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魔術師とミイラ
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相談卓だよ
最終発言2018/04/22 03:12:39 -
依頼前の挨拶スレッド
最終発言2018/04/19 20:34:05
オープニング
●ヴィランたちの師
H.O.P.E.のエージェントによって逮捕されたロシアンマフィアと墓守の一族を名乗る三人のヴィランは、カイロ警察署に移送されていた。
「えっと、墓守の一族だっけ。へえ~、すごいなあ」
面の荒いコンクリートに囲まれた取調室で、キターブは胡乱な様子で声を上げた。
目の前にいるのはヴィランの一人だ。H.O.P.E.のエージェントとしての権限を振りかざし、無理やり事情聴取しているのだ。傍らにいる記録係の諌めるような視線も、キターブは努めて無視している。
「……何が言いたい?」
ヴィランの男が暗い目で見上げてくる。能力者、それも魔術師と対峙しても、キターブは小馬鹿にするように鼻を鳴らす。
「俺もエジプト人なんだけどさ、本物の墓守の一族なんて初めて見たよ。そう名乗ってる奴の大概は、盗掘団か観光客目当てのこっすい露店崩れだった。なのにこの年で墓守の一族様お会いできるとは。ぜひともまだ見ぬファラオに拝顔奉りたいものだ」
男は口の端から気の抜けるような笑いをこぼし、そっぽを向いた。
「墓守など知らんのだろう。貴様ごときに分かるものか」
語っていた男の顔面が机に叩きつけられた。キターブはそのまま男の髪を毟るように掴み上げて睨みつける。
「分かった風なことを宣いやがる……」先ほどまでの胡乱な調子は消え去り、歯を剥いて怒気を露わにする。「調べはついてんだよチンピラ。カイロのスラムで写真見せたら、お前の知り合いばっかだったぜ。どの口で墓守とほざくか」
大方、貧民街の出ならバレないとでも思っていたのだろう。男は今さらになって震えが来たらしく、鼻血を拭くのも忘れて目を泳がせている。
「そうビビるなよ。俺は案外、お前らをどうこうしようとは思ってないんだ。あることを教えてもらえればな」
「……あること、だと?」
「お前らに魔術を教えた人だよ」
男の顔つきが俄かに凍りついた。
「スラムのチンピラのあれだけの魔術を仕込む。まず一流の魔術師だ。あのミイラもそいつが作ったんだろう。古色や乾かし方が上手すぎる。だが、魔術を以てすれば出来ないことでもない」
「御師匠様にあってどうする気だ?」
「まあ、ちょっとビジネスの話をね。よければ取り次いでくれ。そうすれば騒動の罪は問わないでやる」
「取り次ぐ……取り次ぐか。ククッ、H.O.P.E.ってのは、ずいぶんのんびりした性分なんだな」
一転、男は震えを払って大笑しだす。単なるやけっぱちの空元気にしては目が据わり過ぎている。やがて一頻り笑い終えると、キターブを真っ直ぐに睨んで言った。
「分からないのか? お前、知識はあっても魔術師ではないな」
「なにぃ?」
「もういるぞ、我が師は。感じないのか、魔術の気配を」
足先から頭頂まで、怖気が走り抜ける。キターブは椅子を蹴って立ち上がった。
「留置所へ取り次げ!」
キターブの叫びを記録係が解するのに、優に五秒は必要だった。それから慌てて内線を取り出し、警察署地下にある留置所に連絡する。
「つ、繋がりません……」
返事を返さない受話器に、記録係は狼狽えるばかりだった。キターブは彼を退けてドアを飛び出し、直接地下の留置所へ向かった。
●渇きの魔術師
現在、カイロ警察署地下の留置所にはロシアンマフィアたちが拘留されている。ヴィランたちはマフィアを狙っていた。彼らの師とやらが同じ目的を持っていることは容易に想像できる。
