本部

大陸横断の平穏を

絢月滴

形態
ショート
難易度
普通
オプション
参加費
1,000
参加制限
-
参加人数
能力者
6人 / 4~6人
英雄
6人 / 0~6人
報酬
普通
相談期間
5日
完成日
2018/05/02 20:51

掲示板

オープニング

●平穏
 薄闇の中、シベリア鉄道はいつもと変わらず次の停車駅であるウラン・ウデを目指して走っていた。シベリア鉄道は1車両に1人、担当の車掌がつく。二等寝台車の担当になった青年車掌は乗務員室の前で、車窓の外を流れる景色をぼんやりと見つめていた。針葉樹(タイガ)が永遠と続く風景は最初の内は新鮮だったけれど働き始めて3年も経った今は生活の一部になってしまった。
「あの、すいません」
 聞こえた声に青年車掌は視線を下げた。カメラを手にした少年がこちらを見つめている。
「はい、お客様」
「バイカル湖を撮りたいんです。明日、何時に起きればいいですか?」
 青年車掌は時刻表を確認した。
「午前3時に起きれば確実ですね」
「ありがとうございます!」
 がんばって起きなきゃと言う少年を青年車掌は微笑ましく思った。

●事件は突然に
 若手車掌は目覚まし時計が鳴る5分前に目を覚ました。一つあくびをして、彼は身支度を始める。カーテンを開ければ、ユーラシア大陸の山々が目に飛び込んできた。昇り始めた朝日が山の稜線を金色に色どっている。制服のコートを着て、彼は乗務員室の外へ出た。客室のドアはどれも閉まっている。まだ皆眠っているのだろう。あの少年はバイカル湖を無事に撮影できただろうか。もし撮っていたら、後で写真を見せてもらおう。彼は慣れた手つきで朝の業務を開始する。しかし彼はすぐに違和感を覚えた。念のため、時計を確認する。そろそろ午前10時。おかしい。いくらなんでも、客が全く起きてこないなんて……。
「お客様、失礼いたします!」
 1番近くにあった客室のドアを彼は開けた。
 そこにはカメラを抱えたまま、ぐったりしている少年が居た。

●愚神を排除せよ
 H.O.P.E.サンクトペテルブルク支部。
 集まってきたリンカーたちを前に事務員は静かに口を開いた。
「今朝、ウラジオストック発モスクワ行のシベリア鉄道にて乗客12名が原因不明の重体となった事件が発生しました。警察の調査の結果、食中毒やテロの可能性はゼロとのこと。よって、H.O.P.E.に対応依頼がきました」
 事務員は言葉を切って、リンカー達にモスクワ発ウラジオストック行のシベリア鉄道の切符を配り始める。
「ここからサプサン(ロシアの新幹線)に乗って、モスクワで乗り換えて下さい」
 切符を配り終わると、事務員はもう一度リンカーたちの顔を見た。そして力強く告げる。
「愚神は何処から現れるのか分かりません。健闘を祈ります」

解説

シベリア鉄道に現れた愚神の排除が今回の目的です。
以下の事項に注意しながら、目的を達成してください。

・車掌から事情を聴いたところ、以下のことが分かっています。
 ウラン・ウデ駅に到着するまでには何も異常はありませんでした。
 事件に気づいたのはターフロカ駅。駅の関係は下図を参考にして下さい。
 
 ターフロカ駅(事件発覚)---約7キロ---レソヴォーズヌィ駅---約13キロ---タタウロヴォ駅---約38キロ(途中セレンガ川を渡る)---ウラン・ウデ駅

 
・シベリア鉄道を止めることはできません。乗客も居ますし、貨物もあります。駅への停車も行います。
・シベリア鉄道運営会社は列車の破壊と人命と貨物への被害は避けて欲しいと言っています。万が一のことがあれば、場合はH.O.P.E.が責任を取りますが、そうなってしまった場合H.O.P.E.、ならびにリンカーへの不信感が生まれるでしょう。

