本部

【甘想】連動シナリオ

【甘想】召しませ、チョコ・スイーツ!

和倉眞吹

形態
ショートEX
難易度
易しい
オプション
参加費
1,500
参加制限
-
参加人数
能力者
10人 / 4~10人
英雄
8人 / 0~10人
報酬
無し
相談期間
5日
完成日
2018/02/24 20:20

掲示板

オープニング

『チョコレート・フェスタ、開催決定!』

 そんな見出しが踊るポスターが支部に張り出されたのは、二月に入って、街角もバレンタイン一色になり始めた頃だ。
「あ、すいません。これって具体的に何するんですか?」
 それを目にしたエージェントの一人が、通りがかった女性オペレーターを捕まえて訊ねる。
「ああ、えっとね。支部の近くにイベント施設があるでしょう? あそこ借り切れるコトになったから、バレンタインに託けたイベントがしたいねってコトになって」
 チョコレートのアイデア・スイーツを作って出店するも良し、客として訪れるも良しのスイーツ・イベントらしい。
「まあ、言うなればバレンタインの名前が付いた、文化祭みたいな感じかしらね。勿論、チョコとかバレンタインが主なテーマにはなるけど……プロのパティシエの出店も募ってるし、一般のお客さんも来れるように、告知も始めてるわ。良かったら、参加検討して……あ、お店出したいなら一言声掛けてね」
 じゃあ、と笑顔でオペレーターは踵を返した。

解説

▼目標
チョコレート・イベントを楽しむ。

▼内容(ポスターより)
バレンタイン期間にちなんだチョコレートのイベントです。
◆会場:支部の近くにあるイベント施設
◆開会:午前九時~午後四時
◆チョコレートのアイデア・スイーツを作って出店するも良し、客として参加するも良し。プロのパティシエや一般客も招待予定。
出店希望の方は、オペレーターに一言お掛け下さい。
◆バレンタインにちなんだイベントなので、カップルで来場の方には割引も(商品購入時に自己申請)。
◆午後一時から、会場内の調理場でチョコ・スイーツ作りの教室も。

▼会場規模
表面積、三万平方メートル。
通路を挟んで半分が出店スペースとカフェスペース。カフェスペースには、テーブルセットが幾つか置いてある。飲み物を売る店もあるので、買ったスイーツと一緒にその場で食べることもできる。
残り半分のスペースに調理場が二部屋分。内、一部屋を使ってスイーツ教室。
その他、受付、手洗いなど。

▼その他
・とにかく、バレンタインイベントを楽しんで下さい。
・上記に記してある出し物以外でも、ご自由にプレイングにお書き下さい。バレンタインのイベントとして大幅に外れている、等がなければ採用致します。
・買い物によって、アイテムが増えたり通貨が減る事はありません。

リプレイ

「ひ、人、人混み……!!」
 支部に張り出されたポスターの内容を知った時、木霊・C・リュカ(aa0068)の頭にあったのは、「美味しいチョコ食べられればいいなぁ」という思いだけだった。それがまさかの、予想の軽く斜め上を行く人出に、仰け反りそうになる。
 彼の見守りや、紫 征四郎(aa0076)の手助け他の為に訪れたオリヴィエ・オドラン(aa0068hero001)は、『成程、戦争と言われるだけの事はあるな』とぼそりと呟いた。
 人出に負けず、店も多い。これだけ選択肢があれば、もう一つの目的である渡すチョコの購入も容易――いや、ある意味で難易度が上がったのだろうか。選択肢が多過ぎるのも、些か問題だ。
「可愛いチョコ、きれいなチョコ、いっぱいですね……!」
 甘味好きで、この時期にはよくチョコを買っているガルー・A・A(aa0076hero001)も加え、リュカ、オリヴィエと四人で訪れた征四郎は、その年頃の少女らしく目をキラキラさせる。手には、しっかりとメモ帳が握られていた。
 バレンタインは既製品より手作りチョコ派の彼女の目的は、購入よりもチョコの視察が主だ。どんな種類があるのかを観察し、メモを取ったり、スマホで似たようなチョコのレシピを調べたりしながら、手を引いたリュカの方をチラチラと見上げる。
 リュカはどんなチョコが好きですか? とは中々訊けない。やっぱり、渡す時に驚いて欲しいから、それを調べるのは、あくまで内密に、だ。
「はぐれないように気を付けてね! ……ん? どしたの、せーちゃん」
 視線に気付いたらしいリュカに、不意に言われて、征四郎は慌てた。
「えっ、あのっ、な、何でもないです! ええっと、リュカ、それ美味しいですか?」
 思い切り挙動不審に答えた後、強引に話題を振る。彼は、空いた手で丁度試食用のチョコを一つ摘んだ所だった。
「うん、そうだねぇ。どれも美味しいよ?」
 基本的にチョコの好き嫌いがないらしい彼にすれば、その感想通りなのだろう。
 征四郎は、口では「そうですか」と笑顔で答えたが、内心は益々見極めが難しくなった、と唸った。

