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念の為の相談卓
最終発言2017/08/05 13:27:53 -
依頼前の挨拶スレッド
最終発言2017/08/05 05:18:39
オープニング
●時に変な趣味も役に立つ
「これはオーパーツと呼ぶべきでしょうな」
研究者は手のひらでその石を転がしながら言った。
「しかし、あまり価値はないでしょう。”触れるとすごく冷たいだけの綺麗な石”では」
「なるほどね」
石を持ち込んだ着物姿の女性は研究者の手から石を取り上げた。
「オーパーツか。まさかアフリカの露天でオーパーツにお目にかかるとは思わなかったよ。社員たちは『出処不明なものを買う趣味、何とかしてください』ってよく怒るんだけど、時にはこういうこともあるんだねえ。いや、ありがとう」
そう言うと女性はさっさと外へ出た。
●沈む
あ、と思ったときには体が急速に傾くのを感じた。
「燃留(もゆる)さん!」
取引先のデザイナーの焦った顔と声を最後に意識が沈んでいく。
(ああ、やっぱり兄さんみたいにはいかない)
●氷の着物
「これは」
吉徳呉服、英国支店。刈穂副社長は絶句した。目の前には新作着物の数々が並んでいる。
「すごい発色だろう」
社長は着物を眺めながら言った。
「まさか、これほど鮮やかな染め具合になるとは思わなかったわ」
「私もだ」
使われているのはオーパーツからとった顔料である。話題づくりのために着物を染めるのに使ったのだが、まさかこんな結果になるとは思わなかった。目にも鮮やかとはこのことだ。
「顔料はまだ大量にあるのよね」
社長はうなずいた。しかも少しの量でよく染まる。
「なら商品化を視野にいれてもいいんじゃないかしら」
「でも、これには問題があるんだ」
「問題?」
「さわってごらん」
社長に言われるまま、着物に手を伸ばし「あっ」と言って手を引っ込めた。
「冷たいだろう。水に入れても凍らないし布自体も凍てつかないのに、ふれると冷たい。流石オーパーツ由来の品。謎だらけだ。面白い現象だけど、これじゃあ、常人なら3分と着ていられない。よくて全身しもやけ。悪くすれば凍傷だ」
「中和剤は?」
副社長は諦めきれずに言った。着物を商売にしている人間としてこの着物が日の目を見ないのはいかにも惜しい。
「ない。今のところはね」
「そう」
落胆する副社長を見て社長は笑い出した。
「ないっていうだけでできないとは言ってないよ。君はもう少し人間の英知を信じるべきだ。私はこれを商品化したい。それには中和剤がいる。中和剤がなければ研究してもらえればいい。研究してもらうには?」
「利益の保証」
「それにはスポンサーがいる。そのためには各方面に営業をかける。それにはー」
●チョコレートの箱
「というわけでね。燃留」
チョコレートの箱のような可愛らしい家々が並ぶイギリスの小さな村。吉徳呉服の社長はにこにこ笑って言った。彼女は友人兼商売相手である。会うのは燃留が過労で倒れて以来。突然訪ねて来たかと思えば企画があるから協力して欲しいと言う。
「内容は単純だ。この村でリンカーや英雄たちに着物を着て過ごしてもらう。それを撮影して営業をかける。
君の腕が必要なんだ。さっきも言ったようにこの着物はリンク中の能力者か英雄しか着られない。着付ける方ものろのろ着付けてたんじゃ凍傷になる。3分以下で浴衣の着付けができる人間が必要なんだ。君ならできるだろ?」
「はい。でも、そのくらいのスタッフ、あなたならすぐに集められるんじゃないですか?」
「時間があればね。でも時間がないんだ。この日じゃないと私が空いてないんだよ。衣露だけじゃ私は心配で。スタッフなんていないも同然だから。君と衣露、私のところのデザイナーひとりだけなんだ」
衣露は副社長の名前である。社長は衣露のことになるとやけに過保護なのだ。ひとりでヨーロッパ中をかけまわる立派な呉服商なのだが。
「わかりました」
「後、写真も頼む」
「え?」
「君、元カメラマンだろう。安心してくれ。ちゃんと見合った賃金を払う」
「・・・・・・」
「カメラがないとか?」
「いや、あります。でも、兄がーいや、伊吹が捕まって以来さわってなかったもので」
数ヶ月前、兄の戸田伊吹はヴィランとして捕まり戸田家から絶縁された。当主は弟の戸田燃留になった。カメラの道は捨てた。兄の件で地に落ちた戸田家の評判を戻すために東奔西走している内に倒れてここにいる。兄との差を思い知らされながら。
「すぐ思い出すさ」
社長は燃留の肩を叩いた。
「頼んだよ」
その声があまりに力強くて燃留はうなずいた。
●思惑
社長が村のカフェでお茶を飲んでいいると副社長の刈穂衣露がやってきた。
「お待たせ」
「話は付いた?」
「もちろん。村の人たちは快く引き受けてくれたわ。撮影やパーティーもOK」
「よかった。じゃあ、後はリンカー募集だ。HOPEに行こう」
「ねえ」
衣露は微笑んだ。
「今回の企画。本当の目的はなあに?」
社長はにっこり笑って副社長の手を握った。
「商売人はね、恩義を忘れちゃいけないんだよ」
解説
●依頼内容
貸し出された新作着物を着て英国の村で過ごす。貸衣装・着付け無料。着崩れた場合は連絡すれば着付け要員(後述)が駆けつける。
夕方には村のレストランでパーティ。食材を持ち込めば即興で何か作ってもらえる。レストランにはピアノがあり、誰でも自由に弾いていい。出てくるのは家庭料理なので気軽な雰囲気。
*目的は新作着物のプロモーションなので、村で過ごしている様子を写真で撮られる。各営業先で使われるのみで一般に出回ることはない。
●村について
英国の小さな村。主な産業は農業と酪農。名産はジャムや、蜂蜜、チーズ。見事な公園やイングリッシュガーデンがいくつもあり、ラベンダーが見頃。手伝えば何か分けてくれるかも?
