本部

生死を謳う亡霊

影絵 企我

形態
ショート
難易度
普通
オプション
参加費
1,000
参加制限
-
参加人数
能力者
8人 / 4~8人
英雄
8人 / 0~8人
報酬
普通
相談期間
5日
完成日
2017/10/18 16:54

掲示板

オープニング

●全て失い
「ああ、我が主。我が主……」
 闇の中を漂い、一体の愚神が呻いていた。その名はウィルオウィスプ。彼は今絶望の淵に立たされていた。
「何たる体たらく! この有様では、私は主の写し身を賜る資格など……」
 手にぶら下げたカンテラを持ち上げ、愚神はひたすら呻く。そのカンテラに火は入っていない。燃え尽きた石炭がからからと転がるばかりだ。
「狐、狐! 狐め! よくも、よくも……!」
 愚神はとうとう天を仰いで叫びだす。つい先ごろ、戦いに負けてとんずらしていた彼は隻腕の愚神に出くわした。狐の貌を持つその愚神はいきなりウィルオウィスプに襲い掛かり、彼の率いる従魔を根こそぎ攫って行ってしまったのである。
「我が主。ご慈悲を。どうかご慈悲を」
 今度はおんおん泣き出す。かつて彼は死神を象る従魔として生まれ落ち、ただライヴスを求め闇の中を彷徨していた。しかし、やがて光が生まれた。死神の主が、愚神としての生を彼に与えたからだ。
 それからひたすらに愚神は主を信奉してきた。主に報いるために。
「主、主……」
 やがて愚神は漆黒の森を抜ける。

 目の前には一棟のホテル。喜びと安息に満ちたホテル。

 目にした愚神は、卒然その口を歪めて笑う。
「そうだ……失ったのなら、取り戻せばいい。全て取り戻せばいい。それだけの事……」

●再び求む
――プリセンサーが愚神ウィルオウィスプの出現を察知しました。現在皆さんには現場へ急行して頂いておりますが、状況から考えると、被害を未然に食い止めることは残念ながら不可能です。ですので、可能な限り被害を最小限に食い止めることを考えてください。現場では大きな混乱が起こることが予想されます。どうかお気をつけて――

「動いてはならないぞ。動いたら、上手く死ねなくて苦しいぞ」
 大広間の隅に押し込められた震える人々。割れた食器、散らばる料理、血の海に沈む亡骸が床に広がっている。広間の窓辺や入り口の近くでは炎のように揺らめく霊魂が飛び交っている。スポットライトの光を浴びながら、ローブに身を包んだ死神は血塗られた剣を手に一人の男へと迫る。
「お前達も、逃げようだなんて思ってはいけないよ。大人しくしていれば私が君達を主の為の尖兵へと変えてやろう。しかし、腐った生にしがみつき、死を拒絶する愚か者は残らずに吹き飛ばそうじゃないか」
 人々は震える事しかできない。ウィルオウィスプが現れた瞬間、人々は必死に逃げ出そうとした。しかし逃れられた者は僅か。多くの人々は目の前に立ちはだかった霊魂と共に木っ端微塵となった。
 吹き飛んで挽肉となるのが嫌なら、処刑の順番が永遠に訪れない事を願うしかなかった。
「死を知ればこそ、生を知る。死を知らぬなら、生もまた知らぬと同じ」
 ウィルオウィスプは歌うように呟きながら、男の心臓に鋭く剣を突き立てる。すぐさま引き抜くと、刃を横に払って首を切り飛ばした。愚神は恍惚して吐息を漏らすと、固まって震える人々を見渡す。
「お前達は何によって生かされているか考えた事があるかな。私はずっと考えているよ。私が私でなかった時、私の生を許した者は誰であったか。ローマの将軍か? ガリアの家父長か? それとも遊牧民の頭領か? 何度も何度も彼らを擬えて戦いを試みたが、一向にわからない。だが、ずっと考えている」
 朗々と語りながら、今度は近くで震えている女に目を付けた。 剣を握り直し、蒼褪める女に向かってつかつかと迫っていく。
「お前達は今、迫る死を感じているか。卒然訪れる死を恐れているか」


「歓ぶがいい。それが生きるということだ。その歓びを抱き、この刃を受け入れたまえ」


 全速力で飛ばした車が、タイヤに悲鳴を上げさせながらホテルの前に止まる。君達は素早く飛び降り、打ち合わせた通りに動き出した。




FIELD(大広間)
■■□□□□□
■★◇◇◇◇□
□◇◇◇◇◇□
□△□□□△□
(一マス5×5sq)
■人々
□床
◇散らかった床
△入り口、床
★ウィルオウィスプ

