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依頼前の挨拶スレッド
最終発言2018/04/08 23:03:06
オープニング
この【AP】シナリオは「IFシナリオ」です。
IF世界を舞台としており、リンクブレイブの世界観とは関係ありません。
シナリオの内容は世界観に一切影響を与えませんのでご注意ください。
●ゆめのような物語
少女は退屈そうに欠伸をかみ殺す。
目の前に座る、同級生のつむじを見つつ、ぽつり。
「暇なのですよ」
少女はそう言って、ひたすら日誌を書いていた少年の腕を引っ張る。
「こんなにいい天気なのに、書き物で時間を潰すなんて勿体ないのです」
目指す先は大きな桜の木。
きっと満開の花を咲かせているそこは、こんな退屈を吹き飛ばしてくれるくらい素敵な場所だろう。
「お花見、するですよ。レン」
●平和なままの世界
ニュースから流れるのは、とても平和で日常的な日々のこと。
どこどこで桜が咲いた、とか。
どこどこは桜が見ごろ、とか。
「よければ、次の日曜日にお花見とか行きますか?」
隣を歩く玉兎になんでもないように声を掛けた勇だが、内心どきどきのばっくばくである。
だってこれ、上手く行けばデートではないか?
日曜日に、二人で、お出かけとか。
しかも桜とか。いや桜は関係ないか。でもロマンチック的な?
「ぁ、いいですね。勇の予定は大丈夫ですか?」
少し首を傾げて微笑む、その上こちらを気遣ってくれる少女の言葉に勇は内心ガッツポーズを決めた。
が、そんなもの表に出さないのがスマートな男子高校生というものである。
「はい、もちろん」
そんな、なんでもない会話。
いつもと同じ商店街。
いつもと同じ並木道。
いつもと変わらない通学路を歩きながら、二人で話す。
その手にはぬいぐるみも、愚神や従魔を倒す為の武器も、幻想蝶も無い。
世界は――蝕まれてなどいなかったのだ。
解説
●世界観
【もしも世界蝕が起こらなければ】というIF世界です。
この世界にはAGWも愚神も従魔も幻想蝶も、英雄も存在しません。
OPの季節は春ですが、もちろん春でなくても構いません。
●英雄の扱い
世界観に則れば英雄はこの世界にはいない存在です。
ですが、【もしかしたら】この世界で別の形で出会っていたかもしれません。
その場合は、関係性や設定などプレイングに記載いただければと思います。
●お願い
【世界蝕が起こらなければ何をしていたか】の記載をお願いします。
この世界では愚神・従魔と人間による戦いは存在しません。
平和な世界でどう過ごしているのか、教えていただければと思います。
(OPでは学生生活でしたが勿論社会人生活でも構いません)
リプレイ
●
とある喫茶店の一画、魂置 薙(aa1688)は英語の問題と向き合っていた。
高校三年の受験生。近くにある大学が目標の魂置だが、合格判定が少々厳しい。
特に英語は苦手科目でもある為、勉強は必須なのである。
「先輩、出来ました!」
そう言って、ノートを皆月 若葉(aa0778)へと渡す。
「お、早いね。どれ……」
皆月は魂置の高校の先輩で、この喫茶店で働くバイト仲間でもある。
大学二年生で教員を目指しているということもあり、喫茶店でのバイト後にこうして勉強を教えてもらっているのだ。
「はい、採点終わり」
赤丸やチェックの並ぶノートを魂置へと返せば、
「……結構間違えてる」
「大丈夫、少なくとも当時の俺よりはできてる」
最初はそんなものだからと笑って励ますものの、魂置は机に倒れ込んでしまった。
「独立分詞構文とか、名前聞くだけで拒否反応が出る……」
苦手意識があるからだろうか、思うように捗らない。
「まぁ、英語は覚える事が多いから大変だよね」
しかし皆月は魂置がいくら弱音を吐いても勉強に付き合ってくれるし、そのおかげで魂置自身も頑張ろうと思えてくる。
それに。
「難しいけど、ここを覚えてしまえば……」
