本部

七夕飾りに願いを掛けて

和倉眞吹

形態
ショートEX
難易度
易しい
オプション
参加費
1,500
参加制限
-
参加人数
能力者
10人 / 4~10人
英雄
8人 / 0~10人
報酬
無し
相談期間
5日
完成日
2017/07/23 19:36

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短冊騎士
MUGI

掲示板

オープニング

「あれ。何コレ……ナナユウマツり?」

 女性オペレーターが、支部内の掲示板に、近所で行われる祭りのポスターを張っていると、そこに書かれた文字を、通りがかったエージェントが読み上げる。
 厳密に言えば、そのエージェントは英雄の方だった。この世界のイベント事にまだ疎いらしく、『七夕祭り』を正確に読めなかったようだ。
「ああ。これは『たなばたまつり』って読むんだ」
 パートナーの能力者が、正しい読みを教えてやる。
「要するに、お祭りなの?」
「そうねぇ。元々は、中国の伝説にちなんだ星祭りね」
 ポスターを張り終えたオペレーターも、説明に加わるように彼らに向き直る。
「ある事情で引き離された、織り姫と彦星という恋人同士が、年に一度、天の川を渡って会うと言われている、七月七日に行われるお祭りよ。旧暦に合わせて八月に祭りをする地方もあるけど、大体は七月ね」
「どんな事をするの?」
「メインはやっぱり、短冊に願い事を書いて竹に飾る、七夕飾りかしら。そういう事もやっているみたいだし……まあ、基本はお祭りって言ってもいいかしらね。気が向いたら覗いてみるといいわ」
 じゃあね、と言って、オペレーターはその場を後にした。

解説

▼目的
七夕祭を楽しむ。

▼会場
とある規模の大きな寺と、それに連なる門前町

▼催し物(ポスター記載事項)
7月7日 9時開場

出し物
・山車(引いて門前町を練り歩く)
・七夕飾りブース(短冊に願い事を書いて飾る)
・浴衣着用で入店すると、割り引いてくれるお店あり(主にカフェなどの飲食店)
・七夕限定のスイーツを出しているカフェもあり
・他、縁日などの出店(金魚すくい、スーパーボールすくい、ヨーヨー釣り、かき氷、フランクフルト、綿飴、焼そばなど)
・等々

▼備考
・とにかく七夕祭りを楽しんで下さい。それが一番です。
・上記に記してある出し物以外でも、ご自由にプレイングにお書き下さい。あまりにも七夕祭の出し物やイベントとして外れている、などがなければ採用致します。
・買い物によってアイテムが増えたり、通貨が減る事はありません。

リプレイ

(七夕祭り……か)
 ケイト・リールシュ(aa5138)は、掲示板の前で立ち止まった。
 祭りという言葉から連想されるのは、いつもと違う空気、普段と違う日常だ。偶には体感してみるのも良いかも知れない。
「リィト。お祭りがあるの。行ってみない?」
 隣を歩いていた相棒のリィト(aa5138hero001)を見下ろして言えば、彼は目を輝かせた。
『何だか楽しそうな響きだねっ! ケイトと一緒に行けるなら、オレ、行ってみたい!』
 じゃあ早速、と彼らがその場を離れる後ろ姿を見送って、ピピ・ストレッロ(aa0778hero002)が、皆月 若葉(aa0778)を見上げる。
『タナバタマツリ……お祭り? 楽しそう! 行きた~い♪』
「そうだね。今日は依頼もないし、行ってみようか」
 やった! と飛び跳ねるピピを足下に纏わり付かせながら、若葉もその場を後にした。

「今年も七夕の季節が巡って来た。先人達のように、天の川に思いを馳せようぞ」
 既に賑わっている門前町の入り口付近で、御剣 華鈴(aa5018)は、感慨深げに呟いた。その横で、相棒のフェニヤ(aa5018hero001)は、至極不服そうな顔をしている。
『……カリン。何故、我をこの祝祭に連れてきた。我は興味がないと再三言った筈だ』
 戦いの中で生きてきたフェニヤにとって、祭りは場違いなものという感覚しかない。要するに、慣れないのだ。
 しかし、日本の祭りに馴染み深い華鈴は、フェニヤに日本の祭りを楽しんで欲しかった。
「ふぇにや。戦に赴くは我ら武人の宿命。然れど、武人は戦の中のみで生きる存在に非ず」
『言いたい事は解る気もするが……』
 フェニヤは、無理矢理着せられた浴衣を見下ろして、また眉根を寄せる。
『この浴衣とやらも奇妙な衣だ。素肌に直接着るのは手間が省けていいが、すぐ崩れそうだ』
「ふぇにや、浴衣は我が国の夏における伝統的な衣装なり」
 厳かに言って歩を進める彼女の背に、フェニヤは『カリン』と尚も呼び掛ける。
『我は早く幻想蝶に戻り、修行がしたい』
 どうやら誓約のことを気にしているらしい。だが、華鈴は動じずに顔を彼女に振り向けた。
「御剣の誓約『相互錬磨の掟』が指し示すは、武の探求のみに非ず。世の人々の生き様を見聞きし、文化を学ぶ。其れも又錬磨である」
 もう何を言っても無駄だ。そう悟ったフェニヤは、早くもうんざりした気分で華鈴を追った。

 同時刻、ケイトとリィトも早速門前町へ繰り出していた。
 リィトの方は、黒に近い紺地に青のグラデーションという流水紋の意匠の、膝丈の浴衣を着ている。所々に銀色のラメが散りばめられ、地味すぎない印象だ。
「よく似合ってるよ、リィト」
 隣を歩くケイトが、微笑する。
『ケイトの方が似合ってるし!』
 そうリィトが評した彼女の浴衣は、黒地に紫の牡丹や竜胆とゴールドの蝶をあしらった意匠で、所々にラメを散らしてある。帯はリバーシブルの赤と白で、こちらにも金のラメが入っており、正面で折り返された白のラインがアクセントになっていた。
『何だか……ケイトもオレもいつもと違う感じで……変な感じっ』
 くすぐったそうに肩を竦めるリィトに、ケイトは「気に入らなかった?」と顔を曇らせる。リィトは慌てて首を振った。
『ううん、すっごく気に入ったよ!!』
 何だかもう今から楽しみだもん、と嬉しそうに言って、リィトはケイトの手を握る。
 二人は、どこかふわふわした非日常に向かって、足を踏み出した。

