本部

北方の獅子に倣う狐

影絵 企我

形態
ショート
難易度
普通
オプション
参加費
1,000
参加制限
-
参加人数
能力者
8人 / 4~8人
英雄
8人 / 0~8人
報酬
多め
相談期間
5日
完成日
2017/11/16 15:30

掲示板

オープニング

●帰ってきた狐
「騒速の出現をプリセンサーが感知しました」
 ブリーフィングルームに通された君達は、オペレーターから開口一番そんな事を言われる。騒速が姿を消してから二ヶ月、リンカー界隈はその存在の事を忘れつつあった。
 しかし、任務を終えて帰還の途にあったエージェントが『狐に襲われ』武器を奪われ義手をもぎ取られたから大変だ。H.O.P.E.は直ちに騒速の腕から得た分析データを元に予知を行い、どうにか彼の存在を察知するに至ったのである。
「予知の情報によると、騒速は八体のレギオンを連れているものと思われます。今まで出現して来た個体とは一線を画する能力を有しているとの予測が立てられているので、くれぐれも気をつけてください」
 君達は頷くと、任務に向けて部屋を飛び出した。

●イザングランを騙す者
 月光の下、君達は慣れた手捌きで蝙蝠型の従魔を狩っていく。プリセンサーの予知によれば、それは従魔を討伐し終えた頃に姿を現すはずだったからだ。
 ミーレス級の従魔を下すなど訳もない。君達は従魔を次々に打ちのめし、闇へと帰していく。10数体いた巨大蝙蝠は、一匹、また一匹と少なくなっていく。

 やがて最後の一匹を君達は撃ち落とす。しかし安心する事なく、武器を構えて君達は周囲を見渡した。かかってこいと、心の中で見えないその敵に向かって叫ぶ。
 その叫びに呼応するかのように、高らかな蹄鉄の音が響く。君達が振り向くと、青白く光る馬に跨り、三人の騎士が駆けている。その背後を小銃を担いだ兵が追いかけ、更にその後ろには巨大な砲筒を担いだ兵も続いていた。騎士は君達の数メートル先まで近づくと、その足を止めて馬上から君達を見下ろす。
「……また会ったな。H.O.P.E.のエージェント」
 プリセンサーの予知が正しければ、彼こそが騒速のはずだった。だがH.O.P.E.の記録にある姿とは全く違う。面を外してその狐頭を隠そうともしていない。黒装束には違いないが、まるでフランスの銃士隊のような身なりをしている。
 君達のうちの誰かが尋ねた。お前は本当に騒速なのかと。すると狐は、義手の右手をぎこちなく懐へ差し入れ、黒い狐面を取り出した。
「……確かに私は騒速と名乗っていた。己に強き者である事を強いてきた」
 彼は神妙な眼で面をしばし見つめていたかと思うと、急に義手に力を込めた。面は甲高い音を立ててひび割れていく。
「だがあの時に思い知らされた。私はやはりルナールなのだ。天より与えられしは武勇ではなく奸智。狼に脅されただけで死ぬほどの臆病者でしかない」
 狐は忌々しげに呟く。恨めしげに顔を顰める。ついに面は割れ、バラバラになって地に落ちる。
「それでもこの心は、身体は私に戦えと叫ぶ。だから私は……お前達と戦う。臆病と奸智を以て」
 ルナールは面を手の内で砕くと、鞍のホルスターからリボルバーを引き抜く。天に向けて高らかに銃声を鳴らした瞬間、騎兵も歩兵も砲兵も、揃って武器を構える。
「行くぞイザングラン! 私は全霊を以て貴様達を征する!」
 二体の騎兵が君達へ向かって一気に飛び出す。いくらエージェントといえど、不意の騎馬突撃は受け止めきれない。素早く脇に飛んで躱した。
 さらに何発もの弾丸が君達を襲う。騎馬に乗った狐が君達の周囲を駆け回りながら、次々に引き金を引いてくる。ある者は武器で弾丸を受け、ある者はその身のこなしで躱していく。

