本部

悲泣飾り ~ヒナカザリ~

一 一

形態
ショート
難易度
難しい
オプション
参加費
1,000
参加制限
-
参加人数
能力者
8人 / 4~8人
英雄
8人 / 0~8人
報酬
普通
相談期間
5日
完成日
2018/03/25 19:46

掲示板

オープニング

●立春過ぎて萌芽(ほうが)する狂気
「先日、エジプトのアレキサンドリア支部よりとある連絡がありました」
 H.O.P.E.東京海上支部の会議室。
 集められたエージェントたちを前に、佐藤 信一(az0082)が表情固く口を開く。
「中にはご存じの方もいらっしゃるでしょうが、年明けのエジプトでとある愚神が出現し町を襲撃。多くの被害を出した末に逃亡しました。去り際に『ムティアダ』と名乗ったその愚神が、また動き出すようです」
 そうして配られた資料には、ムティアダについての情報が乗っている。
 読み進めると、アレキサンドリア支部からほど近い都市の地図も記載されていた。
「プリセンサーの予知によると、現地時刻で夕方頃にその都市へ襲撃をかけるようです。すでに地元エージェントにて住民の避難誘導が始まっていますが、都市の規模からして全員の避難は間に合わないでしょう」
 前回は問答無用の乱戦を強いられたが、今回は準備を整える程度の余裕がある。
 できる限りの対策を練り、被害を最小限にとどめられるかもしれない。
「皆さんには討伐部隊として、都市外にて待ち構え愚神の迎撃をしてもらいます。戦闘開始後も避難誘導と住民の護衛は地元エージェントが担当しますので、適宜連携してください」
 説明が終わり、最後に信一はエージェントたちにこう付け足した。
「ムティアダは残虐非道な思想と確かな実力を持った、とても危険な愚神です。これ以上力を蓄える前に討伐し、全員無事に帰還してくださることを、願っています」

●死年(しんねん)躓(つまず)き、雨水にて渇する
「――あ゛ァ゛あ゛ァ゛ッ゛! クソがァ!!」
 ザシュッ!!
 激しい癇癪が上がり、ショーテルが小さな人影を両断した。
「アレからァ! ガキをォ! 1人もォ!! 殺してねェんだぞォ!!」
 ザシュッ!! ザシュッ!!
 さらに2つの人影を乱暴に切断し、ムティアダは苛立ちを隠さず刃を振るう。
「それもこれも……あのクソ野郎どもがァ!!」
 配下の従魔へ八つ当たりしてなお、ムティアダの怒りは収まらない。
 消滅していく子どもに近い見た目の従魔を踏みにじり、わずかに回復した体を確かめ詰(なじ)る。
「テメェらもテメェらだ! ライヴス集めんのにどんだけ時間かかッてんだ、あァ!?」
 ムティアダが以前の戦闘で対峙したエージェントとの戦闘は予想以上に深かった。
 逃走後に消耗で動けなくなり、やむを得ず回復に専念することを選択。
 結果、ムティアダは内からあふれ出す破壊衝動と鬱憤が蓄積していった。
 配下の姿を子どもに寄せても、物言わぬ人形を斬ったところで慰めにもならない。
「――もォ、いいかァ」
 それはムティアダにとって許容できないストレスであり。
 我慢の限界を迎えた瞬間、自重することを諦めた。
「確か極東じャあ、『悲泣(ヒナ)人形』ッつう苦痛に歪(ゆが)むガキの首を飾って並べだす時期だッたよなァ? 二重死(にじゅうし)節気の、『飢水(うすい)』、ッつッたかァ? 冬の雪が邪魔でろくに殺せねェ抑圧された飢餓感を雪解けにあわせて解放する、極東式の断食(ラマダーン)みてェなもんだよなァ?」
 どこで仕入れたのかわからない知識を思い出しつつ、ムティアダは頷く。
「あァ、そうだ……人間でも俺みてェに殺しを我慢した後は、ガキをいたぶッて殺しまくるほど楽しむんだ。――おあずけ食らッたら、そんだけ報われなきャァ道理が通んねェよなァ?」
 クツクツと。
 奈落の底より暗い笑みを浮かべ。
 奈落の底より届く笑みを響かせ。
 ムティアダは狂気に酔いしれる。
「どこでもイイ、だれでもイイ、なんでもイイ、これから今すぐ徹底的に――殺す」
 枯渇した己の愉悦を、満たすために。
 新たな亡霊を配下に従え引き連れて。
 タガが外れた悪魔は、再び動き出す。