階段を飛ぶように降りていく。その都度、倒れ込んだ署員たちが目に入る。外傷は見られないが生死は定かでない。何の気配も感じさせず署内を制圧してみせる手練は、あのヴィラン達など比べものにならない。
いよいよ留置所の入り口に差し掛かり、階段に身を隠して覗き見れば、格子の前にローブを纏った一人の男が立っていた。間違っても警察署員ではない。
裾から拳銃を取り出し、もう片方の手ではスマホを操作してH.O.P.E.支部に事態をメールで伝えていた。恐らく救援が必要だ。自分ひとりで押し留められるものではない。
だが、やれるだけはやらねばならない。スマホを仕舞ったキターブは素早く身を乗り出し、男に向かって銃撃した。
頭と胸に二発ずつ。銃弾は確かに命中し――小さな砂煙となって砕け落ちるのをキターブはしかと見届けた。
確信が当を得た喜びもすぐに霧散する。英雄と契約しているリンカーに通常兵器など効きはしない。
「勧告も無しにとは、随分怖い対応をする」
しゃがれた声が響く。そして振り向いた顔は、およそ人間のものとは思えなかった。
乾ききった茶色の肌。ひび割れのように走り回る皺。それはまるでミイラが動いているとしか思えない姿だった。
やがてキターブは目や口に鋭い痛みを感じる。肌も休息に乾きはじめ、ささくれさえ出始める。明らかな異常。恐らくあの魔術師によるものだ。
「……感応、いや、共感魔術の一種ですな。自らの乾きの相を伝播させる。あのミイラもそのようにして作ったのですか」
強烈な乾きに耐えながら話しかける。ここまで深く入られた時点でこちらの負けだ。ならばこれ以上負けないために時間を稼ぐ。リンカーたちが到着し、警察署員や周辺の安全を確保してからでなければ本格的に動けない。
この際ロシアンマフィアたちの無事は眼中にない。署員や周辺住民の命には代えられない。
「分析は済んだかね。H.O.P.E.の方」
魔術師がのっそりとこちらへ歩み寄る。目の端に格子の奥を窺い見れば、ロシアンマフィアたちは署員たちと同様にぐったりと倒れ込んでいる。
「ええ。彼らもミイラにされてはたまりませんからね」
「こいつらにそれほどの価値があると?」
「あなたを呼び寄せた。十分な価値だ」
くくっと魔術師が笑う。落ち窪んだ眼窩に収まる瞳が、確かに喜色を顕していた。
解説
======OP解説======
・目的
気絶した署員たちや周辺の安全を確保し、魔術師を制圧あるいは撤退させる。
・敵
魔術師
ミイラのような姿をした男。
強烈な乾きを伝播させる魔術を用いる模様。
・場所
カイロ警察署の地下留置場。
・状況
署員は殆ど気絶しており、退避できない。戦闘に巻き込んでしまうと危険なので、安全を確保する必要がある。
リプレイ
●カイロへと
カイロ警察署の前は、まるでテロでも起きたような騒ぎとなっていた。それを掻き分けて進むリンカーたちは、押し留めようとする警察官に身分証を突き付けて署内に駆け込んだ。
倒れるままの署員たち。犬尉 善戎狼(aa5610)は辺りをさっと見渡すと、近くで倒れている署員の容体を確認する。俯せになって倒れている署員を仰向けにしたりと、戌本 涙子(aa5610hero001)が彼を手伝う。
「さぁて、魔術師とやらの顔、拝みにいくかあ」
その横を足早に過ぎていく火蛾魅 塵(aa5095)は既にやる気満々で、地下へ通じる階段を見つけると人造天使壱拾壱号(aa5095hero001)を連れて飛ぶように降りていった。
「みんな倒れてる……早く何とかしないと」
『そだね。急いで倒しちゃうよ』
雪室 チルル(aa5177)とスネグラチカ(aa5177hero001)もそれに続く。元気に走っていく様子に気負いは見られない。
「ようやくミイラ事件の黒幕ご登場か」
『……おー、カサカサー』
