本部

吹雪の惨劇

布川

形態
ショート
難易度
やや難しい
オプション
参加費
1,000
参加制限
-
参加人数
能力者
10人 / 4~10人
英雄
10人 / 0~10人
報酬
普通
相談期間
5日
完成日
2018/02/14 21:53

掲示板

オープニング


 視界が真っ白だ。
 スキーに来ていた観光客の大学生二人は、突然の猛吹雪により道を見失ってしまった。吐く息は白く、体温は冷えていく。友人はがたがたと震えている。
 唇は真っ青だ。おそらく、自分も。
 寒い。
 死ぬ。
 もうだめかもしれない、と思い出した時、友人が吹雪の中を無言で指さした。
 ロッジの明かりが見えた。

 それは、確かに救いに思えた。


「遭難ですか。外は寒かったでしょう。ゆっくりしていってください」
 ロッジのオーナーは優しかった。温かいカップスープを飲み干すと、体が温まっていく。客はほかにもいた。同じように吹雪で立ち往生していたらしい。
「ざっけんなよ、僕は明後日大事な商談があるんだよ。道がふさがってるってどういうことだ?」
 一言もしゃべらない不愛想な老人。高慢な態度をとる青年実業家。旅行中の3人のOL。
 老若男女、奇妙な取り合わせだが、吹雪の中同じようにひどい目に遭ったという共通の話題があった。
「あなたたち大学生? 頭が良いのね」
「えへへ、はい、まあ、それほどでも」
「まあまあ、食料は十分にありますから」
「酒は飲むか?」
「ああ、飲みます飲みます」


「あの、××さん見ませんでしたか?」
「え?」
 最初にいなくなったのは寡黙な老人だった。
「いや。見てないですよね。風呂が空いたんですが、どこにもいなくて……」
「ねえ、なんか寒くない? どこかから冷気が入ってくるみたい……」
「おおい、××さん。いますか? 開けますよ?」
 ロッジのオーナーがガチャリと、マスターキーを回した。
 扉を開ける。
 一同は凍り付いた。
 部屋の窓が無残に壊れていた。吹雪が吹き込んでいる。ここは2階だ。外に出たというのか? こんな天気の日に?
 そして、部屋の窓の下には、赤い……これは血だ。
「い、いやあああああーーー!」
 OLの一人が悲鳴を上げてその場から駆け出していく。
「おい、待てって!」
「こ、これはいったい……」
「わかりません……と、とにかく、通報を。通報をしましょう」
「無線機は?」
「だ、だいぶ昔のなので……ああ、どうしよう、どうしよう、ああ」
「こんなところにいられるかよ! 俺は部屋に戻らせてもらう!」
「ちょっと! お客さん、それが一番……」
「うるさい!」
 男は壁に掛けてあったショットガンを手にしていた。
「お客さん!」
「俺は部屋にいる! 一人でいる!」
「今、今H.O.P.E.に通報をしますから。大丈夫です。明日になったら……きっと助けが……」
 どうしてだ。
 たしかに助かったと思ったのに。

「お前は大丈夫だよな」
 この騒ぎを知らず、少し前にガレージに薪を取りに行くといった友人が戻ってこない。部屋で待つ、ことにした。見に行く勇気はなかったから。
「だいじょうぶだよな。な?」
 とんとん、とノックの音がした。よかった。化け物がノックをするはずはない。
「え?」
 ノックの音がした。ノックの音が、窓をたたく音が。ここは2階だった。窓には白いもやがかかっていた。窓が割れる。
 悲鳴を、あげる暇もなかった。

●H.O.P.E.本部
 それから。3日。
 事件はいまだに解決していない。
「スキー場、ロッジでの集団失踪事件。これは……事件ですね。ええ、事件です。我々の出番であるということは間違いがないとは思いますが」
 H.O.P.E.本部。プリセンサーである相馬は難しい顔をしていた。
「通報があってからすぐ、別のリンカーたちらの班が現場に向かいました。残されていたのは血痕と、争いの跡……。何かが起こったのは間違いがありません。ですが、いったい何が起こったのか、誰にも分かりません。
派遣されたリンカーたちはたっぷりと武装して、一晩。敵を待ち構えましたが、しかし、何も起こりませんでした。よほど警戒心の強い従魔なんでしょうか。
一応、目撃情報がないわけではないんですが、「白い影を見た」とか。その程度です。
山を徹底的に捜索、といきたいところですが……今は大規模な山狩りに回す人数もありません。また、生存者の目撃報告がないことから、敵の情報も乏しいと言えます。難しい任務ではありますが……よろしくお願いします」

