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除夜の鐘、初日の出。常陸国、参る!
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最終発言2017/12/26 10:09:04 -
【相談卓】盛り上げ隊
最終発言2017/12/26 12:09:14
オープニング
●2017年12月某日−−茨城県鹿嶋市、鹿島神宮
参道の大鳥居の前に集まった地元の人々の表情は、暗かった。
「空き店、増えちまったなぁ」
「定食屋のジイ様はもう歳だって、店閉めちまったしなぁ」
「みやげ屋のバアサマもまたギックリ腰やってよ。そろそろ嫁夫婦のとこさ行くかっつって」
彼らはそろってため息をついた。
ここのところ相次いで、歳で店を閉める人が出ていた。
若者はこぞって東京に出てしまうから、跡継ぎのいない店も多かった。
「そこのカフェバーの庄司さんみたいに、入ってくれる人もいっけどよ」
時々、わざわざ県外からやってきては、ここを気に入って店を出してくれる人もある。
それも全体からすれば、やはり足りてはいない。
「これじゃあ、今年の年末年始もよぉ……」
「ごじゃっぺだっぺよ」
「んだなぁ」
年越しから三が日にかけて、参道には多くの出店が並び、たくさんの参拝客で賑わうが、それも年々、勢いを失っていた。
最盛期を知る彼らとしては、歯がゆかった。
生まれ育った地が衰えていくのを見るのは、寂しい。
良い思い出ばかりではなかった。ここを出ていきたいと思うこともあった。
でも、やっぱりこの土地が好きだから、この場所で生きていくと決めた。
どうして、このまま指をくわえてみていられようか。
でも、だからと言って、どうすればいいのか……。
「……新しい風が、必要だっぺ」
皆がしょげてうつむく中、彼だけは、厳しい表情ながらも前を見据えていた。
彼の名は、門野尊仁。
高校卒業と同時に東京の大学に行き、一時はそこで就職をした。
しかし、二年前、実家の家業を手伝うため、地元に戻ってきた。
今は父とともに家業の酒屋と、代々続く土地の管理を行い、同時に、自身で行政書士の事務所を構えている。
新進気鋭の若者だった。
「つぅてもよぉ、タケやん」
「んだっぺよぉ、こんな田舎さ誰が来てくれんだぁ?」
「金だってあんましねぇしよぉ」
「情けねぇこと言うな、大丈夫だ! 世の中には、こういうイベントが大好きで、報酬も大して無くたって構わねぇっつぅ、熱いハートを持ったイケた人がいんだよ」
「ホントかぁ?」
「オレにまかしとけって」
タケやんはそう言うなり、スマホを取り出して、電話をかけはじめた。
●2017年12月某日−−H.O.P.E.東京海上支部ブリーフィングルーム
「皆さん、お祭りは好きですか? 私はもちろん、大好きです」
H.O.P.E.オペレーターの真田英雄はにこやかな表情で部屋を見回した。
おなじくオペレーターの一角真珠星は、その隣で処置なしと言わんばかりの呆れ顔を浮かべている。
「今回の依頼は、茨城県鹿嶋市の鹿島神宮およびその周辺商工会からの依頼です。かの地は古くから続く大きな神社で、昔から多くの参拝客が訪れ、特に大晦日から三が日にかけては、出店が参道にずらりと並び、多くの人で賑わっています。しかし、近年、高齢化や人口の流出にともない、その規模が徐々に縮小しているとのことです。ぜひとも皆さんの力でこれを盛り上げて欲しい、というのが依頼の主旨です」
部屋中央のホログラムに現地の映像、そして例年の様子が映る。
「当初は、代表者の門野尊仁氏がリンカーの友人に個人的に話を持ち出し、『世界をまたにかけ、戦闘だけでなく芸能ごとにも長けたリンカーの力をぜひ貸してもらいたい』と熱く語っておられたようです。残念ながらそのリンカーが別の案件で動けないとのことで、こうして依頼案件とさせていただきました」
