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風邪の嵐
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依頼前の挨拶スレッド
最終発言2017/11/19 22:51:07
オープニング
●H.O.P.E.本部
H.O.P.E.にはただならぬ空気が漂っていた。
どんよりとした空気。
皆が皆一様にマスクをしている。
「はい、風邪ですか……はい……お大事に……はい」
突然の体調不良で、依頼をキャンセルするエージェントも少なくない。
本部は人員の手配にあわただしい。
厳戒態勢である。
「いいか、エージェントたるもの体は資本だ。ウイルスを持ち込むんじゃないぞ。手洗い、うがいは基本だ。徹底的に風邪を遠ざけるんだ」
コリー・ケンジ・ボールドウィン(az0006)はマスクをし、作戦本部の部屋の四隅に加湿器を設置していた。広報担当がちょうど『風邪、注意!』のポスターを張った。
「風邪をひいてしまったものは……! まあ、仕方がない。療養だ。温かいものを食べて休むんだ」
「ケンジ君、僕、風邪気味な気がするんだけど」
コリーの英雄、ネフィエ・フェンサー(az0006hero001)もまたマスクをしている。もっとも、かなり形式的なものなのだろうが。
「英雄は風邪をひかないだろう。なんだそれは。酒か?」
「酒は百薬の長っていうじゃない?」
「いいわけがあるか、没収だ、没収」
●風邪
さて、そんなあなたたちも、最近風邪気味である。
満身創痍のさなかで無理をして依頼を受けるもの、英雄とともに自宅療養に励むもの、過ごし方は人それぞれだ。
次の依頼が待っている。
果たしてエージェントは、風邪を治すことができるのだろうか。
解説
●目標
なんとしても風邪を治す!
●補足
風邪の症状や重さは自己申告でどうぞ!
風邪気味か? という状態の人から、高熱でもう一歩も部屋から出られないという人まで様々です。
なお、症状の重さにかかわらず、開始時点での体力の増減はありません。
(プレイングで無茶をすると、状態によりフレーバーとして多少すり減るかもしれません)。
また、英雄は風邪をひきません。自由に動き回ることができます。
参加者の片方が風邪をひき片方がお見舞いに、という形でもOKです。
●買出しについて
通常の依頼通り、その辺りで購入できる少額のものについては報酬は減りません。
アイテムを消費する場合はプレイングでご申告ください。
なにかあればコリー・ケンジ・ボールドウィン(az0006)とネフィエ・フェンサー(az0006hero001)がお答えします。
リプレイ
●突然の風邪
依頼をこなそうと家から出ようとしたところで、日暮仙寿(aa4519)は熱と眩暈で座り込んだ。不知火あけび(aa4519hero001)はただ事ではないと察し、慌てて本部に不参加の連絡を取る。
「お前は大丈夫か?」
『英雄は風邪を引かないよ、仙寿様。そもそも撃退士は風邪を引かないしお酒にも酔わないから、元の世界でも風邪を引いたのは力に覚醒する前……子供の頃だけなんだ』
元の世界を語るあけびの声に、どこか懐かしそうな調子が混じる。
(それでも何だか伝染しそうで心配だ。こいつの事だから看病するとか言いそうだけど手を煩わせるのも……)
あけびには思い込んだら突っ走るようなところがある。
どうしたものかと考えているうちに、あけびは病院へと予約を入れていた。
『仙寿様が病院に行ってる間に必要なものを買ってくるよ。診察が終わった頃迎えに来るから!』
(テキパキしてるだと……!?)
