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故郷へ

布川

形態
イベント
難易度
易しい
オプション
参加費
500
参加制限
-
参加人数
能力者
9人 / 1~25人
英雄
9人 / 0~25人
報酬
少なめ
相談期間
5日
完成日
2017/07/30 21:50

掲示板

オープニング

●帰還
 戦いにもようやくひと段落が付き、シベリアを中心に発されていた避難指令のあらかたが解除が発表された。

 ドロップゾーンの影響が無くなったエリア、敵の掃討が完了したエリアなど、避難指示の解除されたエリアには、順次住民が帰還しつつあった。
 彼らの帰宅を支援するため、エージェントたちも東へ西へと奔走していた。

 それは、ほんのわずかに暖かさも感じる一日だった。

●線路の道
「並んでください、一列に並んでください」
 鉄道のホームに、駅員の誘導が響いていた。

 先の避難命令の部分解除に伴って、『新式シベリア鉄道』の路線が再び復活することとなった。
 かつて危険地帯から逃れるために使用された列車は、こんどは戻るためにと向きを変え、住民たちを彼らの故郷へと運ぶ。

 乗客は様々。
 退屈からはしゃぎまわる子供たちがいるかと思えば、神経質に新聞をめくる紳士もいる。
 中には、昼間から酒を飲んでいる赤ら顔の男まで。
 列車の空気は、様々な住民たちがいるせいでひどく混沌としている。半日以上も同じ車両に乗っていれば、良くも悪くも関わり合いが深くなるものなのだろう。

「あ、もしもし? そっちは……ごめん、電波が悪いみたいで……うん」
「はやくおうちに帰りたいよ、ママ」
「親父は無事かなあ」
「なんだ、何見てるんだよ?」
「ああ、神様……」
「あ、財布がない!」
「夫を見かけませんでしたか? 避難所ではぐれてしまって、ずっと……」
「ああ、もう、いつまでちんたら走ってるんだよ。荷物が多すぎる!」
「おなかがすいたな。何かないのか?」

●帰れえぬ故郷
 彼らの複雑な様子は、ひとえに喜ばしいとくくることもできないだろう。
 待ちきれずに故郷へと雪崩こんでいく住民もいれば、落胆し、足を引きずるようにして帰る住民もいる。
 騒ぎを起こす老人が目に付いた。

「すみません、ここでは降りられないんですよ。荷物の積み替えだけです」
「なんじゃ! すべての駅にとまるのではないのかね!」
「けれど……ここは廃線となっておりまして……」
 理由はすぐにわかるだろう。老人が駅と言い張るそこには、何もないのだ。駅はぼろぼろにくたびれており、一つの明かりすらもなく荒廃している。
 おそらく、従魔に襲われて壊滅した集落なのだろう。
「誰が何と言おうと、ワシはここで生まれた。そして、ここで死ぬんじゃ」
「ですが」
「誰も文句は言わんよ、おろしてくれ」
 老人は頑固に言い張った。

●道路の道
 鉄道の路線がすべてではない。
 もしも辺境の村々へ向かうなら、エージェントたちもトラック移動する、あるいはトナカイでそりを引く彼らに遭遇することがあるかもしれない。あるいは、エージェントが目的地へと向かう途中で、偶然に出くわす場合もあるだろう。
 そんな彼らを護衛するのも、エージェントたちの任務である。
 道路沿いには、ヒッチハイクを求めて札を下げている住民たちもいる。
「どうだい? 乗っていくかい?」

「昔からこんな生活だったから、別に故郷、なんて胸を張って言えるものではないのかもしれないが。それでもさみしいよ、大事なものは全部置いてかざるをえなかった。いくつ残ってるものやら」
 焚火を囲み、星を見上げる。
 空は澄んでいた。
「全く、飲まないとやっていられないね。長い夜だ。君たちの話を聞かせてくれないか?」

解説

●目標
 住民たちの帰還に同行し、避難住民を送り届ける。

●インフラ
 移動は
・鉄道
・バス、個人のトラックや乗り物
・キャラバン隊に同行する、あるいはキャラバン隊を組織する
 などの方法がある。鉄道で移動するだけで1日かかる。
 昼出発し、次の日の朝ごろに終点に到着する。
 基本的に1移動に焦点をあてており、何往復もすることは想定していない。

●シベリア鉄道・列車内
 帰り道ということでそれほど悲壮な空気は漂っていないが、どこかピリピリした雰囲気もある。
 泣く子どもたち、退屈そうな大人、乗客同士の言い争い。トラブルを挙げればきりがない。
 財布をスラれたと主張するもの、まだ再会できない家族を探しているものもいる。