リプレイ

●走行距離9,258km、所要6日3時間の旅へ
 モスクワ駅に向かって、Гарсия-К-Вампир(aa4706)と レティ(aa4706hero001)は少し足早で歩いていた。すれ違う人々がちょっと驚いた顔をしているのはГарсияがメイド服を着ているからだろう。Гарсияにとって、そんなことは関係なかった。
『Гарсия』
 背中の、虫の羽のような氷をゆっくりと上下に動かしながら、レティがГарсияに声をかける。
「何でしょうか、レティ」
『まだ列車が出るまで、二時間以上あります。つまり……早すぎると思います!』
 胸を張って主張するレティにГарсияは笑いかけて、それから真面目な顔になった。
「今回の事件、私はサンクトペテルブルク支部の代表として参加します。代表ですから、遅刻する訳にはいきません」
 言い終わるとГарсияはスマートフォンをチェックした。本部に被害者のフィルム内容確認の要請を出したがまだ返答がない。どうやら列車に乗ってからになりそうだ。
『……確かに! そうだね!』
 じゃあ急がなきゃ! とレティが同意した。彼女の周りにキラキラした雪の粒子が発生する。
 その様子もまた、道行く人々の注目を集める事となったが、二人は前しか見ていなかった。
 
 
 
 サンクトペテルブルク支部・端末室。
 エージェントが情報収集に自由に使える場所に木霊・C・リュカ(aa0068)とオリヴィエ・オドラン(aa0068hero001)は居た。
「いいね、列車の旅! わくわくするよ! 仕事じゃなきゃ、ウォッカでも呑みたいものだけどっ」
 少々興奮ぎみの声を出すリュカとは対照的にオリヴィエは静かだった。
『……正体の解らない敵は、面倒だ、な』
「確かにね」
『でも、湖は、観光名所、なんだろ』
「そうだよ」
『少し、見てみたい』
 明らかな欲求が含まれたオリヴィエの声。
 リュカはそうだね、と同意した。
「さて、今日乗る列車は事件があった日と同じ車両だというし……調査から始めようか」
 リュカは自分の幻想蝶――金木犀と夕焼けのファイアオパールの腕輪に触れた。透明な光が蝶の羽のように広がり、リュカは静かにオリヴィエと共鳴する。褐色の肌、深緑の髪。前を真っすぐ見つめる瞳の色は金木犀を思わせる赤金色。
 側にあった端末をオリヴィエは立ち上げる。おかしな現象が周辺で起きていなかったか、ネットで何か話題になっていないかを検索した。
『……どうやら、最近バイカル湖周辺で、巨大な影が目撃されている、らしい』
 ――今回みたいに直接的な被害は出てないみたいだね。新聞社や警察への問い合わせの回答は来ているのかな?
 リュカに言われ、オリヴィエはWebメールにアクセスした。新規受信メールが二件。メールの差出人を確認してからオリヴィエはメールを開いた。
『畑を荒らされた、という住民の訴えが何件かある、みたいだ。列車の通過関係なしに』
 ――敵は外からやってきた、と見た方がいいね。さて、オリヴィエ。そろそろ行こう。
『ああ』
 オリヴィエは端末の電源を落とした。
 
 
 