●待合室にて
あっという間にあけびに病院へと連れられてきた仙寿は、聞き覚えのある声に呼び止められた。
「……仙寿くん?」
病院がごった返していても、よく通るその声で分かる。ナイチンゲール(aa4840)だ。
「お前も風邪か?」
「あ、私は健康診断に……」
「そうか……」
健診と聞いて安心する。
咳き込む仙寿の様子に、ナイチンゲールは仙寿が風邪をひいていることを察した。
「……大丈夫?」
仙寿が弱ってるのは珍しい。
(あけびちゃんが身の回りのことはしてくれるんだろうけど)
ナイチンゲールの脳裏に快活なあけびの姿が浮かんだ。
「最近HOPEで流行ってるみたいだから気を付けろよ」
仙寿は言葉少なに答える。それは風邪をうつすまいとする仙寿の心配りだ。
逆に気遣われてしまっただろうか。ナイチンゲールはくすりと微笑む。
「ありがとう。……それじゃ、お大事にね」
仙寿が受付に呼ばれる姿を見送る。くちゅん!とくしゃみが出た。
●買出しふたり
買出し中のあけびも知った顔と出会った。
『墓場鳥さん! 買い物ですか?』
『そんな所だ』
墓場鳥(aa4840hero001)はゆっくりと頷いた。
『実は、看病に必要な物を買いに来たんです。本当に具合が悪そうで……』
墓場鳥は仙寿の風邪を知ると思案げな表情を浮かべる。
『あれ、その買い物って……』
墓場鳥のかごには、やはり風邪に効きそうなものがそろっている。
『なに、自分にも一人心当たりがいる故』
このところ情緒に波が起こり易く、日が落ちれば著しい倦怠感と共に無気力となる。顔は普段よりも赤みを帯び、声音はやや上ずり……全て本人に自覚はない。
症状をあげればそんなところだ。
『今頃くしゃみのひとつもしているのではないか』
墓場鳥がそう言ったのは、奇しくもナイチンゲールが病院でくしゃみをしたのと同時刻。
『確か……彼岸花の仲間が効く』
墓場鳥は調理用にネギとニンニクを購入する。あけびもそれにならい、野菜を買い足すことにした。それに加えて手際よくスポーツ飲料や冷却ジェルシート、そして苺をかごに入れた。
『苺、か』
『ビタミンCが沢山含まれてるので抵抗力も上がりますよー! 予防にもお勧めの果物です! 何より仙寿様の好物ですしね!』
『……なるほど、此処は勧めに従うとしよう』
墓場鳥もまた苺を手に取る。
●温かい粥
一般住宅とは一線を画する、大正時代の屋敷。
仙寿は表向きでは日本名家や旧家の剣術指南役、裏では彼等からの暗殺任務を遂行する一族の次期当主だった。
この屋敷の一角に、仙寿の部屋がある。剣術道場に併設された和館とは違い、家族が日々を過ごす住居は洋館だ。
仙寿の部屋もまた洋間である。
「自分の部屋に戻ってろよ……」
『たまには頼ってよ。元々仙寿様は頼るのが下手なんだから!』
あけびが作ったのは、葱や生姜が入った卵粥だった。それに苺が添えてある。苺は仙寿の好物だ。未だ恥ずかしく、少し照れる気もする。
『起き上がれる? 食べさせてあげようか?』
「い、いいから……!」
態度こそ不愛想ではあったが、内心はあけびの手作り粥と苺が嬉しい。普段、食事は使用人が作っているため、こういったものを口にする機会はまれだ。
人心地着くと、あけびがナイチンゲールを通して何やらメールを打っている。墓場鳥へのお礼メールのようだ。『此方こそ感謝する』と返事が来た。
『そういえば今日、墓場鳥さんと会ってね……』
話を聞いて、仙寿は驚いた。
(伝染したか?)
