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両足八足にして瞳、天を指す時
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蟹天国【相談板です】
最終発言2017/11/19 02:52:20 -
依頼前の挨拶スレッド
最終発言2017/11/18 22:23:21
オープニング
●2017年11月某日――日本海、石川県沖
最初に異変を感じたのは、海へと乗り出した漁師たちだった。
カニ、とくにズワイガニの解禁期間は短い。
この限られた期間の収入で、一年の生計を立てている者もある。
冬のカニ漁は彼らにとっての生命線とも言えるのだが……
「取れたがや?」
「なーも、まったやられたがや」
船室から顔をのぞかせた船長に、網を手繰り寄せていた男たちのひとりが、悲壮感の漂う顔で首を横に振った。
今年のカニ漁を始めてからというもの、度々こういうことがあった。
ズワイガニの漁は沖合の比較的浅いところを、底引き網で引き上げる。
その網に穴が開けられたり、ひどい時は断ち切られたりしていた。
中には、網を引き上げている最中、波もないのに転覆した船まであった。
幸い、海に投げ出された船員たちは、近くで漁をしていた仲間に救助されたが、後に全員が口をそろえて言うには、網が海中に引き込まれたのだという。
漁師たちは不気味がっていた。
だが、それよりも深刻なのは、収入の問題だ。
ただでさえ短い期間なのに、これでは漁にならない。
彼らはほとほと困り果てていた。
●石川県、某漁港
問題が白日の下になったのは、とある日の明け方のことだった。
水平線にはまだ日も昇らず、薄暗い中を今日も漁師たちは出港の準備に勤しんでいた。
その時、とある見習いの漁師が奇妙な音に気付いた。
――ギチギチ、ギチギチ
海の方から、音が聞こえる。
しかし、目を凝らして見ても、どこまでも黒い波間が広がるばかりだ。
「はよせんかいやダラっ!」
歳かさの男に怒られて、青年は慌てて作業に戻った。
しかし、作業を続ける合間にも、音は続いていた。
――ギチギチ、ギチギチ
――ガリガリ、ギコギコ
やがて港の誰もが音に気付いたが、時はすでに遅かった。
「沈むぞー!」
港にもやいでいた船が傾く。
あっという間に甲板まで浸水して、横倒しになった。
「こっちもがや!」
暗がりのあちこちで悲鳴があがった。
港の船が次々に傾いていく。
防波堤から桟橋の上へ、無数の黒い影が這い上がってくる。
誰かが、海の彼方を指差した。
「か何なが……」
港の桟橋、船の上、そして泡立つ黒黒とした波間に、蠢いている。
さらに、沖に見える巨大な影が一つ。
誰ともなく、呆然と声が呟いた。
「……カニ、がや……」
●2017年11月某日――H.O.P.E.東京海上支部ブリーフィングルーム
「……以上が、現在までの状況です」
部屋の中央、ホログラムに映像が映し出されていた。
オペレーターの一角がタブレットを操作しながら説明を続ける。
「プリセンサーの観測と先行調査によれば、対象はケントゥリオ級愚神『化け蟹』が1体、ミーレス級従魔が数百体と予測されます。また、同海域沖合において、ドロップゾーンの発生も確認しています。今のところ漁師や近隣住民たちに深刻な被害は出ていません。カニの愚神および従魔たちは船や漁具を執拗に狙う傾向にあるようです。しかし、彼らの生活基盤及び経済活動にこれ以上の損害を出さないためにも、エージェント各位におかれましては速やかな解決に尽力を願います」
ホログラムに敵の情報を浮かべつつ、一角がいつもの無表情で室内を見回す。
「続いて、作戦目標です。第一に、愚神の撃破。第二に、従魔の憑依解除。依り代のカニは現地住民の経済活動に必要不可欠です。AGWによる攻撃は必須ですが、あまり強く攻撃しすぎて、依り代を殺さないように気をつけて下さい」
室内にかすかな唸り声が上がる。
数百に及ぶ従魔を一体ずつ、手加減しながら戦うとなると、かなりの手間だ。
「なお、不確定情報ですが、先日の襲撃後、港に水揚げされていたタコの付近で、憑依の解けたカニが数体発見されています。カニにとってタコは天敵とも言える相手ですから、なんらかのショックを受けて憑依が解けたのでは、という推測が上がっています。鉄をも切り裂く力を得た蟹が、なぜただのタコに怯えるかは分かりませんが、試す価値はありそうです」
聴衆の中で思案の声が漏れる。
「第三の作戦目標、漁船および漁具の警護。これらも彼らの生活には必要不可欠ですので、多くを壊されないようにご注意願います。なお、現地ではすでに避難が完了しているため、住民の保護を考える必要はありません。以上、作戦目標になります」