解説

●目標
 ムティアダ討伐
 一般人および都市の防衛

●登場
 ムティアダ…ケントゥリオ級。手足の長い長身痩躯にアラビア風民族衣装の愚神で、残虐性の強い言動が特徴の快楽殺人鬼。大きく湾曲した両刃剣のショーテル二刀流の剣技は非常に荒々しいが、その奥に高い技量を秘める。

 能力…物攻↑↑↑、命中・移動・イニシアチブ↑↑、防御・生命力↓

 スキル
・ヤムズィコ…射程1、単体物理、物攻-40、命中+20、怒濤の連撃、4回攻撃
・ムトゥルダ…射程1~5、単体物理、物攻+80、命中-50、攻撃相手へ苛烈な追い討ち、命中→再攻撃(補正は再攻撃のみ)
・アルフルージュ…リアクション、1R、敵攻撃の受け流し、回避判定→命中÷(10×1D6)を修正値として加算、使用後2R→全スキル使用不可

(PL情報
 ホズナ…ミーレス級。頭と顔を覆う白いターバンの奥から目らしき2つの青い点が浮かぶ子ども型従魔。発声器官がなく、命令に淡々と従う様は亡霊のよう。武器は刃の中央に血抜き用の溝がある両刃短剣・ジャンビーヤ。ムティアダの配下で、数は不明。

 能力…不明

 スキル…不明)

●状況
 プリセンサーが再びムティアダの襲撃を予知
 標的はアレクサンドリア支部近くの都市
 日没直前の夕暮れ時に愚神出現→迎撃の流れ
 住民に事前通告されるも、避難完了の前に襲撃される

 PCは愚神出現前に現場到着
 愚神迎撃部隊として都市外の砂漠にて布陣
 PC初期位置から都市まで、直線距離でおよそ50sq
 地元エージェントは避難誘導の継続と都市防衛を担当
 愚神の情報は全員に共有されるが、従魔は初見のため情報がなく数も不明

(PL情報
 愚神は前回の戦闘で受けた傷でやや消耗
『殺人行動』の制限によるストレスで完治を待たず襲撃を決意
 負傷の原因であるエージェントへの憎悪は強い)

リプレイ

●血に飢えた殺人鬼
「ムディアタ……まさかこんなにも早くまたお目にかかるなんてね」
「デス!」
 前回の戦いでも相対した愚神の名に、リリー(aa5422hero001)は苦虫を噛み潰し、あい(aa5422)はやる気を燃やす。
「あいちゃん。無理は駄目だから」
「今度こそ切り刻んじゃうデェース!! 覚悟してるデェース!!」
「……あいちゃんも狙われる対象に適してるって事、忘れないでよね?」
 リリーの注意も耳に入らず、脳裏に浮かぶ酷薄な笑みへ向けて鎌を振り回すあい。意気込みは伝わったが、苦笑するリリーは空回りしないことを願う。
「殺人鬼か……こういうやつに限って、ろくなことにならないんだろうな」
 愚神に友人や家族を奪われた御剣 正宗(aa5043)は、手にした資料を無意識に握りつぶす。
「頑張って倒しましょう。私も全力で手を貸しますよ、正宗さん」
 普段より声が重く、冷静さに欠ける様子を見たCODENAME-S(aa5043hero001)は正宗の手を取り頷いた。
「子供を狙う――ですか。絵本作家としては見逃せないですね」
「そういう輩は、人としても見逃しちゃダメよ」
 同じく資料に目を通す想詞 結(aa1461)はムティアダの志向に眉をひそめ、【誰も見捨てないこと】を誓約とするサラ・テュール(aa1461hero002)は明確な嫌悪を見せた。
「おねーちゃんはあいが護るのデス! まっかせるのデェース!!」
「あい……頑張るのはいいことだけど、あんまり無理しちゃダメよ?」
 すると、険しい表情に気づいたあいがぎゅーっとサラに抱きついた。
『おねーちゃん』と慕ってくれるあいだが、サラもリリー同様ちゃんと釘を刺す。
「あたし達はまだ、そんな大それたことは出来ない……だから今回は、仕方なくあんたたちに護らせてあげるんだから」
 すると、どこか不服そうなリリーがツンケンした物言いでサラと結を指さす。
「一緒に頑張りましょう。未来の読者さんがいるかもしれないですし、ひどいことは許しちゃいけないですから」
 それには結が微笑み答えた。リリーはもちろんサラも大事に思っているらしいあいの暴走も、愚神の暴挙も止めようと頷く。
「よぉし、ボク、頑張っちゃうよ~!」
「リリアのやる気が全開でなによりだ」
 そして、勢いよく立ち上がったリリア・クラウン(aa3674)を合図にエージェントは準備に取りかかり、伊集院 翼(aa3674hero001)は苦笑しつつリリアを促した。