・駅
 乗客はそれぞれの駅で降りていく。
 逆に、家族と再会して喜ぶものも多くいる一方で、荒廃した故郷に落胆するものや、駅員に無理を言う者たちもいる。
 ともすれば、帰る場所がない住民もいるかもしれない。

 途中で駅から降り、ルートを変え、そこから小さな集落に帰っていく住民もいる。
 彼らに付き添うこともエージェントたちの任務である。

・その他の移動手段
 駅から、あるいは初めから別の移動手段を使用することもできる。
 ともすれば、エージェントたちはH.O.P.E,から正式に依頼を受けたわけではなく、偶然に住民らと出くわしたのかもしれない。
 バスや個人のトラック、乗り物を運転してもよいし、あるいはトナカイがそりを引くキャラバン隊などというものもある。

リプレイ

●道中
 一台のバスが、黒く枯れたツンドラ地帯に入った。
 この先は愚神の影響を強く受けた場所になる。
 あちこちに攻撃の爪痕を残しながらも、あたりには新たな木々が芽吹いている。
「少し前まで雪上車にのってたんだよな……短い夏、か」
 ニノマエ(aa4381)はミツルギ サヤ(aa4381hero001)とともに、運転手と護衛を兼ね、住民たちを送り届ける役割を引き受けた。
 運転席の窓から空を見上げる。
 窓から差し込む日差しが少し温かい。
『この季節に帰郷がかなって良かった。辺境の村ゆえ物資に乏しかろう』
 ミツルギはそっと窓枠を触る。

「大きい町はここで最後だ。寄っていくか」
 道中、ミツルギらはやや大きめの市街地にバスを止め、H.O.P.E.に要請してなお不足した分の物資を補給することにした。住民たちも、ここで買い物をすることになる。
「いや! いや! ママといるの!」
 後部の席から、騒ぎ声が上がった。小さな少女が泣いている。
「すみません。買い物に行きたいだけなんですが、ついてくるってきかなくて……」
「預かりますよ」
 ニノマエの言葉に、ミツルギも頷く。
『それがよかろう』

「おにいちゃん、つよいの?」
「英雄ごっこしよう!」
「どこからきたの?」
「いつもうんてんしゅさんなの?」
 預けられてからそう時間もたたないうちに、ニノマエは子供たちに囲まれていた。
(屈託のない子らだなー、元気すぎて勢いに負けそうだ)
 ニノマエは一見ぶっきらぼうではあるが、冷たいわけではない。それがわかるのか、子どもたちはニノマエにひっきりなしに話しかけてくる。
 ミツルギは目を細め、そんなニノマエらを面白そうに眺めている。子どもたちのまっすぐな好奇心には、どこか自分と似たものを感じる。
「帰ったら何をするんだ?」
「ええっとね、おうちにかえったらね……」
 ニノマエは、じっくりと子どもたちの話に耳を傾ける。
「そうか、良い場所なんだな……」
 言葉の端々から、彼らがどれほど故郷に帰れる日を待ちわびていたかがよくわかる。
(長く住んで愛着を持っているのだな……そのような気持ち、少しうらやましいぞ)
「お兄ちゃんのおうちはどんな場所?」
 子どもからの問いに、ニノマエは答えをはぐらかした。ニノマエの郷里は幼い頃に従魔に襲撃され、今はもうない。
「わしらは長いこと、故郷から離れたことはなかった……。こうして離れてみると、いろいろとわかることもある」
 老人の一人が、ぼそりとつぶやいた。
 しばらくすると、大人たちが戻ってきて礼を言った。
「そろそろ出発するか」
 バスは再び、彼らの故郷へ向けて動き出す。

●訪れる場所、帰るところ
 しばらくの旅路を終えて、ニノマエの運転するバスは小さな村にたどり付いた。バス停を示す看板は壊れていたが、代わりに村民が目印を設置している。
「ありがとうございます。今夜はお泊りになられますか?」
「そうしてもらえるとありがたいです。やることもありますし……」
「……?」
「まずは掃除やら、長期不在で傷んだ家屋の修理だな。……少し手伝ってから帰りますよ」
「それは、長らく運転してきて、お疲れでしょうに」
『構わん』
 村長ははじめは遠慮していたが、願ってもいない申し出にぜひにと頭を下げる。
 人手が足りていないのだ。
 日常に戻る手伝いをできる限りしたい。
 ニノマエは、自然とそう思い行動していた。