一角は一呼吸を置いて、
「なお、愚神は先日の港襲撃の際、浅瀬で待機していたことから、従魔を先に処理しすぎると撤退する可能性がありますので、並行して対処する必要があります。ご注意下さい。それと、最後に」
珍しく表情を緩めて、
「作戦成功のあかつきには、ぜひ新鮮な蟹料理を振る舞いたいと、現地の漁師たちから言付かっております。皆さまの奮戦努力に期待します。あとは、真田から何かあれば」
一角が隣に立つ、一応は先輩にあたる真田を見やった。
今回は進行を一角に任せて見守っていた真田は、あごに手をあてて、真剣な眼差しで考え込むと、
「……ズワイより、タラバが良かったなぁ……」
一角にケツを蹴り飛ばされていた。
解説
●目的
1)愚神の撃破
2)従魔の憑依解除
3)漁船、漁具の警護
●場所
石川県某港、および周辺砂浜、浅瀬
●敵状
・愚神「蟹坊主」1体
階位:ケントゥリオ級
全長:10〜15m
能力:[潜水]、砂地での移動回避補正+
・従魔「ズワイガニ」数百体
階位:ミーレス級
体高:0.3〜1.5m
能力:[潜水]、砂地での移動回避補正+
●追加報酬
現地漁師たちの蟹料理
●諸注意
・水上/砂浜/浅瀬での戦闘のため、移動/回避が阻害される可能性有り
・愚神はずる賢く、浅瀬から砂浜までは上がらない
・また行動パターンから類推するに、従魔の数が減ると撤退する可能性大
・愚神/従魔たちは船や漁具などの破壊を狙っている
・従魔に憑かれた蟹が死んでしまうと、漁への被害が発生する
リプレイ
●夜明け前の港
まだ薄暗い漁港の波打ち際に、仁王立ちする二つの影があった。
『……戦闘準備は?』
銀の髪が海風に逆巻く。
スーツに身を包んだストゥルトゥス(aa1428hero001)は、まだ薄暗い水平線をにらみながら呟く。
「……完了してるよ」
風にたなびく白銀のツーサイドアップを押さえて、ニウェウス・アーラ(aa1428)は静かに答えた。
視線を交わす。ニヤリと、口元にニヒルな笑みが浮かぶ。
「『ご飯、抜いてきたから!』」
さっぱーん、と防波堤を打つ白波が、劇画調の飛沫を上げた。
すぐ後ろでフローラ メルクリィ(aa0118hero001)が不思議な歌を口ずさんでいる。
『蟹、蟹~、初めて見る蟹~……あれ、この間もなんか似た感じのと戦った気がするけど……え? あれは昔の生物で食べるものじゃないの? でも、こっちのは食べれるんだ。ふ~ん、よくわかんないけど……食べまくるよっ!」
浮かれる相棒をなだめつつ、黄昏ひりょ(aa0118)もどこか落ち着かない。
「蟹料理、どんなのが味わえるんだろう。胃袋無限大の方もいそうだから、俺も負けないように食べないと! あ、も、もちろん、愚神の討伐は真剣にやりますよ! 困ってる人がいたら助ける、当然の事!」
周囲の仲間たちの温かな視線をどう勘違いしたのか、ひりょが慌てて言い繕う。
『蟹さんVS蛸さん戦線ですね。そして、今回は蛸さん陣営。了解です』
隠鬼 千(aa1163hero002)は冷静ながらも、どこか歌うような口調で告げる。
漁港の中央部には、陸揚げした漁船と漁具が一ヶ所に固めて置かれていた。
その脇にはすぐに掛けられるように準備された使い古しの網、そして、蓋をされた巨大なプラスチック製の桶が、いくつも等間隔に並んでいた。
そのひとつの蓋をずらして、千は中からうごめくソレを取り出しては、いそいそとかたわらの壺へ収めていく。
「千……? さっき、漁師の方に蛸壺とか蛸とか貰ってたけど……ぇ……」
三ッ也 槻右(aa1163)が戦慄の眼差しを向ける。
千は屈託のない笑顔でソレをひとつ掴みあげると、ずぃと目の前に突き出した。
『主、これが蛸さんです! よく覚えて鏡さんに映すのです!』
光沢のある身体、うねる触手、うごめく吸盤。
八本の脚がうねうねと腕に絡んでいくが、千は良い笑顔。
「りょ……了解」
槻右は完全にドン引きだった。
蛸を素手で触るとか、わさわさする蟹とか……正直なところ、あんまり大量には来ないで欲しい気持ちだった。
『今回、私たちの守り神様ですから。蛸様、良いですか。危ないから出ちゃだめですよ』
蛸様に語りかけながら、千は壺に蓋をすると、いそいそと装備品に括り付けていく。
「!?」
「はい、多めに餌を入れてあげますからね」
ご機嫌な千と、涙目の槻右。
「僕の……飛盾……」
装備品はすべからく蛸まみれとなった
なすすべなくそれを見守っては、さめざめと泣く。
作戦とは言え、なんと無体なことか。
「漁師さんっ……僕、頑張るから……宴、頼みますっ……!」
悲壮な覚悟を固めて、槻右は蛸壺オン飛盾を装着した。