慌てて謝罪の意をメールする。返って来たのは、墓場鳥らしい文面である。
『あれが身を持ち崩したのは自らの不徳。故、謝罪には及ばない。貴公が今為すべきは只管静養し、そして不知火あけびに感謝することだ。くれぐれも自愛されたし』
『なんてお返事?』
「自愛しろと……」
それ以外どう返そうか、少し迷った。
食事を終えると、思ったよりも疲れていたのか寝てしまった。仙寿が寝た後、あけびはつい部屋を見回す。
(初めて入ったけど……仙寿様らしい部屋だなぁ)
物は少ないが、よく見れば年季が入っている。時計や本棚、筆箱等の愛用品が大切にされているのが見て取れる。
今更何となく緊張し、居住まいを正した。それから、寝入った仙寿の顔を見る。
(今日くらいはゆっくりしてね)
●病院にて
(体重増えてたなあ。……胸も)
どんよりしながら受付前に座ってるところで、ナイチンゲールは友人である仙寿に会った。健診であると答えたものの、やはり風邪をひいていたようだ。
帰ってくると熱が上がってくる。
墓場鳥は案の定熱でぐったりの能力者を寝かせ、食事の支度の合間にメールの返事をしている。横になりながらも、なんとなく寝付けなかった。
「苺美味しかったね」
『そうか』
「メールのお返事はなんて?」
『“休め”と』
「ふーん……」
ナイチンゲールはけほっけほ、と咳き込んだ。こうして風邪をひいているというのに、彼女の声は、か細くはあったが、美しさは全く損なわれていない。
『お前もだグィネヴィア』
「……うん、ごめんなさい」
名前を呼ばれると、少し安心する。
「ナイチンゲール」は登録名だ。墓場鳥と初めて出会った時、お互いを全く異なる理由で呼び合った名をそのまま充てたもの。
『……少しは気をつけろ。共鳴時ならいざ知らず普段は決して丈夫ではないのだから』
墓場鳥は能力者の額にそっと手を当てる。
冷えた手の平。
「冷たっ」
『止そうか』
「ううん、気持ちいい」
『そうか』
じっと額に手を当てられていると、だんだんと楽になってくる心地がする。
「墓場鳥」
『なんだ』
「ありがとう」
『………。もう眠った方がいい』
「うん、そうする」
ナイチンゲールは、しばらくしてすやすやと眠りについた。
『………』
英雄はその姿勢のまま、朝まで能力者を見守っていた。
(身は元より心も安らいでこそ病は癒えるもの)
今はただ、彼女には療養が必要だ。
●行動あるのみ!
「ゲホッ……はー…。……っくそ」
白瑛(aa3754)はせき込んだ。
日本と香港では気候も違う。不慣れな土地での無理が祟ったのだろう。
元は香港支部に在籍していたが、現在は留学を兼ねて東京海上支部の近くで暮らしている。
『だから、無理すると体壊すぞーって言っただろシロ?』
「……うるさい。あとその呼び方やめろって」
自分の身をを案じる相棒の倭奏(aa3754hero001)に、白瑛はぶっきらぼうに答えを返した。身体が思うように動かないのは事実だ。
『熱ある? のど痛い? なんか食べたいもの、あるか?』
自宅に戻ってきたものの、どうしても体は動かなかった。
「……いい。寝れば、治る。あんたは何もしなくていいから
白瑛は自分を気遣う倭奏の手を拒絶するように払うと、一人部屋にこもってしまった。
倭奏の鼻先で扉が閉まる。
そうまで拒絶されては、無理に開けることもできない。
『……本当に頑固だなー白瑛は……。風邪、風邪だよなあれ。俺そんなの引いたこと無いんだけどー!』
床をゴロゴロと転がりながら、倭奏は何ができるか考えていた。何もしない、という選択肢はなかった。
白瑛の体調が悪そうなのは明らかだ。
しばらくしてパッと立ち上がる。
『よし! なんかうまいもん作ってやろう!』
倭奏はあまり人見知りをしない。知らない人にもグイグイ声をかけるのが倭奏だ。
『お。君何見てんのー?』
ぶらぶらと歩いていると、ちょうどマスクをした砌 宵理(aa5518)と出くわした。
『へー! そっちもかー! 風邪流行ってんだな。お大事にな!』