 その頃、七夕祭りのポスターを見たガルー・A・A(aa0076hero001)に連れられて、オリヴィエ・オドラン(aa0068hero001)は紫家を訪れていた。
『征四郎やリュカがいると煩いからな。幸い今いないし、二人で行こう』
『そんなに行きたいのか?』
 ガルーに浴衣を着付けて貰いながら、表面上は興味なさげに素っ気なく問う。が、内心は誘われたのが仄かに嬉しいお年頃だ。
『まあな。ちょっとデートみたいだけど』
 茶化すように言い終わるか終わらないかの内に、無言で耳が捻り上げられる。
『痛い待って冗談です』
 慌てて白旗を揚げる彼に、フンと鼻を鳴らしてオリヴィエは耳から指を放してやった。
『地味だな。お前も少しはお洒落したらどうなの、と』
 ガルーは、新緑の無地の浴衣に猫の肉球の帯留めを付けてやり、その上から軽く叩く。
『あんたは正直代わり映えしないな』
 先に浴衣を着ていたガルーを、少し恨めしげに見据えると、『それは俺様が自然なくらいに着こなしてるって事だ』と偉そうな答えが返って来た。実際、彼は着慣れているのだ。
 反論できずにいるオリヴィエに、『ほら、出来たぞ』と言うと、ガルーは彼を促して家を出た。

「リュカ隊員! 抜け駆けの気配がするのです!」
 その後、少し遅れて自宅へ戻った紫 征四郎(aa0076)は、木霊・C・リュカ(aa0068)を背後に従えて叫んだ。
 リビングには、明らかに浴衣を着付けた後のように、洋服が申し訳程度に折り畳まれ、椅子に引っ掛けられている。
(きっとオリヴィエとデートなのです……抜け駆けなのです……)
 征四郎は、唇を噛み締めて、泣き出しそうに目を潤ませた。
 彼らの仲はこっそり応援はしているが、それとこれとは話が別だ。
「お祭りに内緒で行くのはずるいのです!」
 グッと拳を握る征四郎の本音は、つまりそれだった。仲間外れにされたようで、何か寂しい。
「まあまあ、せーちゃん。落ち着いて。取り敢えず、着替えて追っ掛けようよ」
 せーちゃん、浴衣は? と小首を傾げたリュカも、その手には自身のそれが入った紙袋を下げている。
「あっ、はい、えっと……部屋に」
 我に返ったように言いつつ、リビングを後にする征四郎の背を、リュカの「ここ着替えに借りるねー」というのんびりした声が追った。

 暫くして、先に藍色の浴衣に着替え終えたリュカは、征四郎の自室の扉をノックした。
「せーちゃん大丈夫? 自分で着られる?」
 年長者として声を掛けたものの、率直な所、着付けは不得意で、してやれる事は限られてくる。
「あ、はい、あの……後ろがちょっと……」
 室内から返事をした征四郎は、帯を後ろで一つ結んだ格好で顔を出した。
 お気に入りの蝶柄の浴衣に身を包んだ彼女は、足下に帯の先を引きずって、困ったように眉尻を下げている。
 幸いそこまでは自分でできたらしい。前で結んだ帯を後ろに回すという事ができる者もいるようだが、征四郎には難しかったようだ。
「オーソドックスな形で良ければ結べるよ。後ろ向いて」
 ニコリと笑うと、征四郎はホッとした表情で言われた通りに後ろを向いた。どうにか結んでやって、「はい、できた」とその上から帯をポンと叩く。
「有り難うなのです」
 向き直って笑うあどけない顔が、愛らしい。
「うん、似合ってる」
 何の気なしに言った誉め言葉が、征四郎の耳にどんな効力を持って響いたかには気付かず、リュカはカンカン帽を被って「じゃあ、行こうか」と玄関を示した。

「ほう……意外に盛大に行うな」
 門前町の中程を歩きながら呟く御神 恭也(aa0127)の横で、撫子柄の浴衣を着た伊邪那美(aa0127hero001)が、『誰か知ってる人は居ないかな~』と額に手を当てている。
『にしても、恭也も浴衣を着てくれば良いのに……』
 眉根を寄せて見上げる視線の先にいる彼は、甚平姿だ。
「浴衣は涼しくって良いんだが、甚平の方が好みなんでな」
『……やっぱり、爺臭さが漂ってるね』
 ボソリと漏らしたのを耳敏く捉えた恭也は、「ほう?」と半眼で伊邪那美を睨め付ける。
「屋台での買い食いは要らないという事だな?」
 この一言は、彼女の急所を的確に突いたらしい。
『わ~! 嘘々冗談だから! いや~、恭也は若さに溢れてるね~』
 彼女の言葉は、いかにも取り繕った感があったが、その必死な様に、恭也は脱力を覚え、溜息を吐いた。
「……年に一度の祭事だ。今回は聞かなかった事にする」
『そお? あっ、あんな所にかき氷がっ!』
 彼の気が変わらない内にと、伊邪那美は慌てて恭也の手を引いた。

(今年は去年と違って、二人できちんとお祭りに行けるな……)
 脳裏で呟きながら、天城 稜(aa0314)は、浴衣姿で恋人の蒼咲柚葉(aa1961)を待っていた。
 去年は、似たような祭りのイベントに、彼女だけが参加し、擦れ違ってしまった。今年は良い思い出になるよう、二人でゆったりと過ごしたい。
 そう思いながら泳がせた視線の先に、同じく浴衣姿の柚葉が見えた。時間を確認する為か、スマホの画面を見つつ、もう片方の手には小さなポーチを提げている。
「柚葉さん」
 声を掛けて手を振ると、顔を上げた柚葉が小さく笑って、駆け寄った。
「ごめんなさい。お待たせしました?」
 不安げに眉尻を下げる彼女に、にっこり笑って「ううん、大丈夫。今来た所だから」と答える。本当は五分前に着いてた、なんて勿論言わない。男の嗜みだ。
「じゃあ、行こうか。まず屋台巡りでもする?」
「はい、あの……リンゴ飴が食べたいです」
 俯いて、遠慮がちに切り出した柚葉に、稜は微笑して肘を差し出す。彼の意を察した柚葉も、微笑を返して彼の腕にそっと腕を絡めた。