解説

メイン ウィルオウィスプの討伐
サブ 宿泊客の混乱を収拾する

BOSS
ケントゥリオ級愚神ウィルオウィスプ
 とあるホテルに現れた”死神の主”の配下。失ったレギオンを”回収”しに来た。さっさと仕留めたい。
●ステータス
 回避A、その他D以下、飛行
●スキル
・魂魄捕縛(PL情報)
 処刑人の剣を突き立ててライヴスを一気に吸収。それをカンテラ内に溜め込んだイマーゴ級従魔に与えてレギオンへと変身させる。[単体魔法。10ダメージを与え、レギオンを1体生成する。一般人は即死させる]
・呪いの焔
 カンテラ内に漂う名もなき従魔をライヴスに変換し攻撃。[魔法。前方範囲型。命中時劣化[攻撃‐50]]
・レギオン召喚×20α
 育てたレギオンを1~3体召喚する。[シナリオ開始時点では二十体まで]
●性向
・姑息
 思い付きで気まぐれな戦術を取る。

ENEMY
ミーレス級従魔レギオン(バニラ)×4
 ウィルオウィスプによって形成された従魔。色々な生物に憑依することで初めて真価を発揮する。
●ステータス
 移動S、その他D以下、飛行
●スキル
・通常攻撃不可
・イグニス
 ライヴスを暴走させて自爆する。[物理。周囲1sq。残り生命力×50を攻撃力に追加し、攻撃後消滅。]

FIELD
・ホテル
 B2階から7階まである中規模のホテル。B2階は娯楽施設、B1階は宴会場、1階はロビー及び温泉、2階は食事を取るための大会場、3階以上は宿泊スペースになっている。
・ウィルオウィスプの所在
 大勢が食事中であった2階を襲撃、現在も一般人を殺戮し続けている。
・宿泊客
 レギオンの爆発に脅され2階の客は身動きが取れない。宿泊階の人々は非常梯子などで避難しようとしている。B階の人々は1階から脱出しようとしている。

Tips(PL情報)
・愚神は喋りを時間稼ぎに利用する。
・死神の主にまつわる情報が得たい場合は手短に。
・基本の開始地点はホテルの入り口前。
・不明点は質問を。

リプレイ

●希望の守り手
『とりあえずみんなを落ち着けないと!』
「わかってる!」
 不知火あけび(aa4519hero001)の言葉に応じ、日暮仙寿(aa4519)はあけびと手を取り共鳴する。白い翼の幻影を広げ、仙寿は競ってホテルの外へ飛び出そうとする人々の前に立つ。
《落ち着け。俺達はこういう者だ。おまえ達を助けに来た》
 彼の放つ神々しささえ秘めた光を目の当たりにし、人々は魅入られたように立ち止まる。
《仲間が愚神対応に向かってる。皆すぐ助けるから安心して、落ち着いて避難しろ》