何が風邪に効くだろうかという話になって、粥談義に花が咲いた。
「お大事に……」
『ありがとうございます/倭奏さん』
終始英雄の姿は見当たらなかったが、その代わりに楽しそうな声がした。
『おっ……』
買い物を終えたところで、またも知った顔を見つけて駆け寄った。
どうしたものかと迷っているイヴィア(aa3984hero001)だ。無音 冬(aa3984)が風邪をひいているらしい。
『あぁ……どこかで見た顔だな……。すまねぇが風邪に効く物ってお前さん知ってるか?』
『風邪に効くものか?』
『喉に効く物でもいい……何か知ってたら教えてくれねぇか……?』
『俺もよっくわかんないけど、筋肉があれば風邪なんて跳ね除けられるだろ? 筋トレすればいいんじゃないか?!』
『……』
どうやら返答に納得しているようで、イヴィアは額に手を当てている。倭奏はうんうんと頷き、にっこり笑う。
『あとはやっぱり、うまいもん食わせて側に居てやるのが一番いいのかもな!』
『美味いものか、確かにな……ありがとよ』
『おー! なんかあんがとー! あ、じゃあコレやるよ。オヤツにでも食ってくれなー!』
倭奏は月餅をぽいと放ると、嵐のように去っていった。
●似た者同士
まどろみの中で白瑛は夢を見ていた。
数年前に熱を出した時のこと。
先生が自分の為に粥を作って優しく食べさせてくれた。
親に捨てられた白瑛は言葉や勉学、武術等、人として生きる為に必要な事をすべてその人から教わった。
とても柔らかくて、穏やかな記憶。
『シロー! 体にいいうまいもん作ったぞー!」
そんな心地よい微睡みをぶち壊すように、扉がバーンと開け放たれた。
思わず咳が漏れる。
倭奏のお手製の粥は、喉にやさしく温かい味がした。なんだか、先ほどの夢の続きのような味だ。
「……この味。なつかし、い、な」
『そう? 気に入ってくれたなら良かった! 師匠直伝の滋養粥だ! どんどん食えよな!
「あんたにも師匠がいたのか。僕と、同じで……」
白瑛と同じように、倭奏にも師と仰ぐものがいた。楽師の修行に嫌気が刺して屋敷を飛び出し、竹林で野垂死にかけていた所を拾ってくれた老人だ。
だが、それも過去の話。
『んー……色々あったけどな! 俺達結構似た者同士だろ?』
真紅の瞳、白い肌と髪の色。人の道を外れた一族の証を持った倭奏。
彼は相棒に力を貸しながら、過去の己を重ね合わせ、英雄は彼が完全に闇に落ちる事の無いよう見守っている。
『それに俺はお前の英雄だし。もっと、俺を信用してくれよ、シロ』
それが素直に受け取れたのは、どこか懐かしい粥の味のせいだろうか。
「……その変なあだ名やめたら考えてやってもいい」
『えー! 相棒は愛称で呼び合うもんだろー!』
粥を食べ終わるころには、胸のつかえが少しおりていたような心地がした。
●ある冬の日
「寒い………」
布団にくるまっているのに、どうしてか寒くて仕方がない。それでいて結構な熱があり、額に乗せた濡れタオルはすぐにぬるくなる。
『しっかり休んでろ、直ぐに風邪に効く物を持ってくるからな』
風邪を引いた冬が心配なのか、イヴィアはふだんより真面目である。上着を羽織ると外へと出た。
(休んでろとは言ったものの子供の看病なんか記憶にねぇからなぁ……)
道中で倭奏と出くわしたが、そのアドバイスにイヴィアは頭を抱えた。
筋トレで風邪が治るのは倭奏だけじゃないだろうか。一瞬だけ間が開いたものの、相手は気づいてはいないようだ。
しかし、心遣いは分かった。互いにどれほど相棒を心配しているのかも。
いったいどうしたものか。とりあえずはまずは知識かとH.O.P.E.の資料室を当たってみる。イヴィアは「風邪・看病」に関する本を端から集め、積み上げて読み漁っていた。
『すまん……助かったぜ』
「……お大事にな」
偶然居合わせたコリー・ケンジ・ボールドウィン(az0006)は、集められた大量の本を見て微笑んだ。イヴィアが集めた本は難しそうな専門書から、簡単な料理の入門書まで様々だ。イヴィアはそれを必死に文字を指でなぞりつつ読み漁っている。