その後を進む麻生 遊夜(aa0452)は、火蛾魅やチルルほどではないにしろ、どこか楽しげですらあった。そしてユフォアリーヤ(aa0452hero001)は早速渇き始めた空気に尻尾を揺らして感触を楽しんですらいた。
オルクス・ツヴィンガー(aa4593)は署内を見て回っている。通報の内容から敵は魔術師だと判明していたが、彼には正直あまり馴染みがなかった。
「魔術師と言われてもピンとこないな」
『我もだ。ライヴスとはまた違うのだろうか』
キルライン・ギヨーヌ(aa4593hero001)も同じく魔術師という存在に疑問があった。
「通常の銃弾が効かないまでは分かるが、他人に強烈な渇きをもたらすと言うのはよく分からない」
『ともあれ、その力で悪行を行うと言うならやるべき事は決まっている』
「ああ。まずは救助と安全確保」
『その後悪人の始末だ』
オルクスも署員の救助に加わり、倒れている者たちを介抱する。
その頃、地下留置場に辿り着いた火蛾魅は倒れているキターブを見つけた。
「おー、キターブじゃん。なーに倒れちゃって――」
強大なライヴスの気配を感じ、そちらに向けて視線を上げると、落ち窪んだ昏い瞳が火蛾魅を覗いていた。
「ッハ! テメーが魔術師ちゃまかい? 悪趣味だな。人間、死にゃあ終わりなのに《コレ》だぜ?」
軽く挑発しながら反応を探る。魔術師に動きはない。
「それとも何かい、アヌビスさまとオシリスさまの元、復活が約束されるってかい? 笑わせるぜ、御伽噺がよ。差し詰め、テメーはその使者かい?」
指先で徐々にライヴスを練る。動いてこないのなら、こちらから先制するだけだ。
「ハッハ! 笑えるぜ。なぁーんだテメェ名乗る事も出来ねぇ三下ってぇ訳かい! 大体テメーよう、真面目に人間やってんのカァ?」
膨れ上がるライヴス。火蛾魅の放つライヴスが蝶の形を成し、一直線に奔る。
「……正体みせな。《死面蝶》ォオ!」
光り輝く蝶が群れて羽ばたき、魔術師へ殺到する。しかしそれが功を為すことはなく、蝶たちは魔術師をただ撫ぜすぎていくだけだった。そして魔術師が手掌を軽く振るうと、蝶たちは一瞬で蒸発し、光の粉になって風に紛れてしまった――そう、まるで乾いたかのように。
「ヒュウ♪ マジかよ。燃えるねぇ……」
幻影蝶による影響を受けない。ならば従魔でも愚神でもない。ただの魔術師にでしかないのだ。それでいて魔術をライヴスごと枯渇させる手練は、火蛾魅を痺れさせて余りあった。
今度こそ魔術師は反応を返す。かさついた頬が破けてしまいそうな、それは笑みだった。
「……名乗りなど、これで十分だろう」
一筋垂れた汗が乾いて消える。英雄とリンクし、自然に纏う濃密なライヴスが渇きの影響を押さえてくれているのだろう。それでも、背の震えまでは止め得なかった。
「何よあんた! さっきからカラカラするんだけど!」
『何かミイラみたいだね。お墓から出てきたのかな?』
火蛾魅の陰からチルルとスネグラチカがひょっこり顔を出す。
「とにかくあいつは悪いやつよ! 間違いないわ! よってあたいがやっつける!」
飛び出し様にリンクした二人が一気に踏み込んで直剣『ウルスラグナ』を振るう。魔術師は枯れ枝のような体をひらりと浮かせ、ウルスラグナの刃をあしらうように避けている。渇ききっていかにも軽そうな体は頼りなさげに風に揺られ、器用にチルルの剣戟から離れていく。
「なるほど、ああいう質量のある攻撃は渇きの相で防げないようだな」
麻生が冷静に観察する。銃弾やライヴスさえも蒸発あるいは枯渇させる。だが剣のような大質量を一気に蒸発させるような真似は出来ないらしい。ライヴスを纏ったリンカーの武器なら尚更だ。
それに留置場の入り口は一つしかないので、攻撃の範囲が限られているので乾きの相を防ぐことは難しくない。だがこちらも一度にかかれる人数が限られてしまい、魔術師を追いつめきれない。
魔術師の相手はチルルたちに任せ、麻生は倒れているキターブの様子を見る。他の署員たちのように気絶しているだけではない。肌は見るからに渇き、苦しそうに呻いてさえいる。