「あの時、逃がさずに斃していたら……!」
 氷鏡 六花(aa4969)は階段を駆け登りながら悔やむように呟く。彼女の哀しみに呼応するように、絶零の魔導書は既に凍気を溢れさせていた。アルヴィナ・ヴェラスネーシュカ(aa4969hero001)は冷静にそんな彼女を宥めた。
『(今はあの敵に集中するのよ。今ここにいる人を助けるために)』
「……行くよ。タイミングを合わせて、ね」
 白刃を抜き放ったフィアナ(aa4210)が六花に目配せする。六花が頷いたのを確かめると、フィアナは一足飛びに大会場へと飛び込む。
「こっちに来なさい!」
 フィアナが剣を振り上げ、ライヴスの澄んだ煌きを放つ。広間を漂っていた亡霊達は、その輝きに反応して一気に彼女へと向かって突っ込んでいく。
「氷炎!」
 背後から飛び出した六花が凍てつく白炎を放った。亡霊も負けじと全身に炎を纏うが、白炎はそれさえ呑み込み嘗め尽くす。白炎を貫いていくつか火の粉が降りかかるが、二人は気にも留めない。ルー(aa4210hero001)は密かに賛嘆する。
『(國光から聞いていたけど。確かに頼りになる子だ)』
 ウィルオウィスプはとっさに二人へと振り返った。ぎりぎりと歯軋りし、声を洩らす。
「来たか……愚にもつかぬ希望とやらを守りし者め!」
 右手に握る血染めの剣を、傍の少年に向かって振り上げる。だが、その刃は矢のように飛んだ衝撃波に弾かれた。
「これ以上勝手な真似はさせませんよ」
 桜小路 國光(aa4046)は抜身の双剣を握ったまま、悪霊と人々の間に割り込む。ちらりと人々の方を振り向き、彼らに励ましの視線を送る。
「ごめんなさい、お待たせしました。……外に出るまで、もう少しだけ我慢してください」
「ぐぅ……!」
 悪霊は唸ると、カンテラを振り上げ新たな亡霊を喚び出す。メテオバイザー(aa4046hero001)は思わず息を呑む。
『(サクラコ、レギオンが!)』
「フィアナさんカバーを!」
 國光は両腕を広げて跳び上がり、突っ込んできた悪霊を無理矢理その手に抱え込む。もがくそれらをどうにか抑え込み、國光は身を捻った。世良 杏奈(aa3447)は血のように赤い魔導書を開き、右掌を國光の腕の内にある亡霊の束へと向けた。闇が炸裂。強烈な魔力に晒された亡霊は次々と破裂し、巻き込まれた國光は床へと投げ出される。
「大丈夫?」
「ええ、何とか」
 埃を払って立ち上がる國光の姿を確かめると、杏奈は自信に満ち溢れた顔を悪霊へと向ける。
「今日は一人なのね。いつもの紅騎士はどうしたのかしら?」
『(……杏奈、騎士に居て欲しいの?)』
「だって、何かコイツだけだとショボいんだもの」
 ルナ(aa3447hero001)の言葉を聞いた杏奈は、わざとらしく声を張り上げウィルオウィスプを挑発してみせる。ウィルオウィスプは左手に提げたカンテラをカタカタと震わせ、杏奈を睨んだ。
「……貴様ら如き、主の力を借りずとも!」

「やれると思ってるんだな」
『じゃあやってみな。その剣、俺達に突き立ててみろよ』

 大振りの武器を担ぎ、エディス・ホワイトクイーン(aa3715hero002)――一ノ瀬 春翔(aa3715)と御童 紗希(aa0339)――カイ アルブレヒツベルガー(aa0339hero001)が肩を並べて悠然と大会場に入ってきた。この場で最強の二人が並び立ち、悪霊に向かって威圧する。
「貴様ら……調子に乗るな。この人間を殺……」
 悪霊は咄嗟に刃を振り上げるが、既に人はいない。はっと振り向くと、フィアナが人々を出口へと導こうとしているところだった。
「走って!」
「逃がすものかぁッ!」
 悲鳴を上げながら、一目散に出口を目指す人々。悪霊はカンテラを振るい新たな亡霊を呼び出す。それらはすぐさまライヴスを暴走させ始めるが、六花が氷の蝶を放って亡霊も悪霊も惑わせ、その隙に杏奈が闇を放って亡霊を打ち払っていく。
「ぐぬぅ……!」
『こないだはまんまと逃げられたが、今日はそうはいかねぇぞ――』
 水縹を担ぎ、正面切って突っ込んでいくカイ。悪霊が剣を取り直して構えた時、大量の斧が彼に向かって降り注ぐ。堪らず悪霊は腕を掲げてその身を庇った。
『――その首、白い死神が刎ねちまうってよ』
 目を見開いた春翔が、悪霊に向かって炎を纏う純白の斧を振り上げていた。

●生の意味、死の価値
「わらわは許せぬのぢゃ。このように幸せが壊されてしまうのがのぉ」
 ヴァイオレット メタボリック(aa0584)はのしのしと階段を上がり、大広間から逃げ出してくる人々を迎え入れる。塗り潰したはずだというのに、未だ微かに残っている思い。己の全てを奪い去られたという絶望。ともすれば、自らを見失いそうにもなる。否、見失った果てにここへと辿り着いたのだ。
『今は己と向き合っている時ぢゃない。皆を救わねば』
 ノエル メタボリック(aa0584hero001)はそんな彼女を諫める。狂気に身を委ねてはならないと。ヴァイオレットは肩を落とし、小さく頷く。
「そうぢゃな。……みな善い思い出の為にここへやってきたんぢゃ。せめて、まだ新たな思い出を作れるようにせねば」
 ヴァイオレットは廊下の真ん中で座り込んでいる少年の下へと歩み寄る。転んでしまったのか、少年は立ち上がりもせず泣きじゃくっていた。
「のぉ、坊泣くでない。泣いたところで変わりはせぬぞ」
 ノースリーブの修道服に、右腕の武骨な義手。革の腰蓑。異様な風体の老婆に戸惑い、少年は思わず息を詰まらせる。しかし今更気にする事でもない。少年の脇を抱えて立たせ、真っ直ぐにその眼を見つめた。
『わらわ達は、救いに来たのぢゃ』