「なんだよ、もとと全然違うじゃねえか。ちゃんと元通りにしてくれよ、あんちゃん」
「それは、できない」
 半壊した家屋を前に、元の家屋はもっと広かったと主張する男。
 ニノマエは住民の無茶な要求にも、真摯に耳を傾ける。
「だったらよお……」
「なるべく頑丈になるようにする。元よりも長く住めるように」
 毒気を抜かれたように、男は黙った。
「どうせ仮住まいだろうよ、ったく……そんなに真剣にやることがあるか?」
 最小限の時間で、できることからやってみる。ニノマエは黙って工具を振るう。
(……気長にいこう。時間はある)
「おい……! こら、なってねえよ、貸してみろ!」
 行動で示すニノマエに、とうとう住民が折れていた。
 気が付けば、住民たちはニノマエに続き、行動していたのだった。

 夕方になれば、家々に暖かな火が灯っていく。
 ほっとするような光景。
 出来上がった仮設住宅の屋根を修理しがてら、ニノマエとミツルギはその光景を眺めていた。
「本当にありがとうございました。もう一晩、泊っていかれますか?」
 ミツルギの緑色の目が、ニノマエにどうするか問う。
「せっかくですが」
 ニノマエはやんわりと断った。

 どうしてなのか、ミツルギは聞かなかった。
 ニノマエが感じたのは疎外感だった。
 あの柔らかな光景を見ていて、自分たちは異邦人だということを思い知ったのだ。
「ミツルギ、おまえは帰りたいか?」
『?』
(元いた世界にってこと?)
 やや沈黙があって。ニノマエの表情は、前を向いていて見えなかった。
「……日本に、さ」
(ああ……)
 飲み込まれた言葉をさらりと流すように、ミツルギはつとめて尊大に答える。
『帰ってやってもいいぞ』
「そうか」

 冬の星の代わりに、家の明かりが星々のようなきらめきを放っている。
 それを背にして、二人だけを乗せたバスも、彼らの故郷へと向けて帰還する。

●帰郷
「……久々の帰郷ですね……不思議な気分ね」
 Гарсия-К-Вампир(aa4706)は、故郷の大地を眺め、感慨深げにつぶやいた。
 それからガルシアはくるりと振り返り、凛とした声を響かせる。
「さ、忘れ物は無い? レティ」
『うん、……って言っても殆ど手ぶらみたいなものじゃん。それに一応お仕事も兼ねてるんだよ』
 レティと呼ばれた少女――Летти-Ветер(aa4706hero001)は、軽やかに待合室のベンチから飛び降りた。
「そうでしたね。……行きましょうか」

「……街、どうなったかな」
 御代 つくし(aa0657)とメグル(aa0657hero001)は、列車の窓から過ぎ去る景色をみつめ、そっとつぶやいた。
【今回の僕達の任務は住民を送り届けることです。……ただ、その過程で少し見ていくくらいなら……構わないのではないでしょうか】
「うん、……そうだよね」
 
「何かあったら任せてください! あ、荷物とか重いものがあったら運ぶの手伝いますよっ!」
「おい、それは嬢ちゃんには重いだろう」
「こう見えても強いんですよ! H.O.P.E.のエージェントですから!」
 言葉の通り、御代はかなり大きな荷物を持ち上げた。ほら、というようににっこり笑う。
【何かしていないと気が済まない体質でして。もし何かあれば遠慮なく】
「じゃ、じゃあ、頼もうかな……」
「まかせてください!」
 元気よくきびきびと働く御代の姿に、乗客もつられて笑顔になるのだった。

「どちらまで行かれるのですか? ……モスクワですか。では途中までご一緒ですね」
 二人はシベリア鉄道に乗り、故郷である北西連邦管区、サンクトペテルブルク郊外へ向かう。
 自分は腹が減っていないからと前置きして子どもに食べ物をすべてやる父親を見つけ、ガルシアは懐から包みを取り出す。
「お腹を空かしていらっしゃるのですか……どうぞお食べ下さいませ」
「ありがとう! パパ、半分こしよう!」
 包みを開いていれば、とてもおいしそうな手作りのサンドイッチだった。父親が驚き、礼を言おうとして見上げると、彼女の姿はすでになかった、代わりに、『待って待って』と後を追う4枚の羽が、隣の車両に移っていく様子が見えた。
 ふわりとした冷たい、心地よい風が吹き抜ける。