「さあイザングラン。貴様はどうする!」

解説

メイン ルナールの撃退
サブ 全従魔の撃破

BOSS
ケントゥリオ級愚神ルナール
騒速に化けるのをやめ、本性を現した狐の愚神。己の耳に響く声に悩まされ続けている。
●ステータス
物防・抵抗A、魔防・生命B、その他C以下
●スキル(PL情報)
・トレース
敵のライヴスと自分のライヴスの波形を合わせ、その思考を読み取る。[防御or回避時のみ、n:攻撃PCの能力者レベル≦60の場合、防御or回避に(x:攻撃PCの該当能力/4)をプラスする。n>60の場合、x/2をプラスする。]
・リザーブ×3
ライヴスを活性化し、傷を癒す。[生命力50回復、 全BS解除]
・アハトアハト×1
・スロートスラスト×2
●武器
・騒速(打刀)
義手の右手がやや不自由な為、左手でしか刀を振れない。[近接物理、生命力50%以下:与ダメージの50%体力を回復]
・アルター・カラバン.44マグナム
どこかのリンカーから盗んだ短銃。[該当武器の説明に準ずる。未強化]
●性向
・慎重な軍師
[常に自軍の連携を保ち、相手の連携を崩そうとする]

ENEMY
デクリオ級従魔ハッカペル×2
長剣を振るう騎士。その突撃は脅威。
●ステ―タス
詳細不明、物理高め?
●スキル
・ストレートブロウ×3
[ノックバック方向、距離を任意に選べる。ノックバックは無効化されない]
・一気呵成×3
[追撃時攻撃力2倍]

デクリオ級従魔レーヴェ×3
銃剣つきライフルを構えた兵士。
●ステ―タス
詳細不明、バランス型?
●スキル
・銀の弾丸×3
・ダンシングバレット×3

デクリオ級従魔セーカー ×3
砲台を携えた兵士。一網打尽を狙ってくる。
●ステータス
詳細不明、魔法高め?
●スキル
・ゴーストウィンド×2
・ブルームフレア×2

フィールド
・広い河川敷。芝生の真ん中に舗装された道路が走っている。河は膝から腰程度の深さ。
・夜。街灯や月明かりのおかげで視認困難な程の暗さはない。照明があれば確実。

リプレイ

●お前は誰だ?
『少し見ない間に随分無粋な格好をするようになったな』
 狐の放った弾丸を大剣の腹で受け止めながら、カイ アルブレヒツベルガー(aa0339hero001)は苛立った顔で狐を睨む。その間にも銃士隊が彼へ狙いを向けようとしていた。
『おまけに大層な取り巻きまで連れてくるとは――』
『ならば一対一で、君と私で刃を交わすか?』
 嫌味のように狐は呟く。羽根付き帽子の陰から冷たい目を向けていた。御童 紗希(aa0339)はそんな彼の有様に戸惑う。
「(ソハヤどうしちゃったんだろ……ルナールって……?)」
『(恐らく依り代に憑依した愚神の本名だろう)』
「(じゃあソハヤは? ソハヤはどうなっちゃったの?)」
 弾丸が飛ぶ。身を翻して傷を最小限に留めながら、カイは狐に向かって駆け出した。
『(……知るか。そんな事!)』

『(強者の仮面を捨て、弱者の己を肯定し、然しそれでも望む……良いな。素晴らしいとも)』
 八朔 カゲリ(aa0098)の内から見つめ、ナラカ(aa0098hero001)は狐へ嬉々として賛辞を贈る。燼滅の王――カゲリは二振りの刃に黒焔を纏わせると、身を低くして一気に狐の懐へと迫った。
『(しかし、臆病と奸智を以て挑まんとするなら、前線に身を張るは悪手であろうに――)』
 狐の首筋を狙った鋭い一閃。
「この首、簡単には渡さん」
 しかし狐は打刀を引き抜くと、刃に黒炎を纏わせ斬り払った。その眼を深紅に染め、狐は馬を走らせカゲリから距離を取り直す。
「……俺の剣筋を読んだのか」
『(なるほど。その意志と覚悟、以て輝きと評するも吝かではない。……なればこそ、その輝きをこの場で試してやろう)』
 カゲリは双剣を構えると、全身に纏う気を高める。
『(さあ行け王よ。その裁定をここに示すが良い)』

『騎馬の重量と速度でぶつかり体勢を崩した所を迎撃……まぁ、そんな所か』
「じゃあ盛大に交通事故にあってもらおうか」
 アイリス(aa0124hero001)の言葉に頷き、イリス・レイバルド(aa0124)は宝石の盾を構えて金色の翼を広げた。同時に狐は刀の切っ先を天へ掲げる。
「CHARGE!」
 狐の叫びが響き渡る。轡を並べた騎士二人が、大剣を担いで一斉にイリスへ突進する。蹄鉄を重く響かせ、一直線に。イリスは光の刃をそんな騎士へと向けた。
「煌翼刃……迎芽吹!」
 重馬二頭と小さな妖精が衝突する。素早く伸びた金色の刃が馬一頭の肩口を割き、嘶きと共に仰け反らせる。しかし、衝突をもろに喰らったイリスもまた、地面に焦げ跡を残すほどに踏ん張りながら数メートル後退させられる。
「くそっ……」
『(あの狐、……従魔をがちがちに統制しているらしいな)』
 崩れた体勢を素早く立て直しながら、イリスは言葉を荒くする。その眼はエージェントの周りで悠々と馬を闊歩させる狐へと向いていた。
「……あんな奴だっけ?」
『さてね。腕一本失くしたのだから、心境の変化はあっても不思議じゃないかな』

