本部

殺戮兵器は問う

玲瓏

形態
ショートEX
難易度
普通
オプション
参加費
1,500
参加制限
-
参加人数
能力者
8人 / 4~8人
英雄
8人 / 0~8人
報酬
普通
相談期間
5日
完成日
2017/09/04 20:37

掲示板

オープニング

 ジェイロー、朝だよー。
 目の前に大きなミーシャの顔があった。物凄く近づいてきている。おまけに、体の上に乗られていた。
「人間目覚ましか。どうも。学校は?」
「これからー。ああそうだジェイロ君。今日は学校でお菓子を作るんだ。美味しいのを作ってくるから待っててよ!」
「それは楽しみだけれど、僕は食べられないよ」
「いいの。食べた気になればそれでオーケー! ボルグは?」
「もう仕事に行ったよ」
 その日、ミーシャは朝にチョコレート味のフレークをミルクに漬けて食べて、まだ学校まで時間があるからとジェイロと二人でテレビ番組を見た。
「ジェイロー」
「うん?」
「呼んでみただけー」
「そ、そう……」
 そんなやり取りもあった。
 学校の時間になって、ミーシャを出迎える時に鞄を忘れそうだったから、二階までジェイロが取りに行った。
 ずっと覚えている。
「それじゃ、いってらっしゃい」
「ジェイロー」
「うん?」
「大好き! お菓子、待っててね!」


 後悔が消えない限り、復讐の声は止まらない。
「準備完了だ」
 夜のシベリアをボルグはたった一人で歩いていた。孤独なリンカーである彼は、今日ばかりは英雄に意識を預けている。
「ボルグ、ここで間違いはないだろう」
 ――そうだな。
 二年前、ジェイロは変わった。彼は優しくて、人間を信じて、純粋な心を持った英雄だった。ロボットでもあった。
 別の世界で高度な技術を持った人工知能AIとして作られた。彼の機能はほとんどが戦闘用に使われるもので、ジャミング装置やオート照準のガトリング砲は両肩に付属している。ロボットマニアのボルグは彼こそが相応しい相棒だと思えた。
「今更引き返せない」
 邸宅の標識には「アリス・イン」と彫られている。
「ミーシャを殺したのはこいつらだ」
 ――生きてる価値なんてねえよ。こいつらに。
「その通りだ」
 二年前、ジェイロは変わった。

 ――ミーシャ、ミーシャ!
 サイレンの音が聞こえてくる。炎上するスクールバスは横転していた。野次馬が周囲に群がってくる。
 ――ボルグ、バスの中にいるはずだ!
 共鳴した彼は急いでバスの中に転がり込んだ。後ろから救急隊員の叫び声が耳に入ってくるが、聞き入れる猶予はなかった。
 彼女に死因があるとしたらなんだろう。
 ――嘘だ。
 頭から血を流して、窓ガラスに凭れかかっている。
 ――ミーシャはまだ、九歳なんだぞ。なんで死ぬ必要があるっていうんだ。どうして僕は守れなかった! 僕は、人を守るために作られた。人を……じゃあ、最愛の人間すら守れない僕に、価値なんて! なんで僕は生み出されたんだ!

 スクールバスを使ったテロの事件はすぐに報道された。自爆テロだ。犯人は運転手を殺害した後バスを完全に乗っ取って、学校に突撃した。
 ジェイロは見えない涙を毎日こぼしていた。どうしてあの日止めなかったんだろう。助けられなかったんだろう。
「いくぞ」
 こんなことをしても何も変わらない事は分かりきっている。

解説

●目的
 ジェイロの暴走を止める。

●舞台
 アリス・インという名前の邸宅。表には社会奉仕活動と言っているが、裏ではテロ行為を行っている。特に子供を狙っている。
 テロの目的はロシアの改革。腐りきった警察や政府に対する威嚇である。

●アリス
 南に正面玄関、北に裏口がある。三階建てで、大きさは公立の中学校に並ぶ。
 監視カメラが至る所に設置されており、リンカーのガードマンも十人存在する。過剰な防衛システムは以下に列挙する。
・機関銃は全ての階にあって数は五十を超える。オート照準だが威力は低い。侵入者反応によって壁や天井から即座に登場する。
・レーザービームは跳弾性能が高い。反応がある限り延々と発射を続ける。威力は低い。壁から突然発射される。
・毒性のスプリンクラーには要注意。人体を麻痺させ同時に攻撃する。スプリンクラーの近くで戦闘が発生すると作動する。もしくは制御パネルで人為的に発生させられる。

●リンド
 アリスインの長の名前だ。彼はリンカーで、拳を使った攻撃でリンカーと対峙する。

●ジェイロ
 右手には大剣、左手にはライフル銃を持つ二メートルのロボット。両肩にライヴスバルカンが装備されている。人口知能としての機能は遮断していて、今は殺戮平気として動いている。
 銀色の胴体は物理攻撃と魔法攻撃、そのどちらにも耐性がある。しかし顔を包むマスクの額にある赤いクリスタルと、胸部のコアは目に見えた弱点。的が小さく、ただ狙うのは難しい。

 何らかの切っ掛けで邪英化する可能性がある。

●大きな罠
 アリスインの従業員が今回H.O.P.Eに通報したが、救援依頼以外にも目的があった。リンカーを誘拐し、長期間の調教によって自分達の仲間にするという目的だ。英雄と強引に共鳴できない状態にさせ、人間に麻薬を注入して主従関係を形成していく。
 隊員は長から一人でも多くのリンカーを捕まえてくるように命令されている。