「お金がないと大変ですからね……少ないですがこちらを」
 また、スリで金を失って途方に暮れる女性を見つけ、ガルシアはそっと包みを差し出した。
「先立つものは必要ですよ」
 ガルシアから金を受け取り、どうしたらいいのかわからないでいる女性に、ヴェロニカ・デニーキン( aa4928 )が声をかける。
「それで……」
「ええ、あの男ですね」
 藤山長次郎(aa4928hero001)が、じっと1人の男を注視していた。
 いたって普通の男に見えるが、ヴェロニカはこういった手合いには慣れたものだ。
 次の瞬間、彼は他人のリュックパックに手を伸ばした。
 その手を、ヴェロニカがやすやすと捕まえる。
「これ、落としましたよ」
 硬直して何も言えないでいる男に、藤山は男の財布を差し出した。男は驚愕し、自分の胸ポケットを探る。肌身離さず持っていた財布が、いつのまにかそこにはなかった。
 一流の手品師としての技。
 一瞬のことである。誰もが。当の男でさえ、どうやったのかわからなかった。

(……どうして)
 少年の横を、ヴェロニカがすり抜けていく。
 少年は手に持った菓子の袋を隠すように、ぎゅっと力を込める。あのスリは、かなりのベテランだ。それがやすやすと見抜けたということは、彼らは自分の所業も分かっているはずだ。
 だが、ヴェロニカはじろりと少年をみるだけで、特に何もしなかった。
 通りすがりざま、ぽん、と藤山に肩をたたかれ、肩が跳ねる。
 腹を空かせていたからだろうか? それとも、子どもだったからだろうか?
 確かに気が付いていたはずだった。
 見逃してもらったのだ。
 少年はそっと菓子を戻す。おなかが減ってはいたけれど、少しぐらいなら我慢できる。
「こちら、よろしければ……」
 少年の目の前に、ガルシアが包みを差し出した。
『氷砂糖、すっごく美味しいよね』

「どこにいくのかな?」
「ノリリスク……に行きます」
 御代は小さな兄妹が二人だけでいることにに気が付き声をかけた。大人たちはいないが、代わりに先にノリリスクに叔父がいるのだという。
「二人旅、大変だね。そっか、ノリリスクか……」
 御代は感慨深げにつぶやいた。
【もう、戻れるんですね】

「おい、助かったよ、あいつ、どうも話が通じねえからさ」
 列車を見回るヴェロニカを呼び止めたのは、にぎやかな酔っ払いの口笛だった。
 ヴェロニカはちょうど、険悪な雰囲気の車掌と乗客に、それぞれの言い分を伝えてやっていたところだった。ささやかな行き違いから起きたいさかいは、冷静に第三者が入ってみればすぐに氷解した。
「おい、姉ちゃん方、あんた、やるじゃねえか。こっちの出身の人間か?」
「そういや、アンタあ、見たことある気がするな……ほら、なんつったっけ……」
 ガタンと大きく列車が揺れたが、ヴェロニカは姿勢を崩さない。
「そうそう、サーカスだよ、サーカス!」
 一人が思い出したように声をあげた。

 同郷のものたちともなれば、話題はもちろん故郷の話になる。
 住民らとしばらく話していて、ヴェロニカは埋めようもない断絶を感じた。
 自分の故郷が滅びてない自分の話は、どこか上滑りするような気がする。
 あまり実家に帰っていなかった。いつまでも故郷が無事な保証がないことは同じだ。
 通り過ぎていく風景が、ゆっくりと寂れていく。

『……ガルシア。いつもよりよそよそしいよ……帰るのやめる?』
 故郷の話が聞こえ、すたすたと速足ぎみになるガルシアに、レティが心配げに尋ねる。
「……いいえ、……ごめんなさい。ちょっと大人しくしていますね」
 レティに声をかけられ、ガルシアの思い詰めたような表情が少しだけ和らぐ。

●ノリリスク
 ノリリスクに降り立った御代とメグルは、兄妹を送りつつ町を眺めた。
 鉱山業が停止しているからだろうか。黒煙は姿を消し、ノリリスクは白く染まっている。
 おそらくは、めったに見られる光景ではないのだろう。
「……私たちは、ちゃんと守れたのかな」
【それは、僕達には分からないことです。例えこちらが守れたと思っていても、彼らがそう思っていなければ独り善がりですから】
「……うん」
 御代はそっと、家族との再会を願うメッセージであふれる伝言板を見た。
「みんな、ちゃんと家に帰れてたら……いいな」
 祖母の形見だと小さな箱を持っていた人がいた。
 あの時避難を助けた人たちが無事に帰れていたらいいと思う。
 ふと、こちらに気が付いた兄妹らが手を振る。彼らの叔父が、お辞儀をする代わりに、ぴしりとした敬礼をした。
 御代は息を吸い、手を大きく振り返した。
【そろそろ列車が出ますよ】
「うん!」
 どうか、みんな無事でありますように。御代は一度だけ振り返り、再び列車に乗り込んだ。

