本部

猫娘とため息プールサイド

高庭ぺん銀

形態
ショート
難易度
易しい
オプション
参加費
1,000
参加制限
-
参加人数
能力者
8人 / 4~8人
英雄
8人 / 0~8人
報酬
無し
相談期間
5日
完成日
2017/07/28 19:48

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掲示板

オープニング

●猫娘と気弱少年
「にゃご、どこ行くの?」
 にゃごは、あたしの能力者。あたしは英雄。
「塾だよ。いい子でお留守番しててね、ミヤ」
 にゃごはしゃがんで、あたしの目を見る。にゃごの白い歯が見えた。猫だったら喧嘩の合図。でもにゃごは人間だから、これは仲良しの合図。あたしは猫だったけど、にゃごの世界におひっこしししたら人間になってた。だから、いろいろおべんきょうしてる。
「あたち、お外であそびたい!」
「だめだよ、ミヤは小さいんだから。帰ったらまた遊んであげるからね」
 そぉっと頭に置かれた手。にゃごのなでなでは優しすぎて、少しくすぐったい。
「いってらっしゃい」
 教えてもらったばかりのあいさつをしたら、にゃごは嬉しそうに笑った。にゃごはいつも困った顔をしてるけど、あたしがおべんきょうをがんばると喜んでくれる。だからあたしはお着替えのおべんきょうをがんばるし、ふぉーくやすぷーんもできるようになった。ゆびがある手は変な感じで、ボタンの服はまだ自分で着れないんだけど。
「あ」
 にゃごがいつもいじってる不思議な板。ソファにおいてて、もってくの忘れちゃったんだ。
「おもしろそう! 遊んでみよっと!」

●退屈へるぷみー
 赤須 まこと(az0065)の元にかかってきた電話は、少し前にできた友人からのものだった。
「もしもし、名護くん?」
 相手の名は、名護炎龍(なご えんりょう)。心配になるくらい気弱な中学一年生。
「まこと?」
「ミヤちゃん?」
 聞こえてきたのは、彼ではなく小さな友達の声。
「まこと、遊ぼうよ!」
「私もミヤちゃんと遊びたいな。名護くんと相談するから、代わってくれるかな?」
「にゃご、いないの」
 ミヤは猫耳の生えた幼い子どもだが、元の世界では猫の妖怪だったらしい。現代の常識にはかなり疎い。炎龍の携帯をいじった結果、アドレス帳の先頭「あかずまこと」に電話がかかったようだ。
「わかった。私から名護くんを誘って見るよ。後で電話するね」
「うん! あ、でも……大きい犬のおじさん、怖いの」
「あ、亮次さんのこと? うーん、わかったよ」
 ミヤは前の世界で襲われたことでもあったのか、犬が苦手だ。亮次の大きな体や鋭い目つき、犬が唸るような低い声が怖いらしい。
「悪い人じゃないんだけどなー。幻想蝶の中に隠れててもらおう」
 まことはひとりごちる。
(そういえば、名護くんはH.O.P.E.に所属するのかなぁ? 何かアドバイスができればいいんだけど、私だけじゃ不安だ……)
 何度かメールもしてみたが、迷っているらしい。仲間ができるのは魅力的だし、エージェントへの憧れはある。でもそれ以上に『怖い』という気持ちが強いようだ。
「場所は……暑いし、プールとかが良いかな?」
 別の任務でH.O.P.E.に行く予定がある。一緒に行ってくれる人がいないか、談話室で声をかけて見ることにした。

●アザラシ公園・屋内プール
※ホームページより抜粋
 建物の2階にあり、ガラス張り。太陽の光がたっぷりと降り注ぎます。

1、流れるプール
 25mプールの周りを楕円状に一周。全長約100m、水深1m。浮き輪の使用もOK。

2、25mプール
 泳ぐ用のコースが2コース、歩く用のコースが1コース。流れるプールを横断するか、橋を渡って移動できる。

3、ウォータースライダー
 全長70mほど。2周のとぐろを巻いたようなデザインで、スピードは控えめ。着水点は流れるプールの隣にあるプールで、流れるプールとつながっている。対象年齢は3歳以上。