『お祭りの衣装と言えばこれです』
 と言って、浴衣を着込んで周囲を見回す双樹 辰美(aa3503hero001)と共に、東江 刀護(aa3503)は普段着で歩いていた。
 今日ここへ足を運んだのは、「いつか祭りに行こう」と辰美と約束していたからだ。しかし。
「別に普段の恰好でもいいだろう。何でまた……」
『浴衣着用で入店すると、割り引いてくれる店があるらしいんです!』
 普段は男装の麗人のような彼女が、目を輝かせて答えるのへ、「成程……」と早くも脱力したような気分で呟く。
「まあ、とにかく、まずは山車でも見るか……」
『ダシ? って何ですか?』
 山車を知らないのか、と言うのは口に出さずに、「山の形状を模した曳く車だ」と説明してやる。
「見れば分かる。ほら」
 丁度、「わっしょいわっしょい」の掛け声と共に練り歩いてきた山車を指さすと、初めて見るそれに、辰美は『凄いですね』と感嘆の声を漏らした。
「山車は日本の祭りには欠かせないものだからな」
『へぇー。他にはないんですか、欠かせないもの』
「そうだな……祭りという括りでは欠かせなくはないが、七夕飾りブースにでも行ってみるか」
『はいっ』
 辰美は、一つ頷くと、刀護の後を追った。

『おお、歴史! この祭りは何というのじゃ? 何とも懐かしい光景であるぞ』
 目をキラキラさせて訊ねる血濡姫(aa5258hero001)に蝶埜 歴史(aa5258)は、「七夕ですよ」と答える。ポスターを見た筈でしょう、というツッコミは敢えて呑み込んだ。
 下手に訂正すると、彼女の臍と一緒に話が曲がっていくのは学習済みだ。
「……まあ、確かに姫の現れた時の雰囲気って和な感じだったもんな」
 彼女と出会った時を思い出して呟く歴史を余所に、血濡姫は楽しそうに微笑する。
『ふふふ……こういった祭りの時には妾への貢物や生贄を選ぶ属民どもが地の果てまで列をなしたものじゃ』
 いつの話だよ、とツッコミ掛けて、又それを呑み込む歴史に構わず、血濡姫は『おお、そうじゃ!』と叫ぶ。
『この世界の属民どもにもこの祭りに合わせて貢物を申し付けよう!』
「フォロワーを属民って……まあ良いですけど、姫はフォロワーも含めてやり過ぎるから、チェックしますよ」
 言われて、血濡姫は顔色を変えた。
『な! ちょこっと周りの祭りを征服して版図を拡大させるだけ……』
「却下! 新法も施行されたんで完全アウト!」
『ならせめて妾の旗印を社の上に掲げさせ……』
「器物損壊、不法侵入とその教唆」
 理路整然と法律違反を示すも、血濡姫は弱々しく主張を続けた。
『属民の作った妾を讃える聖歌を合唱しながら祭りを練り歩……』
「普通に社会問題になりますよね」
『ううう……』
 至極尤もな指摘に、血濡姫は遂に口を噤む。が、懲りずに口を開いた。
『で、でわ、妾の好きな激辛アイテムを出店で獲得させるのは?』
「……まあ、それくらいなら」
『よ、よし! 我が臣民どもよ、早速……』
 やっと歴史に許可を取り付けた血濡姫は、スマホから指示を発信する。その様子を半眼で見下ろして、歴史はそっと溜息を吐いた。

『わー、すごーい、人がいーっぱい!』
 月光蝶柄の浴衣に身を包んだピピは、終始はしゃぎっ放しでスキップしている。
『うわあ、ねぇワカバ! あれ何? 大っきくてすごいね!』
 ピピの指さす先には、祭りでお馴染みの掛け声と共に、人々に曳かれて山車が動いている。
「ああ、あれは山車って言うんだ」
 教えてやると、初めて見るそれに驚きながらも、ピピは目を輝かせた。
『皆で引っ張るの?』
「うん、大体はそうかな」
『あっ、人も乗ってるよ! おーい!』
 すぐ傍を通ったタイミングでピピが振った手に、山車に乗っている一人が手を振り返してくれる。
 それが嬉しかったものか、満面の笑顔で振り返るピピに、「ふふ、気付いてくれたね」と若葉も微笑する。
「あ、待ってピピ。帯が取れ掛けてるよ。結び直すから端に寄って」
 竹林の柄の浴衣を着た若葉は、再度スキップし始めようとしたピピを道端へ誘い、はしゃぎ回った所為で解け掛けた帯を直してやる。
「……と、はいこれでOK」
『えへへー、ありがと! にあってるかな?』
 くるりと回ってにぱっと笑ったピピに、若葉は苦笑して「はいはい。似合ってるよ」と返す。浴衣に着替えた時から、繰り返しているやり取りだ。
『わあ! 見て、ワカバ! 色んな飾りがあってきれー』
 ピピが指さしたのは、七夕飾りだ。いつの間にか、飾りのブース付近まで来ていたらしい。
「飾りや色にも意味があるらしいよ」
『そうなの?』
「うん。例えば、この短冊。五色あるだろう?」
 自由に書き込めるように準備された短冊を示すと、ピピは『わあ、ホントだ』と若葉の手元を見つめる。
「中国の五行説にちなんでるって話だ。五行説って言うのはそうだな……全ての自然の要素は、木と火と土と金と水の五種類からできてるっていう考え方の一つかな」
『ふーん』
 若葉なりに噛み砕いたつもりだったが、ピピには少し難しかったようだ。
『何をするの?』
「願い事を書くんだよ」
『何で?』
「うーん。中国の織姫と彦星の話が由来って説が一番有名だけど……」
『昔話?』
「昔話って言えば昔話かなぁ。織姫と彦星は恋人同士だったんだけど、色々あって、天の川を挟んで離ればなれになっちゃうんだ」
『ええーっ!? かわいそう!』
 涙目になったピピの頭を、苦笑しつつ撫でてやりながら、「でも、年に一度だけ、会えることになったから大丈夫だよ」と続ける。
「それが今日、七月七日の七夕祭りなんだ」
『そうなんだ。よかったぁ』
 忽ち笑顔になったピピは、赤の短冊に手を伸ばす。若葉も短冊を取って、当たり障りない願い事を書き付けると、笹に飾った。
『……書けた!』
 直後、下から満足げな声が上がり、次いで短冊が差し出される。
「織姫と彦星が会えますように、か」
 視線を向けると、ピピが満面の笑みで若葉を見上げている。
「うん、会えるといいね」
 えへへ、と笑うピピに笑い返して、若葉はその短冊を笹に吊してやった。

 その横で、刀護と辰美も筆を走らせていた。
 青い短冊に書かれた刀護の願い事は、“世界最強になる”。緑の短冊を選んだ辰美のそれは、“刀護さんの願いが叶いますように”だ。
 互いの願い事を確認した二人は、暫し沈黙した。
『……誓約とそう変わらないお願い事ですね』
 ってゆーかそれ、お願い事なんですか? と言われて、刀護は自身の書いた短冊を見直す。確かに、願い事というよりは、目標に近い。
「そういうお前こそ……自分の願い事はないのか」
『これが私のお願い事ですから、いいんです』
 若干唇を尖らせた辰美は、刀護の短冊を取り上げると、自分のそれと並べて笹に吊した。