市場はいつも品物とひとでいっぱい。観光地が近いこともあって村のひとは気さくで陽気。
●着物について
オーパーツから作られた顔料を使用。触ると強い冷気を覚え、常人の場合3分以上接触すると霜焼けになる。草木や無機物に触れても特に問題は生じないが、動物や他人と接するときは注意すること。
*リンクを解いて活動する場合、普通の着物も貸し出す。
●登場人物
戸田 燃留(とだ もゆる)
・男性用着付け要員兼カメラマン。戸田家当主。
兄の伊吹が当主だったがヴィランとして逮捕されたため、当主となる。現在は過労で療養中。回復に向かっている。穏和でやや引っ込み思案。性格を除いて兄の方が出来がよかったため、戸田家を継ぐことに自信がない。元カメラマン。
吉徳呉服の社長
・女性用着付け要員。企画立案者。ダンスが得意でパーティーの中盤で多分、歌って踊る。
刈穂 衣露(かりほ いつゆ)
・女性用着付け要員兼カメラマン。吉徳呉服の副社長。昔の日本映画に出てくるお姫様のような顔立ちでおっとりしゃべるしっかり者。カメラは必要に迫られて習った。
デザイナー
・男性用着付け要員。十代後半の吉徳呉服専属デザイナー。
リプレイ
●エピローグ
「依頼は?」
アリス(aa1651)の問いにHOPE職員が答える。着物を着て村で過ごし、新作着物のプロモーションのために写真を撮るのだと言う。
「プロモーション?」
Alice(aa1651hero001)が鸚鵡返しに言う。職員も「はい、プロモーションです」と鸚鵡返しに答えた。
「分かった。それじゃあどうしようか、Alice」
「どうしようね、アリス」
如何な立ち振る舞いがプロモーションとして良いだろうか。
「花が綺麗って聞いたし、会場を飾付けようか?」
三ッ也 槻右(aa1163)が言う。
「工面はどうする気じゃ?」
酉島 野乃(aa1163hero001)が言うと槻右はうーんと腕を組んだ。
「手伝いとか? でもいっぱい貰うのはな……折角の着物なら花火も欲しい」
「珍しく欲張りじゃの?」
くすくす笑う野乃。
「一二三が帰ってきたし、浮かれてるかな」
今回の依頼は親友の一二三とキリルと一緒である。
「じゃ、一つ入れ知恵をな?」
野乃が楽しげに笑う。
「着物着て遊ぶんだって。よかったら一緒に行かない? デート」
日向冬織(aa5114)が言う。
「はい。行きたいです」
セーレ・ディディー(aa5113)が肯く。2人は恋人同士だ。
「ラミィリさんも行こう」
「いくの」
冬織にとってラミィリ(aa5113hero001)は妹のような存在だ。
「楽しみです」
その他様々な思いを抱きつつエージェントたちは依頼へと赴いた。
●着て来て
村に到着し、吉徳呉服の社長から挨拶と説明を受けると、エージェントたちは早速着物選びにかかった。
「私は大人っぽく絽の着物をお借りしようかな。ひかるんは浴衣ね。着付けの人手が足りなかったら、私もお手伝いするわー。素敵なのがあったら、ひかるんの成人式用に予約しよ。あー、楽しみ!」
「ママ。わたしは永遠の17歳だから。成人式出られないよ」
楽しげな加賀谷 ゆら(aa0651)に対しては加賀谷 ひかる(aa0651hero002)に冷静だ。
「あら。細かいことは気にしなーい」
日暮仙寿(aa4519)と不知火あけび(aa4519hero001)は共鳴して着物探し。
「戦闘依頼でも無いのに共鳴するのは珍しいな」
「すっごく綺麗な着物! どれにしようかな?」
「これだ」
翼の幻影を消すと着付け部屋へ。自ら着付る。翡翠の着物に薄羽織。帯飾りは白菊だ。
(お師匠様が衣装替えしたみたい)
あけびがじっと鏡を見ているのが分かる。
「着付けは終わった。そろそろ行くぞ」
どうせまた師匠の事を思い出しているんだろう。
「何故露店にオーパーツが? ……怪しくないか?」
キリル ブラックモア(aa1048hero001)が呆れた声を出せば「そうなんだよ」と愚痴り出すデザイナー。
「な、何ちゅう綺麗な色なんや! 柄もええ雰囲気で!」
「どれ!? 俺がデザインしたやつもあるんだけど!」
今までの愚痴はどこへやら。弥刀 一二三(aa1048)の言葉に食いつくデザイナー。
「油売らない」
社長が注意。そこへ到着したアリスとAlice。
「やあ。覚えてる?」