「愚神も自らの在り方に迷うとはな……」
 迫間 央(aa1445)は蒼い影となって一気に歩兵と砲兵の間へ斬り込もうとする。分身を作り、目にも止まらぬ速さで駆けるその男を高々従魔が捉えられるわけもない。しかし、斬撃を受けながらも歩兵はその場に踏み止まる。
「陣を崩すな! 耐えろ!」
 言いながら狐は央に向かって銃の引き金を引く。央は素早く飛び退いてその一撃を躱す。しぶとい兵士達を前に、マイヤ サーア(aa1445hero001)は溜め息をついてしまった。
『その割に、作戦の方には澱みが無いわね。うんざりしてしまうくらいに』
「奸智を推す割には王道な戦法だ。……それならそれでやりようはある」
 央は刀を振るう狐の執拗な追撃をするすると躱しながら、氷鏡 六花(aa4969)の方をちらりと見る。六花は頷くと、ぱらりと魔導書をめくった。オーロラの翼が開き、輝く。
『イザングラン……六花を“狼”呼ばわりするなんて、腹立たしいわね、あの狐……』
 アルヴィナ・ヴェラスネーシュカ(aa4969hero001)は視界の端に映る狐に冷徹な怒りを向ける。その怒りはライヴスとなって伝わり、六花に力を与えた。
「騒速……あなたも力をつけたみたいだけど……六花だって、この二か月ずっと戦い続けてきた……前の六花と、同じだと思わないで……!」
 氷の竜の幻影が浮かび上がり、兵士達に向かって白く輝くブレスを放つ。狐は馬の脚を止めると、刀を振るって叫んだ。
「FIRE!」
 砲兵三人は一斉に火砲を放ち、荒れ狂う氷炎にぶつけて魔力を打ち消す。狐は並び立つ兵士達の前に馬を走らせ、六花を馬上から見下ろす。空になった弾倉を黒いライヴスが埋めていく。
「ああ。お前のライヴスから、健気な努力はよく伝わっているとも」
 リボルバーを振って弾倉を納めて六花へ狙いを定める。それを見たナイチンゲール(aa4840)は、ジークレフを構えて六花の盾となる。
「六花には手を出させない……!」
 長剣を鋭く振るって弾丸を切り落とす。友達を守ろうとする心意気が、彼女に力を与えていた。狐は鼻面に皺を寄せると、刀を取って再び駆け出す。ナイチンゲールはそれを追わず、兵士の放つ弾丸から六花を守り続ける。墓場鳥(aa4840hero001)は視界の端に消える狐を見送り呟いた。
『化けの皮……差し詰め蟷螂の斧といった所か』
「狐じゃなくて?」
『……。最後まで気を抜くな』
 墓場鳥はナイチンゲールに釘を刺しつつ、一人黙考する。
『(そも、これがルナールならば騒速とは何だ。この者は“何”の為に戦う? ……それが顕現した時、この者はどうなる……?)』