 その又隣で、ブースに設えられた椅子に腰を落とした華鈴も、短冊に何やら書き付けていた。
「“夏の空 太平願う 天の川”“織姫は 睡蓮眺め 星を見ゆ”……今一つか」
 文章は願い事ではなく、何故か俳句である。
『……我には俳句の質の違いが理解できぬ』
 フェニヤは、ブースの机へ上体を投げ出して、華鈴を睨め上げた。だが、華鈴は気にしない。
「私が過去に詠んだ七夕の句と、然程代わり映えしない気がしてな」
 と言いつつ、二つの句を書いた短冊を笹に吊し、もう一枚短冊を手に取る。
「そもそも、七夕の成り立ちと言うのはだな、ふぇにや――」
 教えたいようだが、説明が始まると長い。フェニヤはそれを早々に打ち切るべく、『所で、この短冊とやら、俳句を書くものなのか?』と短冊を摘む。
「ああ。願い事を書くものだ。そうだな……」
 華鈴は、サラサラと筆を動かす。
「まあ、こんな具合だ」
 目の前に示された短冊には、“混迷を切り裂き、太平の世を示す刀閃とならん 御剣華鈴”と書かれている。取りようによっては目標だが、それと願い事の違いもよく判らない。
 フェニヤは吐息を挟んで、自分も短冊を手に取る。
『……これでいいのか』
 差し出された短冊に、華鈴は目を走らせた。
「“我に更なる力を 更なる強者と戦う至上の喜びを フェニヤ”か……うん、悪くない」
 実際、どちらかと言えば、こちらの方が願い事だ。
 一つ頷いた華鈴は、自分の分と一緒に笹に飾った。

 自分達を置いて遊びに行った相棒達の邪魔目的に始まった筈の、リュカと征四郎による追跡は、食べ物の良い香りに惑わされ気味だった。
「行くよせーちゃん! 二人を追跡だ!」
 と宣言したリュカ自身、烏賊焼きを咀嚼するのに忙しい。空いた彼の片手を引いた征四郎も、「た、たこ焼き!」と目に付いた出店に目を輝かせている。
「美味しそうな匂いなのです……!」
「ホントだ。買ってく?」
 いつの間にか烏賊焼きを胃に収めたリュカが、串をたこ焼き屋に設えてあった簡易ゴミ箱へ投じながら言う。
「えええっと、でもあの」
 先程から、支払いは全て彼だ。恐縮していると、「遠慮しないで」と笑顔が返って来て、征四郎の思考はフリーズした。
 仄かな想いを寄せる相手に笑顔を向けられて、逆らえる少女はいない。征四郎も例外ではなく「じゃあ……お願いします」と軽く頭を下げた。
 彼女の内心に気付く事なく、うん、と言ったリュカは、1パックだけ購入した。
「他にも美味しそうなものあるからね。お腹一杯になって食べられないと勿体ないから、半分こにしよ」
 リュカとのデート状態に浮かれてはいるが、征四郎も基本は色気より食い気らしい。「はい」と笑顔で返事をして、ひとまずたこ焼きのパックが入ったビニル袋を受け取る。
「それにしても暑いねぇ」
 人通りの少ない道を選んで、日傘を差して歩いていたが、時刻は正午近く。太陽も高い場所に差し掛かり、暑さも頂点だ。
「ごめんね、ちょっと店で休憩入れよっか」
 言われて、征四郎は周囲に目を泳がせる。
「あそこに丁度カフェがありますよ。入りましょう」
 路地裏にある所為か、行列も出来ていない。
「そだね。スイーツ巡りしよ」
「はい!」
 リュカと並んで歩ける幸せにこっそり浸りながら、征四郎は彼の手を引いた。
「いらっしゃいませ。何名様ですか」
 閑古鳥が鳴いていた所為か、カウベルの音を立てて中に入ると、すぐ様飛んで来た店員がにこやかに言う。
「二名です」
 と告げると、ガラガラに空いている席の一つに案内された。
 水と共に渡されたメニューを開くと、涼しげなスイーツ類に目が行く。
「七夕ゼリーなんか、風流だよね」
「本当です。綺麗ですね……!」
 二人は当然の如く、そのゼリーをオーダーした。

「ふぅ……やっと座れたな」
 一休みしようと入ったら、意外にもごった返していて、ちょっと驚いた。
 表通りで、しかも浴衣着用で入店すると割り引いてくれるとあって、それ目当ての客で行列していたカフェの一席に、刀護はようやく腰を下ろす。ただ、割り引かれるのは浴衣を着ている辰美だけだ。
「お待たせしました。ご注文は何に致しましょう」
 応対してくれた男性店員に、アイスコーヒーをオーダーした刀護は、向かいに座った辰美に視線を向ける。
「お前、どうするんだ?」
『うーんーとー』
 暫く迷った末に、辰美はケーキセットをオーダーして、『楽しみですねぇ』と笑み崩れた。

「……職人が自然の素材で作り上げた、真の甘味なり。……ふふ、実に甘(うま)し」
 一方、同じ店に、少し前に入店していた華鈴は、オーダーした抹茶パフェを口に運んでうっとりしていた。
「お嬢様の作られるぱふぇとどちらが……いや、比べるのは失礼であろう」
 向かいに座るフェニヤは、最早どう反応していいか判らず、肘を突いて溜息を吐く。折角割引になるんだからと散々薦められ、申し訳程度に注文したブラックコーヒーを傾けた。
“お嬢様の奉公修行先の食事処に近きけはひ……ふむ”
 などと呟くなり、このカフェの行列に華鈴が並んでしまったのは、三十分程前の事だ。
 止めようがどうしようが無駄だというのは悟ったが、それにしても若干付いて行き兼ねる。はあ、ともう一つ溜息を吐いた直後、抹茶のクリームが載った匙が、目の前に差し出された。
「ふぇにやも一口食すが良い。美味であるぞ」
 柔らかく微笑して匙をフェニヤの口元へ運ぶ華鈴を、半眼で睨め上げる。
『……お前が全部食らえ』
 下らない、という内心を隠しもせずに素っ気なく言い放っても、華鈴は動じない。
「主の命である。ほれ、口を開けよ」
 何を言っても無駄だ。本日二度目の文章が頭を過ぎり、フェニヤは舌打ちする。
『調子が狂うぜ、全く……』
 渋々開いた口の中に、満足げに頷いた華鈴は、匙を突っ込んだ。

