本部

命の代償

一 一

形態
ショートEX
難易度
普通
オプション
参加費
1,500
参加制限
-
参加人数
能力者
6人 / 4~10人
英雄
6人 / 0~10人
報酬
寸志
相談期間
7日
完成日
2018/02/03 19:18

掲示板

オープニング

●体残迷道して己1人
「――ぐっ! くそ……」
 冷たい地面に、
 体から落ちて、
 また、転んだ。
「――がっ!? ……っ!」
 苛立ちが募り、
 脂汗が溢れて、
 また、転んだ。
「――うぐっ!! ……ちくしょう!!」
 立ち上がっても。
 前を見据えても。
 何度も、転んだ。
「――あ、」
 そして、
 今度は、
 頭から、
 落ちて、
「――おにーちゃん!!」
 拙い少女の声が、震え。
 視線を動かすと、横に。
 先日知り合った、顔が。
「――っ!!」
 とっさに身体を捻って、
 両手で地面に手をついて、
 衝撃を逃がし負傷を避けた。
「――なんでなんだよっ!!」
 氷の上に、人影は『1つ』。
 思い通りに動いた身体に、
 悔しさだけが、あふれた。

「…………」
「……お、おにーちゃ、ん…………」
 先ほどまでいた場所――スケートリンクから離れた青年は、無言。
 スケート靴を履いたまま、前傾ぎみに椅子に腰掛け、うなだれる。
 その隣には、転倒した青年を助けようと、『共鳴』した幼い少女。
「あ、の……、その……」
 少女の声は気弱に震え、
 少女の体は臆病に震え、
 少女の腕は恐怖に震え、
「……悪い」
「――ぇ」
「1人に、してくれ…………」
「――ぁ」
 青年の声は固く静かに、
 少女の顔を見ないまま、
 独りになる時間を望む。
「……くそ」
 家族も友も師も観客も。
 誰もいない空間の中は。
 青年の悪態が響くだけ。
「引退後は指導者を目指してたはずなのに、子どもに当たるなんて」
 両手で顔を覆い、
 前髪を握り潰し、
 深い悔恨に呻く。
「僕は、最低だ……っ!」
 ――首から下がる幻想蝶が、鈍く光った。

●落花枝に還らず、破鏡再び照らさず
「――あうっ!!」
 H.O.P.E.東京海上支部に入ってすぐ、1人の少女が転んだ。
「……いたた」
 涙目で起きあがり、少女は赤くはらした額をさする。
 少女の手のひらや膝は擦り傷だらけで、すでに何度も転倒したことが窺い知れる。
 すると、少女に影が落ちた。
「君、大丈夫?」
 潤んだ瞳が見上げた先に、人の良さそうな顔の職員――佐藤 信一(az0082)がいた。
「保護者の人は――」
「――おねがいっ!!」
「え?」
 膝を折って少女と目線をあわせた信一の心配そうな声は、途中で遮られる。
「おねがいをしたいの!!」
 泣きそうだった目から一転、
 年齢不相応に必死な表情で、
 少女は信一に強く懇願した。
「えとえと、これっ!!」
 呆気にとられる信一に気づかず、
 あたふたとポケットを探る少女。
 取り出したのは、1枚の500円玉。
「おにーちゃんをたすけて!!」
 舌足らずなのに早口な少女が、
 小さな依頼人だと気づくのに、
 信一は少しだけ時間を要した。

「落ち着いた?」
「…………う、……ん……」
 少女をロビーの椅子に座らせ、絆創膏で傷の応急処置をした信一。
 消え入るような声で返事をした少女は、しかし、
 落ち着いたというよりどこか落ち込んだ様子で、
 先ほどの早口が嘘のように、ゆっくりと頷いた。
「それで、詳しく話を聞かせ――」
「おにーちゃんがたいへんなのっ! あたしのせいでおにーちゃんがおこってて、でもあたしじゃどうにもできなくて、あたしじゃおにーちゃんをこまらせちゃうの!!」
「ちょっ!? ま、待って待って!」
 そして、依頼について聞こうとした信一だったが、
 再び言葉を待てないように話し始めた少女に怯む。
「焦らなくてもいいから、ゆっくり話して。ね?」
「――え、……ぁ……う、ん…………」
 信一が諭すように少女を撫でると、
 再び、喉に言葉が詰まったような、
 少女のゆっくりとした語りを聞く。
「……わかった、何とかしてみるよ」
 すべてを聞き終えた信一は、驚愕と苦渋が同居した表情の後、笑った。
「おねがいおにーちゃんをたすけて!!」
 すべてを言い終えた少女は、驚愕と安堵が同居した表情の後、泣いた。
 感情が高ぶった少女の声は、
 信一が何とかわかる速度で、
 悲痛な叫びを、上げていた。