ホログラム上に、まとめられた依頼の詳細情報が浮かぶ。
「本件の目的は、大晦日から三が日の鹿島神宮および参道の商店街を盛り上げることです。参道で出店をするもよし、境内で催し物をやるもよし。何人か合同でも、地元のお店や神宮の人たちと協力してもオッケーです。とにかく自由に考えてほしい、可能な限りあらゆる案を受け入れさせてもらう、とのお話です。とはいえ、地域の振興があくまで第一目的ですから、その点はお忘れなく。他に、何か補足があれば」
真田が隣の一角に促す。
「それでは−−鹿島神宮は武甕槌神という武神を主祭神としており、その技を受け継ぐと言い伝えられる鹿島神流という総合武術は知る人ぞ知る名門です。宝物殿には多数の刀剣が展示されていますし、境内の奥には要石と呼ばれる霊石があり、地底のオオナマズを封じているとも言い伝えられています。他にも様々な縁故がありますので、調べてみると何かヒントになるかもしれません」
「それでは、説明は以上となります。年末年始の神社を大いに盛り上げていただきたく……」
しかし、そこで真田がハッとした表情を浮かべた。
一角がテキメンに嫌そうな顔をする。あ、コイツまたなんか変なこと言い出すぞ、と表情にありありと出ている。
「年末年始の神社といえば……地元の高校生やら大学生がこぞってバイトに来るという……ピチピチの若い巫女さんがいっぱい……ゴホン、私も依頼の経過が気になりますし、当日は時間を作って現地の査察に参りたいと−−」
「年末年始も社内でお仕事ですよ。ねぇ、真田さん」
「ぇ、いや、さすがにそれは、だって、クリスマスも−−」
「私から局長にかけあっておきますから。真田さんが年末年始、暇のあまり犯罪に走りそうだって」
「は、犯罪だなんて……イエス、ロリータ・ノータッチの精神で……」
「まさか、幼い女の子までなんて……本格的に病気ですね。大丈夫、3日も徹夜でカンヅメすれば、邪念も消え去りますよ。一緒に頑張りましょうね」
表情の乏しい一角には珍しく、ニッコリと微笑んだ。
それが逆に迫力を増している。
「………………はい……」
真田はがっくりと項垂れた。
解説
●目的
年末年始の神社を大いに盛り上げる
●場所
茨城県鹿嶋市、鹿島神宮
●日時
大晦日から三が日
●諸注意・備考
・報酬は寸志
・出店などの売り上げは各自の収入となる
・物の破壊などはNG
・あくまで地域の振興が第一目的
「あとはとにかく自由にやって下さい、ケツはオレが持ちます!」(門野尊仁氏)
リプレイ
●2017年12月末日――茨城県、鹿島神宮参道
雪室 チルル(aa5177)とスネグラチカ(aa5177hero001)の二人は腕を組んでふんぞり返りながら、朱色の大きな鳥居を仰いでいた。
「大晦日よ! 年末年始よ!」
『なかなか良い感じの神社ね。それで、今回の依頼内容はちゃんと覚えてる?』
「もちろん! さいきょーのあたいが、さいきょーのお祭りにすればいいのよ!」
『まぁ、大体合ってるかな。さて、どうやって盛り上げよう?』
「今回はみんなでお祭りを盛り上げるんだから、みんなバラバラな感じになりそうだね」
『あたし達はあたし達で何かしら見世物を考えないといけないね』
「なんにせよ、まずはお祭りがあることを知ってもらわなきゃ。チラシを準備して、神社の周辺の通行人に手渡しで周知活動をしていこう!」
『このあいだ、そういう地道な活動が重要だってテレビでやってた気がする……またテレビに影響されたのね……』
「もちろん、神社のお祭りなんだし、巫女衣装でやるからね!」
やる気満々のチルルに、スネグラチカもやれやれと頷きつつ、どこか楽しげだ。
