本部

群がる飛蝗、喰らう蛙

影絵 企我

形態
ショート
難易度
不明
オプション
参加費
1,000
参加制限
-
参加人数
能力者
8人 / 4~8人
英雄
8人 / 0~8人
報酬
普通
相談期間
5日
完成日
2017/12/02 10:43

掲示板

オープニング

●飛び交う蝗
 その朝は、街中の悲鳴で幕を開けた。
 冷蔵庫の扉を開けると、炊飯器を開けると、次々に黒い飛蝗が飛び出してくる。必死の思いで追い払っても、既に食べ物は全て食い荒らされていた。
 これでは朝食を摂れない。諦めるか、コンビニやスーパーへ行くか。しかし、店へ向かった人々は次なる悲劇に見舞われた。
 店にも無数の飛蝗が飛び回り、食糧を食い荒らしている。数千数万単位で湧き、次々に増えていく飛蝗は店からどっと溢れ出し、周囲へと散っていく。
 突如現れた悪魔の軍勢を前に、人々は途方に暮れるばかりだった。

「ぐぶ、ぐぶ」
 そんな中、一匹の縦にも横にも広い蛙が問屋の倉庫を食い荒らしていた。その隣には黒い騎士が立ち、秤から湯水のように飛蝗を溢れさせている。その飛蝗はまさに今蛙が手に取ろうとした食料にへばりつき、一瞬で食い荒らしてしまう。蛙は喉を膨らませて唸る。
「お前、邪魔。食べられない。あっち、行け」
 怒る蛙を前に、騎士は首を傾げるばかりだ。命令の意味がわからないとでも言いたげである。蛙は更に喉を膨らませた。
「お前のせいで、食べるもの、少ない」
 蛙は更に詰め寄ると、騎士は踵を返して何処かへと消えてしまった。
「ぐぶ。そうだ。そろそろ、あいつら、来る。どうせ、あいつ、やられる。ぐぶぐぶ」
 蛙は汚い声で笑うと、目の前のレトルトご飯を全てパックごと口へ押し込み、よたよたと歩き出した。

●ブリーフィング
「黒騎士と蛙が出ました。今回は街の一区画全体に大きな被害が出ています。災害用の食料備蓄倉庫もいくつか荒らされてしまったようです。プリセンサーの予知により既にエージェントは向かわせておりましたが、蝗の出現範囲と住民の混乱が予想以上に大きく、その収拾に追われて中々撃退に向かえないような状態に陥っています。そこで、撃退役として皆さんをこの度招集させていただきました」
 オペレーターは街の地図を映し出す。数分おきに発生する蛙と黒騎士による攻撃地点も紅い点として次々と示されていく。
「現在ドロップゾーンの発生などは確認されず、負傷などの被害も報告されていませんが、確実に経済的な被害は広がっていますし、何より災害用の食糧備蓄倉庫がこのまま襲われ続けた場合、他の愚神の襲撃が発生した際の避難に支障をきたす可能性があります。ですのでこれ以上の被害拡大は何としても阻止しなければなりません。細かい方針は皆さんの相談にお任せします。建物などの見取り図も可能な限りこちらで用意させていただきます」
 早口で情報を並べ立てると、オペレーターは一息ついて君達を見渡した。
「ケントゥリオ級二体を相手取る事になります。討伐、とまでは言いませんが、可能な限り迅速な撃退をお願いします」
 君達は頷くと、素早く動き出した。

●蝗の群れ
 車に乗って市街地に辿り着いた時、そこは既に大量の蝗で溢れていた。黒い羽根を広げて飛び回るそれのお陰で、空が黒く翳るほどである。しかし気持ち悪いとも言っていられない。君達は生理的な嫌悪感、吐き気と飢餓感の入り混じる奇妙な感覚を堪えて動き出した。

解説

メイン ファメース及びアバドンの撃退
サブ 一般人に怪我させない
EX 邪英を出現させる(やや難)

BOSS
ケントゥリオ級従魔ファメース
 虫のような光沢を放つ鎧を纏った黒騎士
ステータス
 魔防B、その他D~E
スキル
・死の舞踏
 接敵中回復アイテム使用不能。周囲1500sq以内にいるPCは食事が出来ない
・アイスローカスト
 自身中心、範囲50。魔防の対抗判定。勝利時(15-特殊抵抗)の固定ダメージを与える
行動パターン
 アバドンに追従。