社長が声をかけた。2人は吉徳呉服の社長とデザイナーには以前起きたバレンタインデーの事件で出会っている。社長とデザイナーを見て―
「……ああ……」
「バレンタインの時の……」
「社長さんと」
「「手首のデザイナー」」
「着物デザイナーだから!」
「君が余計なフェチさらしたからだろ」
社長が冷たく言う。
「どれがいいかな」
「どれがいいかな」
並んで着物を見るアリスとAlice。
「これがいいかな」
「こっちがいいかな」
解け合うように重なっていく。
「「これがいいね」」
共鳴を終えて赤黒の染分けに蝶柄の着物を持つ。
「見るの2回目だけどやっぱり驚くな」
社長がつぶやいた。
「ん、冷たい……似合う?」
黒地に赤の彼岸花模様が入った着物を羽織って鏡の前でクルクルまわるユフォアリーヤ(aa0452hero001)。
「ほぅ、これまた見事な染め色だな……うん、似合ってるぞ」
「ん、ふふ」
麻生 遊夜(aa0452)に言われ、照れるリーヤ。
「お兄さんはどれ?」
デザイナーが話しかける。
「リーヤを主役にしたい」
「何色着たい?」
「できれば黒」
「これは? 彼岸花の着物と喧嘩しないよ。お揃にも見える」
遊夜の着物も決定。
「どれも素敵」
「新しい着物……どうする、マオが着る?」
レイルース(aa3951hero001)が言うとマオ・キムリック(aa3951)は首を振った。
「2人で着て一緒に散歩しようよ。これかわいい! わたし、これがいいな」
白地に淡いピンクの竹垣に撫子柄。
「マオに似合うと思う……馬子にも衣装?」
「それ褒めてないよー」
レイルースは紺色の格子柄が施された生地に太さの異なる白い線が入ったストライプ柄。マオの着物と合わせれば色の濃淡で新作着物が引き立つ。
「決まりましたか? お嬢さんはこっち。あなたはあちらへ」
マオは副社長とともに中へ。
「はい、着付ますよ」
「1人で着るの難しい……ですか。えと、その、よ、よろしくお願いします」
人に着せてもらう事を知り、人見知りと恥ずかしさが相まってしどろもどろ。
「すぐ終わりますよ。苦しかったら言ってね」
副社長が微笑んだ。
一方男性の着付け部屋。
「早い方がいいんだよね?」
レイルースはデザイナーの意を汲んで手際よく動き、着付時間短縮化に務める。
「助かるよ。冷たくってさ」
「着崩れ防ぐコツとかある?」
「男物は大暴れしない限り大丈夫。女の子は小股で歩く。それから」
隣では燃留が冬織の着付け。
「上手ですね」
燃留が一二三に声をかける。一二三は自分のを終えて槻右の着付け中。
「置屋育ちやから」
「着付けてくれたまえ」
入ってきたリィト(aa5138hero001)の着物を見て着付け組に緊張が走る。限りなく黒い紺地に青系のグラデーションに染めてある生地が蛇腹状。柄は白く掠れる滝。帯は光沢感ある深い青。下手に着付けると下品になる。手が空いているのはデザイナー。
「やろか?」
一二三の申し出に首を振るデザイナー。
「このくらいできねえと」
「よろしく頼む」
リィトが言った。
「ラミィリも着ようね」
「きるの」
女性の着付け部屋ではセーレ・ディディー( aa5113 )とラミィリ(aa5113hero001 )が着付け中。
「くろねこさん、いるの」
「綺麗な人、だね」
ラミィリがじっと見つめる視線の先には、黒く不思議な雰囲気を湛える――ケイト・リールシュ(aa5138)に視線を奪われる。何故か気になる。とても。
「……」
ケイトの着物はラメ感のある黒地に紫系の牡丹や竜胆とゴールドの蝶柄。帯はリバーシブルで赤と金ラメ入の白。これも気付ける側にとっては上級者向け。社長は口も聞かずに着付け中。ケイトはラミィリとセーレの視線に気付き、視線を向けた。にっこりと笑顔を浮かべ「ええ、猫さんに何か御用? ……!」
セーレに目を奪われる。
(何故だろう、何か魂が揺さぶられる)
「すみません……あまりにも」
セーレが口ごもる。
(何だろう、綺麗だから? でも、それだけじゃなくて、心惹かれる)
「くろねこさんは……ねこさん?」
「セーレと言います……この子はラミィリ」
(初めて会ったのに何故か安らぐ感じ)
「そう。ラミィリにセーレ……あたしはケイト。ね、セーレ。貴女と何処かで……いいえ、そんなことはない、わよね」
ケイトたちが着付けを終えて外へ出ると既に着付け終わったリィトと冬織が待っている。