●下車
 帰る場所なんてないと泣いていた女性が、そっとガルシアに背を押される。
「ここがあなたの故郷なのですね。……車掌様、降ろしてくださってはもらえませんか? 何もない故郷、帰りたくなる気持ちは私も同じですから……」
「で、でも……」
「さあ」
 言うより早く、ガルシアは荷物を持っていた。
「お荷物の運搬。お手伝いいたします」

 歩く最中、女性はぽつらぽつらと話し出す。
 壊滅した故郷など見たくなくて、帰るのが怖かったということ。町はひどい状態で、全員が無事であるという保証がないということ。
 いっそ、やめておけばよかったと後悔したこと。
 列車から降りた女性が、ふと、手製の掲示板に目をやる。
「生きてるって! 全員無事だって!」
 見る見るうちに、女性の表情は嬉しそうになる。
「これを見て! 『先に故郷で待ってる』って書いてあるの! ああ、神様……!」
 ありがとう、ありがとうと、女性はいつまでも礼を言っていた。

 最後の駅。
 全てのお客が降りるのを確認し、ガルシアは自分も終点駅に降りる。
「……これで、最後ですね。ありがとうございました」
 ガルシアは車掌に礼を言う。
「お元気で」
「そちらこそ」
『またね』
「ええ、いつか」
 ヴェロニカたちと二手に別れ、これから最後に居合わせた住民らを送る。

 一緒に降りた女性とともに、ガルシアは歩く。
 持ち物は、軽くなった鞄と2人の身体だけ。
「ありがとうございました。ここで、大丈夫です」
「どういたしまして」
 迎えに来た家族のもとへ走り寄り、女性はふと思い出したように振り返った。
「……あの」
 二人は、もうそこにはいなかった。

「これで、最後ですね」
 道とは呼べないほどのけもの道を通り、ヴェロニカと藤山は小さな集落へと向かった。町の明かりが乏しい分、星が輝いて見える。
 故郷が見えた、とはしゃいで走り去る男。
 ヴェロニカと藤山は顔を見合わせ、それから見失わないように、男を送り届けることにした。

●3人は
「……帰りたい場所、か……」
 麻端 和頼(aa3646)は理解しがたいといった表情を浮かべる。親に捨てられ、施設で育った麻端にはそのような感覚はわからない。
 彼女であれば、わかるのだろうか。
 麻端は恋人である五十嵐 七海(aa3694)を見る。
 五十嵐は託された届け物を大事そうに抱えている。
『七海、人助けは特に一生懸命だよネ』
 華留 希(aa3646hero001)の言葉に、麻端は頷く。
 自分と違うからこそ惹かれるのだろうか。
「……分かってる」
 麻端は、七海を理解する為に尽力するつもりだった。

『……という訳だヨ、たいちょー!』
「ああ」
 華留がこそりと耳打ちすると、佐藤 鷹輔(aa4173)は任せておけと請け負ってみせた。
「七海、俺は旅を楽しもうと思うぜ。一期一会、旅は道連れ、誰かが困ってりゃちょっと声を掛けるだけだ」
「うん、そうだね」
 ジェフ 立川(aa3694hero001)は、五十嵐の表情が和らいだのを見てとり、自身もわずかにほほ笑んだ。
「運転代わるぜ、和頼。少し息を抜けよ」
「ああサンキュ。じゃ、頼む」
 和やかな光景を俯瞰するように、語り屋(aa4173hero001)は5人を見つめていた。

●とある廃村にて
(ロシア人とは肩を並べて激戦を共にしたんだ。支援者なんて余所余所しいツラはごめんだな)
 佐藤は、これをあくまでも仕事とは思っていなかった。しいて言えば旅、だろうか。

 彼らが立ち寄ったのは、ほとんど廃村とも呼べそうな場所。
「こんなもんかな……」
『上出来上出来』
 華留は佐藤に拍手を送る。
 風雨に消えぬよう板にペンキを括り付けた伝言板。これを、町入り口役場跡など主要数箇所へ設置していく。
「伝わると、いいね……」
 五十嵐は預かった言葉を集め伝言板を作っていた。家族を探しに戻る人へ少しでも望みを繋ぐ為のものだ。
「なかなか上手にできたな。どう思う?」
 麻端はそこに書かれた言葉を眺める。

『お父さんは弟達を連れてノリリスクで暮らして居ます。これに気づいたら連絡が欲しい』
『しんせきのおじさんのいえにいます』
『連絡をください。名前は――』

「こんなに広い場所で、どうして人が探せると思うんだ……」
 わざわざはぐれた人間をさがすために、こうして戻ってくるものなのだろうか。危険を冒して?
『七海たちと離れちゃったら意地でも探すよネ?』
「そりゃ!」
 反射的に答えた。それが答えだった。自分の身に置き換えてみれば、すとんと腑に落ちる。
「……ああ……そうか……」
 あの伝言板の一枚一枚、彼らにとっての大切な人を探しているということか。
 漸く出会えた信頼出来る仲間。
 そしてかけがえのない恋人、七海。
 離れた時は拷問より辛かった。