 銃火乱れ飛ぶ中を駆け回る狐。狒村 緋十郎(aa3678)はカイと共に挟み込むように狐を追っていた。狐の怜悧な闘気と狒々の荒々しい闘気がぶつかり合う。
「義手か……まだ余り馴染んではおらんようだな」
「貴様のお陰でな」
 狐は嫌味たっぷりに言い返す。しかしその自然な口振りに緋十郎は満足した。
「だが、随分と言い面構えになった。己の天賦を漸く受け入れたか」
「そうだ。騒速の仮面を被ったところで、貴様らに勝てぬというのでは仕方がない」
 一方の狐はいかにも不満げに銃に弾を込め直す。左手には刀を握り、鐙に踏ん張って立ち緋十郎にカイと向かい合う。
「行くぞ狐……貴様の奸智と俺の蛮勇、どちらが上か確かめさせて貰う……!」
 緋十郎が真っ先に突っ込む。大剣を担ぎ、一気に狐の間合いへと踏み込んでいく。狐は馬を飛び降りると、全身の金毛を深紅に染める。狐は顔を顰めると、半身になって左手の刀を振り、振り下ろされた大剣を斬り払う。
 続けざまに狐の間合いへ踏み込もうとしたカイは、緋十郎の大剣に道を阻まれ、反射的に跳び上がる。その肩口に狐の銃口が向けられた。
『くそっ……!』
「カイ=アルブレヒツベルガー。貴様は私の事をよく理解している」
 狐は不意に呟く。カイは相撃ちの覚悟を固めて大剣を握る手に力を込めた。しかし、左目を蒼い光に包んだ狐は、不意に歯を剥き出しにして身を翻す。
「……だがな。俺だってお前の事はよくわかってるんだ!」
「(カイ……!?)」
 狐は跳び上がると、薙ぎ払った大剣の上に飛び乗り、カイの肩に向けてマグナムを撃ち込んだ。激しい衝撃に耐えきれず、カイは横ざまに倒される。地面へと降り立った狐は、再び冷めた眼差しでカイ達を見渡す。
「その気になれば貴様にだってなれるくらいだ。私は」
『(思考を読むなんて生易しい表現ね。あの狐、貴方達の思考を丸ごと頭の中で再現しているのよ)』
 レミア・ヴォルクシュタイン(aa3678hero001)は狐の様子を見て緋十郎に囁く。背後から突っ込んできた馬。一撃で切り伏せたかったが、マグナムに狙われていた。仕方なく横っ飛びで躱す。
「普段敵を討つように連携するのは困難……という事か」
 狐は馬に飛び乗ると、再び間合いを詰めてきたカゲリに向かって銃を向けようとする。だが、その瞬間を世良 杏奈(aa3447)が待っていた。
「ふふ。また貴方と戦えて嬉しいわ♪」
『(また遠慮なくぶっ叩くんでしょうけどね……)』
 ルナ(aa3447hero001)の呟きは受け流すと、杏奈は魔導銃で一発撃ち込む。刹那、虚を突かれた狐の義手に魔力が炸裂した。狐は舌打ちし、馬を駆ってカゲリとの衝突を避ける。
「……あの時の魔女か」
「コレを貴方に使うのは初めてね。アルマギを手に入れる前のメイン装備だったのよ♪」
「知らん」
 狐はすっぱり切り捨てる。杏奈は口を尖らせると、今度は懐から武骨な目覚まし時計を取り出す。
「つれないわね。そんな態度を取られると、ちょっと困らせたくなるわ」
 スイッチを入れると、杏奈は狐に向かって投げつけた。飛んでいった黒鉄の目覚ましは、突如ジェットエンジンのような爆音を響かせる。狐は僅かに身じろぎしただけだったが、その小さな動揺が兵士達にもいっぺんに波及した。
「やってくれる……」
 狐は銃をリロードして戦場の中心に向ける。銃口が一瞬鋭い輝きを放ったかと思うと、巨大な光弾が放たれ周囲を爆風に呑み込んだ。
「随分急にぶっ放したな……」
 素早く飛び退いて爆風から逃れ、央は忍刀を構え直す。狐は騎兵二体と並んで駆け、歩兵達の脇へと並ぼうとしていた。地面に大剣を突き立てて爆風を堪えたカイと緋十郎は、再び整えられた狐の陣容を睨む。
『前みたいに逃げる時に使うと思ったんだがな』
「あれが意味のない行動を取るとは思えん。今の一撃にも狙いがあるはずだ」
 二人の言葉を聞いて、アイリスはすぐに閃いた。
『……烏合のレギオンを精鋭にまで変える統制力、やはり万能ではないと見えるね』

●私は誰だ?
「大丈夫?」
 全身に生傷を作りながら、ナイチンゲールはその腕の中に抱え込んだ六花に尋ねる。不意打ちの一発を見た彼女はその身を盾にして六花を守ったのだ。掠り傷だけで済んだ六花は、うっすら血に染まるナイチンゲールの脇腹を見た。
「……ナイチンゲールさん、こそ」
「何とかね。まだ戦えるよ……このまま負けなんて癪だしね」
 ナイチンゲールは痛みを堪えて立ち上がる。ジークレフの輝きはいまだ鋭い。墓場鳥は呆れたような、感心したような口調で呟く。
『(無茶をするものだ)』
「どうってことないよこのくらい。行こう、六花」
「……うん」
 六花はナイチンゲールの力強い微笑みに応えると、再び魔導書を開いた。

