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第五の喇叭
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最終発言2017/12/10 19:48:22 -
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最終発言2017/12/08 12:31:39 -
アバドン対策本部
最終発言2017/12/11 23:13:00
オープニング
●ひとりごと
思うに、私達と君達が手を取り合う事が出来ないのは、この世界がそう運命づけているからなんだ。
この世界を破壊しようとする私達と、この世界を守ろうとする君達。それは対話とか、理解とか、我々の間に結びうる繋がりの外で定義づけられている。だから君達がいくら共存の道を探ろうと、この世界がそれを断ち切ってしまうのさ。
どの愚神であっても、どんな人間であっても、その力から逃れる事は許されない。明日かもしれない。一週間後かもしれない。一ヶ月後、一年後かもしれない。必ず私達は君達に刃を向ける。君達も私達に刃を向けるだろう。そうしなければ、いつまでも神判が始まらないからね。
勘違いしないで欲しい。私だって悲しいんだよ。君達に――友情と呼ぶにはあんまりにも粗末だけれど――一つの繋がりが生まれた事は祝福しても良かったと思っている。けれど運命はそれを認めないんだ。
God's mill grinds slow but sure.
つまるところ、いつかは絶対こうなっていたという事さ。だから、君が恨むべきはこの世界だ。私のせいにすることは簡単だけど、この事はよく覚えておくといい。
まあ要するに、この世界を恨みながら、我が主の作る新たな世界の礎になってくれということさ。
●奈落の底
地獄から轟くような叫びが海から響き渡る。その瞬間、芝生の分け目から、建物の影から次々に飛蝗が飛び出し、空に黒い雲を作って都市へ押し寄せる。その飛蝗に触れられた人々は、肺も灼けつくような渇きと臓腑が潰れるような飢えに襲われる。立っている事すらままならない。その場に転がり、掠れた悲鳴を上げてのたうち回った。その腕先や足先が、見る間に爛れていく。
「さあ征け、奈落の底より来たりし者よ。神判の時は近い。アントニウスの火を灯せ」
ビルの屋上に立つ、白と赤のローブに身を包んだ青年が海を見据えて叫ぶ。その声に呼応して、海の底から巨大な異形が現れた。それは全身を蒼と黒の毛皮に包んだ蛙だ。全身に蟲の眼に似た巨大な球が浮き出ている。口からは海に垂れた瞬間じゅうじゅうと煙を立てる唾液を垂らしている。海に突き出た小島のように巨大な化け物は、潮の流れに漂いながら、着実に東京のビル街を目指して動いていた。
「新式のレーダーがタナトスの存在を捉えて間もなく、アバドンが暴走を始めました。最後にドローンから転送されたデータによると、タナトスによってあれの許容量を上回るライヴスが与えられた結果、体内でドロップゾーンが発生して膨張、暴走へと至ったようです。周辺にはアバドンの影響下にあると思われる飛蝗が大量発生し、食糧の収奪のみならず、人間への侵食も始めています」
アバドンによる被害の状況が君達の目の前で目まぐるしく流れていく。オペレーターは神妙な顔をしてモニターを見つめ、それから君達の方へ振り返った。
「……食べ物への異常なまでの執着を除けば、あの愚神には我々への敵対的な要素を持ち合わせていなかったように思います。いつかは袂を分かつ可能性があったとしても、それが今すぐにであったとは、私は思いません。……ですが、こうなっては一刻の猶予もありません。直ちに現場へ急行し、アバドンを討伐してください」
H.O.P.E.所有の小型快速艇に乗り、君達は東京湾に浮かぶ化け物を目指す。空を飛び交う飛蝗が君達に気付き、一気に押し寄せてくる。君達は武器を振るってこれを払い除けながら、アバドンへと近づいていく。アバドンは空を見上げると、黒い目が幾つも開いた喉を震わせて絶叫する。それは、滅びを告げる喇叭のようだ。
これ以上の悪名を取る前に、葬る。それが今のアバドンにかけてやれる唯一の情けだ。
解説
メイン アバドンの討伐
サブ アバドンが陸へ上陸する(30R)前にメインを達成する
BOSS
ケントゥリオ級愚神アバドン(蒼黒)