●死して花実は咲かねども
「皆さんは『過感覚』、もしくは『オーバーセンス』という言葉に聞き覚えはありますか?」
 およそ1時間後。
 信一に声をかけられたエージェントたちは首を傾げる。
「知名度が低いので知らない方もいらっしゃるでしょうが、簡単に言うと『誓約で生じるとても珍しい症状群』、でしょうか」
 口を動かしつつ、信一は『過感覚』についてまとめた資料を配る。
「今回はその『過感覚』となった英雄の女の子からの依頼です」
「――わきゃっ!!」
 すると、1人の少女が信一の合図で会議室に入室し、何もない場所でつまずいた。
 驚くエージェントたちだが、信一が少女にすかさず手を貸す。
「この子が依頼人の――」
「アニミっていうの! おねがいをきいてほしいのっ!!」
 信一の紹介を遮り、ばっ! と頭を下げるアニミ。
 だが数人のエージェントは、アニミの登場シーンや早口に困惑を隠せない。
「これが、『過感覚』の典型的な症状です。詳しくは資料を確認してください」
 信一によれば、これでもまだ初期段階のレベルだという。
「アニミちゃんは数ヶ月前、この世界へきた直後に愚神の事件に遭遇。その場にいた一般男性と誓約を交わし、逃げることができました。その後、能力者ともども『過感覚』が発覚したのですが、その男性はフィギュアスケートの現役選手だったそうです」
 名前は咲樹 勇歩。
 24歳と若いが、競技選手としてはベテランといえる年齢だ。
「咲樹さんは自身の体力や技術に限界を感じ、今期の大会を最後に引退する予定だったそうです。が、先の事件により一般選手からは除外されました。競技の性質上、変化した身体能力・演技構成の再調整や選手のピーク年齢などを考慮すると、リンカースポーツへの転身も非常に厳しいでしょう」
 本人は明確に引退宣言をしていないが、
 信一は再起がほぼ不可能だと断言する。
「アニミちゃんによると咲樹さんは『過感覚』を抱えた状態で、無謀な練習をずっと続けているそうです。頭では理解していても、心が納得できないのでしょう。ずっと進んできた道の最後と決めた挑戦を、出場する権利ごと奪われたのですから、無理もありませんが」
 怪我や病気なら完全に諦めもついただろう。
 だが、不自由はあってもまだ体は動くのだ。
 勇歩が抱える葛藤は、察するにあまりある。
「そんな咲樹さんを助けたいと、アニミちゃんは1人でここまできました。僕は協力したいと思います」
 そういって、信一は1枚の硬貨を見せる。
 幼いアニミが用意できた、全財産だった。
「報酬まで用意してきたこの子を、無碍(むげ)にはできませんから」
「おねがいっ、おにーちゃんをたすけてなのっ!!」
 優しい笑みの信一と真剣なアニミに、エージェントたちの答えは――

解説

●目標
 勇歩の葛藤・アニミの憂いを解消
(2人の関係改善)

●登場
 咲樹 勇歩(えみき ゆうほ)…24歳。元は一般人のフィギュアスケート選手だったが、愚神の事件に巻き込まれてアニミと出会う。一緒に逃げて命は助かるも選手生命は絶たれ、『過感覚』が発覚。身体感覚のズレと同時にアニミに対しても苦悩を抱える。

 アニミ…6歳。肉体的にも精神的にも幼いバトルメディックの英雄。本来はとても明るくエネルギッシュな性格だが、勇歩の苦悩を負い目に感じており塞ぎ込む様子が多く見られる。『過感覚』により足がもつれて転ぶことが多く、無意識だと言葉が早口に。

●経緯
・勇歩
 2歳の頃からスケートを始め、10代の頃から世界大会にも出場する実力者
 選抜選手にはなるがメダルは届かず、国民からの注目度はやや低い
 世間へ公言していないが、家族や知人には現役引退の意志を説明済み
 将来は一般人選手のコーチとして後進の育成を考えていたが『過感覚』がネック
 リンカー選手としての経験がないためそちらへの指導もほぼ不可能
 アニミには命を守ってくれた感謝と選手生命を奪った非難を抱き、態度を決めかねる
 エージェント登録の意志はない
 誓約【悔いを残して死ねない】

・アニミ
 前の世界の記憶はなく、初対面から勇歩を心から信頼している
 実年齢は不明だが言動は外見通りに幼い
『過感覚』の発覚以降、勇歩から疎まれている空気を察する
 せめて勇歩をサポートしようと奮闘するも『過感覚』で失敗続き
 自分と勇歩の限界を悟りお小遣いを持ってH.O.P.E.へ依頼
 誓約【おにーちゃんをおてつだいするの!】

●過感覚(オーバーセンス)
 ごくまれに、誓約を交わした能力者と英雄の双方が訴える、原因不明の身体感覚の異常。治療法は確認されておらず、唯一「共鳴すること」で主な症状が消えるため、対処療法として推奨されている。
 ワールドガイド『その他のガジェット』にて参照可。