『パパ! イベント、一緒に行こ!』
 と言う烏兎姫(aa0123hero002)に引きずられるように訪れた虎噛 千颯(aa0123)は、正直なところ、イベントの内容を理解していなかった。
「烏兎ちゃん、このイベント何? また服買うの?」
 会場内は、ごった返す人混みの所為で、いまいち店の陳列品が見えない。
『服はまた今度買って貰うけど、今回は違うんだよ。買って貰うのはチョコレート!』
「チョコレート?」
『だって、バレンタインのイベントだもん』
 当然でしょ、と言わんばかりの烏兎姫に、千颯は目を剥いた。
「バレンタインイベント? え……烏兎ちゃん誰かにチョコ買うの?」
 呆然と口に乗せた後、ハッとする。
「あ! パパにかな!? えへへへー、そりゃそうだよね!」
 うんうんと顎に人差し指と親指を当てて頷く千颯に、烏兎姫はあっさりとそれを否定した。
『パパにもあげるけど、違うんだよ?』
「え? 違う? じゃあ、白虎ちゃんにかな? うんうん、白虎ちゃんになら、パパも安心かな」
『がおーちゃん?』
 キョトンと訊き返した烏兎姫は、それにもあっさりと首を横に振る。
『がおーちゃんにもあげるけど、それも違うよ』
「え? 違う……?」
 二重に否定されると、残る可能性は一つしかない。しかし、それをすぐには認めたくなかった。
「じゃあ、誰にあげるの? パパの知ってる人?」
 完全に不意打ちの形で浮上した、烏兎姫の恋人出現疑惑に、千颯は一気にテンパってしまう。
『誰? うーん……パパの知ってる人だけど……言うのはちょっと恥ずかしいかな……?』
 烏兎姫は、本当は所謂“友チョコ”を買いに来ただけだった。しかし、敢えて言わずに、千颯の誤解を深めるような言葉を口にする。
「え? 誰? 烏兎ちゃんの本命貰えるのは誰かな?」
 一方の千颯は、早くもイベントはそっちのけになった。疑惑の人物を、どうにかして聞き出そうと必死になる。
『本命なんて……そんな……でも、ボクもそういう年頃だし?』
 恋愛とかもしてみたいなーとか思うんだよ、と動揺する千颯に益々疑惑を煽るような事を言えば、
「ちょっとパパに教えてくれるかな?」
 と彼の表情は強張っていく。
「うん大丈夫、パパ何もしないよ! うん! ちょーっとOHANASHIしたいなってな!」
 お話、の所が、何やらローマ字変換になっている気がする。相手が男だったら、何もしない訳がない。もし、相手が男で、その男性を紹介したら、“交際は許可してやるから、一発殴らせろ”とか言い出しそうだ。“花嫁の父”の典型である。
 そう思うと、烏兎姫は笑いを堪えるのにそれはもう苦労した。
 千颯の先に立って、彼に背を向けた烏兎姫は、小さく笑いながらふと考えた。
(恋愛かー……ボクを好きになってくれる人なんて、いるのかな?)
 真面目な事を脳裏で呟くと、潮が引くように笑いは引っ込んでしまう。自分は、そういう意味で誰かを好きになれるのだろうか、と。
(パパに会いたい一心でこの世界に来たボクだけど……ボクは来た時から何か変わったのかな?)
 口に乗せない問いに、答えてくれる者はない。代わりに、背後からは脳天気、と思える千颯の質問が続いている。殆ど口調は詰問だ。
「ねー、烏兎ちゃんっ! いい加減教えてよー」
『どうしよっかなー。あ、ねぇ見て、パパ! あそこのチョコ、有名ブランドのだよ!』
 今日はとにかく千颯と楽しもう。
 そう思考を切り替えると、烏兎姫は「パパ買って!」と言いつつ、千颯の手を取って、引っ張った。

 ほう、と吐息を漏らした橘 由香里(aa1855)は、周囲を見回して、また息を吐いた。
(……来る訳ないよね。まだ四十分もあるもん……)
 最近、彼が何かと忙しく、デートの時間が取れなかった。久々のデートに気合いが入り過ぎ、待ち合わせ時間の一時間前に会場前へ到着してしまったので、それから二十分経った事になる。
 スマホで時間を確認した由香里の格好は、今日はコートに伊達眼鏡、シルクシャツとロングスカートという大人しめのコーディネイトだ。
(何か、緊張しちゃうな……デートって言ってもいつもは英雄がくっついて来るから、二人っきりっていうのは……)
 今回が初めて、と思い掛けて、ああ違った、と思い直す。
(告白した時は二人っきりだったかな……あの時は流石にみんな遠慮してくれたから)
 あれから随分時が経った。その分、互いの距離も近くなっている――筈だと思いたいのだが。
(正直……キスから先に進まないのは悩みっていうか……蛍丸、たまには壁ドンとかして……くれないわよね)
 恋人の黒金 蛍丸(aa2951)は、優しい。のは良いのだが、若干鈍い嫌いもある。
(蛍丸に壁ドンは似合わないし……で、でも、今回こそは私がリードしてもうちょっと何か進展を……!)
 グッと拳を握った瞬間、「由香里さん!?」と自分を呼ぶ声に、由香里は顔を上げた。
「早かったんですね、ごめん! 待たせちゃったかな」
 慌てて駆け寄って来る蛍丸に、ブンブンと首を横に振りながら、私、変な顔してなかったよね、と自問する。蛍丸から見て、パッと笑顔になったのは、自覚がない。
「二人で出掛けるのクリスマス以来だったからちょっと浮かれ過ぎてて……まだ三十分前だと思ってのんびり歩いて来ちゃったけど……随分前から待ってたんじゃないですか?」
「う、ううんっ、平気! 私もその……嬉しくて早く来ちゃったから」
 気にしないで、と続けるのと、首元に温もりがフワリと降りるのとは同時だった。
 自身のしていたマフラーを首に巻いてくれながら、蛍丸はニコリと笑う。
「まだ寒い季節ですから……風邪、引かないように」
「あ……ありがと」
 彼に釣られるように、由香里も頬を緩めた。彼の笑顔を見るだけで、それまで悩んでいた事は棚上げされる。
「じゃ、行きましょうか」
 差し出された彼の手を握り返して、由香里ははにかんだように頷いた。

「チョコは見るのも飽き飽き。なんだがねぇ」
 沢山の人でごった返す会場と、充満するチョコの香りに、炉威(aa0996)は思う様顔を顰める。
 誕生日が丁度バレンタインデーと被る炉威にとって、二月十四日は、誕生日と称してはチョコを貰い、バレンタインという名目でもチョコを貰うという、非常に厄介な一日だ。昔からのトラウマも手伝い、チョコはあまり好きではない食べ物に分類されて久しい。
 一方、エレナ(aa0996hero002)は、『チョコよりもこうして二人っきりなのが大切ですわ』と嬉しげにくるりと回った。
 想い人の誕生日がバレンタインと重なる。それは、恋する乙女にとって歓迎すべき事以外の何者でもなかった。
 ただ、彼を引っ張って来たのは、バレンタインよりは炉威の誕生日を祝う為だ。ともあれ、シチュエーションはばっちり“二人っきりのデート”である。もうニヤケるしかない。
 炉威としては、彼女の保護者代わりに付いて来たに過ぎないのだが、エレナは勿論知る由もない。
『プロのパティシエもご来場される様ですわ。それでしたら炉威様も楽しんで頂けるかと』
「そうさねぇ……確かにプロの作ったモノには興味が無いとは言えないかね」
 うんざりしつつあるバレンタインの催しに、ほんの少しの楽しみを見つけ、炉威は小さく息を吐いた。