間違えた部分を丁寧に解説してもらえるから、魂置も真剣に聞いてノートにメモしていく。
「分かりやすい……!」
「真剣に聞いてもらえると教え甲斐があるよ」
皆月も教え方の勉強になるし、教えることで理解が深まるということもある。それに魂置は教えたことを吸収してくれるのもあって嬉しい。
どちらにとってもいいことである勉強会も、マスターからの差し入れの賄いを食べて一休み。
するとカフェオレを飲んでいた魂置が、ぽつりと。
「受験なんて早く終えて遊びたい」
受験生だから仕方ないとは言え、勉強漬けの毎日だ。どうしたって参ってしまう。
拗ねたような顔をする後輩へ、先輩皆月は「たまには息抜きも必要だよね」と言って何か出来る事はないかと考える。
勉強する時は勉強。遊ぶ時は遊ぶ。大事なのはメリハリで、魂置は切り替えが上手く出来るだろう。とすれば。
次の日曜日のことを思い浮かべつつ、休憩を終えて英語との戦いを再開した魂置を皆月は見守る。
日も落ちて辺りが暗くなる頃、勉強会は終了した。
「先輩、今日もありがとうございました!」
魂置の表情はすっきりとしている。
苦手分野の中に分かることが増えて嬉しいし、何度も間違えたからこそ受験では間違えないという自信がついた。
どれだけ投げ出したくなっても嫌にならなかったのは皆月のおかげだろう。
「どういたしまして」
役に立てたなら嬉しいと笑って、息抜きを兼ねたイベントの話を切り出す。
「今度の日曜に学童で新入生の歓迎会やるんだけど……」
学童保育は皆月が喫茶店と掛け持ちしているバイト先で、魂置も何度か手伝いに行ったことのある場所だ。
二つ返事で頷けば、当日の流れを教えてもらって。
そして日曜日当日。
子供たちがやってくる前から準備をして、元気な声が聞こえてきたら玄関まで行って笑顔でお迎えだ。
「お、みんな来たね」
初めての子供たちにも声を掛けながら中へと案内すれば、飾り付けられた室内は輪飾りや折り紙で作られた花でいっぱいだ。
はしゃぐ声に癒されながら玄関へ戻ると、元気な声が聞こえてきた。
『ワカバと……あー! ナギもいる!!』
声と共に駆け寄ってきたのはピピ・ストレッロ(aa0778hero002)。近所に住む小学四年生で、いつも沢山の友達と一緒に楽しそうに走り回っているのが印象的な子供だ。
「ピピちゃん、今日はよろしくね」
『うん、よろしくね!』
学童を利用しているピピは皆月と顔なじみで、くるくる二人の周りを回って、一緒に来た友達と部屋の中へ入っていく。
それを見送って、皆月と魂置も最後にやってきた子供たちと部屋の中に。
さぁ、歓迎会を始めよう!
名前や学年など自己紹介をして、まずはフルーツバスケットなど分かりやすいレクリエーション。
それから今度は、お昼ご飯のカレー作りへと移っていく。
子供が主になるよう、大人たちは周りで見守りだ。
「手はしっかり洗ったかな?」
「はーい!」
皆月も魂置も手を出す事なく、皆月は新入生が輪の中に入れるように声かけをしながら歩き回り、魂置は包丁の使い方を子供たちに教えて回っている。
『わー! じょうずー!』
ピピも新入生と積極的に接しているようで、初めて会った子供ともう仲良く話をしている。
そんな光景にほのぼのしながらも、子供たちと一緒にお皿を洗ったり野菜を洗ったり。
怪我だけはしないように気をつけながら、楽しく準備を進めていく。
ルーの量もきちんと計ってあるから鍋の中に入れてもらって、ことこと煮込んで味見を一口。
「甘いけど、このくらいがちょうど良いかな」
子供にはこの方が美味しいだろうと蓋を閉めようとすると、魂置のエプロンが誰かに引っ張られた。
目線を下に向ければ、そこには目を輝かせているピピの姿。
『いいな、いいな、ボクも食べたい♪』
ぴょんぴょん飛び跳ねて味見したいとアピールされれば、断れる大人はいないだろう。
魂置も顔を綻ばせて「熱いから気をつけてね」と一口分を皿によそってピピに渡す。
『……!』
すごくおいしい!
