩を縮めた。仁菜がまた無茶をする予感しかしなかったが、歌姫を討ちたい思いは仁菜と同じだった。
『……ニーナがそう言うなら、俺は手を貸すよ』

『口惜しいものだな』
 ナラカはおにぎりを頬張りながら、ぽつりと呟く。その眼は桜を見上げる少年少女達に注がれていた。カゲリは仏頂面のまま尋ねた。
「何がだ」
『あの獅子に雪娘、アッシェグルートにパンドラもだ。奴らのお陰で、この世界が面白いように掻き回されているだろう。己を頑なにし続けた者もいれば、稚気じみた願いが崩れてただ嘆く者もいる。底だ。……皆の底が剥き出しになっている』
「おまえはいつも通りだな」
 彼女の物言いは既に慣れっこだった。カゲリはひたすら無感動に呟く。
『当然だ。あの獅子は秩序を齎すと言いながら、多くの者を混沌の中に叩き落とした。皆、一寸先も見えぬ闇の中だ。……行く道の先を照らせるは、己の輝きのみよ』
 ナラカは少女達を見つめる。常に変わらぬ輝きを抱き続けた者、時ここにおいて輝きを増し始めた者、迷い塞ぎ、翳りが差してしまった者。その輝きは様々だ。それを見るナラカも目をきらきらさせている。
「自分が齎した輝きでないのが口惜しい、と」
 ナラカは頷く。近頃では虎視眈々とその機会を窺っている有様だ。カゲリにそれを止めるつもりも無かったが。
『だがまあ、今はあの獅子が齎したこの者達の輝きを見て楽しんでおくとしよう。いつでも見られるものではあるまいよ』
 深山桜の白さには眼もくれず、ナラカは少年少女達の様子を窺う。苦しみの中でも、歩み続ける事を宿命づけられた彼らを。

 この後、エージェント達はしばらく花見をして過ごした。この先の未来に、各々で想いを巡らせながら。運命が大きなうねりを胸の中で感じながら。

 何よりも美しい紅色 終わり

結果

シナリオ成功度 大成功

MVP一覧

  • 譲れぬ意志
    美空aa4136
  • かわたれどきから共に居て
    日暮仙寿aa4519
  • 明日に希望を
    ナイチンゲールaa4840

重体一覧

参加者

  • 燼滅の王
    八朔 カゲリaa0098
    人間|18才|男性|攻撃
  • 神々の王を滅ぼす者
    ナラカaa0098hero001
    英雄|12才|女性|ブレ
  • 革めゆく少女
    御童 紗希aa0339
    人間|16才|女性|命中
  • アサルト
    カイ アルブレヒツベルガーaa0339hero001
    英雄|35才|男性|ドレ
  • その背に【暁】を刻みて
    藤咲 仁菜aa3237
    獣人|14才|女性|生命
  • 守護する“盾”
    リオン クロフォードaa3237hero001
    英雄|14才|男性|バト
  • 譲れぬ意志
    美空aa4136
    人間|10才|女性|防御
  • 悪の暗黒頭巾
    R.A.Yaa4136hero002
    英雄|18才|女性|カオ
  • Trifolium
    バルタサール・デル・レイaa4199
    人間|48才|男性|攻撃
  • Aster
    紫苑aa4199hero001
    英雄|24才|男性|ジャ
  • かわたれどきから共に居て
    日暮仙寿aa4519
    人間|18才|男性|回避
  • たそがれどきにも離れない
    不知火あけびaa4519hero001
    英雄|20才|女性|シャド
  • 明日に希望を
    ナイチンゲールaa4840
    機械|20才|女性|攻撃
  • 【能】となる者
    墓場鳥aa4840hero001
    英雄|20才|女性|ブレ
  • 絶対零度の氷雪華
    氷鏡 六花aa4969
    獣人|11才|女性|攻撃
  • シベリアの女神
    アルヴィナ・ヴェラスネーシュカaa4969hero001
    英雄|18才|女性|ソフィ
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