「カノンねーさま、見て見て! こちらのチョコレートも素敵ですの!」
 はしゃいだ様子で振り返るリリィ(aa4924)に、カノン(aa4924hero001)は微笑した。
『ふふ、リリィったらご機嫌ね』
「だってこんなに沢山のチョコレート……しかも、全てチョコレートなのにそれぞれが違うなんて……」
 リリィは、ショーケースに並ぶ様々なチョコレートをうっとりと眺め、「まるで魔法のようですわ!」と感嘆の声を上げる。
『ところで、リリィ。時間は大丈夫?』
 言われて、リリィはハッとしてスマホで時間を確認した。
 今日はイベントのもう一つの目玉である、チョコ・スイーツ作りの教室も目当てなのだ。勿論、憧れの存在であるカノンにプレゼントする為に。
「えっと……もうちょっとで時間ですわ」
『なら、あたしはカフェスペースで待ってるわ。一人で行ける?』
「はい! 大丈夫です。じゃあ、後で」
 手を振ってカノンと一度別れて程なく、リリィは炉威、エレナとばったり出会した。
「まあ、炉威さま、エレナさま!」
 声を上げると、向こうもこちらに気付いたらしい。目を見開いたエレナが、『あら、リリィ、奇遇ですわね』と応え、足早にリリィへ歩み寄る。
『お久し振りですわ』
「はい! お二人共、お元気そうで何よりです」
 いつ出逢っても大人っぽいエレナは、リリィのもう一人の憧れだ。そのエレナは、リリィに微笑みながらも、さっと目線を走らせる。エレナにとっての宿敵――基、カノンはどうやら一緒ではないようだ。
 それには頓着せず、リリィは「折角ですわ!」と言葉を継ぐ。
「今からスイーツ教室に参加しようと思ってますの。宜しければ……その、リリィとご一緒して頂けませんか?」
『そうですわね……』
 エレナは、頬に手を当てる。
『炉威様の為に何か作るのも悪くありませんわ。分かりました、ご一緒しましょう』
「わあ、有難うございます!」
 リリィはパッと顔を輝かせた。
「じゃ、俺はカフェスペースにでもいるかね」
 早くも疲れた顔で言う炉威に、エレナは『では、炉威様、後程』と典雅に頭を下げる。リリィと連れだってその場を後にしながら、そう言えば、と彼女に目線を向けた。
『リリィは、どなたにチョコ・スイーツを作るんですの?』
「それは勿論、カノンねーさまの為ですわ」
 るん、と擬音が乗りそうな笑顔に、エレナは思わず顔を顰めてしまう。しかし、リリィは動じない。
「エレナさまが炉威さまの為に作るのと同じ、ですわ」
『相手が相手でなければ、素敵ですわね』
 鼻を鳴らすのだけは辛うじて堪えたエレナに、リリィはただ嬉しげに頷いただけだった。

「うわぁ、チョコがいっぱいだね!」
 マオ・キムリック(aa3951)が、目を輝かせて言うのへ、レイルース(aa3951hero001)も『これはすごいね……』と半ば唖然と呟く。
 甘い物が大好きな二人は、支部でポスターを目にするなりフェスタへの参加を決めた。が、これ程盛況なものとは思っていなかった。
「色んな種類があるんだね!」
『そうだね……形も色も全然違う』
 色とりどりの綺麗なチョコは、見るだけでも楽しい。販売する側も、バレンタインに乗じてあれこれと巡らせているらしく、試食可能な店が殆どだ。
「あ、これ美味しい」
『本当だ。買ってく?』
「うん。あのすいません。これ、お願いします」
 マオが店の人に会計を頼むと、レイルースが透かさずマオの肩に手を置いた。
『俺の大事な人です』
 大事な妹分だけど、というのは口には出さない。
「……えっ! えと……レイくん?」
 突然の事に驚き、顔を赤らめてレイルースを見上げるマオを余所に、店員はクスクスと笑いながら、分かりました、と答えている。何がどうなっているのやら、と混乱するマオに、レイルースはニコリと笑うと、しれっと会計を済ませた。
 その店から充分に離れると、『結構割り引いて貰えたね』とレイルースが何かを指さす。彼の指先に導かれるようにその先へ視線を向けると、支部でも見かけたポスターが目に入る。
『ポスターの下の方、よく見て?』
 言われてその部分を注視すると、“カップル割引”の文字が目に入った。
「な、なんだぁ……びっくりしたよ」
『ごめん。でも、これで沢山買えるね?』
 穏やかなレイルースの笑みに、満面のそれを返したマオは、頷いて次の店へ足を向ける。その後も同じ手で割引して貰いまくり、ほぼ全ての店を制覇する頃には、二人共大量の荷物を両手に抱えていた。
『……流石に買い過ぎじゃない?』
 やや呆れた口調で言ったレイルースに、マオは少々怯んだように「えー……」と言い淀む。
「でも、どれも美味しかったよ。レイくんもそう思うでしょ?」
『そうだけど……』
 基本的に同感なので、反論もできない。『まぁ、いっか』で纏めて、二人は買ったチョコを、ひとまず幻想蝶に放り込んだ。