「産まれたから故郷と言うのも有るけど、大切な人達と築き上げてくのも故郷と思うんだ。
それを失って、それでも生き抜かなきゃならない人に希望を残したいんだよ」
 五十嵐の言葉が、なぜか胸に残る。

「お父さん! お父さんのなまえ! あった!」
「良かったね」
 はしゃぐ子どもの頭を、五十嵐はそっと撫でた。
「貴方の分の伝言も届けるから、新しい町で待ってあげてね。お父さんが会いに来てくれるよ」

「親子連れ、かな?」
 旅の途中で、一行は、ふらふらと道を歩いていた避難民と出くわす。佐藤がゆっくりと停車させる。
「これから帰るのか?」
「あ、ああ」
「近いのか?」
「いや……」
「乗ってきな」
 避難民たちはは驚いて固まる。
「俺らもそこに行ってみたくなった。案内してくれよ」
「ありがたいが、なにもないところだぞ? 碌な礼もできないだろうし……」
「だって見てみたくもなるだろ。帰りたいと強く思えるような場所なんだから」
 彼らは言葉に詰まり、それから小さく「助かる」といった。

●再会の儀式
 親子連れを無事に送り届けた一行は、その先でささやかなもてなしを受けていた。
「いくらでも食べていきな! あんたらは恩人なんだからね!」
 誰かが暖かな未来を掴む為の手助けの、ほんのひとかけらのお裾分け。報酬は、体に染み渡るような温かいボルシチだ。
「これが本場のロシア料理か……」
「美味しいね」
「ゆっくりしてる暇もなかったからな。食べたかったんだよ」
『おかわりっ』
「……」
『広いね、ロシアは。家族を探すのにもこれだけ苦労する。それに引き換え僕達は……』
 語り部は空を見、ふとこぼした。
「会おうと思えば、いつでも会えるっていうのにな。何を話していいか分からねえとか、下らない理由で避けてる」
『ただいま、それだけで十分なんだって今回そう思ったよ」

 冷えた空の下、麻端はじっと空を眺める。
『しってル?』
 いたずらっぽく、華留が笑う。
『恋人同士のキスは離れてもスグ再会できる儀式なんだヨ』
「何?!」
 普段なら疑うところだったが、麻端はなぜかすんなりと信じていた。
「七海」
「何?」
 麻端がそっと七海を呼ぶと、希が素早く鷹輔に目配せをする。
「……七海……オレはもうお前と離れたくねえ……」
 麻端は近付き、そっと手を頬に当てる。
「……え」
 麻端の突然の行動に、五十嵐は驚き身を硬くする。
 麻端は己の顔を寄せ、唇を近付ける。
 目を閉じる。

 そして、唇は優しく額に振れた。

『!』

『バカバカバカバカバカ! キスは口!』
「へ?! な!」
「あーあ」
 華留たちの登場に、麻端は見られていたことを悟る。思わず全身を真っ赤にして、動揺を隠せていない。
「ど、何処でもいいんじゃねえのか?」
『あーもー』
 希は大きな溜息をつく。
「いいところだったのになあ」
『次、期待してるからネ!』
「まったく……」

(キス、されちゃった)
 五十嵐は優しく触れた唇の暖かさに、指先を当て、恥ずかしさより嬉しさで笑む。
(私の新たな故郷と成るのかな……)
 大切な人達と築き上げていく『故郷』。
 五十嵐はにぎやかな仲間たちのやりとりを眺めつつ、思いを巡らせる。

●溶けぬ氷は
 果てしなく続きそうな広い丘を、トナカイがそりを引くキャラバン隊の一行が過ぎ去っていく。
 狼の群れが、潜み彼らを狙っている。しかし、行動に踏み切れないのは、やはり何かを感じ取っているからだろうか。
 しばらく様子を見ていたが、オオカミはそのうちじりじりと後退し、散っていった。
 ただの野生動物などは、リンカーの相手ではない、といったところだろうか。
「何かあった?」
「いや」
 狒村 緋十郎(aa3678)の表情は険しかった。眉間には苦渋の皺が刻まれている。
「……」
 レミア・ヴォルクシュタイン(aa3678hero001)は、そっとその様子を眺めていた。