ケントゥリオ級愚神アバドン
 タナトスと契約を結んだ食いしん坊。黒騎士といると自分の取り分が減る事に気付き、不満を抱いている。
ステータス
 生命・移動・イニS、命中・回避・抵抗A、その他C以下(十割ガリ)
 生命S、回避・移動・イニF、その他A(十割デブ)
スキル
・でぶでぶ…回避・移動・イニ減少。物攻・物防・魔防・体重増加
・がりがり…生命力、BS回復。物攻・物防・魔防・体重減少。回避・移動・イニ増加
・大跳躍…シナリオ中一回のみ使用。戦闘から離脱する。イニシアティブで勝っている相手に妨害されない
行動パターン
 食料のある場所で行動(5分)、他へ移動(10分)を繰り返す。戦闘時はこの限りでない。

ENEMY
邪英×2(以下PL情報)
出現条件 アバドンが戦闘離脱に失敗する
脅威度 デクリオ級(戦闘力はケントゥリオ級)
ステータス 攻撃偏重
スキル 紅騎士と蒼騎士の能力をそれぞれ行使出来る

FIELD
・マンション・アパート街
 人々の生活拠点。片側二車線以下の道路が張り巡らされている。蝗に追い回されている人々がいるので誤射には注意。アバドン移動時はこの場で戦闘となる。
・食料のある場所
 倉庫、食料品店など。障害物が多く、移動が難しい。しかし簡単に物を壊すと弁償(上限なし)になるので注意。アバドン食事中はこの場で戦闘となる。
・幻影蝗
 きもい。人々は蝗に追い回されて大パニックの状態に陥っている。

リプレイ

●Locust
「ム、ムシハ、ムシ……」
 彩咲 姫乃(aa0941)は真っ白に燃え尽きていた。蝗の飛び交う街の中にへたり込み、虚ろな顔で空を見上げている。その眼には滂沱の涙。朱璃(aa0941hero002)はそんな姫乃の顔を好き放題つつきながら、ひそひそとツッコミを入れる。
『後先考えずに任務を引き受けたりするからデスニャ。本当は同僚と出るはずだったはずニャのに。まあ、時間外労働はご主人の泣き顔の堪能で我慢しとくニャ』
 それだけ言うと、朱璃は姫乃の手を握って共鳴する。朱璃の持つ猫耳と二又の尻尾が生え、その装いも朱璃と同じになる。靴は燃え盛るローラーブレードへと変わり、燃え盛る光をその背に負った。
『それにしても……また属性が被ったニャ。こっちは死体を掻っ攫うお仕事デスがニャー』
 ワイヤーで結ばれた二振りの短剣をくるりと振り回し、朱璃は足音も無く走り出す。
『……獲物の場所には鼻が利くんデス。あまり派手に死肉喰らって不自然な減らし方すると、嗅ぎつけちゃいますデスニャよ』

『蝗、ですか』
「飢饉の象徴みたいなものだね。あ、佃煮は美味しいらしいよ?」
 額に手を翳して空を見上げる志賀谷 京子(aa0150)。空は蝗が埋め尽くし、どす黒い暗雲が立ち込めたようになっている。
『昆虫は貴重な栄養源たり得ますしね。ただ……』
 アリッサ ラウティオラ(aa0150hero001)の声色は尻すぼまりになる。考えただけで吐き気がしてきた。京子は頭を振り、弓を手に取って頷く。
「うん。あれを食べるのは御免だね」

「(……大量の蝗を見てるせいかなぁ。何だか吐き気が……)」
 世良 霧人(aa3803)は呻く。現場へと近づけば近づくほど、視界にちらつく虫の数は増えていく。胃が空っぽになったような感覚と、胃酸が上ってくる感覚が同時に襲い掛かってくる。クロード(aa3803hero001)は顔を顰めて頷く。
『良い物ではないのは確かでしょう。これ以上被害を出す訳にはいきません!』

「あー、暴食セットだ。仲いいのかねー」
『それはないな』
 逢見仙也(aa4472)の呑気な呟きをディオハルク(aa4472hero001)は即座に否定する。小型スーパーの中で蝗がぞろぞろと蠢いている様子を覗き込み、仙也は呟いた。
「うん、なんか割と慣れたわ」
『だろうな』
 慣れたからといって状況が好転するわけではないが、少なくとも士気は保たれる。鞘を結ぶ錠前をかちゃかちゃ言わせながら、仙也は更に呟いた。
「騎士を折ったら佃煮が食いたいな」
『今日の夕飯はもう決まってる。材料も用意したんだ。そもそも蝗なんて売っていない』