「リィト、待たせたかしら?」
ケイトの言葉にリィトは首を振った。
「レディがより美しくなる為の時間だろう? そんな時間は目の前の美しさに消されてしまったさ。よく似合っている」
「ありがとう。リィトも似合っているわ」
「待たせてゴメンなさい」
セーレが冬織に謝る。
「そんなに待ってないよ。浴衣よく似合ってる。髪型、可愛い」
セーレの浴衣は白に近い薄い水色地にセーレの瞳と同色の水色と差色に薄い紫の芙蓉柄。帯は薄紫。髪はアップ。
「冬織もゆかた」
「ラミィリさんも可愛い。似合ってる」
ラミィリのは白地に瞳より薄めの紫の紫陽花柄に僅かに桃色に見える兵児帯。
「何だか新鮮……かも、ですね。冬織さんも浴衣、良く似合ってます……ケイトさん、です。着物着てる間に……お話しました」
「くろねこさん」
セーレとラミィリがケイトを紹介する。
「こんにちは。日向冬織です。素敵な着物ですね。格好いい」
(暖かな……優しい光? 彼も……冬織も何かを魂に訴えかけてくるのは……何故?)
「ケイト・リールシュよ。こっちはリィト。リィトこの2人はセーレとラミィリ」
「美しい」
心底感動した溜息と共にセーレの手を取り、ラミィリの頬を撫でる。
「リィト、ダメよ?」
くすくす笑いながらケイトが止める。
「いや、だが美しいもの……特に女性はこの世の宝、なのだよ!」
「キラキラ……ですね」
セーレがリィトを見て言う。
「僕たち一緒に出かけるんですけど、よかったら一緒に行きませんか?」
セーレたちはケイトと仲良くなった様子だし、人数多い方が楽しいかもと冬織が提案する。
「いいの? デートするみたいだけど」
「くろねこさん、こない?」
「じゃあ、お言葉に 甘えて」
5人は歩き出した。
「女の子の着物姿はやっぱり華があるなぁ……うん」
冬織の言葉にリィトは深くうなずいた。
「社長さん。お願いが3つあるんやけど」
社長がエージェントたちを見送っていると一二三に声をかけらる。振り向けば一二三の他にキリル、槻右、野乃。
「あのな」
一二三の依頼に社長はふむと言った。
「2番目は私も賛成だ。1番目は……私だけでは無理だ。可能かどうか村長に聞こう。朗報を届けられるように骨は折る。もう1つは?」
今度は4人が説明。
「見に来て欲しいのだの」
野乃が締めくくると社長はうなずいた。
「すごくいいと思う。燃留や村にも話を通しておくよ。楽しみにしてる。頼んだよ」
●遊んで遊んで
マオとレイルースは村の中を散策中。ソラさんはご機嫌なのかレイルース頭上に乗ったり、マオの肩に乗ったりと忙しい。人や動物に氷の着物が触れぬように袖を押さえるなど注意しながら庭を見たり、そこで水やりを手伝ったりして過ごしている。
「写真……撮るんだよね」
マオは緊張でカメラを気にしてきょろきょろ。
「身構えずに楽しめばいいと思うよ?」
レイルースがアドバイスするも、自然体になるにはもう少し時間がかかるかもしれない。燃留が向かいの庭を見ると共鳴した仙寿とあけびがいた。
「先に彼らを撮ってきます。写真のことは忘れて楽しんでください」
燃留は向かいの庭へ。
「イギリスって言ったら薔薇だよね!」
「ラベンダーも見頃らしい」
庭を堪能している所を一枚。
「次は……」
薔薇に顔寄せ香りを楽しんだりラベンダーが見えるベンチに座ったり燃留が撮りたいポーズに応える。
「少し気障じゃないか?」
「絵になれば問題無しだよ!」
何枚か写真を撮ったところで、遠くからマオたちを撮る。この距離なら大丈夫だろう。通りかかったアリスを撮ったり、地元人間に着物を解説したりと忙しく動き回る。
「お茶を淹れましたよ」
庭の持ち主が声をかける。
「ありがとうございます!」
共鳴を解き、あけびが言う。
「きれいなティーカップ。お菓子も美味しそう」
洒落た茶会にあけび大喜び。
「僕は他の写真を」
「一緒しましょう。少し休んだ方がいいですよ」
燃留を半ば強引に座らせるあけび。
「手慣れた撮影だったが、プロか?」
庭を眺めながら仙寿に問う。
「元です。今日は夏来……社長に頼まれて」
療養中まで言うことはないだろう。
「今は家を継いでいます。残念ながら先代や先先代に比べて出来はあまりよくないんですけどね」
努めて明るい口調で言う。仙寿は黙ってカップを傾けていたが、庭に視線をやったまま口を開いた。