『従魔を統制する知恵、相手の思考を己の中で再現する能力。厄介と言えば厄介だが、その両立はかなりの負担に違いない』
「馬はボク達が抑えるから、その狐は任せたよ!」
 ライヴスを放ち、イリスは再び馬と向かい合う。黄金の翼に挑発された騎兵は、雄叫びを上げ、エージェント達の隊列を割りながらイリスへと突っ込んでいく。イリスは光の刃を短いランスへ変えると、半身になって低く身構える。
「崩れないってなら、こっちから崩すだけだ……!」
 全身を包む輝く結界をフルに展開し、イリスは一体の騎兵に向かって強引に突っ込んだ。重々しいレクイエムが騎兵の斬撃を呑み込み、イリスの突き出した槍はカウンターのように突き刺さった。胸を貫かれ、騎士はあっさり落馬する。

「俺はお前を否定しない。今のお前も、かつての騒速も等しくお前自身だろう」
 一方、カゲリは黒焔纏う双剣を構えると、真っ先に狐へと突っ込んでいった。刀とマグナムに黒炎を纏わせると、狐は刀の柄で帽子を目深に被り直し、馬から素早く飛び降りる。馬は嘶き、カゲリへと向かって突っ込んだ。
「だから俺は、お前をただ上回り、轢殺し、踏破するだけだ」
 カゲリは一トンの巨体に向かって恐れず斬りかかる。燃える刃はバターのように馬の首筋を切り裂き、脚の筋を断ち、脇腹を突き刺す。全身を黒焔に巻かれた馬は嘶き跳ね上がり、そのまま横ざまに地面へ倒れた。カゲリはそれを乗り越えると、続けざまに狐へも斬りかかっていく。
「ぐぅ……」
 狐は銃と剣を構えて真っ向から迎え撃った。カゲリは神鳥の爪で切り裂くように、嘴で啄むように、斬り払いに突きを次々に見舞う。狐は銃身で斬り払いを受け、刀で突きを逸らす。生傷を幾つも作りながらも、致命傷だけは避けていく。
『(臆病と己を評する割には、肝の据わった守り方をするものだ)』
 一際強い焔を纏わせ、狐を両の剣で薙ぎ払う。狐は義手と刀でそれを受け止めると、カゲリの胴を蹴り飛ばして自らも距離を取り直す。息を荒げてこちらを睨む狐を見据え、ナラカは小さく呟いた。
『(やはり汝は面白いな)』

 カイと緋十郎は肩を合わせて大剣を構えていた。狐を睨みつけ、二人は耳打ちする。
『おい、狒村。俺がどうのこうのとか考えんなよ』
「わかっている。……最早連携と呼べるかもわからんな」
『仕方ないだろ。息を合わせようとしたらまとめて読まれる』
 カゲリと狐の刃が交錯し、二人は間合いを取り直す。その瞬間、緋十郎とカイは競うように狐へ斬りかかった。緋十郎が袈裟懸けに振り下ろした刃を狐は右手の義手で受け、強引に流す。その脇からカイは飛び出し、狐に向かって大剣を突き出した。
『お前は一体何者だ! 今まで“騒速”という存在で自分を偽ってきたのなら!』
 狐は軽々と身を翻してカイの一撃を躱す。そのまま銃を構え、杏奈に向かって引き金を引く。左肩が撃ち抜かれても構わずに一発撃ち返し、杏奈は狐に尋ねる。
「ねえ、貴方は見知らぬ声に従って騒速を演じてきたの?」
 杏奈の弾丸を左の籠手で受けつつ、狐は身を翻して蹴りを繰り出す。緋十郎の横薙ぎは、鉄板の靴底で受け止められる。狐は何一つ言葉を発しない。カイは狐へ猛然と突っ込む。
『東尋坊の崖で戦った時、既に勝負が決まっていながらも俺達に向かってきたお前の太刀筋に迷いは無かった。力を渇望していたお前は……あの時のお前は何者だ!』
「ねえ、騒速って誰なの? 貴方が作り出したもう一人の自分? それとも……」
 紗希も畳みかけるように尋ねる。狐は顔を顰めると、カイを蹴り飛ばして唸った。
「私は貴様らの“仮面”を内に飼っている。それを取り出し被り、お前達に化けるために。“それ”も、それの一つになるだけのはずだった」
 一気に懐へ潜り込んできたカゲリの一撃を義手で払い除けながら、狐は眼を見開いて声を荒らげる。
「だが“その仮面”は見当たらない。聞こえるのは力を求める怨嗟の声だけだ。その声が私を侵した。私は“私”が何者であるかを見失い、記憶さえも失った!」
 緋十郎が大剣を短く持ち直し、殆ど密着するように大剣を振り回す。狐は吠えると、刀を構えて一直線に緋十郎へ突っ込む。互いに振り抜いた刃が、お互いの脇腹に食い込む。
「……だから私は私を騙した。武辺者と偽った。戦いの中に身を縛り付け、叫びを鎮める力を得るために。それが“騒速という仮面”だ」
『それがお前だってのか……? マリの心を掻き乱し、俺の心を引き裂いたお前なのか!』
 背後からカイが斬りかかる。振り返って大剣を刀で受け止め、狐は頷いた。
「……そうだ。失望したか」