 一方、カイ アルブレヒツベルガー(aa0339hero001)は飛び交う蝗に不快感を隠せずにいた。ロケットアンカーの鎖をひょいひょいと昇ってビルの上に立ち、カイは蝗を振り払いながらパルクールを始める。
『またあの蝗野郎か……嫌になるな』
「黒騎士が飢饉の象徴といっても……アバドンと組んでるのって厄介だね」
『さっさとぶっ潰さねーと……』
「そういえば、ちゃんと準備してきた?」
 御童 紗希(aa0339)はカイに尋ねる。今回はただでさえ苦手な相手なのだ。心積もりは不可欠だった。カイは煩そうに頷く。
『当たり前だろ。馬鹿に……ばかに……』
「ちょっと!?」

「断続的には絡んできたが、こいつも死神案件か」
『個別には阻止していますけれど、かなり好き放題やられている状況ですわね』
 赤城 龍哉(aa0090)はヴァルトラウテ(aa0090hero001)とやり取りしながら店へと乗り込んでいくアバドンと黒騎士の様子を眺めていた。
「ただでさえ神出鬼没だしな。のんびりは出来ねえが、枝葉を払って当人が顔を出さざるを得なくするしかないか」
 龍哉は頷くと大剣を背中に担ぎ、スーパーの駐車場を駆け抜けていった。

「……やはり、主とやらを倒さなくてはダメね。今回の黒騎士を撃破しても、その主がいる限りはまた黒騎士がこうして現れるんでしょう」
 フィアナ(aa4210)は真っ先にスーパーへ乗り込み、剣を振るって蝗を払い除けながら中を進む。遠くで何かがなぎ倒される鈍い音が響いている。近くでは飛び交う飛蝗の羽音が聞こえる。二つの音がフィアナの危機感を駆り立てていた。
『(もし仮に、彼が死を司るものならば、止めるというのは酷く無意味で、野暮かもしれない。神などは特にそういうものだし)』
 一方のルー(aa4210hero001)は悠々と構えていた。悠久の時を生きた彼にしてみれば、生きるも死ぬも些細な事であった。些細な事であるから、無意味な事にも手を出そうと思うのだが。
『まあ、死と再生は切っても切れない関係だし、ね?』

『(……まずは黒騎士の撃破から、ね)』
「(うん……! すぐにやっつけて、アバドンとお話ししなきゃ……!)」
 アルヴィナ・ヴェラスネーシュカ(aa4969hero001)に逸る気持ちを抑えられつつ、氷鏡 六花(aa4969)は絶零の書を取り出し氷の翼を広げる。白霜のライヴスの輝きに、商品棚に群がる蝗は次々と凍り付いていく。彼女は商品棚の影から飛び出すと、レジの前に佇んでいる黒騎士に向かって突っ込んだ。
「タナトスも、その分身も、許さないっ」
 六花は突っ込んでくる蝗をものともせず、巨大な氷の槍を作り出す。魔導書に挟まれた護符が光ったかと思うと、槍の表面が剥がれて中から白いランスが生まれた。六花は手を翳して黒騎士にそのランスを飛ばす。その一撃は騎士の脇腹を打ち、鎧を拉げさせた。

「もう! だから出る前にちゃんと確認してって言ってるじゃん!」
『うるさい! 忘れたもんはもう仕方ねえんだよ!』
 紗希に非難の嵐を受けながら、水縹を横に構えたカイが突っ込んでいく。次々に蝗が突っ込んでくる。纏わりつく冷気に震えそうになりながら、しかしカイは気勢を上げて騎士の真横にまで間合いを詰め、柄の根元を握った大剣をコンパクトに振り回して騎馬を荒々しく殴りつけた。騎馬は嘶き、後脚で立ち上がる。

 フィアナは氷の蝗をその身に纏うライヴスで撥ね退けながら、騎士の右手から攻め込んでいく。彼女の心はまた一回り強くなっていた。蝗程度で心が揺らぎはしない。
「前とは違うのよ?」
 黄金の刃を騎士の持つ秤を狙って振るう。騎士は馬を必死に宥めながら、身体を捻ってこの一閃を躱す。しかしその刃は幻影に過ぎなかった。フィアナは素早く腰に差した獅子の鍔を剣に手を伸ばし、一気に引き抜き斬りかかる。騎士は籠手で受け止め、必死にフィアナの刃を払おうとする。
「それで終わりと思ったのなら甘いわよ」
 フィアナは更に身を乗り出すと、剣を握る手を捻った。刹那、刃がフィアナの手首辺りから飛び出し、秤の皿を片方傷つける。皿はひび割れ砕け、蝗の半分が次々に消えていく。