 アレクサンドリア支部から都市へ移動し、未だ避難誘導中の地元エージェントと連携を確認した後。
 エージェントたちは愚神迎撃部隊として警戒態勢に入った。
「子供を殺すのが好きとか、とんだ変態愚神だね」
「――子供は国の宝どす」
 夕暮れの砂漠を見渡すアンジェリカ・カノーヴァ(aa0121)に、ライフルのスコープを望遠鏡代わりに見張っていた八十島 文菜(aa0121hero002)の声は小さい。しかしアンジェリカは常に笑顔の文菜から表情が消え、強い怒りが伝わる横顔に思わず息を飲む。
「街に入られる前にケリを着けたいところだが」
「何か、妙な寒気がするんだけど……」
 他にも御神 恭也(aa0127)が伊邪那美(aa0127hero001)とともに索敵を行う。まだ非共鳴なのは、見た目が子どもに近い標的を見ればムティアダの意識を都市から移せるかも、という思惑があったからだ。
「――来たか」
「っ~!!」
 そして、恭也は遠方から迫る気配に身構え、伊邪那美は悪寒が強くなる。
「予測を上回って来るとは、相当ストレスを溜めてるようだな」
 身に覚えがある殺気を浴び、赤城 龍哉(aa0090)は夕刻の明るさに目を慣らすためのサングラスをとる。
「前回討ち損ねたのが悔やまれますわね」
 ヴァルトラウテ(aa0090hero001)は以前よりも強い肌が粟立つ悪意を前に、思わず顔をしかめた。
「ま、油断ならない事は良く判った。鬱憤晴らしに来るなら逆手に取るって手もある」
 そうして龍哉は共鳴し、ブレイブザンバーを握る。
『宵闇を背負ってくるなんて、まるで光を厭(いと)う悪鬼だ』
「絶対に、此処で討ち取る!」
 共鳴したルー(aa4210hero001)の声を聞きつつ、深呼吸を1つしたフィアナ(aa4210)はレーギャルンに収めたウルスラグナへ触れ、敵を見据えて記憶にある教えを頭の中でなぞる。
 ――如何な状況でも、何を言われようと冷静に。
 ――怒気に塗り潰された頭で得られるものなど無いと知れ。
 愚神の進撃を阻止すべく、フィアナは『リンクコントロール』で最大までライヴスを活性化。『大丈夫だ』と鼓舞する様に余裕の態度を笑みで作り、砂漠用コンバットブーツで地面を蹴り出した。