《閉めるぞ!》
 中の人々が逃げ切ったのを確かめた仙寿は、なおも追いすがろうとする亡霊に向かって無数の白羽を飛ばし、怯んでいる間に固く扉を締め切った。ヴァイオレットにびびったりどやされたりしながら逃げていく人を二階から見下ろし、二人は素早く言葉を交わす。
《一度確認しに行くぞ。何事も無いだろうとは思うが……》
『(皆が抑えてくれてるし、ね)』

「くそっ……!」
 ウィルオウィスプは身を捻りながら刃を掻い潜っていく。逃げ足だけは早い悪霊。紙一重で躱しているが、構わず春翔は斧を構えて突っ込んだ。無言のまま、胴体を真っ二つにする程の一撃を容赦無く叩き込む。悪霊はその一撃も避けようとしたが、周囲に突き刺さった斧の柄がその動きを封じる。
 一閃。渾身の一撃が斧の幻影ごと悪霊の脇腹を叩き切る。深紅のライヴスが溢れ、悪霊は苦悶の叫びを上げた。
「ああああっ!」
 怯んだ悪霊の頭に向かって春翔は素早く右手を伸ばすが、咄嗟にそれが払った右腕に弾かれる。悪霊はそのまま宙へと舞い上がろうとするが、春翔の刻んだ傷は深く、途中で呻いて高度を下げる。脇を抑え、悪霊は歯を剥き出しにして叫ぶ。
「おのれ、おのれぇ! あくまで邪魔をするつもりかぁ!」
 悪霊はカンテラから新たな亡霊を呼び出す。しかし吹き狂う豪雪がすかさず襲いかかる。亡霊は吹雪を掻い潜って次々に弾けたが、絨毯を焦がす程度の爆発では誰一人斃れはしない。
「違うよ。殺しに来たの。……皆の幸せを望んで奪おうとする、あなたみたいな愚神は絶対に許さない」
 六花はその瞳に澄み切った殺意を宿して言い放つ。この前とは比較にならない気迫に押され、悪霊は思わず悲鳴を洩らす。
「う、うう……うるさい。死神を気取るのか、貴様ら如きが!」
 悪霊がカンテラを振り上げた瞬間、青白い炎が放たれる。炎を剣で防ぎながら、カイは悪霊を取り囲むように駆ける。
『連れ回してる紅い騎士はどうした? いつもは高みの見物のお前が、直々手を下しに来るとはどういうことだ!』
「……あの狐が。狐が全て奪ったのだ! 私の兵を! 魂を! 耐え難い屈辱だ!」
『そうか。奴はレギオンを奪って雲隠れか……』
 狐と聞いてカイと紗希は確信する。騒速が悪霊を襲ったのだと。カイはにやりと笑みを浮かべ、水縹を放り出しながら腰を探る。
『それだけ聞けりゃ十分だ! つまりはお前の崇拝する主とやらに、顔向けできない様なヘマをしたってわけだ! やっぱり大したことねえな、お前!』
「馬鹿にするなぁっ!」
 ローブを翻し、悪霊は一直線にカイへと向かって突っ込んでいく。
『マリ、ちょっと無茶するぞ』
「(大丈夫。あたしはカイを信じてるから)」
 カイが僅かに身を捻ると、悪霊の突き出した刃はその肩口を深々と捉える。
「回収する……回収する! この世の存在が持っているには相応しくない! 死から目を背けて、無為に時を浪費することなど、生きているとは言わないのだ!」
『うるせえよ。……人の生き死にを勝手に決めるな』
 カイは肉が抉れるのも構わず悪霊の右腕を掴む。悪霊は息を呑み、必死に剣を引き抜こうとする。カイは漆黒の拳銃をホルスターから引き抜くと、悪霊がぶら下げるカンテラに押し当てた。
『冥土の土産に教えてやる。これが肉を切らせて骨を断つって戦法だ!』
「……やめろ」
 放たれる数発の弾丸。悪霊は剣を離して腕を振り払い、ゆらりと宙へ退く。カンテラを目の前に掲げ、悪霊は息を荒げてカンテラを見つめる。
「ああ、傷は、傷は……主様から賜った大切な……いけない。これを傷つける事だけは!」
 悪霊は咄嗟に窓へと向かってレギオンを放つ。すぐさまライヴスを暴走させ、爆発しようとするレギオン。しかし、素早く回り込んだ國光が素早く切り伏せてしまう。
「逃がしたりなんかしませんよ」
「あああ……主、さま」
 いよいよ命運を悟りつつあるのか、悪霊は声を震わせじりじりと後ずさりを始める。國光はにこりとも笑わず、カストルの切っ先を向けて問いかけた。
「主様、主様って……そんな呼ばれ方じゃ助けるに助けられないでしょう? ちゃんと名前で助けを求めたらどうですか」
「誰が助けなど……! 私など所詮は取るに足らぬ従魔でしかなかった。それをこうして、愚神として目覚めさせてくれた、報いても報いきれぬ大恩があるというのに。これ以上主様の手を煩わせるわけには――」
 早口でぺらぺらと捲し立てる悪霊。無駄な喋りで時を引き延ばし、またしても逃亡の一手を練ろうとしていたのかもしれない。
 しかしそんな姑息な手段は、エージェント達に二度とは通じなかった。
『(何だか依存し過ぎね、“主様”に)』
「……ふふ。そんなに大事なカンテラなら、壊してあげる♪」
 左腕に銃身を載せて構え、杏奈は悪霊が後生大事に抱えるカンテラへ狙いを定める。人々から平和を奪い去った愚神への怒り、そんな愚神を圧倒する事への若干の愉悦をその瞳に湛え、引き金に指を掛ける。
「皆と同じように、絶望しなさい」
 放たれた銀の弾丸。愚神はカンテラを庇おうと手を翳すが、あまりに鋭い弾丸はその手を掻い潜り、カンテラの持ち手を捩じ切る。愚神は地面へ落ちていくランプをその手に取り戻そうと足掻くが、さらに飛んできた氷の槍がカンテラに突き刺さる。
「これでもうあなたは、二度とレギオンを作れない」
 指先に白い霧を纏わせ、六花はぽつりと呟く。一切の慈悲も、それに与えるつもりはなかった。
「あぁ……」
 鉄のカンテラは呆気なく砕け、欠片となって床へと落ちていく。愚神は茫然とその有様を見下ろし、彼自身もふらふらと地面へ降りていく。
「あるじ、さま……」
 うわ言のように呟く愚神。白い死神はそのそばに迫ると、愚神の頭を掴んで高々と宙へ掲げる。氷のように冷たい瞳が、愚神の痩せこけた顔を見据える。
「年貢の納め時だ。死神もどき」
 密やかに扉が開かれ、抜身の刀を構えた仙寿が大会場の中に忍び込む。彼らは今にも斬りかからんとして殺気を高めていたが、既に戦意を喪失した愚神を見て拍子抜けしてしまう。
《(加勢には来たが……)》
『(もう、大勢は決まっちゃってるみたいだね……)』