タナトスのライヴスによって暴走した愚神。体内にDZを形成して巨大化し、東京へと突き進んでいる。
●ステータス
生命SS、物攻・抵抗A、物防・魔防B、回避・イニ0、移動5、その他C~D
●スキル
通常攻撃
巨大な舌を伸ばして攻撃。
[範囲物理、射程40の直線型]
鯨飲馬食
東京湾に生息する魚を大量の海水ごと体内のDZへ取り込む。
[2Rごとに発動。生命力+30、全てのBSを回復する]
胃液放射
濃硫酸で出来た胃液を放射する。リンカーのライヴスすら容易に侵食する。
[単体物理、最大射程150。命中時、物防の特殊抵抗判定。勝利時減退(2)を与える]
アイスローカスト
[自身中心、範囲100。魔防の対抗判定。勝利時(15-特殊抵抗)の固定ダメージを与える]
死の舞踏
[この愚神を撃破するまで、回復アイテム使用不能&最大生命力2割減少。また、半径2000sqの範囲で食事を行えない]
●性向
自我崩壊…ライヴスが暴走し、今に身体さえも自壊するような状態に陥っている。
●外見
一辺15sqの立方体に似た体格。身体の至る所に黒い球体が浮かび上がっている。
FIELD
・東京湾。若干の風はあるが、快速艇の運転に支障はない。
・船舶はサポートとして出陣したリンカーによって回避行動が既に取られている。
TIPS[PL情報]
・アバドンの救出は不可能。
・現在のアバドンは生命力だけならトリブヌス級にも匹敵する。
・アバドンを討伐した時点で人々への直接的なダメージは回復する。食べ物はなくなったまま。
・タナトスの能力などについての聞き込みをアバドンに行うことは出来ない。
・快速艇の運転もモブリンカーが行っている。
・独り言はタナトスの独り言。タナトスと同じ結論に至るもよし、反対の結論に至るもよし。RPの手がかりにしてください。
リプレイ
●飢えて餓えて
「……何とも情けないわね。私だけこんな有様で」
『(致し方ないだろう。無理を押しても役には立つまい)』
ビルの屋上に立ち、冷たい潮風を浴びながら水瀬 雨月(aa0801)は悔しげに呟く。アムブロシア(aa0801hero001)に珍しく諫められ、雨月は肋骨を押さえるコルセットを触れながら顔を曇らせた。バルドルに与えられた傷は能力者の治癒力を以てしても治りきらなかったのである。
「そうね。今は出来る事だけに集中するわ」
まともに戦える状態に無くても戦地に姿を見せたのは、一人のあどけない友達のため。双眼鏡を握る手にも、じわりと力が加わっていた。
「(……りっちゃん)」
「こいつは俺らの詰めが甘かったツケだな」
『それもありますけれど……彼女が懸命に考え行動した結果をこのように踏み躙る行為、私は許しませんわ』
快速艇の上でアサルトユニットを取りつけながら、赤城 龍哉(aa0090)は苦々しげに呟く。ヴァルトラウテ(aa0090hero001)は潜めた声に怒りを滲ませていた。その声を横で聞き、ナイチンゲール(aa4840)は小さく俯く。
「自分を慰めたいだけなのかもね、私」
《どうした小夜。顔が暗いぞ》
「何でもない。頼りにしてるよ、仙寿」
日暮仙寿(aa4519)が尋ねても、彼女は小さく首を振るばかり。仙寿はしばしその笑みを見つめていたが、やがてスロットルを全開にしてステアリングを握る。船のエンジンは唸りを上げ、回頭して一気にアバドンへと迫っていく。
《……行こう。せめて、六花の手で終わらせてやった方が良い》
『(タナトス。……私はお前を否定する)』
不知火あけび(aa4519hero001)は仙寿の眼を通してアバドンを見据える。天真爛漫な感情を潜め、敵意を全ての黒幕へと向けていた。そんな彼女に気付いたか気付かないか、仙寿の背中を一瞥した龍哉は凱謳を抜いて叫ぶ。
「さあ、まずはケジメを付けるとしようか!」
『たなとす専用れぇだぁとやらも完成が一手遅かったデスかニャ。遅かれ早かれ破綻はすると思ってましたが早かったデスな』
今日も今日とて気絶している彩咲 姫乃(aa0941)の代わりに快速艇のステアを回しながら、朱璃(aa0941hero002)は呑気ぶって呟く。その横で、月影 飛翔(aa0224)はみるみる近づいていくアバドンの威容を見上げていた。
「討つしかない。喩え経緯がどうであってもな」
『デスな。かく言うあたしも捕獲を手伝った身の上デス。殺しは火車のお仕事じゃねーデスが、介錯くらいはしてやりますかニャ』