●狂気乱舞
「――あ゛?」
 エージェントの警戒網に引っかかった時、ムティアダもまた敵に気づいていた。
「おじさん、此処に子供がいるよ。殺せるもんなら殺してみなよ!」
 ふふん! と無い胸をそらして声を上げたのはアンジェリカ。ワザと目につく位置に移動し、避難中の市民がいる都市から注意を引きつけるよう挑発する。
「はァん? 面白ェガキがい――ッ!!」
 ムティアダは素早くアンジェリカや伊邪那美に視線を巡らせ舌なめずりしたが、次の瞬間表情が一変。
「また会ったな、殺人鬼!」
 大剣を携え接近する龍哉に癒えきらぬ傷が疼き、絶叫。
「――殺す! ブッ殺す!!」
 怒気、狂気、殺気がライヴスにも現れ、ムティアダは砂から従魔――ホズナを呼び出す。
 その数、20体。
 さらに優先攻撃対象をエージェントへ定め、ムティアダは龍哉へ一直線に走り出した。
『実際に対峙すると、話に聞いていた以上に嫌な空気を纏っているね』
「腕に覚えがあって血に狂ったか、血に狂う内に腕を上げたか……何方にせよ早く取り押さえないと取り返しのつかない事になるやも知れん」
 標的がそれて内心ホッとする伊邪那美と共鳴し、恭也はまず従魔を片づけようとドラゴンスレイヤーを構えた。
「我が名はフィアナ。“兄”から貰った、光を導く旗の名だ!」
 続けて名乗りを上げたフィアナも接敵し、開戦の合図と鞘から抜剣した衝撃波でホズナの1体を吹き飛ばす。
「子供?」
 その間に従魔と相対した恭也は、ホズナの容姿を確認し眉をひそめた。
『おかしくない? アイツ、ボク位の子を標的にしてたのに、配下にその姿をさせるなんて』
「……恐らくだが、あの様子から憂さ晴らしにでも使っていたんじゃないか?」
 訝しげな伊邪那美の疑問に、恭也は正気とはほど遠いムティアダを横目にした推測を話す。
『うへぇ~、最悪だね』
「同感だ」
 覚えた嫌悪を隠さない伊邪那美に恭也も頷き、ホズナへ大剣を振り下ろす。
「従魔は任せる。頼むぜ!」
「ああ、俺たちは供回りを先に叩く!」
 そこへ、龍哉が従魔と切り結ぶ恭也を追い越した。
 言葉は短く、視線は刹那。
 それで事足りる信頼を互いに預ければ、後は目の前の敵に専念するのみ。
「龍哉さんのところへ行ったね。ボクたちは後ろから援護しよう」
『うちらの後ろ、抜けさせやしません』
 一方、ムティアダの動きを見て後退したアンジェリカは、ランタンの光に浮かぶスナイパーライフルの横で待機していた文菜と共鳴。狙撃の体勢からオプティカルサイトをのぞき込み、『回避予測』の目を凝らす。
「私には見向きもしませんでしたね」
『見た目は関係なく、本当に未成熟な子どものみが対象、ってことかもね』
 事前に借りた防塵用のゴーグルをつけ、結は共鳴したサラの声に唇を引き結ぶ。
「とにかく、愚神優先で倒すです!」
 事前に最大の脅威は愚神という認識で全員一致し、結は迷いなくスヴァローグの炎尾を軌跡に残し疾駆した。
「さて、あの愚神の実力はいかがなものだろうか……」
『どちらもかなり凶悪そうです。油断は禁物ですよ、正宗さん』
 やや遅れて、ユピテルの雷光で目を細める正宗が続く。ライヴスの気配から注意を促すSに無言で頷き、正宗は敵の動きを注視しながらホズナの攻撃を弾いた。
「強そうな殺人鬼だね! でもボク達は絶対に負けないよ!」
『私達が返り討ちにしてあげよう!』
 そんな中、ムティアダへ最初に仕掛けたのはリリア。ショーテル両手に直進する様は怒れる闘牛が如き猪突猛進。視野が狭まった愚神の側面へ回り込み、翼の声を合図にリリアは神斬を薙ぎ払い牽制の斬撃を飛ばす。
「――邪魔するなァ!!」
 瞬間、グルンッ、と血走った眼球がリリアを捉え、片方のショーテルが斬撃を砂ごと切り上げ相殺させた。
「うそっ!? きゃあっ!?」
『リリア!』
 突如発生した砂柱にリリアが目を丸くした隙に、砂の幕を突き破って現れたムティアダが急接近。お返しとばかりに袈裟懸けに一太刀斬り下げるも、翼の悲鳴ごと無視して再度進路を龍哉へ戻した。
「ムティアダとか言ったな。また出て来るとは懲りない奴だぜ」
『その様子では、辛抱も限界という所ですわね』
 挑発の軽口とは裏腹に、龍哉とヴァルトラウテの警戒は緩まない。真っ先に狙われたため敵の注意を引きつけつつ、連携の糸口を作りだそうと思案し剣を交えた。
「毎度毎度ォ、ウゼェんだよォ!!」
 しかし、数合も満たない打ち合いでムティアダは激昂。龍哉を八つ裂きにせんと『ヤムズィコ』の連撃を叩き込んだ。
「死ね! 死ね!! 死ね!!! 死ねェ!!!!」
「づっ!? はっ! がっ!? ――ぐぅっ!?」
 斬撃の途中でも柄を捻り、防御をすり抜けるムティアダの剣技に龍哉の体が血に染まる。
「まさか、な――」
 グラリ、と龍哉の体が傾き、しかし口が描くは獰猛な冷笑。
「あ゛ァ? ――ガァッ!?」