解説

●目標
 従魔『シュプール』の撃破。

●場所
 日本某所の雪山。

・ロッジ……スキー客が宿泊する雪山。
 1Fはロビーや厨房、風呂、2Fは個別の部屋がある。
 薪や食料品、寝具など最低限の設備がある。
 血痕などのショッキングなものは、派遣部隊が片付けたようだ。
 現在は従魔の出現により営業を停止している。

★雪山洞穴(PL情報)……シュプールの巣食う洞窟。
 ゼロからの発見は非常に難しい。
 この洞窟を発見するには、逃走するシュプールのあとを追うなど、何らかの工夫が必要だろう。
 一本道の洞穴で、シュプールの逃走先になる。
 洞窟自体は袋小路。

 なお、ロッジでシュプールを迎え撃ち、全滅させることができれば必ずしも洞窟に行く必要はない。

●登場
シュプール×参加PC人数
 白い布をまとった従魔。三日月のような口から鋭い牙が生えている。体長は2mほど。
 個々としては強くはないが、行動パターンが厄介。

 また、H.O.P.E.ではシュプールに関する情報を集められておらず、「敵はおそらく1体の従魔」と認識している。

(推測できる情報)
・個別襲撃
 シュプールは獲物が1人になったところや、ターゲットが負傷しているなど、有利な状況でターゲットを襲撃する。あまりに不利だと出現すらしない。
 弱っているもの、防御力の弱いものを優先して狙う傾向がある。

(PL情報)
・逃走本能
 シュプールは相手の人数が多かったり、負傷すると逃げようとする。加勢が多いと逃げようとする。

・復活?
 シュプールたちは雪山に身を潜め、ロッジを取り囲むが、襲撃には一体ずつ出現する。
 個体同士の外見は同じで見分けがつかない。まるでダメージを受けていないように見えることもあるだろう。

●天候について
 昼から夜にかけて雪。
 昼は何も起こらない。
 夜が更けるにつれて猛吹雪となり、シュプールが出現する。リンカーは寒さで死ぬことはないが、視界は悪く動きにくい。

リプレイ

●道
「ロッジでの集団失踪事件ね。これは間違いなく犯人は従魔の仕業よ!」
 雪室 チルル(aa5177)は、びしと資料に指を突き付け、名推理を披露したように満足げな表情を浮かべる。
 たしかに、この惨劇は従魔の仕業に違いない。
 そこまでは分かっている。
 だが、疑問点もある。
『でも相手の正体や人数なんかもはっきりしてないんでしょ? 見つけられるのかな?』
 スネグラチカ(aa5177hero001)は首をかしげる。
「目撃証言にも乏しいから、まずはどうやって見つけるかが鍵よね」
『敵の居場所さえわかれば何とかなりそうだけど……』
「失踪事件……被害者達はまだ生きてる可能性があるのか」
 事件から日は経っており、被害者の生存は絶望的と言ってもいいだろう。だが、日暮仙寿(aa4519)は少しでも可能性があるのであればと考えていた。
 多くを背負い、それゆえに不愛想で誤解を受けやすい面もあるが、根は優しい人間なのだ。
 不知火あけび(aa4519hero001)もまた、当然のように被害者の生存を考えていた。
『それなら敵の巣に連れて行ってもらわないといけないね』
 二人が共鳴をすると、長い髪が雪にきらめき、高い位置で一つにまとまる。羽織袴と 大翼の幻影を、イメージプロジェクターがかき消した。

 黛 香月(aa0790)は、登山道を眺めた。痕跡はない。ここからは惨劇が起こったなどとは分からない。
 しかしその鋭い青い瞳が、遠くに倒すべき敵を見据えている。
「敵はよほど潜伏能力に優れた奴なのだろうな。だが……」
 今度の敵はどんな奴なのか、この時点で彼女は知る由もない。だが、倒すべきものであることに変わりはない。
 現場が如何に地獄の雪山だろうと、難攻不落の要塞に隠れていようと、どこまでも追い詰めて息の根を止めるまで。
 香月の英雄たる「炎の悪魔」、清姫(aa0790hero002)はその気概を買う。足元の雪が不自然に溶ける。
 だが、それは一歩まで。
 牙を隠し、今は登山客を装う。

『だいぶ臆病な相手のようですね。……一番厄介な手合かと』
 アリッサ ラウティオラ(aa0150hero001)は、思慮深く従魔の情報を眺めていた。
「そうだねえ。向こうから襲って貰わないと話にならないか。じゃあ、まずは隙を見せないといけないね」
 ゆったりと言う志賀谷 京子(aa0150)の目に、わずかにいたずらっぽい色が浮かぶ。
『危険ですが、相手も姿を隠し通せている以上、単独行動をしている可能性が高いでしょう。引きつけて、反転攻勢としましょう』
「うん、いざとなったら助けてね」
『無理はしないでくださいね』
 相手の目を欺くために、アリッサは幻想蝶へと。