 大陸を移動している最中偶然にもキャラバン隊と出くわした二人は、リンカーとしての腕を見込まれ、道中の護衛を請け負うこととなった。
 夜になるとキャラバンは歩みを止め、焚火を囲んでの団欒が始まる。
 最初こそぎこちない会話しかなかったが、長い移動をともにしていると、少しずつ打ち解けてきたようである。
 もちろん、ここはロシア。彼らの手にあるのはウォッカだ。
「そんなに飲んで大丈夫か?」
「ああ、問題ない」
 強い酒をあおっているのに、狒村は平気そうである。
「あんたらのおかげで、道中無事にすんだようだ」
「ああ」
 狒村は、決して愛想が悪いわけではない。真面目で、見ず知らずのキャラバンの護衛も快く引き受けてくれた。
 ただ、時折、ふとした表紙に厳しい表情を浮かべる。
 険しい戦いを乗り越え、多くの喪失を味わった者のような表情というものか。
「あんたら、H.O.P.E.の人間じゃないのか。ただのリンカーにしておくには、もったいない腕だな。俺でもわかるさ、あんたら、相当修羅場をくぐってきているんだろう?」
「生きていればそれなりにね」
 狒村らは、己の言動がHOPEへの批難に波及しないように、身分は隠して一介のリンカーということにしていた。
「あんたら、あんなところで何をしていたんだ?」
 ともすれば、返答は聞けないのではないか、と思えた。しかし狒村は、ウォッカを口にすると、促されるままぽつぽつと話し出した。
「俺は……雪を操る愚神の少女を捜している。……その道中だった」
 愚神、と聞いて、先ほどまで笑いあっていた人々の表情が真剣なものになる。
「この絶零の戦いで……一度は再会できたのだが…結局また、その娘は行方知れず……だ。
彼女は……きっと、今も……この広大なロシアの凍土の何処かに、身を潜めている筈……」
 愚神を語るにしては。彼の口調には何とも言えない調子がにじみ出ている。
「会って……どうするんだ?」
「……」
「愚神に故郷を荒らされた貴方達の前で、こんな話は不謹慎かもしれないけど……ね」
 レミアが目を伏せる。
「緋十郎は……その娘に会って、詫びがしたいのよ。騙すつもりも裏切るつもりも、なかったのだと。
心から……共存を望んでいたのだと」
「共存だって!?」
 共存ということばに、一人が反応した。
「おい、あんた、分かって言ってるのか!? なんで、なんでそんなことが言えるんだよ?」
 若い男は、狒村の胸倉をつかみ上げた。振りほどこうと思えば、振りほどけたはずだった。
「すまなかった。たしかに、ここの人間の前で口にしていい言葉ではなかったかもしれない」
 悠然と受け止め、不適切な言動を詫びる狒村に、男は勢いをそがれたようだった。
「愚神との共存など……夢物語とは思う。だが……全ての愚神との共存は無理だとしても……
彼女とだけは……成し得るのではないかと…俺は……まだ……一縷の希望を……捨てきれん……のだ」
「そうか」
 レミアは小さく見える狒村の背を優しく擦った。

●別れ
「いろいろありがとな。ここから、俺たちは町に行く。あんたらも乗っていくか?」
「あいにくだが、寄るところがある」
「それじゃあ、元気でな。いろいろあったけど、まあ、楽しかったよ。」

 道を外れ、二人は、バイカル湖まで足を延ばす。そこは、彼女……雪娘と初めて出会った因縁の地だ。
「ヴァルヴァラ……」
 風が吹き、ちらりと、雪が舞った。思わず振り返る。誰もいなかった。狒村はそっと湖のほとりに腰を下ろし、しばし感傷に耽る。
 湖面は、冬を名残惜しく思うように映して澄んでいた。

●献身
 帰ろうか帰るまいか。老人は駅に降り立ち、それでも何をしていいか思い至らないという様子でただ茫然としていた。
「一緒に行ってもいい?」
 そんな老人に、1人の女性が声をかける。墓場鳥(aa4840hero001)と共鳴したナイチンゲール(aa4840)だ。
「帰るところなんてありゃせんよ」
「もう行っちゃったから、列車」
 ナイチンゲールはけろりとそう言ってのける。

 ナイチンゲールは率先して荷物を持ち、老人の前を歩く。
 老人が焼け焦げた小さな小屋を無表情で眺めている間も、励ましたり慰めたり、彼女はそういったことはしなかった。ただがれきをどかし、もくもくと雪にうずもれた場所から出てきた遺留品を埋めるのを手伝う。
「あんた、とんだもの好きじゃのう……」
「やることはたくさんあるからね」
 ナイチンゲールは微笑んだ。