 救急車とパトカーのランプでホテルが紅く煌々と照らされている。ホテルからどうにか逃げ出してきた人々は、今なお不安げな面持ちでホテルを見上げていた。人々の先頭に立つヴァイオレットは、神妙な面持ちで仲間が今も戦っているであろう二階を見つめる。
「(……すべての者は年を取り朽ちてゆく、避けては通れぬことぢゃ)」
 ふと、賛美歌が口をついて出る。濃紺の空の下で果てた紫にまねび修得した、全ての魂へ憐憫を求める歌。キリエ・エレイソン。掠れた声で、彼女は三度唱える。
「(故に、おぬしらに死を奪われる筋合いはない)」

「……命乞いでもするか」
 仕込みナイフの切っ先を口元に近づけ、春翔は低い声で尋ねる。端から期待はしていない。少しでも言い澱もうものなら切り刻むつもりでいた。
「ふふ……」
 不意に、悪霊は笑い出した。全身をだらりとぶら下げ、口元に締まりのない笑みを浮かべる。思わず春翔は指先に力を籠める。悪霊はさらに口元の笑みを広げ、声をだらだらと溢れさせる。
「私を殺すのだろう? 殺せばいい。私を主の為に殉じさせてくれ」
『(なにこいつ。自分を壊せって言ってる……)』
 エディスは戸惑ったように呟く。愚神を逃がすまいと窓辺で構えていたフィアナも、長剣をじりじりと握りしめて顔を顰める。
『(随分とはっきり開き直ったな、彼は)』
「(気に入らない。……これじゃ、あいつを満足させるだけ……)」
 悪霊は力なく手を伸ばし、斧を持つ春翔の手の甲を指でなぞる。
「君に選択権は無いはずだ。この世に仇為す我々を殺すのが使命なのだろう?」
「……ああ。そうだ」
 春翔は悪霊を目の前に突き飛ばし、斧を悪霊の肩口に深々と叩きつけた。そのまま斧を引くと、悪霊の全身に刃を次々と叩きつけていく。
「ああ、主よ……今、はっきりと感じられます。命の輝きが!」
 全身を切り裂かれながら、ウィルオウィスプは恍惚の声で呟く。殉教者となったかのように、それは喜びをもって春翔の刃を受け容れる。
「親愛なるタナトス様! 再び逢いましょう……最後の審判の時に……!」
「うるせえッ!」
 春翔の一撃が、ついにウィルオウィスプの首を捉え、刎ね飛ばす。深紅のライヴスが鮮血のように溢れだし、それは全身をがくがくと震わせながら倒れ込む。ライヴスを失ったその肉体は瞬きもしないうちに朽ち果て、灰となって消え去った。
「くそっ……」
 愚神の残滓を踏み躙る。それでも春翔は、心奥の違和感を拭うことが出来なかった。