そこには普段のどこかヘラヘラした調子はまるでなかった。
『喉の痛みには何が効くか……知ってたはずなんだが』
喉にやさしいもの、栄養のあるもの。熱を下げる食べ物。
(そばに居てやりたいが、なんもできない状態じゃ情けねぇからな……)
頭を掻きながら、調べ物を続ける。少しばかり外が暗くなってきたので、コリーはそっと明かりをつけた。
おおよそ見当がついたので、急いで買い物へと向かう。冬が好きそうな暖かいもの、かつ、消化によさそうなもの。やはり、粥がいいだろうか。
ちょうど果物を買っているあけびと墓場鳥が目に入り、果物も買おうと思った。
(それから……はちみつ……レモン……)
●ただいま
『ただいま』
「おかえり……」
てきぱきと粥を作り、その間にはちみつレモン入りの生姜湯を飲ませる。これは本で得た知識だったが、先ほど調べたことだなどとはおくびにも出さない。
『熱いから気をつけろ?』
「ん……」
それから、上着のポケットのふくらみを思い出した。
『あとはこれだ……』
出てきたのは貰った月餅だ。
『貰い物だが腹に入れとけばアイツの元気が貰えるだろ』
「……ん。ありがとう……」
冬は一口二口かじってみる。甘さが広がった。
看病のおかげか、熱が下がってきたようだ。
余裕ができてくると、次第に倭奏の事が気になる。礼がしたいという気持ちと、あちらのほうは大丈夫かという気持ちと。
『すまんが冬…少しばかりまた出かけてくる……一人で大丈夫か?』
「うん……大丈夫……行ってらっしゃい」
もう一人の英雄のほうをちらりと見ると、任せておけとばかりに元気よく頷いた。
「あ……これ……」
冬はマフラーを差し出した。
どうにかして人を尋ね、倭奏の元へとやってきた。ノックをすると、倭奏が『おー!』と元気よく応対する。
『礼になるかは分からんが……』
そういって、イヴィアははちみつレモン入りの生姜湯を差し出した。おすそ分けに、またもにっこりと笑う。
『ありがとな!』
そういえば名前を名乗ってなかったことに気が付いた。
『今日はありがとう。俺はイヴィアだ……またどこかで会えた時はうちの能力者ともどもよろしく頼む……』
しげしげとと白瑛と倭奏の顔を覗き込む。二人の髪の色に、どことなく冬のことを思い出した。
『じゃあな』
にっと笑うと、倭奏が同じように笑みを返してきた。白瑛は軽く礼をする。
「……なにかしたのか?」
『それがなー!』
二人の声を背に、寒空を足早に帰る。家に冬が待っている。マフラーのおかげか、それほど寒くはなかった。
●思い出す日
『それで、今日の依頼は……』
「……」
反応が返ってこない。レイルース(aa3951hero001)は能力者たるマオ・キムリック(aa3951)を振り返った。
『話、聞いてる? ……大丈夫?』
様子がおかしい。また無理をしているのではないかと心配になる。
「……ん、平気だよ」
マオは無理して笑顔を作る。
最近はただでさえ体調不良者が多い。おそらく、本部は人手不足であることだろう。
だから。
(……頑張らないと)
マオの額に、レイはそっと手を当てた。
『顔少し赤いし……熱ありそう、だね。無理はダメだよ、今日は止めておこう』
マオが何か言う前に、素早く本部へと連絡をする。
こうして依頼を取消し、自宅療養と相成った。
自宅の扉をくぐると、気が抜けたのかマオの体が傾いた。
計ってみれば熱は39度。
小さい頃にひいて以来の久しぶりの風邪。
即座に英雄に布団に押し込まれてしまった。
『……今日は、1日しっかり休むこと』
「……はーい」
布団に入ってようやく結構な無理をしていることに気が付いた。布団をかけるレイルースはどこかやさしかった。
●在りし日の光景
『マオ、タオル変えてくるね』
ぬるくなったタオルを、冷たいタオルに取り換えられた。
(こんなに熱が出たのいつぶりかな……)
横になっていると、小さい頃を思い出す。安静にしていてやることがないからなおさらだろうか。