 狐が本心を吐露する中、やにわに兵士達の動きが鈍くなる。その隙を見逃さす、央は一気に兵士達の群れの中へと突っ込んだ。一人の歩兵に一撃見舞いながら、八艘跳びもかくやの如く跳ね回る。兵士達は思わず央に狙いを向け、次々に弾丸砲火を撃ち放つ。
「氷鏡! 今だ撃て!」
 スーツに纏わる炎を地面に転がり消し止め、央は叫んだ。六花は頷くと、再び兵士に向かって氷の竜を呼び出す。
「全部……凍りついて!」
 竜は氷の鱗を震わせると、兵士の群れに向かって氷の炎を鋭く吐き出した。瞬く間に六人の兵士は哀れな氷像と化し、歩兵達は揃って砕け散る。砲兵はどうにか耐え抜き、火砲を六花へと向けようとする。しかしその腕はすっぱりと切り落とされた。
「友達の事、これ以上傷つけさせたりなんかしないから」
 ト音記号を象る刃を、鋭く振るう。半分凍ったその身体は簡単に両断され、そのまま氷の粉となって消滅した。

「所詮私はこのザマだ。記憶を失くしても臆病だけは付き纏う!」
 四人の怒涛の攻撃を憤激と共に捌きながら、狐は叫ぶ。イリスは苛立ち交えて呟いた。
「何甘えた事言ってんだ、あいつ」
 騎兵が武器を構えて突っ込んでくる。しかし、たった単騎の突進など恐れる事はない。突っ込んできた馬を盾と結界で受け止めると、今度こそ迎芽吹で馬ごと騎士を貫く。
「ボクだって……いや、ボクだけじゃない。皆戦えるようになる為に、どれだけ頑張ったと思ってんだよ」

 六花は魔導書を開くと、杏奈と銃撃を繰り返して身を削り合う狐を見据えた。カイと緋十郎、カゲリに囲まれ次々に斬りかかられながらも、狐はその傷を最小限に留めている。
「……次に何が起きるか全部知ってるみたい」
『従魔を操る必要がなくなったから、ね。気付かれないうちに、一発で決めましょう』
「うん」
 六花は可哀想とも思った。己を見失い、ひたすらに足掻く狐を見て。しかし、エージェントの仲間を傷つけているなら話は別だ。深紅の氷をその手で砕いた六花は、黒く染まった氷の翼を広げ、一気に駆け出す。目の前では、緋十郎が今まさに狐の懐へ突っ込み、大剣の根元で狐をぶん殴ろうとしていた。
「失望はせん。その仮面を棄ててなお、貴様は今俺達の前に立った。己を取り戻すために戦う道を選んだ。俺はその意気に応え、全力でお前にこの大剣を叩きつけるのみ……!」
「やれるものならやってみるがいい。ただでくたばるつもりはない!」
 刀を血のような深紅で染め抜き、狐は緋十郎の肩口に向かって刃を叩きつける。緋十郎は肩が血に染まるのも構わず、狐の胴を大剣で殴った。狐は体勢を崩して思わずよろめく。