『もしかして、あの魔術師と戦ったのかな?』
「ああ、今回は大手柄だな。誰も気づかなかったらヤバかったところだ」
麻生はユフォアリーヤと二人でキターブを背負うと、すぐに階段を駆け上がった。
「ハア、ハア……何これ、すんごい喉乾くんだけど」
たった数分剣を振り回しただけでチルルが尋常じゃなく息を荒げる。体力に余裕があってもどうしようもなく体が渇く。
堪らず飛び退いてMM水筒から水を浴びるように飲み下す。チルルを追うように前に出る魔術師に、やおらスイカが投げつけられた。
腕を一振り、スイカが砕け散り、地に落ちる質量さえ持たないほど渇き切って大気に消える。
「アヴァッティヒムか。勿体ないことをしたな」
『水分もミネラルも豊富で、カラカラの貴方にはぴったりでしょう?』
ふふっと上品に笑うエリズバーク・ウェンジェンス(aa5611hero001)とアトルラーゼ・ウェンジェンス(aa5611)。しかし観察は怠っていなかった。
スイカを一瞬にして乾燥させた手際。明らかに自然現象ではないし、それと同じ原理を用いているわけではない。言うなれば魔術によって『渇く』という概念を押し付けているような強引さだ。
それでいて牢屋にいるマフィアたちや署員は気絶しているだけで、渇いている様子がない。任意のものを乾かすことが出来る高い恣意性を持っているのは明らかだ。
『それにしても、随分古い言葉をお知りなのですね。アヴァッティヒム。古ヘヴライ語でスイカを表す言葉でしょう』
「この程度、魔術師ならば常識に過ぎんよ」
『あら、魔女である私の前で魔術師を名乗るのですか? ……それは私に喧嘩を売っているという事でよろしいのですよね?』
「喧嘩か……はたして喧嘩になるのかね?」
挑発に挑発を返されてエリズバークの額に若干の青筋が浮かび上がる。
『さて戯れはこのくらいにして、私も売られた喧嘩は買いましょう』
青白い炎を纏う直剣『ペイルブレイズ』を掲げ、エリズバークが軽やかに踏み込む。炎が残像となって奔る。魔術師は風に巻かれる木の葉のようにふらふらと頼りなく流れて悉く刀身から遠ざかっていく。
一飛びで離れた魔術師が掌をかざす。それに応じるようにエリズバークが花弁のような盾『アルメリアシールド』を展開した。
『くぅ!』
吹きつけた突風の勢いに耐えきれず、エリズバークが下がらされる。そうして押された跡を見て思わず息を呑む。
突風が吹きつけた留置場の天井や床が削り取られ、砂と化したコンクリートが散らばっている。渇きの相を風のようにぶつけてきたのだろう。ライヴスを纏った盾がなければモロに浴びているところだった。
「……僕、この喧嘩、楽しくなってきました。母様」
『ええ。そうね、アトル』
直剣を掲げ、突きつける。しかし魔術師の笑みは凄絶さを増していった。
●魔術の跡は不可解で
「それにしても白昼堂々とは舐められたもんだね」
『それだけ自信があるんだろう』
署内を回り、倒れている署員を介抱していたアンジェリカ・カノーヴァ(aa0121)とマルコ・マカーリオ(aa0121hero001)は首を傾げていた。
「呼吸、脈拍も正常。よしんば倒れたときの裂傷くらいか」
マルコが不可解そうに言う。署内を回ってみたが重傷の者は皆無。乾きを操るという魔術師の影響も少ない。全員を一度に気絶させることのできる手際は素晴らしい、だが――
「ずいぶんと平和的な押し入り方だ」
『ああ。合理的ではないがな』
オルクスやキルラインもそのことが気になっていた。魔導の技術とそれに対する効果が見合っていない。これほどの魔術師ならば、もっと効果的にことを進められたはずだ。
「救護班! 誰かいないか!」
そこへ麻生が急いだ様子で地下から駆け上がってきた。その背にはぐったりとした様子にキターブが載せられている。