リプレイ

●一寸先は、未だ闇
「アニミ、辛そう……」
 子どもから発せられる悲痛な嘆願に、嬢(aa5148hero001)は知らず顔をしかめた。
「アニミちゃんはおまえに任せる。俺は咲樹さんのカウンセリングをする」
 その様子から、嬢にアニミを頼んだ鐘田 将太郎(aa5148)。
 2人はともに心理学を学び、人の心に寄り添う術を知っている。
 ただ、今回は勇歩の苦悩や葛藤の方が深刻だと判断した将太郎。
 臨床心理士としてのカウンセリングが必要だろうと立ち上がる。
「助ける――か。何とも抽象的な依頼ね」
 アニミの願いを聞き、資料に目を通した上で、鬼灯 佐千子(aa2526)は少し思案顔。
「だが、何か考えはあるのだろう?」
 少し間をおいて、リタ(aa2526hero001)が佐千子の表情を窺い、問う。
「本人に直接話を聞いてみないと、わからないけど……ね」
 そう肩をすくめた佐千子は、カチャリ、と響く義肢の音を確かめた。
「……なんとなくわかるから、かける言葉が見つからねぇな」
 例えば。
 自分が何かの拍子で、
 ――戦えなくなったら?
 ――薬を作れなくなったら?
 ――最早それは、自分では無いに等しいのだろう。
 そんな『もしも』に思いを巡らせるガルー・A・A(aa0076hero001)。
 勇歩の事情を聞いて、一瞬でも己に重ねてしまいため息をこぼす。
「……それでも、少しでもいいから、力になってあげたいのです」
 ガルーの声を聞いてか、無意識か。
 アニミをじっと見ていた紫 征四郎(aa0076)は、そう答えた。
「…………」
 グシャッ、と無言で右手の資料を握りしめ、GーYA(aa2289)は左手を無意識に心臓へ当てる。
「ジーヤとまるで逆の環境ね。まぁ、むず痒いような気持ちなのはわかるわぁ」
 それを横目に見たまほらま(aa2289hero001)は、誰に聞かせるもない小声でこぼす。
「――ジーヤも、似たような感じだったものね」
 ため息混じりの苦笑と、ほんの少しの懐かしさを込めて。
「……難しいね」
 経緯を把握した木霊・C・リュカ(aa0068)がため息をつく。
 得たものと失ったもの。
 それぞれが大事で比較できないからこそ、感情の整理がつかない勇歩の気持ちに理解を示した。
「そうだな。勇歩はもちろんだが、アニミも危うい」
 隣でオリヴィエ・オドラン(aa0068hero001)も同意を返す。
 が、オリヴィエの懸念は勇歩よりもアニミへ向けられているらしい。
 視線が頭を下げる少女に固定され、自然と目つきが鋭くなっている。
「同じ、もと競技者として、放ってはおけませんね……」
 能力者となるまで剣道に励んでいた九重 翼(aa5375)にとって、他人事ではいられないようだ。
 勇歩の境遇をそのまま自身に重ねることができる故に、力になりたいと素直に思えた。
「――そうですね、翼様?」
 樹々中 葉子(aa5375hero001)も頷くが、漏れる笑みと言葉にはどこか含みが窺える。
「とにかく一度、咲樹さんのところへ行きましょう。アニミちゃん、案内を頼めるかな?」
「わかったの! ありがとーなの!」
 全員が依頼を理解したタイミングで、GーYAがアニミへ声をかける。
「――いたっ!?」
「……少し落ち着け、アニミ」
 早口で部屋から出ようとしたアニミは、しかし足がもつれて転倒。
 近くにいたオリヴィエが見かねて手を貸し、今度こそ歩き出した。

●塗炭の苦しみ、放つか分かつか
「――うぐっ!?」
「おにーちゃん!」
 勇歩が練習しているリンクを訪れてすぐ。
 苦しげな声が聞こえた瞬間、アニミが走り出した。
「だいじょうぶ、なの?」
「――ああ」
 気が急いて転びつつも、アニミは勇歩の近くへ。
 そんなアニミを顔をしかめて出迎え、勇歩はアニミの手を取り一緒に氷上を後にする。
 ……共鳴は、どちらからもしようとしなかった。
「ボンジュー。少しお時間いいかな?」
 そこへリュカが接近していき、軽く声をかける。
「せっかくだから、少し遊ぶ?」
「スケートなの? すべるならあっちなの!」
 各々が自己紹介を終えた後、GーYAが身を屈めてアニミに微笑む。
 遊ぶ、という言葉にアニミは顔を綻ばせ、利用手続きの受付へ案内していく。
 何となく流れが見えたため、GーYAと何人かがアニミの先導に従いついて行った。