餅 望月(aa0843)と百薬(aa0843hero001)のふたりも、マイペースながら、どこかうきうきとした空気を醸していた。
『究極のグルメ依頼の季節、到来だよ』
「なんだか言い方が大げさじゃない? しかし、蟹だね」
『蟹だよ』
「上手くやればお礼に蟹でお腹一杯にできるって訳ね、これはやる気も出るってモンだよ」
「タコを嫌がるのね。利用させてもらおうか……こっちにも一匹貸してね」
桶から蛸を借り受けつつ、ごそごそと準備を進めていく。
「食い倒れどすな! 食い倒れ! 蟹味噌はうちのもんどす!」
『スイーツは? 蟹のスイーツ……は……美味くなさそうだな』
張り切る弥刀 一二三(aa1048)に対して、相棒のキリル ブラックモア(aa1048hero001)のテンションは底辺だった。
「そ、そういや持ってきましたえ、キリルの大事な本」
『む……!』
戴き物のチョコの出る本をそっと出し、ご機嫌取りをする。
「どうかこれで、今日のところはひとつお願いしますえ」
『うむ』
さっそく本からチョコをひとかけ口に含むと、キリルの機嫌はすっかり良くなった。
皆月 若葉(aa0778)とラドシアス(aa0778hero001)は漁師たちからもらった処分する予定の古い網を幻想蝶へと収めつつ、漁船や漁具にもかぶせていく。
「じゃ、ここの蛸の設置は任せた……って、すごい格好だね……!」
一緒に作業をしていた魂置 薙(aa1688)を振り返って、その変わり映えに驚く。
イメージプロジェクターの投影によって、足の先から頭の天辺まで、立派な蛸の化身と化していた。
『……これなら蟹も騙せそうだ』
ラドシアスの感心に、薙はほんのりと誇らしげだ。
「早く終わらせて、蟹、食べよう」
見るものが見れば分かる、期待に満ちた薙の横顔を、エル・ル・アヴィシニア(aa1688hero001)は慈愛に満ちた眼差しで見守る。
「じゃじゃーん! どうぶつパペット・バージョン・タコ!」
藤咲 仁菜(aa3237)が誇らしげに掲げたモノを見て、九重 依(aa3237hero002)が無言のうちに動揺する。
『……タコ人形を何に使う気だ?』
「従魔はタコが苦手って分かってるから、これを飛盾にくっつけて本物っぽく動かせば従魔を追い払えるかも! パペットをくっつける事で蟹へのダメージも減らせるし」
キラキラとした眼差しで、仁菜はいそいそと人形を飛盾にくくりつけていく。
愛くるしいタコのパペットでファンシーに変わり果てた盾を前に、依は不安を隠せない。
しかし、周囲を見回せば、蛸に化ける人やら、蛸壺を腰にくくりつけた人やら……あれ……これが普通……? ここは戦場では……?
『………………』
浮かび上がる疑念と疑惑を飲み込んで、依は生暖かい眼差しで楽しげな相棒を見守った。
「漁具・漁船の陸上げ……よし。網と蛸の設置……よし。そして、囮り船の準備、ヨーソロー」
荒木 拓海(aa1049)はひとつずつ港の準備を確認していくと、一艘だけ港に出たままの小さな漁船にメリッサ インガルズ(aa1049hero001)とともに乗り込んだ。
これからこの船で、巣に引きこもった蟹たちをおびき寄せるのだ。
港を襲った愚神と従魔は、一度、沖合のドロップゾーンまで引き上げたようだった。
施設や漁船、漁具に被害はあったものの、まだ致命的というほどではない。
しかし、きっとまた奴らはやってくるだろう。
地元の漁師たちに協力してもらい、港の漁船・漁具などはひとところに集めた。
網をかけて守りを固めると同時に、蛸も配置して、蟹たちをおびき寄せるエサ兼トラップとする。
準備はすでに万端整っていた。
辺是 落児(aa0281)と構築の魔女(aa0281hero001)も続いて船に乗り込む。
他の者たちもまわりに集まってきた。
「それじゃ、行ってくる。状況はこまめに共有し合おう」
拓海が通信機を示して言う。
「頼んだ。こっちは、任せて」
槻右が答える。
拓海の視線の先に、蛸姿の薙がいた。
サムズアップをすると、蛸の触手でサムズアップを返してくれる。
『辺是さんと魔女さんは浅瀬の中の防波堤で下ろせばいいんですよね?』
メリッサの問いに二人が頷いて返す。
「麻生さんとリーヤちゃんは?」
麻生 遊夜(aa0452)は手を振って答えた。
「もう少しここの手伝いをしたら、港の先の方に向かう。ちょうど海にせり出していて、愚神を囲い込むにはいい具合だ」
隣のユフォアリーヤ(aa0452hero001)も遊夜の言葉に頷いている。
一同は、誰となく互いに顔を見合わせると、
「作戦、開始だ」
各々の配置にむかっていった。
●黒い波間
光の差さない黒い波間に、小さな船が揺れている。
共鳴状態の拓海はモスケールのゴーグルをかけて、真っ黒い闇の向こうに目を凝らしていた。