朱璃に迷いは無い。背負う火車も明々と輝いている。ルビナス フローリア(aa0224hero001)も朱璃の言葉に応えた。
『ええ。このままでは大変な事になってしまいますから……』
『そういえば、あなた方はどうしてここに来たんですかニャ? あたしらみたいにこいつに関わりがあったわけでもニャーでしょうに』
朱璃は飛翔に振り返って尋ねる。飛翔は静かにロケット砲を担ぐと、呻きを上げるアバドンを睨む。
「……決まってる。この状況を作った奴の事、ぶん殴ってやりたいと思ったからだ」
『そいつは重畳。あたしも、あいつのくっさい臭いにいい加減嫌気が差してきたところですからニャ。……さぁ、振り落とされないようにしな』
アバドンの全身から無数の蝗が飛び出してくる。艇のスピードを上げながら、朱璃はその群れに向かって突っ込んだ。
「奴が人と共に在り得た愚神であるうちに終わらせる。それでいいんだな、六花」
迫間 央(aa1445)はアバドンの横を並走しながら、背後に立つ氷鏡 六花(aa4969)に尋ねた。今日は、普段の羽衣ではなく、白と黒のドレスを着ていた。海風にアルヴィナ・ヴェラスネーシュカ(aa4969hero001)と同じ金髪を流しながら、六花は小さく頷く。
「……ん。倒すとか、救うとか……綺麗な言い方で……誤魔化すのは、嫌、だから……」
六花が氷の魔導書を開いた瞬間、白雪の翼が広がる。目に浮かぶ涙は氷に変えて霧散させ、六花は苦しみ悶えるアバドンを見据えた。
「……待ってて、アバドン……今から六花は、アバドンのこと、殺す……ね」
悲しみを研ぎ澄ませ、氷の冷たさへと転化させていく。その姿を横目に、カナメ(aa4344hero002)は杏子(aa4344)に尋ねた。
『このアバドンという妖は、人の食べ物を奪っても、直接襲っていた訳ではないのだな?』
「ああ。こうなってしまったのは間違いなくあの死神の影響だよ」
杏子も頷く。カナメは小さな拳を握りしめると、静かに嘆息した。
『ゆっくり話してみたかった』
「こうなった以上仕方がない。これ以上の被害が出る前にやってしまおう」
二人は頷き合うと、静かに共鳴した。呪符を手に、船縁に足を掛けて敵へ狙いを定める。その隣で自らも魔導書を開き、芦屋 璃凛(aa4768hero001)は呟く。
『愚神も、アヤカシと似たような事してはるな』
「(そのアヤカシってのはようわからんけど……璃凛とこの悪い奴なんか)」
『まあなあ』
小野寺 晴久(aa4768)の問いかけに応えると、璃凛は眼帯に隠された右目を押さえる。
『うちな、アバドンに似とるんや。死なれへん身体やけど……』
トーンを落とし、晴久には聞こえない心の奥で璃凛はこそりと思いを潜める。
『(もし、うちらまでこんな状態に成ってしもうたら、何を思うんやろか。……晴久の娘、泣かせたないなぁ)』
「……俺は愚神との共存などを望みはしないが、捨て置いて誰も困らないなら、その命を奪う必要もない。それも確かに道理だ。“道理だった”」
央は船を回頭させ、アバドンの前に回り込むように走らせる。背後に立つ六花から放たれる冷気をひたひたと感じながら、央は独白する。
「……仲間が、子供が希望を信じて意地を通そうとしたんだ。なら、その意志を支えてやるのは大人の仕事だ」
愚神に従魔は連れ合いであるマイヤ サーア(aa1445hero001)の不倶戴天の仇。その仇への救済を、形はどうあれ肯定している。央は、いつのまにか謝罪を口にしていた。
「すまん。マイヤ」
『……大丈夫よ。央の言う事はわかる。私も同じ気持ちだから』
マイヤは優しく央に囁く。央が六花の意志を支えるなら、マイヤは六花の、そして央の意志を支えるのだ。
●せめて私が
「アバドンの喉が膨らんでいるわ。気を付けて」
船を駆る央に雨月からの通信が入ってくる。央は一気にステアリングを回した。
「乗り心地は期待するな。その代わり奴の攻撃は避け切ってみせる!」
アバドンが口を開いた瞬間、毒々しい黒に染め上げられた舌が一直線に伸びる。央の快速艇は悠々とその舌を躱した。そのまま船はアバドンへと徐々に近づく。六花は魔導書を捲りながら、微かな声で呪文を唱える。彼女の翼から剥離した氷の羽根は鏡となり、六花の手元で生み出された氷の槍を次々に増幅させた。右手を振るうと、槍は一斉にアバドンへと飛んでいく。激しい冷気を纏って突き刺さった槍は、アバドンの毛皮を凍りつかせていく。
「待ってて、すぐだから。すぐに終わるから……!」