4、お子様プール
 水深50cm。ぞうさんの形の滑り台あり。浮き輪の使用OK。

5、ミニジャグジー
 円形。ここだけ温水となっている。

6、日光浴スペース
 プールサイドにはデッキチェアを用意。水着のまま寝そべることができます。

7、シャワー
 プールに入る前に体をすすぎましょう。

解説

プールで自由に遊んでください。
※ミヤと遊ぶ、炎龍と話す、という行動もできますが、全員が行わなくても構いません。

【プール】
・通貨は消費しません。
・あまり大きな施設ではありませんが、その分お客さんは少なめです。
・水着は貸し出しできますが、デザインはどれも地味です。
・浮き輪は貸し出し可。

【NPC】
名護 炎龍
 小柄な中学1年生。とても臆病な少年。名前負けしている自覚があり、コンプレックス。ミヤと誓約したのは先月のこと。小さなミヤが心配で、一人での外出は認めていない。本音を言えば、常識を身に着けるまではあまり外出させたくない。
 エージェントに憧れを抱いているものの、わからないことだらけで怖い。知り合いのまことにエージェントと話してみたいと相談。話しかけたそうにもじもじしている。泳ぎは苦手。
 好きなもの:本(物語、図鑑、雑学など)、パズル、ヒーロー漫画
 苦手なもの:痛いこと、人と争うこと、ホラー、スポーツ全般

 よければ、彼の参考になりそうな経験談(所属のきっかけ、エージェントをやっていて嬉しいと思うこと、苦労していることなど)を話してあげてください。

ミヤ
 猫の耳と尾を持つ4~5歳の女児。身長110cm。前の世界では猫又。通常の猫よりも大きめの体に二股の尻尾を持っていた。自分より大きな生き物を怖がる。特に犬が苦手。
 幻想蝶内に一人でいるのは寂しいので、炎龍の母と留守番していることが多い。最初は水を怖がっていたが、お風呂の気持ちよさに感動して克服済み。ただし、顔を濡らすのは怖い。浮き輪をレンタル予定。プールは初めてだが、いざとなれば野生の勘で泳げる。