志賀谷 京子(aa0150)とアリッサ ラウティオラ(aa0150hero001)の二人は参道わきの石碑で神社の来歴などを読んでいた。
『古来より霊験あらたかな武神ですか。良いですね。これだけ立派なのですから参拝される方も多いでしょう』
「近年は減少が続いていると言っても、数十万人が訪れるクラスだってさ。ちょっと気後れしちゃうよね。ま、任されたからには全力でやるけど!」
『とはいえ、何をしましょう?』
「どうせだから出店をやりたいね」
『町おこしですから、地元の名物などがよいでしょうか』
「鹿島ははまぐりが名物みたいだから、焼はまぐりの屋台をやろう。鹿島灘産のが手に入ればいいね。商工会のひとに相談して、漁協に渡りをつけてもらおっか」
『きっと同じ出店もあるかと思うのですが、差別化はどうします?』
「わたしたちみたいな美人が2人もいる屋台だよ! それで十分じゃない?」
『いつもながら……自分でよく言いますよね』
「調理はアリッサに期待してるから!」
『京子は呼び込みと販売ですね』
二人は阿吽の呼吸で、準備に取り掛かる。
「年末年始は涼風邸でのパーティーやベルカナのお仕事が入っていますが、依頼を受けた以上は地元の――」
『ユリナ、堅いことは言いっこなしだよ! 年末年始にかけてのお祭りだもん、みんなで存分に楽しもうよ!』
参道の真っ只中に佇み決意を新たにする月鏡 由利菜(aa0873)の腕をウィリディス(aa0873hero002)が引っ張って進む。
二人は由利菜のバイト先のファミレス「ベルカナ」の衣装で参加することに決めていた。
お茶を中心とした飲み物と、軽食の提供も行う予定だった。
「寒い時期ですから、温かい飲み物を……ダージリン、ロイヤルウッド、それに緑茶も……」
『ユリナってホント、紅茶が好きだよね~』
あれこれと段取りを再確認する由利菜に、ウィリディスが並んで参道を歩く。
「鹿島の神は……図書館で読んだこの国の神話だと、国譲りの交渉の時に、その腕を氷の刃に変えて諏訪の神を倒したみたいね。それに因んだ舞でも奉納してみる?」
「……ん。剣の神様、って聞いてたから……六花たちには、あんまり縁がないかも……と思ったけど……それならできそう……かも」
本殿でお参りをした後で、アルヴィナ・ヴェラスネーシュカ(aa4969hero001)はかたわらの氷鏡 六花(aa4969)と相談を進める。
『神楽殿か舞殿みたいな舞台があればいいのだけれどね』
「……ん。神主さんに……聞く……」
六花の指した方には、社務所があった。
『そうね、まずはこの社の神官長と相談するのがいいわね』
二人並んで歩いて行く。
餅 望月(aa0843)と百薬(aa0843hero001)は本殿を少しすぎたあたりの、囲いの中で身を寄せて座る鹿たちを眺めながら、相談をしていた。
「さて、あたしたちはどうしようか」
『鹿のイメージしかないよ』
「うーん、まあ、いいんじゃないかな、歴史と伝統と神々しさは十分以上で……あ、どうやら有名な餅つき大会があるみたいだよ。そういうのを三が日にもやろうよ」
資料に目を通していた望月が、ふと思いついて口にする。
『お餅食べ放題?』
「つき放題に、こね放題もつけようか。臼と杵と福を招く焼印も借りてきて、炉ばたでせいろもやろうじゃない。寒い中で初詣を待っている人たちにも身体を動かしてもらえば、丁度いいかもね」
『いいね、食べ放題。やろう』
食べ物と聞いて、百薬も乗り気のようだった。
二人はさっそく手配のために動き出す。
「たまには、こういう稼ぎ方も悪くないね」
『こういうのは性に合わないんだがな……』
「まぁまぁ、年末年始くらいは鉄火場から放れるのも良いんじゃないかな」
いまひとつ乗りきれない感じのベルフ(aa0919hero001)を、九字原 昂(aa0919)がとりなす。