『ゆーきゆーき! ふーれふーれもっと降れー♪』
 Летти-Ветер(aa4706hero001)……ジェド・マロース(霜の精)の孫娘たるレティにとって、凍えるほどの吹雪はむしろ心地の良いものだ。両手を広げ、落ちてくる結晶の下でくるくると舞う。
「レティ、あまり遠くに行くと帰って来れなくなりますよ。それと外は危険です。暖かいですが中にいてくださいね」
 そのままふらふらとどこかへ行ってしまいそうなレティを、Гарсия-К-Вампир(aa4706)がやんわりと引きとめた。
 レティは素直にガルシアの言葉に従う。

 スキー客が一人、雪道を歩く。深い雪をまるで苦も無くかき分けていく。
 ガルシアはその姿を仲間と理解し、道を譲る。
 通りすがりざま、冷気が一段増した気がした。
 それが心地よく、レティは目を細めた。
 アルヴィナ・ヴェラスネーシュカ(aa4969hero001)と共鳴した氷鏡 六花(aa4969)だった。氷結晶状の幻想蝶、頭の青いリボンが揺れた。
 同じ冬の気配。
 チルル、スネグラチカもまた、しばし立ち止まった。
 彼女たちにもまた、その気配はなじみ深いものだ。

 任務へと向かうメグル(aa0657hero001)と御代 つくし(aa0657)。登山口まで来たところで、立ち止まる。
【決して、無理だけはしないように。……いいですね】
「うん、分かってるよ。大丈夫。ありがとう、メグル」
 僅かに気遣わしげな視線をやって、メグルは幻想蝶の中へ。
 つくしはよし、と一呼吸おいて、山へと踏み出す。
 吐く息が白い。

 一人、また一人と、エージェントたちが山小屋のロッジにたどり着いていく。

『こうもあからさまな陸の孤島になっていたんだ。狩場としては申し分ないな』
 ぐるりとロッジを回ってから、ベルフ(aa0919hero001)は外観を眺める。まさにおあつらえ向きの狩場だ。
「まぁ、今度は僕らに狩られる側だけどね」
 九字原 昂(aa0919)は穏やかに言ってのける。
『そう上手くいけばいいが、何事も予想外は起きるものだ』
「はてさて、何でこちらを感知しているのか。目視か、ライヴスか」
『知るすべは今はないわね。おとなしく備えましょう』
 クレア・マクミラン(aa1631)とリリアン・レッドフォード(aa1631hero001)は、事前の情報とあわせて実際のロッジの位置取りを確認していた。
 敵は、いない。今はまだ。

 きい、と、ロッジの扉が開いた。
『ふーん……惨劇が起こったって聞いて見に来たけど』
 ゴシック・ロリータの衣装に身を包んだ、雪山にはそぐわない少女。黒いハートの眼帯が左目を覆っている。
 つかつかと部屋の中央へ歩み寄る。足が悪いのか、引きずりながら杖を頼りにしている。
 無論、彼女もエージェントだ。カイ アルブレヒツベルガー(aa0339hero001)と共鳴した御童 紗希(aa0339)である。
「……」
 香月はじ、と暖炉にあたっていた。弱っているかのように、微動だにしない。昂が薪を足す。ケホ、ケホと、アリッサの咳が響く。
 無論、弱っているという伏線だ。
『何も残ってないのね』
 紗希は辺りを見回し、残念そうに呟く。
「どうしてここに?」
『作品のためよ』
 昂の問いかけに紗希が短く答える。今の紗希は、作品の発想に活かす為惨劇の起こったというロッジを見に来た前衛美術家、……という設定だ。
「まだそのままの箇所もありますよ」
 ガルシアが言う。
『そう? それじゃあ、勝手に見回させていただくわ。ああ、部屋は一番広い部屋ね』
 仲間たちの静止も聞かずに、紗希は部屋を出ていくのだった。