(お兄ちゃんがいて……レイくんはこっちの世界に来て少し経った位、だったかな)
幼くして両親を亡くしたマオは、自身の兄と彼の英雄と3人で暮らしていた。まだ平和だったころの、懐かしい光景。
(二人が一緒にいてくれたから安心だったよ……ありがとう)
リズムの良い包丁の音が聞こえる。レイルースは台所で料理を作っているようだ。
(……でもお兄ちゃんが、今にも泣きそうな顔していたの覚えているよ、一生懸命看病してくれて疲れてベットの横で寝ちゃってたよね。もう誰にも心配はかけたくないって思ってたのにな……)
台所で料理を作りながら、レイも同じ頃のことを思い出していた。
(マオが前に風邪を引いたのは……俺がこの世界に来たばかりの頃だったかな)
まだ小さかった時の二人。
(唯一の家族が倒れてアイツは珍しく慌てて必死に看病して……マオが治った時は心の底からほっとした顔で、すごく嬉しそうだったな……)
思い出すと、自然と柔らかい笑みが浮かぶ。
(……あぁ、そういえば、マオが治った頃に今度はアイツが風邪を引いていたっけ……妹に心配かけないように必死に隠してたよね……)
その様子がなんだか無理をして依頼を受けようとするマオと重なった。
(あの時は、なんでそんなに必死になのかよく分からなかったけど……今ならその気持ちも分かるよ)
戻ってみると、マオが寝ていた。看病されている側が寝ているのは昔とは逆だ。そんなことを考えながら寝てしまったマオの頭を、優しく撫でる。
『早く元気になってね』
懐かしい光景を夢うつつに見て、手を伸ばす。
お兄ちゃん……ではなく、隣にレイが眠っていた。夢を見ていたようだ。そこに感触があったことに安堵する。
「風邪うつっちゃうよ」
レイは声をかけられて身を起こした。
『……英雄だから平気……熱、下がった?』
そういえば、ずいぶん楽になっている。
「うん、大丈夫みたい……心配かけてごめんね?」
『マオが元気になればいい……お腹すいてない? お粥、食べる?』
「うん、ありがとう」
幸せな日常の欠片がそこにある。
●いつもと違う
ピピピ、と温度計が体温を知らせる。38度。一向に熱は下がらない。
(さすがに大丈夫ではないかな)
琥烏堂 晴久(aa5425)は液晶を眺める。
ここのところ、少しばかり体調が悪かったのだが、”兄”に心配をかけまいといつも通りに振る舞ったことにより悪化したと思われる。
『起きられるか?』
白狐の面を付けた青年……琥烏堂 為久(aa5425hero001)は晴久の英雄であり、兄だ。
「うん……」
起き上がろうとするハルを、為久はやんわりとどめた。
『無理はするな』
「うん……」
これほどまでに弱っているハルを見るのは初めてだ。困惑とともに、奇妙な感情が生まれる。これが心配というものなのだろう。
とうてい一人にはしておけず、付きっ切りで看病をすることにした。
「どこになにがあるかわかる?」
『ああ』
料理など、普段の為久はまずやらない。しかし、今日の為久は違っていた。
『粥だ。食べられるか?』
「食べさせてくれる?」
『わかった』
その返答に、ハルは驚いた。
普段であれば、甘えてくるのを適当にあしらっているところだ。しかし弱り切っている姿を見ると、今日くらい良いかと思っていた。
匙ですくって、口元へと運ぶ。おずおずと口を付けた。
顔が近い。
(熱が上がりそう……)
『うん、おいしいよ』
「そうか」
もう一匙。なんだかふわふわとした気持ちになる。ハルにとってはサービス過剰だ。
「寒い……人肌で暖めてほしいなぁ」
『文字通り頭を冷やした方がいいな』
ようやくいつも通りのようなやりとりだったが、それでも声は弱々しかった。
熱が高いのか、濡れたタオルはもう温まってしまっていた。
『氷嚢を取って来るよ』
看病の邪魔になり為久は途中で面を外した。戻ってくると、晴久はすやすやと寝てしまっていた。
面を外していたことを知ったら、見逃したことに残念がるだろうか。
在りし日の光景が思い浮かぶ。手を握ってただ傍にいる。