「とかく空腹と夜は駄目、いらないことまで頭の中で襲ってくるからね!」
 GーYAの誘導で二手に別れた後、ちょうど昼時だからと食事を提案したのはリュカ。
 反対意見もなく、残るエージェントとともに勇歩を近くのファミレスへ連れ出した。
「――私たちはH.O.P.E.エージェントとして、『あなたを助けてほしい』と依頼を受けました」
 食事に手をつけつつ雑談程度の会話を交わした後、まず佐千子が口火を切る。
 ちなみに、佐千子は首から両手の指先まで全身を衣服で覆ったフル装備状態。
 元々、スケートリンクという『零度前後の環境』を考慮して用意したものだ。
 冷えた剥き出しの金属と皮膚の接触は危険で、他者を防護する目的での厚着。
 室内だと低温によるリスクは減るが、それとは別に義肢を人目にさらしたくもないのだろう。
「アニミから、ですね……」
 すでに理由を半ば予想していたらしく、勇歩はすぐに依頼人を言い当てた。
「愚神事件に巻き込まれたことで、選手生命を絶たれたと聞いた」
 守秘義務から否定も肯定もせず、次に将太郎が込み入った事情へ切り込む。
「……はい」
 当時を思い出し居住まいを正した勇歩は、眉間に深いしわを刻み口を開く。
「あの時、僕が出るはずだった試合の練習をしていたんです。そこに愚神が現れて、無我夢中で逃げて、強く思いました。【悔いを残して死ねない】と。そこでアニミが現れ、共鳴しました」
 エージェントにより愚神は討伐されたが、勇歩は共鳴を解いてすぐに異常に気づいたという。
「『過感覚』と診断された後、僕もアニミほどではないですが転ぶ回数は増えましたし、耳の異常にも悩まされています。共鳴すれば、消えますけど、ね」
 アニミは『早口』だったが、勇歩は『人の声が遅く聞こえる』のだとか。
 症状の傾向は同じものらしく、現在も会話に違和感が拭えないとのこと。
「能力者となったことで、『僕の命』が救われたことは事実です。アニミに感謝もしています。
 ……でも、『スケート選手の僕』が死んだことも――事実だ。
 割り切れないんですよ、どうしても」
 勇歩にとってそれは、『今』だけの問題ではない。
『過去』や『未来』も巻き込んで崩されたに等しい。
 故に、頭で理解していても、未練を捨てきれない。
 勇歩の人生は、本当にスケートしかなかったから。
「――先ほどから聞いておれば、『過感覚』がお悩みの原因なら共鳴すればよろしいじゃありませんか。何故そうしないのです?」
 勇歩が思いを吐露した直後、口を開いたのは葉子。
「アニミ様の自由を奪いたくない、という理由であれば、よいのですがねぇ」
 言葉遣いは丁寧だが、声には確かな皮肉がこもる。
「……お葉」
 葉子は翼から短く窘められるも、追求を止めない。
「年端もいかぬ童女に頼るなど情けない、とでも考えていらっしゃる?
 それとも『俺を苦しめる奴と一体になるなんてふざけるな』――でしょうか?
 うふふふふ……」
 おっとりとした印象の笑みを浮かべ、蛇のような言葉の毒牙を突きつける。
 見た目こそ病弱で落ち着いているが、葉子の内面は正反対でかなりきつい。
 ただここまで早いと、葉子は最初から勇歩に仕掛けるつもりだったようだ。
「――違うっ!」
「お葉。……お黙りなさい」
 声を荒らげ立ち上がった勇歩と、翼の非難が強まったのは同時。
 そこで葉子は口のチャックを閉じる仕草を見せて、矛を収める。
「……英雄が、申し訳ない。……医学については、門外漢ですので……共鳴すれば良いとの意見には、俺も賛成です……」
 続けて翼は、腰を落とした勇歩へ視線を向ける。
「しかし実際……咲樹さんの言動が、お葉の言うように受け取られる事も……否定はできません」
 そう前置きした上で、翼は自身の思いを告げた。
「……アニミさんは悪くない、咲樹さんも重々、ご承知かと思います。……一方で、降りかかった理不尽を、誰かのせいにしたい気持ちも……よく分かります。……俺も、そうでした……」
「まあ、翼様ったら。お葉の事をそのように思ってらしたなんて、酷ぉい」
 クスクス笑って揶揄する葉子へ視線を向け、翼は独白のようにこぼす。
「……夢を追って生きる者にとって……夢は、体の一部が如きもの。四肢をもがれて生きるか、四肢ごと死ぬかの二者択一です……誰が後悔せずに、居られましょうか……」
 翼は勇歩と同じ、愚神の襲撃で剣道を学ぶ環境を失った。
 大きく異なるのは、出会った英雄の素直さくらいだろう。
 だからこそ、勇歩が抱く苦しみをより正確に共感できた。
 だからこそ、『その先』に踏み込めず、言葉は続かない。
「恨んでいるし、感謝もしている――今はそれで良いんじゃないか?
 それはどちらも、お前さんの正直な感情なんだから」
 沈黙した翼から引き継ぎ、ガルーが勇歩へ声をかける。
「『明日はきっと素敵になる』……征四郎の言葉だ。
 お前さん達が掴んだ『生』は、思ってるより良いもんだと俺様は思うぜ」
 かつて、数多の『死』を見届けてきたガルーは、笑う。
 四肢(ゆめ)が死んでも生きているなら明日はくると。
 失ってから見た世界は、とても不自由で殺風景だろう。
 しかし同時に、失った分だけ体は身軽で自由でもある。
「とりあえず1年、2人で生きることを目標にしてもいい。
 すぐに『何か』が見つかるかわからないが、いつか『何か』は見つかるだろうぜ」
 そんな明日に広がる希望を見れるよう、ガルーは勇歩の背中を押そうと励ました。
「これは私の主観ですが……あなたはまだ『あなた自身が変わってしまった』コトを、実感できていらっしゃらないように見受けられます」
 未来を示唆したガルーに代わって、佐千子は勇歩が踏みとどまる現実を指摘する。
「ライヴス能力に発現した以上、二十余年間付き合ってきたあなたの肉体は、二度と元には戻りません。あなたからすれば、怪我や病気による欠落や後遺症と何ら変わらないでしょう。
『過感覚』だって、言ってしまえばその中の一つでしかありません」
 良かれ悪しかれ、能力者となれば『変化』は避けようがなかったものだ。
 もし『過感覚』……悪い影響がなくとも、選手としての夢は潰えていた。
 どうしようもないことにいつまでも囚われているのは、不毛でしかない。
「……まあ、私は『過感覚』を知りませんから、あなたの苦悩を分かるなどとは言えません」
 その点、佐千子の場合は実際の四肢を失い、機械の体で今を生きている。
 他の人がわからない苦労や不便も多く、葛藤や苦悩は今も消えはしない。
「ですが、『過感覚』を補えるかもしれないある『機関』なら、紹介出来ます。
 ……義体の研究・開発が専門なので、医療機関では無いのですけれどね、ソコ」
 佐千子にも、勇歩の憂いを消す術は知らない。
 されど、肉体の不自由を補う術ならば、心当たりがあった。
 四肢と脊椎を機械化した『とあるアイアンパンク』の、十余年にも及ぶ研究で得たノウハウ。
 義体を制御する運動アルゴリズムや、リハビリに関する技術と理解は、他の機関を圧倒する。
 義肢や外骨格式装具の組立・調整・リハビリ補助などが可能な『機関』なら、可能性はある。
「愚神や従魔を相手に大立ち回り――とまでは保証できませんが、飛んだり跳ねたりする程度ならば、できるようになるかもしれません」
 たまにやりすぎる『機関』の説明に言葉を選びつつ、佐千子は連絡先を書いたメモを渡した。
「――ジーヤも昔ね、あなたと似たような症状で、落ち着くまで大変だったことがあるの」
 しばらく考えてメモを懐にしまった勇歩に、次はまほらまが目を細めて水を向けた。
 GーYAは幼少期に心臓病を患い、能力者となって蘇生した経緯に軽く触れ、遠くを見る。
「当時はガリガリに痩せてて、歩くのもやっと。
 手術で命を繋いで、『あたしがあなたの英雄よ』っていくら説明しても、納得してくれなくて。
 力の加減が上手くいかなくて、病室を壊しちゃうこともあったわぁ」
 まるで思い出話のように語る内容は、穏やかな口調とはかけ離れて凄絶と言える。
 そこでふと、まほらまは表情をさらに綻ばせた。
「あまりにも強情だったから、仕方なく病院の屋上から投げ落としたのよ。
『ほら、死なないでしょ?』って。
 ……懐かしいわぁ、あの惚けた顔ったら」
 真実、まほらまにとっては笑い話なのだろう。
 うふふっ、と吐息を漏らす顔は実に楽しそう。
 聞いた勇歩の表情は、若干ひきつっていたが。
「――でも、それがきっかけで、その先を楽しく生きようって誓約更新したのよねぇ」
 独り言のように語られた、GーYAとまほらまの始まり。
 立ち止まっていたGーYAを、前へ進ませたきっかけだ。
 それは『病院の屋上』にいる勇歩の足下を揺さぶった。
「そうだな、ちょっと君とは違うかもしれないけど――」
 様々なアドバイスを飲み込み、考え込む勇歩へ向けて。
 リュカは己が『重度弱視者』と前置きして、語り出す。
「俺も昔、両親に対してよく思ったもん。
『何で見えるように産んでくれなかったんだ!』、って」
 それは、今では欠片も見せない、不自由さへの恨み言。
「産んでくれなきゃそんな事も思えなかったのに、おかしい話だよね。
 ……でも、昔はずっと、思ってた」
 さらにリュカはアルビノでもあり虚弱体質でもあった。
「だって、辛かったし、寂しかったし、悔しかった……」
 先天的に『健常』は縁遠く、『普通』の世界が違った。
「君は最低では無いよ。それは、『普通』の感情だ」
 理不尽に降りかかった、『不自由』のスタートライン。
 戸惑い、傷つき、反発し、傷つけて、後悔が絶えない。
「でも、話を聞く限りはさ、大丈夫だと思うんだ。
 彼女に対する憎しみが、どうしようもない感情だと気づけてる。
 自己嫌悪する位、不当なものだと理性は理解出来てる」
 そんな『現実』を前にして。
 周りも遠くも見えなくなった目でも。
 勇歩の目は、見るべきものが、見えている。
「なら、次は時間と観察が解決してくれるよ。きっと」
 リュカはそう思えたからこそ、勇歩に笑って言うことができた。
「……1つ聞きたい。共鳴を避けているように見えるあんたが、アニミちゃんが心配し共鳴で助けようとするまで、練習を続けているのは何故だ?」
 すると、聞き役に徹し勇歩の様子を見ていた将太郎が疑問をぶつける。
 勇歩の中で複雑に絡み合っているのは、アニミへの想いだけではない。
 生き甲斐であったスケートへの未練もまた、無関係ではないだろうと。
「自分でも、何で滑っているのか、わかっていませんでした。
 ……ほとんど自暴自棄だったことは、否定しません」
 でも、と勇歩は続ける。
「たぶん、僕はずっと、考えてたんだと思います。――色んな事を」
 引退する覚悟も、競技に貢献する将来の選択肢も、ちゃんと考えてあったはずなのだ。
 しかし、勇歩は選手としての『引き際』を失って、『過感覚』などの問題に直面した。
 解決すべき問題がごちゃ混ぜになり、思考の袋小路に入り込んで、混乱は強まる一方。
「今まではスケート中に考えを整理していたから……癖なんでしょうね。
 気づけば軽く流すつもりで氷の上にいて、転んでた」
 最初は『考える』ことが『目的』だった。
「その失敗が許せなくて、ムキになって、無茶をして」
 途中で『滑る』ことが『目的』になった。
「最後は決まってアニミに助けられて、我に返ります」
 そこで、勇歩に深い自嘲の笑みが浮かぶ。
「共鳴するとアニミは意識がなくなって、でも僕の記憶と感情は共有されるんです。
 その度にアニミは僕の苛立ちを知り、僕はアニミを怯えさせていると知って、いつも後悔する。
 僕を救い、慕ってくれているアニミを、突き放そうとは思っていません。
 ですがやはり、共鳴はなるべくしたくないですね。
 これ以上自分の感情を叩きつけるようなことをして、アニミに暗い顔をさせたくないですから」
 それが、勇歩が共鳴を避けようとする理由。
 元々アニミは舌足らずの上、『過感覚』もある。
 非共鳴だと会話にならず、苛立ちが増してしまう。
 そうして勇歩とアニミの関係に溝ができてしまった。
「……俺たちはいろいろ言ったが、どうするかは自分で決めてほしい。
 選手でもコーチでも、今後フィギュアに関わりたいなら、限界が来るまで思う存分やればいい。
 ただ、アニミちゃんのことももっと考えてやれ。あんたのことで、相当心を痛めているんだぜ」
「……はい」
 本人もわかっていると思いつつ、将太郎はあえてアニミを気遣うよう勇歩へ言う。
 臨床心理士として、同情する素振りは見せず、自力で答えを見つけられるように。
 勇歩が破るべき壁だけでなく、アニミともちゃんと向き合うことを心から願って。