 役者はそろった。
 あとは、互いに時を待つ。

●備えよ
 ばたん、と戸を閉めた自称前衛芸術家は、己の英雄に語りかける。
(ねえ! 何でこんな面倒臭いキャラ設定にしたのよ?)
〈ミステリーには奇抜なキャラが1人位居るモンだろ〉
 それにこれなら多少おかしな行動をしても不審がられない筈とカイは言う。
〈今回一番面倒なのは敵の情報が殆どない事だ。不測の事態がいつ起きても対処出来るよう準備が必要だ〉
 情報はあればあるほどいい。
 それもそうだ。
 動画用のカメラを回し、紗希は部屋を回る。
 作品作りは建前で、索敵と探索が本来の目的だ。一部の部屋には、かつての戦闘の痕跡があった。いや、戦闘とは呼べない。一般の人間ではなすすべもなかっただろう。不愉快そうに眉をひそめる。
 それはおびえているふり。
 自身が弱い存在であることを見せつけ、敵を誘う。

 雪はだんだんひどくなっている。

「さて、私とドクターの得意分野ですね。おまかせを」
『時間経過による色のパターンも、嫌というほど頭に入っていますからね』
 ロッジの中央で、クレアとリリアンがサバイバルキットを広げる。これからするのは治療ではなく、負傷しているように見せかける偽装工作だ。
 つくしも絵の具を混ぜて血液の色を作ってみる。なかなか難しい。しばし格闘すると、ちょうどよくあせた赤ができた。
 英軍衛生兵として活動していたクレア、また、前の世界では名医として活動していたリリアンにとって難しい作業ではない。手際よく包帯を巻いていき、ハサミで切りこみを入れた。
「強く引っ張れば動けます」
「すごい……」
 その出来栄えに、つくしは嘆息した。
 血のにじんだ包帯には、所々に切れ目が入っている。有事の際にはすぐに通常行動ができるようにするための細工だ。
「ねえ、ほんとーに痛くないの?」
 チルルが不思議そうな顔で包帯をつついた。つくしは平気だと笑ってみせた。
「本物みたいですね」
 昂が感心したように言った。

 ガルシアは使用人を装う。
 というよりは、普段からむしろ使用人そのものだが。ワゴンを運び、二階廊下を回る。各部屋の点検および清掃と、お茶とお菓子の補充。
 ワゴンの中にはレティがいる。
 食器を磨きながら、武器の懐中時計とナイフを確かめた。時刻にして午後7時。銀時計の針は逆向きに進み、しかしながら時刻は正確だ。

「こんなものか……」
 仙寿たちは部屋の清掃をしていた。仙寿が高いところの埃を払い、あけびが雑巾をかける。箒を手にした六花は、ワゴンのなかの冬の気配に気が付く。相手もまた、こちらに気が付いたようだ。

●日は沈み、夜は更けていく……。
 紗希は部屋に戻り窓から離れた場所で毛布を被り、作品作りをするふりをして、ゴーグルを装着する。モスケールだ。
『これで見つかりゃ楽なんだけど……さて』
 今のところ、反応はない。
「従魔の数は?」
『本部では1体と見てる様だが』
 それには、疑問が浮かぶ。
 一般人とはいえ愚神なら兎も角一人も逃さず従魔1匹で捕えられるだろうか……?
 生き残った者はいないのだ。となれば、目撃情報もなし。
 ノートパソコンで情報を整理する。
 いずれにせよ、備えておいたほうがいいだろう。

 仙寿とあけび、六花は同じ4人部屋だ。
 六花はベッドに腰掛けて、持って来たかき氷入り大瓶を玩ぶ。しゃり、と氷が解ける音がして、口の中に甘さが広がる。
 南極住まいで慣れ親しんだ吹雪の音に心地良く耳を傾け、敵の出現を待つ。
「ねえ仙寿さん。敵はほんとに……1匹だけなのかな。六花……なんだか敵に囲まれてるみたいな、嫌な感じがする……の」
 窓の外の雪景色が、不意に不気味なものに感じられて思わず不安を漏らした。
《敵の情報が殆ど無いからな。一体では無い可能性も十分ある》
『警戒心も強いみたいだしね。私達を確実に仕留めるタイミングを狙ってるみたい』
 仙寿が何かを六花に差し出した。
「? これは?」
 取り出されたそれは、チョコレートだった。
《雪と氷は六花の味方だろう? 俺達も傍にいる。心配するな》
『囮にしちゃってごめんね。絶対守るからね!』
 六花の表情に笑顔が浮かぶ。みんなでチョコレートを食べた。
 仙寿らはクローゼットに気配を隠し、潜伏をした。気配が完璧に消える。しかし確かにそこにいるのだと思える。
 声をかけてみたかったが、我慢をする。
「アルヴィナ……」
『六花。ここにいるわ』
 アルヴィナがいるだけ心強い。テレビのスイッチを付ける。

 従魔をおびき寄せるため、エージェントたちは、わざと分かれて行動していた。
 ロッジにいるのが昂とベルフ、チルルとスネグラチカ。
 階段にはクレア。
 2階にはガルシアが待機している。
 そして、各部屋にこもったエージェントたち。