 ムティアダは怪訝に喉を鳴らし、大剣の切っ先で胸を穿たれる。
「――同じ手に掛かるとは思わなかったぜ!」
 炸裂した龍哉の『クロスカウンター』で、ムティアダは大きく吹き飛んだ。
「ゴハッ! ――んの野郎ォ!!」
 盛大に吐血し、ゆらりと立ち上がったムティアダの憎悪はなお膨れる。
「隙アリDeath!」
「ッ!」
 理性が溶けるほどの憎悪で曇った瞳は、しかし『毒刃』揺らぐ薄緑の刃をギリギリで捉え、首を逃がした。
「テメェ……あの時もいたガキィ!!」
「ガキじゃないDeath! あいは『あい』Death!」
 さらに後方へ跳躍し、乱入者に気づいたムティアダにあいがぷんぷんと抗議する。
「言ったDeathよ。喉――じゃなくて首を洗って待ってろって! その首、今回こそ貰い受けに来たのDeeeath!!」
『覚悟しなさい』
 ソウルイーターの刃を体で隠すよう構えたあいの啖呵にリリーが追随し、ジリジリと間合いを計る。
「――そぉ、れぇっ!」
 そこへ、鮮血を散らせるリリアが『トップギア』で高めたライヴスを乗せた『スロートスラスト』で急襲。
「逃がしませんです!」
 寸前でムティアダが横へと回避した着地直後、結の『電光石火』による炎刃が迫る。
「ッそがァ!!」
 それでも、ムティアダは膝を鋭角に曲げて体を沈ませ、再度跳躍。また足が砂を捉えれば、今度は反撃に出ようと体を前へ押し進める。
「――ッづ!?」
 が、ムティアダは足下で跳ねる『威嚇射撃』で勢いが殺がれ、こめかみを貫く衝撃でついに体を砂地へ埋める。
「少しそこで休憩したらどうだい?」
『テレポートショット』の着弾をスコープ越しに確認したアンジェリカが薄く笑む。
「回復を……!」
 その間に追いついた正宗がライヴスを放出。『ケアレイン』の光が仲間の傷を緩和していく。
「ボクが返り討ちにしてあげよう。この生命に変えてでもな」
 味方の回復を確かめた後、正宗はライヴスに気概を込めて槍から雷電を大きく爆ぜさせた。
「悪い人にはお仕置きが必要です!」
『手痛いから覚悟しなさい?』
 ムティアダが態勢を立て直した時には、結とサラの声とともに5つの刃と1つの銃口が向けられていた。
「――あ゛ァ゛、ウザッてェ!!」
 度重なる妨害。
 崩れない障害。
 澱み凝る弊害。
 憤りと憎悪を育んだ果て、ムティアダは自他を問わない破滅のライヴス――『ハリヴ』を全身に顕現した。
「逆切れによる一時的な能力の底上げ……か」
 赤黒い火花を纏うムティアダに、想定していたとはいえ好ましい状況ではなく、龍哉の警戒は跳ね上がる。
「ヤレェ!!」
 瞬間、ムティアダの絶叫で従魔の動きが変わる。
『正宗さん、後ろ!』
「――っ!?」
 Sの叱咤で振り向いた瞬間、3体のホズナがジャンビーヤを突き刺そうとする姿が。
『あいちゃん!』
「Death!?」
 リリーの声で味方の陰からムティアダの隙を窺っていたあいも目を丸くし、四方からの攻撃に『零距離回避』も用いて対処。
「くっ、離れてください!!」
 たちまち囲まれた結は表情に焦りを浮かべ、『怒濤乱舞』で追い払おうと大剣を振り回す。
『こいつら、素早い!』
 しかし、サラの言葉通り的が小さく俊敏なホズナへの直撃は難しく、1体しか消滅させられない。
「わっ! この、っ、邪魔だよ!!」
 リリアにも刃がいくつも迫り、神斬を盾にやり過ごす。隙を見て斬撃を飛ばすも、削られるのは砂原のみ。
「ちっ、やりづらいな」
 一方、大ぶりな攻撃は控えてホズナを相手にしていた恭也も、急速に高まった連携攻撃に防御を固める。
『相手が子供を連想させるから?』
「背の、低さが、思ってた以上に、厄介だ!」
 伊邪那美への返答も厳しいのか、切れ切れな呼吸の恭也は動きを止められない。
「一息に叩く!」
 そのまま『怒濤乱舞』で戦況を打開しようとする恭也。
「――ぐ、くっ!?」
 1体が消滅、3体へ痛撃を見舞った直後、抜けた穴を埋めて群がるホズナの短剣が恭也へ突き刺さった。異様なライヴスを纏った刃――『イヌズファ』がつけた傷は出血が止まらず、『減退』が徐々に体力を奪う。
「恭也! っ、何だか嫌な予感がするわ……」
 ほぼ同時に包囲されていたフィアナはホズナを迎撃しつつ、広い視野で味方やムティアダの動きに不安を抱いた。そうして見えた『イヌズファ』は回避に専念し、別の手札も疑って従魔の分析を続けていく。
「狙いが……っ!」
 後衛のアンジェリカは敵味方の激しい混戦で援護を迷う。
『アンジェリカはん、焦る必要はあらしません』
「っ……わかったよ」
 が、すぐさま文菜の声で頭を冷やし、アンジェリカは息を吐くとスコープで戦場を視る。
「ソノママ、釘付ケロォ!」
 エージェントの意識が従魔へ分散した乱戦のさなか、力の奔流で皮膚を破る流血そのままにムティアダが龍哉へ接近。唯一、横槍がなかった龍哉は真っ向からムティアダと対峙する。