「今回は甘酒の屋台をやろうと思うんだ。例年の参拝客数は確認してあるから、だいたいの予想売上数も計算できるし。材料やコップ、屋台の機材に、寒さ対策の防寒具やストーブも手配済みだよ」
『手際の良いことだ。まぁ、ほどほどに頑張ってくれ』
「葛城巴さんのところのレオンさんも手伝いに来てくれるらしいから、忙しい時間は2人体制で、そうでなければ交代で屋台に立とうか」
『…………』
「ベルフ?」
『……いや。まぁ、頑張ってくれ。ほどほどに、な』
あえて何も言うまいという素振りで、ベルフはフードを目深にかぶった。
昴は小さく首を傾げる。
「うーん、意外と似合ってる、のかなぁ……?」
社務所から出てきた葛城 巴(aa4976)は緋袴に白い小袖を着用していた。
自分の姿を見下ろしては、くるくると回って、苦笑い気味につぶやいている。
それをかたわらで眺めていた、煮イカの串を片手に持ったレオン(aa4976hero001)は、内心でひそかにホッとしていた。
ここのところ巴の機嫌が悪いことに気をもんでいたのだが、どうやらだいぶ回復したらしい。
煮イカをかじりつつレオンがそんなことを考えていると、
「似合ってますよ。ただ、やっぱりこの季節だと寒かったりしませんか?」
そこに元凶たる人物がやってきた。
相変わらずのおっとりのんびりとした昴の様子に、巴が若干ジトッとした視線を向ける。
たじろいだ昴を見て溜飲を下げたのか、巴はにっこりと微笑んだ。
「大丈夫。もともと寒がりだから、袴の下はスパッツ三重履きだよ」
いつもどおりの巴の様子に、昴もほっとする。
「……年末年始だけでも一緒に過ごしてくれませんか、って言ってくれたからね。クリスマスに放置されたことは許してあげるよ」
ぽそりと呟いた声は、昴の耳には入らなかったらしい。
レオンはイカをくわえたまま視線をそらし、ベルフはそっとフードを目深に被り直した。
●大晦日
日が暮れていよいよ薄暗くなってきた参道には、色とりどりの屋台がずらりと立ち並んでいた。
人の往来もぽつぽつと増えはじめて次第にひとつながりの流れへと変わる。
「はいはい、鹿島名物焼はまぐりはいかが! 焼き立てでおいしいよー!」
艶やかな着物姿にたすきをかけた京子が、参道に立って元気よく呼び込みをしていた。
屋台の中では同じく着物姿にたすきのアリッサが、手際よくはまぐりを焼き上げていく。
美人ふたりの艶やかな着物姿もさることながら、焼けるはまぐりのかぐわしい香りが人をひきつけて、いつのまにか列になっていた。
「お餅ー、お餅はいかがー」
『焼餅と一緒に、外からも中からも温まるよー』
別の屋台では、望月と百薬がつき放題こね放題食べ放題の餅の出店をやっていた。
つきたてのお餅が食べ放題というサービスはもちろんのこと、つき放題こね放題というのも、寒空の下で年明けまで待つ参拝客たちが身体を暖めるのには最適だった。
望月たちの屋台からほど近い、参道から少しわきに入った開けた一角では、年の瀬とは思えないほど優雅なティーガーデンが開けていた。
ファミレス「ベルカナ」の衣装に身を包んだ由利菜とウィリディスが、せわしなくも優雅に、温かなお茶と食事を提供してもてなしている。
昴たちの甘酒の屋台も盛況だった。
温かくどこか懐かしい香りと甘みの甘酒は、老若男女を問わず人々を惹きつけてやまない。
次々とひっきりなしに並ぶお客さんたちを相手にする昴の隣に立っていたのは、しかし、本来の相棒のベルフではなかった。
『…………』
レオンは眉間に皺を寄せて、真剣に釣り銭の確認をしていた。
――昴くんたちの屋台を見に行こう、美味しいものも食べさせてあげる。
などと、巴に誘われてついてきたのが運の尽きだった。
屋台に着くや否や巴は、
――昂くんと仲良くするんだよ!