リプレイ

 最初は数十人もいたリンカーの護衛兵士達が今は十人になろうとしている。たった今、アリス・インの管理者であるリンドにそう告げられた。
「乗り込んできた奴の顔は割れてんのか?」
 煙草の煙が溶け込む。リンドは呑気な顔をして自室の高級ソファに腰を下ろしていた。
「いえ、まだ。政府の者ではありません、警察の者でも」
「一般市民のリンカーって事かよ。なんだくっだらねェ。早く始末しろ、一般人になにモタモタしてんだ? 俺が育てた奴に無能はいねぇぞ」
「善処します……!」
 隊員は踵を返して扉から出て、暴れるリンカーの下へと駆けつけた。
 警察、H.O.P.Eの者じゃないなら話は簡単だ。私怨に違いない。リンドは灰皿に煙草を押し付けて低く笑った。
「相手が警察じゃねえなら、この面見せても問題なさそうだな」
 リンドは引き出しの中から武具を取り出した。赤い合金で出来たグローブを両手に嵌め、両扉を開けて廊下に出た。
 見たこともないロボットが目の前で立っていた。片手には人間の腕が握られていた。腕だけであった。
「これはこれは初めまして、どこかの誰かさん。一体我が家には何の御用で――」
 挨拶が全て終わる前に、ロボットの両肩に装備されていたライヴスバルカンからありったけの雨が横向きに降り注いだ。リンドは自らの両腕を盾にして凌いで、不敵に笑った。
「馬鹿が」
 クラウチングスタイルから侵入者に急接近までは僅かな時間だった、リンドは侵入者の片足を掴んで壁に叩きつけてから更に腹部に強烈なストレートを決めて壁に押し込んだ。砂埃が舞う中、ライヴスバルカンが再びリンドに照準を合わせて射出される。加えて片手に持っていたライフル銃を使って廊下の天井に吊るされていたシャンデリアを落として二人の間に障害を作った。すぐに姿を眩ませた。
「実力じゃ勝てねえと分かったか。このまま安々と帰らねぇだろうし。見つけ出してぶっ殺してやるよ」
 玄関からチャイムの音が聞こえてきた。三階にいたリドウは階段を降りてすぐに玄関へと駆けつけた。扉の前には既に一人の隊員がいた。長の姿が目に入ると、そっと扉の前を退いた。
「どちら様かな」
「HOPEの方から来た事務員じゃ。被害確認や事後処理の相談をしたいのじゃがよいかの?」
 ようやく助っ人のご登場だ。リドウは快く扉を開けた。目の前には一人の女性が立っていた。
「今、H.O.P.Eは一人で任務を解決するご時世になってきたのかね。もっと何人もいるかと思ったが」
「わらわは戦闘員ではないのじゃ。リンカーじゃがな。安全な場所はあるかのう?」
「俺の後に続け。後からちゃんと戦闘員は来るんだろうな」
「そりゃー勿論じゃ。強い強いお兄さんとお姉さんが後一分くらいで駆けつけてくれるぞ。そんな悠長な事言ってられんのは分かるのじゃけど、こういう事前の下準備っていうのは何よりも重要なのじゃ。何となく分かるじゃろ」
「分からなくはねえけど」
 リンドは隊員に目配せをした。隊員は了承した後、ポケットの中に手を入れて中をまさぐった。


 きな臭い、どうにも。
 リンカーの守衛が何人も配置された屋敷にこれ以上の増援がいるのだろうか。敵が夥しい数ならまだしも孤立無援のリンカーだ。第一にリンカーの目線に立ってみても、アリス・インという邸宅に一人で押し込むのはどう考えても不利だ。不利だと分かっていながら突撃する必要があったのか、自信があったのか。
「アリス・インで調べると真っ先に出てくるのは地域清掃の事ばかりですが、一つ気になる事がありまして」
 職員が集めてくれた情報は先に久兼 征人(aa1690)の所へ集合する決まりになっている。男の職員はメッセージで情報を送るだけじゃ足りず、久兼と通信を繋いだ。違和感を見つけたのだ。
「何が気になるっすか?」
「考え過ぎかもしれないんですが、この人達はテロ事件が起きた場所の後片付けにも必ず行っているんです。警察や特殊部隊と手を組んでいる表記はどこにもないので、ボランティアの一環だとは思うのですが……不自然さも覚えます」
「ふーむなるほど、何となく見えてきたっすよ。ただのボランティアならちょっと過剰だって事っすよね」
「ええ。この人達は無償でやっています。テロ事件の後始末といえば、どんな簡単な仕事でも手は掛かりますから」
「臭いが前に増してキツくなってきたって事っすね。あ、アリス・インの長に関して何か分かったことあるっすか?」
「少しだけですが」
 マウスのクリック音が何回か通信機から聞こえてきた後、職員は応えた。
「名前はリンドと言って、以前警察に勤めていたが数年で辞退し、退職金を使って自営の雑貨屋を営みながら政治家を目指すが敗退、今の大統領を変えるために署名運動もしたが結果は出ず、雑貨屋の収入が赤字になり事業を停止、それから今に至る……これが大雑把な変遷です」
「今の大統領を変えるって、相当国に嫌気がさしてたんすねぇ。リンドさんの評判はどうっすか?」
「社会奉仕活動というだけあって、市民達からは良い眼で見てもらっているようです。人柄も優しいことで評判なので、だから今回の事件に裏はないと信じたいのですが……」
「甘いっすよ。人間、誰にだって裏表はあるっす。今回の事件、めっちゃ覚悟しないとダメそうっすね……」
 通信を終わると、直後にアリス・インの公式ホームページに載っていた邸内地図が送られてきた。久兼は隊員全員に仕入れた情報を公開した。
 公開してすぐに九字原 昂(aa0919)から通信が入った。九字原も久兼と同様に事前調査に乗り出していたリンカーだ。彼は侵入者の調査を進めていた。
「調査お疲れ様です。少し気になった事があるのでご連絡させてもらいました」
「お疲れ様っす! 気になった事っすか」
「リンドさんの経歴に関してですが、大統領に対する反抗的な姿勢を示したすぐ後にアリス・インという社会奉仕の組織を立てたのが引っかかりまして。署名運動も、言ってしまえば静かな一揆のようなもの。その後に心を入れ替えて――と言うのならわかりますが、頂いた情報を細かく見ると署名運動に失敗してからアリス・インができるまでに一ヶ月もかかっていません。勿論、一ヶ月もしないで心を入れ替える事もできるでしょうが、幾分早すぎると感じました」
 具体的な証拠ではなく、ただの違和感だ。アリス・インに対する疑念は全て違和感から開始する。それは上手に隠匿しているとも取れるし、本当にただの組織とも取れる。
「今の所侵入者に対しての有用な情報は集まっていませんが、良い情報が掴め次第すぐに連絡します」
「おう、よろしく頼むっす!」
 通信が終わって、久兼は遠くに見えるアリス・インの邸宅を石垣の上に乗りながら見つめた。中から漏れる明かりがステンドグラスを照らしていた。実に綺麗だ。
「もう少し侵入者の事、調べた方が良さげだよな。俺も手伝おっと」
「そうね」
 ミーシャ(aa1690hero001)はその石垣にもたれ掛かり、街灯に照らされている。まずは聞き込みからだろうか。ネットの情報じゃなく、一般市民の生の声を聞くのだ。あまりうかうかしていられない。久兼はすぐに動き出した。