まこと
 普通に遊びつつ、炎龍の様子を気にしておくつもり。何か手伝えることがあれば協力します。

亮次
 ミヤに怖がられているため、幻想蝶内で待機。

リプレイ

●夏と言えばプール!
「むふー。やっぱこう、この手のプールはワクワクするねぇ」
 黒のビキニを身に着けたストゥルトゥス(aa1428hero001)が快活に言う。
「ねこ……」
「ん?」
 ストゥルトゥスは振り返る。水色のフリル付きワンピース姿のニウェウス・アーラ(aa1428)は、ピンクの水着を着たミヤとちょうどお揃いに見えた。
「ねこさんが、いる……♪」
「さてはマスター、ねこ欠乏症かな?」
 ストゥルトゥス曰く、『ねこが絡むと、語彙力とIQが溶ける』。ふにゃりと笑ったニウェウスはミヤの前にかがんで視線を合わせる。
「こんにち、はー」
「こんにちは!」
 ミヤは元気よく挨拶すると、炎龍を見る。こくりと頷く彼にミヤは「褒められた」と目を輝かせる。
「私、ニウェウス……。お名前は?」
「ミヤ! こっちはにゃご!」
「ミヤさんは、泳げるのかな?」
「んー?」
 首どころか体全体を傾けるミヤ。水遊びの経験はないと炎龍が補足する。ニウェウスはミヤと共に浮き輪を借りに行くことにした。貸出所にはラミィリ(aa5113hero001)とセーレ・ディディー(aa5113)がいた。
「そう言えばラミィリ、プール初めて体験……かな……」
 そんなことを話していると、ラミィリがミヤを発見した。
「……みみとしっぽ、ある……」
「……あるね……猫……かな……可愛い……」
「セーレ、ねこすき。しってる」
「……一緒に遊べるか、声掛けてみようかな……」
 まことはナイチンゲール(aa4840)を見て首を傾げていた。
「寒いですか?」
 流行りを取り入れたオフショルダーのフレアビキニ。ハイネックも大人っぽくて素敵だ。しかしそれにパーカーまで合わせるとなると、重装備すぎるように見える。体型と義手を全力で誤魔化そうとした結果なのだ。
「過剰防衛。心なき『視線』は、己の中にこそあると思うがな」
 黒ビキニにサングラス、腕にショールを絡ませた墓場鳥(aa4840hero001)が呟く。
「スタイル良い人にはわかんないの」
 ナイチンゲールは頬を膨らませた。
「あ、ボクが持ってきた水着、着てくれたんだ! すごく似合ってて可愛い!」
 紺のボックス型水着を着た天宮城 颯太(aa4794)は言う。彼と相反して不機嫌オーラ全開なのが光縒(aa4794hero001)だ。彼女はワンピース水着にパーカーを合わせたスタイルだ。
「戦闘特訓と、聞いたのだけど……?」
「うん! だから、いざという時に泳げないとダメだから、特訓!」
「……そう。そのまま溺死すればいいのに」
 ワイルドブラッドのスーティアー(aa5154)は、まさしく水を得た魚という様子でプールに飛び込む。
「水だー!! 大量の水だ! プールだ! いやっほーーー!!」
 ダルマザメの特徴を色濃く受け継ぐのが能力者なら、その相棒はクジラの化身ともいうべき存在。
「ふぅー……生き返った心地です」
 英雄のセミィ(aa5154hero002)がしみじみと言った。負荷がかかる陸上の生活により、強いストレスを抱えているのはどちらも同じだがその解消法には少し差があるようだ。セミィは水の感触を確かめるように、大きな体をゆっくりと進ませる。癖で大きく口を開けてしまうが、オキアミではなく塩素の溶けた水が入ってくるばかりである。
「なんだか妙な感覚ですねぇ……」
 口からぴゅっと水を吐き、首をひねる。彼女を置きざりにして、スーティア―は夢中で泳いでいた。
 狒村 緋十郎(aa3678)はシャワーで体を流しつつ、入り口を伺っている。フリルスカートつきのビキニに着替えた妻ははさぞ可愛らしいことだろう。
「いかんいかん。ここは心を落ち着かせて……」
 滝行よろしく、頭から水を浴びる。
「緋十郎」
 愛しい声に振り替えればそこには、黒の紐パンビキニ姿のレミア・ヴォルクシュタイン(aa3678hero001)が。華奢な体つきが強調され、ほっそりとした腿が惜しみなく露出されている。ーー1秒後、辺りに鼻血撒き散らした無残な『死体』が転がった。
「む……」
 かすむ視界で見上げれば、ウジ虫でも見るような眼でレミアが見下ろしていた。彼を驚かせるために――喜ばせるため、とは言ってやらない――用意した水着だったが、このリアクションにはどん引きだ。それにこの赤い血はレミアにとって大切な、唯一の。
「食糧を無駄にして……。大馬鹿者の変態猿。優雅に寝ていられる身分だなんて、思っていないでしょう?」
 慌てて緋十郎は立ち上がる。遠慮するスタッフに土下座の勢いで頼み込み、バケツとデッキブラシをゲットした。懸命に掃除に励む彼を睥睨し続けるのは、レミアなりの愛情だろう。
 事件の一部始終を目撃した麻生 遊夜(aa0452)とユフォアリーヤ(aa0452hero001)は緋十郎へと声をかける。
「心配痛み入る。二人はやはり、英雄の少女の元に?」
 予想は当たりだった。緋十郎は、まことから聞かされた能力者の少年に声をかけるつもりだ。
「子供を導くのも大人の務めだ」
「……ん、ついでに遊ぶ」
 リーヤは遊夜の言葉に頷くと、愛しい人の腕に細い両腕を絡めてくすくす笑う。ふたりとも黒を基調とした水着を選んだため、ペアルックのようにも見える。
「よぅ、俺達と遊ぼうぜ?」
 ニウェウスやセーレたちと共にミヤが戻ってきた。遊夜たちはなるべく高めの声を保って話しかける。もちろん、屈んで目線の高さを合わせることも忘れない。
「……ん、ボク狼だけど……大丈夫?」
 ミヤはリーヤの耳と大きな尻尾を見て、びくりと身を震わせた。
「おねぇちゃん、あたちをいじめない?」
「ん、絶対いじめない……」
 リーヤは落ち着いた口調で言った。怖がられたことは少しショックだが、彼女にも何かしらの事情があるのだろう。
「……あくしゅ。仲良くしようね、のあいさつだよ」
 恐る恐るミヤが手を差し出す。リーヤは優しく握り返す。ひとまず、ミヤが心を開いてくれたことに彼らは安心した。
「まずは、シャワーですすいで体の汚れを落とさんとな」
「……ん、こっちだよー」
 リーヤはミヤの手を引き、ミヤの顔に水がかからないようにカバーして通過した。
「とりあえず泳ぐぞ?」
 逢見仙也(aa4472)が言うと、ディオハルク(aa4472hero001)がすかさず言葉を返した。
「シャワー浴びてからな」
 彼らは泳げさえすればデザインは気にならないらしく、プールで借りたダークカラーの水着を着用している。
「なんか子供がどうのとか無かったか?」
「来るときにあったかもなー」
 まこととかいう少女の頼みを、ほいほいと請け負っていただろうに。
「遊んで帰るだけにするなよ?」
 ディオハルクは日光浴用のデッキチェアに腰を落ち着けると、視線を仙也へと注いだ。
「心配か?」
 隣から声がかかる。先客の墓場鳥だ。
「お世辞にもこまやかとは言えない性格でな。警戒するに越したことはない」
 会話はそれだけで終わった。水音と光とはしゃぐ声。眠らないまま、パラダイスの夢でも見られそうだ。
「さぁレミア!俺たちはどのプールから攻めようか」
 主たるレミアへ伺いを立てる緋十郎。
「お子様プールは……ダメね、水着姿のお子様がたくさんいる所に緋十郎を連れて行くなんて、危険だわ」
「何を言うレミア……! 斯くも眩しきレミアの水着姿を前にして、この緋十郎、他の娘に目移りなどするものか……ッ」
 熱弁する緋十郎に背を向け、レミアは25mプールへと歩き出す。
「どうせならしっかりと泳ぎたいわね」
 流水を渡れないという弱点は、現世に顕現した際に克服済み。海龍の化身たる友人に泳ぎを直伝され、カナヅチを克服したのが去年のことだ。
「コースは空いているわね。肩慣らしの後は競争をするのもいいかしら?」