などと言い置いて、猛ダッシュで去っていってしまった。
――あ、それじゃあ、甘酒の仕込みと接客と会計とその他諸々全部お願いしますね! ……すみません、嘘です。
などと、昴の冗談にもうまく返せず、
――マジか……
呆然と呟きながら、結局、そのまま昴たちの屋台を手伝うハメになっていた。
「……こうやって僕とレオンさんが働いている中、何か思う事は無い?」
昴が屋台の裏手に声をかける。
『ああ…………まぁ、ほどほどに頑張ってくれ』
裏幕からかろうじてのぞいていたベルフの足が、ひょこひょこと振られた。
屋台をはじめてからずっと、裏で商品の甘酒に持参した酒を混ぜながら飲んで寛ぐか、あたりをふらふらと散策するか。ベルフは一向に手伝おうとしない。
昴はやれやれとため息をつく。
その頃、チルルとスネグラチカは参道からさらに外へと出て、街中を縦横無尽に駆けながら、両手いっぱいのチラシを人々に配っていた。
やがて持参したチラシを配り終えた頃、チルルがはっとなって叫んだ。
「大事なことを忘れてた! 大晦日は除夜の鐘を鳴らすのよ! あの鐘を鳴らすのはあたいよ!」
『あれ? 除夜の鐘って神社でもやってたっけ?』
「え、ないの?」
二人がそろって首をひねっていると、声をかける人影があった。
「したら、うちの鐘を撞いていきますか?」
たまたま近くを通りかかった寺のお坊さんが、チルルの叫び声を聞きつけたのだった。
二人はそのまま、鹿島神宮参道の入り口近くにある護国寺の鐘撞堂に案内された。
『礼して、撞いて、一礼ね』
お坊さんたちから除夜の鐘撞きの作法を教わる。
「もう完ぺきに覚えたよ、さすがあたし。今年は過去さいきょーの除夜の鐘になるね」
もうまもなく、歳の変わり目を迎えようとしていた。
●大祓
拝殿の前にしつらえられた仮設の神楽殿に、共鳴した六花とアルヴィナの姿があった。
あたりには夜の帳が降り、篝火が焚かれている。
凛と冷えた空気の中、艶やかな白雪の長い髪に、蒼い薄衣のみを身にまとったその姿は、すでにして神性をまとっていた。
舞が始まる。
絶対零度の凍気が踊り、無数の氷雪がきらめく。
見る者の心を惹きつけて、離さない。
六花の手には氷でかたどられた剣が握られている。
――其の御手を取らしむれば、即ち立氷に取り成し、亦剣刃に取り成しつ
タケミカヅチの伝承、神話の一節を再現する。
水晶の如き氷の刃が振るわれる度に、灯火の光を幾重にも返して、氷雪の世界を彩る。
舞の終わりには、感嘆のため息ばかりが残った。
舞台を降りた六花たちを、オペーレーターの真田と一角が迎えた。
「素晴らしい舞でした」
二人の奉納舞に続いて進んでいく大祓の儀式を横目に、一角が手放しで絶賛する。
「いやー、本当に。仕事の隙間を縫って来て良かったー」
目の下に濃い色の隈を作った真田が、心底嬉しそうに答えた。
「もう、まさに天女のごとき。その薄衣は徹夜あけの眠気にはいい気付けに……なっはん!!」
一角の平手で尻を叩かれて、真田が悲鳴を上げる。
遠くから、除夜の鐘が鳴り響いて聞こえる。
「その煩悩、ちゃんとここで払っていって下さいね。あぁ、でも、真田さんから煩悩を払ったら何も残りませんね。失礼しました」
一角の言葉に、真田はさめざめと泣いた。
そして、新年を迎える。
●年明け
歳の明けた神宮は、一番の過渡期を迎えていた。
授与所に詰めていた巴は、まさにてんてこ舞いの様相だった。
新年の新しいお札やお守りを求める人がひっきりなしに訪れる。