●精神一到、何事を成す?
「――っと、スケートなんて初めてだけど、なんとかなるもんだな、楽しい?」
「すーってうごいてたのしいの! こんなのはじめてなの!!」
 一方、リンクに残った面々はスケート靴を借りて遊んでいた。
 別々に話を聞く目的もあったが、アニミの気分転換のためでもある。
 実際効果はあり、GーYAに抱っこされたアニミが一番楽しそうだった。
「わわっ……! スケートって、難しいのですね!」
「そうなの! でもおにーちゃんはすいすいーってすべるの! すごいの!!」
 普段とは違う重心移動にやや戸惑う征四郎に、アニミが我が事のように勇歩を自慢する。
 興奮して話し方はかなり早口になったが、アニミの嬉しそうな様子に征四郎も安堵した。
 ずっと張りつめていたアニミの雰囲気がようやく和らぎ、明るい姿を見ることができた。
「ひゃわっ!?」
「っ、――大丈夫か?」
「ありがとーなの!」
 しばらく遊んで休憩しようとリンクを離れた直後、またしてもアニミが転びそうになる。
 寸前でリタが支え事なきを得たが、なおも足取りは危なっかしい。
「……アニミ、お前は兎にも角にも勇歩を助けたいだろうが、俺はまずお前を助けたい。
 まずは自分のことからだ」
 全員が椅子に腰掛けたタイミングで、オリヴィエがアニミと目線を合わせて話し出す。
「しょっちゅう転ぶのは痛いだろう。
 人が上手く自分の早口を聞き取れないことや妙な顔をされるのも、続けばストレスになる。
 勇歩のことで、ずっと気も張ってたはずだ」
 アニミが勇歩を心配するように、オリヴィエはずっとアニミが心配だった。
 依頼内容からして、アニミは自分の事に無頓着のような気がしてならない。
 自身の『過感覚』よりも勇歩優先で、だからこそ危うさが際だってしまう。
「溺れてる人は、溺れてる人を助けられない。
 だからまず、アニミが岸に上がれ」
 オリヴィエの懸念は、アニミと勇歩の共倒れだ。
 勇歩を支えるにしても、支える側であるアニミがダメになっては本末転倒。
 アニミもまた、並行して対策を進めるべきなのだと、オリヴィエは伝えた。
「大好きなおにーちゃんを助けてあげたいんだね。
 その気持ち、すごくわかる。あたしも、おにーちゃんいるから」
 叱られたと思ったアニミがしょぼんとする横で、嬢が頭をなでる。
「でも、オリヴィエクンが言ったことも、大事なことだよ。
 おにーちゃんは上手く滑れないから、辛くあたるかもしれない。
 でも、それは本心じゃないと思うな」
 アニミも勇歩も、嬢たちにはわからないストレスが常に存在する。
 オリヴィエの言う通り、人より平静でいられないのは当然なのだ。
「おにーちゃんを本当に助けてあげられるのは、きっとアニミちゃんだけだよ。
 だから、自分のことも大切にしよう?」
 嬢は自分たちが怒っているのではなく、心配なんだと言い含めて。
 勇歩を助けるにはアニミが無理をしすぎてもダメだなのと、諭す。
「……よく……わかんない……の」
 叱られたと思ったら、励まされた――そう考えたアニミは難しい顔をする。
「征四郎は……わたしは、2人の辛さは、わかってあげられないかもしれないですが」
 意味を分かっていない様子が痛々しく感じ、征四郎がなおも言葉を重ねる。
「アニミは悪くないですよ。
 ――生きたかった。
 ――消えたくなかった。
 ――助けたかった。
 全部、悪くないです」
 征四郎には、まるでアニミが『自分をいないもの』として扱っているように見えた。
『自分は生まれるべきではなかった子だ』と塞ぎ込んだ、6歳の自分にアニミが重なる。
 いや、アニミはそうと意識すらしていないため、それ以上に深刻なのかもしれない。
「あなたは、ここにいていいのです!」
 勇歩のためだけにいるのではない、アニミ自身にも価値があるのだと。
 自分を大切にしようと考えつかない少女を、征四郎は繋ぎ止めたかった。
「う、ぅ~……?」
 しかし、抽象的な考えを理解するには、アニミにはまだ早すぎたらしい。
 そこで頭がパンクしかけたアニミを見かねたGーYAが、おどけて呟いた。
「とはいえ、人生かけた夢か――羨ましいな。俺は夢を諦める事しかできなかったから」
「そーなの?」
 興味を引けたらしく、アニミは不思議そうな顔をそちらへ向ける。
「俺は体が弱かったから。でもまほらまと、英雄と出会って変わったんだ」
 詳細は伏せつつGーYAは己の境遇を語り、屋上から投げられた記憶もぶり返す。
「あたしもおなじことすれば、おにーちゃんよろこぶかな!?」
「あー、うん、オススメはしない、かな?」
 まさか荒療治がきっかけとは言えず、アニミの期待でキラキラした目が痛い。
 GーYAができたのは、話を聞きたそうなアニミから目をそらすことだけだった。