 案外、ロビーはにぎやかだ。
 菓子を口にしたり、談笑したり。最も、警戒は誰も怠ってはいなかったが。

「こんな危ないところにいられるかーっ、じゃなくて、ごめん、わたし風邪っぽい。おとなしく部屋で寝てるね」
 ふらふらと紗希が立ち上がる。一人。
「わ、私も……寒気が……」
 つくしが震えながら席を立つ。二人。
 つくしは部屋に戻るとサバイバルブランケットを被り、ぷるぷると震える。
 香月もまた、無言で立ち上がり姿を消した。

 吹雪が、強まる。
 何かが来る。

 紗希は観察されていることを意識し、よたよたとした仕草でベッドに入る。スマートフォンを設置して、被った布団の下でカメラを確認する。
 静かな夜。布団はあたたかい。
『居眠り、したりしませんよね?』
「それはさすがにしないよう」

 そして、しばらく。
 モスケールに反応があった。
〈来たな〉
 通信は弱いが、無線機は使える。カイが仲間たちに素早く警告を出す。
 影は。影の数は。

 ガラスの割れる音が響いた。
 教会の鐘が鳴り響く。

●奇襲、そして反撃
 襲撃はほとんど同時だった。
 だが、一番早く従魔が現れたのは京子の部屋だ。
『来ます』
 アリッサが警告する。
 従魔はベッドへと牙を振り下ろす。
 だが、その牙が布と綿を貫いただけだった。
 カイからの警告、続けてスマホに映し出される影……。僅かな時間ではあったが、リンカーが準備するには十分な時間だった。
 長い金髪が煌めく。アリッサと同じ目と髪の色。
 共鳴した京子はグリュックハーネスを振りぬいた。敵の狙いは頭部、急所。一方で京子の照準は、少し下にずらされる。敵の下半身。
 あとずさり、扉を背にする。
 従魔は猛り狂い、牙を振るう。逃走を防ぐための位置取りだと思ったのだ。
 また、牙の一撃。当たらなかった。一方で京子の弾丸はシュプールを貫いた。

 このままでは。
 シュプールは踵を返す。窓から去っていった。
 従魔は逃げおおせたと思っているだろうが……目論見通りだ。扉を背にして戦ったのは、シュプールを逃がすためだ。
「視界の悪いところが本領とは言ってもさ、吹雪の中の追跡はやだなあ。ともかく、相手がどれだけいるかだな。一人とは限らないよね」
 その予測に答えるかのように、また近くでガラスの割れる音が響いた。

「いや!」
 続けて、六花が悲鳴を上げた。
 怯えて背を向け、シュプールを部屋の中まで引き込む。牙をむいた従魔に、仙寿は死角から飛び出し、デスマークを放った。
 不意打ちだった。
 シュプールは思わずターゲットを変更し、仙寿へと牙を剥いた。仙寿は守護刀「小烏丸」で、すれ違いざまに足を狙う。
 にらみ合う。シュプールは牙をカチカチと鳴らした。さび付いた色の牙。
(負けない……!)
 六花も向き直り、終焉之書絶零断章を開く。魔方陣が浮かび上がる。ぼやけたライヴスを、確かにとらえる。
 凍り付いたシュプールは、再び仙寿の一太刀を浴びる。
 じり、と後退する。強すぎる、と判断したのだ。
 二人は逃走の邪魔をしない。

 またガラスの割れる音。仙寿にはデスマークではっきりと居所が分かる。……別個体だ。
 仲間に知らせる。
《マーキングが効いている内に追うぞ》
『こっちだね』
 六花もまた、マナチェイサーで跡を追う。
 跡は、幾筋も。

 教会の鐘が鳴り響く。
 デスソニックがリンゴーン、と、まるで場違いな厳かさを響かせ。
 何かがシュプールを汚す。
 これは。血ではない。シュプールは答えを得なかったが、絵の具だ。
 絵の具を投げつけたガルシアが、ウェポンディプロイでデスソニックを複製し、部屋に投げ込み、自身も部屋に飛び込んだのだった。

 シュプール<たち>は混乱する。
 いったい何が、起こっている?