そのひとりひとりに、巫女としての厳かで楚々とした態度を崩さずに対応していく。
「新年明けまして、おめでとうございます。ようこそお参り下さいました」
また、授与所の面に立つこともあれば、裏に回って新しいお札やお守りの入った重い箱を運んだりもする。
「う、重、よっこいしょ! ……あ」
ひとり勝手に、自分の年齢感に打ちひしがれたりもしつつ、ようやく初日の出の時刻にさしかかる頃、人の流れが緩んで、休憩に入れた。
授与所の裏手で休んでいると、ふらりとベルフがやってきた。
『ほれ、昂の奴からの差し入れだ』
湯気の立つ甘酒を、巴は礼を言って受け取る。
口をつけようとすると、思ったよりまだ熱かった。
ふうふうと息を吹いて冷ましているのを、ベルフが黙って見ている。
巴の中に微かないたずら心がわく。
「ふーふーしてあげようか? くらい言えないの?」
『そういう気遣いは、昂が喜んでやるだろうさ』
何気なく答えたベルフだったが、巴はふーん、と含みのある返事をする。
「べつに、私と昴くんはそういうんじゃないし? 今のところお友達って感じだし?」
何やら気配の変わった巴を前に、ベルフは早々に退散をしていく。
屋台に戻って、裏手から中へと入ろうとしたが、こっちはこっちで修羅場だった。
『このところ巴の機嫌が悪かったんですよね。僕にまでグチグチ言って……』
レオンのため息まじりの詰問が聞こえて、ベルフは上げかけた幕をそっと下ろす。
『それで、巴の事、どう思ってるんですか?』
「巴さんの事ですか……大切なひとですよ」
レオンのド直球の質問に、昴も真面目に返す。
が、どうにもおっとりのんびりした感が拭えない。
ベルフはひそかにため息をつくと、意を決して中に入った。
『代わってやるから、初詣にでも誘って来い』
急な申し出に、昴が目をしばたたかせる。
隣のレオンを見ると、無言で頷いている。
「えーと、じゃあ、せっかくだから、行ってこようかな。悪いけど、少しの間よろしく」
昴は不思議そうに小首を傾げつつも、喜々として境内へと向かって行った。
柄にもないことをしたと、ベルフは懐からタバコを取り出す。
『巴の前ではタバコは禁止ですよ』
あくまで相棒至上主義の英雄に、
『……さっきも行く前にも聞いたよ』
ベルフは再三のため息をついて、タバコに火をつける。
「あたい達も出し物をするよ!」
無事に除夜の鐘を鳴らし終えたチルルたちは、再び神社に戻ってきた。
『それで、どんな出し物をするの?』
「この鹿島神社には鹿島神流とかいう武術があるんだって。だからあたい達も2人で演舞してみるよ!」
『え、待って。あたし達、鹿島神流なんて知らないよ?』
「イマドキはスマホとかで演舞とかも見れるんだよ。もちろん、見るのとやるのは大違いだけど、そこは必死の特訓で完璧に仕上げるよ! 滝行とか!」
『なんという根性論……あ、でもこの刀術なら剣と大して違わないかも。宝物殿に展示されている刀を再現すれば、イイものになりそう。刀術以外も余裕があればやってみたいね』
「演舞も当然、巫女衣装でやるからね」
『武術なんだから、道着の方が良いんじゃない?』
「だって神社のお祭じゃん?」
『え? あ、うん……え?』
今ひとつ納得しきれないスネグラチカを引っ張り、チルルが駆け出す。
●正月
「あけましておめでとうございます」
『おめでとうございます』
望月と百薬の二人は、ご来光に向かって新年のご挨拶を申し上げた。
今はちょうど人足が緩やかになっていたところだった。