「麻生さん!? どうしたの?」
アンジェリカが手伝ってキターブを床に降ろす。
「キターブが倒れてたんだが、どうもかなりヤバそうなんだ」
犬尉は救命キットを取り出すと、すぐにキターブの容体を確認した。
「ABCD……は問題ない、が……意識は危うい」
唸ってはいるが、言葉に反応する様子はない。意識レベルが低くなっているのだろう。ときどき開く目も焦点を結んでいない。
「……顔が青白く、呼吸が早い。脈拍は百近い……水分が既に三十パーセント近く失われている」
「涙子、腕を抑えろ」
『叔父者、それ何なのじゃ?』
「……生理食塩液、五パーセントブドウ糖液。更にリンゲル液、複合電解質輸液。弊害はあるが…」
バカデカい注射で一気に流し込む。キターブの体が魚のように跳ねるのを涙子が無理やり抑えつける。あとは口元に酸素スプレーを押し付け、ひたすら吸わせ続ける。
「物資は限りがあるな。すまん、SPO2を計りながら八十以上維持してくれ」
パルスオキシメーターはまだ八十パーセントに届いておらず、深刻な呼吸困難の状態だ。
「麻生さん、地下の状況は?」
「芳しくない。魔術師が意外にやる。入り口が一つだからそこを押さえられてしまってな」
地下留置場への入口は一つで、そこを魔術師が塞ぐように立ち回っている。近づけば渇きの相をモロに浴びる形となり、リンカーと言えども無事では済まない。
オルクスがリンクを行ない、竜騎士風の鎧を聳やかしてコツコツと床を叩いた。
「だったらもう一つ、入口を作らないとな」
話を向けられた犬尉が一拍遅れて察すると、カバンからドリルハンマーを取り出す。
「緊急事態だ。荒っぽくなるぞ」
叩きつけるようにドリル刃を床に叩きつける。それを見た麻生もアンカー砲を構えてそれに加わった。
●渇きを裂いて
『チルル、これで最後だよ』
「ありがとう、スネグラチカ」
チルルが最後の水筒を飲み干す。火蛾魅もエリズバークも既に水を使い果たしていた。リンカーさえも渇かそうとする魔術。極度に渇いた空間は際限なく水分を奪い、体力を消耗させる。
「ケホッ、ゴホッ。そろそろ倒さないと、ヤバイよ」
チルルが苦しそうにせき込む。水を飲んでもすぐに喉が渇いて痛んでしまうのだ。魔術師を逃がさないために入口を塞がねばならないが、同時に魔術の範囲からも逃れられない。
「分かっていますわ……お二人、少し時間を稼いでいただけます?」
エリズバークは幻想蝶から一本の杖を取り出す。グライヴァーウェポンの一種『ワールドクリエーター』だ。
『これで渇きの相を、空間ごと上書き致します』
火蛾魅がぎいっと頬を釣り上げて笑う。愚神のドロップゾーンを参考にした魔術を発動するワールドクリエーターは、発動者にとって優位の空間を展開する。これならば渇きの相で空間を席巻する魔術師に対抗できる。
つまりは発動させるまでエリズバークを魔術師の攻撃から守らなければならない。無事にワールドクリエーターが発動すれば勝ち。そうでなければ渇かされて負け。実に分かりやすい構図だ。
かあんと高い音を鳴らし、杖を突き立てる。エリズバークがライヴスを注ぐと同時に、それを察した魔術師が落ち窪んだ瞳を歪ませる。
「……それはいかんな。あまり好かんよ。それは」
渇きの風が渦を巻いて掌勢に集まっていく。チルルの冷や汗が垂れる間もなく蒸発する。火蛾魅は極獄宝典『アルスマギカ・リ・チューン』を開き、壮絶な笑みで待ち受ける。
――そのとき、渇きの風が放たれようとした寸でのところで突然天井が盛大に抜け落ちた。
「なにっ!?」
驚いて振り向く魔術師。立ちのぼった砂煙を吹き飛ばした人影が素早く飛びかかる。
「食らえっ!」
オルクスの拳銃『ラヴィーネWS』がマガジンの全てを吐き出すように放たれる。大半の銃弾は渇きの相で蒸発するが、全てを防ぐことが出来ず魔術師を撃ち抜く。
「とおりゃっ!」