「杏子飴も中々いけたよね」
「はい。美味しかったです」
 出店で他にも綿飴等を摘みつつ、稜と柚葉は腕を組んで歩いていた。
「あ、七夕飾りブース」
 ふと顔を上げた柚葉が呟くのへ、「願い事、書いてこっか」と訊くと、彼女は愛らしい笑顔で頷く。
 短冊に“彼女とこれからも健やかに過ごせますように”と書いて、笹に吊した。
「柚葉さんは、何て?」
 下を向いてせっせと願い事を書く彼女を覗き込むと、上げられた顔は、先刻と打って変わって真っ赤だ。
「なななっ、内緒ですっ!」
 見ないで下さいねっ、と付け加えて、柚葉は設えられた笹の束の裏側へ回り、可能な限り高い場所へ飾る。
 その短冊に書かれた願い事は、“今の彼氏とずっと一緒に居れますように”だ。しかし、それくらいならまだしも――
(厚かましいって思われたら嫌だし恥ずかしいし!)
 小さな文字で書き加えた言葉は、“結婚できますように”だ。稜は勿論、誰にも見せられない。だが、世界中の恋する少女が誰しも思う、ささやかな願いだろう。
 律儀に笹の向こう側で待つ彼を思って、柚葉は薄赤くなったまま、小さく笑った。

 そんな二人をチラ見しながらブースを離れつつ、伊邪那美が口を開く。
『ねえねえ、恭也は何をお願いしたの?』
「リンカーが商売繁盛だと問題だからな。無難に無病息災にしたが、伊邪那美は何を書いたんだ?」
『ボク? ボクは皆の願いが叶うように、だよ。本来ならボクはお願いする方じゃなくて、叶える方だからね』
 珍しく真面目に言って目を伏せる彼女に、恭也はどこか胡乱な視線を向ける。
「……時折、思い出したかのように神族アピールをしてくるな」
『そういう訳じゃないんだけどさっ』
 あはは、と照れ笑いを浮かべた伊邪那美は、誤魔化すように目線を泳がせる。『あっ、あれ買って!』と、最初に目に付いた屋台に向かって、走った。

『限定メニューはどんなものなのでしょう……ワクワクします』
 早くも並んだ二軒目のカフェは、辰美待望の、七夕限定スイーツを出してくれる店の内の一つだ。
 辰美と同様の女子が多いと見えて、ここでも少々待たされた。
 やっと案内された席で、抱え込むようにメニューを確認した彼女は、この店の限定メニューである“七夕パフェ”と名付けられたパフェを、メガ盛りで注文した。
 ジリジリして待っていた彼女は、注文したパフェが供されると大喜びでそれと取っ組み合った。見事なまでの食いっぷりに、やはりここでもコーヒーをオーダーした刀護は、最早感服するより他にすべきリアクションが思い付けない。
『うう~っ、お美味しいぃ~』
 語尾にハートが付きそうに言って笑み崩れた辰美は、刀護がおざなりに「良かったな」と返すより早く、『すいませーんっ! おかわり下さい、メガ盛りで!』と近くを通った店員に追加オーダーを出している。
「って、まだ食うのか!?」
 刀護は思わず目を剥いて叫んだ。
「いいいいっ、追加はキャンセルだっっ」
 慌てて店員に手を振ると、店員は一つ会釈して踵を返す。
『……何で止めるんですか?』
 恨めしげに刀護を睨め上げる辰美に、「いいから一つだけにしとけ!!」と向き直る。
「縁日での食い物が食えなくなるから!」
『縁日……ですか?』
 実は、食べさせたいものがあるのだが、まだ内緒にしておきたい。
「そうそう。食い終わったなら、そろそろ行くぞ!」
 彼女の気が変わって、又ぞろおかわりなどと強引に言い出さない内に、と刀護は残ったコーヒーを一気に飲み干して、席を立った。

「しかし……よく食べるな。それだけ食べて腹を壊さないのか?」
 両手一杯に食べ物を抱えて、上機嫌で歩く伊邪那美を横目で見ながら、恭也は溜息を吐いた。
『結構歩いてるし、こういった雰囲気で出て来る食べ物って美味しいし、幾らでも食べられるよ』
 空になった容器を、伊邪那美は道端に設えられたゴミ入れに投じながら、『それより』と挟んで恭也を見上げた。
『恭也は楽しんでる? それ程食べ物を買ったりしないし、金魚すくいとかも自分ではやらないけど……』
 と続けつつ、彼女はフランクフルトに取り掛かる。
「う~む。何て言うか、自分がやるとそれ程楽しめないが、人が大喜びでやっている姿を見ている方が楽しく感じるな」
 答えた恭也は、手に持った金魚の袋に目を落とした。先刻、伊邪那美が捕まえた一匹だ。
『その割には、射的とか上手かったけど……』
 伊邪那美の脳裏には、商品を全て撃ち落としそうな勢いだった恭也の姿が過ぎる。
「俺がお前ぐらいの時分には、貰った小遣いで長く楽しむ為に腕を磨いていたからな」
 こともなげに言う彼の、もう片方の手には、射的で獲得した商品が纏めて袋に入れられている。
『あれ、恭也。あそこ』
 不意に、話題を転じるように話し掛けられて、目を上げた視線の先には、友人の姿があった。