“オペレーターの方ですね? 私、月鏡由利菜と申します。お仕事先のファミレスのベルカナから、今回のチョコレート・フェスタに参加するようにと言われていまして……”
 月鏡 由利菜(aa0873)がそんな電話をしているのを、リーヴスラシル(aa0873hero001)がたまたま聞いたのは、数日前だ。
 後で聞いたところによると、どうやら支部主催のチョコレート・フェスタに、シェフの側の立場で参加する運びになったらしい。ならば自分も、とリーヴスラシルは、テール・プロミーズ学園に対する森触の報告書作成の合間に、客として訪れる事を決めていた。
「あっ、ラシル……来てくれたのですね」
 ベルカナの出店スペースに立っていた由利菜は、リーヴスラシルを見つけて軽く手を振った。その格好は、店のウェイトレス姿だ。
「学園のお仕事は大丈夫ですか?」
『ああ、大丈夫だ。今回は客として参加する。私がベルカナの制服を着られないのは残念だが、店員と勘違いされては困るからな……』
 大真面目に制服を着用できない事を嘆く相棒に苦笑すると、「メニューはこちらです」と由利菜はリストを手渡した。
「お土産用のチョコや包装も承っております」
 受け取って目を落としたリストに、リーヴスラシルは感心半分、呆れ半分の吐息を漏らす。
『生トリュフチョコレート、チョコレートソフトクリーム、フルーツチョコフォンデュ、キルシュトルテ、ティラミス、ガトーショコラ、オペラ、チョコレートバナナパフェ……まだメニューが続くのか? まさしくチョコ尽くしだな』
 彼女が読み上げた以外にも、店からそのまま持って来たのかと聞きたくなるようなガラスショーケースには、チョコレートスイーツが所狭しと展示されている。
『トリュフチョコのデザインも、ハートや星の定番から、ルーン文字セット、ギリシャ文字セットと色々あるのだな……』
「チョコレートの祭典というくらいですから……どんなチョコをオーダーされたとしても応えますよ」
 由利菜が、やはり苦笑混じりに笑ったタイミングで、リーヴスラシルの横から、「買ったものは、見た目もきれいで美味しいのですよね……」と唸るような声がした。
 むむ、と試食のチョコを口に入れながら、眉根を寄せているのは征四郎だ。
「作るのも楽しくて好きなんです、けど……」
『買うんじゃ、ないのか』
 横で、リュカの注意を巧く征四郎から逸らしてくれているオリヴィエが、小さく囁く。
「自分用にはあれがいいかなって思ってるんですが」
 囁き声で答えた征四郎の指さす先には、由利菜が売り子に立つ店のチョコがあった。宝石箱を模した装飾チョコの詰め合わせだ。
「まだ迷ってますし、それに……やっぱり、プレゼントは手作りしたいです」
 はにかんだように微笑した征四郎に、「でも、ご協力ありがとうなのですよ」と言われたオリヴィエは、ふいと視線を背けた。
『……別に、これくらいなら、協力と言うほどでも、無い』
 照れ隠しに、つい素っ気ない口調になってしまう。けれど、征四郎にもそれは分かっているのか、彼女は小さく笑っただけだった。
 そんな彼女から外したままの視線を、そうするともなしに泳がせると、何やらガルーが興味深げにチョコを見ている様子が目に留まる。
 今回も、自分用のチョコをいくつか購入するつもりらしい彼は、入場する際に買ったカタログと睨めっこしていた。
『この出店、いつも美味しいんだよなぁ。しかし、こっちの新作も捨て難いし……』
 と口の中でブツブツ言いながら迷っている。彼のお目当ては、名店のショコラばかりだ。
『バレンタインだけの時期だけってのが多いからな、一年に一度の贅沢……』
 予算はあるので迷うには迷うが、ガルーにとってはまさに至福の時である。
 オリヴィエはそんなガルーの見ているチョコをじっと観察した。後でこっそり購入する為だ。
 そうしてオリヴィエの注意が逸れた隙に、リュカの視線は丁度自分用のチョコを購入している征四郎に戻ってしまった。
「せーちゃん、払おうか?」
 訊かれて、征四郎はビクッと身を震わせて、リュカを振り仰ぐ。その表情は、どこかぎこちない。
「いえっ、大丈夫です! 自分で払えます!」
「遠慮しなくてもいいんだよ?」
「ホントに大丈夫です!」
 そこまで頑なに拒否されても、何かしたいと思ってしまうのは、やはり妹分故だろう。
「あっ、じゃあ、せめてこれ!」
 グイと傍らにいるオリヴィエの襟首を引っ張って、征四郎とセットで差し出す。
「由利菜ちゃーん! この二人でカップル割宜しくね!」
 言い終えるのと、由利菜がこちらへ視線を向けるのと、腹部に二発分の痛みを覚えてリュカがそこを抱えるのは、見事に同時だった。
「カップル割は利きません!」
 だってカップルじゃありませんし! と征四郎が憤慨し、オリヴィエは無言で溜息を吐いた。
「割引の為にカップル偽装なんて……オリヴィエにも失礼というものでしょう」
 ねえ、とオリヴィエに振ると、彼もやはり無言で頷いて、リュカを睨め上げる。普段あまり饒舌でない故に、オリヴィエは何も言わないが、その表情は真面目に怒っているそれだ。
 そこへ、その近辺での買い物を終えたのか、ガルーがホクホク顔で歩み寄った。
『リュカちゃーん、何か買ったかー……って、何やってんの。腹でも痛いのか?』
「ガルーちゃん……ツーパンされた所が痛くて……」
 半ば演技、半ば本気で震えながら、リュカは手探りでガルーの着衣を掴む。
『ツーパン? ああー……』
 言ったガルーは、チラと自身とリュカの相棒達を見やる。どうやらご立腹のようだ。
『二人に一撃ずつ食らったんだな。食らうようなコト言ったかしたかなんだろ?』
 ガルーにまでにべもなく追い討ちを掛けられ、リュカは益々沈み込んだ。
「いや、だってさー……お兄さんとしてはやっぱりお買い物に支払いを持つのは大人の嗜みって言うか……」
『嗜みも分かるけど、男女の機微にもちょっとは思いを致してやれよ?』
 そりゃ、と零して、リュカは遂に反論を失う。
 乙女がこのバレンタインという行事で、真剣にチョコを選んでいる理由を知らない訳ではない。
 ただ、その気持ちが嬉しいようでくすぐったいような――要は、気恥ずかしいのだ。だから、冗談に紛らせて誤魔化してしまおうとしたのだが。
 はあ、と吐息を漏らして、ノロノロと上体を戻す。これも大人の嗜みとして一言謝罪をしようと顔を上げると同時に、腕を引っ張られた。
「えっ?」
『……少し、付き合え』
 言ったのはオリヴィエだ。どこへ行くのかと思えば、ベルカナの隣の店だった。これを買って欲しい、と彼が代金を差し出しつつ示したのは、洋酒入りのボンボンだ。しかも、お値段が少し高めと来ている。
「……え、何、オリヴィエが食べるの?」
『……違う』
 オリヴィエも、甘い物は存外好きな方だが、流石に自分で食べるのに酒入りはまだ早いと思う。それに、未成年という事で買えるかどうか分からなかったので、会計をリュカに頼むのは保険だ。
 それは、先刻ガルーが散々迷って、名残惜しげに手放した一品だった。しかし、それを口に出すのも躊躇われる。
 どう話したものかと迷っている間の沈黙が、どのくらい続いただろう。リュカはやがて何も訊かずに、オリヴィエから代金を受け取って、店員に「これ下さい」と会計を頼んだ。

 一通りの騒ぎを見届けたリーヴスラシルは、『では……大型ハート型チョコレートケーキを頼もうか』と由利菜に向き直った。
「え、でも……一人分としては多いですよ……?」
 食べ切れるのか、と危惧する由利菜に、平然と『構わない。たまにはな』と返す。
『それと……ルーン文字チョコセットとギリシャ文字チョコセットを土産に買う。後者はリディスへのプレゼントとしてな』
「ええ、きっと彼女も喜んでくれると思って作りました」
 ニコリと笑う由利菜に、リーヴスラシルは軽く目を瞠る。
『ユリナの発案か』
「はい。幾つかは提案させて頂いてます」
 そうか、と言ったリーヴスラシルと由利菜は互いに微笑み合った。