●力を抜いて
「どうした、もじもじ少年。一緒に遊びたいのかなー?」
「え、違……」
 ストゥルトゥスが彼に声をかけた。要件が何であれ、まずは景気よく遊んで彼の緊張をほぐすのが良いだろう。
「話は後にして、まずはスライダー行かない? あれなら、泳ぎが苦手とか得意とか関係ないしねー。何より、こう……滾るものがアリマセンカ?」
 手をわきわきさせるストゥルトゥス。勢いに押され、炎龍は彼女についていくことになった。
「僕は、後で大丈夫です」
「そう? んじゃ、おっ先ぃいいい!」
 滑りだすや否や、軟体生物のようにエビ反りする彼女に炎龍は目をむいた。そう。ストゥルトゥスの滑り方は、頭の方からブッ滑るストロングスタイル。奇行にしか見えない姿勢は、抵抗を落とし、強引に速度を上げるためのもの。――やはり、奇行であることに変わりはないかもしれない。
 豪快に水に飛び込み、ぷはっと浮上。続いて滑ってきた炎龍にサムズアップする。
「真似すんなよ、危ないゼ☆」
「真似したくないです……」
「はは、結構言うじゃん!あれ、眼鏡眼鏡……」
 そして、定番のネタである。眼鏡に付いている紐で、回収は滞りない。
「どうしたらそんな速く滑れるんだ! 今まで下りてきた奴らと全然ちがうぞ!」
 好奇心に駆られて寄って来たのは、スーティアーだった。
「ふふ、ちょーっとコツを掴めば君にもできるヨ」
「教えろ! あたしは、もっともっと速く滑ってやる!」
「面白い、受けて立とう!」
 ふたりはいそいそと階段を上っていく。出遅れた炎龍をまことが呼んだ。
 ナイチンゲールと3人、足を水に浸してプールサイドに腰掛ける。そこへ合流したのは仙也だ。
「で、何が聞きたいんだ?」
「その、例えば……H.O.P.E.に入ったきっかけとか」
「契約したからなんとなく」
 簡潔すぎる返し。
「えっと、嬉しかったこととか……」
「戦える」
 まことは額に手を当てた。価値観の相違、ここに極まれり。ちなみにディオハルクを呼んできたところで、彼と同じ意見をいうだろう。
「それ以外で、良かったことはないかな?」
 炎龍の代わりに、まことが質問する。
「家事しなくていい」
「逆に、困ったこととかは?」
 まことは誓約したばかりの頃、ライヴスの制御に苦労したと話す。能力者になって生活が便利になる者もいる反面、面倒事を抱え込むケースも多い。
「面倒なこと? 別に」
 この質問ならディオハルクはこう答えるだろう。「怠ける奴がいること」と。
「僕も逢見さんみたいになれたらよかったのに。だめだなぁ。勇ましいのは名前だけなんて」
「名前負け? 中学生で気にすんなし。そのくらいの年なら周りの人が助けるっての」
「そうでしょうか」
「頼れる人だって構いに来たろー? 頼りながらゆっくりやればいいのさな? というか厨二病の名残残してる奴の前でなーに言ってんだか」
 仙也の登録名は、本名の音を残して漢字の表記を変えたもの。ノリで登録したのだと彼は言う。炎龍は驚き、まるで気にしていない彼の豪気さに、眩しそうな笑みをこぼした。
「世の中楽しんだもん勝ちだしな。人間も英雄も見てるだけで楽しいし」
「楽しむ、ですか。考えたこともなかった」
 突然現れた小さな英雄と、手に入れた力。それは中学生の彼に、必要以上の恐れと責任感を生んだようだ。
「あ、此処にいる人に頼る事になったら俺には頼るなよ? ここにいる中では割と弱いからな。愚痴聞きとかならまあ役に立てるかもだけど」
 ゆるい調子で仙也は言う。
「さて、俺は泳いでくるわ」
 そう言って25mプールへと歩いていく。
「豪快な人でしたね」
「彼ほどとまでは言わないけど、力を抜くのは大事かもね」
 まことはそう言って苦笑した。