通信機に向けて呼びかける。
「こちら拓海。蟹坊主と従魔と思われる反応を確認。今から港におびき寄せる」
了解を告げる旨が次々と返ってくる。
ゴーグルの向こうでライブスの反応がじわじわと迫ってくる。
「うまくいくといいんだけど」
じわりじわりと、船を港に向けて前進させる。
引き離さぬよう、最新の注意を払いながら、不気味に蠢く影を浅瀬へと引き込んでいく。
『また、膨大な数ですね、これは』
沖にほど近い波間の防波堤に待機していた共鳴状態の構築の魔女は、ぽそりと呟いた。
海底を押し寄せてくる蟹の群れたちは、その数ゆえにうず高く重なり合い、波の合間から黒く蠢く姿を時折さらしていた。
『しかし、ふむ。こちらは手分けして連携していければよいですね。問題は――』
離れた先をゆっくりと囮の漁船が横切っていく。
その後を追うように、4つの触角と、闇のような瞳が、波間からのぞいている。
数多の従魔たちを先行させて、様子を伺いながら、じりじりと迫っている。
巨大な蟹の愚神、蟹坊主。
まだだ。
あれを引き込むまでは、手を出してはならない。
決して逃げられない、虎口の中へと、それをおびき寄せるまでは。
『もし、愚神が逃げるならどのルートでしょうか…?』
事前にH.O.P.E.経由で入手しておいた港湾付近の地図を頭に描きながら、射程と射線を計算し、最適な地点の候補を上げていく。
構築の魔女はまだ、時を待つ。
同じく、狙撃の役を担う遊夜とユフォアリーヤの二人も、じっとそれを見守っていた。
『……大きいのが一体、小さいのがいっぱい』
右に左にと、ふさふさの尻尾が揺れる。
「蟹の大行進か……数百体とは、何とも豪勢なこったな」
迫りくるその姿を見据えながら、遊夜は狙撃の体勢を整えていく。
「敵は倒す、漁師の生活を守る……両方やらなきゃならないのがエージェントの辛い所だな」
『……ヒーローだから、ね……さ、お仕事お仕事』
波間に突き出すその姿をスコープに収めながら、撃鉄を起こす。
しかし、まだ。
もう、少し。
初戦はおそらく、港の方で、始まっている。
●蟹の大行進
――ギチギチ
――ギチギチ
さざなみの音すら打ち消す、無数の音、そして蠢く影。
蟹の従魔たちは続々と港に上陸を果たしていた。
数百という影が、集めた漁船と漁具を目指して一目散に迫ってくる。
数の暴虐。
しかし、万端整えた地の利は、リンカーたちの手の中にある。
港の奥、漁船と漁具の前に陣取った槻右は、モスケール越しに従魔たちの動向を監視、戦域全体の状況を把握していた。
「……若葉、いいよ」
「了解!」
通信機越しの合図で、若葉は網と蛸壺を手に、海上を疾駆した。
指定された地点、上陸を果たした蟹の先鋒めがけて、網を投下する。
絡め取られた蟹たちは、しかし、恐るべき切れ味となった鋏で、それらの拘束を断ち切ろうとする。
だが――
「おかわりだ!」
網に続いて投下されたそれらは、蟹の天敵たる、蛸たち。
生物の本能に刷り込まれた恐怖は、たとえ従魔となってもなお、彼らの精神を縛るのか。
蟹たちは目に見えて恐慌状態に陥り、ついには、泡を吹いて、ひっくり返っていく。
その拍子に、従魔たちの憑依が解ける。
それらを若葉は見逃すことなく、次々としとめていった。
網の中ですっかり憑依の解けた蟹たちは、そのまま離れた海中にリリースされる。
「頼んだよ、次は捕まるなよ」
「引きつけ感謝っ、次は――」
槻右の情報を元に、若葉は港を駆け抜ける。
網と蛸の二刀流で、港に進入する蟹たちの進路を阻み、コントロールする。
港のまた別の箇所では、竹槍を手にしたひりょが無双していた。
竹穂先は使わず、柄の部分を打撃武器として用い、リーチを活かしてまとめて蟹たちを薙ぎ払う。
そうしてひるんだ蟹たちへ、肩に担いだ白い袋からソレをばらまいていく。
「ほら、お前達にプレゼントだよ! 遠慮なくもらっておいて」
ステキな蛸のプレゼントに、蟹の従魔たちは泡を吹いて倒れた。
飛び出した従魔を容赦なく殲滅していく。
また別の場所では、望月が釣り竿を銃の如く蟹の大軍に指向していた。
備え付けのスコープを覗き込み、引き金を引く。
ルアーが射出された。
その先にはもちろん、元気にうねうねとうごめく蛸がくくりつけられている。
着水した蛸を泳がせて、蟹の従魔たちを港から追い払う。
憑依が解除された従魔たちは、その端から撃退される。
「釣るためではなく逃がすため。その先にある希望を掴むための、太公望です」
ここで、キメのポーズ。
リールを巻いて、蛸つきルアーを回収すると、再び射出。
他のリンカーたちとも連携をとって、憑依解除、従魔撃退と分担しながら、蟹の大軍を押しとどめていく。
化け蛸となった薙もまた、港を駆けていた。