 モスクワ駅、シベリア鉄道ホーム。
 荒木 拓海(aa1049)はウェポンライトを手に、車体の下を確認していた。彼のパートナーであるとメリッサ インガルズ(aa1049hero001)は本部から提供された情報を端末で確認している。
『誰かが目覚めていれば、事情を聞けたのだけれど……。拓海、本部から被害者名簿が来たわ』
「共通点はありそう?」
 車軸を照らしながら、拓海はメリッサに問う。メリッサはありそうにないわ、と答えた。
「うーん、車軸にも痕跡はなし。……なあ車掌さん」
 側に居た今日の列車に同乗する車掌――事件に気づいた青年車掌――がはい、と若干不安が混じった声で返事をした。
「事件の当時の状況を詳しく聞かせてくれ」
「は、はい。あの時は十両編成で走ってまして、被害に遭われた方は五号車と六号車に乗車されていました」
「抵抗した痕は?」
 拓海の問いに車掌は首を振った。
「ありませんでした」
『他、被害者に共通点などはあったのでしょうか?』
「はい。どの方も顔に傷がありました。まるで何かに掴まれたような。それにどなたもスマホやカメラを手にしていまして。あとどの部屋も窓が開いていました」
「窓は開けられないと車両も多いと聞きますが……」
 車掌の話に、凛とした声が被さる。
 アイリス色の長袖ワンピースを纏った少女と軍服姿の男性――紫 征四郎(aa0076)とユエリャン・李(aa0076hero002)がこちらに向かってくる。
「やあ、せいちゃん。ユエリャンさんも」
『こんにちは。征ちゃん、ユエリャンさん』
 拓海とメリッサの挨拶に征四郎は頭を下げて応える。
 少々驚いている車掌にユエリャンが迫った。
『きみ、吾輩と征四郎はシベリア鉄道の窓は開けられないと聞いている。しかしきみは先程窓が開いていた、と言った。どういうことだ?』
「え、えっと、ですね。確かにおっしゃる通り、窓を開けられない車両がほとんどです。ですが中には作りが古く、開けられる車両も。あの事件の日は二等寝台車がたまたまその古い作りの車両で」
『なるほど』
「窓から入ってきた可能性が高いですね……あ、ホトト」
 階段を上がってくる時鳥 蛍(aa1371)とグラナータ(aa1371hero001)に征四郎が気づいた。
「お、蛍ちゃん。タイミングが合うね」
 笑顔を見せる拓海に蛍も笑う。しかし次の瞬間、タブレットに何かを打ち込んで皆に見せた。
『ごめんなさい、遅くなりました』
『大丈夫よ。発車時刻まではまだまだだから』
 拓海はウェポンライトを仕舞った。
「後は……魔女さんとГарсияさんか?」
「Гарсия様なら、もう乗車されています」
「私ならここに居ます、拓海さん」
 客車の入口から辺是 落児(aa0281)と構築の魔女(aa0281hero001)が顔を覗かせる。
「ライヴスゴーグルを使って霊力の痕跡を確認していました。車両には何も異常はないです。ライヴス通信機も使用可能であることを確認しました」
「流石魔女さん」
 拓海は客車に乗り込んだ。それに続いてエージェント全員が乗り込む。
 三十分後、列車はウラジオストックに向けて発車した。



●楽しい列車の旅を!(警戒は忘れずに!)
 事件が起きたという二等車両の片方の車両内の一室で構築の魔女はレーダーユニットとライヴスゴーグルを使い、列車内の状況を走査していた。先頭から順々に。機関車、荷物車1、荷物車2、三等寝台車、一等寝台車、二等寝台車(この車両の部屋を借りている)、二等寝台車、食堂車、展望車……。
「今のところ、列車にも乗務員にも異常はないですね」
 他の皆から聞いた情報を総合すると、相手は外から侵入してきた線が濃い。けれど油断は出来ない。
「紅茶いかがですか」
 Гарсияが構築の魔女と落児の前のテーブルにティーカップを置く。そこには小さな焼き菓子も添えられていた。戴きます、と構築の魔女は手を伸ばす。向かいに居る落児の手は動かない。そんな彼の横にレティがちょこん、と座った。
「落児、お菓子食べないんですか? それなら、レティ、食べちゃいます!」
「……ロロ!」
 落児は素早く焼き菓子を口に運んだ。と、小さな電子音が鳴った。Гарсияがスマートフォンをエプロンから取り出す。
「本部からの返答が来たんですね! 何が映っていますか?」
 レティがГарсияのスマートフォンを覗き込む。
「……大きな、足?」
「見せていただけますか?」
 構築の魔女も画像を確認する。
 鳥の足に似た巨大な影が画面の半分以上を占めていた。開いた窓。その向こうに見える空は闇に閉ざされている。
「車掌さんが部屋には羽根が落ちてたって言ってたね? ……あ、もしかして、敵は鳥の形をしてる!?」
「ええ、おそらく。皆に伝達しましょう」
 