 救援に訪れたエージェントを案内するのは一人の守衛だ。最後に侵入者が目撃された地点まで走って案内したが、姿は無かった。二階の共用バスルームで、中に入っていた洗濯機が崩壊していた。
「侵入者はまだこの家にいます。エージェントさん、散開して探しましょう。姿は電話でお伝えした通りです」
「了解しました。家主さんは今どこに?」
「リンド様は客室にて先に来てくださったエージェントに事情聴取を受けています。何か御用でしょうか」
 事前調査で得られた情報は全員に共有されている。GーYA(aa2289)は隊員の問いにすぐに応えた。
「襲撃者に対して少しでも分かることがあれば教えていただきたいと思いました。場合によっては対処方法が変わってきますから」
「おそらく何も答えることはないかと思います。とりあえず散開して――」
 守衛が口を閉じた、正確にいえば閉じさせられた。閉じざるを得なかった。心臓部を弾丸が貫いて、血飛沫が舞った。
 迫間 央(aa1445)は即座に弾丸の軌道を巻き戻して、推定される射出ポイントに視線を向かわせた。廊下に立っていたのは二メートルのある剛鉄の存在で、ライフル銃を構えてエージェント達に照準を合わせていた。
「マズい、伏せろ!」
 襲撃者は四人いるエージェントの頭部に一度に照準を合わせて引き金を引いた。風を斬りながら弾丸が、頭上を掠める。
「お前が襲撃者だな! そっちから出てくるってのは話が分かってくれるじゃねえか。で、どうしてこんな事をしてんのか言ってくれればもっと助かるんだが」
 赤城 龍哉(aa0090)は鬼神の腕を嵌めて前に出た。
 襲撃者は答えなかった。代わりのつもりだろう、両肩に備えられたバルカンから幾千の弾丸を発射した。その弾幕は全て赤城に向けられたが、彼の前に出現した氷の壁が救った。氷鏡 六花(aa4969)が即座に守ったのだ。
「それがお前の答えかよ。なら、意地でも吐かしてやるぜ! 迫間さん、挟み込むぜ!」
 赤城と迫間は二人で走り出した。迫間は分身体を作り出して襲撃者の攻撃対象を撹乱させながら背後に回り込む。ジーヤはノーブルレイで両肩のバルカンの動きを固定させた。
「俺はHOPEのエージェントだ。何か事情があるなら、今ここで俺に依頼しろ。力になる」
 迫間は背後から首筋に天叢雲剣を当てて言った。
 襲撃者は力づくでノーブルレイを千切り、高速で回転しながらバルカンとライフル銃を滅茶苦茶に撃ち放った。弾丸を使い切ってから瞬時に迫間へと接近し、大剣を振りかざす。
 横振りの一撃を腕で受けた迫間は、片方の手で刃を掴んで離さない。
「意思疎通できるロボットと友達になるのが子供の頃からの夢でな。俺はお前を壊したくない」
「何があったのですか、あなたに。一体何があなたをそこまで怒らせたのですか」
 ジーヤは後ろから語りかけた。
 襲撃者は話さない。
「危険だ、全員退避しろ!」
 異変は廊下全体に巻き起こった。天井から音を立ててスプリンクラーが登場して時間を駆けずに白いガスを噴射した。ガスは一帯に充満した。迫間はすぐ隣に見えていた部屋に入って難を逃れたが、他の三人が無事だと保証ができない。すぐにでも廊下に戻りたかったが――
「くそ、ガスがある限り迂闊に動けない……!」
 ガスは天井の装置から発生した。であるならばアリス・インが仕込んでいた罠。どうして作動したんだ? 襲撃者を捕まえるためにリンカーも巻き込んだのか。
 ――懸念通り、まともな組織じゃなさそうね。
 マイヤ サーア(aa1445hero001)の言葉だ。
 まだガスは廊下に立ち込めている。何人かの足音が聞こえてきた。迫間は周囲を探ってみた。ベッドや棚がある事から、臨時に逃げ込んだ先は守衛か住人の部屋だろう。キャビネットの中に入っていたマスクとゴーグルを装着した迫間はすぐに表へと飛び出したが、廊下には誰も居なかった。バスルームには氷鏡がいて、その場で足踏みしていた。
「迫間……! 大変なことになったの、赤城とジーヤがいなくて……!」
「どういう事だ。襲撃者が連れ去ったのか?」
「分からない、けど……。守衛の人達が戦ってる声が聞こえた。もしかしたら安全な場所に避難させてくれたのかも」
 一概に安全だとは言い切れない。迫間は嫌な予感を抱えながらも頷いた。
「急いで探しに行くぞ」
 迫間はマスクとゴーグルをぞんざいに放り投げて近くの窓を開けて、二階から一階の庭に飛び降りた。