「アニミ」
「あ! おにーちゃんおはなしおわったの!?」
 その後、ファミレスから戻った勇歩たちに、アニミが真っ先に反応する。
 とてとて駆け寄り、やっぱり途中で転んだ後に、勇歩の足にひっついた。
「――そうそう。複数の共鳴した姿を持つリンカーって、結構多いのよ」
 最初よりもずいぶん距離感が近い2人を見た佐千子が、ふと思いつきを口にする。
「アニミさん主体の共鳴でなら、リンカー競技に転向できたりしないかしら?」
 佐千子の提案が、よほど意外だったのだろう。
 勇歩もアニミも目を丸くして顔を見合わせた。
「……考えたこともなかったな」
「おにーちゃん?」
 すると、勇歩がアニミの手を、幻想蝶に触れさせる。
「やってみよう。僕をアニミにゆだねるよ――」
 瞬間、強い光が幻想蝶から放たれた。
「……皆様。色々と助言をいただき、ありがとうございました」
 光が晴れた後には、15歳ほどに成長したアニミらしき少女が微笑んでいた。
「……アニミさん、ですか?」
「はい、九重様」
 ずいぶんと落ち着いた雰囲気に多少驚きつつ、翼はアニミに抱いていた疑問をぶつける。
「咲樹さんを助ける為に……全てを捧げるつもりでしたか……? 1日中、咲樹さんと離れられず……遊んだり、自分の時間を持ったり……そういった事は全て、諦めねばならない……。それでも、咲樹さんを支えようと……?」
「そのつもりでした。ですが、今の『私』の考えは違います」
 アニミと一緒だったメンバーと同じ懸念を抱いていた翼に、アニミは微笑んで否定した。
「幼い私はお兄様への贖罪しか考えていませんが、『私』は皆様の言葉を受け止めています」
 どうやら精神的な成熟もあり、アニミは自分と勇歩の記憶、両方を把握しているらしい。
 先ほど伝わらなかった言葉も正しく理解したアニミは、ある1つの『答え』に行き着いた
「共鳴の時、私たちはどちらかの意識がありません。
 ですが、記憶と感情は共有しています。
 そのため、お互いが相手をわかった気になっていたのでしょう」
 アニミは、自分たちは共鳴を介して感情は伝えても、言葉は伝えてこなかった、と語る。
 下手に記憶と感情がわかってしまったから、それを本心だと錯覚したまま過ごしてきた。
 2人の間にあったすれ違いは、単にコミュニケーション不足によるものが大きかったのだ。
「今後のことは『私』とお兄様で、もっと話し合いたいと思います。
 時間はかかるかもしれませんが、共鳴を介せば話ができると、わかりましたから。
 ……幼い私には、どうやら難しかったようですしね?」
 身を案じてもらった言葉を指しているらしい。
 アニミは遊んだ面々へ、困ったように笑った。