「食らえっ!」
 先手を取ったのは龍哉。
 ムティアダの状態に相応のリスクがあると踏み、『一気呵成』で勝負をかける。
「ハァッ!!」
 が、ムティアダの『アルフルージュ』が驚異の反射神経で刃を受け止め弾く。
「っ!」
 それに龍哉が息をのみ、視線を素早く動かして――舌打ち。
 前回の交戦から、ムティアダは包囲集中攻撃に対して『アルフルージュ』を使用すると見越して作戦を練っていた。ムティアダが『危機的な場面』でしか使わない奥の手であり、使用後に逃走へ転じた様子が『反動ないし代償』がある技だと考えられたからだ。
 本来であればこの後、ムティアダ討伐の好機が訪れるはずだが仲間は従魔の妨害で追撃が難しい。
「殺ス!」
 故に、この狂った殺人鬼の隙を衝くのもまた、厳しい。
『くっ、あいちゃん! 『デスマーク』を使って! 少しでも気を引いて援護を!』
「まっかされたDeeeath!!」
 リリーはここで撤退対策用の『デスマーク』をあいに促した。ダメージはなくともムティアダの意識は乱せるはずだ、と。
「殺スゥゥッ!!」
「――上等だ!」
 付与には成功するがムティアダの目は外れず、龍哉は不退転の決意で大剣を握り直して迎撃に移る――
「ぐ、っ!?」
 ――わずかな間隙。
 1体のホズナが龍哉の背中に『イヌズファ』を沈めた。
「な、めんなぁ!!」
 瞬時に『メーレーブロウ』で振り払い、龍哉は今度こそムティアダへ一撃を見舞う。
「グ、ッハァ!!」
 痩躯に走る斬線は鮮血を散らし。
 刹那の脱力が愚神の消滅を予感し。
 されど直後の赤光が殺意を突き動かす。
「――げほっ」
 瞠目した龍哉は吐血。
 貫く曲刃は力を奪い。
 傾ぐ体は地に沈んだ。
「ヒャハハハァッ!!」
 愉悦の哄笑を上げ、ムティアダはさらなる甘美を求め『重体』の龍哉へ刃を向ける。
「やらせたりしないっ!」
「ッ!?」
 しかし、ホズナを一時的に振り切ったフィアナの『守るべき誓い』が一瞬攻撃を躊躇わせ、続くレーギャルンの衝撃波がムティアダを仰け反らせた。
「龍哉さん! この、っ!!」
 さらに、ようやく開けた射線にアンジェリカが『テレポートショット』を走らせ、ムティアダの体勢を崩した。
「気をつけて! 従魔は武器で奪った私たちの『血』で愚神を回復させたわ!」
 苛烈になるホズナの攻撃を捌きつつ叫んだフィアナの言葉に、エージェントたちは驚愕や苦渋で顔を歪めた。
 瞬く間に交差した龍哉たちの攻防の裏、フィアナはホズナがジャンビーヤに染み込んだ龍哉の血で生み出したムティアダを包む光――『シャラフィ』を見た。その効果は、愚神と龍哉との攻防で示されていた。
「モットダ! モット血ヲヨコセェ!!」
 推測を裏付けるように、また赤い光を纏うとムティアダは『翻弄』を無視して立ち上がる。
「みんな! 先にムティアダを!!」
 連続で衝撃波を放ったフィアナは集中攻撃を呼びかけた。
 回復手段を持つホズナの数はまだ多く、ムティアダを倒しきるなら満身創痍の今しかない。
 できなければ、消耗が激しいこちらが全滅するだけだ。
「倒れろ!」
 アンジェリカは全力でライヴスを捻出。『威嚇射撃』でムティアダの動きを封じ、『ブルズアイ』で足を撃ち抜く。
「龍哉の分も食らえ!」
 膝が折れた懐へは恭也が肉薄し、『疾風怒濤』で切り刻む。
「これがボクの全力の一撃だよ! 『トップギア』からのぉ――『オーガドライブ』!!」
 加えてホズナを無理矢理引きはがしたリリアが飛び上がり、捨て身の構えで渾身の力を込めた一撃をぶち込んだ。
「ッガァ!!」
「まだ動けるの!?」
『リリア!!』
 それでも残光の赤を散らすムティアダは立ち、攻撃直後のリリアへ武器を振り上げる。
「『ライヴスミラー』!」
 翼の声も遠く、狂刃が眼前まで迫ったリリアに、傷だらけの正宗が『カバーリング』に入る。周囲に浮かぶライヴスの鏡は衝撃が反射される前に砕けるも、窮地を跳ね除ける役割を果たす。
「これはお返しだ――受け取れ!!」
 狂乱の瞳が対象を移し、代わりに迫った正宗は『ブラッドオペレート』を携えた腕を逆袈裟に翻した。
「死ィ、ゲェ!?」
 タガが外れた殺人鬼は本能と衝動のみで体を動かし、正宗を手にかけようとして――吹っ飛ぶ。
「はああっ!!」
 ムティアダのわき腹を『減退』で血だらけの結が『電光石火』で貫き、薄まる意識を咆哮で奮い立たせた。
『あい!』
「今です!」
 そして、サラと結は最後まで抵抗するムティアダを睨み、その先に見えた仲間へ希望を託す。
「約束通り――」
 視線を追った先、夜空を背負って待ち構える三日月が如き『毒刃』の黒が浮かぶ。
「その首――」
 ぐんぐん距離が縮まり、黒いシルエットの中に金と緑ともう1つの『三日月』を見た瞬間。
「『あい』が貰ったのDeath!!」
 走った黒が喉に食い込み、根付いた『死の種』で『血の華』が咲く。