霧に霞む牡丹と灯篭が描かれた呪符を手に取り、カナメはアバドンの全身に浮かぶ黒い球体を見据えた。わざわざ測らずともわかる。見ただけで邪な圧が伝わってくる。
『ライヴスがあの球体に集まってるわけか……』
呪符の灯篭が紅く輝き、呪符にジワリと火が灯る。杏子は呪符を構えると、鋭くアバドンに向かって投げ放った。
「丁か半か。狙ってみるのも悪くない!」
飛んだ呪符は牡丹を偲ばせる見た目の炎となり、黒い球の一つに纏わりつく。すぐに炎は燃え移り、球体を焦がしていく。蛙は身悶えし、空を見上げて絶叫した。
「なるほど。効いとるようですわ。ならうちも……!」
璃凛は追い打ちを仕掛けるように、九字を切って魔力を解き放つ。飛んだ銀色の魔弾は球体へと突き刺さった。熱によって脆くなった球体は、その一撃を受けて砕け散った。中に溜まっていたどす黒いライヴスが驟雨のように溢れ、海を汚していく。驟雨はやがて黒いイナゴの群れへと変わり、船の上に立つエージェント達に襲い掛かった。
「俺達の操船次第で他の奴らが有利にも不利にもなる。ぬかるなよ仙寿、小夜啼を守ってやれ」
《承知した。躱し切ってみせるとも。央も六花を頼むぞ》
央の通信を聞きながら、仙寿は素早く船を横へと走らせる。ブイのようにぷかぷか浮き沈みしながら向き直ったアバドンは、口からじゅうじゅう白い煙を溢れさせる。次の瞬間には、強烈な圧を以て硫酸液が発射される。液が海に触れた瞬間、激しい白煙が巻き起こった。仙寿は迫る霧を振り切り、アバドンの脚下へと迫った。
《龍哉、小夜。今だ》
「ああ。任せておけ!」
龍哉は船端から飛び降りると、ライヴスユニットを起動して一直線にアバドンへ向かう。
『あの黒い球体を割れば、一気にアバドンのライヴスを削り取る事が出来そうですわ』
「俺だって見てたさ。全部ぶち割るつもりで行く!」
アバドンは呻きながら半身を水中に沈めると、余りに巨大な口を開いて大量の海水を呑み込む。途端に海はうねり、巨大な波が龍哉に向かって襲い掛かる。
「そんくらいの波なら!」
龍哉はザンバーを振るい、衝撃波を彼方に向かって飛ばす。波が割れ、龍哉はその間を一息に飛び抜ける。アバドンの唸り声に合わせ、傷が徐々に癒えていく。
「元々タフなくせに回復までするか。ダメージは纏めて叩き込むしか無さそうだな」
『徐々に陸地へ近づいています。悠長には構えていられませんわね!』
龍哉とヴァルトラウテは息を合わせ、高めたライヴスを刃に込めて後脚に浮かび上がる黒い球体を斬りつけた。刃は分厚いガラス状の球体に突き刺さり、膿のようにどろりとしたどす黒い液体を溢れさせる。
「――!」
アバドンは再び喉を鳴らした。全身の毛が逆立ち、ぶるりと身震いする。その身を捩ると、蛙は龍哉へと向き直ろうとした。
「こっち!」
しかし、その目の前を素早くナイチンゲールが横切る。彼女は素早くアバドンへと向き直ると、盾を脇に構えたまま歌い出す。
「Oh, when the saints go marching in, Oh, when the saints go marching in……」
冬の空気に凛と響く歌声。本能的に気を引かれたアバドンは、ナイチンゲールに向かって鋭く舌を伸ばす。ナイチンゲールはレーヴァテインの柄に手を掛け、鎖を解き放ちながらその舌を躱す。
「はぁっ!」
そのまま身を翻すと、炎の刃を抜き放ち、勢い任せに舌を切り裂く。アバドンは目を見開き、舌を素早く口の中へと引っ込めた。
「六花の為に。貴方の為に。……私の為に。私は、この街を貴方から守るわ」
「真正面向かれるとマズい。なるべく横に回ってくれ」
『もうやってるデスニャ!』
ロケット砲を構える飛翔に向かって鋭く叫び、朱璃は最高速で艇を走らせ続ける。吹きつける冷たい風を浴びながら、彼女は満面の笑みを浮かべていた。側面に回り込んだ彼女は、巻き起こる波を利用して器用に船を傾け、左の手元にあるランチャーの引き金を引く。
ロケット弾が飛び出す。強引な攻撃は多少狙いが逸れたが、それでも爆風がアバドンの球体を灼いた。
『そこが急所ってんなら、無理をしたって狙わんわけにいかんデスとも』
器用に船の体勢を立て直すと、滑らかに船をアバドンの横へとつけていく。
『ほら、近づいてやったデスニャ』
「すまない、助かった」