「ちょっ……こんな食べ切る?」
 先程から、全店制覇を目指す勢いで、ピピが『買って!』とねだるのは、主に甘味だ。綿飴などの持ち帰りが利きそうなものは、もう荷物持ちと化した若葉が持っている。
 リンゴ飴に続いてかき氷を腹に納めたピピは、次いでクレープの屋台へスキップで寄って行った。
『うん! きっとあまくておいしそー♪』
 最早、クレープを食べるのは、ピピの中で決定事項らしい。苦笑して買ってやると、ピピは大喜びで平らげる。
 小さな見掛けによらずよく食べるピピは、ごちそうさま、と言うと、次のターゲットへ視線を走らせた。
『あっ、あれ何?』
 ピピが指さしたのは、射的台だ。
「腹ごなしには丁度いいか……やってみる?」
『うん!』
 嬉しそうに飛び跳ねるピピを連れて、店に歩み寄り、ゲーム二人分と店主に告げる。
「一人、三発までね」
 最初にピピが挑戦するが、残念ながら全て外してしまう。しゅーん、としょげ返ったピピに苦笑しつつ、若葉は「何が欲しい?」と訊ねた。
『いいの?』
「うん、好きなの取ってあげるよ」
 若葉は、ピピの示したぬいぐるみに狙いを定めて、引き金を絞った。弾代わりのコルクが、小気味良い音を立てて放たれ、ぬいぐるみを引っ繰り返す。
『わあ、すごい!』
「次、何がいい?」
『じゃあね、あのお人形!』
 続いてご指名の、某人気キャラクターを模した貯金箱が、またもや引っ繰り返る。最後にピピが欲しがったジュースも、見事に撃ち落とした。
『ワカバすごいなぁ……ボク全然当たんなかった』
 若葉は苦笑すると、「コツがあるんだよ」と言って、もう1ゲーム分金を払うと、ピピに持たせる。
「いい?」
『う、うん』
 ピピは教わった通りに構えて、引き金を引いた。ポコン、と小さい音がして、小さな菓子の箱が倒れる。
『……あ、取れた! えへへー♪』
 続けて二つ菓子を取得して、満面の笑みでピピがこちらを見上げた時、後ろから肩を叩かれた。視線の先にいたのは、恭也と伊邪那美だ。
「あれ、御神達も来てたんだね。楽しんでる?」
「まあ、そこそこな」
 若葉と恭也が保護者のようなやり取りをしている下で、伊邪那美とピピがハイタッチを交わしている。
『お願い何書いたー?』
『皆の願いが叶いますようにって。ピピちゃんは?』
『織り姫と彦星が会えますようにって!』
『そっか』
 伊邪那美は顔を上げると、若葉にも『久し振りー』と挨拶する。
『ねえねえ、どうかな。これ、似合う?』
 浴衣の袖を摘んでクルリと回ると、「うん、そうだね」と若葉は微笑した。
「普段の印象と違うけど、浴衣もよく似合うよ」
『えへへー、ありがと』
「世辞は言わなくてもいいんだぞ、皆月。一文にもならんからな」
『恭也はやっぱりでりかしーってのがないよね』
 伊邪那美が唇を尖らせると、若葉とピピの笑い声が上がる。やや唇を尖らせた彼女の視線は、又しても別の友人を見つけた。

「美味しかったねぇ、ゼリー」
「はい! パフェも絶品でした!」
 ゼリーの後、かき氷とパフェを追加で注文して腹に納めたリュカと征四郎は店を出た。
 腹ごなしに歩きながら、「次はどこに行く?」と屋台を物色する。
「せーちゃんの行きたい所、行っていいよ」
「んー、そうですねぇ」
 キョロキョロと周囲を見回す目は、ある程度胃袋が満たされて落ち着いた所為か、気が付けば食べ物ではなく、ガルーとオリヴィエを探して彷徨っている。
(ガルーとオリヴィエ、もしや本当にデートなのでしょうか……)
 自分達がカフェでたっぷり休憩した事は棚に上げて、姿が見えない二人に、不安になる。
 思わず溜息を漏らすが、「あー、せーちゃん! 待って待って!」という声に我に返った。振り返ると、いつの間に購入したのか、リュカが両手に、焼きそば唐揚げフランクフルト等々の食べ物を、大量に抱えている。“どっさり”という擬音が、彼の背後に見えそうだ。
「すごいのです……! 王様みたいなのです!」
 慌てて“王様”に駆け寄った征四郎の頭には、既に相棒達の事はない。
 荷物を半分持とうと受け取りながら、どうしたのです? と訊ねる。
「いやぁ、子供の時にはこう、全部買うってできなかったから」
 ついつい食べ物系屋台に釣られて、子供時代の鬱憤を晴らしてしまったらしい。
『ほぇー、リュカちゃん大漁だねぇ』
 出し抜けに声がした方へ目を向けると、そこには恭也と伊邪那美、若葉とピピがいた。
『片付けるの、手伝おっか?』
 涎の出そうな勢いで訊ねる伊邪那美の横で、ピピも目を輝かせている。
「いや、それはー……」
 言葉を濁したリュカは、「でも折角皆集まったから、どっか座ろうか」と提案する。
「じゃあ、席探しに行くか」
 と言って、恭也は踵を返した。
「せーちゃん、その辺にビールとか、売ってない?」
「んーっと……」
『あっ、あった!』
 周囲を見回す征四郎より早く、伊邪那美が声を上げる。
「若葉ちゃんもどう?」
 征四郎に手を引かれて歩きながら、リュカが誘うと、「俺、未成年ですよ」と若葉は慌てて手を振る。
「そう言えば、ガルーさん達は今日どうしたんです?」
 ガルーなら一緒に飲めるのでは、と軽い気持ちで口にした言葉に、征四郎が反応した。
「そうなのです! 二人で抜け駆けしてお出かけしてしまったのです……!」
 グッと拳を握り締めた征四郎に、若葉はやや仰け反った。
「だから邪魔しに……じゃない、探しに来たんだけどね」
 酒代を払いながら言うリュカの説明にも、本音が混ざる。
『そう言えばさっき、チラッと見かけたよねぇ。ガルーちゃんとオリヴィエちゃん』
「どこで!?」
 伊邪那美の何の気ない呟きに、リュカと征四郎が同時に叫ぶ。
『ボク達が見た時は、射的やってたけど……ねぇ、恭也』
 いつの間にか戻った恭也は、話を振られて首を傾げた。
「一括りにされても困る。俺は気付かなかったからな」
「行くのだ征四郎隊員! 突撃! 突撃!」
「わー!」
 聞くなりリュカと征四郎は、射的の店の方向へダッシュする。取り残された恭也達は、互いに顔を見合わせた。
「……座る所、見つかったの?」
 若葉が訊くと、「まあ一応」と恭也が答える。
「じゃあ、折角だし座りに行こっか」
「そうだな」
 恭也と若葉は、どこか疲れた保護者状態になって、それぞれの相棒を促した。