「ガ――」

 芽吹いた『死』が、殺人鬼の視界を滅茶苦茶に揺さぶる。

「キ――」

 結と息を合わせ、空中に飛び上がって挟撃したあいが刎(は)ねた、ムティアダの頭。

「ッ――!」

 驚愕を張り付けた死相は回り。

「 コ ロ セ ェ !!」

 砂漠へ埋まって、消えた。

●哀願狂愚
 遠く朧気で古びた記憶。

 ――辛い苦い臭い不味い

 ガキが嫌いだった。

 ――眩しい暗い煩い寂しい

 どこに行っても。

 ――熱い冷たい痒い痛い

 何を言っても。

 ――怖い悲しい辛い苦しい

 いつも勝手に。

 ――死にたい

 騒ぎやがる。

 ――殺して

 死の眠りで安らげるよう殺した。

 ――ころして

 しに救いがあると信じてころした.

 ――コロシテ

 シを乞(こ)われるままにコロシタ

 ――ありがとう

 泣き喚くガキが

 ――おじさんは

 最期の瞬間だけは

 ――やさしいね

 嬉しそうに笑うから

「 コ ロ セ ェ !!」

 俺はガキが――

 キライだったんだ――

●足掻く悪意
「っ、なんで!?」
 愚神の討伐を確認したアンジェリカが上げた声は、悲鳴に近かった。
 残るホズナたちがこちらへ――都市へと向かってきたからだ。
「愚神が死に際に命令を出した!」
「全滅させないともう止まらない!」
 理由は、従魔の背を『烈風波』や衝撃波で切りつけ、追いすがる恭也とフィアナによってもたらされた。
「弱った何体かは結と正宗が引き受けてる!」
「あいたちで全部倒すDeath!」
 さらに、斬撃を飛ばしたリリアと1体の首を飛ばしたあいが横を通り過ぎる。
 全員の表情が、いまだ事態の重さが変わらないと物語っていた。

「……御剣、さん」
 倒れた龍哉を守るように、結は炎剣でホズナを斬り捨て、掠れた声を絞り出す。
「大丈夫、ですか……?」
「……ああ」
 雷槍を最後のホズナの胸に突き刺し、答えた正宗の声は小さい。
 ただし、『減退』でこぼれ落ちた赤は、足下に泉を形成するほど――大きい。
「悪いが……回復は、打ち止め、だ」
「知って……ます、よ」
 まだ戦える力が残った仲間の背中を『ケアレイン』で押し、正宗と結は龍哉に群がる少数の従魔から守った。
 それは、2人でも対処可能な数だったこともそうだが。
 ――追いかけても、途中で力つきるだろうと予測できたからでもある。
「後は、みんなに、お任せ、です――」
 視界が霞み、傷口を押さえた手を宙に遊ばせ、結は『戦闘不能』に。
「そう、だ、な――」
 緊張の糸が切れ、気力も底を尽きた正宗は『重体』を砂漠へ投げ出した。