 その頃。
 ユエリャンとオリヴィエは、列車内部構造を確認するためにそこから最後方の二等寝台車まで歩いていた。事前に調べていた通り、やはり車内は狭い。それは一等寝台車であっても三等寝台車であっても変わらない。唯一広いと言えるのが食堂車だろうか。
『中で戦うのなら、食堂車だな』
 三等寝台車の廊下の壁に寄りかかりながら、ユエリャンは言った。
『同感だ、ユエ。だが出来るなら、外で戦いたい。どうやら敵は窓から中に入ってきたようだから、その前に』
『……んっ?』
『ユエ?』
 突然動きを止めたユエリャンを、オリヴィエは不思議に思った。まさか敵襲か……そう思った、刹那。
『おお!』
 ユエリャンが何処からかデジカメを取り出した。
『オリヴィエ。丁度景色がいい、母に写真姿を一枚くれ』
 デジカメを向けられ、オリヴィエは真顔でピースサインをした。
『うむ、いいぞいいぞ。これは征四郎と時鳥嬢も写真に収めねば!』
 デジカメを持って、展望車両に向かうユエリャンをオリヴィエは見送ることしかできなかった。その様子を見ていた乗客が話しかけてくる。
「兄ちゃん、ああいう時は笑顔だぜ!」
 ――よしオリヴィエ、情報収集だ! 頑張って仲良くなって!
『難しいことを言う……』


「見て下さい、グラさん。いい景色です」
 展望車後方のデッキからの眺めを蛍は心から楽しんでいた。少し灰色がっかった空と、平原。笑う蛍にグラナータもつられて笑った。
【愚神が出てなかったらいい旅行になったかもしれないのにッスねー】
「……ですがこれ以上の被害を防ぐことに意味はあります」
 蛍はタブレットに目を落とした。先程、皆に聞いた情報をまとめたのだ。鳥の形を模した敵。犯行が行われたのは午前三時前後。窓を開けて、そこにカメラを取り付けていれば、きっと向こうから飛び込んでくる。
【蛍、平気ッスか?】
 は、と蛍が息を呑んだ。どうやら、いつの間にか不安そうな表情になっていたらしい。グラナータをしっかりと見て、蛍は口を開いた。
「今回は……友達が、います。がんばれると思います、わたしは大丈夫です」
【分かったッス。でも無理は禁物ッスよ?】
「はい」
 蛍は笑顔で答えた。
「中に戻りましょう」
【そうッスね】
 蛍は車内への扉を開けた。すぐそばの席で征四郎が乗客である女性と会話を楽しんでいる。
「シベリア鉄道にはもう何回も乗っているんですね」
「ええ。通るのは同じところだだけれど 空の色、売店の品ぞろえ、空気、必ず違うところが一つあるの」
 胸を張って答える乗客に征四郎は質問を重ねた。
「今回はどうですか? 何か変わったところとか……何かが壊れている、とか」
「いえ、特にないわね」
「そうですか」
 征四郎との受け答えに何かを感じ取ったのか、女性が身を乗り出す。
「あたしはアレクサンドラ。何か困ったことがあるなら言って。力になれるかもしれないわ」
 女性――アレクサンドラの言葉に、征四郎は強く頷いた。ポケットからスマートフォンを取り出して、女性に渡す。
「何か気づいたら、連絡をください。もしくはお守りがわりに」
「分かったわ」
『征四郎!』
 聞こえた声に征四郎は振り返る。デジカメを持って興奮した様子のユエリャンが物凄い勢いで近づいてくる。
「ユ、ユエ?」
『写真を撮ろう! せっかくだからな! 時鳥嬢も征四郎と並んでくれ。さあ早く』
 ユエリャンの言葉に、アレクサンドラがあら、と言った。
「せっかくだから貴方も一緒に映ったら? 撮ってあげる」
『うむ、頼む。だが、まずは時鳥嬢と征四郎のツーショットを!』
「ユエ、今日は何しに来たのです……!!」