「俺はお前の事を詳しくは知らないが、出来の良し悪しなどこれからどうとでもなる」
燃留は少し目を見開いて仙寿を見る。気にするな、大丈夫、頑張れはよく言われたが、そう言われたのは初めてだ。あけびもにこにこ笑って言った。
「不安なら右腕になってくれる人を探すと良いですよ!」
燃留も笑みを浮かべた。本物の明るい笑みを。
「ありがとう」
「人や動物は避けた方が良いとなると、市場や酪農は後回しにした方が良いな」
遊夜が言うとリーヤが首をかくりとする。
「……ん、びっくりさせちゃう…まずは、お散歩?」
着物に合うよう静々と御淑やかなイメージで歩き回る。だが、ただ歩いているわけではない。ガーデン巡りとラベンダーを眺めつつ、手伝う場所の目星を付けている(撮影がある程度終わったら共鳴を解いて酪農や養蜂の手伝いに行くのだ! 手伝いを通して蜂蜜やチーズの制作過程や歴史を学び、何時か使うべく知識を蓄えておく。分けて貰えるかも、と言う野心も無きにしも非ずだ!)
「農業はともかく、流石に家(孤児院)で養蜂や畜産は出来んからな」
「……ん、街中だから……ね」
残念そうに尻尾をしょんもりさせる。それでも気を取り直して色々な庭を見てまわる。
「なるほど。それぞれ趣があって、すごいな」
「お花がいっぱい……自然な姿が、大事……なるほど」
(家の中庭で試してみるのも面白そうだな、細部まで見ておこう)
穏やかな時間の中、シャッターが切られた。
アリスは静々と村内を歩き回り、時に佇む。楽しんでいないわけでは無いが、プロモーションというオーダーである事を念頭に行動する。
「どう?」
社長が声をかけると副社長は感嘆のため息をついた。
「あの子たち、モデル経験あるのかしら。あなたもやってみる? あの子たちの前だと誰でもプロよ」
そんな会話など聞こえていないというようにアリスは庭へ。今見頃のラベンダーが美しい。副社長はシャッターを切る。不意にアリスが振り向く。袖が翻り、日の光に映える。慌ててシャッターを切る副社長を見て社長が言う。
「一挙手一投足計算づくか」
庭を散策した後、思い至った様に市場へ。
「なに探してるの?」
社長が声をかける。副社長は写真に専念中だ。
「ハーブティー……ラベンダーの茶葉」
「だったらあの店だよ」
「ありがとう」
「この着物、涼しいのか寒いのか」
冬織は着ている浴衣を触る。能力者じゃないと触れると凍傷になるなら、人も沢山いて賑わってる場所だ。誰かとぶつかって怪我させたりしないようにと歩いていると、セーレの手が触れた。どちらからともなく手をつなぐ。
「綺麗な景色だね」
「はい」
うなずくセーレ。
「しゃしん」
ラミィリが言う。
「写真を撮られるんだっけ……なんか緊張する」
冬織の表情が少し固くなる。恥ずかしくないようにしないと。
「自然にしていればいい」
リィトが言う。セーレが少し身を寄せた。愛しさに微笑む冬織。燃留がシャッターを切る。
「どこ行きたい?」
「おにわ」
「そうだね。ケイトさんたちもいいですか?」
「ええ、勿論」
「楽しみだ」
肯くケイトとリィト。冬織はゆっくり歩く。女性の着物ではそう速く歩けない。
「ふふ……冬織は本当にセーレ達のことが大切なのね」
「ああ、そうだな。セーレとラミィリもそう思っているのだろうな。それがよく伝わってくるよ。まさに相思相愛だ」
「少し。羨ましいわ」
既視感にも似た感情をセーレと冬織に感じながらケイトは歩みを進める。ケイトをリィトは静かに見守っていた。
幕が開く。演目は一二三、キリル、槻右、野乃による殺陣劇。一二三たち3つ目の依頼はこれだった。
「英国の皆様方。我は和の国より参った、槻右ノ丞と申す者。我が宿敵たる、二三ノ進と雌雄を決っさんが為まかり越した。皆様方には、是非証人となって頂きたい」
共鳴した槻右と野乃が守護刀「小烏丸」銘『硯羽(すずりは)』を帯刀し、黒地に水色の流水紋の着物で現れると口上を述べる。言語指導は野乃。
「しかし遅いっ。二三ノ進はまだかっ!」
「待たせたな、槻右ノ丞……」
悪怯れずゆっくり現れる共鳴した一二三とキリル―いや、二三ノ進。剣や盾などの洋風のアイテムはイメージプロジェクターで和風のそれにしてある。着物の中で組んでいた腕を出し、刀を地に突き刺す。別の剣を構え、叫んだ。
「無敗を誇るこの俺に、挑むその心意気や良し……かかって来いやあ!