『今よ、六花』
「凍闇!」

 羽衣を広げて高く跳び上がった六花は、黒氷の企鵝を飛ばす。翼を広げ、極海の中を飛ぶように企鵝は狐に炸裂した。
「……!」
 狐は吹っ飛ぶ。すぐに体勢は立て直したが、余りに重たい一撃に狐はふらつく。
「おのれ……!」
『この狐野郎!』
 カイは緋十郎と共に突進する。緋十郎はカイより僅かに前へ飛び出すと、雄叫びと共に狐へと突っ込んだ。本能に任せた渾身の唐竹割。狐は刀に再び深紅を宿らせ、その一撃を受け止める。鈍い音と共に刀の表面に罅が入った。
 間髪入れずにカイが水縹にライヴスを漲らせて斬りかかった。突き、横薙ぎ、逆袈裟。一呼吸の内に放たれた三連撃。突きと横薙ぎはその身のこなしで躱した狐も、カイの怒りに満ちた気迫に押し切られ、思わず折れかけた刀でそれを受けてしまう。刀は呆気なく折れ、狐は一撃をまともに貰って地面へ叩きつけられる。
 口から血を吐きながら起き上がった狐は、一瞬川の方に目を向ける。央はその一瞬を見逃さなかった。叢雲を抜き放ち、仲間の影を縫って一気に狐へと迫る。
「……悪いが、お前を逃がすつもりはない」
『全身全霊と口にしたからにはその気がなかったとは言わせない……ここで死になさい!』
 狐は反射的に銃を構えるが、既にその視界は薄雲に覆われていた。素早く振り返っても、何者もいない。狐は咄嗟に背後へ引き金を引こうとしたが、既にその背中は央によって切り裂かれていた。
「……!」
 狐は俯せに地面へ倒れる。血だまりに沈み、肩で息をして、狐は瀕死の体を晒していた。

●“私”の存在証明
 杏奈は狐へ近づくと、その頭に手を翳して尋ねる。
「“狐の底に眠る者、表に出て来なさい”」
『……!』
 狐は眼を見開く。ライヴスがその全身に満ち、その傷を癒した。素早く起き上がると、狐は眼をぎらぎらと光らせ杏奈を睨む。ルナはその変わりように息を呑んだ。
『(やっぱり、別人みたい……)』
 ナイチンゲールや央は立ち上がった狐に向かって武器を構えるが、それを杏奈は制した。つかつかと歩み寄り、狐を見上げて彼女は不敵に笑う。
「お久しぶりね。貴方と少しお話したかったのよ」
 しかし返事は無い。狐は唸り、銃を杏奈の胸へと突きつけた。人差し指が引き金に掛かる。カイは剣を下ろすと、狐に向かって静かに尋ねた。
『……坂上剣、だな』
 刹那、狐の唸りはぴたりと止まった。逆立っていた毛が萎み、狐は銃を下ろす。その毛はうっすらと黒みを帯び、やさぐれたような眼でそれは周囲を見渡す。
『そうだ』
「愚神に喰われて……意識を残していたっていうの?」
 ナイチンゲールが怪訝な顔をすると、狐は首を振る。
『今ようやく、俺を俺だと認識した。……それまでは一つの意志に過ぎなかった。死神を殺したいという意志だけになって、こいつの中にいた』
 狐は独白する。カゲリは双剣を両手に握りしめたまま、その眼をじっと窺っていた。
「形を失ってなお、意志だけは残る、か」
『(思考を読むという能力も要因の一つだろう。あまりに意志が強すぎて、役者は“この意志が誰の物なのか”区別がつかなくなったんだ)』
 杏奈は腕組みをしてしばし考え込む。カイの言葉で、彼女の思っている以上に話が進んだ。杏奈は思い描いていた質問を組み立て直し、狐に尋ねる。
「私は少し前に会ったのよ。“死神”にね。貴方なの? 死神を追い求めているのは」
『本当か……奴に会ったのか! 奴はどこだ! どこに居る!』
 狐は眼を剥いて叫んだ。急に殺気立った狐に、六花は哀れむような眼を向けた。
「……わからないよ。探してるけど、あの愚神はレーダーに映らなくて……」
『二年も経ってまだそのザマか!』
『腹立つ言い草だな。……お前が一度死神と相対してるってんなら、わかるだろ。アイツは普通の愚神じゃない。マリや世良に死の幻影を見せたアイツの能力の正体を暴く必要がある。適当に挑んだって犬死するだけだ』
 カイが苛立ちに任せて一歩詰め寄ると、狐は銃を構えてカイへと向ける。
『だから俺は愚神を喚んだ。俺を喰わせる代わりに、死神を、相棒の仇を討たせるために。愚神になれば、リンクがどうのなんて、もう気にする必要ないからな』
「……ふざけんなよ」
 イリスは冷たい目を狐へ向ける。愚神も憎いが、愚神に平気で魂を売るような人間もまた憎かった。レミアも緋十郎を通して狐に蔑みの眼を向けていた。
『(哀れという言葉がぴったりと嵌まるわね。この男)』
「道を違えていたのはお前の方か。その有様では貴様の相棒も浮かばれんだろう」
 緋十郎が低い声で語り掛けた瞬間、狐は鼻面を歪めて銃口を緋十郎の眉間へ向ける。
『黙れ! わかるのか……気付けば何もかもを失っていたこの無力感が! 手は尽くしたなんて蓮っ葉な言葉で、相棒の死を飲まされた苦痛が! お前に! お前達に――』
 不意に銃口が動く。狐は自分のこめかみに向けて、引き金を引いた。甲高い空砲が響き渡り、狐の片耳から血が溢れる。黒みがかった毛皮が、再び金色へ戻っていく。
「黙れ。あの時私はお前を喰らった。お前は私の仮面でしかないんだ。これ以上私を奪うな」
 空を仰ぎ、狐は吠える。紗希はその悲痛な叫びを聞き、いよいよ戸惑いを隠せなくなる。
「何がどうなってるの? ……私、もうわけが分からない……」
「要するに、何が本当の自分なのか、分からなくなっちゃったってことだよ」
 ナイチンゲールは隣で剣を構える。
「でしょ? 狐さん」
「黙れ! 私は私だ!」
 刃の閃きを見た狐は突如ナイチンゲールに向かって引き金を引いた。彼女は剣を振るって銃弾を払う。刹那、狐もエージェントも一斉に動き出す。
「逃がしはしない!」
 仲間に紛れ影へ身を潜めていた央が、突如飛び出す。叢雲を振るい、再び背中へ斬りかかる。しかし狐は振り返りもせずに銃を央の眉間へ向けた。
「……!」
 央は咄嗟に身を捻って弾丸を躱す。その隙に狐は六花に向かって突っ込んでいく。ナイチンゲールが素早くその間に割って入る。
 既に狐は跳んでいた。ナイチンゲールの構えた剣を蹴りつけさらに空へ舞う。身を捻って折れた剣を振るい、鍔で杏奈の魔弾を受け止めた。緋十郎とカゲリ、イリスが後を追うが、狐は構わず河へと飛び込んだ。
『くそっ!』
 川下へ向かって泳ぐ狐に向かって、カイは水縹を振るう。斬撃は衝撃波となり、激しい水柱を立てた。反応は何もない。何事も無かったかのように川は流れ続ける。
 カゲリはイリスの光を借りて川を見つめていたが、やがて双剣を収めた。
「……仕損じたか」
『枷が外れたんだろう。声が聞こえ続けるなど、読心するにはこの上なく邪魔だったはずだからな』
 武器を納め、緋十郎は仏頂面で川と向き合う。
「奴の奸智が……いよいよ本領を取り戻したということか」
「どっちにしても、次で仕留めるよ」
 イリスは剣を握りしめたまま呟く。