 この日、不知火あけび(aa4519hero001)は、日暮仙寿(aa4519)と連れ立って、チョコレートフェスタへ訪れていた。最近、森触など大きな戦いが続いたので、甘いものでも食べて息抜きできれば、と思ったのだ。
 しかし、チョコ・スイーツ教室に参加したあけびの脳裏には、昨年のバレンタインデーのほろ苦い思い出が過ぎっていた。
 忍修行の成果で、薬の調合は得意な方だが、その反動か、料理となると材料の分量などはどうしてもアバウトになってしまう。センスはあるのか、味は良いと言われていたけれど、菓子作りは材料の分量が命だ。
 結果、アバウトで挑んだガトーショコラが生焼けになった為、仕方なく漢方薬を渡したら、その相手である仙寿は、何とも形容し難い表情になっていたのを、昨日の事のように思い出す。
 他方、仙寿も同じ事を思い返しながら、チラリと彼女の方を見やった。
 チョコを贈られるのを期待していたのに、何故か漢方薬を差し出された時の衝撃は、一年も前の事なのに記憶に新しい気がする。良家の子息の為、調理経験もないのにレシピを見ながら彼女に菓子作りを指導している内に、自分がお菓子作りの楽しさに目覚めてしまい、気付けば今やかなりの腕前だ。
 そんな彼は、教室に参加する必要もないから、あくまでも彼女の補助である。
「――では、前にある材料でお好きなものを作ってみて下さい。スタッフが巡回しますので、分からない事があったら訊いて頂く形で」
 スタート、という声と共に、調理室内をざわめきと、調理器具がぶつかる音が満たしていく。
『つまり、薬の調合と同じように考えれば良いんだね!』
 泡立て器をグッと握って見上げるあけびに、「まぁ、そうだな」と答えながら、仙寿は脱力感を覚えた。何だろう、この残念な感じ、と始まって間もないのにもう疲れている。
 仙寿達が選んだのは、珈琲好きのあけび用に、ガトーショコラ・オ・カフェだ。
 あけびは、薬調合思考が効いたのか、割と慎重に分量を見ている。
「メレンゲはさっくり混ぜ合わせろ」
 要所要所で声を掛けてやると、あけびも神妙に頷いた。
『慎重すぎてもいけないんだね』
 漢方薬を作れる所からしても手先は器用なので、あけびはアドバイスを的確に受け入れ実行していく。
(ここで覚えてくれれば今年は貰える、よな……?)
 内心そう、ハラハラしている仙寿の思考は知らず、あけびはあけびで、自分よりも遥かに菓子作りの上手い彼にチョコを渡す事はハードルが高いと感じていた。だが、渡したい気持ちも大きいので、今年は頑張ろうと決意している。
(苺は使いたいなー……考えておかないと!)
 苺は、仙寿の好物なのだ。
 会場側で準備された材料にチラリと視線を走らせて、ボールを持つ手に力を込めた。

 その頃、もう一組、教室に参加したマオとレイルースは、チョコブラウニーに挑戦していた。
「わたし達も作れるようになるかな!」
 がんばる! と拳を握るマオは、料理自体ほぼ未経験だ。
『上手くできたら……家でも作ってみようか?』
 対するレイルースは、お菓子作りは初めてだが、料理は得意である。材料と出来上がる物が違うだけだろう。
 マオが主体、レイルースは要所でフォローする形で、二人一緒にブラウニーを作る事にした。巡回するスタッフに希望を伝え、教わった通りに手順をこなしていく。
「量はこれくらいかな?」
『うーん……』
 大雑把なマオに、レイルースはさり気なく計り直す。『これくらいだね』とにこやかに返されるのが、マオには何とも申し訳ない。
「次は、これ……ゆ、せん?」
『温度が重要みたい』
 スタッフのアドバイスに沿って材料を混ぜ、型に入れれば後は焼くだけだ。
「ふふ……いい匂いがしてきたね♪」
 オーブンの前で、マオがウキウキと尻尾を揺らめかせて程なく、チーンという特有の音がブラウニーの焼き上がりを告げた。
 取り出したブラウニーが冷めるのを待ってカットし、完成! と思わず頬を緩ませた時、隣のオーブンを使っていたあけびとふと視線が絡む。
「えっと……その、よければ、どうですか?」
『え、あ、じゃあ、えっとこちらのも……どうぞ』
 互いに作った物をお裾分けした少女二人は、ほんわかと微笑み合った。

「子守りもだが、こうチョコが多いのは辟易だね」
 あふ、と一つ欠伸を漏らした炉威は、そう一人ごちる。
 全く、何だってこうバレンタインは面倒臭い行事なのだろう。せめて、誕生日と重なってなければ、と思う。
 いつだったか、“折角バレンタインが誕生日なんだから、プレゼントはチョコで決まりね!”なんて言い出した女子を、心底呪ったものだ。おかげで、今はチョコに軽いトラウマさえ感じる始末である。
 再度、漏れ掛けた欠伸を噛み殺した、直後。
『……あら、ひょっとして……あの時の王子様……炉威、かしら』
 凛とした声に呼ばれて顔を上げる。そこには、顔見知りのエージェント、カノンが立っていた。
「うす。久し振り」
『奇遇ね。あの可愛らしくて小さなレディは一緒ではないのね』
「ああ。今はこうして一人……いや、美人の姫と出逢ったから二人だね」
『まあ、お上手』
 クスリと小さく笑ったカノンは、『こちら、座っても?』と炉威の向かいの席を示す。炉威は無言で「どうぞ」と言うように、彼女の示した席に優雅に手を振った。
『浮かない顔……何を考えているの?』
 椅子に腰を落としながら訊ねると、炉威は「ああ、ちょっとね」と言って肩を竦める。
「世の中じゃバレンタインて呼ばれる日が、幸か不幸か誕生日ってヤツでね……“序でだから、誕生日プレゼントもチョコで良いだろ”なんて言われてから贈られるチョコは倍、正直チョコは見飽きたってトコだが……」
 苦笑を挟んで、言葉を継ぐ。
「でも、カノンとこうして再会出来るなら、バレンタインも悪くないかも知れないね」
 頬杖を突いて微笑した炉威に、カノンも笑みを返した。
『そう……でも、今日あたしは知ったわ』
「何を?」
『今日が貴方だけの特別な日だって事を。だから、チョコレートと貴方への贈り物は別、よ』
 炉威は、瞬時目を丸くした後、浮かべた笑みを深める。
「カノンから頂戴できれば感激だね」
『そう? ねぇ、じゃあ少しだけ……珈琲でもご一緒しない?』
 炉威には“何か”を感じる。その何かが何なのかは、カノン自身にもまだ分からないが、その正体を知りたい。勿論、今彼と珈琲を一緒に飲んだ所で、すぐに解明できるとも思わないけれど。
「そりゃ、益々感激だ」
『喜んで貰えるなら嬉しいわ。あたしに奢らせてくれる?』
「レディに奢らせるのは、流石に男が廃りそうだけど」
『いいじゃない。今日は貴方の特別な日なんだから』
 すると、炉威は眉根を寄せる。
「……まさか、珈琲一杯が誕生日プレゼントとか?」
『いいえ。これはあたしの気持ちよ』
 じゃ、少しだけ失礼するわね、と付け加えて、カノンは一度その場を離れた。