「やっぱ秤をぶっ壊すとこいつの能力はなくなるってわけか」
『わかっているならとっとと壊せ』
「はいはい」
 鍵の取り付けられた鞘の鯉口を切り、仙也は黒騎士に向かって一気に長剣を抜き放つ。その瞬間に一発の火球が飛び出し、周囲に漂う冷気を払いながら騎士の秤に襲い掛かった。火球は騎士の手元で弾けた。黒騎士は秤を護ろうとしたが、馬上で思い切り体勢を崩してしまう。

「(あ、あの騎士が持ってる秤からイナゴが溢れてるよ!)」
『でも片皿が壊されて半分は消えました。もう一方も壊せば、この気味の悪いイナゴはいなくなるはず!』
 騎士に生まれた隙をついて今度はクロードが迫る。跳ね回る蝗には構わず、黄金に煌く両手剣を担いで一気に攻めかかる。一発大振りに刃を振り抜き、騎士を仰け反らせる。騎士の手元でぶらつく秤。クロードは今度こそ刃にライヴスを纏わせると、その秤に向かって一気に切り上げを見舞った。
 湧きだす奇形の蝗が纏わりつくが、それでも太刀筋は殆ど逸れない。残った皿に一撃が叩き込まれ、皿に深い傷が刻まれる。
 騎士がその秤を庇う間もなかった。鋭く飛んできた一矢が傷を穿ち、皿を粉々に叩き割る。

「四色コンプリート!」
 弓を構えたまま京子はにっと笑う。夜霧の戦いで蒼い騎士に出会って以来、騎士の現れる事件を見つけては引き受けてきたのだ。アリッサは小さく溜め息をつく。
『……真面目にやりましょうね』
「真面目な情報収集の一環だってば」
 京子は口を尖らせ、近くの壊れたアイスケースの影に身を潜める。
「(実際、前の報告書より黒騎士の能力は向上してるっぽいんだよ。タナトス自身が強くなってるのか、この騎士が強くなってるのかはわからないけど……)」
『(次に現れた時には、また広がっているかもしれませんね……)』
「(いくら飽食の時代とか言ったって、これ以上平気で物を喰い荒らされたら大変な事になるよ。戦略的な脅威にだってなると思う)」
 京子はライヴスゴーグルを取り出す。首魁との戦いに備えて、取れる情報は取っておきたかった。

『おっとー、来てみたらもう大勢が決まってる感じみたいデスニャー。サボってたわけじゃないデスよ。立派な作戦なんデスニャ』
 ローラーブレードで滑り込んできた朱璃は、ハングドマンを振り回しながら黒騎士の周りを高速で回る。背に負う炎が軽い残像を描き、さしずめ炎の柵のようになっている。やがてその柵の中からワイヤーの付いた四振りの短剣が次々に飛んでくる。壁役の蝗を失った黒騎士にそれを避ける術は無い。二振りの幻影に惑い、もう二振りの現実に全身を搦め取られる。
 焔の中から姿を現すと、朱璃は一気にワイヤーを引いて黒騎士を絞め上げる。黒騎士はもう馬の手綱を手に取る事すら出来ない。混乱した馬は跳ねて暴れようとするが、遠くから伸びる目にも見えないワイヤーが馬の脚を搦め取り、そのまま地面に引き倒した。