「来たな」
 ほぼ同時刻。一体目のシュプールが現れた、次の刹那。
 紗希はスーパーミカンキャノンを振りぬき、従魔に染みを付けていた。飛び込んできたガルシアが、複数の敵を確認したと冷静に告げた。
 驚きはしなかった。
 ガルシアは流れるように机を倒し、物陰に身をひそめる。
 相手の手の内が分かった以上、もう手加減する意味はない。ミカンキャノンを捨て、20mmガトリング砲「ヘパイストス」の標準を合わせる。
 チャージラッシュ。
 シュプールは初めて止まった。そして、泳がされていたことを悟った数秒後、塵と消えた。
 声にならない悲鳴が吹雪に掻き消えた。

 今度は、下、上。また同時だ。

 紗希は仲間の応援要請を聞き、雪道へと踏み出す。

 つくしは共鳴をする。敵を引き付ける。
 まだ。まだ。まだ。……。まだだ。
 仲間に最大限のチャンスを与えるために。
「【今】」
 共鳴したメグルの声が、つくしの思いと重なる。
 偽装した血液に濡れた包帯が舞う。至近距離の接近で、ブルームフレアを放つ。従魔は悲鳴を上げ、頭を振った。暴走しながら出鱈目に繰り出される攻撃が、腕をかすめる。血がにじむ。
 飛び込んできたクレアのケアレイにより、出血は恐ろしいほどにあっけなく止まる。
「クレアさん、ありがとうございます」
 ロッジは騒がしくなりつつあった。
 名残惜しそうに歯を鳴らし……シュプールは背を向ける。扉へと。それから廊下を突っ切って、おそらく窓から。
「すみませんっ、クレアさん、逃げました!」
 つくしはとっさにマナチェイサーを発動する。
 白衣の幻影がきらめく。
 暗視照準器のついたヴァンピールが、シュプールを狙う。一射。行動を阻害し、隙を生み出して後を追う。
「被害者の遺体は見つかっていない。ならば、奴らの逃げる先に可能性はある」
 ライトアイが道を照らす。
 シュプールを見失った。だが、つくしが追っている。
 目を凝らせばわかる。僅かな足跡、折れた枝。人が通った気配。……交戦の跡。こちらだ、と示す深い雪の跡。

 敵は複数。
 ふ、とベルフは笑う。
『そりゃそうだ。複数体で行動した方が、狩りも成功率は高くなる』
「双子の入れ替わりトリックすら、最近じゃ使われなくなっているし、盲点といえば盲点かな」
『まぁ、タネが割れちまったらもう終わりだがな』
 共鳴を果たす。昂の顔から柔和な笑みが消え、真顔となる。

●追う
 従魔は予想外の反撃によって、狼狽していた。
 獲物を捕らえねば。
 獲物を待ちぼうけ、外で待機していた数体。

 獲物を。
 ……獲物を。

 香月はじ、と地面に身を伏せ、ロッジの気配をうかがっていた。
 もはや敵は複数であることを隠そうとしていない。
 従魔が姿を現した瞬間、17式20ミリ自動小銃が無音でターゲットを撃ちぬいた。
「残念、遭難者じゃなくて悪かったな? あまり人間の知恵を舐めないことだ」
 シュプールは牙を鳴らす。
『所詮弱者を相手に虚勢を張ることしかできぬ脆弱者か、哀れよのう。そのタマで我らに楯突こうなぞ愚の骨頂というものよ』
 共鳴した香月の髪と瞳が赤に変色している。どす黒い炎に還元されたライヴスがプロミネンスのように吹き出す。雪を蹴散らし、吹雪を押し戻す。
 辺りは照らされているはずなのに、いっそう空気がまがまがしい。暗い、暗い炎だ。
 モノリスのような漆黒が、重く、鈍く振るわれる。
 一振り。いや、二振り。不規則に揺蕩うグランブレード。
 来い、というように。香月は動きを止めた。
 シュプールが3体、次々と牙を剥く。が、あっけもなく両断される。
 深手だった。シュプールたちはくるりと向きを変える。
『追い詰めてやろうぞ』
「無論」
 逃げるシュプールを追い立てる。奇しくも、別のエージェントたちがロッジから飛び出してきたところだった。

「とうっ!」
 従魔の上から、何かが降ってきた。ペンキ缶だ。チルルが思いっきりぶつけたのだ。何が起こったかわからなかった。だが、すぐそばには獲物がいる。
『案外うまくいったりして?』
 スネグラチカが言った。
 チルルに躍りかかるシュプールの影が不自然に収束した。薔薇の花弁が、あたりに舞う。
 昂の繚乱だ。
 進行方向上にいる従魔は、あえて追わない。もう別の仲間が追っている。追うのは別の一体。仲間が見失った時のための。
 デスマーク。
「追いましょう」
『しっかり着こまないとね』
 共鳴すれば寒さは感じないが、足はとられる。
「皆様、よろしければこちらを」
 いつの間にか仲間たちに追いついたガルシアがどこからか防寒着を取り出す。用意が良い。