飛翔は素早く飛び降りると、さらにアバドンへと肉薄していく。担いだロケット砲をアバドンの球体へと向けて撃ち込んだ。球体は弾け、溢れだした液体は再び凍った蝗の群れと化して周囲を飛び交う。さしもの実力者も、壁のように迫る群れを躱す事は出来ない。
『……これでは、周囲にいるだけでライヴスが澱んでしまいますね』
「どの道上陸させるわけにはいかないんだ。短期決戦には違いない」
再びアバドンが海へと沈む。波が湧きあがり、飛翔に向かって押し寄せる。構えた飛翔は、その波に乗って一気に飛び上がる。ロケット砲の代わりに取り出した大剣を抜き放ち、海から戻って来たアバドンの脇腹に向かって振り下ろした。分厚い毛皮が邪魔して殆ど刃は通らない。僅かな傷も、見る見るうちに塞がっていく。
『傷が塞がっていきますね。回復しているようです』
「なら……回復が追い付かない程のダメージを与えていくだけだ。多少のリスクを取ってでも、浮かんでる瘤を狙うしかないな」
『聞くところによれば速さの頂点を狙えたかもデスのに。すまぁとぼでぃを失って攻撃当て放題になるとは、哀れなもんデス』
飛ばした鷹でアバドンの全身を鳥瞰しながら、朱璃はぽつりと呟く。鷹は冬の空を切りながら、東京湾岸を見渡す。きっと“悪趣味な”愚神がこの戦いの様子を見守っているに違いない、と。
『(この手の奴なんか、どうせまた難解で遠大な言葉遣いで盛大に煙に巻いた事口走ってんだろうな。でもって、結論は“私は悪くない”だ。生きる事がー、死ぬ事がーって言ってんだろうが、生きる努力なんて動物だってやってて、人間もその延長上にいるだけだ)』
朱璃は街並みの中に紛れた愚神に向かって囁く。船のステアを切り返して波間を乗り越えながら、台場に建つビルの屋上をちらりと見上げる。
『何もかもが運命通りなら罪なんてねーデス。あたしも閻魔もお仕事ねーんデスニャ』
へらへらしていたその顔が一気に顰められる。ステアを右手で操り、左手で二発目のロケット砲を撃ち込みながら、朱璃は低い声で唸った。
『でもな、臭うんだよ罪の臭いが……お前の選択の責を世界や運命なんぞに擦り付けようっていう傲慢の臭いが。……火車舐めんな』
「硫酸が放出される度に白煙が上がって視認性が悪くなっていくわね……」
双眼鏡と肉眼を使い分けながら、ビルの屋上で雨月は戦いの様子を見守っていた。喉を膨らませたかと思うと舌を突き出し、腹を膨らませたかと思うと硫酸を噴射する。最早その姿に自我は見えない。愚神というよりもただの従魔だ。雨月はイヤーマフに手を当て、指示をマイクに吹き込む。
「また舌で攻撃してくるわよ。気を付けて」
硫酸のせいで上がる白煙の中でも、雨月の指示によって仲間達は器用に攻撃を躱していく。雨月はほっと息をつきながら、一瞬周囲を見渡す。
「(望みを希うと書いて希望、望みを絶つと書いて絶望……か。りっちゃんが見出した希望を、あの死神は随分と簡単に絶ってくれたわね)」
『(所詮、どんな愚神も我々の敵以上の何かではないがな。その死神とやらが手を下さなかったところで、いつかは同じ結末を迎えたろう)』
静かな怒りを覗かせる雨月に対して、ドライな態度を貫くアムブロシア。雨月は小さく首を振った。
「(どうにもならない事を運命として片付けるなんて、あまり面白いものではないわね。そういう風に結論付けるのは後でいいわ。そういうのは、やるだけやった後で幾らでも振り返れるんだから)」
『(随分と絆されたものだな。あの少女に)』
再びアバドンが沈み、海水を呑み込もうとする。雨月は仲間に向かって指示を出しつつ、相棒に向かって淡々と切り返した。
「(……さあ。少なくとも人は諦めが悪いものよ。でなければ今の今まで生き残っていないもの)」
《こっちを見るんだ》
ナイチンゲールの傍を通り抜けながら、仙寿はアバドンに向かって叫ぶ。その言葉が届いたのか届いていないのか、アバドンはぐらぐらとおぼつかない挙動で仙寿の方に向き直り、鋭く舌を伸ばしてくる。すんでのところでそれを躱し、仙寿は船を急転させながら、ナイチンゲールの方にちらりと振り向く。
《小夜、お前はいつも誰かを守ってばかりだからな。たまには守られておけ》
「私は別に……! ……ありがと」
頬を赤くしてムキになりかけたナイチンゲールだったが、やがて小さく俯く。仙寿の助けは、ナイチンゲールの心を少しだけ軽くしていた。
「(……でも、背負わなきゃ)」
しかし、すぐにナイチンゲールの顔は翳る。光を呑み込む深淵を前に翳っていた。