例年、歳の変わり目にひとつのピークがあり、その後は元日のお昼ごろにもう一度ピークを迎えるらしい。
「今のうちに、あたしたちもちゃんとお参りしておこうか」
二人は一旦店を離れて、拝殿へと向かった。
「武運長久慈愛は永久。癒しの心は来世まで」
『美味しいごはんもよろしくね』
二礼に、柏手を二つ叩いて、一礼をする。
日が高く昇りはじめるとともに、人足もまた増えてくる。
そんな最中、六花とアルヴィナは拝殿でお参りをすませて、参道へと向かった。
出店や出し物を二人でゆっくりと見て回るためだ。
2人とも寒さは苦手ではない。
というよりもむしろ、寒いほど快適であるため、冬にしては薄着であった。
ペンギンモチーフの黒ショールに白ワンピの六花はともかく、アルヴィナにいたってはスケスケの羽衣一枚のみで、他には何も身にまとっていない、いささか刺激の強い格好だ。
元は異世界の女神であるために人間の感性とは異なり、肌を晒すことへの羞恥心がないらしい。
六花は再三にわたり、せめても水着の着用を勧めたが、一向に聞き入れてもらえなかったため、すでに諦めの境地に至っていた。
こうして、二人は周囲の耳目を一身に集めつつ、新年の賑わいを満喫していた。
フランクフルトやチョコバナナ、たこ焼きなど、目についたものを買っては食べていく。
二人とも猫舌なので、熱いものは冷まさないと少し苦手だった。
本当はかき氷の屋台を一番期待していたのだが、さすがに冬の寒空にあるはずもなく、二人は失意のまま、由利菜たちの屋台へと足を運んだ。
「あっ、六花さんとアルヴィナさんには、冷やしたものがいいですよね」
二人は真冬のオープンテラスで、氷の浮いたアイスティーを喜々として頂いた。
参道を行き交う人々は、夜とは違い、今は家族連れや子供連れが多い。
『ユリナ、変身イベントやってみない? リンカーならではのイベント、期待してる人も多そうだしさ』
「それで人々が喜ぶなら……。我が心、友たる風の聖女と共に!」
聖女の姿となった由利菜たちは、まだ歩きなれない子どもたちや、ご年配、足の不自由な参拝客たちに、せめても歩きやすいようにと力を行使する。
「足に不安を抱えている方へのおまじないです……ペンナ・テンプルム!」
さらに、癒やしの力を使うにあたり、六花たちにも協力を願った。
「六花さん、もしできたらでいいのですが……私たちの風にあなたの氷を合わせ、大きな雲を呼ぶ手助けをして頂けないでしょうか?」
快諾してくれた二人と合わせて、癒やしの慈雨を降らせる。
『聖なる風よ、吹き上がりて雲を呼び、生命の雨を大地に! アクア・ヴィテ!』
参拝客たちのために、リンカーとして、そして聖女として、施しをしていく。
中でも喜ばれたのは、子どもたちの凧上げへの協力だった。
『仮にも風の聖女って名乗ってるから、それらしいイベントやれないかなーって』
「空へ届け、私達の願いを込めて!」
由利菜たちの風は、子どもたちの凧を優しく、空高くへと舞い上げていった。
●三が日
正月も三が日となると、参拝客の足取りはまばらとなりはじめる。
「よし、アリッサ行こうか!」
『仕方ないですね……。見世物ではないのですが、修練を積んだ技を奉納するつもりでやりましょうか』
着物姿の京子とアリッサは屋台の前に出ると、参道の客たちに呼びかける。
「さあさあ、皆様方お立ち会い。こちらにおりますはH.O.P.E.にこの人ありと知れた英雄アリッサ、その神技を今からご覧に入れましょう!」
京子は手にしていた幾枚ものはまぐりの貝殻を空高くへと投げ上げる。