きっとそう言いたいのだろうが、今言ってしまったら他の子たちも味見に来てしまいそうだ。
そうしたら大変なことになってしまうから、ピピはぶんぶん腕を振ってこくこく頷いて、美味しくできているとアピール。
そんな様子が可愛らしくて、魂置はピピにお皿を渡す。
カレー作りを終えた子供たちにもご飯を盛ってもらって、テーブルに運んで席につく。
皆で手を合わせて。
『「いただきまーす!」』
一口食べれば、そこかしこから美味しいという声が聞こえてくる。
子供たちが零してしまわないように気を配りながら、魂置もご飯と一緒にぱくり。
「美味しく出来たね」
隣に座るピピへ笑顔を向けると、ピピも満面の笑顔でにっこり頷いて。
『うん! すっごくおいしー♪』
やわらかく煮込まれたジャガイモも、頑張って星の形に切られたニンジンも。
それに何より、みんなで一緒に食べるから。
楽しく食べて皆でお皿を洗って片付けて。
帰る時間になっても元気なピピに笑顔で手を振り、お見送り。
「ピピちゃん、またね」
『ワカバ、ナギまたねー! ばいばーい!!』
「おう、気を付けてな」
子供たちが皆帰ったら部屋の掃除をし、お手伝いは終了だ。
「皆も喜んでたし、薙に手伝ってもらって正解だったよ」
お疲れ様と一緒に渡されたペットボトルを受け取れば、「薙もいい息抜きになったかな?」と。
子供たちと笑顔で話しているところを見ていたのだろう、皆月の言葉に魂置は嬉しそうに。
「とても楽しかったです! ありがとうございました」
そう言って、笑顔で笑うのだった。
●
忙しい父母、病弱な兄。ちょっとだけ広い家に、ちょっとだけ広い庭。優しくも暖かい家庭。
そこで、アリス(aa1651)とAlice(aa1651hero001)は暮らしていた。
同じ屋敷で、どちらも黒い髪に黒い瞳。
ひどく良く似た容姿は中学生になっても変わらないまま。
蝕まれていないこの世界では二人とも明るく素直で、ほんの少し好奇心の強い少女だった。
花の咲き乱れる庭に面した温かい部屋、ベッドで上体を起こした兄に二人で話しかけて。
「お兄ちゃん、具合はどう?」
『庭のエゾギクが綺麗に咲いたんだよ、後で摘んできてあげる!』
仲良く言えば、兄は柔らかく微笑んで頷いてくれるから。
二人顔を見合わせて、元気にキッチンへと駆けていく。
そんな夏の、ある日のこと。
たくさん作ったサンドイッチをめいっぱいバスケットに詰めて、家の庭だけれど気分はピクニックだ。
強い日差しは大きな林檎の木の下では木漏れ日に変わり、二人はそこへ持ってきた本やチェス盤、バスケットを置いていく。
まずは兄へ約束したピンクのエゾギクを摘みに行って、それだけでは物足りないからついでに一緒に飾れそうな花も見繕って。
「これはどう?」
『これもいいかも』
ピンクに白、赤に紫。
このお花は後でお兄ちゃんに渡して、そうだ花瓶も用意しておかないと。
せっかくだから家中にお花を飾ってみようか。
そういえばお父様は海外だし、お母様は今日遅くなるらしいよ。
じゃあ夕飯はどうする?