●ミヤの挑戦
 子供用プールには数組の親子連れがいた。
「ミヤ、ぷーるはじめて。ラミィリもはじめて」
 ラミィリが言う。
「ここでの最終目標はぞうさん滑り台だろうか?」
「……んー、まだ早い……かも?」
「すべりだい?」
「ん、興味ある……?」
 ミヤはラミィリを誘ってぞうさんの頭頂部へと昇った。まずはラミィリが順調に着水。
「ミヤも」
 友達によばれて、ミヤも鼻の上をゆっくりと滑り降りた。ぺちゃん。水に尻もちをつく感覚が楽しい。ミヤは手を丸めて頭にかかった水を拭った。
「本当に猫みたい」
セーレが微笑む。
「……おもしろかった」
「もっかいやろ、らみぃり!」
 満足いくまで繰り返した後は、泳ぎの練習だ。
「とりあえず足の動かし方からかね?」
 仰向けに浮きつつ、遊夜が言う。ミヤは浮き輪をつけたまま、リーヤに手を引かれる。
「……ん、そう……ばたばたー、って」
「あはは! はやーい!」
 遊夜は次のステップについて考える。
「顔が濡れない泳ぎ方、となると……」
「……ん、楽なのは……犬かき、かな?」
 遊夜は手本を見せる。
「これなら顔をぬらさずに泳げる」
「あたちも!」
 言うが早いか、ミヤはちゃぷちゃぷと泳ぎだした。ニウェウスが目を見開く。
「できた……? 野生の勘?」
 満足げに足をついたミヤを、みんなの拍手が包み込んだ。撫でまわさん勢いで褒める遊夜に、ミヤがきゃっきゃと笑う。
「家のガキ共もデカくなってきたからなぁ」
「……ん、懐かしいねぇ」
 リーヤもぽふぽふと頭を撫で、孤児院の子供たちのことを思った。まだ10に満たない子供が多いが、ミヤほど幼い子は今はいないのだ。
「……プール、如何? 楽しい……?」
 セーレが尋ねるとミヤが「うん!」と答えた。ラミィリはこてんと首を傾げた後、「おもしろい」と小さな声で言った。喜怒哀楽を落っことしてしまったような彼女がくれたその答えが嬉しくて、セーレは優しい笑みを返した。