『ラグナロクもそうですが、ここ最近の愚神はこちらの世界の伝承や神話に擬えるのが好きなようですわね』
「時間もねぇ。一気に止めまで持っていく!」
 足元になおも転がる蝗を蹴散らし、龍哉は一気に黒騎士へと迫る。大剣“凱謳”を背負うように振りかぶり、地面に転がる騎士へと踏み込む。騎士は馬を蝗の群れへと変えて迎え撃つが、龍哉は気にも留めない。
「こいつで仕舞いだ!」
 ライヴスを纏った白刃は、騎士の身を真っ二つに叩き割る。その肉体はバラバラになった蝗に変わり、ばらばらと床の上に零れる。長い脚や折れた翅をもたもたと動かしていたが、やがてその動きも止まり、静かに消えていった。
 京子はそれを見届けると、ライヴスゴーグルを素早く目元にあてがう。薄暗い景色の中に広がる、黒騎士のライヴス。
「さて……どうなってるのかな」
 ライヴスが徐々に霧散していく。ここまではただの愚神従魔を倒した時と同じだ。しかし京子はすぐに異変に気が付いた。目の前でライヴスが急速に消えていく。
『(随分とライヴスが失われていくのが早い……?)』
「(いや、多分違うと思うよ。ライヴスそのものは消えてない。……きっと、活性度が急に下がって、このゴーグルじゃ見えなくなってるとか、そんなとこなんじゃないかな)」

「全くもう……皆が一斉に仕掛けてくれたからよかったものの……」
『小言は後にしろ。まだアイツが残ってんだろ』
 カイは大剣を担いで振り返る。商品棚を突き倒し、さらに一回り大きくなった蛙が食糧をむさぼり喰らっていた。
「でも……氷鏡さんが」
『あんなんじゃ聞くもんも聞かねえだろ。氷鏡が良い警官になろうってんなら、俺達は悪い警官になるだけだ』
 カイは苦々しげな顔でこっそり呟くと、蛙に向かって一気に突撃した。

●Bottomless
 カイは剣を構えて一気に跳び上がると、全体にライヴスを纏わせた刃を蛙の脳天に思い切り叩きつけた。肉はぱっくりと割れて血が溢れるが、すぐにその傷は埋め合わされる。
「んー……誰?」
『俺らの事はもう忘れてると思うが……また食いもん荒らしに来たのかお前は』
 振り返って首を傾げる蛙の横っ面を、カイは直ぐに大剣で殴りつける。ドレッドノートの叩き込む渾身の一撃。直ぐに傷は埋まっても、そのダメージは無視できない。
「ぐぶ、いたい。なに……する」
『戦う気はねえお前を攻撃してたら、俺だって可哀想だとは思う。だが、お前がこうして街に出てくると住民がパニックを起こすんだ。さっさと山に帰ってもらうぞ』
「ぐぐぐ。おで、たべたい、だけ。どうして、帰らなきゃ、だめ」
 蛙は呻く。カイは仏頂面を作り、再び大剣を振り上げた。
『どうしてもだ。殺すとまでは言わない。だがお前がもうこんなことやめると約束するまで攻撃はやめない!』
「やめて、どうする。おで、おなかすく。やだ」
 蛙はカイに向かって舌を伸ばし、激しく振るってカイを突き飛ばす。カイは剣を構え直し、再び――
「待って!」
 しかし、そこへ六花が割って入る。六花は蛙の方を振り向くと、おずおずと微笑みかけながら、幻想蝶を取り出す。
「大丈夫。大丈夫だよ。六花が、ご飯たくさんあげるから……!」
 幻想蝶からは大量の食べ物が溢れだす。全て消費期限の過ぎた弁当やパン。捨てられるはずだった食べ物を、六花は“この日”の為にかき集めていたのだ。カイに殴られ目を回していた蛙は、急に眼の色を変える。
「たべる!」
 蛙はいきなり舌を伸ばし、容器や袋ごと食べ物を口の中へと押し込む。その食べっぷりを見つめて、六花は必死に訴える。
「ねえ、このご飯は全部、アバドンが食べて良いご飯なんだよ。前にも言ったけど……日本では、毎日たくさんのご飯が捨てられてるから……アバドンがそれを食べてくれるなら、もう傷つけあったりしなくて済む……と思うの」
 蛙は六花に眼を向ける。もごもご口を動かしたまま、彼女の円らな瞳を見つめている。朱璃はそんな六花の背後につき、こくこくと相槌を打つ。
「この子は本気デスニャ。あたしはそういうの拘りねーですから、殺る時は殺るってだけデスけどニャ、でもこの子はあんたと仲良くしたいと思ってるんデスニャ」
「こんな飛蝗に付きまとわれているのは邪魔じゃないのか? 死神に協力していたら、いつまでも邪魔者を傍に付けられるぞ」
 食いしん坊を助けたいという戦友の想いに応え、龍哉もまた蛙に死神との手切れを促す。蛙は飯をごくりと呑み込み、いきなりその身体をしぼませた。ぶくぶくな毛玉が、僅かに蛙らしい外見になる。
「……確かに、アイツ、邪魔。でもお前らも、食べるの、邪魔する」
「六花達だって、ご飯は食べないと生きていけないから……ねえ、お願い。ここから海の方に行けば、大きな埋立地があるから……そこで、おとなしく、待っててくれるなら……毎日、アバドンのためのご飯が運んでもらえるように、六花、色んな人たちに、お願い……してみるから……だから、死神と一緒になって、こんなことは、もうしないで」
 六花は真心を込めて訴える。蛙は目玉をぎょろつかせ、げろげろと尋ねる。
「くれる? 本当に? 俺が食べたいだけ、くれるか?」
「大丈夫。……アバドンが食べるのに困らないくらいのご飯は、用意できるはず、だから。東京だけで、一年に20万トンも、食べ物、捨てられるんだから」
 何度も頷いて六花は答えた。蛙は舌を伸ばしたりしまったりしながら逡巡していたが、やがて小さく頷く。
「……なら、行く。俺も、痛いの、嫌だし。俺、食べ物食べられるなら、何でも、いいし」
 聞いた瞬間、六花の顔がぱっと輝いた。