『まずは隠れ家を抑えることが先決ですね』
 京子はノイズキャンセラーを使用し、相手を追う。不用意に相手に追いつくのも危険だ。スピードを落とし、呼吸を合わせ、見失わないように後を追う。
「問題ない」
 仙寿は迷うことなく進んでいく。暗視ゴーグルが効いている。
 クレアの付与するライトアイが、仲間たちをはぐれさせない。

 六花はペンギンの獣人であり、アルヴィナは冬の女神だ。共鳴中なら尚更、吹雪や雪道も苦にならない。
 滑るように、吹雪を駆け抜けてゆく。

 雪山を登る。どれほど進んだろうか。気配を見失ったかと一瞬思ってしまうような断崖に、たしかな洞窟があった。
 先行した仙寿の合図とともに、仲間たちは静止する。
 静かな虚空に吹雪が吹き込んでいる。
『ぐるりと回ってみましたが、入り口はここだけのようです』
 アリッサが言う。
『一本道、みたいだね』
《油断するな。罠があるかもしれない》
 仙寿は再び潜伏をした。
 ここで退治しなければならない。

 弾丸のはじける音。
 シュプールがうなりをあげた。だが、そこには誰もいない。
 京子がテレポートショットで、あらぬ位置から音を出したのだ。
「雪の山荘と見せて、スパイ物だったか」
『どこかで聞いたような話ですね。シュプール?』
 逃げ場を失くしたシュプールたちがざわめく。

「そこだ」
 仙寿のノーシ「ウヴィーツァ」が、油断したシュプールの胴体を捕らえた。戦場の前衛に立ちながら、彼は攻撃を舞う様にかわす。
(今度は、本気……!)
 六花は、今度は手加減する必要はない。
 《霊力浸透》。ゴーストウィンド「雪風」が洞窟を舞う。激しい吹雪は、仲間を避けて閉鎖空間に吹き荒れる。風は舞い、敵対するものだけを貫く。
 鋭く、まっすぐな冷気。

 だが狡猾な従魔だ。逃げて、群れ、複数体で狙う。4匹が仙寿を狙ったが、仲間がひとたび血を流せば、すかさずクレアのエマージェンシーケアが飛び傷を癒やす。
 怯え、逃れようとした数体の前に、チルルが立ちはだかる。
「さいきょーのあたいが相手よ!」
 チルルの攻撃は、真正面から、曇りなく輝くウルスラグナを振り上げる。
 これでは、相手は迂回するしかない。
 クレアは向かってきた従魔をクリムゾンローズで斬り返し、嵐へ押し戻す。一撃を食らわせると、無理をせず下がった。
 出口でせめぎあう一体を、紗希の20mmガトリング砲「ヘパイストス」が貫いた。
 なおも逃げようとした別の一匹を、仙寿が縫止で妨害する。
「逃げられるとでも?」
 冷たい声が響いた。香月のストームエッジ。無数の刃が降る。洞窟が揺れる。従魔が一体、消し飛んだ。
「行きます!」
 つくしがアルスマギカ・リ・チューンを開き、ブルームフレアを唱えた。炎が全てを焼き尽くす。つくしと香月の傍は、氷の剥がれたむき出しの地面が覗く。
 こらえきれずに、また1体が塵と化した。

 ガキン、と従魔の牙が空を噛んだ。
 牙の使い方がまるでなっていない、と、ガルシアは思った。
 大振りで粗野。単純な攻撃だ。
 ガルシアは物陰を利用しながら攻撃を華麗に避け、ポイズンスローを投擲する。攻撃が当たったと同時に、素早くRed string of fateを引く。
 ナイフに括り付けた細く赤い糸は、一瞬だけきらめいて見えなくなる。

 従魔は不可思議な方向から撃たれた。
 テレポートショット。今度は陽動ではない。従魔は振り向くが、京子はそこにはいない。しっかりと後ろをとり、そして逃さない。

 逃げられない。

 一匹、また一匹と従魔は倒れていく。
 紗希の怒涛乱舞が、従魔に3連撃を見舞った。のけぞったところで、再び冷気に包まれる。

 六鏡の『氷鏡(アイスリフレクトミラー)』が辺りを覆いつくす。どの鏡にも、等しく凍気が映りこんでいる。無数の雹を散弾銃の如く撒き散らす。
 ダイヤモンドダスト。鏡の中の無数の従魔が、1体、2体と倒れていく。
 そして、最後の一体が。