●泳げ、ひたすらに!
 プールのへりに捕まり、ばたばたと足を動かす颯太。光縒はハールバートを手にプールサイドに仁王立ちしている。
「ホラ、尻が沈んでいるわよ。バタ足は尻から動かす。身体は一直線に」
 刺すような光縒の声が颯太を打つ。
「膝は曲げ過ぎず、伸ばしすぎず、適度にリラックス、足首を柔軟に、つま先に意識を集中して、小刻みに、蹴る時だけ力を入れる!」
「光縒さん、スパルタ、すぎ!」
 颯太は泳ぎながら抗議する。泳ぎまで止める勇気はなかった。
「口答えなんて許したかしら?」
 ハルバートの柄が颯太の頭をべしんと打つ。突く。押す。
「いたっ、痛いッ、沈む、あたっ、頭はやめて!」
「何も恐れる必要はないわ。死ぬ時間が、来ただけだから」
 別のコースの端では、緋十郎が隣のコースにいるレミアと話していた。
「くっ……流石だ、レミア」
「当然ね」
 25m勝負の軍配はレミアに上がったようだ。
「この体格差をものともしないとは……。まるで人魚のごとき泳ぎだったぞ」
 それは泳ぎの上手さに対する比喩でもあり、水中を漂う彼女の美しさに対する賛辞でもあった。
「わっ、何?!」
 浸した足の真下を滑らかに泳いでいく、小柄な体。そのスピードに炎龍が思わず声を上げた。正体はスーティアー。プールの底に近い位置まで潜っているのは、ダルマザメが深海に生息するサメだからだろう。
「遅いぞ、セミィ!」
 水から顔を出したスーティアーが眉を吊り上げる。闘争心の薄いセミィでは、競争相手にならなさそうだ。
「ん? なんだショタっぽい少年がいる。かじってみよう」
 炎龍の視線に気づいたスーティアは、あっと言う間に彼の元へ泳いできた。
「か、かじる!?」
 炎龍は彼女の鋭い歯を見て後ずさる。その時、突然、大きな水柱が上がった。まことたちも頭から水をかぶってしまう。
「すみません。大丈夫ですか?」
 セミィが申し訳なさそうに立っていた。どうやら先ほどの水柱は泳いでいた彼女が飛び上がって、また飛び込んだことによるものらしい。
「英雄さん、ですよね。良かったらお話を聞かせて欲しいのですが……」
 セミィの話は元猫又のミヤと通じるところがあった。クジラの英雄だけあって、人間の感覚にはなれないことも多いらしい。
「もう少し頻繁に、こういう場所へ来られると嬉しいのですが」
「水、か。ミヤなら……猫じゃらしで遊んであげるとか?」
 真剣に悩む炎龍。
「食べ物はどうでしょう。英雄は食べなくても死にはしませんが、ストレス解消には良いかもしれません」
「なるほど」
 その頃、スーティアは別の獲物を発見していた。
「脇腹! 少年の脇腹! 脇腹脇腹!!」
「もぎゃあ!」
 彼女が本家ダルマザメであったなら、口の力で吸い付いたまま体を回転させ、肉をごそっとえぐりとるというえぐい絵面が見られたであろう。颯太の脇腹に歯形が残るだけで済んだのは幸いだった。
「痛い……僕が何したっていうのさ」
「どの口が言うのかしらね」

 子供たちが水に慣れたのを見計らい、保護者たちは流れるプールへと移動した。
「……かってにうごく、おもしろい」
 ラミィリの浮き輪をセーレが、ミヤの浮き輪をニウェウスが支え、ゆっくりと流される。
「……そうだね。ミヤは如何? 怖くない……?」
「うん!」
 ふたりともこのプールが気に入ったようだ。ミヤは足をばたつかせる。すると先ほどよりもずっと速く泳げることに気づく。
「あたち、はやい!」
「……ん、上手い上手い」
「おー、頑張れ頑張れ」
 背泳ぎで横に並ぶ遊夜を見て、ミヤがケラケラ笑った。

●プールサイドと笑顔と
 炎龍の元にはストゥルトゥスと緋十郎、レミアが集まっていた。
「うむ……気持ちは分かるが……そう構えて怖がることもあるまい。何も敵と戦うばかりが任務でもないぞ。調査や救助や後方支援……仕事の内容は様々だ」
「そうそう、人助けの依頼ってのもあるからね。まずは、そういうので慣れつつ、続けるかどうか考えるのも手だと思うヨ」
 緋十郎の言葉にストゥルトゥスも同意する。
「君、本を読むのが好きなんだろ。それで得た知識を人助けに生かすとかさ?」
「できる、でしょうか?」
 自信なさげな声音。でも彼なりの前向きな言葉。
「ええ、こんな変態でも務まる位だし、ね」
 レミアが説得力たっぷりに言って、その場を去る。カップルが緋十郎たちを追い抜いてスライダーの方へと歩いていく。
「やだぁ、こわぁい」
「一緒なら怖くないだろ?」
 触発された緋十郎はスライダーを凝視する。
「レミア……」
「一緒に滑りたい、なんて言わないわよね」
 諦めず懇願する彼に、レミアは短く息を吐く。
「さっさと行くわよ」
 黒と赤を基調とした和柄のハーフパンツ型水着。その足の間にレミアが座る。夢のように短く、幸せな旅路を彼は堪能したのだった。