「お待たせ! 由香里さん、ストレートティーですよね」
 カフェの出店で購入した飲み物を盆に乗せて、蛍丸が由香里の陣取るテーブルへ戻って来る。
「ありがと」
 蛍丸の差し出したカップを受け取って、由香里は礼を言った。
 今日は、あくまでバレンタインの雰囲気を感じて、二人の時間を過ごせれば良かったので、特に買い物はしていない。正直な所、一通り見て回る間に目にした、様々なチョコが気にならなかったと言えば嘘になるが、彼にあげるチョコは手作りして持っている。
「じゃあ、あの……これ」
 蛍丸が向かいの席に腰を落ち着けるのを待って、由香里はバッグからラッピングした箱を取り出す。
「もしかして……チョコ?」
「うん。一緒に食べようと思って……」
「そっか。有り難う」
 微笑した蛍丸は、自分の珈琲を一旦脇に退けて、差し出された箱を受け取り、掛けられたリボンを解く。中には、小さく切り分けたガトーショコラが、一つずつ可愛らしい包装紙を着込んでいた。
 頂きます、と言うと、蛍丸は一つの包みを解いて、口に入れる。
「……どう?」
 恐る恐る訊くと、「うん、美味しいよ」と彼は笑顔で珈琲に口を付けた。
「珈琲に凄く合ってる」
「そう? 良かった」
 ホッと息を吐いて、由香里は自分もチョコを食べる。
「……あ、あのね。今日はこの後……」
 “今日こそ自分がリード”を実行しようとするが、彼が笑顔で小首を傾げるのを見ると、急に言葉も尻窄みになってしまう。
「う、ううん? 何でもないわ」
 誤魔化すように言って、ティーカップを口元へ運ぶ。無理をしても通じないし、嬉しそうに彼がチョコを食べる様子を見ていたら、それはそれで満足だった。
 自分達は自分達のペースで進展していけば、それでいいのかも知れない。
 ただ、その一方で、優しく微笑む彼を見ながらふと思う。人に優しさを与えるだけ、というのはどこか歪な気がする、と。
(蛍丸は自分の歪みに気付いているのかしら……私に……彼の内側に入っていける資格はあるといいのだけれど)
 物言いたげな彼女を見ながら、蛍丸はただ微笑していた。
 最近、彼女がキスより先に進みたいと思っているのは知っている。ただ、恥ずかしがり屋で奥手な蛍丸は、どうしても踏み込めずにいた。
 気持ちは勿論嬉しいし、待たせている自覚もある。だから、その分彼女を大切にしたいと、心から思っている。それに、普段自分は、皆が笑顔でいられるように戦い続けているので、こうした穏やかな時間は何よりも嬉しい。
 しかし、彼女に見えている自身の歪みを、蛍丸はまだ自覚していなかった。
 “誰かの為になりたい”という思いが、蛍丸の根源である事は間違いない。任務で何度死に掛けても、それは曲げられない信念のようなものだ。
 ただ、優しさを与える対象に、蛍丸自身は入っていない。歪みは自覚しておらずとも、その認識は薄々ある。
 そして、由香里はそれに気付いているかも知れないなぁ、と考える事もあった。
 けれど、小首を傾げてティーカップを口元に持つ恋人に微笑を返し、今日だけは敢えてその考えを頭の隅へ追いやる。
 それでなくとも、彼女は勘がいい。折角のバレンタインデーで、しかもデート中に、そんな事に感づかせて今日という日を曇らせたくはない。
「どうかした?」
「いいえ、何でも。それより……由香里」
「えっ?」
 一瞬、幻聴を聞いたかと思って、由香里は手にしたティーカップを取り落としそうになる。
(……今……今の、何。蛍丸……私の事呼び捨てにした?)
 いつもは“由香里さん”と呼ぶのに。嬉しいような気恥ずかしいような複雑な気持ちが、鼓動を早くさせる。
「今日もまだ終わってないのに、気が早いんですけど……次のデート、どこに行きましょうか」
 フワリと笑んだ彼に釣られて、微笑する。
 少し、距離が近付いた気分で、そうね、と言いながら由香里はまた一つ、ティーカップを傾けた。