 身長が小さいから白金 茶々子(aa5194)は隠密の行動に適していた。隠れようと思えば何処にだって。今は久兼から送られてきた地図情報にあった三階リンドの部屋に来ている。既にいくつかの罠が作動しているが、白金は慎重に歩いて目的の部屋に辿り着いた。
「こういうのってドキドキするのです……!」
 ――何か眼につくような情報を得られればいいんだけれどね。
 シェオルドレッド(aa5194hero001)は周囲に感覚を澄ませていた。リンドは客室にいるが、油断ならない。機密性の高い書類が置かれていたとすれば、強い監視システムが潜んでいるはずだ。道中であそこまで念入りに侵入者対策がされているのだから。
 自分の部屋にバルカンを設置するのはどうなのだろう? 他にあるとすれば……。
 ――茶々子ちゃん、中に監視カメラ辺りが仕込まれているかも。今は引き返した方がいいかもしれないわ。
「そうなのですか?」
 ――バレちゃったら隠密じゃないわ。ここを調べるのは後回しにして、今は他の場所を当たった方がいいかもね。
 ドアノブにかけていた手をゆっくり元に戻して回れ右。
「待ちな、そこの子供。あんたリンカーだろ」
 タキシードスーツを来た男が立っていて、片手には拳銃が握られていた。既にトリガー部分に指が乗っていて、銃口は白金に定めている。
「はい! リンカーなのです!」
「だろうな。じゃあそこから一歩も動くな、痛いようにはしない。分かったら大きく返事をしろ」
「はい!」
 白金の額に汗が流れた。勇ましく大きく返事をしてしまったが、内心はテンヤワンヤな状態になっている。
 ――落ち着いて、今は私の言うことにしっかり従うのよ。
 男は銃を構えながら着実に近づいてきていた。
「あ、あの! 私はここで暴れてるロボットを止めに来たリンカーなのです」
「じゃあどうしてボスの部屋を探ってたのか言いな」
 白金は返事に戸惑った。どうすれば隊員を言いくるめられるだろう。でも、もし隊員がはなから話し合う気もないのだとすれば。
「ああッ!」
 彼女は突然声をあげて、指で男の後ろをさした。
「なんだ?」
 実に古典的な手法だ。白金は自分への注目が逸れている一秒を手にした。男の背後に何かが見えたのではない。
 すぐに後ろにあるリンドの部屋へと飛び込んだ。後ろから罵声と同時に発砲音が聞こえたが構っている時間はない。白金は部屋に入って左側に見えた窓を全開にして、ベッドの下に身を潜めた。
「面倒くせ、逃げられたか」
 白金は口に手を当てて息を隠した。手が震えていた。
 隊員の男は大げさに髪を掻いて窓の外を眺めてから、通信機で仲間と連絡を取り始めた。正体不明の女児がボスの部屋を嗅ぎ回っている。見つけ次第捕獲せよ。
 扉を開ける音が聞こえた。最初白金は、男が出ていった音だと思ったが、結果は間違っていた。
「ボス、客人は」
「見ろよ、上物だぜ」
 様子を窺おうとしたが、物陰で見えなかった。衣服が擦れる音が聞こえる。
「ほお。中々良さそうな女ですね。ただ、ちょっと気難しい感じがする」
「その方が俺の性に合ってる。変に俺の事を探ろうともしてきたしな。さてと、これから交渉の時間だ。お前は他のリンカーを見張ってろ」
 リンドだ。彼は隊員が出ていくとベッドに歩み寄ってきた。更なる緊張に取り囲まれる。見つかってはならない、そう考えるだけで精一杯だった。


 バスのテロ事件。
 町に住んでいる人工知能ロボットは、長らく町に住んでいる人々の中で知名度は高かった。毎朝家の周囲を掃除したり、アルバイトでちょっとしたマスコットキャラクターを営んでいたり。活躍は幅広いのだ。
 名前はジェイロという。時折見せる感情らしい感情は人間らしくもあった。人には愛を持って接し、自分を悪く言う者がいても傷つける事はなかった。二年前までは。
 バスの事件が起きてから彼は変わった。ジェイロをよく知る者ならば、変わってしまうのは当然だと言った。ジェイロが住んでいた家のご近所さんが言っていた。
 久兼は胸に拳を置いた。ジェイロが世界で一番愛していた存在の名前は、ミーシャ。
「ジェイロさんは何らかの証拠を掴んで、アリス・インがテロ組織だと断定した。復讐のために」
 情報を整理してから出てきた九字原の推理は以上で纏められた。
「その証拠って奴が分かれば早いんだがな。アリスが真っ黒だとすりゃこのままじゃテロ組織を助ける事になっちまう」
 証拠がない今、アリス・インをテロ組織だと断定するには早い。ベルフ(aa0919hero001)は頭を掻きながら言った。
「僕達も急いで急行しよう。内部の調査で証拠が見つかるかもしれない」
 さっきまで口達者だった久兼は静かに電柱に寄りかかっている。九字原が声をかけると、彼は何でもないと口にして二人で邸宅の中に入り込んだ。
 ミーシャか。偶然だな、ジェイロ。吃驚するくらいに。
 中は荒んでいた。ジェイロが一通り暴れ、罠が起動されて人が倒れている。倒れている人はもう助からないだろう、一般市民が見ても分かる。助ける術がない。
「これがジェイロの怒りなんだろうな」
「復讐の力は絶大です。行きましょう、早く証拠を掴まないと」
 テロ組織の情報を探しながらもジェイロにも気をつけなければならない。迫間達が探しているが、まだ身を潜めているからだ。戦闘音は聞こえない。
 一階の半分を渡り歩いていると、隊員の二人が扉の前で立っていた。
「こんにちは、HOPEから来た者です」
「お疲れ様です」
 隊員達は律儀にも敬礼で迎えた。表面上は悪い組織には見えない。
「少しこの部屋を見させてもらいたい」
 ベルフの申し出に、二人は迷う素振りもなく首を振った。
「ここに侵入者は来ていません。別の場所を探してください」
 強い口調だ。
「どうしてだ?」
「私達の命令に従ってください。それらに答える義務はありません。エージェントといえど、他人のプライバシーに干渉する権利は持ち合わせていないはずだ」
「なんか隠してるんじゃねぇだろうな」
 久兼もまた強い口調で隊員を睨み付けた。
「これ以上の問答を続けるならば、あなた達も侵入者とみなしますよ。分かったら早く別の場所を探ってきてください」
 薙刀に手を掛けた彼を、九字原が腕を伸ばして止めた。
「仲間が二人行方不明になってんだ。心当たりは?」
「な、何? そんなの知りませんが」
「その反応だけで十分だ。昇」
 あからさまに眼を逸した時、九字原はハングドマンを構えて二人の首に糸を巻きつけて素早く手前に引いた。
「くそ! お前ら後で覚えてろよ!」
「こっちの台詞だ馬鹿が。お前らはそこで黙って寝とけや」
 頭部に激しい蹴りが入って二人の隊員から意識が奪われた。本来ならば、このまま息の根を止めても問題はなかったのだが、これ以上はリンカーの仕事から外れる。
 扉には鍵がかかっていなかった。他の隊員が来る前に素早く入ると、中には幾つものベッドが置かれていた。
「赤城さん! ジーヤさんまで……!」
 赤城とジーヤがベッドに拘束されていた。
「確定的だな。これで証拠十分だろ」
「どうやらそのようです。急いで救出し、この事を仲間に伝えましょう」