 まこととナイチンゲールが語る、戦わない依頼の話を炎龍は興味深く聞いた。
「実際正義のヒーローって大変。いつだって命懸けだし……愚神や従魔を倒してもそれで終わりじゃなくて、被害に遭った人達を物理・精神の両面から支えたり……辛いことが沢山あります」
 炎龍は緊張した表情で、水面に目を落とす。
「けど……1人じゃないから」
 少年は顔を上げる。遠くで遊ぶミヤが視界に飛び込んできた。
「私ね、HOPEに入るまで友達って墓場鳥ぐらいしかいなかったんです。人と話すのが苦手で……諦めてるような所もあって。でも気がついたら苦楽を分かち合える友達が何人もいます。もちろんまことさんもその1人」
 まことはえへへと笑う。
「私、すっごい普通の高校生だったから最初は馴染めるか不安だったな。でも先輩たちは優しくて、普通に笑ったり泣いたりする『普通の人』で。だから私も続けてこられたんだ」
「皆さんがいるから私は今日ここで炎龍さんとお喋り出来るの。ね、凄いと思いませんか?」
 そこへ墓場鳥がやってきた。ショールを外したところを見ると、泳ぐ気になったらしい。
「登録したからって何かが急に変わる訳じゃないんですよ。どんな依頼も引き受けるかどうかはその人の自由。他の皆さんも言ってくれましたが、まずは出来そうな仕事から始めればいいんです。プールで少しずつ体を水に慣らすみたいに」
 ナイチンゲールは静かにプールへ飛び込む。
「それはミヤさんにとってもいい経験になると思うから。だから怖がらなくて大丈……夫!?」
 そう言って、手を差し伸べようとした瞬間――足がつった。炎龍は落ちそうなくらいに体を伸ばして、彼女を引っ張り上げようとする。しかし水中にいるナイチンゲールからは彼の姿が見えない。すかさず飛び込んだ墓場鳥が彼女を支える。
「確かに登録は依頼を請け負う資格を得るだけで義務は生じない。徐々に馴らして臆病を克服するのもいいだろう」
 相棒が落ち着いたのを確認してから、墓場鳥が言葉を発する。
「だが少年よ。どれほど強くなろうとも『怖さ』を忘れるな。時にそれが仲間と……自分や相棒をも救う力となる」
「怖いのは、悪いことじゃない……?」
「見ろ、戦はおろか気軽な筈の遊泳でさえ油断すれば……この有様だ」
 冗談めかした言葉。しかし炎龍の表情は真剣だった。
「はい、絶対に忘れません」
 その眼には、小さいけれど確かに輝く種火が宿る。
「いい返事だ」
 墓場鳥は小さく微笑み、ナイチンゲールと共鳴する。コンプレックスの消滅を象徴するように、水着は背面がレースアップのモノキニへと変化した。
「あ、あはは……さて、真面目な話はこのくらいにして」
 照れ笑いした彼女はもう一度、手を差し伸べる。
「ほら、まことも泳ごうよ!」
 まことが手を取るとふわりと体が傾ぐ。飛ぶような感覚を残したまま、彼女は着水した。



 地上に上がるや否や、颯太は地面に倒れこんだ。犯人は疲労と重力。顔色は完全に死者のそれである。
「……ちょ、ちょっと、光縒さんの、水着姿を……見る、つもりが、こんな……目に……」
「大丈夫、ですか? 少し歩けますか?」
 炎龍は日光浴用の椅子を指さし、肩を貸してくれようとする。
「あ、ごめん、もう、大丈夫。あんまり運動、得意じゃないんだ」
 颯太は息を整えながら立ち上がった。
「いえ、あれの後じゃ無理ないです」
「え? さっきの見てた? うっわ、カッコ悪いところ、見られちゃったなぁ……」
 並んで椅子に座り、日差しの温かさに包まれる。炎龍が投げかけた問いに、颯太は答えた。
「んー。ボクも争い事は好きじゃないし、エージェント登録したからといって、今すぐ武器担いで愚神と戦え、なんて誰も言わないと思うよ」
「皆さんも、そういってくれました」
 颯太は頷く。
「今、君に出来ることから、ひとつひとつ、頑張って行けばいいんじゃないかな」
「……甘い意見ね、颯太。その甘さがいつか彼と、彼の大切な人を奪う事になるわ。愚神は悠長に待ってはくれないのよ」
「ひゃわっ!」
 突然現れた光縒に、炎龍は情けない声を上げて驚いた。重度のビビりというのは申告通りだ。未だ怯えた目をしているのは、彼女の冷酷な表情と先ほどの鬼コーチ姿を見たからか。
「名護君」
 にっこりと颯太は微笑む。
「名護君の今日はボク達が守るから。そしたらいつか、名護君が皆の明日を守るエージェントになるよ」
 光縒は少しの間の後、抑揚のない声で言う。
「休憩は終わりよ、颯太」
「あ、待って光縒さん! それじゃあね、名護君!」
「ありがとうございました! 頑張ってください!」