●彼も一時、此も一時
 後日、オリヴィエの提案であまりにも転倒が多いアニミを、言語聴覚士へと連れて行った。
 保護者として同行した勇歩も、同じ『過感覚』のためついでに診察を受けることになる。
「試合ではない公演の場を作る……経験を生かしたメンタル面のコーチ……ううむ」
「どしたの、征四郎ちゃん?」
「勇歩のお仕事について、考えていたのですが……」
 その間、悩ましげにぶつぶつと呟く征四郎に嬢が注目。
 征四郎なりに勇歩の今後を考えていたようだが、答えは決まらない。
「――ダメだったの!」
「ダメだったの!?」
 直後、元気よく帰ってきたアニミの第一声に、嬢が目を丸くした。
「色々調べてもらいましたが、通常の言語障害とは勝手が違うらしいです」
 続いて戻ってきた勇歩が、苦笑混じりに補足する。
 発達の遅れは当然ながら、脳や口腔の機能にも問題はないという。
 やはり、『過感覚』は『英雄との誓約』による誤作動と考えた方がいいらしい。

「なのー♪」
「こ、こら、危ないだろう!?」

 次に、佐千子が橋渡しをした『機関』へも足を運ぶことにした。
 そこでも車輪付きの歩行補助具に掴まり、早速遊び出すアニミ。
 慌ててリタや職員が追いかけるも、華麗な動きでスイスイ躱す。
「――勇歩は、スケートを始めたきっかけを覚えていますか?」
 心底から楽しむアニミを見て、征四郎は勇歩へ尋ねた。
「征四郎は、兄さま達がやっていたから、当然として剣を学びました。でも今は、同じ剣を振るうエージェントの方と打ち合ったりして、楽しいことも多いのです」

「なのなのー♪」
「そっちは調整中の義肢が――!」
 ガシャーン!

 征四郎の声が一度、アニミとリタの大声で中断された。
「……今のアニミほど、とは言いません。――『楽しい』を、してみませんか?」
 こほん、と気を取り直して、続ける。
「今は、とても辛いかもしれません。
 でも、スケート自体が楽しくなくなることは、ないと思うのです」
 だから、と征四郎は勇歩を見上げた。
「あなたが人生をかけて愛したスケートの楽しさを、アニミと共鳴して、アニミと一緒に滑って、アニミに見せてあげられませんか――?」
 佐千子の提案以来、アニミ主体の共鳴は何度かしたようだ。
 が、アニミがそのままスケートをしたことは、一度もない。
『未来』はまだわからないが、『今』2人ができることはある。
 それが、征四郎に示せる精一杯の『道』だった。
「それもいいかもしれませんね。ちょっと、元気すぎるようですが」
「俺からも、いいですか?」
 無邪気なアニミに苦笑する勇歩へ、GーYAがそっと近づく。
「最初、咲樹さんは『アニミが夢を壊したんだ』って、言ってるように聞こえました。
 ――今は、どうです?」
 思い出す。
 GーYAの心臓は、幼い頃からライヴスに拒否反応を示した。
 病院の名を借りた『研究施設』で育ち、余命も宣告された。
 周囲の優しい嘘には笑顔を返す裏、心に抱えた絶望は深い。
 故に、病気よりも異界の者に殺される事を、彼に選ばせた。
「元からこの世界にいた俺たちは、想像しづらいでしょう。
 ただ、ほとんどの英雄は何もわからず、この世界に来ます。
 それがどれだけ、不安で心細いか……考えたことはありますか?」
 振り返る。
 この「世界」とは違う『世界』への転生を望んだ『選択』。
 しかし、命を終える『選択』も心臓は許さず発作で止まる。
 育った施設も縁者も存在せず、両親は生死すら不明のまま。
 あの時、GーYAは来訪直後の英雄に等しく――何もなかった。
「咲樹さんとアニミちゃんは、始まったばかりです」
 だけれど。
 GーYAの『世界』は、ライヴスで動く人工心臓から始まった。
 一度終わったGーYAを、まほらまが『世界』へと繋げたのだ。
「2人で話し合って、新しい夢を見つけてほしいと、願っています」
「……はい」
 共に歩くと決めたのならば、その手を離してほしくはない。
『かつての自分』へ向ける気持ちで、GーYAは勇歩へ微笑んだ。
「彼女の踏ん張りも、これからしっかり見てあげないとね?」
 さらにひょっこり現れたリュカが、勇歩の肩をポンと叩く。
「……で、今どんな感じ?」

「突撃なのー♪」
「アニミ! そこは精密部品が――!!」
 ドンガラガッシャーン!!