体勢を崩した魔術師に向かって、アンジェリカが大剣『グランドール』で袈裟掛けに振り抜く。渇きの風を貫き、魔術師の体を斜めに切り裂いた。
「ぐうっ!」
盛大に血を垂らして下がる魔術師。それを見ていたエリズバークが満を持して微笑む。
『世を換えよ、ワールドクリエーター』
杖を突く音が高らかに響く。エリズバークを中心に不可視の領域が広がっていった。
魔術師の放つ渇きの相を、ワールドクリエーターの領域が侵食していくのが分かる。この空間に広がっていた渇きの相が上書きされ、その効果が掻き消されている。
「行くぞリーヤ!」
『いいよ、ユーヤ!』
麻生とリーヤがリンクし、幻想蝶から狙撃銃『ハウンドドッグ』を取り出し、腰溜めの姿勢で乱射した。
「ダンシングバレット!」
地下留置場の室内を銃弾が跳ねまわる。しかしその一つ一つが計算された軌道をなぞり、魔術師をあらゆる方向から撃ち抜いた。
「ぐ、くう……」
たたらを踏んでよろける魔術師。その隙をアンジェリカは見逃さなかった。頭上に高く掲げた直剣『グランドール』にライヴスが充溢し、光り輝く。
「烈風波ッ!」
振り降ろされた剣の軌跡を光がなぞり、衝撃波が魔術師を強かに打ち据え、反対側の壁まで吹き飛ばした。
「がはっ!」
壁に叩きつけられた魔術師がずるずると落ち、床に蹲る。エリズバークがワールドクリエーターを解除しても空気が渇くことはなく、魔術が沈静化ことを確認した。
●魔術師は未だ渇き
ようやく意識が戻ったキターブは、涙子に肩を貸してもらいながら立ち上がる。
「うぅ、どうなったんだ。魔術師は?」
「掴まったよ。怪我人は少しいるが、一番ひどかったのはお前だ」
犬尉が軽く応じると、キターブは素直に頭を下げた。
「ありがとう。助かったよ」
「もう大丈夫そうだな。涙子、行くぞ」
犬尉はキターブの様子を確かめるや、そそくさと警察署の外へ出て行ってしまった。
『お、叔父者!? 何処いくのじゃ!?』
「気になる事がある」
犬尉は今回の魔術師による警察署への押し入りそのものが気になっていた。組織性の高い犯罪の為、これを陽動に何か他の敵がやってきたり、大掛かりな兵器を投入される可能性がある。
それに正直、勝負だけならすでに着いている。向こうの目的がどうあれ、これだけのリンカーを一気に制圧することなどほぼ不可能だ。ならば敵はより強大な一手を忍ばせているか、あるいはここでの勝敗に興味がないとしか考えられない。
「……我ながら穿ち過ぎか。いや、しかし」
それでも備えるに如くはない。戦力を分散する愚は承知だが、クリアリングの重要性も無視できない。
キターブも魔術師のいる地下留置場へと向かった。
「もういいのか? キターブ」
「魔術師は?」
麻生に訊ねると、留置場の奥を指差した。そこには壁に叩きつけられ、蹲る魔術師の姿があった。
「殺してないんだな」
「必要ならそうしたが、もう抵抗する様子がないんでな」
「そうか。よかった」
そういってキターブが魔術師に近づく。麻生にはその口ぶりが腑に落ちなかった。果たしてそれは被害が少なくてよかったというのか。それとも、魔術師が生きていてくれたことに対してなのか。麻生が顔色を窺おうにも、病み上がりのキターブの顔は疲れ切って青白く、読み取れるものが何もなかった。
「選べよ。吐いて楽になるか、吐かねーで焼かれ死ぬかよ?」
火蛾魅の脅しを受けても、魔術師はそのミイラのような顔を歪ませて笑うだけだった。
「吐くことなど何もないよ。それよりも、あのマフィア共に吐かせる方が先ではないのかね」
「んなことはてめーの知ったことじゃねえんだよ」
「まあまあ、火蛾魅さん。マフィアへの聴取がうまくいってないのは確かだし」
「渇かしたつもりだったが、無事だったんだな」
キターブを見つけた魔術師が残念そうにつぶやく。
「おかげさまで。あなたも無事で何よりだ」