●希望を胸に
 颯太たちが去った後の日光浴コーナー。
「あー、これはいいな……」
「……ん、隙あり」
 眠りに落ちかけた遊夜を見て、リーヤの耳がぴこんと動く。
「……ん」
 タイミングを見計らって同じデッキチェアに潜りこむ。遊夜にぴったりくっつき、ご満悦の表情だ。
「少し疲れた……?」
 セーレがラミィリに問う。
「……だいじょうぶ。ここも、きもちいい」
 ミヤは椅子の平らな部分にうつぶせになったかと思うと、猫のように体を伸ばした。
「あ! あれ、なに?」
「んっと、お風呂みたいなものかな」
 ニウェウスが答える。
「お風呂大好き!」
 浮き輪を持ったまま、ふたりでジャグジーへ。
「お隣、失礼します……」
「ああ」
 仙也も泳いだ後の心地よい疲労を感じながら、湯に浸かっていた。
「ん……ねこさんとぷかぷか、しあわせ……♪」
「あー。マスターってば天国イってるわ、あれ」
 そっとしておこう。目撃したストゥルトゥスは思った。



 閉館時間まで遊んだエージェントたちは、玄関前で解散することにした。
「……ミヤ、おもしろかったの。また、あそべる……?」
 少しづつ、ラミィリも変わってきた気がするとセーレは思う。
「うん、またあそぼ! らみぃりとあたち、なかよちだね!」
「なかよし……」
 ラミィリは瞬きして、贈られた言葉を咀嚼する。
(楽しい……と思える。それは多分……大切な事。……ラミィリに如何在って欲しい。という訳じゃないけれど)
「せーれも、ゆーにゃも、りーにゃも、にゃーうすも!」
 遊夜とリーヤは顔を見合わせて笑い、ニウェウスは顔を覆って悶絶する。
「僕。皆さんのおかげで希望が持てました」
 炎龍は言う。
「依頼で会うことが合ったら,よろしくお願いします」
 ぺこりと勢いよく頭を下げる。エージェントたちは温かい笑みで、彼の決意を歓迎した。

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結果

シナリオ成功度 成功

MVP一覧

重体一覧

参加者

  • 来世でも誓う“愛”
    麻生 遊夜aa0452
    機械|34才|男性|命中
  • 来世でも誓う“愛”
    ユフォアリーヤaa0452hero001
    英雄|18才|女性|ジャ
  • カフカスの『知』
    ニウェウス・アーラaa1428
    人間|16才|女性|攻撃
  • ストゥえもん
    ストゥルトゥスaa1428hero001
    英雄|20才|女性|ソフィ
  • 緋色の猿王
    狒村 緋十郎aa3678
    獣人|37才|男性|防御
  • 血華の吸血姫 
    レミア・ヴォルクシュタインaa3678hero001
    英雄|13才|女性|ドレ
  • 悪食?
    逢見仙也aa4472
    人間|18才|男性|攻撃
  • 死の意味を問う者
    ディオハルクaa4472hero001
    英雄|18才|男性|カオ
  • エージェント
    天宮城 颯太aa4794
    人間|12才|?|命中
  • 短剣の調停を祓う者
    光縒aa4794hero001
    英雄|14才|女性|ドレ
  • 明日に希望を
    ナイチンゲールaa4840
    機械|20才|女性|攻撃
  • 【能】となる者
    墓場鳥aa4840hero001
    英雄|20才|女性|ブレ
  • エージェント
    セーレ・ディディーaa5113
    機械|17才|女性|命中
  • エージェント
    ラミィリaa5113hero001
    英雄|7才|女性|ソフィ
  • エージェント
    スーティアーaa5154
    獣人|14才|女性|攻撃
  • エージェント
    セミィaa5154hero002
    英雄|21才|女性|ブレ
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