 カグヤ・アトラクア(aa0535)は首筋に注射を受けてから身体を動かしていない。客室でその場で倒れ込み、リンドの肩に担がれて今はベッドの上に寝かされている。
「通信機の電源は切らせてもらった。壊さないだけ有り難いと思って欲しいぜ」
「ほう。交信手段を殺したか」
 強がるカグヤを見下すように眺めてから、仰向けで寝ている彼女の上に馬乗りになった。顔は更に醜悪さを増して。
「今ならいつでもお前を殺すことができるんだぜ」
 動けないのを良いことに。
「でもチャンスをやろう。お前みたいな良い女は他にはいねえ。どうだ? 俺達のチームに入らないか。ホープなんて下らない組織辞めちまえよ」
「チームとやらの目的次第では考えてやってもよいぞ」
「そうこなくちゃなァ。俺達はこのロシアの開拓を――」
 男の言葉はどうでもよかった。長々と詭弁に付き合うよりも、周囲を探る方が重要だ。カグヤは聞いているフリをしながら、部屋の中から様々な情報を頭に詰め込んだ。
 気付いたら男の顔がすぐ目の前まで迫ってきていた。煙草臭い息がかかり不愉快だった。
「どうだ。チームに入る気にはなったか?」
「つまらん」
「何?」
「つまらんと言っておるのじゃ、分かるじゃろ?」
 今度はリンドが不愉快に顔を歪めた。カグヤの口を手で塞いで、ナイフを腹に突き刺した。
「じゃあもうお前に用はねぇよ。女として最高の屈辱を与えた後殺してやる。死に際くらい愉しめよ?」
 リンドはカグヤの服に手を掛けた――その時、窓が勢いよく閉まった。
「何?! 誰か聞いてやがったのかよクソッタレ!」
「言葉遣いに気をつけるのじゃ。三流未満のモブキャラみたいになっておるぞ?」
「このクソ女……!」
 リンドはナイフではなく銃を取り出して、カグヤの額に向けた。
「遊んでやろうかと思ったけど気が変わったぜ、今すぐぶっ殺す」
 トリガーが引かれた。しかし、弾丸はカグヤの額を貫く筈がないのだ。三流のモブキャラにメインキャラがやられるような展開、滅多にないだろう。言葉遣いに気をつけろ、とはそういう事だ。
 カグヤは拳でリンドの腕を殴って、弾丸を天井に放射させた。
「お前、麻痺ってるはずだろうが!」
「うむ。わらわ、助演女優賞をもらえるかも」
 銃を奪い取るのは早かった。相手が戸惑っているなら尚更。カグヤは銃でリンドの腹を数発射抜いてベッドから転がせると、顔を掴んで空中に掲げた。
「後言っておくのじゃが、わらわを愉しませることはお主には絶対にできぬのじゃ。人を殺す事しかしてこなかったお主には。わらわどころか世界中の誰も幸せにできんのじゃ」
 その言葉を最後に、窓の外に身体を放り投げた。