「大きな口を叩けるのも今の内ぞ!」
槻右ノ丞が二三ノ進へと走る。間合いに入る直前、二三ノ進は剣の鍔を踏み、槻右ノ丞の頭上超え、背後から斬り掛かる。槻右ノ丞は受け流した。今度は槻右ノ丞が上段から斬りかかった。
(スキルなしか)
ライヴスゴーグルで察知。斜に避ける。槻右ノ丞が手首だけ返して斬りかかるのを剣に見せたミラージュシールドで受流す。槻右ノ丞は下がらず、猛攻に転じる。二三ノ進は斜への移動を細かに行い、避け、受け流す。
「うわぁ。あんな動き出来ないよ。あの2人すごいね」
マオが感嘆の声を上げる。槻右ノ丞の攻撃が大振りになった。その攻撃は一気呵成を帯びている。その隙を見逃さず、二三ノ進は横へ移動。ライブスブローの一撃を繰り出した。槻右ノ丞の刀が飛んだが、槻右ノ丞は踏み込んだ。手には【SW】ノーシ「ウヴィーツァ」
(クロスカウンター!)
大振りの攻撃もスキル使用もこの一撃のため。二三ノ進はなんとか剣で弾く。槻右ノ丞は後退。刀を拾う。二三ノ進は顔面傍にライヴスショットで目晦まし。さらに背後へ回りライヴスブローの一撃。槻右ノ丞は避けた。再び攻防戦が始まった。槻右ノ丞は回避重視の纏わりつくような動きに切り替え、反撃の時を待つ。それは訪れた。二三ノ進の一撃を受け槻右ノ丞が飛び退いた。二三ノ進は地を蹴って、ライヴスブローを帯びた剣で頭上から上段切りで槻右ノ丞へと襲いかかる。槻右ノ丞はこの時を待っていた。トップギアで迎え撃つ。2人はすれ違い、刀を構えたまま背を向け動かず。舞台に上がった燃留が扇を真っ直ぐ向ける。
槻右ノ丞へと。
「腕上げたな……槻右ノ丞……長も喜んど……る……」
ゆっくり崩れ落ちる。
「長の……念願を果たした! なれど二三ノ進、見事であった」
わあっと拍手と歓声が起きた。飛び交うお捻り。
「見届けて頂き感謝を申し上げる。遠い和の国なれど、身近に感じて頂けたら幸い!」
「すごい量のお捻りだね」
槻右が言う。共鳴を解いて白に水色の模様の着物姿だ。着付けは一二三。
「これで花が買えるのだの」
野乃は紺に蝶文様白抜きの着物姿で言った。元々の目的は着物の宣伝、パーティ会場を飾るための花の資金源、それからー
「野乃殿! 菓子が我らを待ってるぞ!」
お菓子同盟のお菓子代。
「戸田さん。判定と写真ありがとう!」
殺陣を見終わった後、マオとレイルースはベリー採取のお手伝い。
「これ美味しそうだよ」
「そうだね……ソラさん食べる?」
「もぅ! お手伝いなんだから食べちゃダメだよー」
言いながらベリーを摘んでいく。
「手伝ってくれてありがとう」
おばあさんは摘み終わった2人に籠一杯のベリーを渡した。
「ありがとうございます」
ソラさんに少しあげたら、後はー
「イングリッシュガーデンに、可愛い家々……これぞイギリスって風景ねえ。その風景と日本のお花が描かれた着物が。粋だわ―」
楽しんでいるゆらと対照的にひかるは―
「下駄……痛い」
「素敵なお召し物ですね」
「ありがとう」
声をかけられ優雅に会釈。
「イギリス文学に慣れ親しんできた身としては、夢のような光景だわ。そこを、日本の民族衣装で闊歩する……ちょっと不思議な感覚ね」
「ちょっと帯苦しい」
「ちょうどよかった。写真撮影、よろしいですか?」
副社長に言われてひかるはほっとする。共鳴すれば多少落ち着く―
「ちょ、ひかるん。お着物着て大股開かない! わー、腕上げない! 二の腕見せない!」
予想は外れた。ひかるの所作に対し、ゆらがいちいち思念で注意してくる。
「ママー。自由に遊ばせてよー」
「ひかるんにはお着物の時の所作を教える必要がありそうね」
お作法教室のようになっている。
「写真に写る一瞬だけでも、日本女性としての美しさを見せるのよ」
「ママ、戦闘と同じくらい人が変わるぜー」
ひかるは辟易しながらも付き合う。
「すてきな着物。色がすごくいいわ」
写真を撮られていると犬をつれたご婦人に話しかけられる。