「(東京も、大切な人達も、今仙寿に守られた事も、六花の嘆きもアバドンの命も、……フレイの死も、何もかも。生と死がただ目の前を過ぎ去る前に……心と体に刻むの)」
ナイチンゲールは鞘に再び神剣を納め、アバドンの腹に浮かぶ黒い瘤に向かって炎を飛ばす。彼女の決意を聞きながら、墓場鳥は尋ねる。
『“墓場鳥”に、なると云うのか』
「(もう、なってるよ)」
『(波、風、呼吸を意識して。憐憫を抱かず、ただ敵を討つという一念を持って)』
《……俺も刺客なんだがな》
あけびは仙寿の耳元に囁く。押し殺された、忍の末裔としての彼女の言葉。しかし、仙寿はその言葉の奥深くに、まさにその“憐憫”を感じていた。
《(……それも可笑しな話か)》
あけびには聞こえないよう、心の奥深くで呟くと、仙寿は弓を手に取り控えの男に振り返る。
《舵を頼んだ》
「は、はい」
言われるがまま男は駆け付け、仙寿の代わりにステアリングに手を掛ける。仙寿は船端に足を掛けると、淡い光を纏った弓を引く。その瞬間にライヴスが銀の矢と変わり、アバドンに浮かぶ黒い瘤の一つに狙いを定める。
『(かなり効いているわ。六花)』
アルヴィナは感情を押し殺して六花に囁く。彼女が自ら手を下すと決めたのだ。自分は支えに徹すると決めていた。六花は頷くと、艇の上に羽ばたく氷竜の幻影を浮かべて氷の炎を吐かせる。璃凛はその白焔に合わせて銀の魔弾を撃ち込んでいく。狙いは勿論、アバドンの全身に浮かぶ黒い球体だ。
『これ……ペストとおんなじやわ。あの病気も、黒い瘤が全身に浮かんで死んでいくねんて』
「なるほどな。あいつに悪影響を与えているライヴスがああして体表に出てきている、ってわけか」
杏子も二人に合わせ、畳みかけるようにアバドンに魔力を放つ。次々に集中砲火を浴びたアバドン。苦しげに呻くが、それでも何かに突き動かされるかのように陸を目指して動き続ける。マイヤもまた、周囲に浮かべた経巻を操りアバドンに狙いを定めた。
『私達も魔力では目くらまし程度でしょうけど……』
「あぁ。黙って見てはいられないな」
経巻から放たれる光が、アバドンの眼を狙う。顔を庇う事すらせず、アバドンはその光をまともに喰らった。アバドンは苦しみながら、ずるずると海の中へと再び沈む。海の中の魚を次々呑み込み、アバドンは自らを回復させようとしていた。しかし、その傷は既に深く、塞ぐことはもうままならなかった。
「そろそろ……送ってあげようか」
ナイチンゲールは剣を諸手に握って呟く。飛翔はその横を抜け、一気にアバドンの顔面へと迫る。
「頭が下がった。一気に叩き込む」
『呑み込まれないようにだけは注意してください』
ロケットアンカーをアバドンに向かって撃ち込むと、飛翔は反動をつけて高く跳び上がる。最高点に達した飛翔は、アンカーを大剣に持ち替える。
過剰なまでのライヴスが刃に注ぎ込まれ、激しい光を放った。脇に構えると、再び波に乗って飛び、その眼に向かって一閃を叩き込んだ。どす黒い血が噴き出し、アバドンは一度大きく震えた。半開きになった口の奥で、舌が震える。龍哉は足元でそれを見上げると、脇腹の巨大な瘤へと迫る。
「……もう聞こえているかは分からねぇが。救いの手を差し伸べておきながらこういう状況になっちまって済まなかったな、アバドン」
ライヴスを纏い金色に輝く刃を振り抜き、一撃、二撃と立て続けに瘤を斬りつける。溢れたライヴスは蝗へと変わり龍哉を押し包もうとする。
「だが、これ以上死神の好きにさせる訳にはいかねぇんだ」
しかし、龍哉は構わずアバドンに最後の一撃を叩き込んだ。エージェントでもトップクラスの強靭な一撃を受け、アバドンは僅かによろめく。
「……死神には後できっちりケジメを取らせるぜ」
「氷鏡さんの放った冷気で毛皮が一部硬質化しているわ。そこからなら登れそうよ」
通信を聞いた央は再びスロットルを全開にし、一気にアバドンへ肉薄する。刹那、仙寿の乗る艇と擦れ違う。視線を交わした二人は、狙いをアバドンの顔面へと定めた。
青薔薇の花びらと天使の白羽根が雪のように舞う。蛙は血塗れの眼をぎょろつかせ、四肢をのろのろと動かしながらその花びら、その羽根を追った。アバドンの進撃が一瞬停滞する。
「今だ――」
央は六花に目配せする。六花は頷くと、船縁に足を掛ける。
「行って来い六花!」
アバドンの毛皮を擦る勢いで船を肉薄させる。その隙に六花はアバドンへと乗り移り、固くなった毛皮を足場に、毛を掴みながら必死にアバドンの肉体を上へ上へと登っていく。