「驚いたわね。まさか本当に乗るなんて」
『人間のライヴスを喰らう愚神が食べ物だけで生きていくには……一体どれだけの量が必要なのかわからないけどね』
 蝗の襲撃で身動きが取れずにいた従業員達を宥めて外へと誘導しながら、フィアナはぽつりと呟く。事の顛末は仲間の通信機を通して彼女も聞いていた。
「……でも、この場はとりあえず、一件落着、かしら――」


「この世に審判をもたらすために送られた者が彼らの愚かな誘いに乗るとは、ね。残念だよ」


 蛙の想像以上に色よい返事にエージェント達が戸惑ったのも束の間、遠くでガラスを踏み割る音が響く。床を高らかに鳴らす、二人分の足音。
『横槍デスか、想定通りニャ』
 朱璃はハングドマンを持ち直すと、全身の炎を揺らめかせて駆け出し、突っ込んできた二つの影と素早く切り結ぶ。影は素早く飛び退き、その手に持つ得物を構え直す。
『……親玉じゃないのは想定外デスかニャ』
 エージェント達は武器を構えて影と向かい合う。紅と蒼のローブの上から、異形の骨を組み合わせて作られた鎧を纏う。馬とも人ともつかぬ頭骨の奥からは、ぎらぎらと光る双眸が覗いている。
『……アバドン。人間の言葉にも容易く靡く君の貪食ぶりには呆れるばかりだよ』