 食事を終えたところで、ナイチンゲールは、この人と、この土地と、いなくなった人達のことを尋ねる。
「お爺さんの仕事は?」
「……鉱山の機械の整備師じゃった」
「ここは、どんなところだったの?」
 言いたくなかったらそれで構わない、そんな聞き方。時々「そう」と相槌が響く。
 時折、沈黙が訪れる。
 ナイチンゲールは老人の言葉に黙って耳を傾けて、胸に刻んでいく。
「わしは疲れた。あんたもとっとと寝るといい」
「お気遣いありがとう」

●捧げる歌
「眠った、かな」
 老人が眠ったことを確認すると、ナイチンゲールはそっと小屋を出た。ここはまだ、危険といえなくもない地域だ。夜通し、何か起こらないか見張る心づもりだ。
『ずいぶん天気が良いな』
 墓場鳥とともに、夏でも冷たい夜空を見上げる。
「ねえ墓場鳥。『希望』ってなんなのかな」
『お前が知っている通りだ』
「……分かんないよ」
 明日を葬られた者に示すことが出来るのか、またその必要があるのか。
 自分の小さな絶望を機械化した義手で握りしめ、ナイチンゲールは小さな歌を口ずさんだ。
「When The Saints Go Marching In(黒人霊歌)」が、凛とした空に吸い込まれるように響き渡っていた。

●それぞれは
 ナイチンゲールが歌うとき、空っぽになったバスは彼らの故郷へと走り出していた。
 列車を降りた人々が、口々に「雪の妖精を連れた、親切な人がいた」と故郷の人間に話していた。
 心優しい少女は、出会った人々の無事を祈る。
 誰かが、サーカスの一員に会ったと自慢する。
 友人らは広大な大地と再会に思い巡らせ、恋人たちは星空の下でキスをした。
 青年は湖のほとりで感傷にひたる。

 それぞれの空の下。

●また来るよ
「おはよう」
「あんた、寝とったのか?」
「うん、もちろん。ぐっすり眠れちゃった」
 ナイチンゲールはけろりとしてみせる。
「あんたは不思議な人じゃな……。わしに何も聞かないし、無理に慰めようともせん……わしは信心深いほうじゃないが……」
 老人は何か言いたげに黙ったが、ついに口を開いた。
「なあ、あんた。もしあんたが天使じゃというなら、わしも連れて行ってくれないか?」
「……ねえ、また来てもいいかな」
 ナイチンゲールは答えなかった。代わりに、老人に問いを発した。
 老人は初めて笑った。
「いつでも来なさるとええ」
「ありがとう」
「それじゃあ、体に気をつけて」笑顔で終える。最後にその光景を目に焼き付けて。
(例えその時にはもうあなたが亡くなってしまっていても。私が生きている限り、いつか) 
 約束を胸に、ナイチンゲールは帰路についた。

結果

シナリオ成功度 成功

MVP一覧

重体一覧

参加者

  • 花咲く想い
    御代 つくしaa0657
    人間|18才|女性|防御
  • 共に在る『誓い』を抱いて
    メグルaa0657hero001
    英雄|24才|?|ソフィ
  • 絆を胸に
    麻端 和頼aa3646
    獣人|25才|男性|攻撃
  • 絆を胸に
    華留 希aa3646hero001
    英雄|18才|女性|バト
  • 緋色の猿王
    狒村 緋十郎aa3678
    獣人|37才|男性|防御
  • 血華の吸血姫 
    レミア・ヴォルクシュタインaa3678hero001
    英雄|13才|女性|ドレ
  • 絆を胸に
    五十嵐 七海aa3694
    獣人|18才|女性|命中
  • 絆を胸に
    ジェフ 立川aa3694hero001
    英雄|27才|男性|ジャ
  • 葛藤をほぐし欠落を埋めて
    佐藤 鷹輔aa4173
    人間|20才|男性|防御
  • 秘めたる思いを映す影
    語り屋aa4173hero001
    英雄|20才|男性|ソフィ
  • 不撓不屈
    ニノマエaa4381
    機械|20才|男性|攻撃
  • 砂の明星
    ミツルギ サヤaa4381hero001
    英雄|20才|女性|カオ
  • 守りもてなすのもメイド
    Гарсия-К-Вампирaa4706
    獣人|19才|女性|回避
  • 抱擁する北風
    Летти-Ветерaa4706hero001
    英雄|6才|女性|カオ
  • 明日に希望を
    ナイチンゲールaa4840
    機械|20才|女性|攻撃
  • 【能】となる者
    墓場鳥aa4840hero001
    英雄|20才|女性|ブレ
  • エージェント
    ヴェロニカ・デニーキンaa4928
    人間|16才|女性|回避
  • エージェント
    藤山長次郎aa4928hero001
    英雄|67才|男性|ソフィ
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