「従魔が都市の避難組と交戦……劣勢だって!」
 一方、アンジェリカは地元エージェントとの連絡を青い顔で仲間へ告げる。ライヴスの過剰消費で倒れる寸前だが、『全力移動』の足は止めない。
「了解だよ!」
「援護は無理のない範囲でいいから!」
「本当に、厄介な従魔だ!」
「Death!!」
 ここで都市外の戦闘を目視したリリア・フィアナ・恭也・あいがさらに先行。いくつものライヴス光へと飛び込み、掃討戦に参加する。
『うちはあの人との間に子供を作る事はできんかった……けど、せやからこそ子を持つ母親に幸せになって欲しいんや』
 1人になったアンジェリカは、文菜の呟きを聞きながらその場に倒れ込む。
『それを壊そうとするのは――誰だろうと絶対許しませんえ!』
「――うんっ!」
 同時にライフルを構え、文菜の凄まじい気迫に圧倒されながらもアンジェリカは殺人鬼が遺した狂気の亡霊へ弾丸を撃ち込んだ。
「1体ずつ、確実に倒すわよ!」
 体力に余裕があったフィアナが全体を指揮し、鼓舞しながらホズナの数を徐々に減らす。
「頑張って! こいつらさえ倒せば、終わりだから!!」
 地元エージェントの負傷者も増えるが、リリアが神斬を振り回し叱咤激励しながら士気を維持する。途中、『イヌズファ』による『減退』が体力を削ろうと、リリアは弱音を一切口にしなかった。
「これで――っ!」
 そして、フィアナが最後の従魔を消滅させた瞬間、多くのエージェントが両手と膝を地につけた。
「ぐ、っ! 動ける者は警戒を継続! また、愚神迎撃地点の3名へ救援を! 1人はかなりの深手だ!」
 が、流血を無視した恭也の大声が響き、地元エージェントたちは慌ただしく走り出す。
「――恥ずかしい所、みせてしまいましたな」
 無理を重ねてぐったりするアンジェリカを背負いつつ、救援部隊とすれ違った文菜はようやく微笑んだ。
「けど、今のうちにはアンジェリカはんがいますから」
 ほんのり赤い横顔を見て、アンジェリカはそっと目を閉じた。

「こうして皆さんが生還できて、本当によかったです」
 事後処理後、信一は全員が集まった病室で報告を終えて安堵の笑みを浮かべる。
 一般人への被害は皆無だったが、エージェントには『重体』3名・『戦闘不能』2名・負傷者が多数出たが、死者はいなかった。
「デェース! おねーちゃん見てた? あい頑張ったデスよー!」
「あいが無事でよかったわ」
「……ふん」
 従魔戦でも奮闘したあいがサラへ抱きつき、サラがあいの姿にほっとしてハグを返すと、リリーがご機嫌斜めで鼻を鳴らす。
「正宗さんも、無理しちゃダメですからね?」
「ごめん、えすちゃん」
 最後にSに正宗が頭を下げ、夕闇の砂漠で起きた戦いは幕を下ろした。

結果

シナリオ成功度 普通

MVP一覧

  • 光旗を掲げて
    フィアナaa4210

重体一覧

  • ライヴスリンカー・
    赤城 龍哉aa0090
  • 愛するべき人の為の灯火・
    御剣 正宗aa5043

参加者

  • ライヴスリンカー
    赤城 龍哉aa0090
    人間|25才|男性|攻撃
  • リライヴァー
    ヴァルトラウテaa0090hero001
    英雄|20才|女性|ドレ
  • 希望を胸に
    アンジェリカ・カノーヴァaa0121
    人間|11才|女性|命中
  • ぼくの猟犬へ
    八十島 文菜aa0121hero002
    英雄|29才|女性|ジャ
  • 太公望
    御神 恭也aa0127
    人間|19才|男性|攻撃
  • 非リアの神様
    伊邪那美aa0127hero001
    英雄|8才|女性|ドレ
  • ひとひらの想い
    想詞 結aa1461
    人間|15才|女性|攻撃
  • 払暁に希望を掴む
    サラ・テュールaa1461hero002
    英雄|16才|女性|ドレ
  • 家族とのひと時
    リリア・クラウンaa3674
    人間|18才|女性|攻撃
  • 歪んだ狂気を砕きし刃
    伊集院 翼aa3674hero001
    英雄|20才|女性|ドレ
  • 光旗を掲げて
    フィアナaa4210
    人間|19才|女性|命中
  • 翡翠
    ルーaa4210hero001
    英雄|20才|男性|ブレ
  • 愛するべき人の為の灯火
    御剣 正宗aa5043
    人間|22才|?|攻撃
  • 共に進む永久の契り
    CODENAME-Saa5043hero001
    英雄|15才|女性|バト
  • 歪んだ狂気を砕きし刃
    あいaa5422
    獣人|14才|女性|回避
  • 歪んだ狂気を砕きし刃
    リリーaa5422hero001
    英雄|11才|女性|シャド
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