●Trumpeter
「なんなの、あれ……」
『聞いてねぇぞ、こんなの』
 カイは武器を構え直し、二体の異形を睨む。異形もまた構えを取ると、エージェントに向かって突っ込む。クロードは素早く身を乗り出し、盾を構えてライヴスを展開する。
『……あなた方も、タナトスの使者というわけですか』
『驚かせてしまったかな。君達の仲間に目を醒ましてもらったんだ』
 タナトスの言葉を響かせつつ、紅い異形は血染めの長剣を振るってクロードを斬りつける。クロードは冷静に異形を撥ね退けると、すかさず京子が矢を射かける。しかし、どこからともなく現れた霊体がその矢を受け止め、静かに闇へと消えていく。龍哉は巨大なブーメランを取り出しつつ、二体の異形を見据えた。
『つまりは邪英のようですわね』
「死神の手駒にされたか。……それに、こいつの持ってる武器、何か見覚えあるな」
 紅は血染めの長剣を、蒼は朽ちた旗の括られた槍を握りしめている。幾度となく騎士に相見え、観察を繰り返してきた京子達もすぐに気づいた。
『……邪英に騎士の力を被せている、という事でしょうか』
「新しく騎士を作り出している暇がなかったのかな? ……魂を取り返すよ」
『やれるものならやってごらん。私は止めやしないさ』
 カイは蒼い異形が繰り出した魔力の炎を掻い潜り、輝く水縹を異形へ叩きつけようとする。異形は飛び退き、槍を水平に構えて水縹を受け止めた。カイは全体重をかけて異形を押し込み、タナトスに尋ねる。
「俺達の仲間を利用して……一体何のつもりだ」
『利用したわけじゃない。力になって貰ってるだけさ』
 異形は遠巻きにもぞもぞしている蛙の方へ眼を向け、頭骨を震わせて語り掛ける。
『アバドン。使命を思い出したまえ。君は神より命じられたのだ。この世に正しき秩序をもたらせと。君はその為にこの世界を喰らいつくそうとしている――』
「そんな事させない!」
 六花は声を張り上げ、氷の翼を広げる。それに呼応するように、蒼の異形は闇の中から新たな死霊を召喚する。
『(この邪英達、かなりタナトスの影響を強く受けているのかもしれないわ)』
「許さない……! 絶対に!」
 叫んだ瞬間、ライヴスの吹雪が巻き起こる。白く輝く光が押し寄せ、死霊も異形もまとめてもみくちゃにする。物陰に身を潜めてどうにか耐え忍ぶ邪英を見つめ、仙也は首を傾げる。
「何かねえあれ? 英雄か愚神を弄ったとか? 英雄と愚神は出来が違うだけで同種だー、とか、知り合いの知り合いが聞いたって知り合いが言ってたし、ありそうだなあ」
『長い。英雄を弄るのは流石に労力の無駄だろう? ……ライヴスごと力を無理矢理貸し与えている、と考えた方が正しそうだな』
「現に今もあいつらスピーカーにしてるしなー」
 仙也は吹雪に交えて刃を飛ばし、異形を二人並べて薙ぎ払いにかかる。
『やれやれ。これでは話にもならないね。ここは一旦退くから、落ち着いてまた話をしようじゃないか。終わりについての話をね』
 蒼の異形が槍を振るうと、穢れを含んだ風が吹いてエージェント達に押し寄せる。二人の邪英はその隙に身を翻し、その場から逃れようとする。
 刹那、朱璃の身体が掻き消えた。紅の異形がそれに気づく前に、氷の薄刃が紅の脇腹を切り裂いていた。
『……車輪の音が聞こえたか?』
 異形の隣に立つ朱璃が尋ねると同時に、周囲の棚にレジカウンターを震わす豪風が駆け抜ける。
『――音すら置き去る火車の疾走。聞こえた時には後の祭りよ』
 紅は負けじと剣を振るう。朱璃は刀を振るい、刃を滑らせ受け流した。その背後から巨大な刃のブーメランが飛び、紅の異形は体勢を崩しながらどうにか躱す。しかし、地を這うようにして伸びたネビロスの糸が脚を搦め取り、異形を横ざまに倒す。糸を引きながら、龍哉は“タナトス”に向かって叫ぶ。
「助けられるかもしれねぇ奴を、そう簡単に見捨てるかよ」
 蒼は紅の方を振り向きもせずに走った。しかし、突如正面から橙の矢が飛んでくる。不意を突かれた蒼は矢の直撃を受けてよろめいた。その隙に、カイとフィアナが一気に間合いを詰める。
「また同じタイミングで現れるなんて……何でしょうね。嫌な予感がするわ」
『嫌な予感どころか、最近なりふり構っちゃねえぞ!』
 二人はライヴスを纏わせた刃で蒼を次々に斬りつける。その身を包む骨の鎧は砕かれ、邪英は能力者から引き剥がされた。
「こいつで終わりだ!」
 龍哉が朱璃と共に紅の異形を切り裂く。怒涛の一撃を受けた異形は、その歪んだ共鳴を解かれた。虚ろな顔でエージェント達を見渡したかと思うと、二人揃ってその場に倒れる。
 タナトスの声も最早聞こえない。クロードは武器を構え、周囲を見渡す。
『ひとまず、この場は収まりましたか……?』
「ぐぶ……腹、減った。食べ物。くれないと、ここの食べ物、食べる」
 収まってはいない。エージェント達は振り向く。膨れ上がった腹をさすりながら、蛙はげろげろと呑気に鳴いている、エージェント達は顔を見合わせると、肩を竦めるしかなかった。

●Die is cast
 日暮れの海に浮きつ沈みつ、巨大な影が彼方の埋立地へ向かって泳いでいく。各種発信機を取り付け、ドローンによる二十四時間監視体制も整えた上で、“特殊な性質を持つ愚神に関する実験的な観察対象”としてH.O.P.E.はアバドンとの一時休戦を認めた。愚神商人から得られた“情報”もある。戦い以外での接触で得られる成果は大きいと考えられたのだ。