「あ~っ、残念っ!」
 金魚すくいのポイに張られた紙が完全に破れ、売り子の男性が声を上げる。
 オリヴィエは仏頂面でポイを一瞬眺めると、店に設えられたゴミ袋へ投じた。ついでに、取った金魚も返そうとする。
「おいおい、何だい?」
 男性は困惑したようにオリヴィエを見返した。
『……返す』
「ええーっ、困るよお客さん。取った魚は責任持って連れて帰って貰わなきゃ」
 オリヴィエは、暫しボールを見つめて、ガルーに視線を転じた。
『……薬屋で飼うなら連れて帰る、が』
 すると、オリヴィエの様子を眺めていたガルーは、鷹揚に頷いた。
『ああ、金魚なら構わない。増える分には困らないからな』
 じゃあ、と改めてボールを差し出すと、男性はホッとしたように、オリヴィエの獲得した金魚をビニル袋へ移し替える。
『所で、来たいと言った割には、はしゃいでないな』
 金魚すくいの店を後にして歩き出しながら、オリヴィエは胡乱な目線をガルーに向ける。何となく、積極的に遊ぶと言うより、見守るような視線を感じているのだ。
『支払いが全部あんたなのも、気に掛かると言えば気に掛かるし』
 保護者宜しく、と言う所は敢えて口には出さない。それを知ってか知らずか、ガルーはふっと軽く吹き出した。
『まあ、支払いの方は、俺様が誘った手前というか、年長者の嗜みというか……だが、まあ……いや、存外お前さんがムキになるのが可笑しくてな』
『……ムキになってたか?』
『悪い意味じゃないさ』
 言いながら、くしゃくしゃと彼の頭を撫でる。
 途中入った喫茶店で、甘味に目を輝かせていたり、屋台の射的で妙に真剣になったり――付き合いの浅い人間には判らないだろうが、彼が彼なりにはしゃぐ様子を見ると、とても安心する。
 要するに、楽しそうにしていてくれればそれでいいのだ。ガルーとしては、だが。
 一方、どうにも釈然としないオリヴィエは、不意に手を取られて思わずガルーを見上げた。
『こっちだ。はぐれるぞ』
 時刻が夕刻に差し掛かった所為か、人が多くなって来ている。
『小さいからな』
 と小さく笑って言った直後、「えーい、やぁっ!」と腰の当たりに衝撃を覚えてガルーは思わず仰け反った。
 照れ隠しにオリヴィエから一撃貰ったのかと思ったが、どうも違う。
「やーっと見つけましたよ! ガルーにオリヴィエ!」
 腰を押さえて振り向くと、仁王立ちで立っているのは征四郎だ。やや頭を擦っている所から察するに、彼女にロケット頭突きでもお見舞いされたのだろう。
「きっと内緒で美味しいものをいっぱい食べたのですね!」
 ビシッとガルーを指さす征四郎の両腕には、明らかに食べ物と思われるものが入っているであろうビニル袋が沢山提げられている。
『いや、お前さんらの方が食ってる、間違いなく』
 低く落ちたガルーの呟きは、征四郎の耳には入っていないらしい。
 一方、横で『来てたのか』と冷静に言うオリヴィエの頬を、リュカは置いて行かれた事への抗議に、ぶすぶすと指で突いている。
 暫くされるままになっていたオリヴィエだったが、あまりにもしつこいので、不意にリュカの指を握ると、折れる直前までギリギリと捻り上げた。
「わわわ、痛い痛い痛いごめんってば!」
 早々に白旗を揚げるリュカに、『解れば良い』とその指を解放する。
『にしても、やれやれ……見つかっちゃったか』
「何か言いましたですか、ガルー」
『いやー、何も。折角会えたから一緒に七夕ブースでも行こうかって』
 さり気なく話題を転じるガルーに、「そう言えば行ってなかったね、七夕ブース」とリュカもポンと両手を叩く。
「行こうよ、せーちゃん。お願い事書きに」
 ねっ、と笑顔で言われれば、征四郎は「はい」と頷くしかない。
「オリヴィエも」
『……まあ、行っても行かなくても……』
 ボソボソと答える彼の声が、引きずられて進む歩の後ろへ、取り残されるように落ちた。

『チョココーティングがされたバナナですね。トッピングも中々です』
 渡されたチョコバナナを、又キラキラした目で眺めて、辰美はそれにかぶりつく。
「そうか。気に入ったなら良かった」
 これが、食べさせてやりたかったのだ。ホッと安堵しながら、刀護も同じものを囓っていた。普段は甘いものはあまり好かないが、折角だし、薦めた手前という奴だ。
 美味しい~、と満面の笑みで頬張る彼女の横で、早々にバナナを腹に納めた刀護の方は、口直しにフランクフルトと焼そばを購入する。
(留守番してるあいつの土産は、どうするか……)
 家で待っている、もう一人の相棒に思いを馳せた刀護の視線の先に、お好み焼き屋が映る。
(ま、あれでいいか)
 あいつ、あれが好きだし。そう断じて踏み出した足に、『わっ!』という悲鳴と共に何かが当たるのを感じ、刀護は反射で下を見た。
『あいたた……』
 すぐ傍で尻餅を突いているのは、確か、若葉の相棒だ。
「すまない。大丈夫か?」
 手を差し出すと、円らな目を上げたピピは、『うんっ! 大丈夫!』と元気よく答えて刀護の手を取る。
『ありがとー、おじさん』
「……ああ」
 ピピから見れば“おじさん”に見えたのだろうが、まだ二十代の刀護は若干傷ついた。
「済みません、東江さん。お世話掛けます。ほら、ピピも、余所見しててごめんなさいは?」
『ごめんなさーい』
 何に対して謝られているか一瞬判らなくなった所へ、チョコバナナを腹に納めたらしい辰美が歩み寄る。
『あれ、えっと……若葉さんにピピさん、でしたよね』
「はい。双樹さん達も来てたんですね。楽しんでますか?」
「まあな」
『どこ回ったのー?』
『大方が甘味巡りと、後は金魚とスーパーボールとヨーヨーを一通り掬いに』
「……の割にヨーヨー一個しか持ってないみたいですけど」
「言うな」
『ピピさんは、何を持ってるんですか?』
 辰美が膝を屈めると、『くじ引きしてた!』とピピは誇らしげに引いた籤を差し出す。
『あら。当たったんですね』
『うん』
 当たり景品の団扇を持って、大喜びで振っている。
『若葉さんは?』
「安定のハズレでした」
 ガックリと肩を落として、おどけたように景品のポケットティッシュを示す姿は、他の三人の笑いを誘った。

 陽が傾く頃、血濡姫は属民ことフォロワーに報告する為、激辛アイテムを探して夜店を回っていた。歴史は、特にする事もないので、普段通り彼女のお守りの様相を呈している。
 周囲を見回していると、めぼしいものを見つけたのか、背後で彼女が叫んだ。
『な、何! 焼そば激辛ヴァージョンであると!』
「アフターデストッピング追加可能って……」
 狙った訳ではないのだろうが、何故彼女を興奮させるような文言が踊っているのだろうか。頭痛を覚えつつ、「姫、ちょっと」と声を掛ける。
「人外が集結してる雰囲気が危険すぎ……って、あ!」
 時既に遅し。
 何もしてない筈なのに疲労を覚えつつ、歴史は血濡姫を追った。