(烏兎ちゃんが誰かに恋愛する事はいい事……うん、いい事なんだよ……そうなんだよ……でも、パパから離れていくのは嫌なんだぜ! まだ早い!)
 一般論と本音の間をグルグルと行き来していた千颯は、『パパ! カップルだと割引があるんだって!』と言う声で我に返った。
『えへへ! パパとカップルだね!』
 満面の笑顔で見上げられた途端、それまでの葛藤は吹っ飛んだ。代わりに、新たに生まれた悩みが口を突く。
「烏兎ちゃん、カップルは無いかな? 俺ちゃん、そうすると犯罪者になっちゃうかな? 親子でいいんじゃないかな?」
 正に理性と感情の狭間で舞い上がった時、「ウトキ!」と耳慣れた声に呼ばれた烏兎姫は、声の方を振り返った。
『あれっ、征四郎くんも来てたの?』
「はい! チハヤも、こんにちはなのです」
「おう、征四郎ちゃん。リュカちゃんにオリヴィエちゃんにガルーちゃんも?」
『ちっす』
 ガルーが手を挙げて応え、オリヴィエは会釈するように頭を下げた。
「なぁに、ちーちゃんは奥さんに逆チョコの算段?」
 ふふーふ、とリュカにからかうような笑いを付け加えられて、千颯は、「そうか、それも良いかもね」と返す。何だか分からない内に烏兎姫に引っ張られて来て、次に彼女の恋愛疑惑で頭が一杯だったもので、自分の事まで考えていなかった。
「ウトキは、なにか良いもの見つけましたか?」
 征四郎に言われて、『んー、良いって言えば皆良いよね。どれも美味しそうで迷っちゃう』と烏兎姫は肩を竦めた。
 千颯・烏兎姫と少し立ち話をした後、彼らと別れたリュカ達一行はカフェスペースへと向かった。
『リーヴィも買ったのか?』
 リュカと、彼の手を引く征四郎の後を付いて歩きながら、ガルーは隣を行くオリヴィエの手に提げられた袋を見やる。先刻ずいぶん熱心に品物を選んでいたのを思い出し、それとなく『あれか、お前さんもバレンタインあげたりするの?』と探りを入れた。
『……まあ……』
 オリヴィエは、何故か歯切れ悪く言いながら、目を伏せるようにして視線を逸らした。
 いや、どちらかと言うと貰う方なんだろうか、などと考えると、少しだけもやもやするようなしないような、複雑な気分になる。
「あ、ここ四人分空いてるー」
 あー、ちょっと疲れたかもっ、と言いつつ、リュカはするりとその席に座った。
「リュカ、コーヒーでいいですか?」
「うん。お願いできる? これ、お代」
 差し出した財布をまたも固辞した征四郎に、「お茶くらい奢らせて?」と財布を押し返す。
「でも」
 反駁するも、有無を言わせない微笑を返された征四郎は、結局苦笑と共に「分かりました。ありがとうなのです」と頷いた。他の二人のオーダーも聞いた後、出店の一つへ駆けて行く。一人で持ち切れないといけないから、とオリヴィエも後を追い、程なく二人で二つずつ盆に飲み物を携えて戻って来た。
「ふふーふ。じゃ、ちょっとだけ早いけど、お兄さんから皆にね」
 財布と珈琲を受け取りながら、リュカは購入した物を少しずつ開けて三人に振る舞った。
 購入する際には、子供達が食べ易いよう、酒入りや苦みが強いものは避けている。
「うわあ、美味しそうです!」
 では自分も、と征四郎は、先刻買ったチョコの封を開けて、「皆でどうぞ」とテーブルの中央へ置いた。
 オリヴィエも、無言でさっきリュカに購入の協力を頼んで手に入れたチョコを、ガルーに差し出す。
『……食べたそうにしてた、だろ』
 ガルーは目を瞠った。赤いリボンでラッピングされたそれは、先刻他の一つとどちらを買おうか迷って、泣く泣く手放した一品だった。
(そう言えば、面と向かって貰うの初めてだな……)
 これも成長か、心の変化なのだろうか。少し驚きつつも、『ん、ありがとうな』と礼を言って受け取る。
『じゃあこれは、特に大事に食おう』
 目を細めて言われて、暫しその顔に見とれていたオリヴィエは、他の二人がじっとこちらを見ているのに気付き、『別に』と焦ったように返した。
『感謝の気持ちと、その他諸々だ。た、他意は、無い、無いったら無い』
 矢継ぎ早に続けながら、その言葉の裏付けとばかり、リュカと征四郎にもチョコを手渡す。カモフラージュに購入したそれは、ガルーに渡した物よりもやや控えめな値段の物だった事は、黙っておいた。
 オリヴィエの鞄には、自分用に買った猫の形を模したチョコだけが、こっそりと残されていた。

「カノンねーさま!」
 教室が終わって、カフェスペースにいるカノンを見つけたリリィは、嬉しげに声を上げて駆け寄った。その後ろに続いたエレナは、炉威が共にいるのを目にして、思う様眉根を寄せる。
『……炉威様、また恥知らずの黒髪と一緒でしたのね』
 憎悪すら感じる眼で瞬時カノンを射るように見ると、口元にだけ微笑を浮かべて『ご機嫌よう』と一応挨拶をする。
『あら、可愛いレディと一緒だったのね?』
 それを受けたカノンは、エレナの瞳に浮かぶ憎悪には知らぬ振りで会釈を返した。
 二人の無言の攻防を見事にスルーしたリリィは、「カノンねーさま」と携えていた箱を手渡す。
「エレナさまのお隣でこれを作りましたの……受け取って、頂けますか?」
『まあ、有り難う。開けてみても?』
 はにかんで頷くリリィの前で、カノンが開けた箱には、フランボワーズが乗ったチョコレートムースが入っていた。添えられていたフォークで一口食べたカノンは、うっすらと微笑する。
『……美味しい』
「本当ですか? 良かったぁ」
 破顔するリリィに、カノンはやはり笑みを返して頭を撫でた。
『きっとリリィの魔法が美味しさの秘密、ね』
「そんな……っ!」
 顔を上気させてリリィは俯く。
「リリィはただ……カノンねーさまの為だけに、と……後は」
 チラとエレナの方を見て「エレナさまがご一緒して下さったお蔭ですわ」と続けた。
「お蔭と言えば、こっちも美人と過ごさせて貰ったよ。で、そっちは何か作れたかね?」
『ええ』
 頬杖を突いた炉威に見つめられて、エレナもチョコの入った箱を差し出す。
『わたくしは炉威様にカップケーキを。勿論チョコ成分は少な目ですわ』
 ふーん、と溜息だか相槌だか分からない声を漏らして、それにしても、と炉威もリリィ達に視線を向ける。
「カノンとリリィは仲が良いね」
 釣られるように視線を移したエレナは、リリィだけを視界に入れつつ応じた。
『わたくしと炉威様程ではありませんわ』

『お待たせ。マオ、ミルクティーだったよね』
「うん!」
 持ち運びの可能なカップに入ったミルクティーを渡して、レイルースも自身の珈琲を手に向かいの席に着く。
『じゃあ、頂きます』
「頂きまーす」
 それぞれの飲み物を脇に置いて、作ったブラウニーを口に運ぶ。
「おいしー♪」
 一口頬張ったマオは、幸せそうに笑み崩れた。
『うん、中々上手にできたね』
 相槌を打ったレイルースは、今度また二人で作ろう、と続ける。
『楽しい一日だったね――って、どしたの、マオ』
 うん、と頷いてくれるものだと思っていた彼女は、何故かレイルースの後ろに視線を張り付けている。彼女の視線を辿ったレイルースは、素早く自分の身体をその軌道上へ移動させた。
 マオの顔を強張らせ、且つ真っ赤にさせたその光景は、レイルースの真後ろのテーブルに陣取った二人が、場違いに繰り広げていたものだった。