「…………大惨事だ」
 音でしか事情が察せないリュカが聞いた直後。
 アニミと車輪の音に続き、リタの絶叫が響く。
 そして、無惨にも何かが大量に崩れる破壊音。
 オリヴィエの何とも言えない一言が、すべてを説明してくれた。
「いくら能力者や英雄といえど……人が1人で出来ることには、限りがあります……。
 俺たちも、多くの人に助けられて、活動しています……。
 そのことを忘れず……どうかお互いを頼って……2人で支えあってください……」
「もちろんです。――ひとまず、アニミの不始末を謝ってきますね」
 底抜けに明るいアニミの笑い声と、職員たちの声なき絶叫の中。
 翼がかけた激励に、勇歩はすっきりした表情で、アニミの元へ。
 一緒になって頭を下げる2人の姿は、年の離れた兄妹そのものだ。
「あらあら、最初はとても面倒くさいお方なのだと思っておりましたのに、本当はとても単純なお方だったのですねぇ? 手のひら返しもここまで極端だと、いっそ清々しいほどです。そうは思いませんか、翼様?」
「……お葉、お静かに」
 なお、やっぱり勇歩が最後まで気に入らなかったのか。
 葉子の弁は相変わらず辛口で、翼が咄嗟に口を塞いだ。
 こちらもこちらで、コミュニケーションでの苦労は多そうに思える。
「俺らは、上手くやっていこうな」
「うん」
 能力者と英雄の関係は、強い繋がりだからこそ、こじれたら難しい。
 今回の件はその一例にすぎないと、将太郎と嬢は改めて心に留めた。
「さし当たっては、口論で負けそうになると腕力を持ち出そうとするのは止めてくれ」
「それは無理!」
 いい機会と将太郎が日頃の苦言を呈してみる。
 しかし、嬢は笑顔でバッサリはたき落とした。
 口達者だが腕力に差がある将太郎としては、地味に悩みの種である。
「――ここを紹介したの、早まったかしら?」
「……くっ、不覚!」
 最後に。
 小型台風並なアニミの暴れぶりを見た佐千子。
 結局止めきれず息が荒いリタへ視線を移し、密かにため息をついた。
 余談だが、奇跡的に損害は生じず、厳重注意(すっごい怒られた)程度ですんだ模様。

●雨降って地固まる
「お疲れさまでした」
 さらに後日。
 エージェントたちは報告書を提出し、信一から報酬を受け取った。
 すると、一定の金額が全員へ提示されたことで、疑問が投げられる。
「アニミちゃんが持ってきた報酬は500円でしたが、それでは少ないかと思いまして。
 僕と咲樹さんで、ちょっとだけ色をつけた金額になります。
 あまり高くはできませんでしたが、ご了承ください」
 信一の話によると、どうやら勇歩とアニミはエージェント登録はしなかったらしい。
 ただ、『過感覚』の相談で支部へ顔を出すようにはする、と話し合って決めたそう。
 将来はまだ何も決めていないらしいが、2人でゆっくり『道』を探すつもりのようだ。
「――あっ! おにーちゃんとおねーちゃんたちなの!!」
 すると、聞き覚えのある元気な声が耳に届いて……、
「――へぶっ!?」
 振り向いた先に顔面から床へ滑り込んだアニミがいた。
「アニミ、いきなり走ったらダメだって、何度も言ってるだろう?」
「ごめんなさいなの!」
 少し遅れ、慎重に歩を進める勇歩がアニミを立たせる。
 そして、反省の色がなさそうな元気な声の後、振り返った。
「――ありがとーなのっ!!」
 両手をいっぱいに広げ、ブンブンと振り回すアニミは、満面の笑み。
 苛立ちの代わりに気苦労を背負った勇歩は、苦笑とともに会釈する。
 知り合った直後にあった暗い影は微塵もなく。
 思わず笑ってしまうほど、明るい姿があった。

結果

シナリオ成功度 成功

MVP一覧

重体一覧

参加者

  • 『赤斑紋』を宿す君の隣で
    木霊・C・リュカaa0068
    人間|31才|男性|攻撃
  • 仄かに咲く『桂花』
    オリヴィエ・オドランaa0068hero001
    英雄|13才|男性|ジャ
  • 『硝子の羽』を持つ貴方と
    紫 征四郎aa0076
    人間|10才|女性|攻撃
  • 優しき『毒』
    ガルー・A・Aaa0076hero001
    英雄|33才|男性|バト
  • ハートを君に
    GーYAaa2289
    機械|18才|男性|攻撃
  • ハートを貴方に
    まほらまaa2289hero001
    英雄|18才|女性|ドレ
  • 対ヴィラン兵器
    鬼灯 佐千子aa2526
    機械|21才|女性|防御
  • 危険物取扱責任者
    リタaa2526hero001
    英雄|22才|女性|ジャ
  • 臨床心理士
    鐘田 将太郎aa5148
    人間|28才|男性|生命
  • 苦難に寄り添い差し出す手
    aa5148hero001
    英雄|18才|女性|ソフィ
  • リンカー先生
    九重 翼aa5375
    獣人|18才|男性|回避
  • エージェント
    樹々中 葉子aa5375hero001
    英雄|23才|女性|ドレ
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