アリッサは気負うことなく弓を構えると、霞む手で次々と矢を放った。
過たず貫かれたすべての貝は、ゆるやかに地面へと落ちて、すべてひとところにぴたりと積み重なった。
観衆から感嘆の声と万雷の拍手が鳴り響く。
『……お目汚し、失礼しました』
「さあ、この英雄が手ずから焼き上げたはまぐりがこちら! 実は意外と家庭的な英雄の味、味わえるのは今だけだよ!」
京子はノリノリで煽っているが、屋台の中に戻ったアリッサは軽くため息をつく。
『そもそも焼はまぐりに関係ないですよね』
「なんだって注目集めたほうの勝ちだって!」
『これで多少なりとも力になれればいいのですが』
「わたしたちに出来るのは話題作りだけだよ。だからそれを力いっぱいやろう!」
京子の言葉に、アリッサはまたはまぐりを焼きはじめた。
『ほわあっ!? すごかったねぇ! あ、モチちゃん、ヒャクヤクちゃん、お餅お願い!』
交代で休憩に出ていたウィリディスは、アリッサたちの芸に感嘆の声をあげつつ、望月たちの屋台でお餅を買って帰っていった。
「あたしたちもなんかやってみる?」
『ごはんも演舞も何でもやるよ』
「百薬が真面目に槍を振るってると意外と絵になるんだよね。正月くらいはワタシの方が休憩してのんびりしようかな。雪室さんたちが後で演舞やるらしいから、混ぜてもらおうか」
『がんばったから残ってるお餅でぜんざいにしてね』
「あ、やっぱりそういうのがいるのね、はいはい」
お餅を片手に出店へと戻ったリディスは、由利菜と休憩を交代する。
『ねえ、ユリナ。この衣装、お店から貸し出ししてくれてありがとう。あたし、まだベルカナでバイトしたことなかったからさ』
「……リディス、その衣装が気に入ったみたいですね?」
『ほわっ、分かる? 可愛くてセクシーだよね、これ! 前から着たかったんだよ!』
「ふ、普段着るにはちょっと大胆ですよ……?」
ウィリディスは気にせず、衣装を来たまま上機嫌にくるくると踊っていた。
「ようやく終わったぁ〜、疲れたよぉ~、もう動けない~」
繁忙期をすぎたことで、一足早く巫女の仕事から開放された巴は、昴たちの屋台まできて、パイプ椅子にぐったりと寄りかかった。
『巴、だらしない。……仕方ないな』
レオンはため息をつきつつも、誰よりも甲斐甲斐しく巴の世話を焼いていく。
「巴さんも、お疲れさまでした」
『ようやく屋台も終わりか』
「まだ少し早いし、ベルフは前半も働いてからそういう事を言おうよ」
ベルフはどこ吹く風と、さっさと甘酒を片手に裏手に行ってしまった。
「またせたわね! さいきょーのあたしたちの登場よ! ここからまた盛り上げていくよ!」
巫女服姿のチルルとスネグラチカが刀を片手に拝殿の前の神楽殿へと上がっていった。
百薬もまた槍を手に参戦する。
参拝客たちの前で演舞を披露し始める。
昴はそろそろ売れ残りそうな甘酒を、内々に仲間たちへと配っていった。
望月は百薬の活躍を見守りつつ、由利菜たちのオープンテラスの隅っこで屍のようになっている真田と平常運転の一角に餅を差し入れている。
六花とアルヴィナは二人並んで、今度は観客となってのんびりと演舞を眺めていた。
『神にとって人々の祈りは力の源よ。沢山の人がお参りに来て…鹿島の神様もきっと喜んでるでしょうね』
新年の鹿島神宮は、かつてない大賑わいとなっていた。
結果
シナリオ成功度 | 成功 |
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