 ジェイロは一階の大広間に立っていた。中央で天を見上げてただ立ち尽くしていた。
「ねぇ、何故こんなことをするの……?」
 背後から、氷鏡が声をかけた。小さき声ながら、ジェイロは彼女の方を向いてアサルトライフルを構えた。
「ミーシャさん……のため……なんでしょ?」
 白金が部屋で聞き耳を立てていて、アリス・インの黒さが証明された。この事件で悪と呼ばれるのはジェイロではない。氷鏡は武器を持たず、真摯に向き合った。
 アサルトライフルから銃弾が放たれた。前方に現れた氷が、弾丸の行く手を防いだ。
「ちったぁ頭冷やせ!」
 久兼はジェイロに怒鳴った。
「この組織がヤバい組織って俺達は知った。最初、俺達はお前を止めるためにここに来たんだが、今はもうちげえ。仲間が、本部に連絡を取ってこの組織をぶっ潰すように手配してくれた。今は仲間がリンドって奴を追ってる。俺らはここを潰すつもりでいる、一緒に来るか?」
 銃口が数センチ下がった。ジェイロは何も言わず、ただ久兼を見つめている。
「いたぞ、奴だ!」
 氷鏡達といる反対側の扉から隊員達が現れた。彼らは手にしたガトリングガンをジェイロに向けた。間違いない、蜂の巣にするつもりだった。
「今度は逃さねえよ!」
 無慈悲で連続的な雨が降る。激しい衝撃音を立てて地面すら鳴いた。戦場の音が闇夜に鳴り響く。
 無慈悲な雨は、優しさの傘で弾かれた。
「復讐の邪魔はさせない……!」
 ジェイロの周囲を氷の壁が立ちはだかった。隊員達はガトリングの発射を止めた。
「どういうつもりだ! 侵入者を守るのか?」
 そう言った隊員は、突然武器を落とさなくてはならなくなった。重たい武器だから、床が悲鳴を上げた。ハングドマンが隊員の腕を封じていた。
「ええ、その通りです」
 九字原はそれだけ言って、雪村で胴体を切り裂いた。
 重火器ではなく刀を持っていた隊員が二人、九字原の背後と前面を取った。近づいてきた二つの刃は二つの刃で受け止められる。九字原は瞬時にスカバードを抜刀して片手に構えたのだ。そして防御を固めた後、スカバードに電磁力を込めて強い力で隊員の刃を押し返し、足を蹴った。
 隊員は全部で五人集まっていて、先頭にいた隊員二人はジェイロ達の対応で忙しい。後方の三人を受け持っている。二人は九字原と刃を見せあっているが、残り一人は……といえば、その隊員は機関銃を九字原に向けていた。いつでも発射準備が整っている。
 ニタリと笑う。
 だが機関銃の上に不思議な動物が乗っていた。黒猫だ。
「なんだ、こいつ!」
 黒猫の姿を確認したと同時に、そいつは隊員の顔に飛びかかってきた。
「私もいるのですよ! 黒猫さん、その隊員さんに噛み付いちゃってください!」
 白金は複数の黒猫を生み出して、倒れた隊員に噛みつかせた。噛み砕けとまでは言わない。それは隊員が可哀想だ。
 氷の壁から飛び出したジェイロは、身体を隊員の所ではなく氷鏡へと近づけた。大剣の柄で氷鏡の腹部に打撃を入れて床に倒し、両肩に装備したバルカンで久兼を制圧しながら氷鏡の首元に剣を突きつけた。素早い速度で、対応する時間は与えられなかった。
 氷鏡は抵抗しなかった。ジェイロを傷つけるような攻撃はない。
「いいよ、その剣で斬りつけても……。気持ち、分かるから。大好きな人に会えない悲しさや苦しさと怒りを、誰に向けていいのか分からないんでしょ……?」
 バルカンから発せられる弾丸をアルクスシールドで受け止めていた久兼は、衝撃を受けながら走ってジェイロに体を当てた。その拍子にジェイロの大剣が宙を舞って、地面に突き刺さった。
 アリス・インの隊員が大剣を手にして、ジェイロの胴体を突き刺した。
「くたばれ侵入者! 自分の持ってきた武器で殺されるってどんな気分だよ」
 その隊員の胴体を、氷の槍が勢いよく貫いて壁に縫い付けた。壁に縫い付けられた後、槍が上下に分裂して男の胴体を強引にこじ開けた。
「邪魔、しないで……!」
「クソガキが……よく、聞けよ。そのロボットはな……身内が死んだからってだけで、人を残虐に殺しにくる危険なヤツなんだぜ。それでも、肩入れすんのか?」
 氷鏡は両手を翼のように横に広げて、眼を閉じた。
「当然……でしょ」
 強く拳を握り締めた途端、氷の槍が破裂して壁に亀裂を作った。
 もう一人の隊員は完全に腰を抜かしてしまって、その場にへたり込んだ。情けない声をあげながらだ。ジェイロは隊員が決して逃げられないように足と手の骨を剣で粉状の物にさせると、胴体ごと剣を地面に突き刺した。それでも足りないのだろう、ライフルの銃口を頭に向けた。
「そこまでだ、ジェイロ」
 玄関から駆けつけた迫間は、ジェイロの背後から天叢雲剣の切っ先を銃口の中に捩じ込んだ。
「お前には先にケリを付ける必要のある奴がいるはずだ。お前の狙いは、リンドという男じゃないのか」
「リンド……」
「ああ、そいつだ。奴を見つけた、場所まで案内してやる。ついてくる気があるなら今すぐ銃を男の頭からはずせ、逆ならそのまま撃て」
 思考の時間が与えられて、ジェイロはライフルの銃口を地面に移した。
「それでいい――久兼、氷鏡、二人は向かいの九字原達の援助を頼む。それが終わったら、玄関を出て庭園に来い」
「分かった。気をつけてな、ジェイロ。絶対に壊されるんじゃねえぜ」
 迫間はジェイロの腕を掴んで走り始めた。玄関扉を斬って壊し、赤城達が抑えてくれているリンドの所へと急いだ。


 庭園では赤城とジーヤがリンドと向かい合っていた。
「お前がボスか」
 エージェント達と仲良くする気はもう無い。リンドは闇夜に光る拳を構えていた。
「遺言を聞いてやるよエージェント。てめえらは大人しくあの暴走したのを止めておきゃよかったものの、ここで俺に殺される」
「まだ決まった訳じゃない……!」
 ジーヤはツヴァイハンダー・アスガルを両手に構えて、眼に止まることが奇跡とも思える速度で急接近した。その眼は怒りを露わにしている。
「俺は絶対に許さない! あんたがしてきた所業全て!」
 大剣は拳で防がれたが、ジーヤはずっとずっと力を込めて押し付けた。
「正義の少年、気取りのエージェントよ。俺だってお前みたいに考える時期があったぜ? だけどすぐに分かる。そんな正義なんて意味もない事を、教えられる時がな!」
 片方の拳がジーヤの腹部を強打して宙を飛ばせた。空中で受け身を取ったジーヤは剣にノーブルレイを巻きつけてリンドの立つ足元を狙って剣を飛ばした。勢いがジーヤに共鳴し、瞬時にリンドの懐へ戻ってくることができた。
「ちッ、面倒なガキだ」
 リンドは両拳で地面を殴りつけ衝撃波を轟かせてジーヤの足元を崩してから、彼の足を掴んで遠くへ放り投げて煉瓦造りの壁にめり込ませた。
「ジーヤ!」
 赤城はすぐにジーヤの元へと駆けつけた。
「大丈夫……こんなの戦場じゃ日常茶飯事だし、慣れてる」
「体勢が整うまでここで休んでろ。その間は俺が持つぜ。もし整ったらすぐ戦闘に参加しろ。お前のそのぜってぇ許せねえって意志、俺に任せとけ」
 赤城はそう言って、ジーヤに背中を見せた。目の前にはリンドが立って、ジーヤにトドメを刺しに来ていたみたいだ。
「こっから先は俺を倒してからきな」
「そうかよ。ならお構いなくッ!」
 リンドは高い跳躍の後に赤城の頭部に目掛けて拳を振り下ろした。赤城は鬼神の腕で攻撃を防いだが、衝撃は防具越しに赤城の身体全体を襲った。
「痛く……ねえッ! 今度はこっちの手番だ!」
 鬼の腕がリンドの襟を掴んで前に押し、胸部に拳が叩きつけられた。リンドは呻くが、後ろに倒れはしなかった。赤城に次の攻撃を与えず、ローキックを赤城の足に食らわせた。
 赤城もまた倒れない。リンドに次の攻撃を与えず、身体全身を使って突撃した。
「うおおぉぉッ!」
 腰を下げて両腕でリンドの身体に巻き付くと、そのまま突っ走った。
「離せよクソ野郎!」
 赤城の腰に何度も拳が降りかかる。骨がどんな音を立てようとも、赤城は足を止める事はなかった。このままリンドを向こう側の壁まで押し付けるために! 赤城は声を張った。
 リンドの背中に強い衝撃が加わった。
「赤城さん、しゃがんで!」
 ジーヤはアスガルを構えて、赤城の後ろからリンドの腹部を切り裂いた。リンドはすぐにアスガルを拳で殴りつけ、壁から飛び出してきた。
「甘えんだよ!」
 両方の手で赤城とジーヤの服を掴み、地面に押し付ける。そして鉄槌を一度振り下ろした。
「次で沈めてやるよ。ハハハッ! おら死ねやァ!」