●蠢く運命の影
「痛ッ……」
「我慢してください。もうすぐ応急処置が終わるんで」
 國光は紗希の肩に手当を施す。深く刻まれた傷は、共鳴を解いても紗希の身に残り続けていた。それを待つ間、メテオは救急隊員やホテルマンによって少しずつ片付けが進められていく惨劇の場を見つめていた。
 胸を貫かれ、首を切られた亡骸が担架に載せられ運ばれていく。紅い絨毯のあちこちが蘇芳色に染まっている。鉄の臭いが一帯にしつこく漂っている。メテオは胸を痛めた。俯き、ぽつりと呟く。
『本当に、死神ですね……』
「違う……ただの愚神だよ」
 手当を終えた國光は静かに立ち上がり、改めて周囲を見渡す。戦いが終わった瞬間に部屋の周囲、窓の外まで見渡してみた。しかし何者もいない。今もまた、不気味で空虚な湖が彼を見つめ返すばかりだった。
「(……タナトス。それが“死神の主”の名前? 蛙はアレを見てトーデストリープと呼んでたような気もするけれど……一体どういう事な――)」
「お疲れ様、桜小路さん」
「うわっ」
 杏奈はそんな國光の横から声をかける。思考の海に沈んでいた國光は、思わずびっくりして肩を跳ねさせる。戦いの時の凄烈な表情とは打って変わり、優しげな表情でそんな國光を見つめる。
「考え事ですか?」
「ええ、まあ。今回の愚神の後ろで糸を引いていた奴が、一体どんな存在なのか、ちょっと」
『世良さん、世良さんからも何か言ってほしいのです。サクラコ、研究も忙しいのに、死神絡みの事件が予知されたって聞いたらまた……』
 國光の言葉を聞くなり、メテオが軽く頬を膨らませて身を乗り出す。國光はバツの悪そうな顔をするしかない。ルナは二人の顔を交互に見比べて尋ねた。
『そういえば、サクラコってロンドンに留学中だったのよね?』
「そうだけど……気にはなるじゃないですか。一度関わってしまった以上、もう他人事じゃないですし」
 國光が言い訳にも聞こえるトーンでそう言うと、杏奈は深々と頷いた。
「ですよね。私も、最近は何かある度に駆けつけてしまってます」
 彼女だけではない。最早一家総出の勢いだ。皆揃って、一つの正義に駆られているのである。
「今もどこかで誰かを傷つけようとしているかもしれないと思ったら、大人しくなんて出来ませんよね」