「六花。六花だけには、決して背負わせたりしないから……!」
ナイチンゲールは剣を振るい、アバドンの肉を切りつけ続ける。
「タナトス。あなたは死を司ってなんかない。……生を、皆の生を弄んでるだけだ」
肉を斬りつける感触を手に焼きつけながら、ナイチンゲールは“死神”に訴える。愚神の理不尽に弄ばれた生命の怒りを背負って。
「弄んでるだけだ!」
「……ついた、よ」
アバドンの頭上に辿り着いた六花は、吹雪を舞わせてアバドンの頭を凍りつかせていく。新雪のようにまっさらな道が、アバドンの脳天に出来上がっていく。六花は一歩一歩その道を踏みしめ、アバドンの眉間に立った。彼女はそこで、頽れるように膝をついた。凍った毛皮を撫で、六花はその掌を押し当てる。
「さよなら」
六花は唇を噛みしめながら、魔力を解き放つ。魔力は仲間達が放ち続けたライヴスを伝って蛙の全身へ広がり、氷の中へと閉ざしていった――
「――物好きだよ。お前」
気付くと、六花は一面に広がる湖の上に座り込んでいた。頭に感じる小さな重み。
「……アバドン?」
「まあな」
アマガエルのようなサイズになったアバドンは、六花の頭上で低く鳴く。その声を聞いた瞬間、六花は肩を震わせる。
「ごめん。ごめんね……アバドンは、六花との約束、守ろうとして、くれたのに……六花は、アバドンの事……守って、あげられなかった……」
「ばーか。約束を守るなんて、無理だ。多分、俺は我慢なんか出来なかったよ」
蛙はけろけろと鳴く。その声色も、空も、妙に晴れやかだった。六花は何も言わずに俯いている。蛙はそんな少女に向かって、さらに付け足した。
「まあ、今ならそう言われて嬉しかったって言えるけどな。ありがとよ」
「そんな……」
六花は首を振る。堪えていた涙がじわりと溢れだす。蛙は決まりが悪そうに空を見上げると、こっそりと六花に囁いた。
「その優しさを忘れちゃダメだ。……でも、利用されないように気を付けろよ。絶対だぞ」
それだけ言い残すと、アバドンは六花の頭上から跳ね、湖の中へと姿を消した――
●粉雪の舞う
「……待って!」
六花はそこで目を覚ます。起き上がって手を伸ばすが、そこにいたのは蛙ではなく、共鳴を解いた仙寿だった。少女はずぶ濡れのまま周囲を見渡す。背後にはナイチンゲール、傍にはあけびとアルヴィナ。
「終わったんだ。全部……頑張ったな」
仙寿は六花の濡れた黒髪に手を伸ばす。六花はつぶらな瞳に珠のような涙を浮かべ、小さくしゃくりあげた。落ちる涙は、霧氷のように輝いている。
「……アバドンが。アバドンがね……」
ナイチンゲールはそっと手を伸ばし、泣き呻く六花の背中を包み込むように抱きしめる。言葉も無く、ただ彼女の痛みを和らげるように。
ふわりと、雪が一片舞い落ちる。あけびは手を伸ばし、空をそっと見上げた。
『愚神という存在は、人に害を成すから嫌われているのだろう? であれば、害が無ければ共存は可能という事ではないのか』
はらはらと降る粉雪を見上げながら、カナメは隣に立つ杏子に尋ねた。白い息をふっと吐き出し、杏子は頷く。
「私も同意見だよ。人からライヴスを奪ったりしなければ、英雄も愚神も、多分変わらん」
『……こいつの他に、そんな奴いるのか?』
さらに尋ねられて、杏子はおもむろにとある愚神を思い浮かべた。その行方は杳として知れなかったが。
「いる事にはいる。全くの無害という訳ではないがね。これからの関係を考える余地は十分にあると思うよ」
『そいつには会えるか?』
「……出てくればね」
『六花はん、ええ子なんやな……』
璃凛は仙寿に慰められ、ナイチンゲールに抱きしめられて泣き続ける六花の様子を遠くから見つめて呟く。晴久は肩を竦め、璃凛の肩をそっと叩いた。
「わいらは、ここで見つめるだけにしておこうや」
『わかっとるで、それくらい』
璃凛は口を尖らせて応えた。土瓶のような見た目の水筒を取り出すと、そっと口に宛がい中の飲み物を飲み始める。その様子を横目に、晴久は璃凛に尋ねる。
「なんで、無理する割には突っ込まへんのや?」
『アヤカシにやって……ちゃう。陰陽師として導き出したものや』
溜め息をつくと、璃凛は曇り空の彼方に向かって誓う。
『いつか帰るで。……あの世界が許すんなら』
「都内の防災用の非常食を配給することになったそうよ。被害を受けた人達もアバドンが消滅してから急速に回復しているらしいし、ひとまずは何とかなりそうね」