身長175cmの蛸変化が、次なる獲物を求めて彷徨う。
ゆっくりと巡らせた首が、ピタリととまる。
「次は、お前だ」という目線。
紫の左目がぎゅぴーんと光る。
ギラつく鎌を振り上げて、蟹の群れに襲いかかる。
蟹たちは一気に泡を吹いて、コロリと転がった。
『蟹にトラウマが残りそうだの』
エルルの呆れるような面白がるようなつぶやきをよそに、薙は次々と憐れな獲物を仕留めていく。
まれに憑依が解けない個体にはフローズンジェルウィップで軽めに打ち払う。
巨大な蛸から伸びる恐るべき冷たい触手(鞭)に怯え泡を吹く蟹たち。
周辺を一掃すると、槻右に連絡をとる。
「それじゃあ、次は――」
蛸姿の死神は、再び獲物を探して、港を彷徨いはじめる。
そしてここにまた、もうひとつの蛸の化身があった。
『プロジェクター案は魂置クンのモノだよ。お礼を言おう』
「ん……有り難う」
『って事で、レッツ☆爆走!』
共鳴したニウェウスはストゥルトゥスの掛け声とともに、文字通り飛び出した。
アサルトユニットにジェットブーツの併用で、海の上を弾丸のごとく飛び回る。
海上の走り屋蛸、ターボオクトパスが爆誕した瞬間であった。
「これ……人が見ても、怖い気が、するよ?」
しかし、その効果は絶大だ。
恐るべき速度で迫りくる巨大蛸を前に、蟹たちは次々と憑依を解除されてひっくり返る。
ダメ押しとばかりに、ターボオクトパスは漁師さんからお借りした籠と、すごいむしとりあみを手にして、爆走する。
憑依の解けた蟹をすくい上げては、次々と籠に放り込む。
『仲間が食材として捕獲される、しょっきんぐな光景を見るがイイ!』
「美味しく、頂きます……」
捕獲する様を見せつけ、さらには籠を振り回して『捕獲するぞ』とアピールすることで、より強烈なショックを与えていく。
籠がいっぱいになったら、離れた海へとそっとリリース。
そして再び、ターボオクトパスは海上を爆走する。
港の攻防は、数の不利をものともせず、すべてリンカーたちのコントロール下にあった。
「こちら拓海。そろそろ仕掛ける」
通信機からの声に、港で従魔の駆除を支援していた一二三が、浅瀬の方を見やった。
ほんのりと色づき始めた空と海の間に、巨大な影がそそり立っていた。
従魔たちの不甲斐なさに業を煮やしたのか、まんまとおびき寄せられた蟹坊主は、すでに包囲網の中にあった。
「ほな、あてらもいきまっか。槻右、若葉、こっちは頼むで。倒したら連絡するんで」
「了解! 連絡待ってるね」
「一二三さんも気をつけて」
槻右、若葉がそれぞれ応じた。
「望月はんもよろしゅうな」
伝法な仕草とドヤ顔のサムズアップを見届けて、一二三は港から海上へと駆け出した。
●蟹坊主
囮船の傍ら、海の上に拓海は立っていた。
その手には釣り竿、獲物はもちろん、目の前の化け蟹だ。
ライブスによって硬化したナノワイヤーは、すでに巨大な蟹鋏を絡め取っていた。
アサルトユニットの推進力によって、蟹坊主をこの場に引き止めている。
「支援要請!」
拓海の声に、通信機から二重の声が即座に応じる。
飛翔音。
そして、着弾。
一発目の狙撃は、伸び切った蟹の足の関節部をひしゃげさせた。
さらに、もう一発、砲声。
右の目玉が吹き飛ぶ。
声にならない叫びを上げて、蟹坊主が暴れ狂った。
拘束を逃れた蟹鋏が空を切る。
「そんだけ動いとったら、さぞ腕の肉も美味いやろな!」
銀髪の交じる赤髪を振り乱し、駆けつけた一二三が、死角を突いて蟹の背後から斬りつけた。
怯んだスキを、拓海がライヴスによって加速した鎚で追撃する。
蟹坊主の身体を大きく、港側に押し込んだ。
ギチギチと、蟹坊主の威嚇音が波間に木霊する。
いつのまにか、従魔が浅瀬に集い始めている。
しかし、それも想定の内だった。
「させません……!」
蛸人形のついた飛盾が従魔と蟹坊主の間を阻み、仁菜の手で振るわれたウィッチブルームの突風が従魔を引き離す。
海上の暴走蛸、ターボオクトパスも駆けつけた。
『愚神や従魔のライヴスだけを奪う幻影蝶なら――』
「蟹を殺さずに、済む……!」
蟹坊主と分断するように、従魔たちを纏めて攻撃する。
さらには、拓海が囮船に乗せていた大量の蛸を放流した。
蟹坊主と従魔の間を完全に分断した。
これで憑依された蟹の被害を恐れることなく、存分に闘える。
「次の支援要請は、ヒフミの見極めで」
通信機からの拓海の声に、構築の魔女は海上を駆けながら了解の旨を返した。
海中からの奇襲や海底を使った回り込みに警戒しつつ、次の狙撃地点へと降り立つ。
『従魔に移動を阻害されないように注意ですが……そもそも、蟹って泳げるのでしたか……?』
首を傾げつつ、次の狙撃に備える。