 その言葉は叶えられないまま、リドウの腕は垂れ下がってきた。両肩に剣が刺さっている。確かにこれじゃ、力を込められない。
「何……?」
 迫間は肩に刺した剣を素早く引き抜き、今度は背中を二本で切り裂いた。
 機だ。立ち上がった赤城は腕を構え直し、痛みに悶えるリンドの腹部に一撃を食らわした後、アッパーにて浮かし、首根っこを掴んでストレートブローが決定打となりリンドの体力を根こそぎ強奪した。立ち上がることができなくなったリンドは口から血を流しながら地面に横たわった。
「くそ共が……!」
 毒舌を言う気力だけはまだ残っているらしく、リンドは血の唾を地面に吐き捨ててリンカー達を睨んだ。その中にはジェイロの姿もあった。
 ジェイロを見てから顔色が変わった。
「悲劇のヒロイン気取りか……? このガラクタ」
 赤城は、今いる場所をジェイロに譲った。
「一発だ、ジェイロ。それでケジメを付けろ」
 ――リンカーと英雄の絆を穢す屑……簡単に死ねると思わない事ね。
 マイアは冷徹な眼を向けていた。
 赤城の立っていた位置に立ち、剣を構えた。邸宅で隊員達の対処を終えた氷鏡達が庭園に訪れた。
「人が死んだ、僕は怒った」
 静かな音声が聞こえてきた。風に乗って。
「僕は、ロボットだから……ミーシャが作ってくれたお菓子を食べることは決してできないけど、それでも楽しみだったし嬉しかった」
「反吐が出るぜ。殺るなら早く殺れよ」
 ――ジェイロ、まずい……それ以上何も思い出すな。
「知ってるか……? この町に来て、ミーシャと出会った時、僕が彼女に言ってあげた言葉は――ずっと一緒だ――。守ってやれなかった。悪いのは僕なんだ」
 ――ジェイロ!
「僕は人を殺したくない。なのに、お前達のせいで……お前達のせいでッ!」
 突然ジェイロは苦しみ始めた。持っていた大剣を落として、両手で頭を抱え始めたのだ。
「どうした?」
 ジェイロの肩に手を置いた迫間の手を掴み、締め上げた。
「マズい、邪英化になりかけているッ」
「嘘だろ、おいジェイロ!」
 ジェイロは叫んだ。
「僕は誰も傷つけたくないのに! お前達のせいだ! 人間なんていなければよかったんだ! 皆殺してやる。これ以上誰も苦しめたくないから、殺してやる!」
 迫間を逃がさないように手を掴んだまま、落ちた大剣を拾って彼の足を斬りつけた。
 このまま邪英化になってしまえばジェイロの罪は重なってしまう。ジーヤは冷たい身体に抱きついた。
「あんたを好きだった人の為、ミーシャの為にも殺人ロボットになるな! プログラムで動く機械じゃない、人に寄り添える英雄だろ! 違うのかよ」
 まほらま(aa2289hero001)も、ジーヤの言葉に続けて言った。ジェイロに向けてではない。彼の中に眠っている能力者に向けてだ。
「名前は分からないけど、ジェイロと誓約を結んだ能力者に言うわ、意識化に沈んでたって声は聞こえているのでしょ! 逃げないで、相棒を止めて!」
 緊迫した時間だけが過ぎていく。
 徐に、迫間の手を締め付けるジェイロの力が弱まってきていた。
 ――もういい、ジェイロ。俺達は、よくやってきたよ……。
 ロボットが泣く時には、どんな声を出すのだろうか。
 ジェイロは迫間の手を離すと、大剣ではなくライフル銃を手に構えてリンドの前に立った。一発だ。赤城の言う通り、一発でケリを付けるのだ。
 一発の銃声が鳴った。銃弾はリンドの眼を射抜いた。だがリンドは、命までも失うことはなかった。