支部からの連絡を受けた雨月は央と龍哉に報告する。まだ動くのは辛かったが、戦いが終わったと聞いて居ても立ってもいられず駆けつけたのである。仕事柄市井の生活に気を払うことが多い央は、それを聞いて思わず胸を撫で下ろす。
「そうか。……経済的な被害はそれでも大きそうだが、人的被害は無く済みそうだな」
『六花ちゃんが埋立地を選んだのが良かったのかもしれないわね。あの巨体が街中で暴れていたら、ただでは済まなかったでしょうし……』
マイヤの微かな呟きを傍で聞き、龍哉は腕組みしたままちらりと六花の方へ眼を向ける。
「アバドンもアバドンなりに、氷鏡の心に報いたって事なのかもしれねえな」
『今は泣かせてあげましょう。こんな結末は哀しすぎますわ』
ヴァルトラウテは胸に手を当て、冥福を祈るような仕草をする。龍哉は湾を取り囲むビルや橋を鋭い目で見渡し、力強く応えた。
「そうだな。死神を叩っ切るのはそれからでも十分に間に合う」
「ま、マジで許さねえ……人の選択を踏み躙った上に、あんな気持ち悪い虫をそこかしこにばらまきやがって……」
姫乃は真っ青な顔のまま、肩で息をして呟く。一目見た黒い飛蝗の気持ち悪さは、今すぐに忘れられたものではなかった。一方の朱璃はけろっとしたもので、姫乃の肩を揉みながらその耳元で喧しく注文を付けている。
『ご主人、前回も今回もポンコツだったんだからあたしの取り分多めで頼みますニャ』
「うるせーよ。前回も今回もあいつの食費で半分以上消えてくっつうの……」
細々とした口喧嘩を繰り返す姫乃と朱璃。飛翔はそんな二人を一瞥し、淡々とした言葉遣いで尋ねる。
「今回の件は、その死神の主って奴が裏で糸を引いてたんだな」
「だろうな。他にも女王様唆したり、聞くところだとなんか色々やってたみたいだぞ」
『ま、今回の件もその一環というとこデスニャー。結局は自分の手駒を取られて気にくわなかったってとこデスニャ。多分。でもって、そういう奴ほど世界が悪いとか世の中が悪いとか言うもんデスニャ』
二人は口々に応えた。
「……自分で原因を作って世界の所為か」
飛翔は眉間に皺を寄せる。冷たい潮風を一心に受けながら、ルビナスと二人で“黒幕”に対峙し内に潜む怒りを覗かせる。
「それは諦めた言い訳か、何も考えてないだけだ。手を取ろうとする、手を取ろうと考える者には手を差し伸べられるが、壊そうとする者や、隠した手に武器を持つ者に伸ばすのは拳だけだ」
『世の中の所為などと、決して言わせはしません』
『六花。海は綺麗だと思う?』
やがて六花が泣きおさまった頃、あけびが傍に跪いて優しく尋ねる。六花はちらりと湾を見つめた。しんしんと降る雪を受け入れ、静かに波立つ海。六花は言葉も無く頷いた。
『私もそう思ったよ。……きっと同じ。私達が食べ物を美味しいって思ったように、アバドンも美味しいって思ってたはず。私達も、アバドンも、同じ感情を持ってたはず』
六花の黒髪をそっと撫でながら、あけびは訥々と語った。脳裏にうっすらと残る、元の世界の記憶を手繰りながら。
『同じ感情を持てるって事は、通じ合えるはず。でも、そう思ってしまったら、もう相手から何も奪えない……だからきっと愚神は、思考を止めて、私達を襲うんだと思うの』
あけびは華のような笑顔を六花に向けた。幼い友達を、励まして支えるために。
『でも、通じ合えるなら、きっと道はある……そう私は信じてるよ』
「……うん。六花も……」
「……彼らは強いねぇ。苦を苦とも思わず、あまつさえ撥ね退けてしまえる心の強さを持っている。自らの心が傷つくのも厭わず、誰かに手を差し伸べられる優しさも持ってる。誰もがそう生きられるのなら、きっと僕なんか存在しなかったんだ。そう思わない?」
東京に薄く雪が降る中、傘を差した一人の少年は目の前で原型さえ留めず倒れる亡骸に尋ねた。血の池に沈んだ亡骸の肉は、べったりと地面に貼り付いている。
「でも、皆が皆そうじゃない。人の不幸を見ては悦び、人の失陥を責め立てるような奴ばかりだ。君も……そんな奴らに絶望しちゃったんだろう? かわいそうに」
少年はしゃがみ込むと、亡骸の沈む血の池を指で掬う。
「さあ。君の絶望を教えてよ。“僕達”は、その絶望と共に戦うためにこの世界へやってきたんだから――」
To be continued…
結果
シナリオ成功度 | 大成功 |
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