ノイズキャンセラーによって、海面の揺らぎや光の反射、屈折、波のゆらぎによる無意識下の錯覚を軽減し、狙いを研ぎ澄ます。
支援要請。
引き金を引く。
砲声……命中。左目を吹き飛ばす。
目、第一触覚、第二触覚。
感覚器を砲撃し相手の挙動を観察していく。
「まぁ、愚神や従魔がどれだけその部分を使っているかは謎ですけれど……ね」
集まってきた従魔たちを振り切って、次の狙撃地点へ移動する。
目当ての防波堤には多少の従魔の姿があった。
「避けられないものは倒すしかないですが……」
二丁拳銃の早撃ちと乱射で一掃し、狙撃の体勢に移る。
折り悪く、化け蟹の姿が防波堤の影に隠れた。
『直接見えなくても狙う方法はありますとも』
仲間たちからの情報をもとに、敵の位置を予測する。
もとより、この距離では砲弾はまっすぐに飛ばない。
支援要請。
発砲。
防波堤の上をギリギリかすめるような、なだらかな弾道、着弾。
次の狙撃地点へ。
時には跳弾すら利用して、あやまつことなく当てていく。
一方、もうひとりの狙撃手、遊夜たちは港の突き出し部分に陣取っていた。
「……お前さん……逃げ足早いんだってな……?」
スコープ越しの蟹坊主に、声をかける。
『……ん、今回は……逃がさない、よ?』
狙いは関節部。
片側の脚全ての部位破壊を行い、逃走を阻止する。
『……カニの甲羅、外は硬い、でも……』
「硬いが故に柔軟性がなく、逆方向からの力に弱い、と。関節は他の外殻に比べると比較的柔らかいしな」
支援要請。
スコープの先で、味方たちが一斉に射線を開ける。
引き金を引く。
吸い込まれるように、着弾。
関節を逆向きに押し曲げるような一撃に、蟹がギシギシと悲鳴を上げる。
「茹で蟹の脚を食べる時の要領ってやつだ……さて、どんどんいくぞ」
動きが鈍れば鈍るほど、他のメンバーたちが動きやすくなる。
狙撃地点を変えないため射角は読まれやすいのだが、遊夜たちは早撃ちで意識の間隙を突いたり、ライブスによる弾丸の転移によって多方向からの狙撃を加えたりと、巧みに愚神を翻弄する。
また、ポイントを移動しない狙撃手はバックアタックの格好の餌食となるのだが、今回に限ってその心配は不要だった。
遊夜がスコープから顔をあげて、一息つく。
視界には、泡を吹いて倒れる無数の蟹の群れがあった。
イメージプロジェクターをふんだんに使った、活き活きとうごめく巨大な化け蛸、その圧倒的リアリティと複雑怪奇な触手の動きを前にして、蟹たちはなすすべもなく本能的なトラウマをガシガシと刺激されて、泡を吹いて転がる。
遊夜は余裕の動きで、再びスコープを覗き込む。
蟹坊主はすでに満身創痍だった。
片側の足を尽くつぶされ、感覚器のほとんどを失った。
口から泡を吹き出しながら、攻撃の間隙を縫って、逃走を始める。
無論、逃がすわけがない。
ターボオクトパスことニウェウスは、逃走経路に先回りすると、重圧空間を展開、移動の足を鈍らせつつ、銀の魔弾で追い打ちをかける。
「業務用サイズ……逃がさない」
『愚神のカニは流石に食えないんじゃね?』
「カニミソ、何人前になるかな……ぢゅるり」
『あ、聞こえてないヤツだコレ』
港から駆けつけた若葉たちも、威嚇射撃で逃走を阻む。
蟹坊主が突撃による強行突破の姿勢を見せる。
その先には、港から駆けつけたひりょの姿があった。
「盾よ……敵の進行を妨げよ!」
わざと声高に叫びながら、盾を手に、ライブスミラーを発動する。
蟹坊主の突撃。
しかし、反射されて、たたらを踏む。
従魔の蟹たちが、狂ったように、重なり合い、襲い掛かってくる。
ひりょは盾を持ち替えて、竹槍で打ち払う。
盾を構えていない今を好機と狙ってか、再度、愚神が特攻をしかける。
それが、仕組まれたスキだとも気づかずに。
ひりょはライブスミラーを発動、再び、跳ね返す。
「おっと、盾がないから大丈夫と思った? 残念でしたー」
困惑のためか動きを止めた愚神に、仁菜が仕掛けた。
蜘蛛の巣のようなライブスのネットが蟹坊主の身体を捕える。
この機を逃す術はない。
一本、二本、そして三本。
動きを止めた巨体に、アンカー砲が襲いかかる。
「つれねぇなぁ、もうちょっと遊んでけよ」
『ん……大歓迎、してあげる……よ?」
遠くはなれた陸の上から、遊夜たちが楽しげに呼びかける。
構築の魔女とともに、アンカーを断ち切られないよう牽制していく。
港の一二三もアンカーを固定した。
かたわらでは、従魔を押さえ込んでいた槻右たちが、最後の大技を発動させる。
蛸の姿を映した鏡さん、そして蛸壺のくくりつけられた飛盾を上空へと飛ばす。
エクストラバラージからの、ウェポンズレイン。
各自もまた、所持していた蛸のストックをいっせいにばらまいた。
虚実入り乱れて降り注ぐ、数多の蟹たち。
これぞまさに、秘技――!