 オオオオオ。
 従魔の断末魔が洞窟に木霊する。
 香月のストームエッジが、最後の1体にとどめを刺した。

●晴れた空
「晴れたね」
 京子が空を見上げる。紗希は共鳴を解き、眼帯を外した。眩しかった。
『ゆき、やんじゃった』
 レティは少し残念そうである。
 クレアとリリアンは、手際よく仲間たちの治療を行っていた。囮に回ったエージェントたちも含めて重傷者はいない。
 昂とベルフは洞窟を見回り、従魔がいないことを確認し終えた。
「これでひとまずは安心かな」
『雪山のロッジでの騒動なんざ、もうサスペンスだけで十分だ』
「見るのはともかく、好んで渦中には入りたくないね」

 吹雪の惨劇は、これにて終わる。

『手遅れの可能性は高いけど、チャンスが有るならやっておいても損はないでしょ』
 晴れた空の下、エージェントたちは遺品を探す。
 もしかするととは思ったが……。残念ながら、生存者はいなかった。
「……っ、っ……」
『六花……』
 六花はアルヴィナに縋り、涙を堪える。アルヴィナの優しい手が背を撫でる。
 仙寿とあけびは、被害者に黙祷を捧げる。

 洞窟の中には遺体があった。損傷はひどいが、寒さが幸いしてか痛んでいるわけではない。
 チルルは、犠牲者の一人が握りしめているペンダントを見つけた。
 写真が入っているのだろう。おそらく、大切な人の。
「……失踪、なんて…生きてるのか死んでるのか分からないより、分かった方がいい……よね」
【それが事実なのであれば。…その事実を相手が望まないと言うのであれば、それも仕方が無い事ですが】
 ささやかなものに思えても。誰かにとっては、大切なものかもしれない。
 できるだけの遺品を持って下山する。遺族に届けられるなら届けて欲しい。そうH.O.P.E.に伝えるつもりだった。

 下山の途中、エージェントたちは荷物の回収もかねてロッジに立ち寄った。
 ガルシアの手により、人気のないロッジはきれいに片付けられていた。じきに、手配した業者がやってきて、新しい窓ガラスがはめ込まれる。
 今は痛みを忘れられないこの場所も、再び営業をすることができるだろう。
「皆様、紅茶はいかがですか?」
 ガルシアが紅茶を淹れた。六花とアルヴィナにはアイスティーだ。
 身体に染み渡る味だった。
「あたたかい……」
 つくしがつぶやいた。

 下山までのわずかな間、エージェントたちはつかの間の休息を得た。

結果

シナリオ成功度 成功

MVP一覧

  • 死を殺す者
    クレア・マクミランaa1631
  • かわたれどきから共に居て
    日暮仙寿aa4519

重体一覧

参加者

  • 双頭の鶇
    志賀谷 京子aa0150
    人間|18才|女性|命中
  • アストレア
    アリッサ ラウティオラaa0150hero001
    英雄|21才|女性|ジャ
  • 革めゆく少女
    御童 紗希aa0339
    人間|16才|女性|命中
  • アサルト
    カイ アルブレヒツベルガーaa0339hero001
    英雄|35才|男性|ドレ
  • 花咲く想い
    御代 つくしaa0657
    人間|18才|女性|防御
  • 共に在る『誓い』を抱いて
    メグルaa0657hero001
    英雄|24才|?|ソフィ
  • 絶望へ運ぶ一撃
    黛 香月aa0790
    機械|25才|女性|攻撃
  • 反抗する音色
    清姫aa0790hero002
    英雄|24才|女性|カオ

  • 九字原 昂aa0919
    人間|20才|男性|回避

  • ベルフaa0919hero001
    英雄|25才|男性|シャド
  • 死を殺す者
    クレア・マクミランaa1631
    人間|28才|女性|生命
  • ドクターノーブル
    リリアン・レッドフォードaa1631hero001
    英雄|29才|女性|バト
  • かわたれどきから共に居て
    日暮仙寿aa4519
    人間|18才|男性|回避
  • たそがれどきにも離れない
    不知火あけびaa4519hero001
    英雄|20才|女性|シャド
  • 守りもてなすのもメイド
    Гарсия-К-Вампирaa4706
    獣人|19才|女性|回避
  • 抱擁する北風
    Летти-Ветерaa4706hero001
    英雄|6才|女性|カオ
  • 絶対零度の氷雪華
    氷鏡 六花aa4969
    獣人|11才|女性|攻撃
  • シベリアの女神
    アルヴィナ・ヴェラスネーシュカaa4969hero001
    英雄|18才|女性|ソフィ
  • さいきょーガール
    雪室 チルルaa5177
    人間|12才|女性|攻撃
  • 冬になれ!
    スネグラチカaa5177hero001
    英雄|12才|女性|ブレ
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