「書けたのです!」
 すぐ近くのそんな騒ぎを余所に、七夕ブースでは征四郎が書き上げた短冊を、笹に飾っている。
「せーちゃん、何て書いたの?」
「みんな笑顔でいれますように! です。リュカは?」
「うーん、万事上手くいきますように、かなぁ」
 曖昧に濁しながら、先刻買ったビールの缶を傾ける。肝臓の健康は、後回しになりそうだ。
 しかし、それで納得したのか、征四郎はガルーに水を向けた。
「ガルーは何て?」
『これだ』
 差し出された短冊には、“不惑の心”とだけ書かれている。
「……訳が判らないのです」
『今判らなくてもいいさ。その内判る日が来る』
 ガルーは、征四郎の頭を撫でながら、オリヴィエの方へ視線を向けた。すると、こっそり裏手に回ろうとする後ろ姿だけが目に入る。
 見られたくないのだろう、と察しを付けたガルーは、訊きに行こうとする征四郎をさり気なく止めた。
 できるだけ高い位置に結ばれた短冊には、“いつか満足できますように”と書かれていた事を、他の三人は知る由もなかった。

「この辺なら、誰もいなさそうだよ」
 稜は言って、柚葉を手招く。境内の裏手に回ると、喧噪が少し遠くなった。
 本当は、住職に直接断りを入れるつもりだったが、祭りの間はどこでも出入り自由のようだった。あくまでも、常識の範囲内で、だが。
 縁側はなかったので、石の土台の適当な所に、稜はハンカチを置いて、柚葉に座るよう促した。
 遠慮がちにしながらも、柚葉はそっとその上に腰を下ろす。
「疲れた?」
「いいえ、大丈夫です」
 顔を見合わせて、小さく笑い合う。誰もいない場所に二人だけでいる、という事が、秘密の匂いがするようで、少しドキドキした。
「先に夕飯にしようか」
「はい」
「あ、たこ焼きもある。柚葉さん」
 あーん、と定番の台詞と共に、稜が柚葉の口元にたこ焼きを運ぶ。照れもあって一瞬怯むが、誰もいないのだと思い直し、素直に口を開ける。「じゃあ、稜くんも」と半ば仕返しのように食べさせ合うと、再びどちらからともなく笑いが漏れた。
 焼そばとお茶も出し、簡単な夕食を平らげた後は、自然、目線が上に向く。満点の星空の中央に渡る天の川に、二人は暫し声をなくした。
「……綺麗だね」
「ですね」
 二人きりの天体観測。何て贅沢な時間だろう。
 互いに幸せを感じながら、二人はそっと寄り添い合った。

 同じく天の川を見ながら、若葉とピピは帰路に就いていた。
『織姫と彦星、会えたかなぁ』
「そうだね。ピピがお願いしたから、会えたんじゃないかな」
『ふふ、良かったぁ』
 無邪気に笑ったピピは、『楽しかったね』と若葉の手を握る。
『また来たいな』
「そうだね。来年も来ようか」
 うん、と頷くピピの手を、若葉も優しく握り返した。

 『ああ、楽しいのお!』と宣う血濡姫に、そらやりたい放題やれば楽しいでしょうよ、と歴史は声に出さずに返す。
 何だかんだ、すっかり振り回されて夜を迎えた感で一杯の歴史を余所に『ふむ、何々?』と血濡姫はスマホを覗き込む。
『祭りをバックに陛下の凛々しい成人姿を拝見したいと? ふ、無論じゃ! 属民のたっての願い、聞き届けぬ妾ではないぞ!』
「……却下」
 すっかり疲れた声で言えば、『なぜじゃああ!』と血濡姫は涙目で歴史に取り縋る。
『臣民の願いの笹を持ち、祭りを睥睨する姿は正に民の求めるもの! それを歴史は無視すると言うのかや!?』
「人混みでリンクして妖気垂れ流したら警察呼ばれるし」
 枝葉を取っ払って要点だけで反論すると、『妖気ではない、神気と言え!』とどうでもいい訂正をされる。
「……解りました。じゃあ、人混みでなく、寺の裏手でリンクして、誰かに撮影して貰いましょ。その後は、すぐにリンクを解除するなら協力します」
『ええー』
「ギリギリの妥協点なんだけど、嫌なら別に――」
『うわぁあ、解った! それで良い、それでっっ!!』
 写真に一緒に映り込んだ笹は、ブースへ持ち込み、飾っておいた。その短冊に書かれた願いは、“征服(血濡姫)”と白紙(歴史)だった。ちなみに、カメラマンをやらされた犠牲者は、裏手でデート中だった稜と柚葉だというのは、余談である。

 祭りも終盤に差し掛かる頃、華鈴はご満悦で、フェニヤは訳の判らない疲労感と共に家路に就いた。
『七夕祭りとやらの神髄、我は掴めたのか解らぬ……』
 声にも疲労が滲んでいるが、華鈴は構わず鷹揚に言う。
「今は解らずとも良い。何れ、太平の世の真価に気付くであろう」
 本当にそうなのか、というフェニヤの疑問を置き去りに、祭りの夜は更けて行った。

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短冊騎士
MUGI

結果

シナリオ成功度 成功

MVP一覧

重体一覧

参加者

  • 『赤斑紋』を宿す君の隣で
    木霊・C・リュカaa0068
    人間|31才|男性|攻撃
  • 仄かに咲く『桂花』
    オリヴィエ・オドランaa0068hero001
    英雄|13才|男性|ジャ
  • 『硝子の羽』を持つ貴方と
    紫 征四郎aa0076
    人間|10才|女性|攻撃
  • 優しき『毒』
    ガルー・A・Aaa0076hero001
    英雄|33才|男性|バト
  • 太公望
    御神 恭也aa0127
    人間|19才|男性|攻撃
  • 非リアの神様
    伊邪那美aa0127hero001
    英雄|8才|女性|ドレ
  • 惑いの蒼
    天城 稜aa0314
    人間|20才|男性|防御



  • 共に歩みだす
    皆月 若葉aa0778
    人間|20才|男性|命中
  • 大切がいっぱい
    ピピ・ストレッロaa0778hero002
    英雄|10才|?|バト
  • しあわせの白
    蒼咲柚葉aa1961
    人間|19才|女性|回避



  • その背に【暁】を刻みて
    東江 刀護aa3503
    機械|29才|男性|攻撃
  • 優しい剣士
    双樹 辰美aa3503hero001
    英雄|17才|女性|ブレ
  • 我ら闇濃き刻を越え
    御剣 華鈴aa5018
    人間|18才|女性|命中
  • 東雲の中に戦友と立つ
    フェニヤaa5018hero001
    英雄|22才|女性|ドレ
  • エージェント
    ケイト・リールシュaa5138
    獣人|17才|女性|攻撃
  • エージェント
    リィトaa5138hero001
    英雄|14才|男性|ジャ
  • エージェント
    蝶埜 歴史aa5258
    機械|27才|男性|攻撃
  • エージェント
    血濡姫aa5258hero001
    英雄|13才|女性|カオ
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