「何か作ってみようか」
『其れでこの前怒られたの覚えてる?』
火事にはならなかったけれど、黒い煙がいっぱい出てしばらくキッチンに入れなくなったっけ。
でもあれはちょっとだけ余所見をしていたからだよ。
上手くできたら今度は褒めてもらえるかも。
後片づけもしっかりすればばっちりかな。
そんな他愛のない事を話しながら、再び木の下へと戻って本を読んだり、チェスをして。
いつの間にか空っぽになったバスケットを見て、
「『そろそろ来るかな』」
どちらからともなく言葉に出した声はぴったり揃って、笑い合う。
二人が暮らす家の隣には、少し年上だけれど仲の良い男の子が住んでいる。
今日は休みだから、きっとうちに来るだろう。
来てほしいという願望も混ざっているのか、チェスを続けながら。
「後でいっぱい詰めてこなきゃ」
『お腹が空いたら食べれるもんね』
コツン。ポーンが倒れる。
「何をしようか、鬼ごっこ?」
『あの人足速いからなぁ』
すぐに負けてしまうかも。
お庭は広いけれど、家の中まで入ってしまったらまた怒られてしまうかもしれないし。
「水遊びはどうだろう」
『今日も暑いもんね』
虹を作って遊んだり、色々できることはありそうだ。
遊び疲れたら家の中で遊べばいいし。
「宿題を持ってきているかも」
『教えてあげられるかは内容次第かな』
コツン、と鳴る音に合わせて、響いたのはピンポンという電子音。
何度も聞いている、この家のインターホンの鳴る音。
「来た?」
『来た!』
顔を見合わせて、チェスは一時中断。
ぱたぱた玄関へ走っていって、早く早くと扉を開ければそこには少年が立っている。
そのことに、二人一緒に笑って。
「『いらっしゃい!今日は何して遊ぼうか?』」
●
「言いにくいことですが……」
そう言って医者は話を切り出した。
バルタサール・デル・レイ(aa4199)、貴方の余命はわずかだと。
その言葉をバルタサールはどこか他人事のように、聞いていた。
メキシコ麻薬カルテルの幹部。それがバルタサールの肩書きだった。
犯罪を重ね続け、しかし警察に捕まる事も無く、大きなトラブルに見舞われる事も無く。
全てが思い通りの何不自由ない日々を過ごす、刺激の無い、どこか物足りなさを感じるものの順風満帆な暮らし。
そんな日々が崩れたのはとある秋のことだった。
前触れもなく突然倒れたバルタサールは運良く病院に運び込まれ、検査を受けた。
そして、余命はわずかであると。覚悟をと言われたのだ。
そこで悲嘆に暮れたり憤れればまだ良かった。だがバルタサール自身に実感が湧かなかった。医師に言われたわけだから、恐らくもうすぐ死ぬのだろうと思うだけであった。
特に欲しいものもやりたいことも思い浮かばず、この退屈な日常をどう終えるか、僅かな入院生活で考えたもののやはり何も思い浮かばないまま退院したその日。
彼は、その人物に出会った。
「つまらなそうな顔をしてるね」
ミステリアスで蠱惑的な風貌。琥珀のような瞳は面白そうに細められ、じっとこちらを見つめている。
性別も国籍も分からない、言葉が通じるのだからスペイン語を使えるのだろうというそれだけ。
その人物はバルタサールが己に目を向けたのをいいことにするりと近付いてきて、タトゥーの彫り込まれた腕に恐れず触れた。
「ヒマをもて余してるんでしょ、付き合ってあげる」
そう言って、微笑む。
今まで、バルタサールを恐れる者は多かった。
しかしこの人物は、恐れなかった。
「……バルタサールだ」
今まで出会ったことのない種類の人間だと感じた。
まるでバルタサールの空虚な心の裡を見透かしたように、恐れることなく踏み込んできた。
不信感を抱かなかったわけではない。だがそれを『面白そうだ』という感情が上回る。
「お前、名前は?」
呼ぶのに不便だからと名を尋ねれば、美丈夫は紫苑(aa4199hero001)と答えた。
二人は、宛もないドライブの旅に出掛けた。
誰を訪ねるわけでもなく、海や山へ行ってのんびりと過ごす。
思い返してみれば、幼少期からずっとバルタサールに休息の時は無かった。
こんなに安らかな時間を過ごすのは、久しぶりのこと。
「どう? 楽しい?」