 その日の夜から、リュカ達は交代制で列車の屋根で見張りを行った。それが功を奏したシベリア鉄道は何事もなく、イルクーツク駅に到着した。あと二、三時間もすれば次のターフロカ駅に向けて出発する。
 構築の魔女は落児と背中合わせの体勢で列車の屋根の上で周辺の警戒を行っていた。今のところ、レーダーユニットにもライヴスゴーグルにも怪しい影は映らない。
「落児さん。バイカル湖が見えるわ」
「……ロロ」
「まるで鏡のよう? 確かにそうね。世界一透明度が高い湖だからかしら」
 構築の魔女は思わずため息を漏らした。と、不意に下にある窓が開く音がする。そこから拓海が顔を出した。
「魔女さん交代するよ」
「ありがとうございます。今のところ異変はありませんが、気を付けて」
「もちろん」
 列車側面に取り付けさせてもらった梯子を使い、まず落児が車内に入る。続いて構築の魔女が戻った。
「メリッサ」
『はい』
 パートナーの名を呼び、拓海は幻想蝶に触れた。蒼の蝶の羽根が煌めく。拓海の髪が少し伸び、その色は銀色に染まった。
「さてと」
 拓海は梯子を使い、屋根に上った。すぐにモスケールの電源を入れる。ついで今日撮影した写真のチェックを始めた。
「壊されているところは無し、か。お客さんも、異常はないって言ってたね」
 ――中には居ないってことかしら。
「多分。リュカ兄が調べた通り、外からの侵入かな。……それにしても」
 拓海は顔を上げた。
 冷たい風を頬に感じながら、星が煌めき出した空を見上げる。
「綺麗だな」
 ――そうね。
 ライヴスの中でメリッサが同意した。
「不謹慎だが、この仕事を始めてから役得が多い。シベリア鉄道は一生乗れなかっただろうなぁ」
 がたんがたん、と線路を走る音が響く。人の話声がうっすらと聞こえる程度だ。あとは風の音。時折それに混じる狼の遠吠え。
 ――プライベートなら、のんびり楽しめるけど仕事じゃ気が抜けないわ。
「じゃあ今度はプライベートで乗ろう。規佑にもこの景色を見せてやりたいし」
 想い人の顔を拓海は思い浮かべる。
 その幸せそうな表情にメリッサは目を細めた。
 ――そうね。事件をきっちりと解決しましょう。
「もちろん」