 マオとレイルースがその後ろのテーブルに着く少し前、仙寿とあけびもスイーツ作りの教室で作ったガトーショコラと、会場で買った菓子類を持って空いたテーブルに腰掛けていた。
『これも一緒に食べよ!』
 言ったあけびが、テーブルに広げたのは、苺チョコドリンク、苺トリュフ、苺チョコムース等々――仙寿の好物である苺を使った菓子だ。
「よくこんなに集めたな!?」
 驚く仙寿に、満面の笑みであけびは『大規模、お疲れさまでした!』と言って続ける。
『傷も治って良かったよ』
 今日は甘いものもあるし、少しでも彼を労いたい。
『はい、食べて!』
 チョコフォンデュの苺を差し出すと、仙寿はナチュラルに口を開いた。どこからどう見ても、“はい、あーん”の図だ。
 それにハタと気付いた二人は、周囲を見回し、思い切り赤面した。挙げ句、動揺した仙寿はウィスキーボンボンを口に放り込む。
『え、ちょっ、仙寿様それ!』
 止めようとした時には、既に遅し。実は、ドイツでビールを飲んだ際に、彼は酒に大変弱い事が判明している。以来飲まないようあけびが気を付けていたのだが、大丈夫だろうか。
 入っている酒が少量とは言え、そもそも酒に弱い仙寿が食べれば、結果は推して知るべしであった。とあけびが気付いたのは、唐突に彼に壁ドンされた後だ。
『せ、仙寿様……大丈夫……?』
「……あけび。くれるよな?」
 こんな事を主語抜き・近距離で異性に言われて動揺しない女子はいない。
『はいっ!?』
 何をっ?? とあけびもご多分に漏れず、声が引っ繰り返る。
「チョコ、今年は、くれるよな?」
『も、勿論! バッチリと!』
 コクコクと首を縦に振りながら、やっぱり気にしてたんだ!? と脳裏で叫ぶ。どうやら、仙寿は酔うと素直に自分の気持ちを口に出す系らしい。
『ととととにかくっ、仙寿様気を確かに! ドリンク飲んで!』
「お前も飲んだらどうだ? チョコもあるぞ」
 普段、生意気で無愛想な相棒が、にこやかにあけびにチョコフォンデュを差し出す。さっきとは逆バージョンだ。固まるあけびに、脈絡無く頭を撫で撫でしたり――思い切り素面なあけびは動揺するばかりだったが、ふと仙寿の背後にあるテーブルに座っていたマオと、しっかりと視線が合ってしまう。悶絶する寸前で、気付いたらしいレイルースが身体で彼女の視線を遮ってくれたのと、仙寿が潰れたのは、ほぼ同時だった。

「エレナさま……今日は有り難うございましたの」
 別れ際、ペコリと頭を下げたリリィに、とんでもない、とエレナも微笑する。
『わたくしも、炉威様に思わぬプレゼントを差し上げる事ができましたから、感謝しておりますわ』
 愛らしい目で見上げるリリィに、何か? と返すと、やはり彼女は微笑した。
「エレナさまは本当に炉威様が大好きなんですね」
『え』
 唐突に、というか何を今更、と脳裏で思うが口に出せずにいると、リリィは益々笑みを深くする。
「お互い、大好きな気持ちは……魔法、なのかも知れませんわね」
 お互いって、と無意識に転じた視線の先にいた炉威はと言えば、エレナには宿敵に等しいカノンの手を取って口付ける真似をしていた。
「カノンのお蔭で、今年は素晴らしい誕生日になったよ」
 すると、カノンも微笑する。
『来年もきっと素敵な誕生日が待っているわ』
「そうかな……じゃ、これで。名残惜しいがまた会える事を願っておくよ」
『ええ。また……会えるかしらね、王子様に、小さいレディ?』
 カノンに向けられた微笑に、負けずに微笑を返したエレナは、『次が貴女(カノン)の命日にならない様に祈っていますわ』と言い放つと、ではご機嫌よう、とリリィにだけ優しい笑顔を向けて踵を返す。
 炉威達の後ろ姿に、カノンが小さくバースデーソングを口遊んでいたのを、エレナは勿論、炉威も知る由もなかった。

結果

シナリオ成功度 成功

MVP一覧

重体一覧

参加者

  • 『赤斑紋』を宿す君の隣で
    木霊・C・リュカaa0068
    人間|31才|男性|攻撃
  • 仄かに咲く『桂花』
    オリヴィエ・オドランaa0068hero001
    英雄|13才|男性|ジャ
  • 『硝子の羽』を持つ貴方と
    紫 征四郎aa0076
    人間|10才|女性|攻撃
  • 優しき『毒』
    ガルー・A・Aaa0076hero001
    英雄|33才|男性|バト
  • 雄っぱいハンター
    虎噛 千颯aa0123
    人間|24才|男性|生命
  • 雨に唄えば
    烏兎姫aa0123hero002
    英雄|15才|女性|カオ
  • 永遠に共に
    月鏡 由利菜aa0873
    人間|18才|女性|攻撃
  • 永遠に共に
    リーヴスラシルaa0873hero001
    英雄|24才|女性|ブレ
  • 解れた絆を断ち切る者
    炉威aa0996
    人間|18才|男性|攻撃
  • 白く染まる世界の中に
    エレナaa0996hero002
    英雄|11才|女性|ジャ
  • 終極に挑む
    橘 由香里aa1855
    人間|18才|女性|攻撃



  • 愛しながら
    宮ヶ匁 蛍丸aa2951
    人間|17才|男性|命中



  • 希望の守り人
    マオ・キムリックaa3951
    獣人|17才|女性|回避
  • 絶望を越えた絆
    レイルースaa3951hero001
    英雄|21才|男性|シャド
  • かわたれどきから共に居て
    日暮仙寿aa4519
    人間|18才|男性|回避
  • たそがれどきにも離れない
    不知火あけびaa4519hero001
    英雄|20才|女性|シャド
  • Lily
    リリィaa4924
    獣人|11才|女性|攻撃
  • Rose
    カノンaa4924hero001
    英雄|21才|女性|カオ
前に戻る
ページトップへ戻る