「ありがとう。吉徳呉服さんの新作着物なんですよ。ご存じですか? 今、ここに滞在してるんですけど」
「私も欲しいわ。ナイトガウンにしたらすごくいいと思うの」
「触ってみて」
「冷たい!」
「これを解決するために、プロモーションしてるんです」
宣伝するゆら。副社長が名刺を渡す。
「この着物着てたら、可愛い犬を撫でられないから悲しいわね」
「共鳴解いてからだねー」
しかたなく手だけ伸ばして犬をなでた。
「お肉、おっにく♪」
遊夜の腕にしがみ付きながら尻尾ブンブン振るリーヤ。手伝いのお礼にチーズと蜂蜜をもらった後は、市場へ。
「やれやれ、毎度ブレないよなぁ」
肉屋の前に来ると「ん、あれ……あれが、良い」
袖引っ張ってあれこれ指す。言われるまま買っていき―
「毎度あり!」
リーヤさんのお肉審美眼により選定された牛・豚・鶏肉をゲット!
「持ち込みで何か作って貰うとするか」
「ん、何が出て来るか……楽しみ」
●食べて食べて
村のとあるレストラン。社長はグラスを片手にみんなの前に立った。
「集まってくれてありがとう。乾杯の前にひとつだけ。この会場の花々は弥刀さんたちが殺陣で集めたお捻りで買ったものとラベンダー畑の手伝いで手に入れたものです。飾り付もしてくれました。この場を借りて御礼を。ありがとう」
因みにデザイナーも飾り付けを手伝った。
「では乾杯!」
「乾杯!」
料理が運び込まれる。トマトクリームのスープ。海老とサーモンの壺焼き。胡瓜のサラダ。
「な、これめっちゃ旨ないか?」
一二三が言うと槻右がうなずく。
「凄い! 美味しいねっ!」
次に来たのはチーズ、蜂蜜、ジャムを乗せたビスケット。
「あっち! お菓子っ!」
突進するキリルと野乃。次は遊夜とリーヤが持ち込んだ肉を使った料理。ローストビーフ、ローストポーク、詰め物入りローストチキン。
「これが英国家庭料理か」
遊夜は料理に舌鼓。
「ローストポーク、皮に蜂蜜とバターとオレンジが塗ってある」
リーヤは真剣な顔ででもぐもぐ。味や焼き方からレシピを見抜き、レシピ再現を目指す! おかーさんモードである。一方あけびは―
「私ですか? サムライガールです!」
「あの着物、能力者じゃないと着られないんですよね。勿体無いなー」
「このチーズ美味しい!」
いつの間にか談笑の中心。
「仙寿様、ヴァイオリン弾いてよー!」
「お前コミュ力高すぎだろ! いつの間に仲良くなった!?」
思わず突っ込む仙寿。とはいえ料理は美味かったし余興になればと立ち上がり、弾き始める。伴奏は地元のピアノ弾き。
「C.A.ドビュッシーの”亜麻色の髪の乙女”ね」
副社長が言う。『スコットランドの歌』から着想を得て作曲された夏の明るい陽と美しい少女を詠った詩だったか。ここで弾くには良い曲だろう。美しい旋律が会場を満たす。ふとあけびを見た。
(明るい陽、か)
あけびと目が合って慌てて演奏に集中する。その後5曲連続演奏し、会場を沸かせた。仙寿は座りながらあけびに尋ねる。
「お前の師匠ってヴァイオリン弾けたのか?」
「え? お師匠様はサムライだし、弾けなかったと思うけど」
ピアノ弾きはまだまだ頑張る。次はリズムに乗った曲だ。遊夜がドラムを鳴らす。社長は立ち上がると歌い出した。歌うだけでなく、テーブルの間を移動しながら踊り出す。踊りながら、ジェスチャーでエージェントたちを誘う。リーヤが躍り出た。社長に合わせてステップを踏む。皆が後に続く。
「現像してきます」
社長が食事に戻ると燃留が声をかけた。
「忙しないのねえ」
「ゆっくりしていればいいのに」
ゆらとひかるが言う。社長が止める間もなく、燃留は外へ。社長はため息をついた。その様子を壁の花を決め込んでいたアリスとAliceが見ていた。
ゆらがホルスト(イギリスの作曲家)の”ジュピター”を弾き始めると冬織が立ち上がった。セーレの手を取る。
「踊っていただけますか?」
「はい」
セーレが立ち上がる。お互い大事に思っているのが伝わってくるダンスだ。
(暖かい)