『いけー! 蛸さんレイン!』
千の掛け声とともに、港内の蟹たちはドミノの如く、一斉に泡を吹いて転がった。
「こっちも一気に決める!」
海上に拓海の掛け声が響いた。
蟹坊主に肉薄、大ぶりの攻撃で乱戦に持ち込む。
「これで、蟹食べ放題……!」
仁菜の分身攻撃、鋭い爪による蹴り技と魔女っ子箒による怒涛の攻撃が炸裂する。
一二三も、ライブスをまとわせた剣撃で、甲羅をはぐように撃ちかけていく。
「こいつの蟹味噌も食えるんやろか?」
『……戦闘中に卑しい奴だな……モグモグ』
「……何や口ん中、チョコの味すんやけど?」
戦闘中、いったいいつのまにチョコを中に放り込んだのか。謎は深まるばかりだ。
「拓海〜、トドメで下手こくなや?」
「あ、じゃあ、止めはセンパイに任すから大丈夫!」
「え、ちょ、い、いややわぁ」
からかい半分の言葉にマジレスされて、一二三はそそくさと道をゆずる。
はて、と拓海は首を傾げながらも、蟹坊主に狙いを定めた。
海上を疾駆、穿たれた傷跡へ、疾風怒濤の連撃を叩き込む。
バキリ、と音を立てて、甲羅に一撃が突き刺さった。
蟹坊主は、浅瀬の中に倒れ伏した。
薙と若葉が、ハイタッチを交わす。
残るは、残敵掃討のみだ。
狙撃体勢を解いた遊夜は、一体の蛸の化身となりて、釣り竿を振りかざしながら、従魔たちを追い回し始めた。
他の者もそれに追随していく。
望月は、いそいそと戦闘で死んでしまったカニたちを回収していく。
「すぐなら、調理もできるでしょ」
港では阿鼻叫喚の掃討戦が始まっていた。
●蟹の宴
「かんぱーい!」
避難していた漁師たちや、その家族らも交えて、港は大賑わいとなった。
急ごしらえの仮設の宴会場に、見るも鮮やかな蟹料理が次々と並ぶ。
「凄いな……おっと涎が」
拓海はさっそく蟹料理に手をのばす。
メリッサと並んで、しばしの間、無言で蟹の味を堪能していた。
蟹の身を取る時は、どうしたって静かになってしまう。
ストゥルトゥスも、蟹の味に舌鼓を打っていた。
『うめぇ、労働の後で食うカニうめぇ』
「ん……」
『マスター、こっちのも中々にイけるよ』
「ん……」
『……尋常じゃないレベルで集中してるっすね?』
『…………』
ニウェウスは無心で殻をむいている。
ユフォアリーヤも一心に蟹の足をほじっていた。
「うむ。蟹は無言で食うもんだ。あむっ」
遊夜も勧められた料理をありがたく味わいつつ、茹で蟹も堪能する。
薙は終始、目を輝かせていた。
「エルル、蟹、こんなにたくさんある」
次々と蟹料理を手に取っては、口に運ぶ。
さすがの食べ盛り、空いた殻がうず高く積まれていく。
『港で食べるのは新鮮で良いの』
エルも満足気だった。
どちらかと言えば酒の方を嗜んで、蟹は手が汚れたり爪が割れそうな物を避けて、手軽に食べられるものを選んでいる。
ひりょは慣れていないフローラに蟹の身の取り方をレクチャーしつつ、隣でそれを見守っていた。
近くの席で、若葉とラドシアスも蟹の足を手に取る。
「蟹は美味しいけど、食べるの大変だよね」
『…………』
苦戦する若葉とは対照的に、ラドシアスは蟹を持った手をもう一方の手でトントンと叩いてスルリと身を取り出す、いわゆるカニポンで、あっさりと殻をむく。
「ちょ、何それ、俺もやってみたい!」
若葉は食べるのもそこそこに、見よう見まねでひたすらカニポンをはじめた。
どんどん皿に積まれる蟹の剥き身を、ラドシアスは黙々と食べる。
ふと、ひりょが全然食べていないことに気付いた。
視線に気付いたひりょが、苦笑いを返す。
ひりょがさっさと身を取ってあげると、腹ペコ魔人のフローラは際限なく蟹を食べてしまい、もしかしたら、漁協の皆さんの最終的な蟹漁獲量にすら打撃を与えてしまうかもしれない。
かといって、放置しておくとあまりに時間がかかって可哀想だ。
結局、どのみち、ひりょは自分の分に手が出せずにいた。
『遠慮してるとなくなるぞ』
ラドシアスは剥き身の皿をそっと押し出す。
「ありがとうございます」
ひりょはひかえめに蟹の剥き身に手を付けはじめた。