●そして愚神が襲い来る
 午後十一時頃。
 シベリア鉄道がターフロカ駅を発車する。
 蛍は客室の窓を全開にした。外の空気が一気に流れ込む。
「グラさん、いきましょう」
【うッス!】
 蛍は幻想蝶を握り締めた。グラナータと姿が重なる。
 その身にまとうは、甲冑と和装。髪の毛は腰まで伸びて、伸びた部分が黒に染まった。赤い粒子が漂う中、蛍は目を開く。その右目は緑色の輝きを放っていた。
 午前零時少し前。
 二等寝台車の客室でユエリャンは静かに征四郎の足元に跪いた。紅いムーンストーンのアンクレットに触れる。青紫色の光が蝶の羽のように広がった。征四郎とユエリャンの姿が合わさる。共鳴完了。
 同じように、Гарсияもレティと共鳴する。幻想蝶を握り、目を閉じた。次に目を開いた時、彼女の瞳はルビーのように真っ赤に染まっていた。
 ユエリャンは右手を挙げて、鷹の目を発動させる。ライヴスで生成された鷹が窓から飛び出していった。鷹の視覚とユエ梁の視覚が同調する。上空から列車を眺めるとこういう風に見えるのかとユエリャンは少々感動した。
 レソヴォーズヌィ駅停車。時計の針が午前二時を示す。
 オリヴィエは一等寝台車と二等寝台車を繋ぐドアの近くに居た。モスケールを起動させた。まだ異常は見られない。
 ――あやしい乗客も居ないね。
『油断はできない』
 列車の上で落児は幻想蝶に触れ、構築の魔女と共鳴する。赤の光をまとった彼女は静かに、列車の先頭方向を見ながらメルカバを携えた。
「さて、外から近づいてくるなら腕の見せ所ですね」
「期待してるよ、魔女さん」
 構築の魔女と正反対の位置にも居る拓海もまた、SVL-16を手にする。
 レソヴォーズヌィ駅、出発。進行方向左手、バイカル湖が近づいてきた。
 瞬間。
『皆、来たぞ!』
 各々が持つライヴス通信機からユエリャンの声が響く。
『予想通り鳥型だ。数は十一……いや、十二! 十一体の従魔と……少し遠くに一体の愚神。進行方向右手!』
 ユエリャンの通信を受け、Гарсияはデスソニックを使用した。避難ベルが鳴り響く。そして隣の二等車両に飛び込んだ。
「ここは危険です。隣の車両へ移動をお願いします」
 Гарсияの誘導に乗客が素直に従う。彼らに何かあってはと、Гарсияは共に移動した。
『乗客は任せたぞ、Вампир嬢! 吾輩は敵を迎撃しに行く。オリヴィエ、さあ母と共に!』
『言われずとも、行く』
 二人は一等車両の屋根に上がった。十一体の従魔が翼をはためかせ、こちらに近づいてくる。その内の二体が急に下降した。窓を開け、カメラを仕掛けておいた部屋――蛍の部屋に向かったのだろう。
「蛍ちゃん、そっちに二体行ったよ!」
 拓海はライヴス通信機に向けて叫んだ。蛍はそのメッセージを受信すると同時に窓を注視する。来た。
「大きな足……これでお客さんたちの顔を掴んで、ライヴスを」
【掴んだらちょうど、口を塞ぐ形になるッスね。悲鳴も出せないはずッス】
 室内に飛び込んできた二羽の攻撃に対し、蛍はメーレーブロウを使用した。乱戦形式に引き込まれた二体同士が衝突する。その隙を狙って、蛍は一体に重撃を叩きこんだ。一気呵成の力で再攻撃。その威力に従魔は耐えることができなかった。もう一体が逃げるように、窓の外に飛び出そうとする。
「逃がしはしません……ので」
 足に力を入れ、蛍は体当たりを仕掛けた。敵ごと地面に放り出される。走り続けるシベリア鉄道は容赦なく彼女を置き去りにしていく。その光景をリュカはオリヴィエの目を通して見た。
 ――蛍ちゃん!
『心配するのは分かるが、まずは敵の殲滅、だ。……皆、目を瞑れ』
 オリヴィエはフラッシュバンを使用した。ライヴスで作られた閃光弾が炸裂する。次いで弱点看破を使用した。
『弱点は、腹』
 オリヴィエの言葉にユエリャン、構築の魔女、拓海は頷いた。構築の魔女がトリオを使用し、敵をけん制する。ばらばらになった内の一体を拓海が撃ち抜いた。再び八体一か所に固まる。そして一斉にオリヴィエへと急降下した。
『ち……っ』
『オリヴィエ!』
 反応が少し遅れたオリヴィエをユエリャンがカバーリングした。
『このくらいの攻撃で、吾輩を壊せると思わないことだな』
『ユエは平気でも、今の攻撃を、列車が受けたら』
『ふむ。オリヴィエの言う通りだ。それなら』
 敵の方に向き直り、ユエリャンは女郎蜘蛛を使用した。網状に広がったワイヤーが敵一気にを包み込む。両足や翼にワイヤーが絡み、動けなくなった敵が貨物車の屋根に落下した。車体に傷はつかなかった。
『愚神が近づいてきました』
 構築の魔女はロングショットを使用した。愚神の羽根を狙ったが、少し逸れてしまった。その攻撃が気に食わなかったのか、愚神が一気に近づいてくる。どう迎撃しようか考える拓海の視界に次の駅が映った。
「このままじゃまずいね」
 ウコンバサラを構え、拓海は跳躍した。
「うおおおおおお!」
 ストレートブロウを発動させ、拓海は愚神に体当たりをする。線路から少し離れたところに愚神と共に落下した。モスケールで他に反応がないことを確認してから、オリヴィエも列車から飛び降りる。
 愚神が拓海を振り解いた。ごろごろと激しい音を立てて、拓海は地面に転がる。
「おっと」
『怪我はないか、拓海』
「はい、何とか」
 愚神が二人を見下ろす。鳥型にしては巨大なその足で、二人を掴もうと攻撃を仕掛けてくる。その攻撃を拓海は軽々と避け、オリヴィエも爪が自身に届く前に、横に跳んだ。
『終わらせ、る』
 オリヴィエはLSRのトリガーを引いた。足から腹、翼を貫通するように放たれたその弾は、狙い通りに愚神にダメージを与えた。痛さに喚く愚神に畳みかけるように、一気呵成で攻撃力を高めた拓海がウコンバサラを振り上げる。
 翼の根元から、首までを切り裂かれ、愚神は絶命した。
「ふぅ……あ、落ち着いちゃダメだった! 蛍ちゃん!」
 武器を幻想蝶を仕舞い、拓海は蛍を迎えに行った。



●後は楽しい鉄道旅行
 朝日を浴びて輝くバイカル湖を前に、オリヴィエは感嘆の溜息を洩らした。
『確かに綺麗だ、な』
 オリヴィエの目を通し、リュカもその光景に感動した。
 ――そうだね。お兄さんも心洗われるよ。あれ、オリヴィエ、そのデジカメどうしたの。
『ユエに借りた。写真をとって、被害者の少年に、送る』
 ――いいアイディアだね。あ、シベリア鉄道のチケットもつけよう! 今度はちゃんと、写真が撮れるように!