「(ソハヤ? ルナール? ツルギ? ……ねえ。あなたは本当に何者なの……?)」

 紗希はふと、闇に向かって尋ねていた。

結果

シナリオ成功度 成功

MVP一覧

  • 素戔嗚尊
    迫間 央aa1445
  • 緋色の猿王
    狒村 緋十郎aa3678
  • 絶対零度の氷雪華
    氷鏡 六花aa4969

重体一覧

参加者

  • 燼滅の王
    八朔 カゲリaa0098
    人間|18才|男性|攻撃
  • 神々の王を滅ぼす者
    ナラカaa0098hero001
    英雄|12才|女性|ブレ
  • 深森の歌姫
    イリス・レイバルドaa0124
    人間|6才|女性|攻撃
  • 深森の聖霊
    アイリスaa0124hero001
    英雄|8才|女性|ブレ
  • 革めゆく少女
    御童 紗希aa0339
    人間|16才|女性|命中
  • アサルト
    カイ アルブレヒツベルガーaa0339hero001
    英雄|35才|男性|ドレ
  • 素戔嗚尊
    迫間 央aa1445
    人間|25才|男性|回避
  • 奇稲田姫
    マイヤ 迫間 サーアaa1445hero001
    英雄|26才|女性|シャド
  • 世を超える絆
    世良 杏奈aa3447
    人間|27才|女性|生命
  • 魔法少女L・ローズ
    ルナaa3447hero001
    英雄|7才|女性|ソフィ
  • 緋色の猿王
    狒村 緋十郎aa3678
    獣人|37才|男性|防御
  • 血華の吸血姫 
    レミア・ヴォルクシュタインaa3678hero001
    英雄|13才|女性|ドレ
  • 明日に希望を
    ナイチンゲールaa4840
    機械|20才|女性|攻撃
  • 【能】となる者
    墓場鳥aa4840hero001
    英雄|20才|女性|ブレ
  • 絶対零度の氷雪華
    氷鏡 六花aa4969
    獣人|11才|女性|攻撃
  • シベリアの女神
    アルヴィナ・ヴェラスネーシュカaa4969hero001
    英雄|18才|女性|ソフィ
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