魔術師は壁に寄り掛かり、大きく息を吐く。
「……無事なものか。若い時なら君らなど、建物ごと渇かしてやったものを」
強がりめいたことを宣う魔術師に、オルクスが銃を突き付ける。
「もう若くないなら、大人しくしていることだ。悪いようにはしない」
「いや、そろそろお暇するよ。用事も済んだことだし……」
言いしな、魔術師の体が留置場の床に沈んだ。まるで呑み込まれるように、砂と化したコンクリートの中へと消えていった。
一瞬の出来事に皆が目を疑った。遅れてアンジェリカが大剣を刺して掘り返そうとするが、そこにはひたすらに砂しかなかった。コンクリートも鉄骨も、その他の配管等も全て瞬時に砂状に変化させていた。
「逃げた! 魔術師が逃げたわよ!」
アンジェリカが叫んで飛び出そうとしたとき、外で待機していた犬尉から通信が入った。
「おい、どうなってる。魔術師が逃げてくぞ!」
『犬尉殿、奴を決してのが――』
「深追いするな! 適当なとこで切り上げろ」
キルラインの通信に、キターブが大声で被せる。
『キターブ、このまま魔術師を逃がす気か』
マルコが厳しい顔で詰め寄るが、キターブは毅然と言い放つ。
「リンカー複数で拘束がやっとの魔術師を、彼らだけに追わせるわけにはいかん」
追跡する犬尉たちの安全性を出されては、マルコも下がらざるを得ない。それに一応筋は取っている。だが逡巡する暇も見せないとは。最初からそうすると決めていたとしか思えない。マルコの顔つきはそのまま眉間の皺を深めていった。
それを知ってか知らずか、キターブは覚束ない足取りでロシアンマフィアのいる牢屋の前に立つ。既に気絶から回復している彼らは、助けてもらった恩など微塵も感じた様子を見せず睨みつけてくる。
「見ての通り、魔術師に逃げちまった。あんたらが何やってたかはまるで分らんし、ロシア大使館もうるさいからこれ以上拘留出来んし……」
わざとらしく肩を竦め、溜息をつく。
「降参だ。釈放しよう。とっとと帰りな……帰れればな」
多分に含みを持たせた言い方。大半の連中は喜んだが、一人は言葉の意味が分かったらしく、露骨に顔を青くした。それをきちんと確認してから、キターブがそいつに顔を近づける。
「今回は俺も居たし、警察署だったからな。早く対応できた。だが次もこれほど早くは……まあ、H.O.P.E.も万能じゃあない」
「……てめぇ、俺らを魔術師の囮にする気か」
牢屋の中がざわつく。今度こそキターブの意図は皆に伝わったようだ。自分たちを狙って警察署にまで押し入る魔術師に狙われていい気分になる人間などいない。ましてや自分たちが囮をやらされるなど御免だろう。
「これ以上だんまり決め込むなら、せめて役に立てや」
けらけらと笑うキターブ。あの魔術師に狙われるということを実感したロシアンマフィアの一人が、ぽつぽつと話し出した。
マフィアの連中は、麻薬や賭博に代わるビジネスとしてミイラの売買を始めた。異世界と邂逅し、魔導技術が進む中で魔術に使う触媒の需要も高騰していることが理由だ。
そこでエジプトの魔術師と組み、身元不明の死体や時には拉致してきた人間を魔術でミイラ化させ、金を稼いでいた。
「ミイラ作りの片棒担がせてたのが裏切られたか。だっせえな」
火蛾魅が吐き捨てる。聞いてみれば何ということはない仲違いだ。こんな内輪揉めに巻き込まれた警察署の署員たちには同情を禁じ得ない。
「とりあえずマフィアの自白は取れた。あとは警察に任せる」
「魔術師は? このまま放っておくか」
キルラインの問いに、キターブは大きく息を吐いてにこやかに笑った。
「釣る餌はこいつらだけじゃない。ちゃんと考えてあるさ」
先ほどまで死にかけていたとは思えない、それは自信に満ちた笑みだった。
結果
シナリオ成功度 | 成功 |
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