 乗客の安全を確認し、車内にも異常がないかをГарсияは確認した。サモワール(湯沸し器)からお湯を貰い、紅茶を淹れる。ジャム入りの小さな器も添えた。
「昨日はお騒がせしました。これを飲んで、おくつろぎ下さい。ジャムはストロベリー、レモン、マンゴー、バラをご用意しております。どれになさいますか?」
 乗客一人一人に笑顔を見せながら、Гарсияは紅茶を配った。中には昨日の夜起きたことの詳細を聞きたがる客も居たが、それもまた笑顔で躱す。
「ホトト、怪我はなかった?」
 食堂車、窓際のテーブル席に腰を降ろした征四郎が対面の蛍に訊く。皆の前にもГарсияが淹れた紅茶とジャムの器が並んでいた。征四郎の問いを受け、蛍の指がタブレットの上で踊る。すぐに画面を見せた。
『大丈夫です。ありがとうございます、紫さん』
【あの程度の敵に蛍は負けないっスよ!】
 グラナータがストロベリージャムを多めに舐める。
 彼らのテーブルの隣には、落児と構築の魔女、拓海とメリッサが腰を降ろしていた。
「ロロロ……?」
「興味があるなら舐めてみたらどうかしら?」
 落児が恐る恐るバラのジャムを舐める。甘すぎたのか、それとも想像とは全く違う味がしたのか、彼は眉間に皺を寄せた。それを見て、構築の魔女は笑う。
「オレはどれにしようかな」
『私はマンゴーにするわ』
 そうして皆が紅茶とジャムを楽しんでいると、リュカとオリヴィエが戻ってきた。シベリア鉄道がタタウロヴォ駅を発車する。オリヴィエからデジカメを受け取ったユエリャンが立ち上がった。
『写真を撮るぞ!』
「ユエ、いきなり何を」
『今からセレンガ川を渡るのだろう? 絶景は逃せない! さあ皆、並んでくれ。ああ、時鳥嬢と征四郎は隣同士だ!』
 
 
 
 愚神との戦いはこれからも続いていく。
 けれど今は、仲間たちと楽しくも穏やかな、シベリア鉄道の旅を。
 

結果

シナリオ成功度 大成功

MVP一覧

重体一覧

参加者

  • 『赤斑紋』を宿す君の隣で
    木霊・C・リュカaa0068
    人間|31才|男性|攻撃
  • 仄かに咲く『桂花』
    オリヴィエ・オドランaa0068hero001
    英雄|13才|男性|ジャ
  • 『硝子の羽』を持つ貴方と
    紫 征四郎aa0076
    人間|10才|女性|攻撃
  • 全てを最期まで見つめる銀
    ユエリャン・李aa0076hero002
    英雄|28才|?|シャド
  • 誓約のはらから
    辺是 落児aa0281
    機械|24才|男性|命中
  • 共鳴する弾丸
    構築の魔女aa0281hero001
    英雄|26才|女性|ジャ
  • 苦悩と覚悟に寄り添い前へ
    荒木 拓海aa1049
    人間|28才|男性|防御
  • 未来を導き得る者
    メリッサ インガルズaa1049hero001
    英雄|18才|女性|ドレ
  • 暗夜の蛍火
    時鳥 蛍aa1371
    人間|13才|女性|生命
  • 希望を胸に
    グラナータaa1371hero001
    英雄|19才|?|ドレ
  • 守りもてなすのもメイド
    Гарсия-К-Вампирaa4706
    獣人|19才|女性|回避
  • 抱擁する北風
    Летти-Ветерaa4706hero001
    英雄|6才|女性|カオ
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