「騒速……名前だけは聞いた事あるけど、実際に会った事はないな。どんな奴なんだ」
『私も気になる。ヴィランもリンカーも愚神も、構わずボコボコにしちゃうなんて』
 カイの隣を歩きながら、仙寿とあけびは尋ねる。カイは顔を曇らせ、どこか遠くを見るような目つきになった。
『武の頂を目指すって事あるごとに口にする……とにかく苦しそうな奴だ。少なくとも頭はキレるし、俺達の技も瞬時に見切ってくる。そういう点では厄介だった』
「だった……?」
『前回の戦いで、俺達は奴の腕を切り落とした。これからも同じようには戦えねえだろ』
 カイは淡々と続ける。六花はカイ達の顔をじっと見上げ、考え込むように首を傾げる。
「……ん。やっぱり、気になります、ね。どうして騒速は……ウィルオウィスプからレギオンを根こそぎに、奪っていった……のでしょう?」
『あの時……騒速は私達の戦い方を賛嘆していた。今までの様に戦えないのだとしたら、私達に倣って、自分も共に戦う仲間を用意しようと考えてもおかしくないわ』
 アルヴィナは森の中で快哉の声を上げた騒速を思い起こす。人間の真の強さ。エージェント達の連携を差して、彼は確かにそう言った。
「ん……騒速一人なら、何とかなっても……仲間まで連れてきたら、苦戦しそう……」
 大会場を横切り、カイは紗希へと歩み寄る。肩口に包帯を巻かれた彼女は、部屋の端で小さくなっていた。カイはそっとその場に屈み込み、彼女の体調を窺う。
『無茶なことして悪かったな』
「ううん大丈夫……傷も桜小路さんに手当してもらったから……」
 首を振る紗希はどこか上の空だった。説明するには難しい複雑な想いが、彼女を捉えて離さないままだった。
「(ソハヤ……生きてた)」
 紗希とカイの付かず離れずな距離感をしばらく見つめていた仙寿だったが、やがて会場の方へと目を戻す。結局悪霊は一人で暴れたいように暴れ、そのまま満足したように一人で死んでしまった。主には結局助けを求めようとしないままだった。
「あいつは……“裏の大仕事の為に、愚神の強化と、無能の切り捨てと、陽動もしてそう”……なんて言ってたが。どうなんだろうな」
 ふと、仙寿は知り合いの言葉を思い出した。彼は訝しげに眉根へ皺を寄せ、これまでの出来事を思い起こしてみる。
「今回の奴は従魔が愚神に強化されたとか言ってた。前回のあの件……俺達がウサギを助けてる裏で悠々とあんな事をしやがった。今回そいつは助けには来なかったけど。それは弱かったあいつを、切り捨てたってことなのか……?」
 あけびは考え込む仙寿の横顔を見つめた。かつて師と仰いだ青年の、若かりし頃の姿。今こうして共に歩める事をこの上なく嬉しく感じている。あの悪霊の想いと、自分の想いが同じとは認めたくない。しかし、“それ”の心は僅かに理解できてしまう。
『それでも、あの愚神は最後までその主に心酔し続けてた……』
 そっと手を伸ばし、あけびは仙寿の袖を掴む。
「何だよ」
『私は、仙寿様の力になれてるかな?』
 いつも朝日の様に眩しい顔が、うっすらと曇っている。仙寿は肩を竦めると、あけびの髪を軽く撫でた。
「……心配するな。あけびらしくもない」

「(このままだと、今回の愚神みたいに、アバドンまでああなっちゃうのかな……)」
 考え事をしながら、六花はぼんやりと仙寿の事を見つめていた。彼へと抱く密やかな憧れが、泳ぐ視線を彼の下へと集めてしまうのかもしれない。
『どうしたの? さっきからずっと仙寿の事を見ているみたいだけど』
「え?」
 アルヴィナに肩を突かれ、六花は赤面した。慌ててアルヴィナを見上げ、丸い目を見張る。
「……ん。違う……よ。ちょっと、考え事してた……だけだもん」
『何の?』
「アバドンの……こと」
 そっとアルヴィナは笑みを翳らせる。あれに出会い別れてから、六花の中で決定的に何かが変わっていた。それをどう受け止めるべきはわからない。ただ、アルヴィナは静かに首を振る。
『六花。きっと悲しい思いをするだけよ。それでも、いいの?』
「……それでも。六花は……あきらめたくない……」

「もう大丈夫よ。悪いやつは、もういなくなった、から」
 フィアナは外に出て、固く身を寄せ合っている子供たちに歩み寄って穏やかな笑みを浮かべる。しかし、次から次へと血みどろの惨劇を見せつけられた彼らは、フィアナの言葉も呑み込めず、ただかたかたと震えるばかりだ。フィアナは傍に屈み込むと、そっと少年少女を抱き寄せる。絶望の内にある彼らの希望になろうと。
「大丈夫。大丈夫、だから」
 遠くから、掠れた歌声が聞こえてくる。ルーとフィアナがその方を見ると、ブルーシート越しに運ばれていく亡骸の方を見つめて、相も変わらずヴァイオレットとノエルが聖歌を歌い続けていた。

「(心無き善も好かぬ。楽しまぬ悪も……わらわは、長い老いに馴染んでしまったかの)」
『(ヴァよ、些事ぢゃよ、もう)』

『聖歌、か』
 ルーは呟くと、ヴァイオレット達の節に合わせて自分も歌い始める。陽光の様に温かみに溢れた声色が、夜闇の中を満たしていく。その声に導かれるように、フィアナも歌を紡ぎ始めた。それを聞いていた人々もまた、合わせてスキャットを歌い始める。
 死を悼み、生を謳う歌声が、夜の世界を満たしていた。