(これから琥烏堂を名乗るなら秘密が要るね。まあ、全てが秘密みたいなものだけど……そうだね、わかりやすく素顔を隠そうか)
●その素顔
(寝ちゃってたか)
手の平に暖かい感触を感じて、思わず飛び起きた。
すぐそばには、為久がいた。素顔の、面を外した為久がいる。
素顔の兄に手を握られているという、ハルにとっては夢のような状況である。
『起きたか』
「兄様、お面……」
『ハルしかいないんだから、つけている必要はないだろう?』
「……」
突然に与えられた幸せに、思わず絶句する。これは夢ではないだろうか、と。
『大丈夫か』
「うん」
ほころぶ顔を隠すように、布団に潜り込む。献身的な看病の成果か、熱はすっかり下がっていた。
(兄様があんなにしてくれるならたまには風邪を引こう)
●ひんやりとした手
砌 宵理は目を覚まし、体に僅かばかりの違和感を覚えた。なんだか頭がぼうっとする上、声にはずびーっと鼻声が混じる。
これが風邪の引きはじめ、というやつだろうか。
『いやはや、/ヒトらしくて何よりで』
幻想蝶から、男性とも女性とも取れる声がくすくすと忍び笑いを漏らした。どこか楽しんでいそうなセンノサンオウ(aa5518hero001)の声である。
「えーとー? 風邪に効くのはぁー……」
宵理は自宅の棚を探し始めた。
一人暮らしをしている彼を看病してくれる家の人などいない。無論、普段から幻想蝶から出てこないセンが風邪だからと出て来る筈もない。
センはいつもの如く幻想蝶に籠り、宵理の言葉に返事をする。基本的には自力で何とかしなさい、というスタンスだ。宵理が風邪をひこうとそれは変わらない様で。
裏を返せば、それは信頼といってもいいのかもしれない。
(しかしながらよもや宵理が病にかかるとは/ヒトらしくて何よりで、ええ)
宵理は迷った。高校の友達を頼ろうか。しかし、体調は悪くとも動けないほどではない。いける、と確信を得て、自力で買出しに行くことにした。
「よし」
防寒着を着込み、マスクを着用して外に出る。
ひんやりとした空気が頬を撫でた。
スーパーにたどり着いた砌は、スマートフォンの画面とにらめっこしながら、風邪に効きそうなものをかごに入れていく。
「梅干し……あと、風邪薬とおかゆの材料か」
ふと野菜売り場のコーナーでしばし立ち止まる。
「ネギ首に巻くと良いってマジなんだろうか……」
『試されては? /少なくとも部屋中葱の香りに満ちるのは確実かと』
ネギを手に取って考える。やはり思考回路が定まらない。とりあえず、体には良いのだからと買うことにはした。
道中で倭奏とかち合い、しばし粥談義をした。果物を買っていく客が多い。
(そうだ、ビタミン……?)
ようやく帰宅した。
動いたせいか、熱が少しばかり上がっている気がする。帰ってくると柔らかく炊いた米を煮込んで粥を作る。なかなかうまくできたと思う。
食事をとった後、風邪薬を飲んでベッドに転がる。
結局、ネギを首に巻くのは臭いが気になるのでやめた。
「あー……あれ忘れた……」
『はて、何でしょう?』
「あれ……ほら……でこに貼る……」
なんだったか。
そう言いながら、眠りに落ちてゆく。どんどん小さくなってゆく宵理の声を聞いて、センも宵理が眠りつつあるのを悟った。
(全く仕方ありませんね。/……眠っているのであればよいでしょう、/特別ですよ?)
意識が途絶える直前、宵理の額に冷たい何かが触れた。
たぶん夢だろう。だとしたら良い夢だ。
幻想蝶からそっと出たセンは、眠りについた宵理の額に冷たい手を置く。
『早く治されませ。/貴殿にはすべき事がおありの筈』
「ん……」
『貴殿が迷いなく進み続けるからこそ、/私は力を貸し与えられるのですから』
姿かたちのわからない、正体不明の英雄は、……そうしてふわりと微笑んだ、ような気がする。
結果
シナリオ成功度 | 成功 |
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