 カグヤの姿がなく、迫間は仲間と協力して邸宅内を探していた。カグヤは元気そうにクー・ナンナ(aa0535hero001)を連れて歩き回っていた。相変わらず眠そうにしている。ただ歩きまわっているのではなく、道中でまだ救助が出来そうな人間やリンカーの手当をしながらだ。
「やっぱりこの人達にも手当するんだね」
「勿論じゃ」
「早く帰りたいんだけどなぁ……」
 救助の途中、誰かを探す白金を見つけて後ろから声をかけた。
「おお白金、元気そうじゃな」
 カグヤの事を探していた白金は、びっくりして後ろを振り返った。
「探しておったぞ。あの部屋に隠れていたのは白金じゃろ」
「はい! よく分かりましたね……?!」
「簡単な推測じゃ。半分運じゃが」
 あの部屋に連れて行かれた時、手下の一人が「逃げられた」と言っていた。
 赤城とヴァルトラウテ(aa0090hero001)が白金とカグヤに合流した。
「お、カグヤさん。任務中全然姿が見えなかったからちょっと心配だったぜ」
「心配ご無用じゃ」
 ニコニコ笑顔を浮かべた後カグヤは赤城と白金の怪我を治療した。だが大きな傷だ、全てを癒やす事まではできなかった。
「そういえば、リンドさんはどうなったんでしょうか?」
 白金はシェオルドレッドに訊ねた。
「救急車で運ばれていったわ。その後は身柄を拘束されて終身刑でしょうね。一生外の世界に出てくることがないように」
 ほっ、白金は胸を撫で下ろした。彼女の中ではまだリンドがこの屋敷にいるのではないかと恐怖心があったが、今の言葉で救われた。
「ジェイロさんは……」
「共鳴を終えて、ボルグという能力者が家に連れ帰ってますわ。本部はすぐ連れて帰ってくる事を希望してましたが……」
 ヴァルトラウテは微笑みを白金に向けた。
「白金さん、坂山さんにお願い事をしたそうですね」
 白金は事件の担当ではないが、信頼できるオペレーターの坂山を頼って事件について調べてもらっていた。結局調べられる情報はほとんど出尽くしたのを再確認するだけだから大した役には立てなかったみたいだが、ジェイロを連れて帰ってこいという本部に抗議して一日待つ時間を貰ったという話だ。
「後でお礼に行かなくちゃです!」
 噂をすれば坂山から通信が入った。白金に向けて、ダイレクトの通信だ。
「はい、白金です! ありがとうございますです!」
「うん? あー、抗議の事、もう聞いてたのね。お礼なんかいいわよ、役に立てなかったからこれだけでもって思って、勝手にやっちゃったことだし」
「ううん、ありがとうございますなのです。それに、坂山さんがサポートしてくれて安心もできたんですよ。心の拠り所……です!」
「そうなの? なら良かったけど。こんな私でよければ、これからも頼ってくれると嬉しいわ。それじゃ、通信を切るわね」
 一安心。事件は一件落着と考えても良い頃合いなのだろうか。
 空はまだ黒い。夜だから黒いのは当然だ。この黒さが無くなるまで、まだ事件は終わってないようにも思えた。


 ジェイロとボルグを家まで送り届ける役目は氷鏡とアルヴィナ・ヴェラスネーシュカ(aa4969hero001)、まほらまが担当していた。
「礼を言いたい」
 ボルグの言葉はまほらまに向かって言われたものだった。
「あの時、逃げないでと言ってもらえなければ俺は、ジェイロの抑制に手を貸さなかったはずだ。本当に助かった」
「別に。あたしはねぇ、何となくそう言えば二人とも助かるって思っただけなのよぅ。……なんとなくねぇ」
 罪の意識から、ジェイロは無口になっていた。
 アルヴィナは彼の手を暖かく握って元気付けようとしたが、なんて言葉をかければいいのか迷った。迷っていると、先にジェイロがこう言った。
「どうして僕を倒さなかったのですか。僕を倒せば、もっと簡単に話は終わったはずです。僕を取り押さえた後、アリス・インを調べれば良かったのですから。皆さんが傷を受けることもなかった」
 氷鏡を地面に倒して刃を突きつけた光景が残っている。
「六花は……、貴方の想いを無駄にしたくなかった……それは……皆も、同じだと……思い、ます」
「人を一人殺した時点で、僕はもうずっと、背中に十字架を背負わなければなりません。覚悟はしていました。壊される覚悟も、いえむしろ……壊されにいきました。ミーシャは人を殺す僕を許さないでしょう。それでも良かったって、あの時は思っていた」
 ロボットは泣く時に涙を流さない。ジェイロはその場で膝をついて、嗚咽を漏らした。
「僕は一生幸せになれないロボット。人を守れない、そんな僕に存在価値なんてないでしょう?」
 彼を戒めるように、アルヴィナは手を強く握った。それ以上何も言わせない。
「耳を澄ませて、よく聞いて……。ミーシャさんは、本当にあなたの事を嫌いになったの?」
 ――私は、六花の事が何よりも大事。だから同じ立場のミーシャになることが、できるかもしれない。
「あなたがミーシャの事を大事に想っているなら、ミーシャもあなたの事を同じくらい大事に想っている。……たしかに、暫くあなたは罪の意識に苦しむことになるわ。だけど、決して幸せになれないって決まった訳じゃない。なんでだと思う? ……ミーシャが、あなたの心の中からあなたの幸せを願い続ける限り、いつか絶対十字架が降りる日が来るわ。その日まで生き続けるの。それが、今日からあなたが生きる意味よ」
 ジェイロもまた、アルヴィナの手を握り返した。
 人間を信じ続ければ、道端に咲いている花と仄かに輝く月の美しさが分かる。
 ボルグはジェイロの頭に手を置いて、そっと撫でた。
「頑張ろうな……。俺も、手伝うから」
 生きる意味を見つけてくれた。ただそれだけの事なのに、心から優しさの涙が溢れ出した。凍っていた心が、少しずつ溶け出して。
 復讐の声が止まった。ただ静かに、夜風が優しかった。

結果

シナリオ成功度 大成功

MVP一覧

重体一覧

参加者

  • ライヴスリンカー
    赤城 龍哉aa0090
    人間|25才|男性|攻撃
  • リライヴァー
    ヴァルトラウテaa0090hero001
    英雄|20才|女性|ドレ
  • 果てなき欲望
    カグヤ・アトラクアaa0535
    機械|24才|女性|生命
  • おうちかえる
    クー・ナンナaa0535hero001
    英雄|12才|男性|バト

  • 九字原 昂aa0919
    人間|20才|男性|回避

  • ベルフaa0919hero001
    英雄|25才|男性|シャド
  • 素戔嗚尊
    迫間 央aa1445
    人間|25才|男性|回避
  • 奇稲田姫
    マイヤ 迫間 サーアaa1445hero001
    英雄|26才|女性|シャド
  • 難局を覆す者
    久兼 征人aa1690
    人間|25才|男性|回避
  • 癒すための手
    ミーシャaa1690hero001
    英雄|19才|女性|バト
  • ハートを君に
    GーYAaa2289
    機械|18才|男性|攻撃
  • ハートを貴方に
    まほらまaa2289hero001
    英雄|18才|女性|ドレ
  • 絶対零度の氷雪華
    氷鏡 六花aa4969
    獣人|11才|女性|攻撃
  • シベリアの女神
    アルヴィナ・ヴェラスネーシュカaa4969hero001
    英雄|18才|女性|ソフィ
  • 希望の守り人
    白金 茶々子aa5194
    人間|8才|女性|生命
  • エージェント
    シェオルドレッドaa5194hero001
    英雄|26才|女性|ソフィ
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