満天の星空。傍らには美女ではなく性別不明の得体の知れない誰か。
「……あぁ」
だが不思議と満ち足りていて、バルタサールはサングラスで隠れた目を緩やかに細めた。
旅から戻った二人を迎えたのは、仮装した人々に飾り付けられたメキシコシティ。
「何かのお祭り?」
紫苑が尋ねれば、バルタサールは頷いて。
「死者の日だ」
死者の魂が戻ってくると言い伝えられている数日間。その期間は死者を想いながらも明るく陽気に祝う伝統がある。
バルタサール自身この祭りに参加するのは子供の時以来で、ただただ懐かしい。
面白そうに人々を眺める紫苑を見て、最後だろうと煙草を咥える。
煙は風に流れながら天へと昇っていく。
火葬の、煙のように。
「……」
家のベッドに横たわれば眠気と共に実感する、もう目覚めることはないかもしれないという感覚。
傍には、紫苑がいる。
……あぁ。死者の日だったから。
もしかしたら、迎えに来た先祖だったのかもしれない。
そんな取り留めのない事を考えながら、バルタサールは深い深い眠りへと落ちていった。
●
冷徹な雰囲気の青年。
不良学生との折り合いが悪いせいか常に何処か怪我をしている。
その様を見た学生が言いふらす、根も葉もない噂が絶えない。
それが周囲から見た真壁 久朗(aa0032)だった。
愛想が無いのは人との交わりで喜びを得たことが少ないから。
自分のことも誰かのことも大切に出来ないのは、大切にされた記憶が無さすぎるから。
どこかうつろな青年は今日も、普段からよく訪れる裏庭へと向かっていた。
人気が少なく、どうせ家に帰れば独りなのだからと時間を潰す目的でやってきたその場所。
いつものように木陰の下で、目を閉じて過ごす。
ふと聞こえてきた"それ"に、いつも以上に穏やかに過ごせそうだと思っていた時間は――喧騒に破られた。
声の出所に視線を向ければ、先日転入してきたばかりの留学生が不良学生に絡まれている光景。
助けるつもりなど無かった。
ただ、苛々して。
「……またお前らか。煩いんだよ、失せろ」
敢えて挑発する言葉を選べば案の定不良は目標をこちらに切り替えたようで、殴りかかってくるのを躱して防戦に徹する。
生真面目な性格の学級委員。
赤い長髪をポニーテールにした、別の世界ではアトリア(aa0032hero002)と呼ばれる少女――依羽は職員室を訪れていた。
目当ての人物は墓場鳥(aa4840hero001)――担任であるナイチンゲール教師だ。内容はとある人付き合いの下手な人物について。
『なんだか時々空回りしてしまって……役に立てていないのでは、と』
人付き合いの下手な久朗を、依羽なりに気にかけているつもりだ。
しかしどうすることもできない今の状態が歯がゆく、自分が本当は頼りない人間なのでは無いかと思う事もある。
そんな内容を噛み砕いて伝えれば、無愛想だが面倒見は良いと評判のナイチンゲール先生は、
『……ルーレットだな』
と呟いた。
首を傾げる依羽へ、ナイチンゲールは続ける。
『ならば覚えておくがいい、回す時の力加減と齎される結果を。多くの場合それは一定なのだから』
外国人だからか、それとも英語教師故か。独特な喩えで少女の相談に応じる担任だったが、ふと思い出す。
『時に留学生はどうした』
時間はほんの少し遡る。
とある世界での登録名はナイチンゲール(aa4840)。本名グィネヴィア・リデルハートは裏庭に居た。
転入以来奇異の視線を向けられ続け、人目を忍ぶようになってからはいつも独り。
裏庭の花壇を見つけてからは帰宅組の人混みが薄れるまで、ここでやり過ごす日々を送っていた。在り様が素直な花はグィネヴィアにとって好ましい。
――日本になんか来たくなかった。肩身が狭いに決まってるから。
こんな思いをするとどこかで分かっていたのに、けれどあの母がいる故郷にも安らぎなんて無い。
どこにも居場所なんて――家族なんて。
ぎゅっと制服の袖を握って、花が風に揺らされるのを見ながら歌を口遊む。
気分に任せた、誰に聞かせるでもない歌。
その歌を聞きつけた不良に絡まれ、喧嘩に震えて少女は腰を抜かし、今。
目の前には、騒ぎを知ってやってきたナイチンゲール教師と、依羽がいた。