『廃棄食糧の明け渡しデスか。あたしにも似たような同僚がいますが、食事の問題は軽くねーデスよ。それだけは言っておくニャ』
「ましてや愚神だしな。食っても食っても足りねえなんて事になるかもしれねえし」
 大食い魔人に金欠へ追い込まれている姫乃と朱璃は蛙の背中を見送りながら六花に一応の釘を刺す。アリッサも二人に合わせて頷いた。
『これで被害が食い止められるなら、許容は出来ますが……またあの蛙が動くようなことがあれば、もう許してはおけませんね』
「ま、これで今までは見えなかった何かがわかるんなら、それはそれで面白いかも、とは思うけどね」
 京子は六花に向かって目配せする。六花は小さく頷き応えた。
「……ん。六花も、また、アバドンが街を襲うなら、容赦は出来ないって、わかってます……でも、今は、申し出を受け入れてくれたから……それを、大事にしたい、です」
 隣で霧人は首を傾げる。
「あの愚神の食欲を一発で納める食糧でも開発できればいいのですけど。それさえあれば、きっと人を襲う事なんか無いんでしょうし……恭佳さんにお願いできないかな」
『難しい問題だとは思うけどな。食べ物食ってるったって、最終的にはライヴスをアイツは欲してるんだ。“人間を食う方が効率がいい”ってなった時、どうなるかわからねえ』
 普段は子供のような振る舞いを見せる事があっても、結局は大人なカイ。夢物語を信じ切れるほど純粋ではなかった。ヴァルトラウテもそれに合わせて頷く。
『これはあくまで観察ですわ。愚神の脅威度が加速度的に増している今、あれも、いつまでもあのまま大人しくしているとは思えませんし……』
 横で聞いていた仙也は、ふっと息を吐く。頭の悪さは常々相方に指摘されているが、その動物的ともいえる勘は、彼にこの先の一波乱を告げ続けていた。
「あの爺さんもどう動くやらって話だしなー」
「……やっぱり、嫌な予感がする、わ」
 フィアナはそっとルーに寄り添う。長い年月を過ごして達観したルーは、ただ微笑みを以て応えるのだった。
『“死”は、全ての中で最も執念深い存在だからね』



 夜、埋立地に上陸した蛙は上機嫌で月夜を見上げていた。
「ぐふ……食べ物、食べ物……」
 その視界の中に、小さな影が映る。その影は不意に広がり、夜の帳よりも濃い闇を現す。
「奈落の底、滅ぼす者よ。神の国の到来の為、歪んだ世界に裁きを下せ」
「んあ……?」

 朽ちた王笏が振り上げられ、死神のタロットは輝く。

The End is coming…

結果

シナリオ成功度 大成功

MVP一覧

  • ライヴスリンカー
    赤城 龍哉aa0090
  • 朝日の少女
    彩咲 姫乃aa0941
  • 絶対零度の氷雪華
    氷鏡 六花aa4969

重体一覧

参加者

  • ライヴスリンカー
    赤城 龍哉aa0090
    人間|25才|男性|攻撃
  • リライヴァー
    ヴァルトラウテaa0090hero001
    英雄|20才|女性|ドレ
  • 双頭の鶇
    志賀谷 京子aa0150
    人間|18才|女性|命中
  • アストレア
    アリッサ ラウティオラaa0150hero001
    英雄|21才|女性|ジャ
  • 革めゆく少女
    御童 紗希aa0339
    人間|16才|女性|命中
  • アサルト
    カイ アルブレヒツベルガーaa0339hero001
    英雄|35才|男性|ドレ
  • 朝日の少女
    彩咲 姫乃aa0941
    人間|12才|女性|回避
  • 疾風迅雷
    朱璃aa0941hero002
    英雄|11才|?|シャド
  • 心優しき教師
    世良 霧人aa3803
    人間|30才|男性|防御
  • 献身のテンペランス
    クロードaa3803hero001
    英雄|6才|男性|ブレ
  • 光旗を掲げて
    フィアナaa4210
    人間|19才|女性|命中
  • 翡翠
    ルーaa4210hero001
    英雄|20才|男性|ブレ
  • 悪食?
    逢見仙也aa4472
    人間|18才|男性|攻撃
  • 死の意味を問う者
    ディオハルクaa4472hero001
    英雄|18才|男性|カオ
  • 絶対零度の氷雪華
    氷鏡 六花aa4969
    獣人|11才|女性|攻撃
  • シベリアの女神
    アルヴィナ・ヴェラスネーシュカaa4969hero001
    英雄|18才|女性|ソフィ
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