「……」
 ホテルを離れ、柵にもたれて春翔は昏い水面を見つめていた。紫煙がたなびき、闇へと呑み込まれていく。
 エディスはその横顔を見つめていた。今はもう、いつもの彼に戻っている。しかし、悪霊を討った時の彼は、まさしく死神の顔をしていた。エディスはうっすらまなじりに涙を浮かべ、ぽつりと呟く。
『おにぃちゃん、なんだかちょっと、怖かった……』
「……ごめんな」
 春翔はそっとエディスの肩に手を載せると、そっと自らに引き寄せる。彼女から伝わる、冷たくも仄かな温もり。
「少しでも隙を見せたら、途端に全部持ってかれる……そんな気がしたんだ」
 自分という存在が、何故かとても頼りなく感じられる。春翔は顔を顰めた。エディスは歪んだ笑みを浮かべ、春翔を静かに抱き返す。
『……大丈夫。おにぃちゃんを壊そうとするもの、全部エディスが壊すから』





「――やめてくれ」
 壁を背にへたり込んだエージェント。狐頭の愚神は震える青年の右腕を掴み、肩に踵を押し付けている。
「悪いが、私にはこれが必要なんだ」
「あ……あああっ!」
 ぎりぎりと音を立て、右腕――義手が青年からもぎ取られた。悲鳴を上げてのたうち回る青年を尻目に、狐はその義手を自らの失われた腕の先に近づけていく――



「――誰か! 誰か応答して! お願い……! 助けて……!」
 鋼鉄の城の中、仲間だったものに囲まれて、一人のエージェントが悲鳴を上げてもがいていた。血染めの通信機は一切動いていない。血染めの白い祭服を纏う青年が、女を憐れむように見下ろしている。
「可哀想。死と隣り合わせだったのに、当たり前のように生きてきたから、そうなるのさ」
 女は愚神を見上げて震える事しか出来ない。心も武器も折られていた。愚神はそんな女の手を取り、その手の甲に口付けする。
「泣かないで。せっかく出会ったんだ。……共に踊ろうじゃないか」
 愚神の澄んだ紅の瞳で見据えられ、女は口をぱくぱくとさせる。影が歪み、その肉体すらも形を変えていく。愚神はいかにも愉しそうにその光景を見つめていた。

「死の舞踏を――」





 運命の歯車は加速していく。もはや止めることは出来ないほどに。

結果

シナリオ成功度 成功

MVP一覧

  • 生命の意味を知る者
    一ノ瀬 春翔aa3715
  • きっと同じものを見て
    桜小路 國光aa4046

重体一覧

参加者

  • 革めゆく少女
    御童 紗希aa0339
    人間|16才|女性|命中
  • アサルト
    カイ アルブレヒツベルガーaa0339hero001
    英雄|35才|男性|ドレ
  • LinkBrave
    ヴァイオレット メタボリックaa0584
    機械|65才|女性|命中
  • 鏡の司祭
    ノエル メタボリックaa0584hero001
    英雄|52才|女性|バト
  • 世を超える絆
    世良 杏奈aa3447
    人間|27才|女性|生命
  • 魔法少女L・ローズ
    ルナaa3447hero001
    英雄|7才|女性|ソフィ
  • 生命の意味を知る者
    一ノ瀬 春翔aa3715
    人間|25才|男性|攻撃
  • 希望の意義を守る者
    エディス・ホワイトクイーンaa3715hero002
    英雄|25才|女性|カオ
  • きっと同じものを見て
    桜小路 國光aa4046
    人間|25才|男性|防御
  • サクラコの剣
    メテオバイザーaa4046hero001
    英雄|18才|女性|ブレ
  • 光旗を掲げて
    フィアナaa4210
    人間|19才|女性|命中
  • 翡翠
    ルーaa4210hero001
    英雄|20才|男性|ブレ
  • かわたれどきから共に居て
    日暮仙寿aa4519
    人間|18才|男性|回避
  • たそがれどきにも離れない
    不知火あけびaa4519hero001
    英雄|20才|女性|シャド
  • 絶対零度の氷雪華
    氷鏡 六花aa4969
    獣人|11才|女性|攻撃
  • シベリアの女神
    アルヴィナ・ヴェラスネーシュカaa4969hero001
    英雄|18才|女性|ソフィ
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