「さ〜て、そろそろ食べようか……って、ないっ!?」
殻剥きに夢中だった若葉は消えた皿の行方にも気が付かず、泣く泣くまたカニポンを再開した。
『蛸陣営の見事勝利、蛸様、どうぞお元気で』
千は蛸壺の蛸たちに、喜々として蟹をあたえている。
槻右は何も見てないことにして、目の前の蟹料理に集中した。
「ありがとうっ……これが新鮮な味……!」
やっぱり、見ているよりは食べる方がいいと、文字通り噛み締める。
持参の紹興酒も開けて、皆にふるまっていく。
日本酒の甲羅酒も楽しみつつ、紹興酒でも意外とカニ味噌の深みと合うことに気付く。
『拓海の稼ぎじゃ食べれないわよね』
同じ卓を囲っているメリッサが含みのある笑顔を浮かべた。
蛸の元から戻ってきた千は、はっと何かに気付いた顔をする。
『主の給金でも無理ですっ』
「「余計な事は言わなくてよろしい」」
拓海と槻右の声が綺麗にハモった。
『蟹さん、美味しいですよ?』
『ええ、そうね。はい、アーン」
千とリサは仲睦まじく料理を食べさせあって、聞いていない。
仕方なしに、槻右は視線を他に移す。
斜向かいで、仁菜と依が蟹の身を手に、並んでうつむいている。
「食べてる? 仕事の後は美味しいね」
声をかけると、真剣な顔で殻を剥きながら、こくこくとそろって頷く。
「美味しい…!」
『悪くない』
漁港は生臭そうなどと嫌な顔していた依も、はじめての蟹に多少手こずりながら、仁菜と一緒に楽しんでいる。
うんうん、と槻右は満足げに頷くと、一二三と拓海の輪に、杯を近づけた。
「呑んでるー?」
「今日は蟹食い倒れに参戦ですえ! 焼き蟹、蟹しゃぶ、蟹の刺し身、よりどりみどり……最高どすなぁ!」
上機嫌に語る一二三の隣で、キリルはもくもくと蟹の甲羅を手にしていた。
『……まあ、食えなくはないな』
仕方なしに、という調子で、次々と甲羅を空にしていく。
話に夢中の一二三は気付いていない。
振り返った時には、時すでに遅かった。
「うちの蟹味噌!」
貴重な蟹味噌を根こそぎ奪われ、一二三は嘆き悲しみに、引き篭る。
『リーヤさん、はい、アーン』
『……アーン』
メリッサが今度はキリルと食べさせっこを始めた。
「ん……もう食べれない……」
やがて、ほろ酔いでたっぷりと蟹を堪能した槻右が、拓海の肩にもたれかかった。
「お疲れさん。でもまだ寝るなよ」
拓海は小突いて返すが、その表情は柔らかい。
構築の魔女は周りの談笑に相槌を打ちつつ、のんびりとカニ料理を味わっていた。
落児も、日本酒の杯を手に、静かに楽しんでいる。
目の前の料理が少なくなると、構築の魔女が腰を上げた。
『何かお料理を取ってきましょう。ああ、いえ、私が行ってきますから』
言うが早いか、皿を手に、席を立つ。
その後ろ姿を、落児が柔らかな瞳で見守る。
手にした杯に、拓海が杯を軽く打ち合わせた。
「良き英雄との出会いに」
落児の瞳にかすかな驚きが、そして、ほんのりと笑みの色が浮かぶ。
もう一度、静かに杯をつき合わせた。
「茹で蟹の一番太い足のところを、思いっきりがぶっとやる」
言葉通りに、望月が蟹の足にかぶりつく。
『いちどちゅるんと喉越しで味わってみたかったのよ』
蟹の身を吸い込む百薬を見て、望月がほほうと声を上げる。
「それはそれで良い食べ方だね……真似しよう」
二人は漁師さんたちも交えて、地元おススメの食べ方も尋ねてみた。
『一番美味しい食べ方を頼む』
ポーズ付きのキメ顔が漁師さんたちのツボにハマったのか、アレやコレやと色んな食べ方を教えてもらっては、それを試していく。
そしてまた、黙々と蟹の身をほじる。
最後には、大きなカニの甲羅にカニと昆布の出汁を注いで、蟹のおじやがやってきた。
『お酒がなくても最高だよ、神々しい気分になるよ。ワタシは天使だけどね!』
お土産には蟹寿司まで用意してくれるという。
『酢とお米と蟹がなじんだ頃が最高よね』
「また美味しい依頼に参加したいね」
『世界から愚神や従魔がいなくなったら、ゆっくり思いっきり食べにくるよ』
「そうだね」
でも、今日ばかりは、いつまでもやまない宴をこころゆくまで堪能しよう。