不良が全く怪我をしていない点やグィネヴィアの証言もあり、徒達は生徒指導室行き。久朗とグィネヴィアはこのまま下校するようにとのことだったのだが。
『あ、そうでした』
ぽん、と何か思い出したように手を叩く依羽。彼女の視線は久朗に留まり、その口からは彼女を駅まで送るようにとの一言。
当の本人、グィネヴィアは思わず「Why!?」と慄くものの、
「……なんで俺が?」
『方向は同じでしょう?』
『頼むぞ、真壁久朗。自分も職員会議がある故』
依羽は委員会があり、ナイチンゲール教師は喧嘩の処理の手打ちを兼ねた会議に出席しなければならず。
駅までだと久朗が歩き始め、グィネヴィアは断ることもできずにその後ろをついていく。
気まずい沈黙。
隣や前を歩くなんて出来ず、久朗から少し離れて後ろを歩くグィネヴィアと、沈黙など気にせず歩調も合わせずにスタスタ歩く久朗。
「あ……の……」
助けて貰ったお礼をしたくて、声を掛けようとするものの怖くて上手く話せない。
言わなければと焦れば焦るほど距離が遠くなるようで、せめて置いていかれないように歩調を速めれば、道の真ん中で笑い合っている他学生の姿。
彼らも噂を知っているのだろう、久朗を見れば避けるように道を退く。それから。
「いいよな、親がいない奴は好き勝手できて」
零れた言葉。いつもであれば無視した声を、今は聞き流すことが出来なかった。
「……親なんて、関係無いだろ」
先程の喧嘩で多少なりとも心がささくれ立っていたせいか、呟き。
同時に。
「……なんの意味もない言葉」
親から遠く離れた国に来た私は自由だと言うのだろうか。心さえままならないのに。
諦念を含んだグィネヴィアの呟きに、久朗は思わず意外そうに視線をやった。
「……」
前を向き、彼女の言葉には何も言わずに歩き続ける久朗の背。
何もかもを拒むようなその背中に、もしかしたらこの人もそうなのではないかと、思う。
雁字搦めで、不自由。
自分と同じように。
「あ……」
背中からふと視線を落とせば、久朗が左手に怪我をしていることに気付く。理由はきっと、先ほどの喧嘩だ。
思わず駆け寄って、両手で左手を包み込む。
「"Crow(鴉)"なのに」
親が――大切にすべき家族がいない。
だから自分を大切に出来なくて、他人をも受け容れられない。
「…独りなんですね、あなたは」
まるで私だと哀しく微笑み、ハンカチで縛って傷を塞ぐ。
直後。
「はっ!?」
ぱっと手を離してバックステップするグィネヴィア。その顔は真っ赤である。
我に返ってしまえば今自分は何を!?と慌てるようなことをしてしまったような気がするが。
「お前、普通に日本語話せるんだな」
"独り"という言葉に何かを感じ取りながら、グィネヴィアをずっと挙動不審な転入生だと思っていた久朗は平常通りの声で呟いた。
恥ずかしさのあまり答えられない彼女の様子には言及せず、久朗は再び歩き出す。
無言のまま駅に到着し、顔の火照りもようやく治まったグィネヴィアは久朗の正面に回ってぺこりと頭を下げる。
「あの! ……ありがとう。送ってくれて……助けてくれて」
久朗からの応えは無くてもいい。それでも、今伝えなければと思った。
「……気が向いたらあれの続きを聴きに行ってもいい」
しかし、グィネヴィアの想像の斜め上から降ってきた言葉。思わずきょとんとした少女に、青年は「あいつらのダミ声で台無しになったからな」と続ける。
木陰の下、聴こえてきたのは小鳥の囀りのような歌声。
「"あれ"? って……!!」
グィネヴィアが口遊んでいた歌の事だと指した久朗は赤面した少女から離れていく。
それに安堵しながらも、自分がもう彼の事を怖がっていない事に気付く。
要らないと思っていた明日が、今は少しだけ楽しみだ。
また彼と会う日がやって来るから。
歌は披露する度胸はまだないけれど、いつかきっと。
物語を紡いだ先の、遠くない未来で。
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結果
シナリオ成功度 | 成功 |
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