昼間の即視感が蘇る。その不思議な感覚がケイトを動かす。呼吸のように至極自然に出てくるのは……歌。どんな歌でも。あたしの……魂の、形。
ゆらが「拙い演奏でごめんなさーい」と演奏を終えると拍手が鳴り響いた。一二三が「上手いな! 習うてたん?」とゆらに声をかける。拍手が収まりかけた頃、ケイトは立ち上がった。
静かに開いた口から出てきたのは喜びに彩られた美しい旋律。透明感と強弱を合わせ持ち響く声は何処までも遠くへ。
「くろねこさんきれい」
「そうだね……綺麗で……透き通る感覚」
セーレが言う。それは心にか魂にか。そしてこの幸せな気分は、冬織さんと一緒だからかケイトさんの声の所為なのかは分からないけれど。ずっと聴いていたい感覚。どこかで聴いた事のある様に思える感覚。
「澄んだ綺麗な音色、だね」
レイルースが呟いた。
「わあ」
大きなサマー・プディングが登場。煮詰めた大量のベリーをベリージュースにつけた食パンで囲み、冷やしたものだ。
「周りに飾ってあるベリーはマオちゃんとレイルースさんからよ」
「見事だ」
キリルは感嘆のため息。社長はふとアリスたちがいないのに気づいた。
燃留は外に出た。自分のカメラの分は終わった。後は副社長のだ。カメラをもらって今日中にやってしまおう。
「あげる」
はっと振り向くとラベンダーの茶葉を持ったアリス。
「あげる。休息は取った方が良い、作業効率が落ちる」
サマープディングを持ったAlice。燃留は微笑んだ。今日はよく教えられる。僕の悪いところ。
「ありがとう。一緒に飲む?」
●笑って笑って
どんという音が聞こえた。同時に窓の外が明るくなる。花火だ。一二三たちの2番目の依頼は間に合ったらしい。皆が外へ出ると花火が夜空を照らしていた。
「花火思い付くて槻右は浪漫派やな」
「ロマン派?!」
一二三が言うと槻右は照れたように微笑んだ。
「綺麗だし、さ?」
「せやな」
槻右拳合わせ微笑む。
「記念撮影するのだの!」
野乃の一声で皆が集まった。これは一二三たちの依頼その1。
「えと、その……わ、私たちは端っこで、大丈夫……です」
マオがどきどきしながら言う。その横にはアリスとAlice。
「君たち戻ってたの」
カメラを調整している燃留に社長が言う。
「今日は、楽しかった?」
「はい。企画の目的はそれだったんですね」
「君に楽しんでもらいたかったんだ。5万円の恩義に」
「そんな何年も前の話。しかもたった」
「ほら、皆待ってる」
社長に促され燃留は叫んだ。
「いきますよー! はい。チーズ!!」
「随分と楽しそうだったわね、今日のリィト」
帰路に着きながらケイトが言うとリィトが微笑んだ」
「ケイトには負けた気がすると思うぞ?」
「え?」
「自分の心に偶には素直になりたまえ。因みに。当然、ボクは多いに楽しかったぞ」
「そうね、叶うなら。また会いたいわ、あの人達に……」
静かで優しい歌が心の奥から溢れてくる。
「やはりケイトの歌は何にも勝る」
「心の……魂の声、だからかもしれないな」
同じ頃。セーレはラミィリと冬織と手繋いで歩いていた。
「くろねこさんと、きらきらさん……またあえる?」
「きっと会えるよ」
根拠のない確信だったが、ケイトとリィトも同じ願いを抱いている。近いうちに会えるかもしれない。
「僕も会いたいな。友達になりたい。皆優しいし、ラベンダーは綺麗な眺めだし、ごはんは美味しいし、良い場所だったよね。仕事じゃなくて普通に遊びに来たかったかも。でも、セーレさん達の笑顔が見られればそれで僕は幸せ」
「私も、です」
冬織と一緒なだけで楽しい。様々な思い出が増える感覚は不思議で嫌じゃない。
●エピローグ
「みて! 写真が届いたよ」
マオが小包を開ける。イングリッシュガーデン、殺陣、ベリー摘み、パーティに最後の記念撮影。
「……うん、どれもいい写真だね」
他のエージェントたちにも届いているだろう。
「楽しかったね」
数ヵ月後、吉徳呉服の新作着物発売が決定した。